FC2ブログ

『新潮日本文学アルバム 22 泉鏡花』 編集・評伝: 野口武彦

「現代、という人間の力を過信している時代のなかで、泉鏡花もまだまだ、少数派の変人なのだ。」
(津島佑子 「魔性の世界」 より)


『新潮
日本文学アルバム
22 
泉鏡花』


編集・評伝: 野口武彦
エッセイ: 津島佑子

新潮社 
1985年10月20日 印刷
1985年10月25日 発行
111p 目次1p 折込口絵1葉
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価980円



本文アート紙。図版(カラー/モノクロ)多数。


鏡花 新潮日本文学アルバム 01


帯文:

「写真で実証する作家の劇的な生涯と作品創造の秘密!
新潮日本文学アルバム
母を亡くした10歳の鏡花の眼前に、「来よ」と胸くつろげた摩耶夫人(ぶにん)――釈迦如来生母の像。生涯を貫く夫人(ぶにん)憧憬のエロスがつむいだ美と幻想の恍惚、流麗な詩情の秘密。今日なお新鮮な永遠の浪漫派、鏡花66年の生涯」



目次:

評伝 (野口武彦)
 「水」のイソメリズム(明治6年・出生~明治23年)
 硯友社徒弟時代(明治24年~明治31年)
 「俺を棄てるか、婦を棄てるか」(明治32年~明治42年)
 麹町下六番町(明治43年~大正15年)
 エロスの原形質(昭和元年~昭和14年・死)

カラー・ページ
 金沢・生地浅野川界隈(父・清次彫金下絵、摩耶夫人像、他)
 原稿(初期小説・戯曲)、ノート
 『高野聖』・『春昼』・『眉かくしの霊』
 初版本・口絵
 金沢・作品世界(白山、夜叉ヶ池、能登海岸、他)
 書(色紙・短冊)、他
 生活・遺品Ⅰ、Ⅱ

エッセイ
 一枚の写真――魔性の世界 (津島佑子)

略年譜 (高桑法子)
主要参考文献 (高桑法子)
主要著作目録 (高桑法子)



鏡花 新潮日本文学アルバム 02



◆本書より◆


「評伝」より:

「もちろん、いくら自然主義文学全盛期だからといって、鏡花のそうした才質に注目する具眼の士がいないわけではなかった。たとえば『白鷺』(明治四十二年)のために(中略)朝日新聞の紙面を提供した夏目漱石。『三味線堀』(同四十三年)に「三田文学」のページを割いた永井荷風。鏡花はこの間ずっと、文壇の主流から外れて傍系に押しやられていた。しかしみごとに持ちこたえたのである。それが可能だったのは何よりもまず、鏡花が自分自身の才能以外の何ものも信じなかったからである。ほんものの才能は、それ自体のうちに一種特別な羅針盤を装置している。たとえ諸般の事情で周囲の視界が混濁するころがあるにもせよ、その装置は本能的に、指示すべき磁極の方角をあやまたないであろう。」

「吉村博任氏の論文『菖蒲(あやめ)幻想』(昭和五十五年)によれば、「鏡花は食物恐怖のために腐敗ほど恐いものはなかった。そのために『豆腐』はその肉(にくづき)をとって、『豆府』で通したことはすでに有名である」といわれる。これを神経症的といわないで、他にどんな呼び名があるだろうか。しかし不思議なことには、というよりむしろ健全なことには、そのためにかえって、鏡花は大正期の時代的シンドロームとしての「神経病」をいっさい共有しなかった。(中略)たとえば芥川龍之介をじりじり自殺にまで追いつめていったあの「漠然たる不安」という時代病とはついに無縁だったのである。」

「鏡花にとってオバケは、民俗伝承などというものではなかった。それはいつでも眼の前に出現し、あの世にわれをさしまねき、想像力を刺激してやまぬ現実の存在だったのである。」



津島佑子「魔性の世界」より:

「鏡花は妖怪、幽霊の類いを本当に信じていた、と聞いたことがある。それはそうだろう、と私も思う。ただ、妙な気がするのは、わざわざそのように言いたてるのは、よほどそれは特殊なこと、異常なこと、とみなしているからか、ということだ。(中略)しかし、どんな人でも(中略)なにかわけの分からぬものを、なんらかの形で信じているのではないか。」
「学校の生徒として私は、明治以降の小説とは秀れた知力の産物であり、秀れた知力とは、幻・迷信の類いを寄せつけず、冷静沈着に、科学の精神で、現実を見きわめるものである、と教わっていた。(中略)結果として、泉鏡花も、自分の感性で見事な小説を書き上げた岡本かの子にしても、日の当たらぬところに押しやられていた。泉鏡花や岡本かの子と出会うには、自分で探し当てなければならなかったのだ。」
「ところで大分、世は変わったが、(中略)小説家はインテリ、インテリは現実客観主義、という構図は今でも根強く残っているのではないだろうか。妖怪変化を本気で信じる「作家」なるものは、どこか矛盾していると、今でも受け取られている。現代、という人間の力を過信している時代のなかで、泉鏡花もまだまだ、少数派の変人なのだ。泉鏡花がもっと多くの人に、身近に読まれるような時代に変わっていけばいいのに、と思うが、これからどんな時代に変わっていくのやら、私には、さっぱり分からない。」



鏡花 新潮日本文学アルバム 03


鏡花 新潮日本文学アルバム 04


鏡花 新潮日本文学アルバム 05


「兎の収集品で「御自慢拝見」(昭和7年5月29日「東京日日」)欄に出た鏡花。」




こちらもご参照ください:

『鏡花論集成』 谷沢永一/渡辺一考 編
村松定孝 『あぢさゐ供養頌 ― わが泉鏡花』
















































































泉鏡花 『鏡花全集 巻廿六』

「公子: 人間に其(それ)が分るか。
博士: 心ないものには知れますまい。詩人、畫家(ぐわか)が、しかし認めますでございませう。」

(泉鏡花 「海神別莊」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 巻廿六』

岩波書店 昭和17年10月15日第1刷発行
/昭和50年12月2日第2刷発行
782p 目次2p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,600円
正字・正かな/本文総ルビ

月報26(16p):
「山海評判記」再讀(下)(福永武彦)/泉鏡花と原抱一庵(手塚昌行)/鏡花自筆原稿解析1(鈴木勇)/お千世の額(花柳章太郎、昭和17年8月『鏡花全集巻二十五』月報より再録)/鏡花小説校異考(二十五)(村松定孝)/編集室より/図版2点(「山海評判記」時事新報、小村雪岱画/昭和11年4月明治座の舞台稽古にて)



巻二十五、二十六は戯曲を収録しています。


目次:

紅玉 (大正2年7月)
海神別莊 (大正2年12月)
戀女房 (大正2年12月)
湯島の境内 (大正3年10月)
錦染瀧白糸 (大正5年2月)
日本橋 (大正6年5月)
天守物語 (大正6年9月)
山吹 (大正12年6月)
戰國茶漬 (大正15年1月)
多神教 (昭和2年3月)
お忍び (昭和11年1月)
かきぬき




◆本書より◆


「海神別莊」より:

「美女: だつて、貴方、人に知られないで活(い)きて居るのは、活きて居るのぢやないんですもの。
公子: (色はじめて鬱す)むゝ。
美女: (微醉の瞼花やかに)誰も知らない命は、生命(いのち)ではありません。此の寶玉(はうぎよく)も、此の指環(ゆびわ)も、人が見ないでは、些(ちつ)とも價値(ねうち)がないのです。
公子: それは不可(いか)ん。(卓子(テエブル)を輕く打つて立つ)貴女(あなた)は榮耀(ええう)が見せびらかしたいんだな。そりや不可(いか)ん。人は自己、自分で滿足をせねばならん。人に價値(ねうち)をつけさせて、其に從ふべきものぢやない。(近寄る)人は自分で活(い)きれば可(い)い、生命(いのち)を保てば可(い)い。然(しか)も愛するものとともに活(い)きれば、少しも不足はなからうと思ふ。寶玉とても其の通り、手箱に此を藏すれば、寶玉其(そ)のものだけの價値(かち)を保つ。人に與(あた)ふる時、十倍の光を放つ。唯、人に見せびらかす時、其の艷(つや)は黑く成り、其の質は醜く成る。」

「公子: (中略)こゝに來た、貴女は最(も)う人間ではない。
美女: えゝ。(驚く。)
公子: 蛇身(じやしん)に成つた、美しい蛇に成つたんだ。」
「公子: 一枚も鱗はない、無論何處も蛇には成らない。貴女は美しい女です。けれども、人間の眼(まなこ)だ。人の見る目だ。故郷に姿を顯(あらは)す時、貴女の父、貴女の友、貴女の村、浦、貴女の全國の、貴女を見る目は、誰も殘らず大蛇と見る。」



「山吹」より:

「夫人: (吻(ほつ)と息して)私、何(ど)うしたんでございませう、人間界にあるまじき、淺ましい事をお目に掛けて、私何(ど)うしたら可(い)いでせうねえ。」

「夫人: (中略)えゝ、こんなぢや。
 激しく跣足(はだし)に成り、片褄(かたづま)を引上ぐ、」
「夫人: 世間へ、よろしく。……然(さ)やうなら、……」












































泉鏡花 『鏡花全集 巻廿五』

「深沙大王、深沙大王。(中略)手並(てなみ)を見せずやツ!」
(泉鏡花 「深沙大王」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 巻廿五』

岩波書店 昭和17年8月31日第1刷発行
/昭和50年11月4日第2刷発行
709p 目次1p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,400円
正字・正かな/本文総ルビ

月報25(16p):
「山海評判記」再讀(中)(福永武彦)/異郷の鏡花ゼミ(武田勝彦)/鏡花自筆原稿目録について(檜谷昭彦)/同時代の批評・紹介(長谷川天溪/佐藤春夫)/編集室より/図版2点(「愛火」表紙/「愛火」口絵、鰭崎英朋画)



巻一~二十四までが小説で、巻二十五、二十六は戯曲を収録しています。


目次:

深沙大王 (明治37年10月)
隅田の橋姫 (明治37年10月)
愛火 (明治39年12月)
沈鐘 (明治40年5月)
かきぬき (明治43年5月)
稽古扇 (大正元年9月)
夜叉ケ池 (大正2年3月)
鳥笛 (大正2年4月)
公孫樹下 (大正2年4月)




◆本書より◆


「深沙大王」より:

老母: (中略)が、日の暮れます時分まで、長居は遊ばさぬが宜(よ)うござりますでな。
小山田: 何故さ。
老母: えゝ、松林の奧に貴客(あなた)、深沙大王(しんじやだいわう)樣と申します、お社(やしろ)がござりまして、物凄い、恐しい、荒神(あらがみ)でおいでなさります。
小山田: 深沙大王、其の社が恐しいか。一體(いつたい)何の神を祭つたのかね。
老母: えゝ、蛇體(じやたい)、大(おほき)な蛇で、おいでなさると申しまする。」

「小山田: 深沙大王、深沙大王。深沙の社の兀佛(はげぼとけ)、手並(てなみ)を見せずやツ!
 と呼(よば)はると、宇宙に數百(すうひやく)の人聲(ひとごゑ)一齊(いつせい)に、
 「おう!!!」
 風の如く、水の如く、波の如く、物凄く陰に籠つて四方(あたり)にひゞく。
 トタンに傳助(でんすけ)、足を爪立て、衝(つ)と退(すさ)り、眼(まなこ)を据ゑて、
傳助: 水だ、洪水(みづ)だ。」



「夜叉ケ池」より:

「晃: こゝに傳説(でんせつ)がある。昔、人と水と戰つて、此の里の滅びようとした時、越(ゑつ)の大德(だいとく)泰澄(たいちよう)が行力(ぎやうりき)で、龍神を其の夜叉ケ池に封込んだ。龍神の言ふには、人の溺れ、地の沈むを救ふために、自由を奪はるゝは、是非に及ばん。其のかはりに鐘を鑄(い)て、麓に掛けて、晝夜(ちうや)に三度づゝ撞鳴らして、我を驚かし、其の約束を思出させよ。……我が性は自由を想ふ。自在を欲する。氣まゝを望む。ともすれば、誓(ちかひ)を忘れて、狹(せま)き池の水をして北陸七道に漲らさうとする。我が自由のためには、世の人畜の生命など、ものの數ともするのでない。が、約束は違えぬ、誓は破らん――但し其の約束、其の誓を忘れさせまい。思出させようとするために、鐘を撞く事を怠るな。」

「白雪: (中略)……姥(うば)、私は參(まゐ)るよ。(中略)私の行(ゆ)くのは劍ケ峰だよ。」
「姥: お忘れはなさりますまい。山ながら、川ながら、御前樣が、お座をお移しなさりますれば、幾萬、何千の生類の生命(いのち)を絶たねば成りませぬ。劍ケ峰千蛇(せんじや)ケ池の、あの御方樣とても同じ事、此(こゝ)へお運びとなりますと、白山溪(はくさんだに)は湖に成りますゆゑ、其のために彼方(かなた)からも御越(おこし)の儀は叶ひませぬ。」
「白雪: そんな、理窟を云つて……姥、お前は人間の味方かい。
姥: へゝ、(嘲笑(あざわら)ひ)尾のない猿ども、誰がかばひだていたしませう。……憎ければとて、淺ましければとて、氣障(きざ)なればとて、たとひ仇敵(かたき)なればと申して、約束はかへられませぬ、誓を破つては相(あひ)成りませぬ。
白雪: 誓盟(ちかひ)は、誰がしたえ。
姥: 御先祖代々、近くは、兩、親御樣まで、第一お前樣に御遺言ではございませぬか。
白雪: 知つて居ます。(とつんとひぞる。)
姥: もし、お前樣、其の淺ましい人間でさへ、約束を堅く守つて、五百年、七百年、盟約(ちかひ)を忘れぬではござりませぬか。盟約を忘れませねばこそ、朝六つ暮六つ丑滿(うしみ)つ、と三度の鐘を絶(たや)しませぬ。此の鐘の鳴りますうちは、村里を水の底には沈められぬのでござります。
白雪: えゝ、怨めしい……此の鐘さへなかつたら、」」

「晃: 望む處だ。……鐘を守るとも守るまいとも、勝手にしろと言はるゝから、俺には約束がある……義に依(よつ)て守つて居たんだ。鳴らすなと言ふに、誰がすき好んで鐘を撞くか。勿論、即時に此處を去る。」

「晃: 波だ。」
「白雪: 姥、嬉しいな。
一同: お姫樣。(と諸聲(もろごゑ)凄し。)
白雪: 人間は?
姥: 皆(みな)、魚(うを)に。早(は)や泳いで居ります。田螺(たにし)、鰌(どぢやう)も見えまする。
一同: (哄(どつ)と笑ふ)はゝゝゝはゝゝ。」


















































































泉鏡花 『鏡花全集 別巻』

「――では、お物語をいたします。
 ――中にお化(ばけ)も一寸(ちよつと)出ます、又かとおつしやつては不可(いけ)ません――」

(泉鏡花 「妖劍紀聞」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 別巻』

岩波書店 昭和51年3月26日第1刷発行
904p+22p 目次4p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価3,200円
本文正字・正かな/「作品解題」「後記」正字・新かな

月報29(20p):
新泉奇談雜考(吉田精一)/ある插話(竹下英一)/鏡花自筆原稿解析4(松村友視)/泉家藏草稿の語りかけるもの(村松定孝)/泉鏡花藏書目録/「逸文」三種/正誤表/編集室より/図版3点(「紅葉書翰抄」挿絵、明治39年1月博文館刊/梅村蓉子と鏡花、昭和4年/「紫陽花」草稿)



本書「後記」より:

「本全集の巻二十九を「別巻」として編纂したのは、次の理由に基づく。
 本全集の巻一より巻二十八までは、昭和十五年より同十七年にかけて岩波書店から刊行された『鏡花全集』の再刊であり、今回の刊行に際し、相當の訂補がほどこされたとはいえ、作品の配列等は初版の全集と、ほぼ同一のものである。前囘の全集に於いても、鏡花がその生涯にわたって著述した小説・戯曲・隨筆・紀行等五百餘篇がほとんど網羅され、もとより、その完璧が期されたものであった。しかしながら、當時は太平洋戰爭下であったため、收録を憚らざるをえなかった小説も無かったわけではない。今囘は、それらの小説を本巻に收録した上、その後の研究の進展によって發見された小品・隨筆・草稿類をも加え、さらに巻二十八所收の尺牘以外の書簡及び書簡下書を收録した。」


「書簡」中に図版(モノクロ)3点。


目次

 補遺

琵琶傳 (明治29年1月)
海城發電 (明治29年1月)
妖劍紀聞 (大正9年1月)
定九郎 (大正10年1月)

會津より (明治32年8月)
本郷座の高野聖に就て (明治37年10月)
描寫の上より見たる犯罪 (明治42年11月)
抜萃帖から (明治45年4月)
幼い頃の記憶 (明治45年5月)
なつかしい「蛙」のはなし (大正14年4月)
三十錢で買へた太平記 (大正15年11月)
熱い茶 (昭和2年6月)

新潮合評會 (大正14年4月)
泉鏡花座談會 (昭和2年8月)
泉鏡花と梅村蓉子 (昭和3年1月)
原作者の見た「日本橋」 (昭和4年4月)

書簡
 書簡下書


 參考篇

飛縁魔物語
白鬼女物語
X+Y
墓參の記
黑壁 (明治27年10月)
ほたる (明治28年10月)
第八大吉 (明治32年12月)
蔦太郎 (明治33年2月)
鮒の牲 (明治33年2月)
他流仕合 (明治34年1月)
玉章びき (明治34年10月)
競爭小話 (明治35年1月)
昔馴染 (明治36年1月)
紅の記 (明治40年4月)
新泉奇談


泉鏡花自筆原稿目録 慶應義塾圖書館藏
〔參考資料〕春陽堂版鏡花全集巻一所收 泉鏡花年譜
泉鏡花作品年表補訂

作品解題 (村松定孝)

後記 (村松定孝)

總目索引
 作品索引
 小見出し索引




◆本書より◆


「妖劍紀聞」より:

「花は、何(な)んだと言つて、花に嫌(きらい)な花と言ふのはありませんが、私は幼い時から、杜若(かきつばた)の花が大好きです。(中略)田の野川(のがは)、麓の小流(こながれ)、丸木橋の袖などに、ひとり紫の色も香も包(つゝ)ましやかに、はらはら開いたのは、一寸(ちよつと)した旅や、野掛(のがけ)の道などで、ふと逢ひますと、水は淺くても淀むで居ても、深く忘られぬ馴染のやうな氣がして、其のまゝには通り切れず、何(な)んとなく視(なが)めて居るうちに、可懷(なつかし)いやうな、床(ゆかし)いやうな、そして小兒(こども)に返つた氣がして、嬉しい中にも、もの寂(さびし)いやうで、涙ぐましいまで、暖かな日も身に沁みます。」
「――では、お物語をいたします。
 ――中にお化(ばけ)も一寸(ちよつと)出ます、又かとおつしやつては不可(いけ)ません――」



「幼い頃の記憶」より:

「今、思ひ出して見ても、確かに美人であつたと信ずる。
 着物は派手な友禅縮緬を着て居た。」
「兎に角、その縮緬の派手な友禅(いうぜん)が、その時の私の目に何とも言へぬ美しい印象を與へた。秋の日の弱い光りが、その模樣の上を陽炎のやうにゆらゆら動いて居たと思ふ。
 美人ではあつたが、その女は淋しい顔立ちであつた。何所か沈んで居るやうに見えた。人々が賑やかに笑つたり、話したりして居るのに、その女のみ一人除け者のやうになつて、隅の方に坐つて、外の人の話に耳を傾けるでもなく、何を思つて居るのか、水の上を見たり、空を見たりして居た。
 私は、その樣を見ると、何とも言へず氣の毒なやうな氣がした。どうして外の人々はあの女ばかりを除け者にして居るのか、それが分らなかつた。誰かその女の話相手になつて遣れば好いと思つて居た。
 私は、母の膝を下りると、その女の前に行つて立つた。そして、女が何とか云つてくれるだらうと待つて居た。
 けれども、女は何とも言はなかつた。却つてその傍に居た婆さんが、私の頭を撫でたり、抱いたりしてくれた。私は、ひどくむづがつて泣き出した。そして、直ぐに母の膝に歸つた。
 母の膝に歸つても、その女の方を氣にしては、能く見返り見返りした。女は、相變らず、沈み切つた顔をして、あてもなく目を動かして居た。しみじみ淋しい顔であつた。」
「私は、その記憶を長い間思ひ出すことが出來なかつた。十二三の時分、同じやうな秋の夕暮、外口の所で、外の子供と一緒に遊んで居ると、偶と遠い昔に見た夢のやうな、その時の記憶を喚び起した。
 私は、その時、その光景や、女の姿など、ハツキリとした記憶をまざまざと目に浮べて見ながら、それが本當にあつたことか、又、生れぬ先にでも見たことか、或は幼い時分に見た夢を、何かの拍子に偶と思ひ出したのか、どうにも判斷が付かなかつた。」
「夢に見たのか、生れぬ前に見たのか、或は本當に見たのか、若し、人間に前世の約束と云ふやうなことがあり、佛説などに云ふ深い因縁があるものなれば、私は、その女と切るに切り難い何等かの因縁の下に生れて來たやうな氣がする。」
「若し、その女を本當に私が見たものとすれば、私は十年後か、二十年後か、それは分らないけれども、兎に角その女に最う一度、何所かで會ふやうな氣がして居る。確かに會へると信じて居る。」





































































































泉鏡花 『鏡花全集 巻廿七』

「凩や天狗が築く一夜塔」
(泉鏡花)


泉鏡花 『鏡花全集 巻廿七』

岩波書店 昭和17年10月20日第1刷発行
/昭和51年1月6日第2刷発行
830p 目次5p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,600円
正字・正かな/本文総ルビ

月報27(16p):
鏡花の旅(川村二郎)/鏡花自筆原稿解析2(鈴木勇)/思ひ出話 番町の先生(寺木定芳、昭和17年4~5月『鏡花全集巻十二・十六』月報より再録)/編集室より/図版5点(作品集「櫻草」大正2年3月刊/十和田湖紀行、昭和2年8月/昭和10年11月、鏡花夫妻と水上瀧太郎父子/逗子岩殿寺句碑「普門品ひねもす雨の櫻かな」/短冊「わか戀は人とる沼の花あやめ」)



目次

 小品
神樂坂七不思議 (明治28年3月)
妖怪年代記 (明治28年3月―6月)
鐵槌の音 (明治30年6月)
迷子 (明治30年8月)
十萬石 (明治30年10月)
怪談女の輪 (明治33年2月)
森の紫陽花 (明治34年8月)
山の手小景 (明治35年12月)
術三則 (明治39年2月)
聞きたるまゝ (明治40年2月)
花間文字 (明治41年4月)
妙齡 (明治41年5月)
錢湯 (明治42年12月)
松の葉 (明治43年1月)
畫の裡 (明治43年12月)
麥搗 (明治43年12月)
鑑定 (明治44年3月)
人參 (明治44年5月)
一席話 (明治45年1月)
唐模樣 (明治45年3月・6月)
廓そだち (明治45年5月)
みつ柏 (大正3年3月)
雛がたり (大正6年3月)
五月より (大正8年5月―12月)
月令十二態 (大正9年1月ー2月)
番茶話 (大正11年5月)
婦人十一題 (大正12年1月―11月)
くさびら (大正12年6月)
祭のこと (大正12年8月)
露宿 (大正12年10月)
十六夜 (大正12年10月)
間引菜 (大正12年11月)
春着 (大正13年1月)
湯どうふ (大正13年2月)
二三羽―十二三羽 (大正13年4月)
玉川の草 (大正13年10月)
火の用心の事 (大正15年4月―5月)
眞夏の梅 (大正15年9月)
麻を刈る (大正15年9月―10月)
深川淺景 (昭和2年7月―8月)
鳥影 (昭和3年1月)
九九九會小記 (昭和3年8月)
木莵俗見 (昭和6年8月)
若菜のうち (昭和8年2月)

 紀行
彌次行 (明治32年12月)
熱海の春 (明治35年1月)
城の石垣 (明治35年2月)
吉浦蜆 (明治36年2月)
道中一枚繪 その一 (明治37年1月)
道中一枚繪 その二 (明治38年7月)
左の窓 (明治37年7月)
日記の端 (明治38年5月)
大阪まで (大正7年10月)
七寶の柱 (大正10年7月)
飯坂ゆき (大正10年7月)
雨ふり (大正13年7月)
玉造日記 (大正13年7月―9月)
栃の實 (大正13年8月)
城崎を憶ふ (大正15年4月)
十和田湖 (昭和2年10月)
御存じより (昭和3年1月)
啄木鳥 (昭和3年1月)
十和田の夏霧 (昭和5年11月)

 唄

 俳句




◆本書「俳句」より◆

「 春

おぼろ夜(よ)や片輪車のきしる音

花李(はなすもゝ)美人の影の靑きまで

 夏

五月雨や尾を出しさうな石どうろ

黑猫のさし覗きけり靑簾

わが戀は人とる沼の花菖蒲(はなあやめ)

 秋

稻妻(いなづま)に道きく女はだしかな

木犀の香に染む雨の鴉かな

山姫やすゝきの中の京人形」

 冬

凩(こがらし)や天狗が築く一夜塔(いちやたふ)

路傍(みちばた)の石に夕日や枯すゝき」































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本