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Mark Dery 『Born to Be Posthumous: The Eccentric Life and Mysterious Genius of Edward Gorey』

「I"ve always had a rather strong sense of unreality. I feel other people exist in a way that I don't.」
(Edward Gorey)


Mark Dery 
『Born to Be Posthumous:
The Eccentric Life and
Mysterious Genius of
Edward Gorey』


William Collins, An imprint of HarperCollins Publishers, London, 2018
viii, 503pp, 24x16cm, hardcover, dust jacket
Book designed by Marie Mundaca
Jacket design by Jim Tierney
Printed and bound in Great Britain



マーク・デリーによるエドワード・ゴーリー評伝。
モノクロ図版43点(写真図版17点、作品図版25点、Don Bachardy によるゴーリー肖像デッサン1点)。

本書はアメリカ版もありますが、イギリス版の方が安かったので(2,416円)注文しておいたのが届いたのでよんでみました。アマゾン新品なのにカバーに破れがあったのは残念でした。


mark dery - born to be posthumous - edward gorey 01


Contents:

INTRODUCTION
 A Good Mystery
CHAPTER 1
 A Suspiciously Normal Childhood: Chicago, 1925-44
CHAPTER 2
 Mauve Sunsets: Dugway, 1944-46
CHAPTER 3
 “Terribly Interectual and Avant-Garde and All That Jazz”: Harvard, 1946-50
CHAPTER 4
 Sacred Monsters: Cambridge, 1950-53
CHAPTER 5
 “Like a Captive Balloon, Motionless Between Sky and Earth”: New York, 1953
CHAPTER 6
 Hobbies Odd - Ballet, the Gotham Book Mart, Silent Film, Feuillade: 1953
CHAPTER 7
 Épater le Bourgeois: 1954-58
CHAPTER 8
 “Working Perversely to Please Himself”: 1959-63
CHAPTER 9
 Nursery Crimes - The Gashlycrumb Tinies and Other Outrages: 1963
CHAPTER 10
 Worshipping in Balanchine's Temple: 1964-67
CHAPTER 11
 Mail Bonding - Collaborations: 1967-72
CHAPTER 12
 Dracula: 1973-78
CHAPTER 13
 Mystery!: 1979-85
CHAPTER 14
 Strawberry Lane Forever: Cape Cod, 1985-2000
CHAPTER 15
 Flapping Ankles, Crazed Teacups, and Other Entertainments
CHAPTER 16
 “Awake in the Dark of Night Thinking Gorey Thoughts”
CHAPTER 17
 The Curtain Falls

Acknowledgments
A Note on Sources
A Gorey Bibliography
Notes
Index



mark dery - born to be posthumous - edward gorey 02



◆本書より◆


「Introduction」より:

「"I'm a terrible creature of habit," he admitted. "I do the same thing over and over and over and over. I tend to go to pieces if my routine is broken."」
「Gorey was a bookworm. Waiting in line, killing time before the curtain went up at the ballet, even walking down the street, he went through life with his nose in a book. (His library, at the time of his death, comprised more than twenty-one thousand volumes.)」
「He had good friends, but whether he had any *close* friends is an open question. With rare exception, he was silent as a tomb on personal matters - his childhood, his parents, his love life. Even those who'd known his for decades doubted they truly knew him.」


(「僕は習慣の奴隷だ。同じことを何度も何度も何度も何度も繰り返す。決まり事を守っていないとどうしたらいいかわからなくなってしまう」(ゴーリー)。
ゴーリーは本の虫で、列に並んでいるときも、道を歩いているときも、本をよみながら人生を通り抜けた。蔵書数は二万一千冊に達していた。
友人はいたが、「親友」がいたかどうかは謎だ。少年時代、両親、愛など個人的なことに関してはごく稀にしか語ろうとしなかった。何十年の付き合いがある人でもゴーリーのことをほんとうに知っているとは思っていなかった。)

「On occasion, he even doubted his own existence: "I"ve always had a rather strong sense of unreality. I feel other people exist in a way that I don't."
 Then, too, Gorey was a Doubtful Guest in the sense that he seemed as if fe'd been in the wrong time, maybe even on the wrong planet.」
「"In one way I"ve never related to people or understood why they behave the way they do," he confessed.」


(ゴーリーは自分自身の存在さえ疑った。「いつも強い非実在感がある。他の人たちは自分とは違うふうに存在しているように感じる」。
するとやはり、ゴーリーは、自分がいるべきでない時代、自分がいるべきでない惑星にいるようだったという意味で「うろんな客」だったのだ。
「僕は人との結びつきを感じたことがないし人がなぜあんなふうにふるまうのかも理解できないでいる。」)


「Chapter 2」より:

「Of course, Gorey was the *least* regular guy imaginable, an unapologetic oddity who thought of himself as "a category of one."」

(もちろん、ゴーリーは考えうるかぎり最もふつうでない人物で、自分一人だけのカテゴリーに属する堂々たる変り者だった。)


「Chapter 4」より:

「Gorey "was already eccentric and individual when I first knew him," said Lurie in 2008.」
「"He had a lot of friends," she notes, ( . . . ) but "was solitary in the sense that he didn't form a partnership with anybody."
Not that there's anything wrong with that, she says. "Not everybody wants to wake up in the morning and there's somebody in bed with them, you know? Some people value their solitude, and I think Ted was like that. He wanted to live alone; he wasn't looking for somebody to be with for the rest of his life. He would have romantic feelings about people, but he wouldn't really have wanted it to turn a full-blown relationship, and that's why it never did." He wasn't a recluse, she emphasizes, just solitary by nature.」


(「若い頃からすでにゴーリーは独得な変り者だった」(アリソン・ルーリー)。
「友人はたくさんいたけれど、特に誰かと親密になることはなかった。でもそれは悪いことではない。孤独を大切にする人もいるのだから。テッド(ゴーリーの愛称)は共に生涯を過ごす相手など求めていなかった。他人に対するロマンティックな感情を抱くことはあったかもしれないけれど、全面的な関係にまで持って行こうとはしなかった。ゴーリーは世捨て人なのではなくて、生まれつき単独行動の人なのだ」。)


「Chapter 6」より:

「"Nothing to communicate, no way of communicationg, must communicate," says Beckett in *L'Innommable (The Unnamable)*, a book Gorey owned.」「"If I had to say I'm like anyone I suppose it'd be Gertrude Stein and Beckett," Gorey once observed」

(「コミュニケートすべきことは何もない、コミュニケートする手立ては何一つない、コミュニケートしなければならない」とベケットは『名づけえぬもの』で言う。「ぼくが誰かに似ているとすれば、それはガートルード・スタインとベケットだ」とゴーリーは述べたことがある。)


「Chapter 14」より:

「Things imperfect, impermanent, incomplete: these were the sorts of things Gorey loved best.」
「Gorey loved rocks. ( . . . ) "If you were to die and come back as a person or thing," ran one of the question in *Vanity Fair*"s Proust questionnaire, "what would it be?" "A stone" was Gorey's reply. "I had a terrible trauma this week," he told the *New Yorker* writer Stephen Schiff. "I didn't know what had become of my favorite rock. And I thought, 'Oh my God, I can't live.' Fortunately, it was found."」


(ゴーリーが最も愛したものは、長続きしないもの、どこか欠けたところがあるものだった。
ゴーリーは石が好きだった。「生まれかわるとしたら」という質問に対してゴーリーは「石ころ」と答えた。
「今週ひどいトラウマ的出来事があった、お気に入りの石がどこかにいってしまったんだ。「もう生きていけない」そう思った。見つかってよかった。」)

「Chapter 17」より:

「Everyone who encountered him assumed he was gay, yet he maintained, to his dying day, that he was a neutral. Nonetheless, his crushes, as we know, were entirely male.」

(ゴーリーと知り合った人はみな、彼を「ゲイ」だと考えたが、ゴーリー自身は自分は「中性」だと言い続けた。とはいうものの、ゴーリーが恋愛感情を抱いた相手がみな男だったことは、本書で述べた通りだ。)


「Yet it's also possible that Gorey was *ahead* of his time, and not just his but ours as well. Was the radical doubter - who questioned not just who he was but *whether* he was - raising a skeptical eyebrow about this whole business of constructing identity ( . . . ) around sexuality?」
「Connect the dots of Gorey's responses to the are-you-gay question and they add up to asexuality, which is, in a way, very Taoist of him. In a world built on philosophical binaries, bisexuality is threatening enough, as White points out. Bisexuals, he contends, "keep a low profile, not because they're ashamed but because everyone distrusts and fears them. Tribes have only two ways of treating interstitial members; they either make them into gods or banish them." Asexuality is beyond interstitial; it steps outside the sexual continuum altogether. Asexuals are the Bartlebys of human sexual response; like the protagonist of Melville's novel, they simply "prefer not to."」


(ゴーリーは彼の時代のみならずわれわれの時代より先へ行っていた可能性もある。自分がどういう存在であるのかのみならず自分の存在自体さえ疑うほどラディカルな懐疑主義者だったゴーリーは、セクシュアリティ(LGBT)にアイデンティティを求めようとする現代の風潮を疑わしく思っていたのではなかろうか。
ゲイ疑惑に対するゴーリーの反応を総合すれば「アセクシュアル」に行き着くが、それはいかにもタオイストであったゴーリーにふさわしい。エドマンド・ホワイトが指摘するように、哲学的二元論の上に築かれた世界においてどっちつかずの存在であるバイセクシュアルは脅威であり、おとなしくしていないと神格化されるか追放されるかどっちかだが、アセクシュアルはさらにその上を行って、セクシュアリティそのもののの外部へ突き抜けてしまう。アセクシュアルはセクシュアリティにおけるバートルビーであって、メルヴィルの小説の主人公のように、ただひたすらなにもしないでいることを望むのである。)



◆感想◆


著者の興味はゴーリーの「ゲイ」問題に集中しているようで、結論的には、ゴーリーは「ゲイ」だが、ゲイ体験の試みに失敗して「アセクシュアル」になることを選んだ、ということのようです。しかしながら、わたしなどもアセクシュアルですが、生まれつきのアセクシュアル者であれば誰しも一度は「自分は同性愛者なのではないか」と悩むものなのではなかろうか。つまり、わたしの見るところ、ゴーリーは生まれつき「アセクシュアル」だったものの、当時はアセクシュアルなどという概念がなかったので、他人に「ゲイ」だと言われ、自分でも「ゲイ」なのではないかと思いこまざるを得なかった、ということなのではなかろうか。同様に、高機能自閉症(AS)などという概念がなかったころには、他人に「変り者(eccentric)」だと言われ、自分でも「変り者」なのではないかと思いこまざるを得なかった……まあ、変り者であることに間違いはないので、それはそれでよいです。
そういうわけで、わたしの興味は「ゲイ」としてのゴーリーにではなく「高機能自閉症者」としてのゴーリーにあるので、そういった意味では本書には不満がありますが(※)、アリソン・ルーリー(Alison Lurie)宛書簡で報告されているというゴーリーのゲイ体験についてとか、絵本『蒼い時』の背景となったトム・フィッツハリス(Tom Fitzharris)との交友について書かれているのは情報としてありがたいです。とはいうものの、引用は断片的にすぎるし、『蒼い時』のキャラクターが描かれていたというフィッツハリス宛の封筒の画像はぜひとも掲載してほしかったところですが、たぶん大人の事情があるのでしょう。
さらに無いものねだりをすれば、期待していた変り者エピソードがほとんどないことと、図版が少ないことで、そのへんはアレクサンダー・セルー(Alexander Theroux)のメモワール本(『The Strange Case of Edward Gorey』)の方が珍しい図版も多いし、変り者エピソードも多いですが、本書の著者によるとセルーの本には事実誤認が幾つかあるということで、しかし事実誤認ということでいえば、本書にもたとえばアルフォンス・アレー原作の「Story for Sara」とシャルル・クロス原作の「The Salt Herring」について両者とも英訳はゴーリーによるものだとしていますが(「Gorey translated both books in addition to illustrating them.」)、ゴーリーの絵本「The Salt Herring」(燻製にしん)には英訳者名はアルフォンス・アレーと記載されています。
それともう一つ残念なのは、わたしがゴーリーを知るきっかけになった、ゴーリー生前にリリースされたマイケル・マントラー(Michael Mantler)のアルバム『The Happles Child』(ヴォーカルはロバート・ワイアット)に関する記述が一切ないことです。序文で言及されているゴーリーにインスパイアされた「an avant-garde jazz album」というのはマックス・ナグル(Max Nagl)の『The Evil Garden』(ヴォーカルはジュリー・ティペッツ)のことでしょう。タイガー・リリーズ(Tiger Lilies)とゴーリーの関係についてはやや詳しい記述があります。

それはそれとして、失われた子ども時代を取り戻すかのように人形芝居に夢中になっていた晩年のゴーリーの姿はたいへん感慨深いです。

※ 著者は「Gorey was a Doubtful Guest in the sense that he seemed as if he'd been in the wrong time, maybe even on the wrong planet.」などと書いているくせに(「wrong planet」はトッド・ラングレンのアルバムのタイトルですが、自閉症スペクトラム者のためのオンライン・コミュニティーの名称でもあります)、ゴーリーは自閉症ではない、とあっさり断言しています。その根拠としてウタ・フリス(自閉症研究の権威)からのメールの返事を掲載していますが、フリスは、故人を診断するのは難しいとしながらも、ゴーリーが自閉症ではない理由として「1. ゴーリーの特徴であるアイロニーは自閉症者が苦手とするものである(Gorey's hallmark irony is incompatible with autism.)」「2. 自閉症者は婉曲な表現を機敏に察知するのが苦手である(A keen eye for subtle cues is incompatible with autism.)」「よそよそしい態度や世間話に興味がないことは理論的には自閉症によるものと考えることもできるが、よそよそしさにはさまざまの理由があり得る(As for his "cool, aloof style, uninterested in chitchat," this could, in theory, be a consequence of autism, ( . . . ) "but there can be more than one reason for aloofness.)」をあげています。著者はゴーリーが「ゲイ」であったということを証明するためにはどんな些細な証拠をもないがしろにしないのに、自閉症に関してはよくこんなおざなりな説明で納得したものだと感心せずにはいられません(というのは遠まわしな皮肉であります)。
自閉症者は反語的な言い方をされても言葉そのままに受け取ってしまう傾向があるので、たとえば「いい度胸してるね」などといわれると褒められたと思ってよろこんだり、「やる気がないなら帰れ」といわれるとさっさと荷物をまとめて帰宅してしまったりするわけですが、しかし何度も同じような皮肉をいわれているうちにはさすがに「これは皮肉というものであるな」と気づきます。そして「よし自分もひとつ皮肉というものを言ってやろう」と考えるものなのではないでしょうか(それがうまくいくかどうかは別問題です)。アイロニーということでいえば、あの『ガリヴァー旅行記』の著者スウィフトはアスペルガー症候群であったとする研究もあります。
それはそれとして、ゴーリーの作品は「アイロニー」というよりは、いわゆる「奇妙な味」というものなのではなかろうか。
ここでウタ・フリス編著『自閉症とアスペルガー症候群』からアスペルガー症候群の診断基準の概要を引用すると、

「1 社会性の欠陥(極度の自己中心性)
2 興味・関心の狭さ
3 決まったパターンの繰り返し
4 言葉と言語表現の奇妙さ
5 非言語コミュニケーションの問題
(a 身振りの使用が少ない
b 身体言語(ボディ・ランゲージ)のぎこちなさ/無神経さ
c 表情が乏しい
d 表現が適切でない
e 視線が奇妙、よそよそしい)
6 運動の不器用性」

これなどはそのままでゴーリー作品の特徴リストになるのではないでしょうか。
さらに同書より成人のアスペルガー症候群の診断基準の抜粋。

「・狭く個人的な性格をもつ、変わった「独得な」興味。(中略)物の収集や、事実の記憶を含むことが多い。
・社会的に認められた慣習、とくに通常は暗黙に了承されている慣習に従って振る舞うことの困難。」

なにをかいわんやであります。
本書でも紹介されている、お気に入りの石ころを失くしてしまったゴーリーが大げさなまでに途方に暮れるエピソードや、ニューヨーク・シティー・バレエに通い続けたゴーリーが、バランシンが死んでしまったら自分はどうやって生きていけばいいのかと本気で不安がるエピソードなどは、「ゲイ」では説明できないですが「自閉症」でなら簡単に説明できます。本書の内容そのものが「ゴーリーは自閉症ではない」という著者の断言を裏切る形になっています。
著者は、アメリカ文化に多大な影響を与えてきた「ゲイ」芸術の系譜にゴーリーを位置付ける(situating him in an artistic continuum whose influence on American culture has been profound.)ことを目論んでいるようですが(そしてそのためにゴーリーは「ゲイ」であって生まれつきの「アセクシャル」や「自閉症」ではない、と主張したいのだと思いますが)、わたしとしてはゴーリーを「artistic continuum」ではなく「autistic continuum」に、樽の中のディオゲネス以来人類文化に多大な影響を与えてきた自閉症文化の系譜にゴーリーを位置付けたく思っています。
そういうわけで、たいへん残念なことではありますが、その道の権威であるウタ・フリスの「お墨付き」を得たかのような著者の断言が、今後のゴーリー研究の布石とならぬことを切に望む次第です。

















































































































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Erin Monroe 『Gorey's Worlds』 

Erin Monroe 
『Gorey's Worlds』

with contributions by
Robert Greskovic,
Arnold Arluke,
and Kevin Shortsleeve

Wadsworth Atheneum Museum of Art, Hartford, Connecticut in association with Princeton University Press, Princeton and Oxford, 2018
x, 150pp, 24.2x21.5cm, hardcover
Designed by Roy Brooks, Fold Four, Inc.
Printed in China


Wadsworth Atheneum Museum of Art, Hartford, CT, February 10-May 6, 2018
Tacoma Art Museum, Tacoma, WA, June 23-September 30, 2018



本書はアマゾンマケプレで新品の最安値のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました(3,375円)。布装ハードカバー(角背)で、カバー(ダストジャケット)は元から無いタイプです。本体の布表紙に直接写真(裏表紙は絵本イラスト)が印刷されています。中央のタイトル部分はデボス加工が施されています。


goreys worlds 01


Contents:

Foreword (Thomas J. Loughman)
Acknowledgments (Erin Monroe)

GOREY'S WORLDS (Erin Monroe)
THE MAN WHO WANTED TO BE ENTERTAINED (Robert Greskovic)
UNDERSTANDING GOREY'S HUMAN-ANIMAL WORLD (Arnold Arluke)
EDWARD GOREY: NONSENSE, SURREALISM, AND SILENT MATTER (Kevin Shortsleeve)

Notes
About the Authors
Index
Photo Credits



goreys worlds 04



◆本書について◆


本書は、今年ワズワース・アテネウム美術館で開催されたエドワード・ゴーリー展のカタログです。
2001年、ゴーリーが収集した19―20世紀アートのプライベート・コレクション73点が同館に遺贈されたのですが、それらのなかから主要なものを、その影響を伺わせるゴーリー作品とともに掲載、さらに興味深いゴーリーのポートレート写真数点と参考図版(マグリット、エルンスト、バランシン等)も掲載されています。
ゴーリーのコレクションは、バルテュス、ボナール、ドラクロワ、メリヨン、ルドン、ルオー、ヴュイヤール、アッジェなどフランス中心で、他にエドワード・リアのデッサンや、同時代ではチャールズ・バーチフィールドをはじめとして、架空の国の切手を手書きで描いたドナルド・エヴァンズや、ゴーリーに輪をかけた引きこもりの「饒舌な沈黙(eloquent silence)」の画家アルバート・ヨークなど。一方で無名画家の作品(フォークアート)も積極的に収集していて、特に19世紀に独学本が出て女性の間に広まった「sandpaper drawings」がお気に入りだったようです。
エリン・モンローによるエッセイ「Gorey's Worlds」ではそれらの作品・アーティストとゴーリーの「Affinity」(親和性)が論じられています。他にもゴーリーのさまざまな世界――ゴーリーとバレエ、ゴーリーと動物、ゴーリーとノンセンス&シュルレアリスム――についての論考が併載されています。

この展覧会とほぼ同時期に開催されたジョゼフ・コーネル展「Birds of a Feather: Joseph Cornell's Homage to Juan Gris」も、コーネルとグリスの親和性をテーマとしたもので、ゴーリーやコーネルのような特異体質の変わり者アーティストをそれだけ切り離して研究するのではなく、あるいは役割モデル的な影響関係とか、社会とか同時代とかでくくるのではなく、時代や国を異にするさまざまな対象とのあいだの親和性という観点から考察するのは興味深いです。興味深いといえば、ゴーリーとコーネルという、たいへん共通点の多い二人の同時代人・同国人――二人ともフランスかぶれであり、バレエ愛好家(コーネルの場合はバレリーナ愛好家)であり、映画マニア(コーネルの場合は映画女優マニア)であり、本好きであり、コレクター(というかゴーリーの自己規定によれば「accumulator」=ためこみ屋)であり、シュルレアリスムに触発されつつも独自のジャンルを作り上げてしまった職人かたぎの芸術家であり、引きこもりであり独身者であり――のあいだに相互関係がまったくみられないこと(すくなくとも管見のかぎりでは)も興味深いです。


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19世紀のサンドペーパー・ドローイング「魔法の湖(The Magic Lake)」。


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エドワード・ゴーリー「The Prune People」より。


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上: マックス・エルンスト「慈善週間」より。
下: エドワード・ゴーリー「The Doubtful Guest」下絵。




Gorey's Worlds, by Erin Monroe

































































エドワード・リア 文/エドワード・ゴーリー 絵 『ジャンブリーズ』

エドワード・リア 文
エドワード・ゴーリー 絵 
『ジャンブリーズ』
柴田元幸 訳


河出書房新社 
2007年11月20日 初版印刷
2007年11月30日 初版発行
48p 15.5×23.5cm 
角背紙装上製本 カバー 
定価1,050円
装幀: 渡辺和雄


The Jumblies by Edward Lear 
Illustrations ©1968 by Edward Gorey



本書はエドワード・リアの詩にエドワード・ゴーリーが18点の挿絵と表紙絵・扉絵・献辞(挿絵はリアの愛猫「フォス」に捧げられています)・見返し(それぞれ1点)を新たにつけた本です。


リア ジャンブリーズ 01


リア ジャンブリーズ 02


登場人物たちの総称である「ジャンブリーズ(Jumblies)」は「乱雑な寄せ集め(a confused mixture)」を表わす「jumble」から来ていて、ゴーリーの挿絵でも、それぞれがてんでんばらばらの恰好をしていているし、それぞれが別の石の上に立って別々の方向を見ている挿絵もあります。ジャンブリーズは一致団結して行動するときはなかなかの協調性をみせるものの、基本的にはそれぞれが独自の個性と方向性を持った多様な存在の集合体という意味が込められているものとおもわれます。
ジャンブリーズたちが乗り込んだ舟は「ふるい」の舟なので、すぐに沈んでしまうはずで、まるで補陀落渡海ですが、それにもかかわらず二十年の航海の後に無事に故郷に帰りつくことができたのも、かれらが「乱雑な寄せ集め」であったからこそなのではないでしょうか。皆がばらばらの方向を目指していればバランスがとれて安定するからです。

ところで翻訳では「far and few, far and few / Are the lands where the Jumblies live」を、「うみのかなたの そらとおく/ジャンブリーズの すむという」と、上田敏ふうに訳していますが、これは「The lands where the Jumblies live are few and far between.」(ジャンブリーズが住む土地は滅多に見つからない)の意味だとおもいます。ようするに、ジャンブリーズは、地上には自分の居場所がない人々です。


リア ジャンブリーズ 03


龍安寺石庭を思わせる石の上に佇んで勝手な方向を見つめるジャンブリーズ。イギリスの詩人ジョン・ダンは「No man is an island (何人も一島嶼にてはあらず)」と言いましたが、ドイツの詩人ノヴァーリスは「イギリスが島国であるだけでなく、すべてのイギリス人が孤島なのだ」と言いました。
そしてアメリカの絵本作家ゴーリーは「世界中のすべての人がそれぞれ一つの貴重な孤島であり、それを認識することからすべてが始まるのだ」と言っているようにおもいます。

以上です。



エドワード・リアによる原文と挿絵:

The Project Gutenberg eBook, Nonsense Song, by Edward Lear


jumblies by edward lear




こちらもご参照ください:

オリバー・サックス 『妻を帽子とまちがえた男』
※妻を帽子とまちがえるような、リアのリメリックにでてくるような人物が現実にも存在するのだということを教えてくれる本です。
マルグリット・ユルスナール 『目を見開いて』 岩崎力 訳
※「これまでいつも私は島が好きでした。(中略)島はひとつひとつそれ自体が小世界であり、宇宙のミニアチュールなのです。」











































エドワード・リア 文/エドワード・ゴーリー 絵 『輝ける鼻のどんぐ』 

エドワード・リア 文
エドワード・ゴーリー 絵 
『輝ける鼻のどんぐ』 
柴田元幸 訳


河出書房新社 
2007年12月20日 初版印刷
2007年12月30日 初版発行
50p 15.5×23.5cm 
角背紙装上製本 カバー 
定価1,050円
装幀: 渡辺和雄


The Dong with a Luminous Nose by Edward Lear
Illustrations ©1969 by Edward Gorey



本書はエドワード・リアの詩にエドワード・ゴーリーが18点の挿絵と、表紙絵・扉絵・献辞(本書の挿絵はゴーリーの愛猫「リヴィア」「アグリッピナ」「カンズケ」に捧げられています)・見返し(それぞれ1点)を新たにつけた本です。


リア 輝ける鼻のドング 01


本書は先に刊行された『ジャンブリーズ』の続編というか外伝になっています。
 
 
リア 輝ける鼻のドング 02

 
本篇は荘重な物語詩のパロディで重苦しく陰鬱に始まり、「さまよえるユダヤ人」伝説のように「光る鼻のドング」伝説が語られていくのですが、途中「ジャンブリーズ」コーラスをはさんで転調して、希望にみちたハッピーエンディングです。

本書をよんで、欠点を隠そうとしてはいけない、むしろ欠点をみずから誇張し助長し全面に押し出すことによってしか幸福の追求は成し得ないのだ、ということを学んだような気がします。あと、最後の絵にドングを導く「じゃんぶりー・がーる」の姿が描きこまれていたのがたいへん感動的でした。

以上です。


リア 輝ける鼻のドング 03



エドワード・リアによる原文とイラスト:

The Project Gutenberg eBook, Laughable Lyrics, by Edward Lear




こちらもご参照ください:

エドワード・リア/エドワード・ゴーリー 『ジャンブリーズ』











































































































Alexander Theroux 『The Strange Case of Edward Gorey』

「I say Gorey was outside the whole circle. He liked being in the minority. Eccentrics in the United States, unlike in England, are often seen as threats. We tend to fear and ostracize such creatures. They are marginals, not democratic, to be feared - *different*. I'm afraid no trait is more winning in this country than conformity.」
(Alexander Theroux 『The Strange Case of Edward Gorey』 より)


Alexander Theroux 
『The Strange Case of Edward Gorey』


Fantagraphics Books, first softcover edition August 2000, first hardcover edition January 2011, second hardcover edition May 2011
168pp, 23.7x16cm, quarter cloth binding, no dust jacket as issued
Edited by Gary Groth
Designed by Jacob Covey

 

ゴーリーと交遊があった作家アレクサンダー・セローによるゴーリー回想録。ゴーリー没後四か月で出版された本書の初版は68ページで、11年後のハードカバー版(本書)では100ページも増えていますが、初版を持っていないのでどのように増補改訂されたのかは比較検討できません。タイトルは「エドワード・ゴーリー怪事件」とも「エドワード・ゴーリーの奇妙な症例」とも訳せます。スティーヴンソン「ジキル博士とハイド氏」の原題が「The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde」です。
本書は、伝記や作品研究ではなくて、ゴーリーという人物がいかに変わり者だったかを、個人的な思い出を交えつつ縷説している本です。系統だった著述ではなく、ランダムにテーマをあげて、ゴーリーの変わり者エピソードを紹介したり、ゴーリーの好きなものや嫌いなものの吟味、過去の詩人や作家や画家(オーデン、ソーロー、ビアズリー、バーナード・ショー等、ゴーリー同様に高機能自閉症的傾向のある人々)との比較などがなされています。見慣れない単語が頻出するので難儀しましたが、そこそこ面白く読めました。著者は日本で流行っている「hikikomori」という現象についても詳しいようです。

本書の最後の方で、ゴーリーが著者に、「(ファンからの)手紙に返信できないことに、ひどい罪悪感を覚える」(terribly guilty about not answering letters)と語ったとありますが、未知のファンに限らず、一時は自分の最大の理解者だとまで考えた絵本の共作者ニューメイヤー氏からの手紙にも、ゴーリーは最終的に返信することができなくなってしまいます。引きこもり状態に陥ったゴーリーから、缶詰のラベルを貼り付けた葉書を貰って、ニューメイヤー氏は当惑していますが、ゴーリーにとっては、それが唯一可能なコミュニケーションだったのでありましょう。

海外のサイトを見ると、本書に対する意見は賛否両論のようです。確かに、故人となったゴーリーが私的な会話で口にした著名人に対する悪口(マーサ・スチュワートやバーブラ・ストライザンド、ウッディ・アレンらが槍玉にあげられています)を公にするのはいかがなものかという気もしないでもないですが、しかしながら著者がゴーリー像を歪めているという批判は言いがかりでありましょう。


strange case of edward gorey 01


背の部分は布装。表紙の四角い部分はデボス加工で凹ませてあります。


strange case of edward gorey 02


strange case of edward gorey 03


他の本では見たことのない図版や写真がたくさん掲載されているのでそれだけでも一見の価値があるのではないでしょうか。




The Life Of Edward Gorey, Told By An Old Friend
https://www.npr.org/2011/02/20/133869853/the-life-of-edward-gorey-told-by-an-old-friend




































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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