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『大野一雄 舞踏譜 【増補版】 ― 御殿、空を飛ぶ。』

「私の母親は私だったのだ。私は母親だったのかも知れない。」
(大野一雄 「お母さん」 より)


『大野一雄 
舞踏譜 
【増補版】
― 御殿、
空を飛ぶ。』

The Palace Soars through the Sky: Kazuo Ohno on butoh

思潮社 
1998年10月1日 増補版第1刷発行
368p
23.8×18.6cm
角背紙装上製本 カバー
定価4,750円+税
ブック・デザイン: 芦澤泰偉+北島裕道


「本書は一九八九年七月二十日刊行した限定版を増補したものです。」



図版(モノクロ)多数。大野一雄によるエッセイは一段組、年譜は三段組、その他は二段組です。
1989年に限定版『御殿、空を飛ぶ。――大野一雄舞踏のことば』、1992年5月に新装版『大野一雄舞踏譜――御殿、空を飛ぶ。』、そして本書はその増補版です。
アマゾンマケプレで2,500円(+送料257円)で売られていたのを注文しておいたのが届いたのでよんでみました。本書所収エッセイ「技術とは何か」に、アメリカのジャズ・ドラマーの「アンドレ・シルレル」とあるのは、「アンドリュー・シリル」(本書の別のところでは「アンドレー・シリル」と表記されています)のことではないでしょうか。


大野一雄 舞踏譜 01


帯文:

「大野一雄の〈舞踏メモ〉400枚と、
魅惑的な〈写真集〉と豪華執筆陣の〈研究篇〉。
3部構成の一大パノラマ。緊急増補版完成!

受難と肉体、
呪術と秘儀、暗黒と迷宮

世阿弥の能楽論の基本には〈幽玄〉と〈花〉
世界の舞踏家〈幽玄〉には〈花〉もあれば〈しおれ〉もある」



帯背:

「〈魂の風景〉を象る
身体の狂暴な奇蹟
大野一雄の舞踏論」



目次 (初出):

1 衣食住と資源論
 衣食住と資源論――はじめに 
 稽古の言葉
  稽古とは (「わたしのお母さん」舞踏公演パンフレット 1981年1月)
  稽古の断片【その一】 (「わたしのお母さん」舞踏公演パンフレット 1981年1月)
  稽古の断片【その二】 (「O氏の死者の書」 1976年10月 アパッシュ館)
  技術とは何か (未発表) 
 感情の源泉を求めて (未発表) 
 死者が走り出す (未発表) 

2 O氏は語る
 対話・死海の水 VS吉増剛造 (「現代詩手帖」 1985年5月号)
 インタビュー・生と死の境を越える舞踏 (未発表)

3 大野一雄舞踏譜
 「ラ・アルヘンチーナ頌」
  「ラ・アルヘンチーナ頌」 (「夜想」9号 1983年7月 ペヨトル工房)
  アルヘンチーナとの出会い――日常の断片、そして日常のすべて (「わたしのお母さん」舞踏公演パンフレット 1981年1月)
  アルヘンチーナへの想い出【その一】 (未発表)
  アルヘンチーナへの想い出【その二】 (未発表)
  アルヘンチーナの亡霊 (未発表)
  「ラ・アルヘンチーナ頌」舞踏構成及び使用音楽一覧 (未発表)
  「ラ・アルヘンチーナ頌」舞踏指示書 (未発表)
 「お膳または胎児の夢」
  イエスの招き――大舞踏家にして大教師であるイエスに捧ぐ (「わたしのお母さん」舞踏公演パンフレット 1981年1月)
  「お膳または胎児の夢」舞踏構成及び使用音楽・スタッフ一覧 (未発表)
 「わたしのお母さん」
  花電車 (「わたしのお母さん」舞踏公演パンフレット 1981年1月)
  遺言 (「わたしのお母さん」舞踏公演パンフレット 1981年1月)
  くさび (「わたしのお母さん」舞踏公演パンフレット 1981年1月)
  お母さん (「写真試論」第二巻第3号 1980年1月 劇書房)
 「わたしのお母さん」モチーフ (未発表)
 「わたしのお母さん」制作メモ 土方巽との共作 (未発表)
 「死海――ウインナーワルツと幽霊」
  死海【その一】 (未発表)
  死海【その二】 (未発表)
  白鳥のダンス (未発表)
  デッド・エンジェル (未発表)
  将軍と幽霊 (未発表)
  正気と狂気【将軍と幽霊のためのコラージュ】 (未発表)
  皇帝円舞曲より戴冠式の中で見たもの (未発表)
  玩具とのひととき (未発表)
  天地創造の発端 エピソード (未発表)
  肋骨と蝶 (未発表)
  ウインナー・ワルツ (未発表)
  芝居見物【もう一つのお芝居】 (未発表)
  龍安寺の石亭を想う (未発表)
  写真 (未発表)
  ラフカディオ・ハーン【小泉八雲】のお化けの話 (未発表)
  「ウインナーワルツと幽霊」舞踏構成及び舞踏メモ付使用音楽 (未発表)
  「死海――ウインナーワルツと幽霊」舞踏構成及び使用音楽一覧 (未発表)
  「死海――ウインナーワルツと幽霊」舞踏メモ (未発表)
  「死海」舞踏指示書 (未発表)
 「睡蓮」
  舞踏「睡蓮」誕生について (未発表)
  ハレー彗星に横たわる女 (未発表)
  天のかけはしを挟んでの二つの情景 (未発表)
  天のかけはし (未発表)
  睡蓮断想 (未発表)
  朝の挨拶【デッサンはあゆむ】 (未発表)
  「睡蓮」舞踏構成及び使用音楽一覧 (未発表)
  「睡蓮」舞踏指示書 (未発表)
 「蟲びらき」
  蠅の休日 (未発表)
  「蟲びらき」舞踏構成及び使用音楽一覧 (未発表)
  「蟲びらき」舞踏メモ (未発表)

4 舞踏と信仰――エセーと想い出
 舞踏と信仰――ヨーロッパ紀行 (「おちば」52号 1986年3月 捜真バプテスト教会広報委員会)
 偶然と即興 (「わたしのお母さん」舞踏公演パンフレット 1981年1月)
 脱落していくもの (未発表)
 廻り道の功徳 (未発表)
 死者の喚声――ダニエル・シュミット監督「トスカの接吻」を見て (「CINE VIVANT」11号 1986年1月 (株)シネセゾン)
 東独ドレスデンの旅【一九八八年十月一日―七日】 (未発表)
 花と〈しおれ〉――私はドレスデンで奇妙な老いた馬に出会った (未発表)
 ギンズバーグの馬車 (「現代詩手帖」 1989年2月号)
 私のお会いした石井漠先生 (未発表)
 語り合い――土方巽追悼 (土方巽著『美貌の青空』 1986年1月 筑摩書房)
 夢の宇宙誌――澁澤龍彦追悼 (「現代詩手帖」 1987年9月号)
 勇少年の想い出 (未発表)
 ことづて――おわりに
 大野一雄年譜

5 大野一雄舞踏譜研究篇
 研究篇Ⅰ――「ラ・アルヘンチーナ頌」以前
  黒田喜夫 「踊り屋」 (「現代詩」 1961年1月)
  土方巽 「シビレット夫人」 (『大野一雄を肖像とした長野千秋展』 1969年 アパッシュ館)
  加藤郁乎 「ある日のキリスト氏」 (同前)
  三好豊一郎 「オナンの如く」 (同前)
  飯島耕一 「O氏の運動」 (同前)
  合田成男 「O氏の肖像へ」 (同前)
  鈴木志郎康 {いとしのいとしの真空充肉充血皮袋ちゃん!」 (同前)
  中西夏之 「顔を吊す双曲線」 (同前、一部改稿)
  澁澤龍彦 「泳ぐ悲劇役者」 (同前)
  吉岡実 「土方巽頌」より (『土方巽頌』 1987年9月 筑摩書房)
  土方巽 「舞踏家の婚礼によせて」 (「O氏の曼陀羅 遊行夢華」 1971年 アパッシュ館)
  野田茂德 「表現を強いる課題とは何か」 (「公評」 1971年10月号)
  種村季弘 「O氏のいた夢」 (『O氏の死者の書』 1976年 アパッシュ館)
  金井美恵子 「豹と舞踏家」 (同前)
  市川雅 「ヘルムアフロディテの疾走」 (同前)
  巖谷國士 「楽園への一歩」 (同前)
  笠井叡 「大野一雄師に寄せて――神の共犯者」 (同前)
  那岐一堯 「大野一雄――記憶する器」 (『大野一雄の舞踏』 1977年 白林聖堂)
  芝山幹郎 「あの鈴」 (同前)
  白石かずこ 「舞踏の妖術士――月足らずの胎児の七十年の一瞬」 (同前)
 研究篇Ⅱ――「ラ・アルヘンチーナ頌」及び同作品以後
  長尾一雄 「大野一雄の腐刻畫」 (「ダンス・ワーク」No. 22 1978年1月)
  中村文昭 「舞踏の病いと死期(Ⅳ)――大野一雄舞踏公演「ラ・アルヘンチーナ頌」の夢」 (同前)
  太田省吾 {一九七七年十一月二日の手記」 (「酩酊舟」No. 3 1978年5月)
  岡本章 「思い出は身に残り――大野一雄論のための覚え書【二】」 (「酩酊舟」No. 4 1980年7月)
  國吉和子 「さらなる生成の深みに立つ――大野一雄舞踏公演「わたしのお母さん」」 (「美術手帖」 1981年3月号)
  兼子正勝 「舞踏の幸福・映画の幸福」 (「イメージフォーラム」 1984年7月号)
  鶴岡善久 「神戸舞踏幻行――大野一雄頌」 (「言葉」No. 34 1985年1月)
  山口直永 「一九八五年二月十三日の出来事――大野一雄舞踏公演「死海」をみて」 (1985年2月13日、未発表)
  芦田献之 「大野一雄試論Ⅲ――供犠と遊戯【下】」 (肉体言語」No. 12 1985年6月)
  吉岡実 「土方巽頌」より (『土方巽頌』 1987年9月 筑摩書房)
  高橋睦郎 「死海から」 (「詩学」 1986年10月号)
  竹田登美子 「夢舞踏」 (「火牛」No. 18 1987年11月)
  おおえまさのり 「死の中に咲く花」 (『超死考』 1987年12月 地湧社)
 研究篇Ⅲ――大野一雄と世阿弥
  永田耕衣 「大野一雄の世阿弥」 (書き下ろし)
  エリック・セランド(城戸朱理 訳) 「本質への回帰――真実を知ることの苦悩」 
  石井達朗 「老いと舞――大野一雄と世阿弥のこと」 (「OCS NEWS」 1988年9月19日号)

6 増補 大野一雄の現在
 夢の現場
 顔
 森の散策――結論のない中で生長する命(胎児)
 研究篇Ⅳ――大野一雄寸描
  永田耕衣 「舞踏神――大野一雄翁狼頌 二十句」 (句集『狂機』 1992年 沖積舎)
  遠丸立 「客席から」 (「現代詩手帖」 1992年6月号)
  三宅榛名 「凝縮の様式」 (同前)
 研究篇Ⅴ――映画「魂の風景」
  野村喜和夫 「舞踏するひとの叫び」 (同前)
  守中高明 「歌と出来事」 (同前)
  北爪満喜 「(瞬間のフローラ)の魅力」 (同前)
  吉田文憲 「無心の悲しみのあゆむところ」 (同前)
  高貝弘也 「「魂の風景」の悼み」 (同前)
 世界を翔ぶ
  アルミン・アイシュルツ 「ラ・アルヘンチーナに捧げる――最後のタンゴ」 (「ミュンヘン」 1982年6月2日)
  イングリート・ザイデンファーデン 「踊りの魔術師――エロスと死にたわむれる」 (「南ドイツ新聞」 1982年6月2日)
  ジョセフ・ウルデ 「ラ・アルヘンチーナ頌――彫り刻まれた思い」 (「エル・コレオ・カタラン」 1982年6月30日)
  ダニエル・カラス 「セレスタン聖堂にて」 (「ル・メリディオナル」 1982年7月22日)
  コレット・ゴダール 「未生の児」 (「ル・モンド」 1982年6月24日)
  ピエール・ラルティーグ 「アウグスチヌス会礼拝堂」 (「ユマニテ」 1982年7月23日)
  ルイ・アルマンゴル 「仮装の解剖学」 (「ドーフィヌ」 1982年7月19日)
  アリナ・ギルディナー 「極少の動きと巨大な感情――心を揺すぶる強烈なイメージ」 (「ザ・グローブ・アンド・メイル」 1990年9月29日)
  ジャック・アンダーソン 「愛するお母さんへの賛辞」 (「ニューヨーク・タイムズ」 1996年2月9日)

後書 (1988年12月)



大野一雄 舞踏譜 02



◆本書より◆


「衣食住と資源論」より:

「舞踏家にとって衣は何んなのか。天地創造から現在に至るまで、人間は環境に順応し、環境を乗り越え、これに合わせるように自分自身も変貌しながら環境をも変革し、その恩恵の中で生きてきた。宇宙記憶、生命記憶として内外両面からの詳細な日記を生命に刻みこみ、刻みこんで現在に至っている。魂の羽織っている肉体は宇宙を羽織っていることになる。肉体は魂と離れがたく一つのものだと思っています。これらを書き記しながら、天地自然の中で生きながら、現在に至るまでの、無数の死者たちから受けている恩恵を忘れ得ません。死者たちは生者と共に生き、限りない恩恵を与え、おかげで生者が生き生きと生きつづけることができる。死者は生者と共に生き生きと生きる。生者は夢を見る。死者の中で夢を見る。死者もまた夢を見る。あらゆる生存した死者たち(引用者注: 「あらゆる生存した死者たち」に傍点)の夢の中に在って、人は成長するのではないだろうか。
 死者の恩恵を感謝して、死者の生長を願いながら、死生共なる生活の中で、死者の住いを整えるべきだ。」

「私の舞踏の場は母の胎であり、宇宙の胎だと思っております。」



「稽古の断片【その一】」より:

「私はつねづね自分が一人のアウトサイダーではないかと感じます。」

「何もない舞台、何にも準備しないで立つ舞台というものは、決して何もないのではありません。むしろ、いっぱいにつまっている満ち溢れているものが、そこにはあるのです。いや、こう言った方がよいかも知れません。何にもつまっていないところに、いつの間にか何かが実現されてゆくのです。こうして実現されてゆくものが満ち溢れてくるのです。」



「技術とは何か」より:

「私は幸せなことに動きがその時どんなによくても、財産のようにしまいこんだ動きというものに頼れません。物忘れがひどいのですが、これは私の財産だと思っております。そのために常に即興に終始します。計画通りに、振り付け通りに順序正しく踊るということは私には出来ません。そのために、私なりに生命の誕生のように新たな生命の誕生を常に心がけます。動きを訓練して覚えるというより、常に即興によって、同じ動きであっても内容的にエネルギーの昂りの中で生れる動きを求めるので、気持ちが落ちこむということは絶対に避けられなければならないことだと思っています。それであっても落ちこんだ時にはこれに耐え、花のしおれの極りない美しさに励まされ、生命誕生に関わる命の姿として。(中略)落ちこむことも昂まることも同じように大事にし、むしろ落ちこんだ時こそ大切なこととして(しっかりしろよ)と自分に言い聞かせます。這いあがる舞踏。しおれの舞踏こそと思っております。(中略)生命の誕生にあやかりたい。」


「生と死の境を越える舞踏」(インタビュー)より:

「わがままはいくら物を買ってもらったって直らない。それぞれの命が奥深いところで願望をかかえているので、それが解決されない限りわがままは直らない。いや、願望が叶えられると今度は神様にわがままをすることになる。(中略)子供だからそうなり、大人になるとなくなる、というものではないらしい。子供にとっても大人にとっても、生命の根源にある問題は、同じものだと思います。わがままの限りを尽し、謝まりにゆくという中で、私と母親の切っても切れないかかわりがあったのでした。お母さん……そうでしたね。」

「私がアルヘンチーナに出会ったのは帝国劇場の公演で、一九二九年(昭和四年)、体操学校卒業を前にした二月でした。」
「アルヘンチーナの踊りは宇宙の胎の、スキンシップの中で見たような気がしました。宇宙とのスキンシップ、母親の胎内でのスキンシップ。」

「何故『ウィンナーワルツと幽霊』になったかというと、ウィンナーワルツを踊っていた時に、なにかが舞台の袖に坐っていた。何か幽霊のような感じがしたんです。」
「次元の異なる世界との出会いでなければ踊りが成立しない。私が踊っている時、誰かが一緒に踊っているような、誰かと一緒に見ているような、死者達がともに一緒になって見ているんだ、我々があっちへ行くのは、死者達があっちへ行こうとしているからそうなるんだという気がするわけです。みんな死者の恩恵を受けているという気がします。だから、舞台のそでで死者が座って踊りを見ていても不思議はない。」

「私は現在生きている世界が実で、死の世界が虚だというふうには思われない。スウェーデンボルグはそれは正反対だと言うわけですが、私は日常生活の中に虚と実が重なっていると思っています。死と生が重なっているのと同じに、虚と実も重なっていると思います。」



「お母さん」より:

「私にとって未来は何なのか。過去とは何だったのだ。母の胎内からの誕生、そして母親の胎内にもどることの中に過去現在未来の私がいる。母の胎内にもどることは過去にもどることではなく、未来に進むことと同じだ。過去の思い出の中に未来への道が備わっている。母親の胎内は私にとってエデンの園であった。(中略)「生命の発生以来現在までに経験したあらゆることがらを母親の胎内で、その短かい期間の中で再び体験する」。ある方の記述の中で知らされた事でした。二つの命が一つになり、一つになった命が母の胎内に立ち帰りたいとする願望の中で、私はその言葉を受けとめたのです。」

「私の母親は私だったのだ。私は母親だったのかも知れない。」



「死海【その一】」より:

「死海をとりまく山並みは岩塩の上に構築され、「にがり」によって固められていた。こんなところには「生きもの」なんか棲めないと思っていたのに、いたるところ全山にわたって、五十糎位の「いたち」のようなけものたちが山肌を馳けめぐっていたには驚いた。なぜか親近感がどちらからともなく重なり合うように浸みてくる。」
「山並みは、山は、穴の中に棲んでいるけものたちを自分の子供のように大事に育てているようだった。海面下四百米の海底に構築された山並み。地中海の深さのその海が、海底が隆起したんだ、出口入口が閉ざされた元海底。泥と共に沈殿した微生物が食べものとなり、岩塩の上に貯った雨水が水蒸気となって彼等の命を支えていたように思われた。いってみれば、けものたちは山に棲み、山に肌を接し合わせ、山を喰べて生きておったのではなかろうか。私は母の胎内に育ったものとして、母の命を喰べて育ったものとして、いつの間にか彼等に同類のいきものとしての親しみを感じていたのだった。」

「宇宙から誕生した生命、生命から誕生した宇宙。この二つは一つのものだと思っています。このような想いから、私は子供の生活は大人になるためにのみ存在意義があるのでなく、子供には子供の存在意義があり、胎児は胎児として存在意義があると思っています。」
「人間には履歴書があるように、宇宙にも履歴書がある。(中略)この二つの履歴書の重なり合った中でかたどられたように、胎児にすがたかたちが刻み込まれていく。」
「大陸移動は今も尚、億単位の時間の中でつづいている。(中略)億単位の中での大陸移動、その変貌の中で幽霊を閉じこめたまま移動してしまったのか、あるいは取り残したまま移動してしまったのか。草一本生えていない全裸の山並みなので捜しようもない。痛むばかりの想い、私は幽霊となって、幽霊の姿をかりて幽霊と出会いたい、その手を幽霊に差し伸べ捜し当てなければならない。」




「デッド・エンジェル」より:

「なり響くラッパの音。けものたちの行進と死に向って歩みつづける婦人。この二つはいつの間にか重なり合うようにして死海をとりまく山並みをかたちづくっている。」
「あの山並みで穴を掘って、けものたちはじいっと待っていてくれたのだ。待ち切れないで穴から這い出し、両脚で立ち上り、両手をかざして私を待って居てくれたのだ。母親の胎の中での出会いと重なり合う。」
「死も出産もむつみ合うことも生きることも、皆一つのことだと思った。かわいいんだ、いたましいんだ……戸惑い。」
「永遠に死につづけるあの女に、けものたちは戸惑うばかりの愛を感じているのだろうか。
 いたわるような、それでいて生き生きとしている歩み、亡霊は静まった中でけものたちを包み込む。
 子供達が待っている。」

「まゆを紡ぐ死

 崩壊と死を無化するかのように「まゆ」を紡ぐ。身振りの断片。「まゆ」の中での巨大な太陽。奥まった霊につながる糸となって……。そこにはかい間見られる死の世界が果てしなく拡がっている。山あり谷あり太陽あり。永遠に托するように裸身となり、物となっていく。そして物から生命が誕生する予感。」



「写真」より:

「私の中に子供の時から化物が、幽霊が住まっていたかのように思えてならない。私は化物や幽霊のような映像に接するとき、この手でふれたいような、なでさすりたいような思いになる。」


「舞踏と信仰」より:

「イエスの中のマリヤ、マリヤの中のイエス。これらのことは天上のことだったのか、現実の世界のことだったのか。私は時を超えた、分かち難い一つの世界のことだと思っております。銀貨三十枚でイエスを売ったユダ。わが友よと呼ばれたにもかかわらず、銀貨三十枚で売り渡してしまった。救いようのない間違いを仕出かしてしまったことに気付いたユダは、自らの命を自らの手でたってしまいましたが、私は耐えられない悲痛な悔恨を思わずにはいられません。私は日頃自分をユダだとの思いにかられることが屡々だったので、イエス様は主であり救主であられると信ずる中で、ユダの悔恨を忘れ得ません。」
「イエス様とユダが並んで眠っている。何事もなかったように並んで眠っている。」
「つぶれるような想いで泣きたくなる、遊びたくなる、死にたくなる、生きたくなる。」



「死者の喚声」より:

「『トスカの接吻』は幻を描いている。現実を描きながら幻を描いている。いや、単なる幻ですまされないものがそこにはある。それは、幻ではありながら、現実と重なりあうことによって、幻以上のもの、現実以上のものとして息づき、みる者に迫ってくる。」
「死が存在感をもって生を照らし出す。幻が存在感をもって現実を照らし出す。死と幻がこのような形で生と現実を照射することによって、幻以上に幻想的で、現実以上に生々としたものが、そこに生まれ出てくるのだ。」
「この世ならぬ魅惑……耐えられる甘さというのは、その辺にいくらでもある。けれども、耐えられないような甘さというのは、そうざらにあるものではない。ダニエル・シュミットの映画は、いつでも、その耐えらえないような甘さをたたえている。しかも、その甘さを、そのまま見せることをしないで、それを極限まで、いやマイナスの地点まで持ってきて、転換させてしまう。そこには、耐えられないような甘さとともに、耐えられないような酷さが同時に現れ出てくる。シュミットの映画をみる度に、私は彼の調合する毒薬=麻薬によって、そうした世界に拉致され、ひきずりこまれる自分を見出すのである。
 この映画はミラノが舞台であるが、私はミラノでかつてこんな体験をした。そこは、ある古い教会で、回廊を巡らした、ミサを行う祭壇の裏に、二体のミイラが安置されていた。それは、キリスト教と教会に大きな貢献があった聖人の遺骸であるとの説明があったが、私はそれを眼にした時、それとはまったく別の二つの想像にとらわれた。愛しあった男と女が、永遠の愛を願い、誓いあいながら、そこに並んで眠りつづけているのだという幻想……そしてもうひとつは、銀貨30枚でイエスを売り、磔にさせ、悔恨のうちに自らのいのちを断ったユダ、そのユダが磔にされたイエスと並んで眠りつづけているのだという幻想……彼らはいったい、どんな会話を交しているのであろうか?……私は、生の本質はエロスだと考え、また自らを一人のユダとして意識していたので、その時、瞬間のうちにとらわれたこうした想像は、私の生涯のテーマの一つとなった。」



「ギンズバーグの馬車」より:

「私は考えられないような母親に対する我儘を、最後の最後まで通し抜いた。愛されたユダはイエスに「我友よ」と呼ばれた。「我が命よ」との想いの中でそう呼ばれたのだと思っております。そんなことをいまさら……。銀貨三十枚で売り渡した事です。イエスを死に追いやった事に対し耐えられないほど苦悩したユダ。母は亡くなるまで「一雄さん」と私を呼んだ。とんでもない想いちがいの中で、最後まで我儘を通してしまった。痛恨の極みです。私の「ごめんなさい」という次には、お前の気持はわかっているよと、いつも反対に慰められていました。母の死の直前、「私の身体の中を鰈が泳いでいる」という遺言のような言葉、亡くなってから数年経っての夢の中で、毛虫となって私の手の中を這った母親。思わず、お母さんと絶叫しましたが、舞踏について大きな示唆を与えて下さいました。それなのに母の死を前にして力づけ、勇気づける言葉を一言もかけられなかった私。一晩中、頭を撫でつづけましたが、反対に母が一晩中、私を撫でつづけておったことに気がつかなかった私。」


「ことづて」より:

「私は狂人の狂乱でなく、狂人の狂乱と共に正気の狂乱を体験したい。狂人となる要素はすべての人が持っていると思っています。それは正気の人間の大切なエネルギーの源泉として在る。私は近頃物忘れがとても激しく、(中略)いつも使っている字さえ忘れてしまう。(中略)昔エスペラント語についての小冊子を読んだ時、「死語」という言葉に出会いました。忘れた言葉、忘れた字、忘れた仕草までが家中にびっしりと詰っておった。生の気配と共に死の気配がまざり合い、私に何かを伝えようとしている。死者からのことづてかな。大事にしなくては。」

「人間が歩いている、蝶が歩いている。天上から地上に、そして再び天上に。(中略)共なる歩み。人間が歩いている。蝶が歩いている。命が誕生したのだと、ふっと想われた。」

「死と夢は親戚のようなものだ。生は死の恩恵の中で、死は生の中で生長をつづけ、生命の源泉からのように命を生みつづける。」

「顕微鏡で検べて見た。命の実体を。最後の一片まで金槌で粉々にして覗いて見た。何かが動いている。虫だ! 花の芽かな。胎芽のようでもあった。(中略)昆虫が廃園の中央に佇んでいる。」
「宇宙が宇宙を生んだ。その宇宙に備わっているすべてのもの。山、川、海が、生きものが、自然がからだの中に棲んでいる。昆虫が舞台の上に姿を見せたとしても不思議ではない。」
「御殿のような立派な建物が空を翔んでいる絵巻物(信貴山縁起絵巻)を見たことがある。人間の使っている建物なのに、何か巨大な魂が、想いが、大空を翔んでいるような感じだった。生きものたちは私のからだの中を出たり、入ったり、行方不明になって帰ってこないことだってある。(中略)川を遡るのは生れつきだ。胎内で命が成立するその前からだ。なり振りかまわず尻尾をふりふり狂気そのものだ。命のエレメント。忘れないように命にちゃんと刻み込んである。精巧なんてものではない。だから壊れることだってある。病むことだってある。病むことが美しさにつながってくる。病める舞姫が真珠を生むことになる。」
「私にとって昆虫は魂そのもの。宇宙のあらゆる現象は生きもののように魂そのものの姿を代弁していると思っております。」



「顔」より:

「こうなれば幽霊ダンスだ。幽霊だけに見えるものがある。」



大野一雄 舞踏譜 04


大野一雄 舞踏譜 03




こちらもご参照ください:

「夜想  9」 特集: 暗黒舞踏
三木成夫 『胎児の世界 ― 人類の生命記憶』 (中公新書)
土方巽 『病める舞姫』

































































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『夜想 9 特集: 暗黒舞踏』

「どうしようもない過失を背負って生きている
ありがとう ごめんなさい」

(大野一雄 「私のお母さん」 より)


『夜想 9 
特集: 暗黒舞踏』

Yaso #9 - Dance Review 1920-80 Japan

ペヨトル工房 
1983年7月20日 発行
224p 
A5判 並装 
定価1,200円
編集発行人: 今野裕一
AD: ミルキィ・イソベ



夜想 暗黒舞踏 01



夜想 暗黒舞踏 02


「くらやみからひかり」


目次:

プロローグ
エピローグ

石井漠
 私的評伝石井漠 (長谷川六)
 石井漠と舞踊詩 (石井漠海外公演評)
ラ・アルヘンチーナ
高田雅夫・せい子
崔承喜
イサドラ・ダンカン
アンナ・パヴロヴァ
ノイエタンツ
クロイツベルク
 
舞踏年譜 1920―53
舞踏年譜 1956―83

大野一雄
 インタヴュウ
 カメラ・オブスキュラ
 資料
土方巽
 「伸びる」と「屈む」と (郡司正勝)
 闇の命脈 (深瀬昌久)
 暗黒舞踏への鎮魂歌
 舞姫・芦川羊子
笠井叡
 笠井叡・新潟 (小川隆之)
 見えない天使
田中泯
 インタヴュウ
 地を這う前衛 (木幡和枝)
 開放された肉体と感性――パフォーマンスの現在
山海塾
 インタヴュウ
中西夏之 《舞踏の足の裏》

舞踏アンケート



夜想 暗黒舞踏 03


ラ・アルヘンチーナ。



◆本書より◆


大野一雄インタヴュウより:

「それからおぜんが出てきた。かつて一九八〇年ヨーロッパでやった時に、「おぜんまたは胎児の夢」という作品を一時間半踊ったんだけど、そういうことがあっておぜんを使った。
 子供が電車にひかれた。
 ぱっと電気が消えると、まもなくふっとつくと首をおぜんに載せて……つんのめるようにして……赤い衣裳を着て……「六段」の演奏が流れる……そして蛾の踊りになる……何故蛾のお吸いものを飲まなくてはならないかということについては理解のないままに先だってやった。ただ蛾は宇宙的な文様があり、けだものの様な虎の様な姿をしているから……異常なお吸いものということで飲んだんだけど何故、異常なお吸いものを母親が飲まなくちゃならなかったかということになると、その時は解らなかった。
 十人の子供を育てるためには、まともな飲みものでは育てられない。宇宙のエッセンスをまず母親が吸収しておっぱいとして与えるという関係でなくては……自分の芸術心を育てなくてはならない……だから蛾のお吸いものを宇宙のエッセンスとして飲む。そうして育んだ子供が電車にひかれた。もう一人横浜で死んだ。母親の気持と私の気持は違うかもしれないが同じように痛むわけですよ。母親が痛むときに私も無意識に痛むのです。
 函館市に初めて電車が通ったその日に、花電車にひかれたんです。私はそこに居なかったけれど見ているわけです。女中が危ないと叫んでもどってくるところをひかれたんです。
 女中さんが走ってもどってきて、おくさんと言った時、母親はぴしっとおきているんです。広い台所で食器を整理しながら、母親は仏さんの行列を見ておった。それが同時に起っている。電車の事件がきっかけで母親は信仰の世界に入っていった。――そんな様なことを思いながら、おぜんを想う時……母親にだいじにされたこと、生きるための最大の儀式としてのおぜん……が浮かびあがってくる。
 そう想い続けるなかで踊りが変貌してくる。衣裳にしても宇宙をはおるものだと思うようになってきた。」

「母親の遺言として踊ったカレイのダンスもね、――平になって泳いで、ぱっと大地をもちあげるようにする……これは母親が死んだ時に体から湯気がもうもうと上がりカレイや蝶が舞いあがったのと同じような踊りだけれども――何処でやったのかと後になって思う。確かにそれは劇場でやったんだけれど、私にとって踊りの場処は、母親の胎内でなければならない。それぞれの人も生きていくなかで、自分の踊る場処を設定しなければならない。私にとってはそれが母親の胎内なのです。」

「人形というのはもともと「死の天使」なのかもしれない。(中略)飾り場処のない人形……死の天使……死というものは人間が生きる上できわめて大切なものです。最期に死が来たというものではなく、常に生と死が一緒になっている。死は生きている上で大事に、大事にしなくてはならないものだ。大事にされなくてはならないものは、場処もはっきりと与えられないのではないか。大事なものほどはじのほうで、ほっといきづいている。そういうことを毎日考えながらヨーロッパを踊ってきました。」

「踊りは最終的には幽霊でなくてはならない。魂の形のような、びっしりつまった存在感、それととっくまなくてはならない。」

「例えばとまどってどうしても解らなくなって立ち尽す……叫びのようなもの……それが踊りにはつきまとう。立ち尽すというようなものが踊りにとって重要なことがらで……相手をひとりぶつけるという可能性は、立ち尽すというようなものの中からしか出てこない。すすすす――とするものからは出てこない。立ち尽すということがあって、共感することの可能性がでてくる。」

「むしろ研究生がとまどいながらやっているほうがいい。集団的にまとまって見せるなんていうことを次々にやっても全然興味ないですね。」



夜想 暗黒舞踏 04


大野一雄。


夜想 暗黒舞踏 05


笠井叡。


























































































『土方巽全集Ⅱ』 (普及版 全二冊)

「なぜ髪の毛を長くしているのか、と聞かれるでしょう。私は死んだ姉を私の中で飼っているんです。」
(土方巽 「暗闇の奥へ遠のく聖地をみつめよ」 より)


『土方巽全集Ⅱ』 
[普及版]

編集委員: 種村季弘・鶴岡善久・元藤燁子

1998年1月21日 初版発行
2005年8月20日 普及版初版印刷
2005年8月30日 普及版初版発行
403p 口絵i  
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,800円+税
装画: 中西夏之
装丁: 渋川育由



本書「解題」より:

「本冊には、「対談・インタビュー・講演」、「舞踏譜」(三種、未発表)、「未発表草稿」、「補遺」(一篇)を収録した。」


本文中図版79頁。


土方巽全集Ⅱ 01


帯文:

「アンダーグラウンドのバイブル

舞踏の創始者=土方巽の肉声がわれわれに語りかけるものとはなにか……
インタヴュー、対談、講演録のほか、舞踏譜、未発表草稿、最新の年譜を収録。
魂を揺さぶる、待望の普及決定版、ここに完結!」



帯背:

「暗闇の奥へ
遠のく聖地へ」



土方巽全集


帯裏:

「アンダーグラウンドなどがすべて風化していくのも、外部のせいじゃなく、
やってる人間たちの問題なんじゃないかと思うんですね。
すぐ自分の外側に砂漠を設定して、水もないなどと言う。
そんなことを言う前に、
自分の肉体の中の井戸の水を一度飲んでみたらどうだろうか、
自分のからだにはしご段をかけておりていったらどうだろうか。
自分の肉体の闇をむしって食ってみろと思うのです。
ところが、みんな外側へ外側へと自分を解消してしまう……

「肉体の闇をむしる……」より」


土方巽全集Ⅱ 02


目次:

対談・インタヴィュー・講演
 肉体の闇をむしる…… (聞き手: 澁澤龍彦)
 暗黒の舞台を踊る魔神 (聞き手: 佐藤健)
 暗闇の奥へ遠のく聖地をみつめよ (対談: 宇野亜喜良)
 光と闇を駆け抜ける (対談: 唐十郎)
 「おおー」と風だるまが座敷に…東北人の訪問 (対談: 吉行淳之介)
 森羅万象を感じとる極意 (対談: 白石かずこ)
 白いテーブルクロスがふれて (対談: 中西夏之)
 風だるま (講演)
 東北から裸体まで――土方巽の遺言 (聞き手: 山口猛)
 舞踏行脚 (講演)

舞踏譜
 舞踏に関する覚え書き
 舞踏のための資料
 「なだれ飴」のためのスクラップ・ブック (全一冊)
 舞踏のためのスクラップ・ブック集より

未発表草稿

[補遺] 或る場所にある卵ほどさびしいものはない

年譜 (構成: 土方巽アーカイヴ 森下隆)
解題 (鶴岡善久)



土方巽全集Ⅱ 03

「舞台「肉体の叛乱」より」(撮影: 中谷忠雄)



◆本書より◆


「暗黒の舞台を踊る魔神」より:

「何万年もの歴史の中で、人間ははぐれてしまった。子供というのは、欲望がいっぱいあるし、感情だけをささえに生きているために、できるだけはぐれたものにであおうとする。ところが大きくなるにしたがって、自分のはぐれているものをおろそかにして、他人との約束ごとに自分を順応させる。それではぐれていない、と過信してしまう。飼いならされてしまうわけですね。」

「ヒマさえあれば押入れにはいっていましたね。実にねやすいところなんですね。人間というのは腹の中からでてきたとたんに、自分の身長だとか体重だとかをはかるすべを失ってしまうんですね。だから身の高さをはかれない。何センチということではなくですよ。もちろん空の高さもはかれない。(中略)押入れの中ではゴツンゴツンと頭をぶつけて、なんとなくはかれる場所のような気がするんですよ。」



「暗闇の奥へ遠のく聖地をみつめよ」より:

「かいつまんでいいますと、私は劇団という形が嫌なんですよ。集約的な人間関係が性に合わなくて、やはりふとんの中へもぐって好き勝手なことをしていたいわけです。私のコミュニケートの方法は、人間関係を外側に求めないで、一個の体の中でいつもはぐれている自分と出くわす、自主的にその人に出くわさせるようにするのです。」

「ですから私は誰にでも踊りはできるし、教わるなんて、何しに来たのか、っていうんです。」



「風だるま」より:

「昔、坊さんの景戒(きょうがい)って人が、『日本霊異記』を書いたんですが、その著者が自身のことを夢に見た。延暦七年戊辰の春、三月十七日の夜見た夢であります。
 景戒は、夢の中で自分が死んだ時に薪を積んで、死んだ自分の身を焼いた。景戒の魂が自分の身が焼けるそばに立って見ていますと、思うように身体が焼けない。それで自分で小枝を折ったり取って来たりして、焼かれる自分の身を突き刺して、串刺しにしてひっくり返すようにして焼いた。同じように焼いてる他人にも教えて私のようによく焼きなさい、と言いました。それで自分の身の足や膝や関節の骨、腕(かいな)、頭部、みんな焼かれて切れ落ちました。そこで景戒の魂は声を出して、大声を出して叫ぶんです。ところがそばにいる人の耳には聞こえないらしい。そこでその人の耳のそばに口をつけて遺言を言おうとしてがんばるんだけど、その人は聞こえないのか、答えません。それで景戒「ははあ、死んだ人の魂は声がないから、私の叫ぶ声の音が聞こえないのだろうな。」と思ったと書いてあるわけです。
 ところがちょっと待てよ、それはちょっとおかしいぞ? この景戒の書いてる文章がね、夢を見てる最中の話じゃなくて、夢から覚めて字にしたもので、こんなにさっさと書けるわけがない。私の風だるまは風に吹かれてこういうふうな坊さんの書いた、自分の骨の焼けてゆく思いを考えながら畷を歩いてくるわけです。
 片一方は火葬ですよね、ところがその風だるまは自分の体を風葬してる、魂を。風葬と火葬だ、それがいっしょくたになって何とかして叫ぼうと思うけれども、その声は風の哭き声と混ざっちゃうんですね。風だるまが叫んでるんだか、風が哭いてるのか混ざっちゃって、ムクムクと大きくなっちゃって、やっと私の家の玄関にたどりついたのです。どんな思いでたどり着いたのか? 今喋った坊さんの話と風だるまが合体して、そこに非常に妖しい風だるまの有様がひそんでいるのです。風だるまは座敷にあがって来ても、余り物を喋らない。囲炉裏端にペタッと座っている。そうすると家の者が炭を、これもまた何も聞かないで、長いこと継いでいるんですね、私は子供の時にそういう人を見て、何と不思議なんだろう、何となく薄気味悪いけど親しみが持てないわけでもないし、一体何が起ったんだろうかと思いました。」

「しかしよく雨が降ってるんですよ。それで私も縁側に座ってキャベツ畑にジャージャーっと降る雨を見てるわけですね、その縁側が重要ですよ。すると雨ってのはどこから始まってどこで終るのか、始まりも終りもないような雨が持っている時間の中に、まわりの空間も混っちゃって時間も空間も見さかいがない。そうしてキャベツが腐るように、私も芯から腐ってしまうんじゃないだろうか。そこでは、日本舞踊でよく言う「間」がありますね、その「間」も腐っちゃう。「間腐れ」って言うんですよ。間腐れになっちゃう、ああ、これは大変だ。そこで押入れの中へとっとっとっとっと逃げてゆくとかね。これは外から見たらわからないでしょう。ところが私は必死にそういうことと格闘していたわけだ。」



土方巽全集Ⅱ 04



















































































































『土方巽全集Ⅰ』 (普及版 全二冊)

「ところがわたしを笑う人が居るのよ。えぇ。だからそれは死骸だって、ねえッ、それも家のなかでわたしのことを笑う奴なんかみんな死骸だってね、わたしそういってやったの。えぇ。なんていって、わたしなんか、なに、生れたときからね、ぶっこわれて生れて来てるんだからね。ええ。そんなことちゃんと判ってるよ。いわれなくったって判ってるんね。」
(土方巽 「慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる」 より)


『土方巽全集Ⅰ』 
[普及版]

編集委員: 種村季弘・鶴岡善久・元藤燁子

1998年1月21日 初版発行
2005年8月20日 普及版初版印刷
2005年8月30日 普及版初版発行
404p 口絵i  
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,800円+税
装画: 中西夏之
装丁: 渋川育由



函入りの土方巽全集を買おうとおもってうっかり忘れていたら値段の安い普及版が出ているのを神保町でみかけたので夢うつつのうちに一割引で購入しましたが、それももう十年前であります。まるで昨日買ってきたかのようによむであります。


土方巽全集Ⅰ 01


帯文:

「舞踏のすべてが
ここにある。

世紀を越えて今再びよみがえる舞踏の創始者=土方巽の全著作を網羅した全集、
待望の普及決定版第1巻。自伝的幻想譚の傑作「病める舞姫」のほか、
奇想に満ちあふれた評論集「美貌の青空」などを収録!」



帯背:

「今よみがえる
舞踏神の全貌」



土方巽全集


帯裏:

「くるりと去年のはなれ技
あちらこちらと生きのびて
何も喰わずに生きのびて
いまぱっくりと鯉の口
暗くてはっきりわからぬが
詳しくはっきりわからぬが
ぼけたサナギの一生を
誓願ここにささげたり
何千年、何万年の生き残り
眠りをしぼってこねあげて
そこに朝日もしのばせて
尿のにごりで鳥描いた
いま描いた鳥は染まるだけ
いまその鳥は染まるだけ

「病める舞姫」より」



土方巽全集Ⅰ 02


目次:

病める舞姫 (白水社 1983年3月10日)

美貌の青空 (筑摩書房 1987年1月21日)
 Ⅰ 
  犬の静脈に嫉妬することから
 Ⅱ 
  静かなヒト
  中の素材/素材
  暗黒舞踊
  刑務所へ
  他人の作品
  演劇のゲーム性
  アジアの空と舞踏体験
  猫の死骸よりも美しいものがある
  肉体に眺められた肉体学
  人を泣かせるようなからだの入れ換えが、私達の先祖から伝わっている。
  遊びのレトリック
  静かな家
  包まれている病芯
  匂いの抜けた花から
  甘えたがっていた
 Ⅲ 
  アルトーのスリッパ
  貧者の夏――西脇順三郎
  線が線に似てくるとき――瀧口修造
  言葉の輝く卵―吉岡実
  内蔵の人――三好豊一郎
  剛直な哀愁詩人――田村隆一
  闇の中の電流――澁澤龍彦
  結晶好きな赤子の顔――澁澤龍彦
  突っ立ってる人――加藤郁乎
  細江英公と私
  祝杯――池田満寿夫
  いろいろな顔がくるぶしの住処にかくれている――唐十郎
  彼女の髪の空洞――篠原佳尾
  原さんの影像展覧会――原栄三郎
  夢の果実――金井美恵子
  助けてもらった絵――田中岑
  生まれてくる人形――土井典
  均衡の一瞬
 Ⅳ
  鼻血――DANCE AVANT-GARDE
  広告――元藤燁子
  ブルース――藤井邦彦
  森田真弘の作品
  剥製の後頭部を持つ舞踏家に寄せる――笠井叡
  ムッシュウ・オイカワと私――及川広信
  天才論――石井満隆
  神聖な柳腰――笠井叡
  アスベスト館の妖精――芦川羊子
  片原饅頭をメサッと割った時――高井富子
  親愛なるシビレットC――大野一雄
  爪の孤独――大野慶人
  種無桃のマイム役者――ピエール・ビラン
  舞踏家の婚礼によせて――大野一雄
  天龍製機の足踏み脱穀機にまたがって――玉野黄市
  暗黒舞踏の登場感覚――芦川羊子
  北方舞踏派に七面鳥を贈る――ビショップ山田
  木乃伊の舞踏――室伏鴻
  同志の舞踏――中嶋夏
  異形の変容――白虎社
  世界一幸福な男――Butoh Festival '85 

慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる (書肆山田 1992年1月21日)

解題 (鶴岡善久)
『土方巽全集』 あとがき (種村季弘)



土方巽全集Ⅰ 03

「稽古場にて」 (撮影: 吉野章郎) 



◆本書より◆


「慈悲心鳥がバサバサと骨の羽を拡げてくる」より:

「お前何処行くんだと。何処行くったってね、ま、町内会じゃあるめいしね、塀板によっかかるんじゃあないよ。ねえ。おいシャケ缶持って来い。なんていってね。いま折詰って、折詰なんか俺、最近食べません。子供の時よく食べましたよ。ねぇ。くしゃくしゃのハイライト? 何だって? そんなもの。(中略)そんなこといってあんた働かないの? 働かないの。ええ、働いたって働かなくったってねぇ、そんなものなんかねぇ、あるわけがないんだから。ないんだからね、絶対に。あるわけがないですよ。ないったら、ないんですよ。ええ、うん。綿(わた)だとか、くもの巣、なに云ってんだい。電球だい。そんなものないない。まァないもなぁないよ。ないったらないんだから。でも、こんな夜中にお前どこへ行ってきたんだいって、そんなものもないよ。みんななくなったんだよ。」

「だって夏じゃないか。夏が来て坐ってるんじゃないか、おれのそばで、ね。」












































































『土方巽舞踏大鑑 ― かさぶたとキャラメル』

「あと、衰弱してきたからじゃないかと言うけれども、私は五七歳で、五〇とれば七歳ですよ。精子が長い廊下を歩いていたという実感があって、これを稲垣足穂に話したら共鳴してくれたんですが、七歳のままストップしているというのはあるね、私の場合は。精子が七歳生き延びたんだから、もうそうとう長生きはしてるんですがね。」
(土方巽)


『土方巽舞踏大鑑
― かさぶたとキャラメル』

編集委員: 種村季弘・鶴岡善久・元藤燁子

悠思社 
1993年11月20日 初版第1刷
167p 
29.5×22.5cm 並装 カバー 
定価4,800円
アート・ディレクション: 勝井三雄
デザイン: 石橋昌子[勝井デザイン事務所]
編集: 宮澤壯佳
英文翻訳: 木幡和枝・Arturo Silva・Stanley N. Anderson



本書パンフレット「『土方巽舞踏大鑑』の刊行にあたって」より:

「1960年代に土方巽はさまざまなジャンルの芸術家を「暗黒舞踏」という「風ぐるま」に巻き込んだ。それはあたかも1910―1920年代のロシアにおいてディアギレフがバクスト、ピカソ、マティス、マリー・ローランサン等を創造の「るつぼ」に巻き込んだあの「黄金時代」を思い起こさせる。
土方巽の舞踏は、創造行為の核心をつくものとして舞踊界のみならず多くの芸術家に強烈なインパクトをあたえた。それは「運動(ムーヴメント)」に縁遠い日本の芸術界で実現した、きわめて貴重な革新的な契機であった。そして土方巽の登場とその意味は、三島由紀夫、澁澤龍彦、瀧口修造、埴谷雄高、大岡信、加納光於ら多くの芸術家・評論家によって論証されながら、その後、海外においてもオクタビオ・パス、ジョン・ケイジ、スーザン・ソンタグらによって高く評価され「舞踏(Butoh)」の名を世界にひろめたばかりではない。若い世代に多大な影響をあたえたことで、その先駆的偉業がいま混迷の時代に改めて見直されていることに注目したい。
本書は日本が誇り得る土方巽の伝説的イメージを辿りながら、その展開・継承の道程を明らかにするとともに、舞台と日常を同じ磁場に変えた土方巽のさまざまな場面を紹介し、明日の芸術に向けて強烈な示唆を照射する。
また土方巽記念資料館アスベスト館の全面的な協力と種村季弘、鶴岡善久、元藤燁子を編集委員に迎えることによって本格的な「土方巽像」が鮮やかに浮彫りにされる。」



本書には、布装函入り、ブロンズ製「土方巽の足」を添付した定価650,000円の20部限定版もあるようです。


土方巽舞踏大鑑 01

表紙写真: 
「骨餓身峠死人葛」より、1970年。


土方巽舞踏大鑑 02

裏表紙写真: 
「土方巽の足」、鋳造: 吉江庄蔵 ブロンズ、1993年。


土方巽舞踏大鑑 03

扉題字: 永田耕衣。


土方巽舞踏大鑑 04


目次:

細江英公 「「鎌鼬の里」にて/土方巽と写真」

[土方巽語録] (鶴岡善久 編)
舞踏とは命がけで突っ立った死体である

種村季弘 「土方巽私観」
合田成男 「二つの座標――土方巽と大野一雄と舞踏の現在」
酒井忠康 「先駆者の翼の影」
元藤燁子 「暗黒舞踏の原点へ――土方巽と秋田のことなど」

[土方巽へのオマージュ]
三島由紀夫 「危機の舞踊」
埴谷雄高 「胎内瞑想について」
澁澤龍彦 「現代の不安を踊る」
瀧口修造 「私記・土方巽」
ドナルド・リチー 「土方巽」
吉岡実 「青い柱はどこにあるか?――土方巽の秘儀によせて」

[土方巽舞踏コレクション]
暗黒舞踏の「風ぐるま」に
詩人や画家を巻き込んで

[公演ポスター]
「禁色」から「燔犠大踏鑑」へ

土方巽年譜
土方巽主要文献 [執筆年表・参考文献]



土方巽舞踏大鑑 05



◆本書より◆


「土方巽語録」より:

「汚れたものほど美しいものを創るというのはね、あの、あらゆる、あの、民俗舞踊の中にね、眠ってあるんです、実際に。だから、言語、美術品、建築、王位継承、ね、宗教、そういうものが全部根こそぎ奪っても、やはり踊りの種だけはこぼしていってるね。ダッタン人でもね、それから、フン族でもね、それは種ですよ、種。こぎたない種がね、美しいものを創るんですよ。これは人間だけのことではないですよ。だからいつでも汚い種をまいているんです。」

「俺は流しにある柄杓をね、畑のなかへこっそり置いてきたことがあるぞと、ね。水屋ってのは陽が当たらないから、柄杓がかわいそうだと思ってね、外の景色を見せてやろうと庭へね、そうっと置いてきたことがある、畑の中に。そういう器物愛。それから自分の体の中の腕が自分のものでないように感じとる。ここにね、重要な秘密が隠されているんです。舞踏の根幹が秘められている。
 そうするとね、こういうことも考えますよ。なあに、俺は空っ箱だい。うん。すると隣近所からもね、俺も空っ箱だい、なんて奴が出てきてね、クスクスクスクス笑っていると。なかにはね、まるで骨壺みたいだね俺達、なんて言ってね。なんとなくそのコミュニケーションがでてくる。わたしはふいごになったり柳行李になって、内臓を一切合切表へ追っぱらっちゃってね、そして遊んでたことがあります。ついでにね、この、とまっている馬を見ると鋸でひきたくなってきたりね、それから川をね、切ってくるとか、こおらせればいいわけですからね、川を切って持って来いとか、そしてどんどんどんどんそういうふうに体が拡張されていくんですね。
 空だってそうですよ。あれだって一枚の皿だと思えば叩き割ることだってできるわけです。」



土方巽舞踏大鑑 08


土方巽舞踏大鑑 09


本書パンフレット「土方巽 バイオグラフィー」より:

「1928年3月9日秋田県に生まれ、1986年1月21日東京で没する。享年57歳。本名は元藤九日生(くにお)。世界的なブームを呼んでいる「舞踏」の創始者で、「暗黒舞踏」という新しい表現形式を確立した。
秋田工業学校を卒業後、増村克子(江口隆哉門下)についてドイツ流のノイエ・タンツを習い、24歳で上京、その後安藤三子舞踊研究所に入門、モダン・ダンサーとしてデビューした。そのころ、大野一雄の舞台に出会ったことと、赤貧のなかでジャン・ジュネの作品を耽読した経験は、青年土方巽に強い影響を与えた。
1959年に「禁色」を発表、題名を借用したことから三島由紀夫と知り合い、さらに澁澤龍彦、瀧口修造らとの交流が始まった。「あんま」「バラ色ダンス」など、60年代の作品は、男性舞踏手による倒錯的エロティシズムと、挑発的な暴力を感じさせる作風で、既成の舞踊概念にとらわれない新しい肉体表現の生成に努めた。
しかし、1968年の「肉体の叛乱」の舞台を境に大きく変化し、70年代は厳寒の風土が育む日本人の肉体に舞踏の基盤を見出し「燔犠大踏鑑」と冠した一連の作品を作った。「四季のための二十七晩」「静かな家」の公演は、特に「東北歌舞伎」とも呼ばれ、重心を低くとりガニまたで踊る独特の様式を完成させた。
1974年以降は演出・振付に専念し、自らは舞台に立つことはなかった。「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」など多くの名言を残し、社会の裏面史や日常の背後に埋もれた身振りや記憶を作舞することに「暗黒」の意味をこめた。
これまでの西洋舞踊の多くが、肉体を発展的にとらえ、力のダイナミズムで踊りを構成するのに対して、土方巽は解体され衰弱に向かう肉体の一生に美しさを見出した。これは画期的な視点というべきもので、文学、美術、哲学、演劇、音楽、など、他ジャンルの人びとにも衝撃を与えた。」



土方巽舞踏大鑑 07


土方巽舞踏大鑑 06























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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