内田善美 『星の時計の Liddell ②』

「幽霊に似ている――」
(内田善美 『星の時計の Liddell』 より)


内田善美
『星の時計の Liddell ②』
 

集英社 
1985年10月9日 第1刷発行
1985年10月25日 第3刷発行
194p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価880円


「first published in BOUQUET
October issue 1982 - November issue 1982
January issue 1983 - March issue 1983」



カラー口絵4p。


内田善美 星の時計のLiddell 02 01


帯文:

「人間の深層心理に迫る大型ミステリー
ヒューが例の“夢”をみている間、
彼は呼吸をしていない。
心臓すらも、鼓動をとめていた!!」



内田善美 星の時計のLiddell 02 02


目次:

イラスト&ポエム Snow Blue

星の時計のLiddell ②

星の時計の Liddell 扉絵コレクション
単行本のおしらせ



内田善美 星の時計のLiddell 02 03



◆本書より◆


ウラジーミル: 「魂を――
私は…
魂を病んでいる……か…」

「その夜(よ)のうちに
死にゆく少年と
枕をならべたことがある――」

「空気が凍るような夜

その貧相な肉体から
澄みきった魂が離れていった
その時にさえ

私という人間は

涙さえ流すことも
できないのだ――」



睡眠時無呼吸状態で夢をみるヒューのことが気がかりで、ウラジーミルは本を読んだり学者に話をききにいったりします。


シカゴ大学のグレイ助教授: 「アーティスは

まあ
ごく平均的な
十三歳の少年でしたけどね
性格も明るくて
今の他の子供たちと
ちがうところといえば
ちょっと信じがたいほど
無垢(むく)な精神(こころ)を持っている
ということですか」

「その少年が
しばしば
夜寝るのを
嫌がりましてね」

「いやな夢を
みるんだそうです

それも
極(ごく) たまに
なんですが…

別に
夢の内容が
少年(アーティス)にとって
脅いとかおぞましいとか
いったものではなく

むしろ
好ましくさえ
思えるようなもの
らしいんですが

ただ
その夢をみることによって
(中略)
やがては完全に
現実世界から
離脱してしまうに
ちがいないという

強迫観念が
あったんですね」

ウラジーミル: 「その少年は
仮死状態に陥ると
聞いたのですが

その
たまにみるという
夢は…

その状態の
時に?」

助教授: 「…まったく…

そういうこと
だったんです

仮死というよりは

“死”といっても
いいかもしれない」

「その死の間に
経験した現象を――
(中略)
少年(アーティス)は
夢と呼んだのです」

ウラジーミル: 「いったい…
その
少年のみた
“夢”というのは
どういったもの
だったのですか?」

助教授: 「彼はあまり
語りたがりませんでした」

「語る言葉が
なかったのですよ

彼の持ってる
言葉では
語ることができなかった

我々の言語では
表現し得ない世界

そういうものを
彼は見ていたのだと
思います」

ウラジーミル: 「その子に
会わせては
いただけませんか」

助教授: 「死にました」

「彼は今度は
蘇生(そせい)しなかったのです」



内田善美 星の時計のLiddell 02 04


ウラジーミル: 「いったい
この“夢”たちは何なのだろう

生命さえ奪いとるほどの
力(エネルギー)をもった
この
奇妙な“夢”とは!?

その夢を
容易にみてしまう(引用者注: 「みてしまう」に傍点)
この奇妙に
明るい目をした
人間たちは…?」



内田善美 星の時計のLiddell 02 05


ウラジーミル: 「君は
僕の探している
“夢”の傍(そば)に
いつもいる」

葉月: 「私が探しているのは
“予感”なの」



内田善美 星の時計のLiddell 02 06


ウラジーミル: 「…君は

ときどき
そんな目をする

何がそんなに
哀しい?」

葉月: 「人間に
生まれたこと」

「あの地中海地方の
赤茶けて
荒廃しつくした土地にさえ
夜のような緑が
あったんだと思うと

あの大陸(ヨーロッパ)の森林を
破壊しつくしてしまった
人間という生物の存在に
驚愕(きょうがく)してしまう」

「ええ
確かに

今ある自然林は
200年におよぶ
人間の手による
復元によって
存在しているけど」

「200年前

理解できないまでも
その危機を危機として
感じとることが
できなかったら

取り返しのできない惨劇を
自らの手で
招いていたでしょうに…」

ウラジーミル: 「まあね
植物に寄生しているのは
他ならない人間だからね

それに
よっぽど
植物(かれら)の方が
生命力がある

破壊されても
人の十世代分ほどの
時間があれば
また自らを必ず復元する」

葉月: 「人間が
いなければね」

「何が哀しいって

風景が

人間の手によって
嫌な方へ嫌な方へと
変造されてしまう
そのことだわ」

ウラジーミル: 「ずいぶん
過激な感傷だね」



このあと、看過できないエコロジーの話が続きますが、はしょります。

一方そのころ、ヒューはまた謎の少女リドル(リデル)の夢をみていました。
夢のなかのヴィクトリアン・ハウスの庭には、金木犀が植えられています。


リデル: 「思い出は
香りと同じね

花が
消えてしまっても

いつまでも
いつまでも
香りだけが残ってる

あなたも同じ

私をおいて
突然消えちゃうものね

幽霊だから
しょーがないか…

だけど

私は
いつだって いつだって
ここに取り残される」



リドル(リデル)は子どものくせにポーの詩「幻の郷(Dream-Land)」を阿部保訳で諳んじます。
本書のタイトルの「星の時計」も、同じく阿部保訳によるポーの詩「ユラリウム」より取られています。

ヒューは幽霊として自分の夢のなかの幽霊屋敷に住みついていて、少女は夜になるとヒューの夢のなかの幽霊屋敷に遊びにくる、ということのようです。


ウラジーミル: 「しかし
まあ夢とはいえ
たいした子だね

夜の夜中
脳をおかされそうな
月夜に――
かりにも幽霊屋敷に

幽霊と遊ぶために
やってくるなんて

そーいうのが
潜在意識における
誰かさんの趣味なわけ?」

ヒュー: 「あいにくだね

俺は
人間に対して

傾倒するような
趣味はないんだ」

「それに
あれは
俺の造りだした(引用者注: 「造りだした」に傍点)
少女じゃないぞ

あの子が勝手に
俺の夢の中に
出てくるだけだ」



内田善美 星の時計のLiddell 02 07


リデル: 「話しかけちゃ
だめ!


死んでるの

もうすぐよ


幽霊になるの」



ウラジーミル: 「キー・ワードが
多すぎる――

どれもが真実を語り
どれもが真実にいきつかない

それほど
人間(わたしたち)の思考(おもい)は
不明確で雑多だ

キー・ワードが多すぎる…

ただ
夢だけが奇妙に現実的(リアル)で
ゆっくりと…

ゆっくりと
どこかに向かって進んでいる…」



冬の夜の街を歩くウラジーミルと葉月。街頭テレビがスペースシャトルの二度目の打ち上げを伝えています。


葉月: 「でも…

あれも
兵器だから…

どうして
私たちの精神は
純粋に志向することが
できずに

この頭脳は
こんなふうにいつも
不鮮明なものを
作ってしまうのかしら

世界中の人たちが
うらやむほど
幸せな恋人たちだって

この夜を
どんなに素敵に
すごせたって

明日の朝
新聞一部読めば

自分の中で
眠っている不安を
わけもなく
かきたてられるわ

あてのない苛(いら)だち
あてのない悲しみ

それほど
この惑星(ほし)は哀しいわ

人類(わたしたち)を
もってしまったために…

そうね

そして
そのことが
私たち自身を
不安にさせる」

ウラジーミル: 「45億の不安だね」

葉月: 「そう…

こんな
巨大なエネルギーが
何かを
生みださないはずがないわ」



このころはまだ世界人口は45億人だったのですが、今はもう70億をこえているのではないでしょうか。


葉月: 「そう…

昔の人って
夢をね
心理的な現象と考えずに
肉体から分離した魂が
本当に経験するものとして
考えたんですって」

「…幽霊に似ている」



一方そのころ、ヒューは道を歩いていて、バッドトリップした男に刺されますが、リドル(リデル)に呼ばれて振り返ったので、危ういところを助かります。
ヒューは夢の世界へリドル(リデル)をさがしに行きます。眠るヒューと見守るウラジーミル。


ヒュー: 「この屋敷の
外か…

あの子は
この外で
僕を呼ばなければ
ならなかったのか…?

あの子を
捜さなければ…

あの子のところに
行ってやらなければ…

外へ…

外へ」

ウラジーミル: 「遅い…

このまま
還(かえ)って来なかったら…

あの少女に
とらわれたまま

彼の魂が
この肉体に還(かえ)って来なかったら…」

「この肉体は
完全に死ぬだろう

腐敗(ふはい)し
朽(く)ちはてる」

「あの魂は…

“虚(ゆめ)”の宇宙(せかい)を
彷徨(さまよ)うのか…」

「あの魂は…

あの魂は

二度と
還(かえ)って来ない…

ここに
還(かえ)って来ない」

「ヒュー!」

ヒュー: 「…なぜ
呼んだ…」



ヒューはたまたま通りかかったアンティークショップの店先に、「Liddell 1879」と記された一枚の古い写真をみつけます。

リドル(リデル)の写真が存在するからには、彼女はかつて実在していたのにちがいない。ヒューは仕事をやめて、夢に出てくるヴィクトリアン・ハウスを探す旅に出ることにしました。


ヒュー: 「合衆国を
ひとまわりさ

3、4年で
なんとかなるかな」

ウラジーミル: 「そんな
ノーマルな顔して
しゃべることか!?

常軌(じょうき)を
逸(いっ)してる!」

ヒュー: 「探さなければ
ならない」

ウラジーミル: 「ああ!
わかった

探すがいい
それで
気がすむんならな

だがな

無駄な手間ひま
かけないためにも
いっとくがね

探す場所を
まちがえるな

いいか
“合衆国”じゃない

君の
夢の中だ

夢の中だ」

ヒュー: 「呼んだんだ

あの子が
俺を呼んだんだ

あの日

俺は
間に合わなかった

あんなに
悲痛な声で

俺を呼んだのに

あの子が
俺を必要とした時に

俺は傍にいて
やれなかったんだ」

ウラジーミル(心の声): 「彼は
何を……

何を
しゃべっているのだ」


ヒュー: 「少女が
死地に陥ってる…

そう

そうなんだ
あの子の身に何か
とんでもない事が
起こったろうことは
確かなんだ

ただ

それが
問題(引用者注: 「問題」に傍点)じゃあ
ないんだ

…あの子にとって
俺だけだった
ってことさ

あの子は
俺を呼んだんだ

あの子の住む世界の
誰でもなく

あの子には

俺だけしか
いなかったんだ」

ウラジーミル(心の声): 「彼(ヒュー)が

何をいおうと
私は
慣れているはずだった」


ウラジーミル: 「言ってしまえば
幻影(イリュージョン)だ

実の世界じゃない」

ヒュー: 「…そうだな

…それなのに

そこが在ることを
精神は知覚する

魂(エネジイ)は
流れてゆく

精神(いしき)の
他次元への移行

創造

変異

それは
やっぱり何かがそこ(引用者注: 「何かがそこ」に傍点)に
“存在”してしまうことだろ

“虚”であることが

”存在”を
否定することには
ならないよ」


ウラジーミル(心の声): 「彼(ヒュー)は
降る雪を見ていた

私は

降る雪が
苦手だった

見ていると
上へ上へと私は上天する

過去へ 千年の過去へ 無量の過去へと
私は消滅する

有らぬ世へ 有らぬ空間へ 有らぬ宇宙(じげん)へと
私は透過する

私は
降る雪が苦手だった

見ていると
気が狂う」


ヒュー: 「ほら
いつだったか
中国の思想家の
夢の話してたろ

たとえば
蝶になってしまうことぐらい
俺には
何のことはないような
気がするんだ」

「ただ
ゆっくり目を閉じて
眠るだけさ

それで もう
俺は蝶だ

蝶の俺は
二度と再び

人間になった夢を
みないだけさ」



内田善美 星の時計のLiddell 02 08


ウラジーミル(心の声): 「なぜ
彼は
狂わないのだろう

誰も見たりしないものを見
誰も信じたりしないものを信じ
誰も語らないようなものを語り

容易(たやす)く蝶になってしまえる
我身を知りながら

こうも悠然と
自然な仕草で

正気を
保っていられるのか」



内田善美 星の時計のLiddell 02 09


「少女は……

少女はたどり着いた…

幾千の月夜を
万の昼を 数えながら
光年におよぶ距離を彷徨(さまよ)い

この
星の時空(じくう)に等しい闇黒の中――

少女はたどり着いた」

「この
星の時空(じくう)に等しい闇黒の中に
放り出されながら

少女のおそれを知らぬ魂は
疑いはしなかったろう

彼の手にいだかれる――そのことを…

これはまさに夢だ
夢に近すぎる

なんという夢だろう

なんという夢だろう」



内田善美 星の時計のLiddell 02 10


「………見ていると

気が狂う」




こちらもご参照下さい:

内田善美 『星の時計の Liddell ①』
阿部保 訳 『ポー詩集』 (新潮文庫)




























































































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内田善美 『星の時計の Liddell ①』 (全三冊)

「彼女はいわば
その魂をもって
夢に
帰化(きか)した
そういうことさ」

(内田善美 『星の時計の Liddell』 より)


内田善美
『星の時計の Liddell ①』
 

集英社 
1985年9月10日 第1刷発行
193p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価880円


「first published in BOUQUET June issue 1982 - September issue 1982」



カラー口絵(折込)1葉、巻頭カラー4p。


内田義美 星の時計01 01


帯文:

「少女漫画に新たな神話が誕生
旅から戻ったウラジーミルの目にうつったのは、はるかな夢(まぼろし)に囚われた男・ヒューの奇妙な生活だった…」



内田義美 星の時計01 02


口絵イラスト。


目次:

星の時計のLiddell ①

あとがき お茶にしましょ モモタロさん (内田善美)
私的内田善美論 浪漫の色はセピア色 (倉持功)
作品リスト/単行本リスト



内田善美 星の時計01 04



◆本書より◆


「幽霊になった男の話を
しようと思う

だが
どこから語りだそう」

「彼の夢から語ろう

そう…
夢から――」



内田善美 星の時計01 03


ウィーン生まれのパリ育ち、大金持ちの子息で世界中を旅してまわるロシア人ウラジーミル・ミハルコフ(ウラジーミルはウラジーミル・ナボコフにちなんだ命名であろうとおもわれます。ミハルコフは映画監督のニキータ・ミハルコフからでしょうか。ウラジーミルは時間(歴史)や空間(地理)の概念にとらわれない、ノマド的人物(世界放浪者=傍観者)です)は、二年ぶりで「風の街」シカゴに戻ってきました。そこには大学の同窓生であったヒュー・V(ビックス)・バイダーベック(ちなみにいうと1920年代に活躍したビックス・バイダーベックというジャズ・コルネット奏者がいます)が暮らしています。


「彼は
この街で
十年近くを
生活し

時折
夢をみていた」



二年間音信不通だったウラジーミルですが、ヒューはまるで昨日別れたかのように、あたりまえのように彼の帰還を受け入れます。


「どうせ

ヒユーなんか
この店に入って

いつものカウンターに
あなたのその顔をみて
ニヤッとしただけなのよ

「元気そうだ」も
「どこに行ってた?」も

そんなことの一つも
口にしないで
その席に座ったに
ちがいないんだから」



そうコメントするのは元女優で服飾デザイナーのヴィ・ウィズバーン。彼女は二人の知り合いです。ヒューはエディトリアル・デザインの仕事をしています(ちなみに助手の名前は「ロアルド・ダール」です)。

ウラジーミルはヒューの家に泊まりこみます。ヒューは「睡眠時無呼吸症候群」で、息をしていない間に夢をみているようです。


内田善美 星の時計01 05


「夢を…
みていた

同じ夢だ」

「家の夢さ」

「ぼんやり
目ざめると
そこは
小さな屋根裏部屋で

出窓から
もれるような青白い
かすかな空の明るさで
それとわかる

いくつか
階段をおりると
突然広いフロアがひらけ

左手に大広間
黒いガラスごしに
黒々とした林と
湖が見える

ただ空はもうすぐ
朝なのだろう
天空(てんくう)の月が透明になって
空の碧(あお)に染まりそうだ」

「なぜ

こんなに
同じ夢ばかり
みるのだろう」



ここで、大学で心理学を学んだコミック専門店「コミック・キングダム」の店主リチャード・ロイドが登場します(リチャード・ロイドといえばテレヴィジョンのギタリストと同姓同名ですが、見た目は神経学者のオリヴァー・サックスに似ています)、彼はウラジーミルの知人であり、ヒューはリチャードのサークル仲間のパーティに招待され、そこで日本人女性の「葉月」、バスケット青年ジョン・ピーター・トゥーイ(1920年代ニューヨークの社交サークル「アルゴンキン・ラウンド・テーブル」の中心メンバーと同姓同名です)、私立探偵、ジャズマンらと知り合います。

そして話題はヒューの夢のことに。


葉月: 「恋してるのかもね」

ヒュー: 「…え?」

葉月: 「その“家”が
あなたに恋してるのかも
しれない

私の国の古い歌にある

朝髪の思い乱れてかくばかり なねが恋(こ)うれぞ
夢にみえける

相手が
想いをかけているから
その人が
自分の夢の中に
現われる

そんなふうに
歌われてるの」



そして言霊とか日本人の脳とかについて、登場人物たちがウッディ・アレンの映画のように長々と議論しあうのですが、はしょります。


内田善美 星の時計01 06


ヒュー: 「ただ…
ふとね
思っただけさ

あの夢を

夢をみているのは
あの“家”なのじゃ
ないかと――

魅かれているのは
俺だ…

きっと
俺の方なんだ」

「たとえば
洞穴(どうけつ)
空にかかる巨樹(セコイア)
深い森

嵐の前の雲の流れ
さざ波もたたない沼

たとえば
真夜中の我が家
窓ガラスごしの闇

幽霊屋敷
鏡の迷路(ミラー・ハウス)

たとえば
アンドロメダまでの距離」

ウラジーミル: 「裏庭の
李(スモモ)の木の根元に
埋めた
秘密の箱だな」

ヒュー: 「俺は
ナナカマドだった

そう
あの頃(引用者注: 「あの頃」に傍点)

そんなものを
体験した時の
精神の
あの得もいえぬ
不安定さ

生とか死とか
神とか宇宙(コスモス)とか
恐怖 幸福 興奮
時空(じくう) 魔性 次元……とか

当時
持っている言葉の
すべてを使っても

あの感触に
追いつきはしなかったろ


中でも
一番
俺が好きだったのは

“気配”だ

大気や
水や樹木

光や闇
空間

そいつらが
隠し持っている
あの奇妙な
“気配”さ

もっと
いってしまえば
水や石や…気体や…
この空間を占める物質を
つくりあげている分子

酸素や水素や炭素…
無限(すべて)を満たしている
原子
さらに素粒子

そして

さらに
向こう(引用者注: 「向こう」に傍点)だ

そう
そんなものの
向こうにある(引用者注: 「ある」に傍点)
何かさ

今の次元に住む
我々には直接
見ることも
触れることもできない
あまりに遠い(引用者注: 「遠い」に傍点)世界だが
確実に
俺たちの
すべてを満たし
とりまいている

俺たちが
ときたま
思いもかけず
触れてしまったり
踏みこんで
しまったりした

あのチャーミングで
眩惑的(げんわくてき)に不可解な世界の
体験は

そんな何かを
一瞬
感じとってしまっているのに
ちがいない

そう
“何か”の気配だな
あの時(引用者注: 「あの時」に傍点)
いつだって
形のない
何かわけのわからないものの
気配が
そこ(「引用者注: 「そこ」に傍点)にひそんでいたろ?

それに反応する

俺の心臓
俺の精神
俺の細胞

あれに
似ている

ひそんでいるんだ(引用者注: 「ひそんでいるんだ」に傍点)」

ウラジーミル(心の声): 「あの家に――
あの夢に――」



内田善美 星の時計01 07


そしてリチャードのコミック店。ウラジーミルはリチャードが探している稀覯本が父親の蔵書にあったので持ってきてあげたのでした。


リチャード: 「僕の知ってる
女性だが

もっとも
直接
話したことは
ないがね

口をきかんのでね

子供の頃から
よく同じ夢を
みたんだそうだ」

その女性: 「いいの
ここ(引用者注: 「ここ」に傍点)でこんな生活を
するかわりに

ちゃーんと
神さまが
生まれた時に
私に素敵なプレゼントを
くださったわ

私は自分の中に
魔法の国をもってるの
あの国が
いつだって私を
幸福(ハッピー)にしてくれる」

リチャード: 「それは
ずいぶん
きれいな夢だったらしい

そこ(引用者注: 「そこ」に傍点)では
彼女は
彼女ではなく(引用者注: 「彼女ではなく」に傍点)

何かもっと
ちがう生命体
なのだそうだ

両親はすでになく
兄弟との
電話一本のやりとりもない

あいさつをする程度の
友人は
かぞえきれないほど
いたけど

昼さえ
陽の当たらない
大都会の裏街で
三十三歳まで独り暮らし

三十頃から
いつも歌うように
いってたそうだ」

女性: 「ずーっと
眠って
暮らせたらいいわね
ここ(引用者注: 「ここ」に傍点)は
お金が
いりすぎるわ
お金のために
生きてるみたい

死んだら…
死んだら
ずっと
眠っていられるのかな…」

リチャード: 「そして
薬を飲んだ――

彼女は
死ねると思ったろうが

実際
致死量に
足りるような
催眠剤の量じゃなかった

その上
発見が早くて

胃の洗滌(せんじょう)も
すぐに出来た

そのまま
安静にしていれば
翌日には
すっかり良くなって

働くことさえ
できるだろうと
誰もが
安心していた

だが
彼女は目覚めなかった

翌日も
次の日も

その
次の日も

今年 四十五
いや 四十六歳になると
思ったが……

今も
ミズーリの
州立医療センターで
眠りつづけている

そして
夢をみている」

「彼女は
いわば

その魂をもって

夢に
帰化(きか)した

そういうことさ」

「実に…
この魂の力

この魂の柔軟(しなやか)さ

それは
“精神の異常”とは
別の次元のものだ」

「たとえば
ある状況では
正常と考えられる
精神状態が

別の状況では
異常と
とられる

今の我々が考えれば
異常な時代とか
社会・文化があるとする

そこに
正常な精神をもった
人間が死活する
彼はギャップに
精神を病むかもしれない

その人間をはたして
精神異常と呼べるか?

もっと
確実なことは

疾病(しっぺい)しなくても
彼がその社会から
「異常者」という
さまざまな
レッテルをはられ
はじき出されるだろう
ということだ

絶対多数が
肯定する状況が
常に正しく
真理に近いとは

誰も
確信をもって
いえやしない」

「そういう
“異端”の人間の
話が

この本に
集められてるのさ」

ウラジーミル(心の声): 「魅かれて…
魅かれて…

囚われる
…のか?

囚われるのか――

はるかな夢(まぼろし)に――」



「夢」と書いて「まぼろし」と読む。
このような特異なルビのふりかたは、本書の特徴の一つであります。
それはそれとして、悲惨な現実から逃れて、生きたまま「ここ」ではない「魔法の国」へ行ってしまった女性と、現状になにひとつ「不満」はないのに、夢の中の世界、「今の次元に住む我々には直接見ることも触れることもできないあまりに遠い世界」を、みずからの「DNA」に促されるように志向するヒューと。

ぞくぞく(わくわく)する展開になってきました。

いかにして「夢に帰化する」か、先走っていってしまえば、それがこの作品の中心テーマなのであります。


内田善美 星の時計01 08


この薔薇に囲まれた美少女は誰かというと、ヒューの夢のなかに出てくる謎の少女「リデル」です。
「リデル」はもちろん、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』のモデルになったアリス・プレザンス・リデル(Alice Pleasance Liddell)の「リデル」ですが、彼女はヒューに名前を尋ねられて「リドル」と答えます。リドル(Riddle=謎)はリデル(Liddell)の語呂合わせです。
薔薇の幽霊のような彼女は、ヒューに「幽霊さん」と呼びかけます。

ついでにいうと、内田氏が「ゲイルズバーグ・ストーリーズ」の一連の作品によってオマージュを捧げてきたジャック・フィニイの短篇集『ゲイルズバーグの春を愛す』は、本作を味読する上で必読の基本文献でありまして、収録作「愛の手紙」の、過去に実在した未知の人物との、時間の壁を越えてのコミュニケーション(それじたいはたとえばロバート・ネイサンの小説で映画にもなった『ジェニーの肖像』のテーマでもあるわけですが)のほか、ヒューの夢に出てくるヴィクトリア朝ふうの家(「クルーエット夫妻の家」)のモチーフや、ここではない世界への脱出(「独房ファンタジア」)のテーマなどが本歌取りされているのであります。


内田善美 星の時計01 09


ウラジーミルの実家の図書室です。本棚に本がたくさん詰まっている絵や写真をみるとわたしはたいへん嬉しくなる性質があるようです。内田氏や諸星大二郎氏のまんがを愛読するのも作中に本棚が出てくるからだといってもよいです。思えば当時、清原なつの氏や吉野朔美氏(ご冥福を祈ります)のまんがを愛読したのも本がたくさん出てくるからでした。

ちなみにウラジーミルの実家の図書係の名前は「アレクサンダー・タルコフスキー」です。


ウラジーミル: 「書物は罪悪だと
いったのは
誰だったろうね?」

図書係: 「神さまかも
しれませんね」

ウラジーミル: 「なるほどねー

いわば
僕が読んでる本(の)
なんか
“神さま”に
近づこうとする
人間たちの
試行錯誤の記録と
How to ものだな」



内田善美 星の時計01 10


本を読みつつ寝てしまったウラジーミルの夢のなかに葉月が登場します。


葉月: 「ねえ
ミスター
ミハルコフ

“神さま”は
人間が死んでも
お悲しみにならないわ
みーんな死んでしまっても
悲しくなんてないのよ

人間が死んで
悲しいのは
人間だけよ」



内田善美 星の時計01 11


ウラジーミル(心の声): 「この男の
感情の有り様(よう)が

私には
理解できない

 彼の目の中で
 凍(い)てついた青い星と
 南国(トロピクス)の海が交錯する

ただ

彼の横顔は
すでに
人間のそれではなかった」

ヴィ: 「ヒューは
私たちとは
ちがう(引用者注: 「ちがう」に傍点)人間よ

もし彼が
誰かを求めるようなことが
あったとしても

それは
私たち(引用者注: 「私たち」に傍点)じゃ
ないわ

同類よ

彼が 真(しん)に
うけいれるのは
彼と同類の
人間だけよ」

ウラジーミル: 「しかし
あれは夢だ

あの少女(バラ)は
幻影(まぼろし)にすぎない

…だが
夢だからこそ…

まぼろしだからこそ
人は怖れるのだ」




こちらもご参照下さい:

内田善美 『星の時計の Liddell ②』
ジャック・フィニイ 『ゲイルズバーグの春を愛す』 福島正実 訳
エリアーデ 『ホーニヒベルガー博士の秘密』 直野敦・住谷春也 共訳 (福武文庫)
川村湊  『補陀落 ― 観音信仰への旅』






















































































































内田善美 「空の色ににている④」

内田善美 「空の色ににている④」 

「ぶ~け」 1980年11月号 (第3巻第11号)
集英社 昭和55年11月1日発行
p.141~p.191



空の色ににている1


アオリ文:

「4ヵ月集中連載感動の最終回51ページ
―青春さわやか今さなか―」



ハシラ文:

「前号までのお話し

蒼生人(たみと)は浅葱(あさぎ)が好き。そして冬城(ふゆき)には尊敬とも畏怖ともつかない感情をもっている。浅葱と冬城の関係は、蒼生人にはつかめない。そんな中で蒼生人の青春は少しずつ動いている。彼に思いを告白する女生徒が現われたり、校内競歩大会で、同じ1年生・野球部の山科士郎(やましなしろう)と懸命の争いをしてみたり。ある朝、冬城が蒼生人の家の前にいた。2人で黙って走ったあと、冬城はアトリエに来いといった。約束の日、彼は姿を消す…」



空の色に似ている2


浅葱:

「あの人
どんどん
目がみえなく
なっていたの

以前
事故をおこして
視神経が
おかされてるって
わかったの

いつか
完全に視力を
失うだろうって…

きれいに
片付いてる

みんな
棄てたのね

あの人の
すべてだった世界を
完全に」



空の色ににている3


蒼生人(心の声):

「いってしまった
いってしまった

根拠もなく
その言葉だけが
体の芯のあたりで
明滅する

浅葱さんを
描(か)いた絵だけを
残して……

いってしまった」



浅葱:

「「ぼくを探しに」って
本があるのよ

“ぼく”っていうのはね
円なの

まあるいね

でもね
一部分 口みたいに
かけてるのよね」

「かけたところで
カクンって
つっかえてね

きれいに
まわって
動けないの」



『ぼくを探しに』はシェル·シルヴァスタインのベストセラー絵本だ。日本版は倉橋由美子の訳で出ていた。「ぼく」は「かけら」を探しに行く。「ネタバレ」になってしまうので困るが、「ぼく」はとうとう「かけら」をみつける。「かけら」と一体化した「ぼく」は完全な円になった。ころころと坂道をころがることもできる。しかし。


空の色ににている4


「……
私にとって

あの人こそ
そのかけらだったわ

私達は融合し
完全な円を
形づくることが
できたのよ

時間も
夢さえもこえられる
無限の小宇宙」



「そんな存在があるなんて考えたことある?」と浅葱はいい、蒼生人はそんな存在が「たしかに存在するのだと」「考えるよりはやく感じとっていた」。


浅葱:

「彼の粗野
彼の傲慢
彼の奔放

私には
そんなこと
どうでも
いいことだった

ただ
“彼”でさえあれば
よかったの

彼の生き方
思念・行動
そんなものに
私から 何も
望まなかったわ

彼もそうだった

あの人
私に
何も望まなかった

望みとか 夢とか
そういったものを
こえていたの」

「いつだって
感じていたのよ

幻を

私たちは
ほんとうに
手にいれて
しまったんだって」

「人間が
完全な円を
形づくることが
できるなんて

夢幻に
近すぎる

…ね?

あんまり
きれいすぎて

ふたりのうちの
どちらか
何かひとつでも
失ってしまったら

幻はもう

意味のない
ただの幻にしか
すぎなく
なってしまうわ」



空の色ににている5


「そうよ

いつだって
わかっていたの

失ってしまったものを
何かちがうもので
とりもどそうと
するような
人じゃないって」



冬城は北アルプスで遭難して行方不明になったようだ。


蒼生人(心の声):

「あざやかに

消えてしまった
ものを
追って

……そうだ

どこに行けば
いいというんだ

すべてが
秘められてしまっている

いくところなど
ありはしないんだ」

「僕の中で
何かが
えぐられたように
かけていた

いや
生まれた時から
かけているんだ

その
かけていたものの
大きさに
こんなかたちで
気づきはじめて
いたのかもしれない」

「あの冬城さんが
なぜ完璧に
過去を抹殺せずに
あの絵1枚を
残して
いったのだろう」



空の色ににている6


似たもの同士の蒼生人と浅葱は考えることも同じだ。蒼生人が冬城のアトリエに行くとそこにはすでに浅葱がいた。


浅葱:

「あの人が
呼んだような
気がしたの」


蒼生人:

「おいていったんだよ
冬城さんは
浅葱さんを描いて
おいていって
しまったんだよ」


蒼生人(心の声):

「口にした瞬間
身も凍るような
痛みがはしった」



空の色ににている7


浅葱:

「……え…?」

蒼生人(心の声):

「浅葱さんは
何か
不可解なものを
みるような
目をした

悲しみ……

悲しみなんかじゃ
ない

もっと暗い
このはかりしれない
空洞のような淋しさ……

ちがう……ちがう
恐怖……

浅葱さんは
冬城さんとの世界を
無限だといった

なら
今この目の前に
ひろがる限り無い
空洞はなんだろう

あまりに異なった
無限が
そこに
広がっていた

この人のそばに
いなければ…!」



空の色ににている8


「俺は……
どこに
いくんだろう

浅葱さんは
どこに
いくんだろう

北からよせる
風とともに

日々は
移ろい

静かに
静かに

ひそやかに
冬はやってきた」



空の色ににている9


「それは
暗雲がたれこめ
くずれ

この地方には
珍しい大雪に
なろうとしていた
日だった

一昼夜
降りつづいた雪は
翌朝になっても
やむ気配をみせなかった

風景の色は
かきけされ

すべてが
白の中に
のみこまれた」



雪山で倒れているところを発見された浅葱。蒼生人は病室にかけつける。


蒼生人:

「なぜだよ

なぜ
なぜ
なぜ」


浅葱:

「私も
あの雨の日から
ずっと考えてたわ

「なぜ」?

そしたら

雪が
降りだして

ああ
これは
あの人を消した雪

あの人が
消えていった雪

私も……
消えられるかも
しれない

私も消えて

どこか知れない
秘められた場所に
行けるかもしれない

ああ……

この雪が
あの人の所に
導いてくれるかもしれない」


蒼生人:

「……
消えたんじゃ
ないよ

消えたんじゃ
ないよ」


浅葱:

「君
いったじゃない

空想は
事実を裏づけ
できないって

彼が事実
消えたんなら

消えなくちゃ
彼には
追いつけないでしょ

ねえ

もうちょっと
何も考えないで
いたら


あの雪の中で
消えられたのよ

その時ね
“カクン”て
つまずく音が
聞えたの

そう
懐かしい音よ

私あわてて
目をこらしたわ

ねえ
あんまりじゃない

そうよ
あの円よ

それもふたつ

おっきさも同じ
かけた部分も
まるっきり同じ

だから
かけた部分が
同じに
つっかかるけど

それは
楽しそうに
ころげ
まわるのよ

なぜ?
なぜ?


あの雨の日から
ずっと
考えてたわ

あの絵は
なんなのだろう

なぜあの人は
あの絵を
残さなければ
ならなかったんだろう

君を描いて
それを
残していったのは
なぜ?」


蒼生人:

「え?

俺はあれは
浅葱さん
だって……」


浅葱:

「そう
そうなの

私たちは
あんなにきれいに
かさなりあえる


消えられる
その瞬間に
たったひとつ
わかったのよ

私が
消えてしまったら

片っぽうの
あのかけた円は
どんなに
悲しむだろう」

「そして
私のそばにいることで
傷つき 淋しい思いばかり
したろうに
つかず離れず
私を慈しみ

どんな時も
私を
みつめていてくれた

あのかけた円は
どんなに
悲しむだろう

そう思った時

私はもう
消えられなく
なっていたのよ」



空の色ににている10


この世から姿を消してしまったアウトサイダーと、消えずに地上にとどまった少女、そしてそれを見守る少年。本作は地上に残った二人のハッピーエンドですが、内田善美の最後の長編『星の時計のLiddell』は、はるか昔に地上から姿を消してしまった少女のゆくえを追って、この世から消えてしまう青年と、その一部始終を傍観する友人の物語になっています。


空の色ににているa
































































































内田善美 「空の色ににている②」 ぶ~け 1980年9月号

内田善美 「空の色ににている 2」
ぶ~け 1980年9月号 
集英社 昭和55年9月1日発行

 
内田善美氏の「空の色ににている」は、まんが史上空前の作品であって、これを抜きにしては日本のまんがは語れない。いや、いくらでも語れるが、これを抜きにしてまで日本のまんがについて語りたいとは思わない。本作を越えるまんががあるとすれば、それは内田氏本人の「星の時計のLiddell」だが、「星の時計のLiddell」は、「ドグラマグラ」や「虚無への供物」のようなものであって、まんがが世界の文化であるならば、世界文化の埋もれた遺産なのである。「ドグラマグラ」が三十年の時を経て発掘されたように、内田善美作品もまた、そのうち発掘されるであろう。その気運はすでに見えている。われわれは寝て待てばよい。
それはそれとして、中井英夫のたとえば『夕映少年』と、内田善美作品の、同時代性を超えた親近性(affinity)に、われわれはもっと驚くべきなのだ。
 

天川蒼生人(てかわ・たみと)は、陸上部の練習にはげむかたわら、図書室に通う多感な高校一年生。自分とよく似た上級生「野々宮浅葱(ののみや・あさぎ)」に出会い、心引かれる。が、かれらはあまりに似すぎている。
「ひぐらしの森」は、まるで違うように見えながら根っこの部分では似ている二人の人物の、重なり合わない部分ゆえの葛藤を描く、他者を通しての自己発見の物語でしたが、本作の主要登場人物二人は、感性も思考も似すぎているのでなんでもわかり合ってしまえる。葛藤がない。そこで登場するのが謎めいた鷺巣冬城(さぎす・ふゆき)というアウトサイダー(本ブログの用語では「ひとでなし」)です。浅葱と冬城の関係は、蒼生人にとっては未知の世界。そこには何があるのか、人は人の何に引かれるのか、そして存在とはなにか、死とはなにか、大切なものが不意にいなくなることの意味は? そんなことが本作のテーマになっています。
 
内田善美 「空の色ににている 1」
 
さて、
 
 
内田善美 空の色ににている 2-1
 
「僕は夢をみる
 
(ありとあらゆる
淡彩色(ペールカラー)の光のきらめき(「きらめき」は、漢字「光+星」に送り仮名「き」)の中
 
浅葱さんと
冬城さんと
そして蒼生人)
 
夢をみている僕は
3人が何をあんなに
楽しげに
語らっているのか
わからない
 
想いはいつも
はるかに青(ブルー)」

 
 
内田善美 空の色ににている 2-2
 
「たとえば
 
いつも
たくさんの青(あお)が
僕の中にある
 
(略)
 
だけど
いつだって
驚くのは
 
その時々に
その度に
微妙に
そして鮮やかに
 
表情を
変える青
 
たったひとつの青が
なんて
様々の色あいをもって
僕の中に映ることか!
 
トラックを
5千メートル走る
 
15分をきろうという
過去と末来のはざま
 
スタートと
ゴールの
なんという
明度のちがい
 
僕の中の青(ブルー)」

 
 
内田善美 空の色ににている 2-3
 
「「忘れな草色
すみれ色
露草色
藍色
ラベンダーブルー
ライラック
 
花の名まえを
つけてもらえる
色なんて
センチメンタル
すぎるかしらね
 
でも
花でも実でも
植物で青っていうと
空色よりラベンダーブルー
みたいに
 
どこか
紫のにおいがする
青のほうが多いわ
 
だから
露草の青って
ほんとに青
 
すごくね
 
 
みんなみんな
青なのよね
 
みんなみんな
ちがう
青なのよね
 
いったいどこで
いつどんなにして
植物たちが
自分に一等似あう
青をみつけたのかって
 
そんなこと考えると
哀しいくらい
心が無限になる」」

 
 
内田善美 空の色ににている 2-4
 
夏の高校野球では蒼生人と同じ一年生の山科が甲子園で大活躍するも惜しくも敗退。
 
「たとえ
人よりすぐれた
能力をもち
 
万人を感嘆させるほど
その力を最大限に
発揮することが
できたとしても
 
望んだものを
つかみとることが
できないことだって
あるんだ
 
でも……
 
「みろよ
山科のやつは
3年だとしても
 
土なんて
持って
帰らねーぜ」
 
ああ……」

 
一方、蒼生人はインターハイで5千メートル入賞。
 
今年高校を卒業して東京に住んでいる兄(生物部OB)のところへ遊びにいく。
 
「「千鳥湖んところに
堤先生の友人の画家さんがいるでしょ」
 
「ああ
中学ん時からの
親友だってさ
 
あれ?
なんで
知ってる?」
 
「うん
出入りしてるんだ
 
ちょっとね
知り合った
先輩が
絵を描いてる
 
僕には
あんまし
わかんないけど
 
なんかすごい
絵なんだ
画家さんが
一目おいてる」
 
「鷺巣冬城
……か?」
 
「知ってるの?」」

 
鷺巣冬城は蒼生人の兄の同級生だった。三年の夏にオートバイ事故で半年休学して留年したらしい。
 
「「入学当初から
問題を
ひき起こしてた
奴でね
 
チンピラな
不良なんぞ
かなわんくらいの
根っからの
異端者だった
 
病的な
人間嫌いだった
ようだな
 
去年の
今頃だったかな
 
俺たち
生物部は
乙女高原へ
植物採集に
行ったんだ」」

 
オートバイの転倒事故。崖から落ちて横たわる冬城。
 
「「それが
鷺巣だった
 
事故とも
自殺とも
実験とも
取沙汰された
 
結局のところ
奴のすることは
こちらの理解に
あまったわけだ
 
堤先生が
出来るかぎりの
応急処置をして
 
救急車が来るまで
1年生の女の子が
そりゃあ親身になって
つきそっていた」」

 
意識を取り戻し、浅葱を見る冬城。
 
「「その時
鷺巣は
ひどく心を
うたれたような
表情をした
 
再び意識を失うまで
奴はその子から
決して
目を離そうとは
しなかったよ
 
後にも先にも
そんな鷺巣を
見たことは
なかったね
 
その事故の日を
契機に
奴は変わったんじゃ
ないかと思う
 
それまでの
鷺巣なら
 
半年近くも
休学したら
さっさと退学しちまったろうからな
 
(略)
 
まあ
それで
 
鷺巣が退院すると
堤先生がその画家に
紹介したんだ
 
あれでも奴は
 
ガキん頃から
年に似合わない
絵を描いてた
らしいぜ」
 
「冬城さんが
常人の規格から
ひどくはずれた人
だってことは
わかる
 
だから
彼が絵を
みつけられたって
ことは
 
彼にとって
素晴しいことだと
思うよ
 
その夏の日から
 
ほんとうに(「ほんとう」に傍点)
絵を描くことを
始めたのかも
しれない
 
すごいんだ
 
すべてのものが
なにものでもなく
完全に昇華されて
いくような
絵なんだ
 
草木が
ただ草木ではなく
 
光が
ただ光だけでなく
 
あの人を得た
ことによって
 
冬城さんは
僕らにみえない
ものさえ
みることが
できるのかもしれない」」

 
その晩。
 
「「兄さん」
 
「ん?」
 
「なんで
冬城さんのこと
あんなに話してくれたの?」
 
「人間 いくら
変わるったって
 
もって生まれた
性格まで

そうそう
変わるもんじゃ
ないよ
 
奴の
自閉的な
人間嫌いは
今だって
変わらんだろう
 
それなのに
おまえは
奴が制作中の
アトリエに
出入(ではい)りできる
 
これは
破格の
待遇だよ
 
(略)
 
おまえ
 
野々宮浅葱を
知っているだろ
 
(略)
 
そうだろうな
 
そんな
ことだろうと
思った
 
おまえと
あの子
似すぎてるよ
 
出会って
しまえば
惹かれるしかない
……か」
 
「……冬城さんが
浅葱さんのこと
 
どんなに
かわいいと
思ってるか
 
よく
わかってるよ
 
でも…
どうしようも
ないんだ
 
どうしようも
ないんだ」」

 
 
内田善美 空の色ににている 2-5
 
「浅葱さんの優しさ
浅葱さんの利かん気
浅葱さんのアルト
 
浅葱さんの
小さな
指のしぐさ
 
僕は
こんなにも
 
彼女のすべてを
慈しめるほど
彼女を
みつめつづけて
いたのだ
 
「おまえの
その視線を
あの鷺巣が
気づかないはずは
あるまい
 
なのに
なぜ
おまえを
うけいれている?
 
驚きと
いうより
 
不審に
ちかい
 
不審と
いうより
 
神秘だよ」
 
「でもね
冬城さんが
その事故の時
 
浅葱さんの中に
何をみて
何にうたれたのか
 
わかるような
気がするよ」」

 
そして夏休み。陸上部の休養期間をアトリエで過ごす蒼生人。
「魚になっちゃえー」とかいって戯れる二人を横目でみる冬城。
 
ここからが凄い。
 
 
内田善美 空の色ににている 2-6
 
 
内田善美 空の色ににている 2-7
 
 
内田善美 空の色ににている 2-8
 
画像二枚目は人物を除いて全面黒ベタです。
雑誌なので印刷ムラがあるのが残念ですが、
こんな心象風景の表現はつげ義春作品にさえありませんでした。
過剰なまでに精緻な細密描写をつみ重ねてきた上でのこの真っ黒。
衝撃を受けました。
 
 
内田善美 空の色ににている 2-9
 
 
内田善美 空の色ににている 2-10
 
 
 内田善美 空の色ににている 2-11
 
「松林の
埋もれるような
一面の緑の中で
 
アトリエの前に
小さく開けた庭の
一角だけが
 
燃えるように
 
緋(あか)かった
 
血の色よりも
さらに濃い
 
カンナの一群
 
この……
 
痛みは
なんだろう
 
血よりもあかい
針の先で
容赦なく
衝(つ)かれるような
 
この痛みは
なんなのだろう
 
午後の
陽射しが
あんまり白くて
 
浅葱さんの
顔に
 
濃い影を
おとす
 
やっぱり
影の中の
僕に語りかける
 
一瞬のうちに
光に変わる
 
光と影の
交錯する
眩(まばゆ)さ
 
ふと
ふりむくと
 
いつもそこに
視線(まなざし)があった
 
陽炎のたつ
日ざかり
 
またたく間に
長くのびてゆく
木々の影」

 
いなくなった猫の「チィ」が、ふと、帰ってきたような気がした。
 
「よくあること
なんだ
 
こんな夜は
 
よくある
ことなんだ」

 
 
 内田善美 空の色ににている 2-13
 
「「ひとりしずか
うまごやし
あざみ
山吹
夾竹桃
さんざし
さぎそう
瑠璃柳
 
これ……
お呪(まじな)いかな
 
ほら
羊を
数えるでしょ?
あれに
似ている
 
こんなふうに
おもいつくまま
花や木を呼ぶと
 
ぽっ
…ってね
 
なんだか
だんだん
だんだんね
 
ぽっ
ぽって
気分に
なってくるのね」
 
「れんげ
待雪草」 
 
僕の胸のあたりに
ぽっ…と
 
象牙色の
あかりが燈(とも)った」

 
 
内田善美 空の色ににている 2-14
 
「「きんぽうげ」
 
黄金色(きんいろ)の
小さな小さな
あかりがきらめいた
 
「松虫草
エンジュ
下野草(しもつけそう)
なずな
かたくり
月見草」
 
菜の花…
なの…はな……
 
かすみそう……」

 
 
内田善美 空の色ににている 2-15
 
「チィ
 
元気か?
 
元気か」

 
 
(つづく)
 
 
内田善美 空の色ににている 2-16
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 







 

 
 

内田善美 資料① ぶ~けデラックス 1981年2月10日号 SPECIAL PIN-UP/対談記事

内田善美 資料①
ぶ~けデラックス 1981年2月10日号

集英社 昭和56年2月10日発行


本誌には内田善美氏による巻頭綴込「SPECIAL PIN-UP」と、内田氏の対談記事が掲載されている。
 
 
内田善美 ぶ~けデラックス 1981年2月10日号
 
「FASCINATING PIN-UP
Illustrated by Yoshimi Uchida」

 
スペシャル・ピンナップ。
ラファエル前派ふうヒロイック・ファンタジー室内ポートレイト。
 
 
本誌 282-286p 掲載
「特別対談 結論が出ました―少女まんが家に最も必要なのは妻であります」(倉持知子氏との対談記事)
より、内田善美氏の発言部分を中心に引用:
 
内田 「わたしはネームは早いんです。」
「ただ打合せのあと、ネームのなおしをしなくちゃとなると、これが果てしなく時間がかかって。」
編集 「じゃ、アレですか。内田さんの場合、ネームができたら、そのまんまの形で載っかるのが一番望ましいと…?」
内田 「そうでもない。
結局、あんなの、他人(たにん)に読んでもらわなくちゃどうしようもないものだから、編集さんていうのはやっぱし他人だから、編集さんが読んで、「ウウウ~~~ン!?」っていった所がこっちで納得すれば、ウン、そういう所はなおした方が。」
倉持 「そういう風になおすとなると今度はそれからが大変なわけ?」
内田 「ええ、それはもう、自分でもあきれるほど時間がかかって。」
 
内田 「わたし、以前はそういう場合(引用者注:編集者にいわれて納得できない場合)すぐ別な話にかかっちゃったりした。」
「でも今は別な話ひねり出すほどの時間の余裕がなくて、最初のにしがみついたまんまだったりして。」
 
内田 (引用者注:雑誌に載せる時、編集者に勝手にネームを変えられることについて)「わたしだったら、こういうセリフにならないのにっていう変え方されちゃうとね、わずかな所だし、よかれと思ってするんだろうけど、そういうのは、ネエ…。」
「わたしは雑誌見た時は騒がないけど、あとで単行本にする時、さっさとなおしちゃう。」
 
内田 「話のついでだから、文句がでてきたけど、まとめていえば、ずいぶんとお世話になってると思います。
編集さんとの打合せは大事だし。」
倉持 「そう、最初の読者だから。」
内田 「その関門を通らないとね。」
 
内田 「わたし、かいてくれる人さえいたら、もっとこなせるんですけど。」
倉持 「アシさん(引用者注:アシスタント)のこと?」
内田 「うん。わたし、アシさんが欲しい。何でもかいてくれる人。」
編集 「そういう人いるみたいじゃない。」
倉持 「いつもきまってる人いるんですか?」
内田 「あ、一人だけねえ。もうねえ、ほんとに内田さんは面倒みきれないっていってねえ、いやいやながら、それでも毎回きてくれる人がいてね。」
倉持 「えらーい、月光仮面みたい。」
内田 「そうなの。本当にきたくないっていいながら、あたしがね、まだできてないンだがアハハって笑うとね、残りの日数をかぞえてねえ。」
倉持 「たのもしーい!!」
内田 「クソックソッ、いかねばーっていってねえ、気合いれながらきてくれるの。」
倉持 「うう~~~(感動している)」
内田 「ご飯も作ってくれるの。
わたしとしては、自分がご飯作るから、そのぶんその人にかいてもらいたいくらいで。(笑い)」
 
内田 「倉持さんところには、最新ニュースなんか色々はいってくる?」
倉持 「そう、わりとはいってくる方かもしれない。わたし意外とつきあい方が広いから。」
内田 「わたしのとこなんか、全然きこえてこない。二・三年前のニュースが、ようやく今日はいってきたりして。(笑い)」
倉持 「でも、編集部はそういう場合の方をよろこぶみたいですねー。」
内田 「そう、なぜかしら?」
倉持 「まんが家どうしが情報を交換しあうとロクなことがないと思ってるんじゃない?」
内田 「そうね、なぜかしら? (編集、下を向いている)」
 
内田 「わたしも昔、一条先生(引用者注:一条ゆかり)のとこへ行ったときなんかも、色々知恵を仕入れたもん。
もう、あそこですべてを。こう、ほら白紙の状態だったでしょ、その頃は、だから、いかに編集とやりあうか。どのくらいまで(〆切りを)のばせば本は出るとか。」
倉持 「わああ! それは編集さんはいやがるでしょ。
一条先生のまんがは昔から好きだったんですか?」
内田 「というよりもマークされちゃったみたい。
デビューした時に、一条さんが大矢(引用者注:大矢ちき)さんと一緒に「これだッ!」っていったんですって。」
倉持 「アシスタントにいいって! (一同笑う)」
内田 「これに決まったって! (笑い)」
「でも、一条先生って、前に噂にきいてたようなコワイとこがあるかと思ったら、全然そうじゃなくてかわいいっていったら変だけど、すごくいい人なのね。いわゆる、こう、女だなあって感じでね。ステキなの。」
「だからまあ、お手伝いにいったり来てもらったり、あるけど、慣れない人の場合は相方(そうほう)で気をつかって大変ね。」
 
内田 「昔、一年だけ専属契約したことあるんだけど、自分がともかく遅いんでひどく後悔して、以来絶対、専属作家にはなれないと思ってるの。」
倉持 「専属、だめですか?」
内田 「三月(みつき)で後悔した。」
倉持 「何でいやなの?」
内田 「仕事しなければならないからよ。」
倉持 「もう、否応なしに?」
内田 「いやちがう。そんなにきつくはないんですよ。ほんとに、ぶ~けなんかは、んー、友達がいるけど「ほんとにぶ~けは甘い、ぶ~けは甘い」ってね。もっと尻たたけばかくのにとか、いって。」
「よそでは「かきたくありません」っていうと「それは許されない!」とかっていわれるのが現実で。
そうやってかいてるコがいるからね。彼女は甘いっていうの。」
倉持 「いえるかもしれない。
でも、そういうのは人それぞれなのかもね。精神の問題なのかな。仕事を強制されるんじゃなくて、納得したペースでやらしてくれるなら、専属でも害はないわけだし。
義務とか負担とかって感じちゃうかどうかってことで。」
内田 「そうなのよ。だからまったくケースバイケースだと思う。でも、わたしなんかがブーたれてるのを許してくれてるのはありがたい。」
 
編集 「ところで、サボリ屋の内田センセにきくけど、(略)自分は自分に対して甘くありすぎると思うでしょ。」
内田 「んー、わたしは、もうちょっと甘くしてあげたいと…。 (笑い)」
倉持 「もっと甘くしてあげたいと。」
内田 「そう、現実の問題からするとなんであたしは… (絶句して)
ボク、もっと遊びたい。」
倉持 「ボクも。 (笑い)」
内田 「好きな映画ぐらい、思う存分」
倉持 「見たい! ボクも。」
編集 「うわぁ、こういう人たちにはプロダクションを組織して、ガンガン枚数こなしていくってことは、到底期待できないなあ。」
内田 「いや、もっとかいてくれる人さえいれば、もうじゅうぶんおまかせしますっていってすませるような人がいたら、それはできるんですけど。 (笑い)」
倉持 「さっきの宿願にもどった。」

 
 
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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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