塚本邦雄 『トレドの葵』

「僕は言葉も皆謎だと思つてゐる。バベルの塔の昔から、人の心を亂すために言葉はあつたんだもの。」
(塚本邦雄 「深朱」 より)


塚本邦雄 
『トレドの葵』


花曜社 
昭和61年2月28日 初版第1刷発行
昭和61年5月20日 第2刷発行
272p 
A5判 
丸背布装上製本 貼函 
定価3,800円
装釘: 政田岑生



小説集。正字・正かな。


塚本邦雄 トレドの葵 01


帯文:

「パリの蟻地獄に巣くふ惡徳案内人と美貌の姉妹の末路を描く「風鳥座」・亡畫伯の遺趣を晴らす老嬢畫家の話「トレドの葵」・モーツァルトの魔笛を周る異變家庭小説「月光変」・人とは何か、何ならざるかを深慮遠謀する「柘榴」・稀有の精彩ある小説集。」


塚本邦雄 トレドの葵 02


帯背:

「絢爛たる言葉の網の彼方に見る悲劇の創まりと異変の前觸れと新バロック調短篇集成」


帯裏:

「言葉と呼ぶ恍惚たる刃でゑぐり出す人生の暗黑と光輝・・言葉と呼ぶ神聖なる麻藥に操られ弄ばれるいま一つの世界の生物・・言葉と呼ぶ美しい罠に陷つて滅び去るわれらの弟妹達・・韻文詩の天才塚本邦雄が描きつくす現實の彼方の世界・・その象徴の美」


塚本邦雄 トレドの葵 04


目次 (初出):
 
風鳥座 (海 1977年4月号)
聽け、雲雀を (鹿鳴荘 書下ろし 1977年)
トレドの葵 (銀花 32号 1977年)
鳥兜鎭魂歌 (あいん 9号 1980年)
七星天道蟲 (版画美術 24号 1979年)
 しづかに胡桃
 夢のマラスカ
 薔薇色葡萄月
 アミこそは妹
 グラナダ喀血
 花月胡蝶文樣
 暮れて夕星蟲
無弦琴 (版画美術 31号 1980年)
 火砲
 琵琶
 聖娼婦
凶器開花 (版画芸術 20号 1978年)
 三肉叉(さんにくさ)
 雙花(そうくわ)
 伐氂戡(バリカン)
 麪包刀(めんぱうたう)
 萌糵(ほうげつ)
 雙榻(さうたふ)
 蒼溟(さうめい)
 朝貌(あさがほ)
虹彩和音 (銀花 26号 1976年)
 純白
 淡靑
 紺碧
 紫紺
 二藍
 猩紅
 深朱
 黄丹
 雄黄
 淺綠
 濃翠
 漆黑
柘榴 (書肆季節社 書下し 1978年)
 草 Mai
 水 Juin
 星 Juillet
 月 Août
 雨 Septembre
 霧 Octobre
 霜 Novembre
空蝉昇天 (書肆季節社 書下し 1975年)
 初鴬
 斑雪
 花篝
 朝凪
 照射
 八朔
 蘆火
 竈馬
 冬霞
 千鳥
月光変 「魔笛」に寄せて (湯川 7号 1980年)



塚本邦雄 トレドの葵 03



◆本書より◆


「聽け、雲雀を」より:

「彼は古典名作映畫でデュヴィヴィエの『にんじん』を觀、號泣したことがある。必ずしもロベール・リナン扮するあはれな少年の環境に同情したのではない。母に水汲みを命ぜられ、そのバケツに頭を突込んで自殺を圖る一シーンに猛烈な共感を覺えたのだ。母親は現場を捕へて、家族を毒殺する氣かと罵る。次は許婚者(いひなづけ)の幼女に告げて沼へ入水(じゆすい)に赴く。一緒に遊ぼうとねだる彼女に、彼は自殺しに行かなくつちやと拒む。幼女曰く、自殺したら後でまた遊んでね。水の底にも都は候ぞぢやないが、この臺詞(せりふ)でまた哭いた。彼は目の中の塵芥(ごみ)を除(と)るために、洗面器に水を滿たして顏を漬け、目をぱちぱちする時さへ、胸は早鐘を打ち背筋と胸を油汗が傳ふ。愛人、親友と珍味佳肴を前にし、この世の歡樂ここに盡きかつ極まるといふやうな状態にある時でも、ふと「溺死」なる一語が頭に泛ぶとこれで御破算だ。この忌忌しい言葉は拭い去らうとすればするほど鮮かに顯(た)ち、恐怖と苦悶の顚末、隈隈(くまぐま)が極彩の地獄繪さながらに繰り擴がる。食慾も性慾も熱湯を浴びた霜か薄冰(うすらひ)、世の中が灰色に見えるのだ。彼も高處恐怖症(アルトフォビア)患者だが、四十階の屋上からでも下が市街なら足は顫へない。下に水があると幅が十米、深さ五米の掘割を渡るにも決死の覺悟である。船に乘つたことは一度もなく、將來乘るつもりもなく、乘らねば到著できぬやうな場所へは行かない。」


「トレドの葵」より:

「もはや生長を止めたやうな町は西歐にも數多(あまた)あらう。スペインなら、たとへばコルドバあたりも眠つてゐるやうなたたずまひだ。だが死んではゐない。トレドは眠つてゐるとしても死後の眠りに身を任せて、もはや二度と煌(きら)めくことも、逆に崩れ落ちることもなからう。整然と雅びた木乃伊(ミイラ)の町とも言へよう。」


「薔薇色葡萄月」より:

「葡萄状鬼胎と呼ぶ症状名を豹象は古い醫學書の中で發見した。婦人科の領域で、それも異状姙娠の一例らしい。さう氣づいた途端に彼は柄にもなく肌に粟を生じて本を伏せた。時既に遲し、人一倍想像力の發達してゐる悲しさ、彼の頭の中には鰓(えら)を持つて羊水の中に漂ふ盲目の胎兒の全身に、蒼白い葡萄のやうな泡粒がびつしりとまつはり、刻一刻とその數が殖え續けてゐる樣がありありと浮ぶ。友人の醫師に言はせるとさう言ふ舊い名稱は今日日(けふび)誰も用ゐず、もつぱら泡状鬼胎と呼ぶとか。ややサディスティックな傾向のあるその靑年外科醫は、もう澤山と尻ごみする豹象を引き据ゑ、まあさう言はずにとつくり説明を聽けと得意の長廣舌。子宮内の胎兒を覆ふ脈絡膜が異状發達して、あたかも一塊の葡萄のやうになり、やがて胎兒は次第に變質し、やがて全く姿を消す云云と、精悍な目を輝やかせての仕方噺である。姿を消すのではなく胎兒は一塊の葡萄に變身するのだろう。
 解剖學用語を含めた醫學のテクニカル・タームズには、いかなる智慧者の命名か、駈け出しの詩人など蒼褪めるばかりの文學的直喩が頻頻と現れる。薔薇湿疹、奔馬性結核、飛蚊症、あるいは目の虹彩に涙湖、腦の蒼球に海馬囘轉、天幕截痕等等、恍惚とする。それでも、これらの中にあつて葡萄状鬼胎は抜群ではあるまいか。この名を知つてから豹象は葡萄が怖くなつた。ずつしりと重いアレクサンドリア種を掌上にする時、それがあたかもアラビアかペルシアの王子の落胤の鬼胎であるやうな錯覺に思はず眩暈(めまひ)を感ずる。」











































































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塚本邦雄 『定家百首 良夜爛漫』 (河出文庫)

塚本邦雄 
『定家百首 
良夜爛漫』
 
河出文庫 142A

河出書房新社 
昭和59年3月25日 初版印刷
昭和59年4月4日 初版発行
261p 「年代順制作歌數一覽」1p
文庫判 並装 カバー
定価400円
デザイン/フォーマット: 粟津潔
カバー装幀: 政田岑生



正字・正かな。


塚本邦雄 定家百首 河出文庫


帯文:

「定家和歌の妖艶な美を解明
現代短歌の鬼才が、超絶技巧をこらした妖艶な定家の歌に挑みその美を味到する」



帯裏:

「欠落を埋める
塚本邦雄
現代には現代にふさはしい定家鑑賞が無ければならなかつた。鑑賞文は既に尠くない。温雅中正一見非の打ちやうもない専門家の著書も一、二に止らぬ。私はそれらに脱帽しながらもなほ何ものかの欠落を感じ、何かに渇きつづけてゐた。欠落を埋め渇きを満たすためには私自身が定家になり変り、みづからの作品解明を試みる以外には途がないと考へるに到つた。
(跋より)」



カバー裏文:

「王朝末期の詩歌の輝きを一身に集めて聳え立つ天才歌人・藤原定家の作品の魅力を語りつくす見事な評釈――
定家自身が編んだ家集『拾遺愚草』の三千六百余首の和歌の中から、現代短歌の鬼才塚本邦雄が、秀歌中の秀歌百首を選び、一首一首に詩形式の訳を試み、鬼気さえ帯びた妖艶な美の世界を流麗明快に評釈・鑑賞した、定家和歌味到の書。「藤原定家論」併録。」



目次:

藤原定家論
定家百首

文庫本跋




◆本書より◆


「文庫本「定家百首 良夜爛漫」跋」より:

「「定家百首」は昭和四十八年六月三十日に刊行を見た。爾來約十一年を閲する。そして私の定家及び新古今集に寄せる關心は、これと前後して堰を切つたやうに高まり溢れた。「夕暮の階調」「藤原定家=火宅玲瓏」「王朝百首」「藤原俊成・藤原良經」「菊帝悲歌」「清唱千首」等々、すべて、實は「定家百首」を跳躍臺とし、間接の刊機として書かれ、生れた著であつた。なかんづく藤原良經と後鳥羽院への愛著は年來更に深まるばかりで、この二者を加へての新古今三傑こそ、王朝和歌學の精粹と考へてゐる。
 しかしなほ、今日、改めて私の心を去來するのは、「近代秀歌」中の一言、すなはち、「むかし貫之、哥の心たくみに、たけおよびがたく、ことばつよくすがたおもしろき樣をこのみて、餘情妖艶の躰をよまず」である。定家の百首撰は、思へば一首一首の背後に、この一行の訴への殷々と谺する作をのみ、よりすぐつたと言つてもよい。餘情妖艶の躰であるか否か、これこそ定家の、延いては私自身の選歌の基準に他ならぬ。
 「定家百首」はその後、五十二年に河出文藝選書の一冊として再刊された。定家といふ魅力を秘めつつ近づきがたい天才へのアプローチの書として、この書が更に廣く讀まれることを慮り、文庫本の體裁で三度目の發刊を見ることとなつた。」



「16 年も經ぬいのるちぎりははつせ山尾上のかねのよその夕ぐれ」より:

「祈り續けたただ一つの愛は
つひに終りを告げ
夕空に鐘は鳴りわたる
私の心の外に
無縁の人の上に
初瀨山!
何を今祈ることがあらう
觀世音!
祈りより呪ひを」

「定家の數多い戀の秀歌の中でも第一番に數へるべき絶品である。「年も經ぬ」といふ萬斛の恨みを含んだ初句切が「よその夕ぐれ」の重く沈んだ體言止結句にうねりつつ達し、ふたたび初句に戻る呪文的構成が出色であり、一讀慄然とするばかりの妖氣が漂ふ。
 「祈戀」から發してつひに「呪戀」となり、つひに祈りを呪ふまでにすさまじい執念となりおほせてゐる。初瀨山の一語は、戀愛成就を參籠祈願する意をこめ、しかも裡には「果つ」の心をひびかせてゐるのだが、それを前提としなくても十分に緊迫感があり、條件とすればさらに異樣な效果があらう。その上、夕ぐれを戀人の相逢ふ時刻と考へるなら、恨みはさらに内攻しよう。ただ定家の得意とする「よそ」の用法、その内包する意味が少からず限定される。一種虚無の色合さへ感じさせるこの言葉は、憎しみと諦めにくらむ心と、その心をあたかも第三者として見すゑるかの冷やかな眼の、兩者交叉の「よそ」とでも、あへて解釋した方がより適切ではなからうか。つづまりは、鐘は無縁の虚空にひびき、作者は黄昏の中にとりのこされて沈んでゆく、救ひのない「よそ」に他ならない。
 まことに「よそ」は點晴の措辭であつた。」





こちらもご参照ください:

塚本邦雄 『定家百首 良夜爛漫』






































































塚本邦雄  『十二神将変』 (河出文庫)

「現代社会では心を病んでゐない者こそ異常者なのだ。一番危険なのは健康といふ名の宿痾に侵されることだ」
(塚本邦雄 『十二神将変』 より)


塚本邦雄 
『十二神将変』

河出文庫 つ 2-1

河出書房新社 
1997年4月22日 初版印刷
1997年5月2日 初版発行
269p 
文庫判 並装 カバー 
定価672円(本体640円) 
デザイン、フォーマット: 粟津潔
カバー装幀: 間村俊一


「本書は、昭和四十九年(一九七四)五月、人文書院より、旧字旧カナで単行本として刊行されました。」



長編小説。新字・正かな。


塚本邦雄 十二神将変 河出文庫


帯文:

「甦る幻の名作ミステリー!
十二神将像と阿片の香をめぐる死の謎……
現代短歌の巨匠が絢爛と繰広げる推理絵巻」



カバー裏文:

「ホテルの一室で一人の若い男が死んでいた。そのかたわらには十二神将像の一体が転がり……
精神病理学者、サンスクリット学者、茶道宗匠、とある山麓に魔方陣をかたどった九星花苑をつくり、秘かに罌粟を栽培する秘密結社。彼らが織りなすこの世ならぬ秩序と悦楽の世界……
現代短歌界に聳え立つ巨匠が、23年昔書き下ろした絢爛豪華な幻の名作ミステリーが文庫に!」



目次:

第一部 翡翠篇
第二部 雄黄篇
第三部 臙脂篇
第四部 白毫篇
第五部 瑠璃篇
第六部 玄鳥篇
第七部 水精篇

巻末エッセイ――天球の方陣花苑 (中野美代子)
解説 (島内景二)




◆本書より◆


「だが、型は秩序、この世を斎(いは)ひ人を鎮める唯一のよすがぢやないだらうか。(中略)茶の湯も発生当時からさまざまの矛盾は孕んでゐるさ。道と呼ばれた時から頽廃は始まつてゐる。別に茶道だけの問題ぢやないよな。おれも茶禅一如がどうのかうのなんて鵜呑みにして有難がつてるわけぢやない。君の言つた紹鴎、織部、遠州にしろその道の達人であることだけなら何も魅力は感じない。茶をメディアとして、あるひは楯として時の権力に拮抗したことに、拮抗するだけの絶対的な今一つの世界を築き上げたことに満腔(まんかう)の敬意を表するのさ。」

「をかしいのはそこなの。どうしてそんなお芝居をするのか知ら。別次元で、私達の手の届かない世界で生きてゐるのをひた隠しにしようと思ふリアクションだわ。私達の知らないいま一つの世界で何かが起つてゐるのよ。もう大分以前から。」

「午近い陽射しの斜に入る牀の茶掛を沙果子はしげしげと見た。銀泥地に白緑で沖の小島、淡い青墨の賛は「竹島の竹よりも人露しや」と読めた。初五座五に別れて咲く二輪の「けし」。まことに、芭蕉、杜国ならずとも白罌粟は彼我、正反の両世界の半(なから)に立つ別れの花であつた。」

「罌粟栽培の顛末を知つたとて何の足しになる。方陣花苑と宝石の、さらには十二神将像との深い繋がりを微に入り細を穿つて説明したとて何の益するところがあらう。彼等には所詮縁のない逆様の世界の儀式と事件、たまたま明るみに出た今日の葛藤を横目で見てゐてくれればいいのだ。」





こちらもご参照下さい:

塚本邦雄 『十二神将変』





















































































塚本邦雄 『新装版 ことば遊び悦覧記』

塚本邦雄 
『新装版 
ことば遊び悦覽記』


河出書房新社 
1990年8月20日 初版印刷
1990年8月30日 初版発行
190p 
A5判 
丸背紙装上製本 カバー 
定価2,500円
装幀: 政田岑生



正字・正かな。
本書は、河出書房新社より1980年3月に刊行された『ことば遊び悦覽記』の新装版です。内容は旧版と同じだと思います。


塚本邦雄 ことば遊び悦覧記 01


帯文:

「遊びをせんとや生れけん……言葉の魔術師・現代短歌の鬼才塚本邦雄が、古今東西のさまざまなことば遊びを渉猟し、それらの「作品」を解讀味讀しつつ、遊びの樂しさとその文学的價値を論じたユニークな知的悦樂の書」


帯背:

「言語宇宙へ
の知的遊行」



塚本邦雄 ことば遊び悦覧記 02


目次:

遊樂の序
一 古代詩歌
二 十世紀のアラベスク和歌
三 いろは歌今昔
四 回文
五 折句七變化
六 続・折句七變化
七 野馬臺詩
八 形象詩と詞繪
九 幾何学形詩
十 続・幾何學形詩
十一 輪状詩・循環詩
十二 補遺餘滴

跋――「鬼來(おにく)とも勝つ」



塚本邦雄 ことば遊び悦覧記 04


「遊樂の序」より:

「詩歌も「ことばあそび」の最たるものである、などと言ひ切ると、途端に嚴粛で禁慾的な諸賢の、猛烈な反駁に遭ふかも知れない。だが、その駁論執筆者の大部分が「あそび」なる行為に重大な偏見を抱いてゐるのも、言ひ切る前から見え透いてゐる。俳諧は一先づ措いて、和歌は「歌道」であり、帝王學の一として聖別され、また古今傳授なる權威づけが行はれて以來、ますますかたくなに「あそび」を拒み續けて來た。」
「「遊び」とは、美的快樂創造・享受の志である。「志」とそれほど言ひたければ、さう定義するがよい。そしていつの時代にも、いづれの國でも「美」の包含する意味は恐るべく多岐多樣廣範圍である。たとへば述志リゴリズムの典型と目される人麻呂が、漢字表記による美的効果を極限まで追求し、その眩惑的なまでの絢爛性に、陶酔耽溺してゐたに違ひないことに、「遊び」拒否論者は一度も思ひ及んだことがないのだらうか。六歌仙時代から新古今時代へ、泡だち、たぎちつつ奔る歌の流れが、亡びの寸前に得たものは「物語・繪畫」あるいは「歌謠・呪文」等、述志ストイシズムの堰を破り、溢れた異次元憧憬要素であり、まさしく幻想としての遊びの、完璧な言語化であつた。
 事は單に「和歌」の上のことに限るものではない。すべての言語藝術が、常に最も喪ひやすいのは「遊び」の要素であり、悦樂への志向に他ならぬ。古今東西、悲劇に対する信仰は抜きがたく、事實は虚構を驅逐し、苦行は讌遊を蔑視する。簡素淡泊な正述心緒文學が、草食人種の孤島日本の守り本尊となり、歌道など忘れ去られた後も、私小説信仰道となつて生きながらへるのは至極當然の成行だつたかも知れない。」
「私は詩歌これ遊戲(いうげ)といふ一種の極論的詩論は一應措いて、記紀以來の詩歌の中の、殊に智慧の力もて創り上げられたとおぼしい巧緻な作ばかりを、記憶の海から採り出して、今一度みづからのためにも整理紹介を試みぬばならぬ。詞華集は勿論、民間傳承の口傳形式のものも多からう。時代を前後し、遡り下りつつ、人がかくまで、言語の華の開花に、好奇心を唆られ、飽くなく愉しんだ歴史を眺めて行きたい。禁慾派の狹義正述心緒作稱揚が、卻つて異端であり間道であることが、その結果ありありと指されることを希はう。」



「いろは歌今昔」より:

「「色は匂へど散りぬるを わが世誰ぞ常ならむ 有爲の奧山今日越えて 淺き夢みし醉ひもせず」、七五調四句、この今樣風歌謠はそのまま涅槃經の四句の偈(げ)「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅爲樂」の巧妙な和讃體となつてをり、四十七文字の假名すべてを一回限り用ゐた四十七音から成つてゐる。易きに似てこれくらゐの難事も稀であらう。言葉遊びの中でも殊に非凡な技術を要求され、古來幾多のパロディが現れて鎬を削り、今日なほマニヤは跡を絶たない。だが、決して嚆矢と目されるこの「いろは」を越えるものは生れてゐない。
 作者は一應「不詳」と見做すのが定説となつてゐるやうだが、通説は樣樣で、萬葉時代にまで遡る俗言まで罷り通つてゐるとか。何しろ「いろは歌」の研究、注釋書だけでも、(中略)今日に傳はるものだけでも二十を越える。」
「これらの著の多くは作者を空海に擬してゐる。論證が絶對性を缺く憾みはあるが、これほどの超絶技巧を驅使できる天才が、他に想定不能といふのも理由の一部だらう。また、弘法大師と、彼の同時代知識護命僧正の合作説も、かなり信じられてゐる。冒頭の七五が護命作、殘部が弘法作とするが、これまた證據を缺く。なほまた、空海四十一歳當時、すなはち八一四年成立の勅撰漢詩集『凌雲集』に、從五位内膳正仲雄王の作として、彼が弘法大師に謁した詩が採られてをり、詩句の中に「字母弘三乘眞言演四句」なる件(くだり)が見える。勿論「いろは歌」へのオマージュであり、この當時既に錯誤傳承があつたとは到底考へられない。空海作の有力な傍證の一つであらう。
 超絶技巧云云から空海作を類推する別のデータとして「咎無くて死す」の隱文字謎(かくれアナグラム)が舉げられる。すなはち、

  いろはにほへと
  ちりぬるをわか
  よたれそつねな
  らむうゐのおく
  やまけふこえて
  あさきゆめみし
  ゑひもせす

と七音六行五音一行計七行に分ち書きし、その脚音を右から左へ拾ふと無辜刑死の主題が浮んで來るといふ論法で、これは近世までにほぼ常識化してゐたやうだ。竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作「假名手本忠臣藏」など、その常識を前提としてのタイトルであり、四十七士と四十七字のダブル・イメージを浄瑠璃もしくは歌舞伎の聽衆觀衆も樂しんだと考へてよからう。この無辜死罪暗示をのみ材料として、萬葉時代に作者を求め、かつ附會する輕率な自稱研究家もゐるやうだが、(中略)上右角・上左角・下左角を一字づつ綴ると「いゑす」が現れ、最上段を右から左へたどると「いちよら・やあゑ」、ヘブライ語の「エホヴァ(ヤーヴェ)燔祭に赴きたまふ」が歴然と示されるといふ事實を如何に解するか、これは問題であらう。
 キリスト教が入唐(につたう)したのは七世紀半ばと推定される。衆知の通り四二八年コンスタンチノープルの大主教であつたネストリウスの一派で、教義は波斯・印度を經て滔滔と支那に流れ入り、約一世紀を經てこの新奇な宗教は、唐の人士を魅了し、長安の都には景教寺院が壯麗な伽藍を誇示した。いはゆる景教流行中國碑が建てられたのは七八一年、これが發見されたのは九世紀の後一六二五年のことであるが、その隆盛の樣を十二分に裏書するものと言はれる。「景」は「宏大」を意味し、この命名自體、當時の唐人の歎稱、憧憬の念が推察される。
 唐に於ける景教風靡の樣をつぶさに視、かつ敏感に反應し得たのは、本朝遣唐使、隨行者、入唐僧侶の中の誰であらう。六三〇年の第一回遣唐使犬上御田鍬は景教渡來以前だ。八三九年最後の遣唐使藤原常嗣まで十數度、その一人一人を按ずる時、才智、學識、情熱等、空海に匹敵する人物はあるまい。彼の入唐は八〇五年、その時壯年三十一歳、二年間の在唐期間中、景教に興味を持たなかつたはずがない。(中略)あの空海ならば、あるいは「いちよら・やあゑ」「いゑすとがなくてしす」の默示を案出するのに、さほどの背伸びも必要としなかつたらう。
 作者空海説が退引(のつぴき)ならぬ根據を浮び上らせるのは、この邊のミステリアスな背景である。そして、更に慄然とするのは、表に大般涅槃經(だいはつねはんぎやう)を誦(ず)しつつ、裏にイエスの「エリエリラマサバクタニ」を代理呪詛し、かつ舊約エホヴァの業(わざ)まで暗示するといふ、まさに魔術的文字謎驅使法の冱えである。キリスト教的默示の部分が後世の好事家の牽強附會とする説も行はれてゐるやうだ。單なる偶然に過ぎぬとの否定論だ。それもよからう。ただ、全く意識することなく、これほどの主題を隱し得るとしたら、その作者は數世紀に一人の智慧者であらう。(中略)この壘を摩する技巧が操り得たか。四十七乃至八文字を用ゐて、かつがつコンテキストを成すやうに整へるのが精一杯、二重の謎など高嶺の花どころか異次元の寶玉ではなかつたか。」



「回文」より:

「江戸狂歌の鼻祖と稱される石田未得は、慶安二年(一六四九)上梓の家集『吾吟我集』七百首の中に回文歌を含め、また廻文俳諧百韻を興行した。

 和歌
  白雪(しらゆき)は今朝(けさ)野良草(のらくさ)の葉(は)にもつも庭(には)の櫻(さくら)の咲(さ)けば消(き)ゆらし  春
  湊川(みなとがは)とま覗(のぞ)きつつ廻(まは)りけり濱(はま)つづきその窓(まど)は門(かど)なみ  雜
  白髪(しろかみ)は毎日(まいにち)見(み)るぞ憂(う)かるなるかうそる道(みち)に今(いま)は身輕(みかろ)し  述懷
  また飛(と)びぬ女(め)と男(を)とあはれ主知(ぬしし)らじ死(し)ぬれば跡(あと)をとめぬ人魂(ひとだま)  哀傷
  冬(ふゆ)らしき景色(けしき)おもしろ岩(いは)の木(き)の葉色(はいろ)霜(しも)おき繁(しげ)き白木綿(しらゆふ)」

「十三世紀迄の試作から見れば超絶技巧に類する。殊に哀傷歌の「人魂」なぞ、嚴しい制約を擦り抜けて、まさに中有に遊ぶ感あり、感歎に値する。」





















































































塚本邦雄 『句風颯爽 ― 俳句への扉Ⅲ』

塚本邦雄 
『句風颯爽
― 俳句への扉Ⅲ』


毎日新聞社 
昭和57年9月25日 印刷
昭和57年10月10日 発行
325p 
四六判 
丸背紙装上製本 貼函 
定価3,000円
装幀: 政田岑生



くふうさつさう(くふうさっそう)。塚本邦雄歳時記全三冊の最終巻。今回は「星曜詞珠」と題して古今東西の書物からの引用と鑑賞が付されています。正字・正かな。


塚本邦雄 俳句への扉 03 01


帯文:

「四季折々の森羅萬象が鮮やかに浮出る
碩学の著者が、季節の移ろひの中から拾ひ出した秀句と詞珠――。それは、あたかも寶石凾から取出した、玉であり光である。心豐かな日日を送るために缺かせない座右の一冊。」



帯背:

「「俳句の扉」
全三冊完結」



目次:
 
睦月
如月
彌生
卯月
五月
水無月
文月
葉月
長月
神無月
霜月
師走

跋 夜ひらく朝顏
掲載俳人名索引




◆本書より◆


「跋」より:
 
「全面的に信賴してゐる「歳時記」の解説中にも(中略)過不足や缺落が無數にひそんでゐるのではあるまいか。植物學者が記述監修する專門書すら、必ずしも完全ではないのだから、事、森羅萬象、人文科學百般に及ばうとする歳時記に萬全を求めるのは、筆者・編者が超人であることを期待するに等しいが、それが無理なら、たとへささやかなことでも、機を得ては、みづから試み、確認してみるに及くはない。缺落(あら)探しの奨めではない。一人一人が、みづからの歳時記を編むのは樂しいことではあるまいか。たとへば俳句の引用にせよ、あの作品例で、果して滿足する人がゐるだらうか。各自が、意中の作を、あれに書き加へることからでも、この「わが歳時記」の再編纂は可能であらう。
 「サンデー毎日」連載の『俳句への扉』は、この第三冊に収録の五十回分を以て一應完結する。昭和五十六年八月十三日號〈101〉に始まる五十囘分には、「忌日暦」「誕生暦」に続いて、「星曜詞珠」と題する、言はば「言葉の寶石凾」を掲げた。同年七月一日から、毎日新聞に連載中の「けさひらく言葉」の兄弟版であり、引用文も解説鑑賞文も、數倍に及ぶ豐かな内容であると自負してゐる。」



「彌生」より:

「春は曙、秋は夕暮と「枕草子」に謳(うた)ひ、後鳥羽院はそれに異を稱へて「夕べは秋と何思ひけむ」と記しとどめたが、晝間の醍醐味は春・秋のいづれにあるかをあげつらつた例は聞き及んでゐない。
 私は晝は秋、それも木犀の咲き匂ふ頃を最高と思ひ、春は次位、早春、沈丁花の綻び初める三月上旬のみを尊しと、勝手に決めてゐる。もつとも、詩歌では朱夏・玄冬の白晝の、強烈・酷薄な印象の方がむしろ作品となり易いこともあらう。
  春晝やひとり聲出す魔法壜  鷹羽狩行
  春晝やきのふの位置の貨物船  不破博
  春晝やけものに五分の隙見せて  岡建五
  春晝や蓮如も越えし大峠  宇佐美魚目
  春晝や一水の光神の扉(と)に  磯崎實
  春晝や川波ひかる産卵場  畑村春子
  春晝や藍の繪皿のスペイン料理  瀧春一
  春晝や死ぬこと杳とゆるされて 仁藤さくら
  春晝の弔旗に指輪はずしいる  赤澤敬子
  春晝の赤毛の中に紛れこむ  橋本たみか
  春晝の生家つらぬく太柱  野見山ひふみ
  春晝の骨片榾(ほだ)のごとはさむ  沖山智惠子
  春晝の波音沖に逃げてなし  上村占魚
  春晝の白を遠ざけねむるかな  加藤朱
  春晝の指とどまれば琴も止む  野澤節子
  春晝の幹を出でても微連の帆  迫田白庭子
  春晝の伎藝天見る手が重し  菖蒲あや
  春晝を猫の反り身や一訃音  住素蛾
  春晝の位牌怖ろしひとり立ち  原田喬
  喪服まだ鏡中を出ず春の晝  小笠原靖和
  生身なる故の春晝恐ろしき  橋本隆正
  空轉のエスカレーター春の晝  里見宜愁
  老娼婦聖母なす繪も春の晝  馬場駿吉」



「神無月」より:

「  星曜詞珠

   このほかにも、まっ暗な獨房だとか、ひっぱたいたりガス・バーナーで皮膚や眼を燒いたり、爪を剥いだりするためカポ(收容所における勞働監督と拷問係。犯罪者上りをよく使った)が使った木製の拷問臺だとか、鞭、ゴム管、ブラック・ジャック、棍棒……といったようなものを見せられた。棟のそとには銃殺のときにたたせた煉瓦壁や絞首臺などがあった。
  親衞隊士官の勤務室。
  机と椅子と書類タンスのほかはなにもない。机のうえには電話器が一つ。むきだしの壁にハッタと睨んでほえたてているヒットラーの小さな寫眞が一枚かかっている。一枚のスローガンがあって、「國家は一つ、民族は一つ、總統は一人」
  ほかにはなにもない。
          開高健・小田實「世界カタコト辭典」

 ポーランドでアウシュヴィッツの所在を質(ただ)すと、不快げに、そんな所は知らぬと答へる人もゐるさうだ。オシュビエンチムなら知つてゐるが、ナチス訛など耳の汚れといふことらしい。親衞隊士官勤務室の「遺跡」は、ヒットラーの寫眞とスローガン以外は何もなく、板張りの床と裸の壁と窓があるつきりだといふ。「無をもって無をつくっただけなのだ」と著者は吐き出すやうに言ふ。
 それはさうと、このスローガン、とあるTVのコマーシャル・メッセージを思ひ出す。否酷似してゐると言つた方が正直だらう。否否、あのCMの方がもつと薄氣味惡いと思ふ人がゐるかも知れない。世界は千差萬別、人類は互に赤の他人……なのにと。」



塚本邦雄 俳句への扉




こちらもご参照下さい:

塚本邦雄 『句句凜凜 ― 俳句への扉Ⅰ』
塚本邦雄 『華句麗句 ― 俳句への扉Ⅱ』






















































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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