『フラムスチード天球図譜』 恒星社 編

恒星社 編 
『フラムスチード天球圖譜』

解説: 薮内清/野尻抱影/木村清二

恒星社厚生閣 
1968年8月30日 初版発行
1975年1月30日 2版発行
1980年8月30日 新装版発行
231p 
26×19cm 
角背バクラム装上製本 
本体カバー 機械函 
定価5,000円



フラムスティード(John Flamsteed, 1646―1719)は英国の天文学者で初代グリニッジ天文台長。絵は歴史画家のジェイムズ・ソーンヒル(Sir James Thornhill)によるものです。初版は1729年にロンドンで出版され、第二版は1776年パリで刊行されました。本書は第二版(パリ版)を原本としています。辞・緒言・解説中に参考図版(モノクロ)多数。


フラムスチード天球図譜 01


内容:

複刻版の辞 (恒星社 1968年6月)
刊行の辞 (土居客郎 1943年2月)
緒言 

1776年4月30日及び5月5日の帝室理学協会覚書より抜粋 

北半球天図
カシオペヤ座・セフェウス座・小熊座・竜座
アンドロメダ座・ペウセウス座・三角座
麒麟座・馭者座
山猫座・小獅子座
大熊座
牧夫座・天秤座・ベレニスの髪座
ヘルクレス座・冠座
蛇遣い座と髪座
鷲座・アンチヌース座・矢座・狐座・海豚座
琴座・白鳥座・蜥蜴座・狐座
ペガスス座・小馬座・海豚座
羊座
牡牛座
双子座
蟹座
獅子座
乙女座
天秤座と蝎座
射手座
山羊座と水瓶座
魚座
鯨座
エリダン座・オリオン座および兎座
大犬座
海蛇座・六分儀座
海蛇座・コップ座・烏座
南半球天図
ラカーイュ氏による南半球天図
天球図および解説図

恒星表について
南中表(春分点・子午線経過表)の使用法
例題 1
例題 2
赤道上の度数を時間に改算し、また時間を赤道上の度数に改算する方法について
星座とその星々を見分ける法
 北極星
 小熊座
 カシオペヤ座
 セフェウス座(ケェウス座)
 竜座
 アンドロメダ座
 三角座
 メヅーサの首座
 ペルセウス座
 馭者座
 大熊座
 牧夫座(牛飼座)
 ベレニスの髪座
 琴座
 ヘルクレス座
 冠座
 蛇首座
 蛇遣いと蛇座
 鷲座
 アンチヌース座
 矢座
 海豚座
 白鳥座
 小馬座
 ペガスス座
 羊座(牡羊座)
 牡牛座
 双子座
 蟹座
 獅子座
 乙女座
 天秤座
 蠍座
 射手座
 山羊座
 水瓶座
 魚座
 鯨座
 オリオン座
 エリダン座(エリダヌス座)
 兎座
 大犬座
 小犬座
 船座(アルゴ)
 海蛇座
 コップ座
 烏座
 センタウル座(ケンタウルス座)
 狼座
諸惑星
第1題 
第2題 
第3題
第4題
第5題
第6題
第7題
第8題
第9題

解説
 フラムスチードと現代の星座 (薮内清)
 フラムスチード星図の史的地位 (野尻抱影)
 フラムスチードとグリニッジ天文台 (木村清二)



フラムスチード天球図譜 02



◆本書より◆


フラムスチード天球図譜 04


鯨座。


フラムスチード天球図譜 03


海蛇座。




こちらもご参照ください:

『ヘベリウス星座図絵』 訳・解説: 薮内清
































































































































































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『ヘベリウス星座図絵』 訳・解説: 薮内清

『ヘベリウス星座図絵』
訳・解説: 薮内清


地人書館 
昭和52年10月1日 初版発行
151p 
29.5×41.5cm 
角背紙装上製本 函 
定価4,500円



本書「発刊に当たって」より:

「このヘベリウス星座図絵は、ソビエト連邦・ウズベク共和国科学アカデミー所属の天文研究所が、首都タシケントの開都2,500年を記念して1968年に出版したものである。」


ヘベリウス(Hevelius)ことヨハン・ヘベルケ(Johann Hewelke, 1611―1687)はポーランドの天文学者です。星座図といえばフラムスティードが有名ですが、ヘベリウスの方が年代的には早いです。フラムスティードが赤道座標であり、地球からみた天球の図になっているのに対して、ヘベリウスは黄道座標であり、天球を外側からみた図になっているのが特徴的です(したがって、星座の向きがフラムスティードとは逆になっています)。

解説中に参考図版(モノクロ)多数。


ヘベリウス星座図絵 01


内容:

発刊に当たって (地人書館)

[原解説]

星図
 こぐま(小熊)座とその近傍
 りゅう(竜)座とその近傍
 ケフェウス座とその近傍
 おおぐま(大熊)座とその近傍
 りょうけん(猟犬)座とその近傍
 うしかい(牛飼)座とその近傍
 かんむり(冠)座とその近傍
 ヘルクレス座とその近傍
 こと(琴)座とその近傍
 はくちょう(白鳥)座とその近傍
 こぎつね(小狐)座とその近傍
 とかげ(蜥蜴)座とその近傍
 カシオペア座とその近傍
 きりん(麒麟)座とその近傍
 へびつかい(蛇遣)座とその近傍
 ソビエスキのたて(楯)座とその近傍
 わし(鷲)座とその近傍
 いるか(海豚)座とその近傍
 ペガサス座とその近傍
 アンドロメダ座とその近傍
 ペルセウス座とその近傍
 ぎょしゃ(馭者)座とその近傍
 やまねこ(山猫)座とその近傍
 こじし(小獅子)座とその近傍
 さんかく(三角)座とその近傍
 おひつじ(牡羊)座とその近傍
 おうし(牡牛)座とその近傍
 ふたご(双子)座とその近傍
 かに(蟹)座とその近傍
 しし(獅子)座とその近傍
 おとめ(乙女)座とその近傍
 てんびん(天秤)座とその近傍
 さそり(蝎)座とその近傍
 いて(射手)座とその近傍
 やぎ(山羊)座とその近傍
 みずがめ(水瓶)座とその近傍
 うお(魚)座とその近傍
 くじら(鯨)座とその近傍
 エリダヌス座とその近傍
 オリオン座とその近傍
 いっかくじゅう(一角獣)座とその近傍
 こいぬ(小犬)座とその近傍
 うみへび(海蛇)座とその近傍
 ろくぶんぎ(六分儀)座とその近傍
 コップ座とその近傍
 ケンタウルス座とその近傍
 おおかみ(狼)座とその近傍
 さいだん(祭壇)座とその近傍
 みなみかんむり(南冠)座とその近傍
 みなみのうお(南魚)座とその近傍
 うさぎ(兎)座とその近傍
 おおいぬ(大犬)座とその近傍
 アルゴ座とその近傍
 くじゃく(孔雀)座とその近傍
 北天図
 南天図

解説 ウルグ・ベグ星表とヘベリウス星図 
 1 プトレマイオス星表
 2 イスラム天文学と天文学者たち
 3 ウルグ・ベグの星表
 4 イスラムの天文器械
 5 ヘベリウスとその星図
付録 ウルグ・ベグ星表




◆本書より◆


ヘベリウス星座図絵 03


りゅう(竜)座とその近傍。


ヘベリウス星座図絵 04


ペガサス座とその近傍。


ヘベリウス星座図絵 06


おうし(牡牛)座とその近傍。


ヘベリウス星座図絵 05


さそり(蝎)座とその近傍。


ヘベリウス星座図絵 07


さいだん(祭壇)座とその近傍。
















































































斉藤国治 『星の古記録』 (岩波新書)

斉藤国治 
『星の古記録』
岩波新書 黄 207

岩波書店
1982年10月20日 第1刷発行
iv 210p
新書判 並装 カバー
定価430円



カバーそで文:

「東西の古い文献には日食・星食・流星・彗星などの数多くの天文記録が載せられているが、複雑な天文学的計算によって当時の状況を再現してみると、それが正確であるかどうかがわかる。著者は数々の記録の一つ一つを計算で確かめ、そのなかから興味深い話題を選びだし、昔の人たちが見た星空の世界へ読者を誘う。」


斉藤国治 星の古記録


目次:

一 星月に入る――星食
 『日本書紀』の星食記録
 プロの観測者たち
 古天文学の登場
 復元作業の実例
 月と星とどちらが近いか
 路を歩いていて見かけた星食
 正確な中国の古記録
 問題のある朝鮮の古記録
 ヨーロッパの星食古記録
 判定困難の星食記録
二 日蝕(は)え尽きたり――日食
 日本最古の日食記録
 記事の日付修正の試み
 奇怪な不食記事の羅列
 日食を祈祷で祓った話
 平安京が闇になった
 『源平盛衰記』の日食
 『書経』の日食
 『春秋』の日食
 東西でちがう日食の周期
 長安で見えた皆既日食
三 歳星氐(てい)を犯す――惑星の合犯
 ある夜の天変
 持統天皇に凶兆か
 惑星接近・合犯の記事
 三星合は天下の大乱
 西郷星
 惑星直列
 ベツレヘムの星
四 『明月記』の客星――超新星の爆発
 アマチュア天文家の発表
 わし座新星の例
 超新星の発見
 超新星の謎
 かに星雲
 『明月記』の客星記事
 日本・中国以外の記録
 その他の客星の記録
五 光り物――流星と隕石
 聖書のなかの流星
 中国・日本の最古の記録
 天狗と旻法師
 日本・ヨーロッパで同時記録
 『続日本紀』の流星
 その他の流星の記録
 『明月記』の光り物
 日蓮上人と星
 しし座流星群
六 ハレー彗星――その二千年の履歴
 天武天皇とハレー彗星
 彗星の多い年
 ハレー彗星の軌道
 ハレー彗星の周期
 ハレー彗星の履歴しらべ
七 南極老人星――カノープス
 老人星信仰
 日本・中国・朝鮮の観測記録
八 シリウスはむかし赤かったか
 赤い犬シリウス
 赤い謎をとく
九 ガリレオ衛星は中国で発見されていたか
 ガリレオ発見の四衛星
 ガリレオより二千年前
十 科学の黒船――金星過日
 発端の手紙
 地球と太陽との距離をはかる
 ハレーのアイデア
 金星経過のおこる周期
 一七世紀における観測
 一七六一年の金星観測
 ブラック・ドロップ
 一七六九年の金星観測
 太陽視差の一覧
 一八七四年の観測の世界的情勢
 来日した観測隊
 メキシコ観測隊の出発
 メキシコ隊横浜に到着
 観天場の構造
 予備観測の開始
 いよいよ当日――山手観天場
 野毛山観天場にて
 ディアスの観測記
 写真撮影に成功
 撤収そして帰国
十一 黒い太陽――本邦初のコロナ観測
 荒井郁之助のこと
 本州を横断した皆既日食
 越後国三条における観測
 英国王立天文協会誌に発表
 伊沢修二のこと
 日食観測記念碑
 D・P・トッドのこと
 観測地を福島県白河に
 トッド夫人の日食残念記




◆本書より◆


「五 光り物――流星と隕石」より:

「鎌倉代になって、藤原定家の『明月記』にはすばらしい大流星観望記が載っている。
  治承四年九月十五日甲子(一一八〇年一〇月五日)、夜に入りて明月蒼然たり。故郷寂として車馬の声を聞かず。歩み縦容(しょうよう)として六条院のあたりを遊ぶ。夜ようやく半(なか)ばならんと欲して、天中光り物あり。その勢鞠(まり)の程か。その色燃ゆるが如く、忽然として躍るがごとく、坤(ひつじさる)(南西)より艮(うしとら)(北東)におもむくに似たり。須臾(しゅゆ)(暫時)にして破裂し、炉を打ち破るが如し。火空中に散じおわんぬ。もしくはこれ大流星か。驚奇す。大夫忠信、青侍らと相共にこれを見る。
 定家はこのとき一九歳。平清盛が福原遷都を強行したので、このころ京都市中は車馬も通らず、さびれてしまっていたのである。定家はよく夜間に外出する癖があり、このときも夜間外出して運よく大流星に遭遇した。
 さて、朝鮮にこれと一日ちがいに大流星の記録がある。
  明宗の十年九月十四日癸亥(一一八〇年一〇月四日)、流星九游(エリダヌス座)に出て、天狗(帆(ほ)座)に入る。大きさ盃(さかづき)の如し。尾長く七尺(七度)ばかり。(『高麗史天文志』)
 この二つの文から判断すると、このところ南天に輻射点をもつ粒の大きい流星群が出現した形跡がある。」
























































































































ベルニエ 『ムガル帝国誌』 関美奈子/倉田信子 訳 全二冊 (岩波文庫)

「一そよぎの風すらありませんでした。空気は非常に暑く、重苦しく、息をするのがやっとでした。我々を取り巻く灌木は光り輝く虫がびっしりついているので、まるで燃えているかのようでした。」
(ベルニエ 『ムガル帝国誌』 より)


ベルニエ 
『ムガル帝国誌 
(一)』 
関美奈子 訳
 
岩波文庫 青/33-482-1 

岩波書店
2001年11月16日 第1刷発行
347p
文庫判 並装 カバー
定価760円+税



ベルニエ 
『ムガル帝国誌 
(二)』 
倉田信子 訳
 
岩波文庫 青/33-482-2 

岩波書店
2001年12月14日 第1刷発行
361p
文庫判 並装 カバー
定価760円+税



本書「凡例」より:

「本書翻訳の底本は以下のとおりである。
 Voyages de François Bernier, Docteur en médecine de la Faculité de Montpellier, contenant la description des États du Grand Mogol, de l'Hindoustan, du Royaume de Kachemire, etc., ...Le tout enrichi de cartes et de figures..., Amsterdam, Paul Marret, 1699.」
「本書(二巻)中の図版十一葉は底本の挿絵を再録したものである。」



ベルニエ ムガル帝国誌


「(一)」カバー文:

「十七世紀半ばムガル朝は、タージ・マハルを建設した王シャー・ジャハーンの4人の息子たちによる王位継承をめぐる内戦の只中にあった。フランス人旅行家ベルニエ(1620―88)が目撃した、争いの一部始終と、宮廷でのさまざまな出来事、そして、財務総監コルベールに宛てたインドの国情を伝える書簡を収める。(全2冊)」


「(二)」カバー文:

「当時、ヨーロッパにまで繁栄ぶりが知られていたムガル朝を訪れたベルニエは、その様子を祖国の友人たちに手紙で伝えた。首都デリーの住居や城塞、市場や商店、食物や酒、祭りや音楽、ヒンドゥー教徒の驚くべき慣習や迷信、そして、地上の楽園といわれたカシミールへの行幸に随行した際の興味深い記録。(解説=赤木昭三)」


「(一)」目次:

凡例
訳者まえがき (関美奈子)

国王陛下への献辞
読者への諸言

一 ムガル帝国の大政変――王位継承をめぐる内乱の話
二 特筆すべき出来事――戦後五、六年間の事件と宮廷の逸話
三 インドの国情――国土、産業、軍備、統治の実態について

訳注 (小谷汪之、関美奈子)



「(二)」目次:

凡例

一 首都デリーとアーグラ――街の景観と王から庶民までのさまざまな暮らし
二 ヒンドゥー教、その教義と奇習のかずかず
三 原子論に関する見解――学問研究に立ち戻った旧友への激励の手紙
四 アウラングゼーブのカシミール行幸

最初の著作に入れ忘れた、ヒンドゥスターンの地図を完成させ、大ムガルの収入を知るための覚え書き

訳注 (小谷汪之、倉田信子)
地図
解説 (赤木昭三)




◆本書より◆


「国王陛下への献辞」より:

「インド人たちの主張によりますと、人間の精神は、常にまじめな態度を保って緊張しつづけることはできず、その点でいつまでも子供であり、したがってそこから何かを引き出すためには、精神を集中させるための配慮と同じくらい、気晴らしをさせるための配慮が必要だそうでございます。」


「ヒンドゥー教、その教義と奇習のかずかず」より:

「あまりにも多くの旅行者が、インドでは女性が焼かれると書くことでしょうから、ついにはその幾分かは信じられることだろうと思います。今度は私が、他の人々と同じく、このことについてお書きしましょう。それでも初めに次のことを指摘しておきます。つまり、事実は、一から十まで言われている通りではありませんし、昔ほど多数が焼死しているのでもありません。現在統治しているマホメット教徒達は、この野蛮な風習に敵対しており、できるかぎり防止しているからです。とはいえ絶対的に反対している訳ではありません。というのも、反乱を恐れて、自分達よりずっと多数である偶像崇拝の徒である人民に、自由な宗教行為を許しているからなのです。でも、焼かれたいという女性達に、太守に許可を願い出ることを義務づけることで、間接的に防止しています。」
「私の友人の一人で、主人(アーガー)ダーネシュマンド・カーンの筆頭書記のベンディダースという名の男が――私は彼を二年以上も治療していたのですが――消耗熱で死ぬような次第となってしまいました。妻はすぐに夫の遺体と共に焼け死のうと決心しました。でも主人(アーガー)に仕えていた親類達が、主人(アーガー)の命令を受け、「本当のところは立派で褒(ほ)められるべき決心だ、一家の中では大変名誉であり、本人も大いに幸福になるだろう。けれども、子供達がまだ小さいことを考えなくてはならない。子供達を見捨ててはならない。夫に対する愛情や自己満足よりも、子供の利益や子供への愛情を優先させるべきだ」と警告して、思い止まらせようと努めました。親類は、どんなに説いても彼女の決心を変えることができず、そこで主人(アーガー)からの使者として、また一家の古い友人として、彼女に会いに行くよう私に頼むことを思いつきました。(中略)私は一団の人々に近づき、妻に話しかけました。私はかなり穏やかに、ダーネシュマンド・カーンの代理でやって来たこと、彼が彼女の二人の息子のそれぞれに月二エキュの俸禄を与えたこと、但し彼女が二人の面倒を見、教育できるために、焼死を思いとどまるという条件でのみの話であること、その上でなお彼女がどうしても固執するなら、我々としては焼死するのを防止し、こんなにも無分別な決心に彼女を仕向け駆り立てる人々を後悔させる手段がよく分かっていること、特に親類の誰一人としてこれに満足しておらず、子供がいないのに夫の死後焼け死ぬ勇気のない女達のように破廉恥だとは決して評判されないのであるからということを言い聞かせました。こうした理由すべてを、私は何度も繰り返しましたが、彼女は何も答えず、ただ最後に私を傲然と見つめながら「いいでしょう。焼け死ぬのを妨害されるのなら、壁に頭をぶつけて割ります」と答えました。私は(中略)烈火の如く怒って「そうか、お前は救いようがないのだから、それじゃ子供達も道連れにするがいい。喉を抉(えぐ)れ、お前と一緒に焼いてしまえ。どっちみち彼らは餓死することになるのだから。何故なら私はこの足でダーネシュマンド・カーンに会いに行って、子供達の俸禄を打ち切ってもらうのだから」と言いました。この言葉はできるだけ強く、脅しつけるような口調で発せられたので、この女性と居合わせた人々を驚かせました。彼女は突然、一言も言わず頭を膝まで垂れました。大部分の老婆やバラモンは、扉の方に後ずさりして出て行きました。それから、私と一緒に来ていた親類達が、彼女と談判を始めました。そこで私はなすべきことは十分行なったと思いました。残りは彼らがよろしくやってくれるだろうと信じて、馬に乗って自宅に戻りました。実際、夕方頃主人(アーガー)に自分のやったことを報告に行って、例の親類達に出会うと、彼らは私に礼を述べ、遺体は焼いたし妻には死なない決心をやっとさせたと言いました。
 本当に焼死してしまう女性達については、おぞましい光景に何度も立ち会いましたので、もうそれ以上ほとんど耐えられませんでしたし、今でも考えるだけで何か恐怖を感じます。」
「アフマダーバードからアーグラに、その地域のラージャーの土地を通過して行った時、ある村で夕方涼しくなって出発するのを待つ間、キャラヴァンが木陰で休んでいたところに、今すぐに妻が夫の死体と共に焼け死ぬという知らせが入りました。私はただちに起き上がり、走ってそれが行なわれるはずの大きな貯水池のほとりに行きました。ほとんど干上がった貯水池の中に大きな穴があって、薪で一杯になっているのを見下ろしました。上に死体が横たわり、遠目にはかなり姿の良い女性が、この同じ薪の山の上に座っていました。四、五人のバラモンが四方八方から火をつけていました。五人の中年のかなり身なりの良い女性が、穴の周りで手を繋ぎ、歌い踊っていました。多くの男女の群れが見守っていました。油とバターを大量に撒(ま)いてありましたので、薪の山は瞬く間にすっかり火に包まれました。同時に炎を通して、あらかじめ白檀(びゃくだん)の粉とサフランを混ぜた香油を擦り込んであった女性の衣服に火がつこうとしているのが見えました。私はこの一部始終を見ましたが、その女性がいささかでも不安がったり苦しんだりするのは見て取れませんでした。その瞬間まで彼女がたいそう力を込めて五、二という二語を発するのが聞こえたとさえ人々は言っておりました。輪廻(りんね)における特殊なしかもよく知られたある見解に従って、彼女が同じ夫と共に焼け死ぬのはこれが五回目で、完成するまでもう二回しか残っていないということを仄めかすためです。まるで彼女がこの時、あの誕生前の記憶か、あるいは何か予言能力を持っていたかのようでした。ところで、これが(中略)悲劇の終わりではなかったのです。五人の女達が穴の周りで歌ったり踊ったりしていたのを、私は単なる儀式によるものだと思っていました。ところが、私は本当に驚いたのですが、彼女達の中の一人の衣服に火がついた時、彼女は頭から先に穴の中に飛び込み、次いで炎と煙に追い詰められたもう一人がはじめの女性と同じことをしました。その後で残った三人が再び手を取り合い、怖がりもせず(中略)、とうとう仲間がやったように次々に火の中に飛び込んだ時、私の驚きは倍加しました。(中略)が、すぐにこれらは五人の奴隷で、女主人が夫の病気をひどく悲しみ、夫に、死後生き延びたりしない、一緒に焼死すると約束するのを見て、彼女達の方でも女主人への同情と愛情に駆られて、彼女の決心に従い共に焼死すると約束したのだと分かりました。」
「さてもう一つ別の悲劇に移りましょう。私の立ち会った他の多くの悲劇よりもむしろ、これをあなたに描くことにしましょう。これには何か奇妙なところがあるからです。実際は私はこの現場に居合わせていません。私は、信じられないことをあまりに多く見過ぎたために、この種の事柄を頑として信じないということをもはやしなくなっています。あなたも私と同じようになることでしょう。この話はインド中であまりに有名になったので、誰も疑っていません。多分あなたもヨーロッパで話を聞かれていることでしょう。
 仕立て屋でインド・タンバリンの奏者でもある隣人の若いマホメット教徒と浮気した、ある女性の話です。この女性は、恋人が結婚してくれるだろうとの見込みのもとに、夫を毒殺しました。そしてすぐに仕立て屋のもとに行き、かねての計画通り、出発して一緒に逃げる時だ、さもなくば、貞淑な妻として焼死しなくてはならなくなると言いました。若い男は何か厄介な事に巻き込まれて抜き差しならなくなるのを恐れていたらしく、すげなく彼女の申し出を拒否しました。ところが、女はたじろいだ風もなく、さして驚いた風もなく、親類に会いに行き、夫の突然の死を告げ、夫の後に生きながらえたくない、夫と共に焼死したいと高らかに宣言しました。これほど立派な決心と、彼女が一家全体にもたらしてくれる大きな名誉に親類はいたく満足し、すぐに穴を掘り、薪で一杯にし、薪の山の上に死体を安置し火をつけます。すべてがこうして準備されると、女は穴の周りにいるすべての親類を抱き、別れを告げようとします。この中に例の仕立て屋がいました。この地域の風習で、(中略)インド・タンバリンを演奏するために招かれていたのです。恨みに狂った女は、この若い男の側まで来ると、他の人々に対してと同様に彼にも別れの挨拶をしたいという振りをしました。でもそっと抱き締める代わりに、彼女は力まかせに襟首を捕まえ、穴の端まで引っ張って行き、一気に転倒して男を自分と一緒に頭から先に中に落としました。彼らはそのままあの世に直行しました。」



「アウラングゼーブのカシミール行幸」より:

「その水には水を浴びたり中に入ったりするあんなにも沢山の人間や動物の多くの汚物が混ざってすっかり汚濁しているため、飲むと、非常に治りにくい熱病の原因となったり、非常に危険なある種の虫を足に涌かせることすらあります。この虫は、はじめは熱をともなう大きな炎症を生じ、表に出てくるのにまる一年かそれ以上もかかるのが見られるというのに、旅行すればたいていはすぐに出てきます。普通はヴァイオリンのE線ほどの太さと長さで、このため虫というよりむしろ神経か何かと間違われることでしょう。これはちぎってしまうといけないので、ピンのような太さの木の棒の周りにそっと巻き付けて、日一日と少しずつ引き出さねばなりません。」

「これらの庭園のうち一番美しいのは、シャリマールと呼ばれる王の庭園です。湖からは、芝生に縁取られた大きな水路で入ります。この水路は普通の歩幅で五百歩以上の長さがあり、二本の広いポプラ並木の間にあります。水路は庭園の中央にある大きな亭(ちん)に通じています。ここからずっと豪華な別の水路が始まり、いく分上り気味に庭園の外れまで続いています。この水路は大きな切り石を張ってあります。水路の土手も同じ石です。中央には十五歩毎に噴水の長い列が見えます。更に一定の間隔で貯水池のように大きな円形になっており、そこから様々な形の多くの噴水が上がっています。この水路は、はじめのとほとんど同じもう一つ別の大きな亭に達しています。
 これらの亭はだいたいドーム状にできており、水路の中央に位置し、水に囲まれ、したがって大きな二本のポプラ並木の間にあります。周りは回廊に取り巻かれ、四つの扉が互いに向き合っています。そのうち二つは並木に面しており、それぞれの側に渡るための橋が二本ついています。もう二つの扉は、向かい合っている水路に面しています。それぞれの亭は中央の大きな部屋と四隅の四つの小部屋から成り立っています。大きい部屋も小さいのもすべて内側を彩色し金箔を張って、肉太の立派なペルシア文字の格言が記されています。四つの扉はとても豪華で、大きな石でできており、シャー・ジャハーンが破壊させた古代の偶像寺院から取り出してきた二本の柱がついています。これらの大きな石や柱の値打ちは正確には分かりませんし、どういう材質なのかも分かりません。けれども大理石や斑岩より美しく、何か高価なものだということはよく分かります。
 今お話ししたことすべてから、私が少々カシミールに魅了されていること、小さな王国としては、これに匹敵するものも、これ以上に美しいものも、多分この世にないと主張していることが誰でも十分推測できるでしょう。」

「ピープリーからフーグリーまでの、これらの島々と運河の間の九日間の旅行を思い出します。何か異常な事件で変化をつけられなかった日は一日とてなかったので、ここであなたに語らずにいられません。」
「四日目の夕方、いつものように大運河の外の非常に綺麗な場所に安全に退きました。けれども未だかつてないほど異常な夜を過ごしました。一そよぎの風すらありませんでした。空気は非常に暑く、重苦しく、息をするのがやっとでした。我々を取り巻く灌木は光り輝く虫がびっしりついているので、まるで燃えているかのようでした。時々刻々に、火はあるときはこちら、あるときはあちらと上がりました。それが炎のようで水夫をひどく脅えさせました。彼らはこれは悪魔だと言っていました。とりわけ二つきわめて異常なのが上がりました。第一は太い火の玉のようで、下降したり一直線に飛んだりして主の祈りかそれ以上の間続きました。第二は四半時間以上続き、すっかり炎に包まれている小木のようでした。」















































































































『ダンピア 最新世界周航記 (下)』 平野敬一 訳 (岩波文庫)

「十八日の夕刻は陰鬱そのものだった。空は暗雲が垂れ込め、風は強く、波も高かった。カノアの周りではすでに海がすさまじい轟音を立て、白く泡立っていた。闇夜は迫ってくるし、我々を守ってくれそうな陸地はどこにも見えず、我々のささやかな方舟(アーク)は、今にも波にのまれそうだった。さらに、これがいちばんつらいことだったが、我々の中のだれ一人としてこの世を去る心構えができていなかったのである。」
(『ダンピア 最新世界周航記』 より)


『ダンピア 
最新世界周航記 
(下)』 
平野敬一 訳
 
岩波文庫 青/33-486-2

岩波書店
2007年7月18日 第1刷発行
417p 索引15p 地図2p
文庫判 並装 カバー
定価940円+税
カバー: 中野達彦



本書「凡例」より:

「本書は、メースフィールドの編集になる『ダンピア航海記』 Dampier's Voyages: Consisting of a New Voyage Round the World, a Supplement to the Voyage Round the World, Two Voyages to Campeachy, a Discourse of Winds, a Voyage to New Holland, and a Vindication, in answer to the Chimerical Relation of William Funnell by Captain William Dampier, ed. by John Masefield, 2 vols. London, 1906 の第一巻に収められた『最新世界周航記』 A New Voyage Round the World を翻訳したものである。なお本書は、一七・一八世紀大旅行記叢書 1 『ダンピア最新世界周航記』(平野敬一訳、一九九二年、岩波書店刊)を底本とした。」
「原文に挿入された地図と挿絵を採録した。」



「付記――文庫化に当たって」中に図版(モノクロ)1点。


ダンピア 最新世界周航記


カバーそで文:

「一七世紀の海賊の驚くべき手記! グアム諸島からフィリピン、中国へ、故国イギリスを遠く離れ、一攫千金を夢見て船は進む。焼き討ちや略奪を重ね、嵐や伝染病に苦しむ航海、その途中で間近に接した動植物や言語風俗等、貴重な記録も満載。(全二冊完結)」


目次:

凡例

第十章
 コリエンテス岬を後にしてラドローン諸島、さらに東インディーズを目指す。グアム島までの航路、途中の出来事、および毎日の帆走距離その他の事項についての一覧表。メキシコ海岸からグアム島までの東西の距離についての諸説。ラドローン諸島に属するグアム島について。ココヤシの木、その果実など。ココヤシから蒸溜されるトディーすなわちアラック酒。ココヤシのその他の用途。ココヤシの繊維コイアで作るケーブル。ライム、すなわちレモンもどきのこと。ブレッド・フルーツのこと。グアム島土着のインディアンについて。インディアンが操るプロアというみごとな舟、また東インディーズで使われる類似の舟について。グアムにおけるスペイン側の体制。同島で我々が入手した食糧について。

第十一章
 ミンダナオ行きを決める。グアム島を去る。フィリピン諸島について、ルコニア島とその主要港市マニラ、あるいはマニロについて。セント・ジョン島。ミンダナオ島に到着。同島の概況。その豊饒さ。リビーの木とその木から採れるサゴについて。プランテインの木とその果実、それから造れる飲料や布地のこと。ミンダナオの小型のプランテイン。バナナのこと。チョウジの木の樹皮、チョウジ、ニクズクのこと、さらに香料を独占するためにオランダ人が用いる方策。ビンロウジとアレクの木、ドリアン、およびジャック・フルーツの木とその果実。ミンダナオの野生動物。有毒のムカデ、その他。鳥や魚など。ミンダナオの気温、風向き、嵐、雨、それに年間を通しての気候の変化。

第十二章
 ミンダナオ島の住民とその生活形態について。ミンダナオ族、ヒラヌーン族、ソローグ族、アルフール族。本来のミンダナオ族とその習俗について。特にミンダナオ族女性の習俗。ミンダナオの奇妙なある風習。彼らの家屋、食物、沐浴について。ミンダナオで用いられる言語、スペイン人とのかかり合い。オランダ人に対して抱く恐怖とイギリス人に寄せる好意。彼らの手先の仕事、独特の鍛冶(かじ)用ふいご。彼らの舟艇、産物、および交易について。ミンダナオのタバコとマニラのタバコ。現地に見られる一種のハンセン病、その他の疾患。結婚の風習。ミンダナオのスルタン――スルタンの貧困ぶり、権力、家族など。当地のプロア型舟艇について。将軍でありスルタンの弟であるラージャ・ラウトとその家族。彼らの戦闘のやり方。その宗教。割礼とそれを行なう際の厳かな儀式。その他さまざまの宗教的儀式や迷信。豚肉に対する彼らの嫌悪。

第十三章
 東岸の一つの湾から南東端の別の湾まで、ミンダナオ島沿岸を航行する。雷雨と荒天。南東海岸のサバンナとそこに棲むシカの群。南岸を航行してミンダナオ川に達し、投錨する。スルタンの弟と息子が船に上がり、我々に入植をすすめる。黄金の産地と香料諸島が近くにあるので入植は可能でおそらく有利であること。南海とテラ・アウストラーリス経由のミンダナオへの最短ルートのこと、キャプテン・デーヴィスが南海で偶然目にした陸地のこと、より大きな発見の可能性があること。ミンダナオへの入植と我々の能力や適性。ミンダナオ人、我々の船の大きさを計測する。キャプテン・スワンのスルタンへの贈り物。スルタンその贈り物を受け取り、スワンを引見すること。スルタンの弟ラージャ・ラウト将軍による歓待。スルタンが見せてくれた英語の書簡二通とその内容。ミンダナオの産物と同島における刑罰の科し方。船団の行動についての将軍の忠告。将軍の勧告により船を川に係留する。ミンダナオ人の友好的態度。ミンダナオ市の大雨と洪水。ミンダナオ人が会計係に中国人を雇用すること。ミンダナオ女性の踊り方。ジョン・サッカーをめぐる挿話。係留中のわがバーク帆船がフナクイムシに食い荒らされ、本船も危くなる、その顚末。当地およびその他の地におけるフナクイムシについて。キャプテン・スワンについて。将軍ラージャ・ラウトの詐術。野牛の狩猟。仲間の一部の金遣いの荒さ。キャプテン・スワン、香料の島の若きインディアンと交渉する。将軍に同道して船で狩猟に出かける。将軍、召使の一人に刑罰を科す。将軍の妻たちと女たち。コメで造った強い飲料。将軍の不正取り引きと強請。キャプテン・スワンの不安と指導者としての不適格。部下の反乱。仲間の一人の首にヘビが巻きついた話。船団の主力、船を乗っ取り、キャプテン・スワン以下三十余名の者を島に置き去りにする。毒殺された仲間について。

第十四章
 一行はミンダナオ川を後にする。世界周航に際して生じる時間の増減について、および太陽の赤緯差を考慮に入れるべしという航海者への注意。チャムボンゴの町と港、それに隣接する小島群。アオウミガメ。スペイン人の砦の跡。ミンダナオ島の最西端。マニラからの積荷を載せたソローグ族のプロア。セボ島西部の島。歩行用の籐(とう)ステッキ。大型のコウモリ、それに多数のアオウミガメとマナティーがすむ小島。危険な浅瀬。スペイン領のパナイ島、その他フィリピン諸島に属する島々の近くを航行する。ミンドラ島。バーク帆船を二隻拿捕(だほ)する。ルコニア島とマニラの市と港についての詳しい記述。プロ・コンドールへ向かい、その沖合で停泊する。プラセルの浅瀬、その他。プロ・コンドール。タールの木。マンゴー。ブドウの木。野生のニクズク。島にすむ動物たち。アオウミガメの移動について。プロ・コンドールの絶好の位置について。同島の水とコーチシナ人住民。マレー語について。当地やギニアで女性を客人に提供する習慣。当地およびトンキンで、また中国人船員の間で、さらにフォート・セント・ジョージの行列などで見られる偶像崇拝について。一行、船の手入れを行なう。隊員二人がミンダナオで飲まされた毒のため死亡する。水を補給し、シャム湾へ航行するための水先案内人を雇う。プロ・ウビの島、およびカンボジア岬。カンボジア船二隻。シャム湾の島々。チャムパ王国の堅固な船とその船員について。暴風雨。スマトラ島パリンバムから来た中国人のジャンク(帆船)。再びプロ・コンドールに寄る。マレー人の船との間で流血騒ぎが起こる。船医と著者は一行からの離脱をもくろむ。

第十五章
 一行はマニラを目指してプロ・コンドールを発つが、東風が吹き止まぬためマニラへもプラタ島へも行くことができず、中国海岸へ押し流される。広東省沿岸のセント・ジョン島へ。島の土壌、産物、クロブタなど。島の住民のこと。中国人に長髪を禁じたタタール族のこと。島民の風習、女性の纏足(てんそく)について。磁器、チャイナルーツ、茶、その他。セント・ジョン島の集落のこと、島民の米作のやり方。彼らの偶像のお堂と偶像を見物したてんまつ。ジャンクとその索具。セント・ジョン島と中国海岸から離れる。すさまじい暴風雨。暴風に際し現われるコーパス・サントと呼ばれる発光体のこと。フォルモーサに近いピスカドーリズ諸島。タタール族の城砦や島にある中国人の町のこと。一行は城砦の近くに投錨し、総督と交渉する。福建省のアモイ、中国の広東に近い中国人とポルトガル人の町であるマカオのこと。タタール族高官とその従者たちの服装。彼らからの贈り物――極上の牛肉、中国アラック酒ともいうべきサムシュ、中国のビールであるホクシュなど。酒類が詰めてある容器のこと。フォルモーサ島と五つの島のこと。五つの島にそれぞれオレンジ、モンマス、グラフトン、バシー、ヤギの名をつけ、ひっくるめてバシー諸島と名づける。陸地の高低により近海の水深が異なること――それについての余談。五つの島の土壌、果実、動物などについて。住民とその身なり。黄金に似た黄色金属で作られた耳輪。そそり立つ絶壁に建てられた家屋。島民が用いる船と彼らの生業。島民の食物――ヤギの皮や内臓など。イナゴを焼いて食べること。サトウキビから造るバシーという飲料。彼らの言語とその起源。偶像を拝まず、いかなる形態の行政組織をも有していないこと。盗みの疑いをかけられた一人の若者が生き埋めの刑罰を受ける。彼らの家庭生活。農耕のやり方。彼らの礼節、娯楽、および交易について。この地の住民と我々の最初の接触、彼らとの物々交換。島々の間を航行する。この地での滞在と出航のための準備。一行は激しい嵐で沖合へ流されるが、無事に島へ戻る。島に取り残されていた仲間六名に対する住民の親切。度重なる嵐に嫌けがさし、マニラ沖でアカプルコ船を待ち伏せる計画を断念する。大きく迂回してコモリン岬を目指し、そこから紅海へ向かうことに話が決まる。

第十六章
 一行はバシー諸島を後にし、他の島々やルコニア島の北端の沖合を航行する。セント・ジョン島、およびその他のフィリピンの島々。ミンダナオ島沖合の二つの島に停泊し、船の手入れをする。スペイン式ポンプを造る。香料の島の若きプリンスから元船長スワンとその部下たちの消息を聞く。ダンピアは元船長の救出を仲間に呼びかけるが、結局実現しない。ミンダナオでキャプテン・スワンが殺害された経緯。テルナーティ島、ティドーリ島などのチョウジ諸島。セレベス島のオランダ人町マカッサル。一行はセレベスの東海岸を航行する。セレベス島とその沖合の島や岩礁との間を通り抜けるのに難渋する。人を警戒するウミガメ。巨大なザルガイ。潰瘍に卓効ある野生の蔓(つる)植物。大樹群とその中の並外れた一本の巨木。岩礁にはブイでなく標識が設けられていた。スパウトについて――その説明と、実際にあった一例。何時やってくるか分からぬトルネード。ウミガメ。ブトン島とその中心の町カラススング。そこの住民。スルタンと船長、相互に訪問し合う。スルタンのお召し船の旗、その図柄。スルタンの護衛、服装、および子供たち。イギリス人とオランダ人に対する異なった(と彼らが主張する)見方。海岸地帯のインディアンは奥地のインディアンを奴隷として売る。船長以下七、八名が町で受けた歓待。歯並みが二列ある少年。インコ。白オウムの一種であるクロッカドール。人が住んでいるその他の島々(オムバー、ペンタール、ティモールなど)の沖合を通る。岩礁。ニューオランダ、海図でその位置は北へ寄りすぎていること。ニューオランダの土壌、竜血樹。貧しく、いつも目を半ば閉じている住民。彼らが身につけるもの、食糧、武器など。木から火を起こす方法。島々の住民、その住まい。彼らが労働への適性に欠けていること。当地の潮の干満差が大きいこと。一行はココス島とコモリン岬を目指す。

第十七章
 ニューオランダを後にした一行はココス島を通り過ぎ、その近くの樹木に覆われた別の島へ寄る。大型ロブスターに似た陸生動物。海面に浮遊するココヤシの実。ココヤシの木が生い茂っているが大潮の際に海水に覆われるトリステ島。ナソー島に近い小島に投錨する。ホッグ島、その他の島々。アチン船籍のプロアを拿捕する。ニコバルの本島とニコバル諸島。竜涎香(りゅうぜんこう)――その善しあし。ニコバル諸島住民の礼節。ニコバル島に投錨する。同島の位置と土壌。入江と樹木とが美しく入り交じっていること。メロリーの木とパンの代用となるその果実。ニコバル島の原住民、その体格、装い、言語および住居。彼らがいかなる形態の宗教も政府をも持っていないこと。島民の食べ物とカノアのこと。一行は船底の手入れをする。著者〔ダンピア〕は船を去ってこの島にとどまりたいと申し出る。申し出が認められ、イギリス人二名、ポルトガル人一名、それにアチンのマレー人四名が著者と行動を共にする。原住民との最初の出会い。人食い人種について一般に言い伝えられていること。島で受けたもてなし。アチンへ渡航するためにカノアを購入する。最初の渡航の試みはカノアの転覆で失敗に終わる。カノアを修理改造した後、再び出発しニコバル島の東岸を目指す。島民と一時敵対するが、友好関係を取り戻す。食糧を貯え、アチンへの渡航準備を進める。

第十八章
 著者は数名の仲間とともにカノアで海へ乗り出しアチンを目指す。航海に備えてのカノアの装備について。天候の変化。太陽の周りに暈が生じ、激しい嵐になる。マラッカ海岸の港市クッダ。プロ・ウェイ。スマトラ島の黄金(ゴールデン)岳。同島ダイヤモンド岬に近いパサンジ・ジョンカ川、それと同名の町。一行はそこへ上陸する。重病の一行を島のおえら方や住民が親身に世話をする。一行はアチンへ移る。著者はアチンで同地長官の面接を受ける。マレー人医師の指示で服薬する。著者の長期の病臥。再びニコバル島へ向かうが、すぐアチンの錨地へ引き返す。アチンからトンキン、マラッカ、フォート・セント・ジョージ、それにスマトラ島のイギリス交易事務所があるベンクーリーへしばしば航海する。先に著者たちをニコバル島に降ろした船とその乗組員たちのその後の消息。コロマンデル海岸のデンマーク人の城砦トランガムバーやフォート・セント・ジョージへ赴く者もいたが、大多数はムガル皇帝の幕営地へ向かう。ピューンについて。ジョン・オリヴァー、自らキャプテンに成りすます。キャプテン・リードは残りの者を率い、セイロン島近海でポルトガル船を掠奪後、マダガスカルへ航海し、その地で数名の者とともに隊を離れ、ニューヨーク行きの船に移る。残りの者はジョハンナ島へ行く。一行の乗船だったシグネット号はマダガスカル島のセント・オーガスティン湾の海底に沈む。著者の帰国に同道してイギリスへ来てオックスフォードで没した入れ墨のプリンス・ジェオリーのこと。ジェオリーの故郷メアンギス島について。同島のチョウジその他について。著者はベンクーリーの掌砲長となるが、同地から脱出しイギリスへ向かうの余儀なきにいたる。

第十九章
 著者はキャプテン・ヒース指揮下のディフェンス号に乗り込み、ベンクーリーを去る。フォート・セント・ジョージの沖合でポンティチェリ発のフランスの軍艦とパラカット発のオランダ船(これにイギリス船も加勢)との間で行なわれたある海上戦のこと。ベンクーリーで補給した汚染された飲み水のこと――それによって引き起こされたと考えられる船員の奇病と死。ベンクーリー砦の近くの泉が飲み水として推奨できること。船内に緊急事態が発生し全員で善後策を話し合う。ジョハンナへ行く提案もなされるが、結局ケープ・オブ・グッドホープへの航海を続けることに決議。順風に恵まれる。この間の船長の適切な行動。一行はケープに到着し、オランダ人船員の助けを借りて入港する。ケープについて――その概況、沖合の錨地、テーブル山、港湾、土壌その他のこと。大型のザクロと良質のブドウ酒のこと。陸生動物。非常に美しいオナジャー、すなわち白黒の規則正しい縦縞を有する野生ロバの一種について。周辺の魚とそれを捕食するアザラシのこと。オランダ側の砦と交易事務所。みごとな庭園のこと。当地で行なわれる取り引きについて。

第二十章
 ケープ〔喜望峰〕の原住民であるホドモドッドあるいはホッタントットについて。彼らの体格。体に油脂を塗りこむ風習。彼らの服装、家屋、食事、生活形態。満月時の踊り――他の黒人や未開インディアンとの比較。キャプテン・ヒースはケープで部下に英気を養わせ、人員を補充する。ジェームズ・アンド・メアリー号およびジョサイア号といっしょに出帆する。南西方向からの大しけ。サンタ・ヘレナに到着、同地で帰国の途のプリンセス・アン号と合流する。島の気候と位置と土壌。島の最初の発見、その後の支配者の交替。イギリスがこの島を手に入れた次第。砦としての堅固さ。島にある町とその住民について。農園の産物。サンタ・ヘレナでいうマナティーはトドにほかならないこと。島のイギリス系女性のこと。イギリス船四隻、この島で休養と補給をすませ、いっしょに出帆する。サンタ・ヘレナからイングランドへの異なった航路について。四隻が選んだ航路。イギリス海峡を通ってダウンズ錨地に到着する。

訳注
解説 (平野敬一)
 付記――文庫化に当たって 

地図
地名索引/人名索引




◆本書より◆


「第十三章」より:

「十一月の中ごろ、我々は船底がフナクイムシに食い荒らされているのを発見し、その手当てにとりかかった――それほどここはフナクイムシが猛威を振るう土地なのである。このことに我々が気付いたのは、船を川に係留して一か月ほど経ってからだった。気付いた時に我々のカノアはすでに食い荒らされ、ハチの巣のようになっていた。バーク帆船も船底が一枚板だったため、もう水に浮かばないほど穴だらけになっていた。しかし本船の方は船底にもう一枚覆いがかぶせてある二重底になっていたので、フナクイムシはその覆いと船底との間の毛髪のところ〔船底に外からコールタールと毛髪の混合物を塗り、その上にもう一枚樅(もみ)材をかぶせた〕までしか食い込めなかった。」
「ミンダナオ人はこの破壊力のある昆虫〔実際は昆虫でなく、フナクイムシ科の二枚貝の一種〕のことをよく知っているものだから、航海から戻ってくると直ちに船を乾ドックに入れ、船底のフナクイムシを焼殺し、次の航海に出るまで船底を乾かしておく。彼らはカノアもプロアもすぐ岸へ引き上げ、長く水中に漬けておくことはけっしてしない。塩水で船底に食い込むフナクイムシは淡水で死に、淡水にすむフナクイムシは塩水の中では死ぬと言われているのだが、半塩水の中ではこの二種類のフナクイムシはどちらもものすごい勢いで繁殖するのである。ところで、我々が川で船を係留していたのは、ふだんは淡水だが時々半塩水になる場所だった。ここのフナクイムシがどういう種類に属するのか私には分からない。このフナクイムシは船底の厚板の中で繁殖するという説もあるが、海中で繁殖するものと私は確信している。私はフナクイムシが海中で、とりわけパナマ湾で、何百万匹も浮遊しているのを見たことがある。(中略)私が見た中ではパナマ湾のフナクイムシがいちばん大きかった。ヴァージニアやカンペチェ湾でも見かけたが、カンペチェ湾のフナクイムシはきわめて食欲旺盛だった。フナクイムシは湾とかクリーク、あるいは河口、その他、岸に近いところには必ず生息しているものだが、私の知る限り、遠く沖合で見かけることは絶対にない。しかし船底の厚板に食い込んだフナクイムシは、そのまま船で遠くまで運ばれるのである。」



「第十四章」より:

「この湾の中央、岸から一マイルほどの所に樹木に覆われた低い小島がある。周囲は精々一マイルほどである。我々はその小島から一マイルほどの所に投錨していたのだが、この小島は数えきれないほど多数の大型コウモリのすみかになっていた。その体はアヒルか大きなニワトリほどで、広げた翼も大きかった。ミンダナオ島でこれと同種類のコウモリを見たことがあるが、翼をいっぱいに広げると、端から端まで七、八フィートは優にあると思われた。とにかく我々が両手をいっぱいに広げても、翼の広がりはそれをはるかに上回っていた。この大型コウモリの翼の構成は他の種類のコウモリと似ており、その色も灰褐色すなわちネズミ色である。翼の飛膜には肋骨が数本走っていて、広げた翼を三、四枚に畳めるようになっている。肋骨の接ぎ目と翼の両端に鋭いかぎ状の爪があり、それを使って何にでもぶらさがることができる。夕方、太陽が没すると同時に、このコウモリたちは、まるで蜜蜂の群のように群がってこの小島から飛び立ち、本島の方へ飛んで行くのだった。それから先どこへ行くのかは分からない。日没から暗くなるまで小島から飛び立つこのコウモリの大群で我々の視界がさえぎられるほどだった。明け方、空が少し明るくなり始めるころから再び雲霞のように群をなして小島へ戻り始め、それが日の出まで続くのである。我々がこの地に投錨している間、ずっとコウモリのこの行動形態は変らなかった。朝夕、このコウモリの飛翔をながめ、それを話題にするのが我々のしばしの気晴らしとなったものだ。」


「第十五章」より:

「平等の世界といっても、そこにはある種の法とか習俗のようなものが存在し、彼らを律しているようである。というのはこの地に我々が停泊中、一人の若者が生き埋めにされる光景を目にすることになったが、我々が聞き出し理解しえた限りでは、これはその若者が盗みを働いたためだった。大きな深い穴が地面に掘ってあり、大勢の人がこの若者に最後の別れを告げるために現場へ来ていた。その中に大げさに歎いている一人の女の人がいて刑に処せられる若者から耳輪を外していた。この人は若者の母親であろうと我々は想像した。若者は母親やその他の人に別れを告げた後、穴の中へ下ろされた。上から土がかけられた。若者は何の抵抗もせず、従容(しょうよう)としてこの刑に服した。人々は上から土をぎっしり隙間なくかけ、若者を窒息死させた。」


「第十六章」より:

「三十日、我々は強い陸風を受け、南へ針路を取り、前の日に目にした二つの岩礁の間を無事通り抜けた。この二つの岩礁は南緯三度の地点にあり、セレベス島から十リーグほど隔たっている。それを過ぎたと思ったら風は吹きやみ、凪となって我々は午後まで進むこともできなかった。やがて南西の方向から激しい雷雨が襲来し、夕方になると空の二、三か所にスパウト〔竜巻などで暗雲がロウト状に空から垂れ下がる現象〕が現われた。西インディーズではよく見かけたものだが、東インディーズでスパウトを見るのは今度が初めてだった。スパウトというのは雲の一部が、雲のいちばん黒ずんで見える個所から、見た目では一ヤードほど不規則にぶら下がっている現象をいう。普通、斜めに下がっているのだが、中程でちょうど人間の肘のように折れ曲がっていることもある。垂直に下がっているのを私は見たことがない。垂れ下がった先端はすぼまって精々人の腕くらいの太さしかないが、それが雲から出てくるあたりではもっとふっくらとしている。
 海面が荒れ出すと、円周約百ペース〔約七十五メートル。一ペースは大人の歩幅〕ほどの広がりで水が泡立ち、ゆっくりと回転を始め、段々その旋回の速度を増す。やがて旋回部が水柱となって上昇する。その水柱の底部は周囲百ペースほどだが、上へ行くに従って柱は細くなり、雲から樋(とい)状にぶら下がっているスパウト自体と同じほどの大きさになってスパウトの下部とつがなる。上昇した海水はそのスパウトを通って雲の中へ吸い込まれるように見える。雲が目に見えてその嵩(かさ)を増し、いよいよ暗黒になるので、そう思われるのである。そのうち今まで動いていないように見えた雲が移動しはじめる。スパウトは雲の動きに合わせて動き、移動しながら海水を吸い上げ、同時に風を呼び起こす。この状態が三十分ほど続くと、吸い込む力が尽きるのか、スパウト――つまり雲の垂れ下がっていた部分――まで昇っていた海水は、再び海に向かって落下し、海面にぶつかる時にすさまじい音響を立てる。」



「第十九章」より:

「病気は船内に広がり、その影響を受けない者は一人もいなかったのでないかと思う。しかしこの病気は気付かないうちに襲来するので、やられた者には最初病気にかかったという自覚がない。苦痛はまったくないか、あるとしてもごくわずかである。ただある種の脱力感に襲われ、食欲が殆どなくなるのである。実際、この航海で亡くなった者の大方は、病気の自覚がなく、足腰の立つうちは、自室やハンモックで横になって静養しようという気にはならなかった。それがどうしても動けなくなって病の床に臥すと、わずか二日か三日で遺言をして死んでいくのだった。」




こちらもご参照ください:

『ダンピア 最新世界周航記 (上)』 平野敬一 訳 (岩波文庫)















































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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