FC2ブログ

吉田健一 『私の古生物誌 ― 未知の世界』 (ちくま文庫)

「それについてユーヴェルマンスは、(中略)人間に追われて、今日でも人間にははいってゆけないアマゾン河の密林地帯や、アンデス山麓の灌木地帯に、現在でもこういう動物が平和に暮しているのではないかといっている。」
(吉田健一 『私の古生物誌』 より)


吉田健一 
『私の古生物誌
― 未知の世界』
 
ちくま文庫 よ-4-1 


筑摩書房 
1989年7月25日 第1刷発行
232p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価470円(本体456円)
装幀: 安野光雅


「この作品は一九七〇年九月一五日、図書出版社より刊行された。(原題「未知の世界 私の古生物誌」)」



本書「あとがき」より:

「これは(中略)「別冊文藝春秋」(中略)の昭和三十六年第七十六号から昭和三十九年第八十六号にわたって連載されたものである。」


単行本初版は『謎の怪物・謎の動物』として昭和39年7月新潮社より刊行されています。
本文中図版(モノクロ)34点。



吉田健一 私の古生物誌 01



カバー裏文:

「森の、海の、湖のどこかに、われわれがめったに出会うことのない未知の生物がいる。それは途方もない大昔からの生き残りかもしれないし、われわれがまだ見ぬ生物かもしれない。ネス湖の怪獣ネッシー、雪男、怪鳥ロック、マンモス、さらには消えた民族や大陸まで。古生物を実際に目撃した人の証言をもとに好奇心を限りなくかきたてる「未知の世界」を追求した吉田健一のユニークな書。」


目次:

Ⅰ ロッホ・ネスの怪物その他
Ⅱ マンモスは生きている
Ⅲ 大きな魚
Ⅳ 鳥
Ⅴ 失われた民族
Ⅵ 藻の海と密林
Ⅶ われわれの祖先が見た怪獣の群
Ⅷ 巨人と竜
Ⅸ 足跡
Ⅹ 消えた大陸

あとがき

解説 シー・サーペントの運動 (倉本四郎)




吉田健一 私の古生物誌 02



◆本書より◆


「Ⅳ 鳥」より:

「現存している鳥のなかにも絶滅しかけている種類があるということは、最近では日本でも例のトキという、世界で日本の能登半島にしかいない鷺(さぎ)の一種をめぐって話題になっている。トキはその後、ようやくその保護に積極的な処置が講ぜられることになったようであるが、鳥のなかには、その最後の一羽が地上から消えた正確な時刻が記録にのこっているのがある。それは、もとは北アメリカ大陸に無数にいた鳩(はと)の一種で(学名はエクトピステス・ミグラトリウス)、今世紀のはじめにすでに野生ではまったく見られなくなってから、各動物園で飼われていたのもつぎつぎに死んで行き、シンシナティの動物園にいたこの種類では最後の一羽が、一九一四年九月一日の午後一時に死んだのである。
 この鳩がそういうことになったのが環境の変化などの自然現象によってではなしに、ただ濫獲のためで、一九世紀の後半まではまだアメリカのほうぼうに大群をなしていたのが、その半世紀たらずの後には一羽もいなくなったのであるから、その濫獲の程度がわかる。といっても、まずそれがもとはどのくらいいたかを説明しなければ、話がはっきりしない。これは美しい鳩で、雄は頭の上部と背および羽が藍色、喉と胸は赤褐色、腹は白で、雌はそれよりも色彩がいくらかうすかった。また、大きな鳩で、嘴(くちばし)の先から尾の端まで五〇センチもあるのもめずらしくなかった。これが、何億という群をなして移動するのである。アメリカの鳥類学者のオーデュポンは、それについてつぎのように書いている。
 「一八一三年の秋に、私はオハイオ河の沿岸にあるヘンダーソンの私の家を出てルイズヴィルにむかって、ハーデンスバラをすぎて何キロか行ったところで、鳩が今まで見たことがないほどの数で東北から西南に向って行くのに出会った。……空気が鳩でみたされているようで、日蝕(にっしょく)も同様に太陽が鳩の群にかくされ、糞(ふん)が落ちてくるのが雪に似て、たえまがない羽音を聞いているうちに眠くなってきた。……」
「ソルト河とオハイオ河の合流点にある宿屋で昼の食事をしている間、私はこの大群が通ってゆくのをゆっくり観察することができて、その一方の端はオハイオ河のはるか西方にあり、もう一方の端は東に見える椈(ふな)の森のさらに向うになっていた。……」
「私は日暮れ前にハーデンスバラから八八・五キロのルイズヴィルに着いたが、鳩の群はまだ空をおおって通っていて、これがそれから三日間もつづいた。住民は総出で鳩にむかい、鳩の群が河の上を飛ぶ時に低いところまでおりてくるオハイオ河の沿岸では、大人も子供も鳩をひっきりなしに撃ちおとして、大変な数がこうしてとれ、それから一週間ばかりの間、このへん一帯のものが鳩ばかり食べ、鳩の話ばかりしていた。」」

「ニュー・ジーランドでは、モアよりもはるかに小さくて長い間、絶滅したと信じられていた鳥が実は生存していることがわかった例があって、それはノトルニスというくいな(引用者注:「くいな」に傍点)の一種である。」



「Ⅴ 失われた民族」より:

「一つの文明をなす人間の集団がそんなふうにゆくえも知れなくなるというのは、たしかにわれわれの好奇心をそそるにたる問題で、考古学というものの魅力の一半も、ゆくえが知れなくなるかわりに絶滅して遺跡を発掘する以外に追究の方法がなくなったそういう集団の秘密を探ることにあるにちがいない。」


「Ⅵ 藻の海と密林」より:

「ばけもの(引用者注:「ばけもの」に傍点)の話が読みたくなるごとにとりだすベルナール・ユーヴェルマンスの『未知の動物の跡をたずねて』には、オーストラリアの土人の間で語られているヤラマヤフーというばけものの伝説のことが出ている。これは歯がなくて手に吸盤がある、蛙のような小人で、無花果(いちじく)の木に住み、その下で子供が遊んでいると飛びかかってきて子供の中身を残らず吸いとってしまうというのであるが、フィリピン群島にもこれに似た伝説があり、ユーヴェルマンスはその正体が、現在ではフィリピン群島からインドネシアにかけてしかいないタルシウス・スペクトルムという属の小さな猿ではないかといっている(中略)。これは背の高さが大きくて二〇センチしかない、夜になってから餌をあさりにでる猿の一種で、眼はその習性のために異常に大きくて、頭部の骨格が人間とよく似ているために、人間のような顔つきをしている。」
「人間のような顔の大きな眼が黄色く光って、蛙の格好をして飛びはねる、普通の猿の観念から遠い小動物なのである。」
「フィリピン群島には「森の魔」の伝説があって、これは密林のなかを幽霊のように通りすぎることになっている小さな猿とも、人間ともつかない魔ものであるが、その正体もこのタルシウス・スペクトルムであって不思議ではない。一八九八年にアメリカ軍がここを占領した後、フィリピン人のパルチザンとの戦闘がまだしばらくつづいて、ある時、一人のアメリカの兵隊が偵察にでかけて密林のなかで道に迷い、何時間もうろついたあげくに疲れはてて地面に寝た。それから数日たって捜索隊がこの男を見つけた際にはすでに完全に発狂していて、この男が口ばしることから、夜中に目をさますと、「森の魔」が彼を見つめて立っていると思ううちに、たちまち消えてなくなったという状況がどうにか想定された。この男は、「あの眼が、あの眼が」とくりかえしていうのだった。つまりはタルシウスが一匹、もの珍しさに寄ってきて、その様子と黄色く光るなみはずれて大きな眼が発狂の原因になったと考えられる。」



「Ⅹ 消えた大陸」より:

「ニュー・ジーランドには、そしてこの場合はニュー・ジーランドだけに、やはり二億年ばかり前に地上に現れた喙頭類と称する部類に属する蜥蜴(とかげ)の最後の一種が残っている。これは学名をスフェノドンといって、原住民のマオリ族にはトアラトアラと呼ばれている、身長が三〇センチを少しこえるくらいで頭が大きな、背中に一列の棘(とげ)がはえている蜥蜴で、これが学界の注意をひくことになった特徴は、その額のまんなかに三つ目の眼があって、そこから現に視神経が脳まで通っている状態からすると、まだまだこの三つ目の眼が眼の機能を失っていないことである。この蜥蜴が属している喙頭類が最初に現れた三畳紀には、爬虫類に眼が三つあるのはめずらしいことではなくて(人間の額にある松果腺(しょうかせん)という腺も、この三つ目の眼が退化してなくなったなごりである)、そのうちに眼は二つあるのが普通になったのであるが、それはとにかく、この恐竜や鰐よりも古い系統に属するスフェノドンがニュー・ジーランドで今日まで生きつづけることができたのについては、白堊紀にゴンドワナ大陸が完全に分裂してニュー・ジーランドができた時、このオーストラリアよりもはるかに小さくて南北にわかれている二つの島に、スフェノドンよりも大きな爬虫類や哺乳類が残らず、あるいはまもなく死にたえて、モアなどの鳥類がスフェノドンは食べなかったということが考えられる。
 このスフェノドンは鳥類に食べられないですんだのみならず、いつの頃からか、海燕(うみつばめ)の一種と積極的に仲よくする習性を身につけて、現在ではこれとほとんど例外なしに同居している。この海燕の巣は入り口から一メートルばかり隧道を掘った奥にある六〇センチ平方、高さ一五センチばかりの穴で、これが枯れ葉や枯れ草でしきつめられ、海燕がこういう巣をつくることを知ったスフェノドンが自分もいっしょに住むことにきめたものらしくて、海燕のほうでもこれになれ、今ではそういう巣の入り口のかならず右側にスフェノドンが、左側に海燕がいるようになっている。その巣を作るのも海燕なのであるから、こうしたしくみになっているのがスフェノドンにとって好都合であることはわかるが、それで海燕がどういうとくをするのかはまだ明らかにされていない。しかしニュー・ジーランドの北島には、そこのある洞穴に一羽のモアが二匹の巨大なスフェノドンに守られて住んでいるという伝説が残っているから、海燕に対してスフェノドンは実際にそういう番人の役割をしているのかもしれない。」






こちらもご参照ください:

『吉田健一著作集 XIV 怪物/文學の樂み』
ヘルベルト・ヴェント 『世界動物発見史』 小原秀雄・羽田節子・大羽更明 訳
荒俣宏 編著  『Fantastic Dozen  第12巻  怪物誌』




















































スポンサーサイト



アン・モロウ・リンドバーグ 『海からの贈物』 吉田健一 訳 (新潮文庫)

「しかしこの島では、私は友達と黙って一日の最後の薄い緑色をした光が水平線に残っているのや、白い小さな貝殻の渦巻(うずまき)や、星で一杯の夜空に流星が残す黒ずんだ跡を眺めていられる。」
(アン・モロウ・リンドバーグ 『海からの贈物』 より)


アン・モロウ・リンドバーグ 
『海からの贈物』 
吉田健一 訳
 
新潮文庫 リ-2-1 


新潮社 
昭和42年7月20日 発行
平成16年5月15日 72刷改版
文庫判 並装 カバー
定価400円(税別)
デザイン: 新潮社装幀室
Photo by Grant Peterson 


Title: GIFT FROM THE SEA
Author: Anne Morrow Lindbergh



リンドバーグ 海からの贈物


カバー裏文:

「女はいつも自分をこぼしている。そして、子供、男、また社会を養うために与え続けるのが女の役目であるならば、女はどうすれば満たされるのだろうか。い心地よさそうに掌に納まり、美しい螺旋を描く、この小さなつめた貝が答えてくれる――。有名飛行家の妻として、そして自らも女性飛行家の草分けとして活躍した著者が、離島に滞在し、女の幸せについて考える。現代女性必読の書。」


目次:


浜辺
ほら貝
つめた貝
日の出貝
牡蠣
たこぶね
幾つかの貝
浜辺を振返って

あとがき (訳者)




◆本書より◆


「浜辺」より:

「浜辺は本を読んだり、ものを書いたり、考えたりするのにいい場所ではない。」
「初めのうちは、自分の疲れた体が凡(すべ)てで、航海に出て船のデッキ・チェアに腰を降ろした時と同様に、何もする気が起らない。頭を働かしたり、予定通りに仕事をしたりする積りになる毎(ごと)に、海岸の原始的な律動の中に押戻される。寄せて来て砕ける波や、松林を吹き抜ける風や、鷺(さぎ)が砂丘の上をゆっくり羽搏(はばた)きしながら飛んで行くのが都会や、時間表や、予定表の気違い染(じ)みたざわめきを消して、自分もその魔術に掛り、気抜けがして、ただそこに横になったままである。つまり、その自分が横になっている、海のために平らにされた浜辺と一つになるので、浜辺も同様にどこまでも拡(ひろ)がっている空っぽなものに変り、今日の波が昨日の跡の凡てを洗い去る。
 そして二週間目の或(あ)る朝、頭が漸(ようや)く目覚めて、また働き始める。(中略)それは浜辺に砕ける波とともに漂ったり、戯(たわむ)れたり、静かに巻き上がったりし始める。頭に起きたこういう無意識の波が、意識の白い、滑らかな砂の上に偶然にどんな宝を、どんなに見事に磨(みが)き立てられた小石を、或いは海の底にあるどんな珍しい貝を投げ出すか解(わか)らない。」
「しかしそれをこっちから探そうとしてはならないし、ましてそれが欲しさに砂を掘り返したりすることは許されない。海の底を網で漁(あさ)るようなことをするのはここでは禁物で、そういうやり方で目的を達することはできない。海はもの欲しげなものや、欲張りや、焦(あせ)っているものには何も与えなくて、地面を掘りくり返して宝ものを探すというのはせっかちであり、欲張りであるのみならず、信仰がないことを示す。忍耐が第一であることを海は我々に教える。(中略)我々は海からの贈物を待ちながら、浜辺も同様に空虚になってそこに横たわっていなければならない。」



「ほら貝」より:

「浜辺での生活で第一に覚えることは、不必要なものを捨てるということである。(中略)それは先ず身の回りのことから始まって、不思議なことに、それが他のことにも拡がって行く。最初に着物で、(中略)そう何枚も持っていなくてもいいことに、ここに来て急に気が付く。箪笥(たんす)一杯ではなくて、鞄(かばん)一つに入るだけあればいいのである。(中略)そして着物の面倒がなくなるのは、同時に、虚栄心を捨てることでもあることが解る。
 その次は、自分の住居である。ここでは、(中略)私は貝殻も同様の、屋根と壁だけの家に住んでいる。(中略)絨毯(じゅうたん)もないのである。初め来た時はあったが、これは巻いてしまって、砂を掃くのには床に何も敷いてないほうがいい。しかしここでは、無暗(むやみ)に掃除をするということもない。埃(ほこり)というものが余り気にならなくなって、整頓(せいとん)や清潔ということに就いて私が持っている清教徒的な良心もどこへか行ってしまった。(中略)カーテンもこの家にはない。外から見られないでいるのには、家の回りに生えている松だけで十分で、それに私は窓をいつも開け放しにしておきたいし、雨が降りこんでも構わない。私はいろいろなことに就いて、今までのように気を遣わなくなっている。古くて色が剝(は)げた(中略)着物を着ているのをなんとも思わなくて、人がそれを見てどう考えるかということも苦にならない。自尊心というものに悩まされなくなったのである。(中略)そして私はこの貝殻に過ぎない私の家に、私が本当に何も隠さずに話せる友達だけを呼ぶことにする。私は交際上の偽善ということも捨て始めているのである。そしてそれでどれほど私の気が楽になることだろう。私は、生きて行く上で一番疲れることの一つは、体面を繕うことだということを知っている。それだから、社交というものがあれほど私たちを疲れさせるので、それは私たちが仮面を被(かぶ)っているからである。そして今、私はその仮面を捨てたのである。」
「それは、余り美しい生活とは言えないのではないかと思うものがあるかも知れない。(中略)そんなことはなくて、私の家は美しいのである。そこには殆ど何も置いてないが、その中を風と日光と松の木の匂(にお)いが通り抜ける。屋根の、荒削りのままになっている梁(はり)には蜘蛛の巣が張り廻(めぐ)らされていて、私はそれを見上げて初めて蜘蛛の巣は美しいものだと思う。(中略)外が眺めたければ窓が一つあって、そこから私の考えはいつでも部屋の中から飛び立つことができる。」



「つめた貝」より:

「島というのは、なんと素晴らしいものだろう。私が今来ているような空間的な意味での島でもいいし、それは何マイルも続く海で囲まれ、(中略)島は世界からも、世間での生活からも切り離されている。またそれは時間的な意味での島でもよくて、私のこの短い休暇が丁度そういう島なのである。過去と未来は切り離されて、ここには現在だけしかない。(中略)「ここ」と「今」しかない時、子供、或(ある)いは聖者のような生き方をすることになり、毎日が、そして自分がすることの一つ一つが時間と空間に洗われた島であって、どれもが島も同様に、それだけで充足した性格を帯びる。そういう空気の中では、人間も島になって充足し、落着きを得て、他人の孤独を尊重してこれを犯そうとせず、別な一箇(こ)の個人という奇蹟(きせき)を前にして自然に一歩後へ足を引く。「人間は島ではない」とジョン・ダンは言ったが、私は我々人間が皆島であって、ただそれが同じ一つの海の中にあるのだと思う。」




こちらもご参照ください:

デフォー 『ロビンソン漂流記』 吉田健一 訳 (新潮文庫)
吉田健一 訳 『ラフォルグ抄』
G・K・チェスタトン 『木曜の男』 吉田健一 訳 (創元推理文庫)
イーヴリン・ウォー 『黒いいたずら』 吉田健一 訳 (白水Uブックス)








































































吉田健一 『怪奇な話』 (中公文庫)

「それで男が曽て中世紀の酒倉に就て読んだことが本当であることを知ってそれは酒樽に入った酒がそのままで非常に長い年月を経過すると一種の膠のようなものを生じてこれが樽に付着し、その樽の木が朽ちて剝げ落ちてからはその膠に似たものの樽の恰好をした皮の中に酒が保存されてこれ以上に貴重な酒はないというのだった。恐らくその酒も琥珀色、或は暗褐色に変色しているに違いない。」
(吉田健一 「酒の精」 より)


吉田健一 
『怪奇な話』
 
中公文庫 A 50-6


中央公論社 
昭和57年7月25日 印刷
昭和57年8月10日 発行
223p 付記1p 
文庫判 並装 カバー 
定価320円
表紙・扉: 白井晟一
カバー: 渡辺兼人


「昭和五十二年十一月 中央公論社刊」



本書「解説」より:

「ここに収められた短篇は一九七六年から七七年にかけて文芸雑誌「海」にほぼ隔月連載されたものである。最後の「瀬戸内海」は、「海」一九七七年六月号に掲載されたが、その年の八月三日に、作者は六十五歳でその生涯を終えた。したがってこの短篇集は作者の最晩年のものに属する。」


新字・新かな。


吉田健一 怪奇な話 中公文庫


カバー裏文:

「孤島に建つ二つの僧院を島ごと入れ替えてしまう魔法使い、月に心を奪われる大工、女の幽霊を冥界から請け出す男、宝籤売りの老婆のお化け、男につきまとう幻の老人――奇抜な着想と巧妙なユーモアに飾られたお化け物語本来の愉しみ、生死を超えた静寂さと人間の孤独を漂わせる幻想譚九篇。」


目次:

山運び
お化け
酒の精

幽霊
老人
流転
化けもの屋敷
瀬戸内海

解説 (三浦雅士)




◆本書より◆


「山運び」より:

「海を眺めるのが楽みだったのであるよりもそれがアクセルの暮し方の一部に完全になっていたから海がアクセルの頭のどこかにないことは滅多になかった。(中略)海にはその広さだけでも人を魅惑するものがある。そのことが海岸の眺めやそこに建つ建物を美しくもするのでどこまで続くのか解らない大量の水の広さとの対照でその眺めや建物はその水の中から浮び出た感じでもあればそれが海の底に沈んでこれもどこまでも続いている所を想像させもする。現にそうして沈んだ都市もあるに違いない。もしそのような都市を水を通して眺めるならばそれは陸上の景色が夕闇に包まれたのに似ているのではないかとも思われてそれは広さというのが測れるものでなくて限界を忘れさせるものであることに気付かせる。又その都市の建物はそこが谷底であるのを山の頂上から見降して眺め渡したのにも似ているかも知れない。
 アクセルは城から見える海をその底に横たわるもの、又その岸に並ぶものの両方の点から思い続けてその光に惹かれた。その海が荒れることもあるのは僅かにその表面に止ることで荒れていても海底の都市は静かであり、その沿岸にあるものは海の狂態を悲む。それが狂態であることを最もよく示すものは海がそのいつもの光を失うことで晴れていても曇天の下でも海の光は人の心を休める。」



「幽霊」より:

「或る日の夕方町の中を歩き廻って男が宿屋に戻って来ると部屋の障子に斜めに向って女がいた。そのなり、又そこにそうしていることから察してそれはそこの女中でなくて又男は愛読者というものがいる文士でもなかった。併しそうして頭を働かせる前に男はそれが幽霊であることを直覚した。」

「「貴方は幽霊でしょう、」と男は言った。
 「それで身の上話を始めるのでしょうか、」と女が答えた。その様子は足がなくてどこか輪郭がぼやけている普通の幽霊の観念に少しも二ていなくてただ一人の女がそこにいるのを男の方がそれが幽霊であることを知っているだけだった。
 「それを伺った所で貴方が別な人になる訳でもないでしょう、」と男は言って何か懐しさに似たものを感じるのに動かされて机に両肘を突いて手を組み合せた。「よく来て下さった。いつもこうでなかったというような話は聞いた所で仕方ありません。」
 「今のままの私を私と御覧になる、」と女が言った。
 「人間だってそうでしょう、」と男は言った。「その人が前に人殺しをしたとか失恋したとか北海道庁長官だったとかいうことが解ってもそれが消えてなくなったことならば聞くだけ無駄でその人の一部に今でもなっているならばその感じでその人が今そこにいることで足りる。」その女が幽霊であることは確かだった。併し言うことも見た所も人間と変りがなくて幽霊というものがあるのかないのか長い間決め兼ねていた後でそれがあることが解った今は男は人間と見分けが付かない相手に人間の積りで応対する方に気が動いていた。尤もその相手が人間でないことは女中が気が付かないでいたことでも明かだった。併し幽霊の扱い方というものはない。或はまだ決められていない。それ故に幽霊が犬の恰好をしていればこれに犬の積りで近づき、もし人間の形をしていれば人間と見るのである。それを初めから実際に犬とか人間とかなのだと思って後でそれがそうでないことが解って驚く程男は間抜けでなかった。それとも自分の前にいるのが幽霊であるのを感じてこれを無視するのだろうか。こういう面白い心理的な現象もあるというようなことでそれを片付ける程男は礼儀知らずでなかった。」





こちらもご参照ください:

吉田健一 『怪奇な話』
『吉田健一著作集 XXIX 思ひ出すままに/怪奇な話』
鬼海弘雄 写真集 『東京迷路』






















































吉田健一 『書架記』 (中公文庫)

「この本に限らずどういう本でも愛読したことがある程のものならば初めに手に入れた版が最も印象に残り、そうした親みというものがなくて本を読むなどということは考えられない。」
(吉田健一 「「悪の華」」 より)


吉田健一 
『書架記』
 
中公文庫 A 50-5 


中央公論社 
昭和57年1月25日 印刷
昭和57年2月10日 発行
259p 
文庫判 並装 カバー 
定価380円
表紙・扉: 白井晟一


「昭和四十八年八月 中央公論社刊」



新字・新かな。
清水徹氏による解説には「補註Ⅱ」として、本文中の引用に関する注と、原文のみが引用されているものについては日本語訳が掲載されているので便利です。


吉田健一 書架記


カバー裏文:

「手に馴染み慈しんだ数々の書物への想い――柔軟な感性と硬質な知性が織りなす〈書物〉本来の感触への案内状。読書家のための十四篇」


目次:

ラフォルグの短篇集
「ヴァリエテ」
プルウストの小説
ドヌ詩集
「悪の華」
ワイルドの批評
エリオット・ポオルの探偵小説
マルドリュス訳の「千夜一夜」
ホップキンス詩集
「パルマの僧院」
イエイツ詩集
「ブライヅヘッド再訪」
「テスト氏」
ディラン・トオマス詩集
後記

解説 (清水徹)




◆本書より◆


「ラフォルグの短篇集」より:

「この頃余り読まれない作者の一人にラフォルグがいる。それが何故なのか考えて見たこともないが兎に角その全集は戦争で中断したままで、その後に見ることが出来たのはパリの Pierre Belfond という本屋が出した詩の選集が一冊と戦前にラフォルグの全集を出していた Mercure de France 社が同じ紙型を使って重版したものと思われる *Moralités légendaires* という短篇集一冊だけである。これは確か全集の第三巻に当るものでこっちが持っていた全集はどうしたかと言うとその発行を中断させたのと同じ戦争で焼いてしまった。」

「ラフォルグの本が現在は手に入れ難いということから話が逸れてしまった。別に本が手に入らなくても困ることはないのでラフォルグのように繰り返して読んだ人間のものになると改めて詩集を読む機会を得てどれか一篇の一行を見るとその次の行が自然に頭に浮び、これでは詩を読むということをしているのかどうか解らなくなる。(中略)併しそれは従ってその詩を忘れたということの反対でその数行、数十行は死ぬ時まで頭の中のどこかで響いているに違いない。」



「「ヴァリエテ」」より:

「プレイアド版のヴァレリイ選集に付いている年譜によれば「ヴァリエテ」が出たのは一九二四年でそれから八年ばかりたってこの本をこっちが手に入れたのだからそれが第何版だったのか解らない。この本も焼いてしまって戦後にこれと同じ形のものが重版になったとも思えないのは既にヴァレリイ全集が完結し、プレイアド版の選集もある時に「ヴァリエテ」をもとのままの内容で出すのは書誌学的にしか意味がないことのようだからである。
 色々と本を焼いた中でこれだけは時々思い出して惜しくなる。」
「これは要するに最初に読んだヴァレリイの本に対する執着ということになるかも知れない。」



「プルウストの小説」より:

「「失われた時を求めて」はプルウストの名前を聞いてから大分たって当時は十六冊本だった普及版を手に入れたが、これも焼いてしまって今はない。その後に十五冊本が出てそれから現在ではプレイアド版で三冊かになっていることは知っていてもこれを買ってもう一度読んでみる気が今の所しないのは最初の版に対する愛着でもあり、又それだけその版と付き合ったからだろうかとも思う。(中略)この十六冊本の普及版は誤植だらけのひどい本だったがそれでももう一度その古本でも手に入れたいものだと思うことがある。
 それにはプルウストの小説をこの版で夢中になって読んだということも手伝っている。」

「友達の一人から「失われた時を求めて」を毎年一度は読み返しているうちに仮綴じの本がばらばらになって来たので本式に装釘し直しにやって今でも読んでいるという話を聞いた。そういうことをするのは易経を革紐で綴じ直させた孔子だけではないのである。(中略)それがプレイアド版ならば読んでいるうちにばらばらになる心配もないに違いない。併し昔N・R・Fから出ていた十六冊本の普及版がもしあればと今でも思っている。」



「ドヌ詩集」より:

「これまでは曾て本棚にあって今はもうない本に就て書いて来たがこのドヌ詩集は現在ここの本棚に載っている。併しこれも最初に手に入れて丁度十年ばかり持っていたのは焼いてしまって今あるのはその何版目かの同じ本である。もっと正確に言うと初めに持っていたのが Nonesuch Press から出た *Donne*、一九二九年発行の第二版、今のがその第九版で一九六二年発行、尤もこの版の原語は impression で edition と impression をどう使い分けるかはヨオロッパの専門家の間でも余りはっきりしないようであるがこの本の出版元は impression を日本の版の意味に使っているらしく思われる。
 本の話をしているのであるから本の出版元に就ても或る程度書いて構わない筈である。この Nonesuch Press というのは文芸出版で英国で有数の店の一つで、ただこれは日本で有数の出版社というのと意味が違っている。恐らくロンドン中を探して歩いてもナンサッチ・ビル、略してナンビルというような名前の建物は建っていなくてこの店は、これはこの店に限ったことでないが本以外に何も出していない。併しここはいい本を出す。それは所謂、内容、つまり刷ってある文章とその校訂が信頼出来るということだけでなくてその造本も充分に本の感じがするということで例えば焼いてから又十何年かたって買った今のドヌ詩集も見た所は前のと少しも変らず同じ質の紙に重版とは思えない鮮明な印刷がしてあるのが昔通りの海老茶色の厚い布で綴じてある。強いて言えばその表紙に掛けてある紙の被いが違っていてこの被いの方がもっと洒落ているが、ただこの本が曾て手にしたものでないのをこっちが知っているということはこれだけはどうにもならない。
 この詩集は初め学校の講義を聞きに行くのに必要なので買った。ジョオジ・ライランヅの講義でこれはこの詩集を編輯したヘイワアドが仕事を進めて行く上で教示その他の援助を受けたことに就て謝意を述べている人達の一人である。その教室に宛てがわれたのが石の壁に縦に長い石の窓枠を幾つか嵌めた窓のガラスを小さく菱形に区切っている鉛の格子を通して光線が上の方から斜に差して来る部屋で、この学校が正式に発足したのがヘンリイ六世の治世であるからこの部屋もエリザベス時代の人間だったドヌよりも古いものだったかも知れない。兎に角ドヌが詩を書き出した頃にこの学校は既に創立から百年はたっていてドヌ自身がその近くのトリニティイ・コレッジで学んだ。その場所で、又恐らくはその頃から変らない建物でドヌを読んだからどうということはなくても少くともそれで昔は今と違ってというような無駄な考えに煩されないということはある。」



「「悪の華」」より:

「この本も今はない。尤もボオドレエルの「悪の華」というようなものはいつも幾つかの違った版で方々から出ているのであるから読むのに不自由することはないが、この本に限らずどういう本でも愛読したことがある程のものならば初めに手に入れた版が最も印象に残り、そうした親みというものがなくて本を読むなどということは考えられない。確かに鷗外はレクラム文庫で出ているものは凡てこの文庫ですませて殊更に造本のことを問題にしなかったかも知れない。鷗外自身がそう書いている。併しこれは本を縦に本棚に並べて置くのが長い間には本を痛めることになるので出し入れが不自由になるのを構わずに蔵書の全部を和綴じの本と同様に棚に横に積み重ねていた人間でもあってもし鷗外が持っていたレクラム版の「ファウスト」が今あるならばこれが珍品中の珍品であるのは読書家の鷗外の精神がその本に籠っていると見られるからであるということを考えていい。」


「ワイルドの批評」より:

「本を買って読み続けて現にそれを持っているものと言えば戦後に手に入れたのしかない。従ってこれは戦後に初めてその本を読んだことにもなるが、その一つにワイルドの *Intentions* がある。これは神田の古本屋で買った。その店は今でもある筈であってどの辺の何という店か前を通って窓を覗くまでいつも忘れたままでいるが、その場所を強いて言えば九段下から駿河台下に向って神田の大通りを真直ぐに歩いて行けばどこか左側にあり、洋書の古本ばかり売っている点でこの頃の古本屋が古本も少しばかり扱っている普通の本屋のようになっているのと違って神田に昔あった古本屋の感じがする。」


「マルドリュス訳の「千夜一夜」」より:

「この本も今はない。併し戦前は引っ越しする毎にこれが他の本や本棚と一緒に引っ越し先に運ばれてどこに住んでもこれが又本棚に並ぶことになった。」

「今でも「千夜一夜」のことを思う毎に記憶に戻って来るのはどこかの屋敷の佇いで、そこは暑さを避けて薄暗くしてある広間に噴水の水が大理石の水盤に絶えず落ち、その縁の四方に花が植えてあるのが一輪ずつで一つは薔薇、一つは翁草、一つは素馨で後の一つは忘れた。それが一輪ずつでも何れも又とない薔薇その他だったと書いてあって、これがどういう話だったか記憶から消えてそこの所だけを覚えている。まだ耳許でその水音がして花が匂う。或は広間の薄暗闇で花だけが微かに光っている。
 もう少し付け足すとマルドリュスの訳にはその十六冊のが出る前に十五冊のがあって、これに新たに発見された材料を加えたのがその十六冊の一番よく知られたマルドリュスの訳である。その十五冊の方にペルシャの繊画を挿し絵に沢山入れた豪華本を見たことがあり、それが十六冊のよりも分量が少いものであることが解っていたので欲しいとは思わなかったが、そのこととは別にペルシャの繊画もこの「千夜一夜」の凪いだ海の底をそこまで届く光で眺めているのに似た世界を色と線に直すのに適していなかった。」



「「パルマの僧院」」より:

「言葉を色々と組み合せて並べてあるものの中で小説という形式にはどうしても馴染めない。今まで読んだものを思い返して見てもその大部分はそういうものを読まなければ何か損をするというようなことを他に読んだこととか人の話とかに吹き込まれて読んだもので、その苦役の後でどういうものを得たかと言えば別にどんなものも得なかったと考えるしかない。」


「「ブライヅヘッド再訪」」より:

「この本は今手許にないのみならず焼いたこともなくて終戦から余りたっていない時に人から借りて読んだ。それは単行本でこの本の初版が出たのは一九四五年であるから借りたのもその初版の単行本だったのではないかと思う。(中略)その頃は鎌倉に住んでいて他に本を読む時間がなかったので横須賀線にその本を持ち込んで乗っている間だけ読み、それが満員の中ならば本もそれだけ荒っぽく扱われることになってかなり痛んだ筈であるが幸に本を返した際に苦情は言われなかった。併し満員の電車の中なのが気にならない程耽読したことも事実である。」


「ディラン・トオマス詩集」より:

「戦後に最初に手に入れたこの詩集はディラン・トオマスが好きだという英国人の女の子がいたので感激して譲ってしまった。この女の子というのは文字通りであって十か十一位の漸く文章というものの意味が解り始める年頃のだった。」

「英国の文学というのは日本で曾て本当の意味で歓迎されたことがないようでこういうことは今日では小学生でも英語が読めるという伝説があったりすることと無関係である。それは読めるのかも知れないが読むのは何れほうり込まれる受験地獄の試験問題であって詩が日本の大学の入学試験に出る訳がない。そういう誤解と誤認の種が戦前も大分遡っての時代から入念に蒔かれていた為なのか英語で書かれたもので我が国で栄えているのは先ずその試験問題ではないかと思われて例えば第一次世界大戦の終りから現在までの一時期が英国の詩の復興を見たものであるのに何故我が国ではその詩人達の中でエリオットとオォデンだけが取り上げられたのか、これはただこの二人が英国でその当座は持て囃されたのでその顰みに倣えば安全と考えるものがいたとでも解釈する他ない。」

「どういう訳だったのかトオマスの詩で最初に読んだのではなくて聞いたのは Do not go gentle into that good night の句で始るものだった。」
「この詩の一部を聞かせてくれたのはトオマスの友達の一人で、それがこの詩がどういう事情で書かれたかということも説明してくれた。(中略)トオマスの家はウェイルス地方のケルト系の出だったらしくて、これは必ずしもケルト系に限ったことではないがその系統に属する英国人の一つの型に神を自分にとっての現実の一部と見做して日常これと言わば交渉を続行し、その助けに期待するとかその介入の跡を何かの出来事に見るとかいうことをする他に時偶これを向うに廻して世の不正や醜悪をそういうことを許す神の仕業として神を糾弾して止まないのがある。(中略)G・K・チェスタアトンが中世紀の背教の徒に就て書いたことで the grand old defires of God were not afraid to face an eternity of torment というのがある。併しここで言う型は地獄の永遠の責苦を賭しても神に挑戦するというのであるよりもこの不正に満ちている人間を不正と不幸に導かずにはいない仕組みになっている現世のようなものをよくも作ったということに神に対する非難を集中してもし非難したからというので地獄の責苦に会わせたりすれば承知しないという態度であって、それが余りにそれに徹したものなので爽かに感じられる。
 デイラン・トオマスの父親がその型に属する人間だったらしくてそれが死が近くなってそういうことを言わなくなり、それまでと打って変って優しい人間になって死んだのをトオマスが悲んでこの詩を書いたというのである。このことを余り単純に受け取ってはならない。(中略)トオマスの詩を読んでそこに父親の曾ての呪詛に対する共鳴を見るのは間違っていなくても神の悪を鳴らすことはヨブの時代から行われていてその為にヨブが神に斥けられたのでもなかった。又それで弁悪論、或は神正論がキリスト教神学の一部をなしていてその分野に足を踏み入れなくてもここで話を進めるのに神を呪詛するものは神の存在を認めていることになるということだけで充分である筈である。それ故に凡てのことに神の仕業を認めて神を呪詛する。又それ故に神を讃美するものもある。この呪詛と讃美の間にどれだけの違いがあるのか。
 併し我々はここで神学の問題を取り扱っているのではない。我々にとって考える必要があるのは人間の世界はどこまでも同じである時にその一部にユダヤの、更にキリスト教の神の観念が生じ、存在を獲得し、それが起ったのが人間の世界であることに変りはなくてその上では人間と神が何かの意味で対立することは避けられず、それは讃美の形も呪詛の形も取るということである。又それは呪詛であっても神と人間の関係は一層親密なものになる筈であって神とか呪詛とかいう東洋の観念を背後に持った東洋の言葉ではここの所の事情が表現の明確を欠くことになる。(中略)トオマスはその父親の呪詛を愛した。併しそう書いただけではまだ足りないのでトオマスはあの神の野郎奴とか言いながらそこに自分の怒りがまだ燃えていることを確めてその限りではいい機嫌で飲んでいる父親に親みを覚えたに違いない。それだから Rage, rage against the dying of the light である。
 トオマス自身の神に対する態度は違っていた。」
「トオマスにとって神は自然にそこにあるものだった。又美と認めたものは神の美を反映して世界は美に満ちていた。(中略)又トオマスのは聖なる哉の讃美歌が連想させるものとも違っていてトオマスにとって神が讃美すべきものだったことはその神とともにある世界が時にはどういう様相を呈し、人間をどのような状態に置くかということから眼を背けさせるものではなかった。」

「トオマスの詩に神という言葉は出て来てそれがその通りに響いても信仰とか、或はそれに類する言葉は見当らなくて又そういうことを表す場所がトオマスの詩にあるとも思えない。(中略)その神は或は我々が今まで知らなかったものであるとも考えられる。確かに我々が曾て読んだ多少は異端かと思われる神と神の世界に就ての文章が最もトオマスの神、或は詩から受ける印象に近くてそれが例えばアナトオル・フランスの聖母に奉仕することを願ってその祭壇の前で手品をして見せる手品師であり、又ワイルドのどこから来たのか解らない子供を自分の庭で遊ばせてやっている巨人が或る日子供の手と足に釘を打った跡があるのを見て怒ると子供がこれから自分の庭で貴方を遊ばせて上げると言って巨人が昇天するお伽噺である。我々はアナトオル・フランスやワイルドの性格に即してこういう文章は異端ではないかと思う。併しそうすると中世紀のアミスとアミルの話を思い出して、これは親友である二人の男のうち一人が癩病に掛り、もう一人の男に天使が現れてその男に二人の子供があるのを二人とも首を切ってその血で癩病に掛っている男を洗うように言う。そうするとそれを聞いた男は友情の前には子供も殺す他ないと考えて天使が言った通りにすると癩病の男は直り、首を切られた子供達は首が胴に又継ぎ合さってただ細い赤い線が首を切られた跡に残っただけだったというのである。それで中世紀にはこういうのが信心の典型と考えられていたことも記憶に戻って来る。」



「後記」より:

「これはもともと本棚にある本で殊に愛着があるものを一つずつ扱う積りでいたのが書き上げた結果を見るとその半分が曾てどこかに住んでいる時には本棚にあって今はないものになっている。それならばこれはその程度にその曾てはあった本に対する追悼文だろうか。併しそれでも構わない。現に本棚にあるのも未来永劫にそこにあるものではなくて本が我々にとって持つ意味というものはそういうことと無縁のようである。」



◆本書で取り上げられている本◆

ジュール・ラフォルグ 「伝説的教訓劇」
ポール・ヴァレリー 「ヴァリエテ」
マルセル・プルースト 「失われた時を求めて」
ジョン・ダン詩集
シャルル・ボードレール 「悪の華」
オスカー・ワイルド 「意向集」
エリオット・ポール 「ルーヴル博物館でのごたごた」
マルドリュス訳 「千夜一夜物語」
G・M・ホプキンス詩集
スタンダール 「パルムの僧院」
W・B・イェイツ詩集
イーヴリン・ウォー 「ブライズヘッドふたたび」
ポール・ヴァレリー 「テスト氏」
ディラン・トーマス詩集




こちらもご参照ください:

『吉田健一著作集 XXI 書架記/ヨオロツパの人間』
種村季弘 『書物漫遊記』 (ちくま文庫)
寺山修司 『幻想図書館』 (河出文庫)




















































































































吉田健一 『ロンドンの味 ― 吉田健一未収録エッセイ』 (講談社文芸文庫)

「このあるのかないのかはっきり言えない味と微かな匂いの酒を前に置いてホテルのラウンジとか、料理屋の隅とかにいると、英国のいつまでたっても暮れない夏の日が更に金色の光を増し、公園の木の緑が一層影が濃いものになる。やがて夕食の時間になるのであるが、まだ急ぐことはないのをその光と影と、それからこのシェリーが教えてくれて、英国人が何としてでも生きようとしてこの地上にいることに執着するのが解る気がする。」
(吉田健一 「ロンドンの味」 より)


吉田健一 
『ロンドンの味
― 吉田健一
未収録エッセイ』
島内裕子 編

講談社文芸文庫 よ D 14 


2007年7月10日 第1刷発行
366p 
文庫判 並装 カバー 
定価1,500円
デザイン: 菊地信義



本書巻末付記より:

「本書は、吉田健一の単行本未収録エッセイ六十八篇を内容別に四つのグループに分け、それぞれほぼ年代順に配列し、各エッセイの文末に初出を掲出しました。本文は、新漢字新かな遣いによる表記に改め、ふりがなを適宜増減しました。」


年譜・著書目録は二段組。「解説」中に図版(モノクロ)6点。


吉田健一 ロンドンの味


帯文:

「詩心が
響映する
吉田文学
四十年の
遺珠
六十八篇。」



帯裏:

「島内裕子
没後三十年が過ぎようとしている今、未収録作品も含めて、吉田健一の全貌をわがものとし、不断にその清新な感情と感覚に触れることは、かけがえのない生きる喜びとなって、わたしたちの心を潤わせてくれる。吉田健一の文学世界はすべて、彼の詩心が響映した精緻繊細であると同時に、のびやかでのどかな稀に見る別天地である。しかし、その別天地は、彼の言葉によって実在がわたしたちに保証されている現実世界でもあるのだ。
「解説」より」



カバー裏文:

「古今東西の文学に通暁し、言葉による表現の重要性を唱え、独自の豊かな文学世界を構築した天性の文人・吉田健一。その軽妙洒脱な食味随筆、紀行文、イギリス滞在記を始め、最初期のラフォルグ論、ボードレール論、鴎外論、また、後年の文学的開花に密接に繋がる厖大な翻訳の「解説」、さらには、最晩年の中島敦論まで、精緻な調査によって発見された新資料を含む、単行本未収録エッセイ六十八篇。」


目次 (初出):


講演旅行 (「反響」 昭和27年6月)
ノン・フィクション (「文藝」 昭和29年12月)
はち巻岡田 (「あまカラ」 昭和32年3月)
○×軒 (「あまカラ」 昭和42年9月)
「あまカラ」終刊によせて (「あまカラ」 昭和43年4月)
姫路から博多まで (「旅」 昭和31年3月)
新潟で雑煮を祝ってみたい (「旅」 昭和35年1月)
「ねぎま」と「あんこう鍋」 (「旅」 昭和35年2月)
味噌漬けには熱い御飯が合う (「旅」 昭和35年3月)
大学町の印象 (「英語青年」 昭和32年7月)
お詫び (「中国菜」 昭和36年2月)
裏日本の味どころ――新潟・金沢・酒田の珍味 (「漫画読本」 昭和40年2月)
ケンブリッジ入学当時 (「英語青年」 昭和35年4月)
ロンドンの味 (「英語青年」 昭和33年9月)
クリスマス・ディナー (「英語青年」 昭和35年12月)
スコットランドの思い出 (「愛のメルヘンランド」 昭和52年7月)


洋書の思い出 (「学鐙」 昭和44年1月)
シェイクスピア (「図書」 昭和39年4月)
ヴァレリイを読んだ頃の思い出 (『現代世界文学全集』 第25巻 月報 新潮社 昭和30年1月)
「ラフォルグ論」――M・サン・クレエル (「文学界」 昭和12年11月)
『英国は没落する』――ブリツフォート著・葦田坦訳 (「文学界」 昭和14年7月)
『ポール・ヴァレリイの方法序説』――モーロア著・平山正訳 (「新潮」 昭和14年10月)
批評と創作との交流 (「文芸」 昭和15年7月)
近代の東洋的性格に就て (「新潮」 昭和16年6月)
『芸術論』――ワイルド著・西村孝次訳 (「文学界」 昭和17年1月)
『近代ヨーロッパ史』――ブランデンブルグ著・西村貞二訳 (「文学界」 昭和18年8月)
英米文化の実体 (「新潮」 昭和18年8月)
ボオドレエルの詩 (「批評」 昭和17年7月)
ボオドレエルの古典性 (「批評」 昭和18年12月)
古典文学の映画化 (「人間」 昭和24年12月)
ロミオとジュリエットを見て (「あるびよん」 昭和29年11月)
瓜二つ (「現代演劇協会機関誌」 昭和49年8月)
第一次大戦前後――一九〇〇年から一九二〇年まで (「英語青年」 昭和35年2月)
英国の現代文学に認められる信仰の問題 (「英語青年」 昭和31年12月)
『フォーセットの探検』――P・H・フォーセット (「新潮」 昭和29年2月)
『カラハリの失われた世界』――バン・デル・ポスト (「読売新聞」 昭和41年6月19日)


翻訳小説と翻訳者 (「人間」 昭和25年7月)
ペイタア『ルネサンス』解説 (角川書店 昭和23年6月刊)
エリザベス・ボウェンの「日盛り」に就て (「英語青年」 昭和26年9月)
エリザベス・ボウェン『日盛り』後記 (新潮社 昭和27年8月刊)
作家の顔――ELIZABETH BOWEN (「ユース・コンパニオン」 昭和29年5月)
エリオット・ポウルの探偵小説 (「新潮」 昭和29年3月)
私の好きな作家――Elliot Paul (「ユース・コンパニオン」 昭和30年8月)
ポール頌 (『世界推理小説全集』 第59巻 『ルーブルの怪事件』 月報 東京創元社 昭和34年9月)
ポール・コラン『野蛮な遊び』解説 (筑摩書房 昭和26年10月刊)
クリストファア・イシャアウッド『山師』解説 (文芸春秋新社 昭和27年3月刊)
デュ・モオリア『真実の山』解説 (ダヴィッド社 昭和27年12月刊)
デュ・モオリア『林檎の木』後記 (ダヴィッド社 昭和28年4月刊)
ニコラス・モンサラット「残酷な海」 (「新潮」 昭和27年7月)
ニコラス・モンサラット『怒りの海』解説 (新潮社 昭和28年1月刊)
『ロビンソン・クルーソー』解説 (『世界少年少女文学全集』 4 東京創元社 昭和29年3月刊)
『ふしぎの国のアリス』解説 (『世界少年少女文学全集』 6 東京創元社 昭和29年5月刊)
『黒馬物語』解説 (『世界少年少女文学全集』 33 東京創元社 昭和30年10月刊)


現代文学の使命 (「文学界」 昭和18年5月)
森鴎外論 (「文学界」 昭和17年12月)
鴎外の歴史文学 (一) (「批評」 昭和19年4月)
鴎外の歴史文学 (続) (「批評」 昭和19年11月)
神西さん (「あるびよん」 昭和32年5月)
松方さん (「あるびよん」 昭和35年8月)
『外遊日記』――小泉信三 (「日本読書新聞」 昭和30年2月21日)
小泉さんのこと (「三田文学」 昭和41年8月)
福原さんとシェイクスピア (『福原麟太郎著作集』 第1巻 月報 研究社 昭和43年9月)
堀田さんのこと (『堀田善衞全集』 第2巻 筑摩書房 昭和49年7月)
私の名作鑑賞――「蘆刈」 (『現代文学大系』 第18巻 月報 筑摩書房 昭和39年8月)
「善光の一生」その他 (『日本現代文学全集』 第79巻 月報 講談社 昭和42年5月)
「河口にて」 (『北杜夫全集』 第10巻 月報 新潮社 昭和51年10月)
『日本文学史』――ドナルド・キーン著・徳岡孝夫訳 (「サンケイ新聞」 昭和52年2月2日)
「光と風と夢」 (『中島敦研究』 筑摩書房 昭和53年2月)

解説 (島内裕子)
年譜 (藤本寿彦)
著書目録 (近藤信行)




◆本書より◆


「洋書の思い出」より:

「この頃は豪奢な出来の本というものが世界的に少くなったようである。どこでも物価が上っているので手頃な、或は少しばかり高いと思われる程度の値段で製作に手間を掛けた本を提供するのが困難になった為なのだろうが、戦前は例えば丸善の本棚に並ぶ一般向きの洋書にも中身の点だけでなくて目を惹き、買いたい気を起させるものがあった。或る時、どういう事情からだったか、親戚からその頃としては大金の百円という金を貰ったことがあって、それを持って丸善に出掛けて行って買った本のことは今でも忘れない。先ずバシンという十七世紀のイタリー人が書いた「五日物語」というのを「千夜一夜」のバートンが英訳したので確か Boni & Liveright というアメリカの本屋から出たのがあって、これは黒い布装に一面に金でルネッサンス風の模様を押した大判の見るからに派手な本だった。その訳文もバートンが十七世紀初期の英文に似せた精巧な文体で、つい読まされたものだった。併し終りまで読み通した訳ではない。
 気が付いてみると、その時買った他の本も装釘は覚えているが、どれも繰り返して読むというようなことをした記憶がない。」
「併し当時の百円はそんなことで使い切れるものではなくて他に何冊も買い、その間に方々の本棚を覗いて見たり、その頃は二階建てだった丸善の二階に風月が出していた支店で食事をしたりして一日では買いものがすまず、幾日も浮き浮きした気持で丸善に通ったものだった。(中略)そして本を買うにもあぶく銭の原理は通用するようで、それから又何年かするうちにその時買った本は跡形もなく古本屋の棚へと消え失せた。その後に苦労して手に入れた、千夜一夜のマルドリュスによる仏訳や、予告されていながらなかなか出ないでいたヴァレリーの詩集の普及版とは話が違って、やはり浮かれ気分で買った本は身に付かないものらしい。併しあの百円がある間は愉快だった。今ならば幾らあればいいのか。」




◆本書について◆


集英社版『吉田健一著作集』は、著者が生前に出した単行本、あるいは出す予定だった没後刊行本を、年代順に収録した、ほぼ「全集」といってよいものですが、単行本未収録の文章も多く、その一部は著作集の「補巻」に収録されているものの、より完全な形での全集の刊行が望まれます。
そういうわけで本書は、吉田健一の単行本・著作集未収録の文章の中から、「散逸を防いで次代に残したい作品を中心に集め、なおかつこの一冊の文庫本で、吉田健一の豊かな文学世界の全体像を視野に収めることができるような構成にしたいと念じて編集した」(本書「解説」より)ものであり、今後の動向に期待したいところです。




こちらもご参照ください:

『吉田健一著作集 I 英國の文學/シェイクスピア』
武田百合子 『あの頃 単行本未収録エッセイ集』 武田花 編
種村季弘 『詐欺師の勉強あるいは遊戯精神の綺想 ― 種村季弘単行本未収録論集』
















プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本