Sylvia Plath - The Bell Jar

2012年1月21日


Sylvia Plath - The Bell Jar

A Bantam Windstone Book, Bantam Books, New York, 1981, 8th printing 1988
216pp, 17.2x10.7cm, paperback
incl. "Sylvia Plath: A Biographical Note" by Lois Ames, with eight previously unpublished drawings by Sylvia Plath.



ガスオーブンに頭をつっこんで自殺したアメリカの詩人シルヴィア・プラスの自伝的長篇小説『ベル・ジャー』。


the bell jar 1


the bell jar 2


the bell jar 3


シルヴィア・プラスが描いた絵が巻末の解説文中に掲載されています。
わりときっちりとしたスタイリッシュなイラストです。
 
 
the bell jar 4


以前、中野の晴屋書店で見かけたので買いました。アメリカのペーパーバックは実にいいかげんです。章末、ページ数節約のためでしょう、行数を増やしすぎて、最後の行の活字の下半分が切れてしまっています。とてもプロの仕事とは思えません。 


ところで本書の表題の「ベル・ジャー(Bell Jar)」ですが、置時計などにかぶせるドーム型のガラスケースのことです。統合失調症の、現実感を喪失した離人症状態を表現しています。わたしも子どものころ、学校、特に体育や朝礼、社会科見学、遠足などに行くと必ずベル・ジャーがかぶさってきて、たいへん困りました。今では一年中かぶさっているので、雨など降ってきてもぬれないので便利です。


"... because wherever I sat - on the deck of a ship or at a street cafe in Paris of Bangkok - I would be sitting under the same glass bell jar, stewing in my own sour air."

「だってたとえば船のデッキとかパリやバンコックのカフェとか、そんな所にいたって、私はおんなじガラスのドームケースに閉じ込められて、このイヤな気分を噛み締めていなきゃならないんだから。」

  
ところで、わたしはミルトンとかドライデンとかそのへんの古くさい詩人が大好きなのですが、ミルトンは『失楽園』の悪魔(ルシファー)に、「何処へ逃げてもそこが地獄だ。私自身が地獄だからだ。(Which way I fly is Hell; myself am Hell)」と、ゴスな萌えゼリフを言わせているのです(『失楽園』はどういう本かというと、『人間失格』みたいな本です)。


"To the person in the bell jar, blank and stopped as a dead baby, the world itself is the bad dream."

「死児のように、からっぽで時間感覚の欠如したガラスケースの中に閉じ込められている人間にとって、世界そのものが悪夢なのだ。」


本書には、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を読むくだりがあって、フィネガンの最初の方にカミナリの擬音が出てきますが、本書の主人公が、あの文字数をかぞえて、「ちょうど百字だ、これは何か意味があるに違いない」とか考える場面があります。数をかぞえてしまう、というのが泣かせるのですが、それはともかく、ジョイスの『ユリシーズ』にも「歴史は悪夢である(History,' Stephen said, 'is a nightmare from which I am trying to awake.)」とあり、ジョイスは時間的、プラスは空間的、しかしいずれにしてもこの世は悪夢であるという認識です。
関係ないですが、ジェスロ・タルの「ジェラルドの汚れなき世界」には「僕は僕自身の悪夢なのだ(I'm a bad dream that I just had today)」という歌詞があるのです。


"How did I know that someday - at college, in Europe, somewhere, anywhere - the bell jar, with its stifling distortions, wouldn't descend again?"

「いつか、大学に行ったとしても、ヨーロッパだろうとどこだろうと、またあのガラスケースが、胸苦しい歪(ひず)みを伴なって、覆い被さって来ないとは限らないではないか。」


油断大敵なのです。










































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Sylvia Plath - Collected Poems

Sylvia Plath - Collected Poems
Edited with an Introduction by Ted Hughes


Faber and Faber, London, 1981
351pp, 24x16cm, hardcover, dust jacket

   

シルヴィア・プラス詩集成。フェイバー&フェイバー社。習作詩篇を含む全詩集。
 
 
sylvia plath collected poems1
 
 
sylvia plath collected poems2
 
 
Edge

The woman is perfected.
Her dead
 
Body wears the smile of accomplishment,
The illusion of a Greek necessity
 
Flows in the scrolls of her toga,
Her bare
 
Feet seem to be saying :
We have come so far, it is over.
 
Each dead child coiled, a white serpent,
One at each little
 
Pitcher of milk, now empty.
She has folded
 
Them back into her body as petals
Of a rose close when the garden
 
Stiffens and odors bleed
From the sweet, deep throats of the night flower.
 
The moon has nothing to be sad about,
Staring from her hood of bone.
 
She is used to this sort of thing.
Her blacks crackle and drag.

5 February 1963

 
 
シルヴィア・プラス最後の詩「エッジ」。
死んだ(自殺した)女性を主題にした詩。作者はこの詩を書いた六日後に自殺している。
 
鬱だが暇なので訳してみよう。
 
まずタイトルの Edge をなんと訳すか。崖っぷちの「ふち(縁)」、命のきわ、へり、
刃。
誤魔化そう。あとまわしにしよう。
 
The woman is perfected.
その女は完全になった。完璧になった。
なぜかといえば死んだからだ。
寺山修司によれば、人間は中途半端な死体として生まれてきて、一生かかって完全な死体になるのだ。
 
The illusion of a Greek necessity
ギリシア的必然性とはなんのことか。
英語版ウィキペディアに「History of suicide」という項目があった。キリスト教以前のギリシアやローマは自殺に対して寛容だった、しかしピタゴラス、アリストテレス、プラトンは自殺を罪とみなした、人間の体は神のもの、それを自ら傷つけるのは神に逆らうものであると。ソクラテスは人間には自殺する権利はないと言っている、「ただし神が自殺の必然性を与えた場合は別だ」( "...unless God sends some necessity upon him")。
 
her toga
トーガは古代ローマ人なんかが着てるやつだ。アメリカには Toga party というのがあるそうだ。ベッド用シーツでトーガを作ってビーチサンダルを履いてローマ人気取りでパーティをやるのだろう。アメリカ人は馬鹿だ。それはともかく、この詩のトーガはベッドシーツの比喩なのだろうか。作者がこの詩を書いた直後に自殺しているから、この詩の主人公も作者自身なのではないかと思ってしまうが、もしかしたらこの詩に出て来る the woman はクレオパトラとか歴史上の人物なのかも知れない。クレオパトラの死をテーマにした詩なのかもしれない。蛇とか出て来るしな。
 
「Her dead / Body」「Her bare / Feet」は日本の定型詩でいえば語割れ・句またがりの手法。「死-体」「裸-足」。
 
「We have come so far, it is over.」、死んだ女の人の足のセリフなので、足らしく訳さなくてはなるまい。
 
「Each dead child」、よくわからない。死んだ子供がいるとしたら無理心中だ。しかも複数だ。しかも蛇みたいにとぐろを巻いている。 「a white serpent」というのは女の人の指の比喩かもしれないが、蛇そのものかもしれない。
 
「little / Pitcher of milk」は「乳房」のことだろう。「She has folded / Them back」の them が何を指すのか。children か。pitchers of milk か。後者だと思うが、誤魔化そう。
 
「as petals / Of a rose close when the garden / / Stiffens and odors bleed」
ブンポー的には、「the garden」が「stiffen」して「odors」が「bleed」する時、「petals」が「close」するように、だと思うが、ここはあえて誤訳しようと思う。
「the garden」が「stiffen」するというのは、死後硬直(Rigor Mortis リゴル・モルティス)だ。
 
「The moon has nothing to be sad about」
月は無慈悲な夜の女王。ここも意訳しよう。
最後の二連の「she」は「月」だろう。
夜のことを「Her blacks」(月の喪服)と表現している。
 
そういうわけで訳詩、の下書き。
 
 
 
「エッジ」
 
女は今や完璧だ。
彼女の死-
 
体は成就の笑みをたたえ、
ギリシア的必然の幻影が
 
彼女のトーガの渦に流れている、
彼女の裸-
 
足は言い交しているようだ、
ここまで歩いてきたが、もう終わりだ、と。
 
死んだこどもたち、とぐろを巻く白い蛇は
今は空(から)になった
 
乳房のあたりに。
彼女はそれを自分の
 
身体の中にしまいこんだ。
庭がこわばると(=夜になると)閉じる薔薇の
 
瓣(はなびら)のように そして(死の)香気は
血のように、甘美な夜の花の深奥から溢れ出る。 
 
骨の(ように蒼白な?)頭巾の陰から見つめている
月は悲しみのそぶりさえ見せない。
 
何度もこのような場面に立ち会ってきたのだ。
月の喪服は衣擦れの音をたて、重く引きずられる。

 
 
 
 
シルヴィア・プラスはアメリカの女性詩人。統合失調症。ガスオーブンに頭を突っ込んで自殺しました。
ごく初期の詩、この本では最初から三つめに出てくる「追跡(Pursuit)」からして既に、豹に追いかけられて、逃げてもどこまでも追いかけてきて、塔(tower of my fears)に逃げ込んで扉にかんぬきをかけて閉じこもって、階段を上ってくる豹の気配に息を殺しているという、対人恐怖症の詩です。ちょっとポーみたいな言葉の使い方をしています。
 
 
 
Sylvia_plath.jpg
 
シルヴィア・プラス、1957年。Wikipedia より。 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 

 
  
 

 
 
  
 

  

  
 
 

 
 
 
 
 
  
 
 
 

 
 
 


プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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