『モダンデザインの父 ウィリアム・モリス』 編集・監修: 内山武夫

『モダンデザインの父 
ウィリアム・モリス』

William Morris

編集・監修: 内山武夫
発行: NHK大阪放送局、NHKきんきメディアプラン
ブック・デザイン: 中垣信夫
印刷: 日本写真印刷株式会社
初版: 1997年3月18日
203p 
29.7×22.5cm 並装


京都展 
1997年3月18日―5月11日 
京都国立近代美術館

東京展 
1997年5月27日―7月13 
東京国立近代美術館

名古屋展 
1997年7月25日―8月31日 
愛知県美術館



本カタログ「序論」(リンダ・パリー)より:

「ウィリアム・モリスは19世紀のイギリスで最も傑出した博学多才の人であった。世を去ったのは100年も前のことだが、美術家、デザイナー、製造業者、商人、詩人、著作家、出版人、印刷業者、収集家、教師、古建築保護運動家、政治活動家、環境保護論者としてのモリスの業績は、その死後も世界中の人びとの生活や仕事に影響を及ぼし続けている。」


図版234点。参考図版(モノクロ)13点。


ウィリアムモリス展 01


内容:

あいさつ (主催者)
Acknowledgements (The Organizer)
Lenders List/所蔵者一覧
展覧会開催にあたって (ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館長 アラン・ボルグPreface (Alan Borg)

序論 (リンダ・パリー/福岡洋一 訳)
バーン=ジョーンズが人を、ウェッブが鳥を、そしてモリスが野の花を描いた (藤田治彦)
「美しい書物」についての伝説 (藪亨)
ウィリアム・モリスとスタジオ・クラフト (金子賢治)

図版
 Ⅰ モリスの生活と初期作品
  モリスの生活、ジェイン・バーデンとの結婚、家族、友人たち。
  モリス最初の室内装飾、そしてレッド・ハウス。
 Ⅱ モリス・マーシャル・フォークナー商会の活動
  モリス・マーシャル・フォークナー商会の設立。
  1862年の万国博覧会、グリーン・ダイニング・ルーム、ステンドグラス、家具、テキスッタイル、壁紙、タイル。
  詩人モリス。
 Ⅲ モリス商会とマートン・アビー、そしてモリスの多彩な活動
  マートン・アビー、商会の成功と国際的名声、セント・ジェイムジズ宮殿、ホーランド・パーク1番地。
  古建築物保護協会(SPAB)の活動。
  政治活動と『ユートピアだより』。
 Ⅳ ケルムスコット・ハウスでの活動とケルムスコット・プレス
  ハマスミスのケルムスコット・ハウス、手織りタペストリーとカーペット、刺繍。
  ケルムスコット・プレスの出版物、そして『ジェフリー・チョーサー作品集』。

ウィリアム・モリスの仕事 (リンダ・パリー/福岡洋一 訳)
ロマンティシズム・反修復運動・講演活動 (藤田治彦)

関連人名 (藤田治彦)
関連用語 (藤田治彦)
略年譜 (藤田治彦)
作品リスト/List of Works
Introduction (Linda Parry)
The Works of William Morris (Linda Parry)



ウィリアムモリス展 02



◆本書より◆


「序論」(リンダ・パリー)より:

「ウィリアム、ジェイン、それにジェニー(ジェイン・アリス)とメイ(メアリー)という二人の幼い娘たちからなるモリス一家は、1865年にレッド・ハウスを出て、クイーン・スクエアのオフィスの上に移った。このときからモリスは商会の舵取りをするようになる。当初は週に一度共同経営者たちが集まって仕事と報酬を公平に配分していたのだが、やがてこの取り決めも崩れ、1860年代後半からしっくりいかないことが多くなった。事の発端はといえば、画家とモデルとしてしばしば会っていたロセッティとジェイン・モリスが愛人関係にあることが、モリスの眼にもしだいに明らかになってきたことだった。モリスは傷ついたが、妻と別れて社会的・感情的に打ちのめされるよりは現実を受け入れようと決心した。この時期のモリスは激しい感情の捌(は)け口を詩に求め、また私的で主観的な思いを込めたカリグラフィーに没頭している。」


ウィリアムモリス展 08


オックスフォード・ユニオン討論室。


「序論」(リンダ・パリー)より:

「1857年にモリスとバーン=ジョーンズは、オックスフォード・ユニオン(学生会館)討論室の上部の壁に絵を描くという、ロセッティが始めたプロジェクトに参加した。この壁画は完成するかしないかのうちに至るところから褪色が始まるという大失敗だったが、このプロジェクトがモリスの転機となった。何よりもまず、室内装飾の実際を細部にわたって計画し、組織立てるという初めての体験だった。しかしそれだけではなく、職人の一人ひとりが仕事に同等の責任と誇りを持っていた、イギリス中世のギルドのやり方に基づいて仕事をする芸術家グループの一員でありたいという、かねてからのモリスの願望を満たしてくれるものでもあったのだ。」


ウイリアムモリス展 04


ステンドグラス・パネル(デザイン: バーン=ジョーンズ)、1863年頃。


ウィリアムモリス展 05


壁紙見本: ワイルド・チューリップ(162番)、1884年。


ウィリアムモリス展 03


タペストリー: 森、1887年。


ウィリアムモリス展 06


『チョーサー作品集』用の頭文字デザインと試し刷り、1896年。


ウィリアムモリス展 07


ケルムスコット・プレス版『チョーサー作品集』(ヴェラム装丁版)、1896年。



































































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『世界の名著 41  ラスキン  モリス』  責任編集: 五島茂

「「そうですね、太陽がいっぱいの休みの日に、楽しかった子供のころ、思い浮かぶものはなんでも自分のものになったっけ」」
(ウィリアム・モリス 「ユートピアだより」 より)


『世界の名著 41 
ラスキン 
モリス』 
責任編集: 五島茂


中央公論社 
昭和46年3月15日 初版印刷
昭和46年3月25日 初版発行
526p 口絵2葉
17.6×12.8cm 
丸背クロス装上製本 貼函
本体ビニールカバー
函プラカバー
定価650円
装幀: 中林洋子

付録 52 (12p):
人間と自然の美しさ(対談: 安藤一郎・五島茂)/責任編集・訳者紹介/文献案内/編集室だより/次回配本/図版(モノクロ)5点



第52回配本。
二段組。図版(モノクロ)多数。


ラスキン モリス 01


帯裏:

「イギリス史上最も輝ける十九世紀ヴィクトリア朝の繁栄の陰に潜む諸矛盾をいち早く察し、人道主義経済学を創唱したラスキンとその使徒として資本主義社会の人間疎外に全的に抗した実践的社会主義者モリス。機械文明の病根を洞徹した二巨人の熱誠こもる代表作を碩学の名訳でおくる決定版」


目次:

口絵
 ケルムスコット・ハウス (カラー)
 ラスキン/モリス (モノクロ)

ラスキンとモリス (五島茂)

ラスキン
 この最後の者にも (飯塚一郎 訳)
  序文
  第一論文 栄誉の根源
  第二論文 富の鉱脈
  第三論文 地上を審判(さば)く者
  第四論文 価値に従って
 ごまとゆり (木村正身 訳)
  一八八二年版への序
  第一講 ごま――王侯の宝庫について
  第二講 ゆり――王妃の庭園について

モリス
 ユートピアだより (五島茂・飯塚一郎 訳)
  第一章 討論とベッド
  第二章 朝の水浴
  第三章 ゲスト・ハウスとそこでの朝食
  第四章 途中のある市場
  第五章 路傍の子供たち
  第六章 ささやかな買物
  第七章 トラファルガー広場
  第八章 年とった友だち
  第九章 恋愛について
  第十章 質疑応答
  第一一章 政府について
  第一二章 生活上のとりきめにかんして
  第一三章 政治にかんして
  第一四章 問題はどう処理されるか
  第一五章 共産主義社会には労働意欲を促すものが欠けているという問題について
  第一六章 ブルームズベリ市場ホールでの午餐
  第一七章 変化はどうして訪れたか
  第一八章 新生活の開始
  第一九章 ハマスミスへの帰り道
  第二〇章 ハマスミスのゲスト・ハウス再訪
  第二一章 テムズ河をさかのぼって
  第二二章 ハンプトン・コートと過去の礼讃者
  第二三章 ラニミードの早朝
  第二四章 テムズ河をさかのぼって 第二日
  第二五章 テムズ河の第三日
  第二六章 強情な拒絶者たち
  第二七章 テムズ河の上流
  第二八章 小さな河
  第二九章 テムズ河上流の休憩所
  第三〇章 旅の終わり
  第三一章 新しい人々のなかの古い邸
  第三二章 饗宴の開始――結び

年譜
索引



ラスキン モリス 02



◆本書より◆


「ユートピアだより」より:


「第六章 ささやかな買物」より:

「このときまでにわたくしはもう本心にたちもどっていた。そしてこの国の驚くべき風習を思い起こし、いまさら社会経済学やエドワード朝の鋳貨について講義をしようとする気はもたなかった。ただこういった。
 「わたくしのこの服――どうでしょう? ねえ――この服はどうしたらいいとお考えですか」
 かれは笑いだしたいようすなど少しも見せず、まったくきびしい態度でいった。
 「おお、新しい服などまだ手にいれないでください。わたくしのひいおじいさんは好事家(こうずか)です。かれはあなたをいまのままのすがたで見たいと思うでしょう。それに、あなたにお説教するわけじゃありませんが、あなた自身を他のだれとでもまったくおなじようにしようとして、あなたの服装を研究する民衆の楽しみをあなたが奪いとってしまうのは、たしかに正しいとはいえないでしょうね。そうはお感じになりませんか」かれは本気になっていった。」
「「それじゃ」とかれは愉快そうにいった、「これらの売店のなかがどんなふうかもっとご覧になったほうがいいでしょう。ほしいものがなにかお考えください」
 そこでわたくしはいった、「たばことパイプを手にいれられましょうか」
 「もちろんですとも」とかれはいった。「さきにこちらからおたずねしないなんて、なにをわたくしは考えていたのでしょう。いや、あのボッブにいつもいわれているんですよ、わたくしたちたばこをのまない者なんて利己主義な奴だって。それはほんとうかもしれませんね。だが、さあいっしょにいらっしゃい、ここにはちょうどてごろなところがあります」
 そういってすぐ、かれは馬をとめてとびおりたので、わたくしもそのあとについていった。模様のある絹の着物をみごとに着こなした、とても美しい女性が通りすがりに陳列窓をのぞきながらゆっくり歩いていた。かのじょにディックはいった、「お嬢さん、ちょっとなかにはいっている間、わたくしたちの馬をおさえていただけませんか」。かのじょはやさしい微笑を浮かべてうなずいて、そのきれいな手で馬をなではじめた。」

「「おはよう、小さな隣人たち」とディックはいった。「このお友だちがたばことパイプをほしがっておられるのだが、ありますか」
 「はいはい、承知しました」と、少女は幾分おかしいくらい一種とりすました敏活さで答えた。少年は顔を上げ、わたくしの外国人らしい服装をじろじろ見だしたが、自分がお行儀よくふるまっていないと気づいたかのように、すぐに顔を赤らめて横をむいた。」
「「かのじょはまたすがたを消した。そして大きな火皿のついたパイプを手にしてもどってきた。それはなにか堅い木を非常に精巧に彫りぬいたもので、小さい宝石をちりばめた黄金をはめこみにしていた。それは、要するに、わたくしのいままでに見たいちばん美しくはなやかなおもちゃであった。最良の日本の細工物に似てはいるが、それよりも良いものであった。
 「おやおや」とそれに目をとめてわたくしはいった。「これはわたくしにはまったくりっぱすぎる、世界じゅうを治める帝王以外はだれにだってりっぱすぎる。それに、わたくしはそれをなくしますよ。わたくしはいつでもパイプをなくすんです」
 少女はちょっとくじかれたように見えた、そしていった。「それがお気にいらないのですか、お客さま」
 「いえ、いえ」とわたくしはいった。「もちろん気にいっているんです」
 「それならおもちくださいな」とかのじょはいった。「それになくすことなんか心配なさらないで。たとえおなくしになったって気になさることはないじゃありませんか。だれかがきっと見つけるでしょうし、そうすればその人がそれを使い、あなたはべつのを手にいれられるんですから」
 わたくしは少女の手からうけとってそれをじっと見た。そうしているうちに、ふとうっかりして、いった。「しかしこんなりっぱなものには、お代をお払いしなくてはならないのでしょう」
 ディックが、そういっているわたくしの肩に手をかけたので、ふりむくとかれのおどけた友情の目にぶつかった。それは、この国ではもう絶滅してしまっている商業道徳がまたしても顔を出したのをわたくしにいましめたものだ。」



「第八章 年とった友だち」より:

「かれはまた馬車を走らせた。その間わたくしは、あれほど大げさなことばで語られていた十九世紀が、このシェイクスピアを読み、中世のことも忘れてはいない男の記憶のなかで、ものの数にもいれられていないのを考えて、かすかに微笑した。」


「第九章 恋愛について」より:

「この答えに老人も笑った。「それじゃ、わたくしがあなたに話すことにしましょう。あなたがまるで――」
 「まるでわたくしがほかの惑星からきた人間であるかのように」とわたくしはいった。」

「「では、あなたはナンセンスなことを考えておられる」とかれはいった。「昔は離婚裁判所のような気違いじみた業務があったことはわたくしも知っている。が、考えてもご覧なさい、そこへもちこまれた事件はすべて財産争いの事件だった。そしてお客さま」とかれは笑いながらいった。「たとえあなたがほかの惑星からいらっしゃったとしても、われわれの世界を外側からちょっとご覧になっただけで、今日われわれのなかに私有財産についての争いなどはありえないことがおわかりでしょう」
 ハマスミスからブルームズベリまでの馬車のドライヴで、平和な幸福な生活を思わすような多くのヒントを見てきたが、それらは、あの買物のことなどなかったとしても、われわれが考えなれていたような『神聖な私有財産権』はここではもはや存在しないということをわたくしに語るに足るものであったろう。」



「第一一章 政府について」より:

「「どうもわかりませんな」とわたくしはいった。
 「そうでしょう。おわかりになりますまい」とかれはいった。「こんなことをいえばあなたにはショックでしょうが、われわれは、ほかの惑星生まれのあなたが政府と呼ばれるようなものは、もはやもっていないといわなければならない」」



「第一五章 共産主義社会には労働意欲を促すものが欠けているという問題について」より:

「かれの十九世紀の生活に対する評価に、わたくしは驚いてちょっと息がとまった。わたくしは力なくいった。「しかし、あの労働力節約の機械類は?」
 「おやおや!」かれはいった。「あなたのおっしゃるのはなんのことですか。労働力節約の機械類ですって? さよう、あれらはある一つの仕事についての『労働〔というか、もっとはっきりいって人々の生活〕を節約する』ためにつくられ、それをもう一つの、おそらく無用な仕事にむけるために――浪費するために、とわたくしはいおう――つくられたのです。労働を安価にするくふうのすべては、ただたんに労働の重荷を増す結果となりました。世界市場の食欲は食べれば食べるほどつのっていったのです。『文明』〔すなわち、組織化された苦悩〕の圏内にある国々は、市場の奇形のもので満腹して、暴力と詐欺がこの境界の外側の国々を『開発する』ために惜しげもなく使われました。この『開発』の過程は、この時代の人々の公言しているものを読み、しかもその実践したことを理解しえない人々には、異様なものです。それはおそらく、十九世紀の重大な悪徳の最悪のものをわれわれに示しています。あの身代わりたちにやらせた――残虐行為の責任をのがれるために、偽善や空念仏(からねんぶつ)を使うあの手口をです。文明人たちの世界市場がまだその魔手におさめていないある国を渇望したとき、なにか見えすいた口実が見つけだされる――商業主義下の奴隷制とはちがった、まだそれほど残忍ではない奴隷制の抑圧とか、その煽動者たちももはや信じていない宗教を押しつけるとか、『野蛮』国の原住民たちの間で、こちらが犯罪を犯してかれらとごたごたを起こしたならず者や殺人犯の気違いの『救出』とか――、要するに、ともかく犬を打てる棒を見つければいい。それからだれか大胆な、破廉恥な、無知な冒険家が見つけだされ〔この競争時代にはむずかしいことではありませんでした〕、そしてその男を買収して、この不運な国にどんな伝統をもった社会があるにせよ、それをぶちこわし、またそこにどんなレジャーや楽しみがあるにせよ、それを破砕することによって『市場を創造』させる。かれは、原住民にかれらの欲しない商品を押しつけ、原住民たちの天然の産物と『交換』――こうした形式の略奪をそう呼んだ――しました。それによってかれは『新しい需要を創造した』のです。その需要を満たすために〔すなわち、かれら原住民たちは新しい主人たちによって、生きることを許されるために〕この不幸な、寄るべない人々は、『文明』のくだらないものを買えるいくらかの金を手にいれようとして、希望のない苦役の奴隷として身売りをしなければならなかったのです。ああ」と老人は博物館を指さしながらいった。「わたくしはあそこでこれまでに文明〔もしくは組織化された苦悩〕の『非文明』との取引きについての、まったく異様な物語を伝える書物や文書類を読んできました。イギリス政府が『北米土人』の扱いにくい種族への選りすぐった贈物として、わざわざ天然痘の黴菌(ばいきん)を染みこませた毛布を贈った時代から、アフリカがスタンリー(1)という男になやまされた時代までですが、そのスタンリーは――」
 「あの、失礼ですが」とわたくしはいった。」



訳注より:

「(1) サー・ヘンリー・モートン・スタンリー(一八四一~一九〇四)は、イギリスのアフリカ探検家。ウェールズ生まれ。アフリカ分割期のイギリス帝国主義の代表的先駆活動で世界的に知られた。東アフリカ、中央アフリカの奥地を探検、アフリカの植民地化を進めた。あるときは奥地にはいった行方不明のリヴィングストンの救援におもむいて会った。第三回探検のとき、コンゴ自由国を建設した。モリスはかれのゆき方に絶対反対で、スタンリーは本書執筆時ちょうど第三回探検から帰朝して人気絶頂にあった。このようなスタンリーをモリスがこういう書き方で表現しているのは注目される。「荒らしまわる」(infest)というのが、モリスが帝国主義を論難するときに使うことば。かれはまた『コモンウィール』誌ではアフリカ開発を痛撃している。」


「第一六章 ブルームズベリ市場ホールでの午餐」原注より:

「〔1〕 ここでわたくしが「エレガント」(優雅な)というのは、ペルシア模様がエレガントだといったような意味のそれで、朝の訪問に出かける金持ちの「エレガントな」レディーといったような意味のそれではない。そのほうはむしろ「ジェンティール」(お上品ぶった)と呼ぶ。」


「第一九章 ハマスミスへの帰り道」より:

「恋人たちは、いまは横をむいてしまって、互いにひそひそ話をして、われわれを気にもとめていなかった。だから、わたくしは、声だけは落として答えた。「そうですね、太陽がいっぱいの休みの日に、楽しかった子供のころ、思い浮かぶものはなんでも自分のものになったっけ」
 「そのとおりなんですよ」とかれはいった。「あなたは、わたくしがこの世の第二の幼年時代に生きているといって、たったいま、わたくしをからかわれたのを覚えていらっしゃるでしょう。あなたも、それが住むにはしあわせな世界だとお気づきになるでしょう。そして、あなたはそこでしあわせにすごされるでしょうよ――しばらくはね」」



「第二七章 テムズ河の上流」より:

「わたくしはじっと注意した、そして、生活そのものを喜びとしてうけとめ、人類の共通の要求を満たすことと、そのための準備とを、人類の最善のことにふさわしい仕事としてついに会得した人々の作品の、精妙さと豊かな美に、わたくしは驚嘆したのである。わたくしは黙って瞑想(めいそう)していたが、とうとう口をきった。
 「ところで、このあとにくるものはなんですか」
 老人は笑った。「わかりませんねえ」とかれはいった。「それがきたときにはわかるでしょう」」

「われわれはまもなく漕ぎだし、ベンジントンとドーチェスターの間の美しい水域を通って快調に進んだ。いまや午後も半ばごろとなり、暑いというよりむしろ暖かで、まったくの無風状態、空高くふんわりとした雲は真珠のように白く、きらめき、灼(や)けつくような太陽をやわらげていた。しかし、雲は空に高さと堅さを与えるように見えるが、どこまでいっても空の薄青色をかくしはしない。一口にいえば、空は詩人がしばしばいったように、ほんとに丸天井のように見えた。そして、たんに果てしない大気のようではなく、あまりにも広大で光に満ちた丸天井であったから、いずれにしても気分を圧することもなかった。テニスンが「逸楽の国」を、いつもいつも午後ばかりの国、といったとき、かれが思い浮かべていたにちがいないような、いわばそんな午後であった。」





こちらもご参照ください:

ウィリアム・モリス 『民衆の芸術』 中橋一夫 訳 (岩波文庫)


この本をよんだ人はこんな本もよんでいます:

吉田健一 『金沢』




































































小野二郎 『装飾芸術 ― ウィリアム・モリスとその周辺』

「モリスが、何を好み、何を嫌ったかということには、いや、何を好み、何を嫌うという態度を、どのようにして決めていったかという筋道には、非常に興味がある。その筋道がモリスの思想というべきものの中身であろうから。」
(小野二郎 『装飾芸術』「あとがき」 より)


小野二郎 
『装飾芸術
― ウィリアム・モリス
とその周辺』

青土社
1979年4月20日 印刷
1979年4月30日 発行
330p 
カラー口絵1葉 モノクロ口絵8p
A5判 丸背紙装上製本
本体カバー 機械函
定価3,800円
装丁: 平野甲賀



カラー口絵1点、モノクロ口絵17点、本文中図版(モノクロ)98点。
本書はもっていたのですがどこかにいってしまったので日本の古本屋で最安値(1,000円+送料450円)のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


小野二郎 装飾芸術 01


帯文:

「パタン・デザインの地平と展開
質実な手仕事の意味を徹底して追求し、壁紙、チンツ、ステンド・グラス等の製作やブック・デザインに独自の境位を開拓し、日常の生活空間に夢を紡いで現代デザインの道をひらいた世紀末の思想化・デザイナー、ウィリアム・モリスの全体像。」



小野二郎 装飾芸術 02


帯背:

「現代デザイン
の根底を探る」



小野二郎 装飾芸術 03


目次 (初出):

1
自然への冠――ウィリアム・モリスにとっての「装飾芸術」 (「展望」 '75. 12)
ウィリアム・モリスと世紀末――社会主義者オスカア・ワイルド (「自由時間」 '75. 11~12)

2
モリスの装飾芸術入門 (「週刊朝日百科/世界の美術」第16巻 '78. 7)
「レッド・ハウス」異聞――フィリップ・ウェッブとモリス (「牧神」 '77. 12)
ミドルトン・チェイニイのモリス・ウィンドウ (「現代思想」 '78. 3, 5)
英国更紗の発展とモリス (「現代思想」 '77. 3~5)
ウィリアム・モリスのパタン・デザイン――その展開と表現 (「カラー・デザイン」 '74. 10~'75. 2)

3
ヴィクトリア朝及びエドワド朝装飾芸術展一九五二年――ピーター・フラッドとV. & A. M. (「現代思想」 76. 6)
コウル・サークルの功罪 (「現代思想」 '76. 7)
自然と装飾――オーウェン・ジョーンズとジョン・ラスキン (「現代思想」 '77. 8~9)
ウィーンのチャールズ・レニイ・マッキントッシュ (「現代思想」 '76. 10)
グラスゴウ美術学校 (「現代思想」 '76. 11)
オスカア・ワイルドの建築家――E・W・ゴドウィン (「現代思想」 '77. 1)
C・F・A・ヴォイジの壁紙 (「現代思想」 '77. 10)
アール・ヌーヴォーのイギリス起源という問題 (「現代思想」 '76. 12)
モリス運動の周辺と波動 (「カラー・デザイン」 '77. 9~'78. 2)
 1 オーウェン・ジョーンズとクリストファ・ドレッサー
 2 アーサー・H・マックマードウ
 3 C・F・A・ヴォイジ
 4 ウォルター・クレイン

4
長城と書物――書物の装飾について (「現代詩手帖」 '75. 7)
最も必要なものだけの書物 (「グリーン・ライフ」 '74. 12)
書物の「読み易さ」について (「現代詩手帖」 '77. 7)
『ケルズの書』――書物芸術におけるケルト的伝統 (「現代思想」 '76. 4~5)
モリス・ライブラリ瞥見 (「現代思想」 '77. 6)
モリスの書字法と印字法 (「現代思想」 '77. 4)

あとがき



小野二郎 装飾芸術 04



◆本書より◆


「ウィリアム・モリスと世紀末――社会主義者オスカア・ワイルド」より:

「ワイルドが社会主義の価値を認めるのは、それが一にも二にもインディヴィデュアリズム実現に繋がるからである。Individualism を何と訳すか。個人主義と一応しておく。分割されざるもの。社会あるいは集団に対する単独者としての個人に重きをおいた意味ではない。むしろ総合のイメージだろう。個々人にひそむ宇宙総合力とでもいうべきものである。
 先程引用した社会主義の定義めいたものの直ぐ次にこういっている。「それ〔社会主義〕は生(ライフ)に正しい基盤と正しい環境とを与えるだろう。しかし、生(ライフ)を最高の完成の形にまでいっぱいに発展させんがためには、これ以上の何かが必要である。その何かとはすなわち個人主義である。」私有財産制度の下でも、ある非常に限られた程度ではあるが、「個人主義」を発展させることが可能なかなりの人がいる。生活の為に働かずにすむか、自分に本当に適し、かつ快楽を与えてくれるような活動分野を選択することができる人々である。詩人、哲学者、科学者、教養人がそれである。この連中は少なくとも自己自身を実現した人間であり、全人間性がそこで部分的には自己実現している人間である。
 他方、無産者はどうか。それには美徳が多々あり、それらは容易に認めることができるが、むしろ多く嘆かれるべきものである。慈善行為に感謝することのなかで、「個人主義」を発達させることはまったくない。むしろそれに感謝せず、不満で不逞で反逆的であることの方が無産者の正しいありかただ。あんな環境に不満を感じないとするなら、まったくの野獣に過ぎまい。不服従、不逞であることは人間のオリジナル・ヴァーテュー original virtue だという。この場合の方に「個人主義」実現のチャンスありとワイルドはいいたいのであろう。
 社会主義下ではインディヴィデュアリズムはいかなる利益を受けるか。私有財産制度の下での「限定された個人主義」の限定されたゆえんは、色々あるが肝心なこととしてあると思うのは、それが「想像世界で実現された個人主義」 imaginatively-realised Individualism であることだとワイルドはしているのではなかろうか。これを詩人の仕事としている。しかし、社会主義下で、それよりはるかに自由な、はるかに美しい、はるかに強烈なものになるとされる「個人主義」とは、それと異なるものだ。「想像世界で実現され」ているのではなく、現実に、実際に実現さるべきものなのである。しかもそれは、人類に遍く可能性として潜んでいるものだ。すなわち actual Individualism latent potential in mankind generally である。
 そういういわば民衆の中の「個人主義」の発現を聖書のマグダラのマリヤの挿話にワイルドは見ているようだ。
  「姦淫の現場を押えられた一人の女があった。その恋のいきさつは知られていないが、その恋は彼女にとってまことに重いものに違いなかった。なぜならイエスはこういったからだ。女の罪は許される。女が悔い改めたがゆえではない。女の恋がかくまで痛切で、驚嘆すべきものであったがためであると。後日、イエスの死の直前、饗宴に臨んだ折、その女が現われ高価な香水をイエスの髪に注いだ。イエスの友たちはその手を押し止めて、それは浪費だ、香水にかかる金は貧に悩む人々の救済や何かそうした慈善に使わるべきだと言った。イエスはこの意見に同じなかった。イエスはこう指摘したのである。人間の物質の諸要求は大かつ恒久的である。しかし人間の魂の要求はまたさらに大である。そしてある聖なる瞬間に固有の表現方法を選ぶことによって人間は自己の完成を遂げることもあろうと。」
 これは行為における、行為においてしか表現できない「個人主義」の一例であって、しばしば犯罪(クライム)として現われる。想像世界では芸術として現われる。民衆には犯罪、特権的エリートには芸術という「限定された個人主義」の発現領域があるとワイルドは考えているようだ。そしてこの犯罪と芸術の「弁証法的」統一を「社会主義下の人間の魂」と見ているのである。(ワイルドの用語例では魂(ソウル)とは自意識と同義であり、それはさらに批評精神と同義であり、そしてまた自己表現の現場(セルフ・リアライゼイション)である。)
 しかし、あたりまえながらワイルドは単純に芸術の否定などはしない。「個人主義」のもっとも白熱せる状態としての芸術は、白熱していることによって意味がある。「犯罪」を依然「犯罪」とせしめるような社会主義、専制主義的(オーソラティヴ)社会主義の下でなら、芸術は「限定された個人主義」として留まらねばならぬ。芸術がもっとも忌避すべきは、芸術の大衆化だという。その時の大衆は権威主義者だからだ。擬似民主主義も権威主義的社会主義も、この権威主義的大衆を基盤にしているのである。
  「専制者に三種ある。肉体を圧迫するもの、精神を圧迫するもの、そして肉体と精神とを等しく圧迫するものだ。第一を王侯(プリンス)という。第二を法王(ポープ)という。第三を大衆(ピープル)という。(中略)芸術家は大衆とともに生きることは不可能である。すべての専制者は賄賂をつかう。しかし大衆は賄賂をつかい、かつ暴力をふるう。」
 ワイルドの権威主義的大衆に対する嫌悪はかくのごとしである。
 芸術家はかかる大衆のためにけして迎合してはならぬ。しかし芸術家の孤高をいたずらに尊しとしているのではない。芸術の大衆化は絶対に拒否されるが、逆に大衆の芸術化(引用者注: 「大衆の芸術化」に傍点)こそが肝心要めのこととして主張されるのである。芸術化された大衆の魂がつまり「社会主義下の人間の魂」なのである。しかし今、芸術家がこの方向に踏み出さなければ、芸術家はその芸術を失うところまで来ているという危機感がワイルドの心の底にある。「イギリスにすぐれた詩が存続しえているのは、大衆が詩を読まず、したがってそれに影響を及ぼすことがないからだ。」しかし、今は逆に詩が大衆に影響を及ぼさねば、詩そのものが存立できぬという危機意識が実はワイルドにはあったと思う。にもかかわらず、大衆を芸術化する方途、詩が大衆に影響を与える途は、ワイルドには(そしてわれわれにも)つかむことができていない。ワイルドは自分の生涯の中で、そして自分自身の中で、芸術と犯罪を結びつけただけであった。だけであったが、そこにわれわれが今日いう芸術運動の原型があったとすら私はいいたいのである。学ぶべき原型が。
 しかし、その方途の方向だけは明らかだ。人間の共感というものが奇妙に狭いとワイルドは批判する。「人間は生の全体(エンタイアティ)に対して共感すべきである。」「犯罪」への共感は、そこに現われた「生の全体性」に対してあるのであって、そうせざるを得ない悲惨に対する同情や暗い怨念に対する共感などであってはならない。」
「芸術家のみが部分的に実現している「個人主義」を、大衆すべてが、「犯罪」という形でなしに、そして部分的でなしに実現できる社会構造を社会主義と考えているのである。」

「いわゆる審美主義運動の隣りには、アーツ・アンド・クラフツ運動があった。様々な社会主義運動があった。そのすべてが交錯するところにウィリアム・モリスという大きな存在がいた。人が思う以上に、ワイルドはモリスの徒である。モリスの一部をラジカルに押しつめ、個人プレイにしてしまったところがあるが、しかし異端の芸術家の奇矯で幼稚な思想などではない。(中略)クロポトキンの影響? クロポトキンにワイルドが会ったのは、モリスの紹介によってであった。」

「建築評論家長谷川堯氏の著書『都市廻廊』(中略)の中での一つの興味深い説を紹介したい。
 それは大正期の今和次郎氏の仕事の評価の中で、アール・ヌーヴォーとアナキズムとの対応関係を主張しているところである。」
「「アール・ウンーヴォーは、このもったいぶった全体優先〔近代主義的建築の(中略)〕に対する細部の蜂起であり、そのような装飾的細部は、あらゆる部分を執拗に齧り、全体の誇る量塊性を蚕食しつつ解放し、部分の連合による〈コミューン〉を実現しようとしていた、といえるかもしれない。」と長谷川氏は書く。最近のエッセイ「部分の叛乱――建築の輪郭(シルエット)と細部(ディテイル)」(中略)で、よりまとまった記述をしているので、それを引用しよう。
  「……アール・ヌーヴォーとは、アナキズムの思想のデザイン的表現であった、と私は考える。たとえば、歴史時間的な経過においても、アナキズムとアール・ウンーヴォーは、まったく符合している。……では、アナキズムの思想とアール・ウンーヴォーの意匠は、内容的な面でどこに一致点をもつのであろうか。簡単にいえば、……部分から全体へ、と向けた指向性はあった。アナキズムにとっての部分とは、個人的な市民の〈人生〉であり、この〈生〉が全体(たとえば国家とそれを管理する政府)への徹底した叛逆を企てた。アナキズムの活動母体としての個的〈生〉は、ルソーがいうように、社会契約によって保証されるのではなく、ゴッドウィン以来の、社会の根源は〈自然〉にあるという発想によって位置づけられる。〈生〉は〈自然〉を母体としながら、一切の外からの規制(つまり社会的輪郭)を脱して根源的な自由を希求する。ところでアール・ヌーヴォーの装飾的主題が、植物や動物をモティーフにすることによって、きわめて密接に自然にむすびついていたことはよく知られている。またアール・ヌーヴォーの曲線や曲面や曲塊の異様な舞踊について、しばしば自由(リベルテ)という形容が使われてもいた。それは、デザイン的な直接行動として、心理的な爆弾を私たちの内部に破裂させる。このように、意匠上の細部は自由かってに踊り出、時には細部がたがいに組み合わさってコミューンを形成する。アール・ヌーヴォーにもサンディカリズムがあったのだ。しかも、そうしたデザインの組合(サンディカ)は、管理を呼び出す生硬な全体を構成するのではなく、アナーキーな連合によって有機的総合体をむすぼうとするのである。」」
「部分の叛乱ととらえる以上、当然「装飾は建築の主要部分である」という「警句」をいったジョン・ラスキンが呼び出される。
  「ラスキンは十九世紀のヨーロッパの建築的理念を支配していた古典主義的な美学に対して、この言葉を楯に挑戦した。つまり古典主義につきまとっている『全体の輪郭→部分の処理』へのまさに古典的な手法のなかで(近代合理主義は、それをそのまま継承した)、いわば虐げられ、奴隷の位置に引きおろされた装飾的細部を、文字通り主客転倒して、装飾的部分を逆に中心に据えなおしたのだ。」」



「モリスの装飾芸術入門」より:

「ウィリアム・モリスのした仕事のうち、最も重要なもののひとつは、産業革命以後の工業社会における装飾芸術の意味と役割をいちばん深いところからとらえ直したということであろう。それも実践と批評の両面においてである。装飾芸術を、応用芸術、二流以下の芸術の位置から、絵画や彫刻のような高級芸術のそれに引き上げたというようなことではない。むしろ、そのような「近代芸術観」そのものを批判し、装飾芸術を諸芸術の母、むしろ核と考え、その視点から芸術全体を見直そうとした。そしてそれは近代文化の根底的批判に通じ、さらには社会主義運動にまで伸びていくのだが、ここではモリスの装飾芸術の実践のみに話を限ろう。」

「幼児期からの自然や事物への異常な観察力は、長じてプリニウスの『博物誌』やゲラードの『草木書』の愛読につながり、その挿絵の骨法を学んで彩飾に応用したり、その木版を自ら彫って復原しようとしたり、また石を削り、粘土をこねたりなどもしていた。つまり、装飾芸術家としての実地訓練を自然発生的に、無自覚的に丹念に行っていたのだ。」

「装飾とは、材料と用途に徹底的に正直でなければならない。そうすれば装飾は生命体の機能を強化し、賦活するものとなる。生命感の絶え間ない更新は生命の拡大にとって最も大事なものではなかろうか。装飾と機能、装飾と構造とのありうべき一致を目指しての、たゆみない実験の連続――モリス・デザインの総体はこういうものだと思う。」



「自然と装飾」より:

「肝心なのは「生長や運動の感じ」であるが、それがどうして得られるのか。(中略)モリスのデザインにはいわば、「根源的自然」の自己表出がある。
 若き日のシモーヌ・ヴェーユが、完全な人間とは自然と真の関係をとりえた人間だといったことを思い出す。この関係は「精神労働と肉体労働の汚辱にみちた分裂」によって隠蔽されている。人間と自然とを結ぶ労働における自我の満足が、他我の支配による満足をふくむ限り、その分裂は克服できぬ。自然との真の関係はその関係が人間による人間の支配の関係をふくまぬ時のみあらわれる。そういう構造の想像力上の実験が、モリスの場合、一つはそのデザインそのものなのだと私はいいたい。これは単純な人間と人間の、また人間と自然の直接的かつ有機的な結合などの賛美ではない。
 モリスはパタンづくりというのは本質的に自然の模倣でもなく、歴史的型によるのでもない作業で表面を装飾することだといっている。そしてその装飾は「われわれに大地や動物や人間のことを想起させる」という。人間と自然との真の関係の記憶、抑圧されてしまっているその記憶を呼びさますのである。それは自然の中にあって自然を超える力であろう。その力をモリスは「自然の秘蹟(ミステリ)」と呼ぶ。曖昧模糊たる心情的なものではない。これは根源的自然の法則だといっていい。」



























































































William Morris 『Early Romances in Prose and Verse』

William Morris 
『Early Romances
in Prose and Verse』

Edited, with an introduction, by Peter Faulkner

Everyman's University Library 159
J.M. Dent & Sons Ltd, London, 1973
xx, 299pp, 19.5x13cm, hardback, dust jacket
Jacket drawing by Derek Collard

First published in this edition in 1907
Reprinted, with revisions and additions, 1973



ウイリアム・モリスが24歳以前に書いた詩と散文によるロマンス集。クロス装ハードカバー。


morris - early romances


Contents:

Note on Text
Introduction
Bibliography

VERSE ROMANCES
The Defence of Guenevere
King Arthur's Tomb
Sir Galahad, a Christmas Mystery
The Chapel in Lyoness
Sir Peter Harpdon's End
Rapunzel
Concerning Geffray Teste Noire
A Good Knight in Prison
Old Love
The Gilliflower of Gold
Shameful Death
The Eve of Crecy
The Judgment of God
The Little Tower
The Sailing of the Sword
Spell-Bound
The Wind
The Blue Closet
The Tune of Seven Towers
Golden Wings
The Haystack in the Floods
Two Red Roses across the Moon
Welland River
Riding Together
Father John's War-Song
Sir Giles' War-Song
Near Avalon
Praise of My Lady
Summer Dawn
In Prison

PROSE ROMANCES
The Story of the Unknown Church
Lindenborg Pool
A Dream
Gertha's Lovers
Svend and His Brethren
The Hollow Land
Golden Wings

Notes




◆本書より◆


「THE BLUE CLOSET」:

「THE DAMOZELS.
Lady Alice, Lady Louise,
Between the wash of the tumbling seas
We are ready to sing, if so ye please ;
So lay your long hands on the keys ;
Sing, "Laudate pueri."

And ever the great bell overhead
Boom'd in the wind a knell for the dead,
Though no one toll'd it, a knell for the dead.

LADY LOUISE.
Sister, let the measure swell
Not too loud; for you sing not well
If you drown the faint boom of the bell ;
He is weary, so am I.

And ever the chevron overhead
Flapped on the banner of the dead ;
(Was he asleep, or was he dead ?)

LADY ALICE.
Alice the Queen, and Louise the Queen,
Two damozels wearing purple and green,
Four lone ladies dwelling here
From day to day and year to year ;
And there is none to let us go ;
To break the locks of the doors below,
Or shovel away the heaped-up snow ;
And when we die no man will know
That we are dead; but they give us leave,
Once every year on Christmas-eve,
To sing in the Closet Blue one song ;
And we should be so long, so long,
If we dared, in singing; for dream on dream,
They float on in a happy stream ;
Float from the gold strings, float from the keys,
Float from the open'd lips of Louise;
But, alas! the sea-salt oozes through
The chinks of the tiles of the Closet Blue ;
And ever the great bell overhead
Booms in the wind a knell for the dead,
The wind plays on it a knell for the dead.

[They sing all together.]
How long ago was it, how long ago,
He came to this tower with hands full of snow ?

"Kneel down, O love Louise, kneel down," he said,
And sprinkled the dusty snow over my head.

He watch'd the snow melting, it ran through my hair,
Ran over my shoulders, white shoulders and bare.

"I cannot weep for thee, poor love Louise,
For my tears are all hidden deep under the seas ;

"In a gold and blue casket she keeps all my tears,
But my eyes are no longer blue, as in old years ;

"Yea, they grow grey with time, grow small and dry,
I am so feeble now, would I might die.'

And in truth the great bell overhead
Left off his pealing for the dead,
Perchance, because the wind was dead.

Will he come back again, or is he dead ?
O ! is he sleeping, my scarf round his head ?

Or did they strangle him as he lay there,
With the long scarlet scarf I used to wear ?

Only I pray thee, Lord, let him come here !
Both his soul and his body to me are most dear.

Dear Lord, that loves me, I wait to receive
Either body or spirit this wild Christmas-eve.

Through the floor shot up a lily red,
With a patch of earth from the land of the dead,
For he was strong in the land of the dead.

What matter that his cheeks were pale,
His kind kiss'd lips all grey ?
"O, love Louise, have you waited long ?"
"O, my lord Arthur, yea."

What if his hair that brush'd her cheek
Was stiff with frozen rime ?
His eyes were grown quite blue again,
As in the happy time.

"O, love Louise, this is the key
Of the happy golden land !
O, sisters, cross the bridge with me,
My eyes are full of sand.
What matter that I cannot see,
If ye take me by the hand ?"

And ever the great bell overhead,
And the tumbling seas mourned for the dead ;
For their song ceased, and they were dead.


(乙女ら:
レディ・アリス、レディ・ルイーズ、
荒れる海の波のあいだで
よろしければ、歌いましょう、
鍵盤に手をおいてください、
歌いましょう、「主の僕らよ、賛美せよ」を。

頭上の鐘はひとりでに
風のなかに響く
死者を弔うために

レディ・ルイーズ:
旋律を響かせましょう
騒がしくない程度に、鐘の微かな響きを
掻き消してしまわないように
彼は死にそうだ、わたしも又。

頭上の紋章は
死者の旗に翻る、
(彼は眠っているのか、それとも死んでしまったのか)

レディ・アリス:
女王アリス、そして女王ルイーズ、
紫と緑を纏った二人の乙女、
四人の孤独な婦人がずっと
ここに住んでいる、
扉は閉ざされたまま、
雪は降り積もったまま、
私たちが死んでも、
誰も気づかない、
年に一度、クリスマス前夜に
青い小部屋で一つの歌を歌うだけ、
私たちはずっと歌い続ける、夢に夢を重ねて、
黄金の弦、鍵盤、ルイーズの唇から漂いでる
音楽は楽しい流れに漂い続ける、
だがしかし、青い小部屋のタイルの隙間から
海水が浸み出し、
頭上の鐘は風のなかに響く
死者を弔うために、
風が死者を弔うために鐘を鳴らす。

〔彼女らは声を合わせて歌う。〕

あれからどれほど経ったのか、
雪を手に彼がこの塔を訪れてから。

ルイーズ、ひざまづいて、と彼は言って、
わたしの頭に土まじりの雪を撒いた。

わたしの髪を、わたしの肩を
溶けて流れる雪を彼はみつめた。

ルイーズ、私はおまえのために泣くことができない、
私の涙は深海に秘匿されているから、

彼女は黄金と青の小箱に私の涙をしまい込む、
もう私の目はかつてのように青くはない、

時とともに色が失せ、小さくなり、乾き、
かすんでしまった、死も近いだろう。

頭上の鐘は鳴り止んだ、
風が止んだのだろう。

彼は戻ってくるだろうか、それとも死んでしまったのか。
わたしのスカーフを頭に巻いて眠っているのか。

それとも眠ったまま絞め殺されてしまったのか、
わたしがあげた長い真紅のスカーフで。

どうか、主よ、彼をここに来させてください。
その魂も身体もわたしにはかけがえのないもの。

主よ、どうか、この荒れたクリスマス前夜に
彼の身体か魂かどちらかでも届けてください。

床から赤い百合が生えてきた、
死者の国の土をつけて、
死者の国でも彼は力強かったから。

彼の頬が青ざめていて、
唇は灰色でもかまわない。
「愛しいルイーズ、だいぶ待たせてしまったね」
「ええ、アーサー」

かつては彼女の頬をやさしくくすぐった髪が
硬く凍りついてしまっていてもかまわない。
しあわせだった頃のように、
彼の目はまた青くなった。

「ルイーズ、しあわせな黄金の国への
鍵をあげよう。
私の目には砂がつまっているから
私といっしょに橋を渡ってくれ、
きみたちが手を引いてくれるなら、
目など見えなくてもかまわない。」

歌は止み、彼女らは死んだ、
頭上の鐘と
荒れる海が死者を悼んだ。)


「Introduction」より:

「THE POEMS OF FANTASY
 This group of poems, which excited the greatest contempt among conventional critics and the greatest enthusiasm among youthful admirers (...). The strange, remote atmosphere of these poems is remarkable, and sets them apart from the sense of human reality which is so marked in the Froissartian poems. The strong emphasis on pattern rather than feeling led Gordon Bottomley in 1930 to argue perceptively that, though these lyrics may suggest a relationship to Coleridge, Keats, or Poe, they are 'more notable for their kinship to things that came after them - to the early, valuable works of Maeterlinck, and the designs of Khnopf and Carloz Schwabe, and some poems of Mr de la Mare's.' They point forward in time, that is to say, to the aesthetic movement and art nouveau.」


(幻想詩
因襲的な批評家たちからは罵倒され、若い崇拝者たちからは熱狂をもって迎えられたこれらの詩篇の、奇妙で隔絶した雰囲気は、フロワサール年代記に題材を取った詩篇の人間的現実感とはかけ離れたものだ。感情よりもパターンに重きを置くこれらの抒情詩は、ゴードン・ボトムリーの卓見によれば、コールリッジやキーツ、ポーなどを思わせるところもあるが、むしろ後のメーテルリンクの作品やクノップフやカルロス・シュヴァーベの絵画、ド・ラ・メアのある種の詩に近いもので、唯美主義やアール・ヌーヴォーを予見するものである。)


「Notes」より:

「The Blue Closet.
 Rossetti painted a beautiful water-colour of this name in 1857, which was bought by Morris together with four others (...). 'The Blue Closet' shows two queenly figures playing upon opposite sides of a dulcimer, while two other ladies stand singing behind them. The wall and floor are tiled in blue. The whole effect is solemn and elevated.」


(「青い小部屋」
ロセッティが1857年に同題の水彩画を描き、モリスが購入している。二人の威厳のある女性が向かい合ってダルシマーを奏で、別の二人の女性が背後で歌っている。壁と床には青いタイルが貼られている。全体的に荘厳さを感じさせる作品である。)


Dante Gabriel Rossetti: The Blue Closet
(Wikimedia Commons より)

rossetti - blue cabinet








































































小野二郎 『ウィリアム・モリス』 (中公新書)

「ユートピアは都市であって、むしろ自然に対する人間の優位、抽象的概念的な精神のパターンによる環境の支配を表現する。アルカディアにおいては、人間は自然と融和しているが、それはまた人間的自然との関係においてもそうなのであって、理性的なるものと自然的なるものの一致がある。パストラル・ソサイアティはおろかしかったり無知であったりすることはあっても、狂気におちいることはまずないのである。」
(小野二郎 『ウィリアム・モリス』 より)


小野二郎 
『ウィリアム・モリス
― ラディカル・デザインの思想』
 
中公新書 336 

中央公論社
昭和48年9月15日 印刷
昭和48年9月25日 発行
vi 215p
新書判 並装 ビニールカバー
定価280円
装幀: 白井晟一



本文中図版(モノクロ)18点。


小野二郎 ウィリアムモリス


帯文:

「真の人間解放を目ざしたモリスのみずみずしい精神をえがく」


帯裏:

「天性の詩人・ユートピア論に卓見を示した社会主義者・政治運動家・そしてすぐれた理論と実績を残した工芸家――19世紀イギリスの偉大な星、ウィリアム・モリスの多彩をきわめた足跡は今日もさまざまな分野に大きな影響を与えている。本書はデザイン思想を中心にしてモリスのみずみずしい精神の発露をあますところなくとらえ、その今日的意味を描き出す。豊かな想像力と豊富な資料を駆使して浮き彫りにするユニークなモリス像。」


目次:

第一章 はじめに
 1 わがモリス体験
  ウィリアム・モリスの法則
  質化への努力
 2 日本におけるモリス受容
  多彩な活動
  戦前のモリス受容
  戦後の課題
 3 イギリスにおけるモリス研究
  さまざまな再評価の動き
  トムスンの関心
  アーノットの果した役割
  G・D・H・コールの理解
  革命的社会主義者モリス
 4 デザイン史上のモリス再評価
  大衆文化の私的側面
  アール・ヌーヴォー再評価とモリスへの関心
  モリスとガウディと
  無からデザインを生み出した構造
第二章 ヤング・モリス
 1 聖職者志望から建築家志望へ
  二十一歳の決意
  豊かな環境のなかで
  自然・事物への優れた観察力
  バーン=ジョーンズとの出会い
  友人たちとの読書
  ラスキンのモリスへの「影響」
  建築家を選択する
  モリスのとらえた藝術の本性、本質
  建築家入門
 2 ロセッティとの出会いとレッド・ハウス
  ラファエアル前派とロセッティ
  ロセッティとモリスの出会い
  内装と家具のデザイン
  ジェインとのめぐりあい
  結婚、そしてレッド・ハウスの建立
  調度装飾作製の経験
  レッド・ハウスをめぐって
  模索のプロセス
 3 「モリス・マーシャル・フォークナー商会」の設立
  設立趣意書
  壁紙のデザインを始める
  二人の子供の誕生
 4 ゴシック・リヴァイヴァルとラファエル前派との綜合
  ストロベリ・ヒル邸
  遊戯から信仰個条へ
  ラスキンの「ゴシックの本質」
  ピュージンとモリスの共通点
  ホウガース・クラブの誕生
  装飾性と直接的構造
  モリスの創造行為の複雑性
  当時のデザイン状況
第三章 デザイナーとしてのモリス
 1 初期の「商会(ファーム)」の仕事
  モリス商会の発足
  ステインド・グラスの製作
  機能主義的な発想
  壁紙と椅子
 2 ハマスミスとマートン・アビイ――染色、織物、タピストリ
  緊張と苦労の日々
  「商会」を改組
  染色に熱中する
  織物への関心
  マートン・アビイ
  モリスのデザイン観
 3 デザイナーとしてのモリス
  そのデザインの特質
  フラウドの「新説」
  「革命的」の意味
  自然と様式の均衡
  理論と実践の不統一
  手仕事のたのしみ
 4 ケルムスコット・プレス――プリンティングとブック・デザイン
  後世に影響を与えた書体
  本造りへの興味
  自らの手で印刷を
  用紙について
  活字について
  間隔と版面など
  生命あふれる機能主義的精神
第四章 コミットメント
 1 「東方問題」と「古代建築物保護協会」
  「東方問題協会」の設立と解散
  盛んな講演活動
  公的な活動へ
  その思想的基盤
 2 小芸術(レッサー・アーツ)と建築――芸術の歴史と生産の歴史
  「建築の復興」を主張
  小芸術(レッサー・アーツ)の意味
  モリスの民衆観
  その芸術観
  建築の全体像
 3 「民衆(ピープル)」と「自由なクラフツマン」
  中世主義者・モリス
  自由なクラフツマンシップ
第五章 ユートピア
 1 「社会民主連盟」と「社会主義同盟」
  冬至の政治状況
  ハインドマンのマルクス主義
  「民衆」への希望
  「社会主義」との関係
  民主連盟に加わる
  S・Lの結成と活躍
  役割を「教育」に限定
  議会派に対する否定
  モリスとマルクス主義
 2 『ユートピア便り』の世界――アルカディアの弁証法
  分析と幻視の見事な一致
  理想社会の内容
  理想社会への疑問と批判
  「稀少性の克服」のイメージ化
  ベラミのユートピア
  千年王国論
  アルカディアの伝統
  新しい感受性の提示
  「教育」とのかかわり
  階級意識の形成
  「ユートピア」と「教育」
 3 夢の責任
  モリスの選んだ書物
  モリスのロマンス
  北欧神話への愛着
 4 教育――物質の孕む夢を掘りおこす作業
  「社会主義者をつくる」
  「教育」=芸術運動
  ラディカル・デザインの思想

あとがき
参考文献




◆本書より◆


「第一章 はじめに」より:

「実は、私はモリスの思想を趣味の体系として理解することは、その本質に迫る正しい道だと信じている。「趣味」というスタティックな言葉をあえて用いるのは、モリスが人間生活の本質を「生活の質」(the quality of life)の感覚からつかまえているからであり、その生活の質感(引用者注: 「質感」に傍点)は一先ず(引用者注: 「一先ず」に傍点)人々のいう「趣味」と同じ感覚の場で働くからである。このいわばラディカルな趣味の体系とおのれの趣味とを交わらせようとするなら、その趣味はその人のいのちの根元にかかわるものでなければなるまい。(中略)ここで大切なのは思想の趣味化ではなくして、趣味の思想化であるのだから。」

「モリスはそのデザイン活動の根を「きわめて人間的な欲求」においたというより、その「人間的欲求」自体の批判をその活動の基礎としたのであろう。それは「生活の質」の変革を内在的に志向する。そしてそのことは、生産のメカニズム、労働の構造、生活環境の創造、集団の組織原理といったさまざまなレヴェルに貫通することである。それらは新しい一つの原理によって再編成されねばならぬことになるが、その新しい原理とは想像力の原理でなければならぬことを、その生涯の実行において示したのがモリスであった。」
「欲望の解放はそのまま人間の解放にはならない。むしろ管理の体系にたちまち転化してしまうという事実は、今日のわれわれの出発点である。モリスは欲望の体系に置き換えるに想像力の体系をもってしたと一先ずいっておきたい。」



「第二章 ヤング・モリス」より:

「モリスが七歳までに読んだという「厖大な数の本」のうち注目すべきものは『千夜一夜物語』と並んで、「ウェイヴァリイ・ノウヴェルズ」といわれるサー・ウォルター・スコットの一連の歴史物である。四歳から読み始め七歳で全部読み切ってしまったスコットのロマンスからモリスが受け取ったものはさまざまであろう。おそらく「中世趣味」といわれるものが中心かもしれない。(中略)しかし、このロマンスの世界への惑溺は、E・P・トムスンも指摘するように、「かれの興味のおもむく所に対するきわめて綿密な観察・探究と両立できないものではなかった」のである。モリスの幼時からの自然や事物への異常な観察力については、(中略)あらゆる伝記作家の口を揃えて説くところである。何の努力感もなしに、ものの細部にいたるまできわめて精確に見てとってしまい、長時間経た後でも易々と再現できる能力は、しかし単に異常なほどの記憶力というにとどまるまい。(中略)自然のうちに秘められた伝統あるいは歴史の意味を、その自然の細部の微視的なかたちとして見てとってしまう力であろうか。」


「第五章 ユートピア」より:

「稀少性とは原始的な例をあげれば「ある自然的物質ないし加工生産物が一定の社会で、その集団の成員の一定数にたいして不充分な数しか存在しない、つまり、みんなにゆきわたるほど充分にない」といった場合であるが、歴史の中でははるかに複雑な形をとる。
 しかし、従来の歴史における一切の出来事は、究極的には稀少性にたいする灼熱的な闘争であるわけである。その「稀少性の克服」(H・マルクーゼ)をまずイメージ化したというところに、『ユートピア便り』の大事な問題点があると思う。ハフのように、そこに不満を感ずるというのはモリスの作品が伝統的なユートピア文学のコンヴェンションからすればはずれているからである。
 ユートピア文学というものは理想の社会の建設の計画案、その社会秩序、組織を説得的に描写しなければならない。だからそこでは自然にたいする人間の完全な支配欲望を前提として智慧にあふれた法律に拘束された輝ける都市の構想が基本となる。合理性、人工、計画、規制、シンメトリイへの異常な関心、禁欲主義等々のユートピアの特性といわれるものがそこから生れてくる。たとえばトマス・モアの『ユートピア』では、自然の支配の手段としての労働が重要視されるが、それを支えるものは、やはり理性と禁欲主義である。市民の労働としてふさわしくないとされる労働には奴隷にさせるという理性的制度をつくる。産業革命以降になると奴隷の代りに科学技術である。そして労働の大衆化の問題が意識されてくる。つまり理想国の市民でもなく奴隷でもない、その支配拘束にそれらと異った原理方法を必要とする大衆が生れてきて、それを支配し管理して労働をさせる必要をどう解決するかが新しい課題になってくるだろう。
 一八八〇年代のアメリカ、資本の独占と集中が進行し、不況が間断なしに訪れ、大ストライキが頻発するという状況の中で、一八八八年、エドワード・ベラミの『顧みれば――二〇〇〇年より一八八七年をかえりみる』(中略)が出版された。」
「そこに描かれている理想社会を実現しようとする「国民党」なるものが組織され運動が起るほど一種の広い影響力があった。国内の全資本を統合して国家がそのまま単一の大トラストとなって産業を統制し、全労働の管理組織化の複雑なメカニズムも見事に機能している社会を書いたのである。混沌に対してはそのメカニカルな管理組織による秩序を与え、生産力の支柱に技術的発展をおき、平和で豊かな生活を構想したわけである。」
「その内容からいえばユートピアというより今日の社会の悲しき予見とわれわれに見えてしまおうと、その形式はユートピア文学の正道を踏むといえるだろう。「ユートピアはそもそも秩序ある都市のヴィジョン」(ノースロップ・フライ)である。環境に対する人間のコントロールを、技術の力と人間集団の合理的規制とを組み合せて行うというのは、いわばモアとベイコンの伝統を結合したもので、こういう「都市」構想は必ず、エリート信仰――科学技術者層の重視、そして階層秩序の保守をうちに含んでいるのである。しかし、ベラミの場合にすでに見えているように、秩序の維持は専制国家への道である。「古典的」ユートピアは無秩序をおそれたが、二十世紀文学者は専制主義をおそれ、いわゆる逆ユートピアを書く。完全に現実化されたユートピア――必ずしも堕落したのではない――として、むしろ現実の未来像を画いたのが逆ユートピアであり、『一九八四年』などがその典型ということになろう。
 モリスはベラミのユートピアのなかに、すべてそれらのことを予見したのである。(中略)モリスは痛烈に批判した。(中略)これに止まらず、『ユートピア便り』という作品によって『顧みれば』に全面的に対置した。そしてそれは(中略)、ユートピア文学の結構をもたぬものであった。とすれば『ユートピア便り』はいかなる種類の言語構築物なのであろうか。
 ユートピアの知識人のつくり出した自己防衛的な閉ざされた都市的性格、冷たい正義の法によって厳密に規制された節度ある生活の同心円的な世界と対比して、民衆の心を本当につかみ、歴史の変動の原動力になったのは千年王国論であると強調する考え方がある。」
「それは「終ることのない幸福の約束、この世界のすべての幸の享受」(J・セルヴィエ『ユートピアの歴史』一九六七年)であってそこに渦巻く底知れぬ快楽主義とユートピアの禁欲主義とは相容れぬものである。千年王国のもう一つの特徴は、その「王国」ではかつての抑圧者、支配者、迫害者が被抑圧者、被迫害者となり代り、その住民たちの足下に蹂躙されることである。その快楽に憎悪と復讐の味が加わり、被抑圧民衆の心を深くつかむわけである。
 モリスのユートピアにも一種の快楽主義はある。そこには「千年王国」的要素はふくまれているだろうか。」
「D・H・ロレンスが『アポカリプス論』で批判したのは、民衆のキリスト教の中の暗い復讐欲望ではなかったか。モリスのユートピア世界とメシア的ユダヤ=キリスト教的イデオロギーとはむしろ正反対のものではなかろうか。この書物のフル・タイトルは『ユートピア便り、あるいは憩いの時期、ユートピアン・ロマンスからの数章として』(News from Nowhere or an epoch of rest being some chapters from a utopian romance)とあるように、そこには甘美な温和、官能的静謐とでもいうべきものが溢れているのである。
 だから、その世界をアルカディア(arcadia)あるいはパストラル(pastral)の伝統に立つものと考えることができる。アルカディアとはギリシアのペロポネスス半島中央の山部で、古来風景の美、人情の純朴によって牧歌的田園の理想郷を指しているわけだが、ユートピアと対比してみるならば、アルカディアはどんな特徴をもっているだろうか。まず、それは人間とその自然的環境の融和統一の強調である。それに対して、ユートピアは都市であって、むしろ自然に対する人間の優位、抽象的概念的な精神のパターンによる環境の支配を表現する。アルカディアにおいては、人間は自然と融和しているが、それはまた人間的自然との関係においてもそうなのであって、理性的なるものと自然的なるものの一致がある。パストラル・ソサイアティはおろかしかったり無知であったりすることはあっても、狂気におちいることはまずないのである。」
「ノースロップ・フライはいう。(「文学的ユートピアの諸類型」)」
「「クラフツマンシップを産業の基礎にするということは、人間の欲求をはなはだしく単純化することを意味する。――これがモリスのヴィジョンにおけるパストラル・エレメントである。」という。人口が一定しているのは、人びとがおたがいの労働のみならずかれらの性的本能を搾取することを止めたからである。イギリスは緑のたのしい土地になった。――風土にまで何かが起ったように新鮮な空気と活気にみちあふれている。「人間と自然との統一というパストラルのテーマはきわめて歴然としている」。そうであろう。しかし「欲望の単純化」ということの意味を一歩深く考えねば、こういう類型化の意義はうすくなる。だがフライは重要なことをいっている。「(『ユートピア便り』の)読者は、その社会想像図が実際的かどうか考えることでなく、その画かれた世界を好きかどうかをきかれるのである。」
 事実、モリスは「ここにあるのは私が住んでみたいと感じる類の社会である。次はあなたのを聞かせて下さい。」といっているのだ。マリー・ルイズ・ベルネリは「モリスはかれの自由社会に、もはや奴隷的精神をもっていない人びとを住まわせるのであり、新社会の全組織機構を詳細にしめそうとすることよりも、そこの人びとがどんなふうに行動するのかをしめそうとする。」という。なぜだろう。新社会にあっては制度ばかりでなく人間の全体像が変ってくる。しかしそのことをモリスは示そうとしたわけではない。制度が変れば人間性も変るということを客観的に述べるのではなくして、そのような人間が生れていなければ新社会は本当に新社会(引用者注: 「新」に傍点)ではないのではないか。さらに、そのような人間になろうと人びとが思う、というより、そういう人間が好きだと感ずる感受性を持続しなければ、「新社会」は到来しないとモリスが信じているからであろう。」
「提示されているのは新しい感受性なのである。生活の質についての感受性、生活の質感。この生活の質感は生活を支配するすべての構造に批判的に働く。否定性として働く。モリスが他の十九世紀のほとんどのユートピア作家たちと違って「産業革命がひきおこした悲惨からだけでなく、産業発展という信仰からも脱け」だした世界を描いたことは、その世界の官能的な平安とは逆に鋭い否定の機能を果すだろう。
 資本主義の終焉と機械時代の終焉とをむりやり結びつけたのではない。組織の論理と近代技術体系との両方に一挙に根柢から批判しうる根拠を感受性として提出しているのである。単純な機械の否定ではない。」
「ベルネリのモリス理解は彼女自身の自由社会主義者(リバータリアン)という思想的立場、実践的関心から由来している。彼女はユートピアを二つの傾向にわけた。
 「一つは、物質的福祉、集団への個人の埋没、国家の偉大さなどを通じて人類の幸福を追求する方向であり、いま一つは、ある程度の物質的充足を要求しながらも、幸福とは人間の個性の自由な発現の結果なのであり、恣意的モラルや国家の利益の犠牲にされてはならないと考える。」
 彼女はその『ユートピアの歴史』において「権威主義的ユートピア」というカテゴリイに入らないユートピアは、ディドロとフォアニイと並んでモリスを数えれば他にほとんどないと考えているようだ。(ウィンスタンリとサドもその精神においてこの非権威主義的カテゴリイに入る。)(中略)彼女は権威主義的ユートピア思想の構造はプラトンからモアを経てマルクス主義の内部にまで連綿としてあると考える。それにはかなりの必然性に近い理由があるだろう。だからモリスはそれを突き破る「真の必然性」を提示したと彼女は信ずるのである。」

「「社会主義者をつくる」という時の「社会主義者」とは正しい不満をもつ人間ということだ。(中略)モリスが「社会主義者」になってからの最初の講演「アート・ウェルス・リッチェズ」において wealth と riches と区別している。ウェルスというのはちゃんとした生活の手段を意味し、リッチェズというのは他人に支配を及ぼす手段を意味するという。リッチェズは権力そのものというのではない。美味しい食物を食べても、乗り心地のよい車に乗っても、他人よりも美味しいということに、他人のより良い(高い)車に乗れるということに、よろこびの大半がある時、その食物、車はウェルスでなくてリッチェズなのである。人間と自然とを結ぶ生活の手段が、実は必ず人間の人間に対する支配を結果する形でしか生産されていないことに対して「不満」を感ずることができる人間、これが「社会主義者」なのである。」















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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