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『江戸川乱歩全集 第23巻 怪人と少年探偵』

「「明智くん、きみももうろくしたな。てごわいあいてにでくわすと、みんな二十面相にしてしまう。」」
(江戸川乱歩 「超人ニコラ」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第23巻 
怪人と少年探偵』

光文社文庫 え 6-24

光文社
2005年7月20日 初版第1刷発行
685p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価952円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



第23回配本。
昭和35年から37年にかけて発表された少年探偵もの4篇と、昭和31年に刊行された随筆集『探偵小説の「謎」』(他巻収録随筆と重複する部分は割愛)が収録されています。
「おれは二十面相だ!!」「妖星人R」に図各1点。「探偵小説の「謎」」に図3点。


江戸川乱歩全集 第23巻 01


江戸川乱歩全集 第23巻 02


目次:

おれは二十面相だ!!
 消えうせた大学生
 小林少年の冒険
 やみの中の手
 白と黒
 ドアのひみつ
 電話の声
 電話のひみつ
 生きた手くび
 空中の声
 宙に浮く花びん
 不思議な格闘
 かわいい女の子
 不思議な足跡
 透明人間は家の中に
 午後十時!!
 消えたぞう
 きみが二十面相だ!
 魔法のたね
 ふしぎな道具
 さいごのなぞ
 おもいもよらぬ
 ポケット小僧
 小黒人
 美術室
 名探偵のおくの手

怪人と少年探偵
 作者のことば
 どろぼう人形
 ふしぎな変装
 顔の動かない男
 マンホールのひみつ
 地獄の入り口
 たるの中
 BDバッジ
 電話の声
 おとし穴
 窓の顔
 水が! 水が!
 警官隊
 口まで水が
 人形のへや
 かすかな足音
 地底の声
 もうだめだ
 なわばしご
 怪人のゆくえ
 しばられた怪人
 マンホールから
 お面をとれば
 葬儀自動車
 やみの中の口笛
 一人二役
 金庫の中
 ピストルの名人
 明智先生バンザーイ

妖星人R
 Rすい星
 カニ怪人
 古山博士
 土の中から
 消える怪人
 カニじいさん
 R変身
 消えた少年
 地からわく
 ねこそぎ盗難
 地底の囚人
 カニのぬけがら
 小林少年
 名探偵登場
 怪人の正体
 怪電話
 壁から手が
 あやしい小包
 メフィスト
 青黒い液体
 おばけがに
 妖星人の林
 名探偵と怪人二十面相
 大闘争
 たいまつの火
 空中戦

超人ニコラ
 もうひとりの少年
 スリ少年
 窓の顔
 ニコラ博士
 地底の牢獄
 こじきむすめ
 人間いれかえ
 人形紳士
 小林少年
 黄金のトラ
 猛獣自動車
 大時計の怪
 最後のひとり
 日本中の宝石
 空飛ぶ超人
 一本の針金
 三重の秘密室
 箱の中
 大秘密
 あっ先生っ!!
 三ぼうからピストルが
 替え玉の替え玉
 青い炎
 ふたりの明智小五郎
 怪獣の最期
 ニコラ博士の秘密
 怪人二十面相
 人間改造術
 自作解説

探偵小説の「謎」
 序
 1 奇矯な着想
 2 意外な犯人
 3 兇器としての氷
 4 異様な兇器
 5 密室トリック
 6 隠し方のトリック
 7 プロバビリティーの犯罪
 8 顔のない死体
 9 変身願望
 10 異様な犯罪動機
 11 探偵小説に現われた犯罪心理
 12 暗号記法の種類
 13 魔術と探偵小説
 14 明治の指紋小説
 15 原始法医学書と探偵小説
 16 スリルの説
 「類別トリック集成」目次
 江戸川乱歩随筆評論集 目録

解題 (新保博久)
註釈 (平山雄一)
解説 (新保博久)
私と乱歩 (花村萬月)




◆本書より◆


「おれは二十面相だ!!」より:

「もう、まよなかの一時でした。あたりは、いよいよ静まりかえり、世の中の生きものが、みんな死にたえて、小林君たったひとりになってしまったような、なんともいえないさびしさです。」


「妖星人R」より:

「次郎くんは、森の中へにげこみながら、うしろをふりむきました。あっ、怪物がおそろしい速さで、ちかづいてきます。
 もうだめだとおもいました。気がとおくなりそうです。足がうごかなくなって、グタグタと、ひざをついてしまいました。
 「アナタ、ニンゲンデスカ」
 へんてこな声が、耳のそばで、きこえました。『あなた人間ですか』ときいているのです。怪物がものをいったのです。それにしても、『人間ですか』なんて、なんというへんなききかたでしょう。」



「超人ニコラ」より:

「そのばんは、うちにかえって、ベッドにはいってからも、それが気になって、なかなかねむれませんでした。
 あれは、自分によくにた少年かもしれないとおもいましたが、しかし、あんなにそっくりの少年が、ほかにあろうとは考えられないではありませんか。
 玉村くんは、なんだかしんぱいになってきました。自分とそっくりの人間が、どこかにいるとしたら、これはおそろしいことです。」

「老人はぶきみに笑いました。やっぱり、あやしいやつです。
 「おじいさんはだれですか」
 「わしはニコラ博士というものじゃ」
 「ニコラ博士? じゃあ、日本人ではないのですか」
 「わしは十九世紀のなかごろに、ドイツでうまれた。だが、わしはドイツ人ではない。世界人じゃ。イギリスにも、フランスにも、ロシアにも、中国にも、アメリカにもいたことがある。そして、いたるところで、ふしぎをあらわして歩くのじゃ。わしは大魔術師じゃ、スーパーマンじゃ、わしにできないことはなにもない。神通力(じんつうりき)をもっているのじゃ。わしひとりの力で、この世界を、まったくちがったものにすることができる。そういう神通力をな。ウフフフフフ」」

「すると一寸法師は、
 「そうじゃよ。つまり、明智探偵がふたりになったというわけさ」
と、こたえました。
 「人形もいれると三人ですね」
 「ウフフフフ、そうじゃ、そうじゃ。おまえ、なかなか、かしこいのう」
 そういって、一寸法師は、みじかい手で、背のびをしながら、小林くんの頭をなでるのでした。」

「「ワハハハハ……」
 ニコラ博士は、明智よりも、もっと大きな声で笑いとばしました。
 「明智くん、きみももうろくしたな。てごわいあいてにでくわすと、みんな二十面相にしてしまう。わしはドイツ生まれの百十四才のニコラ博士だ。人ちがいをしてもらってはこまるよ」」



「探偵小説の「謎」」より:

「わが望みは、いわゆるリアリズムの世界から逸脱するにある。空想的経験こそは、現実の経験に比して、さらにいっそうリアルである。
――ウォーター・デ・ラ・メイア――」

「お伽噺(とぎばなし)に「隠(かく)れ簑(みの)」というのがある。その簑を着ると自分の姿が他人には見えなくなる。どんないたずらをしても、どんな悪事を働いても、何をしても相手にはこちらの姿が見えないのである。」
「私も「隠れ簑」願望の強い男で、昔の作に「覗き」の心理を描いたものが多いのもここからきている。「屋根裏の散歩者」で天井裏という隠れ簑に隠れて悪事を働くのも、「人間椅子」という隠れ簑に隠れて恋愛をするのも、すべてこの願望の変形であった。ジャック・ロンドンの「光と影」やH・G・ウエルズの「見えざる人」に執着をおぼえたのも、涙香(るいこう)の「幽霊塔」や「白髪鬼」に惹きつけられ、私自身その焼き直しをしたのも、またこの願望からきている。
 涙香といえば、彼の代表作である「噫(ああ)無情」「巖窟王」「白髪鬼」「幽霊塔」などに、ことごとくこの「隠れ簑」願望がふくまれているのは興味深いことである。「噫無情」では前科者が全く別人の大工場主となり、「巖窟王」では海底の藻屑(もくず)と消えたはずの脱獄者が王者の如き存在となり、「白髪鬼」では墓場からよみがえった人物が別人として元の妻と再婚するなど、いずれも読者の「隠れ簑」願望に訴えるところが非常に強く大きいのである。私たちが少年時代、これらの作品に心酔した理由の半ばは、おそらくこの要素によるものではないであろうか。」




◆感想◆


悪いやつはみんな怪人二十面相、というのは、善悪二元論的考え方からすると、当然そうあるべきで、すべての善人は一人の善人であり、すべての悪人は一人の悪人のさまざまな現われにすぎないです。さらにいうと、一元論的考え方からすれば、明智小五郎すなわち怪人二十面相であり、少年探偵ものは唯一者としての〈隠れた神〉の壮大な妄想ひとり遊びであるといってよいです。





































































































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『江戸川乱歩全集 第14巻 新宝島』

「虫といっても、目に見えるような大きな虫じゃないのだよ」
(江戸川乱歩 「智恵の一太郎」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第14巻 
新宝島』

光文社文庫 え 6-7

光文社
2004年1月20日 初版第1刷発行
589p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価857円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



第6回配本。
昭和15年から19年にかけて発表された国策小説3篇が収録されています。


江戸川乱歩全集 第14巻 01


江戸川乱歩全集 第14巻 02


目次:

新宝島
 序
 不思議な帆船
 闇の中の綱渡
 ボートの中の三人
 生か死か
 椰子の実
 鹿と鸚鵡
 人間のいない国
 難破船
 火と水
 日の丸
 哲雄君の第二の手柄
 やまと島の住民
 地底の声
 洞窟の怪人
 黄金の国
 魔の湖
 ポパイの最期
 地獄への旅
 火の柱
 大暗黒
 星だ! 星だ!
 鰐
 夢の国
 黄金宮殿
 凱旋の日こそ

智恵の一太郎
 象の鼻
 消えた足跡
 智恵の火
 名探偵
 空中曲芸師
 針の穴
 お雛様の花びん
 幼虫の曲芸
 冷たい火
 魔法眼鏡
 月とゴム風船
 兎とカタツムリ
 白と黒
 風のふしぎ
 ゴムマリとミシン針
 飛行機を生み出すたのもしい力
 自作解説

偉大なる夢
 作者の言葉
 巨人の脈搏
 脳髄の断崖
 予感
 白堊館の密話
 暗影
 敵国の触手
 破局
 博士夫人の行方
 望月憲兵少佐
 指紋の主
 火焰放射器
 大人国
 鉄の指
 何者
 穴居人
 F3号
 滝の乙女
 女工員
 爆弾
 世紀の怪物
 横穴待避壕
 敵機来襲
 聖女
 二重の地下室
 大秘密
 月光の妖術
 偉大なる夢
 自作解説

解題 (山前譲)
註釈 (平山雄一)
解説 (山前譲)
私と乱歩 (種村季弘)




◆本書より◆


「智恵の一太郎」自作解説(『探偵小説四十年』)より:

「前にも書いたように、昭和十六年には、僅かにお目こぼしに預かっていた私の文庫本や少年ものの本が、全部絶版にされ、印税収入皆無になっていた。政府の情報局の意向に脅えて、本屋が私のものを全く出さなくなったのである。」
「私はいくらかでも収入を得ようとして、とうとう妥協したのである。「筆名を変えて、健全な教育的な読みものを書いてみませんか」という「少年倶楽部」の勧めに応じたのである。」

「当時の編集者の神経質になっていたことは驚くべきもので、犯罪は全然書けなかったし、作中に「ルンペン」を登場させても、書き直しを命じられた。日本国内に無職の遊民が一人でもいてはいけないからである。」



「偉大なる夢」より:

「「光と同じ早さで飛ぶということが何を意味するかお前に分るかね。それは飛んでいる当人には、この世の時間というものが無くなることなのだ。若(も)し光を追い越す早さで飛べたならば、時間が逆転し出すのだ。歴史がさかさまになるのだ。弾丸(たま)が的から銃口に飛び帰るのだ。」」

「「ひどい変り者です。第一こいつの家の門はあいていたことがない。いつも鍵がかけてあって商人などが来ても入ることができない。夜も表からは電燈の光も見えないので、家(うち)にいるのかいないのか見当もつかないのだそうです。つまり交友関係が全くないのですね。では、食事なんかはどうしているかというと、すべて外食らしいのです。放浪癖があるので、家(いえ)をあけて旅行することが多いらしいのですが、いつ出かけて、いつ帰ったかは、近所の人も知らないという有様です。隣組(となりぐみ)の持て余しものですね」
 「で、その男が何か罪を犯したのですか」
 三好曹長は、指紋係の話がいつまでもその点に触れないのを、もどかしがって訊ねた。
 「サア、それが罪という程の罪ではないのです。ただ非常に変っているのですね。一例をいいますと、他人の邸宅へノコノコ入って行って、主人の居間に坐りこんで、平気な顔で女中にお茶を持って来いなどという。全く知らぬ家でそれをやるのです。別に物を盗んだりする訳じゃありません。そういう訴えが警察に来るのです。
 身の軽い奴でしてね。真昼間、屋根の上を伝い歩くという変な癖も持っていました。他人の家の屋根から屋根と伝って歩き廻るのです。
 それから真夜中に町を歩くのですね。(中略)医師の精神鑑定も行われたのですが、精神病者ではない。判断力は正常なのです。一種の極端な変りものということで放免になりました。」」

「「韮崎をお調べになるのでしたら、余程うまくやらないと、あいつ、突拍子もない男ですからね。そうですね、ああいいことがあります。あの町会は今夜八時から防空訓練をやることになっているのですよ。韮崎は群員です。必ず出て訓練に参加します。何しろ変り者ですからね、気が向けば何を始めるか分ったものじゃありません。今までまるで交際をしなかった隣組とも、近頃はよろしくやっているらしいのです。(中略)」
 「ヘエ、あの男が防空訓練を。こりゃ驚いた、大変な心境の変化ですね」」

「「そんな子供だましの空想が、科学とどんな関係があるのだと仰有(おっしゃ)るでしょうね。そうです。昔から発明家というものは、いつも世間からそういう風に云われ、笑われて来たのです。鳥のように飛ぼうとして、紙の翅(はね)をつけて屋根から飛び降り、大怪我をした男は、その当時どんなに物笑いの種にされたでしょう。しかしその男こそ航空機発明の先覚者だったのです。大発明はいつも子供だましから出発するのです。千万人の凡人共がガリバア旅行や朝比奈島巡りの空想を子供だましと嘲笑している時、ただ一人この空想と真面目に取り組む男があればよいのです。その男だけが本当の意味の科学者なのです。」」
「韮崎の言動は益々出でて愈々(いよいよ)奇怪であった。」

「「それにしても、この韮崎という男は非常な変りものです。精神病者ではないかと思われるほどです。(中略)彼は錬金術師と自称して、地下室に不思議な工場を持っているというのですからね」」

「すると、そこに、一間あまりの竪穴の底に、土蜘蛛のような穴居人が蹲っていた。あの××温泉村の山の中にいた穴居人と同じ人物である。又しても穴の中、穴居はこの怪人物の習性となっていたのである。」
「穴居人は不意を突かれて、懐中電燈の光の中に、みじめに蹲っていた。光を恐れる暗闇の生物ででもあるように、両手の肘で顔を庇(おお)ってその隙間から、(中略)まぶしそうに穴の入口を見上げていた。」

「「それに、なんですね、今までわれわれの前に姿を現わした二人の奴は、揃いも揃って非常な変り者ですね。こいつらも確かに怪物ですよ。韮崎は錬金術師だったし、今度の男は穴居人です。二人ともどこかしら常識を逸脱したところがある。」」

「「それは月の光があなたの目を眩(くら)ましたのです。月光の妖術とでもいいますか、犯人の巧緻を極めた手品にすぎなかったのです。」」



「私と乱歩――幻の同居人」(種村季弘)より:

「乱歩は永遠の少年、アンチ・エロティカーである。性的葛藤に巻き込まれて、エディプスのように父親的人間と張り合う大人なんぞになりたくない。できれば子供のままでいたい。あわよくば生まれないままでいたい。ずっと母胎のなかの胎児でいたい。それでもいやいやこの世に出されてしまったからには、机の下や戸棚にもぐり込んでいたい。ましてや自分の部屋や家から一歩も外へ出たくない。
 世にはそういう人間がいる。げんに今や数十万人になんなんとする引きこもり症候群のお兄さんたちは、父なるエホバの顔を避けて、目鼻も手足もない小球体として母だけに抱擁されていた至福状態(=全面受愛)があきらめきれないでいるではないか。そうだ、レンズの曲率を通さない、ただのひらべったい現実のどこがおもしろい。さよう、乱歩党としては引きこもりお兄さんに共感しないわけにはいかないのだ。」




◆感想◆


『智恵の一太郎』は科学読物ですが、のちの少年もの(『魔法博士』等)にこの方向性が活用されています。
『偉大なる夢』はSFスパイ小説ふう探偵小説です。「月光の妖術」の章で解明されるトリックは戦後の短篇「月と手袋」で再使用されています。戦前の短篇「目羅博士の不思議な犯罪」では心理作用としての月光の妖術が夜の夢の「まこと」として取り上げられていましたが、戦中・戦後作品ではうつし世の「まやかし」のトリックとして使用されていて、われわれ幻想派としてはいかにも歯痒い限りです。犯人の人物設定は『暗黒星』などと同様、相手の家庭(この小説では日本国)に自分の子供を送り込んで家族の一員にして復讐を遂げさせる、というものです。
表面的には愛国小説ですが、「二十面相」=乱歩という定式をこの小説に適用すると、犯人(アメリカのスパイ)=乱歩ということになります。アメリカは乱歩の精神的御先祖様であるポーそして探偵小説の祖国です。犯人は「百年に一度」の「特異な人物」であるとされていますが、それはまさに乱歩その人にふさわしいキャッチフレーズです。





























































































『江戸川乱歩全集 第10巻 大暗室』

「だが、この淋しい峠道に救いの人影があろう筈はなかった。小鳥の声と、深い谷川のせせらぎの外には、何の物音もない人外境であった。」
(江戸川乱歩 「大暗室」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第10巻 
大暗室』

光文社文庫 え 6-2

光文社
2003年8月20日 初版第1刷発行
595p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価876円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



光文社文庫版乱歩全集、第1回配本は本巻と第4巻『孤島の鬼』の二本立てでした(以降は毎月一冊ずつ)。
昭和11年から13年にかけて発表された少年探偵もの1篇と長篇1篇、計2篇が収録されています。


江戸川乱歩全集 第10巻 01


江戸川乱歩全集 第10巻 02


目次:

怪人二十面相
 はしがき
 鉄の罠
 人か魔か
 魔法使
 池の中
 樹上の怪人
 壮二君の行方
 少年探偵
 仏像の奇蹟
 陥穽
 七つ道具
 伝書鳩
 奇妙な取引
 小林少年の勝利
 恐しき挑戦状
 美術城
 名探偵明智小五郎
 不安の一夜
 悪魔の智恵
 巨人と怪人
 トランクとエレベーター
 二十面相の逮捕
 「わしが本物じゃ」
 二十面相の新弟子
 名探偵の危急
 怪盗の巣窟
 少年探偵団
 午後四時
 名探偵の狼藉
 種明し
 怪盗捕縛
 自作解説

大暗室
 作者の言葉
 発端 毒焰の巻
  三人の漂流者
  極悪人
  幼児殺し
  白昼の幽霊
  毒焰
 第一 陥穽と振子の巻
  二青年
  殺人事務所
  魔の騎士
  黄金宝庫
  悪魔の椅子
  恐ろしき疑惑
  白馬公子
  鳥居峠の怪奇
  闘争
  一寸法師
  大暗室
  悪魔の振子
  魑魅魍魎
 第二 渦巻と髑髏の巻
  仮面の人物
  渦巻の賊
  美青年
  黒い影
  真紅の渦巻
  魔術師
  空翔る悪鬼
  魔の倉庫
  恐ろしき返討
  火と水
 第三 大暗室の巻
  六人の新聞記者
  魔界見聞記
  異魚怪獣
  地獄図絵
  大陰謀
  奇怪な広告気球
  池中の怪物
  悪魔の凱歌
  逞しき人魚
  火星の運河
 自作解説

解題 (山前譲)
註釈 (平山雄一)
解説 (山前譲)
私と乱歩 (瀬名秀明)




◆本書より◆


「怪人二十面相」より:

「その頃、東京中の町という町、家という家では、二人以上の人が顔を合わせさえすれば、まるでお天気の挨拶でもするように、怪人「二十面相」の噂をしていました。
 「二十面相」というのは、毎日毎日新聞記事を賑(にぎ)わしている、不思議な盗賊の渾名(あだな)です。その賊は二十の全く違った顔を持っているといわれていました。つまり変装が飛切(とびきり)上手なのです。
 どんなに明るい場所で、どんなに近寄って眺めても、少しも変装とは分からない、まるで違った人に見えるのだそうです。老人にも若者にも、富豪にも乞食にも、学者にも無頼漢(ぶらいかん)にも、イヤ女にさえも、全くその人になり切ってしまうことが出来るといいます。
 では、その賊の本当の年は幾(いく)つで、どんな顔をしているのかというと、それは誰一人見たことがありません。二十種もの顔を持っているけれど、その内のどれが本当の顔なのだか、誰も知らない。イヤ賊自身でも、本当の顔を忘れてしまっているのかも知れません。それ程、絶えず違った顔、違った姿で、人の前に現れるのです。
 そういう変装の天才みたいな賊だものですから、警察でも困ってしまいました。一体どの顔を目当に捜索したらいいのか、まるで見当がつかないからです。
 ただ、せめてもの仕合(しあわ)せは、この盗賊は、宝石だとか、美術品だとか、美しくて珍しくて、非常に高価な品物を盗むばかりで、現金にはあまり興味を持たないようですし、それに、人を傷つけたり殺したりする、残酷な振舞(ふるまい)は、一度もしたことがありません。血が嫌いなのです。」



「大暗室」より:

「「君は恐ろしい人だ。本当にそんなことを考えているのですか」
 有村青年が不快らしく美しい顔をしかめて訊(き)き返した。
 「本当だとも、僕はその為めに生れ、その為めに今日までの鍛錬を積んで来たのですよ。見給え、あの東京の波のような甍(いらか)を。凡人共の大都会、なんて退屈な景色だろう。平凡そのもののような青空、あの青空にドス黒い火焰が燃えて、六百万の凡人どもがうろたえ騒ぐ景色が想像出来ますか。暴帝ネロの夢、それがとりも直さず僕の夢ですよ」
 大野木青年は、両眼に毒々しい光を湛(たた)えて、恐ろしい幻を追いながら、憑かれたように喋りつづけた。」

「今、東京全市は恐怖の渦巻に蔽われていた。新聞の社会面は、毎日殆んど渦巻の賊の記事によって占められていると云ってもよかった。レヴュー・ガール花菱ラン子こそ、有明友之助(有村青年)と久留須老人の機智によって、危く危急を逃がれたけれど、(中略)渦巻の賊の魔手にかかって、行方不明となった婦女子だけでも、二十三人の多きに達し、その外、老幼男子の故もなく惨殺されたもの六人、しかもその殺人手口の残酷を極めたことは、日本犯罪史上殆んど前例がない程であった。」
「誘拐された美女達は、「大暗室」とやらいう賊の巣窟にとじこめられ、無残な拷問に会っているという噂は聞くけれど、その「大暗室」がどこに存在するかさえも、全く不明であった。
 昔話の大江山ではないのだ。それと同じ、或はそれ以上の恐怖が、この東京市内に、イヤ、少くとも東京近郊に、現実に存在するのだ。」

「「そうです。僕はここに悪魔の国を打建てたのです。暗黒の世界に君臨したのです。そして、地上の現実世界に向って一大戦闘を挑んでいるのです」
 青年は昂然として叫ぶのである。」

「中村警部は老人のさも自信ありげな言葉を、直ちに理解することは出来なかったが、闇の大空に不思議な色彩で浮き上って来る、大闘争の幻影――地上世界と地底王国との、世にも恐るべき戦闘の幻影に、異様な武者震いを禁じ得なかった。」




◆感想◆


健全少年探偵ものの第一作と、同じ母親から生まれた善と悪を体現する二人の兄弟を主人公とする極悪非道地底王国陰謀小説『大暗室』が、同じ巻に収録されているのはたいへん興味深いです。数ある乱歩作品中でも最も子どもに読ませたくないものの一つである『大暗室』――リビドーと超自我の悲惨な攻防を描いたこの作品こそ、少年探偵ものの原点であるといってよいです。
そして「地上の現実世界に向って一大戦闘を挑」まんと打ち建てられた「大暗室」とは、乱歩文学そのものの比喩であるといってもよいです。そしてその原点に谷崎潤一郎作品(「魔術師」「人魚の嘆き」「金色の死」etc.)があることを、この作品は如実に示しています。




































































『江戸川乱歩全集 第21巻 ふしぎな人』

「ひえびえとして、かびくさいにおいが、鼻をうちました。
 やっぱり地下室のようです。
 「さあ、ここだ。とんだまっ暗なサーカスだが、ここで空中曲芸の夢でも見るがいい」」

(江戸川乱歩 「塔上の奇術師」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第21巻 
ふしぎな人』

光文社文庫 え 6-21

光文社
2005年3月20日 初版第1刷発行
673p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価933円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



第20回配本。
昭和32年から35年にかけて発表された短篇1篇、「出題篇」2篇、少年探偵もの6篇が収録されています。
「塔上の奇術師」に図1点。


江戸川乱歩全集 第21巻 01


江戸川乱歩全集 第21巻 02


目次:

妻に失恋した男
 自作解説

秘中の秘
 消えた花嫁

魔王殺人事件
 鍵穴の眼

奇面城の秘密
 作者の言葉
 怪人四十面相
 アドニスの像
 屋根の上
 水ぜめ
 空からの怪音
 第二のヘリコプター
 操縦士の正体
 暗号の光
 すりの源公
 ポケット小僧
 ふしぎな変装
 警視総監
 まぼろし警官隊
 かばんの中
 四十面相の美術館
 巨人の顔
 恐ろしい番人
 ポケット小僧の冒険
 秘密会議
 かえだまふたり
 敵のただ中へ
 まめくろんぼ
 いもむしごろごろ
 巨人の目
 最後の手段
 警察官の勝利
 最後の切りふだ

夜光人間
 作者の言葉
 きもだめしの会
 闇に光る顔
 夜光怪人
 宙に浮く首
 墓地の恐怖
 魔法の名刺
 宙を飛ぶ首
 天にのぼる怪人
 チンピラ隊の活躍
 怪人のおくの手
 深夜の客
 ビニール仮面
 密室の怪人
 幽霊怪人
 暗闇の待ちぶせ
 名探偵の危難
 ふしぎな家
 ふたりの明智小五郎
 魔法のたね
 警官隊
 大秘密
 あらわれた名探偵
 エレベーター
 白ひげのじいさん
 天にのぼる怪人
 水中の怪光
 古井戸の底
 おとし穴
 土くれの滝
 巨人と怪人
 鉄格子
 網の中

塔上の奇術師
 作者の言葉
 ふしぎな時計塔
 宝石ばこ
 恐ろしい電話
 きみょうなうたがい
 午後十時
 四十面相の変装
 小林少年の冒険
 ふたりの一郎青年
 屋上の怪人
 変装から変装へ
 少女探偵
 赤い道化師
 地底の穴ぐら
 かすかな声
 金ぴかの部屋
 笑う四十面相
 探偵いぬ
 大時計の怪
 文字ばんの穴
 双眼鏡
 白い幽霊
 6・5・4
 3・2・1
 時計塔の秘密
 恐ろしい手紙
 ヨシ子ちゃんの危難
 三人のかえだま
 ヘリコプター

ふしぎな人

かいじん二十めんそう

かいじん二十めんそう

解題 (山前譲)
註釈 (平山雄一)
解説 (山前譲)
私と乱歩 (恩田陸)




◆本書より◆


「秘中の秘」より:

「それは異域(いいき)の女、他界(たかい)の人であった。」


「夜光人間」より:

「「ひとだまは、どのへんに出るんだい? 木下君」
 ひとりの少年が、おっかなびっくりで、たずねました。
 「ぼくのうちのそばの、やおやのおじさんが見たんだって。この森のまん中に、大きなシイの木があるんだよ。そのシイの木の下から、スウッと、青いひとだまが浮きあがってきたんだって。そして、シイの木のてっぺんまで、するするすると、まるで木のぼりをするように、あがっていって、それから、空へ飛んでいってしまったんだって」」



「塔上の奇術師」より:

「スミ子ちゃんが指さすほうをながめますと、林の木の上から、ふるい西洋の写真にあるような、スレートぶきの、とんがり帽子のような屋根が、空にそびえていました。
 「まあ、古城の塔みたいね。こんなさびしいところに、どうして、あんなたてものがあるのでしょう」
 マユミさんが、ふしぎそうにいいました。
 「おとうさまから聞いたのよ。むかし、丸伝(まるでん)という、日本一の大きな時計屋さんがあったんですって。その時計屋さんが、こんなさびしいところへじぶんのうちをたてて、屋根の上に時計塔をつくったんですって。
 いまは、だれも住んでいないあき家なのよ。このへんの人は、時計やしきとか、お化けやしきとかいって、こわがっているんです。」」
「林をぬけ出ると、草のぼうぼうとのびた原っぱのまん中に、その時計やしきが、怪物のようにたっていました。
 きみょうなたてものです。ぜんたいが赤れんがで、二階だての西洋館ですが、その二階の屋根の上に、大きな時計塔が、そびえているのです。」
「あき家だというけれど、なにかへんなものが住んでいて、いまにも、あの小さい窓から、ひょいと顔を出すのではないかと思うと、いよいよきみがわるくなってきます。
 「もう、帰りましょうよ。日がくれるわ。ごらんなさい、むこうの空が、まっ赤に夕やけしてる。まあ、きれい」
 マユミさんは、うしろをふりかえって、林のむこうの空をながめました。
 西の空は、いちめんに血のような色にそまっていました。それが、前の時計やしきに反射して、赤れんがのたてものが、まるでよっぱらいの顔のように、きみわるく見えるのでした。」



「ふしぎな人」より:

「林さんはくろいふくをきて、大きなくろいネクタイをとんぼむすびにしていました。
 ふちなしの四かくなめがねをかけ、ぴんとはねた口ひげと、三かくのあごひげがあります。いかにもせいようのまほうつかいみたいなかっこうです。
 その林さんが、こんなことをいいだしました。
 「きみたちに、おもしろいものをみせてあげようか。びっくりするようなものだよ。わたしは、むこうの木のしげみにかくれるからね。すると、あそこのしいの木のねもとから、小さいものがあらわれるのだ。よくみているんだよ」
 そういって、林さんは、しいの木のむこうのしげみの中へはいっていきました。
 たけしくんと、きみ子ちゃんは、むねをわくわくさせながら、そのしいの木の下を、じっとみつめていました。
 あたりは、しいんとしずまりかえっています。はるのおてんきのよい日で、しばふには、日がてっています。でも、しいの木のへんからむこうは、木のはがしげっているので、すこしうすぐらいのです。」
「すると、そのときです。あの大きなしいの木のねもとから、なにか小さなものが、ちょこちょことはいだしてきたではありませんか。
 むしでしょうか。いや、むしにしては、大きすぎます。
 しかも、それは、はっているのではなくて、二本の足であるいているのです。
 それは、たかさ二十センチぐらいの、おもちゃのにんげんなのです。
 くろいふくをきて、くろいマントをはおり、くろいソフトをかぶっています。
 かおは小さくてよくみえませんが、なんだか林さんのかおににているようです。」
「そのおもちゃのにんげんが、まるでほんとうのにんげんのように、てくてくあるいているのです。」
「その小さなにんげんは、しいの木のとなりの大きな木にかくれてしまいました。
 たけしくんときみ子ちゃんは、いまにあの木のうしろをとおりすぎて、またあらわれるだろうとまっていました。
 やがてあらわれました。しかし、これはどうでしょう。あのにんぎょうが、たかさ四十センチほどに、大きくなっているではありませんか。」
「すると、ばいの大きさになったにんぎょうは、二メートルほどあるいて、そのつぎの木のみきのむこうがわにかくれました。
 まもなく、そこをとおりすぎてあらわれたにんぎょうをみますと、こんどは、一メートルもあるような大きさにかわっていました。」
「一メートルになったにんぎょうは、くろいマントをこうもりのようにひらひらさせて、木のみきをぐるっとまわり、もとのほうへもどってきました。
 そして、さいしょのしいの木のみきにかくれたかとおもうと、つぎにそこからあらわれたのは、なんとおとなの大きさのにんぎょうだったではありませんか。
 いや、にんぎょうではなくて、ほんとうのにんげんだったのです。
 「わははははは……。どうだ、おどろいたかい。わしだよ。おじさんだよ。
 おじさんはね。二十センチぐらいの小人にもなれるんだよ。
 そして、いまのように、みるまに大きくなって、もとのすがたにもどれるのだよ」
 ああ、なんというふしぎでしょう。それでは、さっきの小さなすがたも、にんぎょうではなくて、林さんだったのでしょうか。」




























































































『江戸川乱歩全集 第17巻 化人幻戯』

「そいつは人間のかたちをしていました。しかし、ふつうの人間ではありません。」
(江戸川乱歩 「海底の魔術師」 より)


『江戸川乱歩
全集 
第17巻 
化人幻戯』

光文社文庫 え 6-22

光文社
2005年4月20日 初版第1刷発行
678p+1p 
口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価933円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



第21回配本。
昭和29年から30年にかけて発表された少年探偵もの2篇と、短篇・長篇・連作小説の乱歩執筆分各1篇、計5篇が収録されています。
「兇器」に図1点、「化人幻戯」に図2点。「私と乱歩」に図版(乱歩色紙)1点。


江戸川乱歩全集 第17巻 01


江戸川乱歩全集 第17巻 02


目次:

鉄塔の怪人
 先生のことば
 のぞきカラクリ
 深夜の妖虫
 鉄塔王国
 しのびよる怪物
 奇怪な消失
 落とし穴
 探偵七つ道具
 運転台の怪物
 魔法のつえ
 黒い小人
 丸ビルの妖虫
 小林少年の危難
 のぞきじいさん
 あやしいぬけがら
 四人の警官
 明智探偵の登場
 おばけ屋敷
 あやしい女こじき
 地下室の妖虫
 見知らぬ少年
 怪自動車
 名探偵の知恵
 ふしぎな尾行
 そびえる鉄塔
 山小屋のぬし
 ハトとなわばしご
 カブトムシ大王
 むちのひびき
 老魔術師の正体
 ワシのえじき
 妖虫のさいご

兇器
 自作解説

悪霊物語
 老人形師
 妖美人
 自作解説

化人幻戯
 乱歩曰く
 1 大貴族
 2 秘密結社
 3 胎内願望
 4 双眼鏡
 5 目撃者
 6 暗号日記
 7 容疑者
 8 浴室痴戯
 9 尾行戦術
 10 怪画家
 11 神南荘
 12 明智小五郎
 13 由美子の秘密
 14 由美子の推理(1)
 15 由美子の推理(2)
 16 防空壕
 17 幻戯
 18 化人
 自作解説

海底の魔術師
 作者のことば
 沈没船の怪物
 鉄の人魚
 鉄の小箱
 窓の顔
 怪物のゆくえ
 大金塊
 白昼の怪物
 ハヤブサ丸
 船室のがい骨
 怪物! 怪物!
 魚形潜航艇
 海底の大闘争
 明智探偵きたる
 だんだら怪人
 おばけガニ
 とびちる金塊
 賢吉少年の危難
 洞窟の怪異
 消える魚形艇
 明智探偵の変装
 はだかの勇士
 洞窟のろうごく
 怪少年
 怪獣の秘密
 巨人と怪人
 おばけガニのさいご

解題 (新保博久)
註釈 (平山雄一)
解説 (新保博久)
私と乱歩 (戸川安宣)




◆本書より◆


「鉄塔の怪人」より:

「麹町には、いまでも焼けあとの、ひろい原っぱがのこっています。かたがわは、草のはえしげった原っぱ、かたがわは、百メートルもつづく長いコンクリートべい。もう、うすぐらくなったその町には、まったく人どおりがありません。きみがわるいほど、しずまりかえっています。」

「「この箱は、なんだか知っているかね……知るまい。いまから三十年も四十年もまえの子どもたちが、よろこんで見たものだ。のぞきカラクリといってね。(中略)ホラ、そこに、丸い穴があいているだろう。その穴から、のぞくのだ。そうすると、おもしろいけしきが見える。穴にはレンズがはめてあるから、なかのけしきが、まるで、ほんとうのけしきのように、大きく見えるのだよ。サア、のぞいてごらん」
 小林君は、昔(むかし)のぞきカラクリというものがあったことを、きいていました。これが、それなのかとおもうと、ちょっと、のぞいてみたいような気もするのです。そこで、おもいきって、五つならんでいる丸い穴のひとつに、目をあててのぞいてみました。」
「飛行機にのって、大きな山を、上のほうから、ながめているようなけしきでした。たぶん、おもちゃの木なのでしょう。それが何百本も森のようにかたまっていて、ほんとうの深山(しんざん)を見ているようです。
 そのふかい森の中に、黒いたてものが立っています。西洋のお城のような、まるい塔のあるたてものです。それが、ぜんぶ鉄でできているように、まっ黒なのです。」
「「よく見なさい。きみはいま、日本のどこかにある山の中を、のぞいているんだよ。鉄の城が見えるだろう。これも、ほんとうに、その山の中にあるのだ。ホーラ、どうだね。ふしぎなことが、おこってきただろう」」
「お城のまるい塔の上に、なにかがモゾモゾと動いているのが見えました。それが、塔のふちをのりこえて、塔のかべを、ジリジリとはいおりてくるのです。
 それはおそろしくでっかい、一ぴきの黒いカブトムシでした。」
「人間ぐらいの大きさのカブトムシが、塔をはいおりてくるのです。」

「小林君は、のぞき穴から、目をはなしました。」
「目をはなして、あたりを見ると、そこは、もとの夕ぐれの町でした。原っぱがあり、コンクリートべいがあり、のぞきカラクリの箱をのせた車、白ひげのじいさん。ああ、よかった。いまのは、ほんとうのけしきではなかったのだと、胸をなでおろしました。まるで、こわい夢を見たあとのような気もちです。」
「「ハハハ……、どうだね。おもしろかったかね」
 白ひげのじいさんは、小林君の顔を見つめて笑いました。そして、ふしぎなことをいうのでした。
 「いまのけしきを、よくおぼえておくんだよ。これは、のぞきカラクリだが、ほんとうに、こういう山や森があるんだ。黒いお城も、あのでっかいカブトムシもね。……きみは、いまに、きっと、おもいあたるときがある。やがてこの世に、おそろしいことが、おこるのだ。ウフフフ……」」

「ま夜なかの二時ごろですから、銀座には、まったく人どおりがありません。電車の通らないレールばかりが、銀色にひかって、どこまでもつづいています。あの人どおりのおおい銀座が、夜なかには、こんなにもさびしくなるのかと、おどろくほどです。ひるま、にぎやかなだかえに、夜のさびしさは、こわいようでした。
 そのひとけのない大どおりの、銀色の電車のレールの上を、クマのように大きなカブトムシのばけものが、たくさんの足を、いそがしく動かして、おそろしい早さで、走っているのです。」

「「鉄塔王国……といっても、あんたにはわかるまいが、そういう名まえの小さい王国が、日本のある山の中にできているんだ。世界でだれも知らない小さい王国だ。ふかいふかい山の中に、まっ黒な鉄の塔がそびえている。そこに一つの別世界ができている。」」

「やがて、もっとおそろしいことが、おこりました。カブトムシは、へやのかべ(引用者注: 「かべ」に傍点)を、よじのぼりはじめたのです。ほんとうのカブトムシは、かべでも天井でも、自由にはいまわります。この人間カブトムシも、それと同じことをやろうというのです。
 巨大な、まっ黒なからだが、ガリガリとおそろしい音をたてて、かべぎわの棚(たな)をあしばにのぼりはじめました。いくども失敗して中途からころがり落ちたすえ、とうとう、天井まではいあがりました。そして、そこから、パッと、じゅうたんの上へ落ちるのです。
 ほんとうのカブトムシが、木の枝から落ちるように、まっさかさまに落ちてくるのです。それを、いくどもくりかえすのです。
 天井から、おそろしい音をたてて落ちるときには、たいてい、せなかを下に腹を上にして、じゅうたんの上にころがります。そして、しばらくのあいだ、ぶきみな長い足を、モガモガやっているうちに、ピョイと、まともな姿勢になるのです。これも、よほど練習しなければ、できないわざにちがいありません。」



「悪霊物語」より:

「小説家大江蘭堂は、人形師の仕事部屋のことを書く必要に迫られた。ブリタニカや、アメリカナや、大百科辞典をひいて見たが、そういう具体的なことはわからなかった。」
「マネキン問屋(どんや)の電話番号がわかったので、そこへ電話した。こちらは小説家の大江蘭堂だが、人形師の仕事部屋が見たい。なるべく奇怪な仕事部屋がいい。一つ変(かわ)り者(もの)の人形師を教えてくれないかと云(い)うと、先方(せんぽう)は電話口で、エヘヘヘヘヘと気味わるく笑った。
 「あなたさまは、あの恐ろしい怪奇小説をお書きになる大江蘭堂先生でございますか。エヘヘヘヘヘ、それでしたら、ちょうどおあつらえむきの老人の人形師がございますよ。名人ですがね、そのアトリエには、だれもはいったものがございません。秘密にしているのです。しかしね、先生、先生でしたら見せてくれますよ。伴天連爺(バテレンじい)さんは、いえね、これがその人形師のあだ名でございますが、その伴天連爺さんは、あなたさまが好きなのです。あなたさまの小説の大愛読者なのでございます。(中略)先生のことなら、きっと喜んで、秘密のアトリエを見せてくれますよ」」

「「わたしは、ショーウィンドウのマネキンなんか造りません。(中略)わたしは本職の人形師です。子供の時分に、安本亀八に弟子入りしたこともある。日本式の生人形(いきにんぎょう)ですよ。桐(きり)の木に彫るのです。上から胡粉(ごふん)を塗ってみがくのです。これは今でもやりますがね。しかし、なんといっても蠟(ろう)人形ですね。ロンドンのチュソー夫人の蠟人形館のあれです。(中略)日本の生人形も名人が造ったやつは生きてますが、チュソー夫人の蠟人形と来たら、まるで人間ですね。生きているのですよ。死体人形なら、ほんとうに死んでいるのですよ。大江先生はロンドンへおいでになったことは……?」
 「ありません。しかし、チュソー夫人のことは本を読んで知ってますよ。僕もあの蠟人形は好きですね。皮膚(ひふ)がすき通って、血が通(かよ)っているようでしょう」
 「そうです、そうです。血が通っています。死体人形なら、脈(みゃく)がとまったようです」」
「「大江先生はむろんご承知でしょうが、ホフマンの『砂男』に出て来る美しい娘人形、オリンピア嬢でしたかね。あれがわたしの念願ですよ。おわかりでしょう。世の中の青年たちが真剣に恋をするような人形ですね」
 伴天連爺さんは、なかなか物知りであった。ホフマンのナタニエル青年は、生きた娘よりも、人形のオリンピアに命がけの恋をしたのである。」

「令子はパチッとまばたきをした。まるで自動人形のようなまばたきであった。人間らしくなくて、人形とそっくりの娘。そこからこの世のものならぬ、あやしい美しさが発散した。人間らしくないところに、名状(めいじょう)しがたい強烈な魅力があった。」



「悪霊物語」自作解説より:

「連作とは連歌俳諧(れんがはいかい)の如(ごと)きものであろう。第一の発句(ほっく)は余り限定的でない方がよろしい。脇(わき)はこれをいかようにも受けとるであろう。第三はまたそれを別の方向に転化するであろう。そして、最後の揚句(あげく)と最初の発句とは似もつかぬ姿となることもあり得る。
 私はこの連作の第一回を、ホフマンの「砂男」や、ワイルドの「ドリアン・グレイ」を連想しながら書いた。これをすなおに引きのばせば、幻想怪奇の物語となる。老人形師は人形に生命(いのち)を吹きこむ錬金術師(れんきんじゅつし)であろう。また、モデル女を誘拐し、監禁する色魔(しきま)であろう。小説家はこの老魔術師の心を知る人である。知りながら、その妖術のとりことなるのである。
 彼はその女の、人間とも人形ともつかぬ妖美にうたれ、これを恋するであろう。この女は人間か、それとも老魔術師が造り出した人形か、この疑惑は物語の終りまで解けないであろう。」
「或(あ)る時は、(中略)青空の風船の吊籠(つりかご)の別世界に、詩人と妖女と相抱(あいいだ)きながら、下界を嘲笑(ちょうしょう)してもよろしい。」
「さて、その『揚句』は美しき死であろうか。小説家はこの世のほかの妖美に酔いしれて、女と折り重なって息絶えるであろう。そして、美女の死体は、人肉ではなくて、永遠に変ることなき、透き通る蠟の肌なのである。」



「化人幻戯」より:

「「わたしは江戸川乱歩君とは、何かの会で二三度会ったことがある。いや、乱歩君はこのうちへも一度やって来たことがある。どちらかと云えば平凡な男だね。もっとも彼の内部には、何かちょっと興味のある性格が、隠されているようだがね。」」

「庄司武彦は対象を包むよりも、対象に包まれることを好む性癖を持っていた。彼は幼少のころ、自分の所有に属するあらゆる玩具や箱の類を、部屋の片隅に円形にならべて、その丸い垣の中に坐っていることを好んだ。そうして二次元的にだけでも外界と遮断(しゃだん)していれば、心がおちつき、暖かく安らかであった。少年時代にはよく病気をして、蒲団(ふとん)の中に包まれていることが好きであった。包まれた状態に居たいために、強(し)いて病気になる傾きがあった。青年時代には一室にとじこもって読書することを愛した。部屋は狭いほどよかった。汽車の客車を地上に固定して住居にしている西洋人の写真などを見ると、うらやましくて仕方がなかった。サーカスのホロ馬車の中のすまいや、和船の船頭一家の狭くるしい生活などにも、なにかしら甘い郷愁があった。
 それが、やっぱり郷愁に相違ないことを教えられたのは、今から三年ほど前、精神分析の本を読んだときであった。「胎内願望」とか「子宮内幻想」とか書いてあった。赤ん坊が胎内を出ても、手足を縮めて小さくなっている、あれの延長なのである。空漠(くうばく)たる外界に恐怖して元の狭く暗く暖かい胎内に戻りたい願望である。彼はこの「胎内願望」とか「子宮内幻想」とかいう文字に、ゾッとするような嫌悪(けんお)を感じた。自分の秘密を見すかされた嫌悪である。しかし、嫌悪すればするほど、願望そのものは、いよいよ強くなって行くようであった。それが彼の厭世(えんせい)となり、自己嫌悪の性格となった。」

「だが、武彦は抵抗しなかった。手足を縛られているので、抵抗しようとしても出来なかったばかりではない。抵抗する気がなかった。殺されてもいいと思っていた。殺されれば嬉しいとさえ思った。」

「「どうしてだかはわたしにもわかりません。本人にさえわからないのですから、明智さんがおわかりにならないのは、無理もありませんわ。わたしは、普通の人間とは、ちがっているのです。ちがっているのを、そうでないように見せかけるために、今まで勉強して来たようなものです。仮面をかぶる勉強なのよ。」」
「「……そして、今でも、殺すことが、どうして悪事なのか、ほんとうには、わかっていないのですよ。みんながそう云うから、そうだろうと思っているだけです。わたしはみんなとはちがっているのです。みんなの云うことを、心から理解することができないのです。」
「むろん、年をとるにつれて、人間社会では、殺人というものが、どんなひどい罪悪だかということが、よくわかって来ました。でも、それはわたし自身が、ほんとうにわかったのではありません。法律や道徳という申し合せが、そうなっているということを、はっきり知ったというにすぎないのです。つまり、人を殺せば、どんなに世間からつまはじきをされ、どういう刑罰に処せられるかということがわかったのです。(中略)こういう普通でない性格を、精神病と云うようですわね。だから、わたしは精神病なのでしょう。しかし、わたし自身は病気だなんて考えていません。人間の大多数の性格や習慣が正しくて、それとちがったごく少数のものの性格は病気だときめてしまうことが、わたしにはまだよくわからないのです。正しいって、いったい、どういうことなのでしょうか。多数決なのでしょうか。」



「海底の魔術師」より:

「すると、その小さいへやの中に、ボンヤリと光っているものがあるのです。水中電燈が、へやのゆかにおいてあるのです。ハッとして、なおよく見ると、おお、そこには、じつにきみの悪いへんなやつが、うごめいていたではありませんか。
 そいつは人間のかたちをしていました。しかし、ふつうの人間ではありません。」




◆感想(ネタバレあり)◆


『鉄塔の怪人』は、ウエルズ「水晶の卵」+カフカ「変身」+国枝史郎『神州纐纈城』です。本作で「カブトムシ大王」に化けた二十面相は、鉄塔の屋上から落っこちて「あわれなさいご」を迎えますが、せっかくカブトムシに化けたのであれば、なぜ颯爽と飛んで逃げなかったのか、ナゾです。
「悪霊物語」(連作小説の第一回)のアイデア(人間人形)は、のちの少年もの『魔法人形』に取り入れられています。







































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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