ピエール・ガスカール 『ネルヴァルとその時代』 入沢康夫・橋本綱 訳
「この時代の愚劣さは、まったく、何と並はずれた狂者たちを産みだしたことか! ネルヴァル、ペトリュス・ボレル、画家のグランヴィルやメリヨン、その他大勢。時代が、久しい間、彼らに自己を抑え、飛び立とうとする漠たる衝動を抑制し、社会の規則に身を屈することを強いたあげく、とうとう、彼らは、おのれの内に住む力によって、その力がついに解放されなければならなくなった日に、一気に別の世界へと運ばれる羽目になったのである。」
(ピエール・ガスカール 『ネルヴァルとその時代』 より)
ピエール・ガスカール
『ネルヴァルとその時代』
入沢康夫・橋本綱 訳
筑摩書房
1984年10月20日 初版第1刷発行
3p+324p 索引xvii
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円
本書「訳者あとがき」より:
「本書は、(中略)フランスの作家ピエール・ガスカール Pierre Gascar が一九八一年に発表した歴史ドキュメント、原題『ジェラール・ド・ネルヴァルとその時代』 *Gérard de Nerval et son temps (Gallimard) の全訳である。」
本文二段組。

帯文:
「映画『天井棧敷の人々』の時代、七月王政期前後のパリ文壇ジャーナリズムの中で生きた作家としてのネルヴァルを、単なる伝記としてではなく具体的な歴史ドキュメントとして活写した作品。翻訳権取得・本邦初訳。」
目次:
I
七月革命の担い手たち
青年ジェラールの身辺
近代化していくパリ
父への愛憎
ネルヴァルという筆名の選択
II
有産市民階級の肖像
アーケード商店街の簇生
「若きフランス」
サント=ペラジー監獄
ガロワと識り合う
劇場通い
III
当時の演劇熱
エスクースとルブラの自殺
ガロワの死
軍部を抱き込んでの体制強化
コレラの流行
IV
ジェニー・コロンとの出会い
デュマの夜会
劇の試作と売り込み
大通りの盛況と「あひる(カナール)」売りたち
トランスノナン通りの虐殺
V
イタリア旅行
ドワヤネ袋小路のボヘミアン生活
「演劇界」誌創刊
フィエスキ事件
VI
パリの新開地
『ピキッロ』初演
ジェニーとの恋と破綻
ドイツ旅行
秘密結社と神秘思想
文学の事業化
VII
ウィーン滞在
パリの政情
ブランキ、バルベース
ナショナリズムの振興
ベルギー旅行
王の肖像写真
狂気の予兆
Ⅷ
最初の発作
文学的狂者の役割
鉄道の発達
王太子の事故死
待機の時期
ジェニーの死
Ⅸ
東方旅行
父への手紙
フランスの植民地政策
工業技術の発展
ステレオグラフ
文字の強迫観念
Ⅹ
ヴァロワめぐり
ソフィ・ドーズ
コンデ大公の謎の死
カーニヴァルの飾牛行列
神秘的諸教説
Ⅺ
新聞人ソラールの商才
社会分化の進行
政府高官の金権的腐敗
二月革命
六月暴動
Ⅻ
「海賊(コルセール)」誌の批判
心身の不安定
夜のパリ歩き
ルイ=ナポレオンのクーデタ
幻想譚
ヴァロワの風光
レアリスムの時代へ
XIII
第二帝政下の世相
上流婦人たち
ソルムス夫人
ドイツへの最後の旅
芸術的同類(サンブラーブル)たち
XIV
ブランシュ病院
当時の精神医療
民謡
強引な退院
パリ放浪と窮乏生活
XV
セヴァストポリのトルストイ
セーヌの河岸
首都での異境ぐらし
ブルジョワ厳格主義
自殺への歩み
訳者あとがき (入沢康夫・橋本綱)
パリ街路等(および隣接市街地名)原綴索引
人名等原綴索引
◆本書より◆
「IV」より:
「タンプル大通りの、今日レピュブリック広場がひらけている箇所と、シャルロ通りが通じている箇所との間の部分では、民衆的なトーンがさらに強調される。これこそ、「犯罪大通り(ブールヴァール・デュ・クリム)」である。この呼称は、そのあたりに開場している数多くの劇場の、いつも変らぬ演目を成している血なまぐさいメロドラマを当てこすって、ジャーナリストたちがつけたものだ。大通りのこのあたりは、もっと手前の部分に比べると、いっそうのどかで、商人や職人やマレー地区の子供たちしか往き来しなかったものだ。やがて市場から移って来た見世物が掛小屋を立て並べた。そこへやって来た劇場は、それら見世物小屋と張り合うことになる。
そこでは、特に宵や日曜日には、さまざまな芸人が見られたものだった。魔法使のような星ちりばめた尖り帽子をかぶった手品師たち。その向うでは、太った女の腹の上に載せた切石を大槌で打ち砕いている男。また別のところには、帝政時代にパリ市民が娯しんだボベーシュとガリマフレの俄かを、良かれ悪しかれ再演する道化たち。きたない水を張った槽に入ったアフリカわに。剝製だが、首はなく、観衆が通りすがりに、古い緑のモロッコ革に似たその皮に手を触れていく人魚。お白粉を顔にぬりたくった大女は、テントの支柱に片手をかけて身を支え、自分の前を列をなして通っていく人々の頭ごしに、じっと眼を据えている。など、など。こうした展示や、パレードや、巧みなわざの開陳や、催眠術の実験などは、劇場の繁栄の前に、徐々に退潮して、年を追ってしだいに稀れになって行ったのである。だが、それらの見世物は、ここに観衆を集中させ、かなり雑ぱくな仕方ではあったにせよ、幻想に身をゆだねるすべを観衆に手ほどきしたことによって、もろもろの劇場に対して、いわば地盤を用意したのだった。」
「劇場は、あきれるほどやすやすと焼けている。まず最初は、一八二七年のアンビギュ座、そしてイタリア劇場(その管理責任者は窓から身を投げて自殺する)、シルク・オランピック座、等々。フット・ライトとして使われている数え切れないケンケ燈や、突出し燭台の蠟燭、また、耐火性の背景がないことなどが、明らかにその原因をなしているが、時としては、放火もあったようだ。だが、火によって壊滅した劇場は、ほどなく(ゲテ座の場合は、十ヵ月になるやならずで)、たいていは元の場所に、再び大地から立ち現れる。こうして再び現れることによって、こうむった災害を劇場史の一挿話に帰せしめ、それを、すべてが毎晩消え去っては次の晩に再び生れて来る、この幻覚世界に組み入れてしまうのである。子供向きの見世物、とりわけ、辻芸人や人形遣いや道化師によって提供されていた見世物の中では、特にパントマイムが生き残る。ガスパール・ドビュローの才能のおかげで、パントマイムは、これまでにまさる成功を収めさえする。あれほどまでに雄弁に――駄弁にさえも――走りがちだった、当時の作家たちは、身振り言語の比類なき効果を発見して熱狂し、新たな観衆をフュナンビュール座へひきよせたのだった。シャルル・ノディエは、ガスパール・ドビュローのために「金色の夢」という論考を書きさえもした。ジェラールは、一八四四年に、当時すでに落ち目になっていた犯罪大通りに関してかなり長い文章を書くのだが、その一八四四年までの間に、いくつもの記事の中で、この有名なパントマイム役者の讃辞を述べることになる。ドビュローによって血肉を与えらえたあのピエロ、素朴で不器用で、沈黙の言語の限りを尽しても空しく、いつも一杯くわされ、おのれの幻滅の証人になってもらえるのはお月様ばかりといった羽目に陥り、そして、一夜、あの『首吊りピエロ』のパントマイムの中でのように自殺にまでも立ちいたる人物に、彼が、自分ではそれを口に出して認めずとも、どうしておのれを同一視しないことがあろうか?」
「V」より:
「彼は、心ここにないのである。のちに、いくつかの著作の中で、彼は、昔の人々の信じていたところに従えば死が近いしるしだという自分の分身の出現をまのあたりにしたと考えて感じた恐怖を告白することになる。しかし、彼が常に生きているのは、その分身の内部においてではないのか。」
「VII」より:
「この時代の愚劣さは、まったく、何と並はずれた狂者たちを産みだしたことか! ネルヴァル、ペトリュス・ボレル、画家のグランヴィルやメリヨン、その他大勢。時代が、久しい間、彼らに自己を抑え、飛び立とうとする漠たる衝動を抑制し、社会の規則に身を屈することを強いたあげく、とうとう、彼らは、おのれの内に住む力によって、その力がついに解放されなければならなくなった日に、一気に別の世界へと運ばれる羽目になったのである。」
「VIII」より:
「ついに、オートヴィル通りの上に「青味がかった暈をかぶった赤い星」がのぼり、ジェラールはこれにある徴(しるし)、「サテュルヌの遠い星」を認め、この星によって示された方角へ歩き始める。そしてある頌歌を歌い始めるが、これは彼の言うところによれば「得も言われぬ歓び」で彼を満す。と同時に、寒さも感じないで、服を脱ぎ、それを自分の周りに投げ捨てる。半裸になっている時に、パトロールの巡査たちがやって来るが、彼はこれを兵士と思いこむ。そして何の抵抗もせずにカデ通りの交番へと連行される。
人間には、一切意味のない行動などあり得ない。たとえどんなに解りにくかろうと、狂気もまた何事かを語っているのだ。(中略)ジェラールは裸になることによって真実に対して復讐をしようとする。裸はまた原初の無垢への回帰を象徴し、かくして彼を不在の母へ再び結びつけ、再び見出された少年が母の胸で復権するための条件となって来るのだ。」
「XV」より:
「縊死は、ましてや外の通りでの縊死は、周囲の人たちや社会に対する無言の非難の意味合が大変強い自殺方法である。」
「こうして、ジェラールは冬の明け方のぼんやりした光のさすまで発見されはしないであろうと確信して、夜中に首を吊る。」
「縊死者はこうして(中略)、社会がずっと前からその無関心さと敵意によって暗黙のうちに彼に対して表明してきた死の命令に、ついには屈服してしまったのだということを、わからせることになる。(中略)この点に関しては、首吊りは、まだいくつかの国に残っている死刑執行の一様式をまねた唯一の自殺方法であり、縊死者は、自分の上にくだされたでもあろう不正な有罪宣告を先取りしてしまったようにも見える、ということも指摘しておかねばならない。」
(ピエール・ガスカール 『ネルヴァルとその時代』 より)
ピエール・ガスカール
『ネルヴァルとその時代』
入沢康夫・橋本綱 訳
筑摩書房
1984年10月20日 初版第1刷発行
3p+324p 索引xvii
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円
本書「訳者あとがき」より:
「本書は、(中略)フランスの作家ピエール・ガスカール Pierre Gascar が一九八一年に発表した歴史ドキュメント、原題『ジェラール・ド・ネルヴァルとその時代』 *Gérard de Nerval et son temps (Gallimard) の全訳である。」
本文二段組。

帯文:
「映画『天井棧敷の人々』の時代、七月王政期前後のパリ文壇ジャーナリズムの中で生きた作家としてのネルヴァルを、単なる伝記としてではなく具体的な歴史ドキュメントとして活写した作品。翻訳権取得・本邦初訳。」
目次:
I
七月革命の担い手たち
青年ジェラールの身辺
近代化していくパリ
父への愛憎
ネルヴァルという筆名の選択
II
有産市民階級の肖像
アーケード商店街の簇生
「若きフランス」
サント=ペラジー監獄
ガロワと識り合う
劇場通い
III
当時の演劇熱
エスクースとルブラの自殺
ガロワの死
軍部を抱き込んでの体制強化
コレラの流行
IV
ジェニー・コロンとの出会い
デュマの夜会
劇の試作と売り込み
大通りの盛況と「あひる(カナール)」売りたち
トランスノナン通りの虐殺
V
イタリア旅行
ドワヤネ袋小路のボヘミアン生活
「演劇界」誌創刊
フィエスキ事件
VI
パリの新開地
『ピキッロ』初演
ジェニーとの恋と破綻
ドイツ旅行
秘密結社と神秘思想
文学の事業化
VII
ウィーン滞在
パリの政情
ブランキ、バルベース
ナショナリズムの振興
ベルギー旅行
王の肖像写真
狂気の予兆
Ⅷ
最初の発作
文学的狂者の役割
鉄道の発達
王太子の事故死
待機の時期
ジェニーの死
Ⅸ
東方旅行
父への手紙
フランスの植民地政策
工業技術の発展
ステレオグラフ
文字の強迫観念
Ⅹ
ヴァロワめぐり
ソフィ・ドーズ
コンデ大公の謎の死
カーニヴァルの飾牛行列
神秘的諸教説
Ⅺ
新聞人ソラールの商才
社会分化の進行
政府高官の金権的腐敗
二月革命
六月暴動
Ⅻ
「海賊(コルセール)」誌の批判
心身の不安定
夜のパリ歩き
ルイ=ナポレオンのクーデタ
幻想譚
ヴァロワの風光
レアリスムの時代へ
XIII
第二帝政下の世相
上流婦人たち
ソルムス夫人
ドイツへの最後の旅
芸術的同類(サンブラーブル)たち
XIV
ブランシュ病院
当時の精神医療
民謡
強引な退院
パリ放浪と窮乏生活
XV
セヴァストポリのトルストイ
セーヌの河岸
首都での異境ぐらし
ブルジョワ厳格主義
自殺への歩み
訳者あとがき (入沢康夫・橋本綱)
パリ街路等(および隣接市街地名)原綴索引
人名等原綴索引
◆本書より◆
「IV」より:
「タンプル大通りの、今日レピュブリック広場がひらけている箇所と、シャルロ通りが通じている箇所との間の部分では、民衆的なトーンがさらに強調される。これこそ、「犯罪大通り(ブールヴァール・デュ・クリム)」である。この呼称は、そのあたりに開場している数多くの劇場の、いつも変らぬ演目を成している血なまぐさいメロドラマを当てこすって、ジャーナリストたちがつけたものだ。大通りのこのあたりは、もっと手前の部分に比べると、いっそうのどかで、商人や職人やマレー地区の子供たちしか往き来しなかったものだ。やがて市場から移って来た見世物が掛小屋を立て並べた。そこへやって来た劇場は、それら見世物小屋と張り合うことになる。
そこでは、特に宵や日曜日には、さまざまな芸人が見られたものだった。魔法使のような星ちりばめた尖り帽子をかぶった手品師たち。その向うでは、太った女の腹の上に載せた切石を大槌で打ち砕いている男。また別のところには、帝政時代にパリ市民が娯しんだボベーシュとガリマフレの俄かを、良かれ悪しかれ再演する道化たち。きたない水を張った槽に入ったアフリカわに。剝製だが、首はなく、観衆が通りすがりに、古い緑のモロッコ革に似たその皮に手を触れていく人魚。お白粉を顔にぬりたくった大女は、テントの支柱に片手をかけて身を支え、自分の前を列をなして通っていく人々の頭ごしに、じっと眼を据えている。など、など。こうした展示や、パレードや、巧みなわざの開陳や、催眠術の実験などは、劇場の繁栄の前に、徐々に退潮して、年を追ってしだいに稀れになって行ったのである。だが、それらの見世物は、ここに観衆を集中させ、かなり雑ぱくな仕方ではあったにせよ、幻想に身をゆだねるすべを観衆に手ほどきしたことによって、もろもろの劇場に対して、いわば地盤を用意したのだった。」
「劇場は、あきれるほどやすやすと焼けている。まず最初は、一八二七年のアンビギュ座、そしてイタリア劇場(その管理責任者は窓から身を投げて自殺する)、シルク・オランピック座、等々。フット・ライトとして使われている数え切れないケンケ燈や、突出し燭台の蠟燭、また、耐火性の背景がないことなどが、明らかにその原因をなしているが、時としては、放火もあったようだ。だが、火によって壊滅した劇場は、ほどなく(ゲテ座の場合は、十ヵ月になるやならずで)、たいていは元の場所に、再び大地から立ち現れる。こうして再び現れることによって、こうむった災害を劇場史の一挿話に帰せしめ、それを、すべてが毎晩消え去っては次の晩に再び生れて来る、この幻覚世界に組み入れてしまうのである。子供向きの見世物、とりわけ、辻芸人や人形遣いや道化師によって提供されていた見世物の中では、特にパントマイムが生き残る。ガスパール・ドビュローの才能のおかげで、パントマイムは、これまでにまさる成功を収めさえする。あれほどまでに雄弁に――駄弁にさえも――走りがちだった、当時の作家たちは、身振り言語の比類なき効果を発見して熱狂し、新たな観衆をフュナンビュール座へひきよせたのだった。シャルル・ノディエは、ガスパール・ドビュローのために「金色の夢」という論考を書きさえもした。ジェラールは、一八四四年に、当時すでに落ち目になっていた犯罪大通りに関してかなり長い文章を書くのだが、その一八四四年までの間に、いくつもの記事の中で、この有名なパントマイム役者の讃辞を述べることになる。ドビュローによって血肉を与えらえたあのピエロ、素朴で不器用で、沈黙の言語の限りを尽しても空しく、いつも一杯くわされ、おのれの幻滅の証人になってもらえるのはお月様ばかりといった羽目に陥り、そして、一夜、あの『首吊りピエロ』のパントマイムの中でのように自殺にまでも立ちいたる人物に、彼が、自分ではそれを口に出して認めずとも、どうしておのれを同一視しないことがあろうか?」
「V」より:
「彼は、心ここにないのである。のちに、いくつかの著作の中で、彼は、昔の人々の信じていたところに従えば死が近いしるしだという自分の分身の出現をまのあたりにしたと考えて感じた恐怖を告白することになる。しかし、彼が常に生きているのは、その分身の内部においてではないのか。」
「VII」より:
「この時代の愚劣さは、まったく、何と並はずれた狂者たちを産みだしたことか! ネルヴァル、ペトリュス・ボレル、画家のグランヴィルやメリヨン、その他大勢。時代が、久しい間、彼らに自己を抑え、飛び立とうとする漠たる衝動を抑制し、社会の規則に身を屈することを強いたあげく、とうとう、彼らは、おのれの内に住む力によって、その力がついに解放されなければならなくなった日に、一気に別の世界へと運ばれる羽目になったのである。」
「VIII」より:
「ついに、オートヴィル通りの上に「青味がかった暈をかぶった赤い星」がのぼり、ジェラールはこれにある徴(しるし)、「サテュルヌの遠い星」を認め、この星によって示された方角へ歩き始める。そしてある頌歌を歌い始めるが、これは彼の言うところによれば「得も言われぬ歓び」で彼を満す。と同時に、寒さも感じないで、服を脱ぎ、それを自分の周りに投げ捨てる。半裸になっている時に、パトロールの巡査たちがやって来るが、彼はこれを兵士と思いこむ。そして何の抵抗もせずにカデ通りの交番へと連行される。
人間には、一切意味のない行動などあり得ない。たとえどんなに解りにくかろうと、狂気もまた何事かを語っているのだ。(中略)ジェラールは裸になることによって真実に対して復讐をしようとする。裸はまた原初の無垢への回帰を象徴し、かくして彼を不在の母へ再び結びつけ、再び見出された少年が母の胸で復権するための条件となって来るのだ。」
「XV」より:
「縊死は、ましてや外の通りでの縊死は、周囲の人たちや社会に対する無言の非難の意味合が大変強い自殺方法である。」
「こうして、ジェラールは冬の明け方のぼんやりした光のさすまで発見されはしないであろうと確信して、夜中に首を吊る。」
「縊死者はこうして(中略)、社会がずっと前からその無関心さと敵意によって暗黙のうちに彼に対して表明してきた死の命令に、ついには屈服してしまったのだということを、わからせることになる。(中略)この点に関しては、首吊りは、まだいくつかの国に残っている死刑執行の一様式をまねた唯一の自殺方法であり、縊死者は、自分の上にくだされたでもあろう不正な有罪宣告を先取りしてしまったようにも見える、ということも指摘しておかねばならない。」
スポンサーサイト