武田泰淳 『富士』 (中公文庫)

「どうして私たちは、カラスより鳩が好きなのだろうか。ネズミよりリスが好きなのだろうか。」
(武田泰淳 『富士』 より)


武田泰淳 
『富士』
 
中公文庫 た-13-1

中央公論社 
1973年8月10日 初版
1992年1月30日 10版
638p
文庫判 並装 カバー
定価920円(本体893円)
表紙・扉: 白井晟一
カバー題字: 武田泰淳
カバー装画: 司修



単行本は昭和46年11月、中央公論社刊。


武田泰淳 富士


カバー裏文:

「『富士』――巨大な記念碑 埴谷雄高
 秘密の重い扉が開かれるとき、一抹の暗い不安と不思議な幅をもった恐怖を私達は覚えるけれども、さて、いま心の秘密の扉が開かれる。《心の秘密》――その頑強な扉を敢えて開くことは底知れぬ恐怖にほかならぬが、武田泰淳ならではもち得ぬ全的洞察力を備えた視点によって、さながら時間と空間の合一体を時空と呼ぶごとく、敢えて新造語をもって《セイニク》とでも呼ぶべき精神と肉体の統合された一つの装置の扉がいまここに開かれるのである。
 精神と性のグロテスクで真剣な《セイニク》の刻印を帯びた存在の諸相が精神病院のかたちをかりた現世の曼荼羅として悠容たる富士に見おろされているこの作品は、いわば大乗的膂力をもつこの作者ならではなし得ぬ貴重な作業であって、武田泰淳は私達の文学の宝蔵のなかに巨大な作品をさらにまた一つつけ加えたのである。」



目次:

序章 神の餌
一章 「草をむしらせて下さい」
二章 美貌青年と哲学少年
三章 一の日、八の日
四章 「私、させられているのよ」
五章 誘惑
六章 まぼろしの鳩
七章 「あの子が死んだ。あたしも」
八章 あいまいで明確な悪夢
九章 嘘言症患者の妄想、あるいは真実の手記
十章 「愛をもって接しなさい」
十一章 くりかえしの恐怖
十二章 「勇ましく進め」
十三章 虹のわかれ
十四章 「相手の存在を失わせる」
十五章 事件の発生、その直後
十六章 「一条さんがやってくるわよ」
十七章 肉の裁き
十八章 予感、戦慄、奇蹟
終章 神の指

解説 (斎藤茂太)




◆本書より◆


「保護色がいいか警戒色がいいかと言えば、山の路をあるいているとき、私たちは警戒色をハッキリさせた方がいいと思う。それに手袋と帽子も、はめたりかぶったりしていた方がいい。猟師が霰弾を放つころは、ほかの土色や灰色と区別できる、あきらかな色を身にまとっていないと、動物とまちがえられるからあぶない。正月の雪がまばゆい朝、猟銃の音が耳のそばでひびいた。遠くの下の方に、カンジキをはいた銃手たちが走りまわっていた。私と妻と娘は、ほんとうにこわかったので「あんなに射って、あぶないなあ」と私がわざと大きな声で言った。すると、そのたくましい山男たちの一人は「なんだってえ。そっちへ向けて射ったかよう。そっち向けて射っちゃいねえだろ」と、遠くの方から大声で叫んだので、私たちはだまって、おとなしく彼らを見守り、やがて見守ることもやめにしてしまった。彼らが怒り出したら、どんなことをされるやら、わからないからだ。」

「私は「リスは可愛い」と思わないように努めている。」
「というのは、ネズミが可愛くなくて、なぜリスが可愛いかという問題(中略)が、私に降りかかってきた(浸みこんできた)からである。」
「そうやってネズミとりに熱中している一方、私、私たちはさかんにリスに餌をくれてやり、リスをつかまえる気持など全くなしで、リスを可愛がろうとしているのであった。そのようにしてリスとネズミの両方にかかずらっていると、さほどこまやかに観察しないでいても、リスとネズミがはなはだ似ている動物で、一挙一動、見れば見るほど同族のように思われてくるのであった。
 たしかに、室外のリスと屋内のネズミは、おたがいに愛しあいも憎みあいもせずに、無関係に暮しているにちがいなかった。それだのに私、私たちは片一方を生かしてやろうとし、もう片一方を生かしてやるまいとしているのであった。」
「「ネズミの心理はわからない」と妻は日記にしるしているが、そもそも心理などという言葉をもちいるのが、そのもちい手の心理を疑わせる、気持のわるい事態であるにちがいない。ネズミの心理。ああ、私、私たちはほんとうは、そんなものはよくよく考える必要もないし、考えたって考えつくせるはずのないことを、前もってすでに感じとっているはずなのに。」
「私の信頼する(中略)やさしい顔つき、やさしい態度の精神病院院長は、やさしく私に言う。
 「いつ来てもいいよ。君は入院の資格のある患者なんだからね」」

「ここの人々には、遠い遠いところからやってきた人というおもむきがある。そして、やがては遠い遠いところへ行ってしまう人というおもむきもある。
 いくら熱心に私たちが看護してあげても、彼らはいつでも私たちから遠くはなれているらしい。」

「「甘やかしているんだ。要するに君らは、彼らを患者だからと言って、甘やかし過ぎているんだ」
 「私たちに、もしも真実、彼らを甘やかせることができるなら、それこそ私は死んでもいいと思っているんですよ。ところが私たちが彼らを甘やかせることなんぞ、絶対に不可能なんですよ。それができたらなあと、つくづく思いますよ。だけど、私たちにはそれができないんですよ。彼らを甘やかしてやることが絶対不可能なように、私たち自身ができあがってしまっているんですからね」」

「「ぼくたちは患者なんだ。異常人なんだぜ。異常人はあくまで異常人らしくあらねばならぬ。正常人とはちがった、知慧と勇気と我慢づよさを持っていなければならぬ。そうでなければ、どうしてあの憎ったらしい正常人たちに抵抗できるであろうか。」」

「「君は、狂気で充満しているこの病院の秩序を正常人として守ろうとなさる。狂気でない社会の正常と正義によって、この病院を狂気の混乱から防ぎ守ろうとする。だが、その君の大切にし頼りにする社会、世界が現在あきらかに狂気におち入っていることは、君だってみとめるだろう。人類は平和人から戦争人へと転化した。これこそ、みんなそろって正常人から異常人に変身してしまったことじゃないのか。誰もが防ぎ止めることのできない、絶対的傾向として、変身してしまっているんだ。平和人がもしも戦争人を狂気と呼ぶならば、戦争人だって、かならず平和人こそ狂気だと呼ぶにちがいないじゃないか。平和に秩序があるようにして、戦争にも秩序がある。げんにその秩序にしたがって、アジアでもヨーロッパでも、国民が総動員されている。どっちがいいとか悪いとか、そんな選り好みや是非判断をぬきにして、平和人にとっては異常怪奇な秩序のルートに乗っかって、すべては急速に運行されている。戦争人は、平和人ののらくら秩序なんか、てんで信用できないから自分たちの強烈な『秩序』をつくり出す。だから平和人だって黙っちゃいられないから、自分たちのなめらかな『秩序』を何とかしてつくり出す。そんなにまで、めいめい勝手につくり出せる『秩序』であるならばだよ。君たちの秩序があるかぎり、ぼくらの秩序が発生し、維持され、発展することも当然すぎるくらい当然な事態じゃないのかね。たった一つの秩序というものは、あり得ないんだ。平和も戦争もなくなってしまう時代が、やがてやってくるにしたって、君らの秩序のほかに、ぼくらの秩序はかならず存続して消滅することがないんだ。(中略)君ら医師たちは、ぼくら患者を必要とする。医師が消滅しないかぎり、患者は絶えませんよ。患者たちが、医師を支えている。つくり出している、と言ってもいいですよ。だから、ぼくたちは、あなたがたの医師プラス病院の正常(引用者注: 「正常」に傍点)秩序を許してあげているんですよ。そのかわり、患者プラス異常(引用者注: 「異常」に傍点)の秩序をも承認させずにはおきませんよ。さっき君は、ぼくらの秩序(引用者注: 「ぼくらの秩序」に傍点)なるものがわからないとおっしゃったね。君がわからない(引用者注: 「わからない」に傍点)と断言する、その根拠は、この世にはたった一つの秩序しかあり得ないという君の盲信からきているのとちがいますか。もしも君らが、この世にはたった一つの秩序しかあり得ないと信じ、その信念によって行動しているとすれば、それこそアドルフ・ヒットラー総統以上の独裁主義じゃないでしょうかね」」

「「気味わるい? そうですね。人間というものは、元来、気味わるいものなのです。その点は、患者と医師に区別はありません」
 と院長は言った。」

「「そもそも精神病院なるものが、コトなかれ主義、まあまあ主義の、ごまかしによって成立し支えられていることを、今さら非難したってはじまりませんよ。人間が人間の精神の病気を、なおせるという自信病にとりつかれたときから、これはきめられていることですからね。」」

「同行者が、ロープでくくって吊りおろす。これは、登山遭難者には常用する手段だ。だが、間宮と岡村は、正常の遭難者ではない。彼らは、救ってもらいたいなどと望んでもいない。彼らはロープや担架を無視する、異常な「登山者」なのだ。登山前から(生れたときから)、ずうっと遭難者でありつづけた患者たちが、いまさら遭難救助隊など、どうして欲しがるだろうか。」

「古代キリスト教の聖者は、砂漠の町へ建てられた、高い円柱のてっぺんによじのぼって、地上の欲望を断ちきり、神に祈りをささげた。そして、降りて来ることもなく、そこで死亡し、天に昇ったと言う。」

「「そう。ぼくは自分の好きなもの以外は、認識しないことにしているからね。」」

「院長の暗い表情から、わずかながら微笑がにじみ出した。
 「その精神病学の老大家は曰く、『隣組なるものが、精神衛生に益ありや、害ありや。私どもの生活に、トナリグミなる組織が生れると、今まで世間に顔出ししなかった奥さんが、急に組長さんとなる。金をあつめたり物をくばったり、隣との関係がいやおうなく密接になり、それが原因で種々の精神障碍が起っている例にぶつかります。突如として、外界と接触した結果、隣から悪口を言われるとか、誰か何とか言いやしないか、被害妄想、幻視、幻聴がしきりに発生する。これなども面白い、注目すべき現象でwると思います』」
 私は、もしかしたらこの皮肉たっぷりの発言者が、甘野院長自身ではないかと想像した。」
「院長の微笑はすっかり消え、そのかわり黒い仮面をかぶったように、その顔つきはこわばっている。
 「横浜へ上陸したドイツ医師の口から、最近のドイツ政府の方針が報告されているんだ。精神病患者の取扱い、というよりこれをどう始末するかということについて。その報告のなかには、たしかに抹殺論がふくまれているよ。ドイツ民族は、世界無比の優れた民族だというのがたてまえだからね。へんなものがまじっていては困るわけだ。断種手術は、むろん施行されているだろう。患者すなわち異常劣等の血系は、断つというわけだ。だが、抹殺論にもっと徹底して、患者そのものの生存を絶滅する方針らしいね。(中略)具体的実例など、そのドイツ人医師はもらしていないけれども、反感反撥なしで、やれる方法。精神病院が、もし普通の犯罪者、あるいは犯罪者よりもっと危険な異常分子を収容する場所だとしたら、抹殺する好都合な場所としてまず病院に目をつけることになる。ある日、患者が死亡する。病院か、あるいは病院から移された別の場所で死ぬ。患者の家族たちはただ、その患者が某月某日に死亡したという通報を、当局から受けとるだけなんだ。死亡の原因について、何かしら書類に記されてあっても、家族たちはそれ以上、問いただすことも追求することも許されない。患者は死ぬ、次から次へと、死ぬ。」」

「「日本人の一つの特長。『出きないことはない。やってみよう』ただし、やれば必ず出きるという自信があるわけではない」」

「人間は、もとより集団をなす動物、集団なしには、すまされない生物である。したがって、たえず集団内部の一員としての定められた精神状態にある。もしも、集団が異常な狂気におちいれば、個人もその狂気から逃れられない。全体は、部分をのみこむ。だが、そのような宿命論を許してしまえば、個人を対象とした治療を目的とする精神医学も、精神病医師も、精神病院も、存在があやしくなってしまう。「集団発狂」の発生、その発生の絶対性は、我々にとって、予想するのさえ恐ろしい禁物、タブウである。」

「「……『ミヤ』は自分が宮様であることを、他人に信じこませなければならないのだろうか。自称宮様は、それでなければ気がすまないだろう。だが真のミヤであるぼくには、そんな無意味な押しつけがましい評判とりは一切不必要なんだ。なぜならぼくには確固不動の信念があるからだ。それの証拠には、ぼくはあくまで宮様として死ぬことになるからだ。たった一人の臣下もなしにだ。信じられようとするための小細工ぐらい醜いものはありゃしない。(中略)ただ一つ、ぼくが自慢できるのは、誰一人(中略)ぼくが宮様であるなんて信じてくれないのに(中略)、どんな非難や軽蔑や反感が八方から矢の如く突き刺さってこようとおかまいなしに、自分ひとりの力で、(中略)たった今、ミヤサマとして死ねることなのだ。気ちがいのたわごと(引用者注: 「たわごと」に傍点)。まさに、その通り。だが、ぼくがいちばん痛快、爽快なのは、気ちがいにだって宮様になりうるという、一つの歴史的事実を自分の一生のうちに選びとれたことなんだ。(中略)ぼくは罰せられるだろう。罰せられて死ぬだろう。ぼくは抵抗者でも反抗者でもありはしない。だから、やがて政権を奪取する新興の勢力者にだって、ほめられることなんか、ありゃしない。記憶さえされないだろう。よろしい。それこそ願わしきかぎりだ。ぼく流に解釈したミヤは、ほめられたり、あがめたてられたりすることを、何よりもけがらわしいと感じねばならないはずだ。地上の権威や支配とは全く無関係に、ミヤでありうる者のみが、真のミヤである、とぼくは思う。」」
「「ミヤさまも、骸骨になることをこわがるようではおしまいだからな。骸骨の宮。ああ、そうだ。うまい呼び名を思いついたもんだな……」」
「「小猫が、ぼくの膝にじゃれている。とても、可愛い。小猫のいいところは、ぼくを理解しようなんて試みないことだ。理解しようとされるぐらい、バカバカしいことはありゃしない。(中略)理解しちまったら、それっきりじゃないか。どうして、そう解釈したがるのかな。ニセの宮様どもは、解釈や意味づけなしには、生きていかれないらしいがね。ガイコツの宮には、宮殿も宮内省も女官も侍従も、まったく必要ないんだからね。」」

「精神だって。精神病だって。セイシンを治療するんだって。アッハ。プフィ。」
「私は私が、患者になりうる、患者になりつつあることの快感と恍惚を味わった。味わおうとした。患者であり得なかったことの不自由、屈辱、まわりくどさをすべて突破して、何かしらあからさまな自然そのものの光線の下で裸の手足をのさばらせることの歓喜が、私を襲い、私をつつみこみ、私を持ちあげようとしていた。私の全身に、原始人、野性のほかに何物によっても飾られることなき類人猿の、あの毛、あの動物そのものの毛が生え茂りつつあるかの如くだった。」

「「疲労! 肉体的ならびに精神的な疲労。イヴさんが禁断の木の実を食べてしまってから、絶えることなく積み重なってきている我が人類のつかれ。それこそ究明さるべきなのです。」」
「「精神病万歳。患者諸君万歳。この病気と病人が我らにあたえたまう、すべての戦慄と呪い、すべての不可解さ万歳」」

「私は、まだわが家のモグラを見たことはない。彼らのトンネルは縦横に通じているが、この地下棲息者がどんなからだつきをしているのか、お目にかかったことはない。彼らはまるで自閉症や黙狂の患者のように、私の見ることのできない通路にとじこもって、生きつづける。いったん太陽光線の下にさらけ出されたとたんに、モグラは太陽てんかん(引用者注: 「てんかん」に傍点)の発作をおこす。モグラを治療することはできない。リスやネズミの習性をかえることはできない。」















































































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武田百合子 『富士日記 (上)』 (中公文庫)

「あたしはバカだよ。バカだっていいんだ。バカだっていいから、バカな奴をバカと言いたいんだ。もっと言いたい。もっと言いたい。とまらないや」
(武田百合子 『富士日記』 より)


武田百合子 
『富士日記 (上)』

中公文庫 た-15-6

中央公論新社 
1981年2月10日 初版発行
1997年4月18日 改版発行
2007年7月15日 改版10刷発行
474p 
文庫判 並装 カバー 
定価933円+税
カバー: 武田泰淳氏画帖より



単行本は1977年、上下二冊本として中央公論社より刊行されました。本書はその文庫版三冊本(1981年)の上巻の改版です。


武田百合子 富士日記 01


カバー裏文:

「夫武田泰淳と過ごした富士山麓での十三年間の一瞬一瞬の生を、澄明な眼と無垢の心で克明にとらえ天衣無縫の文体でうつし出す、思索的文学者と天性の芸術者とのめずらしい組み合せのユニークな日記。昭和52年度田村俊子賞受賞作。」


目次:

昭和三十九年 
 七月
 八月
 九月
 十月
 十一月
 十二月
昭和四十年
 一月
 三月
 四月
 五月
 六月
 七月
 八月
 九月
 十月
 十一月
 十二月
昭和四十一年
 一月
 三月
 四月
 五月
 六月
 七月
 八月
 九月




◆本書より◆


「便所の臭気ひどくなる。(中略)昼も夜も臭い。うんこそのものの臭いというのではなく、少し粉っぽいような、ドブの臭いのまじったような、化学変化が起ったあとのうんこの臭い。「この臭いが頭の中に入って、頭がわるくなりそうだ」というから、今日は管理所に行く。しゃがんで便器のそばに顔をつけて臭いをかぐと、便器のまわりも臭う。
 「頭がわるくなってくる臭いがする。うちの商売、頭がわるくなると困る商売だから、すぐ直してくれ」といって管理所から工事店に電話してもらう。」

「今朝がた、湖の裏岸をまわって鳴沢へ戻るとき、河口湖にしては、大へん水が澄んでいて、釣をする人も絵のようにしずかに動かない。うっとりするような真夏の快晴だった。〈こんな日に病気の人は死ぬなあ〉と思いながら車を走らせていたら、梅崎(春生)さんが死んだ。涙が出て仕方がない。」
「おひるまえ、梅崎家へ主人と伺う。東京は暑い盛り。梅崎さんの家の廊下のようなところには、とてもよく陽が射しこんでいた。その廊下のようなところに坐って、恵津子さんは吐くように泣いた。」

「夕飯の支度をしていると、トランジスタラジオのジャズの合間に、大和の警官射殺犯人が車を奪って逃走、東京の渋谷の銃砲店に逃げ込み、店にいた人を楯にして警官と射ち合いの最中で、見物人が四人負傷し、山の手線がとまっている、としゃべっている。森田さんの車が、犯人の逃走した道順をたどって渋谷にさしかかる時刻である。「ラジオで『ビルから見る東京の夕方の空は紫色で美しい』といっているよ」と、夕焼を見乍ら、花子小声で言う。
 東京は、はるかかなたの、ふしぎに美しいもののように、なつかしいもののように、連続射殺事件のニュースを聞きながら思う。」

「夕方、うたたねをしたら、そのままずっと朝まで寝てしまう。」

「おじさんは、億以上の金のある者が、この町にたんといる、ということを何度も力説した。以前、石垣工事で、うちに石工の人たちが入ったとき、女衆たちは、朝くると仕事にとりかかる前に、腕から時計を外して、ていねいに松の枝にぶら下げた。女ものの華奢な金時計が、キラキラといくつも松の枝に下っているのを私は羽衣伝説のように眺めた。それから、休みどきに女衆たちは、「甲府のデパートでダイヤモンド指輪の売出しをやっている。この前買った時よりもよさそうに広告が出ているから、また買うべ」と話合っていた。それから、昼ごはんどきに「いまどきゃ千万なんど金のうちに入らねえずら。億が金ずら」と、こともなげな朗らかな声が門の方の草むらの中から聞えてきた。」

「夜 やきそば(キャベツ、牛肉、桜えび)。
 私は一皿食べたあと、二皿めを食べていたら、急にいやになって、残りは明日の犬のごはんにやることにする。「百合子はいつも上機嫌で食べていて急にいやになる。急にいやになるというのがわるい癖だ」と主人、ひとりごとのように言ったが、これは叱られたということ。
 夜は星空となる。遠くの灯りと星とは、同じ位の大きさにみえる。色も似ている。」

「○もぐらを退治するには、土が動いているところを叩いても、もぐらは早いから、もう五、六米も先をもぐって走っている。土が動いているところより、五米も十米も先を鍬で叩けば、ぶちあたって死ぬ。」

「庭はあざみの盛り。
 花子の部屋の窓下に、小さなかたまりがある。犬は来るなり匂いを嗅いだが、くわえもしないで、ほかへいってしまった。荷物を運びながら、よく見ると、鳥の仔が仰向けになって足を時々動かしているのである。巣から落ちたらしい。羽はむしれて赤裸で、内臓まで薄く透きとおってみえる。呼吸するたびにバカに大きく内臓が動く。眼はつぶっていて嘴も開かないが、苦しそうだ。羽が折れて、折れ口には一寸血がついていてアリがたかっている。五十センチも離れたところに柔かい羽毛がかたまって落ちていて、体はすっぽりと赤ムケになっている。浅い穴を掘って柔かい葉を敷いて、その中にうつむけに移し入れてやると、体のわりに大きな、成鳥のようなしっかりした足で夢中で歩こうとする。背中の方も赤ムケ、頭にも毛がない。足も骨折をしているらしい。漿液のようなものがにじみ出ている。じいっと見てから土をかぶせて埋めて固く踏んでやった。」

「籠坂峠を上りつめたあたりから霧がある。山中湖への下りにかかり、スピードがついてくると、見通しのきかないカーブで、自衛隊のトラックが、センターラインを越え、まるっきり右側通行して上ってくるのに、出あいがしら正面衝突しそうになる。自衛隊と防衛庁の車の運転の拙劣さには、富士吉田や東京の麻布あたりで、つねづね思い知らされてはいるが、あまりの傍若無人さに腹が立って「何やってんだい。バカヤロ」とすれちがい越しに窓から首を出して言った。すると、どうだろう、主人はいやそうな目でちらりと私を見やって「人をバカと言うな。バカという奴がバカだ」と低い早口で叱るのだ。私はおどろいて「だってバカじゃないか。こっちはちゃんと左を下ってるんだ。見通しのきかないカーブで霧も出ているのに右を平気で上ってくるなんて、バカだ。キチガイだ。自衛隊はイイ気になってるんだ。あたしはバカだよ。バカだっていいんだ。バカだっていいから、バカな奴をバカと言いたいんだ。もっと言いたい。もっと言いたい。とまらないや」と、今度は主人に向って姿勢を正して口答えした。すると、どうだろう。主人はもっと大きな声をあげて「男に向ってバカとは何だ」とふるえて怒りだしたのだ。おどろいた。正面衝突されそうになった自衛隊に向ってバカと言ったのに、私の車の中の、隣りに坐っている人が自衛隊の味方をして私に怒りだすなんて。車の中にもう一人敵が乗っているなんて。(中略)私は阿呆くさいのと、口惜しいのとで、どんどんスピードが上ってしまい、山中湖畔をとばし、忍野村入口の赤松林の道をとばし、吉田の町へ入ってもスピードを出し放しで走る。
 いいよ。言わないよ。これからは自分一人乗ってるときにいうことにしました。何だい。自分ばかりいい子ちゃんになって。えらい子ちゃんになって。電信柱にぶちあたったって、店の中にとびこんだって、車に衝突したって、かまうか。事故を起して警察につかまってやらあ。この人と死んでやるんだ。諸行無常なんだからな。万物流転なんだからな。平気だろ。何だってかんだって平気だろ。人間は平等なんだって? ウソツキ。
 頭の中が口惜しさで、くちゃくちゃになって、右は走るわ、急ブレーキをかけて曲るわ、信号が赤だって通りぬける。主人をちらりと眼のはしの方で見ると、車の衝撃実験のときの人形のように、真横向きの顔をみせて、しっかりと座席のふちにつかまっている。」



武田花氏(娘)執筆分より:

「それから、シェークスピヤ先生がお書きになったマクベスというお話をときどき母からきいた。とてもすごそう。それも読みたい。母のお話はたいていマクベスと、よつや怪談のいえもんとお岩様の話だ。」

「母が(いつものことだが)一番よく働いて楽しんでつかれたようだ。母は穴ほりとか、ギターをひきはじめると、一日中でもやっていて根気強い。御はんなどつくらなくなる。父は小説を書くのを一日中やっていて根気強い。私はどっちも根気がなく、人に言われるとやるというタイプ。」

「母がクロールで泳いでいると、岸にいた大学生のおにいさんたちは「すげえ、あの女」といった。」



武田泰淳(夫)執筆分より:

「ワラビ採りをやった。自宅の庭のを採ればいいのだが、百合子が反対なので、東隣りへ採りに行く。「うちの庭のは採っちゃダメ。うちのは生やしておく。よそのところのを採ってきて食べる。うちのを採ったら承知しないよ!」と、私が採りもしないうちから、おどすような眼つきをしていうのだ。」

























































































































武田百合子 『富士日記 (下)』 (中公文庫)

「夜、雨が降ってくる。風が吹いて雨の音がはげしくなる。外へ出てみると星が出ている。眼をいくらこすってみても、何度もそうしてみても、やっぱり星が一杯出ている。」
(武田百合子 『富士日記』 より)


武田百合子 
『富士日記 (下)』

中公文庫 た-15-8

中央公論新社 
1981年4月10日 初版発行
1997年6月18日 改版発行
2006年10月10日 改版7刷発行
483p 「「富士日記」について」1p 
文庫判 並装 カバー 
定価933円+税
カバー: 武田泰淳氏画帖より



単行本は1977年、上下二冊本として中央公論社より刊行されました。本書はその文庫版三冊本(1981年)の下巻の改版です。


武田百合子 富士日記 03


カバー裏文:

「夫武田泰淳の取材旅行に同行したり口述筆記をしたりする傍ら、特異の発想と感受と表現の絶妙なハーモニーをもって、日々の暮らしの中の生を鮮明に浮き彫りにし、森羅万象や世事万端を貫く洞察により事物の本質を衝く白眉の日記。」


目次:

昭和四十四年
 七月
 八月
 九月
 十月
 十一月
 十二月
昭和四十五年
 一月
 四月
 五月
 六月
 七月
 八月
 九月
 十月
 十一月
 十二月
昭和四十六年
 一月
 四月
 五月
 六月
 七月
 八月
 十月
 十二月
昭和四十七年
 三月
 四月
 五月
 六月
昭和四十八年
 四月
 五月
昭和四十九年
 六月
 七月
昭和五十一年
 七月
 八月
 九月

あとがき

解説 (水上勉)




◆本書より◆


「夕方のある時間。入り日は一瞬白熱光のように輝いたと思ったら、湧いてきた高原一帯の霧をオレンジ色に染めた。オレンジのもやの中にうっすらと林の影が漂うように浮いているだけ。夢をみているようなふしぎな景色。「夕方はここらもコペンハーゲンのようになるわね」。主人は女言葉で私のそばにきて言う。」

「玄関を入った広い土間にも開け放った座敷にも、一杯にひろげられたゴザの上に桑の葉が、その上にもり上るように蚕がくっついて、首をもち上げては桑の葉を食べている。さんさんさんさんという音。」
「蚕の座敷の隣りにある織機工場を見せてもらう。息子は大声で説明する。機械にスイッチを入れるときは、「そこに立たないこと。こっちの方へ。そうそう。そことここから火花が出ることがあるから」などと言ったりする。機械織りで、白い薄い裏地のような絹布を織っていた。蚕から織るまでをやっているのは、ここの家ぐらいのものだという。工場から出てくると、蚕の座敷にさっきのおばあさんが坐って、ボール箱に蚕を選って入れている。蚕が透きとおってくると、もう繭をつくりはじめるから、選りわけているのだ。うすいへなへなしたボール箱に入っている十匹ほどの蚕は、うす灰色に透きとおって、お尻だか頭だかのあたりは、うす黄の色をしている。おばあさんはぺったりとうずくまるように坐って、蚕を手にのせて話をする。小さな育ち遅れのような蚕を手の中に入れ、指をひらいたりとじたりして、手の中で遊ばせているようにして話をする。蚕は眼が見えないのだろうか。蚕は耳は聞えるらしい。」

「テレビで。夜、一人で見ていると、北富士で自衛隊の演習のニュース。仮想敵は、都心のビルに侵入した暴徒ということになっている。それの鎮圧に、装甲車、戦車、ヘリコプターが出動。(中略)仮想敵(暴徒)には、自衛隊の一部の隊員がなっている。角材や鉄パイプの代りに木銃の先にタンポをつけたものを持って、手拭で鼻と口を隠し、ヘルメットをかぶっている。(中略)発煙筒を投げたり、木銃(ゲバ棒)をふりまわしたり、学生そっくりにやる。学生よりうまい。自衛隊側は機動隊と同じ楯とカブトをつけて、戦車と一緒にドンガドンガドンガドンガ進んでくる。怖い。防衛庁にまだ塀がなかったころ、六本木の裏通りを歩いていると、銃剣術の練習を大へんな勢いでやっているのが見えた。私は、あの、出す声がキライなのだ。そのときも怖しいと思った。」

「古道具屋の店先に妙なものがあった。極彩色(朱、緑、白、黒、金、コバルト色など)で塗った一対(?)らしい飾りもの(?)。見世物小屋か、お社か、お寺から出たものらしい。一対の片方は、蓮の花と葉の上に炎がまわりにある円い平たい飾り――これは真んなかの平らなところに鏡がはめてあったのが、とれてしまっているらしい。片方は、右に女の首、左に鬼の首が、獄門台の上にある感じで並べてあり、まんなかに天秤ばかりのようなものがついている。右の女の首の下には、こぶし大の石が縄で結わえて吊されている。左の鬼の首の下には、裸の男が後手にしばられ腹を下にして泳いでいる恰好で縄に吊されている。男の顔は口をあけてもがいて叫んでいる。男の裸は真白く塗ってあり、虫がところどころ喰って穴があいている。女の首も真白に塗ってある。「これ、何なの? 御胎内からもってきたの?」と訊くと「ちがう」と言う。「何だったの?」と訊いても「さあ」と言うだけ。何ともかんともいいようのない気味のわるさ。地獄極楽の見世物の一部のようだ。値段をきくと「五千円」と言う。本当は七千七百円だが奥さんはたびたびみかける人だから安くしておく、と言う。千円なら買っていって主人にみせたいと思ったが、高いからやめた。」

「今日のデモに花子は出かけたかな。滑らない転ばない、いい運動靴をはいていったかな。」

「黄葉がはじまった。庭の萩は実となった。うるしだけが鮮やかに赤い。菜畑の菜は肥料をやったせいか、おバケのように大きくなっている。
 夢をみてはさめ、すぐまた眠り、昏々と四時半まで眠る。主人も眠る。
 夜 おかゆ、にしん煮付、佃煮、はんぺんとみつばのおつゆ、炒り卵。 
 仕事部屋にこたつを入れる。食堂にストーブを焚く。
 夜遅く、風が吹きはじめる。あまりよく眠ったので、抜け殻のようにぐったりとさびしくなる。
 今日、ナセルが死んだ。」

「夜、ノンフィクションアワーで、アラビアのベドゥイン族を見る。聖書の世界をみているようだ。
 雨戸と硝子戸の間に、セミ位の大きさの蛾が一杯、こちら側に肥った腹をみせて、ぺたぺたととまっている。ときどき、ネズミのさわぐような音をたててはばたき、はばたいて騒いだ蛾から順々に転がり落ちて、すぐ死ぬ。」

「三時に、岩波さんに教わったとおりに茸を料理してみた。普通の味だった。
 夜、雨が降ってくる。風が吹いて雨の音がはげしくなる。外へ出てみると星が出ている。眼をいくらこすってみても、何度もそうしてみても、やっぱり星が一杯出ている。」

「昨夜の夢。
 桟橋にノアの方舟が着いて、それに皆乗りこんでしまった。方舟は白くて豪華客船のようだった。乗りこんだ人たちは何故かどこにも見えなくて船はひっそりしているが、たしかに、さっき、皆乗りこんでしまって私だけ残って佇ってみている。嘘をついた人は残ることになると役人のような係の人がいったから私は「はい」といって残った。そしたら私と猫だけが残っていて、あとは皆乗ってしまった。私と猫二百匹位だけ残って船をぼんやり見ていた。」







































































































































武田百合子 『富士日記 (中)』 (中公文庫)

「風がつよく吹くと、蝶々のちぎれた羽だけが硝子戸の外に落ちている。今日は金茶に黒の点々のある羽が一枚落ちていた。」
(武田百合子 『富士日記』 より)


武田百合子 
『富士日記 (中)』

中公文庫 た-15-7

中央公論新社 
1981年2月10日 初版発行
1997年5月18日 改版発行
2007年7月15日 改版8刷発行
496p 
文庫判 並装 カバー 
定価933円+税
カバー: 武田泰淳氏画帖より



単行本は1977年、上下二冊本として中央公論社より刊行されました。本書はその文庫版三冊本(1981年)の中巻の改版です。


武田百合子 富士日記 02


カバー裏文:

「並はずれて奇抜で誰も思い及ばぬ発想のなかで、事物の核心をすべて喝破する、いわば生まれながらの天性の無垢な芸術者が、一瞬一瞬の生を澄明な感性でとらえ、また昭和期を代表する質実な生活をあますところなく克明に記録する。」


目次:

昭和四十一年
 十月
 十一月
 十二月
昭和四十二年
 一月
 三月
 五月
 六月
 七月
 八月
 九月
 十月
 十一月
昭和四十三年
 一月
 三月
 四月
 五月
 六月
 七月
 八月
 九月
 十月
 十一月
 十二月
昭和四十四年
 三月
 四月
 五月
 六月




◆本書より◆


「ポコ死ぬ。六歳。庭に埋める。
 もう、怖いことも、苦しいことも、水を飲みたいことも、叱られることもない。魂が空へ昇るということが、もし本当なら、早く昇って楽におなり。
 朝十一時半東京を出る。とても暑かった。大箱根に車をとめて一休みする。ポコは死んでいた。空が真青で。冷たい牛乳二本私飲む。主人一本。すぐ車に乗って山の家へ。涙が出っ放しだ。前がよく見えなかった。」

「ポコの残していったもの、籠と箱と櫛をダンロで焼く。土間に落ちているポコの毛をとって、それも焼く。何をしても涙が出る。」

「大岡さん御夫妻来る。
 「どうしてる? 犬が死んでいやな気分だろう。慰めにきてやったぞ」と、入ってこられる。」
「大岡さんは、昔から犬を始終飼っていた。で、いろいろな死に目に遭ったのだ。
 大きな犬を飼っていたとき、鎖につながれていた犬が、そのまま垣根のすき間から表へ出てしまい、大きな犬だったのに石垣が高いので下まで肢が届かず、首を吊ったようになって死んでしまった。」
「大岡さんは、そのほかにも、犬の死に方のいろいろを話された。そして急に「おいおい。もうこの位話せばいいだろ。少しは気が休まったか」と帰り出しそうにされた。「まだまだ。もう少し」。主人と私は頼んだ。大岡さんは仕方なく、また腰かけて、思い出すようにして、もう一つ、犬の死ぬ話をして帰られた。」
「ポコは、あの灌木の下の闇に、顔を家の方へ向けて横たわって埋まっている。昨夜遅くなってから、よく寝入ったときのすすり上げるような寝息がひょっと聞えたように思ったが、それは気のせいだ。ポコ、早く土の中で腐っておしまい。」

「車を拭く。トランクも開けて中を拭く。実に心が苦しい。
 いつもより暑かったのだ。一時間ごとにトランクから出してやる休み時間までが待てなかったのだ。ポコは籠の蓋を頭で押しあけて首を出した。車が揺れるたびに、無理に押しあけられた蓋はバネのようにポコの首を絞めつけた。ひっこめることが出来なかったんだねえ。小さな犬だからすぐ死んだんだ。薄赤い舌をほんのちょっと出して。水を一杯湛えたような黒いビー玉のような眼をあけたまま。よだれも流していない。不思議そうにものを視つめて首を傾げるときの顔つきをしていた。トランクを開けて犬をみたとき、私の頭の上の空が真青で。私はずっと忘れないだろうなあ。犬が死んでいるのをみつけたとき、空が真青で。」

「林の日陰にこしかけて、ハイライト二本吸う。死んだのがかなしいのではない。いないのが淋しいのだ。そうじゃない。いないのが淋しいのじゃなく、むごい仕打で死なせたのが哀れなのだ。私はポコをいつも叱っていたが、ポコは私を叱ったり意地悪したりしなかった。朝起きた私にあうと、何年もあわなかった人のようになつかしがって迎えた。昼寝から覚めたときだってそうだった。いやだねえ。」

「犬が死んだから泣くのを、それを我慢しないこと。涙だけ出してしまうこと。口をあけたまま、はあはあと出してしまうこと。」

「二時前、本栖湖へ泳ぎに行く。風が吹き小波が一面にたち、誰も泳いでいない。去年と同じ入江に行って泳ぐ。三十分近く泳ぐ。遠くをボートが一隻いったりきたりしていて、そのうちに女の赤い帽子が風でとばされた。水に浮いているのがなかなかとれないでいるうちに、赤い帽子はみえなくなる。いい気味。」

「花子とあん入り揚げまんじゅうを作る。一つずつ大きさがちがってしまった。
 ポコのお墓の真上に、いつもうすい星と濃い星が出る。あいつはもう、どんなになっただろうか。少し腐っただろうか、と思う。涙もそんなに出なくなった。もう一度、犬を飼おうか、と思ったり、生きものはもう飼わないで暮そう、と思ったりする。」

「灯りをつけて車を走らせていると、道路に白い大きな蛾がぺたりぺたりと、沢山とまっている。掌ほどの蛾だ。ハンカチが何枚も落ちているようだ。灯りが近づくとはばたく。とべない。もう死ぬのだろう。」

「風がつよく吹くと、蝶々のちぎれた羽だけが硝子戸の外に落ちている。今日は金茶に黒の点々のある羽が一枚落ちていた。」

「散歩の最中から「うちの庭にへんなものが咲いているよ」と主人言っている。家へ入りぎわに、勝手口の横の草むらへ、そのへんなものを見に行く。へんなものは地面から、一本、鉛筆の太さ位にゴムのように伸びていて、葉もトゲもなく、白くて先が赤い。赤いところにコールタールで塗ったようにツヤのある黒い帯がある。植物というより動物のようで、ゴム風船がしなびた感触だ。ステッキで根を掘ると、草芝の根にくっついて白い風船のような玉がある。」

「小山から秦野にかけて、上り方向に自衛隊のホロのかかったトラックの列が続く。演習のあとだろうか。中には兵隊がくたびれきって折り重なるようにして眠っている。何台もそれを追越す。いくら追越しても追越しても、又、前に同じ色の型のトラックが、眠りこけて同じように折り重なった兵隊を載せて走っている。夢をみているような気分になる。〈本当は私は今、車を運転しているのではないのかもしれない。なんにもしていないのかもしれない。さっきから追越し続けていたトラックの列は、夢の中で追越し続けていたのかしら。目の前にまたいるトラックも、もしかしたら夢の中でみているのかしら〉と思いはじめる。不安になる。こんな長い長い、異様に長い自衛隊のトラック行進に出あったのは、はじめてだ。」

「焚火しているそばに、直径五センチほどの、ひとでの形をした柿のへたに似たものが、三十位、ぽつぽつと落ちている。黒い皮のようで、まんなかに、ほおずきのような灰色の風船がついている。潰してみると、中にはいちめんに茶色い毛が生えている。去年も落ちていた。何だろう。」

「台所のカギを開けると、大アリが床にべったりといる。どのアリもアリの死骸をくわえて右往左往している。あんまり沢山いるのでミチミチミチミチとかすかな足音まで聞える。死骸を丸ごとくわえているのもあれば、ちぎれた肢だけをくわえているのもある。食物やほかのものをくわえているのは一匹もいない。
 米をといでおいてから、部屋にとびこんで眠る。胸のところに穴があいて、そこが紅くなっている夢をみる。ぼんやりと起きる。」

「夕飯が終って後片づけをしはじめると、大岡夫妻みえる。」
「八時半帰られる。帰りがけに「うちの車は魚の腐ったような臭いが充満して、車の床のジュータンの下のフエルトまでとっても、まだ臭う。気持がわるいから今日は歩いてきた」とおっしゃるので、車でお送りする。ついでに大岡さんの車の臭いも嗅いでくる。主人も一緒に乗って行き、嗅ぐ。ヘンな臭い。「死骸の臭いみたい。手かなんか転がっているみたいな臭い」と、感想を正直に言うと、奥様は怖そうに気味わるそうにされた。」






















































































































武田百合子/画: 野中ユリ 『ことばの食卓』 (ちくま文庫)

「便所の匂いと泥の匂いと足の匂いと食物の煮たきの匂いなどが混り合って、いろいろなものが腐っていく途中の匂いになって、湿っぽく澱んでいる。」
(武田百合子 「怖いこと」 より)


武田百合子 
『ことばの食卓』
画: 野中ユリ

ちくま文庫 た-19-1 

筑摩書房 
1991年8月22日 第1刷発行
2007年10月15日 第12刷発行
160p 
文庫判 並装 カバー 
定価640円+税
装幀: 安野光雅
装画: 野中ユリ


「この作品は一九八四年一二月一五日、作品社より刊行された。」



本書「あとがき」より:

「一九八一年から八三年にかけて、『草月』に連載した十二篇と、ほかニ篇を加えて、一九八四年末に作品社から上梓したものです。」


野中ユリによるコラージュ挿絵12点。


武田百合子 ことばの食卓 01


カバー裏文:

「「ひょっとしたらあのとき、枇杷を食べていたのだけれど、あの人の指と手も食べてしまったのかな」(「枇杷」)。「…とっておいたあんずを食べるときの気持。たるたるに、とろとろに、ふくらんで」(「雛祭りの頃」)。「…おべんとご飯か、猫御飯であれば、私は嬉しい。そこに鱈子。またはコロッケがついていたりすれば、ああ嬉しい、と私は思う」(「お弁当」)。
食べものに関する昔の記憶や思い出を感性豊かな文章で綴るエッセイ集。」



目次:

枇杷
牛乳
続牛乳
キャラメル
お弁当
雛祭りの頃
花の下
怖いこと
誠実亭
夏の終り
京都の秋
後楽園元旦
上野の桜
夢、覚え書

あとがき (1991年6月)

解説 コドモの食卓 (種村季弘)



武田百合子 ことばの食卓 02



◆本書より◆


「牛乳」より:

「毎晩、牛乳を飲んだあと、手をひろげて十の字にねているおばあさんに代る代るまたがって、私たちは飛行機ごっこをした。腕を折り曲げたり、爪を押したり揉んだりする。操縦しているつもりだ。うっすら髭の生えている鼻の下、ほくろや唇や鼻をつままれたりしても、面倒臭いのか、案外と気持よさそうに眼をつぶっている。おばあさんの腕の内側は、顔とちがって白く冷たくすべすべとして柔らかい。腿の内側は、もっと、すべすべしている。止処(とめど)もなくなってくる。瞼をめくって指をつっこもうとする。「ええ、もう、たいがいにおし」おばあさんは払いのけて置き上る。」


「怖いこと」より:

「二学期の始業式の訓話の終りには、いまから十数年前に起った関東大震災の怖ろしさについて、校長先生は必ずつけ加えられた。そして、その日だったか、次の日だったかに、全校生徒が隊伍をととのえて、震災記念館へ見学に出かけた。毎年の行事であった。大きな葉のついた街路樹がある歩道のひなたを長々と、市電の停留所をいくつも越して歩いて行った。
 午前十一時何分か(地震の起った時間)を指して止まっている大時計や、電気仕掛で火を噴き上げたり、家がくずれたり、海や山が動いたりするパノラマがあった。背景の炎と煙に追われて、こちらへ向って逃げてきた日本髪の女や番頭さん風の男や詰襟の白服の男が、大きく口をあけ手をさしのべながら、ぱっくり口をあけた道路の割れめへ落ちて行く細密画があった。唇は赤く大きく、あけた口の中には歯や舌まで描いてあった。震災と関係がないと思われるのだけれど、第一次世界大戦の毒ガス弾に関する陳列室もあって、そこも見学した。もし毒ガスにやられると人間の体はどうなるか、――眼や耳や皮膚の蝋細工の模型と絵と写真があった。イペリットという毒ガスにやられたときの模型や写真が、なかでも一番気持わるく汚らしかった。全体ほの暗く湿気臭い、この建物の中にいると、途方もなく巨きな真黒い手をした震災と戦争が、必ずいつかやってきて、そのとき自分たちは死んでしまう気がした。震災で死ななくてはならないのなら、どうか地割れに落ちる死に方でないほかの死に方を、戦争で毒ガスにあたって死ななければならないのなら、イペリットでない毒ガス弾にあたりたい、――記念館を出て帰ってくる途中は、だらだらした弱々しい気持になって、そう思った。それからあとの一週間ほどは、地割れとイペリットが、じきに頭に浮んできて、遊んでいても墨を呑んだような気分になった。墨を呑んだような気分になることが、このほかにも今はある。」



「夏の終り」より:

「「何だか、口の中がげろの味と匂い」言いにくそうに娘が感想を言う。私は便所に行きたくなって廊下へ出た。
 靴音もたてずに女二人連れが帰った。テーブルに、オムレツとサラダが半分以上残してある。
 オムレツが向いのテーブルにきた。職人さんたちは畏まり、にこにこしてオムレツを見つめ、フォークとナイフを取り上げる。やっぱり三口目くらいから元気のない顔になる。
 コーヒーが私たちのテーブルにきた。コーヒーは普通のコーヒーの味がした。ゆっくりとコーヒーを飲んだ。」



「夢、覚え書」より:

「大陸の草原のようだ。遠くに薄く山が見える。曇天。羊の頚すじを精出して撫でている。その羊と私のほか、誰もいない。いなくなってしまったらしいのだ。それも今しがたのことらしいのに、過ぎ去ったことは何一つ思い出せないでいる。不意に羊が口をきいた。録音テープのような声。「裏切ったのではありません。あなたのことをいつも思っていたのだけれど、なかなか、ここまでは来られなかったのです」ウラギッたという言葉。何だかスゴい言葉。私はうろたえて、あたりを見回してしまう。しかし、すぐに、ずっと以前から、この羊を待ち焦がれていた気分になって、もくもくと毛のつんだ温かい太い頚を黙って撫でている。羊が可愛くて、涙がいっぱいたまってくる。羊は後向きの格好のまま、お世辞をなおも言った。手のひらでなく、手首を使って撫でていたので、羊は「腕時計のバンドの止め金が痛い」などとも言う。」








































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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