『野溝七生子作品集』

「さうよ。私は子供さ、永久に子供である私は、より年若い、幼い子供達が直感するところを、私が代弁して、べらべらまくし立ててゐるのよ。」 
(野溝七生子 「緑年」 より)


『野溝七生子作品集』

立風書房 昭和58年12月10日第1刷発行/平成元年9月30日第4刷発行
609p 編集付記1p 口絵(モノクロ)2p
A5判 丸背布装上製本 貼函 
定価7,000円(本体6,798円)
装幀: 斎藤慎爾+イフ・フォーラム

栞 (8p):
アリアドネーの子ら(種村季弘)/コスモポリタニズムの先行者(鶴見俊輔)/阿字子転生(橋本真理)/「山梔」の一読者として(森銑三)



本書「編集付記」より:

「本作品集は野溝七生子の長篇小説『山梔』(大正十五年刊)『女獣心理』(昭和十五年刊)および短篇小説集『南天屋敷』(昭和二十一年刊)『月影』(昭和二十三年刊)『ヌマ叔母さん』(昭和五十五年刊)を収録した。これは野溝七生子の既刊単行本の全冊である。なお、収録に際して『月影』から「船の夫人」一篇を著者の意向により(中略)割愛した。」


新字・正かな。二段組。


野溝七生子作品集1


帯文:

「野溝七生子は、これまで、いわば月影の作家であった。藤村、花袋、白秋――特に近代文学の巨星は、かつてとりどりの讃辞を贈り、辻潤はその才稟を賞でて「永遠の女性」としてこの人を崇めた。が、選ばれた作家と選ばれた読者の間にのみ成り立つ秘儀のような交感の伝授は、作品をして永く光輝ある孤立を守らせることになった。本作品集は、野溝七生子という光体の全貌の現出を促し、伝説の人としてその月影を踏むにすぎなかった文学史の欠落をも贖おうとするものである。
 
現実と幻想とが不思議に美しく混淆 島崎藤村
全体が渾然とした一つの芸術品 田山花袋
鋭い智恵の閃きと、豊富な想像力 徳田秋声
まる二日間、私は物に憑かれたやうな不思議な心の興奮をもつて 神近市子」



帯背:

「泉鏡花・リラダン・久生十蘭を思い起こさせる伝説的女流作家の全貌!!
――全一巻」



帯裏:

「ふみにじられた雑草の/最初の花束を/わが観自在白痴菩薩/白蛇姫の御前にささぐ…… 辻潤
ドイツ、ことにそのローマン主義との親近 手塚富雄
コスモポリタニズムの先行者 鶴見俊輔
女流としては稀有の強靭な精神 種村季弘
泉鏡花とリラダンと久生十蘭と、そのどれともつかないような 矢川澄子
優美にもまたおそろしい小説 橋本真理
途方もなく自然で途方もなく純粋な魂 (「アサヒグラフ」 82・12・22)」



野溝七生子作品集2


目次:
 
山梔 (長篇小説)

女獣心理 (長篇小説)

南天屋敷 (第一短篇小説集)
 南天屋敷
 猫きち
 奈良の幻
 秋妖
 藤と霧
 神聖受胎
 山寺尋春
 灰色の扉

月影 (第二短篇小説集)
 別荘の客
 寒い家
 往来
 黄昏の花 ――Sancta Susanna――
 SONATINE
 Genie und Geschlecht 第一課
 連翹
 紫衣の挽歌
 月影
 私の二つの童話
  雪の中の小鳥
  野育ちの小鳥

ヌマ叔母さん (第三短篇小説集)
 ヌマ叔母さん
 沙子死す
 曼珠沙華の
 緑年
 星の記録

野溝七生子年譜
参考資料 野溝七生子論集
 「山梔」評 (徳田秋声・田山花袋・島崎藤村)
 時感二三 (神近市子)
 「女獣心理」讃 (上泉秀信)
 「女獣心理」解説 (手塚富雄)

解説 (矢川澄子)



野溝七生子作品集3



◆本書より◆


「山梔」より:

「父が、子供を折檻(せつかん)するのは、自分が打(ぶ)たれるよりももつと我慢がならないと母は云つた。
 母の躾(しつけ)が悪いから、父が打たなければならないやうな子供が出来上るのだと父が云つた。
 以後は、折檻の必要がある場合には、自分でする、決して父の手を煩はしたくないと母が云つた。そして、その声がどんなに傷ましかつたか。
 「折檻といふものが、ですが、そんなに必要なものでせうか。」
 「放任が、どんな恐ろしい結果を生むだらうかを考へたら、その言葉は出まい。」
 盛り上つた憎悪を振りこぼずやうな――正(まさ)しく父はそれである――その折檻の結果はもつと恐ろしいと母は答へた。
 子供に、父を恐れ父を憎ませることを教へるのが、甘い母親の仕事かと父は云ふのであつた。
 だが、それは、どんなに父自身が子供等に教へてゐることか。」

「これが子供の最初の不幸であつた。」

「かうして育つ子供がどうなるかと考へることさへ恐ろしいことである。」

「両親の心はたうてい子供にわかるものではないやうに、子供の心も、たとへ一度は子供であつたとは云へ、親にはまたたうていわかることは出来ないのである。
 そこに、親と子とだけではない人間一人一人の、差別相があつた。」

「快活で腕白娘の阿字子(あじこ)は、ながい夏の日を、終日、戸外(そと)へも出ずさうかと云つて、つい今しがたまでそこいらにゐた筈の姿も見せずに、何所(どこ)の隅つこでか、しづまり返つてゐるのであつた。」

「女は笑つた。しかしそれは女性にのみ見ることの出来る、残酷な微笑であつた。人知らぬ山中の湖の漣(さざなみ)のやうに女は笑つた。
 「あなたは、誰から、それを止められたのだかは、私にわかつたわ。きつとさうよ、きつとさうだと思つたの。ねえ、さうでせう。お母さんが、もう、お寺に行つちやいけないつて。あの気狂ひ娘とは遊ぶんぢやないつて、さう仰云(おつしや)つたんでせう。」
 「いゝえ、母さんは、そんなこと、云はなかつたわ。」
 「さうよ、口に出しては、仰云らなかつたでせう。でもね、きつとさう思つてはいらしたのよ。」
 「そんなことないわ。そんなことないわ。」
 「だまつていらつしやい。もしさう思つていらつしやらなかつたとしたら、あなたのお母さんはよつぽど変よ。」」

「「誰かは、ずゐぶん嘘つきね。」
 「何云つてるの、嘘なんか吐(つ)かないわ。寄つて集(たか)つて私をこんなに意地悪にしたんぢやありませんか。あなたは、まだ小さいんだから何故、さうなのかわからないでせう。でもね、私だつて阿字ちやん位の時には、意地悪ではなかつたわ。
 皆が、私が綺麗だと云つては取り、頭が好いと云つては取り、愛されたからと云つては取り、私が愛したからと云つては取り、もうちつとも残らないほど取り上げてしまつて、そしてそのあとに意地悪をくれたんですもの。」
 「意地悪なんぞをもらはなければ好い。」
 「仕方がないわ、阿字ちやんと同じものを持つてゐたのを、残らず代価に払つちやつて、折角、もらつた意地悪なんですもの、でも阿字ちやん、誰もが、私を意地悪だとは知らないほど、私は意地悪なんだから、誰にも云つちやいけないことよ。あなたに知られたことは我慢するわ、どうせ今にあなたもきつと意地悪になるにきまつてるんですもの。母さんのために私に憤つたあなたは好い子よ。ずゐぶん好い子だわ。でも、いまにあなたは、私の為に――あなたの為に――きつと母さんに憤るときが来ることよ。そして阿字ちやんは少しづつ、とられて行くんだわ。ずゐぶん悲しいことだけど仕方がないことよ。」
 今まで、誰もが見たことのなかつただらうほど、女の眼眸は物悲しく優しく、阿字子には感じられた。」

「「どうも、偶(たま)に外に出ると、人が怖くて仕方がないわ。」」

「「だつて仕方がないわ。きつと阿字ちやんのやうな子は、一度は憎まれるにきまつてるんですもの。」」

「「屋根裏ですつて。屋根裏ですつて。もう屋根裏には、阿字子の読む本はなくなつてしまつたの、阿字子は、新らしい本が欲しいの、誰もが、阿字子に本を買つて呉れないんですもの。本が読みたい。本が読みたい。本が読みたい。」」

「永い夏休みも、これが最後の日、阿字子は空(くう)と並んで、窓際に腰を卸した。海は静かで、陽(ひ)は今水平線に沈みかけてゐる。白楊樹(ポプラ)の梢(こずゑ)にも、軒端の蔦(つた)にも、奇異な光りが充ち満ちて、葉といふ葉はことごとく輝いてゐた。
 「空、見てごらん、今、空中で大きい戦が始まつてゐる。昼の軍勢はだんだんと、夜の軍勢に追ひやられてゆく。何て早い黄昏(たそがれ)の足並だらう。空にも、あれが見えるでしよ。ほら、夕暮の影が、あんなにだんだん拡がつてゆく。」
 さう云つて阿字子は、握りこぶしで顎(あご)を支へて、睫毛(まつげ)を伏せた。
 空も、同じやうに窓敷居に、顎をのせて、刻々に色の変つてゆく海の上を、凝然(じつ)と眺めてゐた。
 「あゝ、黄昏が唄つてゐる。あの波の歌をお聞き。自然は美しい美しいつて囁いてゐるぢやないか。ねえ空。どうしてこんな綺麗(きれい)なものに、人間は、背中を向けよう、向けようとするのだらう。忙しくて忘れるのかしら。
 ねえ、古代は、神々が話し合ひながら、雅典(アテネ)の街の角を、右にまがつて行つたと云ふぢやないか。
 神々は、人間の隣人だつたのに、今では人間は、神々から泥人形のやうに軽蔑せられてゐるんだわね。」」

「「二人とも、馬鹿におとなしいのね。どうしたの。」
 「景色を眺めてゐたの。」
 さう云つておいて、空は急いでまた、前と同じ姿勢を続けた。
 「こんなに暗くなつて、何か見えること。」
 「お星様が、たんと、たんと見えて、きれいなの。」
 緑は、窓際に寄つて来た。
 「阿字子。また、熱病に罹(かか)つてゐるんでしよ。」
 「さうなのよ、さうなのよ。」
 阿字子は、せかせかと答へた。
 「こんな気持を、なんて説明して好(い)いかわからないの。阿字子には。
 もう、どうしても、じつとしてゐられない位よ。眼が昏(くら)みさうな気がするの。誰かに、ちよつと触られても、その途端に、わあわあ泣き出しちやつて、どうしても泣きやまないでゐてやらうと思ふ位よ。
 私は、いまに、気狂(きちがひ)になるかもしれない気がして仕様がないの。」」

「「緑ちやんも、そんな目に会つたの。ええ、阿字子のやうに、お馬の鞭(むち)で引(ひ)つ叩(ぱ)たかれたり、沓脱石(くつぬぎいし)の上に、仰向(あふむ)けに、蹴つとばされたり、拍車のついた長靴で、気絶するほど胸を踏みつけられたり、後手に縛つておいて、もうどうしても、抵抗することも、逃げることも出来ないやうにしておいて、お蔵の後の、天水桶(をけ)に、倒(さかさ)にして浸けたり、上げたり、浸けたり上げたり、倒にして、倒にして、浸けたり、浸けたり、あゝ私は、あの時のことを思ひ出すと、息が止まりさうでもう我慢がならない。」」

「「私は、父さんを矢張り憎む。」」

「二年の時、博物の帳面を盗られた。本に書き入れることにしたら、その本も盗られた。それつきり、筆記を止めて、頭の中に書きつけることにした。教科書以外の知識のあまりにありすぎたことが、狭量な、二三人の教師の憎悪を招いて、何といふことなく、職員会議では、一度や二度由布阿字子の名を云はれないことはないやうになつた。その都度、受持の教師は、彼女に注意した。それらの事柄は、彼等に対する、軽蔑と反感とを阿字子に教へたことのほかの、何物にも価しなかつた。阿字子は、かうして、つひには国語と化学の教師を除く他のどの教師とも不和になつてしまつてゐた。それは矢張り、悲しいことではあつた。」

「阿字子はどんな些細なことにでも、すぐ傷ついて行つた。此方(こちら)に何等の悪意もなくて、憎悪を浴びせかけられるのを、苦しいものだと初めて知つた。阿字子はひどく詰らない。彼女は、たうとう孤独にならざるを得ないではなかつたか。やがて動き易い彼女の心は、級のすたれ者とさう呼ばれ、また思はれて、誰からも相手にされない一少女の上に向けられて行つたのだつた。」

「阿字子は、この人となら、お友達になつても、不服の云ひ手はあるまい、と思つた。それほどに、早苗は、他の少女達から、阿字子とは別の意味で、憎まれてゐるといふよりも、侮られてゐた。何故、すたれ者と、呼ばれなければならなかつたかといふ理由は、誰も阿字子に、きかすものもなく、阿字子も、強ひても知りたいとは思はなかつた。何でも、級の中でそれを知つてゐるものは、二三人の勢力家だけで、ほかの者は、理由も知らずに、彼女達のいふまゝに早苗を排斥してゐるらしかつた。
 二人――阿字子と早苗――の友誼(いうぎ)は、もう、すぐに級中の興味を惹(ひ)き起した。級友達は校庭を歩いてゐる二人の姿を、物蔭でうかゞつては、ひそひそ話したり、高笑ひを浴びせたりした。それらのことは、阿字子よりも、もつと早苗の方を深く傷つけた。早苗は云ふのだつた。
 「あの人達は、私達の、何方(どちら)を笑つてゐるのか御存じですか。」
 「二人を笑つてゐるんでせう。」
 「さうぢやありません。あなたのことを、笑つてゐるんです。」
 「どうして、私だけを。」
 「あなたが、廃(すた)れ者の、早苗なんぞと歩いてゐるからです。」
 「阿字子は、笑はれてもかまひません。」
 「私は、我慢が出来ないのです。」
 「私のためにですか。」
 「いゝえ、私の為に。あなたが笑はれるといふことは、私が笑はれるそのことよりも、もつと私を辱めてゐるんぢやありませんか。あの人達は、あなたを笑つてゐます。けれど、それは私に対する、あなたの優越を、あなたに対する私の敗残を、意味することになるんです。」
 少女達の浅い悪意を、そんな風に、裡(うち)に引き入れて、殆んど曲解のやうに深くとる早苗の、ひがんだ気持と、同時に、この少女の胸に宿る誇高い魂とに、阿字子は、強く、心を引かされた。阿字子は云つた。
 「ねえ、そんな風に考へるのはおよしなさい。あの人達が何がわかるものですか。二人きりだと思つてゐれば好(い)いのです。」
 「二人きりですって。私は、あなたのお友達でなくつても、困りはしないのですもの。いつも一人で沢山だと思つてゐました。」」

「「早苗さん、私にそんな風に云ふんですか。あの人達のことは阿字子の知つたことでありません。
 私は、誰とつきあつても、きつと他の人から不服が出たり、中傷されたりして、もう、三年の上といふものを、友情から恵まれないものとして、来てゐるのです。私があなたと手を握らうとしたのは、すたれ者のあなただからです。」
 「では、私を憐(あはれ)んでいらつしやるんですか。」
 「憫(あはれ)んでなぞは、ゐないのです。あなたは、尊敬されなければならない人ぢやありませんか。あなたは、鷲(わし)のやうに孤独で傲慢(がうまん)です。
 あなたが、すたれ者だから、私は好きなのです。誰ももう、私からお友達を、奪つて行かうとは云はないでせうから。」
 「でも、私がお友達でありたくないと云つたら。」
 阿字子は嚇(くわつ)となつた。
 「私は蘆(あし)の葉よりも傷つき易い人間ですけれど、そのお言葉に対して憎まれ口を吐(つ)かうと思へば、どんなことだつて、云へなくはないのですよ。」
 「吐(つ)いてごらんなさい。」
 「でも、あなたなんぞには、それほどの興味を感じません。」
 この言葉は、他のどんな言葉よりも、深く早苗の胸を衝きとほしたやうに見えた。二人は包みきれない不快を以て別れた。しかしこんなことの為に、相互を見失ふには、あまりに、相互に惹きつけられてゐた。阿字子には、早苗だけが、自分に恵まれた友達だと思へて仕方がないほど心の底では早苗を深く愛してゐたので、どうかして仲直りをしたいと思つた。」

「二人の友情は、どこまで行つても果しのない深みへ、ずんずん飛びこんで行つた。早苗は、残らずの蔵書を、二人の共有にしようと云ひ出した。それまで、阿字子は許されたとは云へ、読書の種類を制限せられてゐたのが、今は何等の撰択も、考慮も加へられることなしに、どんなものをでも読んだ。」

「海に、今までに、かつて見たことのなかつたであらう、大きくふくれ上つた太陽が、真紅を溶かして、刻々の生命の暗示のやうに水平線にかくれて行つた。
 「私は、大人になりたくない。大人なんぞになりたくない。」
 阿字子は、さう云つて、去つて行つた太陽を、追い求めるもののやうに、両腕をさし伸べた。彼女の眼には、もう、抑へることの出来ない、憧憬の苦痛の色が激しい感動と共に、涙になつて溢れ落ちた。
 「私は、何かが欲しい、何かが欲しい。何かが欲しい。」」

「阿字子はもう肩の辺まで大人でしよ。こんどは首まで浸ります。その次は頭の頂上(てつぺん)まで浸ることに極めたの。」
 「阿字。」
 「なあに。」
 「ほんたうは、お前が求めてゐるものが、お前自身には気がついてゐないのではないかと思ふんだがね、兄さんは。」
 「さうかも知れません。私はこんな気持のあげくには、いつでも自殺つてことのほかには、何も考へはしないのですから。」
 その言葉には、恐ろしい真実さがこめられてゐた。輝衛は竦然(りつぜん)とする。
 「どうして。結婚をしようとは思はないのか。ほんたうに。」
 「夢にも。」」

「海の色は殆んど寒いと感じるまでに、透明な碧瑠璃(へきるり)である。遠くの波頭が、白鳥の群のやうに白い。阿字子は不審(いぶか)しげに呟(つぶや)いた。
 「私は、いつかこんな海の色を見たことがあつたわ。」
 しかし、彼女には、それがいつ何所であつたかをどうしても思ひ出すことは出来なかつた。」

「現実の脆(もろ)さよ。現実は、今のほかの何物でもない、刻々の今である。そして空想は、あんなに深く、あんなに遠く、且つ永い。現実は、夢よりもなほ儚(あは)い。空想こそ、永遠に消ゆることのない現実であつた。」

「「それが貴様の言葉か。」
 「親同胞(きやうだい)の厄介者の、恥さらしの気ちがひの、好い新聞種の、世間の物笑ひのいふ言葉です。」
 阿字子は、刃(やいば)のやうな冷たさで切るやうに云ひ放つた。」



「女獣心理」より:

「「私、いつでも、画布のレダの前に立つてはさう考へるの。これを描く時ソヤさんは動物園に通つて、ずつと鳥獣の生活を写してたつて、私、云つたでせう。あの人は、さうしてゐるうちに、だんだん人間が嫌ひになつて、獣の方がずつと好きになつて了つたつていふの。獣の方が人間なんぞより、よつぽどよつぽど獣ぢやないつて。」」

「「九曜さんは僕にこの手紙を渡しながら、『私のお題目は、「ただかういふ状態があるだけ、」といふの、誰が悪いんでもない、誰に責任があるのでもない。強(し)ひて責任を問へば、やつぱり私自身にあると云はなければならないから、それも責任の方で、勝手に後からくつついて来たのよ、運命とか、宿命とかいふ変な恰好(かつかう)をして。』と云ひました。」



「猫きち」より:

「多くもゐないが、近隣の人達は私のことをさう呼んでゐる。「猫きちがひ」

 猫になりたいなと、時々、思ふ。」



「神聖受胎」より:

「――お金の塊が云ふことを、理解しなければならない哲学を、私は持つてはゐないのよ――」



「山寺尋春」より:

「ここの水は、実に和(なごや)かだ。坊さんの説によると、こりやきつと裏山の墓地から、水晶のやうな死人の酸漿液(しやうえき)が滲出(しみで)て来るのだらうと。」


「灰色の扉」より:

「「ヌマさん。可哀さうな気ちがひ。」」

「「クノや、どうぞ、私が今帰つて行くのをごめんしてちやうだいよ。だけどね、私は人間の生活を見るのは、もう、厭(いや)なのよ。人間の生活を見るのは、どうしてもどうしても、私は厭なんだからね。」」

「「あなたは、こんな寂しいところに、唯一人で暮していらつしやるのですか。唯一人で。あなたは夜を恐れなさいませんか。」
 「夜を恐れるのですつて? 何故、私に夜が恐しいのでせう。私は人を恐れるのです。」」

「「さうです。誰もこの子のことは理解することはできません。きやうだいだといつても、それはむつかしいことです。妹は、私達の家族の中に一つの象徴として存在してゐるのです。」
 「私の国の娘達は、人を愛さない前に、人を恐れるなどといふやうなことは知りません。それともお妹さんは、かつては『愛した』ことがおありですか。」
 「妹は、『人間の恐るべき』を知つて、『人間の愛すべき』を、かつて知りません。」
 「驚くべきことです。どのやうな不幸がお妹さんを、そのやうにしてしまつたのでせう。」
 「不幸ですつて? おお、いいえ、あなたには、東洋の憂鬱とは、どのやうなものであるか、決してお解りになることはできません。」」

「「誰が、私を愛することができるのでせう。誰を、私が愛することができるのですか。私は、ほんとに憎らしい子なのです。」」

「クノよ。今日の美しいたそがれを見たか。
 私は、先刻(さつき)まで、戸外を歩いてゐた。私は和(やはら)かい夕靄(もや)が、だんだんと、次第に刺すやうな透徹した夜気に変つて行つてしまつたまで、永い散歩を続けてゐた。私は、非常に疲れて帰つて来た。私はすぐ、そこに、一瞬間前まで、私以外の何者かが、ゐたらしかつたことに気がついた。先刻、私は、暫(しばら)く横になりたい気持がしたから、となりの寝室に行つたのだ。見ると、仄(ほの)暗い中に、私の寝台の上が高まつてゐた。確かに、人が寝てゐた。私は、見なくても、それが誰であるかが解る。私なのだ。そこで、私は書斎に引き返して来て、肘(ひぢ)かけ椅子の中で暫く眠つた。」

「クノよ。人生のことが、どう変つて行くか私には、決して見当がつかない。結局、私は運命の恣ままに任して来た。そして、私がどうにか私の意志どほり曲げ得たと思つた運命が、やつぱり、運命自身の仕事だつたといふことを知つたのだ。これが、私の Doppelgängerin に、ほかならない。人生のことは、むつかしい。非常にむつかしいのだね。」



「寒い家」より:

「するとヌマは突然口を利いた。
 「奇蹟ででもなければ友情なんぞも。」」

「「その時門をはひつてね、庫裡のお玄関に立つて見てゐたら、奥の暗い襖(ふすま)が開いて、御本堂に通ふお廊下を、黄昏(たそがれ)の濃い中から誰だかがそろそろと摺り足で此方に来るのが見えたの。見えたんぢやないの、感じたの、何だかそんな気がしたの。沈んだ、その癖そんなに踏み応(ごた)へのあるやうには思はれない跫音(あしおと)がしてね、そしてヌマの眼の前を誰かがずうつと通つて行くのよ。(中略)そしてね、すぐ後姿になつたのを見たらば、女のやうな撫肩(なでがた)の上にぽくりとした首がのつかつてゐて、いくら歩つてもその首だけはちつとも動かないの。(中略)さうすると、そのうちやがて、どつちに行つたんだかその姿がいつの間にか消えて行つてしまつたの。あたりの暗いことつてない。それから御本堂の方でうら淋しい鉦(かね)の音が小さくひゞいて、堪らないほど憂鬱なお香の匂ひがそこいら一杯に泳ぎ出て来たの。(中略)すると、今開いた襖の中から浅葱染(あさぎぞめ)の着物を着たくりくりの丸坊主が出て来てね『ヌマさん、来たの。』
 つていふの。それがねお寺にはひつた時つきり会はなかつた弟なのよ。
 『お坊さん、こんにちは。』
 つて云つたら、
 『早く上りなさい、ヌマさん早く。』
 つてさう云ふもので、ヌマは不意に何か怖くなつて来て足を縮めて一つとびにお坊さんの足元にとび上つてしまつた。ヌマはその時さあつといふ夕暮の音をきいたの。昼が行つてしまつた足音なのね。お坊さんの頬が蒼白くぽかりと浮いて、ヌマと二人が突立つてゐるぐるりが真暗になつてしまつたのよ。まだ灯明(あかり)がつかなくて。
 ヌマはお坊さんがほんたうにヌマの弟だか若しかさうではないのだらうかと思つて考へ考へ、その顔の傍(そば)に眼の玉を押しつけてじつと眺めてゐて、そしてヌマはたづねたの。
 『お坊さんはここに立つてゐるのが、ほんたうに姉さんのヌマさんだといふことを、信じることが出来て?』
 そして、ヌマはね、自分でたづねてゐるうちに、いつの間にか自分で自分が何だかヌマではない、別の変なものだつて気がして来たの。
 ヌマは、寒くなつて突つ立つてた。足音がするの。沈んだ引きずるやうな足音がして、踵(かがと)で歩つて、先刻(さつき)の死人がとほりすぎて行くのよ。ちつとも此方には気がつかないやうにあんなに真正面に顔を合はしてゐながら、ずうつとね、そろりそろりと行つてしまつたの。
 『ヌマさん、見たかい。』
 『うん、うん。』
 『お師匠様だよ。』
 お坊さんが身動きしながらさう云つたの。」

「彼方の襖が一尺ほど茫(ぼうつ)と開いて、その奥の深い所に剃刀(かみそり)で挽(ひ)いたほどの光の条(すぢ)が一条もれて来るの。
 『あの板戸のあつちが御本堂だよ。ヌマさんお辞儀をしておいで。』
 とお坊さんがさう云つたから、ヌマはとつかは立つて行つた。お坊さんが後から随(つ)いて来るの。ヌマは板戸の引手を手探りにして開けて、胸と膝とがくつつきさうなほど小さくなつてくゞまつて覗(のぞ)いて見たの。羽目にくつついて御本堂は一ぱいにあるお厨子(づし)の一つ一つの前に幾十つてお蝋燭(らふそく)がともつてゐて、それが皆暗いの。変なの、蝋燭の光と光とが交錯したその点だけ、いくつもいくつもの蔭が御本堂一ぱいに重なり合つて出来てゐて、だから暗くつて、ヌマの眼の前や背中にだつてそんな蔭がこびりついてゐて、たつた、一寸四方のことだと思つてもどうしても何か見ることの出来ない真暗な空間がぷかぷかと浮いてゐるのよ。ねえ、そしてそれが何か形体のない変なものの生命で一ぱいに充ちてゐるの。
 『ヌマさん、こつちいおいで。』
 お坊さんは先に立つてお灯明に照らし出された沢山のお厨子の中の仏像を、一つ一つ案内をして呉れるの。ヌマは一つ一つ覗いて歩つた。
 『皆、生きてる、皆生きてるんだね。』
 『さうさ。』
 と、お坊さんが答へるのよ。
 『生きてるんだとも。』
 『ねえ、この真暗な空間にぷかぷかしてゐる変なものをお坊さんは感じることが出来て。え、これは何だらう。形体の外に拡がつた諸仏の霊魂なのだらうか。』
 『さうだよ、ヌマさん。』」

「「ヌマよ、ねえ、すばらしい夢のお話だつたこと。」
 ヌマの細い指が私の手の下で激しく屈伸した。
 「いいえ。ヌマはそんな夢を見はしない。夢ではないの。ヌマはほんとのお話をしてゐるのよ。」」

「「いいえ、ヌマはそんなことを罪だとも見なさないの。だから罪はそれを罪だと観じる者にばかし罪であり得、冥罰が下るんではないのかと思ふの、罪の意識が罰を作るのだつて、ええ?」」



「往来」より:

「旅子はいつも朝寝で、いつ眼をさますのだか私どもは少しも知らない。毎日午後になると、お向ひの唯一人きりゐる小さい家の中から出て来て、うちの食堂で私の家族と一緒に御飯を食べた。そんな時、旅子は時のままに、小さい家の窓からぴよんと出て来たり縁側から下りて来たり、はだしの泥足で来て湯殿でざぶざぶと水音を立てて足を濯(すす)ぎ、帰る時、私の下駄をその狭い小さい足にがたがたと履いて行つた。」

「旅子は東京に行くと云つて、その郊外の赤い屋根の下を出て行つたきり、二晩といふもの帰つて来なかつた。」

「夕方近く、恰度(ちやうど)、私が見に行つてゐた時、旅子は借りて来たばくばくの蝙蝠傘(かうもりがさ)をさして帰つて来た。どうしたのか可哀さうに、蒼ざめて疲れた顔をしてゐた。(中略)私は旅子が、少し病気なのだらうと思つた。」

「旅子は、(中略)殆んど聞きとれない程の声で呟(つぶや)いた。
 「何だつてこんなに雨が降るんだらう。」
 つと空を仰いだ。独りごとを云つてゐたのだ。その言葉の調子が私を非常に憂鬱にした。突然、旅子は、ついと家の中にはひつてしまつた。旅子は、激しい動作でそこの肘掛(ひぢかけ)椅子の中に身を落し乍ら、もう一度低い声で全く変てこなことを呟いた。
 「誰もゐない。」」

「私達は窓を開き、夕暮が殆んど夜の暗黒に変つて行かうとする有様を眺めた。細い雨の形はやうやく見えなくなり、時々、光る針束を解くやうに、窓をきつて灯明(あかり)の前を斜めに地に落ちてゆくものの姿があつた。逢魔(あふま)が時といふ暗鬱極まる、どうしても有毒なものであるとしか思はれない、さういふ時刻の、神秘な大気――或る一種の瘴気(しやうき)かも知れない――はひしひしと私どもを押し包んだ。旅子は残らずの神経を前額に集めた暗い硬(こは)ばつた顔を両の掌(て)に押しつけて、臂(ひぢ)を膝の上に立ててゐた。一方の足は絶えず爪先(つまさき)で以て小刻みに足踏をしてゐるのだつた。
 「厭(いや)な時刻。」
 と低い声で話しかけたが、ふと身の毛がよだつと云ふ風に、うすい肩をそくりとゆすつた。」
「「彼の世との交通が始まる。こんな時ね、突然一人の子供が、見えなくなつてしまふといふことが、有り得るなんて、そんな考へを持つことはないの。」
 私はためらつて、そして何と云つたのかときゝ返した。
 「通り魔よ。子供をね、この世からあの世へすいと連れて行つてしまふ。」」

「「お昼頃、出たのだけれど、もうその時は、夕方近くで、私達は十分疲れてゐたのです。その日は朝からそんな風に灰色の日だつたの。昼間だか夕暮だかわからない。雨の勢はそんなに強くはないんだけれど、細い雨がまつつぐに落ちて来て、地軸の底にまで浸みとほつて行かうとでもしてゐるやうに、しつつこく降つてゐてやまないのでしよ。公園下のあの道をお化けのやうな黒い大きい蝙蝠傘の下で、のろのろと歩いて散歩してゐたの。振り返るとね、私のお友達である小さい子供は都会の雑沓(ざつたう)の真中の筈なのに、そのぐるりにだけ、ぽかんと人足の絶えた空間を置いて、そんな中を、お家を出る時、母さんのきれいな手で、さうして下すつた儘(まま)の、雨外套(あまぐわいたう)の頭巾(づきん)を、眉の上にまで引き下げて冠つて、木で拵(こしら)へた鉄砲を肩に載つけてね、初めからの歩調を少しも変へないで、ぼつりと小さく、どんなにか小さく歩つて来るのが見えるでしよ。(中略)子供は歌を歌つたの。『こゝはお国を何百里』つてね。
 この古い昔の軍歌は、子供がそれを歌つた時、まるつきり調子が外(はづ)れてゐて、何か一種の物寂しい気持を、私の心の中に呼び起して来るのです。(中略)何所(どこ)に行くのだか、子供はたつた一人で、公園下の広小路を、まつつぐに歩いて行くの。突然何の連絡もなく、『思へば悲し、昨日まで。』つて。
 それからね、
 『死んだら骨を頼むぞよ、死んだら骨を頼むぞよ。』
 と二度繰り帰して歌ふのよ。歌詞がまちがつてゐる。(中略)これは子供の歌ふ歌でせうか。その時、この歌は子供の心から私の心に、一種の、何か一種の意味を伝へたのだと、私には思はれたことでした。私はとび上つて、たつた三足で、小さいお友達の傍(そば)に追つついて、いきなりその手を取らうとすると、子供は、(中略)私の手をぷつりと振り切つて、たゞの一度も私の顔をば見ないで、何所(どこ)だか一心に凝視(みつ)めて、やつとこ、やつとこ、行くではないの。高い所に見える公園の森が暗いの。森の中から古風な感じのする入相(いりあひ)の鐘が響いて来ました。それが何か思ひ出を持つて来る。何か思ひ出を持つて来るのです。さうして朝から雨を落してゐる雲の形は、少しも動かないで、あの厚い灰色の彼方(むかふ)側で、そろりそろりと日が暮れて行くのでせう。今に真暗になる。(中略)子供は何処(どこ)に行かうとしてゐるのでせう。(中略)気がつくと轟(がう)と音がして市街の上層を高架電車が通りすぎたの。急に、あれに乗つて早く帰つてしまはうと、さう思うふと私は、いきなり小さいお友達を、雨外套の上から羽掻(はがひ)じめに、確(しつか)りと小脇に抱へて、そこの停車駅の階段を、馳け上つてしまつたの。電車に乗ると、可なりの人立ちで誰の顔にも疲労の暗い色が、漂つてゐるのを私は、見たのです。(中略)するとね、突然、私の小さいお友達が、わあつて泣き出したのです。人が居るつていふの。『人が居るからいやだ。人が居るからいやだ。わあ、わあ、わあ。』つて。子供の眼からは涙が、とめどなく流れ出ました。(中略)子供は、体中の涙を流してしまふのかもわからない。可哀さうな小さいお友達さん。『人が居るからいやだ。』なんて、この純潔な幼い心臓は、この世に出て来て、まだいくらも経つてゐないのに、もう沢山の傷を背負つたもののやうに、人を厭(いと)ふことを知つてゐるのだらうか。この大きいお友達の心臓は、傷だらけです。ほら、傷だらけです。私の心は云ひ難い憂鬱で、重苦しくなつてしまつたの。何かぐんぐんと、凡(あら)ゆるものが私の中に、甦(よみがへ)つて来るのを感じたのです。あゝ厭人(ミザントロープ)、厭人(ミザントロープ)。」」

「「あの、すつかり夜にはなりきらない、それでゐて人顔の見分けもつかない、云ひやうのない変な怪しい時刻でした、逢魔が時つていふ。魂が往来するんでせう。」」

「「この世が厭やだなんて、お墓の中にはひるんだなんて云ふんです。」」

「物を云つて、どのやうな変な返答を受けるかもわかつたことではありはしない。その上、灯明(あかり)の真下に行くまでは、決してその顔も見ようとは思はなかつた。小さいお友達が、思ひ出しては繰り返す言葉の語尾が細く悲しさうに消えて行く時、私はいくど子供の手を握りしめ握りしめ、その存在を確めようとしたかも知れないのです。大きい榎(えのき)の下を通りました。その下ばかしはあれほどの長い時間の雨だのに、少しも濡れてゐないで白く茫と隈どられてゐるのが、何と妖怪(えうくわい)じみた意味でせう。どこかで木戸の開く音がぎいつと軋(きし)つたのだといふ気がしたり、もうおうちはそこだと思つて、けれども何故(なぜ)か夜どほし歩いても、たうてい帰りつきはしないだらうといふ覚束ない気もしたのです。この小さい子供は五歳(いつつ)でした。この世に現はれて来てたつた五年にしかならない、ほんのつい此間まで、前の世の神秘と不可思議との中に住んで、遊離してゐた霊魂だつたのでせう。が、十五年、廿年と経つて、この世に醜い執着ができ、私達大人の心には、このやうにして前の世の記憶は、消え果ててしまふでせう。子供には、まだ前の世のたのしかつた記憶が、その心に生きて残つてゐるのかもしれない。そのやうにして子供の生命が、何か不可思議極まるこの世ならぬものの意味を、私の心に想像させるのでした。この子供はほんとにこの世よりも、まだ前の世が恋しいのかも知れないのだ、と。この世に執着ができない間に、早く、前の好い世に、あと戻りをしたがつてゐるのだらう、子供の眼は大人に見ることのならない神秘をも見とほしその耳は、あの世の声をもきくのでせう。」



「黄昏の花」より:

「(え、躾(しつけ)だつて? 私は今でも、お父様がお使ひになつたこの不思議な言葉を冷笑を以つて信じない。)」


「月影」より:

「由来、さもさも重荷を背負つてゐるかのやうに、ヌマはしばしば、激しい厭人(えんじん)や厭世の念を極めて抽象的な言葉でもつて、日頃私に向つて洩らしてゐた。ヌマにとつて、生は、唯、実に「懶(ものう)さ」にほかならないものであるかのやうに見えるのだ。」


「ヌマ叔母さん」より:

「ヌマにはさういふ言葉で語られる世間話といふのが少しも理解できなかつた。」


「曼珠沙華の」より:

「何故(なぜ)この時この人を気ちがひだと思つたのだらう。――飴屋の男女の方をむしろ気狂ひだと思つた方がよかつた――雨に洗はれた並木の梢(こずゑ)の青い反射で、顔も手も着物も跣足の爪先(つまさき)まで真青で。この人が自分で私に“私は気ちがひだ”つて云つたんだ。
 「私、気がちがふまで落ちつかなかつたんです、気がちがつたらやつと安心した。」
 と、この人は云ふのだ。」

「気ちがひつて何だらう。誰も知らない、誰にも解るものか。」

「人間が、自分の中にある変な壁を衝き破つたり、着てゐる着物を脱ぎたくなつたりすると気ちがひになるらしい。」

「唯、気ちがひだけ、気ちがひだけが、この天の至福を享(う)けるんです。(中略)気ちがひは、常人から何を減じたら、気ちがひになるんですか。現実の感情ですか。そんなもの、何の役に立つんです。みんな、振り棄てたい振り棄てたいと思つてるんぢやありませんか。(中略)気ちがひは、抑圧された穢(きたな)いものを少しも持ちません。(中略)気ちがひの世界では、願望と行動が同時なのです。赤い巾(きれ)を髪に結(いは)へたい。だから結へてゐる。格子を破つて出て行きたい、と思ふか思はない間に、もう出て居るんです。」

「あなた、世間には節操がありません。一すぢに思ひ込む、正直なものは気ちがひばかりです。(中略)つまり、かう、世間といふものはないも同然なのですよ。どんなことにも絶対に責任は持ちませんからね。」

「私は茫然として立つてゐる。歩く時は、倒立(さかだ)ちをするか、四ん這ひになるかしなければ、何も彼もが錯覚を起しさうになる。この感覚は、概(おほむ)ね、今日の日常生活に連続してゐるのである。皆が、倒立ちしたり四ん這ひになつて歩く時が来たら、私は、二本の脚で真直ぐに立つて歩いて行くつもりだ。」



「緑年」より:

「阿字子がどうなるんだか、私は知らない。」

「誰一人、親子なんてことを真剣に考へて苦しんでゐる阿字子の気持は解らない。理解できないといふのは、大人と子供のちがひだからといふんぢやない、個人への理解だ。阿字子が解らないのだ。大人がもう一度、子供になつたからと云つて、お母さんに阿字子が解るんぢやない。お母さんが、阿字子そのものにならない限り、阿字子が解りつこはありやしないんだ。
 親子? 親子! さう、それも一つの観念だ。人間が、自分で創造しない、生れて出るよりも前にちやんと設定されてゐる観念に、引きずりまはされ、支配されるものだといふ約束を、お母さんのおなかの中からして来たのぢやない。私のこと、母親でもない癖につて云ひたいんだらう? さうよ。私は子供さ、永久に子供である私は、より年若い、幼い子供達が直感するところを、私が代弁して、べらべらまくし立ててゐるのよ。誰が生んで下さいつて云つた? さあお母さん、あなたが親子のモラルを新しく創造すればいいのだ。」




◆本書「参考資料」より◆


「時感二三」(神近市子)より:

「私共はよくミヅといふ一人の変つた婦人の噂を聞いたものでした。その婦人は京都の同志社の生徒さんだといふことでしたが、余程変つた生活の習慣を持つてゐる人らしく、浴衣の着ながしに靴ばきで、石蕗の葉に野で摘んだ野生の花束をつけたものを頭髪に飾つて歩いてゐるといふ話を、寓話の中の王女の話を聞くやうな気持で聞いてゐたものでした。」
「しかし間もなくその婦人は上京して来ました。そして一日、私共は辻潤氏と連れ立つたこの人の訪問をうけました。
 その日は他にも来客があつて、私は直接その婦人とは何にも話が出来ませんでした。食事でも一緒にしたいと考えてゐるうちに、その人は突然用事を云ひ立てゝ辻氏を後に残して置いて自分だけ帰つて行かれました。ほんの一時間そこらの印象ではありましたが、私はその人が前に聞いてゐたやうな風変りな新しがり丈けとも違つた一面人に親しめない、人に同化することの出来ない強い個性の持主であることを感じました。」




◆本書栞より◆


「「山梔」の一読者として」(森銑三)より:

「最後の所で、阿字子は庭草履を履いたまゝで表へ出て、海岸へ行く。阿字子は行き詰つてゐるのであり、そのまゝ海に入つて自殺するのではないかと、読者ははらはらさせられる。小説はたゞそれまでで打切られてしまふのであるが、いつだつたか私は作者の野溝さんに向つて、阿字子はあのまゝ死んでしまふのですか、と聞いてみたことがある。野溝さんは平然として、死にはしません、こゝにかうして生きてゐます、といはれた。」



この本をよんだ子どもは、こんな本もよんでいます:
レオノーラ・カリントン 『耳らっぱ』 (嶋岡晨 訳/妖精文庫)













































































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野溝七生子 『眉輪』

「思ひ出といふものは、そのやうなものではなくって? その中では、いつも私達は子供でゐるんですもの。」
(野溝七生子 『眉輪』 より)


野溝七生子 
『眉輪』


展望社 
平成12年2月12日初版第1刷発行
333p 編集附記・著者紹介1p 
四六判 丸背布装上製本 貼函 
定価3,200円+税



本書「編集附記」:

「本書は、著者自筆の原稿に依り、表記は旧仮名遣、新字体とし、なおその際、明らかなる誤字の類は訂正した。」


野溝七生子 眉輪


帯文:

「起稿七十余年、著者畢生の歴史小説、待望の刊行」


「MARC」データベースより:

「仁徳天皇の皇子・大草香皇子の子、眉輪王を中心に、古代の人々が至上の愛の調べ、醜悪な欲望の不協和音、血なまぐさい殺戮、覚めることのない夢幻の世界を繰り広げる。大正14年に執筆された歴史長編を初の単行本化。」


目次:
 
眉輪
 序の詞
 押木之玉縵
 邂逅。別れ
 ちまたの塵
 朝倉の宮
 葛城、日下
 石上にて
 廃墟
 地軸に触った手――異説ハムレツト――
 はらから
 あらし
 百尺の塵
 帰去来
 銘
 蚊屋野
 こしかた

奇蹟の書「眉輪」 (久世光彦)




◆本書より◆

「もう、さうなのだ。みどりの揺籃の中からすでにその額には、凶悪な宿世の星の光芒凄じく、きらきらと象嵌されてゐたのだ。今生のこの王の子は先の世如何なる者なりし。この者が時代の覇者となれば、彼の天才はその一世を黒雲の暗黒に蔽ってしまふであらう。――作者はここではこの天才といふ言葉を Genie の意語と解する、天資、稟質、性格などといふ――
私の友よ、わが竪琴に聴くか、これは千古の伝説に残る私達の遠い祖先の物語。」




◆感想◆

本書は、古事記にでてくる目弱王(まよわおう)の記述をもとに、ラファエル前派あるいはベルギー象徴派ふうの歴史絵巻に仕立て上げています。「眉輪」というのは日本書紀の表記ですが、たぶんそっちのほうがかっこいいから「眉輪」にしたのでしょうが、「目弱」という名前は、生きたまま穴に埋められた白日子王の目玉が飛び出したというエピソードや、目弱王をかくまった「ツブラオミ」の名前とも微妙に交感しあっていて説話的には捨てがたいです。本書は格調高い悲劇ですが、しかしわたしとしてはチュツオーラやマルケスのような魔術的リアリズムで小説化してほしいところです。



こちらもご参照下さい:

西郷信綱 『古事記注釈 第四巻』








































矢川澄子 『野溝七生子というひと』

「尾崎さんもなァちゃんも、資質こそちがえ、世が世ならば少女漫画家として大いに名をなしていたかもしれない、などといったら、明治生まれのあなた方はどんな顔をなさるでしょうか。」
(矢川澄子 『野溝七生子というひと』 より)


矢川澄子 
『野溝七生子というひと
― 散けし団欒』


晶文社 
1990年1月20日発行
214p(うち別丁モノクロ図版8p) 
20×15.8cm 角背紙装上製本 
本体半透明紙カバー 貼函 
定価2,500円(本体2,427円)
ブックデザイン: 平野甲賀



本書は著者から今は亡き「なァちゃん」(野溝七生子)に宛てた手紙の体裁で書かれた書簡体評伝です。野溝七生子はじぶんのことを「なァちゃん」とよんでいたそうです。
野溝七生子は著者の伯母さんの友だちだったので、子どものころから知っていたそうです。サブタイトルの「散けし団欒(あらけしまどい)」は森鴎外訳『ファウスト』からの引用です。野溝七生子は鴎外訳『ファウスト』研究者でした。
著者の文体は個人的には居心地がわるいので苦手ですが、著者宛の野溝七生子の手紙が引用されていて興味深かったです。

初出: 「L'E」 1987年7月~12月/「par AVION」 1988年4月~10月


矢川澄子 野溝七生子というひと 01


帯文:

「伝説を生きた女
野溝七生子――
幻の処女作
『山梔(くちなし)』の作家。
辻潤をはじめ
男たちの
永遠の恋人。
不思議なえにしで
結ばれた詩人が、
知られざる真実を
愛情をこめて証す。」



目次:

マズハ鎮魂ノタメニ
孝行の経済学
光ト、闇ト。
“と”の効用について
NOW OR NEVER! もしくは別れの美学
救われない子供たち

詩と真実
内なる家
失われた兄たち
短歌とラグビー
新風のゆくえ
ある結婚否定論の結末

散けし団欒

野溝七生子・鎌田敬止略年譜
あとがき



矢川澄子 野溝七生子というひと 02



◆本書より◆


「マズハ鎮魂ノタメニ」より:

「なァちゃん、いかが。死はやはりある種の人びとにとっては究極の解放なのでしょうね。――S園の子供たちのお葬式って、美しいのよと、いつぞや姉が語ってくれたのを思い出します。おぼえていらっしゃるかしら、姉のところにも心身障害の娘があって、なァちゃんも昔、抱いて、涙して下さったのを。その子のお世話になっている施設の話ですけれど、ふだんから重症の麻痺や障害を背負い込まされ、生きているかぎりぎくしゃくと、引き攣れゆがんだ表情しか示せなかった子供たちが、さいごに横たわったときにはじめてあらゆる見苦しさから解き放たれて、これをかぎりの安らかな愛くるしい素顔を見せてくれるのですって。」

「矢川澄子様
                     こぞの古巣にて  七生子
 一字でも 一句でも書かなければ今日こそはここを動きません いつもお電話では自分のことを先に云つてしまふので あなたのご本のこと つひそのあとからでは申し上げにくくて 驚いたのなんのつて 今言あり古言あり 語彙ゆたかにして活殺自在 なァちゃん死んぢやつてもいいの 云つてらつしやることが怖いのよ だつてわたしは子供でしよ 子供がそのままぷうと大きくなつて八十歳 つひに神秘的自然変性なし どうやら澄ちやんは半母さんらしい そりや女の属性だからさういふものの萌芽はあるとしても ともかくもおつかないよう
 今日はともかくも白鳥を追つかけて 古事記の世界からアイスランドまでどうしても行かなくちやならなくて 山積みのごみと本との中に頑張つて(あつ こんな言葉はかつて使つたこともなかつたのに これ誰かの影響よ 情けないなァ もう子供つてぢきまねするのね)日がな一日かかつてやつと退治て わたしの椅子(少し足ががたがたしてるの)足? 脚? にやつと腰かけることができたの 今日はこれだけよ 今九時半(夜)ファウストの書斎ぢやないからメフィストフェレスは出てこない 彼はラァメンをたべてお風呂に行くつて出て行つちやつた
                     これ第一日なり
 ゆふべ夜更かししたら今朝眠し それでも本をぢき取り上げて読み出す 右脚坐骨神経痛道々びつこ引きながら またしても本の入つた袋をぶらさげて嶺町のわが家に向かふ
                     これ第二日なり
 あなたからいただいた御本に わたくしの名前を書いて小さい栞を添へて下さいましたね あれね 御本の中程に置きつ放しにしてしまつて わたしだけとつととつとと行つてしまひました 静かな終末まで あなたは彼方の岸壁に咲く 矢張り花ぢやないな 静かなお母様で わたくしはいつまでも騒がしい子供ね 今から白鳥を追かけて行かなくちや さう思つただけで胃が痛くなつて来た ここは静かです 十分おき位に池上電車が通るんですが その物音さへ静かなんですね
   かつてみそらの栄を忘じたる科によりて、
   永く負はされたる白妙の苦悶より白鳥の
   頸は脱れつべし、地、その翼を放たじ。
                     ステファンヌ・マラルメ
 何故さう白鳥を追つかけまはしてゐるのかつて それ古事記の時代からなんです 何故亜細亜では日本だけ白鳥がゐるんですか
                     これ第三日なり
 もうあと二日たたなければ 白鳥は生まれないんですつて
                     十月二十六日」




◆感想◆


著者は生き方の理想像を野溝七生子に求めていたようですが、晩年に野溝七生子が「精神の衰弱の現れ」「老化現象」から知人の悪口を言ったり、被害妄想で疑心暗鬼になったりするのをみて、裏切られたように感じたのでしょう。「さいごまで(中略)毅然とした淑女であってほしかった」つまり、かっこいいままで死んでほしかったのに、最後に理想の人のみっともない姿をみせられて、それがじぶんの将来への不安に繋がってしまったようです。
誰からも尊敬される立派な大人である伯母さん(小池元子)と、「自立」した永遠の少女である作家・野溝七生子とのあいだで、どっちにもなりたいけれど、どっちにもなれずにいる著者は、「老化現象」でワガママになってしまった野溝七生子を子ども扱いして、お母さんぶったりしていますが、そもそも、お母さんというものは、お母さんぶったりはしないものです。著者は、友だちの子どもの相手をして、「ふだんは一人居になれているわたしが小さいひとの相手でくたびれるのではないかと、気遣ってくれるひとも多いのですけど、どうして、それが案外へいちゃらで、こうした生活の変化をむしろ積極的にたのしんでもいたのです。タフねえ、と感心されることもありますが、これはただわたし自身が上にも下にも姉妹のいるなかで、ある程度にぎやかなのを当りまえとして育ってきたせいかもしれません。」なんて自慢していますが、「もちろん、そうしたなかで子供心のひそかにもとめていたものは、静かな一人っ子の境遇であり、いなむしろ自分を含めて節度と理解ある人びと、すなわち大人ばかりの世界であって、わからずやの子供たちとのおつきあいはもうまっぴら、という気持ちがつよかったのです。」とも書いています。そして「なァちゃんだってそうでしょう。やはり中っ子という境遇のなかで、潜在的に逃避を求める心が芽生え、ひいては長じてからの結婚観家庭観にまで知らず知らず影響を及ぼしていったのではありませんか。」と、続くのですが、しかしながら、それは境遇のせいではなくて、うまれつきです。著者にはアウトサイダー(というのは、うまれつきふつうの人とはちがう人という意味です)としての自覚が足りなかったのではないでしょうか。うまれつきのものは変えようがないので、それなりに覚悟するしかないですが、境遇のせいにしてしまうと、「変えられるのではないか」とか、最悪の場合には「変えられたのではないか」とか考えてしまうので、よくないです。そもそもアウトサイダーなんだから、見苦しかろうが、誰からも尊敬されなかろうが、かまうことではないです。
著者は大人の配慮をしたつもりでイニシャルトークしたり、「瀬戸内晴美」の名も「澁澤龍彦」の名も出さずにあいまいな書き方をするから、事情を知らない者にはよくわからない文章になっています。しかも、瀬戸内晴美は「A女史」のはずだったのに、筆が滑ったのか、同じページで「S女史の無礼にたいする激昂のあまり」云々(p. 110)と書いてしまって、それが校正されずにそのままになっていたりします。「わたしのさしあたってのねがいは、野溝七生子というひとの、どこまでも正確な似姿をきざみあげることです」とあるものの、書簡体のおしゃべり口調とか、自分のことを「I」(たぶん一人称のアイ)と書いて客観化したつもりになるようなポーズはやめて、「瀬戸内晴美」なら「瀬戸内晴美」と書き、「澁澤龍彦」なら「澁澤龍彦」と書く、それをしないで「どこまでも正確な似姿」など書けるはずがないです。書き方次第ではすばらしい本になっていたはずなので残念です。




こちらもご参照下さい:

種村季弘 『雨の日はソファで散歩』









































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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