『ヴィリエ・ド・リラダン全集 第一卷』 (齋藤磯雄 譯)

「そこで私は、黙々として、再び硝子戸を閉めて、わが家に帰つた。――他人のお手本などは眼中に置かず、――たとへいかなることが身にふりかからうとも、――断じて実業には携はるまい、と固く決心して。」
(ヴィリエ・ド・リラダン 「思ひ違ふな!」 より)


『ヴィリエ・ド・リラダン全集 
第一卷』 
齋藤磯雄 譯


東京創元社
昭和52年3月25日初版
昭和53年9月25日再版
583p 目次7p 口絵(モノクロ)i
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価5,300円
装釘: 日下弘

月報1 (6p):
ヴィリエ・ド・リラダンについて(澁澤龍彦)/リラダン雑感(窪田般彌)/編集後記/編集さ・え・ら/次回配本/図版(モノクロ)3点

推薦のことば (2p):
渡辺一夫/小林秀雄/澁澤龍彦/ヴィリエ・ド・リラダン全集 全五卷総目次



本書月報「編集後記」より:

「四十九年十二月に第一巻を発行した前回の限定版は発売後一週間で一部もあまさず品切れになり、(中略)背皮製の限定製作であるため追加の増刷は不可能な状態でした。」
「しかしその後も読者からのご照会はひきもきらず、ここに新装版「リラダン全集」を刊行して、(中略)皆様のご要望にお応えする運びになりました。」



正字・正かな。


リラダン全集I 1


目次:

殘酷物語
 ビヤンフィラートルの姉妹
 ヴェラ
 民衆の聲
 二人の占師
 天空廣告
 アントニー
 榮光製造機
 ポートランド公爵
 ヴィルジニーとポール
 最後の宴の客人
 思ひ違ふな!
 群衆の焦躁
 昔の音樂の秘密
 サンチマンタリスム
 豪華無類の晩餐
 人間たらんとする慾望
 闇の花
 斷末魔の吐息の化學的分析機
 追剥
 王妃イザボー
 暗い話、更に暗い話し手
 前兆
 見知らぬ女
 マリエール
 トリスタン博士の治療
 戀の物語
  I 眩惑
  II 告白
  III 贈物
  IV 海邊にて
  V 覺醒
  VI 告別
  VII 邂逅
 幽玄なる囘想
 告知者(結びの物語)

新殘酷物語
 寄宿舎友達
 希望による拷問
 シルヴァベル
 賭け物
 不可解な女
 尼僧ナタリヤ
 自然味愛好
 鷄鳴

トリビュラ・ボノメ
 緒言
 白鳥殺害者
 地震の利用に關するトリビュラ・ボノメ博士の動議
 蓋然論者の祝宴
 クレール・ルノワール
  第一章 前口上と打明話
  第二章 サー・ヘンリー・クリフトン
  第三章 餘談
  第四章 奇怪なる記事
  第五章 瑠璃色の丸眼鏡
  第六章 晩餐の前に吾輩はひまをつぶす
  第七章 音樂並びに文學を語る
  第八章 交靈術
  第九章 憐むべきわが友の(信じがたき!)愚鈍、無鐵砲、阿呆らしさ
  第十章 哲學的愚論空談
  第十一章 ルノワール博士夫婦並びに吾輩浮かれ心の發作に襲はる
  第十二章 感傷的なる女論客
  第十三章 ルノワール博士の奇怪なる考察
  第十四章 靈體
  第十五章 偶々機を得て吾輩の友は直ちにその屈辱的なる學説を立證するに至る
  第十六章 いはゆる灼熱の不安
  第十七章 オッティゾール人
  第十八章 一周忌
  第十九章 身の毛もよだつ惡鬼の形相
  第二十章 極みなる畏怖
 トリビュラ・ボノメ博士の不可思議なる幻覺(結びの物語)
 逸話 及び 警句集
  惡ふざけのボノメ
  家長ボノメ
  裁判所にて、十字軍にて、戰爭にて
  議政壇上にて、パトモス島にて
  詩人、文士
  醫者、生體解剖者
  改悛者、悔い改めぬ男
  永遠なるボノメ
  ボノメと想ひ出の花
   照合
 譯者註

書誌・文獻



リラダン全集I 2


◆本書より◆


「ヴェラ」より:

「「戀」は「死」よりも強し、とソロモンは言つた。然り、その不可思議な通力は限りを知らぬ。」

「ダトールは、實に、全然、彼の鍾愛(しようあい)の女の死を意識せざる境地に生きてゐた! 彼にはつねに、彼女が現に傍らにゐるとしか思へなかつた。それほど、うら若き妻の容姿は、彼のそれと混り合つてゐた。ある時は、庭苑のベンチの上で、うららかな日に、彼は彼女の好んだ詩を高らかに朗誦して聞かせるのであつた。又ある時は、小夜(さよ)ふけて、煖爐のほとり、圓卓の上には二箇の紅茶茶碗が置かれ、彼の眼にはさしむかひの肱掛椅子に腰をおろしてゐるとも見ゆる、微笑を含んだ「幻」と言葉を交すのであつた。
 幾日、幾夜、幾週は飛び去つた。(中略)そして今や奇怪な現象が起つてゐた。すなはち、軌(き)を同じくせる空想と現實とは、その限界を識別することが困難になつて來たのである。一つの存在が空中に泛(うか)んでゐた。一つの形態が、すでに定義を絶した空間に透(す)き見え、織り成されようと努力してゐたのだ。
 ダトールは、幻に憑(つ)かれて、二重の生活を送つた。瞬(まばた)きのひまに、閃光のごとくに一瞥される、優しい蒼白の面影。ふと、ピアノの上に叩かれる、はかない和絃。」
「そして、夜は、現(うつつ)と夢の間に、極めて幽(かす)かに聞える言葉。すべては彼に、彼女の存在を知らせるのであつた。畢竟(ひつきやう)、それは、未だ知られざる力にまで高められた、「死」の否定であつた!
 一度、ダトールは、彼女が自分の側(そば)近くにゐるのを實にはつきりと見もし感じもしたので、兩腕のなかに彼女を抱きかかへようとした。しかしこの動作は彼女の姿を掻き消してしまつた。
 ――子供だなあ! (と彼は微笑みながら呟いた。)
 そして睡氣(ねむけ)に誘はれた笑上戸の女にたしなめられた戀する男のやうに、彼は再び眠りに落ちて行つた。
 彼女の(引用者注: 「彼女の」に傍点)守護聖人の祭の日に、彼は、興に乘じて、花環の中に不死草(むぎわらぎく)を一本插込んで、ヴェラの枕邊(まくらべ)に投げやつた。
 ――ヴェラは自分では死んでると思つてゐるのだからな(と彼は言つた)。」



「ポートランド公爵」より:

「數年前の年の暮、近東の旅から歸國した靑年貴族、かつてその不夜城の饗宴と、誇るべき純貴族の血統と、拳鬪の妙技と、狐狩りと、その數々の城館(やかた)と、物語のやうな富と、冒險的な旅と、戀の噂によつて、全英國に名を馳せてゐたポートランド公爵リチャードが、――突如として姿を晦(くら)ました。
 ただ一度、或る晩のこと、人々は、彼の古色蒼然たる金箔押(きんぱくおし)の四輪馬車(カロス)が、窓掛を垂れ、三頭の馬の早驅けで、炬火(たいまつ)をかざした騎手に取卷かれながら、ハイド・パークを通り過ぎるのを見かけた。
 次に、――唐突にして奇怪なる隱遁、――公爵は祖先傳來の城館に世を避けたのである。ポートランドの岬、仄暗い庭苑と茂樹(もじゆ)鬱蒼たる芝生のさなか、古りし世に築かれた、銃眼(はざま)のあるこの莊重な城館に、彼は寂寞として世を忍ぶ身となつたのである。
 この近邊(ほとり)にあるものとては、彼方(かなた)、燈臺の赤光(しやくくわう)のみであり、悠々とたゆたひながら水平線はるかに煙の幾すぢかを交叉する重い汽船に、夜となく晝となく、霧を通して光を投げかけてゐる。」



「思ひ違ふな!」より:

「そこで私は、默々として、再び硝子戸を閉めて、わが家に歸つた。――他人のお手本などは眼中に置かず、――たとへいかなることが身にふりかからうとも、――斷じて實業には携はるまい(引用者注: 「斷じて」以下傍点)、と固く決心して。」


「見知らぬ女」より:

「ド・ラ・ヴィエルジュ伯爵は、その翌日、再びブランシュランドの寂寞たる古城をさして歸つてゆき、――爾來、杳(えう)としてその消息は絶えてしまつた。」


リラダン全集I 3


リラダン全集




























































































































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『ヴィリエ・ド・リラダン全集 第二卷』 (齋藤磯雄 譯)

「――タダコノ幻ノ喪ニ服セム。――サラバ。
(― et je ne prends le deuil que de cette ombre. ― Adieu.)」

(ヴィリエ・ド・リラダン 「未來のイヴ」 より)


『ヴィリエ・ド・リラダン全集 
第二卷』 
齋藤磯雄 譯


東京創元社
昭和52年4月25日初版
昭和55年2月25日再版
595p 目次7p 口絵(モノクロ)i
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価5,500円
装釘: 日下弘

月報2 (6p):
齋藤子雲のこと(唐木順三)/錯覺(小堀杏奴)/昔のことなど(堀内規次)/勇者ついに起つ(大久保康雄)/書信(抄)(長谷川潔)/編集さ・え・ら/次回配本/図版(モノクロ)3点



本書「書誌・文獻」より:

「『至上の愛』には昭和二十三年十月三笠書房刊の拙譯があるが、このたび本全集收録に際して全篇悉くこれを改譯した。」
「拙譯『アケディッセリル女王』は最初雜誌「群像」(講談社、昭和二十五年四月號)に掲載されたが、このたび(中略)全文を改譯した。」



正字・正かな。


リラダン全集II 1


目次:

未來のイヴ
 緒言
 獻詞
 第一卷 エディソン氏
  第一章 メンロ・パーク
  第二章 蓄音機のパパ
  第三章 エディソンの歎き
  第四章 ソワナ
  第五章 獨りごとの概要
  第六章 神秘的な音響
  第七章 電報!
  第八章 夢想家夢想の一對象に觸る
  第九章 過去を顧みて
  第十章 世界史の冩眞
  第十一章 エワルド卿
  第十二章 アリシヤ
  第十三章 影
  第十四章 如何にして内容は形式と共に變化するか
  第十五章 分析
  第十六章 假定
  第十七章 解剖
  第十八章 對決
  第十九章 諫言
 第二卷 契約
  第一章 白魔術
  第二章 安全裝置
  第三章 出現
  第四章 奇蹟の前提
  第五章 茫然自失
  第六章 更に高く!
  第七章 わあつ! 學者はすばしこいぞ!
  第八章 小休止
  第九章 あやふやな戲言(ざれごと)
  第十章 スベテノ女人ノ爲スゴトク
  第十一章 騎士道的な話
  第十二章 「理想」への旅人――岐路!
 第三卷 地下の樂園
  第一章 黄泉ニ下ルハ易シ
  第二章 夢幻境
  第三章 鳥の歌
  第四章 神
  第五章 電氣
 第四卷 秘密
  第一章 ミス・エヴリン・ハバル
  第二章 浮氣の由々しき側面
  第三章 ユパスの葉蔭
  第四章 死の舞踏
  第五章 發掘
  第六章 思ひ邪(よこしま)なる者に禍あれ!
  第七章 眩暈
 第五卷 ハダリー
  第一章 人類に於るこの機械の最初の出現
  第二章 日の下には新しきものあらざるなり
  第三章 歩行運動
  第四章 久遠の女性
  第五章 均衡
  第六章 悚懼(しょうく)
  第七章 我ハ黑シ、サレド美ハシ
  第八章 肉
  第九章 薔薇の唇と眞珠の齒
  第十章 肉體の發散物
  第十一章 ウラニヤ
  第十二章 靈の眼
  第十三章 肉の眼
  第十四章 髪の毛
  第十五章 皮膚
  第十六章 さだめの時は鳴る
 第六卷 ……かくして《幻》は生れぬ!
  第一章 魔法使の家の夜食
  第二章 暗示作用
  第三章 榮譽の煩はしさ
  第四章 日蝕の日の暮方に
  第五章 女人スフィンクス
  第六章 夜陰に潛む物の姿
  第七章 天使との格鬪
  第八章 救援者
  第九章 反抗
  第十章 呪文
  第十一章 夜の牧歌
  第十二章 夢みる人
  第十三章 簡潔な説明
  第十四章 別離
  第十五章 宿命
 譯者註

至上の愛
 至上の愛
 明敏アスパシヤ
 斷頭臺の秘密
 神聖なる瞬間
 新職業
 黄金燭臺社
 白象傳説
 カタリナ
 クルークス博士の實驗
 過去の權利
 ツァーと諸大公
 ツェ・イ・ラ綺譚

アケディッセリル女王
 アケディッセリル女王
 譯者註

書誌・文獻



リラダン全集II 2



◆本書より◆


「未來のイヴ」より:

「それは紫がかつた絹のクッションに載せられた一本の腕であつた。血は上膊部の切斷面のまはりに凝結してゐるらしかつた。すぐそばに置いてあるバチスト麻の布屑についてゐる眞紅の斑點から判じてどうやらそれは最近手術したばかりと察しがついた。
 若い女の左の腕と手とであつた。
 華奢な手頸のまはりには七寶細工の黄金の蝮蛇(まむし)が卷きついてゐて、靑ざめた手の藥指にはサファイヤの指輪がきらめいてゐた。この上もなく美しい指は、恐らく何度か嵌めたことのあるらしい眞珠色の手袋を握つてゐた。
 肉は今でも實に生々(いきいき)とした色合を保ち、肌も實に淸らかな繻子のやうな色艷を帶びてゐたので、それは見るからに殘酷なしかも幻想的な感じを與へた。
 どのやうな未知の病のためにかうした絶望的な切斷手術が必要になつたのであらうか。――とりわけ、若々しい肉體の見本ともいふべきこの心地よい優雅な腕には、いとも健康な生氣がまだ馳せめぐつてゐるかとも見えるのに。」

「あのめぐりあひは不可避だつたのだと考へるやうになつてしまひました。『ペレグリヌス・プロテウス』の中でウィーランドが言つてゐるやうに、《偶然なるものはあり得ない、――私たちは會はねばならなかつた――そして私たちは會つた》といふことになるのです。」

「――しかし、……そんなものを作つたところで所詮、感覺もなければ知性もない人形以外の何物でもありますまい! (と彼は何事かを言はうとして、かう叫んだ。)
 ――エワルドさん(とエディソンは重々しく答へた)、これは斷言してもよろしいですが、出來上つたものとそのモデルとを並べてみて、雙方の言ふことを聽かれた場合、生きてゐる女の方が人形に見えないやうに(引用者注: 「生きてゐる」以下傍点)、御用心願ひたいものです。」

「あの戀人の裡に望ましいまぼろしだけしか認めまいとして、意志の力を働かせて(引用者注: 「意志の力を働かせて」に傍点)、あなたは眼を――精神の眼を閉ぢていらつしやるのであり、――御自身の意識の否定を揉み消していらつしやるのです。從つてあの女の眞の(引用者注: 「眞の」に傍点)人格は、あなたにとつては、あの女の美の閃きがあなたの全存在の裡に呼びさました「幻影」に他なりません。現實のアリシヤの致命的な、醜怪な、砂を噛むやうな空虚さのために、あなたが厭といふほど嘗めてをられる不斷の幻滅にも拘らず、あなたが最愛の女の存在の中に、是が非でも(引用者注: 「是が非でも」に傍点)、生かさうと努力してをられるのは、この「幻影」だけなのです。
 この影(引用者注: 「影」に傍点、以下同)だけをあなたは愛してをられる。この影のためにあなたは死なうとなさる。あなたが、絶對に、實在として認めてをられるのはこの影だけなのです! 要するに、あなたがあの女の中に、呼びかけたり、眺めたり、創り出したりしてをられるものは、あなたの精神が客觀化されたこの幻であり、あの女の中に二つに分けられたあなたの魂に他なりません(引用者注: 「あの女の中に」以下傍点)。さう、これがあなたの戀愛なのです。」

「自然は移ろひゆかん、されど「人造人間」は移ろふことなし。我々人間はみな、生きて、死にますな、――致し方ありませんよ! 「人造人間」は生も知らず、病も知らず、死も知りません。あらゆる不完全、あらゆる隷屬の上に超然としてゐるのです! 夢の美しさを失ひません。それは靈感を與へる存在(引用者注: 「靈感を與へる存在」に傍点)なのです。一人の天才の如くに語りかつ歌ひます。(中略)――斷じて心變りは致しません。心を持たないからです。」

「わたくしをお選びになるか……それとも、日毎にあなたを欺き、あなたにつけ込み、あなたを絶望させ、あなたを裏切る、あの昔ながらの「現實」をお選びになるか、それはあなたの御自由でございます。」

「暗澹たる偶像よ、私は世を避けてあなたと一緒に暮す覺悟を決めた! 私は人間を辭職する――時代も流れ去るがよい!」

「ロイド商船會社。――急報。海難ニュース。

 《昨日既報、汽船ワンダフル號の沈沒は先程確實になり、この凶事に關して次のやうな痛ましい詳報が入つた。」
「この恐るべき光景が展開されてゐる間に、或る奇怪な事件が中甲板に起つた。E***卿と名乘る若いイギリス貴族が、昇降口の鐵棒を掴んで離さず、あくまでも猛火を潛つて、炎上中の荷箱や行李の中に突入しようとしたのである。
 彼を取押へようとした副船長並びに副水夫長の一人を投げ倒したので、六人ばかりの水夫たちが襲ひかかつて、狂氣の如くに火焰の眞只中に飛び込まうとする彼を辛うじて引止めることが出來た。
 力の限り身をもがきながら、彼は、今や凄じい勢になつた火の中から、是が非でも一個の荷箱を持ち出したいのだが、その中には非常な貴重品が收めてあるから、これを火災から救ひ出すのに力を貸す人には十萬ギネ(引用者注: 「これを火災から」以下傍点)といふ巨額の金を提供しようと大聲で叫んだ、――しかし、これは到底出來ない相談であり、それに短艇には船客と船員を乘せるだけでも精一杯であつたから、所詮は無駄骨といふものであつた。
 人々は、(中略)散々てこずつた末、彼を縛りつけてしまひ、失神した彼を最後の小船に乘り移らせたのであつた。」

「エディソンは荒々しく新聞を投げ出した。その暗澹たる想念を表す言葉は一言もないままに五分間が過ぎ去つた。玻璃の釦につと手をさし伸べて、彼はらんぷの光を消した。
 それから、彼は暗闇の中を百歩ばかり歩き始めた。
 突然電信機のベルが鳴つた。
 電氣學者はモールス電信機のそばの豆らんぷに光を點じた。
 三秒の後、電報を手にした彼は、次のやうな文を讀んだのである。

   《リヴァプール發。アメリカ合衆國、ニュージャージー州、メンロ・パーク行。一七・二・八・四〇、技師エディソン氏宛。
    ハダリーノコトノミ痛恨ニ堪ヘズ。――タダコノ幻ノ喪ニ服セム。――サラバ。
                                       ――ロード・エワルド。》」



リラダン全集
































































































『ヴィリエ・ド・リラダン全集 第三卷』 (齋藤磯雄 譯)

「今より後、生活を受け容れることは、もはや我々自身に対する冒涜にすぎまい。生きる? そんなことは下僕共がやつてくれるさ。」
(ヴィリエ・ド・リラダン 「アクセル」 より)


『ヴィリエ・ド・リラダン全集 
第三卷』 
齋藤磯雄 譯


東京創元社
昭和52年4月25日初版
昭和55年12月25日再版
665p 目次5p 口絵(モノクロ)i
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価6,000円
装釘: 日下弘


月報3 (6p):
思ひ出(佐藤正彰)/『アクセル』の世界(鷲巢繁男)/リラダン――詩想と形式(澁澤孝輔)/編集さ・え・ら/次回配本/図版(モノクロ)3点



本書「書誌・文獻」より:

「拙譯『アクセル』(三笠書房、昭和十八年)は、この度の東京創元社版全集收録に際して全面的に改譯した。」


正字・正かな。


リラダン全集III 1


目次:

アクセル
 第一幕 宗教の世界
  I ……彼等を強ひて連れきたれ!
  II 抛棄者
 第二幕 悲劇の世界
  I こよなき秘密の夜警たち
  II ヘル・ザシャリヤスの物語
  III 殺戮者
 第三幕 幽玄の世界
  I 閾(しきゐ)にて
  II 抛棄者
 第四幕 情熱の世界
  I 黄金と戀による試煉
  II 最後(いやはて)の選擇
 譯者註
 『アクセル』補遺

彼岸世界の話
 夢想界の選良
 ピエ先生
 崇高なる愛
 こよなき戀
 ミルトンの娘たち
 新舊問答
 小説の斷片

行路の人々
 驚くべきムートネ夫妻
 ニナ・ド・ヴィラール邸の一夕
 舞臺上の御主キリスト
 囘想
 ハムレット
 オーギュスタ・オルメス
 或る書物についての手紙
 法の前の暗示作用
 死刑に於る現實主義
 フローベール作『候補者』
 オペラ座休憩室の裝飾畫
 フローベール作『聖者アントワーヌの誘惑』
 フランシスク・サルセー氏の異常な立場
 彫像の臺座
 大統領冠
 名だたる婿に
 警告

遺文集
 ミュンヘンからの手紙
 エミール・オージエの或る芝居について
 ダナウスの娘たち ヒュペルムネストラ
 イザボー・ド・バヴィエール
 レディー・ハミルトン
 板の上の三十の首
 會食者

補遺
 遺稿斷章 I、II、III
 未發表短篇小説 貸家

書誌・文獻



リラダン全集III 2



◆本書より◆


「アクセル」より:

「あの子はあまりに冷やかに模範的なのです。私はあの子の節操を試すために、何度も罰してみました。あの子は何もかも受け容れました。けれど、神父さま、斷言して憚りませんが、あの子の服從はただ外見だけにすぎないのです。懲罰もあの子に對しては力が鈍り、却つてあの子を自負のなかに強めてしまふのです。」
「あの子はまるで鋼鐵(はがね)のやう。中心まで撓んで、それから元へ跳ね返るか、さもなければ折れてしまふ。あの子は(こんな言ひ方をしてよいものなら)劍(つるぎ)の魂、を持つてゐる。そして、一度ならず、あの子を見るとこの私自身が或る種のひそやかな苦悶に襲はれて氣もそぞろになつた。」

「萬民の福利か! 殊勝な目標だ、それを口實にして、あらゆる時代、あらゆる國家に於て、掠奪を好む王侯貴顯は、おのが快樂のためにする苛斂誅求を裁可したものだ。そして今以てこの目標を掲げれば、貧民を、彼等の利益といふ名目で冷酷に丸裸にしながら、むりやり彼等に感謝の表示を要求することが許されるのだ。――いやいや、この場合、《萬民の福利》の凡庸な擁護者共を誘つて、掠奪を恣(ほしいま)まにさせてはならぬ。」

「わたくしが喪に服してゐるのは人間のためではございません、――この悲しみのしるしに價するやうな人と識合つたことはありませんもの。――もつと目立たない――おお! とても慎しやかな! 色々な物の中にすつかり埋もれてしまつた或るお友達の喪に服してゐるのです!……
 御覽なさい、――あなただけがわたくしを理解して下さいますわ!
             胸から一輪の凋れた花を取出す。
 夢と人生のあはひに踏み迷つて、この地上にわたくしたち二人だけがゐるかのやうですわね、御覽なさい、アクセル、この神秘な花を!」

「生きる? 否(いな)、だ。――わたしたちの生命(いのち)は滿され、――その杯は溢れてゐる!――如何なる砂漏刻(すなどけい)が今宵の時を計り得ようか! 未来?……サラ、この言葉を信じておくれ、わたしたちは今やそれを汲み盡したのだ。二人が今生きて來たばかりの蜃氣樓と比較して、あらゆる現實は、明日、どのやうなものであらうか。過ぎ去つた昔の朋輩である陋劣な人類に倣(なら)つて、夢の似顏を刻んだその金貨を鑄造したところで何にならう、――我々の勝ち誇る手の中に煌く――三途の河の鐚錢(びたせん)だ!
 我々の希望の高い品格はもはや我々に地上の生活を許さない。わたしたちの憂愁がそこに苒々(ぜんぜん)として時を過してゐるこの淺ましい星に、あのやうな瞬間の蒼褪めた反映以外の、何を求め得よう? (中略)サラ、わたしたちは、この奇異な心のなかで、人生への愛をうち滅ぼしてしまつたのだ――そしてはつきりと事實に於て、わたしたちは自らの靈魂となつたのだ! 今より後、生活を受け容れることは、もはや我々自身に對する冒涜にすぎまい。生きる? そんなことは下僕共がやつてくれるさ。」
「わたしの額は熱くない。わたしは空虚な話をしてゐるのではない――そして、實際に、我々の癒さなければならぬ唯一の熱病は、生きるといふ熱病なのだ。」



「夢想界の選良」より:

「儂もまた……夢想家ぢや。……儂は夢を見ながら生涯を過しましたのぢや!……(中略)夢、夢!……さても美はしいものぢや。……だが、……一國の首都を、夜な夜な、街から街へとさまよひ歩いてゐると、……時には夢を……殆ど正夢にするだけのものが見つかるものぢや!」


「新舊問答」より:

「公爵(思ひに沈み)。――さうだ、墓は滿ち、城は荒涼! 今もなほ、唯ひとり、そこに住んでをられる女性にとつては、殊更に荒涼だ! では如何なる人をその方は失はれたのか。或る日のこと、今は昔! イタリヤで、宿命によつて定められたあの姫君は、燦(きら)らかな一宮廷のさなかに日を送つてをられたのだが、或る人が自分に結婚を申込んだといふ知らせを受けられたのだ。そしてこの、やがて婚約を結ぶべき人物が、世界の最も偉大な王座の一つの階段(きざはし)に生れながら、幼くして、故國の土から追ひやられたといふこと、そしてこの流謫(るたく)の子は、靑年になつても、依然として亡命者であり、その王者としての財寶はすべて彼の心の中、信仰の中、魂の中にあるといふことを、更に聞き知つたとき、(中略)――さういふ時に、そのうら若い姫君は微笑んでかう言はれたのだ、「わたくしはその方の伴侶たるにふさはしくならう」と。」

「――どういふ名目で、何の權利あつて、今この惱める寡婦に向つて、國家的利益を目的とせよなどと要求するといふのか。妃は慘澹たる生涯の代償として、自らの苦惱の中に尊くも閉ぢ籠る資格を、そして外部世界の何物をも見ず人類の如何なる偶發事件にも目を閉ぢる資格を、立派にかち得られたのだ。我々はあの方のことを語るときは脱帽して、子として親に捧げるやうな深い敬意を表すべきだ。」



「囘想」より:

「私の藝術は、私の祈りです。そして、これは信じて頂きたいが、およそ眞の藝術家たる者は、おのれの信ずることだけしか歌はず、おのれの愛することだけしか語らず、おのれの思ふことだけしか書かないのです。」


「ハムレット」より:

「天才は創造することを使命とするのではない。彼がゐなければ暗闇の中に放置されるものに照明を與へることがその使命である。」

「彼は、俗衆といふものを識り盡してゐるので、何らの拘束も受けずに行動しかつ語り、他の觀客たちには氣づかれることも悟られることもなしに、唯おのれの愛する人々にだけ想ひを告げるのである。」



「補遺」より:

祈祷。神よ、願はくは私をして生涯を通じ高貴なるもの美はしきものに欺かれてあらしめ給へ。」


リラダン全集III 3





















































































































































『ヴィリエ・ド・リラダン全集 第四卷』 (齋藤磯雄 譯)

「そして不幸にして恐らく例外的なこの性質(中略)のゆゑに、わたくしは、当今大部分の人々が《実人生》とかいはゆる《実際生活》とか名づけてゐるものに対して、(中略)実に深い反感を、すさまじい、いつ果てるともない嫌悪の情を感じたので、無言のまま、項垂れてしまつたのでした。」
(ヴィリエ・ド・リラダン 「反抗」 より)


『ヴィリエ・ド・リラダン全集 
第四卷』 
齋藤磯雄 譯


東京創元社
昭和52年6月25日初版
昭和57年1月25日再版
663p 目次5p 口絵(モノクロ)i
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価6,000円
装釘: 日下弘


月報4 (6p):
ヴィリエ・ド・リラダンの短篇について(渡邊一夫)/齋藤磯雄さんの美文(岡部正孝)/門外の弟子(清岡卓行)/一つの廻り逢ひ(松室三郎)/編集さ・え・ら/次回配本/図版(モノクロ)4点



正字・正かな。


リラダン全集IV 1


目次:

奇談集
 雷鳴剽竊者 プロローグ(初めの物語)
 靈しき出來事
 奇異なる完勝!
 輪投遊び
 美女アルディヤーヌの秘密
 ハルリドンヒル博士の英雄的行爲
 ルドゥー氏の幻想
 このマオワンめ!
 幸福の家
 トレードの戀人
 英國のサディスム
 現代の傳説
 蠻人航海者
 基督教徒に獅子を!
 意外な娯しみ
 ソレームの會見
 善行の快樂
 泣き男
 晩夏物語
 自家製噴火山 エピローグ(結びの物語)
  I 殺戮者たちの談判
  II 硝酸一リットル、銅の鑢屑五百グラム、鑛油一リットルの爲し得ること
  III 硝子玉の裝填
  IV 飛道具
  V パリの死刑執行

エレン 三幕、散文の劇
 エレン
 第一幕
 第二幕
 第三幕
 譯者註

反抗 一幕、散文の劇
 序
 反抗
 譯者註
 
脱走 一幕、散文の劇
 脱走
 譯者註

新世界 五幕、散文の劇
 緒言
 序
 第一幕
  第一景 スウィンモア
 第二幕
  第二景 キング・ジョージ酒場
  第三景 海戰
 第三幕
  第四景 モントヴァーノン
 第四幕 
  第五景 ローダイランド
  第六景 森の火災
 第五幕
  第七景 ボストン
  第八景 曙光
 譯者註
 附録 『新世界』舞臺音樂

書誌・文獻



リラダン全集IV 2



◆本書より◆


「幸福の家」より:

「このやうな近代の努力を周圍に眺め廻せば、人間として、最も賢明な方途は、(中略)過ぎゆく歳月からひたすら知的なもしくは肉體敵な快樂だけしか受取らず、かつ、最も安易輕便なる折衷主義の情熱以外には何らの情熱も抱かずに、漠然たる彌次馬として、醉生夢死の生涯を送ることではあるまいか。
 然るに、ポール・ド・リュサンジュと、ヴァルラン・ド・ヴィルテアール公爵とは、一切の信仰、一切の私心なき感奮、一切の高貴もしくは神聖なる愛の萎靡(ゐび)衰頽が、今や風土病と化せんとする惧れのある一種族に、おのれが屬してゐることを知つて、夙に幼少の頃から、大いなる驚愕の念を覺え始めたのであつた。
 氣晴し暇潰しのたぐひは何一つ、この二人が殆ど幼い頃からそれに對して抱いた不快感から心を紛らし得なかつたのであるが、にも拘らず二人は、骨の髄まで沁み込んでゐた優にやさしい一種の慈悲心から、これを色にあらはすやうなことはなかつた。」
「近來の理想は(中略)この二人の知性に於て、眞に絶對的な無關心以外のものを喚起し得なかつた。(中略)「科學」の古き阿片はもろもろの妖(まぐは)しき蜃氣樓の力を借りて現代人の眼を乾し涸らしてゐるのであり、この蜃氣樓が、通常、そこに歸著するところの、漂へる浮木のごとき現實は、(中略)この二人の眼には、堪へ難き不安をそそるもの、といふよりはむしろ限りなく無益なものとして映じたのであつた。(中略)實のところ、神に始まる(引用者注: 「實のところ」以下傍点)或る遺傳の沁み込んでゐた二人は、儚きいのちの「當世派」が、有毒な扁豆(あぢまめ)で作り上げた餌(えさ)で、いかに二人の飢ゑの疲れに乘じようとしても、自覺せる家督の神聖なる權利を、斯かるものと引換に讓り渡すことは、よそ人はどうあらうと、(然り、たとへ餓死するとも!)無論、本能的に! これを拒否したのであつた。」



「現代の傳説」より:

「今から凡そ三十年前の、冬の一夜であつた。暫時滯在の外國人、一人の靑年藝術家が、――無論のこと、食ふや食はずで、――無一物、《飼犬からも》見捨てられて、巴里サン・ロック街の凍てつくやうな陋屋に身を潛めてゐた。
 情容赦もない窮乏が、幾月も前から、その日暮しのこの無名の藝術家を責め苛んでゐたので――雨の日も霙(みぞれ)の日も、一時間二フランの割合で、元氣のつくドレミファ唱法を、相手構はず教へ込まざるを得ぬまでになつてゐたが、それさへ殆ど支拂はれなかつたのである。(中略)それ以外の時彼は、偶々近づいて來る識見高き無縁の衆生から、自分がキ印といふ稱號を頂戴してゐるのを理解するといふ喜びを味はつてゐた。」



「エレン」より:

「僕が流謫(るたく)の地として選んだ國は僕自身にふさはしいのです、そして僕の心は冬の一夜です。それは嵐吹く岸邊です。怪異な、錯亂した、絶望的な波濤と、寒氣に碎けた岩々とから成る茫漠たるひろがり。僕は蜑(あま)の苫屋(とまや)に隱れ棲み、漁夫の生涯を送るつもりです。現世には飽き飽きしました。」

「子供!……ま、そんなところでせうか。わたくしは、おのれの夢を實行する詩人なのです。」

「ああ、夜の靜けさだ!……勝ち誇る色彩ゆたかな魔法の世界へ夢は開きかかつてゐる! 妖精たちの搖る香爐が物影を薰らしてゐる。……ティンパニーの音が遙か彼方の驚異を告げ知らせ、地平線は姿を變へて王國となる。……ようこそ、暗黑のパラダイス。」

「さて、諸君、わたくしはもはや何物でもない、わたくしは永久に忘却の中へ戻つて行きます。」



「反抗」より:

「父はわたくしに時々成人(おとな)に話すやうにして話してくれたのを覺えてゐます。(中略)散歩場でわたくしに、汽車や、電線や、ガスや、煙を指さして見せながら、かう申しました、《ほらね、娘や! 身のまはりに、前進する人類の「事業」を、繰りひろげられる「科學」、そして解放する「科學」をごらん! 力と偉大さに滿ちみちた數々の發明をごらん! 過去、それは幼年期だ! わづか、百年以來のことなんだよ、人間が、迷信と夢を棄てて、白日のもとに額をもたげることが出來るやうになつたのは! だから實際的な女性になりなさい。まともな女になつてお金持になりなさい、それ以外は、無にも等しい!》
 (中略)
 わたくしはかういふ教を注意深く聽いてゐました。けれどわたくしは、親に對する敬意にも拘らず、父と母とが《無にも等しい》と言つたこの……それ以外……に比べると、彼等自身が《實際的で重要》と考へたものは、第二義的な價値しかないやうに思へたのでした。
 (中略)
 さうです。……そして不幸にして恐らく例外的なこの性質、しかしわたくしの裡に存在してゐてしかも誰一人一顧もあたへてくれなかつたこの性質のゆゑに、わたくしは、當今大部分の人々が《實人生》とかいはゆる《實際生活》とか名づけてゐるものに對して、――お解りですか?……――實に深い反感を、すさまじい、いつ果てるともない嫌惡の情を感じたので、無言のまま、項埀れてしまつたのでした。よござんすか、ムシュー、もしほかの人達が言葉に騙されないとすれば、わたくしは事實といふものに騙されないのです! そして或る印象が、或る單純な考へが、わたくしには美しいと思はれ、わたくしを人生の上まで高め、わたくしの隷屬や心勞を忘れさせるたびごとに、いつでもわたくしは、勝手にその實在を否定しようとする事實に向つて間違つてゐると言つてやるでせう、たとへその事實なるものがどんなに尤もらしく見えようとも。」

「さうね、夢想する、とは、先づ第一に、「愚かしさ」より千倍も賤しい劣等な精神の、至高權力を忘れ去ることです! それは永遠の掠奪者共の手の施しやうもない喚き聲に耳を塞ぐことです! それは各人が堪へ忍び萬人が相手に蒙らせてゐるあの汚辱、あなたが社會生活と呼んでいらつしやるあの汚辱を忘れ去ることです! それは良心に反するあの自稱の義務、卑しい目先の利得を求める慾心以外の何物でもない、あの自稱の義務を忘れることです!(中略)夢想するとは、自己の思想の奧深くに、外部の現實がわづかにその反映にすぎないやうな、幽玄な一世界を靜觀することです!(中略)それは「不滅」の中に自己を取戻すことです! それはおのれを孤獨である、しかし永遠であると感じることです! それは河川が海に流れ入るやうに、自由に、理想の「美」を愛することです! その他の娯樂や義務は、わたくしが生きることを強いられてゐるこの呪はれた時代にあつては、ひと日の太陽にも値しません。結局、夢想する、それは死ぬことです。しかし少くともそれは、默々として、天空の一片を眼に入れて死ぬことです! わたくしはもうそれだけしか望みません!」

「ここから遠く(中略)わたくしの好きな國に、一軒の荒れ果てた家がある。わたくしはそれを手に入れた、(中略)……この事務所の格子の中に監禁されてゐないで、あの心地よい遙かな隱家に世を避けよう。すこし地平線を見に行くこと、それが身のためだ。あなたが水曜の晩にお迎へになるお取卷の方々について申せば、わたくしは樹々に取卷かれてゐる方が遙かに衞世的だと思ひますから、その方を選びます。ヴォードランさんの甘い言葉よりは冬の風を聞く方がずつとよい、……わたくしはかういふ氣違ひです。」

「ああ! 主なる神よ、解ります! 遲すぎたのでした!(中略)下界に足を踏み入れて罰を受けぬ筈はないのです! わたくしは何事も受け容れすぎました。日々のパンの値打といふものを、ほかの人達と同樣、過大に評價してしまひました!」



リラダン全集









































































































































『ヴィリエ・ド・リラダン全集 第五卷』 (齋藤磯雄 譯)

「たとへ問題が一つの王座を覆すこと、もしくはそれを征服することであつても、その氣になれば、一歩も後へ退きません。それに誰が知らう、……或は僕が、一王統の始祖となるかも知れない、……」
(ヴィリエ・ド・リラダン 「王位要求者」 より)


『ヴィリエ・ド・リラダン全集 
第五卷』 
齋藤磯雄 譯


東京創元社
昭和51年2月20日印刷
昭和51年3月30日発行
804p 目次6p 口絵(モノクロ)i
A5判 丸背布装(背革)上製本
貼函 外函
定価7,500円
装釘: 日下弘
限定1,500部



本書「書誌・文獻」より:

「東京創元社版『ヴィリエ・ド・リラダン全集』全五巻の作品の配列は、翻譯の手順に從つたまでであり、他意はない。」

正字・正かな。


リラダン全集V 1


目次:

王位要求者
 第一幕
 第二幕
 第三幕
 第四幕
 第五幕
 譯者註

イシス
 序論
 第一巻 チュリヤ・ファブリヤナ
  第一章 イタリヤ
  第二章 來るべき人
  第三章 夜の散策
  第四章 チュリヤ・ファブリヤナ初見
  第五章 變容
  第六章 少女時代の學習
  第七章 未知の圖書室
  第八章 イシス
  第九章 紹介
  第十章 妖(あやか)しの館(やかた)
  第十一章 騎士的冒險
  第十二章 闇あれ
  第十三章 暗黑
  第十四章 永遠の女性
  第十五章 明日我等マタ大海原ニ船出セム
 譯者註

處女詩集
 獻詞
 序
 夜の幻想
  バルカローラ(舟歌)
  アラビヤの唄
  スペインの酒の瓶
  流謫
  印度の祈禱
  ギター
  シャンソン
  ザイラ
 エルモサ
  第一歌 ドン・ジュアン
  第二歌 生活
  第三歌 同情
 序曲集
  ド・ポンピニャン氏に倣ひて
  聖なる自然
  昨夜
  プリマヴェラ
  枕許で
  セイドの城
  あけぼの
  ド・C……伯爵夫人に
  哀悼の歌
  わが友アメデ・ル・ムナンに
  意氣沮喪
  巖頭にて
  汝等スベテノ希望ヲ棄テヨ
 ゴルゴタの歌
  第一歌 ラマ・サバクタニ
  第二歌 バッカス彌榮
  第三歌 聖女マグダレナ
 補遺
  最後の憂慮
  ゴヤ風の素描
  ゴグ
  めでたし、勝利の母よ
  われ翔びゆかむ
  タランテラ
 附録 試作詩二篇

書誌・文獻
 ヴィリエ・ド・リラダン略年譜



リラダン全集V 2



◆本書より◆


「王位要求者」より:

「たとへ問題が一つの王座を覆すこと、もしくはそれを征服することであつても、その氣になれば、一歩も後へ退きません。それに誰が知らう、……或は僕が、一王統の始祖となるかも知れない、……」

「僕の良心には多數者と同じくらゐ大きな聲があつて、それが僕にかう斷言するのです、牢獄の中に僕を置き忘れてゐる國王や、自分の子を裏切つてこれまた靑春と太陽とを奪ひ去るやうな祖國に比べて、僕の方がましだ、と。」

「さう! これがわたしたちの宿命だつたのだ!……わたしたちは同じやうにこの世に倦み疲れてゐたのだ、その平凡な明け方に、その燒けつくやうな眞晝時に、そのみじめな夜々に!……王者の緋の衣が運命によつて我々に拒まれてゐるからには、血潮が緋の色で二人を蔽ひ包むがよい。我々は人の世には偉大すぎたのだ!」



「ヴィリエ・ド・リラダン略年譜」より:

一八五四 この頃初戀があつたらしいが詳細不明。ルイ・ティエルスラン Louis Tiercelin の『回想録』によれば二度戀をしたが、相手の少女の一人は死し、いづれも悲劇的な結末になつたといふ。」

一八八二 この頃ヴィリエはさる瘋癲病院に傭はれ、狂氣の癒りかけた精神病患者の役を演じたといふ(ゴンクール『日記』二月四日參照)。」

一八八三 性愈々狷介となり人に怨みを受けることも多かつたらしい。」

一八八五 十月十七日附レオン・ブロワの書簡(モンシャル Monchal 宛)に、「……ヴィリエ・ド・リラダン伯爵は、英國式拳鬪練習所で練習教師となり、六十フランの月給で毎週二十四囘も顔を毆られてゐる」と記されてゐる。」

一八八九 八月十八日、夜十一時、フレール・ド・サン・ジャン・ド・ディウ療養所にてヴィリエ・ド・リラダン死す。享年五十一歳。」



リラダン全集


































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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