生田耕作 『黒い文学館』  (中公文庫)

「彼に言わせれば、どちらの方向へむかおうが、世界はいまより良くもまた悪くもなりようがない。世界はつねに醜く、つねに生きるに値しない。おまけに一般の左翼作家とは異なり、セリーヌの作品の絶望と反逆は理論的に習得したイデオロギーというよりも、個人的体験によって色濃く染めぬかれたものである。」
(生田耕作 「L-F・セリーヌ 『夜の果てへの旅』」 より)


生田耕作 
『黒い文学館』

中公文庫 い-87-2

中央公論新社 
2002年1月15日 初版印刷
2002年1月25日 初版発行
241p 付記1p 
文庫判 並装 カバー 
定価686円+税
カバー絵: アルフォンス・イノウエ



編集部による付記より:

「本書『黒い文学館』は一九八一年九月に白水社から刊行されました。今回文庫化するにあたって、底本には『生田耕作評論集成Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』(奢灞都館、一九九一-三年刊)所収の改訂稿等を使用し、また『るさんちまん』(人文書院、一九七五年刊)よりマンディアルグ関連の原稿を追加収録しました。」


本文中図版(モノクロ)23点。
なお、白水社版単行本収録「Le noir symbolique」は、中公文庫から先に刊行された『ダンディズム』に「付記」として追加されているため、本書には収録されていません。


生田耕作 黒い文学館


カバー裏文:

「文学の領域において公には禁じられていた悪徳とエロスという題材を大胆にとりあげ、久しく禁書の憂き目にあったレチフ、サド。そしてセリーヌ、バタイユ、ジュネ、マンディアルグ、三島由紀夫など、著者偏愛の作家論と、ベルメールなどの絵画論、蔵書論をあつめた評論集。異端文学への秘めやかな誘い。」


目次 (初出):

Ⅰ 黒い美術館
象形文字 (「日本読書新聞」 昭和51年1月1日号より五回連載)
新しさの創造――序説 (岩波講座 『文学2』 昭和51年1月)
もう一つの世界――破廉恥三人組 (大修館刊 『フランス文学講座I』 昭和51年12月)

II 新と旧
泉鏡花の読み方をめぐって (「本と批評」 昭和55年12月号)
思考の表裏 (「日本読書新聞」 掲載年月不明)
〈芸術〉なぜ悪い (「日本読書新聞」 昭和55年4月7日号)
ラディカルの実体 (「ぱふ」 昭和55年9月号)
翻訳家の素顔 (「翻訳の世界」 昭和55年12月号)

III 人と作品
マルセル・ブリヨン 『マキャヴェリ』 (みすず書房刊 『マキャヴェリ』 訳者あとがき 昭和41年5月)
エリファス・レヴィ 『高等魔術の教理と祭儀』 (「海」 昭和50年8月号)
L-F・セリーヌ 『夜の果てへの旅』 (中公文庫 『夜の果ての旅』 解説 昭和53年5月)
ジョルジュ・バタイユ――エロティシズムの殉教者 (講談社文庫 『眼球譚/マダム・エドワルダ』 訳者あとがき 昭和51年2月)
反政治の極北――ジャン・ジュネ (河出書房新社刊 『葬儀』 解説 昭和55年12月)
レーモン・ルーセル 『アフリカの印象』 (「図書新聞」 昭和55年10月25日)
ルイ・アラゴン 『イレーヌ』 (サバト館刊 『イレーヌ』 訳者後記 昭和51年12月)
A・P・ド・マンディアルグ 
 『オートバイ』 (白水社刊 『オートバイ』 解説 昭和40年5月)
 『黒い美術館』 『狼の太陽』 (白水社刊 『黒い美術館』 解説 昭和43年1月)
 『燠火』 (白水社刊 『燠火』 解説 昭和54年)
 『城の中で語る英吉利人』 (「海」 昭和56年8月号)
 『大理石』 (「図書新聞」 掲載号年月日未詳)
 『海の百合』 (「日本読書新聞」 昭和41年7月25日号)
 『満潮』 (奢灞都館刊 『満潮』 訳者あとがき 昭和49年4月)
 『余白の街』 (河出書房刊 『余白の街』 解説 昭和45年1月)
マンディアルグと三島由紀夫 (「新潮」 昭和54年12月号)
マンディアルグをめぐる対話 (「怪物」 昭和53年11月号)
マンディアルグ追悼 (集成Ⅲ)

IV 光と影
フラゴナール (「読売新聞」 昭和55年6月21日号)
ボナール (「読売新聞」 昭和55年12月12日号)
「ロップス展」 案内 (ギャラリーさんちか 「ロップス展」 案内状 昭和56年1月)
ベルメール版画 『マルドロールの歌』 (ギャラリーさんちか 「ベルメール銅版画展」 案内状 昭和49年3月)
シャガール 「黄色の道化師」 (「読売新聞」 昭和51年10月)
『レオノール・フィニーの仮面』 (サバト館刊 『レオノール・フィニーの仮面』 訳者後記 昭和51年6月)
『夢のポンプ』 (「海」 昭和55年3月号)
金子國義 (共同通信 「信濃毎日新聞」 他 昭和56年3月)
山本六三の銅版画 (京都書院 「山本六三の銅版画展」 案内状 昭和47年4月)
アルフォンス・イノウエ (ギャラリー芦屋メイト 「アルフォンス・イノウエ銅版画展」 案内状 昭和55年11月)
売り絵 (未発表 昭和55年12月執筆)

V 書物のある日々
ささやかな幸福 (「東京新聞」 〈風信〉欄 掲載年月不明)
書物の工芸美 (「Editor」 昭和52年8月号)
『神曲』 愛書家変 (Sphinx Press 刊 『愛書家地獄』 別冊付録 昭和52年12月)
『愛書家』 談義 (「週刊ポスト」 昭和56年1月16日号)
日々怱忙 (未発表 「TBS情報」 昭和55年12月号に一部発表)

初出一覧




◆本書より◆


「〈芸術〉なぜ悪い」より:

「裁判というものは常に正しい側が勝つとは限らない。裁くものが神でなく人間である以上、いかに正論を述べ、必死で争ってみたところで敗れるときは敗れる。人間界の事象である以上はやむをえない。バイロス裁判もまたその宿命の枠内から脱れるわけにはいかない。(中略)もともと法律などというものをわたくしは信用していない。
 そもそもわたくしは実用の学を軽蔑するが故に、両親の嘆きと、周囲の反対を押しきって、(中略)ことさらに無用な文学芸術の途をえらび、あげくの果てはだれが決めたのかは知らぬが、ワイセツとかいう得体の知れぬ咎(とが)で〈実用の徒〉から罪に問われようとしているバカな人間である。すでに出発点よりして敗れている。」



「ラディカルの実体」より:

「現実社会の中で行動を起こし、ましてやそれが法律問題であり、法廷で争われるような場合、個人の主張がどんなに正しくとも、それが即勝利に結びつくとは決して思えません。世の中とはそういうものです。ぼく自身の個人的な歴史を振り返ってみても、戦時中からすでに、国家や集団から痛めつけられるといったことの繰り返しだったですからね。
 今回、ぼくはこの事件を契機に永年つとめた京都大学を辞めたわけですが、在職中もぼくは学内で常に孤立した存在だったんです。ぼくの意見主張が通ったことは一度もない。多数派で決められるとどうしても負けてしまう。主張の正否とは関係ないんです。これが現実です。
 そしてぼくは、エマ・ゴールドマンの言葉のように、多数派は間違っている、少数派が常に正しいと信じています。」



「泉鏡花の読み方をめぐって」より:

「日本ロマンティシズムの大宗鏡花は、遥かに高く仰ぎ見るべき存在であり、さかしらな批評の対象ではなかった。同時代の鏡花愛読者とはそうした讃仰者の集まりであり、鏡花の作品を読むという体験は、美の陶酔にいっときを忘れることであり、それは他の作家たちからは得がたいものであり、鏡花以外の、或は鏡花に近い一握りの作家たち以外の、すなわち鏡花と資質を、また理想を一にする作家たち以外の作家にたいして、無関心もしくは嫌悪の反応に至りつくのはしごく当然であった。彼らは随喜の涙を流して鏡花の作品世界に没頭したのであり、長所も欠点もひっくるめての鏡花であり、両者を選り分け択一するなどといった作業は、瞬時も脳裏に浮かぶべくもなかった。その長所も欠陥もすべて受け入れられる者にして、はじめて鏡花の読者になりうるのであり、さもない読者はしょせん鏡花とは縁なき衆生であったといってよい。」
「鏡花は古いといわれてきた。そのとおり。鏡花の月並みさと本質的古さは、被うべくもない事実であり、やれ幻想の、やれ異次元のと、いかに理屈をこね、無理に近代的衣裳を押しつけ、現代風意味づけの枠の中に押し込めようと努めてみたところで、無理はあくまで無理であり、むしろ古い衣裳のままでおいたほうが鏡花らしいのであり、その本然の姿であることは否めない。この点からしても、(中略)旧弊人の集まりである鏡花宗信徒こそ鏡花の最も良き理解者であり、鏡花が最もよろこぶ取巻き連であったといわねばならない。」

「すぐれた作家にたいして読者が払うべき礼は、かかるかたちをこそ取るべきであり、鏡花以外にも、例えば荷風、潤一郎、その他少数の傑出した文学者のまわりには自然にこのような讃美者の集団がつくられて当然であり、そして第三者の目からみれば少々気ちがいじみて映るのもまた止むをえない話である。ただ、見落としてならないのは、鏡花、荷風、潤一郎らの熱狂的崇拝者と、人気タレント・ファンとのあいだに見られる歴然たるへだたりである。両者を分かつものはなにか? 質の高低はしばらくおく。それは反時代性という明らかな識別記号である。鏡花はその人気絶頂期においてすら、文壇の主流から遠く離れたところにある存在、時代遅れの見本として文壇批評家たちから折りにふれ軽蔑されるアナクロニックな作家であった。鏡花自体がすでに時代遅れであり、それを取り巻く愛読者たちもまた、なんらかの意味において時代の動きから取り残された古い市井の人々であった。」



「L-F・セリーヌ 『夜の果てへの旅』」より:

「セリーヌはけっきょくありきたりの社会主義者でもなければ、アナーキストでもない、またファシストでもない。ましてや彼の思想の基盤は、後年批判の対象となり、戦犯説の根拠に利用されるに到る極右主義なんぞではない。セリーヌにとっては世界を変革することがねらいではない、かといってそれを現状のまま維持することでもない。彼に言わせれば、どちらの方向へむかおうが、世界はいまより良くもまた悪くもなりようがない。世界はつねに醜く、つねに生きるに値しない。おまけに一般の左翼作家とは異なり、セリーヌの作品の絶望と反逆は理論的に習得したイデオロギーというよりも、個人的体験によって色濃く染めぬかれたものである。」


「『オートバイ』」より:

「週刊誌「エクスプレス」の記事によれば、目下、パリでは、若者たちのあいだにオートバイが大流行だという。(中略)黒皮ジャンパーに、防塵グラス、オートバイ乗りの万国共通の服装には変りないようだが、その制服の胸にハーケンクロイツまがいの飾り模様が目立つというのは、フランス青年層の一部に鬱積した心情の一つの屈曲した現われとして、考えさせるものを含んでいる。無気味に輝く鋼鉄の怪獣に打ち跨ったナチの残党が、安寧と繁栄のばら色の夢に酔い痴(し)れたパリ市民の暁の眠りを掻き乱して、けたたましい爆音とともに、古都の舗道をつっ走る……かつては圧制と反動のシンボルとして、〈悪〉を代表した「逆卍」は、いまやその機能を逆転して、硬化した社会にたいする覚醒剤として、〈善〉の役割を果たしつつあるかに見受けられる。〈善〉〈悪〉の意表外な弁証法。
 ところで、この現代パリ風俗の新しい風潮の源泉として、スチーヴ・マクィーン主演のアメリカ映画『大脱走』と、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの近作小説『オートバイ』の影響が指摘されているのがおもしろい。(中略)マンディアルグが現代フランス文壇において占める位置を知る者にとっては、後者の組み合わせは、奇異の感をいだかせずにはおかないからだ。けだしマンディアルグは、今日まで、およそ時流から隔絶した高踏的な文学者として受け取られてきたからである。そのため、(中略)少数の熱烈な讃美者を一方に維持する半面、〈一般大衆〉とは縁遠い〈反動的〉存在として、文壇からは強い反感をもって無視されてきたようだ。」
「現代文学史、現代作家辞典の類から、〈古さ〉を理由に軽蔑され、もしくは〈新しさ〉のせいで敬遠されることが、文学の世界においては、未来の栄光の約束と見なしてほぼ誤りないことを、過去のかずかずの事例は、わたくしたちに教えてきた。たとえばサド、レチフ、スタンダール、ゴビノー、ペラダン、ロートレアモン、ジャリ、ルーセル、アルトー……マンディアルグに至って、フランスの文壇はまた一つ重大な過誤の訂正を強いられる破目に追い込まれたわけだ。かつて〈博物館行き〉のレッテルをはりつけられたマンディアルグの作品は、その後の歳月の経過とともに老いの皺(しわ)を加えるどころか、次第に、その新鮮さを明らかにし、今日、最新型のオートバイに打ち跨って、ピガル広場を、サンジェルマン・デ・プレを、颯爽(さっそう)と突っ走っている。同時に、歴史の新しい光のもとに、〈気取り〉は〈芸術的洗練〉に、〈凝り〉は〈作家的誠実〉に、そして〈夢〉や〈死〉など、マンディアルグが終始追求してきた一見時代おくれのテーマは、日常的秩序を粉砕する〈アンチ・テーゼ〉に、すなわち〈短所〉は〈長所〉に、〈悪〉は〈善〉にみごとな魔術的変貌を遂げはじめたのである。」
















































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生田耕作 『ダンディズム ― 栄光と悲惨』 (中公文庫)

「実益の分銅にかけてしか天才の重みを量れない連中はおそらく反問するであろう、ブランメルは社会の進歩と福祉のために何をなしたかと。それにたいしては、こう答えるほかはない。彼がなしたもっともすばらしいこと、それはまさしくなにひとつなさなかったことであると。そして、皮肉にも、なにひとつなさないことによって、ブランメルは自らを不滅にしたのである。」
(生田耕作 『ダンディズム』 より)


生田耕作 
『ダンディズム
― 栄光と悲惨』

中公文庫 い-87-1

中央公論新社 
1999年3月3日 印刷
1999年3月18日 発行
212p 付記1p 口絵8p
文庫判 並装 カバー 定価533円+税
カバー絵・装丁: 金子國義


編集部による付記より:

「本書『ダンディズム』は一九七五年、奢灞都館(さばとやかた)より刊行されたものを底本としましたが、「ウイリアム・ベックフォード小伝」と「老いざる獅子――バルベー賛」の二篇は、一九九二年刊『生田耕作評論集成II』(同社)所収の改訂稿と差し替え、また遺された著者のメモ書きに従い、『黒い文学館』(白水社一九八一年)より“Le noir symbolique”を「付記」として追加収録することで、完全版といたしました。(編集部)」



口絵モノクロ図版12点。


生田耕作 ダンディズム 01


帯文:

「元祖ダンディ、ブランメルとは!?
異端の「反時代宣言」がここに復活」



カバー裏文:

「かのバイロン卿をして、「ナポレオンになるよりもこの男になりたい」と述懐せしめ、平民の身で当時の国王や大貴族と対等に付き合い、一世の流行を牛耳った男、ジョージ・ブランメル。彼の極めて個性的な生きざまを通じ“ダンディ”なるものの真髄に迫る、鬼才生田耕作の名著、完全版としてここに復活!(カバー絵は金子國義氏の描き下ろし)」


目次:

ボー・ブランメル
落日の栄光
ブランメル神話
冷たい偶像
ウイリアム・ベックフォード小伝
老いざる獅子
ダンディズムの系譜
付記――Le noir symbolique

後記
主要参考書目



生田耕作 ダンディズム 02



◆本書より◆


「ボー・ブランメル」より:

「バイロン卿をして、「ナポレオンになるよりも、ブランメルになりたい」と述懐せしめ、平民の身で当時の国王や大貴族と対等に付き合い、一世の流行を牛耳り、しゃれ者たちから模範として仰がれ、後世の史家から十八世紀イギリスを通じて最も興味深い人物と評価される、ジョージ・ブランメルとは、そもそもいかなる人物か? 解答を先きに出せば、一介のダンディにすぎない。それ以上のなにものでも、またそれ以下のなにものでもないところに、ブランメルのブランメルたる所以があるといえるだろう。
 筆者が最初にこの異色の人物の名前を強く意識するに到ったのは、かの十九世紀フランスの悪魔主義小説家バルベー・ドールヴィリーの紹介文を通じてであるが、文学とはおよそ無縁の存在であり、一篇の作品すら残さなかった、この海峡の彼方の人物に異例の興味を寄せ、熱烈な讃美の書『ダンディズム、ならびにジョージ・ブランメルについて』を捧げたドールヴィリーは、その中でブランメルの存在意義を見事に浮き上がらせている。「けだし、彼は一個の〈ダンディ〉にすぎなかった。ダンディを取り去れば、ブランメルから何が残るか? 同時代のそしてあらゆる時代を通じての最高のダンディ以上の何物であることにも彼は適していなかった、しかしまたそれ以下の何物であることにも適していなかった。彼はまさしく、混じり気なしにそれであった。(中略)当時の他の多くの連中は、ダンディであるとともに、それ以上の何物かであった。或る者においては、情熱または天才、他の者においては高貴な家柄、莫大な財産であったその何物かを、ブランメルはまったく持ち合わさなかった。その欠如から彼は得るところがあったのだ。というのは自分を際立たせるもののちからだけに還元され、彼は一つのものの高みにまで己れを高めたのである。すなわちダンディそのものになったのだ」。」
「完璧なダンディとは、言いかえれば完璧な演技人ということである。」
「〈不感無覚(ニル・アドミラリ)〉の姿勢(ポーズ)、人工性への執着、さらに寸鉄人を刺す逆説的警句……筆者がとりわけブランメルに惹きつけられる理由の一つは、彼にあっては言葉がもっぱら人を傷つける攻撃武器としての用途にきびしく限られていることである。いうなれば毒舌の刃をふるって、礼節と巧言によどんだ社交場裡を攪乱し、かえって観客の喝采を博し、最後は自らの両刃の剣を受けて倒れた、この一代の驕児の生き方に、わたくしは恋慕にちかい興味をおぼえていることも、最初に告白しておかねばならない。」
「大学時代のブランメルについて、ぜひとも報告しておかねばならないのは、スポーツにたいして彼が最大の軽蔑を抱いていたことである。その第一の理由は、激しい動作によって衣服を乱す危険にさらされること、第二は、賤民のように力をふりしぼり、〈棍棒をにぎりしめ、慌てて駈け出す〉不様さに耐えられなかったことである。
 勉学にたいしても、スポーツ以上の熱意を示さなかったようだ。初歩的なものとかかずらうことは、ダンディの傲慢な自尊心と相容れなかったからであろう。」
「ダンディズムを支える基本的心因の一つがナルシシズム、すなわち自惚れであることは言うを俟(ま)たない。世間流に〈自惚れ〉が〈悪徳〉であるとすれば、ダンディであることはそれ自体すでに不善であり、ダンディズムが常識的見解から白眼視されるのも当然の成り行きであろう。」
「職業を持つことは、とりもなおさず、世俗の塵にまみれることであり、ダンディの資格を放棄することにつながる。今後は、意志的軽蔑を通じて、自覚的嫌悪を通じて、さようなものとは完全に縁を断つことだ。」
「ブランメルが自らに課した粋の原則は中庸に重点が置かれ、知性的に統一されている点が特徴である。」
「ブランメルの衣装哲学を端的に示すものとして、広く知られている寸言がある。いわく、「街を歩いていて、人からあまりまじまじと見られるときは、きみの服装は凝りすぎているのだ」。言葉の使用においては、あれほどの自己顕示的攻撃性を発揮した人間が、服装においては〈中庸〉を第一に重んじたのである。意表外な色彩、大胆すぎる裁ち方は、彼の目には耐えがたい悪趣味として映じたようだ。むしろ控え目であることに情熱を注ぎ、バイロンが名づけた〈衣服の面での高雅な慣習〉の範囲内で、自分を際立たせることをねらったのである。」
「一八〇六年十月、ブライトンの町では、爪先から頭の天っ辺まで緑色をまとって出歩く一人の男の姿が人目をひいた。緑色の服、緑色の手袋、緑色のハンカチ、残りもそれにあわせて。この変人はひとりぼっちで暮らし、誰れとも交際せず、そして自宅の調度は、カーテンも、壁紙も、ソファも、食器やこまごました化粧道具にいたるまで、グリーンの色調の連続を呈していた。ここまでくれば、もはや首尾一貫するしかない。やがて彼は緑色の果物と野菜いがいのものを口にしなくなった。そしてすべては悲劇的な幕切れで終わりを告げる。或る日、〈緑の男〉は――みんなは彼をそう仇名していた――窓から街路へ飛びおりると、一目散に駈けだし、いちばん近くの崖の上からまっさかさまに身を投げてしまった。
 同じく服装に凝ったとはいえ、ブランメルはこの〈緑の男〉とはまさしく対極に位置していたわけだ。」



「落日の栄光」より:

「いずれにせよ、敗退の日はやってきた。ダンディの前には借財による投獄が待っていた。」
「かくして、たちまち持ち金を使い果たしたあとには、ダンディにとって致命的な打撃である、無一文に近い困窮生活が待っていた。」
「幾人もが証言するように、その気にさえなれば、彼は芸術家としても優に一家を成すことができたであろう。ただ彼はダンディズムを一切の価値のうえに置き、この至難の芸術に挑戦したまでだ。けだしダンディの生き方こそ「彼を卓越した照明のうちにすえることを、そして彼が軽蔑しきっている並の人間の群から自分を引き離すことを彼に可能にする唯一のもの」であるからだ。」
「ブランメルの自尊心は、最後に差し出された機会までもはねつける。」
「かつてのダンディはいまでは道行く連中の嘲罵の的にすらなっていた。「いつしか街の子供たちは、彼が壁にそって身をささえながら、暖かく迎えてくれる住居を求めて、苦しげにからだを引きずっていくとき、この保護者のない存在を辱しめることをおぼえだした。或る一家だけが最後まで彼に忠実だった……彼のために常に暖炉の片すみに席を用意していた、そして彼はお茶の時間を待ちながら静かに居眠りするために、そこへやってくるのだった」(キャプテン・ジェス)。
 さいごに彼は完全な老衰状態におちいった。もはや自分の部屋から離れられなかった。」
「かつてジョージ・ブライアン・ブランメルであった男は、一八四〇年三月三十日、養老院で息を引きとった。」



「ブランメル神話」より:

「およそ文学者は、しょせん完璧なダンディたりえないのだ。バルベーの如く、或はボードレールのごとく、ブランメルの行状を讃え、ダンディズムの理論と実践を志す場合ですら、文学という不粋なわざに手を染めたという一事からして、すでにダンディたる資格の第一条件から外れたものと見てよいだろう。文学者のうちにダンディを認めることは、矛盾命題にほかならない。物を書く人間、言葉や情念をいじくり回す作業に打ちこむ性格は、必然的に〈不感無覚(ニル・アドミラリ)〉というダンディズムの理想の対極に位置するわけだ。実業はもちろん、芸術にせよ、政治にせよ、スポーツにせよ、学問にせよ、何ごとにもあれものごとに執着する人間はすべて同断である。ダンディズムはその信奉者にたいして、他の一切の能力の放棄を要求する、絶対的にして排他的な価値基準であるからだ。」
「ブランメルの離れ技は、いうなれば負数を正数に変えたことである。取るにたらぬものと見做される諸価値の上に、社会から付属的なものとして蔑視されるものの上に、〈伊達者〉はそのちからの基礎を築いたのだ。」
「無から支配の道具を引き出すこと、無価値なものを至高の価値に逆転させること、これこそブランメルが演じ遂げた驚異的な奇術であった。この空虚性のうちにブランメルのダンディズムの比類ない純粋性が宿されているといってよいだろう。軽薄の勝利、空無の果実。」
「実益の分銅にかけてしか天才の重みを量れない連中はおそらく反問するであろう、ブランメルは社会の進歩と福祉のために何をなしたかと。それにたいしては、こう答えるほかはない。彼がなしたもっともすばらしいこと、それはまさしくなにひとつなさなかったことであると。そして、皮肉にも、なにひとつなさないことによって、ブランメルは自らを不滅にしたのである。」














































アンドルー・ラング 『書斎』 生田耕作訳 (新装版)

「到るところに私は平安を探し求めた、しかしどこにもそれを見出せなかった」とは聖トマス・ア・ケンピスの言葉です。しかし、すぐそのあとでこう言い直しております。「書物のある片隅を除いては」と。」
(アンドルー・ラング 『書斎』 より)


アンドルー・ラング 
『書斎』 《新装復刊》
生田耕作 訳


白水社 名著リクエスト復刊 
1996年6月10日 印刷
1996年6月25日 発行
189p 口絵1葉 図版10葉 
菊判 丸背紙装上製本 カバー 
定価3,000円(本体2,913円)
装幀: 菊地信義



本書「訳者後記」より:
 
「アンドルー・ラングの『書斎』 The Library, 1881 は、読書人にとって、この上なく楽しい読み物である。『書物と書物人』 Books and Bookman, 1886 と並んで、著者の書物随筆中の代表作とされ、読書と書物に真面目な関心を有する人間なら、一度は必ず繙(ひもと)くべき、「書籍学(ビブリオグラフィ)」の古典的名著として知られている。」
「第一章「猟書家の弁」では、古本漁りの楽しみと効用、コレクターの生態、英仏の古書店風景、掘出し物にまつわる数々の挿話が、一方ではすぐれた作家でもあるラングならではの生彩に富んだ筆致で語られている。」
「第二章は、いよいよ「書斎」。人それぞれの資力に応じた理想的書斎の設計、室内の調度品、環境、書棚の作り方、書籍の保存法、それに付随した蔵書票の様々などについて、本格的な「書斎論」が展開されるくだりとなる。」
「つづいて第三章「珍しい本・美しい本」では、ヨーロッパの長い造本技術の伝統を振り返り、中世の彩飾写本、揺籃期本、アルドゥス版、エルゼヴィル版など、代表的実例に即して、美しい本、貴重な本を成立させる諸条件が具体的に述べられる。」
「終章、「挿画入り本」では、(中略)従来軽視され、なおざりにされてきたブック・コレクティングの新発見領域に読者を誘う。
 ただしこの第四章のみは、(中略)ラング自身の執筆ではなく、(中略)邦訳では、第二章に挟入された、その分野の専門学者の執筆になる「手写本の校合法」及び「初期刊本」の項目(中略)ともども割愛し、代わりにラングの別著『文学を語る手紙』 Letters on Literature, 1889 から、本書の内容によりふさわしい一篇を選んで巻末に添えることにした。」



生田耕作訳『書斎』の初版は1982年、『愛書狂』『書痴談義』と共に、生田耕作編訳による白水社の愛書三部作の一冊で、初版は他の二冊同様、貼函入り仮フランス装の瀟洒な装幀でした。

別丁口絵・図版計11点(うちカラー1点)。


ラング 書斎 01


帯文:

「■白水社■
名著リクエスト復刊
19世紀の古書蒐集趣味の奨励者として名高い著者が記す、読書人たる資格を得るためには必ず一度はひもとくべき「書籍学(ビブリオグラフィ)」の名著。」



目次:

第一章 猟書家の弁
第二章 書斎
第三章 珍しい本・美しい本

若き愛書家への手紙

訳者後記

口絵
 ウォルター・クレーン筆
図版
 ロンドンの古書店(ゲオルグ・シャーフ筆)
 クルックシャンク作木版画(ディケンズ『オリヴァー・トウィスト』挿絵)
 セーヌ河岸の露天古本屋(絵葉書)
 Three-decker 本 コレクション(エリック・キール氏蔵) (カラー)
 掘出し物(カヴァルニ筆)
 初期「華麗様式(ア・ラ・ファンファル)」装幀 淡黄褐色仔牛皮装 1550年頃
 アルドゥス版『ヒュプンエロトマキア』1499年刊、挿絵入り頁
 ドラ作『接吻』1770年刊 エーザン挿絵
 アルドゥスの工房を訪れたグロリエ フランソワ・フラマン筆
 アンリ二世とディアーヌ・ド・ポアティエの頭文字をあしらった黒モロッコ皮装幀、1550年頃



ラング 書斎 03



◆本書より◆


「第一章 猟書家の弁」より:

「蒐書の楽しみは狩猟の楽しみに似ているとつくづく思う。「猟書」と言うし、ラテン語の古い格言にも「人はこの森での狩りに倦むことを知らない」とある。しかしなんといってもいちばん近いのは魚釣りだろう。釣り師がツイード川やスペイ川の岸辺を行くように、蒐集家はロンドンやパリの街路を行く。」
「古書店の授けてくれる楽しみは変化と魅力に満ちている。ロンドンでなら大英博物館とストランド街の間に薄汚れた網の目のように広がる横丁のほとんどで、この楽しみが味わえる。それ以外にも滅多に人通りのないひっそりとした密猟地を愛好家が自分で見つけ出せる余地もまだまだ残されている。パリでならセーヌ河の築堤の上に八十人からの露店古本屋(ブキニスト)が箱を並べる、河岸(ケエ)の長いつらなり。どんな小さな田舎町でも、たまに値打ちのある珍本が、古道具屋などに潜んでいるのにぶつかることがあるものだ。」
「猟場は古本屋の店頭だけに限られない。(中略)古書目録が、自宅に居ながらにして猟の楽しみを味わせてくれる。蒐集家は目録を熱心に読み、望みの獲物が見つかれば鉛筆で印をつけ、折り返し売り手に宛てて手紙を書くか、あるいは電報を打つ。不幸にして大抵の場合は、たぶんどこかの書店の代理人あたりに先を越されてしまっている。」



「第二章 書斎」より:

「埃という代物は本を汚すだけに止まらず、スペンサー氏なら蠧(しみ)の適性環境とでも名づけそうなものを作り出すように思われる。蠧(しみ)の仕事は一目瞭然、誰の目にも明らかである。表紙と頁を貫いて器用に穿たれた丸い穴のおかげでどれだけ多くの珍しい貴重な書物が台無しにされたことか! だが問題の虫の性質については、識者の意見が大きく岐れる。この天災はギリシア・ローマ時代から知られていたらしく、ルキアノスも話題に取り上げている。ブレイズ氏はオックスフォード大学図書館員の手で仕射められた、白い蠧のことを書いている。ビザンチンでは黒い種類がはびこっていた。文法学者のエヴェナスは、黒い蠧を詰(なじ)った警句詩を残している。」
「博識なメンツェリウスは連れ合いを呼ぶ雄鶏のような声で蠧が鳴くのを聞いたことがあると言っている。「どこかの鶏の叫び声だったのだろうか、それともわたしの耳鳴りに過ぎなかったのか。その瞬間でさえ、まったく自信は持てなかった、ところがこの目で私は、ペンを走らせていた紙の上に、まさしく雄鶏そっくりにさえずりつづけている一匹の小さな虫の姿を見つけたのである。私が拡大鏡を近づけ、目を凝らして観察を始めると、やっと鳴き止んだが。おおよそだに(引用者注: 「だに」に傍点)くらいの大きさで、灰色のとさかがあり、頭は低く、胸に垂れ下がっている。雄鶏めいたひびきは、両方の羽をかち合わせてたてる物音だったのだ」。こんなふうなことをメンツェリウスは、また他にも同じ主旨のことを、『諸国学会の想い出』(ディジョン刊、一七五五―五九、四ツ折判十三巻)の中で記している。ところが、われわれの時代になると、その途の権威ブレイズ氏が「カクストン記念会」でカクストン礼賛者たちの前に生きた蠧の実物を展示したいと思っても、蠧を見たことがあるという人すら稀な有様で、ましてその囀りを耳にした人にいたってはさらに寥々(りょうりょう)たるものであろう。」
「蠧は製本屋の使う糊が好物だが、ダランベールの付記によればアブサン酒が苦手らしい。ブレイズ氏はまた今出来の悪質紙は紙魚すら見向きもしないことを発見している。」



ラング 書斎 04



原文はこちら:

The Project Gutenberg Etext of The Library, by Andrew Lang
The Project Gutenberg Etext of Books and Bookmen, by Andrew Lang































































































































生田耕作 編訳 『愛書狂』

「きみはビブリオマニア(愛書狂)というのを知っていますかね?」
「愛書狂とは(語源的には、ビブリヨン、つまり書物と、熱狂(マニア)との合成語で)、人類、すなわち両足動物、つまり人間の一変種です」
「二本足の、羽のない、この生物は、普通はセーヌの河岸や並木通りを彷徨し、古書店の陳列棚があれば必ず立ち止まり、そこにあるすべての本に手を触れる。」

(アレクサンドル・デュマ 「稀購本余話」 より)


生田耕作 編訳 
『愛書狂』


白水社 
1980年11月20日 印刷
1980年12月5日 発行
245p 図版4葉
菊判 仮フランス装 貼函 
定価2,800円
装幀: 野中ユリ



本書「あとがき」より:

「古今東西を通じて恋愛が小説の中心的主題であるとすれば、さらに狂的な情熱「本気ちがい」が作家たちの関心を引かぬ理屈はない。しかるに、案に相違して、ビブリオマニアを主人公に取り上げた作品の数たるや、それほど多くはない。(中略)その理由たるやいとも簡単。(中略)恋愛はごくありふれた、万人のあいだに行き渡った病であるのに反して、「愛書病」のほうはよほど悪い星の下に生まれ合わせた不運者だけが背負わされる業病のたぐい、一般読者にとってはとんと実感の湧かない例外的現象であるところに、もっぱらその原因は求められよう。」
「ここに、古本道楽の黄金時代、十九世紀フランスの名だたる書物狂いが遺した「愛書小説」の名篇を拾い集め、ささやかな一本を編み、この高貴な業病に斃れた不幸なる少数者の鎮魂に捧げたい。」



本文中図版22点。


生田耕作 愛書狂 01

函。


生田耕作 愛書狂 02

本体表紙。


生田耕作 愛書狂 03


目次:

愛書狂 (ギュスターヴ・フローベール)
稀購本余話 (アレクサンドル・デュマ)
ビブリオマニア (シャルル・ノディエ)
愛書家地獄 (シャルル・アスリノー)
愛書家煉獄 (アンドルー・ラング)

フランスの愛書家たち――アンドルー・ラング著『書物と書物人』に拠る
作者紹介
訳註
あとがき

本文挿絵: O・ユザンヌ『巴里の猟書家』から
別丁図版: 『仏蘭西風菓子製法』エルゼヴィル版(1655年刊)題扉・口絵/ポンパドール夫人旧蔵本家紋入表紙/グロリエ旧蔵アルドウス版表紙(1559年)



生田耕作 愛書狂 05



◆本書より◆


「フランスの愛書家たち」より:

「文学への関心とは別個に、書物をそれ自体独立したものとして鑑賞する、すなわちその外的形態、用紙、印刷、装幀などを愛(め)で、もっぱらその造形的美しさ、稀少性、保存程度などに書物の価値基準を置く伝統は、他のいかなるヨーロッパ諸国よりもフランスにおいて特に顕著であり、根強く行き渡っている。(中略)イギリス人は読みたい本を図書館から借り出し、どのようなけばけばしい布装本をあてがわれても平気なものだ。フランスでは然(さ)にあらず、自分で本を買い、お気に入りの製本師にモロッコ革の表紙で装わせ、雅趣豊かな美しい図案を施し心ゆくまで造本の贅をつくすのである。彼の国では書物は終生の友。英国では一、二週間の客人にしかすぎない。フランスの文豪のうちには古書蒐集家として知られる人も少なくなく、書物への愛に関するまとまった文章を物している。フランスの文学と歴史は愛書家の運・不運、彼らの掘り出し物、発見、落胆にまつわる逸話であふれている。現時点でも、ちょっとした図書館くらい造れそうなほどの本にかんする本が私たちの眼前に横たわっている。」

「並みの資産に生まれ合わせた蒐集家は、猟書のやり方までが〈狩り出し〉に似ている金持ち連中とはもともとしっくりいきようがない。「河岸」の均一本の棚を覗き込み、文学的真珠を求めて埃まみれの箱の中に潜り込む、野性の獲物をねらう見すぼらしい狩人こそ我らの仲間である。」



生田耕作 愛書狂 04



◆本書収録作品概要◆


・愛書狂
ギュスターヴ・フローベール十代半ばの作。バルセロナで起った愛書家連続殺人事件。本盗人ドン・ヴィンセンテ事件の実話が下敷きになっている。

・稀購本余話
アレクサンドル・デュマの『回想録』より。劇場で出会った男(シャルル・ノディエ)から「エルゼヴィル版」稀購本についての講義を受ける。

・ビブリオマニア
シャルル・ノディエ作。死に至る病「愛書狂(ビブリオマニア)チフス」に罹患した男の話。

・愛書家地獄
シャルル・アスリノーはボードレールの最初の伝記作者。悪魔のいたずらで無価値な本を法外な高値で競り落としてしまい、代金を支払う為に大事な蔵書を二束三文で手放すはめになる……という悪夢を見た愛書家の話。

・愛書家煉獄
アンドルー・ラングはスコットランド生まれ。本篇はアスリノー「愛書家地獄」の英語圏読者向けの翻案ダイジェスト版。



こちらもご参照下さい:

アンドルー・ラング 『書斎』 生田耕作 訳




































































生田耕作 編訳 『書痴談義』

「ご覧のとおり、本の洪水でして、本で溺れ死にそうです。このままだと、本に殺されてしまいますな。」
(ジョルジュ・デュアメル 「書痴談義」 より)


生田耕作 編訳 
『書痴談義』


白水社 
1983年11月10日 印刷
1983年11月20日 発行
186p 口絵(カラー)1葉 図版2葉
菊判 仮フランス装 貼函 
定価2,400円



本書「編者後記」より:

「先に上梓した『愛書狂』の後を受けて、このたびは、世紀末から現代にわたる小説作品の中から、同工異曲の四篇を選び集めて一本に編み、題して、『書痴談義』という。
 ジョン・カーター氏の洒落た辞典の定義によれば、〈書痴〉 bibliophile とは、ただの本好きとは異なり、〈目にいささかの狂気を宿した〉連中にして初めてこの称号を授けられる資格を有するものらしい。愛書狂 bibliomaniac への距離は紙一重である。」
「万事計算づくめ、理屈づくめの世の中に、〈書痴〉ほど哀(かな)しくも可笑(おか)しい人種はない。」
「本輯もまた『愛書狂』『書斎』に次いで恩地源三郎氏との共編であることをお断りしておく。」



「アルドゥス版殺人事件」に本文中図版1点、別丁挿絵図版2点。


生田耕作 書痴談義 01


目次:
 
口絵
 製本装幀 P. ピュルゴルド( ―1830)

書庫の幻 ピエール・ルイス
シジスモンの遺産 オクターヴ・ユザンヌ
書痴談義 ジョルジュ・デュアメル
アルドゥス版殺人事件 ローレンス・G・ブロックマン
 
作者紹介
編者後記

 
 
生田耕作 書痴談義 02

本体表紙。



◆本書収録作品概要◆


・ピエール・ルイス 「書庫の幻」
家にひとり残された十二歳の少女が、普段入ることを許されない書庫を探検する。そこで見つけた大判の『イスパニア聖者伝』の口絵の銅版画に描かれたイエズスの聖テレジアの幻から、自分のこの先の人生を予言される。

・シオクターヴ・ユザンヌ 「ジスモンの遺産」
ラウールの書物収集のライバルであったジスモンが死んだ。全ての蔵書は五十八歳の従妹に譲られたが、遺言によって、蔵書が散逸せぬよう売却を禁止し、一冊たりとも持ち出してはならないとされていた。どうしてもジスモンの蔵書を手に入れたいラウールは、ジスモンの従妹と結婚しようと画策する。

・ジョルジュ・デュアメル 「書痴談義」
愛書家クールタン氏は、蒐集癖が昂じて、「ボードレールの指の爪の切り屑」にまで手を出すに至る。

・ローレンス・G・ブロックマン 「アルドゥス版殺人事件」
五十万フランの値打ちがあるアルドゥス版『ポリフィロの夢』をめぐる殺人事件。作者は現代アメリカの推理小説作家。
「愛書小説として、本篇が他の諸作品にくらべて、なんとなく迫力に欠けるのは、登場人物たちの書物に注ぐ情熱が、(中略)〈投資〉の域を出ず、計算を無視した「書痴」の哀れさおかしさに無縁であるところから発する、読後感の食い足りなさとつながるのではないだろうか。」


生田耕作 書痴談義 03

本文枠飾。


生田耕作 書痴談義 04















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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