T・G・E・パウエル 『ケルト人の世界』 (笹田公明 訳)

T・G・E・パウエル
『ケルト人の世界』 
笹田公明 訳


東京書籍 1990年7月11日第1刷発行
297p 口絵(カラー)8p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,500円(本体2,427円)
装幀: 東京書籍AD



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、T・G・E・パウエルによる “The Celts”(Thames & Hudson, 1980 New Edition)の日本語訳である。(中略)原著は最初、テームズ&ハドソン社から一九五八年に出された「古代の人々と土地」シリーズ(全六巻)のうちの一つとして出版されたが、改訂版として単独で同社から一九八〇年に復刊された。本書はこの改訂新版を全訳したものである。」

スチュアート・ピゴットによる「新版へのまえがき」より:

「一九五八年に出版されたT・G・E・パウエルの「ケルト人」は、この古代のヨーロッパ人に関する初めての博識かつ学術的な論文であった。それは、考古学上の証拠と文学上の証拠を結びつけたものであり、分かりやすく書かれているうえに、図解も豊富に入れられている。本書は学者および一般の人々の間で熱烈に支持されており、ケルト人研究に多くの進展があったものの、二十年後の今日も本書に取って代わるものは出ていない。著者自身による改訂は、その死により不可能になったので、一九五八年版のものをそのまま「古代の人々と土地」シリーズの新しい体裁に合わせて(ただし図版を増やした)再出版することが決められた。」

口絵図版(カラー)12点、本文中写真(モノクロ)97点、図38点。


ケルト人の世界1


帯文:

「Barbarian Europe
未開のヨーロッパにたくましく生きた
「幻の民」の実像に迫る!」



帯背:

「ヨーロッパ先住民の
生活・芸術・宗教」



帯裏:

「本書は、歴史学、考古学、言語学のさまざまな証拠を駆使して、東のバルカン半島からフランス、スペイン、そして西のイギリス、アイルランドにいたるまで「未開のヨーロッパ」に生きたケルト人の生活、芸術、宗教全般を鮮やかに描いている。従来、「幻の民」と呼ばれてきたケルト人を、その起源から最後の軌跡まで、初めて総合的に解説した記念碑的名著である。カラー口絵はじめ160点に及ぶ写真・図版を掲載。」


ケルト人の世界2


目次:

はじめに
新版へのまえがき (スチュアート・ピゴット)
主要年史表 (考古学上)/(歴史上)

第一章 ケルト人を求めて
 情報源と定義
 古代史の中のケルト人
 ガリア人
 ガラテア人
 ベルガエ族
 ブリテンとアイルランド
 ヨーロッパ先史時代の背景
 新石器時代の移住民
 牧農民の出現
 原始時代の金属使用
 「戦斧」とその背景
 馬
 インド=ヨーロッパ人
 「ビーカー」とその背景
 青銅器時代における人間集団の融合と連続性
 北方山岳文化圏
 「骨壺葬」文化の先駆者
 問題多き時代
 乗馬者と首領
 紀元前六世紀における民族としてのケルト人
 ブリテンへの移住
 アイルランドのケルト人

第二章 ケルト人の生活
 ケルト人の肉体的特徴
 服装
 装飾品
 ケルト人気質
 社会制度
 アイルランドの社会制度
 ガリアにおける社会制度
 農業経済
 居住地の対照
 ラングドック
 ブリテン
 アイルランド
 畑および農耕
 家屋
 砦と「町」
 穀物の貯蔵
 手工業と交易
 ワイン交易の文化的重要性
 「ラ・テーヌ」美術工芸
 ケルトの貨幣と現物交換
 価値の単位
 戦闘
 武勇
 戦闘方法
 裸のゲサタイ
 首狩り
 乗馬者
 英国諸島の武力闘争
 ケルト人の宴会

第三章 ケルト人の神霊
 ケルト人の原始的宗教
 年間行事
 部族神と自然神
 三組神
 神霊界
 ガロ=ローマ時代の記念物
 ローマ時代のブリテン
 その土地本来の神の具象化法
 聖なる円柱と木
 聖なる区域
 ケルトの社
 ローマ=ケルトの神殿
 雄牛と猪の彫像
 供物の堆積
 供犠
 魔術師と聖人
 口述学習

第四章 ケルト人の軌跡
 キンブリー族とチュートン族
 「ゲルマン人」
 古代チュートン人
 デンマークでのケルト出土物
 チュートン人のケルト人からの借用
 ローマ後のケルト的伝統
 ローマのブリテン
 カレドニア人とピクト人
 スコットランド人
 ブルターニュ人の起源
 「ゲール人」の起源
 連続性の糸

訳者あとがき

写真類の補遺説明
参考文献
索引



ケルト人の世界3



本書より:

「古代アイルランドの言語と文献の体系的な研究は、ここ数百年のことにすぎないし、ある点ではほんの予備研究が完成したにすぎない。法律的な論文、叙事詩的で神話的な物語のいくつかの内容は、先史時代からつづくアイルランド人の生活を照らし出し、大陸のケルト人に関する多くの古典的な言説に解明の光を与えている。また、それは言語学の分野に劣らず、インド=ヨーロッパ人の慣習と神話学のもっと広範な分野に、重要な比較のための資料を提供している。アイルランドのケルト人は、インド北部のアーリア人がインド=ヨーロッパ人の東洋の要塞でありつづけたように、インド=ヨーロッパ伝統の西縁部の要塞でありつづけた。地理的には中間にあるその共通の親が消えたにもかかわらず、これらは長い間生き残った。」

「ケルト人は、今日ではキリストに先立つ千年間のうち前半の方の数百年間に、アルプスの北の地域に姿を現した結合のゆるい未開民族として論述されている。
社会制度や言語における共通の要素をはじめ、物質文化と農業経済における共通の要素は、すべてはもっと昔の地域的な共同体と、少なくとも部分的には侵略的な骨壺葬文化の人々との混交に由来するものであるが、それらの共通の要素は、主としてハルシュタットの墳墓とラ・テーヌ文化に代表される王朝の興隆とともに、相互に結合しあったものと思われる。紀元前五世紀と四世紀にケルト人は最も栄え、ヨーロッパの全域に広がった。彼らは最終的にはカエサルの手で死命を制せられたのであるが、そうなったことについては特別の原因はなく、自然に衰退しつつ事実上大陸では忘れられる運命をたどった。そしてケルト人という名称ではなく、その土地土地の呼称の下にケルト的遺産を保持していた人間集団が、中世に入っても生き残ったのは、ブリテンと最後にはアイルランドにおいてのみであった。」

「ケルトの女神たちは土地とか領地に結びついているのであって、その土地が占領されれば女神も同じ運命をたどって、懐柔されたり、征服されたり、はたまた奴隷化されたりもしたのである。女神たちは豊饒と破壊的側面の両方を表しており、太陽と月はもとより、動物形象や地形学でも象徴化され得るものであろう。
その当時、女神たちはサァオイン祭で嘆願されるべき神霊の力であったが、その前日の夜こそが、この世界が魔術の力によって蹂躙されると考えられた一年の内の大変な時であった。不思議な軍勢が洞穴や塚から発進し、個々の人間はこれらの王国に受入れられたのであろう。一方、王家の砦に向かっては怪物たちによる炎と毒の攻撃がなされた。」



ここでいったん本書よりの引用を中断しますが、これは「ハロウィン」の起源とおぼしいケルトの祭儀について述べている文章ですが、「個々の人間はこれらの王国に受入れられたのであろう」という訳文の意味がよく分りません。ネットでさくさくっと検索してみたところ、原文が見つかりました。

「......the night of its eve was the great occasion in the year when the temporal world was thought to be overrun by the forces of magic. Magical troops issued from caves and mounds, individual men might even be received into these realms; whilst against the royal strongholds, assaults by flame and poizon were attempted by monsters.」

訳文の無味乾燥にひきかえ、これはうっとりするような名文ではありませんか。「magical」「mounds」「men might」 etc. の「m」音と、「received」「realms」「royal」 etc. の「r」音が、「s」音の火花を散らしつつ交錯し、掉尾の「monsters」に向って収斂していきます。リア充人間たちの常識という傲岸な砦を打ち砕くべく魔物の群れが「時は今」とばかりに攻撃をしかける。じつにわくわくするではありませんか。がんばれモンスター。くたばれ人類。
失礼しました。
「the temporal world」「royal strongholds」は人間たちの領域である現世・世俗世界、「these realms」「caves and mounds」は魔物たち「Magical troops」の世界、従って、「これらの(魔物の)領域に迎え入れられる人間もいたかもしれない」のようになるかと思います。

本書よりの引用を続けます。


「男性神でも女性神でもケルト人の神々のもう一つの特徴は、三組神(トライアッド)になっていることである。(中略)三組神というのは、三つで一つの神になっていることと考えがちだが、そうではなく、また三つの別々の神が結合しているという考えのものでもない。実際のところそれは、個々の神の途方もない力を表現したものである。それは「三というものが持つ力」になぞらえることができよう。三という数字は、インドでも同様に、ケルト人の世界を越えてはるかに神聖で縁起のよいものであった。」

「魔術師の力が主にいかなる能力にあると考えられたのか。それは、見えないものを見る能力、人より先に知識を得る能力であった。
アイルランド語の言語研究が示しているように、知識は「見る」ということであった。そしてこれは、恍惚状態、精神錯乱、あるいはある種の鼓舞された霊感を通して達成されたのである。
恍惚状態の最も興味ある実例の一つは、タラで新しい王を選んだ時の物語の中の一頭の牛が殺されドルイドがその肉を貪り食う、というものである。その後ドルイドは恍惚状態に陥り、その間彼の上で呪文が唱えられた。正気に戻ると彼は、正当な権利の主張者のうち誰がタラに登位するかを予言することができた。この儀式はターブフェイス、すなわち「牛の夢」として知られている。熱狂、恍惚、自分の姿を意のままに変えること、呼称はどうあれこれらはすべて、ケルトの魔術師とユーラシア北方地帯のシャーマンとの間に、ある種の関係が存在することを示している。」






























































スポンサーサイト

フロリス・ドラットル 『妖精の世界』 (井村君江 訳)

フロリス・ドラットル 『妖精の世界』 
井村君江 訳


研究社 1977年1月10日印刷/同15日発行
378p 口絵(カラー)i 図版(モノクロ)6p
四六判 丸背紙装上製本 カバー 定価2,000円



本書「訳者あとがき」より:

「本書の原題は Floris Delattre, English Fairy Poetry, from the origin to the seventeenth century (London, Henry Frowde, 1912) で、そのまま訳せば「イギリス妖精詩――起源より十七世紀まで」となろう。イギリスに古代から存在したと想像されていたさまざまな種類の妖精を、その発生から十七世紀まで、主として「チュートン神話のエルフ」「ケルト伝説のフェアリー」「アーサー王伝説のフェ」の三点に集約しつつ、口碑や信仰の形で、あるいは歌謡(バラード)や物語など伝承の形で民間に伝わるものと、純文学作品のなかに摂り入れられたものとを、時代思潮のなかに浮かしつつその変遷を辿ったもので、これはいわばイギリスにおける妖精の誕生とその運命の研究と見られよう。だが、主として取り扱われている『ベーオウルフ』やチョーサー、ミルトン、スペンサーやシェイクスピア、ドレイトン、ヘリックなど、イギリスの主だった詩人たちの作品を「妖精詩(フェアリー・ポエトリー)」という名称で包括して呼ぶことはわが国ではまだ不慣れである。さらに各々妖精についてできるだけ解説をするなど紹介に努めたので、本書を総括的に『妖精の世界』と名づけた。」

序論として比較文学の島田謹二による著者評伝、訳者による妖精論と妖精小辞典、訳者の選択による別刷図版(美術作品を主とする)が収録されている。
(図版のうち、バーン=ジョーンズ「マーリンの惑わし(Beguiling of Merlin)」の作者名とタイトルが、誤ってウィリアム・モリス「王妃グイネヴィアとマーリン」と表記されている。)


妖精の世界1


帯文:

「ヨーロッパの神話・伝承等と深く結びつきながら、イギリス文学に豊かに息づく これら超自然的生きものたち! チョーサー、シェイクスピア、ベン・ジョンソン、ヘリックらの詩に、またバラードや民話の中に その誕生を運命を辿った 稀なる妖精の研究
付――「妖精小辞典」 各種の妖精、幻獣、悪魔等を収録。」



帯背:

「詩の中に生きる
フェアリーたち!」



帯裏:

「……イギリスの妖精は、イギリス人の人柄を、小さな微妙な尺度に縮めてそっくりそのまま伝えてくれる。イギリス文学の大家たちはたえずその詩の国の中に妖精たちを出没させている。妖精こそ彼らの魂のそこはかとない感動を代わって伝える存在なのである。微妙な想像力の夢という夢、とこしえにはっきりつかまえられない限りない憧れ、全てこの世のものならぬありとしもなきものへの情熱――総じてケルト的と言われるものの趣が、そこに浮かんでいるではないか。…… 
(「序論――ドラットル教授とその学風」 島田謹二)」



妖精の世界2


目次:

序論――ドラットル教授とその学風 (島田謹二)

まえがき
第一章 エルフ、フェアリー、フェ
第二章 初期のフェアリー詩
第三章 エリザベス朝のフェアリーたち
第四章 『夏の夜の夢』
第五章 シェイクスピア後のフェアリーたち
第六章 ドレイトンからヘリックへ
結論

英国妖精流離譚 (井村君江)

訳者あとがき
引用文出典および訳注
妖精小辞典
参考文献
索引



妖精の世界3



本書より:

「この小論は――同じ著者によるロバート・ヘリック研究の補足として見ていただきたいのだが――イギリス諸島におけるフェアリー神話(ミソロジー)を、イギリスの詩との関係において、またイギリスの詩に及ぼした影響といった面から考察することを目的としており、それ以上のねらいはない。最初期の民間信仰(フォーク・ビリーフ)のなかで、まだ粗野で漠然とした形をとっていた頃に始まって、十七世紀の巧緻きわまる作品群に至り、そこで事実上の終焉をむかえるまでのフェアリー詩の発展の各段階をあとづけてみたい、というのが著者の意図である。本書では、フェアリーという題材の形成と変化と凋落とを批評的に概観すること――言いかえれば、民間伝承(フォークロア)が芸術的な詩になってゆく歴史的経緯の一歩一歩を明らかにすることに重きがおかれている。」

「エルフたちは明確に分類できる二つの集団を形づくっている。一つは「明るい(ライト)」エルフで、「太陽よりも輝かしい」光と空のエルフであり、もう一つは「暗い(ダーク)」エルフで「瀝青より黒く」、森や山の洞穴に住んでいる。「明るいエルフ」は色白くか弱く微妙で、あるものはまばゆいばかりに美しく、月の光をあびて時おり長い金色の髪の毛を梳(くしけず)っていたりする。「暗いエルフ」は奇形で、その外観はほとんど一寸法師のようであり、頭は不恰好で猫背なので、言うまでもなくひじょうに醜い。「明るいエルフ」も「暗いエルフ」もどちらも多くの仲間と群れをなして暮らしている。真夜中の草原で楽しく歌ったり踊ったりすることを好む。(中略)エルフたちと人間との交渉は、いつもうまくいくとは限らない。彼らは知恵をしぼって人間をからかったり、困らせたりすることが好きである。姿を消すこともできるので、いろいろな手を使って人間に悪戯をしかける。(中略)こうした悪戯好きのところが徹底していって、しばしば極端な悪意におちこむことがないわけではない。「良い人たち」とか「良い隣人たち」とか人びとは彼らをなだめるように呼ぶのだが、時には、(中略)娘をさらっていったり、まだ洗礼を受けていない赤ん坊を揺りかごから盗み、代わりに醜い奇形児を置いていったり、また人間や動物を急に病気にしたりする。だが多くの場合、そんなに根性の悪いことはしない。田舎の人びとと平和に暮らして、彼らはできるだけその家族の仕事、とくに家事の手伝いをする。」

「この「明るい(ライト)」エルフと「暗い(ダーク)」エルフには類似点がある。(中略)こうしたエルフたちはみな、悪意をもっているにせよ、ややいたずら好きであるにせよ、人間を恐れている。(中略)エルフが人間たちに対して示す気持は、善と悪、親切と欺瞞、といったものが奇妙に入り混った感情であり、これらは敵意ある恥じらいとでもいうようなもので、そこに何か異教的な感情が含まれているので、キリスト教徒たちと彼らたちの率直なつきあいはむずかしくなっている。エルフたちはチュートン神話の主な特性である悲しくて暗い人生観を同じように持っている。悪意ある悪魔たちと親類ではないにせよ、この見るからに気味の悪い超自然の生きものたちは自分たちの置かれた低い状態をひどくひがんでいるので、エルフ教義(クリード)の全体を通して、沈鬱な真面目さや、自分の運命をにがにがしく思う感情がその底には流れている。」

「『詩人(ライマー)トマス』の場合のように、同一の主題が時おり、歌謡(バラード)と中世騎士物語(ロマンス)の両方に現われることがある。(中略)この二つはともにトマス・オヴ・アーセルドゥーンのフェアリー国(ランド)への旅を物語っている。彼は、十四世紀の初めに歌謡作者(ライマー)、すなわち詩人(ポエット)および予言者(プロフェット)としてよく知られた男である。

 誠実なトマスは不思議なものを見た、
 ハントリーの堤に身を横たえているときに、
 輝くばかりに美しいひとが、
 エルドンの木のあたりまで、
 馬に乗ってやってくるのを。
 
 そのシャツは草のような緑の絹、
 そのマントは美しいビロード、
 その馬の立て髪の先からは、
 五十九の銀の鈴が下がっていた。
 彼女はトマスに勇気を出して口づけをするようにと言う。

 「さあ、わたしといっしょにゆくのです、
 誠実なトマスよ、いっしょにゆくのです。
 どんなことが起こっても、
 良かれ悪しかれ七年のあいだは、
 わたしに仕えなければなりません。」

彼女は乳白色の馬のうしろに誠実なトマスを乗せ、エルフの国を指して走り去った。(中略)彼はそこに七年のあいだ、ひき留めておかれた。そこで歌謡(バラード)は終わりになる。中世騎士物語(ロマンス)のほうでは、情け深いフェアリーの女王はトマスを危険から守らんとして、地獄の邪悪な悪魔(フェンド)が、七年ごとに女王が治めている人びとのところに、フェアリーの国の人たちが支払うことになっている報酬「十分の一税(ティーンド(ケーン))」を取りにやって来る前に、急いで彼をこの世に送り返すという次第が語られる。エルフの女王はトマスに、危険に満ちた恋の思い出として、予言の才能を授ける。
さまざまな要素がこの伝説的な物語のなかに認められるはずである。人間が黄泉の国(ネザー・ワールド)に旅するという伝説は、民間信仰においてはありふれたものであるが、このことはユリシーズが冥府(ハーデス)を訪れたこと、あるいはアエネーイスが冥土(インフェルヌス)を訪れたことと正確に対応している。」
「トマスがフェアリーの女王に目をかけられ、彼女にその不思議な国に連れて行かれたことは、〈モルガン・ル・フェ〉がデーン人オジアを連れ去り、彼には二十年と思われた二百年間をアヴァロンでともに暮らしたという、アーサー王伝説のもう一つの翻案である。」
























































バーナード・ミーハン 『ケルズの書』 (鶴岡真弓 訳)

バーナード・ミーハン 
『ケルズの書』
鶴岡真弓 訳


創元社 2002年4月10日第1版第1刷発行
102p 25.5×19.5cm 角背紙装上製本 カバー 定価3,200円+税
Bernard Meehan : The Book of Kells



本書「『ケルズの書』とケルト芸術」(鶴岡真弓)より:

「『ケルズの書』は、いまからおよそ1200年前、スコットランドとアイルランドのケルト系修道院の連携で完成された「福音書」の写本である。華麗な装飾や挿絵に彩られたページが、ウルガタ版ラテン語訳の本文(テキスト)ページに挿入されている。典礼に用いられただろうその大型の書物は、装飾の緻密さ、文様表現の伝統、色彩の豊かさ、書体の美しさなどから、「装飾写本芸術」の最高峰と称えられている。(中略)ケルズの修道院に伝来し、その後17世紀以来今日までアイルランド共和国の首都にあるダブリン大学トリニティー・カレッジ図書館に保存されてきたのである。
本書は、(中略)同カレッジの写本管理者にして研究者バーナード・ミーハンによる入門書 The Book of Kells, An Illustrated Introduction to the Manuscript in Trinity College Dublin, thames and Hudson Ltd, London, 1996(初版1994)の全訳である。」


図版117点(カラー109点/モノクロ8点)。


ケルズの書1


帯文:

「ケルト美術の最高傑作である聖書写本の
装飾の神秘を読み解く、わが国初の手引。
細部の信じがたい精緻さと奇想をカラー図版でたどる―螺旋文様、
組紐文様、人間と動物のモティーフ、
この上ない厳粛さとユーモアの結合。」



帯背:

「ケルト文化の象徴」


ケルズの書2


目次:

『ケルズの書』とその背景
装飾の表現――影響と類似
装飾ページの構成
装飾の目的
装飾のテーマ
 聖書と十字架
 天使たち
 福音書記者とその象徴(シンボル)
 聖体のシンボル
 キリストとそのシンボル:魚、蛇、獅子(ライオン)
 孔雀と鳩
 テキストと装飾絵図
 人間像とその動作
 小さな「動物」装飾
写字生と芸術家
制作の期間
羊皮紙(ヴェラム)
筆記具と顔料
結び 神秘の芸術

歴史: 中世から近代へ
 1 『ケルズの書』とケルト系修道院
 2 失われたページと余白の書き込み

注に引用された文献

主な装飾ページの構成

『ケルズの書』とケルト芸術 (鶴岡真弓)

『ケルズの書』に関する邦文文献
凡例



ケルズの書3


本書「『ケルズの書』とケルト芸術」(鶴岡真弓)より:

「一目見ればだれにもわかるとおり、『ケルズの書』はどの細部も「ケルト文様」に覆われている。それは『ケルズの書』の審美的血統をあらわにした毛細血管となって、この写本の体内を駆け巡っている。文字も聖像も「渦巻文様」や「組紐文様」や「動物文様」に絡め取られることなくしてページは進まない。」
「しかし『ケルズの書』は文様に覆われているだけではない。装飾文様の森の中には、新しく棲みついた動植物の図像や抽象的な形態のシンボルが多数表われており、それらはキリスト教的な解釈によって意味付けられる可能性を豊かにもっている。まさに著者ミーハンが本書で試みるのが、それらを聖書的釈義やキリスト教思想に則って解読することである。」



ところで、本書の訳文、

「『リンディスファーン福音書』などの写本の多くには子宮の皮や生れて間もない子牛が使用されていて、」(p. 86)
「生後間もない子牛や子宮から採られた皮のみが見開き一枚分に使われ、」(p. 87)

で、「子宮の皮」「子宮から採られた皮」とあるのは、たぶん「uterine vellum」だと思いますが、それは生まれる前に子宮から取り出された子牛の皮のことです。


























































ロイド&ジェニファー・ラング 『ケルトの芸術と文明』 (鶴岡真弓 訳)

ロイド&ジェニファー・ラング 
『ケルトの芸術と文明』
鶴岡真弓 訳


創元社 2008年11月20日第1版第1刷発行
230p A5判 丸背紙装上製本 カバー 定価3,200円+税
装幀: 上野かおる
Lloyd and Jennifer Laing : Art of the Celts (World of Art Series), 1992



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、地中海文明の覇者であるギリシア・ローマとも交わり、かつそれとは対極の北方世界の想像力を発揮した「ケルト」の造形からその諸観念を読み解くもので、青銅器・鉄器時代から始まり、大陸のケルトの古代、島のケルトの中世を経て、19世紀から20世紀にリヴァイヴァルする、ケルト・デザインまでを見ていくものである。本書に紹介される作品群は、ケルト芸術のいわば3つの重要な素材であり技法である、金工、石彫、羊皮紙(写本)を主とし、加えて土器・木工・皮革から近代の印刷物までが取り上げられている。」

本文横組。図版多数。


ケルトの芸術と文明1


帯文:

「ユーロ=アジア世界をまたぐケルト文明
ケルトの人生と精神から生まれた
目くるめく作品群の神秘に
画期的な視野と丹念な記述で迫る。
図版212葉(うちカラー22葉)収載」



目次:

ケルト文明の源へ――ユーロ=アジア世界をまたぐ芸術 (鶴岡真弓)

著者まえがき

1章 ケルト文明とケルト美術
2章 ケルト美術の始まり
3章 ヨーロッパ大陸のケルト――ラ・テーヌ美術
4章 島のケルト――鉄器時代のブリテン島とアイルランドの美術
5章 ケルト美術のルネサンス 400年―1200年
6章 ケルティック・リヴァイヴァル

装飾と技法の用語集
主要参考文献
作品所蔵施設一覧

訳者あとがき――現代ヨーロッパの「ケルト」探求 (鶴岡真弓)

索引



ケルトの芸術と文明3



本書日本語版序文「ケルト文明の源へ」(鶴岡真弓)より:

「ヨーロッパ各地で発見されるケルトの神々の造形では、ギリシア・ローマやキリスト教のそれとは異なり、聖なる動物や水界の精霊などが数多くかたどられ、それらをみつめていると、ケルトがヨーロッパの古層において獲得した観念(アイデア)がストレートに伝わってきます。
それはいいかえれば、ゆえにケルトは、それが地続きであるところの「ユーラシア文明」の伝統と遺産を濃厚に伝えるヨーロッパにおける場所(ポイント)であるということです。私の用語で言いかえれば、ケルトの芸術と文明とは、「ユーロ=アジア世界」の観念と表現のエッセンスの架け橋たる層にある、私たちにも共有される財産なのだということです。
これは本書から徐々に見えてくる部厚い裏地です。読者が「大陸のケルト」に数多くの空想的動物文様(アニマル・スタイル)を見るとき、その裏地は表(おもて)に反転し東方に向かって浮かび上がってくるでしょう。ケルト芸術・美術のトレードマークともなっている渦巻文様も、ユーロ=アジア世界との関係なくば、手中にされることはなかったと考えられるのです。」
「本書は私たちに、ヨーロッパの文明として結実したケルトが、じつはユーロ=アジア的な文明に降り積もった表現や技法や生命観を共有、交換、再生させるかたちで、栄えていったこと。そうした交流的な成果を遺していったことを告げ知らせてくるでしょう。」



ケルトの芸術と文明2



本書より:

「一口に「ケルト美術」と言っても、その様式は変化に富んでいる。「ケルト」と聞いて連想される要素の多くは、ケルト本来のものというよりも、他地域kら取り入れた手法を微妙に変化させたもので、ケルトのもっとも顕著な特色は、その折衷主義と多様性にある。
たとえば、典型的なケルトの装飾とされる左右対称の〈組紐文様〉がケルト世界に登場したのは、実はかなり後のこと(6世紀末)で、当時すでに大陸のゲルマン人芸術家たちのパターン・ブックに取り上げられていた。その起源は地中海文化にある。つまり、ケルトはさまざまな時代にわたって、古代ギリシアや東方、ローマ、そしてヴァイキングの美術からも、いろいろな要素を借用し受容したのであった。」

「古典のものさしでは判断しきれないケルト美術の本質(中略)。自然界の鑑賞というものは必ずしも、それをそっくりそのまま模倣することばかりを言うのではなく、翻案するというやり方もあるのだ。」

「まず際立つ特徴のひとつは、ケルト美術の多くの作品に用いられる緻密さである。写本や金工品の複雑さや細やかさがよく指摘される。そして、そのような美術は、多くの人々に公にする目的で作られたものではなく、その機能は、およそ呪術的なものだったろう――たとえば、明らかに人に見せるのが目的でないブローチの裏にも、複雑な装飾が施してある。」

「「変容(トランスフォーメイション)」という特質は、ケルト人を限りなく魅了したようだ。」
「ある角度から見ればまったく抽象的なデザインが、違う角度からは顔に見える。抽象的な形が、目を凝らせば、角や目やくちばしに見えるのだ。」
「上下を逆にすることで全く違う顔が現われる――悲しげな老人の顔と見えたものが、逆から見ると楽しげな若い女の顔になり、1つの像の中に正反対のものが同居している。(中略)このような「形の変化」は、〈ラ・テーヌ最初期〉のケルト美術の重要な要素なのである。ケルト美術のデザインは、絶え間ない「変化」によって、呪術的な力を身につけたのだった。」
























































田辺保 『ケルトの森・ブロセリアンド』

田辺保 『ケルトの森・ブロセリアンド』

青土社 1998年4月20日第1刷印刷/同30日発行
275p 四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,400円(税別)
装丁: 中島かほる



1990年代に「ケルトブーム」があったわけですが、わたしが思うケルトと、人々が思うケルトとは、どうも違っていたようです。なぜならわたしは「エンヤ」がどうしても好きになれなかったからです。


ケルトの森1


帯文:

「ケルト文化と『アーサー王伝説』
偉大なる魔法使いマーリン、禁断の愛をつらぬく騎士ランスロット、可憐な妖精ヴィヴィアーヌ、そして勇壮無比のアーサー王などが躍動するケルトの森。豊饒な「物語」を胚胎してヨーロッパ文化の基層に横たわるケルトの精神の源泉を求め、時空を越えて旅する馥郁たる文学紀行。」



帯背:

「〈失われた物語〉
を求めて」



ケルトの森2


目次:

第一章 パンポンの森――ブロセリアンドの森をたずねる
第二章 アルモリカのケルト――森の人マーリンの登場
第三章 「バラントンの泉」をめぐる三つの物語
第四章 アーサー王物語とブルターニュ
第五章 「帰らずの谷」にて――ランスロとグニエーヴルの宿命の恋
第六章 トレオラントゥの神秘――「聖杯の探索」とは何か
付論 シモーヌ・ヴェイユと聖杯伝説

参考文献
地図・系図・年表
あとがき



ケルトの森3



本書より:

「ケルトの宗教は森の宗教であった。太古の森は、わたしたちの想像外の神秘や恐怖をたたえていたのではあるまいか。ドリュイドの神官は、この聖なる森に分け入り、そこで供犠と儀式を行なう資格を持っていた。かれらは、森の深い茂みに入りこみ、そこで残忍なエススの神に血にまみれた人身の犠牲をささげ、また、異様な憑依の状態になって、幻を見、狂気の淵におちいり、わが身を責めさいなんで苦痛と恍惚のうちに神の啓示を受けたという。いわば、シャーマンの修行を積んで、死と復活再生の荒行を実践したのである。その舞台が、暗く深い森であり、そこから生き返って帰ってきた者は他の人間には及びもつかぬ、卓越した力を授けられていたとされる。」

「ここで、わたしたちも夢を見なくてはならない。目をつむって呪文をとなえてみるのだ。青い水面は実はそのように見えているだけの幻であって、この湖面の透きとおった底には、ガラスの宮殿が深々と静まりかえっているのだと……不信な者の目には水面はただ鏡の役目を果たし、光をはねかえしているだけで、水のかなたにひそむものをついには見せてくれぬのだと……」

「コンコレの教会のところで道を左手にとり、ル・テルトル、クロゾンといった集落を通って約一・五キロで、ラ・リュ・エオンの村に達する。すなわち、十二世紀の有名な悪盗、また魔法をあやつり、人々をたぶらかしていた邪教の主エオン・ド・レトワール(星のエオン)がこのあたりに住んでいたというので名づけられた村である。エオンの弟子はコンコレ周辺にも広く巣食っていたらしい。どうやらパンポンの森には古く、こういった少々いかがわしく、妖しいにおいもする、邪法をあやつる連中がしきりに出没していたらしい。」
「一一四三年の冬は、ことに厳しい寒さだった。翌年春になっても凍った土はゆるまず、耕作はおくれた。不吉の兆であるハレー彗星が天に出現し、人々はおそれおののいた。フランス全土にわたり、二年つづきの飢饉にみまわれ、民衆の悲惨はその極に達した。ブロセリアンドの地方も例外ではなかった。
エオンという怪物は、この時期にあらわれたのである。」
「ブロセリアンドの森のそこここ、荒地や沼の一角に巣窟を設け、付近の村々、教会、修道院、城館を夜な夜な襲った。」
「そして、ついに、かれは自分こそは「生者と死者、そのすべてをさばく者」と誇称するにいたったという。(中略)エオンの妄想はふくらみ、次にはみずから「神の子である」との名のりを上げるまでになる。(中略)予言者的な託宣で人々の心を燃やしたて、とくに世の不満分子、疎外された者らを集めて、閉鎖的な信仰集団を結成する。(中略)天と地の媒介者の役をもって任じようとするエオン・ド・レトワールのねらいは、ドリュイドの教えを復活することにあったと論じる者もいる。」
「当時の一般社会からのはみ出し者、見放された者、志を得ぬ者などが主たる構成メンバーだったようである。確かにかれらは、世の教会から異端視される魔術めいた礼拝を行ない、不信仰と放蕩の所業に走り、盗み、略奪をこととし、バッカスの饗宴やサバトにふけった。だが、歴史家の記述は、かれらが殺人、放火、責苦などの残忍な行為をあえてしたことはまったく触れていない。もしかすると、エオンの一派は、権力を持ち富み栄えていた、当時の中枢的階層へのひそかな抵抗意識を抱きつつ結集した、精神的反体制派のマイノリティであったのかもしれないのである。」
「十二世紀は、フランス全土で、これも程なく異端のかどで弾圧の憂き目にあうカタリ派の教えが異様な広がりをみせていた時代である。(中略)厳しい二元論の教理に立ち、この世ではひたすら純粋性を追い求めていたこの教えが、どこかエオンの宗教とふしぎなエコーをひびかせ合うのを感じとらずにいられない。そのことはまた、はるかむかしに滅亡の道をたどったケルトの民の怨念と、今に伝えられるかれらの信仰の呪術的であり終末的であった本質ともひそかにつながっているとの直観にみちびく。ブロセリアンドの森の一角は、ことほどさように、スリルにみちた興趣を宿しているのである。」



ケルトの森4



















































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本