泉名月 『鬼ゆり』 (學藝書林ロマン叢書)

「無理もない。無理もない。なにしろ人間は小さいのじゃからなあ」
(泉名月 「雷神のすし」 より)


泉名月 『鬼ゆり』

學藝書林 1975年9月5日第1刷発行
288p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,200円
幀: 田辺輝男
栞: 「鞭 泉名月さんの世界」(中井英夫)

「「鬼ゆり」の本の挿絵は泉鏡花愛蔵の錦絵から選ばれたものです。」



著者(いずみ・なつき)は泉鏡花の姪です。
単行本『鬼ゆり』は本書以前に私家版として刊行されたようですが(未見※)、本書はその増補版のようです。本書所収「羽つき・手がら・鼓の緒」は、のちに、鹿俣茂輔の挿絵入りで深夜叢書社から単行本『羽つき・手がら・鼓の緒』として刊行されています(エッセイ「鏡花の星」を併載)。なお、種村季弘の日本文学論集『夢の舌』に、本書の書評「虫を愛でる姫君」が収録されています。
※泉書庫(逗子)、昭和44(1969)年8月刊、108p。収録作品は「鯰大王のおひげ」「涙のつゆ」「雷神のすし」「石鹸の夢」「鬼ゆり」「おろかなお話」「てるてる地蔵」「奪魂鬼」「怠け者」「花ころび」。

本文中図版(モノクロ)4点。


泉名月 鬼ゆり1


帯文:

「泉名月の幻想譚
妖美と幻想の作家泉鏡花の血を承けた著者の処女作品集!
名月さんは、その母の胎内にいて鏡花に接したばかりではない、こたつに当たりながら羽つきをして遊んだというその祖母と母との(※)、江戸風と金沢風とのミックスしたおおらかな愛情までを残りなくその血脈の裡に聞きとめたのであろう。そうでなくてこれほどみごとな文章が書けるわけがない。(中井英夫)」


※「その祖母と母と」の「その」は鏡花のことをさしています。


帯背:

「ロマン叢書 5
泉名月作品集」


ちなみに「ロマン叢書」の1から4は、唐十郎『紅疾風』、日影丈吉『恐怖博物誌』、同『幻想博物誌』、赤瀬川原平『夢泥棒』です。


泉名月 鬼ゆり2


目次:

幻想譚
鬼ゆり
あおい繭
貝がらと少女
涙のつゆ
豆人形とお嬢さん
花ころび

夢小話
奪魂鬼
雷神のすし
石鹸の夢
鯰大王のおひげ
おろかなお話
怠け者
てるてる地蔵

回想譚
うたちゃん
梔子
羽つき・手がら・鼓の緒

あとがき



泉名月 鬼ゆり3



◆本書より◆


「あとがき」より:

「私は、十歳の夏、泉鏡花という小説家の家に養女としてもらわれました。」
「渥美半島の田舎の農家から、都会も東京の真中の麹町番町の文学の家へと、環境は一転しました。
 泉鏡花の弟が私の父だったのです。私は父の声も肌も知りません。まだ母の中にいたからです。三ヶ月めでした。父は昭和八年三月三十日に病死しました。五十四歳でした。私が生まれたのはその年の九月二十一日でした。父は亡くなる前、子どもが生まれてくる日を数えて母にいったそうです。「ちょうど仲秋名月の時、名前を名月と書いて、なつき、とつけよう」と。母はその通りに名をつけました。父は困窮していましたので、名前だけが父から私への唯一の形見でした。母は私を田舎の祖母と母の妹にあずけて、東京で働いていました。そうしているうちに、鏡花の妻のすず夫人にのぞまれて、すず夫人といっしょに母と私は暮らすことになりました。鏡花夫人には子どもがいなかったのです。
 私は鏡花の声も知りません。歩いている姿を見たこともありません。母は鏡花に会っております。父が亡くなる前後の時だけ、母は鏡花と身近に接し、隣りに坐ったり、肩や袖が触れ合っています。車の中やそういう所です。私は母と一身同体の時でしたから、母の脈うつ壁を通して、鏡花の気配やその時のようすを感じとっていたかもしれません。鏡花は昭和十四年九月七日に他界しました。すず夫人は晩年ひとりでさびしかったのでしょうか。母がすず夫人の世話をし、私が泉の養女になったわけです。
 私は故郷の自然と故郷の人々をなつかしんで過しました。「うたちゃん」は私の本当の思い出の記です。
 太平洋戦争は険悪になりました。戦時戦後の物資欠乏と食糧難時代を背景に、ありのままの生活の暗い面を追求したのが、「梔子」です。
 「羽つき・手がら・鼓の緒」は、鏡花の家に伝わる話を、聞いたとおりに文章にまとめたものです。この話は『別冊現代詩手帖』の“泉鏡花号”に掲載されました。」



「鬼ゆり」より:

「私たち幼い子供の間では、「姫島にはお姫様が住んでいる」と話しあいます。「お話しをお作りになるお姫様が、白い大蛇(おろち)のとぐろの上にお坐りあそばして、鷲と鮫に守られながら、お美しい物語を、鬼百合の赤い花弁の上に書きこんでいらっしゃるのだ」といいます。「けれどもそのお話はあまりにも美しくて、世間の人は正気を失うような、気の狂うような、また、お姫様も仙女のような方なので、俗人に見られないよう、鷲や鮫や大蛇がお守りしているのだ」というのです。」

「私は誰にも相手にして貰えず、いつもしょんぼりと、皆の遊ぶところを遠くの方から眺めておりました。たまに一緒に遊んで貰える時は、石けりの石拾いとか、オママゴトの泥をこねる下女のような役ばかりでございましたので、自然々々と仲間の者と離れていって、お使いより他へは外へも出ずに、庭の中を行ったり来たり、みの虫に枯葉を食べさせたり、うすみどり色の繭(まゆ)を作る山蚕(やまがいこ)を育てたりして気を慰め、また、路端で遊ぶ子供達を板塀のふし穴からのぞいたりして、淋しく過しておりました。」

「私は島を一心に見つめているうち、何故とはなく胸がいっぱいになってきました。「お姫様に会いたい」私はふらふらとなって海の中にとびこみました。」



「あおい繭」より:

「「今は鉄のような石のようなかたい布を好む世の中でも、いつかは輝かしいやわらかな錦を好む世の中になりましょう。私はそれまで、まゆの中にとじこもって、まゆごもりをいたしましょう。」」

「お綸は機をおりつづけていきます。今は、黒い髪と、金の機の光だけが、うすあおく透いているまゆをとおして見えました。それもしだいしだいにうすれていって、お綸はほのかに光をはなつあおいまゆの中に消えていったのでございます。」



「怠け者」より:

「餅つきの嫌いな兎と、言葉を覚えることの嫌いな九官鳥と、卵を生むことの嫌いな鷄が、べつべつなある所におりました。
 三人は仕事がいやでいやで、(中略)とうとう仕事から逃げ出してしまいました。
 ある時ある場所で三人はぱったり出会いました。三人は同時に声をかけました。
 「やあ、やあ、やあ、皆さんどちらへ」
 三人は一緒に答えました。
 「仕事をするのがほとほといやで、一寸そこらを歩いているのです」
 三人はそういうと笑い合って、
 「みなさんもそうですか。私も私も私も」
 といいました。
 けれども兎が心配そうにいいました。
 「しかし、みなさん、怠けていて働かなければ何もたべられません。今に飢死(うえじに)してしまいますよ」
 九官鳥、
 「なに、たべなくてもいいんです。私はかすみを吸っても生きられるんです」
 鶏、
 「私もそれをいいたかった。仕事をするなんてほんとにいやなことです。私は死んでも働きたくありません。食べられなければ食べられないでなんとかなりますよ」
 「そうです。そうです」
 みんなは同感同感と、心の底から溶け合って、のまずくわずで、ぶらりぶらりと諸国を漫遊することになりました。
 さて、ある山の頂上までやってきますと、大きなきのこが三本生えておりました。きのこの前にそれぞれに立て札がたっています。
 「遊喜(いうき)安楽のきのこ
 このきのこを食(くら)へば、いつまでもよき酔い心地つづきて、かぐはしき香、常ににほひ、あまき蜜、常にみちみち、花園の蝶とたはむる、麗しき夢をみるなり。まことに遊喜安楽のきのこなり」」

「みなはたはたと地に倒れて、安楽の世界へとまいります。
 幾年、兎と九官鳥と鶏は眠りましたでしょう。ある時、海原に大嵐がやってきて、うねりくねった大波は、この島をひとのみにのみこみました。
 安楽の夢を見ながら眠っていた三人は、眠っているままに命をとられました。
 死体は大海原の中に消え、怠け者三人の魂は天国へとのぼって行きます。
 極楽の入り口では仏さまが魂をお迎え遊ばされていらっしゃいます。
 仏さまは天国に上ってきたとも知らずに眠っている三人の者をにこにこ御覧あそばされ、錫杖(しゃくじょう)をお取りになると、ほとほと身体をたたいてお起しになりました。」
「仏さまは申されました。
 「お前たちは死んで極楽に上ってきたのだ。極楽に入る前に、まずお前たちの生前した行ないを話すがいい。悪い者はいれられぬ」
 三羽の怠け者は恥ずかしそうに申しあげました。
 「私どもは仕事の嫌いな怠け者、よいことは何もいたしません。ただ眠って過しました」
 仏さまはにっこりなさいました。
 「極楽に入るがよい」
 するとそばから一匹のおつきの知恵猿が不服そうに申しました。
 「仕事を嫌った怠け者は、地獄に落ちるのがあたりまえでございます」
 仏さまはほほえまれて、
 「怠けたことだけを許してやれば何ひとつ悪いところのないまことによい者ども、入れてやろうぞ」
 と仰せられました。
 三羽は夢心地で極楽へ入りました。」



「うたちゃん」より:

「私はひとりっ子で育ったものだから、虫へ、同種族のような親愛感をよせてしまう。」






















































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泉名月 『羽つき・手がら・鼓の緒』

「鏡花の話を私がききましたのは、鏡花の妻のすず夫人と、豊春の妻の私の母からです。」
(泉名月)


泉名月 
『羽つき・手がら・鼓の緒』


深夜叢書社 
昭和57年1月15日 印刷
昭和57年1月20日 発行
64p 
21.5×19cm 角背布装上製本 貼函 
定価2,500円
装画・装幀: 鹿俣茂輔



著者・泉名月(いずみ・なつき)は1933(昭和8)年9月21日生、2008年7月6日逝去。泉鏡花の姪(鏡花の弟・斜汀こと豊春の子)で、十歳の時、泉家の養女になりました。鏡花は昭和14年9月7日逝去。父親の斜汀は昭和8年3月30日、名月が生まれる前に病死しています。
本書は絵本のような挿絵(モノクロ)入りのやや大判の本で、「鏡花の星」以外の文章は既刊の単行本『鬼ゆり』(學藝書林、昭和50年)にも収録されています。
鏡花の家族について書かれた「羽つき・手がら・鼓の緒」、鏡花のきらいなものづくし「雷・犬・ばい菌」、鏡花のすきなものづくし「マヤ夫人様・兎の玩具・あつ燗」の三篇は「羽つき・手がら・鼓の緒」として「別冊現代詩手帖」昭和47年新年号に初出。
「鏡花の星」は「本の本」昭和51年1月号に初出。

正字・新かなづかいですが、字体に関しては、「氣」と「気」が混用されていたり、「實驗」とあるべきところが「實験」となっていたりして(著者の父の名「豊春」も「豐春」とあるべきでしょう)、わりといいかげんです。


泉名月 羽つき1


本体表紙には兎の絵が描かれた丸い紙が貼られています。


本書「表紙図について」(鹿俣茂輔)より:

「アポロによる宇宙飛行士の報告にはありませんでしたが、円い名月では時折兎が餅をついておるのを肉眼でも見ることが出来ます。(中略)表紙図は大正九年発行の伊藤忠太著(中略)『阿修羅帖』第二巻より抜萃加筆いたしました。」


泉名月 羽つき2


目次:
 
表紙図について (鹿俣茂輔)
 
羽つき・手がら・鼓の緒
雷・犬・ばい菌
マヤ夫人様・兎の玩具・あつ燗

鏡花の星
 
あとがき

 
 
泉名月 羽つき3



◆本書より◆

 
「羽つき・手がら・鼓の緒」より:

「■鏡花の母
 鏡花のおかあさんは、お能の大鼓の葛野流の家の娘さん。名前はすずさん。子どもの頃、江戸ですごされて、加賀金沢へいらしって、かんざしや帯止をつくる彫金師の清次さんのもとにお嫁にこられました。
 鏡花のおばあさんは、息子清次のお嫁さん、鏡花のおかあさんを、たいへん可愛がって、大事になさいました。」

「■羽つき
 おばあさんは鏡花のおかあさんを、こたつに当たりながら、羽つきをして遊ばせました」

「■手がら
 おばあさんは孫の鏡太郎と豊春に、お守り袋を縫ってくださいました。(中略)そのお守り袋にする布は、鏡花のおかあさんが髪に結んだ手がらでした。手がらというのは日本髪の後の束ねる所に結ぶ赤や桃や水色の、鹿子絞りや縮緬になっている絹のきれいな布です。」

「■鼓の緒
 鏡花のおかあさんが亡くなられてからです。
 おばあさんは虫干しをなさいました。部屋の鴨居から鴨居へ鼓の緒を渡して、おかあさんの振袖・小袖を掛けてほされました。おかあさんの振袖・小袖の間を、鏡太郎と豊春は、くぐったり、顔をだしたり、かくれたり、出たり入ったりして遊びました。」

「■うさくるしや
 鏡太郎と豊春は一緒に近くの神社へ遊びにゆきます。すると兄は弟についてくるなときつくとめて、兄だけがいなくなってしまいます。兄がどんどん回廊の奥へ入っていったら、障子の穴のあいているところがあって、そこから中をのぞいたら、姉さんかぶりをした女の人がいて、「うさくるしや」といったそうです。」

「■にゃあにゃ
 鏡花のおばあさんは孫のお嫁さんも可愛がりました。孫のお嫁さんというのは鏡花の妻のすず夫人のことです。鏡花のおかあさんもすず、鏡花の妻もすず、同じ名前です。
 おばあさんは孫のお嫁さんを「にゃあにゃ」とよびました。おばあさんはおそばが大好きで、鏡花からお小遣いをもらうと、「にゃあにゃ、おそばくいまっし」といって、ごちそうしてくださったそうです。」

 

「雷・犬・ばい菌」より:

「■ほこり
 鏡花はものすごい潔癖症だったそうです。番町の家の一階の茶の間の天井の、天井板と天井板のすき間には、白い細長く切った障子紙が、ぴったりとのりで張ってありました。食事をしている時に、二階のごみが一階の天井板のすき間から落ちるのを恐れたためというのです。」

「■春菊
 春菊については鏡花のおかあさんがこうおっしゃいました。春菊の莖には穴があいている。その穴があいている所に、はんみょうという毒蟲がたまごをうみつける。だから食べてはいけないと。」



「マヤ夫人様・兎の玩具・あつ燗」より:

「■お観音様
 鏡花は逗子岩殿寺のお観音様を信仰なさったとききました。岩殿寺の山道の途中で、鏡花は気高い美しい女の人とすれちがいにあいました。その女の人がお観音様の化身でいらっしゃったとはすず夫人からきいた話です。」

「■兎の玩具
 鏡花の家には、兎の玩具がたくさん集っていて、にぎやかでした。
 (中略)
 鏡花は酉年でした。自分の干支から数えて七番目のものをもつとその人のお守りになるのだそうで、鏡花のおかあさんが子どもの鏡花に掌中にのる水晶の兎をもたせてくださったのが、鏡花と兎の親身のはじまりです。」



「鏡花の星」より:

「鏡花の番町の家の格子戸を入って、障子を開けると、すぐ部屋の左側に、積み木を重ね合わせたような幾何模様の、緑色のカーテンがかかった、天井まである本棚があった。」
「鏡花がなぜ、きのこの本がほしかったのだろうかと『菌類』をあけてみる。きのこの、魂をもさそい出しそうな、微妙な色と、思い思いのおどけた形の面白さ。
 植物図鑑のふつうの植物は、芽を出す。莟がつく。花が咲く。葉が繁る。実がなる。日光を好み、日照る世界の住人たち。文章の上でも、もっとも美しいたとえに使われる。」
「きのこは山奥のしとしとした幽界のような、冥界のような所に出没するマカフシギなもの。日かげる世界の住人たちである。鏡花の表現の秘密の一端はこういう植物図鑑やきのこの本によりどころがあるのかもしれないと私は鏡花の蔵書を手にしてひそかに思ったりする。」
「文つづる家は、東側は黒い塀のお屋敷、南は壁でふさがっている。西は一坪半のせまい細長い庭をへだてて、隣家の二階の破目板が直立、北側も小さな路地があって隣家であった。夏、二階の書斎にさす西日をのぞいては、一年中、一日中薄暗い家であった。田舎のような大空はとても望むどころではない。しかし、番町の家には、天界、地界へ通じる抜け道が二か所あった。台所に天窓があって、綱を引くとカタリと廻って、空へ通じる四角な穴が屋根にあく。天窓からは宇宙の彼方までものぞけた。玄関は格子戸だから、天地人の夜昼の精気がすきまをことごとく吹き通る。」




「泉名月さん死去 随筆家

泉名月さん(いずみ・なつき=随筆家、泉鏡花のめい)6日午後11時5分、腎不全のため神奈川県逗子市の自宅で死去、74歳。愛知県出身。葬儀は近親者のみで執り行った。喪主はいとこ岡本卓三(おかもと・たくぞう)氏。
泉鏡花文学賞選考委員を務めていた。」

2008/07/11 19:35 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200807/CN2008071101000922.html



































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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