『現代詩文庫 1005 尾形亀之助詩集』

「お前達は自由に女にも男にもなれるのだ。」
(尾形亀之助 『障子のある家』「後記」 より)


『現代詩文庫 1005 
尾形亀之助詩集』


思潮社 
1975年6月10日 初版第1刷
2000年8月1日 第5刷
157p 
四六判 並装 ビニールカバー 
定価1,165円+税
装幀: 田辺輝男
 


ビーケーワンにあったので注文したら届いたので読んでみました。


尾形亀之助詩集 01


カバー裏文:

「この世の中で、自分をまるごと自分自身だけに即して生かして行くためには、無為を貫徹する以外にはなく、自分自身に即して生きるということが人間の真実なのだということを、亀之助は考え実行したのであろう。亀之助の詩を読んで打たれるのはその真実に向って譲るところなく生きて行くものの心が伝わってくるからなのだ。詩集『雨になる朝』あたりから、その考えはだんだんとはっきりしたものとなり、……その後死ぬまでの詩によって更にその思想が亀之助の身体に実現すると見ることが出来るように思う。
鈴木志郎康」



尾形亀之助詩集 02


目次:

詩集〈色ガラスの街〉全篇
 序の一 りんてん機とアルコポン
 序の二 煙草は私の旅びとである
 八角時計
 明るい夜
 散歩
 音のしない昼の風景
 十二月の無題詩
 春
 題のない詩
 夜の庭へ墜ちた煙草の吸ひがら
 昼の部屋
 夜半 私は眼さめてゐる
 煙草
 昼ちよつと前です
 秋
 病気
 寂しすぎる
 猫の眼月
 隣りの死にそうな老人
 ある来訪者への接待
 一本の桔梗を見る
 昼の雨
 曇天
 月が落ちてゆく
 彼は待つてゐる
 螻蛄(おけら)が這入つて来た
 春
 天国は高い
 私 私はそのとき朝の紅茶を飲んでゐた
 私は待つ時間の中に這入つてゐる
 春の街の飾窓
 犬の影が私の心に写つてゐる
 五月の花婿
 無題詩
 十二月の路
 五月
 無題詩
 美しい娘の白歯
 今日は針の気げんがわるい
 女の顔は大きい
 とぎれた夢の前に立ちどまる
 二人の詩
 顔が
 或る話
 雨降り
 秋の日は静か
 夕暮に立つ二人の幼い女の子の話を聞く
 一日
 白い手
 十一月の晴れた十一時頃
 風
 ある男の日記
 昼 床にゐる
 無題詩
 四月の原に私は来てゐる
 馬
 昼の部屋
 月を見て坂を登る
 ハンカチから卵を出します
 商に就いての答
 昼
 無題詩
 無題詩
 黄色の夢の話
 七月
 うす曇る日
 十一月の私の眼
 少女
 彼の居ない部屋
 旅に出たい
 雨
 蟲
 美くしい街
 無題詩
 たひらな壁
 或る少女に
 七月の 朝の
 小石川の風景詩
 あいさつ
 風のない日です
 女が眠つてゐる
 昼のコツクさん
 夏
 無題詩
 夕暮れに温くむ心
 風邪きみです
 白い路
 不幸な夢
 東雲(しののめ)
 ある昼の話
 夜の花をもつ少女と私
 九月の詩
 黄色の袋の中
 雨 雨
 年のくれの街
 情慾
 毎夜月が出た

詩集〈雨になる朝〉全篇
 序 二月
 序 冬日
 十一月の街
 花
 雨になる朝
 坐つて見てゐる
 落日
 昼寝が夢を置いていつた
 小さな庭
 初夏一週間(恋愛後記)
 原の端の路
 十二月の昼
 親と子
 昼
 昼
 夜 疲れてゐる晩春
 かなしめる五月
 無聊な春
 日一日とはなんであるのか
 郊外住居
 家
 白に就て
 白(仮題)
 雨日
 暮春
 秋日
 初冬の日
 恋愛後記
 いつまでも寝ずにゐると朝になる
 初夏無題
 曇る
 夜の部屋
 眼が見えない
 昼の街は大きすぎる
 十一月の電話
 十二月
 十二月
 夜の向ふに広い海のある夢を見た
 夜
 窓の人
 お可笑しな春
 愚かなる秋
 秋色
 幻影
 雨の祭日
 夜がさみしい
 夢
 雨が降る
 後記

詩集〈障子のある家〉全篇
 自序
 三月の日
 五月
 秋冷
 ひよつとこ面
 詩人の骨
 年越酒
 印
 第一課 貧乏
 へんな季節
 学識
 家
 おまけ 滑稽無声映画 「形のない国」の梗概
 後記 泉ちゃんと猟坊へ
 後記 父と母へ

未刊詩篇から
 無題
 春
 愚かしき月日
 初秋
 顔がない
 さびしい夕焼の饗応
 幼年
 泣いてゐる秋
 九月の半日
 蜜柑
 青柿の秋
 蜜柑
 花(仮題)
 夜が重い
 二月失題
 受胎
 ビスケツト
 春は窓いつぱい
 梅雨の中
 無形国へ
 辻は天狗となり 善助は堀へ堕ちて死んだ 私は汽車に乗つて郷里の家へ帰つてゐる
 迎春失題
 又は三角形の歴史
 風邪
 浅冬
 雨ニヌレタ黄色
 大キナ戦(1 蠅と角笛)
 話(小説)

詩論
 私と詩
 部屋の中
 跡
 さびしい人生興奮
 身辺雑記
 机の前の裸は語る
 早春雑記
 
年譜

研究
 それからその次へ (別役実)
解説
 尾形亀之助は自分自身のみに即して生きた人と見えた (鈴木志郎康)




◆本書より◆


「唖が 街で
唖の友達に逢つたような」
(「音のしない昼の風景」より)

「私は自分を愛してゐる
かぎりなく愛してゐる」
(「春」より)

「さびた庖丁で 犬の吠え声を切りに
月夜の庭に立ちすくむ――」
(「夜も 私は眼さめている」より)

「土手も 草もびつしよりぬれて
ほそぼそと遠くまで降つてゐる雨」
(「昼の雨」より)

「明るいけれども 暮れ方のやうなもののただよつてゐる一本のたての路――」
(「犬の影が私の心に写つてゐる」より)

「ある夕暮
なまぬるい風が吹いて来た」
(「五月」より)

「私は
消えてしまいさうな気がする」
(「とぎれた夢の前に立ちどまる」より)

「「モシモシ――あなたは尾形亀之助さんですか」
「いいえ ちがひます」
(「七月の 朝の」より)

「石の上に座る乞食」
(「小石川の風景詩」より)

「夕暮れにうずくまつて
そつと手をあげて少女の愛を求めてゐる奇妙な姿が
私の魂を借りにくる」
(「夕暮れに温くむ心」より)

「私は やはらかいぬくみの中に体をよこたへて
魚のように夢を見てゐました」
(「昼 床にゐる」より)

「「空が海になる
私達の上の方に空がそのまま海になる
日――」
そんな日が来たら」
(「不幸な夢」より)

「おれは
ねころんで蠅をつかまへた」
(「昼」より)

「おばけが鏡をのぞいてゐた」
(「九月の詩」より)

「ゆらゆらと月が出た」
(「毎夜月が出た」より)

「月の光りは部屋の中に明るい海のやうに漂つてゐた」
(「毎夜月が出た」より)

「枯草の原つぱに子供の群がゐた
見てゐると――
その中に一人鬼がゐる」
(「原の端の路」より)

「夕方の庭へ鞠がころげた

見てゐると
ひつそり 女に化けた躑躅がしやがんでゐる」
(「初夏無題」)

「私は毎日一人で部屋の中にゐた
そして 一日づつ日を暮らした」
(「夜の向ふに広い海のある夢を見た」より)

「眠れないので夜が更ける」
(「夜がさみしい」より)

「夜になると訪ねてくるものがある

気づいて見ると
なるほど毎夜訪ねてくる変んなものがある

それは ごく細い髪の毛か
さもなければ遠くの方で土を堀りかへす指だ

さびしいのだ
さびしいから訪ねて来るのだ

訪ねて来てもそのまま消えてしまって
いつも私の部屋にゐる私一人だ」
(「無題詩」)

「昼の
部屋の中は
ガラス窓の中にゼリーのやうにかたまつてゐる

一人 ―― 部屋の隅に
人がゐる」
(「昼の部屋」より)

「私は今日は
私のそばを通る人にはそつと気もちだけのおじぎをします
丁度その人が通りすぎるとき
その人の踵のところを見るやうに」
(「うす曇る日」より)

「寝床は敷いたまゝ雨戸も一日中一枚しか開けずにゐるやうな日がまた何時からとなくつゞいて、紙屑やパンのかけらの散らばつた暗い部屋に、めつたなことに私は顔も洗らはずにゐるのだった。」
(「秋冷」より)

「つまづく石でもあれば私はそこでころびたい」
(『障子のある家』より)

「何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。」
(『障子のある家』「自序」より)

「さよなら。なんとなくお気の毒です。」
(『障子のある家』「後記」より)



「情慾」:

「何んでも私がすばらしく大きい立派な橋を渡りかけてゐました ら――
向ふ側から猫が渡つて来ました
私は ここで猫に出逢つてはと思ふと

さう思つたことが橋のきげんをそこねて
するすると一本橋のやうに細くなつてしまひました

そして
気がつくと私はその一本橋の上で
びつしよりぬれた猫に何か話しかけられてゐました
そして猫には
すきをみては私の足にまきつこうとするそぶりがあるのです」


 
「無形国へ」:
 
「降りつゞいた雨があがると、晴れるよりは他にはしかたがないので晴れました。春らしい風が吹いて、明るい陽ざしが一日中縁側にあたつた。私は不飲不食に依る自殺の正しさ、餓死に就て考へこんでしまつてゐた。
(最も小額の費用で生活して、それ以上に労役せぬこと――。このことは、正しくないと君の言ふ現在の社会は、君が余分に費ひやした労力がそのまゝ君達から彼等と呼ばれる者のためになることにもあてはまる筈だ。日給を二三円も取つてゐる独身者が、三度の飯がやつとだなどと思ひこまぬがいゝ。そのためには過飲過食を思想的にも避けることだ。そして、だんだんには一日二食以下ですませ得れば、この方法のため働く人のないための人不足などからの賃銀高は一週二三日の労役で一週間の出費に十分にさへなるだらう。世の中の景気だつて、むだをする人が多いからの景気、さうでないからの不景気などは笑つてやるがいゝのだ。君がむだのある出費をするために景気がよい方がいゝなどと思ふことは、その足もとから彼等に利用されることだけでしかないではないか。働かなければ食へないなどとそんなことばかり言つてゐる石頭があつたら、その男の前で「それはこのことか」と餓死をしてしまつてみせることもよいではないか。又、絹糸が安くて百姓が困るといつても、なければないですむ絹糸などにかゝり合ふからなのだ。第三者の需要に左右されるやうなことから手を離すがいゝ、勿論、賃銀の増加などで何時ものやうにだまされて「円満解決」などのやうなことはせぬことだ。貯金などのある人は皆全部返してもらつて、あるうちは寝食ひときめこむことだ。金利などといふことにひつかゝらぬことだ。「××世界」や「××之友」などのやうに「三十円収入」に病気や不時のための貯金は全く不用だ。細かいことは書きゝれぬが、やがて諸君は国勢減退などといふことを耳にして、きつと何んだかお可笑しくなつて苦笑するだらう。くどくどとなつたが、私の考へこんでゐたのは餓死に就てなのだ。餓死自殺を少しでも早くする(引用者注: 「する」に傍点)ことではなく出来得ることなのだ。
(詩神第六巻第五号 昭和5年5月発行)」




青空文庫 作家別作品リスト 尾形亀之助 
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person874.html#sakuhin_list_1




こちらもご参照下さい:

池内紀 『二列目の人生 ― 隠れた異才たち』
『谷中安規 モダンとデカダン』 瀬尾典昭 他 編
























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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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