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ピエール・ガスカール 『ネルヴァルとその時代』 入沢康夫・橋本綱 訳

「この時代の愚劣さは、まったく、何と並はずれた狂者たちを産みだしたことか! ネルヴァル、ペトリュス・ボレル、画家のグランヴィルやメリヨン、その他大勢。時代が、久しい間、彼らに自己を抑え、飛び立とうとする漠たる衝動を抑制し、社会の規則に身を屈することを強いたあげく、とうとう、彼らは、おのれの内に住む力によって、その力がついに解放されなければならなくなった日に、一気に別の世界へと運ばれる羽目になったのである。」
(ピエール・ガスカール 『ネルヴァルとその時代』 より)


ピエール・ガスカール 
『ネルヴァルとその時代』 
入沢康夫・橋本綱 訳



筑摩書房 
1984年10月20日 初版第1刷発行
3p+324p 索引xvii 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、(中略)フランスの作家ピエール・ガスカール Pierre Gascar が一九八一年に発表した歴史ドキュメント、原題『ジェラール・ド・ネルヴァルとその時代』 *Gérard de Nerval et son temps (Gallimard) の全訳である。」


本文二段組。



ガスカール ネルヴァルとその時代



帯文:

「映画『天井棧敷の人々』の時代、七月王政期前後のパリ文壇ジャーナリズムの中で生きた作家としてのネルヴァルを、単なる伝記としてではなく具体的な歴史ドキュメントとして活写した作品。翻訳権取得・本邦初訳。」


目次:

I
七月革命の担い手たち
青年ジェラールの身辺
近代化していくパリ
父への愛憎
ネルヴァルという筆名の選択
II
有産市民階級の肖像
アーケード商店街の簇生
「若きフランス」
サント=ペラジー監獄
ガロワと識り合う
劇場通い
III
当時の演劇熱
エスクースとルブラの自殺
ガロワの死
軍部を抱き込んでの体制強化
コレラの流行
IV
ジェニー・コロンとの出会い
デュマの夜会
劇の試作と売り込み
大通りの盛況と「あひる(カナール)」売りたち
トランスノナン通りの虐殺
V
イタリア旅行
ドワヤネ袋小路のボヘミアン生活
「演劇界」誌創刊
フィエスキ事件
VI
パリの新開地
『ピキッロ』初演
ジェニーとの恋と破綻
ドイツ旅行
秘密結社と神秘思想
文学の事業化
VII
ウィーン滞在
パリの政情
ブランキ、バルベース
ナショナリズムの振興
ベルギー旅行
王の肖像写真
狂気の予兆

最初の発作
文学的狂者の役割
鉄道の発達
王太子の事故死
待機の時期
ジェニーの死

東方旅行
父への手紙
フランスの植民地政策
工業技術の発展
ステレオグラフ
文字の強迫観念

ヴァロワめぐり
ソフィ・ドーズ
コンデ大公の謎の死
カーニヴァルの飾牛行列
神秘的諸教説

新聞人ソラールの商才
社会分化の進行
政府高官の金権的腐敗
二月革命
六月暴動

「海賊(コルセール)」誌の批判
心身の不安定
夜のパリ歩き
ルイ=ナポレオンのクーデタ
幻想譚
ヴァロワの風光
レアリスムの時代へ
XIII
第二帝政下の世相
上流婦人たち
ソルムス夫人
ドイツへの最後の旅
芸術的同類(サンブラーブル)たち
XIV
ブランシュ病院
当時の精神医療
民謡
強引な退院
パリ放浪と窮乏生活
XV
セヴァストポリのトルストイ
セーヌの河岸
首都での異境ぐらし
ブルジョワ厳格主義
自殺への歩み

訳者あとがき (入沢康夫・橋本綱)

パリ街路等(および隣接市街地名)原綴索引
人名等原綴索引




◆本書より◆


「IV」より:

「タンプル大通りの、今日レピュブリック広場がひらけている箇所と、シャルロ通りが通じている箇所との間の部分では、民衆的なトーンがさらに強調される。これこそ、「犯罪大通り(ブールヴァール・デュ・クリム)」である。この呼称は、そのあたりに開場している数多くの劇場の、いつも変らぬ演目を成している血なまぐさいメロドラマを当てこすって、ジャーナリストたちがつけたものだ。大通りのこのあたりは、もっと手前の部分に比べると、いっそうのどかで、商人や職人やマレー地区の子供たちしか往き来しなかったものだ。やがて市場から移って来た見世物が掛小屋を立て並べた。そこへやって来た劇場は、それら見世物小屋と張り合うことになる。
 そこでは、特に宵や日曜日には、さまざまな芸人が見られたものだった。魔法使のような星ちりばめた尖り帽子をかぶった手品師たち。その向うでは、太った女の腹の上に載せた切石を大槌で打ち砕いている男。また別のところには、帝政時代にパリ市民が娯しんだボベーシュとガリマフレの俄かを、良かれ悪しかれ再演する道化たち。きたない水を張った槽に入ったアフリカわに。剝製だが、首はなく、観衆が通りすがりに、古い緑のモロッコ革に似たその皮に手を触れていく人魚。お白粉を顔にぬりたくった大女は、テントの支柱に片手をかけて身を支え、自分の前を列をなして通っていく人々の頭ごしに、じっと眼を据えている。など、など。こうした展示や、パレードや、巧みなわざの開陳や、催眠術の実験などは、劇場の繁栄の前に、徐々に退潮して、年を追ってしだいに稀れになって行ったのである。だが、それらの見世物は、ここに観衆を集中させ、かなり雑ぱくな仕方ではあったにせよ、幻想に身をゆだねるすべを観衆に手ほどきしたことによって、もろもろの劇場に対して、いわば地盤を用意したのだった。」
「劇場は、あきれるほどやすやすと焼けている。まず最初は、一八二七年のアンビギュ座、そしてイタリア劇場(その管理責任者は窓から身を投げて自殺する)、シルク・オランピック座、等々。フット・ライトとして使われている数え切れないケンケ燈や、突出し燭台の蠟燭、また、耐火性の背景がないことなどが、明らかにその原因をなしているが、時としては、放火もあったようだ。だが、火によって壊滅した劇場は、ほどなく(ゲテ座の場合は、十ヵ月になるやならずで)、たいていは元の場所に、再び大地から立ち現れる。こうして再び現れることによって、こうむった災害を劇場史の一挿話に帰せしめ、それを、すべてが毎晩消え去っては次の晩に再び生れて来る、この幻覚世界に組み入れてしまうのである。子供向きの見世物、とりわけ、辻芸人や人形遣いや道化師によって提供されていた見世物の中では、特にパントマイムが生き残る。ガスパール・ドビュローの才能のおかげで、パントマイムは、これまでにまさる成功を収めさえする。あれほどまでに雄弁に――駄弁にさえも――走りがちだった、当時の作家たちは、身振り言語の比類なき効果を発見して熱狂し、新たな観衆をフュナンビュール座へひきよせたのだった。シャルル・ノディエは、ガスパール・ドビュローのために「金色の夢」という論考を書きさえもした。ジェラールは、一八四四年に、当時すでに落ち目になっていた犯罪大通りに関してかなり長い文章を書くのだが、その一八四四年までの間に、いくつもの記事の中で、この有名なパントマイム役者の讃辞を述べることになる。ドビュローによって血肉を与えらえたあのピエロ、素朴で不器用で、沈黙の言語の限りを尽しても空しく、いつも一杯くわされ、おのれの幻滅の証人になってもらえるのはお月様ばかりといった羽目に陥り、そして、一夜、あの『首吊りピエロ』のパントマイムの中でのように自殺にまでも立ちいたる人物に、彼が、自分ではそれを口に出して認めずとも、どうしておのれを同一視しないことがあろうか?」



「V」より:

「彼は、心ここにないのである。のちに、いくつかの著作の中で、彼は、昔の人々の信じていたところに従えば死が近いしるしだという自分の分身の出現をまのあたりにしたと考えて感じた恐怖を告白することになる。しかし、彼が常に生きているのは、その分身の内部においてではないのか。」


「VII」より:

「この時代の愚劣さは、まったく、何と並はずれた狂者たちを産みだしたことか! ネルヴァル、ペトリュス・ボレル、画家のグランヴィルやメリヨン、その他大勢。時代が、久しい間、彼らに自己を抑え、飛び立とうとする漠たる衝動を抑制し、社会の規則に身を屈することを強いたあげく、とうとう、彼らは、おのれの内に住む力によって、その力がついに解放されなければならなくなった日に、一気に別の世界へと運ばれる羽目になったのである。」


「VIII」より:

「ついに、オートヴィル通りの上に「青味がかった暈をかぶった赤い星」がのぼり、ジェラールはこれにある徴(しるし)、「サテュルヌの遠い星」を認め、この星によって示された方角へ歩き始める。そしてある頌歌を歌い始めるが、これは彼の言うところによれば「得も言われぬ歓び」で彼を満す。と同時に、寒さも感じないで、服を脱ぎ、それを自分の周りに投げ捨てる。半裸になっている時に、パトロールの巡査たちがやって来るが、彼はこれを兵士と思いこむ。そして何の抵抗もせずにカデ通りの交番へと連行される。
 人間には、一切意味のない行動などあり得ない。たとえどんなに解りにくかろうと、狂気もまた何事かを語っているのだ。(中略)ジェラールは裸になることによって真実に対して復讐をしようとする。裸はまた原初の無垢への回帰を象徴し、かくして彼を不在の母へ再び結びつけ、再び見出された少年が母の胸で復権するための条件となって来るのだ。」



「XV」より:

「縊死は、ましてや外の通りでの縊死は、周囲の人たちや社会に対する無言の非難の意味合が大変強い自殺方法である。」
「こうして、ジェラールは冬の明け方のぼんやりした光のさすまで発見されはしないであろうと確信して、夜中に首を吊る。」
「縊死者はこうして(中略)、社会がずっと前からその無関心さと敵意によって暗黙のうちに彼に対して表明してきた死の命令に、ついには屈服してしまったのだということを、わからせることになる。(中略)この点に関しては、首吊りは、まだいくつかの国に残っている死刑執行の一様式をまねた唯一の自殺方法であり、縊死者は、自分の上にくだされたでもあろう不正な有罪宣告を先取りしてしまったようにも見える、ということも指摘しておかねばならない。」
















































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レーモン・ジャン 『ネルヴァル』 入沢康夫・井村実名子 訳 (筑摩叢書)

「彼は死の八ヵ月前に、父に向って、次のような、人の憫笑を誘いかねない楽観的言辞を書き送った。「私の状況は良好です。一切は将来にあるのですけれども。」
 彼の作品ほど、未来によって「正当性を認められた」作品は、まずないのである。」

(レーモン・ジャン 『ネルヴァル』 より)


レーモン・ジャン 
『ネルヴァル
― 生涯と作品』
入沢康夫・
井村実名子 訳

筑摩叢書 214

筑摩書房 
1975年3月20日 初版第1刷発行
1985年5月30日 初版第2刷発行
189p 目次1p 
口絵(モノクロ)8p 
四六判 並装 カバー 
定価1,600円
装幀: 原弘



「訳者あとがき」より:

「本書は「永遠の作家叢書」 Coll.“Écrivains de Toujours” の一冊、レーモン・ジャン Raymond Jean 著『彼自身によるネルヴァル』 NERVAL par lui-même (Éditions du Seuil, 1964) の全訳である。」
「本訳書は、ほぼ時を同じくして、筑摩書房から刊行されることになった『ネルヴァル全集』全三巻に対する、一つの読解の手引きともなることを期待しつつ訳出されたもので、はじめの二章(中略)は入沢が、第三章(中略)以下巻末までは井村が担当し、それぞれの訳稿を交換して意見を述べ合い、訳を正し合い、また固有名詞などの統一をはかった。「テクスト」の部分については、前記『ネルヴァル全集』に収録される作品からの引用は、この『全集』における訳者各位の訳文を用いさせていただいた。(中略)なお原書にはかなり多くの写真や図版が挿入されているが、本訳書では翻刻権の関係でその訳四分の一のものを再録した(再録できなかったものの一部は前記『ネルヴァル全集』に口絵として収録されるはずである)。」



別丁モノクロ口絵図版16点。


レーモン・ジャン ネルヴァル


目次:

ネルヴァル、昨日と今日
ジェラール・ラブリュニーからジェラール・ド・ネルヴァルへ
解放された時
読むこと、そして旅すること
作家ネルヴァル
展望

テクスト
年譜
書誌

訳者あとがき




◆本書より◆


「ジェラール・ラブリュニーからジェラール・ド・ネルヴァルへ」より:

「ネルヴァルの、父との関係について物語るべきかもしれない。その関係は、王政復古期と七月王政期の同時代者たちが生きた諸世代間の葛藤を、この上もなくはっきりと明らかにしている。この時代に歴史の中へ入って来る若者たちは、ナポレオン叙事詩の響きを子守唄に聞いて幼年期をすごしたのだ。しかし、彼らが青春に達するとき、戦争が浪費した苦難・怨恨・傷口・毀損や、戦争がいたるところに残した砂漠の如き荒廃しか、彼らはもはや見出さない。この歴史の空虚にあって、彼らは自分自身を知ろうと努める。彼らは、父親たちに対し、挫折と破産と途方もない失望とを遺したことについても、父親たちが彼らの人生よりももっと刺戟的な人生を持ったことについても、同時に不満を抱く。彼らは、現実の世界から亡命して、想像的なものの世界、狂乱の世界、夢想の世界(ネルヴァルの場合には、神話の世界)の方へと退くことによって、この失望から逃れる。しかし、彼らの父親たちは現実の言語を語りつづけているとき、彼らの持ち前のものとなっていた慎重さ、用心深さ、不信の念の中で、彼らは、自分たちが父親たちと共通の言語つまり意志伝達の手段をもはや持っていないことに気づく。そこから、悲劇的な聾者の対話が生ずる。ネルヴァルとその父親との間で交されたすべての書簡の中に跡づけられるのが、それである。医師ラブリュニーは、息子に自分と同じように医師になってほしかった(彼らは一八三二年のコレラ流行に際して、いっしょに何度も往診をする)のであり、つまり、息子に比較的安定した確実な身分を手に入れてほしかったのだ。彼は文学者という職業に対しては敵意しか抱いていない。文学は、彼の目から見ると、金をもたらすことのできるものでもなければ、社会的地位を保証できるものでもないのだ。ジェラールは、文学がこの二重の要請を充たし得るのだということを父に納得させるために、一生の間、精魂を費いつくすことになる。」
「彼が、修業時代に、彼よりは長生きをすることになるこの父親に、次のように書き送ったのは、たしかに当っていた。「幸か(引用者注: 「幸か」に傍点)不幸か、芸術の道にひきこまれてしまった若者は、実際、いつの時代も変らぬ猜疑の目で見られ、普通の青年よりずっと苦労が多いのです。」〔書簡四六〕
 これが、高等中学(リセ)を出るが早いかジェラールをとらえた運命である。」



「作家ネルヴァル」より:

「友人のジョゼフ・メリーは彼がどんな具合に『シルヴィ』を準備していたかをこう述べている。「……ジェラール・ド・ネルヴァルはあせらずに、そして興の赴く時に仕事をするのだった。彼の書き物机はあちこちどこにでもあった。メルシエのように標柱石の上で書き、カフェの小さい円テーブルでもよかったが、決して自分の部屋では書かなかった。服のポケットには四角い紙の切れはしがつまっていたが、彼はしばしば最良の文章(ペリオド)を紛失してしまうのだった。太陽が彼を田園の散策に誘うと、鉛筆を手にして郊外に出かけ歩きまわり、時々、とても人には判読できないような字で、春の若々しい自然が吹込むあらゆる快い事どもを書きとめる。それから後で、この沢山のばらばらの小さい頁を整理し、即興の誤りをただし、真実性のあやしい点は改めて確かめ、可能なかぎり完璧な文体に仕上げ、筆耕をやとって、印刷屋が引受けてくれるような全篇の形をつけなければならなかった。この最初の原稿については、あらためて修正の仕事が必要だった。筆耕にとってもまた仕事のやり直しであり、出費もさらに増えた……」〔メリーが一八六四年雑誌に発表した回想記から〕。」



































































ジェラール・ド・ネルヴァル 『阿呆の王』 篠田知和基 訳

「シャルル六世は歴史のいうところを信じれば、狂っていないときはフランス一の賢者であったという。」
(ネルヴァル 『阿呆の王』 より)


ジェラール・ド・ネルヴァル 
『阿呆の王』 
篠田知和基 訳
Serie Fantastique

思潮社
1980年7月1日 新装改訂版
410p
19×12.6cm 並装 カバー
定価2,400円
装画: 村上芳正



Gerard de Nerval: Le Prince des Sote
本書はまだ読んでいなかったので日本の古本屋サイトで最安値のを注文しておいたのが届いたので読んでみました。阿呆の王というのは、劇団の座長(親方)であります。唐十郎さんが演じるとよいです。


ネルヴァル 阿呆の王 01


帯文:

「花には毒を 毒には
悪魔の物語を!
美しい謎に包まれた幻想と狂気の詩人ネルヴァルの幻の悪魔小説。暗黒時代の中世を舞台に〈宿命〉のドラマが展開する。」



帯背:

「幻想 狂気 地獄
幻の悪魔小説」



カバー裏文:

「『阿呆の王』は長く幻の名作だった。ネルヴァル自身の全集の予定目録にものっているし、オデオン劇場の記録にも残っている。だが事情あって上演が取消になり、その後小説に書き直された。死後出版されたものは、校訂者が勝手に換骨奪胎した偽書で、長らく原稿の行くえが謎となっていた。
この悪魔小説は、ネルヴァルの発狂後の作品でその体験に根ざした狂気の幻覚や症状は、オーベールの夢や王の病状に生々しく仮託されて描かれている。狂気という地獄でくりひろげられる〈宿命〉と〈悪〉の幻想小説の本邦初訳版。

ネルヴァル Gerard de Nerval
フランスの詩人、小説家〈1808~55〉。幼年期に育ったヴァロワ地方の風土と叔父から受けた神秘主義に感化された。革命と戦争の時代に少年期をすごしたが、進歩と反動の現実認識から、次第に精神の内面を見据える姿勢に変った。41年最初の発狂、以後放浪と発作を繰返しながら、夢と狂気の幻想と、神秘学的な知識をまじえた旅行記、劇作、小説、詩などを書きすすめた。時と場所を超えた独特な世界のなかで、錯乱した意識の奥の真の自我を見出そうとした。55年1月、パリの裏街の一隅で、幻想詩人は縊死体となって発見されたという。」



目次:

第一部
 一 愛の法廷
 二 国事評定
 三 イザボー・ド・バヴィエール
 四 マリエット・ダンジャン
 五 フランス宮廷
 六 シャリヴァリ
 七 狂えるシャルル六世
 八 古い城館
 九 領主の初床権
 一〇 ゴナン親方
 一一 マルグリット・ド・エノー
 一二 ボーテの城
 一三 受難劇組合
 一四 地獄の大口
 一五 罪人の大鍋
 一六 ルイ・ドルレアン
 一七 黒衣の修道士
 一八 オーベール・ル・フラマン
第二部
 一九 中央市場広場
 二〇 晒し台
 二一 アウグスチノ会修道士
 二二 劇場
 二三 パリの民衆とブルゴーニュ公
 二四 パリの民衆とオルレアン公
 二五 リシャールとジャコブ
 二六 小姓
 二七 晩餐
 二八 バラード
 二九 愛の谷間
 三〇 私生児
 三一 カード賭博
 三二 王座
 三三 アンダルシア娘と殺人者

訳註
あとがき



ネルヴァル 阿呆の王 02



◆本書より◆


「八 古い城館」より:

「さて、われらの牧人は町方の暮らしぶりも忘れ、犬や羊と荒地にさまよっているうち、二人の神秘な友をつくっていった。一人は瞑想であり、もう一人は孤独であった。彼は天気の悪いときは帽子つきの外套を着て、岩やエニシダの茂みの陰に隠れ、同じところで何時間も、何日も、何週間も、あるいは何ヶ月もひとつのことを考えつづけていた。孤空をのぞきこむような彼の目は、空に群雲の形を追いつづけることもあった。雲は、たがいに競争するように、刻々と姿を変えてゆく。オーベールはまた、星が昇っては死んでゆくのも見るのだった。彼は、海に漂う難船者のように、無限の世界を前にして酔いしれていた。彼の本当の生まれ故郷は、人里はなれた林間空地であり、人の訪れぬヒースの野であった。彼は大地を幻でうめつくした。その幻と交わるうちに、可能なことと不可能なこと、真実と嘘のちがいさえ見わけられなくなっていた。夜は、歩哨の移動詰所のような小屋にとじこもり、彼にしかわからない孤独の無数の話し声に耳を傾けるのだった。彼は風の激しい晩には、巨人たちが呼び合い、戦い合う音を聞いた。泉のつぶやきには魔法使いの女のささやきを聞いた。空をつんざく猛禽の叫びは、魂を地獄にさらってゆく悪魔の声とも思えた。飢えた狼が牧草地の囲りや森のへりで吠えれば、ときに人間のうなり声のように聞こえて身震いすることもあった。このような奇妙な世界観は絶えまない幻となり、それらの意味そのものが微妙になっていったあげく、超自然のお告げのようなものになってゆく。オーベールに働きかけていたこの不思議な力は、のちにジャンヌ・ダルクにも臨んで、彼女に霊感を授けるものなのだ。」


「二二 劇場」より:

「ゴナン親方の芝居小屋を、ちょっとでも現代の芝居小屋と同じようなものだろうと思ったらとんでもないまちがいだ。それどころか、煙草の煙がもうもうと立ちこめた大土間、観客も俳優もほとんどごちゃまぜで、ぶつかりあい、すばらしい場面も観客の勝手なおしゃべりで邪魔されてしまう、そういったところを想像していただきたい。皆は酒を飲み、口論し、席を取り合い、挑発的な言葉や、不穏当な罵り声をめぐって取っくみ合いの喧嘩もする……それも今日のように、芝居のできのいい悪いをめぐってなどではない。この時代の劇作品についてはうるさいことをいう必要もあるまい。劇作品などといういい方がひどく的はずれなものばかりだからだ。たしかにゴナン親方は、彼の阿呆劇によって芝居を進歩させたものだが、進歩といっても四つの舞台の上のことで、それぞれの舞台は口上によって区別されるだけだった。たとえばいっぽうの端にはアジアがあり、他方はヨーロッパで奥のほうにはさまざまな王国がかたまっているといった具合! そこで舞台に登場した俳優は、いまいる所が何という国かいわなければ、観衆は芝居の筋がわからなかったのだ。ときには、この四つの舞台は庭と岩山と洞穴と戦場とか、その他いろいろなものを示しているとされるときもあった。劇場はすっかり変わってしまった……そうだ、しかし変わらないものもある。それは俳優たちの性格と放浪癖だ。彼らはいまでも地方の劇場を巡回して回っている。〈底抜け呑気劇団〉の人々に見られた無頓着さは、俳優たちに与えられた〈どさ回り芸人〉という肩書に、いつでもふさわしい。だいたいその名前は〈沿岸を航行する〉という航海用語から出ているのだ。
 はめをはずした陽気さ、情熱的で秩序もなにもない生活、信じやすいかと思うと懐疑的でもある、(中略)俗世間の侮蔑は笑いとばしていたし、むしろ彼らの優越を示すものとして誇りにしていた。彼らが俗世間に求めるものはひとつしかない、金だ! ……阿呆の王の時代でも、それよりずっと下った時代でも役者たちは、いとも散文的な荷車をひきずって世の中を回って歩いたものだ。しかもその散文的な荷車の中には詩的な衣裳がつまっている。そこにはまた、でたらめな教育に由来する悪徳と、生まれつきの善良な美徳がまざりあい、彼らは互いに友情というよりは献身的な愛で結びついていた。」



「二九 愛の谷間」より:

「十五歳の少年ならだれでも、いくらかピュグマリオーンのようなところがある。絵姿に息を吹きこんで魂を与えてやりたいと願う……学校時代は門番の女房や娘がどんなにきれいでも、一枚の粗末な版画のほうに夢を抱く。中世の少年だって、いまの少年と変わりはない……」


「三三 アンダルシア娘と殺人者」より:

「たとえば、宗教心のあついある時代を考えてみよう。そこでは人々が聖母マドンナの絵姿の前でひざまずいている。ところがその聖母の実際のモデルは、広場でカスタネットやバスク地方のタンバリンなどを鳴らしたり、〈地獄の娘〉などと呼ばれるジプシー女なのだ! ……やがてこの女たちはグレーブ広場で首吊りになる。その刑の執行を、同じ人々が眺めに行って、そのあとで教会の聖女セシルやマグダラのマリアの絵姿や大理石像の前でひざまずき、祈ってゆく。そういう因果を考えてみることはつまらない哲学よりよほど実りの多いことである!」







































































































G・ド・ネルヴァル 『東方の旅 下』 篠田知和基 訳 (世界幻想文学大系)

「その話にすっかり興味をそそられてゆくうちに、私は名高きハーキムの生涯を知りたいと思うようになった。歴史家は彼のことを、ネロとヘリオガバリスを足して二で割った狂暴な狂人として描いている。しかし、ドルーズ族の目から見れば、彼の行動もまったくちがったふうに説明されるだろう。」
(ネルヴァル 『東方の旅』 より)


G・ド・ネルヴァル 
『東方の旅 下』 
篠田知和基 訳
 
世界幻想文学大系 31 B 

国書刊行会 
昭和59年2月25日 印刷
昭和59年2月29日 初版第1刷発行
431p 口絵(折込)1葉
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価3,200円
造本: 杉浦康平+鈴木一誌
挿画: 渡辺冨士雄

月報 41:
ネルヴァルとフリー・メーソン(大浜甫)/夢にはどのような縁(へり)があるか――ネルヴァルの場合(天澤退二郎)/幻想文学の冒険⑤幻想小説の変貌(森茂太郎)/次回配本/図版1点



本書「あとがき」より:

「これはジェラール・ド・ネルヴァル(一八〇八年―一八五五年)畢生の大作『東方の旅』(一八五一)の全訳である。」
「なお、思うところがあって解説的な注は付さなかった。」



全二冊です。
本来は函にカバーが付いていて、いろいろ文字が書いてあるのですが、紛失しました。


ネルヴァル 東方の旅 下 02


目次:

ドルーズ族とマロ族
 第一部 レバノン山の王侯
  I 山岳地帯
  II 混成部落
  III 城館
  IV 狩り
  V ケスルーアン
  VI 戦闘
 第二部 囚われ人
  I 朝と夕暮
  II フランス人学校訪問
  III アッカレ
  IV ドルーズのシャイフ
 第三部 カリフ・ハーキムの物語
  I ハシッシュ
  II 飢饉
  III 王宮の貴女
  IV モリスタン牢
  V カイロの大火
  VI 二人のカリフ
  VII 出発
 第四部 アッカル――アンチ=レバノン
  I 客船
  II ギリシャ人司祭夫妻
  III アッカの昼食
  IV マルセイユ人の冒険
  V パシャの晩餐
  VI 手紙(断片)
 第五部 エピローグ
  I
  II
  III

ラマダンの夜
 第一部 スタンブールとペラ
  I バリク=バザール
  II スルタン
  III 死者たちの大苑
  IV サン=ディミトリ村
  V 故宮の冒険
  VI ギリシャ人村
  VII 四人の美女
 第二部 芝居と祭り
  I イルディス=ハーン
  II ペラ見物
  III カラグーズ
  IV 水鑑定人
  V スクタリのパシャ
  VI デルヴィシ
 第三部 講釈師
  カフェの講釈
  朝の女王と精霊の王ソリマンの物語
   I アドニラム
   II バルキス
   III 神殿
   IV メロ
   V 青銅の海
   VI 幻
   VII 地下世界
   VIII シロアの洗い場
   IX 三人の職人
   X 会見
   XI 王の夜宴
   XII マクベナク
 第四部 バイラム
  I アジアの水郷
  II 大祭の前夜
  III 後宮の祭り
  IV アトメイダン

あとがき (篠田知和基)



ネルヴァル 東方の旅 下 03



◆本書より◆


「ドルーズ族とマロ族」より:

「女優とか、女王とか、女流詩人とかに対して抱く恋心についてはまじめな人々が軽口を叩くことが多い。心よりも想像力をかきたてるものだというわけだ。しかしそういった狂恋は、しばしば錯乱や死に至ることもあるのだし、少なくとも、時間と財産と知性とを大いに犠牲にすることだけは確かなのだ。なるほど恋をしているつもり、病気になったつもり、ただそれだけだと言うかもしれない。しかし、私においては、つもりということは事実そのものなのだ!」


同第三部「カリフ・ハーキムの物語」より:

「ハシッシュは神にひとしくしてくれる」と見知らぬ男は深い声でゆっくりと言った。
「そのとおり」とユースーフは勢いこんで言った。「水しか呑まない連中には、物事の大雑把で物質的な上べしか見えないものだ。酔いは肉体の目を曇らせるかわりに、魂の目を開けてくれる。精神は、肉体という重たい拘束から解き放たれて飛びたってゆく。牢番が鍵をかけ忘れて眠っちまったすきに逃げだす囚人みたいにね。あとは空と光の中を、楽しく自由に飛び回る。精霊(ジェニー)と親しく話し、突然の魅力的な啓示を受けて目が眩む。言いようもない幸福感に浸されて軽々と飛んでゆき、実際はほんのわずかのあいだが、永遠に続くような気がする。それほど、いろいろな感覚がすばやくひき続いてゆく。おれの場合、いつも、繰り返し現われる夢がある。同じでいながら、その都度、ちょっとずつちがっている。すばらしい幻にふらつきながら川舟に戻って、目をとじると、風信子石、柘榴石、エメラルド、ルビーといったものが絶え間なく流れてゆくのが見え、それを背景にしてハシッシュのすばらしい幻が浮かびあがってくる……、無限のかなたからやってくるように、神々しい姿が見える。詩人が描いたどんな女よりも美しい。胸に沁み入るような優しさで微笑んで天から降りてきてくれる。天使なのか妖精なのか分らない。その女が小舟の中のおれの横に腰を下ろすと、つまらない舟の木の板が螺鈿に変わり、銀の川に浮かんで、香りのいい風に吹かれて走りだす」
「不思議な、いい夢だ!」と見知らぬ者は頭を揺らしながら呟いた。
「それだけじゃない」とユースーフは続けた。「ある晩のことだ。いつもより少し量を減らしていた。酔いから醒めてみると、舟はロッダ島の鼻の先を通っている。夢の中そっくりの女がおれのほうを覗きこんでいる。その目は、人間にしちゃあまりにも神々しく輝いていた。ヴェールがちょっとめくれて、宝石ずくめの胴衣が月の光できらきら光った。おれの手が、女の手にさわった。柔らかくて、しっとりして、花びらみたいにみずみずしい手だ。指輪の金細工が手に触れたんで、間違いなく現実だってことが分かった」」

「モリスタンは、今日ではカラウームのモスクに隣接しているが、かつては広大な牢獄で、その一部が狂暴な狂人にあてられていた。オリエント人がいかに狂人を敬うといっても、危害を加える恐れのあるものまで自由にしておくわけではなかった。翌日、暗い独房の中で目を覚ましたハーキムは、農民の着物を着ている以上どんなに猛り狂っても、どんなにカリフだと言い張っても無駄なことをただちに了解した。それに牢内には、すでに五人のカリフと、相当な数の神がいたのである。神という肩書も、もうひとつと同じく、いささかもいい結果をもたらすものではなかった。それにハーキムは、夕べ鎖を引きちぎろうとしてさんざん骨折ったあげく、彼の神性も、かよわい肉体に捉われている以上、インドのブッダやその他のおおくの至高存在の化身同様、あらゆる人間の悪意と物質的な力の法則に従うことを余儀なくされていることを悟っていた。」

「狂人の一人は、さまざまのかけらを集めて、ガラス片をちりばめた法王冠のようなものを作りあげていた。彼は、きらきら光る刺繍をつけた法衣をはおっていたが、それは自分で、金ぴかの切れ端で作ったのだ。
「おれは〈カイマルゼマン〉(世紀の首領)だ。いまこそ時が来たのだ」と言うのである。
「嘘だ」とほかの男が言う。「おまえは本物じゃない。おまえは〈下級神〉に属していて、おれたちを騙そうとしているんだ」
「それじゃおまえの考えでは、おれさまはいったい何なんだ?」と先の男が問い返す。
「反逆霊の最後の王のタムラートだ! セレンディップ島でおまえを打ち破ったもののことを覚えていないのかね、つまりアダム、かく言うおれのことだ。おまえの槍と楯は、戦利品として今でもおれの墓にかかげられている」
「おまえの墓とは!」と一方は笑いとばした。「場所さえどこかも分らんじゃないか。もう少しそいつを話してもらおうかね」
「おれが墓のことを言うのは、それなりの資格があってのことよ。人間たちのあいだに六回も生まれ、定められていたとおり六回死んだからな。そのたびに見事な墓を作ってもらったよ。それよりおまえのほうこそ、墓を見つけるのはむずかしいだろうに、何たっておまえたち死霊は、死神の中でしか生きられないんだからな!」
その言葉で引きおこされた一同の嘲罵の声は、気の毒な精霊の皇帝に向けられた。彼は怒り狂って立ちあがったが、その冠を、自称アダムが手の甲で払い落とした。彼は相手にとびかかり、かくして五千年を経たのち(彼らの計算ではそうなる)、二人の讐敵の戦いが今にも繰り返されようとしたところへ看守がやってきて、牛の神経の鞭で二人を引き離した。」
「これらの狂人たちの会話に、ハーキムがあきらかに興味をもって、聞き耳をたて、二こと三こと声をかけてあおりまでしたのはなぜだったろうか。それら知性の迷い出してしまったものたちのなかにあって、ただ一人理性をしっかり保っていた彼はまた静かに思い出の世界に戻っていた。狂人たちは、彼の厳かな態度がかもし出す奇妙な効果に気圧されるのか、誰一人彼のほうに目をあげなかったが、それでも、なぜかそのまわりに寄り集まってくるのだった。それは、夜が明けそめるころ、まだ現われ出ない光のほうに向きを変える植物にも似ていた。
突然自分が予言者であるとか、神であると感じたりするものの魂の中においていかなることが起こっているかは、ただの人間に知りようがないとしても、少なくとも神話や物語は、それら神的存在の知性が肉体の束の間の絆を脱しようとする不安定な時期に、どれほどの苦悶や迷いを覚えるものかを想像させてくれる。時としてハーキムもオリーブ山上の人の子キリストのように自分自身について疑うことがあった。とりわけ彼の想念を茫然とさせたことは、神性の観念がはじめて与えられたのがハシッシュの陶酔の中だということだった。「ということは」と彼は自問するのだった。「すべてであるものよりも強いものが存在するということなのだろうか、そして、そのような威力を引き起こしうるものが、ただの野の草であっていいものだろうか? 確かに、一匹の虫がソロモンより強いことは証明された、この精霊の王が倚りかかっていた杖に穴をあけて、真ん中から折ってしまったのだから。だが、もしも私が本当に〈アルバール〉(永遠)であるなら、私にくらべればソロモンなどなんだろう?」」

「王女はヴェールをかけていたが、ハーキムはその声に気がついた。そして彼女の傍で宰相のアルジェヴァンがにこやかに、落ち着き払って案内をしているのを見ると、憤激を抑えることができなくなった。
「ここには、さまざまな迷妄にとりつかれたものがおります。あるものは精霊の王だと名のり、あるものはアダムそのものだと言い張っております。しかしながら一番の野心家は、こちらにごらんになられます、お兄君さまと驚くほど似かよった狂人でございます」
「まあ本当に不思議なこと」とセタルムルクは言った。
「そうです! ところで、この似ているということが不幸のもとでして、カリフに生き写しだと言われておりますうちに、自分でもカリフだと思いこんでしまったまではいいのですが、そのうちそれではあきたりなくなって、今度は神だと言いだす始末です。みじめな農夫にすぎないのですが、ほかのもの同様、幻覚剤の乱用で頭がおかしくなっているもので……ですが、カリフおんみずからの前へ出たときこのものが何と言うか、これは興味のあるところでございましょう……」
「悪党め!」とハーキムは叫んだ。「きさまはわしに似た傀儡を作りだして、わしの身がわりをさせているんだな?」」



「朝の女王と精霊の王ソリマンの物語」より:

「しかしアドニラムの故郷がどこなのか、それは誰も知らなかった。どこから来たのか、それも謎だった。これほど実際的で、しかも深く広範な知識の数々をどこで究めたのか、知るものはなかった。彼はすべてを作り出し、すべてを見通し、すべてをやり遂げるように見えた。生まれはどこなのか、どんな種族に属しているのか、それは誰にも窺い知ることのできない秘密だった。(中略)人間嫌いの彼はアダムの子孫たちの只中にあっても、異邦の民のように孤独だった。(中略)彼は人間を超えていた。そこには光明の精霊と闇の鬼神とに通ずるところがあった。」

「「精霊よ、あなたはいったいどなたですか?」
「そなたの父祖のそのまた父の霊じゃ。働くもの、苦しむものの祖先じゃ、さあ来るがよい。わしの手がそなたの額をなでれば、もはや火の中でも息ができよう。今まで弱気など見せなかったおまえだ、恐れずに来るがよい……」
アドニラムは突然、沁みとおるような熱に包まれるのを感じた。身を焼かずに元気づけてくれる熱だ。(中略)神秘的な道連れがすでにその中へ姿を消した火の中へ、見えない手が導いてくれた。
「ここはどこです? お名前はなんとおっしゃるのです? どこへ連れていって下さるのですか?」と彼は低くたずねた。
「地球の只中……人の世の魂の中、そこにはわれらが父エノクの、地下の宮居が建っている。エジプトではヘルメスと呼ばれ、アラビアではエドリスの名のもとに崇められるお方の」
「不滅の力よ! おお主よ! それでは本当なのですか? あなたは……」
「そなたの祖先、人にして……芸術の徒、そなたの師にして、守護者、私はかつてのトバル=カインだ」
沈黙と闇の世界により深く潜ってゆくにつれて、アドニラムはますます、我とわが目を疑った。それでも次第に我を忘れて、未知の魅惑にひたっていった。」
「突然彼は身震いした。トバル=カインが話していた。「そなたの足が踏んでいるエメラルドの岩塊は、カフ山の根であり軸でもある。そなたの父祖の住まいの近くに来たのだ。ここは、ひとりカインの系列のもののみが、治める地だ。この花崗岩の城砦の下、近寄りがたい洞穴の只中に、われわれはようやく自由を見出したのだ。アドナイの妬み深き専制は、ここまでは達しない。ここでは、滅びることなしに『知恵の木』の実を食べることができる」
アドニラムはほーっと静かな溜息をついた。今までずっとのしかかっていた重荷が、はじめてとり除かれたような気がした。」
「アドニラムは、彼には何を目的としているのか了解のできない仕事にいそしんでいる群衆のあいだを通っていった。大地の母胎の中のこの明るさ、この空のような天蓋は彼を驚かせた。彼が立ちどまると、トバル=カインが話した。「ここは火の聖域だ。地球の熱はここから生まれる。われわれがいなければ、地球は寒さで滅びてしまうだろう。われわれはさまざまな金属も作っている。その蒸気を液化して、この天体の中の血管に送りこんでいるのだ。」」
「「アドナイ神というのは、巧みではあっても力弱き神だ、寛大であるよりは、妬み深い神なのだ! 彼は火の霊を無視して、泥で人間をこしらえた。そのあとで、自らの作品と、そのみじめな被造物に対する火の霊たちの同情に怖れをなし、彼らの涙を一顧だにせず人間に死ぬべき運命(さだめ)を与えたのだ。そこがわれわれと根本的に異なるところだ。火から作られた地上の生命は、すべて中心に存在する火によって引きよせられる。われわれはその償いとして、中心火が外縁に引きよせられ、外に放散されるように欲した。その両原則の交換が、果てしない生命だった。
諸世界の外周をおさめているアドナイは、大地を塗りこめて、この外側への放射力を遮断した。その結果、大地も、その住民たちと同じように死ぬことになった。(中略)太陽でさえ光を弱めた。五、六千年のうちには、太陽はまさしく死滅することになろう。」」
「「わが子よ、眠りと死がそなたとともにあらんことを。勤勉でありながら迫害されるものよ、そなたが苦しむのは私のせいなのだ。エバが私の母だった。光の天使エブリスが、エバの腹に火花をしのびこませた。それが私をつき動かし、私の種族を再生させてゆく。泥土をもって捏ねられ、囚われの魂を入れられたアダムが、私を養ってくれた。エロヒムの子である私は、このアドナイの作った試作物を愛した。(中略)私は、この善い親の老後の日々をみてやり、幼な子アベルを守り育てた。それを彼らは私の弟と呼んだ。おお! おお!
私は地上に殺害を教える前に、心を堕落させる苦渋と不正と忘恩を思い知らされた。絶え間なく働きつづけ、貪欲な土地から食べ物をむしりとり、人間たちの幸福のために大地に実りを結ばしめる鋤を発明し、彼らのために、万物の満ちあふれるエデンの園を作ってやった。それを彼らは失ってしまった! 私は一生を無駄にしたのだ。しかも不公平のきわみとしてアダムは私を愛してくれなかった! エバは、私をこの世に生みだしたがために楽園を逐われたことを、忘れはしなかった。彼女の利に盲いた心は、アベルにのみふりむけられた。アベルは甘やかされ高慢になって、私をあらゆるものの召使いのように扱った。アドナイも彼の側についた。それ以上に何があったろう。(中略)私が不平を訴えると、両親は、神は公平だと言った。われわれは神に犠牲を捧げた。ところが、私が実らせた麦の夏の初穂の束は侮蔑をもって投げ捨てられた……。妬み深い神はそうやってつねに創意に富んだ豊饒な才能を押しのけ、つまらない精神に、力と迫害の権利とを与えたのだ。そのあとのことは知っていよう。しかし、そなたの知らないことがある。それは、私の種を断とうとしたアドナイが、劫罰として、私を愛していたわれらの妹アクリニアを若いアベルに花嫁として与えたということだ。そこからジン、すなわち火の元素から発したエロヒムの子と、泥土から生まれたアドナイの子らのあいだの最初の戦いがおきたのだ。
私はアベルの命の火を消した……」」

「「わが父の尊顔を拝したであろう」と彼はアドニラムに言った。「父上が髪をなでておられるのは、アダの子たちだ。ジャベルは天幕を建て、駱駝の皮を縫うことを教えた。わが兄弟ジュバルは、シノールやハープに絃を張って、そこから音をひきだすことをはじめた」
「ラメクとセラの子よ」と、それを受けてジュバルが、夕べの風のように心地よい声で言った。「あなたは、われら兄弟よりはるかに偉大で、祖先たちまで治めている。戦さと平和の技芸がおこったのは、あなたからだ。
あなたは金属を治め、最初の鍛治をおこした。あなたは人間たちに金、銀、銅、鉄を与え、それをもって知恵の木のかわりとした。金と鉄が、彼らを力の絶頂へ押しあげた。アドナイに対するわれらの仇を討つにあたって、それは恐るべきものになるだろう。トバル=カインに讃えあれ!」
その叫びに和して、四方八方から地霊の群れの恐ろしい喚声があがった。地霊たちはふたたび、いっそうの熱意をこめて仕事に戻り、永遠の工房の天蓋に、鎚音が響きわたった。アドニラムは自ら職人として、この職人こそが王である世界で、心の軽さと、深い誇りを覚えた。
「エロヒムの種族の子よ」とトバル=カインは言った。「勇気をとり戻せ。そなたの栄光は隷従のうちにある。そなたの祖先は、人間の技を恐るべきものにした。そのために、われわれの種族は断罪されているのだ。わが種族は、二千年のあいだ戦った。それでもわれわれを滅ぼすことはできなかった。なぜなら、われわれは不死の要素からできているからだ。」」



ネルヴァル 東方の旅 下 01



こちらもご参照下さい:

G・ド・ネルヴァル 『東方の旅 上』 篠田知和基 訳 (世界幻想文学大系)
種村季弘 『畸形の神 ― あるいは魔術的跛者』
ハンス・ヨナス 『グノーシスの宗教』 秋山さと子/入江良平 訳
荒井献 『トマスによる福音書』 (講談社学術文庫)



































































































































G・ド・ネルヴァル 『東方の旅 上』 篠田知和基 訳 (世界幻想文学大系)

「それより興味深い光景は、平地に無数に散らばった動物の墓の内部だ。猫の墓もある。鰐や朱鷺の墓もあった。砂や埃を吸いこみながらその中へ入ってゆくのは、きわめて困難だった。時には、膝まづかなければ通れないような通路で難渋することもあった。そのあとは広々とした地下室に出る。そこには、エジプト人がご苦労にも防腐処置を施して人間と同じように埋葬した動物たちがきちんと整理されて、無数に積み重ねられている。猫のミイラはそれぞれ数オーヌの包帯で巻かれ、端から端まで象形文字が書きこまれている。おそらくはその動物の生涯と美徳が書いてあるのだろう。鰐についても同じである………。朱鷺のほうはテーベの素焼きの壷に入れられ、どこまで続くかわからないくらい遠くまで並べられている。まるで田舎家の納戸に置かれたジャムの瓶のように。」
(ネルヴァル 『東方の旅』 より)


G・ド・ネルヴァル 
『東方の旅 上』 
篠田知和基 訳
 
世界幻想文学大系 31 A 

国書刊行会 
昭和59年1月25日 印刷
昭和59年1月30日 初版第1刷発行
400p 口絵(折込)1葉
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価3,200円
造本: 杉浦康平+鈴木一誌
挿画: 渡辺冨士雄

月報 40:
旅の書物、書物の旅(有田忠郎)/サバの女王と二人の求婚者(藤田衆)/幻想文学の冒険④差異と幻想の旅立ち――サミュエル・ディレーニィ『アインシュタイン交点』(巽孝之)/次回配本/図版4点



下巻「あとがき」より:

「これはジェラール・ド・ネルヴァル(一八〇八年―一八五五年)畢生の大作『東方の旅』(一八五一)の全訳である。」
「なお、思うところがあって解説的な注は付さなかった。」



全二冊です。
本来は函にカバーが付いていて、いろいろ文字が書いてあるのですが、紛失しました。


ネルヴァル 東方の旅 上 01


目次:

ある友への序章――東方へ
  I ジュネーヴ街道
  II 駆けだし外交官
  III スイス風景
  IV コンスタンツ湖
  V ミュンヘンの一日
  VI ウィーンの恋
  VII 日記(つづき)
  VIII 日記(つづき)
  IX 日記(つづき)
  X 日記(つづき)
  XI アドリア海
  XII 多島海
  XIII ウェヌスのミサ
  XIV ポリフィルスの夢
  XV サン=ニコロ港
  XVI アプルノリ
  XVII パレオカストロ
  XVIII 三格のウェヌス
  XIX キクラデス諸島
  XX 聖ゲオルギス教会
  XXI シラの風車

カイロの女
 第一部 コプト式結婚
  I 仮面とヴェール
  II 松明と婚礼
  III 通訳アブダラ
  IV 独身者の問題
  V ムースキー
  VI ベセスタインの冒険
  VII 危険な家
  VIII 媒酌人
  IX ロゼッタの園
 第二部 女奴隷たち
  I 日の出
  II ムッシュー・ジャン
  III ホワール
  IV ハヌーム
  V フランス領事訪問
  VI デルヴィシュ
  VII 煩わしき家事
  VIII ジェラブの奴隷宿
  IX カイロの劇場
  X 理髪師の店
  XI メッカ帰りの隊商
  XII アブド=エル=ケリム
  XIII ジャワ娘
 第三部 ハーレム
  I 過去と未来
  II ハムシーンの季節の日々
  III 世帯の苦労
  IV アラブ語事始め
  V 美しい通訳
  VI ロッダ島
  VII 副王のハーレム
  VIII ハーレムの謎
  IX フランス語のレッスン
  X シューブラ
  XI 魔神
 第四部 ピラミッド
  I 登攀
  II 展望台
  III 試練
 第五部 川舟
  I 舟旅の準備
  II 家族の祝宴
  III 割礼者
  IV シラフェ
  V 石の森
  VI 隔離食
 第六部 サンタ=バルバラ号
  I 道づれ
  II マンジラー湖
  III ボンバルド船
  IV 海行かば
  V 牧歌
  VI 航海日誌
  VII 事件
  VIII 脅迫
  IX パレスチナの岸辺
  X 検疫隔離
 第七部 山並み
  I プランシェ神父
  II 昼寝(キエフ)
  III 午餐
  IV パシャの宮殿
  V バザールと港
  VI サントンの墓



ネルヴァル 東方の旅 上 02



◆本書より◆


「カイロの女」より:

「かなり不満のまま探検から戻ってきたあとは、入口の大理石の洞穴のところでひと休みしなければならなかった。――そこで、一体全体、あの深淵で隔てられた二本の大理石のレールだとか、その先の底を見ることさえできなかった不思議な井戸がある四つ辻だとか、要するに、出てきたばかりの地下道にはいったいどんな意味があるのかたずねあった。
プロシャ士官は思い出を整理しながら、この建造物の用途について、かなり論理的な説明を与えてくれた。ドイツ人以上に古代の神秘に強いものはいない。彼の説によれば、われわれがあれほど苦労して下りていってまた登ってきたレールの敷かれた地下道の用途は、つぎのとおりだ。まず、入門秘儀の試練を受けようとするものをトロッコに乗せる。トロッコは下り坂の急な傾斜にしたがって下ってゆく。ピラミッドの中央に着くと、入門者は下級祭司によって迎えられる。祭司は彼に井戸を示して、そこへ飛び込むように言う。
新参者は当然のことながらためらうが、それは慎重さの表われとして評価される。すると、火のついたランプを載せた兜のようなものが持ってこられる。入門者はその道具を身につけて、慎重に井戸の中へ入っていかなければならない。その中にはあちこち鉄の枝が出ていて、足を乗せるようになっている。
入門者は、頭上のランプのかすかな明りを頼りに、どこまでも下りてゆく。百段ばかり下りたところで、地下道の入口に出る。そこには格子がはまっているが、すぐ目の前で開く。そして、犬神アヌビスの顔を模したブロンズのマスクをつけた三人の男が現われる。しかしその脅迫に怯まず、彼らを地面に投げ倒して進んでいかなければならない。次いで一里(リュウ)ほど行くと、暗く密生した森がかなりの面積にわたって広がっているように見えるところに出る。
そこを貫通する路に足を踏み入れるやいなや、すべてのものが燃えあがり、大火事のような効果を生ぜしめる。だがそれは人工的な演出であり、鉄の枝にかけたタール質のものが燃えるだけなのだ。新参者は、多少の火傷を負っても森を突っきらねばならない。これは大抵うまくゆく。
その先には川があって、泳いで渡らなければならない。中ほどまで泳いでゆくと、ふたつの巨大な水車をかき回しているところにぶつかり、水の渦に押し戻される。まさにそこで力が尽きようとするとき、鉄の梯子が目の前に現われて、水に溺れる危険から救ってくれる。これが三番目の試練である。入門者が梯子の段に足をかけると、今まで乗っていた段がはずれて水に落ちる。かかる厳しい状況のもと、さらに苛酷なことには恐ろしい風が吹いてきて、梯子もろとも受験者の身体を揺する。全身の力がもうなくなってしまうというときになって、目の前に二つの鉄の輪が下がってくるから、精神力をふるいおこしてそれを掴まえなければならない。その輪に腕だけでぶらさがって待っていると、やがて扉が開くのが見えるから、そこまで全力を尽くしてたどりつく。
それが四つの基本試練の最後である。入門者は神殿にたどりつき、イーシス像のまわりを回って祭司たちに迎えられ、祝福される。

われわれはそんな思い出で、あたりの威圧的な孤独感を払いのけようとしていた。まわりのアラブ人たちは、夕暮れの微風が大気を冷やすまで大理石の洞穴の中にとどまるつもりなのか、ふたたび眠りこんでいる。われわれは、現実に確認された古代からの言い伝えに、さまざまな憶測をつけ加えた。この奇妙な入門式は、それが繰り広げられるのを見たギリシャの作家たちによって何度も描かれているが、その物語が現場の様子と完全に一致しているのを見ると、われわれの興味もいやがうえにもかきたてられた。」

「「その地下の道は、メンフィスの市内のところにある神殿まで通じていたのです。その神殿のあとが展望台から見えましたね。試練が済むと、入門者は昼の光をまた拝むのですが、イーシスの神像は彼に対してはなお覆われたままなのです。というのは、今度はまったく精神的な試練を経なければならないからなのです。それについては一切予告はされませんし、その目的も隠されています。祭司たちは彼を、あたかも彼らの一員になったかのように胴あげし、合唱や奏楽でその勝利を祝いはしたものの、実は、オシーリスの未亡人である大いなる〈女神〉を眺めることができるようになるには、まだ四十一日間の断食で身を浄めなければなりません。日没とともにこの断食を中断して、何オンスかのパンとナイルの水一杯とで力を回復することは許されてはいました。その長い苦行のあいだも、きめられた時間には、一生を地下の街ですごす祭司や女祭司と話を交わすこともできます。彼には祭司に質問したり、あるいは、この、外世界を捨てた神秘的な人々の生活ぶりを観察する権利があるのです。これは、〈無敵の女王セミラミス〉を、その厖大な数で驚かせた地下の種族です。彼女は、エジプトのバビロニア(カイロ)に礎石をすえさせたときに、彼ら生ける死者たちによって住まわれた地下都市の天井が一ヵ所抜け落ちるのを目撃したのです」
「それで四十一日たつと、入門者はどうなるのです?」
「そのあとまた四十八日間引き籠って、完全な沈黙を守らなければなりません。許されているのは読むことと書くことだけです。それまでの生涯の全行為の検討と批判の試験を受けさせられます。それがさらに十二日間。そのあとイーシス像の後ろで九日間寝かされますが、その前に、女神に向かって、夢の中に現われて知恵を授けてくれるように、祈っておくのです。そしておよそ三ヵ月後、試練が終ります。女神への新参者の渇望は、読書や、学習や、断食によって、極度の熱狂状態に導かれ、やがて目の前で、女神の聖なる覆いが落ちるのを見るにふさわしい境地にまで達します。そのとき、突然、その冷たい彫像は、彼がもっとも愛していた女、あるいはもっとも完全な美しさをもとに思い描いていた理想の女の似姿をとって動きだします。それを見て彼の驚きは頂点に達するのです。
ですが、それをとらえようとして腕をさしのべると、彼女は一抹の香煙のように消えてなくなります。祭司たちが盛大に入ってきて、入門者は神に等しいものと宣告されます。ついで彼は「賢者」たちの宴に列なり、そういう祭りに欠かすことのできない世にも甘美な食物を味わい、地上の神酒に酔うことが許されるのです。ただひとつだけ心残りなのは、彼に微笑んでくれた神々しい幻が、ほんの一瞬しか姿を見せてくれなかったことです……。しかし夢がまたその姿を返してくれます。おそらく宴の席で、彼の盃に蓮の霊液がしぼり落とされるのでしょう、彼は眠りに落ち、その間に祭司たちは、彼をメンフィスから数里離れた、今でもカルーン(渡し守カロン)の名をとどめる名高い湖のほとりまで運びます。彼は相変わらず眠ったまま、川舟に乗せられ、今なお薔薇の国である甘美なオアシス、ファユームの州に運ばれます。そこには深い谷があって、片側は山で囲まれ、片側は人間の手で穿たれた深淵によってほかの土地から隔たっています。そこには祭司たちの手によって、自然の中にちらばっている富が集められています。インドやイエーメンの木々の豊かな茂みや不思議な花も、エジプロの地の色とりどりの植物と妍を競います。
目もあやなその舞台装置には、飼いならされた動物たちが賑わいをそえています。寝たまま芝生の上に下ろされた入門者が目を覚ますと、あたりは、地上の自然の中にそれ以上完璧なものはない世界です。彼は起きあがって朝のさわやかな空気を吸い、久しく拝まなかった太陽の光を浴びて生き返るような心地がします。鳥たちのリズミカルな歌声が聞こえ、香りのよい花が目を楽しませてくれます。パピルスに囲まれた静かな水面には紅蓮(べにはす)が点々と咲いており、そのあいだにフラミンゴや朱鷺が優美な姿で佇んでいます。しかしこの孤独な世界に生気を与えるには、まだ何かが不足しています。そう、女です、朝の清純な夢から脱けでたかのような、若々しく汚れない処女です。そのあまりの美しさに近寄ってよく見れば、雲の切れ目に垣間見たイーシスの美しい顔と同じであることがわかります。それこそ伴侶となるべき聖なる女性であり、勝利を克ち得た入門者への報酬なのです」
そこまで聞いた私は、ベルリンの学者の空想にひとこと言っておこうと思った。
「あなたがお話しになっているのは、アダムとイブの物語じゃありませんか」
「だいたいそのとおりです」と彼は答えた。」



ネルヴァル 東方の旅 上 03



こちらもご参照下さい:

G・ド・ネルヴァル 『東方の旅 下』 篠田知和基 訳 (世界幻想文学大系)
アプレイウス 『黄金のろば』 呉茂一・国原吉之助 訳 (岩波文庫) 全二冊
ユルギス・バルトルシャイティス 『イシス探求』 有田忠郎 訳 (バルトルシャイティス著作集 3)
根井浄 『観音浄土に船出した人びと ― 熊野と補陀落渡海』 (歴史文化ライブラリー)










































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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