フランク・ディレイニー 『ケルトの神話・伝説』 鶴岡真弓 訳

「癩病者として物乞いをしながら、トリスタンはさまざまな人間に出会うことになった。棒で彼の頭を手ひどく叩く旅人たちがいた。罵声も浴びせられた。しかし気前よく施しをしてくれる人もいた。」
(フランク・ディレイニー 『ケルトの神話・伝説』 「トリスタンとイゾルデ」 より)


フランク・ディレイニー 
『ケルトの神話・伝説』 
鶴岡真弓 訳


創元社
2000年9月20日 第1版第1刷発行
390p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円+税
装幀: 上野かおる
カバー画: 妖精の騎士たち(ジョン・ダンカン)



本書「〈ケルト〉の読み方」(鶴岡真弓)より:

「本書は、フランク・ディレイニー Frank Delaney の著作 Legends of the Celts (Hodder & Stoughton, London, 1989)の全訳です。」
「本書にはアイルランドからウェールズまでの重要な神話と伝説が語られているわけですが、まさに本書の特色とは、ディレイニーというひとりの人物が、(中略)すべてのストーリーを、そらんじているごとく、全編を「語って」いることです。つまり本書は単に既存のケルトの神話や伝説のテキストを再編した性質の書物とは違い、著者ディレイニー自身が、ひとつの螺旋的な動力となって、私たちの目の前で語っているというところにあります。」
「ですから話の細部には、いきいきと「語る」使命感をもつディレイニーによって演出されたところもありますし、皆さんが知っていたテキストとは異なるヴァージョンが採られている物語もあるのです。」
「神話や伝説がその土着のものを唯一純粋に伝えている、という信念は、じつは近代的な産物でありました。」
「彼の驚くべき記憶力と表現力は膨大な「物語」を前にして疾走し、「語り」のゆらぎや冒険こそを体現しています。」



本書は日本の古本屋サイトで800円で売られていたので注文しておいたのが届いたのでよんでみました(4,000円以上購入で送料無料)。使用感のないきれいな古本でしたがカバーにやや背焼け(色褪せ)がみられました。


ディレイニー ケルトの神話と伝説


帯文:

「螺旋(らせん)的再生の構造が映しだす
ケルトの世界と夢と愛のかたち」



帯背:

「現代の語り部が贈る
ケルト伝説の決定版」



目次:

ケルト伝説への誘い

第1部 アイルランドの伝説
 アイルランド国造りの神話――『来寇(らいこう)の書』
 勝者の分け前――ブリクリウの宴
 コルマクの黄金の杯
 マク・ダトーの豚
 エーダインへの求婚
 デルドレとウシュネの息子たち
 ディアルミドとグラーネの恋物語
 オシーンの常若(とこわか)の国

第2部 〈牛捕り(トイン・ボー)伝説〉の白眉
 クアルンゲの牛捕(と)り

第3部 ウェールズの伝説
 ダヴェドの領主
 シールの娘ブラヌウェン
 シールの息子マナウアザン
 グウィネズの領主マース、マソヌイの息子
 マクセン帝の夢
 シーズとセヴェリスの物語
 キルフフとオルウェンの物語
 フロナブイの夢
 泉の貴婦人

第4部 〈アーサー王伝説〉の系譜
 トリスタンとイゾルデ

〈ケルト〉の読み方 (鶴岡真弓)




◆本書より◆


「ケルト伝説への誘い」より:

「アイルランドのP・マッカーナ教授の言うように「古代のケルト人は、民族集団というよりもむしろ文化集団のひとつ」であった。」


「アイルランド国造りの神話」より:

「パルトローンの治世の間、フォウォレ族という邪悪で姿の見えぬ者たちが、時が始まって以来ずっと空を漂い、この国を苦しめていた。パルトローンは来る日も来る日もこの者たちと戦って追い払おうとした。この敵を抑えるためにパルトローンたちは武器を取って勇猛果敢に戦った。ところが最後には、フォウォレ族ではなく疫病が猛威をふるってパルトローンや従者たちの命を奪い、生き残ったのはパルトローンの従兄弟のトゥアンという男ただ一人だった。トゥアンは、同胞が疫病に倒れ、死体が大平原を埋め尽くしていくのを見て、山奥へ逃げ込んだ。洞窟の奥に隠れて、狼や熊から逃れ、冬の寒さから身を守り、二〇年もの間岩場にこもっていた。この隠れ家から、耕されることのなくなった田畑が自然の草原に戻っていく様子を見ていた。」

「そしてついに、フォウォレ族最強の悪者、〈邪悪な目〉とあだ名される片目のバロルがやって来た。獰猛きわまりないバロルの名を口に出すだけで、どんな者でも震え上がった。その大きく湿った瞳のまぶたは四人がかりの手でやっと開き、その瞳でにらまれた者は死んで粉々になってしまうのであった。」



「勝者の分け前」より:

「またこの部屋には、館の他のどの場所にも見あたらないものがあった。ガラス窓である。窓の一つはある角度で壁にはめ込んであり、そこからのぞき込むと、ブリクリウは寝椅子に寝ころんだままで、館の中で起こっているあらゆる出来事をつぶさに見ることができた。」


「オシーンと常若の国」より:

「オシーンは尋ねた。「この国にはこのような果樹園がいくつあるのですか。」
 「必要なだけあります。果物は枯れることがなく、病気にかからず、摘むとすぐに枝に新しいものがなるのです。」
 オシーンは次に東を指して言った。「向こうには何があるのですか、あの山の向こうには。」
 ニアヴは答えた。「この国の農場があり、そこに民が住んでいます。」
 「何を作っているのですか。」
 「夢です。」
 「あそこには何があるのですか、あの山脈の向こうには」と、何本もの川が激しく流れ下ってくる、西方の紫の峰の連なりを指して尋ねた。
 「静寂の国です。人々はそこへ出かけて、存在の神秘について瞑想するのです。」
 「どういう人が静寂の国へ出かけるのですか。」
 「静寂が大切であると思う人なら、誰でも行けます。もちろん、そう思うからといって、王国の他の土地には楽しみがない、好きでないということではありません。」
 「静寂の国では何が起こるのですか。いったいどんな所なのですか。」
 「なにも起こりません。あらゆるものが静かで快いのです。その中で、目を伏せて座ります。そうすると大地の表面に、輝きと影、鮮やかな色彩と暗黒が散りばめられているのが見えます。自分の生命が目の前を流れ、やすらかな気持ちで世界を瞑想することができるのです。瞑想を妨げるものはなにもなく、彼らの魂は、自らが選んだ静寂を反映するように皆から愛されるようになります。上を見れば色と模様が満ち満ちていて、目に心地よく、心は生き生きしてくるのです。」
 オシーンは尋ねた。「静寂の国にはどのくらいいられるのですか。」
 ニアヴは答えた。「ここには時間というものはありません。このことをよく理解してください。時の感覚がないのです。全くないのです。もしもあなたが、朝の颯爽として温かくなり初める空気や澄んだ光とともに、一日が始まってほしいと思えば、その時があなたの一日の始まりです。もしも、小さな生き物が薮の中でカサコソと動く暑い昼下がりの静けさが欲しいと思えば、そのようになります。もしも、ビロードのような暗闇と銀の星々の夜を過ごしたいと思えば、日が暮れます。この地では一人一人にそれぞれ自分だけの時間があり、それ以外の時間はないのです。すべての人にとって時間とはそのようなものなのです。」
 「常若の国は、どのくらいの大きさですか。」
 「あなたのお望みしだいです。海よりも広くなり、森の空地よりも小さくなります。大空よりも大きくなり、石の下の蟻の巣に入るくらい小さくもなります。」」



「マクセン帝の夢」より:

「マクセンは夢を見たのだ。あたかも彼が実際に旅をしているかのような夢を。」
「マクセンは金の椅子に座る少女を見た。少女の美しさは、まるで太陽のようにマクセンの眼を眩ませた。」
「夢から覚めたマクセンは心穏やかではなかった。片時たりとも少女を忘れることができなかったのだ。何事にも関心をもてなくなり、以前ならば心から楽しんだワインにも音楽にも興味を示さなくなってしまった。廷臣たちは、彼が四六時中眠りを求めているようにみえた。まことに、眠りの中では妨げられることなくマクセンは夢見ることができるのだ、漆黒の錦織(ブロケード)を着た少年たちや、鷲の彫刻がほどこされた象牙の椅子に座っている白髪の老人とともにホールにいる少女を。
 ついに最長老の家臣が皇帝を諫めた。
 「陛下、王たちはひどく動揺している様子でございます。このままでは謀反を起こしかねません。」
 「なぜだ」マクセンは物憂げに尋ねた。
 「陛下が統治をなさらないからでございましょう。陛下は諸王に対する皇帝としての職務を果たしておられませぬ。(中略)彼らは陛下になにも申し上げない代わりに、陛下のお言葉も聞きますまい。」
 「ローマじゅうの賢者を集めるのだ。彼らに我が憂いを包み隠さず話そう。」
 マクセンはかつてのような気魄で賢者たちに夢の話をした。いかに彼の魂が夢の中の少女に捕えられてしまったかを告白した。そしてそれぞれが知恵を出し合うよう求めた。その結果、夢の中の少女の消息をたしかに得られるはずの三つの地方に、三年の間使者を送ることになった。
 しかしこれはうまくいかず、それから一年後マクセンはもっと深い絶望の淵に沈んでいる。そこで長老格の王の一人が、マクセン自ら少女探索の旅を始めるように勧めた。」



「トリスタンとイゾルデ」より:

「癩病者として物乞いをしながら、トリスタンはさまざまな人間に出会うことになった。棒で彼の頭を手ひどく叩く旅人たちがいた。罵声も浴びせられた。しかし気前よく施しをしてくれる人もいた。」




この本をよんだ人はこんな本もよんでいます:

内田善美 『星の時計の Liddell ①』 (全三冊)
高橋富雄 『もう一つの日本史 ― ベールをぬいだ縄文の国』
































































































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アントニオ・タブッキ 『インド夜想曲』 須賀敦子 訳 (白水uブックス)

「「僕は夜の鳥になってしまいました。これが僕の運命だったのでしょう。」」
(アントニオ・タブッキ 『インド夜想曲』 より)


アントニオ・タブッキ 
『インド夜想曲』 
須賀敦子 訳
 
白水uブックス 99 
海外小説の誘惑

白水社
1993年10月20日 第1刷発行
1997年10月10日 第6刷発行
163p
新書判 並装 カバー
定価820円+税
ブックデザイン: 田中一光


「本書は1991年に単行本として小社から刊行された。」



本書はだいぶまえに図書館で借りてよんだのですがどんな内容だったか忘れてしまったので日本の古本屋サイトで500円で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました(4,000円以上購入で送料無料)。


タブッキ インド夜想曲


カバー裏文:

「失踪した友人を探してインド各地を旅する主人公の前に現れる幻想と瞑想に充ちた世界。ホテルとは名ばかりのスラム街の宿。すえた汗の匂いで息のつまりそうな夜の病院。不妊の女たちにあがめられた巨根の老人。夜中のバス停留所で出会う、うつくしい目の少年。インドの深層をなす事物や人物にふれる内面の旅行記とも言うべき、このミステリー仕立ての小説は読者をインドの夜の帳の中に誘い込む。イタリア文学の鬼才が描く十二の夜の物語。」


内容:

第一部
 Ⅰ
 Ⅱ
 Ⅲ
 Ⅳ
第二部
 Ⅴ
 Ⅵ
 Ⅶ
第三部
 Ⅷ
 Ⅸ
 Ⅺ
 Ⅻ

訳者あとがき




◆本書より◆


「Ⅰ」より:

「「親切なひとでした。こころはいいひとだったんだけど、悲しい運命に生まれついていたんです」」
「「病気だったんです。悲しい運命に生まれついたからです」」



「Ⅱ」より:

「「インドで失踪する人はたくさんいます。インドはそのためにあるような国です」」

「廊下は、陰鬱な空色に塗ってあって、どこまでも続いていた。床がまっくろになるほどゴキブリがいて、踏まないようにと細心の注意を払っていても、僕たちの靴の下で、小さな破裂音をたてた。「退治するのですが」と医者は言った。「ひと月もすると、また卵がかえります。壁にびっしり卵がついていて、病院そのものをとりこわさない限り、どうにもなりません」」



「VI」より:

「「あなたはグノーシス神秘主義者ですか」彼がとつぜん訊いた。目はまだ閉じたままだった。
 「たぶん、そうじゃありません」僕は言った。「いや、よくわかりません。好奇心があるだけです」
 彼は目をあけ、悪意、でなければ皮肉をこめて、僕を見た。「あなたの好奇心はどの辺りまでですか」
 「スウェーデンボルグ」僕は言った。「シェリング、アニー・ベザント。すべて少々かじっただけです」彼が興味を示したのをみて、僕はつづけた。「でも、間接的に知った人もあります。たとえば、アニー・ベザントがそうです。フェルナンド・ペソアが彼女の書いたものを訳したからです。ペソアはポルトガルの大詩人で、一九三五年に、無名のまま死にました」
 「ペソア」彼が言った。「そうね」
 「ごぞんじですか」僕はたずねた。
 「ちょっとだけ」会長は言った。「あなたがかじったとおっしゃったぐらいです」
 「ペソアは自分がグノーシス神秘主義者だと公言していました」僕は言った。「薔薇十字だったんです。Passos da Cruz [十字架の道]という秘教的な詩集の著者です」
 「読んだことはありませんが」と会長は言った。「彼の生涯については少々知識があります」
 「臨終の言葉をごぞんじですか」
 「いや、どういうのですか」彼は訊いた。
 「『そこにある眼鏡をとってくれ』です。ひどい近眼だったので、あの世に眼鏡をかけて行こうとしたのです」」

「「なにがいちばんお気に召しましたか」
 「たくさんありますね。でも、ひとつあげるなら、カイラサンタの寺院でしょう。なにか痛々しい、そのくせ魔術的なところがあって」」



「Ⅶ」より:

「そのとき初めて、僕は少年がおぶっている動物と思ったものが、猿ではなく、人間だとわかって慄然とした。それはおそろしい形をした生きものだった。残忍な自然のしわざなのか、なにかこわい病気によるものか、その子の肉体は形も大きさも、プロポーションを失ったままちぢかまっていた。手足は彎曲し、変形して、グロテスクとしかいいようのない、むざんな秩序と寸法を強いられていた。」
「少年は自分の胸のうえに組まれた小さな手を撫でながら、愛情をこめて言った。「ぼくの兄さんです。年ははたちです」」



「Ⅹ」より:

「「ある日、フィラデルフィアの道を歩いていた。寒い日の朝で、僕は郵便を配達していた。どこまで行っても町は雪だらけ。フィラデルフィアはひどいところだ。僕はだだっぴろい道路を歩いていた。それから、長い、暗い路地にはいった。スモッグをつきぬけてきた太陽の光線が一本、かろうじて路地を照らしていた。僕はそのあたりをよく知っていた。毎日、郵便を配達してたからね。つきあたりは自動車の修理工場だった。いいかい、その日、僕がなにを見たと思う? あててごらん」
 「ぜんぜんわからない」僕は言った。
 「海だ」彼が言った。「僕は海を見た。路地のつきあたりに、きれいな青い海があって、波がしらが白く泡だっていた。砂浜と椰子の木と。ねえ、どう思う?」
 「ふしぎだな」僕は言った。」





こちらもご参照ください:

『集英社版 世界の文学 31 ドノソ 夜のみだらな鳥』  鼓直 訳
Fernando Pessoa 『A Little Larger Than the Entire Universe: Selected Poems』 Edited and translated by Richard Zenith (Penguin Classics)






























































































アガサ・ファセット 『バルトーク晩年の悲劇』 野水瑞穂 訳

「バルトークは日常生活において、強い好意、しからずんば強い無関心を示す人であり、その中間ということは知らないのである。」
(アガサ・ファセット 『バルトーク晩年の悲劇』 より)


アガサ・ファセット 
『バルトーク
晩年の悲劇』 
野水瑞穂 訳


みすず書房
1973年4月25日 初版第1刷発行
1987年2月10日 新装版第3刷発行
378p 著者・訳者略歴1p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,000円
カバー写真: ベラ・バルトーク
表紙写真: バルトークの最後の編曲の原稿



Agatha Fassett: The Naked Face of Genius, Béla Bartók's Last Years, 1958
本書はまだよんでいなかったので日本の古本屋サイトで注文しておいたのが届いたのでよんでみました。1,000円(4,000円以上購入で送料無料)でした。


ファセット バルトーク晩年の悲劇 01


カバー裏文:

「この本の発見は私にとって何という感動的な、心に触れて消え去らない経験であったことか!
ユーディ・メニューイン

 ナチ占領下の祖国に止まることを拒否して、ベラ・バルトークは祖国ハンガリーを去り、1940年アメリカに亡命した。著者がブダペストの音楽アカデミーの学生であった頃、バルトーク教授はそこですでに伝説的な偶像であった。著者は20年代の末からニューヨークに住み、ここで亡命したバルトーク夫妻を歓迎し保護し助力することとなる。バルトークは異郷アメリカでで5年後に歿するが、本書はこの期間の天才をえがくヴィヴィドで感動的な物語である。
 バルトークなみの感受能力と感情の深みから書かれたこの書物は、作曲家の背景と卓抜な性格のみならず、創造過程の性質と日常世界との絶え間のない格闘にまで及んでいる。バルトークにとって、たとえば、「ハンガリーの納屋のワラ一本」への一寸した言及が彼の心のうちに呼び覚ます思いは、“一つのよい薫り――それは音に成ろうとしているのだ”ということであって、この激情が感覚の統合力を伴っている点にバルトークの特質がある。ホームシック、ニューヨークでの悲惨、自分自身の緊張した、自己集中的な、複雑な性格の被害者が実に彼だったのである。それらは貧乏や軽視や誤解などでさらに悪化していった。
 著者の描写の劇的な力、深い感情、本質への的確な感覚によって、これは真の文学のもつ普遍性と強さに限りもなく近接しているといえよう。」



内容:

I~XXVII

訳者あとがき



ファセット バルトーク晩年の悲劇 02



◆本書より◆


「I」より:

「「当時のことでもっともはっきりと記憶しているのは、自分がなにか不快な囲みに閉じこめられているという意識だ。そして、これが一時的状態にすぎず、自分の知識の限界からくる障害であり、この囲みを打破して大いなる自由に到達する力は自分のうちにあるのだ、と自ら言いきかせようとどんなに努めたことか……。私はその願望に対するこらえようもないもどかしさでいっぱいになり、もはや身体に苦痛を覚えるまでになったものだ。
 私はこの囲みを自らの手でとり払うことができるという信念をもっていたが、それは当時の私の無知を雄弁にものがたっている。程度の差こそあれ、人間は永遠に閉じ籠められたままであり、人間の認識の翼は常にもがれたものである、とはじめて解ったのはずっと後になってからだったからね。」」



「II」より:

「私は彼の完全な孤絶に深く打たれた。彼はいま、くつろいで親しい友人たちの集いの中にいる。しかし、街路の行きずりの人に対すると同じように、まわりの人びとに溶けこんではいなかった。(中略)その関心は聴き手の上にはなく、自分の手にした一つの物体に集中していた。(中略)一瞬、バルトークと彼が論じているその物体とが、他の人びとと違った次元に孤立して存在するような印象を私は受けた。」

「こうした突然の拒絶反応は何も特別のことではなく、バルトークと話していると、時と人を選ばずよくあることだということはずっと後になってわかったことである。」

「「自然のままの姿を歪曲することを、それがどんなことであってもあの人は憎んでいますのよ。」」



「IV」より:

「「ベラが生来のペシミストだというだけであの人の態度を片づけてしまう人が多いけれど、そうはなさらないでね。だってあの人は少しもペシミストなんかじゃないんですもの、どう説明したらよいかよくは判らないけれど、でも全然違うものなの。あの人には自分の難儀の性格を理解するやり方があるんです。」」
「「彼が期待しているのは、問題がほんの少しずつ変化していくこと、時間の経過とともに生ずる必然的全体的な変化によって、一つ一つの問題がひたすらにゆっくりと解決していく、ということだけなんですわ。ですから、目前に迫っている未来はまったく希望がないわけなんです。」」
「「好評であれ、徹底的に不評であれ、あの人にとっては違いはないんです。あの人の関心事はそうした批評の質なんだわ。(中略)例え評判がよくても、それが内察と理解力を示していなければ何の意味もありませんのよ。」」

「バルトークのオプティミズムははるかに深く埋もれたもので、それを発見するのはなかなかであったが、力強くつねに生きつづけていた。彼がペシミストだと言えるのは、その日その日に遭遇する小さい障害についてだけなのだ。」



「VI」より:

「「金魚のことを思いついて本当によかった! ベラは我を忘れて喜ぶわ。」」
「「あの人が説明書を忠実に守って、どれほど細心に世話をするかおわかりになるわ。鉢に入れてやる餌の数を本当に数えるのよ。一粒も不足しないように、一粒も多くないように。」」

「「汚れがなんだ。清潔のためにはすべてが犠牲にされていいものかね。」」
「「こうしたものは遺品のように扱って、敬意をもって保存しなければいけないよ。汚れといわれるものはそれぞれの辿った歴史の跡なのだから。」」

「バルトークは一心に皿の片側にチキンの骨をつみ重ねていたが、遠く遙かに離れている人のようであった。突然顔を上げると、彼は口を開いた。
 「ディッタ、チキンの骨とジプシーの少女の話をしたことがあったかね。」
 「いいえ、伺っていないと思いますよ。」
 「それじゃ」、と彼は低いひじょうに抑えた声で、ゆっくりと語りはじめた。「まだずっと若い頃、ルーマニアでのことだ。(中略)ある暑い真夏の昼下りだった。森つづきの小さな街はずれにある、荒れ果てた宿屋のごみだらけの庭で弁当をつかっていたんだ。(中略)庭には人影はなく、私ひとりで食べていた。仔猫が一匹やってきて、私の足に身体をこすりつけたり、大声で甘えたりして友だちになったんだ。猫は食べ物が目当てではなくて、ただ仲間になりたかっただけなんだ。とりの骨を皿に入れてやったのに、上品に匂いをかいだだけで行ってしまったところを見るとね。
 そのとき、一人の若いジプシー娘が影のようにひっそりと森から出てくるのにふと気がついた。私には何が何だか判らないでいるうちに、その娘は私の坐っているところへまっすぐ走ってきたかと思うと、茶色の手をすばやく伸ばして、皿の上からとりの骨をつかむが早いか、森の中へ矢のように走り去ったんだ。
 何の考えもなく、私はすぐにとび上って、できるかぎりの力で追いかけた。その娘を慰めてやりたい。何か話しかけてやって、何かを与えてやりたいという切迫した願いが私を強制していたんだ。走ってはいたが、私は悲しみに襲われて心がいっぱいになってしまった。あの娘は骨を盗んだことを罰しようと追いかけていると思うかもしれないし、どんなに懸命に駆けても、追いつける筈もないようだった。その上、娘を力づけてその顔からおびえているけもののような表情をとり去ることはできそうにもなかったからだ。
 私は高く伸びた木々の間をゆっくりと歩いて引き返した。そのときはじめて、足下の地面が凸凹で、一面に木の根がよじれて這っているのに気がついた。昔、洪水があって地表の土が流されてしまったのだろう。そして残ったむき出しの地面にひしとしがみついた古い裸の根だけがとどまっているのだ。この迷路のような道をゆっくりと選びながら歩いていると、丸々と肥えた蝿が頭のまわりをぶんぶんとまわりつづけながら、私についてきたっけ。」」

「ふたたび驚くべき孤独感、周囲にとけこむことのできぬあの姿であった。彼が真底うちとけられる場所はないのだろうか?」
「私は、他人がバルトークにしてあげられることがいかに少ないかを悟りはじめていた。彼の純粋性の必然的帰結として、彼は全面的に信じられるもの以外には溶けこむことを許されないのである。」



「VII」より:

「私が夫妻を訪ねると、バルトークは私を食堂に連れて行き、蔓バラが窓を通って家の中に入りこみ、天井に向って壁伝いに広がっているのを見せてくれた。
 私が感嘆して眺めているとバルトークが言った。「結構なことだよ。しかし、窓を閉めることができなくてね。まだ夜は湿気が多くて肌寒いのに。」私は椅子に乗って、(中略)用心深く茎を窓の外に押し出してやった。バルトークは心配そうに見守っていた。「どんなことをしているかよく弁えてやってくれ給え。健康なこの植物に不治の損傷を与えないようにね。」私が椅子から下りると、彼は外を検べてから細心の注意を払って、葉をはさまぬように窓を閉じた。」



「VIII」より:

「「他にこの辺にはどんな木があるんだい。」
 「楓、橡、たくさんの種類の樺、樫、松の木もずいぶんいろいろありますのよ。」
 バルトークはふたたび腰を下ろすと、かがみこんで足下につもった松の葉を手で掘った。「膝ぐらいまでつもっているな。何百年もかかって堆積されたんだろう。」ひじょうに静かな語り口であるのに、その声は響きわたるようであった。「あんた方ご婦人は、二人ともこういう種類のカーペットを自分の家の床に敷きたいとはあまり思わんだろうな。だが、これがきわめて高価な手織りのカーペットよりずっと時間も労力もかかっていることはわかるだろう。太陽、雨、霜、雪、風が私たちの頭上にあるこの木々にふりそそぎ、季節がめまぐるしく変わる毎に葉や針葉は落ちて死に、それに代って生れるべき無数の新しいもの、こうした生命のために場を整えるんだ。それに昆虫や鳥、毛虫なんかも忘れられないんだ。それぞれのやり方でこの過程を助けているのだから。彼らはみな、この生と死が相半ばしてできているこの刺激臭のあるカーペットの生成に関わっているんだ。」」



「IX」より:

「「音楽もまた生れ故郷を脱け出るときは、その国本来の香が失せてしまうんだ。故郷の人びとの間にあっては、その民族固有の記憶の中で胸に響きわたるこだまをひきおこす音節も、異国の聴衆に同じ効果を期待することなどほとんどできはしないよ。(中略)外国生れの民謡にいかに深く惹かれ感動したとしても、その反応はいわば客観的なものであるというのが実際だろう? 自分の国の民謡を聞くときに経験するもろもろの主観的な感情とはひじょうに違うものなんだ。自国の民謡の一節はその人が生きているかぎり、その人の内に成長しつづけるんだよ。」」

「ディッタは吐息をついた。「(中略)私はあの人と一緒に暮すようになって以来ずっと、皆さんがあの人の行為について不可解な非人間性と考えていらっしゃるものを翻訳しようと努めてきましたの。」
 「不可解ですって?」私は言った。「バルトーク先生が不可解だって感じたことは一度もありませんわ。(中略)あの方が自分自身を表わそうと苦労なさるのは、それはあの方が並なみならず正直でいらっしゃるということですわ。皆が期待するようなことをしたり言ったりなさらないけれど、そのようなことは、別の考え方をすれば、人びとが真の自分の姿を隠すためにすることなんだわ。バルトーク先生はひと言なにか仰言るごとに、無防備に自分の姿をさらけ出していられるんです。」
 「そうおっしゃって下さると嬉しいわ。あの人が日常の会話ってどんなものかまったく判っていないっていうことは、今でも私にとって驚異なのよ。」ディッタは一息入れた。「あの人のあたり構わぬ言葉に恨みをもった人びとに、どれほど私が説明しなければならなかったことか。」
 「説明が本当に役に立つかしら?」私は問うた。「バルトーク先生はその作品と同じで、翻訳することは不可能なのじゃない? そのままの姿で知ってもらうべきなのよ。」
 ディッタは笑った。「むかしあの人の友人の一人が、時々会うときに、唯の一度もご機嫌いかがって聞いてくれないって、バルトークのことを私にこぼしていましたっけ。そのことをベラに注意したら、あの人ったらびっくりして、子どもがいっしょうけんめいになったときのような顔付きで私を見つめて言ったわ。『彼が病気だって誰も教えてくれなかったよ』って。それで、あの人をあの人でないものに変えようとすることがどんなに馬鹿気たことか、私、再確認したのよ。」」

「バルトークの食事はスムースに進むことが稀であった。その食欲は細く、妥協を許さなかった。食物を口に運ぶまであまり長いこと躊躇っている姿を見ると、私はいつも冷水に飛びこむ前に勇気を奮い起こしている水泳選手を思い出すのだった。」

「「病気が彼を幼い頃に連れ戻し、母親の家にまっすぐ導いていたのね。苦痛がいかなるものであろうと、あの人は病気のうちに深い安心感、秘かな満足感を見出していたのよ。あの人はベッドのほの暗い深みに身を隠し、完全に外界のものを消去して病気をやり過ごしたわ。」」



「X」より:

「ごくちびた鉛筆、つまむこともできないほどの小さい消しゴム、さびついた紙クリップ、こうしたものも(中略)念入りに蔵っておくのである。」
「「新しい服を買うんだって!」彼は考えるだに苛立たしげに言った。「九〇歳まで生きるとしても、一生間に合うだけの洋服はもっているんだよ。」」

「「くる年も、くる月も、くる週も、くる日も、あの人の顔も身体も一面にただれに覆われて、お母さんのキスを受けられるような綺麗なところは一個所としてなかったのよ。あの人のお母さん! あの人の世界中でただ一人のひと。あの人といつも共にいて、世話をし、他の家族をさしおいても、いかなる犠牲を払っても、あの人を癒そうと決意したんです。あの人が真底信頼していたのはお母さんだけでした。あの人の姿を見ても厭がらなかったのはお母さんだけ。他の人はすべて疑わしかったんです。あの人は、自分が他人に見られて嫌われるのを常に怖れ苦しんでいたのだわ。おそらく、自分自身も顔を映してそんな感じを受けたのでしょう。あの人は鏡を見ようとはしなかった。自分の姿を見ることを厭いました。そして、夜はベッドに横たわったまま眠れず――このことはあの人が話してくれたことがあるのよ――おそろしい皮膚を脱ぎ捨て、雪のように清らかな皮膚になって、朝になったらお母さんにお早うが言いたい、と夢見たそうです。時折り束の間ただれが消えることがあったそうだけど、でも実際そうなってみると、こんどはただれている時以上の耐え切れぬ恐怖、つまり再びただれるのではないかという恐怖に苛まれたんです。また再発するだろうという予感で胸がいっぱいになり、あの人の夜はそれを待ちつつ一層長いものとなったんです。そしてもちろんのこと、ただれはまた現われました。そこで知らない人に見られるのではないかという恐怖がはじまるのです。あの人は家を出ることさえほとんどなかったのです。あの人は自分と同年齢の子どもたちを最大の敵だと思っていました。その怖れはあの人にとりついて離れず、病気が消えてしまってからも長い間、子どもたちの嘲笑に対する恐怖が残りました。あの人はほかの子どもたちと遊んだ経験がないの。あの人は今日まで、遊ぶっていうことがどういうことなのか知らないのだと思うのよ。」
 ディッタは休息した。
 「あの人は子ども時代を過ごしたことがないのよ。私たちに与えられるような子ども時代をね。(中略)この不幸な人生のはじまりが、あの人に与えた影響を本当に判って下さるかしら。ほんの少しでもあの人を知ろうとするなら、すべてを知らねばならないのです。あまり重要でないような細かいことをたくさんあなたにお話しするのは、そのためなんです。何かお話しようとすれば、あらゆることを言ってしまわなければという気になるの。だから、彼の試練のことも言い忘れることはできないの。あの人にとっては、全面的な真理こそが本当の真理なんです。ささいなこともすべてが、全体にとって重要なのです。」」



「XII」より:

「彼は血のように赤い茸を一つ手にして立ち上った。「もっと深く、もっと湿り気があれば、もっと茸が生えるんだ。科学的というわけではなくて、それが法則なんだね。」彼は手にした茸の折れた茎を見つめていた。「これはひじょうに華奢なつくりだ。(中略)これはもっと大きくなるのかな。それともこれはこれで限度なのかね。君たち二人でもっと大きいのを見つけてくれないかな。なぜぼんやり立っているんだね。」彼は自分が著しく興奮していたので、どうして私たちが彼を一緒になって夢中にならないのかが判らないらしかった。」

「家に戻ると、彼の手やポケットはいつも途中で見つけてきたものでいっぱいで、私たちにそれを全部拡げて見せるのだ。それは彼が全く知らない一連の苔だったり、ある日手の甲にとまらせてきたてんとう虫のように、彼のお馴染みのものであったりした。」



「XIII」より:

「「あらゆる物事が、このように混乱しているのは何と不幸なことか。私たちはエデンの園を追われ、拒まれ、そして私たちの受け継いだものをほとんどすべて忘れてしまったのだ。」」

「バルトークの、明るい気分のあとにかならずやってくる突然の沈黙が、重く彼にのしかかってきた。その前の気分が明るければ明るいほど、それにつづく沈黙は深かったのである。彼は私たちの数歩先を歩いたが、その姿は自分自身の沈黙の厚い霧の中を行くようであった。」



「XIV」より:

「ときにバルトークは散歩から怱怱に帰ってきて、私たちをまた連れ出すことがあった。森の中に見せたいものがある時であった。それがどういうものであろうと、彼は白糸で目印しをつけておいた。白樺のくるくると捲いた数枚の葉っぱにすぎないこともあった。しかし、そこには眠っている毛虫や甲虫がかくれていて、「来春には、立派に着飾った蝶になって出てくる」筈なのであった。」

「彼は再びソファのクッションに凭れて語りつづけた。「私はこの踊りを披露してくれた一組の男女を忘れはしない。二人の演技は完璧だった。踊りの演技の優劣がその民謡の評価に影響するようなことはもちろんないが、類いまれな披露の仕方と類いまれな歌との組合せは、私のうちに永遠にとどまり自分自身の作品の創造にあたってこうした素材を用いる時機が到ると大きなインスピレーションとなるのだ。しかし何よりも大事なことは、その人びとの脈打つ生活の中に入りこんでいくことであり、結婚式、収穫祭、葬式をともに呼吸することであり、こうしたあらゆるつき合いの中から、録音の歌より意味深い何か、音楽や歌詞を超えた何か、つまり心の中に生きる力としてとどまる抽象的な真髄を抜き出し、守りつづけていくことなのだ。」
 彼は極めて自由に自ら進んで話していたので、私ははじめてためらわずに質問することができた。
 「でもそういう人びとにどうやってお会いになるのですか?」
 「そうだね。見知らぬ僻村へ着くと、私はまず学校があれば学校、なければ牧師のところへ行くんだ。(中略)そして、私のしたいことを説明して、この辺りでいちばんの歌い上手を知っているか尋ねるんだ。(中略)一軒の家へ入りこめば、氷を解くのは容易になる。『この辺りでいちばんの歌い上手と伺ってきたのですが。録音機に吹きこんでいただけませんか』というようなことを頼むのだ。もちろん、常時この機械は持ち歩いているのでね。
 しかし、(中略)ときには全然違った進み方になることもあるのだ。こういう僻村に何の予告もなくあらわれると、たいていは、一本の曲りくねった通りだけが全村という程のところだが、そうしたところでは、見知らぬ旅人と彼の担いでいる録音機がすぐにたまらない好奇心の的になるのだ。まず、旅人は疑惑の目で、あるいは恐怖をもってじろじろと見られるのだ。」」
「「しかし、この旅人の望みは歌だけであるという知らせが触れまわられると、あちこちで安堵の笑い声が起こるんだ。(中略)直ちに一種の阿呆と見なされるのだ。(中略)そうなのだ。口を一度も開かないうちに、旅人はすでに怖れられ、敬われ、馬鹿にされ、笑われるのだ。
 そして、ようやく仕事がはじまる。急がずに、辛抱強く、村人たちの信頼を得るようにつとめ、そして都会の人間に生来不信感をもち、都会の人間とともにいることを快く思わない人びとを暖めて歌をひき出すのだ。」」
「「性急にはできるものではない。しかし早晩何とかその気になってくれるものだ。老いた男や女が心もとなく震える声で歌いはじめる。そして、一つの歌が次の歌を呼ぶのだ。そしてやがて、機械のことなど忘れてしまうのだが、その中には大きな宝の収穫がつめこまれていくのだよ。」」
「「しかしなかんずく、他の人びとにぬきんでて、私にとって価値ある歌を明らかにしてくれた女たちのタイプがあった。(中略)生涯を野良で働いてきたのに、最低必要限度のものしかその土地から生み出すことのできなかった女たち。風雨にさらされ、陽焼けし、骨ばった、(中略)取柄のない体格で、その声は体格と同じように無感動で強いものだった。しかし、そうした女たちの深く退行した人間的感情は、何と奥深く、何と真実で、何と現実性のあったことか!」」

「「戦争は現にあるのだ。ちょっと前も、いまこの瞬間にも爆弾は落下しつづけている。どこかで。いつもどこかで。そしてもはやそれを逃れることはできないのだ。」」



「XV」より:

「「ベラの行動はいつも、あの人の流儀で解釈しなければならないのよ。」」


「XVI」より:

「バルトークの感覚では、ありとあらゆるものすべてが、その本来属するその場所になければならないのであった。」

「「地球上遙か遠くの小さな土地が、そのすべての住民ととも全滅するという苦痛は、全世界の滅亡と比べて苦しみに於て劣るかどうか。少数の人間に限られ、一片の土地に限られているからといって、苛酷さが減ずるかどうか。たった一握りの緑の草に覆われた土地だからといって、曲りくねった巣に深くもぐりこんだ小さな虫けらだからといって、厳しさが和らぐかどうか。」」



「XIX」より:

「「何よりも本当に知って貰いたいのは、あの人が自分自身の苦しみよりも、他の人びとの苦しみによって、どれほど動揺し震撼させられるかということなの。(中略)そして自分自身のことを訴えるための小さな語彙なんかほとんど持ち合わせないのよ。」」


「XXI」より:

「バルトークはこの猫が手の届くところにいる限り、いつもそのなめらかな毛並みをやさしく悲しげに愛撫していた。
 「そう、ケムブリッジでも何匹もの猫を見かけたよ。人間たちにまじって、信頼し合った友だちのように歩道をぶらついているのだが、それでも自分たちだけの秘密の目的を意識しているんだ。」
 私たちが微笑んでいるのを見ると、バルトークは首を振って、更に語気を強めた。
 「しかし、自分以外の大地の子どもたちを受け入れる余裕があるということは、真の文明を表わす一つの重要な徴しなんだ。」」




「XXII」より:

「ディッタは悲しそうに言った。「この頃は何でもがこうなってしまうのよ。現実のものはすべて私から逃れてしまって、私は夢のかすみの中に生きている思いなの。」」


「XXIII」より:

「「死の世界からほんの少ししか離れていなくとも、ある朝目が覚める。ラッパの音によってではなく、雨垂れのようにいつも同じ間隔でポトンポトンと分を刻んで落ちる生命あるしずくの音によって目覚めるのだ。固定された時間の巨体が自分の内で崩壊するのを感じるんだ。あらゆる桎梏を逃れて、再び日々の流れとともに活動するのだ。生涯自分を運んできてくれた、あのやすみない、よく慣れたリズムで時々刻々を使い、そして再び生に信頼を寄せるのだ。それが再生の意味だとすれば、この再生の概念が何百年もの間人びとの想像力をあれほど強く捉えていた理由を、私はいまこそ理解したよ。」」

「バルトークは日常生活において、強い好意、しからずんば強い無関心を示す人であり、その中間ということは知らないのである。」



「XXIV」より:

「「創世の時に、何か間違いがあったような気がしばしばするんだ。その時に、私たちと私たち人間より以前からこの世にいた生物たちの間に、埋めようもない間隙を残したのだ。元来私たちはお互いに同胞としてこの地上の生活を頒ち合う筈だったと、私は信じているんだ。もしそうだとしたら、おそらく私たちは今よりも寂しさが和らげられるだろうね。」」


「XXV」より:

「「明け方もまだ早い頃、一本一本の枝から目を覚ました鳥たちのかすかな笛の音が聞こえてくる。それはゆっくりとふくらみ、いっぱいの音量となり、緑の葉の一枚一枚が、(中略)快活で生き生きしたこのコーラスに加わるんだ。この流れるような音色は耳にだけ入るのではなく、五体に浸みこんで、特効薬のような力を及ぼすんだ。
 自然と密接して生活を営んでいる人びと、そしていわゆる文明、医者や病院などといういかがわしい恩恵から遠く離れた人びとが、体を癒すこうした歌の儀式に、自分たちの運命をいまなお委ねていることを、私はその時実際に理解したのだ。アフリカの奥地に住むような、原住民の部族のことを言っているのではない。例えばせいぜい東はルーマニアのひなびた田舎ぐらいの人びとのことを言っているのだよ。彼らの歌を私はこの手でたくさん録音した。(中略)あれほど幸せな気持で身を委ねられるあれ以上の治療法を、私は望み得ないよ。
 病いと闘う歌、旱魃と闘う歌があって、こうした歌はもちろん早晩効きめのあることが判るんだ。」」

「「歌は私をまっすぐ東へと導いた。トルコでさえ、ある夜私はハンガリーのどこかで聴いた筈の歌を老人が唱うのを耳にしたのだ。」」
「「地図上で後退したり前進したりして変る国境線が新しいものであろうと、古いものであろうと、夏には緑に、冬には白い、あの広い土地に花粉や種子を楽々と運びつづけ、何世紀にもわたって歌を送りつづけているあの風に対する防御柵をうちたてることはできなかったのだよ。」」



「XXVI」より:

「「自分の辿るべき道を探す過程で、私は一つのことを信じるに到った。完全に古いものからのみ完全に新しいものが生れる。その両者の間に生じるあらゆる夾雑物は、(中略)行く手に立ちはだかる障害物にすぎないのだ。はじめは混乱しながら踏みだした私は、ついに私の通るべき道を見出した。過去と現在の間に楔となって入りこんだあらゆる成長の形態をやり過ごし、私自身とあの本来矢のように強く真直ぐな根の間にあるあらゆるものを切り払い、ときおりそこから吹き出してくるあらゆる枝を無視して、とうとう見出したのだ。」」




こちらもご参照ください:

ピエール・シトロン 『バルトーク』 北沢方邦・八村美世子訳
Th・W・アドルノ 『アルバン・ベルク』 平野嘉彦 訳 (叢書・ウニベルシタス)












































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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