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ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『闇を讃えて』 斎藤幸男 訳

「まず何かを願うことなぞわたしには赦されていないのは明らかだ。両眼がまったく光を失わぬようになどと願うのは馬鹿げたことだ。目の見える多くの人々が特に幸せとも正しいとも賢いとも思われないのだから。」
(ホルヘ・ルイス・ボルヘス 「祈り」 より)


ホルヘ・ルイス・ボルヘス 
『闇を讃えて』 
斎藤幸男 訳



水声社 
2006年7月30日 第1版第1刷印刷
2006年8月10日 第1版第1刷発行
177p+2p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円+税
装幀: 伊勢功治
カバー作品: 星野美智子「バベルの図書館――ボルヘス頌 一九八五」



本書「訳者あとがき」より:

「本書は Jorge Luis Borges, *Elogio de la sombra*, Emecé Editores, S. A., 1969 の翻訳である。解説がわりに巻末に掲載した論文は、GUillermo Sucre, Borges: el elogio de la sombra in *Revista Iberoamericana*, vol. XXXVI, núm. 72, julio-septiembre de 1970 の翻訳である。」


本書はまだよんでいなかったのでヨドバシドットコムで注文しておいたのが届いたのでよんでみました。



ボルヘス 闇を讃えて



目次:



ヨハネによる福音書 一章十四節
ヘラクレイトス
ケンブリッジ
エルサ
ニューイングランド 一九六七年
ジェームズ・ジョイス
不滅の贈り物(ジ・アンエンディング・ギフト)
迷宮(エル・ラベリント)
迷宮(ラベリント)
一九二八年五月二十日
リカルド・グイラルデス
民族誌学者
ある幻影に 一九四〇年
身の回りの品品
ルバイヤート
ペドロ・サルバドレス
イスラエルに
イスラエル
一九六八年六月
書物の番人
ガウチョ
アセベド
マヌエル・フロレスのミロンガ
カランドリアのミロンガ
ジョイスの霊に
イスラエル 一九六九年
「騎士と死と悪魔(リッター・トート・ウント・トイフェル)」の二解釈
ブエノスアイレス
福音書外典断簡
伝説
祈り
彼の終りと彼の始まり(ヒズ・エンド・アンド・ヒズ・ビギニング)
ある読者
闇を讃えて

闇を讃えるボルヘス (ギジェルモ・スクレ)
訳者あとがき (斎藤幸男)




◆本書より◆


「迷宮(ラベリント)」より:

「出入りする戸口なぞありはしない。
おまえは中にいて、牢獄そのものが世界だ。」



「民族誌学者」より:

「確かフレッド・マードックという名だったと思う。(中略)大学では先住民の言語の研究を勧められた。西部のある部族には秘密の儀式が今なお伝えられていたので、教授は(中略)彼に居留地に住み着き、儀式を観察して、呪術師が入門者に明かす秘密を探り出すようにと提案した。(中略)マードックは即座に承知した。(中略)二年以上というもの草原のただ中で、日干しレンガの小屋や野ざらし状態での生活を過した。暁の前に起き、日没とともに寝た。そのうちに父祖の言葉とは異なった言葉で夢見るまでになった。(中略)もう友人や町のことは忘れてしまい、論理の受けつけない仕方で考えるようになった。(中略)精神的肉体的な試練の一定期間を過した後、呪術師は夜毎の夢を記憶し、朝方それを報告するようにと彼に命じた。満月の夜が来る度にバイソンの夢を見たように思った。繰り返されるこの夢を師に告げると、師はやがて秘法を伝授してくれた。ある朝誰にも別れを告げることなくマードックはその場を立ち去った。
 町に戻ると彼は草原で暮し始めた頃の夕暮を懐しく思い出した。(中略)教授室を訪ねた彼は、秘法を会得したけれども、明かすつもりはないと教授に伝えた。
 「誓いがそうさせるのかね」と相手は問い質した。
 「いえ、これはわたしの判断なのです」とマードックは言った。
 「あの遠隔の地でわたしは言葉では表しえない何かを学んだのです」
 (中略)
 教授はそっけなく言った。
 「評議会に君の結論を伝えよう。インディアン達と君は一緒に暮すつもりかね」マードックは応えた。
 「いいえ、草原に戻ることは多分ないでしょう。彼らが教えてくれたことは、人がそれぞれの場所、それぞれの状況で生きてゆくのに役立つのです」
 大筋このように話は進んだのだ。」



「ペドロ・サルバドレス」より:

「一八四二年頃のある夜のこと、土埃を上げて疾走する蹄の鈍い音が、雄叫びと怒号を乗せて近づいて来た。(中略)怒号の後に戸を叩く音が続いた。男たちが扉を打ち破ろうとしている間に、サルバドレスは食堂のテーブルを移動させ、絨毯を取り除けて、地下室に潜ることができた。」
「ペドロ・サルバドレスの真の物語が始まるのはここからだ。九年もの間彼は地下室で生きのびた。(中略)想像するに、彼の目がやっと慣れかけた暗闇のなかで、彼は何も、憎しみさえも、危険さえも感じなかったのではないか。そこに、地下室のなかに彼はいたのだ。」
「わたしは灯りも本もない地下室にいる彼を想像する。暗闇が彼を眠りへと誘い込んだことだろう。初めのうちは、刃が喉元をかすめようとしたあの夜の恐怖、慣れ親しんだ街路、そして広がる草原を夢見たことでもあろう。数年の後には退路を絶たれた彼には、地下室の夢しか見ることはなかったのだろう。逃亡者、脅迫される者だった彼は、後には――われわれには真相の知りようもないが――安堵してねぐらに憩う動物か、得体の知れぬ神のような存在だったのかもしれない。」



「一九六八年六月」より:

「(蔵書を配置する行為は
無言で慎ましやかな
批評の技を行使することだ)」



「書物の番人」より:

「ここ高き書棚に数夥しき書物が並んでいる。
近くそして遠くある存在として、
密やかで明らかな星たちのように。
ここにあるのだ――数多の園が、寺院が。」



「福音書外典断簡」より:

「八、他人を許す者、自らを許す者、ともに幸いなり。」
「四十八、敗北も栄誉も変わらぬ態度にて受け入れる勇者は幸せなり。」
「五十、愛される者も、愛する者も、愛なしで生きうる者も皆幸せなり。
五十一、幸せなる者は幸せなり。」



「ある読者」より:

「認(したた)めたページの自慢は余人に任せよう。
読んできた書物こそわたしは誇りたい。」



「闇を讃えて」より:

「南から東から西から北から
数多の道が集い合い
わたしの秘められた中心へとわたしを導いた。」

「わたしは今すべてを忘れようとする。」






こちらもご参照ください:

ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『エル・オトロ、エル・ミスモ』 斎藤幸男 訳
谷崎潤一郎 『陰翳礼讃』 (中公文庫)
鳥居みゆき 『夜にはずっと深い夜を』













































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ジョルジュ・シャルボニエ 『ボルヘスとの対話』 鼓直+野谷文昭 訳

「わたしは常に、数学、哲学、形而上学に興味を抱いてきました。自分は数学者であるとか、哲学者であるなどとは申しませんが、しかし数学や哲学に文学の可能性、とりわけわたしを熱中させる文学、幻想文学のための可能性を見出したつもりです。」
(ジョルジュ・シャルボニエ 『ボルヘスとの対話』 より)


ジョルジュ・シャルボニエ 
『ボルヘスとの対話』 
鼓直+野谷文昭 訳



国書刊行会 
1978年11月25日 印刷製本
1978年11月30日 初版第1刷刊行
155p+2p
B6判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,500円
ドゥローイング: 中西夏之


「ホルヘ・ルイス・ボルヘスとの
この対話は、フランス国営放送によって、
一九六五年三月一日から
同年四月一九日にかけて、
《フランス・キュルチュール》として
放送された。」



本書「訳者あとがき」より:

「本書は、Georges Charbonnier, Entretiens avec Jorge Luis Borges, Paris, Gallimard, 1967. の全訳である。」
「ボルヘスとシャルボニエとのあいだでのこの対話は、(中略)一九六五年ボルヘスがパリを訪れた際にフランスの一般の聴取者のためにラジオという媒体を通じて行われたものである。(中略)ボルヘスが苦情を洩らしているような個人生活についての些細な詮索はここにはなくて、対話の内容はもっぱら、彼の重要な作品のいくつかに集中し、文学一般に関する普遍的な論議に向けられているのである。」



そういうわけで、個人生活についての些細な詮索ならそこそこ興味深いですが、文学一般に関する普遍的な論議などは至って退屈です。シャルボニエさんは(対話本をたくさん出していますが)そもそも対話下手なのではなかろうか。


シャルボニエ ボルヘスとの対話



帯文:

「語るボルヘス
単に国際的な前衛作家というだけでなく、真摯にして軽妙なる座談の名手(?)でもあるボルヘスが、1965年パリを訪れた際に気鋭の批評家を相手に、ダダについて映画について語り、ヴァレリーを揶揄しヴェルレーヌを賞揚する、面目躍如たる白熱の対話。(本邦初訳)」



カバー裏文:

「この宇宙の楽しみを味わうためには、多くのことを必要としない。ただ、読んでみればいいだけのことだ。ブエノスアイレスの老紳士が、驚くべき親密さで語る言葉に耳を傾むけること。ようするに、わたしたちは〈眼〉を〈耳〉にして、ボルヘスの〈声〉を聞けばよい。盲目のボルヘスが〈耳〉を〈手〉にして書くことを、わたしたちは反対の操作でたどってみる。眼を耳にしてボルヘスの声をきくこと。声の親密な粒々を眼に浴びながら、親密さに対しては親密に、それを肌にまとわなければなるまい。それは、はたして哄笑の声が聞える快楽そのものだ。
迷宮や形而上学やカバラや書物や言葉やアレフや、そしてボルヘスを、まず、楽しみとして受け入れること。ボルヘスが、書物で出来た宇宙について、快楽と笑いを除いて語ったことが一度だってあっただろうか。
――金井美恵子」



目次:

Ⅰ アプローチ
Ⅱ ウルトライスモについて
Ⅲ 文学についてⅠ
Ⅳ 文学についてⅡ
Ⅴ 文学についてⅢ
Ⅵ 《汚辱の歴史、永遠の歴史〉
Ⅶ 新しい文学のジャンル
Ⅷ 最後の対話

訳注
訳者あとがき (鼓直)




◆本書より◆


「アプローチ」より:

ジョルジュ・シャルボニエ――(中略)あなたの名前の発音のしかたは人によって実にまちまちです。いったい、どう発音すればいいのでしょう?
ホルヘ・ルイス・ボルヘス――わたしの国では一般に、ボルヘス、と発音します。Borges のこの《g》の発音が、おそらく、フランス人にとって少々厄介なのでしょう。ジュネーヴで学生だったころ、みんなはわたしを、ボルジェ、と呼んでいました。音声学的な理由によるのだと思います。わたしはどちらでもよいのですが、正しい発音は二世紀ほど前のポルトガル語のそれで、恐らく、ボルジェシュ、なのでしょう。しかし、いま申しました発音のどれに従っていただいても、或いはあなたのお好きなように発音していただいても、いっこうに構いません。
G・C――ということでしたら、わたしはフランス人ですので、ボルジェと呼ばせていただきます。
J・L・B――では、わたしもこの対談のあいだ、ボルジェで通しましょう。」

G・C――あなたの作品が訳された国語のすべてにわたって、幸いにして翻訳がうまくなされているとお思いですか?
J・L・B――いつもそうだというわけではありません。英語やドイツ語の翻訳を読んでおりまして、ちょっとした困難、困惑とでも言うべきものを感じました。英語には、明らかにひとつの罠があるのです。ご存知のように、英語は二つの音域をそなえています。ゲルマン系の言葉とラテン系の言葉を含んでいるのです。スペイン語のテキストを英語に翻訳なさる方は、敬意を表して、ラテン系の言葉を用いて訳そうとします。そのために翻訳がいくぶんペダンチックになることがあるのです。
例をひとつ挙げましょう、わたしがスペイン語で una habitación oscura (暗い部屋)と書くとします。英語の翻訳者が an obscure habitation と訳せば、ちんぷんかんぷんなことを書いていることになります。と言いますのも、これでは英語の場合、全く不自然だからです。こういう場合には、彼は単にサクソン系の言葉で a dark room と翻訳すべきでしょう。その方が英語では全く簡単で自然です。しかし翻訳者が oscura という単語を見れば、つい obscure と、habitación を見れば、つい habitation と考えてしまうので、彼は an obscure habitation と訳そうとしてしまうのです。」

J・L・B――(中略)わたしは常に、数学、哲学、形而上学に興味を抱いてきました。自分は数学者であるとか、哲学者であるなどとは申しませんが、しかし数学や哲学に文学の可能性、とりわけわたしを熱中させる文学、幻想文学のための可能性を見出したつもりです。」

J・L・B――(中略)わたしはテキストのなかにこっそりジョークをしのばせることもしました。一種の悪夢を表わしている短篇、「バベルの図書館」にはさまざまなジョークが含まれていると思います。それは恐らく、少々秘密めいたジョークでしょう。多分、わたしと友人たちだけが理解しうるジョークだと思います。しかしくどいようですが、わたしはそんなことをしながら楽しんでいたのです。楽しくなければ、書きはしません。」



「新しい文学ジャンル」より:

J・L・B――(中略)わたしがこの物語(引用者注:「記憶の人フネス」)を書いたのは、長いあいだ不眠症に苦しめられたそのおかげです。(中略)わたしは眠りたいと思いながら眠れなかった。眠るには、いろんなことを束の間でも忘れることが必要です。わたしはそのころ――それはかなり長く続きました――忘れるということができなかった。目を閉じる。目を閉じたままベッドのなかの自分を想像する。家具、鏡を想像する。家――それはブエノスアイレスの南部にあるひどく傷んだ大きな家でした――を想像する。庭、草木を想像する。庭には彫像がありました。それらすべてから逃れようとして、わたしはこのフネスの物語を書いたのです。それは不眠症の、忘却に身をゆだねることの困難ないし不可能性の、いわば隠喩です。というのも、眠ることはすなわち、忘却に身をゆだねることだからです。己れの自己同一性、己れの置かれている状況を忘れること。フネスにはこれができなかった。結局そのために、苦悶しながら息絶えた。
この物語のおかげでわたしの不眠症は直りました。つまり作中人物に不眠症をそっくりゆだねてしまった。この物語を書き終えたまさにその日、熟睡できたというわけではないけれども、ともかくその日から快方に向かったのです。
この物語が人々を楽しませたかどうか、その点は分かりません。いずれにせよ、わたしの、わたし個人の役には立ちました。」
「確か、キップリングだったと思いますが、彼は、作家には寓話を作り、しかもそれら寓話に含まれる教訓がなんであるかを知らずにいることが許されている、と言った。」
「解釈はいろいろあると思います。ある物語の解釈は、常に、その物語の後に来るものです。まず象徴、或いは物語がある。その後に、ほかの人間たちがそれを解釈する。これはわたしの仕事ではない。それは読者としての、批評家としてのあなたの仕事です。わたしの仕事ではない。ここで重要なのは、その物語が他人の意識のなかで生き続けるということです。解釈が多岐に渡ればそれに越したことはない。わたしはいかなる解釈も斥けたりしません。(中略)斥けたり受け入れたりすることは、わたしの仕事ではない。もしその物語に生命力があれば、間違いなく、さまざまな解釈を生むでしょう。現実についての解釈の場合と全く同じです。わたしたちは、自分自身の生活の場合でさえ、物事を正しく解釈できるとは確信を持っては言えません。自分たちの真の意味を、仮にそれがあればの話ですが、決して知ることもないでしょう。これはまた別の問題でしょうが。」



「最後の対話」より:

J・L・B――いつまでも残ることを願う書物は、さまざまな読み方ができるものでなければならない。いずれにせよ、変化しうる読み方、変化していく読み方を可能にするものでなければなりません。それぞれの世代の人間が偉大な書物を違った風に読むものなのです。」




こちらもご参照ください:

ジョルジュ・シャルボニエ 『デュシャンとの対話』 北山研二 訳 (みすずライブラリー)
『Jorge Luis Borges: Conversations』 (ed. by Richard Burgin)
『Ascending Peculiarity: Edward Gorey on Edward Gorey』 (ed. by Karen Wilkin)


































『ボルヘス詩集』 鼓直 訳編 (海外詩文庫)

「わたしが見ることができるとすれば、それは悪夢。」
(ボルヘス 「盲人」 より)


『ボルヘス詩集』 
鼓直 訳編
 
海外詩文庫 13 

思潮社 
1998年12月1日 第1刷
2001年12月1日 第2刷
189p 
四六判 並装 ビニールカバー
定価1,165+税



うつし世は夢。というわけで、本書はもっていなかったので、ヨドバシ・ドット・コムで注文しておいたのが届いたのでよんでみました。
二段組。既訳のものに関しては推敲が施されています。


ボルヘス詩集


カバー裏より:

「ボルヘス J.L. Borges 
第一次世界大戦前後のジュネーブやマドリードで前衛主義の洗礼を受けた後、〈宿命〉のブエノスアイレスに帰還したボルヘスは、斬新な〈ウルトライスモ〉の旗幟を掲げて詩壇に打って出た。しかし、それぞれ『審問』と『伝奇集』で代表されるエッセー、短篇のような他ジャンルに関るあいだに、詩風を一変させる。中年に至ってホメーロスやミルトンと同じく失明の悲運に遭遇したこともあって、記憶と推敲に便利なソネットのような定型を用い、月、川、砂、薔薇、虎、鏡といった伝統的な隠喩を借り、古今東西の神話、伝説、文学、思想からの引用を頼りながら、宇宙と存在の永遠の在りようを探る形而上学的な詩人へと変貌したのだ。本書では、『創造者』以降の晩年の詩集からできる限り多くの作品を採ることによって、反時代的であるが故にかえって時代に新鮮な衝撃を与えた、めくるめく〈時間の迷宮〉の主の姿を鮮明に浮かび上がらせようとした。」



目次:

詩集〈ブエノスアイレスの熱狂〉から
 見知らぬ街
 サン・マルティン広場
 ロサス
 散策
 夜明け
 サン・フアン街の夜

詩集〈正面の月〉から
 バラ色の店のある街
 町外れの地平線を眺めながら
 別れ
 キローガ将軍、馬車で死に向かう
 平安を誇る
 ジョーゼフ・コンラッドの本で見つけた手稿
 船旅

詩集〈サン・マルティン印の雑記帳〉から
 ブエノスアイレス建設の神話
 扉のエレジー
 イシドロ・アセベド
 ラ・レコレタ

詩集〈創造者〉から
 創造者
 Dreamtigers――夢の虎
 陰謀
 黄色い薔薇
 王宮の寓話
 Everything and Nothing――全と無
 ボルヘスとわたし
 天恵の歌
 砂時計
 象棋
 鏡
 月
 ある老詩人に捧げる
 別の虎
 Blind Pew――盲目のピュー
 詩法
 学問の厳密さについて
 限界
 詩人、その名声を告白する
 アリオストとアラビア人たち
 エピローグ

詩集〈他者は、自己〉から
 詞華集に採られた小詩人に
 羅針
 サロニキの鍵
 十三世紀のある詩人
 バルタザル・グラシアン
 あるサクソン人――(西暦四四九年)
 ゴーレム
 他者
 薔薇とミルトン
 読み手たち
 すでに若くはない人に
 テキサス
 王の墓碑銘
 スノッリ・スツットルソン(一一七九―一二四一
 エマーヌエル・スウェーデンボルィ
 瞬間
 わたしの読者に
 錬金術師
 推論の詩

詩集〈幽冥礼讃〉から
 一九二八年五月二十日
 民族学者
 ガウチョたち
 ブエノスアイレス
 祈り
 His End and His Beginning――彼の終わりと彼の始まり

詩集〈群虎黄金〉から
 短歌
 ジョン・キーツ(一七九五―一八二一)に
 失われたもの
 一九七一年
 脅かされる者
 歩哨
 ドイツ語に捧げる
 約束
 四循環
 王宮
 ヘンギストは男たちを求めている(西暦四四九年)
 一匹の猫に
 群虎黄金

詩集〈永遠の薔薇〉から
 宇宙開闢説
 夢
 ブラウニング、詩人になる決意をする
 豹
 自殺者
 シモン・カルバハル
 カエサルに
 プローテウス
 ヤーヌスの胸像は語る
 盲人
 哀歌
 鏡に
 護符
 夢魔
 白鹿
 The Unending Rose――永遠の薔薇

詩集〈鉄貨〉から
 悪しき夢
 前夜
 イースト・ランシングの鍵
 ペルー
 異端審問官
 ハーマン・メルヴィル
 ヨハネス・ブラームスに捧げる
 悔悟
 バルフ・スピノザ
 ヘーラクレイトス

詩集〈夜の歴史〉から
 西暦六四一年、アレクサンドリア
 獅子たち
 わしは塵でさえない
 アイスランド
 一冊の書物
 一八九九年のブエノスアイレス
 版画
 恋する男
 待つ
 鏡
 土曜日
 因縁

詩集〈定数〉から
 デカルト
 百科事典を購入して
 あの男
 讃歌
 幸福
 創造者
 第三の男
 眠り
 共犯者

詩集〈共謀者たち〉から
 名残り
 それらは河である
 若やいだ夜
 哀悼歌
 累計
 シャーロック・ホームズ
 寓話の糸
 別の偽りの断章
 ゴンゴラ
 共謀者たち

詩人論・作品論
 表現から引用へ (アルトゥロ・エチャバリア=フェラーリ/井尻直志 訳)
 ボルヘス、エクスタシーの詩人 (ウィリス・バーンストーン/井尻直志 訳)
 シンボルの体系 (エミル・ロドリゲス=モネガル/井尻直志 訳)

解説・年譜
 解説 (鼓直)
 年譜 (鼓直 編)




◆本書より◆


「夜明け」より:

「事物が実質を欠いているのならば、
この稠密なブエノスアイレスが
住民たちの分ちもつ魔力の生み落とした
夢でしかないのならば、
その存在が途方もない危険に晒される
瞬間があるにちがいない。
それは夜明けのおののく一瞬であるが、
この世界を夢みている者はまだわずかだ。
徹夜をした少数の者だけが、
やがて他の連中とともに明確なものにする
街路のイメージを、
灰色の漠然としたものとして持っている。
生の執拗な夢が
破綻の危機に瀕する時刻よ、
神にとって、その被造物に
止めを刺すことの容易な時刻よ。

しかし世界はまたもや救われた。
光線が薄汚い色を生み出しながら駆け、
ぼくは朝の蘇生に力を貸したことに
微かな悔いを覚えながら、
白っぽい光線の中に立ちつくす、冷えた
わが家へと急ぐ。
一羽の小鳥が静寂を破り、
疲れ切った闇は、すでに
盲人らの眼に引き込もってしまった。」



「薔薇とミルトン」:

「多くの世代の薔薇が
時の流れの底に消えていった。
せめて一輪でも忘却を免れてほしい。
かつて在った他のものと変わらない
一輪でも。運命がわたしに授けたのは
その沈黙の花。ミルトンが
見えぬながらも顔を寄せた
最後の薔薇を、最初に
名指すという恩恵。おお、今は失われた
楽園の赤と、黄と、白の薔薇よ。その魔力で、
薔薇よ、遠い過去を残していくのだ。
この詩の中で、かつて彼の手にあったときのように、
黄金の色に、血の色に、象牙の色に、闇の色に
輝くのだ、人の眼には見えない薔薇よ。」



「一匹の猫に」より:

「お前は別の時間の中にいる。夢のように
閉じた場の、お前は主人なのだ。」



「ブラウニング、詩人になる決意をする」より:

「わたしは忘却を糧として生きるだろう。
ちらと見て忘れてしまう顔になるだろう。
裏切り者であるという聖なる使命を
甘受したユダになるだろう。
沼地のキャリバンになるだろう。」



「デカルト」より:

「わたしは昨日という日を夢みた。
おそらく、わたしに昨日はなく、おそらく、わたしはまだ生まれていない。
おそらく、わたしは夢みたと夢みている。」



「讃歌」より:

「今朝は、
楽園の薔薇の
信じがたい芳香が漂っている。
ユーフラテスの岸辺で
アダムは水の冷たさを知る。
黄金の雨が空から落ちてくる。
これはゼウスの悪だ。
一匹の魚が海で跳ねる。
アグリゲェントゥムの男(※2)は思い出すだろう。
かつての自分がその魚であったことを。」



訳注より:

「※2 現在はアグリジェントと呼ばれるシチリアの都市出身のギリシアの哲学者、エンペドクレース(前五世紀中葉)のこと。」


「若やいだ夜」:

「夜の浄めの水は、すでに多くの色と
多くの形をわたしから祓ってくれた。
すでに庭園では、鳥や星たちが眠りと影という
昔ながらの決まりの待ち焦れていた
復活をことほいでいる。すでに影は
物の見せかけの姿を映す鏡に封印をした。
ゲーテのあの名言。近いものが遠のく(引用者注: 「近いものが遠のく」に傍点)。
この短い言葉に薄暮の一切が込められている。
庭園では、薔薇たちが薔薇であることをやめ、
〈薔薇〉となることを望んでいる。」



「ゴンゴラ」より:

「わたしは有りふれた物の世界に戻るつもりだ。
水、パン、壺、薔薇……。」





こちらもご参照ください:

ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『創造者』 鼓直 訳 (世界幻想文学大系)
ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『永遠の薔薇・鉄の貨幣』 鼓直・他 訳
ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『エル・オトロ、エル・ミスモ』 斎藤幸男 訳
西脇順三郎 『近代の寓話』 (復刻版)
































































































ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『エル・オトロ、エル・ミスモ』 斎藤幸男 訳

「灰色の夕暮れがここで待つのは
明け方となって熟す果実だ。」

(ホルヘ・ルイス・ボルヘス 「ブエノスアイレス(二)」 より)


ホルヘ・ルイス・ボルヘス 
『エル・オトロ、
エル・ミスモ』 
斎藤幸男 訳


水声社 
2004年9月30日 第1版第1刷印刷
2004年10月10日 第1版第1刷発行
297p 「著者・訳者について」1p
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,500円+税
装幀: 伊勢功治
カバー写真: 赤崎みま



本書は、ボルヘスの詩集『El otro, el mismo. 1930-1967』(1969年刊)から、既刊の『創造者』(鼓直訳)と重複する詩篇および「タンゴ・ミロンガ集『ギターのために』」を除いた翻訳で、各詩篇への訳者によるエッセイふうコメントが「マルジナリア」として収録されています。
本書収録詩篇「薔薇とミルトン」は、ボルヘスっぽい人物も登場するエーコの『薔薇の名前』の発想源の一つなのではないでしょうか。


ボルヘス エルオトロエルミスモ


帯文:

「鏡の中のボルヘス、
〈創造者〉の別の顔、
自他一如の声が囁くすべて。

《エル・オトロ》(他者)は《エル・ミスモ》(自身)であり、
《エル・ミスモ》は《エル・オトロ》であり……」



帯背:

「他者、ボルヘス」


目次:



不眠
英語による二つの詩
循環する夜
地獄と天国について
推測の詩
第四元素の詩
詞華集で見つけた小詩人に
フニンの勝者スアレス大佐を記念するページ
マタイによる福音書 二十五章三十節
コンパス
テサロニキの鍵
十三世紀のある詩人
ウルビーナの兵士
限界
バルタサル・グラシアン
あるサクソン人――四四九年
ゴーレム
タンゴ
他者
薔薇とミルトン
読者たち
ヨハネによる福音書 一章十四節
目覚め
もう若くはない君に
アレグザンダー・セルカーク
オデュッセイア 第二十三歌
それ
サルミエント
一八九九年の小詩人に
テキサス
武勲詩『ベーオウルフ』の一冊に書かれた詩
ヘンギスト王
断簡
ヨーク・ミンスターの剣に
あるサクソンの詩人に(一)
スノッリ・ストゥルルソン(一一七九―一二四一)
カール十二世に
エマヌエル・スウェーデンボルグ
ジョナサン・エドワーズ(一七〇三―一七五八)
エマソン
エドガー・アラン・ポオ
キャムデン 一八九二年
パリ 一八五六年
ラファエル・カンシノス=アセンス

瞬間
ワイン讃歌
ワインのソネット
一九六四年
飢え
よそ者
私を読んでいるあなたに
錬金道士
ある男
エヴァネス
永遠(エービッヒカイト)
オイディプスと謎語
スピノザ
スペイン
エレジー
追放されたアダム(アダム・カースト・フォース)
ある硬貨に
もうひとつの天恵の歌
一九六六年に書かれた頌歌
眠り
フニン
リー将軍指揮下の一兵士(一八六二年)

一六四九年のある朝
あるサクソンの詩人に(二)
ブエノスアイレス(一)
ブエノスアイレス(二)
息子に
短剣
やくざたちの亡霊

マルジナリア (斎藤幸男)
訳者あとがき (斎藤幸男)




◆本書より◆


「薔薇とミルトン」:

「時の深みに消え失せた
薔薇のあまたの世代のうち
忘却にゆだね得ぬひとつがある。
かつてあったもののひとつ 特別の名を持たぬひとつだが。
天は最初に名指すという特権を
私に与えてくれる――
沈黙の花 ミルトンが見ることもなく
顔に近づけた最後の薔薇と――
失われた庭の おお赤い黄色い
白かもしれぬ薔薇よ。
古の時を今に招き寄せ
この詩を金色に血の色に象牙色に
闇の色に輝かせておくれ。
彼の両の手にある見えない薔薇のように。」



「海」:

「夢――あるいは恐怖――が神話や
宇宙開闢説を編み出す前から
〈時〉が昨日今日明日に分かれる前から
海は いつもの海は存在しそして常に変らぬ海だった。
海とは何者か。あの暴力的で太古からの存在
――大地の土台を浸食し
唯一にして多様な名を持つ海
深淵ときらめきと偶然と風を持つ海とは。
海を見る人はいつでも初めてそれを見る。
四元素がもたらす驚き――美しい夕べ
月 かがり火の炎――が
彩り飾ってくれるから。
海とは何者か。私は誰か。
苦悶に次ぐ対岸の一日にそれを知るだろう。」





こちらもご参照ください:

J・L・ボルヘス+ビオイ=カサーレス 『ブストス=ドメックのクロニクル』 斎藤博士 訳 (新装版)
ボルヘス/ビオイ=カサーレス 『天国・地獄百科』 牛島・内田・斎藤 訳
狩々博士 『ドグラ・マグラの夢』




































ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『ボルヘス、文学を語る』 鼓直 訳

「言葉はもともと魔術的なものであり、詩によってその魔術に引き戻されるのだという、この考えかた(中略)は真実であると思います。」
(ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『ボルヘス、文学を語る』 より)


ホルヘ・ルイス・ボルヘス 
『ボルヘス、文学を語る 
詩的なるものをめぐって』 
鼓直 訳


岩波書店 
2002年2月18日第1刷発行
219p 目次i
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,800円+税
装幀: 丸尾靖子



1967年から1968年にかけて、ハーバード大学で行なわれた連続講義。ボルヘスは英語で喋っています。
本書は2011年に『詩という仕事について』と改題されて岩波文庫から再刊されています。


ボルヘス 文学を語る 01


帯文:

「私の考えでは、小説は完全に袋小路に入っています。小説に関連した、きわめて大胆かつ興味深い実験のすべての行き着くところは、小説はもはや存在しないとわれわれが感じるような時代でしょう。 ホルヘ・ルイス・ボルヘス
『エーコの文学講義』
『カルヴィーノの文学講義』につぐ、
ハーバード大学ノートン講義(1967―68)の全記録」



帯裏:

「ボルヘスは、はにかむような穏やかな表情で宙をみつめ、まるでテクストの世界――その色彩、構造、音楽などに実際に触れているように思われた。文学は彼にとって実体験のひとつのかたちだったのだ。
カリン=アンドレイ・ミハイレスク(編者)」



カバー裏文:

「20世紀文学の巨人ボルヘスによる知的刺激に満ちた文学入門。誰もが知っている古今東西の名著名作を例にあげ、詩の翻訳の可能性/不可能性、メタファーの使われ方の歴史と実際、物語の語りかたなど、フィクションの本質をめぐる議論を、分かりやすい言葉で展開する。レナード・バーンスタイン、T・S・エリオット、イタロ・カルヴィーノ、ウンベルト・エーコなど、超一流の作家、音楽家、画家、批評家を毎年一人招聘して半年にわたって行なわれる、米国ハーバード大学チャールズ・エリオット・ノートン詩学講義の全記録(1967―68)」


目次:

1 詩という謎
2 隠喩
3 物語り
4 言葉の調べと翻訳
5 思考と詩
6 詩人の信条

気紛れな芸術のあれこれ (カリン=アンドレイ・ミハイレスク)

編者注
訳注
訳者あとがき



ボルヘス 文学を語る 02



◆本書より◆


「詩という謎」より:

「時折りですが、我が家にある沢山の本を眺めていると、読み尽くすことができずに死を迎えるだろうという気がします。しかし、それでも私は、新しい本を買うという誘惑に勝てません。本屋に入って、趣味の一つ――例えば、古英語もしくは古代スカンジナビア語の詩――に関わりのある本を見つけると、私は自分に言い聞かせます。「残念! あの本を買うわけにはいかんぞ。すでに一冊、家にあるからな」。」

「バーナード・ショーは、かつて、聖書は本当に聖霊によって書かれたのか、と訊かれて、次のように答えました。「聖霊は、聖書だけではない、あらゆる書物を書いたのだ」。」

「美は、常にわれわれの周りに存在するのです。ある映画のタイトルとして、われわれのもとを訪れるかもしれない。あるポピュラー・ソングのかたちをとって、やって来るかもしれない。偉大な、あるいは有名な作家の仕事のなかでお目に掛かるかもしれないのです。」

「一篇の作品が、傑出した、あるいはそうでない詩人によって書かれたか否かという点ですが、これは文学史家たちにとってのみ意味のあることでしょう。話を進めるために、仮にこの私が一行の美しい詩を物したとします。これを、いわゆる作業仮説といたします。いったん私が書いてしまった以上、詩行はもはや私には何の関わりもありません。すでに述べたとおりで、詩行は聖霊から、潜在的な自我から、あるいは別の作者から授かったものであるからです。私はしばしば、自分はしばらく前に読んだものを引用しているに過ぎないことを実感します。そしてそれが再発見にも繋がるのです。詩人というのは、恐らく、無名の存在である方がよろしいのでしょう。」



「物語り」より:

「恐らく詩人の意図したところなどは、さして重要ではありません。(中略)実際には彼は、より素晴らしいことを物語っていた。つまり、決して征服できない都市を攻めている、そしてその都市が陥落する前に自分は落命することを知っている男、英雄の話です。そして、その運命がすでに分かっている都市、すでに炎に包まれている都市を守ろうとする男たちについての、遥かに感動的な物語です。これこそが『イーリアス』の真の主題であると、私は思います。」
「ここで二番目の叙事詩『オデュッセイア』を取り上げることにしましょう。(中略)第一の観点からみれば(中略)家郷への帰還、われわれは流謫の身であること、真の家郷は過去、天国その他にあること、われわれは決して家郷に戻ることはないこと、といった観念を見いだします。(中略)われわれがそこに見るのは、一つになった二つの物語です。われわれは、それを帰郷の物語として読むことも、冒険譚として読むこともできる。」
「次にご紹介する三番目の「詩」はこれら二つを遥かに超えるものです。四書の『福音書』がそれです。(中略)信者にとっては、それは人類の罪をあがなう人間の、神の奇妙な物語として読めます。みずから進んで苦しみ、シェイクスピアに言わせれば "bitter cross" 「苦い十字架」のうえで死ぬ神。これは私自身がラングランドの作品の中で見つけたものですが、もっと奇妙な解釈もあります。神は人間の悩みのすべてを知りたいと望んだ、神として許されているように、理性によって知るだけでは十分ではなかった、神はあくまで人間として、人間の限界のなかで苦しむことを望んだ、という考えかたです。」
「何世紀にもわたって、人類にとってはこれら三つの物語――トロイの物語、ユリシーズの物語、そしてイエスの物語――だけで十分でした。人々は飽きもせず、それらを繰り返し繰り返し語ってきました。(中略)私は当時の人間たちが今日の人間たちより創造力で劣っていたとは思いません。新しい陰影が、微妙な陰影が物語に加えられれば十分であると、彼らは感じていたと思います。」



「思考と詩」より:

「私はこれまで幾度となく、意味は詩にとってお添えものではないかと考えました。意味なるものを考える前に、われわれは詩篇の美しさを感じるのだと固く信じています。」


「詩人の信条」より:

「私は一つの考えをもてあそんできました。人間の一生は何千何万という瞬間、そして日々から成り立っているけれども、これらの尨大な瞬間は、これらの莫大な日々は、ただの一瞬に、すなわち自分が何者であるかを人間が悟る一瞬に、人間が自分自身と向き合った一瞬に、つづめ得るのではないか、という考えがそれです。私の想像によれば、ユダがイエスにくちづけた際の、その瞬間のユダは、自分は裏切り者であると、裏切り者となることが自分の宿命であると、そして自分はその呪われた宿命に忠実であったのだと、感じたのでしょう。」

「何かを書いているとき、私はそれを理解しないように努めます。理性が作家の仕事に大いに関わりがあるとは思っていません。現代文学のいわば罪障の一つは、過剰な自意識であります。(中略)私は物を書くとき、自分のことはすべて忘れるように努めます。(中略)私はただ、夢とは何かを伝えようと努めます。そして仮にその夢が曖昧なものであっても、それを美化すること、あるいは理解することもいたしません。」

「私は自分を作家であると見なしています。作家であるとは私にとって、何を意味するのでしょうか? それは単に、自分自身の想像力に忠実であることを意味します。何かを書くとき、私はそれを、事実として真実であるということではなくて(中略)、より深い何物かにとって真実であると考えるわけです。ある物語を書くときも、それを信じておればこそ書くわけです。単なる歴史を信じるというようなことではなく、むしろ、ある夢とか、ある観念を信じるというような按配ですけれど。」
「われわれは、歴史にあまり注意を払わない方がいいのではないでしょうか」

「自分に何ができるか、それが分かる時がやがて来ます。自分の本来の声を、自分自身のリズムを見いだす時がきっと来ます。」
「私は作品を書くとき、読者のことは考えません(読者は架空の存在だからです)。また、私自身のことも考えません(恐らく、私もまた架空の存在であるのでしょう)。私が考えるのは何を伝えようとしているかであり、それを損わないよう最善を尽くすわけです。」
「今の私は、表現なるものを自分はもはや信じていないという結論(中略)に達しました。私が信じているのは暗示だけです。」

「仮にあとで裏切られると分かっていても、人間は何かを信じるよう努めるべきではないでしょうか。」



カリン=アンドレイ・ミハイレスク「気紛れな芸術のあれこれ」より:

「ボルヘスの記憶は伝説的である。ルーマニア出身のアメリカ人教師の語ったところによれば、一九七六年、インディアナ大学でボルヘスと雑談をしたが、その際、このアルゼンチン作家は、ルーマニア語の八連の詩篇を暗誦してみせた。一九一六年のジュネーヴで、年若の難民である作者から教わったものだが、ボルヘス自身はルーマニア語の心得は無かった。彼の記憶力には奇妙な点もあった。他人の言葉や作品はよく覚えていながら、自分の物したテクストは完全に忘れていると言うのだ。」


「編者注」より:

「ボルヘスはウィリス・バーンストーンとの会話のなかで、無名の存在であることへの希望を述べている――「もし聖書が孔雀の羽毛であるとすれば、あなたは、どんな種類の鳥ですか?」と私は訊いた。「そうね」とボルヘスは答えた。「私は鳥の〈卵(エッグ)〉だな。ブエノスアイレスという巣で、まだかえっていなくて、誰からも変わった目で見られない。私は心から、そうありたいと望んでいるんですよ」。」



本講義 mp3 音源(UbuWeb):

Jorge Luis Borges (1899-1986)
The Craft of Verse: The Norton Lectures, 1967-68



ボルヘスのドキュメンタリー(UbuWeb):

Profile of a Writer: Borges (1983)
Playlength: 80 minutes
Director: David Wheatley


































































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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