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『子不語の夢 ― 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』 (CD-ROM 付)

「兎に角当分は御互に不健全に徹しやうではありませんか。さうしてこの世の中をむしろ不健全化してしまはうぢやありませんか。」
(大正十四年十二月十九日 不木書簡 より)


『子不語の夢
― 江戸川乱歩
小酒井不木
往復書簡集』

監修: 中相作・本田正一
編者: 浜田雄介
CD-ROM 付


発行: 乱歩蔵びらき委員会
発売: 皓星社
2004年10月21日 発行
343p 口絵(モノクロ)2p 索引xv 
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価4,200円+税
装幀: 山本成実



本書「凡例」より:

「小酒井不木宛江戸川乱歩書簡三十三通(中略)、小酒井久枝宛江戸川乱歩書簡一通(中略)、江戸川乱歩宛小酒井不木書簡百二十通(中略)を翻刻し、日付順に通し番号を付けて収録した。」
「〇〇一、〇〇三書簡は『江戸川乱歩推理文庫 64 書簡 対談 座談』(講談社、一九八九年)収録本文を底本とした。」
「書簡本文を上段におき、下段には脚注を配した。」



本書「解説」より:

「本書は、探偵小説の草創期を担った二人の巨人、江戸川乱歩と小酒井不木の、出会いから不木の死まで、七年にわたる往復書簡である。」
「脚注は、行き過ぎと思われるであろうほどの解釈や推定も敢えて避けず、書簡を読み物として楽しむヒントを提供することにつとめた。(中略)読者それぞれの、アクチュアルな読解に資することができれば幸いである。」
「CD-ROM には、書籍編に収録した書簡のほか、資料として現存する封筒、『小酒井不木より江戸川乱歩への書簡全』の乱歩自筆目次、『小酒井不木全集』出版に関わる高平始、岡戸武平の書簡の、それぞれ画像と翻刻を収録した。書簡本文はすべてカラーで撮影し、高解像度の拡大表示を備えて、情報はもとより手紙の風合いまで再現することをめざした。(中略)さらに翻刻の全文検索機能を加えた(中略)。」




子不語の夢 01



目次:

口絵
序 江戸川乱歩と「新しい時代の公」 (野呂昭彦)

江戸川乱歩小酒井不木往復書簡
  江戸川乱歩書簡翻刻: 小松史生子
  小酒井不木書簡翻刻: 阿部崇
  脚注: 村上裕徳
 凡例
 大正十二年
 大正十三年
 大正十四年
 大正十五年
 昭和二年
 昭和三年
 昭和四年

回想
 江戸川氏と私 (小酒井不木)
 肘掛椅子の凭り心地 (江戸川乱歩)

論考
 乱歩、〈通俗大作〉へ賭けた夢 (小松史生子)
 不木が乱歩に夢みたもの (阿部崇)
 小酒井不木に学ぶ「ひとそだて・まちそだて」 (伊藤和孝)

解説 子不語の夢 七年の航跡 (浜田雄介)
江戸川乱歩・小酒井不木関連年表 (作成: 阿部崇・小松史生子・浜田雄介)
人名索引/事項・作品索引 (末永昭二)




子不語の夢 02



◆本書より◆


「〇〇一 乱歩書簡 七月一日」(大正十二年)より:

「私は元来人一倍好奇心の強い男でして、科学にしろ文学にしろ絵画、音楽に至るまで、好奇心を満足させない様なものは、つまり価値がないのだとすら思っています。少くとも私丈けに取っては左様なんです。
 例えば小説にしましても、所謂純文学といわれる様なものでも、主として探偵小説的興味から読むといった風です。「カラマゾフ」や「罪と罰」などは、私にとっては探偵小説としての魅力が第一なんです。
 私に云わせれば、哲学の興味は探偵小説の興味なんです。物理、化学、生物学の興味は探偵小説の興味なんです。語学すらも、あの他国人の言葉を一行一行理解して行く興味は探偵小説の興味だとは云えないでしょうか。私はそんな風に思っています。」

「今「赤い部屋」というのに着手しています。これは、何の利害もないのに、唯、人を殺し度いという病の男が、生涯に数十人の命を、少しの証拠も残さないで、とった。その懺悔話を中心としたものですが、うまく纏りますかどうですか危んでいます。」



「〇一七 不木書簡 三月十四日 封筒便箋1枚」(大正十四年)より:

「拝啓 昨日「新青年」が来まして「赤い部屋」早速拝誦、私の好きなルヴエルとチエスタートンの長所を一つにした珠玉のやうな名篇、いやどうも驚きました。」


「〇一八 不木書簡 三月十四日 封筒便箋2枚」(大正十四年)より:

「拝復、
御たづねの短時間に木乃伊にする方法は、
  一週間ばかり、腕なり足なりを流水(引用者注:「流水」に傍点「◎」、以下同)の中につけて置けば、組織を屍蠟化すことが出来ます。屍蠟は組織が石鹸になることですから、うまくいつた場合には、蠟細工のやうになります。
  一旦屍蠟になつたが最後決して永久に腐敗しません。(屍蠟といふと黒褐色を思ひ起しますが、あれは長い年月であゝなつたので短時間に出来たのは生きた当時と変りません。)
  くれ/゛\も申しますが流水に浸さなければなりません。例へば相当の大さの桶を持つて来てその中へ足の一本をほりこみ、水道の水を上から落して、昼夜桶の水がかわるやうにして一週間位過ぎれば(或は四日でもよろしい)出来ます。
  (流水の中へつけるのはバイ菌の寄生をさまたげるためです。そして組織を石鹸化するに好都合だからです。)
  尤もうまく出来るときと出来ぬときとあり気候温度の関係があるやうですがそれ位のことは探偵小説ですから許すことが出来ます。脂肪に富んで居る程出来易いから嬰児の屍体などで容易に作れます。脂肪に富んだ人といふ事を念頭において下さい。」
「首を屍蠟化することは困難ですが脚や腕は雑作ないやうです。
水につけてから、出して乾せば丁度、ドラツグの看板位のものは出来ます。」



「〇一九 不木書簡 三月十七日 封筒便箋6枚」(大正十四年)より:

「屍蠟形成のこと、先日御答へしたのは私が嘗て東京の法医学教室に居て、三田先生からきいた所でして、記憶にあるまゝを申上げたのですから、少し不安になつて、三田先生の論文を、当地の大学から取り寄せて調べましたところ、幾日にして屍蠟が出来上るかといふことは書いてないのです。先生は屍蠟なるものは屍体の脂肪のみから出来上るといふことを証明されたのでして、屍蠟が幾日で出来上るかといふことは目的として居られないから無理もありません。が約一ヶ月以内に作つて実験されたといふことはたしからしいです。十日といふのは私が先生から直接きいたうろ覚えですから、尤も安全な時日としては一ヶ月を選んだ方がよいかもしれません。
作り方については論文の中に次のやうに書いてあります。
  屍蠟製成ノ方法トシテハ、上肢或ハ下肢ヲ水中ニ投ジ、尚此製成ノ際水ヲ瀦溜停滞スルヨリモ、常ニ新旧交代セシムルトキハ屍蠟ノ形成ヲ大ニ容易ナラシムルガ故ニ、余ハ大ナル素焼筒ヲ採リテ中ニ水ヲ盛リ、之ニ四肢ヲ投没シテ、更ニ硝子板ヲ以テ上口ヲ密閉(引用者注:「密閉」に傍点)シ、然ル後之ヲ水槽中ニ静置シ、其周囲ヲバ常ニ流通交替スル水道水ヲ以テ灌注シタリ

とあります。尤もこれは三田先生が、屍蠟は脂肪から生ずるといふことを証明するためですから、自然、水だけとほつて脂肪分の通らない素焼を境に入れられたのですが、あなたはたゞ早く屍蠟に化せばよいのですから、素焼筒に入れなくても直接流水に深く漬(つ)けて置くだけでよろしいでせう。」

「嘗て私の読んだドイツのフレクサの探偵小説「プラシユナの秘密」では、ある医学者がある女を仮死の状態にして、デパートメント・ストアの人形の代りにして置くことが書かれてありますが、それは不可能のことですけれど、あなたのは合理的なものですから、科学的にも筋は立派にとほると思ひます。
外部が屍蠟化しさへすればそれを取り出して、空気を抜いた罎の中にでも入れて置けば、あとは追々屍蠟化して行くから、それであなたの目的は達せられませう。」



「〇三七 乱歩書簡 六月十五日 封筒便箋6枚」(大正十四年)より:

「いつも考へることですが、探偵小説に限つては、外の文学と異り、学問と芸術の中間にある様なものですから、学問的興味と芸術的興味をなひ混ぜた様なものですから、先生の様な学問的な頭の方が、それを書かれるのが理想ではないでせうか。その点から云ひますと、小生の書くものなぞ、純正探偵小説の外道かもしれないと思つて居ります。」


「〇三八 不木書簡 六月十七日 封筒便箋6枚」(大正十四年)より:

「探偵小説も芸術として書かれねばならぬといふ自分の主張であり乍ら、自分の書くものは、やつぱり駄目です。(中略)いつも材料を取り扱ふたび毎に、これをあなたなら定めし私が満足するやうに表現するだらうになあ、と思はぬことはありません。(中略)やつぱり、どの作を見ても、あなたの持つて居る天才的な力のひらめきが充ちて居る。それが幾重にも羨ましくもあり尊くもあるのです。「屍蠟」なんども、ねらつた的にぴちんと射当てゝあるのがうれしいのです。春のいら/\した気持、犯人の、裏の裏を行く恐ろしいたくみ。然しあれほどコツたものになると、恐らく通り一ぺんの読者にはその味がわからぬかもしれません。「駄作乱発云々」とあなたは仰しやいますけれど、あれで駄作なら、むしろ、盛んに駄作をやつてもらひたいものです。そんなことに卑下して居られると、あなたの持ち味がひつこんでしまひます。憚りなくどし/\製作して下さい。(中略)誰が何といはうが、私はあなたのすべての作の底に光つて居るものがいつもはつきりと眼につくのです。あなたを及ぶかぎりもり立てゝ行くこそ、私たち日本の探偵小説界に身を置くものの義務だと思つて居るのです。」


「〇五八 不木書簡 八月二十二日 封筒便箋5枚」(大正十四年)より:

「批評家の言葉を無闇に気にするには当りますまい。あなたの持つて居る特種な感覚、それを作品を通じて見せて貰へば私には沢山です。」
「あなたが今後どんな風な工夫を凝らされやうが、あなたの持つて居る特種な感覚さへあらはれて居れば私は無条件で推服します。」



「〇六三 不木書簡 九月六日 ハガキ」(大正十四年)より:

「「苦楽」の「人間椅子」拝誦、実に感心しました。奇抜なことを思ひつかれる大兄の頭はたしかに構造がちがつて居ます、いつも申すとほり、その構造のちがひ工合を見せて下さればそれで私には十分です、どうか、この調子で御進み下さい。」


「〇八四 不木書簡 十二月十五日 封筒便箋3枚」(大正十四年)より:

「今日森下さんから、新春増刊(一月十五日発売)に載るべき平林さんの「探偵小説壇の諸傾向」の「控」を送つて下さいましたから、一読の後御まはし致します。」


「〇八五 乱歩書簡 十二月十七日 封筒便箋3枚」(大正十四年)より:

「平林氏の原稿御転送下さいまして有難う存じます。なか/\うがつてゐると思ひました。(中略)健全不健全の分類には恐縮しました。併し、いかに健全であり、本格であり、無傷でありましても、「予審調書」(脚注より:「『新青年』翌十五年一月号所収の平林の小説作品。新年号は十二月中旬には、すでに店頭へ出ていた。」)などよりは、先生の所謂不健全な「曲線」の方がどれ程心を躍らせ、楽しませてくれるか知れないと思ひます。(中略)健全派の頭目ドイルとポオやルヴエルを比べたら、我々はやつぱり後者に引きつけられます。これは私のみの病的な嗜好でありませうか。」


「〇八六 不木書簡 十二月十九日 封筒便箋4枚」(大正十四年)より:

「兎に角当分は御互に不健全に徹しやうではありませんか。さうしてこの世の中をむしろ不健全化してしまはうぢやありませんか。」


「〇九四 不木書簡 三月三十日 封筒便箋5枚」(大正十五年)より:

「私の作品が一部の人に不快な感じを与へるのは、まつたく、大兄の仰せのとほりです。即ち、取り扱ひ方があまりにも冷たいからであります。(中略)科学的な物の見方に訓練された結果、作中の人物に同情をもつことが私には出来ないのであります。」


江戸川乱歩「肱掛椅子の凭り心地」より:

「大分散佚(さんいつ)したのもあらうけれど、大方は保存してあるので、私は今日、小酒井さんからの手紙を取出して、一つ一つ読返して見た。」
「十四年度の手紙には、日本に探偵小説を確立する為に、我々は何でも構はず書きまくらなければならぬ。といつた調子が満ちてゐる。発足期の興奮があり/\と現はれてゐる。『私はこの調子で筆の続く限り書き続ける。そして一生にせめて一編でも不朽のものを残したい』といふ様な、芸術家の稚気ともいふべき、懐しい文句もあつた。
 十五年度の手紙には、注文殺到して、従来の様に凡ての注文に応じ切れず、流石の小酒井さんも、これではたまらぬといつた調子が見える。『さうせめられても、おいそれと出来るものではない』などの文句もある。
 『今日は朝から考へても一つも纏らず、ポオの小説を読んで暮れてしまひました。実際小説書きは辞職したいやうな気持ちです。参考書を見て書く文章なら立どころに出来るのにと、今更らかつたいのかさうらみの為体です』
 又
 『新青年の浅草趣味拝誦、冒頭の御言葉誠に御尤もに存じます。「飽きるといふこともあるだらうし」といふ言葉ははつきりわかるやうな気がしました。まつたく書け書けと責めるのは酷だと思ひました』
 などの初期の小酒井さんらしくない文句も散見した。だが、さういふ小酒井さんの方が、私は好きであつた。」

「私が最も小酒井さんに接近したのは、一昨年の秋から暮にかけてゞあつた。(中略)小酒井さんと二人で話し合ふ機会が非常に多かつた。
 小酒井さんの創作ノートを見せて貰つたのもその当時である。そのノートには、(中略)二三行につゞめた小説の筋が、一杯書留めてあつた。」
「簡単に「蕎麦羽織」と書いたのなどもあつた。それは落語の「蕎麦羽織」の錯覚を探偵小説に応用したら面白いだらうといふので、あの人体を溶かす薬草を、単に腹をへらす薬と思ひ込む、心理的錯誤は、考へ様によつては随分恐ろしいことで、何だか探偵小説になり相な気がすると話された。」
「私達は、小酒井さんの二階の八畳の客間に寝転んで、薄暗い卓上電燈の下で、色々なことを話し合つたものである。(中略)一緒にお宅の風呂へ這入り、床を並べて寝物語りをしたこともある。
 床を並べると云つても、小酒井さんは寝台でなければ寝られぬ人だものだから、隣の六畳の寝室の籐の寝台の上に寝られ、私は八畳の方に、床を敷いてもらつて、間の襖を開けぱなし、寝台の方を枕にして、電燈を消して、真暗な中で、話をした。
 その時、私達は少年の様に、恋愛について語り合つたことを覚えてゐる。私はお恥しいことだけれど、あこがれながらも、本当の恋といふものを経験したことのない男であるが、私の方では、その不幸な生れつきについて語つたかと思ふ。」




子不語の夢 03



CD-ROMは不織布ケース(未開封)入りで裏表紙に糊付けされていました。それゆえカバー&本体ページ巻末部分が影響を受けてCDの形に円形にへこんでいました。







こちらもご参照ください:

『江戸川乱歩全集 第28巻 探偵小説四十年 (上)』
飯倉照平 編 『柳田国男・南方熊楠 往復書簡集 上』 (平凡社ライブラリー)
パウル・ツェラン/ネリー・ザックス 『往復書簡』 飯吉光夫 訳
オルネラ・ヴォルタ 編著 『サティとコクトー 理解の誤解』 大谷千正 訳
『別冊太陽 絵本名画館 探偵・怪奇のモダニズム 竹中英太郎・松野一夫』













































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『江戸川乱歩全集 第23巻 怪人と少年探偵』

「「明智くん、きみももうろくしたな。てごわいあいてにでくわすと、みんな二十面相にしてしまう。」」
(江戸川乱歩 「超人ニコラ」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第23巻 
怪人と少年探偵』

光文社文庫 え 6-24

光文社
2005年7月20日 初版第1刷発行
685p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価952円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



第23回配本。
昭和35年から37年にかけて発表された少年探偵もの4篇と、昭和31年に刊行された随筆集『探偵小説の「謎」』(他巻収録随筆と重複する部分は割愛)が収録されています。
「おれは二十面相だ!!」「妖星人R」に図各1点。「探偵小説の「謎」」に図3点。


江戸川乱歩全集 第23巻 01


江戸川乱歩全集 第23巻 02


目次:

おれは二十面相だ!!
 消えうせた大学生
 小林少年の冒険
 やみの中の手
 白と黒
 ドアのひみつ
 電話の声
 電話のひみつ
 生きた手くび
 空中の声
 宙に浮く花びん
 不思議な格闘
 かわいい女の子
 不思議な足跡
 透明人間は家の中に
 午後十時!!
 消えたぞう
 きみが二十面相だ!
 魔法のたね
 ふしぎな道具
 さいごのなぞ
 おもいもよらぬ
 ポケット小僧
 小黒人
 美術室
 名探偵のおくの手

怪人と少年探偵
 作者のことば
 どろぼう人形
 ふしぎな変装
 顔の動かない男
 マンホールのひみつ
 地獄の入り口
 たるの中
 BDバッジ
 電話の声
 おとし穴
 窓の顔
 水が! 水が!
 警官隊
 口まで水が
 人形のへや
 かすかな足音
 地底の声
 もうだめだ
 なわばしご
 怪人のゆくえ
 しばられた怪人
 マンホールから
 お面をとれば
 葬儀自動車
 やみの中の口笛
 一人二役
 金庫の中
 ピストルの名人
 明智先生バンザーイ

妖星人R
 Rすい星
 カニ怪人
 古山博士
 土の中から
 消える怪人
 カニじいさん
 R変身
 消えた少年
 地からわく
 ねこそぎ盗難
 地底の囚人
 カニのぬけがら
 小林少年
 名探偵登場
 怪人の正体
 怪電話
 壁から手が
 あやしい小包
 メフィスト
 青黒い液体
 おばけがに
 妖星人の林
 名探偵と怪人二十面相
 大闘争
 たいまつの火
 空中戦

超人ニコラ
 もうひとりの少年
 スリ少年
 窓の顔
 ニコラ博士
 地底の牢獄
 こじきむすめ
 人間いれかえ
 人形紳士
 小林少年
 黄金のトラ
 猛獣自動車
 大時計の怪
 最後のひとり
 日本中の宝石
 空飛ぶ超人
 一本の針金
 三重の秘密室
 箱の中
 大秘密
 あっ先生っ!!
 三ぼうからピストルが
 替え玉の替え玉
 青い炎
 ふたりの明智小五郎
 怪獣の最期
 ニコラ博士の秘密
 怪人二十面相
 人間改造術
 自作解説

探偵小説の「謎」
 序
 1 奇矯な着想
 2 意外な犯人
 3 兇器としての氷
 4 異様な兇器
 5 密室トリック
 6 隠し方のトリック
 7 プロバビリティーの犯罪
 8 顔のない死体
 9 変身願望
 10 異様な犯罪動機
 11 探偵小説に現われた犯罪心理
 12 暗号記法の種類
 13 魔術と探偵小説
 14 明治の指紋小説
 15 原始法医学書と探偵小説
 16 スリルの説
 「類別トリック集成」目次
 江戸川乱歩随筆評論集 目録

解題 (新保博久)
註釈 (平山雄一)
解説 (新保博久)
私と乱歩 (花村萬月)




◆本書より◆


「おれは二十面相だ!!」より:

「もう、まよなかの一時でした。あたりは、いよいよ静まりかえり、世の中の生きものが、みんな死にたえて、小林君たったひとりになってしまったような、なんともいえないさびしさです。」


「妖星人R」より:

「次郎くんは、森の中へにげこみながら、うしろをふりむきました。あっ、怪物がおそろしい速さで、ちかづいてきます。
 もうだめだとおもいました。気がとおくなりそうです。足がうごかなくなって、グタグタと、ひざをついてしまいました。
 「アナタ、ニンゲンデスカ」
 へんてこな声が、耳のそばで、きこえました。『あなた人間ですか』ときいているのです。怪物がものをいったのです。それにしても、『人間ですか』なんて、なんというへんなききかたでしょう。」



「超人ニコラ」より:

「そのばんは、うちにかえって、ベッドにはいってからも、それが気になって、なかなかねむれませんでした。
 あれは、自分によくにた少年かもしれないとおもいましたが、しかし、あんなにそっくりの少年が、ほかにあろうとは考えられないではありませんか。
 玉村くんは、なんだかしんぱいになってきました。自分とそっくりの人間が、どこかにいるとしたら、これはおそろしいことです。」

「老人はぶきみに笑いました。やっぱり、あやしいやつです。
 「おじいさんはだれですか」
 「わしはニコラ博士というものじゃ」
 「ニコラ博士? じゃあ、日本人ではないのですか」
 「わしは十九世紀のなかごろに、ドイツでうまれた。だが、わしはドイツ人ではない。世界人じゃ。イギリスにも、フランスにも、ロシアにも、中国にも、アメリカにもいたことがある。そして、いたるところで、ふしぎをあらわして歩くのじゃ。わしは大魔術師じゃ、スーパーマンじゃ、わしにできないことはなにもない。神通力(じんつうりき)をもっているのじゃ。わしひとりの力で、この世界を、まったくちがったものにすることができる。そういう神通力をな。ウフフフフフ」」

「すると一寸法師は、
 「そうじゃよ。つまり、明智探偵がふたりになったというわけさ」
と、こたえました。
 「人形もいれると三人ですね」
 「ウフフフフ、そうじゃ、そうじゃ。おまえ、なかなか、かしこいのう」
 そういって、一寸法師は、みじかい手で、背のびをしながら、小林くんの頭をなでるのでした。」

「「ワハハハハ……」
 ニコラ博士は、明智よりも、もっと大きな声で笑いとばしました。
 「明智くん、きみももうろくしたな。てごわいあいてにでくわすと、みんな二十面相にしてしまう。わしはドイツ生まれの百十四才のニコラ博士だ。人ちがいをしてもらってはこまるよ」」



「探偵小説の「謎」」より:

「わが望みは、いわゆるリアリズムの世界から逸脱するにある。空想的経験こそは、現実の経験に比して、さらにいっそうリアルである。
――ウォーター・デ・ラ・メイア――」

「お伽噺(とぎばなし)に「隠(かく)れ簑(みの)」というのがある。その簑を着ると自分の姿が他人には見えなくなる。どんないたずらをしても、どんな悪事を働いても、何をしても相手にはこちらの姿が見えないのである。」
「私も「隠れ簑」願望の強い男で、昔の作に「覗き」の心理を描いたものが多いのもここからきている。「屋根裏の散歩者」で天井裏という隠れ簑に隠れて悪事を働くのも、「人間椅子」という隠れ簑に隠れて恋愛をするのも、すべてこの願望の変形であった。ジャック・ロンドンの「光と影」やH・G・ウエルズの「見えざる人」に執着をおぼえたのも、涙香(るいこう)の「幽霊塔」や「白髪鬼」に惹きつけられ、私自身その焼き直しをしたのも、またこの願望からきている。
 涙香といえば、彼の代表作である「噫(ああ)無情」「巖窟王」「白髪鬼」「幽霊塔」などに、ことごとくこの「隠れ簑」願望がふくまれているのは興味深いことである。「噫無情」では前科者が全く別人の大工場主となり、「巖窟王」では海底の藻屑(もくず)と消えたはずの脱獄者が王者の如き存在となり、「白髪鬼」では墓場からよみがえった人物が別人として元の妻と再婚するなど、いずれも読者の「隠れ簑」願望に訴えるところが非常に強く大きいのである。私たちが少年時代、これらの作品に心酔した理由の半ばは、おそらくこの要素によるものではないであろうか。」




◆感想◆


悪いやつはみんな怪人二十面相、というのは、善悪二元論的考え方からすると、当然そうあるべきで、すべての善人は一人の善人であり、すべての悪人は一人の悪人のさまざまな現われにすぎないです。さらにいうと、一元論的考え方からすれば、明智小五郎すなわち怪人二十面相であり、少年探偵ものは唯一者としての〈隠れた神〉の壮大な妄想ひとり遊びであるといってよいです。





































































































『江戸川乱歩全集 第14巻 新宝島』

「虫といっても、目に見えるような大きな虫じゃないのだよ」
(江戸川乱歩 「智恵の一太郎」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第14巻 
新宝島』

光文社文庫 え 6-7

光文社
2004年1月20日 初版第1刷発行
589p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価857円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



第6回配本。
昭和15年から19年にかけて発表された国策小説3篇が収録されています。


江戸川乱歩全集 第14巻 01


江戸川乱歩全集 第14巻 02


目次:

新宝島
 序
 不思議な帆船
 闇の中の綱渡
 ボートの中の三人
 生か死か
 椰子の実
 鹿と鸚鵡
 人間のいない国
 難破船
 火と水
 日の丸
 哲雄君の第二の手柄
 やまと島の住民
 地底の声
 洞窟の怪人
 黄金の国
 魔の湖
 ポパイの最期
 地獄への旅
 火の柱
 大暗黒
 星だ! 星だ!
 鰐
 夢の国
 黄金宮殿
 凱旋の日こそ

智恵の一太郎
 象の鼻
 消えた足跡
 智恵の火
 名探偵
 空中曲芸師
 針の穴
 お雛様の花びん
 幼虫の曲芸
 冷たい火
 魔法眼鏡
 月とゴム風船
 兎とカタツムリ
 白と黒
 風のふしぎ
 ゴムマリとミシン針
 飛行機を生み出すたのもしい力
 自作解説

偉大なる夢
 作者の言葉
 巨人の脈搏
 脳髄の断崖
 予感
 白堊館の密話
 暗影
 敵国の触手
 破局
 博士夫人の行方
 望月憲兵少佐
 指紋の主
 火焰放射器
 大人国
 鉄の指
 何者
 穴居人
 F3号
 滝の乙女
 女工員
 爆弾
 世紀の怪物
 横穴待避壕
 敵機来襲
 聖女
 二重の地下室
 大秘密
 月光の妖術
 偉大なる夢
 自作解説

解題 (山前譲)
註釈 (平山雄一)
解説 (山前譲)
私と乱歩 (種村季弘)




◆本書より◆


「智恵の一太郎」自作解説(『探偵小説四十年』)より:

「前にも書いたように、昭和十六年には、僅かにお目こぼしに預かっていた私の文庫本や少年ものの本が、全部絶版にされ、印税収入皆無になっていた。政府の情報局の意向に脅えて、本屋が私のものを全く出さなくなったのである。」
「私はいくらかでも収入を得ようとして、とうとう妥協したのである。「筆名を変えて、健全な教育的な読みものを書いてみませんか」という「少年倶楽部」の勧めに応じたのである。」

「当時の編集者の神経質になっていたことは驚くべきもので、犯罪は全然書けなかったし、作中に「ルンペン」を登場させても、書き直しを命じられた。日本国内に無職の遊民が一人でもいてはいけないからである。」



「偉大なる夢」より:

「「光と同じ早さで飛ぶということが何を意味するかお前に分るかね。それは飛んでいる当人には、この世の時間というものが無くなることなのだ。若(も)し光を追い越す早さで飛べたならば、時間が逆転し出すのだ。歴史がさかさまになるのだ。弾丸(たま)が的から銃口に飛び帰るのだ。」」

「「ひどい変り者です。第一こいつの家の門はあいていたことがない。いつも鍵がかけてあって商人などが来ても入ることができない。夜も表からは電燈の光も見えないので、家(うち)にいるのかいないのか見当もつかないのだそうです。つまり交友関係が全くないのですね。では、食事なんかはどうしているかというと、すべて外食らしいのです。放浪癖があるので、家(いえ)をあけて旅行することが多いらしいのですが、いつ出かけて、いつ帰ったかは、近所の人も知らないという有様です。隣組(となりぐみ)の持て余しものですね」
 「で、その男が何か罪を犯したのですか」
 三好曹長は、指紋係の話がいつまでもその点に触れないのを、もどかしがって訊ねた。
 「サア、それが罪という程の罪ではないのです。ただ非常に変っているのですね。一例をいいますと、他人の邸宅へノコノコ入って行って、主人の居間に坐りこんで、平気な顔で女中にお茶を持って来いなどという。全く知らぬ家でそれをやるのです。別に物を盗んだりする訳じゃありません。そういう訴えが警察に来るのです。
 身の軽い奴でしてね。真昼間、屋根の上を伝い歩くという変な癖も持っていました。他人の家の屋根から屋根と伝って歩き廻るのです。
 それから真夜中に町を歩くのですね。(中略)医師の精神鑑定も行われたのですが、精神病者ではない。判断力は正常なのです。一種の極端な変りものということで放免になりました。」」

「「韮崎をお調べになるのでしたら、余程うまくやらないと、あいつ、突拍子もない男ですからね。そうですね、ああいいことがあります。あの町会は今夜八時から防空訓練をやることになっているのですよ。韮崎は群員です。必ず出て訓練に参加します。何しろ変り者ですからね、気が向けば何を始めるか分ったものじゃありません。今までまるで交際をしなかった隣組とも、近頃はよろしくやっているらしいのです。(中略)」
 「ヘエ、あの男が防空訓練を。こりゃ驚いた、大変な心境の変化ですね」」

「「そんな子供だましの空想が、科学とどんな関係があるのだと仰有(おっしゃ)るでしょうね。そうです。昔から発明家というものは、いつも世間からそういう風に云われ、笑われて来たのです。鳥のように飛ぼうとして、紙の翅(はね)をつけて屋根から飛び降り、大怪我をした男は、その当時どんなに物笑いの種にされたでしょう。しかしその男こそ航空機発明の先覚者だったのです。大発明はいつも子供だましから出発するのです。千万人の凡人共がガリバア旅行や朝比奈島巡りの空想を子供だましと嘲笑している時、ただ一人この空想と真面目に取り組む男があればよいのです。その男だけが本当の意味の科学者なのです。」」
「韮崎の言動は益々出でて愈々(いよいよ)奇怪であった。」

「「それにしても、この韮崎という男は非常な変りものです。精神病者ではないかと思われるほどです。(中略)彼は錬金術師と自称して、地下室に不思議な工場を持っているというのですからね」」

「すると、そこに、一間あまりの竪穴の底に、土蜘蛛のような穴居人が蹲っていた。あの××温泉村の山の中にいた穴居人と同じ人物である。又しても穴の中、穴居はこの怪人物の習性となっていたのである。」
「穴居人は不意を突かれて、懐中電燈の光の中に、みじめに蹲っていた。光を恐れる暗闇の生物ででもあるように、両手の肘で顔を庇(おお)ってその隙間から、(中略)まぶしそうに穴の入口を見上げていた。」

「「それに、なんですね、今までわれわれの前に姿を現わした二人の奴は、揃いも揃って非常な変り者ですね。こいつらも確かに怪物ですよ。韮崎は錬金術師だったし、今度の男は穴居人です。二人ともどこかしら常識を逸脱したところがある。」」

「「それは月の光があなたの目を眩(くら)ましたのです。月光の妖術とでもいいますか、犯人の巧緻を極めた手品にすぎなかったのです。」」



「私と乱歩――幻の同居人」(種村季弘)より:

「乱歩は永遠の少年、アンチ・エロティカーである。性的葛藤に巻き込まれて、エディプスのように父親的人間と張り合う大人なんぞになりたくない。できれば子供のままでいたい。あわよくば生まれないままでいたい。ずっと母胎のなかの胎児でいたい。それでもいやいやこの世に出されてしまったからには、机の下や戸棚にもぐり込んでいたい。ましてや自分の部屋や家から一歩も外へ出たくない。
 世にはそういう人間がいる。げんに今や数十万人になんなんとする引きこもり症候群のお兄さんたちは、父なるエホバの顔を避けて、目鼻も手足もない小球体として母だけに抱擁されていた至福状態(=全面受愛)があきらめきれないでいるではないか。そうだ、レンズの曲率を通さない、ただのひらべったい現実のどこがおもしろい。さよう、乱歩党としては引きこもりお兄さんに共感しないわけにはいかないのだ。」




◆感想◆


『智恵の一太郎』は科学読物ですが、のちの少年もの(『魔法博士』等)にこの方向性が活用されています。
『偉大なる夢』はSFスパイ小説ふう探偵小説です。「月光の妖術」の章で解明されるトリックは戦後の短篇「月と手袋」で再使用されています。戦前の短篇「目羅博士の不思議な犯罪」では心理作用としての月光の妖術が夜の夢の「まこと」として取り上げられていましたが、戦中・戦後作品ではうつし世の「まやかし」のトリックとして使用されていて、われわれ幻想派としてはいかにも歯痒い限りです。犯人の人物設定は『暗黒星』などと同様、相手の家庭(この小説では日本国)に自分の子供を送り込んで家族の一員にして復讐を遂げさせる、というものです。
表面的には愛国小説ですが、「二十面相」=乱歩という定式をこの小説に適用すると、犯人(アメリカのスパイ)=乱歩ということになります。アメリカは乱歩の精神的御先祖様であるポーそして探偵小説の祖国です。犯人は「百年に一度」の「特異な人物」であるとされていますが、それはまさに乱歩その人にふさわしいキャッチフレーズです。





























































































『江戸川乱歩全集 第10巻 大暗室』

「だが、この淋しい峠道に救いの人影があろう筈はなかった。小鳥の声と、深い谷川のせせらぎの外には、何の物音もない人外境であった。」
(江戸川乱歩 「大暗室」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第10巻 
大暗室』

光文社文庫 え 6-2

光文社
2003年8月20日 初版第1刷発行
595p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価876円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



光文社文庫版乱歩全集、第1回配本は本巻と第4巻『孤島の鬼』の二本立てでした(以降は毎月一冊ずつ)。
昭和11年から13年にかけて発表された少年探偵もの1篇と長篇1篇、計2篇が収録されています。


江戸川乱歩全集 第10巻 01


江戸川乱歩全集 第10巻 02


目次:

怪人二十面相
 はしがき
 鉄の罠
 人か魔か
 魔法使
 池の中
 樹上の怪人
 壮二君の行方
 少年探偵
 仏像の奇蹟
 陥穽
 七つ道具
 伝書鳩
 奇妙な取引
 小林少年の勝利
 恐しき挑戦状
 美術城
 名探偵明智小五郎
 不安の一夜
 悪魔の智恵
 巨人と怪人
 トランクとエレベーター
 二十面相の逮捕
 「わしが本物じゃ」
 二十面相の新弟子
 名探偵の危急
 怪盗の巣窟
 少年探偵団
 午後四時
 名探偵の狼藉
 種明し
 怪盗捕縛
 自作解説

大暗室
 作者の言葉
 発端 毒焰の巻
  三人の漂流者
  極悪人
  幼児殺し
  白昼の幽霊
  毒焰
 第一 陥穽と振子の巻
  二青年
  殺人事務所
  魔の騎士
  黄金宝庫
  悪魔の椅子
  恐ろしき疑惑
  白馬公子
  鳥居峠の怪奇
  闘争
  一寸法師
  大暗室
  悪魔の振子
  魑魅魍魎
 第二 渦巻と髑髏の巻
  仮面の人物
  渦巻の賊
  美青年
  黒い影
  真紅の渦巻
  魔術師
  空翔る悪鬼
  魔の倉庫
  恐ろしき返討
  火と水
 第三 大暗室の巻
  六人の新聞記者
  魔界見聞記
  異魚怪獣
  地獄図絵
  大陰謀
  奇怪な広告気球
  池中の怪物
  悪魔の凱歌
  逞しき人魚
  火星の運河
 自作解説

解題 (山前譲)
註釈 (平山雄一)
解説 (山前譲)
私と乱歩 (瀬名秀明)




◆本書より◆


「怪人二十面相」より:

「その頃、東京中の町という町、家という家では、二人以上の人が顔を合わせさえすれば、まるでお天気の挨拶でもするように、怪人「二十面相」の噂をしていました。
 「二十面相」というのは、毎日毎日新聞記事を賑(にぎ)わしている、不思議な盗賊の渾名(あだな)です。その賊は二十の全く違った顔を持っているといわれていました。つまり変装が飛切(とびきり)上手なのです。
 どんなに明るい場所で、どんなに近寄って眺めても、少しも変装とは分からない、まるで違った人に見えるのだそうです。老人にも若者にも、富豪にも乞食にも、学者にも無頼漢(ぶらいかん)にも、イヤ女にさえも、全くその人になり切ってしまうことが出来るといいます。
 では、その賊の本当の年は幾(いく)つで、どんな顔をしているのかというと、それは誰一人見たことがありません。二十種もの顔を持っているけれど、その内のどれが本当の顔なのだか、誰も知らない。イヤ賊自身でも、本当の顔を忘れてしまっているのかも知れません。それ程、絶えず違った顔、違った姿で、人の前に現れるのです。
 そういう変装の天才みたいな賊だものですから、警察でも困ってしまいました。一体どの顔を目当に捜索したらいいのか、まるで見当がつかないからです。
 ただ、せめてもの仕合(しあわ)せは、この盗賊は、宝石だとか、美術品だとか、美しくて珍しくて、非常に高価な品物を盗むばかりで、現金にはあまり興味を持たないようですし、それに、人を傷つけたり殺したりする、残酷な振舞(ふるまい)は、一度もしたことがありません。血が嫌いなのです。」



「大暗室」より:

「「君は恐ろしい人だ。本当にそんなことを考えているのですか」
 有村青年が不快らしく美しい顔をしかめて訊(き)き返した。
 「本当だとも、僕はその為めに生れ、その為めに今日までの鍛錬を積んで来たのですよ。見給え、あの東京の波のような甍(いらか)を。凡人共の大都会、なんて退屈な景色だろう。平凡そのもののような青空、あの青空にドス黒い火焰が燃えて、六百万の凡人どもがうろたえ騒ぐ景色が想像出来ますか。暴帝ネロの夢、それがとりも直さず僕の夢ですよ」
 大野木青年は、両眼に毒々しい光を湛(たた)えて、恐ろしい幻を追いながら、憑かれたように喋りつづけた。」

「今、東京全市は恐怖の渦巻に蔽われていた。新聞の社会面は、毎日殆んど渦巻の賊の記事によって占められていると云ってもよかった。レヴュー・ガール花菱ラン子こそ、有明友之助(有村青年)と久留須老人の機智によって、危く危急を逃がれたけれど、(中略)渦巻の賊の魔手にかかって、行方不明となった婦女子だけでも、二十三人の多きに達し、その外、老幼男子の故もなく惨殺されたもの六人、しかもその殺人手口の残酷を極めたことは、日本犯罪史上殆んど前例がない程であった。」
「誘拐された美女達は、「大暗室」とやらいう賊の巣窟にとじこめられ、無残な拷問に会っているという噂は聞くけれど、その「大暗室」がどこに存在するかさえも、全く不明であった。
 昔話の大江山ではないのだ。それと同じ、或はそれ以上の恐怖が、この東京市内に、イヤ、少くとも東京近郊に、現実に存在するのだ。」

「「そうです。僕はここに悪魔の国を打建てたのです。暗黒の世界に君臨したのです。そして、地上の現実世界に向って一大戦闘を挑んでいるのです」
 青年は昂然として叫ぶのである。」

「中村警部は老人のさも自信ありげな言葉を、直ちに理解することは出来なかったが、闇の大空に不思議な色彩で浮き上って来る、大闘争の幻影――地上世界と地底王国との、世にも恐るべき戦闘の幻影に、異様な武者震いを禁じ得なかった。」




◆感想◆


健全少年探偵ものの第一作と、同じ母親から生まれた善と悪を体現する二人の兄弟を主人公とする極悪非道地底王国陰謀小説『大暗室』が、同じ巻に収録されているのはたいへん興味深いです。数ある乱歩作品中でも最も子どもに読ませたくないものの一つである『大暗室』――リビドーと超自我の悲惨な攻防を描いたこの作品こそ、少年探偵ものの原点であるといってよいです。
そして「地上の現実世界に向って一大戦闘を挑」まんと打ち建てられた「大暗室」とは、乱歩文学そのものの比喩であるといってもよいです。そしてその原点に谷崎潤一郎作品(「魔術師」「人魚の嘆き」「金色の死」etc.)があることを、この作品は如実に示しています。




































































『江戸川乱歩全集 第21巻 ふしぎな人』

「ひえびえとして、かびくさいにおいが、鼻をうちました。
 やっぱり地下室のようです。
 「さあ、ここだ。とんだまっ暗なサーカスだが、ここで空中曲芸の夢でも見るがいい」」

(江戸川乱歩 「塔上の奇術師」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第21巻 
ふしぎな人』

光文社文庫 え 6-21

光文社
2005年3月20日 初版第1刷発行
673p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価933円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



第20回配本。
昭和32年から35年にかけて発表された短篇1篇、「出題篇」2篇、少年探偵もの6篇が収録されています。
「塔上の奇術師」に図1点。


江戸川乱歩全集 第21巻 01


江戸川乱歩全集 第21巻 02


目次:

妻に失恋した男
 自作解説

秘中の秘
 消えた花嫁

魔王殺人事件
 鍵穴の眼

奇面城の秘密
 作者の言葉
 怪人四十面相
 アドニスの像
 屋根の上
 水ぜめ
 空からの怪音
 第二のヘリコプター
 操縦士の正体
 暗号の光
 すりの源公
 ポケット小僧
 ふしぎな変装
 警視総監
 まぼろし警官隊
 かばんの中
 四十面相の美術館
 巨人の顔
 恐ろしい番人
 ポケット小僧の冒険
 秘密会議
 かえだまふたり
 敵のただ中へ
 まめくろんぼ
 いもむしごろごろ
 巨人の目
 最後の手段
 警察官の勝利
 最後の切りふだ

夜光人間
 作者の言葉
 きもだめしの会
 闇に光る顔
 夜光怪人
 宙に浮く首
 墓地の恐怖
 魔法の名刺
 宙を飛ぶ首
 天にのぼる怪人
 チンピラ隊の活躍
 怪人のおくの手
 深夜の客
 ビニール仮面
 密室の怪人
 幽霊怪人
 暗闇の待ちぶせ
 名探偵の危難
 ふしぎな家
 ふたりの明智小五郎
 魔法のたね
 警官隊
 大秘密
 あらわれた名探偵
 エレベーター
 白ひげのじいさん
 天にのぼる怪人
 水中の怪光
 古井戸の底
 おとし穴
 土くれの滝
 巨人と怪人
 鉄格子
 網の中

塔上の奇術師
 作者の言葉
 ふしぎな時計塔
 宝石ばこ
 恐ろしい電話
 きみょうなうたがい
 午後十時
 四十面相の変装
 小林少年の冒険
 ふたりの一郎青年
 屋上の怪人
 変装から変装へ
 少女探偵
 赤い道化師
 地底の穴ぐら
 かすかな声
 金ぴかの部屋
 笑う四十面相
 探偵いぬ
 大時計の怪
 文字ばんの穴
 双眼鏡
 白い幽霊
 6・5・4
 3・2・1
 時計塔の秘密
 恐ろしい手紙
 ヨシ子ちゃんの危難
 三人のかえだま
 ヘリコプター

ふしぎな人

かいじん二十めんそう

かいじん二十めんそう

解題 (山前譲)
註釈 (平山雄一)
解説 (山前譲)
私と乱歩 (恩田陸)




◆本書より◆


「秘中の秘」より:

「それは異域(いいき)の女、他界(たかい)の人であった。」


「夜光人間」より:

「「ひとだまは、どのへんに出るんだい? 木下君」
 ひとりの少年が、おっかなびっくりで、たずねました。
 「ぼくのうちのそばの、やおやのおじさんが見たんだって。この森のまん中に、大きなシイの木があるんだよ。そのシイの木の下から、スウッと、青いひとだまが浮きあがってきたんだって。そして、シイの木のてっぺんまで、するするすると、まるで木のぼりをするように、あがっていって、それから、空へ飛んでいってしまったんだって」」



「塔上の奇術師」より:

「スミ子ちゃんが指さすほうをながめますと、林の木の上から、ふるい西洋の写真にあるような、スレートぶきの、とんがり帽子のような屋根が、空にそびえていました。
 「まあ、古城の塔みたいね。こんなさびしいところに、どうして、あんなたてものがあるのでしょう」
 マユミさんが、ふしぎそうにいいました。
 「おとうさまから聞いたのよ。むかし、丸伝(まるでん)という、日本一の大きな時計屋さんがあったんですって。その時計屋さんが、こんなさびしいところへじぶんのうちをたてて、屋根の上に時計塔をつくったんですって。
 いまは、だれも住んでいないあき家なのよ。このへんの人は、時計やしきとか、お化けやしきとかいって、こわがっているんです。」」
「林をぬけ出ると、草のぼうぼうとのびた原っぱのまん中に、その時計やしきが、怪物のようにたっていました。
 きみょうなたてものです。ぜんたいが赤れんがで、二階だての西洋館ですが、その二階の屋根の上に、大きな時計塔が、そびえているのです。」
「あき家だというけれど、なにかへんなものが住んでいて、いまにも、あの小さい窓から、ひょいと顔を出すのではないかと思うと、いよいよきみがわるくなってきます。
 「もう、帰りましょうよ。日がくれるわ。ごらんなさい、むこうの空が、まっ赤に夕やけしてる。まあ、きれい」
 マユミさんは、うしろをふりかえって、林のむこうの空をながめました。
 西の空は、いちめんに血のような色にそまっていました。それが、前の時計やしきに反射して、赤れんがのたてものが、まるでよっぱらいの顔のように、きみわるく見えるのでした。」



「ふしぎな人」より:

「林さんはくろいふくをきて、大きなくろいネクタイをとんぼむすびにしていました。
 ふちなしの四かくなめがねをかけ、ぴんとはねた口ひげと、三かくのあごひげがあります。いかにもせいようのまほうつかいみたいなかっこうです。
 その林さんが、こんなことをいいだしました。
 「きみたちに、おもしろいものをみせてあげようか。びっくりするようなものだよ。わたしは、むこうの木のしげみにかくれるからね。すると、あそこのしいの木のねもとから、小さいものがあらわれるのだ。よくみているんだよ」
 そういって、林さんは、しいの木のむこうのしげみの中へはいっていきました。
 たけしくんと、きみ子ちゃんは、むねをわくわくさせながら、そのしいの木の下を、じっとみつめていました。
 あたりは、しいんとしずまりかえっています。はるのおてんきのよい日で、しばふには、日がてっています。でも、しいの木のへんからむこうは、木のはがしげっているので、すこしうすぐらいのです。」
「すると、そのときです。あの大きなしいの木のねもとから、なにか小さなものが、ちょこちょことはいだしてきたではありませんか。
 むしでしょうか。いや、むしにしては、大きすぎます。
 しかも、それは、はっているのではなくて、二本の足であるいているのです。
 それは、たかさ二十センチぐらいの、おもちゃのにんげんなのです。
 くろいふくをきて、くろいマントをはおり、くろいソフトをかぶっています。
 かおは小さくてよくみえませんが、なんだか林さんのかおににているようです。」
「そのおもちゃのにんげんが、まるでほんとうのにんげんのように、てくてくあるいているのです。」
「その小さなにんげんは、しいの木のとなりの大きな木にかくれてしまいました。
 たけしくんときみ子ちゃんは、いまにあの木のうしろをとおりすぎて、またあらわれるだろうとまっていました。
 やがてあらわれました。しかし、これはどうでしょう。あのにんぎょうが、たかさ四十センチほどに、大きくなっているではありませんか。」
「すると、ばいの大きさになったにんぎょうは、二メートルほどあるいて、そのつぎの木のみきのむこうがわにかくれました。
 まもなく、そこをとおりすぎてあらわれたにんぎょうをみますと、こんどは、一メートルもあるような大きさにかわっていました。」
「一メートルになったにんぎょうは、くろいマントをこうもりのようにひらひらさせて、木のみきをぐるっとまわり、もとのほうへもどってきました。
 そして、さいしょのしいの木のみきにかくれたかとおもうと、つぎにそこからあらわれたのは、なんとおとなの大きさのにんぎょうだったではありませんか。
 いや、にんぎょうではなくて、ほんとうのにんげんだったのです。
 「わははははは……。どうだ、おどろいたかい。わしだよ。おじさんだよ。
 おじさんはね。二十センチぐらいの小人にもなれるんだよ。
 そして、いまのように、みるまに大きくなって、もとのすがたにもどれるのだよ」
 ああ、なんというふしぎでしょう。それでは、さっきの小さなすがたも、にんぎょうではなくて、林さんだったのでしょうか。」




























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

すきなことば: 「だれもいない」「ギブアウェイ」「ウポポイ」「隠密」
きらいなことば: 「人と人とのつながり」「キャリアアップ」「ほぼほぼ」「三密」

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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