寺山修司 『新釈稲妻草紙』 (ちくま文庫)

「自分も、ほんとうに、狐の子ではないと、誰が言いきれるものだろう。
 少年時代、かたわらに眠っている母親の鬼白髪の顔をしみじみと見ながら、嘉門は「この人ではない」と思ったことがあった。「この人はとてもいい人だし、やさしくしてくれる。だが、わたしのほんとうの母親はこの人ではない。きっとどこか、あの山の麓(ふもと)か、峠の向うにもう一人の母親、まことの母がいるのではなかろうか」と。」

(寺山修司 『新釈稲妻草紙』 より)


寺山修司 
『新釈稲妻草紙』
 
ちくま文庫 て-6-3

筑摩書房
1993年9月22日 第1刷発行
316p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価680円(本体660円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 南伸坊
挿絵: 歌川豊国



本書「解説」より:

「本書は、江戸の戯作者として名高い山東京伝の読本(よみほん)『昔話稲妻表紙』を現代語訳した――というより、寺山修司流に書替えたものである。一九七四年一月、番町書房より『新釈稲妻草紙』として刊行され、同年六月、河出書房版『カラー版現代語訳・日本の古典㉔江戸小説集Ⅰ』に昔話稲妻表紙の現代語訳として全十五巻のうちの十巻が抄録された。」


挿絵図版35点。


寺山修司 新釈稲妻草紙 01


カバー裏文:

「時は室町、将軍足利義政に仕える佐々木家に突如まきおこったお家乗っ取り騒動。その渦中に家宝の絵巻物が盗まれ、忠臣毛剃丸に疑いがかかる。この事件を発端に、恋と欲、忠義と肉親の情愛がからみ合う因果応報、勧善懲悪の物語がくりひろげられる。
江戸のマルチタレント山東京伝の代表作「昔話稲妻表紙」をもとに、奇才・寺山修司が大胆に書きかえた作品。」



目次:

譚者前白
巻之一 一寸法師、恋に狂うこと/花嫁殺しの細ひもの怪のこと
巻之二 首縊りの木に鴉がとまること/片目の他雷也、糞尿の銃を用いること
巻之三 南無阿弥陀仏之助が赤犬を殺すこと/少年、疱瘡にくるしむ夢十夜のこと
巻之四 少女の腹にまきついた蛇の手本のこと/生き埋めの藁人形の呪い唄のこと
巻之五 一寸法師が月夜に茸を煮るのこと/戸板の上は猫の死骸のこと
巻之六 盲目のおとうとの断弦の琵琶のこと/首を洗う桶のこと
巻之七 磯菜が語るとりかえられた生首のこと/小蛇を招く蟇手の名の由来のこと
巻之八 三人按摩、生首の失敗のこと/蛇娘、因果の見世物のこと
巻之九 赤膏薬の呪いのこと/再会は首吊り榎のおんなのこと
巻之十 月夜に棺桶の音のこと/吃又の吃りを治す鳥の由来のこと
巻之十一 南無阿弥陀仏之助の改名のこと/三つ墓村の出会いのこと
巻之十二 贋一寸法師の出現のこと/遊女葛城の長物語のこと
巻之十三 生首提灯のこと/遊女葛城と一寸法師の血のつながりのこと
巻之十四 とんで火に入る一寸法師のこと/赤鼻の不死馬の再登場のこと
巻之十五 母は狐なりという琵琶語りのこと/蜘蛛手の方の人間火事のこと

解説 少年の胎内巡り (須永朝彦)



寺山修司 新釈稲妻草紙 02



◆本書より◆


「巻之二」より:

「朧月がうしろから差していたので、女の影法師は前にあり、その影を踏まぬようにして、女はふらふらと狐憑(つ)きのように、歩いていたが、よく見ると、その影法師は、女から切りはなされて、少しばかり先を歩いているのだった。
 「怪(あや)しい」と毛剃丸は思った。影法師と思われた地べたの翳(かげ)は、糸のような手で、おいでおいでとさし招き、女はそれにさそわれて、歩いてゆくのである。毛剃丸は、身を低くしながら繁みの草の中を這(は)って、その女についていった。
 すると、細道の突当りに、古い榎(えのき)の木が一本立っていて、その木の陰の中に影法師もろとも、女は吸いこまれてゆき、そこで立ち止った。
 毛剃丸にとっては考えも及ばぬことであったが、木の陰の中でも怪しの影法師はくっきりと人の形をくずさず、女に榎の枝を指さすのだった。
 女は、それを仰ぎ見てうなずき、泣きはじめた。
 しかし、影法師は、さらに榎の枝にものを打ちかける仕草をしてみせた。どこかで、月に浮かれた葭切(よしきり)の声がきこえるほかは、森閑(しんかん)として物音はなかった。女は、あたりを顧(かえり)みながら、腰帯(こしおび)を解き、それを木の枝に打ちかけた。
 腰帯の色は赤である。
 「これが首縊(くびくく)りの榎(えのき)というやつだな」と、毛剃丸は始めて思いあたった。噂にはきいていたが、見るのは始めてである。以前に首を縊った者の亡魂(ぼうこん)が、木の中でひとり暮しをしていて、さびしさに耐えかね、ときどき連れ合いをさがしに月夜の道へ影法師となって迷い出てゆくという語柄(かたりぐさ)は、死んだ母親がしてくれた。」



「巻之八」より:

「その隣りに、同じような小屋があって小さな旗幟が立ち、絵看板が出ていた。それは可憐な少女の体の中に火を吐く蛇がとぐろを巻いているもので、下足番の傴僂(くぐせ)の男が、扇をひらいて往来の人たちをさし招きながら、声高々と呼込んでいるところであった。
 「さあさあ、お立会い! お立会い! これはこの世のものならず、死出の旅路のすそ野なる、花もあわれな蓮華草(れんげそう)、親は死んだか、子を見たか、因果応報(いんがおうほう)生き地獄、丹波の国の奥山の、住み猟人(かりゅうど)の子に生れ、親の罪科(ざいか)血にうけて、世にもかなしき蛇娘! 蛇娘!」
 一息いれて三味線かきならし、

  見世物や親をさがしてつばくらめ」



「巻之十二」より:

「話かわって、名古屋山三郎である。
 彼は、桂之助と銀杏の前と月若の三人の行方をたずねて、安否(あんぴ)を問いながら渡り鳥の日をすごしていた。できることなら、父の仇(あだ)の不破(ふわ)親子、一寸法師とその猿父(えんぷ)を見つけ出して宿意(しゅくい)をとげようという志もあったが、心は二つ身は一つで、あせるばかりで思うにまかせず、下僕(げぼく)の鹿六と二人で、旅中にあったが、ある夜、旅籠(はたご)で不思議な夢を見た。
 夢の中は、盂蘭盆(うらぼん)で、川には流燈(りゅうとう)がながれていた。山三郎が思い立って父の亡霊(なきたま)をまつろうとし、香華灯燭(こうげとうしょく)を買うために街に出てゆくと、街は青一色のかすみがかかっているのだった。
 家はどこでも霊棚(たまだな)をおき、庭には亡魂(なきたま)を迎えるための火が焚(た)かれていた。山三郎は、自分でも思いがけぬ方まで、ふらふらと迷い出して歩いていったが、線香の匂いが立ちこめ、窓という窓から念仏の声、念珠(じゅず)の音がながれだしていた。
 一人の手毬童女(てまりわらべ)が手毬をついていたが、よく見ると手毬などは無いのだった。かくれんぼの鬼が、しゃがんだまま目かくしをとると顔はのっぺらぼう。赤い曼殊沙華(まんじゅしゃげ)の花を食べている餓鬼母(がきぼ)もいれば、四人あつまって、ありもしない仏をなでている按摩もいた。

  墓石をはこぶ男が満月にひとさし指から消えてゆくなり

 思えば、街にいるのは皆亡者(もうじゃ)であった。家から出たり入ったり、赤い帯(おび)をたぐりながら盲目の母までの三町三歩を、狂い踊りしている跛行(はこう)の猫の子。まことに哀れな眺めだと思いながら、山三郎は歩いていた。亡者の中に子消し人形を抱いた女、雨露にさらされた嬰児(みどりご)の骨を一本ずつ拾いながら「骨占い」をする男とも女とも見わけのつかぬ鬼子母(きしぼ)もいた。」



「巻之十五」より:

「人畜相姦(じんちくそうかん)の子だった安倍晴明が、陰謀家蘆屋道満(あしやどうまん)の叛逆を見破って大功を立てる件(くだ)りをききながら、嘉門は感慨にとらわれていた。なぜか、晴明と自分とが二重写しになってくるからである。自分も、ほんとうに、狐の子ではないと、誰が言いきれるものだろう。
 少年時代、かたわらに眠っている母親の鬼白髪の顔をしみじみと見ながら、嘉門は「この人ではない」と思ったことがあった。「この人はとてもいい人だし、やさしくしてくれる。だが、わたしのほんとうの母親はこの人ではない。きっとどこか、あの山の麓(ふもと)か、峠の向うにもう一人の母親、まことの母がいるのではなかろうか」と。」



寺山修司 新釈稲妻草紙 03


寺山修司 新釈稲妻草紙 04


































































































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寺山修司 『花嫁化鳥』 (角川文庫)

「こうした迷信が、冠婚葬祭のたびに重用(ちょうよう)されるということは、私たちが日常生活の中の必然化された体系、経験による因果律といったものへ、神話の余地を残しているようで面白い、と私は思った。合理主義からでは生れてこない無駄なものの中にこそ、文化が存在するからである。」
(寺山修司 「花嫁化鳥」 より)


寺山修司 
『花嫁化鳥』
 
角川文庫 4464/緑 三一五 15

角川書店 
昭和55年2月25日 初版発行
238p 
文庫判 並装 カバー 
定価260円
装幀: 杉浦康平
カバー: 林静一
地図: 古谷卓



「はなよめけちょう」。紀行エッセイ。本文中地図10点、表(「ヒバゴン目撃者のリスト」)1点。


寺山修司 花嫁化鳥


カバーそで文:

「宮古島の北端に位置し、風葬という奇習の名残りをとどめる因習呪術の島、大神島には、手毬(てまり)をつく老婆と子供しかいない。三代さかのぼれば全部血がつながるといわれる系図。足をふみ入れたら必ず死ぬといわれる聖地。誰もが口をつぐんでしまう神祭りの秘事。――
 島にまつわる秘密を、小さな分教所で寝袋にくるまり、蝋燭(ろうそく)をともして、今まで集めた資料をもとに、一つずつ推理し、謎を解き明かす「風葬大神島」など。
 名探偵金田一耕助への華麗な挑戦を試み、同時に、各地に日本人の血の原点を探る、十篇の旅。」



目次:

風葬大神島
比婆山伝綺
闘犬賤者考
浅草放浪記
裸まつり男歌
馬染かつら
花嫁化鳥
くじら霊異記
きりすと和讃
筑豊むらさき小唄

あとがき――「わたしは、ただの現在にすぎない」という旅行後談

解説――逆光のロマン (馬場あき子)




◆本書より◆


「あとがき」より:

「この紀行文は一九七三年一月号から雑誌「旅」に一年間連載されたものである。
 私は犬神や風葬、鯨の墓などを訪ね、ノートと、二、三冊の書物を持って、あちこちと旅をしてまわった。そして、私自身を金田一耕助探偵(たんてい)になぞらえながら、自分の思いついた謎(なぞ)を、自分で解いてまわったのだった。
 この他にも、わらべ唄由来、草相撲、民間医療、こっくりさん、など扱ってみたい呪術(じゅじゅつ)的な素材や土地もいくつかあったが、それらへの旅を通じて、私は私なりの日本人観を形成してみたい、と考えていたのだった。私にとって、こうした因習が、どのようなかたちで継承されてきたか、ということはそんなに重要なことではなくなっていた。
 それが、「なぜ、今でも存在しているのか」、「だれがそれを必要としているのか」ということが問題だった。」
「ボルヘスは、「午後五時に正面を向いていた犬と、午後五時五分過ぎに横を向いていた犬とは、もはや同じ犬ではない」と考えるフネスという男や、「月曜日に失くした銅貨と、水曜日に見つかった銅貨とが、同じその銅貨ではあり得ない」と思いこんでいる一人の作家を紹介している。「失くした銅貨が、火曜日にも、そこに連続して存在しつづけていた、ということ」が、どうしても「理解できない」人間にとって、歴史は一つの連続体としてではなく、ただの現在としてのみ存在している。そして去りゆくものは、一瞬にして消失し、何者かの手によって虚構化されない限り、再現することはないのだ。」
「思えば、私にとって歴史とは、ただの物語か伝説でしかなかった。そして、アパートの北見さんや酒場のトミ子ママ、角の新聞販売取次所の米村のおやじや哲ちゃんは実在していても、それが「日本人」という名で一つのトータリティを持つと、忽(たちま)ちにして実体を失ってしまうように思われていたのだ。
 私は、この旅の中で、こうしたとらえどころのない「日本人」の概念をあきらかにしようと試み、まだ起らぬ出来事を伝説化してしまったり、すでに過去となってしまったものを、進行形で語ったりしてみようと思った。時の法則を転倒させ、死んだ人たちにも語らせることによって、「実際に起らなかったことも、歴史のうちであること」を確め、「日本人」の実体を、政治化の枠外(わくがい)であきらかにしてみたい、と思ったからである。」



「風葬大神島」より:

「たとえば、この島には海賊伝説が古くから残っている。陽あたりのいい、南国の豊饒(ほうじょう)の小島に、あるとき突然、海賊の一団がやってきた。
 島民たちの大部分は島の東にあるトーヤマの洞窟(どうくつ)にかくれ、大浦の兄妹だけが逃げおくれて、ウプガーヤマの洞穴にひそんでいた。ところが、たった一人の子どもだけが逃げ場を失って泣きながらトウモロコシ畑を走っていた。
 そこで海賊たちは、この子どものあとを蹤(つ)けて行ってトーヤマの洞窟を発見し、そこにかくれている島民たちを発見し、全員焼き殺してしまった。それから海賊たちは、この島に金銀財宝を埋蔵して島を出て行った。だれもいなくなった島の西で、難をのがれた大浦の兄弟は夫婦になり、子どもを作り幸福になった――というのが話の大要である。」
「長いあいだに、外来者によって犯され、踏みにじられ、殺されてきた島民たちが、「海の向うからやってくるのは鬼ばかりだ」と思うようになったとしても、それをただの排他意識とか離島根性と言ってしまうのは、気の毒だという気もするのである。
 思えば、この伝説には、
 (一)兄妹結婚の正当化
 (二)島のどこかに宝が埋めてあるから、外界と交流しなくとも貧しくない、という内部説得
 といったものが潜在していることがわかる。実際すぐ隣の宮古島(みやこじま)はドイツ商船救助の美談を持ち、いまは観光の島となっていた。このことは外国船がやってきて島民を洞窟に押しこんで焼き殺してしまったという言い伝えを持ち、いまも因習呪術の島と呼ばれながら、外来者を拒(こば)みつづけている大神島と好対照となっていた。」

「日が沈む頃になると、大神島の子どもたちはかくれんぼをしてあそぶ。
 かくれんぼは悲しいあそびである。
 外来者の侵略を潜在化したこの島の子どもたちのかくれんぼは、実に見事にかくれてしまう。
鬼が目かくしをとると、もう島には一人の子どももいなくなってしまい、ただ波の音がきこえるばかりである。」
「私は自分の子どもの頃の悪い夢を思い出していた。かくれんぼをして、納屋(なや)の藁(わら)の中にかくれ、鬼の「もういいかい」という声を遠くにききながら、うとうとと眠ってしまった私が、ふと目をさますと、外はもう冬で、窓の外には雪が降っていた。
 ふいに戸があいて、「まだかくれていたのかい」という声と共に、背広を着、あるいは子どもを抱き、髭(ひげ)をたくわえ、すっかり大人になってしまったかくれんぼ仲間たちがそこに立って私を哄(わら)いだすのだ。私は、身をちぢめ、かくれ通した誇りさえすっかり失って、大人になってしまった皆をまぶしそうに見あげながら、何かが「もうとりかえしがつかなくなってしまった」ことを悟り悲しくなってしまうのである。
 私の夢の中には、遠い南国の果ての大神島は出てこなかった。しかし、大神島の中には、こうした悪い夢が一杯あるのだった。」



「比婆山伝綺」より:

「実際、「ヒバゴンの正体は、比婆山にジャーナリズムの注目を集めるために、オランウータンのぬいぐるみを被って歩きまわっている町長なんですよ」と、冗談を言う町民もいる位である。
 今迄(いままで)のところ、怪獣ヒバゴンはロマンというよりは行政化され、一つの観光資源として、比婆郡西城町に物見遊山の客を集めてきた。しかし、それだけで片付けてしまうには、この話しはあまりにも明快で、政治的で、語るに落ちる。私は、たとえ実在しなくても「実際に起らなかったことも歴史のうちである」という視点に立って、この怪獣の実在を裏付けたい、と思うのだ。」

「「たとえば、何かの理由で町にいられない人間が山に棲(す)んでいるうちに、毛深くなって猿(さる)に似てきたとする……」
 と金田一耕助は言った。
 「その場合に考えられるのは、たとえばレプラのような業病で捨てられた子供、ということもあるかも知れない。死ぬと思って捨てた子が、死なずに全治して、そのまま山人になったという場合だ。
 レプラが、原爆症ということもあり得るだろう」」
「「戦時中に徴兵のがれをして山に逃げ、山狩りもうまくかわした村の若者が、そのまま還れずに、木の実などを食べながら、山で孤独な暮しをしているという場合もあるかも知れない」
 と金田一耕助は言った。」
「「怪物」と思われながら、洞穴(ほらあな)にこもり、じっと何かに耐えていた日本山人、そんな一人が、広島県の比婆山で恐怖におののいてかくれ棲み、戦争が終ってしまっても山を下りてくることができず、時折、夕餉(ゆうげ)の匂(にお)いを嗅(か)ぎに民家の近くまでやって来ているのだとしたら、それを観光化している町の人たちの罪は問われることはないだろうか?」

「これは、金田一耕助の推理ではなく、西城町に古くから棲むおばあさんの懐古談であり、怪獣の正体の手がかりを示す一つの実話である。
 「昭和二十二、三年頃に、西城町の貧農に畸形児(きけいじ)が生まれました。
 親はこの子を恥じて、人目にふれぬように納屋で育てたんです。一度、サーカスが買いに来たんですが、かわいかったのか、親は売りませんでした。畸形児は、ほとんど納屋に軟禁されていて、節穴からしか田畑を見ることもなく育ちました。当時、この地方の農村は不況で、両親は借金をかかえて夜逃げしたんですが、そのときにこの子を納屋に捨てて行きました。
 残された子は飢えて、戸を破って外へ出て畑のものを食い荒すようになりました。わたしもその子を見たことがあるが、サルそっくりでした。
 やがて、その子は近所の子らに石をぶっつけられて、山へ逃げこみ消息を絶ちました。だから怪獣の話をきいたとき、わたしにはピンと来たんですよ、ああ、まだ生きていたんだな、ってね。」
 私には、こうした捨て子と怪獣とが、同一人物かどうか知ることはできない。だが、同じ町でも支配階級の作り出した怪獣の伝説と、貧農の人たちが作り出した怪獣の伝説とは、大きく隔てられている。」



「浅草放浪記」より:

「こうした畸形見世物の主題は、ほとんど「かわいそうなのはこの子でござい、親の因果が子にむくい」という呼込み文句に要約される。つまり、親の非道行為に天が与えた罰を見せるのであって、その根底には仏教的な因果応報、地獄という観念の成立と同じものが見られるのである。そのため、畸形見世物は、神社や寺の境内に小屋掛けして公開し、屏風(びょうぶ)絵の地獄草紙などと同じように、道徳的な説教をともなうのが常だったが、一つだけ特異なのは、「親の因果が子にむくいる」という考え方である。
 地獄の場合、生前に嘘(うそ)をつくと地獄で舌を抜かれるというように、罰はあくまでも罪をおかした本人にくだされるのだが、見世物の場合は、本人が何もしないのに「親の因果」で罰は子どもにくだされる。このあたりに、日本的呪術(じゅじゅつ)の原型がひそんでいるように思われる。呪術は、自然の法則の擬体系であり、一つの社会を維持するために生みだされる掟(おきて)であるから、こうした親子の類感は、同時に親子の一体化を強調する法則となっている。」
「だが、稲村劇場の「犬娘」が、もしもほんとにサリドマイドや水俣病のような薬害公害だとしたら、犠牲者を見世物にしてこらしめるべきは、親ではなくて、企業とか独占資本でなければならぬ筈である。それを、あくまでも「犬と不義をはたらいた母親」の罪としてあるところに、見世物倫理の悲しみがある。
 立身出世をめざす浅草っ子たちにとっては、企業や資本体は十二階の凌雲閣(りょううんかく)同様、見あげるものであっても、疑ってみるものではなかったのだろうか?」
















































寺山修司 『さかさま博物誌 青蛾館』 (角川文庫)

「しらべれば、すぐわかるのだが、こうした、記憶の欠落部分というのも大切にしておきたいと思うので、そのままにしてある。」
(寺山修司 「野球少年遊戯」 より)


寺山修司 
『さかさま博物誌 
青蛾館』 

角川文庫 4489/緑 三一五 16

角川書店 
昭和55年3月30日 初版発行
昭和55年5月30日 再版発行
252p 
文庫判 並装 カバー 
定価300円
装幀: 杉浦康平
カバー: 林静一



「せいがかん」。エッセイ集。


寺山修司 青蛾館 01


カバーそで文:

「奇人、奇声、奇癖、奇書珍書、珍品、そして少年の日の憧憬、想い出など、詩人の想像力で蒐集した、ありとあらゆる「私有財産」を、物語というオブラートにくるんで披露する。寺山ファン待望の、不思議に謎めいてバラエティに富んだ幻想博物誌。
 好評“さかさま”シリーズ、第4弾!」



目次:

青蛾館 
 童謡
 影絵
 にせ絵葉書
 人間測量
 チェスの夏
 机の物語
 星の喪失
 全骨類の少女たち
 首吊(くびつ)りの本
 眠り男
 犬の読む字
 猫目(ねこめ)電球
 グァンチェ族の船
 黄金狂
 手毬唄(てまりうた)由来
 都市
 ノッポのジム
 犬地図
 質問耽奇(たんき)
 空気女
 地下テレビ
 亡雑誌
 書簡演劇
 秘密結社
 奇書譚
 悪い血
 死の曲
 手相直し
 猫(ねこ)のエルザ
 贋作(がんさく)つくり
 自動人形
 手紙狂
 ああ、蝙蝠傘(こうもりがさ)
 吸血鬼入門
 マホメット殺人
 死体球技
 封印譚
 野球少年遊戯
 女か虎(とら)か
 映写技師
 次の一句
 この十冊
 犬太鼓
 風呂史記
 螢火抄
 口寄せ

財産目録(ざいさんもくろく)
 起さないでください
 馬切手
 死神占い
 怪奇曲
 一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇の詩
 ダーティ・コミック
 空想機械
 悦楽園花譜
 古双六(すごろく)
 退団届
 オルグレンの写真
 耳なし芳一(ほういち)諸君!
 この七つの文字
 人形館主人
 壜(びん)日記
 『家族あわせ』パリ版
 書物という虚構

首吊人愉快(くびつりにんゆかい)
賭博骨牌考(とばくかるたこう)
手毬唄猟奇(てまりうたりょうき)

解説 (萩原朔美)




◆本書より◆


「童謡」より:

「子供の頃、『死ぬ』と言えずに、『死む』と言っては、叱(しか)られた。
 しかし、いくら叱られても、私にとって人生の終わりは、『死む』であって、『死ぬ』ではなかった。
 へんなもので、こうした思い込みは、私が大人になってもついてまわり、画家のモジリアニは、モリジアニ、ポラロイドカメラはポロライドカメラ、くっつくことは、つっくくことと言い直されたのだ。
 こうした間違いはやがて意識的に方法化されるようになり、詩歌の制作に及ぶようになった。私は靴(くつ)でも修理するように啄木(たくぼく)や白秋(はくしゅう)の歌をおぼえ違え、作り直し、そして自分のものに偽造してしまったのである。
 本当のことを言うと『贋作(がんさく)つくり』のたのしみが、私にとって文学の目ざめだったのである。
 私はあらかじめあたえられたものではなく、自分の手を加えて完成したものだけが、「自分の文学」なのだと信じ、贋作をつくっては、自分のノートにしまっておくようになった。」



「影絵」より:

「ときどき、私の動きより少しおくれる影(中略)とか、私の動きより、少し先をゆく影とかがあったら面白いだろうな、と思うこともある。
 私より少し先をゆく影が不意の死とぶつかる。しかし、本体はまだ死にたくないので捲(ま)きこまれまいとして葛藤(かっとう)する。切りはなそうとしても、どこまでもついてくる私自身の『影からの脱走』――人生なんて、案外そんなゲームなのかも知れない。」



「にせ絵葉書」より:

「最近ではニューヨークのソーホーに、絵葉書専門店というのが出来て、使用済みの絵葉書ばかりをならべているが、これが飛ぶような売れ行きで、一連のアンチック・ブームの目玉商品になっているという話であった。ひとは、絵葉書というアンチックを買うというよりは『他人の過去を買う』ということに、たのしみを見出しているのであろう。」
「ところで、こうした絵葉書にも贋物(にせもの)(実在の人物から実在の人物に宛(あ)てて出されたものではないもの)がずい分あるときいて、私は興味を抱いた。過去の作りかえ、記憶の修正といったことは、少しばかりの後ろめたさを伴った愉しみだからである。
 そこで、私もまた贋の絵葉書作りあそびをしてみようという気になった。」
「たとえば昭和四年七月に、上海にいる私が横浜の康子という女へあてた恋文という設定である。
 実際の私は昭和十一年生まれなので、そうした『事実』はある訳はないのだが、こうしたもう一つの過去を現実化して考えると、もう一人の私はすでに七十四歳だということになる。だが、そうした記憶の迷路へ入ってゆくたのしみもまた、私自身の体験ではなかったと言い切れるものだろうか?
 私は、若くして死んだ詩人のことばを思い出していた。
『実際に起こらなかったことも、歴史のうちである』と。」



「犬地図」より:

「杉浦康平が『犬地図』に取り憑(つ)かれているときいた。
何でも、飼犬のレアが死んだとき、そのレアが占有していた床上二十センチの空間が、自分のものになったことへの驚きから、興味が生まれたらしい。
 レアはダックスフントだったが、その目の高さで見ていた世界を追体験しようとしたら、自分も床上二十センチまで、視界を下げなければならなかった――と、杉浦は書いている。」
「私たちはカメラのメカニズムを、客観記録の道具と思いこみがちだが、実際にはこうして、撮る側の置かれている目の位置によって、世界がまるでちがったものになってしまうということを、見落としていることがある。と、同時に、もっとも身近なところにいる一匹の飼犬が、何を見ているのかということさえも理解できないでいることがわかるのである。
 犬地図の可視化は、一匹の犬の見聞への興味などにとどまるものではなく、私たちが経験を共有していると思っていることさえ、幻想にすぎぬのではないか――といったことの証(あか)しになるだろう。」



「地下テレビ」より:

「たしかに、アメリカ人も日本人も、情報中毒にかかっていて、つねに新しい情報に飢えている。しかも、情報操作は、一方的に政治化されるばかりであって、私たちの手によってそれを手段とする方法は、まるで案じられていない。
このところ、私の夢は数人の友人と有線テレビを共有し、それぞれの部屋から交互に『番組』を送り出しあって、公共性のない、きわめて私的なプライベート・テレビをもつことであり、そうした個的なメディアを通して、詩からポルノグラフィーにいたる、あらゆる想像力を駆使しながら、連帯をとりもどすことである。」



「女か虎か」より:

「スタジアムには観衆がいっぱいいる。
 闘技場には、二つの檻(おり)があり、その中に入っているのが、片方は美女であり、片方は虎であるらしい。
 しかし、檻の入口は覆われてあるので、中は見えないのである。
 一人の若者が、観衆に見守られてどちらかの檻を開けなければならない状況に置かれている。もし、虎の檻を開ければ、若者は虎に食われて死んでしまうが、美女の檻を開ければめでたく結婚できる、というゲームである。」
「スタンドには、王と王女が並んで坐(すわ)っている。王女と若者とは恋仲であったのだが、それを王に発見されて、この死のゲームの生贄(いけにえ)にされたのである。」
「王女は、どっちの檻に虎が入っているのかを知っている。若者の命を救ってやることのできる立場にある唯一人の人間である。
 若者は、王女にサインを求める。王女は、無表情にサインを送る。そこで、若者はためらう。
 王女は、自分の恋人を他の美女に奪(と)られてまで命を救ってやろうと思ったであろうか? それとも、自分たちの恋の思い出を守るために、死を選ばせようとするであろうか?」
「さて、若者は王女のサインしてくれた檻を開けるであろうか、それとも『もう一つの檻』を開けるであろうか?」
「私もまた、何度か『女か虎か』について考えをめぐらしたが、この答は『どっちをあけても虎が入っている』というものばかりであった。王女は、たぶん若者に虎の檻をおしえるだろう。
 女は他の美女に恋人を奪られるよりは、死を選ばせたいと思うにきまっているからである。だから、王女の教えてくれた檻ではない方を開ければ命は助かるのだが、王女の見ている前で、王女の教えてくれたのではない檻を開けるということは背信である。生き残ったとしても、どうして二度と王女と顔をあわせられようか?
 知恵というのは、残酷なものだ。そして、知恵というものは、どっちの檻を開ければいいかを教えてくれることによって、若者をつまらぬ男にする。
 この場合は、虎に食われて死ぬほかに方法はないのである。それが、粋というものだと、私は思っている。マザーグースも、教えてくれたっけ。

  私が子供だであった時
  ほんの少しの知恵をもっていた
  大分以前のことであるが
  まだそれ以上もっていない
  それにいつまでたったとて
  死ぬまでもちはしないだろう
  長く生きれば生きるだけ
  私はだんだん馬鹿(ばか)になる」



「死神占い」より:

「不幸を避けるためには、不幸になる前にそれを『知る』ことである。
 『知ったところで、それを避けられるわけではないさ』
 と言う人もいる。たしかに、オイデプスは『父を殺して母と寝る』という予言を受け、それに抗(あらが)いながらも、予言通りに地獄に堕ちた。しかし、オイデプスは、授かった運命を遊びに変えてしまう余裕を持てなかった男である。私は、じぶんの運命を(死までも)あそんでしまうような人間だけが、『不幸』ではない人間なのではないかと思っているので、タロットのカード一枚ずつに、じぶんの一年先、十年先をまかせてしまうのが好きなのである。」
















































寺山修司 『寺山修司の仮面画報』

「朝のコーヒーのつれづれに私が、「この世で一ばん遠い場所はどこだと思いますか?」と訊くと、デュラスは、「じぶん自身の心」と答えた。」
(寺山修司 「ヨーロッパ軽気球紀行」 より)


寺山修司 『寺山修司の仮面画報』

平凡社 1978年11月20日初版第1刷発行
/1991年8月21日再版第1刷発行
/1993年2月19日再版第5刷発行
127p 25.7×18.4cm 並装 カバー
定価1,800円(本体1,718円)
造本・装幀: 北村武士



この画報のなかに、1980年代のサブカルチャーのすべてがあらかじめ封印されてありました。というのはどういうことかというと、「自我」を持たない「寺山修司」という名前の誰かが、いろんなところから拾い集めてきたイメージを、並べ換えたり入れ換えたり作り変えたりして愉しんだアモラルなひとり遊びが、そのまま次の時代のサブカルチャーになってしまったということです。
ところで、戦後の日本にカルチャーはありません。かろうじてサブカルチャーはありましたが、それは寺山修司がいたからです。


寺山修司1


帯文:

「私の幻想ユートピア
イメージの
犯罪宇宙誌

寺山修司

不思議機械、魔術芝居、
面白映画など
怪奇なイメージの小宇宙を
一冊の本にまとめたら、
こんな画報ができ上りました。
これは今までの私の仕事の
視覚的な集大成であり、
私版のパノラマ島
奇譚です。」



帯背:

「怪奇からくり絵本」


帯裏:

「映画に演劇
写真にエッセイ
イメージの世界
ことばの宇宙を
縦横無尽に
飛びまわった
スーパースター
寺山修司
いま、テラヤマが
時代と
呼応する」



寺山修司6


目次:

第1章 不思議機械
 聖主人のための機械
 書見機
 機械仕掛のフランケンシュタイン
 空中散歩機械
 快楽的折檻機械
 怠惰な観客のための名作鑑賞機械
 少年礼儀作法機械
 箱男
 博士の靴類図鑑
 小竹信節博士のデッサン・ノート

第2章 怪奇魔術芝居
 『奴婢訓』
 演劇実験室天井桟敷の創生期
 『中国の不思議な役人』
 『身毒丸』
 『観客席』
 ピノキオ
 『盲人書簡』
 演劇実験室天井桟敷ガラクタ美術館
 懐かしの名場面集
 『書簡演劇』

第3章 密室遊戯
 密通チェス
 わが占い骨牌 悪魔からよろしく

第4章 犬神兄弟写真商会幻想写真
 冩眞屋不器男氏の冒險
 冩眞語録

第5章 面白映画
 『トマトケチャップ皇帝』
 『書を捨てよ町へ出よう』から『田園に死す』
 ぼくの映画史
 『さえぎられた映画』

第6章 仮面画報
 ぼくは夜ごと女たちの人形使いに変身する
 わたしの鉄仮面紀行
 変身人名辞典
 変身博物誌

第7章 ヨーロッパ軽気球紀行
 感傷美術館 ダントンが死んで髭剃り道具が生きのこった
 ロシアバレエ衣裳展 肉市場でニジンスキーの死体が踊った
 玩具美術館 人形が人間よりも大きくならない理由は?
 写真撮影 「実在しない怪奇映画のスチール写真」の撮り方
 地下映画『テレフォン・ブック』は悪魔の囁き
 怪奇人形展 マーク・プレントの身体刑としての彫刻展示
 前衛劇 ロバート・ウィルスンの記憶の劇場とその行方は?
 フィニーの猫の絵本 『牝猫の鏡』に何がうつっているか見よう
 パゴタ 支那の寺院の男色映画祭の爆弾騒ぎ
 ベルリン映画祭 デュラスはこの世で一ばん遠い場所へ

グラフィティ天井桟敷館



寺山修司9

「「詩人とか霊的認識力を持つものにとって、可視の宇宙は幻影かまちがいである」(ボルヘス)」



寺山修司8

「冩眞とは「眞を冩す」のではなく「僞を作る」のだ。其れは「實際に起つた事も起らなかつた事も歴史の裡である」といふことの爲の證據物件であり、記憶の修正の爲の資料である。」
(「犬神兄弟写真商会幻想写真」より)


寺山修司

渋谷・天井桟敷館。


寺山修司3

「これは新人画家薄奈々美さんとの合作になる占いカルタ「タロットカード」である。謎に包まれたタロットの起源を勝手に解読し、新しい魔術教理によって編み出したこの運命占いは、そのまま実用できるようになっている。」
(「わが占い骨牌 悪魔からよろしく 」より)


寺山修司2


絵本作家のエドワード・ゴーリーも後年、同様な「タロットカード」を作成していますが(詳細はこちら)、寺山修司のタロットの絵柄は、まさにゴーリーの絵本を思わせるもので興味深いです。


寺山修司5





























































寺山修司 未発表歌集 『月蝕書簡』

2012年4月24日。


寺山修司 未発表歌集 『月蝕書簡』
田中未知 編


岩波書店 2008年2月28日第1刷発行/同年4月15日第3刷発行
226p A5判変形 丸背紙装上製本 カバー 定価1,800円+税
装丁: 中島浩
付: 栞 16p



田中未知「『月蝕書簡』をめぐる経緯」より:

「一九七三年から十年かけて作られた短歌は、いろいろな紙片にメモされ、私の手に残された。そのうちでも、短冊形に切られた紙に一首ずつ、4Bの鉛筆できれいに清書したと思われるものは、一応完成作品と判断した。これが六十首ほどを占める。」
「本のタイトルは、寺山自身が書き下ろし歌集を出すことを想定して、予定表に書きつけていた「月蝕書簡」そのままにした。そして編集にあたっても、できるかぎり寺山の本意にそうべく模索した。完成、未完成の判断に迷うものも数多くあったが、寺山修司ならではの詩や物語が確立していると思われるものは、組み込むことにした。」



月蝕書簡 1


帯文:

「没後25年、
新たな
寺山修司の発見!

面売りの面のなかより
買い来たる
笑いながらに
燃やされにけり

寺山修司 田中未知編/岩波書店

文学史は
読み換えられるだろう」



帯裏:

「一本の釘を書物に打ちこみし三十一音黙示録

演劇的物語あるいは童心の物語等をいったん深く抱き込んで、シュールな色合いに染める手ぎわが、寺山短歌の大きな魅力だった。具体的にいえば、物語をベースに置きながら、突出した特異な映像の発明に賭けるのである。秋の花が咲きさかる野に穴を掘る義母義兄義妹義弟。彼や彼女は何歳ぐらいなのか、何を着て何を持って何をしゃべりながら穴を掘っているのか。どんどん奇っ怪なイメージが広がる。そのイメージを楽しみながら、読者は思い切ってシュールな色に染まった物語を楽しむことができる。偽家族たちが集合して穴掘りをするにいたる物語である。
佐佐木幸綱「解説」より」



月蝕書簡3


目次:

月蝕書簡
 消しゴムの孤島
 影のコンパス
 遠き昨日
 転生譚
 家なき子
 わが家族変
 父と子
 父の惑星
 母の古代
 死の途中
 おくれてゆく霊柩車
 めかくしの闇

個への退行を断ち切る歌稿――一首の消し方 (寺山修司――『月蝕機関説』所収、冬樹社、1981年)
『月蝕書簡』をめぐる経緯 (田中未知)
〈資料〉 歌稿ノート (写真・文 田中未知)
解説 (佐佐木幸綱)



栞:

「現代短歌のアポリア――心・肉体・フォルム」 佐佐木幸綱・寺山修司 (対談)
(「週刊読書人」 1976年11月1日号)



月蝕書簡2


「現代短歌のアポリア」より:

「寺山: ぼくは何一つ連続したものがないという形で歴史を認識している。たとえばきのうときょうと同じことを言っても、それは変わらないんじゃなくて、偶然に同じ観念が出てきたと考えるべきだと思っている。」
「寺山: だいたいぼくは住むもの、着るものを含めて、日常の現実原則のレベルでの「私」というものに対する執着がない。つきつめていけば、寺山修司というのも、固有名詞じゃなく一般名詞でもかまわないと思っている。」
「寺山: ぼくらは、体温三十何度かの血の流れているスピーカーですよ。しゃべっている言葉だって、おととい書物で読んだり、きのうテレビで聞いたりしたものばかり。それが頭の中でコラージュされて、通過して出て行くわけですよ。あしたはもうからだに残ってない言葉もあるし、うまく出ていかないで、何年も体内に残っていたりするのもあるかもしれない。いずれにせよ、それは、その程度のものだと思うんですね。それが、日本という一つの全体性の過去の復元過程の中で文芸としてとらえられていくか、あるいは自分が記憶と記録のはざまの中で、自分のからだの中にとどめられてあるか。
佐佐木: 短歌つくっているときも、そういう感じしますか。
寺山: そうです。」



本書収録歌より:

地平線描きわすれたる絵画にて鳥はどこまで墜ちゆかんかな

王国の猫が抜け出すたそがれや書かざれしかば生まれざるもの

幻燈のひなたぼこりに一匹の猫がけむりとなるを見ており

満月に墓石はこぶ男来て肩の肉より消えてゆくなり

義母義兄義妹義弟があつまりて花野に穴を掘りはじめたり

通信販売カタログにしてとりよせんよりどりみどりの血を吐く姉を

流れゆく寝台一つ遠く見ゆいつまでつづくわが罰の旅



ジュミエジュの無気力者たち

ルミネ画 「ジュミエジュの無気力者たち」
Évariste Vital Luminais (1822–1896) : Les Énervés de Jumièges


ロジェ・カイヨワ『幻想のさなかに』(三好郁朗 訳)より:

「名詞化された形容詞《エネルヴェ énervé》は、この語のごく稀で恐怖をさそう語義(《膝の腱を焼いて神経の働きを殺す刑を受けた》)に用いられており、通常的な語義(《無気力な》《いらだった》)とはすこぶる対象的である。今、夕闇が周囲をつつまんとし、波間をただよう筏の上には、処刑された二人の若い貴公子が体を並べて横たわっている。二人の孤独、人家ひとつない大河の岸、言葉では説明のつけようがないけれどたしかに画面から伝わってくる絶望感と圧迫感、そうしたものがこの作品に奇妙な力を付与し、画面全体の平凡さを救っている。特筆すべきは、このエピソード画家の本来の意図が、おそらく、この種の残酷な逸話にこと欠かぬメロビンガ王朝の歴史の、とある感動的事件を画くことにしかなかったと思われる点である。そして、この種の逸話自体は、いかに残酷なものであろうと、けっして幻想的とは言えないのだ。しかも、画題になっている逸話がほとんどの人に識られていないことを、画家もよく心得ている。それだからこそ、身じろぎもせぬ双子の罪人、あるいは生贄、さもなくば追放者を乗せ、流れの間に見捨てられてゆるやかに大河を下るこの壮麗な寝台の存在が、ほとんどの観賞者にとって謎めいてくるのである。(中略)画面は、時の流れの中に贖いの術もなく続くひとつの不運のイメージを喚起してやまない。つまり、この作品は、いわば一切の行動力の決定的不在という事態の、まことに見事な挿画となりえているのであり、これ以後は、《エネルヴェ》という語から伝わってくるものも、語義自体が予想させる激動感、騒乱感ではなく、まさにこの決定的無力感そのものとなるであろう。」



◆『月蝕書簡』 鑑賞◆


「面売りの面のなかより買い来たる笑いながらに燃やされにけり」

縁日に並んで売られているお面のなかの笑い顔のひとつを気まぐれに買って帰ったのは、ひとり暮らしの淋しさをまぎらわそうとの気持からだったのかもしれないが、持ち帰って眺めているうちに、面がだんだん人格(ペルソナ)を持ち始めたので、気味悪くなって燃やしてしまった、というのだろう。
没個性的な「個性」を演出した迎合的な作り笑顔を並べて買い手を待つお面は、われわれ自身の姿かもしれない、とすれば、これもまたひとつの「仮面の告白」である。


「剥製の鷹抱きこもる沈黙は飛ばざるものの羽音きくため」

「目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹」。その鷹も今は剥製になってしまった。否、剥製になったからこそ、主従関係ではない別なかたちでの「コミュニケーション」の可能性がみえてきたのだ、というべきだろうか。「自閉症児」寺山修司の面目躍如といったところだ。


「地平線描きわすれたる絵画にて鳥はどこまで墜ちゆかんかな」

「ビルの屋上から身投げしたのに、地上に落ちず、中空で浮いてしまう男を主人公にしてラジオドラマを書き、それにカーボン紙をあてて、コピーを四通りとった。」(寺山修司「消しゴム 自伝抄」)。この文章で面白いのは、コピーを四つ作ったために、自殺できずに中空で浮いている男が五人に増えてしまったことだが、それはともかく、自殺するつもりだったのに中途半端に生きのびてしまった人間ならばそれほど珍しくはないだろう。
合理的に計算された遠近法の風景のなかでは、人は落ちれば必ず地平線に届くが、地平線を描き忘れた風景においては、永遠に無間地獄を堕ちてゆくしかない。
ここでは「地平線」は「死」の比喩である。
そして、「この世」が「地獄」の比喩であるとしたら、「死」こそ「この世」における唯一の救いであるだろう。
 「レコードに疵ありしかばくりかえす「鳥はとびつつ老いてゆくのみ」 (『月蝕書簡』)。
人は「不老不死」を求めるが、「不老」抜きの「不死」はまさに「地獄」である。
……とはいうものの、わたしはこの歌に、老いることもなく、労働する必要もなく、そこでは下降と上昇が同じものになるような「至高点」としての「黄金時代」への、その忘我状態への憧憬を読み取りたく思う。地平線のない空間は、歴史を廃棄した「永遠の今」であり、それこそが「黄金時代」に他ならない。「鳥はどこまで堕ちゆかんかな」とは、じつにうっとりさせるような、甘美で背徳的な詩句ではないだろうか。
 「とぶ鳥はすべてことばの影となれわれは目つむる萱草(かやくさ)に寝て」 (『月蝕書簡』)。
「モナド(単子)には窓がない」(ライプニッツ)。目という「窓」をしっかりと閉ざし、空をゆく「五月の鷹」を「ことばの影」と化すことによって、「黄金時代」を取り戻さんとする試みが「詩」である。





























プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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