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『新集 世界の文学 38  ブレヒト』 菊盛英夫・岩淵達治・内垣啓一 訳 

「乞食たちは乞食をし、泥棒たちは泥棒をし、淫売たちは淫売をしている。殺し話の歌手が殺し話を歌っている。」
(ブレヒト 「三文オペラ」 より)


『新集 世界の文学 38 
ブレヒト』 

三文小説 (菊盛英夫・岩淵達治 訳) 
三文オペラ (内垣啓一 訳) 


中央公論社 
昭和44年11月25日 初版印刷 
昭和44年12月5日 初版発行 
518p  口絵2葉(カラー/モノクロ) 
17.6×12.8cm 
丸背クロス装上製本 貼函
本体ビニールカバー
函プラカバー
定価480円
装幀: 中林洋子



本書「解説」後記より: 

「翻訳にあたっては、『三文小説』は一九五〇年刊のアウフバウ版を底本として、一九六七年刊のズールカンプ版全集を参照、『三文オペラ』は一九五八年刊のアウフバウ版を底本として、一九六〇年刊のズールカンプ版『三文ブック』、一九六八年刊のズールカンプ版全集を参照した。」
「ソングの訳文については、『三文小説』では意味の正確さに、『三文オペラ』では歌いやすさに重点をおいて翻訳した。」
「挿画は、現代ドイツ版画家、ヨハネス・アイト氏 Johannes Eidt の新作を用いた。」



二段組。「三文小説」に挿絵8点。「解説」中に図版(モノクロ)11点。栞(「三文小説」主な登場人物)付。



ブレヒト 三文小説 三文オペラ 01



帯裏文: 

「“劇壇のピカソ”と絶讃されるブレヒトは、文学の可能性の極限を追求して失われた芸術の社会参加の回復を果たした。非現実的な物語のなかで、資本主義社会の醜悪な自画像をシニカルに描く二代表作を収めて、巨匠の精髄を解明する」


目次: 

三文小説 (菊盛英夫・岩淵達治 訳) 
三文オペラ (内垣啓一 訳)
 作者の覚書より 

解説 (菊盛英夫) 
 ブレヒトの生涯と作品 
 収録作品について 
年譜 (菊盛英夫 編)
 



◆本書より◆ 


「三文小説」より: 

「たえず増大してゆく人間の苛酷(かこく)さに対処するために、実業家J・J・ピーチャムは店を開いた。この店に行けば、悲惨のきわみにいる人々が、目下日ましに非情になってゆく人心にさえも訴えられるようなひどい身なりを整えることができるのであった。
 最初は乞食や大道歌手などが買ったり借りたりする古楽器の商いをやっていたが、それでは収入が十分とはいえなかったので、そのうちにその教区の民生委員まで引き受けるようになって、それで貧民の実体を学ぶ機会を持つようになった。乞食たちが彼の楽器をどう使っているかを知ったことが、まず彼の目を開かせてくれたのである。
 ご存じのように連中がこの楽器を使うのは、人の心に訴えるという目的のためである。これは一筋縄ではいかぬ仕事なのだ。人間というやつは生活程度がよくなればなるほど、心を動かしにくくなってくるものなのである。最高料金を払ってコンサートに出かけることをいとわないのは、それが熱望してやまぬ魂の感動を約束してくれるからなのだ。しかし、それほど順境にいない連中でも、生存競争によって非情になった心臓をあれこれのささやかなメロディーで揺すぶってもらうために、一枚の銅貨ぐらいはいつも残しておくものである。
 しかしながら、ジョナサン・ジョレマイア・ピーチャムが再三再四経験したのは、彼の顧客(とくい)である乞食が、古ぼけた手回しオルガンの借り代を滞らせることであった。前にも言ったように、現代の人間の心をも揺すぶるようなことが少ないとはいえいくつかはある、数えるほどだが。しかしいけないのは、このわずかな手さえ、何度か使われると、もうその効力をなくしてしまうということである。なぜなら人間というやつは、感情過多になりすぎると自分も損をするということを知ると、いわば自分の都合でかってに非情にもなれるという恐るべき才能を持ち合わせているからである。そんなわけで、たとえばある男が、街角に立つ片手がとれてすりこ木のような腕をした男を見たとする。その場合おそらく彼は最初はぎょっとして二ペンス銅貨の一枚ぐらいは恵む気になるだろう。二度目にはそれがせいぜい半ペンスどまりになり、三度目ともなれば、情け容赦なくその男を警察に引き渡すということにもなりかねまい。
 ピーチャムはごくささやかな仕事から手をつけはじめた。
 彼はしばらくの間、ほんの小人数の乞食、片腕しかない男、盲、老いぼれといった連中を、自分の口ききで援助してやった。彼らに仕事の口を捜したり、貰いのある場所を見つけてやったりした。どこへ行ってもいつでも貰いがあるとはかぎらなかったからだ。たとえば六月ならば、夜、緑地のベンチに腰かけているアベックをあさったほうが、へたな音楽をやるよりましだった。こういう連中は言う前に金を出してくれた。
 ピーチャムを頼ってきた乞食たちは、いくらもたたぬうちに、確実に貰いにありつけるようになった。彼らは、ピーチャムの労に報いるために、自分たちの稼ぎの上前を納めることに同意した。
 そこで彼は、ますます自信を深めつつ、彼の研究を続けた。
 嘘(うそ)偽りでなく、ほんとうにそうなった惨(みじ)めななりというものは、ちょっと人工の手を加えてこしらえあげた惨めななりよりもはるかに効果が少ない、ということを彼が見抜くようになるまでにたいしてかからなかった。片腕しかない連中が、ふしあわせだと思わせる才能を必ず持ち合わせているとはかぎらない。ところが、そういう才能にもっと恵まれている連中のほうには、えてして先がすりこ木のようになった腕の持ち合わせがないのである。こういうところから手をつけていかなければならないのだ。
 ピーチャムは、人工の片端の手足をいくつか造ってみた。たとえば一目見て押し潰(つぶ)されていることのわかる四肢、つまり残酷な暴力の爪の跡をまざまざと示している腕や足を製造したわけだ。これがめざましい効果をあげたのである。
 まもなく彼は、このような手足を製造する小さな仕事場を設けることができた。
 ある種の店の店主、とりわけ高級食料品店の主人や美容院の店主、それになみの肉屋でさえも、このような胸の悪くなるような手足をした乞食に自分の店の前にすわりこまれると、進んで立ち退き代を払った。ここまでいけばあとは簡単に次の段階に進む。立ち退き料の額は相当に高くなった。店主たちは、乞食に金をつかませて、自分の商売仇(がたき)の店先に送りこむようになったのである。小さい店どうしの生存競争はひどくきびしかったのだ。
 みずから「乞食の友」と称しているピーチャムの登録カードが膨大なものになると、ある地域をある乞食が独占して縄張りをもつこともできるようになった。縄張りを荒らすものは、場合によっては暴力を使ってでも排除された。こうしてようやくピーチャムの企業は、飛躍的な発展の道を歩みはじめることになったのである。
 それでも彼は、こんな成功ぐらいでおさまってしまうような男ではなかった。倦(う)むことなく、彼は自分のかかえている連中の品質改良の努力を続けていった。今ではひどく拡張した彼の店のいくつかの部屋では、どんどんこの店の勤め人に変身しつつある乞食たちが、厳重な適性試験をうけたあとで、専門的なよいよい(引用者注:「よいよい」に傍点)の体の震わせ方や、盲の歩き方などの訓練をうけていた。ピーチャムは、仕事が足踏みの状態になることを我慢できぬ男であった。
 人間の陥る悲惨な状態を示す基本的なタイプがきめられた。人類の進歩の犠牲者、戦争技術の犠牲者、産業の躍進の犠牲者である。彼らは人の心を動かしたり、深刻な悩みを起こさせたり、心の重荷を負わせたりするやり方を学んだ。もちろんそんなことぐらいで相手に儲けの多いビジネスをきっぱりやめる気を起こさせるわけにはいかないが、あの連中だって自分のビジネスの明々白々な悪結果をぼかしたいと念じる程度の弱気は十分持ち合わせているのである。
 およそ二十五年のあいだ骨身を削って仕事に打ち込んだすえに、ピーチャムは、三軒の家と盛大な店を持つ身となったのである。」

「皆さんは、今日あたしがキッチンでコップをゆすいだり
みんなのベッドの支度をしたりするところをごらんになっておいでです。
そしてあたしは、一ペンスのチップをいただけばすぐ皆さんにお礼を言います
あたしがぼろを着ていることも、このぼろホテルのこともご存じです 
それで皆さんは話してる相手のあたしが何者だかご存じないのよ。
でもある日港で悲鳴が聞こえるわよ。
するとみんな聞くでしょう、あの叫びはいったいなんだ? って 
そしてそのときコップをゆすぎながらあたしがほほえんでいるのに気がつくでしょう 
するとみんな聞くでしょう、あの娘はなぜ笑っているんだ? って 
  そして八枚の帆と 
  それに五十門の大砲を備えた船が 
  波止場に横づけになるのよ。

あたしは言われるわ、さああっちでコップでも拭いてろよ! って 
そして一ペンスのチップをよこすわ 
もちろんそれは受け取って 
そしてベッドの仕度をするわ。
その夜そのベッドで寝る人はひとりもいないでしょうけど 
それでもみんなはまだあたしが何者だかわからないのよ。
でもある晩港で騒ぎが起こるわよ。
するとみんな聞くでしょう、あれはいったいなんの騒ぎだ? って 
そしてあたしが窓辺に立っているのに気がつくでしょう 
するとみんな聞くでしょう、あの娘はなぜあんなに意地の悪い笑いを浮かべてるんだ? って 
  そして八枚の帆と 
  それに五十門の大砲を備えた船が 
  町に砲撃をはじめるのよ。

皆さんは、きっともう笑うのをやめるでしょう 
なぜなら町の城壁は崩れ落ち 
三日目には町は大地震のあとのようなありさまになるから
ところがたった一軒ぼろなホテルだけが壊れないで残るのよ。
するとみんなふしぎがるわ、だれか特別な人間があそこに住んでいるのだろうか? って 
そしてその夜ホテルのあたりで悲鳴が聞こえるでしょう 
するとみんな聞くでしょう、なぜこのホテルだけお目こぼしにあったんだ? って 
そして明け方にあたしが戸口から出ていくところを見るでしょう 
するとみんな言うでしょう、あの女(引用者注:「あの女」に傍点)が住んでたのか? って 
  そして八枚の帆と 
  それに五十門の大砲を備えた船が 
  マストに旗を掲げるのよ。

そして昼ごろ百人ばかり上陸してくるわ 
そして家々の物陰に入りこんで 
戸口から出てくる連中を片っぱしからひっとらえるわ 
そして鎖につないであたしのところに連れてきて 
そして聞くのよ、だれを殺しましょうか? って 
でもこの昼は港はひっそりしているでしょう 
だれを殺しましょうかと聞かれたあと 
わたしが言うのが聞こえるわ、みんなよ! って 
そして首がころがり落ちるたびにあたしは言ってやるわ、すてき! って 
  そして八枚の帆と 
  それに五十門の大砲を備えた船は 
  あたしを乗せて消えていくのよ。
          (あるキッチンの女中の描く夢)」



「三文オペラ」より: 

ポリイ みなさん、だれも何か歌わないんだったら、あたしがちょっとした余興をいたします、それもね、昔あたしがソホーによくある小さな四ペニー酒場の一軒で見た、娘の真似をするわ。その娘はコップ洗いだったの、だからこう思ってちょうだい、みんなが娘を笑いものにしていた、すると娘がお客たちに話しかけた、そしてあたしがいまからあなた方に歌って聞かせるようなことを言った。じゃ、これが小さなカウンターよ、おそろしく汚れてるって考えてちょうだい、その後ろに娘は毎朝毎晩立っていたの。これがすすぎ用のバケツで、これがコップを拭くふきんよ。あなた方のすわってるところに、お客たちがすわって、娘を笑いものにしていたの。あなた方も、そのとおりおに笑っていいのよ。だけど笑えないんだったら、むりしなくてもいいわ。(彼女はコップを洗うふりをしながら、軽く口ずさみ始める)ここでたとえば、あなた方のだれか――(ウォルターを指さして)――あなたが言うのよ、「おい、いったい、いつおまえの船は来るんだ、ジェニイ?」
ウォルター おい、いったい、いつおまえの船は来るんだ、ジェニイ? 
ポリイ すると別なだれか、たとえばあなたが言うのよ、「おまえはあいかわらずコップを洗ってるのか、えっ、ジェニイ、海賊の花嫁のくせに?」
マサイアス おまえはあいかわらずコップを洗ってるのか、えっ、ジェニイ、海賊の花嫁のくせに? 
ポリイ そう、そこであたしが始めるのよ。

   ソングのための照明――金色の光線。オルガンにイルミネーションがともる。一本のパイプにつるしたランプが三つ降りてくると、スクリーンには次の文字―― 

    《海賊ジェニイ》 

      1 

  みなさん、ごらんのとおり私はコップを洗い 
  だれのためにもベッドの用意。
  一ペニーいただくとすぐにお礼を言うわ 
  このぼろな着物にこのぼろなホテル 
  だがみんな知らないわ、私の正体を。
  しかしある晩、叫び声が港ですると 
  みんな聞くわ、なんだあの叫び声は? 
  そして私がコップのそばで笑うと 
  みんな言うわ、なぜこんなとき笑うのだ? 
    そのとき八枚の帆と 
    五十門の大砲の 
    船が岸に着く。

      2 

  みんな言うわ、さっさとコップを洗えよ、娘 
  そして銅貨を私にくれる。
  一ペニーいただくとすぐにベッドの用意! 
  (もうだれひとりその晩そこに寝ないのに) 
  まだみんな知らないわ、私の正体を。
  しかしある晩、どよめきが港ですると 
  みんな聞くわ、なんだあのどよめきは? 
  そして私が窓ぎわに立ってると 
  みんな言うわ、なぜ意地わるく笑うのだ? 
    そのとき八枚の帆と 
    五十門の大砲の 
    船が町を撃つ。

      3 

  みなさん、もう私を笑ってはおれなくなるわ 
  だって城壁はくずれおち 
  町じゅうの建物が平たい地面になるわ 
  だがぼろなホテルだけが無事に残る 
  みんな聞くわ、だれだあそこに住んでるのは? 
  しかしその晩、叫び声がホテルを包み 
  みんな聞くわ、なぜだここだけ無事なのは? 
  そして私が明け方ドアから出ると 
  みんな言うわ、やつがあそこに住んでたのか? 
    そのとき八枚の帆と 
    五十門の大砲の 
    船が旗を上げる。

      4 

  そして昼ごろ、百人の海賊が陸に上がり 
  すみからすみまで歩きまわり 
  方々のドアからみんなを引っぱりだすわ 
  鎖につないで私の前につれて来て 
  こう聞くわ、だれを殺せばいいんだ? 
  その昼ごろ、静けさが港を包み 
  みんな聞くわ、だれだ殺されるやつは? 
  すると私が言う番だわ、みんな! 
  そして首が落ちるたびに、ほらさ! 
    そのとき八枚の帆と 
    五十門の大砲の 
    船が私と消える。」

ポリイ ああ、きのうあたしが見た夢。窓から眺めてたら、路地で高笑いが聞こえるの、それでのぞいて見ると、お月さまが見えたわ、そのお月さまはほんとうに薄っぺらで、さんざん使いへらした一ペニー銅貨みたいだったわ。」



「解説」より: 

「一九一五年に入ると、じきに精神的転機が訪れた。ヴェルレーヌを愛誦し、ビュヒナーとヴェデキントに傾倒するにいたった。青年詩人ブレヒトのこの時期の心境を最もよく現わしているのは、「ぼくの心は夜の雲のようにどんよりし、故郷がない」で始まる『夜の雲の歌』で、さればこそこの詩は、青年期の自画像ともいえる『バール』の初稿中に挿入されたのである(後には、ランボーから借りた『溺死した娘のバラッド』に取り換えられた)。彼は怠け者の生徒となり、軍事教練をさぼった。あらゆる権威に向けられた反抗は、ここに一人のアンファン・テリブルを誕生させていった。市民的体面を後生大事にする父親、欺瞞(ぎまん)と屈従に終始する市民社会、空疎な愛国主義的熱狂、すべては憎悪の対象に変わった。」



ブレヒト 三文小説 三文オペラ 02









こちらもご参照ください: 

『ヴァルター・ベンヤミン著作集 9 ブレヒト』 編集解説: 石黒英男
ビューヒナー 『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』 岩淵達治 訳 (岩波文庫)
F・ヴェデキント 『地霊・パンドラの箱 ― ルル二部作』 岩淵達治 訳 (岩波文庫)
『クルト・ワイル: 三文オペラ』 RIASベルリン・シンフォニエッタ/指揮: ジョン・モーセリ











































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『The Art and Science of Ernst Haeckel』 (40 Taschen)

「Haeckel ( . . . ) supplemented his images with a fascinating narrative, which enabled the reader to travel back to the beginnings of evolution, as if in a time machine. Nor should we underestimate the expressive power of Haeckel's designs in their own right. A number of his human embryos look like babies lying in cradles, while others look painfully cramped and bent as if testifying to some appalling drama.」
(Julia Voss 「Ernst Haeckel and the Evolution of Modern Art」 より) 


『The Art and Science
of Ernst Haeckel』
 
40 Taschen 
Directed and Produced by Benedikt Taschen


Taschen GmbH, 2021
512pp, 22.4x16.2cm, hardcover
Printed in Bosnia Herzegovina

Project managemenet: Ute Kieseyer, Cologne
Scientific research: Sophia Willmann and Julian Leander Willmann
English translation: Elizabeth Clegg, London

Original edition (c) 2017 Taschen GmbH



タッシェン40周年記念版『エルンスト・ヘッケルの芸術と科学』。ハードカバー(ダストジャケットは元から無いタイプ)。図版多数。
2017年のオリジナル版は28.5x39.5cmの大判(704頁)でしたが、40周年版はA5判よりちょっと大きめくらいのサイズで、内容が一部省略されているようです。



ernst haeckel 40 taschen 01



内容:

INTRODUCTION
 Ernst Haeckel: Art Forms in Life (Rainer Willmann)
 Ernst Haeckel and the Evolution of Modern Art (Julia Voss)
 Haeckel's Volumes of Plates (Rainer Willmann, Sophia Willmann, Julian Leander Willmann)

1862-1888 MONOGRAPH ON THE RADIOLARIA
1869-1888 SIPHONOPHORAE
1872 ATLAS OF CALCAREOUS SPONGES
1879-1881 MONOGRAPH ON THE MEDUSAE
1889 EREPORT ON THE DEEP SEA KERATOSA
1899-1904 ART FORMS IN NATURE

APPENDIX
 Biography
 Relationships Between the Organisms and theBiological System (Rainer Willmann)
 Notes, Bibliography & Photo Credits




◆本書より◆ 


「Art Forms in Life」より:

「The biologists of our own day make regular use of only a fraction of Haeckel's terms, but some of them, notably "ontogenesis" and "ontogeny," "phylogenesis," and "phylogeny" have become standard concepts, and it was Haeckel who supplied their definition. Ontogeny (*Ontogenie*) is the history of the development of the individual organism while phylogenesis (*Phylogenese*) is the history of the lineage. The concept of ecology (*Ökologie*) also derives from Haeckel, who used this term to mean "the science of the interaction of organisms with each other," or the "science of the overall relationships between organisms and their environment." A great many of Haeckel's other neologisms were, however, never adopted.」 



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個体発生は系統発生を繰り返す。



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こちらもご参照ください: 

Ernst Haeckel 『Art Forms in Nature』
三木成夫 『胎児の世界』 (中公新書)
森鴎外 訳 『諸国物語 (上)』 (ちくま文庫)













山﨑貴夫 『アンリ・ルソー 証言と資料』

「しかし、みずみずしさを損なわぬ彼の不可思議な、また挫けることを知らぬその才、(中略)すべてが遊び、静けさ、官能の喜びなのだ。世界をエデンの園として描出する自由は、子供がその原初の純粋さを失うことなく成人したような人びとのみに与えられるのである。」
(山﨑貴夫 『アンリ・ルソー 証言と資料』 「同時代の証言 11 ツアラのルソー論(ルソーの二つの戯曲に宛てた序文より)」 より) 


山﨑貴夫 
『アンリ・ルソー 
証言と資料』
 


みすず書房 
1989年3月30日 印刷 
1989年4月10日 発行 
iii 270p 別丁図版(モノクロ)8p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,575円(本体2,500円) 
カバー絵: アンリ・ルソー「飢えたライオン」(部分)
 


岡鹿之助に師事した画家である著者による、技法的な面に主眼を置いたアンリ・ルソー論と、同時代人によるルソー論およびルソー自身による手紙の翻訳。翻訳の文章はややわかりにくい部分があります。



山﨑貴夫 アンリ・ルソー 証言と資料



帯文: 

「アンリ・ルソー。ナイーヴさ、天真爛漫さ。その奥底にあるものは何か? 詩人アポリネールやピカソ、またドローネらをひきつけた秘密と魅力。証言と資料は語る。」


帯背: 

「「プリミティーヴ」の
衝撃的魅力」
 


カバー裏文: 

「「ルソーの絵がひきおこした笑いの波を私はいまでもまだ耳の中に憶えている。彼の作品は陳列委員の配慮から会場の奥の方に飾られて、床には巧みにつくられた溝に水が張られ、容易に近寄れないようになっていた。それでもいたずら者、おどけ者たちがルソーの絵をあえて見つけては、笑いの爆発と嵐がそこにわきおこり、バラック小屋はふきとびそうだった」(コキオ) 
 こうした空気のなかでジャリ、アポリネール、ドローネ、ピカソといった人たちはルソー芸術の独創性を見ぬき、熱心にこれを支持したのである。今日では疑いようもない彼のモデルニテ、斬新さそのものだった作品のありかた、またその発見のされかたなど、いずれの角度からみても現代絵画の考察への重要な鍵を示唆しているのである。
 「私はルソー礼賛という立場からルソー論を述べるのではなく、ルソーの生きた時代、死後に於けるその価値判断を、出来るだけ事実に即して再現することを重視した」(著者) わが国における本格的なルソー紹介者としては、まず岡鹿之助をあげることができようが、著者は年少の頃から彼に師事し、資料の収集を永年にわたって続けてきた。ルソーの芸術の発見が、同時代人の証言をとおしてしだいしだいにうかび上がってくるさまが、本書によってみごとに示されている。春陽会会員である著者の、ひたむきな画家の眼と検証の永い吟味の成果がここにみのったのである。」



目次: 

序にかえて アンリ・ルソーの意味するもの (佐藤朔) 
ドワニエの思い出 (アポリネール/詩) 

画論 
 序 
 1 作品の魅力 
 2 作品の欠点といわれるもの 
 3 素材 
 4 メチエ 
 5 作品解説 
 6 ルソーに『夢』を描かせた動機 
 7 長椅子とヤドヴィガの問題 
 8 ルソーの矛盾と彼の生きた時代 
 注 

同時代の証言 
 1 新聞・雑誌の批評 
 2 同時代の人の証言 
 3 メキシコ神話についてのウーデの見解 
 4 ロック・グレイの証言 
 5 『蛇使いの女』 
 6 《ルソーは永遠に彼自身の中に生きる》 
 7 《ルソーの遺骸の移転》 
 8 ウーデの見たルソー像 
 9 ソフィッチの見たルソー像 
 10 アポリネールのルソー論 
 11 ツアラのルソー論 

手紙
 解説 
 1 獄中からの手紙
 2 友人への手紙 
 3 依頼文から 
 4 二通の恋文 

付録 
 1 一九〇七年の銀行詐欺事件とその公判について 
 2 ルソーが催した「夜会」と「ルソー饗宴」についての証言 

あとがき
 



◆本書より◆ 


「同時代の証言 10 アポリネールのルソー論」より: 

「ルソーを良く知っている人たちならば、彼が幽霊に対する好みを持っていた事を思い出すだろう。彼はいたるところで幽霊に出くわした。ある幽霊などは、市税関に勤めていた時に、一年以上も彼を悩ませた。
 この勇敢なルソーは歩哨に立っていた時、彼におなじみになった幽霊は、彼のすぐそばに立って彼を馬鹿にし、からかい、彼にはき気をもようさせるようなくさい息きを吹きかけた。何度も銃の一撃で殺そうとしたが、幽霊は土の中に消え、また別のところに現われた。
 ルソーはまた、カチュル・マンデスが大変なネクロマン(巫術者)だったと断言している。
 「彼はある日アトリエに迎えに来て――と彼は言っているのだが――サン・ジャック街の家に私を連れて行った。この家の三階に死にかけている男がいて、その魂が透明で光ったミミズの形となって床をはっていた。」
 彼がその家まで行ったということは本当かもしれないが、この話の信憑性はうすい。しかし彼は私がここに引用したと寸分変わらぬ言葉で私に話した。また、彼にまつわる幽霊についての話は数え切れないほど沢山ある。」


























プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、土方巽、デレク・ベイリー、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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