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アン・モロウ・リンドバーグ 『海からの贈物』 吉田健一 訳 (新潮文庫)

「しかしこの島では、私は友達と黙って一日の最後の薄い緑色をした光が水平線に残っているのや、白い小さな貝殻の渦巻(うずまき)や、星で一杯の夜空に流星が残す黒ずんだ跡を眺めていられる。」
(アン・モロウ・リンドバーグ 『海からの贈物』 より)


アン・モロウ・リンドバーグ 
『海からの贈物』 
吉田健一 訳
 
新潮文庫 リ-2-1 


新潮社 
昭和42年7月20日 発行
平成16年5月15日 72刷改版
文庫判 並装 カバー
定価400円(税別)
デザイン: 新潮社装幀室
Photo by Grant Peterson 


Title: GIFT FROM THE SEA
Author: Anne Morrow Lindbergh



リンドバーグ 海からの贈物


カバー裏文:

「女はいつも自分をこぼしている。そして、子供、男、また社会を養うために与え続けるのが女の役目であるならば、女はどうすれば満たされるのだろうか。い心地よさそうに掌に納まり、美しい螺旋を描く、この小さなつめた貝が答えてくれる――。有名飛行家の妻として、そして自らも女性飛行家の草分けとして活躍した著者が、離島に滞在し、女の幸せについて考える。現代女性必読の書。」


目次:


浜辺
ほら貝
つめた貝
日の出貝
牡蠣
たこぶね
幾つかの貝
浜辺を振返って

あとがき (訳者)




◆本書より◆


「浜辺」より:

「浜辺は本を読んだり、ものを書いたり、考えたりするのにいい場所ではない。」
「初めのうちは、自分の疲れた体が凡(すべ)てで、航海に出て船のデッキ・チェアに腰を降ろした時と同様に、何もする気が起らない。頭を働かしたり、予定通りに仕事をしたりする積りになる毎(ごと)に、海岸の原始的な律動の中に押戻される。寄せて来て砕ける波や、松林を吹き抜ける風や、鷺(さぎ)が砂丘の上をゆっくり羽搏(はばた)きしながら飛んで行くのが都会や、時間表や、予定表の気違い染(じ)みたざわめきを消して、自分もその魔術に掛り、気抜けがして、ただそこに横になったままである。つまり、その自分が横になっている、海のために平らにされた浜辺と一つになるので、浜辺も同様にどこまでも拡(ひろ)がっている空っぽなものに変り、今日の波が昨日の跡の凡てを洗い去る。
 そして二週間目の或(あ)る朝、頭が漸(ようや)く目覚めて、また働き始める。(中略)それは浜辺に砕ける波とともに漂ったり、戯(たわむ)れたり、静かに巻き上がったりし始める。頭に起きたこういう無意識の波が、意識の白い、滑らかな砂の上に偶然にどんな宝を、どんなに見事に磨(みが)き立てられた小石を、或いは海の底にあるどんな珍しい貝を投げ出すか解(わか)らない。」
「しかしそれをこっちから探そうとしてはならないし、ましてそれが欲しさに砂を掘り返したりすることは許されない。海の底を網で漁(あさ)るようなことをするのはここでは禁物で、そういうやり方で目的を達することはできない。海はもの欲しげなものや、欲張りや、焦(あせ)っているものには何も与えなくて、地面を掘りくり返して宝ものを探すというのはせっかちであり、欲張りであるのみならず、信仰がないことを示す。忍耐が第一であることを海は我々に教える。(中略)我々は海からの贈物を待ちながら、浜辺も同様に空虚になってそこに横たわっていなければならない。」



「ほら貝」より:

「浜辺での生活で第一に覚えることは、不必要なものを捨てるということである。(中略)それは先ず身の回りのことから始まって、不思議なことに、それが他のことにも拡がって行く。最初に着物で、(中略)そう何枚も持っていなくてもいいことに、ここに来て急に気が付く。箪笥(たんす)一杯ではなくて、鞄(かばん)一つに入るだけあればいいのである。(中略)そして着物の面倒がなくなるのは、同時に、虚栄心を捨てることでもあることが解る。
 その次は、自分の住居である。ここでは、(中略)私は貝殻も同様の、屋根と壁だけの家に住んでいる。(中略)絨毯(じゅうたん)もないのである。初め来た時はあったが、これは巻いてしまって、砂を掃くのには床に何も敷いてないほうがいい。しかしここでは、無暗(むやみ)に掃除をするということもない。埃(ほこり)というものが余り気にならなくなって、整頓(せいとん)や清潔ということに就いて私が持っている清教徒的な良心もどこへか行ってしまった。(中略)カーテンもこの家にはない。外から見られないでいるのには、家の回りに生えている松だけで十分で、それに私は窓をいつも開け放しにしておきたいし、雨が降りこんでも構わない。私はいろいろなことに就いて、今までのように気を遣わなくなっている。古くて色が剝(は)げた(中略)着物を着ているのをなんとも思わなくて、人がそれを見てどう考えるかということも苦にならない。自尊心というものに悩まされなくなったのである。(中略)そして私はこの貝殻に過ぎない私の家に、私が本当に何も隠さずに話せる友達だけを呼ぶことにする。私は交際上の偽善ということも捨て始めているのである。そしてそれでどれほど私の気が楽になることだろう。私は、生きて行く上で一番疲れることの一つは、体面を繕うことだということを知っている。それだから、社交というものがあれほど私たちを疲れさせるので、それは私たちが仮面を被(かぶ)っているからである。そして今、私はその仮面を捨てたのである。」
「それは、余り美しい生活とは言えないのではないかと思うものがあるかも知れない。(中略)そんなことはなくて、私の家は美しいのである。そこには殆ど何も置いてないが、その中を風と日光と松の木の匂(にお)いが通り抜ける。屋根の、荒削りのままになっている梁(はり)には蜘蛛の巣が張り廻(めぐ)らされていて、私はそれを見上げて初めて蜘蛛の巣は美しいものだと思う。(中略)外が眺めたければ窓が一つあって、そこから私の考えはいつでも部屋の中から飛び立つことができる。」



「つめた貝」より:

「島というのは、なんと素晴らしいものだろう。私が今来ているような空間的な意味での島でもいいし、それは何マイルも続く海で囲まれ、(中略)島は世界からも、世間での生活からも切り離されている。またそれは時間的な意味での島でもよくて、私のこの短い休暇が丁度そういう島なのである。過去と未来は切り離されて、ここには現在だけしかない。(中略)「ここ」と「今」しかない時、子供、或(ある)いは聖者のような生き方をすることになり、毎日が、そして自分がすることの一つ一つが時間と空間に洗われた島であって、どれもが島も同様に、それだけで充足した性格を帯びる。そういう空気の中では、人間も島になって充足し、落着きを得て、他人の孤独を尊重してこれを犯そうとせず、別な一箇(こ)の個人という奇蹟(きせき)を前にして自然に一歩後へ足を引く。「人間は島ではない」とジョン・ダンは言ったが、私は我々人間が皆島であって、ただそれが同じ一つの海の中にあるのだと思う。」




こちらもご参照ください:

デフォー 『ロビンソン漂流記』 吉田健一 訳 (新潮文庫)
吉田健一 訳 『ラフォルグ抄』
G・K・チェスタトン 『木曜の男』 吉田健一 訳 (創元推理文庫)
イーヴリン・ウォー 『黒いいたずら』 吉田健一 訳 (白水Uブックス)








































































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吉田健一 『怪奇な話』 (中公文庫)

「それで男が曽て中世紀の酒倉に就て読んだことが本当であることを知ってそれは酒樽に入った酒がそのままで非常に長い年月を経過すると一種の膠のようなものを生じてこれが樽に付着し、その樽の木が朽ちて剝げ落ちてからはその膠に似たものの樽の恰好をした皮の中に酒が保存されてこれ以上に貴重な酒はないというのだった。恐らくその酒も琥珀色、或は暗褐色に変色しているに違いない。」
(吉田健一 「酒の精」 より)


吉田健一 
『怪奇な話』
 
中公文庫 A 50-6


中央公論社 
昭和57年7月25日 印刷
昭和57年8月10日 発行
223p 付記1p 
文庫判 並装 カバー 
定価320円
表紙・扉: 白井晟一
カバー: 渡辺兼人


「昭和五十二年十一月 中央公論社刊」



本書「解説」より:

「ここに収められた短篇は一九七六年から七七年にかけて文芸雑誌「海」にほぼ隔月連載されたものである。最後の「瀬戸内海」は、「海」一九七七年六月号に掲載されたが、その年の八月三日に、作者は六十五歳でその生涯を終えた。したがってこの短篇集は作者の最晩年のものに属する。」


新字・新かな。


吉田健一 怪奇な話 中公文庫


カバー裏文:

「孤島に建つ二つの僧院を島ごと入れ替えてしまう魔法使い、月に心を奪われる大工、女の幽霊を冥界から請け出す男、宝籤売りの老婆のお化け、男につきまとう幻の老人――奇抜な着想と巧妙なユーモアに飾られたお化け物語本来の愉しみ、生死を超えた静寂さと人間の孤独を漂わせる幻想譚九篇。」


目次:

山運び
お化け
酒の精

幽霊
老人
流転
化けもの屋敷
瀬戸内海

解説 (三浦雅士)




◆本書より◆


「山運び」より:

「海を眺めるのが楽みだったのであるよりもそれがアクセルの暮し方の一部に完全になっていたから海がアクセルの頭のどこかにないことは滅多になかった。(中略)海にはその広さだけでも人を魅惑するものがある。そのことが海岸の眺めやそこに建つ建物を美しくもするのでどこまで続くのか解らない大量の水の広さとの対照でその眺めや建物はその水の中から浮び出た感じでもあればそれが海の底に沈んでこれもどこまでも続いている所を想像させもする。現にそうして沈んだ都市もあるに違いない。もしそのような都市を水を通して眺めるならばそれは陸上の景色が夕闇に包まれたのに似ているのではないかとも思われてそれは広さというのが測れるものでなくて限界を忘れさせるものであることに気付かせる。又その都市の建物はそこが谷底であるのを山の頂上から見降して眺め渡したのにも似ているかも知れない。
 アクセルは城から見える海をその底に横たわるもの、又その岸に並ぶものの両方の点から思い続けてその光に惹かれた。その海が荒れることもあるのは僅かにその表面に止ることで荒れていても海底の都市は静かであり、その沿岸にあるものは海の狂態を悲む。それが狂態であることを最もよく示すものは海がそのいつもの光を失うことで晴れていても曇天の下でも海の光は人の心を休める。」



「幽霊」より:

「或る日の夕方町の中を歩き廻って男が宿屋に戻って来ると部屋の障子に斜めに向って女がいた。そのなり、又そこにそうしていることから察してそれはそこの女中でなくて又男は愛読者というものがいる文士でもなかった。併しそうして頭を働かせる前に男はそれが幽霊であることを直覚した。」

「「貴方は幽霊でしょう、」と男は言った。
 「それで身の上話を始めるのでしょうか、」と女が答えた。その様子は足がなくてどこか輪郭がぼやけている普通の幽霊の観念に少しも二ていなくてただ一人の女がそこにいるのを男の方がそれが幽霊であることを知っているだけだった。
 「それを伺った所で貴方が別な人になる訳でもないでしょう、」と男は言って何か懐しさに似たものを感じるのに動かされて机に両肘を突いて手を組み合せた。「よく来て下さった。いつもこうでなかったというような話は聞いた所で仕方ありません。」
 「今のままの私を私と御覧になる、」と女が言った。
 「人間だってそうでしょう、」と男は言った。「その人が前に人殺しをしたとか失恋したとか北海道庁長官だったとかいうことが解ってもそれが消えてなくなったことならば聞くだけ無駄でその人の一部に今でもなっているならばその感じでその人が今そこにいることで足りる。」その女が幽霊であることは確かだった。併し言うことも見た所も人間と変りがなくて幽霊というものがあるのかないのか長い間決め兼ねていた後でそれがあることが解った今は男は人間と見分けが付かない相手に人間の積りで応対する方に気が動いていた。尤もその相手が人間でないことは女中が気が付かないでいたことでも明かだった。併し幽霊の扱い方というものはない。或はまだ決められていない。それ故に幽霊が犬の恰好をしていればこれに犬の積りで近づき、もし人間の形をしていれば人間と見るのである。それを初めから実際に犬とか人間とかなのだと思って後でそれがそうでないことが解って驚く程男は間抜けでなかった。それとも自分の前にいるのが幽霊であるのを感じてこれを無視するのだろうか。こういう面白い心理的な現象もあるというようなことでそれを片付ける程男は礼儀知らずでなかった。」





こちらもご参照ください:

吉田健一 『怪奇な話』
『吉田健一著作集 XXIX 思ひ出すままに/怪奇な話』
鬼海弘雄 写真集 『東京迷路』






















































吉田健一 『書架記』 (中公文庫)

「この本に限らずどういう本でも愛読したことがある程のものならば初めに手に入れた版が最も印象に残り、そうした親みというものがなくて本を読むなどということは考えられない。」
(吉田健一 「「悪の華」」 より)


吉田健一 
『書架記』
 
中公文庫 A 50-5 


中央公論社 
昭和57年1月25日 印刷
昭和57年2月10日 発行
259p 
文庫判 並装 カバー 
定価380円
表紙・扉: 白井晟一


「昭和四十八年八月 中央公論社刊」



新字・新かな。
清水徹氏による解説には「補註Ⅱ」として、本文中の引用に関する注と、原文のみが引用されているものについては日本語訳が掲載されているので便利です。


吉田健一 書架記


カバー裏文:

「手に馴染み慈しんだ数々の書物への想い――柔軟な感性と硬質な知性が織りなす〈書物〉本来の感触への案内状。読書家のための十四篇」


目次:

ラフォルグの短篇集
「ヴァリエテ」
プルウストの小説
ドヌ詩集
「悪の華」
ワイルドの批評
エリオット・ポオルの探偵小説
マルドリュス訳の「千夜一夜」
ホップキンス詩集
「パルマの僧院」
イエイツ詩集
「ブライヅヘッド再訪」
「テスト氏」
ディラン・トオマス詩集
後記

解説 (清水徹)




◆本書より◆


「ラフォルグの短篇集」より:

「この頃余り読まれない作者の一人にラフォルグがいる。それが何故なのか考えて見たこともないが兎に角その全集は戦争で中断したままで、その後に見ることが出来たのはパリの Pierre Belfond という本屋が出した詩の選集が一冊と戦前にラフォルグの全集を出していた Mercure de France 社が同じ紙型を使って重版したものと思われる *Moralités légendaires* という短篇集一冊だけである。これは確か全集の第三巻に当るものでこっちが持っていた全集はどうしたかと言うとその発行を中断させたのと同じ戦争で焼いてしまった。」

「ラフォルグの本が現在は手に入れ難いということから話が逸れてしまった。別に本が手に入らなくても困ることはないのでラフォルグのように繰り返して読んだ人間のものになると改めて詩集を読む機会を得てどれか一篇の一行を見るとその次の行が自然に頭に浮び、これでは詩を読むということをしているのかどうか解らなくなる。(中略)併しそれは従ってその詩を忘れたということの反対でその数行、数十行は死ぬ時まで頭の中のどこかで響いているに違いない。」



「「ヴァリエテ」」より:

「プレイアド版のヴァレリイ選集に付いている年譜によれば「ヴァリエテ」が出たのは一九二四年でそれから八年ばかりたってこの本をこっちが手に入れたのだからそれが第何版だったのか解らない。この本も焼いてしまって戦後にこれと同じ形のものが重版になったとも思えないのは既にヴァレリイ全集が完結し、プレイアド版の選集もある時に「ヴァリエテ」をもとのままの内容で出すのは書誌学的にしか意味がないことのようだからである。
 色々と本を焼いた中でこれだけは時々思い出して惜しくなる。」
「これは要するに最初に読んだヴァレリイの本に対する執着ということになるかも知れない。」



「プルウストの小説」より:

「「失われた時を求めて」はプルウストの名前を聞いてから大分たって当時は十六冊本だった普及版を手に入れたが、これも焼いてしまって今はない。その後に十五冊本が出てそれから現在ではプレイアド版で三冊かになっていることは知っていてもこれを買ってもう一度読んでみる気が今の所しないのは最初の版に対する愛着でもあり、又それだけその版と付き合ったからだろうかとも思う。(中略)この十六冊本の普及版は誤植だらけのひどい本だったがそれでももう一度その古本でも手に入れたいものだと思うことがある。
 それにはプルウストの小説をこの版で夢中になって読んだということも手伝っている。」

「友達の一人から「失われた時を求めて」を毎年一度は読み返しているうちに仮綴じの本がばらばらになって来たので本式に装釘し直しにやって今でも読んでいるという話を聞いた。そういうことをするのは易経を革紐で綴じ直させた孔子だけではないのである。(中略)それがプレイアド版ならば読んでいるうちにばらばらになる心配もないに違いない。併し昔N・R・Fから出ていた十六冊本の普及版がもしあればと今でも思っている。」



「ドヌ詩集」より:

「これまでは曾て本棚にあって今はもうない本に就て書いて来たがこのドヌ詩集は現在ここの本棚に載っている。併しこれも最初に手に入れて丁度十年ばかり持っていたのは焼いてしまって今あるのはその何版目かの同じ本である。もっと正確に言うと初めに持っていたのが Nonesuch Press から出た *Donne*、一九二九年発行の第二版、今のがその第九版で一九六二年発行、尤もこの版の原語は impression で edition と impression をどう使い分けるかはヨオロッパの専門家の間でも余りはっきりしないようであるがこの本の出版元は impression を日本の版の意味に使っているらしく思われる。
 本の話をしているのであるから本の出版元に就ても或る程度書いて構わない筈である。この Nonesuch Press というのは文芸出版で英国で有数の店の一つで、ただこれは日本で有数の出版社というのと意味が違っている。恐らくロンドン中を探して歩いてもナンサッチ・ビル、略してナンビルというような名前の建物は建っていなくてこの店は、これはこの店に限ったことでないが本以外に何も出していない。併しここはいい本を出す。それは所謂、内容、つまり刷ってある文章とその校訂が信頼出来るということだけでなくてその造本も充分に本の感じがするということで例えば焼いてから又十何年かたって買った今のドヌ詩集も見た所は前のと少しも変らず同じ質の紙に重版とは思えない鮮明な印刷がしてあるのが昔通りの海老茶色の厚い布で綴じてある。強いて言えばその表紙に掛けてある紙の被いが違っていてこの被いの方がもっと洒落ているが、ただこの本が曾て手にしたものでないのをこっちが知っているということはこれだけはどうにもならない。
 この詩集は初め学校の講義を聞きに行くのに必要なので買った。ジョオジ・ライランヅの講義でこれはこの詩集を編輯したヘイワアドが仕事を進めて行く上で教示その他の援助を受けたことに就て謝意を述べている人達の一人である。その教室に宛てがわれたのが石の壁に縦に長い石の窓枠を幾つか嵌めた窓のガラスを小さく菱形に区切っている鉛の格子を通して光線が上の方から斜に差して来る部屋で、この学校が正式に発足したのがヘンリイ六世の治世であるからこの部屋もエリザベス時代の人間だったドヌよりも古いものだったかも知れない。兎に角ドヌが詩を書き出した頃にこの学校は既に創立から百年はたっていてドヌ自身がその近くのトリニティイ・コレッジで学んだ。その場所で、又恐らくはその頃から変らない建物でドヌを読んだからどうということはなくても少くともそれで昔は今と違ってというような無駄な考えに煩されないということはある。」



「「悪の華」」より:

「この本も今はない。尤もボオドレエルの「悪の華」というようなものはいつも幾つかの違った版で方々から出ているのであるから読むのに不自由することはないが、この本に限らずどういう本でも愛読したことがある程のものならば初めに手に入れた版が最も印象に残り、そうした親みというものがなくて本を読むなどということは考えられない。確かに鷗外はレクラム文庫で出ているものは凡てこの文庫ですませて殊更に造本のことを問題にしなかったかも知れない。鷗外自身がそう書いている。併しこれは本を縦に本棚に並べて置くのが長い間には本を痛めることになるので出し入れが不自由になるのを構わずに蔵書の全部を和綴じの本と同様に棚に横に積み重ねていた人間でもあってもし鷗外が持っていたレクラム版の「ファウスト」が今あるならばこれが珍品中の珍品であるのは読書家の鷗外の精神がその本に籠っていると見られるからであるということを考えていい。」


「ワイルドの批評」より:

「本を買って読み続けて現にそれを持っているものと言えば戦後に手に入れたのしかない。従ってこれは戦後に初めてその本を読んだことにもなるが、その一つにワイルドの *Intentions* がある。これは神田の古本屋で買った。その店は今でもある筈であってどの辺の何という店か前を通って窓を覗くまでいつも忘れたままでいるが、その場所を強いて言えば九段下から駿河台下に向って神田の大通りを真直ぐに歩いて行けばどこか左側にあり、洋書の古本ばかり売っている点でこの頃の古本屋が古本も少しばかり扱っている普通の本屋のようになっているのと違って神田に昔あった古本屋の感じがする。」


「マルドリュス訳の「千夜一夜」」より:

「この本も今はない。併し戦前は引っ越しする毎にこれが他の本や本棚と一緒に引っ越し先に運ばれてどこに住んでもこれが又本棚に並ぶことになった。」

「今でも「千夜一夜」のことを思う毎に記憶に戻って来るのはどこかの屋敷の佇いで、そこは暑さを避けて薄暗くしてある広間に噴水の水が大理石の水盤に絶えず落ち、その縁の四方に花が植えてあるのが一輪ずつで一つは薔薇、一つは翁草、一つは素馨で後の一つは忘れた。それが一輪ずつでも何れも又とない薔薇その他だったと書いてあって、これがどういう話だったか記憶から消えてそこの所だけを覚えている。まだ耳許でその水音がして花が匂う。或は広間の薄暗闇で花だけが微かに光っている。
 もう少し付け足すとマルドリュスの訳にはその十六冊のが出る前に十五冊のがあって、これに新たに発見された材料を加えたのがその十六冊の一番よく知られたマルドリュスの訳である。その十五冊の方にペルシャの繊画を挿し絵に沢山入れた豪華本を見たことがあり、それが十六冊のよりも分量が少いものであることが解っていたので欲しいとは思わなかったが、そのこととは別にペルシャの繊画もこの「千夜一夜」の凪いだ海の底をそこまで届く光で眺めているのに似た世界を色と線に直すのに適していなかった。」



「「パルマの僧院」」より:

「言葉を色々と組み合せて並べてあるものの中で小説という形式にはどうしても馴染めない。今まで読んだものを思い返して見てもその大部分はそういうものを読まなければ何か損をするというようなことを他に読んだこととか人の話とかに吹き込まれて読んだもので、その苦役の後でどういうものを得たかと言えば別にどんなものも得なかったと考えるしかない。」


「「ブライヅヘッド再訪」」より:

「この本は今手許にないのみならず焼いたこともなくて終戦から余りたっていない時に人から借りて読んだ。それは単行本でこの本の初版が出たのは一九四五年であるから借りたのもその初版の単行本だったのではないかと思う。(中略)その頃は鎌倉に住んでいて他に本を読む時間がなかったので横須賀線にその本を持ち込んで乗っている間だけ読み、それが満員の中ならば本もそれだけ荒っぽく扱われることになってかなり痛んだ筈であるが幸に本を返した際に苦情は言われなかった。併し満員の電車の中なのが気にならない程耽読したことも事実である。」


「ディラン・トオマス詩集」より:

「戦後に最初に手に入れたこの詩集はディラン・トオマスが好きだという英国人の女の子がいたので感激して譲ってしまった。この女の子というのは文字通りであって十か十一位の漸く文章というものの意味が解り始める年頃のだった。」

「英国の文学というのは日本で曾て本当の意味で歓迎されたことがないようでこういうことは今日では小学生でも英語が読めるという伝説があったりすることと無関係である。それは読めるのかも知れないが読むのは何れほうり込まれる受験地獄の試験問題であって詩が日本の大学の入学試験に出る訳がない。そういう誤解と誤認の種が戦前も大分遡っての時代から入念に蒔かれていた為なのか英語で書かれたもので我が国で栄えているのは先ずその試験問題ではないかと思われて例えば第一次世界大戦の終りから現在までの一時期が英国の詩の復興を見たものであるのに何故我が国ではその詩人達の中でエリオットとオォデンだけが取り上げられたのか、これはただこの二人が英国でその当座は持て囃されたのでその顰みに倣えば安全と考えるものがいたとでも解釈する他ない。」

「どういう訳だったのかトオマスの詩で最初に読んだのではなくて聞いたのは Do not go gentle into that good night の句で始るものだった。」
「この詩の一部を聞かせてくれたのはトオマスの友達の一人で、それがこの詩がどういう事情で書かれたかということも説明してくれた。(中略)トオマスの家はウェイルス地方のケルト系の出だったらしくて、これは必ずしもケルト系に限ったことではないがその系統に属する英国人の一つの型に神を自分にとっての現実の一部と見做して日常これと言わば交渉を続行し、その助けに期待するとかその介入の跡を何かの出来事に見るとかいうことをする他に時偶これを向うに廻して世の不正や醜悪をそういうことを許す神の仕業として神を糾弾して止まないのがある。(中略)G・K・チェスタアトンが中世紀の背教の徒に就て書いたことで the grand old defires of God were not afraid to face an eternity of torment というのがある。併しここで言う型は地獄の永遠の責苦を賭しても神に挑戦するというのであるよりもこの不正に満ちている人間を不正と不幸に導かずにはいない仕組みになっている現世のようなものをよくも作ったということに神に対する非難を集中してもし非難したからというので地獄の責苦に会わせたりすれば承知しないという態度であって、それが余りにそれに徹したものなので爽かに感じられる。
 デイラン・トオマスの父親がその型に属する人間だったらしくてそれが死が近くなってそういうことを言わなくなり、それまでと打って変って優しい人間になって死んだのをトオマスが悲んでこの詩を書いたというのである。このことを余り単純に受け取ってはならない。(中略)トオマスの詩を読んでそこに父親の曾ての呪詛に対する共鳴を見るのは間違っていなくても神の悪を鳴らすことはヨブの時代から行われていてその為にヨブが神に斥けられたのでもなかった。又それで弁悪論、或は神正論がキリスト教神学の一部をなしていてその分野に足を踏み入れなくてもここで話を進めるのに神を呪詛するものは神の存在を認めていることになるということだけで充分である筈である。それ故に凡てのことに神の仕業を認めて神を呪詛する。又それ故に神を讃美するものもある。この呪詛と讃美の間にどれだけの違いがあるのか。
 併し我々はここで神学の問題を取り扱っているのではない。我々にとって考える必要があるのは人間の世界はどこまでも同じである時にその一部にユダヤの、更にキリスト教の神の観念が生じ、存在を獲得し、それが起ったのが人間の世界であることに変りはなくてその上では人間と神が何かの意味で対立することは避けられず、それは讃美の形も呪詛の形も取るということである。又それは呪詛であっても神と人間の関係は一層親密なものになる筈であって神とか呪詛とかいう東洋の観念を背後に持った東洋の言葉ではここの所の事情が表現の明確を欠くことになる。(中略)トオマスはその父親の呪詛を愛した。併しそう書いただけではまだ足りないのでトオマスはあの神の野郎奴とか言いながらそこに自分の怒りがまだ燃えていることを確めてその限りではいい機嫌で飲んでいる父親に親みを覚えたに違いない。それだから Rage, rage against the dying of the light である。
 トオマス自身の神に対する態度は違っていた。」
「トオマスにとって神は自然にそこにあるものだった。又美と認めたものは神の美を反映して世界は美に満ちていた。(中略)又トオマスのは聖なる哉の讃美歌が連想させるものとも違っていてトオマスにとって神が讃美すべきものだったことはその神とともにある世界が時にはどういう様相を呈し、人間をどのような状態に置くかということから眼を背けさせるものではなかった。」

「トオマスの詩に神という言葉は出て来てそれがその通りに響いても信仰とか、或はそれに類する言葉は見当らなくて又そういうことを表す場所がトオマスの詩にあるとも思えない。(中略)その神は或は我々が今まで知らなかったものであるとも考えられる。確かに我々が曾て読んだ多少は異端かと思われる神と神の世界に就ての文章が最もトオマスの神、或は詩から受ける印象に近くてそれが例えばアナトオル・フランスの聖母に奉仕することを願ってその祭壇の前で手品をして見せる手品師であり、又ワイルドのどこから来たのか解らない子供を自分の庭で遊ばせてやっている巨人が或る日子供の手と足に釘を打った跡があるのを見て怒ると子供がこれから自分の庭で貴方を遊ばせて上げると言って巨人が昇天するお伽噺である。我々はアナトオル・フランスやワイルドの性格に即してこういう文章は異端ではないかと思う。併しそうすると中世紀のアミスとアミルの話を思い出して、これは親友である二人の男のうち一人が癩病に掛り、もう一人の男に天使が現れてその男に二人の子供があるのを二人とも首を切ってその血で癩病に掛っている男を洗うように言う。そうするとそれを聞いた男は友情の前には子供も殺す他ないと考えて天使が言った通りにすると癩病の男は直り、首を切られた子供達は首が胴に又継ぎ合さってただ細い赤い線が首を切られた跡に残っただけだったというのである。それで中世紀にはこういうのが信心の典型と考えられていたことも記憶に戻って来る。」



「後記」より:

「これはもともと本棚にある本で殊に愛着があるものを一つずつ扱う積りでいたのが書き上げた結果を見るとその半分が曾てどこかに住んでいる時には本棚にあって今はないものになっている。それならばこれはその程度にその曾てはあった本に対する追悼文だろうか。併しそれでも構わない。現に本棚にあるのも未来永劫にそこにあるものではなくて本が我々にとって持つ意味というものはそういうことと無縁のようである。」



◆本書で取り上げられている本◆

ジュール・ラフォルグ 「伝説的教訓劇」
ポール・ヴァレリー 「ヴァリエテ」
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」
ジョン・ダン詩集
シャルル・ボードレール 「悪の華」
オスカー・ワイルド 「意向集」
エリオット・ポール 「ルーヴル博物館でのごたごた」
マルドリュス訳 「千夜一夜物語」
G・M・ホプキンス詩集
スタンダール 「パルムの僧院」
W・B・イェイツ詩集
イーヴリン・ウォー 「ブライズヘッドふたたび」
ポール・ヴァレリー 「テスト氏」
ディラン・トーマス詩集




こちらもご参照ください:

『吉田健一著作集 XXI 書架記/ヨオロツパの人間』
種村季弘 『書物漫遊記』 (ちくま文庫)
寺山修司 『幻想図書館』 (河出文庫)




















































































































吉田健一 『ロンドンの味 ― 吉田健一未収録エッセイ』 (講談社文芸文庫)

「このあるのかないのかはっきり言えない味と微かな匂いの酒を前に置いてホテルのラウンジとか、料理屋の隅とかにいると、英国のいつまでたっても暮れない夏の日が更に金色の光を増し、公園の木の緑が一層影が濃いものになる。やがて夕食の時間になるのであるが、まだ急ぐことはないのをその光と影と、それからこのシェリーが教えてくれて、英国人が何としてでも生きようとしてこの地上にいることに執着するのが解る気がする。」
(吉田健一 「ロンドンの味」 より)


吉田健一 
『ロンドンの味
― 吉田健一
未収録エッセイ』
島内裕子 編

講談社文芸文庫 よ D 14 


2007年7月10日 第1刷発行
366p 
文庫判 並装 カバー 
定価1,500円
デザイン: 菊地信義



本書巻末付記より:

「本書は、吉田健一の単行本未収録エッセイ六十八篇を内容別に四つのグループに分け、それぞれほぼ年代順に配列し、各エッセイの文末に初出を掲出しました。本文は、新漢字新かな遣いによる表記に改め、ふりがなを適宜増減しました。」


年譜・著書目録は二段組。「解説」中に図版(モノクロ)6点。


吉田健一 ロンドンの味


帯文:

「詩心が
響映する
吉田文学
四十年の
遺珠
六十八篇。」



帯裏:

「島内裕子
没後三十年が過ぎようとしている今、未収録作品も含めて、吉田健一の全貌をわがものとし、不断にその清新な感情と感覚に触れることは、かけがえのない生きる喜びとなって、わたしたちの心を潤わせてくれる。吉田健一の文学世界はすべて、彼の詩心が響映した精緻繊細であると同時に、のびやかでのどかな稀に見る別天地である。しかし、その別天地は、彼の言葉によって実在がわたしたちに保証されている現実世界でもあるのだ。
「解説」より」



カバー裏文:

「古今東西の文学に通暁し、言葉による表現の重要性を唱え、独自の豊かな文学世界を構築した天性の文人・吉田健一。その軽妙洒脱な食味随筆、紀行文、イギリス滞在記を始め、最初期のラフォルグ論、ボードレール論、鴎外論、また、後年の文学的開花に密接に繋がる厖大な翻訳の「解説」、さらには、最晩年の中島敦論まで、精緻な調査によって発見された新資料を含む、単行本未収録エッセイ六十八篇。」


目次 (初出):


講演旅行 (「反響」 昭和27年6月)
ノン・フィクション (「文藝」 昭和29年12月)
はち巻岡田 (「あまカラ」 昭和32年3月)
○×軒 (「あまカラ」 昭和42年9月)
「あまカラ」終刊によせて (「あまカラ」 昭和43年4月)
姫路から博多まで (「旅」 昭和31年3月)
新潟で雑煮を祝ってみたい (「旅」 昭和35年1月)
「ねぎま」と「あんこう鍋」 (「旅」 昭和35年2月)
味噌漬けには熱い御飯が合う (「旅」 昭和35年3月)
大学町の印象 (「英語青年」 昭和32年7月)
お詫び (「中国菜」 昭和36年2月)
裏日本の味どころ――新潟・金沢・酒田の珍味 (「漫画読本」 昭和40年2月)
ケンブリッジ入学当時 (「英語青年」 昭和35年4月)
ロンドンの味 (「英語青年」 昭和33年9月)
クリスマス・ディナー (「英語青年」 昭和35年12月)
スコットランドの思い出 (「愛のメルヘンランド」 昭和52年7月)


洋書の思い出 (「学鐙」 昭和44年1月)
シェイクスピア (「図書」 昭和39年4月)
ヴァレリイを読んだ頃の思い出 (『現代世界文学全集』 第25巻 月報 新潮社 昭和30年1月)
「ラフォルグ論」――M・サン・クレエル (「文学界」 昭和12年11月)
『英国は没落する』――ブリツフォート著・葦田坦訳 (「文学界」 昭和14年7月)
『ポール・ヴァレリイの方法序説』――モーロア著・平山正訳 (「新潮」 昭和14年10月)
批評と創作との交流 (「文芸」 昭和15年7月)
近代の東洋的性格に就て (「新潮」 昭和16年6月)
『芸術論』――ワイルド著・西村孝次訳 (「文学界」 昭和17年1月)
『近代ヨーロッパ史』――ブランデンブルグ著・西村貞二訳 (「文学界」 昭和18年8月)
英米文化の実体 (「新潮」 昭和18年8月)
ボオドレエルの詩 (「批評」 昭和17年7月)
ボオドレエルの古典性 (「批評」 昭和18年12月)
古典文学の映画化 (「人間」 昭和24年12月)
ロミオとジュリエットを見て (「あるびよん」 昭和29年11月)
瓜二つ (「現代演劇協会機関誌」 昭和49年8月)
第一次大戦前後――一九〇〇年から一九二〇年まで (「英語青年」 昭和35年2月)
英国の現代文学に認められる信仰の問題 (「英語青年」 昭和31年12月)
『フォーセットの探検』――P・H・フォーセット (「新潮」 昭和29年2月)
『カラハリの失われた世界』――バン・デル・ポスト (「読売新聞」 昭和41年6月19日)


翻訳小説と翻訳者 (「人間」 昭和25年7月)
ペイタア『ルネサンス』解説 (角川書店 昭和23年6月刊)
エリザベス・ボウェンの「日盛り」に就て (「英語青年」 昭和26年9月)
エリザベス・ボウェン『日盛り』後記 (新潮社 昭和27年8月刊)
作家の顔――ELIZABETH BOWEN (「ユース・コンパニオン」 昭和29年5月)
エリオット・ポウルの探偵小説 (「新潮」 昭和29年3月)
私の好きな作家――Elliot Paul (「ユース・コンパニオン」 昭和30年8月)
ポール頌 (『世界推理小説全集』 第59巻 『ルーブルの怪事件』 月報 東京創元社 昭和34年9月)
ポール・コラン『野蛮な遊び』解説 (筑摩書房 昭和26年10月刊)
クリストファア・イシャアウッド『山師』解説 (文芸春秋新社 昭和27年3月刊)
デュ・モオリア『真実の山』解説 (ダヴィッド社 昭和27年12月刊)
デュ・モオリア『林檎の木』後記 (ダヴィッド社 昭和28年4月刊)
ニコラス・モンサラット「残酷な海」 (「新潮」 昭和27年7月)
ニコラス・モンサラット『怒りの海』解説 (新潮社 昭和28年1月刊)
『ロビンソン・クルーソー』解説 (『世界少年少女文学全集』 4 東京創元社 昭和29年3月刊)
『ふしぎの国のアリス』解説 (『世界少年少女文学全集』 6 東京創元社 昭和29年5月刊)
『黒馬物語』解説 (『世界少年少女文学全集』 33 東京創元社 昭和30年10月刊)


現代文学の使命 (「文学界」 昭和18年5月)
森鴎外論 (「文学界」 昭和17年12月)
鴎外の歴史文学 (一) (「批評」 昭和19年4月)
鴎外の歴史文学 (続) (「批評」 昭和19年11月)
神西さん (「あるびよん」 昭和32年5月)
松方さん (「あるびよん」 昭和35年8月)
『外遊日記』――小泉信三 (「日本読書新聞」 昭和30年2月21日)
小泉さんのこと (「三田文学」 昭和41年8月)
福原さんとシェイクスピア (『福原麟太郎著作集』 第1巻 月報 研究社 昭和43年9月)
堀田さんのこと (『堀田善衞全集』 第2巻 筑摩書房 昭和49年7月)
私の名作鑑賞――「蘆刈」 (『現代文学大系』 第18巻 月報 筑摩書房 昭和39年8月)
「善光の一生」その他 (『日本現代文学全集』 第79巻 月報 講談社 昭和42年5月)
「河口にて」 (『北杜夫全集』 第10巻 月報 新潮社 昭和51年10月)
『日本文学史』――ドナルド・キーン著・徳岡孝夫訳 (「サンケイ新聞」 昭和52年2月2日)
「光と風と夢」 (『中島敦研究』 筑摩書房 昭和53年2月)

解説 (島内裕子)
年譜 (藤本寿彦)
著書目録 (近藤信行)




◆本書より◆


「洋書の思い出」より:

「この頃は豪奢な出来の本というものが世界的に少くなったようである。どこでも物価が上っているので手頃な、或は少しばかり高いと思われる程度の値段で製作に手間を掛けた本を提供するのが困難になった為なのだろうが、戦前は例えば丸善の本棚に並ぶ一般向きの洋書にも中身の点だけでなくて目を惹き、買いたい気を起させるものがあった。或る時、どういう事情からだったか、親戚からその頃としては大金の百円という金を貰ったことがあって、それを持って丸善に出掛けて行って買った本のことは今でも忘れない。先ずバシンという十七世紀のイタリー人が書いた「五日物語」というのを「千夜一夜」のバートンが英訳したので確か Boni & Liveright というアメリカの本屋から出たのがあって、これは黒い布装に一面に金でルネッサンス風の模様を押した大判の見るからに派手な本だった。その訳文もバートンが十七世紀初期の英文に似せた精巧な文体で、つい読まされたものだった。併し終りまで読み通した訳ではない。
 気が付いてみると、その時買った他の本も装釘は覚えているが、どれも繰り返して読むというようなことをした記憶がない。」
「併し当時の百円はそんなことで使い切れるものではなくて他に何冊も買い、その間に方々の本棚を覗いて見たり、その頃は二階建てだった丸善の二階に風月が出していた支店で食事をしたりして一日では買いものがすまず、幾日も浮き浮きした気持で丸善に通ったものだった。(中略)そして本を買うにもあぶく銭の原理は通用するようで、それから又何年かするうちにその時買った本は跡形もなく古本屋の棚へと消え失せた。その後に苦労して手に入れた、千夜一夜のマルドリュスによる仏訳や、予告されていながらなかなか出ないでいたヴァレリーの詩集の普及版とは話が違って、やはり浮かれ気分で買った本は身に付かないものらしい。併しあの百円がある間は愉快だった。今ならば幾らあればいいのか。」




◆本書について◆


集英社版『吉田健一著作集』は、著者が生前に出した単行本、あるいは出す予定だった没後刊行本を、年代順に収録した、ほぼ「全集」といってよいものですが、単行本未収録の文章も多く、その一部は著作集の「補巻」に収録されているものの、より完全な形での全集の刊行が望まれます。
そういうわけで本書は、吉田健一の単行本・著作集未収録の文章の中から、「散逸を防いで次代に残したい作品を中心に集め、なおかつこの一冊の文庫本で、吉田健一の豊かな文学世界の全体像を視野に収めることができるような構成にしたいと念じて編集した」(本書「解説」より)ものであり、今後の動向に期待したいところです。




こちらもご参照ください:

『吉田健一著作集 I 英國の文學/シェイクスピア』
武田百合子 『あの頃 単行本未収録エッセイ集』 武田花 編
種村季弘 『詐欺師の勉強あるいは遊戯精神の綺想 ― 種村季弘単行本未収録論集』
















ヘンリー・ミラー 『暗い春』 吉田健一 訳 (福武文庫)

「「気が変になったんじゃないかしら」とジルがいう。
 「そうじゃないんだよ」とジャブがいう。「わたしはやっと正気になったんで、ただそれはきみたちが考えているのとは違った正気なんだ。」」

(ヘンリー・ミラー 「ジャバウォール・クロンスタット」 より)


ヘンリー・ミラー 
『暗い春』 
吉田健一 訳
 
福武文庫 ミ 0301 

福武書店
1986年11月10日 第1刷印刷
1986年11月15日 第1刷発行
282p
文庫判 並装 カバー
定価620円(本体602円)
装丁: 菊地信義
カバー写真: 瀬尾明男



Henry Miller: Black Spring, 1936


ヘンリーミラー 暗い春


カバー裏文:

「ニューヨークの下町ブルックリンで幼少年時代を過ごし、その後国内各地、アラスカ、さらにはパリを放浪したミラーが、郷愁をこめて綴る幼き日の思い出。機械文明に毒され、第二次世界大戦の翳が忍び寄るアメリカに対する痛烈な批評精神に溢れた名作。」


目次:

第十四地区
春の三日目か四日目
土曜の午後
わたしには天使の すかし が入っている
ジャバウォール・クロンスタット
夜の世界へ……
仕立屋
支那を漫歩する
バーレスク
誇大都市妄想患者

訳者あとがき




◆本書より◆


「第十四地区」より:

「ほかのものはその少年時代の記憶として美しい庭だとか、やさしい母親だとか、海岸に避暑に行ったのを思い出すところなのだが、わたしの場合は、わたしたちがいた家のむかい側にあった罐詰工場の煤(すす)だらけの壁や煙突、それから街にちらばっていた無数の小さな丸いブリキの板のことが頭に焼きつけられている。そのあるものはぴかぴか光っていて、あるものは銅色に錆び、さわると指が汚れた。」
「わたしにとっては、第十四地区が世界の全部だった。もし何かその外で起こっても、それは実際には起こらなかったか、あるいはどうでもいいことか、そのどっちかだった。わたしの父が釣りをしにこの世界から外へ出て行くことに、わたしはなんの関心も持たなかった。わたしはただ父が夕方になって、酒臭いにおいをして帰ってきて、大きな緑色の籠からそこらじゅうを跳ねまわる、まるい眼の怪物どもを床にあけたのしか覚えていない。」



「春の三日目か四日目」より:

「わたしはもう過去も未来もない人間になっている。わたしは存在し、――ただそれだけなのである。わたしは、他のものの好き嫌いなど気にかけない。わたしがいうことを他のものがそのとおりだと思おうと思うまいと、ちっともかまやしないのだ。(中略)わたしはアメリカをだんだん大きくなってゆくひとつの災難、世界にいつのまにかついてしまった黒い染(し)みとみている。わたしは長い夜がこようとしていて、世界を毒した蕈(きのこ)が根から枯れはじめているのを知っている。
 それでわたしはそんなふうにしてすべてが終わるのを予感しながら、――それがあすだろうと、三百年先のことだろうとかまわない、――何かに憑かれたようになってこの本を書いているのだ。(中略)なぜなら、だれもわたしに代わってこういうことをいってくれるものがいないからだ。わたしが口ごもったり、つまずいたりし、どんな表現の形式でも使わずにいられないのは、いわばひとりの神がどもりながら話しているのに他ならない。わたしは世界の壮絶な崩壊に眩惑されているのだ。」

「黄昏や、明け方や、それからおよそ人間などに出会わない時間に歩きまわっているひとりの人間として、自分がまったく孤独で他に自分のようなものはいないという感じがわたしを力づけて、人込みの中にいて自分がもう人間ではなくなり、ただのごみの一粒、唾の一塊りでしかない気がするときでも、わたしは自分が宇宙にただひとりでいて、人間がだれもいなくなった街に自分だけ存在し、住民がすべて逃げ去った後で高層建築の間を歩いているただひとりの人間になって歌い、地上を支配しているのだというふうに考えはじめる。」

「わたしは古い世界の人間で、風に運ばれてきた種であり、その種はアメリカの急ごしらえのオアシスでは花を咲かすところまでいかなかった。わたしは過去の重い木に属していて、肉体的にも精神的にも、かつてはフランス人、ゴール人、ヴァイキング、匈奴(きょうど)、韃靼(だったん)人その他だったヨーロッパの人間に繋がっているのだ。ここがわたしのからだや魂の風土で、ここには活気と腐敗がある。わたしは今世紀の人間でないことを誇りに思っている。」



「土曜の午後」より:

「ロビンソン・クルーソーはなんとか生きて行けたのみならず、比較的に幸福でさえることに成功したというのである。これはまったくたいしたことだ。(中略)なんと非アングロ・サクソン的で、キリスト教以前とでもいうほかないことだろう。(中略)この話をもっと現代ふうに解釈すれば、これはひとりの芸術家が自分でひとつの世界を作ろうとしたということなのであり、あるいはこれが世界で最初にほんものの神経衰弱にかかった男で、自分の時代を離れて自分自身の世界に住み、それは野蛮人ではあっても、とにかくもうひとりの人間と分け合うために、わざと難船したのである。驚くべきことは、彼が神経衰弱にかかってそんなことをしたにもかかわらず、無人島で(中略)比較的な幸福を見つけたということである。マグダレエニアン文化以来の二万五千年間の「進歩」は、こうして彼の神経突起の中で抹殺されてしまった。これが十八世紀の比較的な幸福の観念だったのである。そしてフライデーがやってくると、フライデーは野蛮人で、ロビンソン・クルーソーがいうことがわからないにもかかわらず、その幸福は完全なものになるというのだ。わたしはこの本をもう一度読んでみたい。――いつか、雨が降っているときにでも読むつもりだ。中世紀以来の文化がその頂点に達したときに出た、まったく感嘆すべき本だ。」
「十八世紀の人間は、やがて来(きた)るべき終末にひかれていたのだ。彼らはもうたくさんだと思い、もときた方へ引き返して、母親の胎内にもどりたかったのだ。」



「ジャバウォール・クロンスタット」より:

「ピアノは涼み台のかたわらの隅にあり、これは銀の蠟燭立てがついたいまにもこわれそうな黒い箱で、黒い鍵(けん)はみんなスパニエル種の犬に嚙み取られてしまった。そしてその上には請求書や、マニキュア・セットや、将棋の駒や、ビー玉や、骰子(さいころ)が入っている。ベートーヴェンだとか、バッハだとか、リストだとか、ショパンとか書いたアルバムが重ねてあり、クロンスタットが機嫌がいいときは、ゴヤと書いてあるアルバムをあけて、何かハ調のものを弾いてくれる。彼は歌劇や、メヌエットや、ショッティッシュや、ロンドや、サラバンドや、プレリュードや、フーガや、ワルツや、行進曲や、チェルニイや、プロフィエフや、グラナドスのものが弾けて、弾きながらプロヴァンスふうの歌を即興的に口笛で吹いて聞かせることさえできる。しかしなにをやるにしてもハ調のものばかりなのだ。
 だから黒い鍵がいくらたりなくても、またスパニエル種の犬が子を生もうと生むまいと、そんなことはちっともかまわないのだ。ベルが鳴らなくても、水洗便所が流れなくても、詩が書けなくても、シャンデリアが天井から落ちても、家賃が払えなくても、水道が止まっても、女中が酔っ払っても、流しが詰まっても、ごみ溜めの中のものが腐りはじめても、髪がふけだらけで、寝台が軋っても、花に黴が生えても、牛乳が悪くなっても、流しが汚れていて、壁紙の色があせても、せっかくの特種(とくだね)が古くなって、災難が一度に降りかかっても、息が臭くても、あるいは手がべたついても、氷が溶けなくても、自転車が動かなくても、すこしも気になることはないので、それはそういうものの見方をするのに馴れてしまえば、なんでもハ調で弾けるからなのである。」



「夜の世界へ……」より:

「わたしは、どんな思い出よりももっと古い思い出を、山の下に埋められている石の板に記された神話を、なんとかして探そうとしているが、だめなのだ。」

「それは溺死するような気持ちがするもので、わたしの過去の生涯全体が頭に浮かんでくる。そしてそれはわたしの個人的な過去だけでなくて、全人類の過去であり、わたしはそれを巨大な亀の背に乗って遡って行くのだ。わたしたちは地球とともに蝸牛(かたつむり)のようにのろのろ進んで行き、地球の軌道んぼ限界まできて、それから奇妙に片足をひきずって空っぽになっている天の十二宮の中をよろめきながら、急いで引き返して行く。動物界に属する多くの不思議な格好をした幻影、梯子の上まで登りつめてから海の底に落ちた、いまは絶滅した種属が見える。」

「わたしがいま、世界を喜びも悲しみも感じないで歩いているのは、タラハッシイで、わたしの内臓を取り去ってしまったからだ。こわれた棚の隅で、人びとは汚い手をわたしの中に入れて、錆びたジャック・ナイフでわたしのものだったすべてを、わたしにとって神聖であり、わたしだけのもので、犯すべからざるものを切り取ってしまった。タラハッシイで、人びとはわたしの内臓を取り去った。そして町中を追いまわして、わたしに虎のように縞をつけた。かつてはわたしは自由に口笛を吹いていた。血が鎧戸から洩れてくる光をとおして脈を打っているのを聞きながら、街を歩いて行った。いまでは、カーニヴァルの最中のような騒々しい音がわたしのなかで聞こえる。わたしの腹は、何百万という携帯風琴(ふうきん)の節ではち切れそうになっている。わたしは、かつての悲しみの街を、カーニヴァルの騒音でいっぱいになって、わたしが覚えた節をこぼしながら人とすれ合って歩いて行く。わたしは舗道へとよろめいて行く喜びに満ちた、なまけもので堕落した人間なのだ。重い綱のように揺れている一筋の人間の肉なのだ。」



「仕立屋」より:

「「ヘンリー」とやつらはいった。「明日ミーリア叔母さんを精神病院につれて行きなさい。そして有料にしてもらったりすることはとてもできないんだから、そのつもりでいるんですよ。」
 それならそれもけっこう。なんでもいいから、陽気にしていようじゃないか。翌朝、わたしはミーリア叔母さんといっしょに電車に乗って、田舎に出かけて行った。」
「電車の中でわたしは泣いた。泣かずにはいられなかったのだ。この世に住むのにはよすぎる人間がいると、どこかに閉じ込めてしまわなければならないのだ。よすぎる人間というのは、どこかどうかしているらしい。ミーリアが怠けものだというのはほんとうで、ミーリアは生まれつき怠けものだった。(中略)ミーリアは何もしないで、ただ泣いていた。ミーリアは俯いているだけで、それまではそれでも正気だったのが、もう正気でさえなくなった。ミーリアは、邪魔もの扱いにされどおしの一足の破れた靴下のようなもので、どこに行っても他が迷惑するだけだった。」
「そしてミーリアは柔順(おとな)しく電車の中に腰かけていて、牝牛をめいめいの名前で呼んでいる。月がミーリアにとっては、ひじょうな魅力なのだ。ミーリアは前からわたしだけは信用していて、それで今日もすっかり安心している。わたしはミーリアの気に入りで、頭がすこし変でも、ミーリアはわたしにはいつも親切にしてくれた。他のものは正気ではあっても、心がけがよくなかった。」
「ミーリアには、罪とか後悔とかいうものの観念がぜんぜん違ったようだ。ミーリアは頭がすこし変な天使で、ミーリアは聖者だったのだ。
 ミーリアが雇われている先で暇を出されると、わたしが迎えに行かされることがあった。ミーリアはひとりで家に帰ってくることがどうしてもできなかったのだ。そしてわたしがきたのを見ると、ミーリアは大喜びをした。ミーリアはいたって無邪気に、わたしといっしょに住みたいといった。なぜそうしてはいけなかったのだろう。(中略)ミーリアがそうしたいのなら、なぜ炉端にミーリアがいる場所を作ってやって、勝手に夢を見させておくことができなかったのだろう。なぜだれもかれもが、――天使や聖者でさえもが、――働かなければならないのだろう。なぜ頭がすこし変なものまでが他のものに手本を示さなければならないのだろう。
 これからわたしがミーリアを連れて行く場所にミーリアが行くのは、あるいはいいことかもしれないとわたしは思う。もう働かなくてすむのだ。しかしそれにしても、どこかの家にミーリアがいられる片隅があったほうがいいのだ。」

「壊しちまえ、壊しちまえ。ほかに何もいうことはない。」



「支那を漫歩する」より:

「わたしは自分の国のことばを忘れてしまって、そしてまだ新しいことばが話せるところまでいっていない。(中略)わたしは、変わりつつある現実の中心にいて、まだそのための国語は作られていない。」

「眼を開けたまま夢をみなければならないものにとっては、すべての運動は逆の方向にむかい、すべての行為は万華鏡を覗いているときのように、粉々に砕ける。わたしは、現在の醜悪な世界のなかを歩いて行きながら、眼をつぶる勇気があるもの、現実と呼ばれているものから常に遠ざかっているものだけが、われわれの運命を左右することができることを確信している。(中略)わたしは、生も死も恐れない夢想家だけが、宇宙を一瞬のうちに粉微塵にするほんのすこしばかりの力を発明することができるのだと信じている。わたしは(中略)あの進化論などというものをいっこうに信じない。」























































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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