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『エリック・サティとその時代展』 (2015年)

「「サール」ペラダンとの結びつきを絶ち、さらにシュザンヌ・ヴァラドンとの関係を終わらせたサティは、同時代の人々からどうも認められていないのではないかという疎外感を癒してくれるものを求めていた。そこで1893年10月15日に設立したのが「導き手イエスの芸術大司教座教会」で、目的は「音楽と絵画で社会と戦う」ことであった。」
(『エリック・サティとその時代展』 作品解説より)


『エリック・サティと
その時代展』

ERIK SATIE ET SON TEMPS


編集: Bunkamura ザ・ミュージアム/浜松市美術館/アートインプレッション
制作: 印象社
発行: アートインプレッション
2015年
171p+3p
26×19cm 並装(フランス表紙)
頒価2,600円(税込)
デザイン: 梯耕治


2015年7月8日―8月30日
Bunkamura ザ・ミュージアム
2015年9月12日―11月1日
浜松市美術館



出品116点(図版161点)。参考図版(モノクロ)9点。

ヤフオクストアでCD付のが1,650円(送料込)で出品されていたのを落札しておいたのが届いたのでよんでみました。
付録CDに収録されているのはクラーラ・ケルメンディによるピアノ曲演奏と、カルタンバック指揮「パラード」で、どちらもそれぞれナクソスからリリースされているCDからの抜粋なので、なくてもかまわないですが、しかし元々付いていたものはやはりあったほうが気持ち的にあれなのではないでしょうか。



エリック・サティとその時代 01



目次:

謝辞
Remerciments
ごあいさつ
Avant-Propos

オンフルールからアルクイユへ――エリック・サティの肖像 (ミシュラ・ニコライ/高木麻紀子 訳)
モンマルトルの世紀末 (フィリップ・デニス・ケイト/宮澤政男 訳)

カタログ (章解説: ミシュラ・ニコライ(宮澤政男 訳)/作品解説: ミシュラ・ニコライ、フィリップ・デニス・ケイト(宮澤政男 訳)、黒田和士)
1 モンマルトルでの第一歩
Les débuts montmartrois
2 秘教的なサティ
Esotérik Satie
3 アルクイユに移って
Vers Arcueil
4 モンパルナスのモダニズム
Vers le modernisme de Montparnasse
コラム: 『パラード』の実現まで (黒田和士)
コラム: ブランクーシのアトリエと《ソクラテス》 (黒田和土)
5 サティの受容
La réception de Satie

エリック・サティ『スポーツと気晴らし』
Erik Satie, *Sports et Divertissements*

エリック・サティ年譜
主要参考文献

D'Honfleur à Arcueil: portrait d'Erik Satie (Michela Niccolai)
Montmartre: Fin-de-Siécle (Phillip Dennis Cate)

出品リスト




エリック・サティとその時代 02



◆本書より◆


「オンフルールからアルクイユへ――エリック・サティの肖像」(ミシュラ・ニコライ)より:

「サティのシルエットとその音楽作品とは切り離すことができない。ベルベットの優雅な衣装(彼は同じ衣装を何着も持っていた!)、付け襟、杖、そして山高帽は、《ジムノペディ》の楽曲と同じくらい有名である。そして彼自身、その人となりをミステリアスなままに留め、私生活を見せることを一切許さなかった。作曲家の2つの棲家――モンマルトルのコルトー通り6番地の「独房」、アルクイユのコシー通り22番地のコクトー曰く「殺人のあった部屋」――はほとんど強迫観念ともいえる彼の倹約ぶりを映し出す鏡となっている。オルネラ・ヴォルタは、作曲家の没後の1925年9月10日に封印が解かれた際の後者の住居を、以下のように見事に描写している。

  その扉はぞっとするような光景へと通じていた。水道、ガス、電気はもちろんのこと、快適な設備は一切なく、唯一の窓のガラスは薄汚れ、今や開くことさえできなかった。何だかわからない散らかったがらくたの重なりに沢山の蜘蛛の糸が入り組み、その上には敷き布のない折り畳みベッドと、ペダルが紐で括られた2台のピアノが置かれていた。鍵盤を壁に向けたそのうちの1台は、蓋の下に未開封の手紙の束を収めていた。山積みにされた虫食いのあるまったく同じベルベットの衣装、糊の効いた何十もの付け襟、そのうちのいくつかは未だ包装されたままの数十本の蝙蝠傘、古色を帯びたしかし一応は新聞紙で埃から守られている絵画、そして最後に、黒と朱のインクでびっしりと文字が書かれた極小の紙が、葉巻箱の中に大量に収められていた。これらのアラベスクを判読できて、ようやく驚異の館、存在しない宗教の規律、そして演奏不可能な楽器に関する細かな記述を見出すことが可能となった。

 この陰湿で古ぼけた雰囲気は、社交的な作曲家のイメージはもちろん、その作品が湛える静謐さやアイロニーとも対照的である。しかしエリック・サティ、その実態はいかなるものであろうか。」




エリック・サティとその時代 03


『スポーツと気晴らし』より「ウォーターシュート」。



エリック・サティとその時代 04


コンスタンティン・ブランクーシ「エリック・サティの肖像」(写真)。



エリック・サティとその時代 05


「エリック・サティの山高帽」「エリック・サティの杖」「エリック・サティの付け襟」。





異端の作曲家 エリック・サティとその時代展
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/15_satie/






こちらもご参照ください:

オルネラ・ヴォルタ 監修 『エリック・サティ展』 (2000年)
Kevin McDermott 『Elephant House: or, the home of Edward Gorey』
『生誕100年記念 ジャン・コクトー展』 (1988年)
マン・レイ 『マン・レイ自伝 セルフ・ポートレイト』 千葉成夫 訳
伊福部昭 『音楽入門』 (角川ソフィア文庫)
『定本 久生十蘭全集 7』



















































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ジャン・コクトー 『エリック・サティ』 坂口安吾・佐藤朔 訳 (新版)

僕たちは音楽のパンが欲しいのだ。
(ジャン・コクトー 「雄鶏とアルルカン」 より)


ジャン・コクトー 
『エリック・サティ』 
坂口安吾・佐藤朔 訳
 


発行: 深夜叢書社
発売: 東京音楽社
昭和61年12月10日 新版第5刷
94p 
四六判 角背紙装上製本 カバー
定価1,600円
装幀: 末永隆生
挿画: ピカソ/ピカビア/コクトー/サティ



初版は1981年刊行、本書は新装版です。本文中図版11点。


コクトー サティ 01


カバー文:

「梨の形をした異端の作曲家
 鳩と貝殻と薔薇と夢と天地とアルルカンの詩人コクトオは処女音楽論「雄鶏とアルルカン」でサティの名を高々とかかげ新しい音楽の生誕を告知した。サティ没後51年、本書は同論文に「エリック・サティ」「サティ讃」「サティの手本」など、コクトオの論じたサティに関する全てのエッセイ、詩を初めて一本に集成した。自らを異端の作曲家サティに擬し、落伍者(ラテ)をもって任じた道化と破壊の無頼派坂口安吾は昭和6年5月、同人誌『青い馬』に於て「音楽に於て我々は世界中で唯一人サティを選ぶ……」と宣し、コクトオの翻訳を試み、合わせてサティに関する文献と補註を附した。この先駆的営為に中島晴子氏の入念な年譜を収録。」



目次:

雄鶏とアルルカン――音楽をめぐるノオト (1918年) (佐藤朔 訳)
エリック・サティ (1919年) (坂口安吾 訳・補註)
エリック・サティの手本 (1925年) (佐藤朔 訳)
「パラアド」の合作――雑誌「南北」の主筆ポオル・デルメへの手紙 (1917年) (佐藤朔 訳)
略年譜 (中島晴子)
資料 エリック・サティ礼讃 (詩) (堀口大學 訳)



コクトー サティ 02



◆本書より◆


「雄鶏とアルルカン」より:

「☆すべての《何某万歳》には《何某くたばれ》がつきものだ。――《何某くたばれ》の勇気がなくてはいけない。さもないと折衷主義になってしまう。」

「☆サティのような人間の、底知れぬオリジナリテは、若い音楽家たちに彼ら自身のオリジナリテを抛棄しなくてもいいという教訓をあたえる。ワアグナアやストラヴィンスキイは、それにドビュッシイも、すぐれた蛸である。彼らに近づく者は、その触手から逃れるために一苦労する。サティは各人が自由に自分の(引用者注: 「自分の」に傍点)足跡を残せる、白い路を示してくれる。」

「☆雲や、波や、水族館や、水の精や、夜の香などは、もう沢山だ。僕たちには地上の音楽、「日常の音楽」が必要なのだ。」

「☆《公衆が君に向って非難する点を育て給え。それが君だ。》
 この考えをよく頭の中に入れておき給え。この忠告はポスターのように書いておく必要がある。」

☆智慧の極限、それは公衆が狂気と名づけているものである。

「☆独創的な芸術家は、模写することができない。つまり独創的になるために、模写するにすぎない。」



坂口安吾による「エリック・サティ」訳者補註より:

「サティは言った。『芸術への精進(エキゼルシス)は、絶対の拒否の中に生活するように、我々をうながす』と。そして彼は、常にこの拒否の中に生活し、最も純粋な、そして最も厳粛な音楽をつくった。そして、人を笑わせるために、そして人を笑うために、道化た題名をつけた。だから人々は苦虫の陰にある透明な彼の魂を気づかずに、いつも笑っていた。(マキシム・ジャコブ、『サティの教訓』 Vigile, deuxième cahier 所載、より)」

「サティはいつも聴衆の先に立っていた。聴衆がようやく彼を理解し初めると、彼は忽然と、もう一歩先へ身を躍らせてしまう。そして彼は生涯ほがらかに落伍者の生活をつづけた。」

「オオリックは彼の Livre de la voie に書いている。
 『我々はサティの『簡潔さ』の教訓が必要であった。三十本の輻は車輪を形造る。しかし車輪をして車輪の用をなさしめるものは中軸の中の空洞(ウツロ)な部分である。又壺は、壺の空洞な部分によってその効用を果す。そして部屋は又、その空洞なる故以を以て部屋の用を果すのである。かように『存在するもの』は一つの利益ではあるけれど、効用は常に『存在しないもの』によって作られる。ドビュッシイの音楽は完成した形を我々に示す。それは在るところの音楽である。これに反して、サティの音楽は、全て存在しないところのものによって、我々に有効な音楽である。サティの音楽は表皮を持たない。人々は、その中味に彼の思想を見出す』と。
 サティとコクトオを取りまく六人組(アルチュル・オネガア、ダリウス・ミロオ、ジョルジュ・オオリック、フランシス・プウランク、ジェルメエヌ・タイユフェル、ルイ・ジュレエ)の人々は、全く別々の道を歩く人であることを我々は知っている。彼等の表現は少しも似ていない。そしてその意味に於て、それは一派とは言い難い。しかし彼等はただ一つの点に於て――そして最も重大な点に於て、同じ道を歩いていた。それはオオリックのいわゆるサティの教訓が必要であった』ことである。そして六人は、サティの表皮を学ばずに、中味の、サンプリシテの教訓を学んだ。」



コクトー サティ 03




こちらもご参照ください:

『ジャン・コクトー全集 第四巻 評論 1
秋山邦晴 『エリック・サティ覚え書』













































マルク・ブルデル 『エリック・サティ』 高橋悠治・岩崎力 共訳 (アール・ヴィヴァン選書)

「それにしてもとにかく家具の音楽を実現しなくてはならない。つまり周囲を取りまく雑多な音を考慮に入れる音楽を。それは旋律の美しい音楽で、ナイフやフォークの音を和らげるはずだ。それを圧倒したり、自分を押しつけたりするのではなしに。それに会食者たちに沈黙が重く落ちかかるような時には、その場の飾りにもなるはずだ。ありふれたつまらなさから彼らを救うはずだ。それに容赦なくその場に飛び込んでくる街の騒音を中和してくれるはずだ。」
(エリック・サティ)


マルク・ブルデル 
『エリック・サティ』
高橋悠治・岩崎力 共訳

アール・ヴィヴァン選書

リブロポート 
1984年7月10日 発行
246p(うち口絵1葉) 
A5判 並装 カバー 
定価2,500円
編集: アール・ヴィヴァン
造本装幀: 戸田ツトム
口絵(「サティの生家」)撮影: 薩めぐみ



Marc Bredel: Erik Satie, Ed. Mazarine, Paris, 1982
第一部は年譜。第二部は評伝。第三部は作品解説。翻訳は第一部が高橋悠治、第二部・第三部が岩崎力。
著者ブルデルに関しては詳細不明です。


ブルデル エリックサティ 01


目次:

第一楽章
1866年→1925年

第二楽章
アルクイユのエリック・サティ――喜劇役者と殉教者

第三楽章
サティの作品

あとがき (岩崎力)



ブルデル エリックサティ 02


口絵。「サティの生家(二階部分)。建物の右端に「中世の石」が見える。」



◆本書について◆


「万が一ある日、お好きな音楽家は? とたずねられても、無邪気にエリック・サティですなどと答えてはいけない。とりわけやってはいけないことだ! そんな返事をしたために結婚話がご破算になるかもしれない、とはいわないまでも、一般教養のテストで何点か損する危険は十分にある。そんな時にはやはり、バッハとかモーツァルトとかベートーヴェンとか答えておくに限る。独創的でないのは確かだし、ある種の階層ならきっと幼稚すぎると思われるだろう。しかしすくなくとも慎ましさは評価されるにちがいない。
 世に公認された音楽学者たちを見るがよい。わけ知りの彼らは、いわば通りすがりに言及するだけであって、個人研究の対象にサティを取り上げるなどという危険を冒したものは稀である。」



著者の文体は、こんな感じで、ひねくれていて、本人はサティ風のつもりなのかもしれないですが、いただけないです。ラカンを援用しつつサティを「偏執狂患者」にしてしまったり(原因はドビュッシーに対する抑圧された「潜在的同性愛」)、「ユニークな存在であること、それが唯一の野心なのだ。/サティは呪われた存在であろうとした。」とか書いたりするのは、アンヌ・レエの本もそうでしたが、サティではなく著者のほうになにか問題がありそうです。



◆本書より◆


「六歳のサティはオンフルールの《プティ・コレージュ》の寄宿舎に入れられる。ノルマンディーの小さな港町を知っているものは、寄宿生というこの身分を聞いて物思いに誘われずにはいられない。事実、祖父母の住むオート通りから《プティ・コレージュ》まで、三百メートルと距ってはいないのだ…… これをみても幼いエリックを取り巻く感情生活がどんなものだったか思いやられる。学校の成績がおよそ凡庸だったからといって驚く気にもならぬ。第八年級の時ラテン語で一番になったことを除けば、彼が人目を引くのは成績によってよりも規律を守らないことによってなのだ。それだけならまだいい……
 しかし祖父がついに、彼が《奇妙に音楽好き》なのに気づき、聖レオナール教会の聖歌隊指揮者ヴィノーにピアノを習わせようと決心する。ヴィノーはエリックに特別な素質があるとは考えず、熱狂は全く身内にとどまる。彼のあだ名は《クランクラン》だったが、これが今知られている最初のあだ名である。他にもいろいろとあり、《アルクイユの善き師匠》とまで呼ばれたが、彼はこのあだ名を墓場まで持って行くことになる。それ以外に家庭ではなにひとつ新しいことは起こらなかった。叔父のアドリヤンはどう言ったらいいかわからぬ人物で、オンフルールでは《海鳥(シー・バード)》と呼ばれ、誰知らぬもののない存在だった。
 伝記作者がサティの奇行ぶりの前例を探す時、目を向けるのはつねにこの叔父である。しかし実は選択の余地があるのだ。母方のほうも、おとなしい気違いに事欠きはしなかった。まず最初にあげられるのは大叔父のマック・コンベイである。彼の特技は、劇場から出て来る人々に道徳を説くちらしを配ることだった……
 確実なのは、オンフルールで《海鳥》が人目を引かないはずはなかったということである。遊び人でぺてん師で怠け者のこの叔父はまさに小説の登場人物であり、真似てはいけない手本のひとつであり、ちゃんとした家庭では絶望の種だが、固苦しい連中が心ひそかに真似たいものだと夢みる、そんな人物であった。
 見かけは常識にさからっていたとはいえ、そのかげにはより陰影に富む人物がひそんでいたように思われる。お気に入りの馬の前で何時間も物思いに耽るかと思えば、ほとんどいつも波止場に繋がれている自分のヨット《ザ・ウェイヴ》号で一日過したりする。ときたま水夫の《ロバの顎》を連れて海に出ることがあっても、ちょっとした漂流者のように、港の外をひとまわりするだけだった。《海鳥》は唯美主義者なのだ。伝説によれば、彼は車をもっていたが、その色彩があまりにもけばけばしかったので、誰ひとりあえて乗ろうとしなかったという。はるかのちにサティが『絵のような子供らしさ』のなかの「大きな階段の段」で描写した階段の原型をそこに見てとる人は多い。
  《大きな、とても大きな階段だ。
  千段以上もある。全部象牙でできている。
  とても美しい。
  傷つけるのが怖くて
  誰も登ろうとしない
 ………》
 この場合、甥のほうが回顧的に叔父を色褪せさせているのかもしれない。しかしそれは大したことではない。」
















































アンヌ・レエ 『エリック・サティ』 村松潔 訳 (白水Uブックス)

アンヌ・レエ 
『エリック・サティ』
村松潔 訳

白水Uブックス

白水社 
2004年6月10日 第1刷発行
2005年9月20日 第2刷発行
218p 作品表8p 
新書判 並装 カバー 
定価950円+税
ブックデザイン: 田中一光/プラスミリ
カバー絵: ピカビア《機械的》(1916)


「本書は、1985年にソルフェージュ選書の一冊として小社から刊行された。」



Anne Rey: Erik Satie, Editions du Seuil, 1974
カバーそでの著者紹介文によると、著者は1944年生まれ、「音楽史学専攻(パリ大学)、音楽評論家。『ル・モンド』の音楽欄などで活躍」
本文中図版(モノクロ)多数。


レエ エリックサティ


カバー裏文:

「裸で歩く音楽、「それに合わせて人が歩く」音楽、通りすぎる音楽、そのシルエットがかすかに何かを思わせる音楽。サティの作品には年齢がなく、どんな作曲家のどんな作品にも論理的に結びつくということはない。ひかり輝く個性と作品の真髄を明晰に解説。」


目次:
 
社会のなかの単独者
ジムノペディストの苦悩
「秘教的(エゾテリック)サティ」
緑色の瞳の少女
時宜を得た微罪
パリジャン、サーカスへ行く――『パラード』
二つの美学のはざまで――『雄鶏とアルルカン』
「骨から救われた」――『ソクラテス』
舵を左へ
何もかも捨ててしまえ
ドビュッシーとサティ
証言と資料
原注

サティ連続演奏会覚え書 (高橋アキ)
作品表 (日本語版編集部)




◆感想◆


本書は、評伝と楽曲解説、それに資料篇から成っていますが、評伝に関しては、冒頭から、「社会のなかでは、サティは自分の孤独を誇示することに気をくばっていた」「山高帽にコウモリ傘(中略)世の有象無象とはちがうことを示すひとつの方法であり、攻撃的な鎧でもあったこの出立ち」「それは注目されたい、認められたいという欲求の現われであり」云々、とあって、著者にはサティに対する偏見というか、理解力の欠如があるようです。「サティほど不幸な人間はなかった。人の気に入られ、注意を引き、注目の的になりたいという強烈な欲望。もちろん「一番」になりたかったのである。ところが、ペラダンが、ドビュッシーが、あるいはピカソが、いつでも決まってスターの座を横取りしてしまうのである。」これなどは、愚劣な文章としかいいようがないです。いわゆる「自己投影」かもしれないです。

それはそれとして、巻末に掲載されている高橋アキ氏のエッセイは、秋山邦晴(『エリック・サティ覚え書』の著者)を追悼する文章で、本書(とその著者)についてはいっさい触れられていません。


高橋アキ「サティ連続演奏会覚え書」より:

「一時のブームは去っても、あるときジョン・ケージがあの素敵な笑顔で私に語ったように「サティの音楽は聴き飽きたと思ってもまたしばらくすると聴きたくなるものだ。私にとってサティは“きのこ”のようなもの。たくさん食べても、しばらくするとまた食べたくなるのだから」。すでに蒔かれたエリック・サティという“きのこ”の胞子は、すでに空気中にたくさん舞っていて、またどこかに菌糸をひろげては、時代を超えてひょっこりと顔を出しつづけることだろう。」























































オルネラ・ヴォルタ 編著 『サティとコクトー 理解の誤解』 大谷千正 訳

オルネラ・ヴォルタ 編著
『サティとコクトー 
理解の誤解』
大谷千正 訳



新評論 
1994年12月25日 初版第1刷発行
1995年3月10日 初版第2刷発行
278p 
21.5×14cm 角背紙装上製本 カバー 
定価3,399円(本体3,300円)



本書「訳者あとがき」より:

「ジャン・コクトーとの出会いなしに、エリック・サティは伝説的な人物となり得たであろうか。また、もしサティと知り合うことがなければ、コクトーは一九二〇年代のフランス音楽美学の旗手としての役割を果たせたであろうか。
オルネラ・ヴォルタの最新作である本書は、このような疑問から出発し、見事に二人の関係を浮き彫りにするとともに、当時のパリにおける芸術の流れとそれにまつわる人々の人間関係を物語ってくれるのだ。すなわち、多くの逸話と人間関係の本音を通じて、どのように『パラード』が生まれ、どのように青年コクトーが初老のサティと手を組み、また、どのようにそこから「六人組」が生れていったかが明らかにされていくのである。」



Ornella Volta : Satie/Cocteau les malentendus d'une entente, 1993
本文中図版(モノクロ)多数。



サティとコクトー 01



サティとコクトー 02



帯文:

「フランス現代芸術、黄金の1920年代
コクトー、サティ神話の光と翳
彼(サティ)との仕事はすべて誤解から生じたものである。
多かれ少なかれ成功はしているが……。
Jean Cocteau
コクトー宛:サティ全書簡/コクトー画:サティ全肖像/
ピカソ他:関係デッサン……等、資料充実!」



帯背:

「両者の関係性の実像に迫る!」

 
帯裏:

「本書は、幾度となく音楽史の中で取り上げられてきた、
二人の間から生みだされた多くの誤解を明らかにしようとするものである。……
コクトーなしには、サティは伝説的な人物には成り得なかったであろうし、
サティなしには、より正確には《サティと「六人組」》とのつながりなしには、
芸術と詩に対する情熱に燃えた二つの大戦間の若い芸術家達の旗手としての
コクトー神話はそれほど確立されはしなかったであろう。
オルネラ・ヴォルタ」



目次:

謝辞

Ⅰ 一九一五~一九二五
序 理解の誤解
1 『パラード』の出会い
2 エリック・サティの裁判
3 サティ、コクトー、そしてアポリネール
4 サティ、コクトー、そして《若き》音楽家達
5 サティ、コクトー、「六人組」、そしてパリのダダイスト達
6 サティ、コクトー、そして《偉大な》音楽家達
7 サティ、コクトー、ソクラテス、そして他の彫像
8 サティ、コクトー、そしてマリタン

Ⅱ 資料
ジャン・コクトーに宛てられたエリック・サティの書簡(書簡1~41)
エリック・サティに関して――ジャン・コクトー
 エリック・サティに捧ぐ(抜粋)/エリック・サティに捧ぐ
 エリック・サティ/『ソクラテス』の序文
三つの証言
 ギョーム・アポリネールの書簡――レオニード・マシーン宛
 ジャン・コクトーの書簡――ヴィーラント・マイール宛
 ヴァランティーヌ・ユゴーの書簡――ジョルジュ・ユニェ宛

参考文献
訳者あとがき
人名索引




サティとコクトー 03



サティとコクトー 04























































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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