吉岡実 『ムーンドロップ』

「遙かな(狭間)に
           (白波)が見える
                       「どうでもいいの
                            どうでも」

(吉岡実 「ムーンドロップ」 より)


吉岡実 
『ムーンドロップ』


書肆山田 
1988年11月25日 初版第1刷発行
137p 初出一覧2p 
22.5×14.5cm 
丸背布装上製本 函 
定価2,800円
装幀: 吉岡実
装画: 西脇順三郎



表題作「ムーンドロップ」は「題名と若干の章句をナボコフ『青白い炎』(富士川義之訳)から借用。」
本体布表紙には西脇順三郎によるイラストが箔押しされていて、やや厚めの半透明紙カバーがかけられています。


吉岡実 ムーンドロップ 01


帯文:

「バルテュス、クロソウスキー、ベーコンらの作品に穿孔する詩語――絵画の内側で踠くものたちをひき伴れ、画面の底に身を潜めるものたちを揺さぶり、画布の背後にもうひとつの宇宙をゆらぎ立たせる詩篇群

初秋の街路を
(黄金の果物)を抱えた
(少年)が通り
(模造板)にのせられた
(死者)が通って行く」



帯背:

「新詩集」


吉岡実 ムーンドロップ 02


目次 (初出):

産霊(むすび) (「ユリイカ」臨時増刊 1986.11)
カタバミの花のように (「朝日新聞」 1985.7.26夕刊 改作)
わだつみ (「毎日新聞」 1985.1.5夕刊)
聖童子譚 (「ユリイカ」臨時増刊 1984.11)
秋の領分 (小沢純展パンフレット 1985.9.17 改作)
薄荷 (『四谷シモン 人形愛』 1985.6)
雪解 (「文学界」 1986.1)
寿星(カノプス) (「海燕」 1986.1)
銀幕 (梅木英治銅版画集『日々の惑星』 1986.9)
ムーンドロップ (「潭」2 1985.4)
叙景 (「現代詩手帖」 1986.8 改作)
聖あんま断腸詩篇 (「新潮」 1986.6)
睡蓮 (「海燕」 1987.11)
苧環(おだまき) (「花神」2号 1987.8)
晩鐘 (「新潮」 1988.5 千号記念号)
青空(アジュール) (「文学界」 1988.1)
銀鮫(キメラ・ファンタスマ) (「ユリイカ」臨時増刊 1987.11)
鵲 (「毎日新聞」 1987.12.28夕刊)
[食母]頌 (「中央公論」 1988.10文芸号)



吉岡実 ムーンドロップ 03



◆本書より◆


「カタバミの花のように」より:

「涼しい風のひるさがり
              兎を抱いて少女が来る
わたくしは紅茶を啜り
             「事物と密着した部分へ
                            指を差し入れる」
蝉がジージー鳴く
           竹すだれを透かして眺めよ
   「肉体という
          広大なる風景」」



「寿星(カノプス)」より:

「「兄の寂寞を
         妹が慰める」
                 (ハーベスト・ムーン)
(秋の満月)
       「眠れるものなら
                 とっくに
        眠っているよ」」



吉岡実 ムーンドロップ 04













































































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吉岡実 『夏の宴』

「濡れたり乾いたり
それは外側から縮小してゆき
やがて草むらに
蛇のごとく消える」

(吉岡実 「部屋」 より)


吉岡実 
『夏の宴』


青土社 
1979年10月20日印刷
1979年10月30日発行
165p 初出誌紙一覧1p 
22.5×14.8cm 
丸背紙装(背布)上製本 貼函 
定価1,800円
装画: 西脇順三郎



吉岡実「西脇順三郎アラベスク」(『「死児」という絵』所収)より:

「この秋、私は新しい詩集《夏の宴》を出した。この本は、西脇順三郎先生の軽妙な二枚の絵で飾られている。友人・知己の礼状の多くは、詩のことには触れずに、装幀のよさばかり讃えているので、私は苦笑した。
 今度の詩集の題名には、少しばかり迷ったが最終的には《夏の宴》と決めた。これは西脇先生に捧げた詩であり、自信作であったからでもある。それを口実に、私は西脇先生に装画をお願いした。
 ある一日、私は絵の具、紙、筆を持って中目黒の仮寓へ行った。代々木上原のお宅は、改築中なので、夏以来親類のこの家で、西脇先生は暮されているのだった。日本画の筆を使われ、私の目の前で、三人の女神が裸で踊っている絵を描かれた。それはまさに、私の詩にふさわしいエロチックな風情があった。
 《夏の宴》――西脇先生はこれは〈えん〉かね、それとも〈うたげ〉かねと言われた。私は自然に〈うたげ〉ですと答えた。〈えん〉が良いよと断定された。だからこの詩集は〈なつのえん〉ということになる。」



吉岡実 夏の宴 01


帯文:

「聖なる猥褻や厳粛なる人間喜劇の彼方に、死とエロスの混淆する暗黒の祝祭空間を凝視め、自他の声を溶暗する新しい言語関係を創出して、現代詩に未踏の新領土を拓いた問題の新詩集。」


吉岡実 夏の宴 02


帯背:

「《サフラン摘み》以後の
最新詩篇」



吉岡実 夏の宴 03


吉岡実 夏の宴 04


目次:

楽園
部屋

子供の儀礼
異邦
水鏡
晩夏

草の迷宮
螺旋形
形は不安の鋭角を持ち……
父・あるいは夏
幻場
雷雨の姿を見よ

織物の三つの端布
金柑譚
使者
悪趣味な春の旅
夏の宴

夢のアステリスク
詠歌
この世の夏
裸子植物
謎の絵
「青と発音する」
円筒の内側



吉岡実 夏の宴 05



◆本書より◆


「楽園」より:

「私はそれを引用する
他人の言葉でも引用されたものは
すでに黄金化す」



「子供の儀礼」より:

「わたしは複雑なものは嫌いだ
単純なものは
月の光を浴びてよく見える」



「晩夏」より:

「夏きたりなば
母親はプリーツのスカートを
ひらひら波うたせつつ
水玉を産む
ごつごつした岩棚の下に
次に美しい息子を産む
緑の海草の中に
これこそ人間が行う遊戯の一つ」



「螺旋形」より:

「ある種の娘は股の間から
赤い腸や紐を垂らし
人の子を誘惑するんだ」



「使者」より:

「ひとつの人格が崩れ
百合の花は開花し
両性具有の霊を受胎する」



「野」より:

「自己か他者
「いずれかが幽霊である」」




































































吉岡実 『「死児」という絵』

「或る日、美術雑誌を見ていると、奇妙な絵があった。それには(スタンチッチ 死児 一九五五)と小さく印刷されていた。啓示! とはおおげさだが、私はこの時「私の戦中戦後」を「死児」という題名で書くことにしたのである。」
(吉岡実 「「死児」という絵」 より)


吉岡実 
随想集
『「死児」という絵』


思潮社 
1980年7月1日発行
345p 初出一覧3p 
菊判 丸背布装上製本 貼函 
定価2,900円
装幀: 吉岡実
装画: M・スタンチッチ「死児」



本書「あとがき」より:

「これは私の最初の散文集である。とにかく文章を書くことが苦手で、やむをえぬ事情で、依頼を拒むことが出来ず、それに応えてものした文章ばかりである。いずれの小品も、事実の経由を綴った、日常反映の記録にすぎない。」


詩人・吉岡実のエッセイ集。のち筑摩叢書版も出ていますが、内容に異同があるようです。


吉岡実 死児という絵 01


帯文:

「待望久しい全エッセイ集
特異な詩的世界を構築しつづけて注目される著者が、1955年から現在まで折々に書いたエッセイのすべてを収録した画期的刊行。詩・短歌・俳句の人と作品論から自作・身辺・旅などに関して、鋭く事実を見つめ、飾らない率直な文体で綴り、人柄が浮彫りされる大冊。」



帯背:

「全随想集」


帯裏:

「ラドリオで伊達得夫が待っていた。私は「死児」を渡して、息をつめる。長い時間が必要だ、「死児」を読むためには。伊達得夫は重い口調で云った。

古代の未開地で
死児は見るだろう
未来の分娩図を
引き裂かれた母の稲妻
その夥しい血の闇から
次々に白髪の死児が生まれ出る

ここがとてもいいなあと云った。そして、彼のとなりにいた男に渡した。男は一通り読むと、黙って「死児」を伊達得夫へ返した。……
(本書より)」



目次 (初出):

I
私の生まれた土地 (「詩と批評」 1967年5月号)
あさくさの祭り (「俳句とエッセー」 1977年10月号)
好きな場所 (「風景」 1968年3月号)
日記抄 (「詩と評論」 1967年9月号)
『プロヴァンス随筆』のこと (「文藝」 1969年5月号)
懐かしの映画 (「ユリイカ」 1966年6月号)
蜜月みちのく行 (筑摩書房労組機関紙「わたしたちのしんぶん」 1959年6月10日)
大原の曼珠沙華 (「三田文学」 1962年1月号)
阿修羅像 (「草月」112号 1977年6月)
高遠の桜のころ (「鷹」 1976年4月号)
小鳥を飼って (「ユリイカ」 1971年4月号)
飼鳥ダル (「朝日新聞」 1973年6月2日)
わが鳥ダル (「群像」 1975年2月号)
ひるめし (「あさめし ひるめし ばんめし」11号 1977年6月)
本郷龍岡町界隈 (「旅」 1978年12月号)
受賞式の夜 (「東京新聞」 1977年2月8日)
済州島 (筑摩書房労組機関紙「わたしたちのしんぶん」 1955年8月20日)
軍隊のアルバム (筑摩書房労組機関紙「わたしたちのしんぶん」 1967年5月20日)
*
突堤にて (「現代詩」 1962年1月号)

II
読書遍歴 (「週刊読書人」 1968年4月8日)
女へ捧げた三つの詩 (「現代の眼」 1961年11月号)
救済を願う時 (「短歌研究」 1959年8月号)
「死児」という絵 (「ユリイカ」 1971年12月号)
詩集・ノオト (「詩学」 1959年4月号)
わが処女詩集 《液体》 (「現代詩手帖」 1978年9月号)
新しい詩への目覚め (「現代詩手帖」 1975年9月号)
「想像力は死んだ 想像せよ」 (「現代詩手帖」 1977年5月号)
手と掌 (イメージの冒険③『文学』 1978年8月)
わたしの作詩法? (『詩の本』Ⅱ 1967年11月)

III
《花樫》 頌 (「コスモス」 1972年11月号)
永田耕衣との出会い (「銀花」 1971年9月秋季号)
耕衣秀句抄 (『俳句の本』 1980年4月)
富澤赤黄男句集 《黙示》 のこと (「俳句」 1962年1月号)
誓子断想 (『山口誓子全集』第8巻月報 1977年8月)
高柳重信・散らし書き (『現代俳句全集』第3巻 1977年11月)
枇杷男の美学 (『現代俳句全集』第5巻 1978年1月)
回想の俳句 (「朝日新聞」 1976年7月4日、11日、18日、25日)
兜子の一句 (「渦」 1978年12月号)
私の好きな岡井隆の歌 (『現代短歌大系』第7巻月報 1971年10月)
遥かなる歌 (『石川啄木全集』第4巻月報 1980年1月)
孤独の歌 (『短歌の本』I 1979年10月)
*
変宮の人・笠井叡 (「ANDROGYNY DANCE」1号 1968年8月)
画家・片山健のこと (「文學界」 1979年9月号)
昆虫の絵 (難波田龍起自選展パンフレット 1974年6月)
月下美人 (「群像」 1977年12月号)
和田芳恵追想 (「新潮」 1978年7月号)

IV
会田綱雄 『鹹湖』 出版記念会記 (筑摩書房労組機関紙「わたしたちのしんぶん」 1957年5月17日)
田村隆一・断章 (「ユリイカ」 1973年5月号)
白石かずこの詩 (「現代詩手帖」 1968年4月号)
少女・金井美恵子 (現代詩文庫『金井美恵子詩集』 1973年7月)
出会い (現代詩文庫『加藤郁乎詩集』 1971年10月)
奇妙な日のこと (『三好豊一郎詩集』折込 1975年2月)
大岡信・四つの断章1・2 (「ユリイカ」 1976年12月号)
大岡信・四つの断章3・4 (『大岡信著作集』第14巻月報 1978年3月)
飯島耕一と出会う (「四次元」7号 1978年8月)
不逞純潔な詩人 (「週刊読書人」 録丸1960年9月12日)
吉田一穂の詩 (『定本吉田一穂全集』第1巻付録 1979年5月)
木下夕爾との別れ (「朝日新聞」 1979年5月18日)
瀧口修造通夜 (「ユリイカ」 1979年8月号)
西脇順三郎アラベスク 1 (『西脇順三郎全集』第7巻月報 1972年4月)
西脇順三郎アラベスク 2~6 (『西脇順三郎詩と評論』第6巻付録 1975年10月)
西脇順三郎アラベスク 7 (「東京新聞」 1980年10月24日)
西脇順三郎アラベスク 8 (西脇順三郎詩集『人類』付録 1979年6月)
西脇順三郎アラベスク 9 (「日本近代文学館」53号 1980年1月15日)



吉岡実 死児という絵 02



◆本書より◆


「私の生まれた土地」:

「本所業平で生まれた。おそらくドブ板のある路地の長屋であったろう。近くに大きな製氷工場があったと聞く。そこで関東大震災に遭遇した。火の海のなかで燃える氷の山。
 それから本所駒方で少年時代をすごした。塀のある二軒長屋。小さな庭で、母は小さな植木を丹精していた。
 水戸様(隅田公園)へ遊びに行き、透明なエビを釣ったり、隅田川の岸の石垣の間でカニをつかまえたりした。大河原屋というイモ屋で尻をカマであたためながら、ガキ大将として暮した。篠塚の地蔵サマの縁日の夜は十銭の小遣いをたのしく使った。星乃湯の女湯をのぞいた。高等小学校のころから、厩橋に移った。奉公に行き、そして兵隊に行き、生まれ故郷本所という土地を失った。」



「小鳥を飼って」より:

「――ミソー(私の呼称)、鳥が飼いたいなあ
 突然妻が云いだした。妻は生来、蛾・蝶・鳥がきらいなので、私は驚く。
――ミソー、どんな鳥がよいか、云ってみなよ!
――大きいのがいいぞ、猫ぐらいのが。キボーシインコか、キバタンオウムはどうだろう?
――ミソー、それらオウムは、鳥の本をみると、七、八十年生きるんだよ、われら二人の死後も生きつづけるんだよ、後に託すべき子孫もないし
――気味がわるい 哀れでもあるな
――ミソー、むかし数寄屋橋の阪急のウインドにいたキレイナ鳥がほしい
 十年ぐらい前、阪急百貨店のウインドいっぱいに、いろんな小鳥を放っていたのを想い出す。美しい少女がエプロン姿で、肩や髪に青や黄色の小鳥をとまらせ、しなやかな手から餌を与えているのが夢の絵のように見えた。
――ミソー、猫の一周忌も過ぎたし、今日買いにゆこうよ
 それから小鳥屋、デパートを巡礼よろしく探し廻って、二人の中の青い鳥――キエリクロボタンという可憐な一番を買った。セキセイインコより大型で、頭は濃茶で、胸毛がオレンジ的黄色、全体がうす綠で、黒い目を白い輪がとりまいて、玩具のような小鳥。カリフォルニアでこの春うまれたらしい。
――ミソー、水入、ボレーコ入、餌入、餌、どれも小さくておもしろい
――ミソー、キエリクロボタンはカワイイな、カワイイな カワイイなカワイイな
 秋近く、気温の変化か、病気か、妻の万遍ものカワイイなの呪文で、一羽が落鳥。妻は泪ぐむ。
――落鳥とはいい言葉だ
 小鳥屋もペット医者も異口同音に、一番の一羽が死ぬと、残った一羽もかならず後を追うという。それから一ヵ月目に生ける一羽も落鳥。最後までいずれが牡牝か不明だった。考えてもみなかったロマンチックな生物の世界。私も妻も、ささやかではあるが、「何かを発見」したかも知れない。」
























































『吉岡実詩集』 (普及版)

「わたしは犬の鼻をなめねばならぬ
あたらしい生涯の堕落を試みねばならぬ
おびただしい犬の排泄のなかで」

(吉岡実 「犬の肖像」 より)


『吉岡実詩集』 
普及版


思潮社 
1970年2月15日 発行
1977年1月20日 第3刷発行
341p 
22.8×14.2cm 
並装(フランス表紙) 函 
定価2,000円
ブックデザイン: 杉浦康平



著者によるあとがき「詩集・ノオト」より:

「この詩集には、《静物》・《僧侶》・《紡錘形》、それに未刊詩集《静かな家》などの戦後十七年間のわたしの全詩篇を収めている。唯一の戦前の詩集《液体》は割愛すべきであつたが、二、三の友人のすすめにしたがつて若干を残した。編集統一のために、このほか五、六篇と歌集《魚藍》を除外している。」


吉岡実詩集 01


帯文:

「吉岡実(高見順賞受賞詩人)の
五冊の詩集を網羅
独自な感受性の尾を垂らし、粘液質の絢爛無残な幻想を増殖しながら、抜群の美学に彩られた無間地獄を展開する著者の処女詩集『液体』及び『静物』『僧侶』『紡錘形』『静かな家』全篇。」



帯背:

「本年度 高見順賞受賞詩人」


帯裏:

「彼の詩は、非常にとおくから、あるいは極端に近くから、物や人間を見ている視点から出てくる。彼は見る人であり、触れる人である。……彼の詩は、難解で特殊に見えても、普遍性を極端に求める。
――飯島耕一――」



吉岡実詩集 02


目次:

1 静物 1949―55
 静物
 静物
 静物
 静物
 或る世界
 樹
 卵
 冬の歌
 夏の絵
 風景
 讃歌
 挽歌
 ジャングル
 雪
 寓話
 犬の肖像
 過去

2 僧侶 1956―58
 喜劇
 告白
 島
 仕事
 伝説
 冬の絵
 牧歌
 僧侶
 単純
 夏
 固形
 回復
 苦力
 聖家族
 喪服
 美しい旅
 人質
 感傷
 死児

3 紡錘形 1959―62
 老人頌
 果物の終り
 下痢
 紡錘形Ⅰ
 紡錘形Ⅱ
 陰画
 裸婦
 編物する女
 呪婚歌
 田舎
 首長族の病気
 冬の休暇
 水のもりあがり
 巫女
 鎮魂歌
 衣鉢
 受難
 狩られる女
 寄港
 灯台にて
 沼・秋の絵
 修正と省略

4 静かな家 1962―66
 劇のためのト書の試み
 無罪・有罪
 珈琲
 模写
 馬・春の絵
 聖母頌
 滞在
 桃
 やさしい放火魔
 春のオーロラ
 スープはさめる
 内的な恋唄
 ヒラメ
 孤独なオートバイ
 恋する絵
 静かな家

5 液体 1940―41
 挽歌
 蒸発
 牧歌
 乾いた婚姻図
 忘れた吹笛の抒情
 風景
 花遅き日の歌
 液体Ⅰ
 液体Ⅱ
 午睡
 灯る曲線
 夢の飜訳

あとがき――詩集・ノオト
略歴



吉岡実詩集 03



◆本書より◆


「呪婚歌」:

「わたしたちの今夜というこの時
この日という雨と春
おごそかな寺院の偶像を骨ぬきにした後
卓子をゆくりなく円いものと感じて
その下に集る脚の空間に
なやましい川のながれを見た
ふれるならば刑罰されて死んだ犬猫
つかむならば炎える夥しい藁の束
わたしたちは斜の板へともに並んで寝て
にんじんを噛みながら流れる
大勢の人の微笑
またはまれなる憎悪と風
わたしたちの皮膚のつめたいことを
たがいの欺むかぬ証しとせよ
手と手 腸と腸から
つねにはみだすオレンジ
その果肉の濡れに導かれて
測り知れぬ愛
観念から行為へ
暗転する太陽その次は薄明
わたしたちの氷る全身に浴せられた
花は死ぬものの嫉妬
しばらくは香気を放ちやがては窒息をねがう
黙示の寝床
われた蛇の卵 麦粒
紡がれた陰毛の糸車
かぶさる毛布類
つもる塵 のびる植物勢
むらがる蜂の針を女の肉へ打つ
否 否
加えるものは
わたしたちの小部屋を彩る
謀術はないのか
パンと牛乳のほかには
純粋な浪費の舞踏する幻のかまきりたち
如露の世界に閉じこめられた
わたしたちの後宮の庭
他人のさわがしい子供が集る
ちんば めつかち 象皮病
それらの眼の油はたぎり
大理石の柱のかげからのぞく
禁欲の衣を次々と沈める海溝
わたしたちに飛躍があるだろうか
華美なさかだち
慈悲ふかい骸骨の抱擁の果に
富を抛棄して貧を養う
それ以外のなにが与えられよう
ともに裸の秤
共犯とはかかる状況
かかる矜りのむなしい愛であり
つきすすむ水路の星座
その吸盤の邦で
甘い罪のながい涎を
わたしたちは飲みつづけた
近代装飾の洞穴のおくふかく
裂かれた兎を耳からつるす
この高揚の月の出
わたしたちも同時に
吟味され照らされる
わたしたちの立ちあがつた場所
つねに灰いろの綿毛を舞い上らせて
わたしたちの心と肉の陰画
わたしたちの半面頭に
ねずみ泣きのねずみを二匹棲まわせて
予言される
一人の男として煉瓦をつみ上げ
一人の女として水をかき廻す
悪夢の絵具にくまどられて生きると
永遠がなければ次永遠に
蓋せられた音楽」



「僧侶」:

「1

四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自涜
一人は女に殺される

2

四人の僧侶
めいめいの務めにはげむ
聖人形をおろし
磔に牝牛を掲げ
一人が一人の頭髪を剃り
死んだ一人が祈祷し
他の一人が棺をつくるとき
深夜の人里から押しよせる分娩の洪水
四人がいっせいに立ちあがる
不具の四つのアンブレラ
美しい壁と天井張り
そこに穴があらわれ
雨がふりだす

3

四人の僧侶
夕べの食卓につく
手のながい一人がフォークを配る
いぼのある一人の手が酒を注ぐ
他の二人は手を見せず
今日の猫と
未来の女にさわりながら
同時に両方のボデーを具えた
毛深い像を二人の手が造り上げる
肉は骨を緊めるもの
肉は血に晒されるもの
二人は飽食のため肥り
二人は創造のためやせほそり

4

四人の僧侶
朝の苦行に出かける
一人は森へ鳥の姿でかりうどを迎えにゆく
一人は川へ魚の姿で女中の股をのぞきにゆく
一人は街から馬の姿で殺戮の器具を積んでくる
一人は死んでいるので鐘をうつ
四人一緒にかつて哄笑しない

5

四人の僧侶
畑で種子を播く
中の一人が誤って
子供の臀に蕪を供える
驚愕した陶器の顔の母親の口が
赭い泥の太陽を沈めた
非常に高いブランコに乗り
三人が合唱している
死んだ一人は
巣のからすの深い咽喉の中で声を出す

6

四人の僧侶
井戸のまわりにかがむ
洗濯物は山羊の陰嚢
洗いきれぬ月経帯
三人がかりでしぼりだす
気球の大きさのシーツ
死んだ一人がかついで干しにゆく
雨のなかの塔の上に

7

四人の僧侶
一人は寺院の由来と四人の来歴を書く
一人は世界の花の女王達の生活を書く
一人は猿と斧と戦車の歴史を書く
一人は死んでいるので
他の者にかくれて
三人の記録をつぎつぎに焚く

8

四人の僧侶
一人は枯木の地に千人のかくし児を産んだ
一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた
一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で
死せる者千人の足生ける者千人の眼の衡量の等しいのに驚く
一人は死んでいてなお病気
石塀の向うで咳をする

9

四人の僧侶
固い胸当のとりでを出る
生涯収穫がないので
世界より一段高い所で
首をつり共に嗤う
されば
四人の骨は冬の木の太さのまま
縄のきれる時代まで死んでいる」



Follower of Martin Van Cleve - Four Monks Singing

マルテン・ファン・クリーフ派の画家による「歌う四人の僧侶」。











































『現代の詩人 1 吉岡実』

「大きなよだれかけの上に死児はいる
だれの敵でもなく
味方でもなく」

(吉岡実 「死児」 より)


『現代の詩人 1 
吉岡実』

編集: 大岡信・谷川俊太郎
鑑賞: 高橋睦郎

中央公論社 
昭和59年1月10日 初版印刷
昭和59年1月20日 初版発行
237p 口絵(モノクロ写真)8p 
18×12.5cm 
丸背バクラム装上製本 函 
定価1,500円
装幀: 安野光雅
写真: 渡辺兼人



吉岡実の詩と散文の選集。高橋睦郎による作品鑑賞、金井美恵子による人物エッセイ。
巻頭に詩句をあしらったイメージ写真、本文は上段に詩、下段に観賞(緑文字)、巻末に作家論と年譜、というように、同社の「日本の詩歌」シリーズの現代版を意図した編集になっています。


吉岡実 現代の詩人 01


吉岡実 現代の詩人 02


吉岡実 現代の詩人 03


目次:
 

 『静物』
  静物
  挽歌
  雪
  寓話
  犬の肖像
 
 『僧侶』
  牧歌
  僧侶
  夏――Y・Wに
 苦力
 聖家族
 死児
 
 『紡錘形』
  紡錘形Ⅰ
  紡錘形Ⅱ
  田舎
 
 『静かな家』
  聖母頌
 
 『神秘的な時代の詩』
 立体
 聖少女
 夏の家
 三重奏
 
 『サフラン摘み』
  サフラン摘み
  タコ
  マダム・レインの子供
  わが家の記念写真
  ルイス・キャロルを探す方法
  草上の晩餐
  田園
  フォーサイド家の猫
  動物
  舵手の書
  ゾンネンシュターンの船
  示影針(グノーモン)
  カカシ
  少年
 
 『夏の宴』
  楽園
  部屋
  晩夏
  父・あるいは夏
  幻場
  雷雨の姿を見よ
  織物の三つの端布
  悪趣味な春の旅
  夏の宴
  野
  謎の絵
  円筒の内側
 
散文
 日記抄――一九六七
 懐しの映画――幻の二人の女優
 読書遍歴
 女へ捧げた三つの詩
 
自作について
 沼・秋の絵
 静かな家
 青い柱はどこにあるか?
 
肖像
 吉岡実とあう (金井美恵子)
 
年譜 (著者自筆)



吉岡実 現代の詩人 04


「ここではひとは真に見てはいない
表面
表面的
表面化する」

(「織物の三つの端布」より)


吉岡実 現代の詩人 05


「恋する三匹の猫の神話を――人は
 知っているだろうか
「黄金では爪がとげない 太い木の
 柱がほしいよ」」

(「フォーサイド家の猫」より)


吉岡実 現代の詩人 06


「風景に期待してはならない
距離は狂っている」

(「雷雨の姿を見よ」より)


吉岡実 現代の詩人 07



◆本書より◆


『神秘的な時代の詩』より「聖少女」:

「少女こそぼくらの仮想の敵だよ!
夏草へながながとねて
ブルーの毛の股をつつましく見せる
あいまいな愛のかたち
中身は何で出来ているのか?
プラスチック
紅顔の少女は大きな西瓜をまたぎ
あらゆる肉のなかにある
永遠の一角獣をさがすんだ!
地下鉄に乗り
哺乳ビンを持って
ぼくら仮想の老人の遥かな白骨のアーチをくぐり
冬ごもる棲家へ
ハンス・ベルメールの人形
その球体の少女の腹部と
関節に関係をつけ
ねじるねじる
茂るススキ・かるかや
天気がよくなるにしたがって
サソリ座が出る
言葉の次に
他人殺しの弟が生まれるよ!」
































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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