松山巖 『乱歩と東京』 (PARCO PICTURE BACKS)

松山巖 
『乱歩と東京
― 1920 都市の貌』

PARCO PICTURE BACKS

PARCO出版局
1984年12月10日第1刷
1985年3月20日第2刷
234p あとがき2p 参考文献1p
A5判 並装 カバー 
定価2,000円
装幀フォーマット: 菊地信義
装幀・デザイン: 東幸見



本書「序章」より:

「現在、様々な分野で一九二〇年代が顧みられるのは、この時代に今日の都市社会が否応もなく抱え込んでしまっている問題の祖型を人々がみるためであろう。また、乱歩作品が半世紀以上の時代を経ながらも高い人気を得ているのは、その中に私たちが現代に通じるリアリティを感じるためである。
 こうして、私は乱歩作品を辿りながら、“二〇年代と現代、二つの都市文化を現像すること”を本書の主題(テーマ)とすることにした。」



本文中図版(モノクロ)多数。
本書は1994年にちくま学芸文庫版が刊行されています。


松山巌 乱歩と東京 01


帯文:

「1920年代
東京論
いま、
江戸川乱歩の世界が甦る!

日本推理作家協会賞
評論部門――受賞」



帯背:

「'20年代東京論」


目次:

序章

i章 感覚の分化と変質
 探偵の目
 目と舌と鼻、そして指
ii章 大衆社会の快楽と窮乏
 高等遊民の恐怖
 貧乏書生の快楽
iii章 性の解放、抑圧の性
 姦通
 スワッピング
iv章 追跡する私、逃走する私
 追跡する写真
 逃走の実験
v章 路地から大道へ
 もう一つの実験室
 大道芸人たち
vi章 老人と少年 [三〇年代から六〇年代へ]
 埋葬
 小年誘拐

年譜 [1915―1945]
あとがき
参考文献



松山巌 乱歩と東京 04



◆本書より◆


「探偵の目」より:

「実は、「D坂の殺人事件」は(中略)、登場する人物の互いの関係がすべて希薄な上に構成されているのである。(中略)この登場人物相互の希薄な関係はどこから生じているのだろうか。多分、それは(中略)主要な登場人物のすべてが、東京にどこからか移入してきた故郷喪失者であるためと思われる。」

「「D坂の殺人事件」が想定している大正八、九年は、東京がその歴史の中で都市から大都市へと移り変る、いわばひとつの節目を通り過ぎたばかりの時期であった。」

「希薄な人間関係は、出郷者が上京する以前に取り囲まれていた小さな地縁社会では得られなかった解放感をつくり出す。人々はこの解放感の得られる場所として、喫茶店を選んだのである。そして、その解放感が、ありきたりの思考や常識に捉われない明智小五郎という探偵を生み出したのである。」

「明智と「私」が、事件に出会う前に白梅軒で、探偵小説について意見を述べあっているという設定は、探偵小説そのものの構造を明らかにする。探偵小説は、他の小説とは異なった構造をもっている。読者は作品を読みながら、絶えず作者がその中にさりげなく撒き散らしたトリックや仕掛けに注意し、どこか怪しい所はないか、疑わしい所はないかと思う。(中略)この作者の文章のディテールを読者が疑うという構造は、探偵小説以前の文学には考えられなかったものである。」

「つまり、人々が自らの目の中に探偵の目を内在させ、その目付きも変ったということである。日常生活に生じた矛盾やズレに足をすくわれぬように、人々は目くばりを欠かせなくなり、もしその矛盾に足をすくわれるならば、小説と同様、殺人事件にすら巻き込まれかねないということである。」

「この目付きの変化について、同時期に柳田國男はハリウッドから久しぶりに戻った俳優上山草人が、東京人の眼が大変に怖くなっているといったことを例にして「有りさうに思はれる」変化としている。柳田によれば、この目の変化は田舎での気の置けない生活には見られぬことであり、目を人と合すことは勇気のいることであったが、諸国の人が交流する都会では、伏し目で生きられぬと思い、人を怖れまいという努力が眼に表われているというのである。続けて、

 元来が餘り人を見たがらず、はにかんで屡々人に見られてばかり居た者が、思い切つて他人を知らうとする気になつたときに、其眼は赤子の如く和やかには見なかつたのである。多数の東京の男の眼が若し険しくなつて居るとしたら、それは新たに知識欲に目ざめたことを意味するだけで、必ずしも喧嘩も辞せずという迄の、強い反抗心の表示では無かつたらうと思ふ。

 柳田のいう知識欲とは、平林初之輔のいう「分析的精神」であろう。また柳田は目付きの険しさに反して、著しく減少したのが喧嘩であるという。柳田によれば喧嘩は一種の社交術であり、飯より喧嘩が好きという心情は、勇気あることの証しというよりも、新たな知人を増す喜びであり、それゆえに喧嘩の仲人は双方から尊敬されたのだという。このことを敷衍していえば、喧嘩という肉体的な社交が、眼の一瞥に変化し、互いの距離を遠ざけたということであろう。視線は具体的には体に触れぬ感覚であり、一方通行である。決して自分を傷つけずに他人を丸裸にしていく。探偵小説は都市生活者の希薄な人間関係を土壌として生れ、その希薄な人間関係の代償として得た鋭い目付きそのものが探偵小説であった。」



「埋葬」より:

「伏せ字だらけで発表した『新青年』誌上の「芋虫」(同誌上では「悪夢」)と、後に乱歩の原文通り発表した全集本の「芋虫」とを比較してみるとおもしろい。
 妻の性欲と兵士に四肢の代償として「功五級の金鵄勲章が授けられた」箇所、つまり、女性の貞節心と兵士の忠誠心にかかわる箇所が、伏せ字になっているのである。」
「「芋虫」は、発表後反戦小説として読まれたようだ。乱歩はその評価について、次のように述べている。

 私はあの小説を左翼イディオロギーで書いたわけではない。私はむろん戦争は嫌いだが、そんなことよりも、もっと強いレジスタンスが私の心中にはウヨウヨしている。例えば「なぜ神は人間を作ったか」というレジスタンスの方が、戦争や平和や左翼よりも、百倍も根本的で、百倍も強烈だ。それは抛っておいて、政治が人間最大の問題であるかの如く動いている文学者の気が知れない。(略)「芋虫」は探偵小説ではない。極端な苦痛と快楽と惨劇を描こうとした小説で、それだけのものである。強いていえば、あれには「物のあわれ」というようなものも含まれていた。反戦よりはその方がむしろ意識的であった。反戦的なものを取入れたのは、偶然、それが最もこの悲惨に好都合な材料だったからにすぎない。」

「乱歩の「なぜ、神は人間を作ったか」という疑問は、裏返せば“人間は、その先にはなにもない死までの時間を日々、過ごしているのではないか”という疑問にもなる。(中略)こうした疑問が生まれてきた由来を考えることは、さほど難しくないだろう。それは個人の身体をとりまく社会的な空間が、経済的な効率でしばられ始め、経済的な富を生み出さねば、その肉体はまるで死んだも同然であり、同時に死自体は意味をもたない、すべてが終ってしまう一瞬というものに変ったためである。」
「「芋虫」は、死の世界を理想化してみるか、あるいは全く価値のない世界としてみるか、観念が二つに分離してしまった状況をその作品の底部でたたえている。」



「少年誘拐」より:

「少年たちは怯えていた。また、その怯えを象徴するような出来事もあった。赤マントと呼ばれる怪人が少年をさらったり、少女を暴行したり、小学校や女学校の女子トイレに出没するという噂が、昭和十四、五年頃、東京のみならず他の大都市でも流れた。加太こうじによれば、昭和十五年の夏、彼の作った紙芝居が赤マントのデマを生み出した原因として大阪の警察に押収され、焼却されたという。警察が加太の紙芝居をデマの原因としたのは、赤マントの「デマは、東京の日暮里駅近くの谷中墓地に隣接したあたりで、少女が暴行を受けて殺害された事件から発していた。そのとき、そのあたりで私が作った赤マントの魔法使いが街の靴磨きの少年をさらっていって、魔法使いの弟子にする物語の紙芝居をやっていた」ためだという。紙芝居の絵が東京から横浜、さらに東海道の主要都市を経て、大阪へ行くという順路と時間が「赤マントの人さらいのデマが流布する順路と時間にうまく一致」したことも警察に睨まれた原因ではないかともいう。
 紙芝居の絵と共に赤マントのデマが移動したのは、少年たちの怯えが、乱歩の少年ものと同様に、紙芝居とも共鳴していったからであろう。紙芝居に子どもたちが魅せられたのは、連続活劇の物語の面白さと売られる駄菓子によるばかりではなかった。同じ時刻、同じ場所にどこからともなく現われ、語り終えると、またどこかへ去ってしまう紙芝居屋に惹かれていたのである。チンドン屋も、奇妙な扮装をして、楽器を打ち鳴らし町から町へ流れて行く。子どもたちにとって紙芝居とチンドン屋は別世界の住人に思えたのである。紙芝居屋もチンドン屋も大正時代から存在したが、昭和に入って失業者が増えてから急激に興盛した商売である。子どもたちは、この二つの新商売の得体なさに惹かれ、その後を追いかけた。子どもたちは、自分の町とは別の世界があることに怯えながらも、紙芝居とチンドン屋について行って、見知らぬ町へさらわれたがっていたのかも知れない。」



松山巌 乱歩と東京 03



こちらもご参照下さい:

堀切直人 『迷子論』
種村季弘対談集 『東京迷宮考』
鬼海弘雄 写真集 『東京迷路』










































































































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江戸川乱歩 著/棟方志功 版画 『犯罪幻想』 復刻版

「ああ、あなたはわかって下さるかも知れません」 
(江戸川乱歩 「押絵と旅する男」 より)


江戸川乱歩 著
棟方志功 版画 
『犯罪幻想』 
(復刻版)


東京創元社 
平成6年4月20日初版発行
331p 目次3p 別丁図版(モノクロ)11葉
20×15.5cm 
丸背クロス装(アートカンブリック)上製本 貼函 
定価5,000円



昭和31年11月10日印刷、同30日発行の東京創元社版(千部限定)江戸川乱歩自選短篇集(上製本)の復刻本。各篇に一点づつ棟方志功による挿絵が挿入されています。
地の余白の柱(各篇タイトル)とノンブル(頁数表記)は朱色。


本書「あとがき」より:

「気に入っている作を集め、一冊の贅沢本として、少数の同好者に頒つことは、著者にとっても、出版社にとっても、また、そういう本を愛する読者にとっても、ひとつの道楽である。」
「戦前の限定本「石榴」には理屈っぽい探偵小説を、「幻想と怪奇」には表題通り幻想の作品を収めたが、この本にはその両者から私の気に入っているものだけを採り、論理と幻想とをあわせ収めることにした。そこで本の表題を「幻想と論理」としようかと考えたが、なんとなく語呂がわるいので、両者に共通する「犯罪」の語を採り、それに、私の描く犯罪は常に幻想的なのだから、「犯罪幻想」と名づけることにしたのである。」



江戸川乱歩 犯罪幻想 01


帯文:

「江戸川乱歩生誕100年記念出版
「二銭銅貨」をはじめ、乱歩の自選短編十一編に
棟方志功が入魂の木版画十一葉を彫り下ろした
ファン垂涎の豪華本の復刻版」



帯背:

「待望の
復刻!」



江戸川乱歩 犯罪幻想 02


目次:

二銭銅貨
二廃人
D坂の殺人事件
心理試験
赤い部屋
屋根裏の散歩者
人間椅子
鏡地獄
芋虫
押絵と旅する男
柘榴

あとがき



江戸川乱歩 犯罪幻想 03

「二銭銅貨」。


江戸川乱歩 犯罪幻想 04

「D坂の殺人事件」。


江戸川乱歩 犯罪幻想 05

「押絵と旅する男」。



◆感想◆


新潮文庫版『江戸川乱歩傑作選』は、本書が元になっていますが、ページ数の制限からか、収録作品は「二銭銅貨」から「芋虫」までの九篇で、「押絵と旅する男」と「柘榴」は割愛されています。「柘榴」は無くてもかまいませんが、「押絵と旅する男」は削るべきではなかったと思います。
 ところで、わたしは短篇集を、長篇小説のように読むことにしています。各短篇の有機的つながりや、全体としての起承転結を、勝手に妄想して楽しむのであります。
 新潮文庫版傑作選で読む場合、「二銭銅貨」の無名の青年の、下宿でゴロ寝の貧乏生活の倦怠が生み出した架空の犯罪(プラクティカル・ジョーク)から始まって、妄想の犯罪とか現実の犯罪とかいろいろあって、最後には、「鏡地獄」で描かれる、日常の現実からのシュルレアリスム的(「独身者の機械」的)方法論による離脱の試みがもたらす凄絶な結末と、「芋虫」の、国家のために戦って廃人となった傷痍軍人の寝たきり生活の悲惨な結末の、二つの結末が提示されることになります。言葉をかえていえば、新潮文庫版傑作選では、この世に対して違和感しか感じることのできない変わり者の青年が、おのれの特異性のままに突っ走って狂気に至るか(「鏡地獄」)、あるいは、おのれの特異性に逆らって、この世の価値観に従って突っ走って廃人になり自殺するに至るか(「芋虫」)という、二つのいずれにしろ重苦しい選択肢しか提示されないことになってしまいます。しかし、これら二つの後に、「押絵と旅する男」が来ることによって、われわれ読者は、この忌むべき現実から抜け出すための第三の選択肢、生きながらにして人間ではない何ものかに転身するという方法を示され、一気に幻想世界への窓が開いて、風通しが良くなるのであります。
 繰り返しますが、末来ある若い読者の精神衛生のためにも、「押絵と旅する男」は削るべきではなかったです。





















































『江戸川乱歩全集 第28巻 探偵小説四十年(上)』

「私は子供のころから、私は私なりの意味で、「異邦人」だと思っていた。周囲の子供たちと、物の考え方も好き嫌いも、まるで違っているので、いつもハチブにされているような気がしていた。これは大人になっても同じことで、社会と交わって行くためには、私は本当の自分を隠して、仮面をかぶって暮らすほかなかった。」
(江戸川乱歩 『探偵小説四十年』 より)


『江戸川乱歩全集 
第28巻 
探偵小説四十年(上)』

光文社文庫 え 6-29

光文社
2006年1月20日初版第1刷発行
837p+1p 口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価1,143円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



昭和36年7月桃源社より刊行された『探偵小説四十年』を底本とし、増補・訂正。
図版(モノクロ)多数。


江戸川乱歩全集28-29


目次:

自序
処女作発表まで
 はしがき
 涙香心酔
 ポーとドイルの発見
 手製本「奇譚」
 最初の密室小説
 アメリカ渡航の夢
 谷崎潤一郎とドストエフスキー
 智的小説刊行会
 「新青年」の盛観
 馬場孤蝶に原稿を送る
 森下雨村に認められる
 〔余白に〕 活字との密約
余技時代 〔大正十二・三年度〕
 大正十一年度の主な出来事
 大正十二年度の主な出来事
 大正十三年度の主な出来事
 二年間に五篇
 私を刺戟した評論
 「D坂」と「心理試験」
探偵作家専業となる 〔大正十四年度〕
 大正十四年の主な出来事
 名古屋と東京への旅
 甲賀三郎
 牧逸馬(林不忘)
 宇野浩二
 野村胡堂と「写真報知」
 探偵趣味の会
 「探偵趣味」の創刊
 探偵ページェント
 「苦楽」と川口松太郎
 父の死
 「屋根裏」と「人間椅子」
 二十一日会と「大衆文芸」
 大正十四年末の上京
東京に転宅 〔大正十五(昭和元)年度〕
 大正十五(昭和元)年度の主な出来事
 三つの連載長篇
 東京に転宅
 上京後の惨状
 この年の短篇作
 最初の連作小説
 浅草趣味
 萩原朔太郎と稲垣足穂
 浅草趣味(つづき)
 最初の出版記念会と探偵寸劇
 鬼熊事件
 「パノラマ島奇談」
 「一寸法師」
 映画いろいろ
 平林初之輔
 橋爪健の乱歩論
 平林の健全不健全論
 森下雨村の所説
 甲賀三郎と浜尾四郎の意見
 〔余白に〕 旅
放浪の年 〔昭和二年度〕
 昭和二年度の主な出来事
 放浪記
 山下利三郎
 円本時代
 岩田準一
 ソ連作家キム
 創作探偵小説選集
 大衆文学選集
 合作組合「耽綺社」
 探偵作家総出演の放送
「陰獣」を書く 〔昭和三年度〕
 昭和三年度の主な出来事
 扁桃腺剔出
 第二の下宿屋開業
 「探偵小説はどうなったか」
 「陰獣」回顧
 〔余白に〕 忘れられない文章
生きるとは妥協すること 〔昭和四年度〕
 昭和四年の主な出来事
 探偵小説出版最盛の年
 小酒井不木
 犯罪学大学
 生きるとは妥協すること
 「孤島の鬼」
 「芋虫」のこと
 「押絵」と「蟲」
 ヴァン・ダインの出現
 初めての講談社もの
 「何者」のこと
 〔余白に〕 収集癖
虚名大いにあがる 〔昭和五年度〕
 昭和五年度の主な出来事
 上山草人
 渡辺温
 コナン・ドイルの死
 虚名大いにあがる
 「吸血鬼」
 代作二冊
 探偵小説流行の余波
最初の江戸川乱歩全集 〔昭和六年度〕
 昭和六年度の主な出来事
 身辺多事の年
 江戸川乱歩全集
 宣伝お祭り騒ぎ
 全集の内容
 内容見本と附録雑誌
 代作ざんげ
 川田功
 「魔術師」露字新聞に連載
 小太夫一座の「黒手組」劇
 甲賀、大下論争
 この年の新聞切抜二三
 下宿争議
 森下雨村の博文館退社
二回目の休筆宣言 〔昭和七年度〕
 昭和七年度の主な出来事
 大犯罪事件の年
 二回目の休筆宣言
 新潮社「新作探偵小説全集」
 「文学時代」と佐左木俊郎
 小太夫の「陰獣」劇
 クイーンの最初の邦訳
 文壇郷土誌
 「ペンマンシップ」
 横溝正史の首途を励ます会
 〔余白に〕 村山槐多
精神分析研究会 〔昭和八年度〕
 昭和八年度の主な出来事
 辰野九紫
 又もや不愉快な新聞記事
 精神分析研究会
 J・A・サイモンズ
 サイモンズ、カーペンター、ジイド
 鼻茸の手術
 「緑館」を売却・芝区車町に移転
 中絶作「悪霊」
小栗、木々の登場 〔昭和九・十年度〕
 昭和九年度の主な出来事
 張ホテルのこと
 十年ぶりの洋服
 池袋三丁目に移転
 中央公論の「石榴」
 村山槐多
 田中早苗とマッケン
 昭和十年の主な出来事
 「ドグラ・マグラ」出版記念会
 「探偵文学」江戸川乱歩号
 小栗虫太郎と木々高太郎
 「ぷろふいる」誌の情熱
 日本探偵小説第二の山
 蓄膿症を手術
 鬼の言葉
 日本探偵小説傑作集
 世界探偵小説傑作叢書
 蒼井雄「船富家の惨劇」
 世界文芸大辞典
 浜尾四郎
 又しても不快な新聞記事
 〔余白に〕 鬼の経営する病院
甲賀、木々論争 〔昭和十一・十二年度〕
 昭和十一年度の主な出来事
 意気あがらず
 夢野久作
 そのころの批評
 現代日本小説全集
 初めての少年もの
 この年の評論と随筆
 昭和十二年度の主な出来事
 第二の山の峠
 木々高太郎の直木賞受賞祝い
 「シュピオ」直木賞記念号
 木々高太郎の過褒
 甲賀三郎の「探偵小説講話」
 甲賀・木々論戦
 上装本「石榴」と「幻想と怪奇」
 〔余白に〕 燃え出でた焰
付録
江戸川乱歩作品と著書年度別目録(上)

自作解説
 
解題 (新保博久)
註釈 (新保博久)
解説 (新保博久)
私と乱歩 (穂村弘)



◆本書より◆


「自序」より:

「この記録体自伝は「探偵小説三十年」の表題で、昭和二十四年十月号の「新青年」から連載しはじめ、間もなく同誌が廃刊になったので「宝石」誌に移し、中途で「探偵小説三十五年」と表題を改めて、(中略)あしかけ十二年にわたって書きつづけたのを、一冊の本にまとめたものである。」


「処女作発表まで」より:

「ドストエフスキーを逃避の文学というのではないが、私はこれを日常的リアルとしては驚異しなかった。ドストエフスキーの中の人為的なものに、その哲学に、その心理に圧倒されたのである。そこに現われる諸人物は、日常我々の接する隣人に比べて、殆んど異人種と思われるほど意表外の心理を持ち、意表外の行動をしていた。それでいて、人間の心の奥の奥にひそむ秘密が、痛いほどむき出しに描かれていた。日常茶飯事とは逆なもの、即(すなわ)ち私も最も愛するところの別個のリアルがそこにあった。」


「昭和四年」より:

「ここでちょっと、話をはさむが、前に「私は他力本願で、自作には全く自信がなく、人がほめれば、いいのかなあと思い、くさせば尤もだと思うたちだ」と書いたが、これは単なる弱気や劣等感ばかりではない。そのことを少し説明しておきたいのである。
 私は子供のころから、私は私なりの意味で、「異邦人」だと思っていた。周囲の子供たちと、物の考え方も好き嫌いも、まるで違っているので、いつもハチブにされているような気がしていた。これは大人になっても同じことで、社会と交わって行くためには、私は本当の自分を隠して、仮面をかぶって暮らすほかなかった。来年六十歳の今では、仮面が板についてしまって、本当の自分の顔を忘れていることが多いが、仮面はやはり仮面である。
 だから、そんな「異邦人」の書く物が、世間にもてはやされる筈がないという、先入観が先ずあるので、世間相手の小説には自信が持てない。自分と世間とは物の考え方が違うのだから、世人に読んでもらう小説のよしあしなど、自分でわかろうはずがない。本当の自分はいいと思っても、それでは駄目なので、仮面の方で判断しなければならない。ところが仮面はもともと附け焼刃だから、仮面としての判断力など持たないのである。そこで自作のよしあしについては、全く人さままかせということになる。
 いつも対世間的な仕事に於て(中略)自説を固執出来ないのは、こういう次第なのである。(中略)但し、純粋の理論はこの限りでない。理論は万人共通の法則に従ってやれるのだから、これは、異邦人でも、世間の理論方式さえマスターしておれば出来る。だから、私は理論は好きなのである。世渡りの要領や喧嘩のかけひき、芸術の観賞など、理論で行かないものについて異邦人なのである。
 しかし、またこうもいえる。異邦人なるが故に小説でも書くより手はなかったのだと。小説なればこそ、異邦人が却って歓迎せられたので、そうでなければ、のたれ死にしていたところかも知れないと。ところが、その小説に於ても、私は、どうも一般と気が合わない。ここでもまた異邦人なのである。閑話休題。」
「ところが、私はあの小説(引用者注: 「芋虫」)を左翼イディオロギーで書いたわけではない。私はむろん戦争は嫌いだが、そんなことよりも、もっと強いレジスタンスが私の心中にはウヨウヨしている。例えば「なぜ神は人間を作ったか」というレジスタンスの方が、戦争や平和や左翼よりも、百倍も根本的で、百倍も強烈だ。それは抛(ほう)っておいて、政治が人間最大の問題であるかの如く動いている文学者の気が知れない。文学はそれよりもっと深いところにこそ領分があったのではないか。又もや閑話休題。」



「昭和五年」より:

「私はいつも無力を暴露して、折角の好意に報い得ないのを常とするが、これもその一例であった。」


「昭和六年」より:

「半ばやけくそになって、純売文ばかりをやりはじめていたのだから、今更らそんな純粋なことをいって見ても、もう手おくれであった。やはり売文主義に従って、恥を忘れて大いに売ることを考えるのが、私としては却って自然であった。そして、例の私の中の商売人の方が、この全集出版という絶好の機会に、ムクムクと頭をもたげ、張り切って来たのである。あとで段々書くつもりだが、子供のときから出版ずきの私の気質が、ここぞとばかりのさばり出し、全集販売の方法、宣伝の技術に至るまで、大いに口出しをして、まるで他人の全集の宣伝企画係りのような気持になって、活発に動いたものである。そのときの様子を見ていた友人が、「日頃家にとじこもって、人嫌いで生活に熱がなく、いつも退屈したような顔をしている君が、こんなに積極的に動くのは、意外だった。ここぞと思うときには、君も、これだけのことをやるんだね。感服したよ」と半ばほめ、半ばひやかしたものだが、私をよく知っている人にさえ、そういう意外感を与えたほどであった。」
「現実生活では甚だ非社交的で人嫌いだったが、活字を通じてならば人見知りをしない性格なのである。」
「作者が自分の本の宣伝に気を入れるなんて、さもしい次第だが、前にも記す通り、これが私の性格だから仕方がない。」
「しかし、これは一方の事実であって、他方では、私は穴があれば入りたい性格を持っていた。それを徹底させれば、小説なんか書かないのが当然、いや、もっと極端にいえば自殺するのが当然かもしれない。その方の気持を一応棚上げしておいて、宣伝屋の方ばかりを切りはなして、働かせ得たということ、これが、私がノメノメと六十までも生きていたということと、同じ意味になるのである。」

「記録がないと何でも忘れてしまう男で、だから、貼雑帳というようなものが、私には必要なのである」



「昭和九・十年」より:

「そのころ私は人嫌いの最中なので、作家仲間とも全くつきあいをせず、随って、誰にもこのホテルに泊っていることを、知らせなかった。家内にも、金が無くなるまでは、知らせなかった。(中略)だから、訪ねて来る客は全くなかった。雑誌社などへも知らせなかったことは勿論で、私は行方不明ということになっていた。
 滞在中、何もしないでボンヤリしていることが多かった。窓にもたれて、人通りのない道路を見おろして、半日もじっと腰かけていることがあった。本も読まなかった。新聞も殆んど読まなかった。」
「退屈するとコッソリ映画を見に出かけた。(中略)しかし、多くは部屋にとじこもっていた。そして、何か考えごとをしていた。何を考えていたのか、今では全く思い出せない。犯罪者が人目をさけて、場末の安宿にヒッソリと身を隠しているときに考えるようなことを、多分考えていたのであろう。」

「私は作家は絶えず書きつづけていなければならないという常識を拒否する。時たま書くと再起の意図ありとし、カムバックなどと称するのは、小説家をスポーツ選手の如く考えている迷妄である」




◆感想◆


どうでもいいことですが、本書の「註釈」で、「猫でないしるしに竹をかきそえる」を、「犬の絵に竹を描き添えると「犬に竹」で「笑」という字になるので、招福画の画題に選ばれた。犬だか猫だか分からない下手な絵でも、竹があると犬にちがいないという川柳。」と説明していますが、いかがなものか。招福画のウンチクはありがたいですが、しかしながら、ここは単純に「牡丹に唐獅子、竹に虎」で説明できるのではないでしょうか。虎と猫だからこそ落差があって面白いのではないでしょうか。そしてこのような註釈は「無学でないしるしにウンチクを書きそえる」のたぐいなのではないでしょうか。














































































































『江戸川乱歩全集 第29巻 探偵小説四十年(下)』

「天界、天使、天女、異国、空中、真空、眼界、火災、温室、灯火、歌曲、技術、世俗、世間、相違、相応、遮断、顛倒、便利、癡人、凡人、名誉、唱歌、理髪、
 非常、不思議、不可説、秘密、錬金術、犯罪、罪人、重罪、罰金、盗聴、牢獄、典獄、護身、毒薬、自殺、
 所得、財物、私財、販売、負債、損害、保証、課税、関税、税関、相続、遺失、
 初夜、受胎、胎児、堕胎、堕胎薬、母乳、私通、食物、疲労、睡眠、疾病、重病人、消毒、消毒薬、大小便、上厠、裸形、文身、畸形、
 調子にのって、少し書きすぎてしまったが、こういう新らしい感じの言葉が凡て経文の中にあるということは、私には一つの驚きであった。」

(江戸川乱歩 「「吾妻鏡」「国訳一切経」その他」 より)


『江戸川乱歩全集 
第29巻 
探偵小説四十年(下)』

光文社文庫 え 6-30

光文社
2006年2月20日初版第1刷発行
873p+1p 口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価1,200円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



昭和36年7月桃源社より刊行された『探偵小説四十年』を底本とし、増補・訂正。
図版(モノクロ)多数。


江戸川乱歩全集28-29


目次:

隠栖を決意す 〔昭和十三・四・五年度〕
 昭和十三年度の主な出来事
 新潮社の江戸川乱歩選集
 甲賀・大下・木々傑作選集
 小栗作、久生演出の放送劇
 昭和十四年度の主な出来事
 淋しい貼雑帳
 新作大衆小説全集
 ヴァン・ダインの死
 松本泰
 昭和十五年度の主な出来事
 隠栖を決意す
末端の協力 〔昭和十六・七年度〕
 資料皆無の昭和十六年度
 隣組防空群長となる
 町会役員となる
 昭和十七年度
 町会副会長となる
 清話会で講演
 建川中将と暗号問答
 「吾妻鏡」「国訳一切経」その他
 「乱歩再出発」
 陸海軍報道部と情報局
 探偵作家の従軍
 情報官と対談会
 海軍兵学校卒業式に参列
 庭園の変貌
愈々協力に励む 〔昭和十八・九年度〕
 昭和十八年度の主な出来事
 職場慰問激励演説
 日本軽金属と足尾銅山
 小笠原町会長
 翼賛壮年団
 町会の仕事
 文士町会役員座談会
 一人息子の入隊
 戦争中唯一の長篇
 井上良夫との文通
 昭和十九年度の主な出来事
 文報小説部会
 食糧査察
 参謀本部駿河台分室
 町会の増産協力運動
 航空機増産協力大会
戦災記 〔昭和二十年度〕
 昭和二十年度の主な出来事
 私の身辺の主な出来事
 家族を疎開させる
 空襲罹災記
 月給取り志願
 栄養失調
 地下の別宴
 白菊塚の調査
 戦争末期に死亡した作家たち
 蘭郁二郎
 甲賀三郎
 田中早苗
 大阪圭吉
 井上良夫
 〔余白に〕 罹災直後の手紙
探偵小説復活の昂奮 〔昭和二十一年度〕
 昭和二十一年度の主な出来事
 探偵小説界と私の身辺の出来事
 二十年末より二十一年秋までの日記
 探偵雑誌「黄金虫」計画
 「幻の女」を読む
 「宝石」創刊と横溝の「本陣」
 雄鶏社の推理叢書
 クレイグ・ライス
 双葉、植草両君と知る
 「心理試験」映画化
 角田喜久雄の長篇
 第一回土曜会
 水谷準作家専業となる
 ウソ発見器
 捜査会議に列す
 小栗虫太郎
 五つの探偵雑誌
 吉良運平の翻訳計画
 「宝石」第一回当選作家
探偵作家クラブ結成 〔昭和二十二年度〕
 昭和二十二年度の主な出来事
 当時の現役探偵作家
 甲賀三郎全集
 伊藤逸平と「黒猫」
 苦楽探偵叢書
 警視庁見学
 探偵作家クラブ結成
 物故探偵作家慰霊祭
 探偵小説行脚
 公職追放となる
 最も多く本の出た年
 九種の探偵雑誌創刊
 〔余白に〕 当時の翻訳事情
探偵小説第三の山 〔昭和二十三・四年度〕
 昭和二十三年度の主な出来事
 石川一郎
 女銭外二
 アンコール
 昭和二十四年度の主な出来事
 捕物作家クラブ
 坂口安吾
 西尾正
 海野十三
 「天狗」と岩谷選書
 百万円懸賞
 第三の山、五人男
 光文社の神吉晴夫
 二人の師匠
 夜の男の生態
「幻影城」出版と文士劇 〔昭和二十五・六・七年度〕
 昭和二十五年度の主な出来事
 「新青年」の思い出
 ラジオ探偵劇
 抜討座談会
 白石潔と「鬼」と「断崖」
 アンコールの減少
 「新潮」の探小特集号
 探偵作家と将棋
 昭和二十六年度の主な出来事
 山本禾太郎
 「幻影城」出版
 文壇盛衰記
 「クイーンの定員」そのほか
 鈴ケ森の長兵衛
 昭和二十七年度の主な出来事
 ふるさとの発見
 探偵作家クラブ五周年
 浅草「花月」の文士劇
涙香祭と還暦祝い 〔昭和二十八・九年度〕
 昭和二十八年度の主な出来事
 新宿ペンクラブ
 お化けの会
 早川ミステリ
 三味線を習う
 日本探偵小説全集
 母の喜寿祝い
 翻訳ブームの曙光
 昭和二十九年度の主な出来事
 「二十面相」のラジオとテレビ
 「続幻影城」出版
 ラジオ「安楽椅子」
 「探偵小説三十年」出版
 黒岩涙香祭
 三越劇場の文士劇
 涙香座談会と法要
 玄関先の河内山
 還暦祝賀会
 江戸川乱歩氏還暦祝賀会の記
小説を書いた一年 〔昭和三十年度〕
 昭和三十年度の主な出来事
 祖先の墓を発見
 四夫婦京都旅行
 バー「乱歩」について
 創元社「世界推理小説全集」
 江戸川乱歩賞
 生誕碑除幕式
 講談社「書下し長篇全集」
 「十字路」について
 春陽堂「江戸川乱歩全集」
 「化人幻戯」のこと
 〔余白に〕 私の本棚
英訳短篇集の出版 〔昭和三十一年度〕
 昭和三十一年度の主な出来事
 翻訳家ミステリ・クラブ
 宇宙旅行協会
 探偵小説論争
 大下宇陀児還暦の会
 玄々社「科学小説全集」
 春陽堂「長編探偵小説全集」
 河出「探偵小説名作全集」
 小山「日本探偵小説代表作集」
 第二回江戸川賞
 木々・シムノン会談
 豪華本「犯罪幻想」
 英訳短篇集
 川崎克伝
 結びの言葉
追記 〔昭和三十二年以降〕
 長篇時代きたる
 推理小説第四の山
 「宝石」の編集に当る
 四つの著書
 「日本推理小説大系」
 高血圧に悩む
 蓄膿症の再手術
 私の創作力と蓄膿症の関係
付録
 江戸川乱歩作品と著書年度別目録(下)
 江戸川乱歩既刊随筆評論集目録
写真人名索引
人名索引
 
解題 (山前譲)
註釈 (新保博久)
解説 (山前譲)
私と乱歩 (朱川湊人)




◆本書より◆


昭和二十一年:

「この企画発表後間もなく無断飜訳が許されなくなり、といってロイヤルティ送金の道もなく、結局飜訳は全く駄目(だめ)になってしまった。占領中は昔のベルン条約も通用しないので、古い作品でも、飜訳は出来ないことになったのである。」
「その後、自由出版会社が古いシャーロック・ホームズの訳なら差支えないだろうというので、一二冊延原君の旧訳を出版したところ、誰かがイギリス本国へ知らせたらしく、英国外務大臣の署名で占領軍司令部へ抗議書が来たということで、出版社は司令部の出版関係の課へ呼び出され、賠償金をとられるという騒ぎが起ったのを覚えている。これに懲りて、どの出版社も飜訳には全く見向かなくなったのだが、そのとき、ドイルの息子さんに、ホームズものの飜訳を許してくれるよう、誰の手を経てだったか、申し込んだところ、息子さんのところへドイルの心霊が現われて、日本には断じて飜訳を許すなと命じたから、お断りするという返事だったという噂を耳にしたことがある。ドイルは心霊現象の信者であり、息子さんも同様だったのであろう。そしてその裏にはやはり「敵国」の感情があったのである。」

「そのとき、どういう話をしたのか、今では全く忘れているが、小栗君はなかなか批評好きで、ジャーナリズムの内情などにもよく通じていたので、小説論ばかりでなく、稿料の話とか、ジャーナリズム遊泳術めいた話なども出たのであろう。
 たった一つ、そのとき小栗君がこういったのを、今でも覚えている。
 「江戸川さん、結局ぼくはあなたにかなわなかったですよ」
 「そんなことはないよ。君の方がぼくより一枚上の作家じゃないか」
 「いや、そうじゃない。結局ぼくは負けたですよ」
 それだけの会話であった。筆名を全国的に知られていることでは、わたしの方が上だったかもしれない。それは通俗物を書いたからで、決して自慢にならないのだが、小栗君は多分そういう虚名の広さのことをいったのであろう。しかし、小栗君ほどの作家が、わたしに一目おいているという感じを受け、それがわたしの虚栄心を満足させたので、この会話が深く印象に残ったのにちがいない。」
「しかし、小栗君は残る作家であった。今なお小栗君の本は出版されている。探偵小説が語られる場合には、必ず小栗虫太郎君の名が出る。「宝石」三十二年八月号の文壇作家座談会でも小栗君はたびたび話題にのぼったし、また幸田文(こうだあや)さんのお話で、露伴翁(ろはんおう)が小栗君を認めていたことが、はじめてわかった。」











































































































『江戸川乱歩全集 第30巻 わが夢と真実』

「(問) あなたが生れ替ったら(どうなさいます)。
(答) たとえ、どんなすばらしいものにでも二度とこの世に生れ替って来るのはごめんです。」

(江戸川乱歩 『わが夢と真実』 より)


『江戸川乱歩全集 
第30巻 
わが夢と真実』

光文社文庫 え 6-23

光文社
2005年6月20日初版第1刷発行
955p+1p 口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価1,295円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



本書「解題」より:

「【わが夢と真実】
 大正十五年から昭和三十二年にかけて雑誌、新聞、書籍に発表した随筆と書下ろしの原稿をまとめて、乱歩が自身をコラージュした随筆集で、昭和三十二年八月に東京創元社より刊行された。」
「【海外探偵小説作家と作品】
 早川書房の世界探偵小説全集(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)に書いた解説文を中心に、主に昭和二十八年から三十年にかけて発表した海外探偵小説の作家作品紹介を作家別にまとめ、昭和三十二年四月に早川書房より刊行された。」
「基本的に早川書房版を底本としたものの、元版では(中略)田中潤司の執筆ないし翻訳による作家紹介が同列に扱われているが、乱歩全集という性格上、これらを省いた。」



第22回配本。
『わが夢と真実』に図版(モノクロ)多数。


江戸川乱歩全集30


目次:

わが夢と真実
 自序
 一頁自伝
 ふるさと発見記
 祖先発見記
 父母のこと
 恋と神様
 乱歩打明け話
 旅順海戦館
 レンズ嗜好症
 ビイ玉
 こわいもの
 私の十代
 活字との密約
 わが青春記
 恋愛不能者
 二十代の私
 二十年前の日記
 私の探偵趣味
 活弁志願記
 小説を書くまで
 妻のこと
 処女作
 三十歳のころ
 処女出版
 幻影の城主
 忘れられない文章
 今一つの世界
 群集の中のロビンソン
 残虐への郷愁
 放浪記
 槐多「二少年図」
 同性愛文学史
 二人の師匠
 サイモンズ、カーペンター、ジード
 耽綺社
 講談社もの
 江戸川乱歩全集
 精神分析研究会
 蓄膿症手術
 怪人二十面相
 戦争と探偵小説
 町会と翼壮
 庭園の変貌
 戦災記
 空襲の美観
 疎開、敗戦、探偵小説の復興
 戦後の猟書
 新人翹望
 推理小説の黎明
 関西行脚
 探偵小説第三の山
 「クイーンの定員」その他
 私の初役
 戦後初の文士劇
 大舞台
 芝居風狂
 勘三郎に惚れた話
 「昔ばなし」
 六十の手習
 夜間人種
 私の顔
 外套と帽子
 きらいなもの
 蒐集癖
 海草美味
 わが家のミソ汁
 酒とドキドキ
 私の本棚
 私の机
 私の読書遍歴
 書斎の旅
 集書
 わたしの古典
 遠大なる方向
 早大と探偵小説
 好人病
 還暦所感
 還暦祝賀会
 生誕碑除幕式
 二銭銅貨
 英訳短篇集
 既刊随筆評論集目録
 人名索引

海外探偵小説作家と作品
 はしがき
 アタイヤ
 アリンガム
 アンブラー
 イネス
 ヴァン・ダイン
 ウォーリス
 ウォーレス
 ウールリッチ
 カー
 ガードナー
 ガボリオー
 キッチン
 ギルバート(A)
 クイーン
 クリスティー
 グリーン(A)
 グリーン(G)
 クロフツ
 コリンズ
 コール
 ザングウィル
 シムノン
 スカーレット
 スタウト
 スピレイン
 セイヤーズ
 チェスタートン
 チャンドラー
 テイ
 デイヴィス(D・S)
 デイヴィス(M)
 ディケンズ
 ドイル
 ドゥーゼ
 ノックス
 バークリー
 ハート
 ハメット
 ハル
 ビガーズ
 ヒューム
 ヒルトン
 フィアリング
 フィルポッツ
 ブラマ
 ブリーン
 ブレイク
 フレッチャー
 ベイリー
 ポー
 デュ・ボアゴベ
 ポースト
 ポストゲイト
 ホームズ
 マクドナルド(J・R)
 ミラー(M)
 メイスン
 ライス
 レヴィン
 ロースン
 ワイルド
 江戸川乱歩略年譜
 
解題 (山前譲/新保博久)
註釈 (平山雄一)
解説 (山前譲)
私と乱歩 (勝本みつる)



◆本書より◆


「こわいもの」より:

「大人になると、人くさくなって、少年の肌を失うが、それと同じように、こわいものがなくなるのは、少年の鋭敏な情緒を失うことで、私には少しもありがたくないのである。もっとこわがりたい。何でもない、人の笑うようなものに、もっとこわがりたい。」


「わが青春記」より:

「私には「青春期」というような花わらい鳥歌う時期がなかった。その遠因は、私が子供のころ、「いじめられっ子」だったことにあるらしい。」
「私は子供のころ病身で、器械体操がまるでできなかったので、同級生の物笑いとなり、それが「いじめられっ子」の最上の資格となった。病気でよく学校を休む。一つは「いじめられっ子」がいやで休みもしたが、ほんとうに病身でもあった。病床の空想生活が現実の生活よりも楽しかった。
 休むものだから、学課も優等とはいかなくなり、その方の魅力もだんだんとおとろえて、学校が一層面白くなくなった。現実社会というものが私の敵になった。(中略)「いじめられっ子」にされたというよりも、こちらがそれに適する性格に生れ、育っていたともいえるのだが、いずれにしても、このことが、私の生涯に最も強く響いていることはまちがいない。」
「私に青春時代のなかったもう一つの原因は、恋愛を解しなかったことにある。」
「恋愛ばかりでなく、すべての物の考え方がだれとも一致しなかった。しかし、孤独に徹する勇気もなく、犯罪者にもなれず、自殺するほどの強い情熱もなく、結局、偽善的(仮面的)に世間と交わって行くほかはなかった。そして、大過なく五十七年を送って来た。子を生み、孫を持ち、好々爺(こうこうや)となっている。
 しかし、今もって私のほんとうの心持でないもので生活している事に変りはない。小説にさえも私はほんとうのことを(意識的には)ほとんど書いていない。」
「際立(きわだ)った青春期を持たなかったと同時に、私は際立って大人にもならなかった。間もなく還暦というこの年になっても、精神的には未成熟な子供のような所がある。
 振り返って見ると、私はいつも子供であったし、今も子供である。もし大人らしい所があるとすれば、すべて社会生活を生きて行くための「仮面」と「つけやきば」にすぎない。」



「妻のこと」より:

「しかし、妻をめとって支那ソバ屋もつづけられないので、前に世話をしてもらった就職先をしくじっているので、敷居が高くてごぶさたになっていた同郷の政治家、川崎克先生のところへ、面(つら)をおしぬぐって、再度の就職を頼みに行ったものである。すると川崎先生は別に叱りもせず、東京市社会局へ入れて下さった。だが、私という男は、またしても、その社会局を、半年でしくじってしまったのである。悪事を働いたわけではない。ただ毎朝起きて、きちんきちんと勤めに出る根気がなかったのである。毎朝同じ時間に起きて同じ出勤をくりかえすことが、私という男には耐えられなかったのである。それからあとの職業転々も、理由はすべて、このなんでもないことにあった。小説家になって、やっと朝起きなくてもよくなり、毎日きまりきった勤めをしなくてすむことになったので、やっと助かったのである。」


「チェスタートン」より:

「深夜、純粋な気持になって、探偵小説史上最も優れた作家は誰かと考えて見ると、私にはポーとチェスタートンの姿が浮かんでくる。この二人の作品が、あらゆる作家と作品を超えて、最高のものと感じられるのである。この二人のほかの作家はいずれも、どこかに不満がある。突飛(とっぴ)なことを書いても根底が平俗であるか、気取っていても薄っぺらであるか、滋味(じみ)はあっても廉(やす)っぽいか、文学的に優れていても探偵小説味が稀薄であるか、なにかしら満足しないものがある。」

「彼は一八八七年聖ポール公立学校に入学したが、在学中の成績については特に見るべきものはなく、後年の彼自身の言葉によれば、当時の彼は、何(いず)れかと云えば孤独で夢見がちな、勉強よりはむしろ詩作にふけりやすい傾向の学生であったと云う。在学中彼は学内雑誌の製作を助けてその文才の一端を示したこともあった。」























































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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