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『マグリット展』 (国立新美術館 2015年)

『マグリット展』 
René Magritte


編集: 国立新美術館/読売新聞東京本社事業局文化事業部
制作: 名塚雅絵/廣瀬歩
発行: 読売新聞東京本社
2015年
302p
29.6×24.2cm
角背紙装上製本
デザイン: 川添英昭


2015年3月25日(水)―6月29日(月)
国立新美術館
主催: 国立新美術館、ベルギー王立美術館、読売新聞社、TBS



出品作品図版131点。資料図版55点。部分拡大図14点、その他作品図版1点。マグリット肖像写真1点。
本文中参考図版34点、年譜に写真図版20点。
ミシェル・ドラゲの文章は原文はフランス語ですが、邦訳と英訳のみで原文は掲載されていません。邦訳はたいへんよみにくいです。


マグリット展 2015 01


マグリット展 2015 02


内容:

ごあいさつ (主催者)
Foreword (The Orgaizers)
日出ずる地のマグリット (チャーリー・エルスコヴィッチ マグリット財団代表)
Magritte in the Land of the Rising Sun (Charly Herscovici)
謝辞 Acknowledgments

序文 (ミシェル・ドラゲ)
マグリットと精神分析 (ミシェル・ドラゲ/長谷川晶子 訳)
マグリット、あるいは問題の芸術 (ミシェル・ドラゲ/長谷川晶子 訳)
年譜 1898-1967 (編: クロード・ゴールマンス/山口詩織 訳)

Catalogue (章解説: ミシェル・ドラゲ/長谷川晶子 邦訳/ディーク・ドゥシンベル 英訳、作品解説: 南雄介/瀧上華/岩﨑美千子)
Ⅰ 初期作品 Early Works, 1920-26
Ⅱ シュルレアリスム Surrealism, 1926-30
Ⅲ 最初の達成 The First Accomplishment, 1930-39
Ⅳ 戦時と戦後 War and Post War, 1939-48
Ⅴ 回帰 The Return, 1948-67

ルネ・マグリットとマルセル・デュシャン (南雄介)
ルネ・マグリット――「昼」と「夜」にいるマグリット (尾﨑眞人)
ショーウインドウとしての絵画 (瀧上華)

Introduction (Michel Draguet)
Magritte and Psychoanalysis (Michel Draguet/Translated from the French by Deke Dusinberre)
Magritte, or, The Art of Problems (Michel Draguet/Translated from the French by Deke Dusinberre)
René Magritte and Marcel Duchamp (Yusuke Minami/Translated by Cheryl Silverman)
The Night and Day of René Magritte (Masato Ozaki/Translated by Stanly N. Anderson)
Magritte Painting as Show Window (Hana Takigami/Translated by Cheryl Silverman)

主要参考文献 (岩﨑美千子 編)
索引 Index



マグリット展 2015 06



◆本書より◆


「マグリット、あるいは問題の芸術」(ミシェル・ドラゲ)より:

「こうしてマグリットはある探求に身を投じることになった。ロンドン・ギャラリーで開催された「若きベルギーの芸術家たち」展にあわせて、1937年2月ロンドンの講演のなかでこの探求を素描している。

 1936年のある日の夜、私は鳥がなかで眠っている鳥かごの置かれた部屋で目を覚ましました。とんでもない誤認をして、鳥かごのなかに、消え失せた鳥の代わりに卵を目にしたのです。ここで私は驚くべき詩の新たな秘密を手にしました。というのも、以前は奇妙なもの同士の出会いによって衝撃を受けたものですが、私がおぼえた衝撃は、鳥かごと卵の親和性によってまさに引き起こされたものだからです。
 この時から私は、鳥かご以外のものが、固有のあらかじめ定められた要素を明らかにすることで、卵と鳥かごが結びついて引き起こせたのと同じくらい明白な詩を私に開示してくれることを探し求めるようになりました。

マグリットは、その後生涯を通じて続けることになる方法をここから引き出した。」

「卵の問題と並行して、マグリットは第2番目の「問題」に取り組んだ。1932年には《予期せぬ答》(中略)へと結実する扉の問題である。(中略)数年後、「生命線」試論において、マグリットは「解決された」問題のカタログを作成した。「扉の問題は、人が通り抜けられる穴を与えました。私は《予期せぬ答》において、部屋のなかに閉められた扉を提示しました。扉のなかでは、不定形の穴が夜を開示しています」。窓の問題は、1933年に《人間の条件》(中略)のなかで解決されている。「窓の問題が《人間の条件》を生み出しました。この絵画の上に表された木は、その後ろ、部屋の外に位置する木を隠していました。見る者にとって、木は絵画の上、部屋のなかにあると同時に、思考の上では、実際の風景のなか、部屋の外にあったのです。私たちはこのようにして世界を眺めます。私たち自身の外にあるものとしてみると同時に、われわれの内には世界の表象しかもたないのです」。」



マグリット展 2015 03


「狂気について瞑想する人物」。


作品解説より:

「《狂気について瞑想する人物》は、近年行われたX線調査によって右側にも別の男の姿が描かれていたことが判明した。マグリットははじめ、右側の男が左側の男の顔を覗き込むように描いていたが、その後右の男の姿を塗りつぶして消したため、最終的にはテーブルの上の何もない空間をじっと見つめる左側の男の姿のみが画面上には現れている。」


マグリット展 2015 04


「ある聖人の回想」。

























































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ヤン・シュヴァンクマイエル 『シュヴァンクマイエルの世界』

「私は神を信じているのだろうか? 教会が証明するような意味では、確実にちがう。だが、人間の運命が明確に決められているということは信じている。私たちがたえず「不正操作」されていると確信している、星に、遺伝に、自分の押し止められた願望に、社会に、社会による教育に、広告に、あらゆる種類の抑圧に。この「不正操作」に反抗しなければならない。創作行為によって、魔術によって、反乱によって。」
(ヤン・シュヴァンクマイエル 「『ファウスト』撮影日誌」 より)


ヤン・シュヴァンクマイエル 
『シュヴァンクマイエルの世界』

編集・翻訳: 赤塚若樹
図版構成: くまがいマキ

国書刊行会 
1999年12月10日 初版第1刷発行
223p xx 
菊判 角背紙装上製本 カバー
定価3,000円+税
造本装丁: 山田英春



本文中図版(カラー/モノクロ)多数。


シュヴァンクマイエルの世界 01


目次:

1. 不正操作または世界の悪意
 『ファウスト』撮影日誌

2. すべては人形からはじまる
 ドン・ファンの死、葬儀、そして発掘
 人形劇を賛美する
 ファウストの教え
 
3. シュヴァンクマイエルとの対話
 ヤン・シュヴァンクマイエルとのインタヴュー
 いくつかの対話
 アンケートとインタヴューから
 
4. 博物誌、錬金術
 フェラケウス・オイディプス
 夢日記
 物の魔術
 
5. 触覚と想像力
 触覚の想像力
 倒錯する五感
 手ぶりの彫刻
 触れることのできる豊かさ
 経済的な自殺
 地下室にて
 薄められた手触り
 『アッシャー家の崩壊』について
 触覚のコラージュ
 恐怖の形態論
 精神構造にかんするアンケートへの回答
 触覚の日記より
 触覚について
 絵
 空虚
 触覚の持ち場にて
 閨房哲学Ⅱ
 
6. リアルな妄想、グロテスクな夢
 悦楽共犯者
 芸術作品と道徳の関係について
 シュヴァンクマイエル舞台挨拶
 
ヤン・シュヴァンクマイエル年譜
フィルモグラフィー
ヴィデオグラフィー
造詣作品原題一覧
テクスト出典一覧



シュヴァンクマイエルの世界 03



◆本書より◆


「『ファウスト』撮影日誌」より:

「ひとはみな反復できない個人だ。だから、本当の創作行為もすべて反復できず、したがっていつでも新しい。(中略)個人的な経験がいつでもオリジナルな形式を必要としているのだ。すべてが出尽くしているというポストモダンのたわごとは、精神の退廃を証明している。」

「ウォルト・ディズニーが属しているのは、すべてを取り込む堕落したポップカルチャーを創始した時代であり、このポップカルチャーが「第三次世界大戦」の勝者の文化として、征服された世界全体に氾濫している。」

「私は神を信じているのだろうか? 教会が証明するような意味では、確実にちがう。だが、人間の運命が明確に決められているということは信じている。私たちがたえず「不正操作」されていると確信している、星に、遺伝に、自分の押し止められた願望に、社会に、社会による教育に、広告に、あらゆる種類の抑圧に。この「不正操作」に反抗しなければならない。創作行為によって、魔術によって、反乱によって。この反乱は自由への道だ。だが、自由はそれ自体で存在しておらず、存在しているのは、自由を目指す解放だけなのだ。しかし、この解放によって私たちが悲劇的な運命から逃れられるわけではない。悲劇的な運命を筋の通ったものにしてくれるだけでしかない。そして、生が十全で楽しいものに、なによりも意味のあるものになる。」



「人形劇を賛美する」より:

「人形は、私の精神構造にしっかり組み込まれているので、まわりの世界とかかわるときに拠り所となる何かに立ち返るように、創作活動においてはいつも人形に立ち返っている。ふつうは何か危険にさらされたときに人形に助けをもとめている。つまり私は、現実の破壊から私を守ってくれるゴーレムをつくっているということだ。」


「ヤン・シュヴァンクマイエルとのインタヴュー」(ピーター・ヘイムズ)より:

「夢は引き延ばされた幼年時代です。私にとって夢はまちがいなくメッセージであり、おそらく予言であり、ときには謎や分析の対象でもあります。」

「観客が豊かな想像力によって生みだされる作品の潜在内容を解説してもよいのは、ただ、自分の精神構造のなかに組み込まれている連想、類推(アナロジー)によってのみであって、そのときはじめて内的-主観的意思伝達が、創作者と観客のあいだで機能しうるのです。」

「ファウストは、個人と文明がともにみずからをみいだす、基本的な構造的ないしは原型的状況のひとつだと思っています。遅かれ早かれ、誰もが同じジレンマ――制度化された「幸福」への漠然とした望みを胸に(中略)人生を生きていくか、あるいは、結果はどうであれ、反乱を起こし、文明から遠ざかる道を歩むかというジレンマ――に直面します。第二の道が行き着くのはつねに個人的な失敗ですが、最初の道のほうは人類全体の失敗に行き着きます。」



シュヴァンクマイエルの世界 02


「移動式自動自慰機械」。




























































































千葉文夫 『ファントマ幻想 ― 30年代パリのメディアと芸術家たち』

「わたしは犯罪だ。わたしは夜だ。わたしには顔がない。人に見せるべき顔はない。なぜなら夜は、そして犯罪は顔をもたないからだ。」
(ファントマ)


千葉文夫 
『ファントマ幻想
― 30年代パリのメディアと芸術家たち』


青土社 
1998年12月21日 第1刷印刷
1998年12月28日 第1刷発行
290p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,400円(税別)
装幀: 高麗隆彦



本書「あとがき」より:

「雑誌「現代思想」のために「逃げ去るファントマ」と題する原稿を書いたのは、もう十年近くも前のことになる。カトリーヌ・ソヴァージュのLPで「ファントマ哀歌」を最初に聞いて、クルト・ワイルが書いた曲にこんな歌があったのかという軽い驚きをおぼえたのがすべての出発点になっている。この歌の背景をさらに探ってゆくと、一九三三年のラジオの放送番組にたどりつき、そこではワイルのほかにロベール・デスノス、アントナン・アルトー、アレッホ・カルペンチエールなどが関係していることが見え、思いがけない人々の出会いがそこにあったことを知って、驚きはさらに強いものに変った。(中略)これを出発点として「ファントマ哀歌」の成立事情を徹底的に追求してみたらどうなるのかと考えはじめた。中心となる舞台は一九二〇年代後半から三〇年代前半のパリだが、ただしマスメディアの到来、そしてファシズムの予感のなかで、パリもまた変貌せざるをえない。」
「本書のなかで、アルトーに関する部分、デスノスに関する部分、あるいはまたシュルレアリスト的映画体験に相当する部分など、「現代思想」あるいは「ユリイカ」などの雑誌に発表した原稿がもとになっているものもあるが、一冊の本にまとめるにあたって、旧稿はすべて完全に書き改めることになった。」



本文中図版(モノクロ)多数。


千葉文夫 ファントマ幻想 01


帯文:

「複製技術時代の
犯罪王と
アヴァンギャルド

世界恐慌と
ファシズムの影が忍び寄る
シュルレアリズム分裂直後の
30年代パリ。
大衆小説から生まれて
映画化され、
アヴァンギャルドたちを熱狂させた
変幻自在の犯罪王ファントマを
草創期のラジオ放送が取り上げた。
番組を作ったのは四人の芸術家。
ナチを逃れ渡米途中のクルト・ワイル、
旅を経て精神病院に入るアルトー、
強制収容所で死ぬことになるデスノス、
キューバからの亡命者カルペンチエール。
マスメディアとディアスポラの世紀の
本番が始まる。」



帯背:

「メディアの世紀
を覆う影」



千葉文夫 ファントマ幻想 02


目次:

はじめに

主題1 
ファントマとは誰か
 ファントマ登場
 ファントマ神話

主題2
アヴァンギャルドとマスメディア
 ラジオ・デイズ
 パブリックな領域へ

主題3
犯行現場としてのパリ
 本文と挿絵
 リメイクの原理
 パリの神話

主題4
ワイヤレスの詩学
 電磁波空間のなかで
 同時遍在性の征服
 一九一三年、同時性の発明
 恐怖のTSF

  *

変奏1 空飛ぶファントマ
複製技術時代の作曲家――クルト・ワイル
 『ファントマ哀歌』のミステリー
 ワイル・ルネサンス
 大西洋横断飛行
 同時代の音楽、未来の聴衆
 わたしは船を待っている

変奏2 笑うファントマ
映画とラジオ――アントナン・アルトー
 ミイラのみずみずしい肉体
 残酷演劇としてのラジオ
 音楽、貧しき音楽
 映画の顔
 視覚的うなり音の魔術

間奏
シュルレアリスト的映画体験
 映画館の用法
 映画の世代
 夢のスクリーン

変奏3 歌うファントマ
フォノグラフ幻想――ロベール・デスノス
 起源のフォノグラフ
 夜の讃歌
 亡霊と歌姫
 海をわたって届く声

変奏4 海を渡るファントマ
パリのキューバ人――アレッホ・カルペンチエール
 一九二八年三月、ハバナ
 年代記作者
 キューバ音楽の後見人
 カンタータの記憶

おわりに
 怪物的オペラの構想
 サーカスの夢


あとがき
初出一覧



千葉文夫 ファントマ幻想 04



◆本書より◆


「はじめに」より:

  「静かにして……聞くがよい……
  犯罪者ファントマによる
  極悪非道の犯罪のすべてと
  そして何と、いまだに罰せられぬままにいる
  拷問と暴力事件の数々の
  陰鬱なる列挙を
   (『ファントマ哀歌』第一連)

 一九三三年秋のパリ。こんな始まりをもって怪人ファントマの犯罪の数々を謳いあげる声がラジオ放送の電波に乗って聞こえてくる。いうまでもなくファントマはこれより二十年ほど前、第一次世界大戦直前のフランスにあって爆発的人気を呼んだピエール・スヴェストル(一八七四―一九一四年)とマルセル・アラン(一八八五―一九六九年)の二人を作者とする連続読物の主人公だが、「犯罪王」「恐怖の支配者」「捕まえられぬ者」などの形容をもって名指されるこの悪の化身がラジオ番組という新たな形態のもとに、語り物の姿をまとってここに甦るのである。
 こうして歌いだされるファントマの物語は、シャンソンに近い形式をもって書かれている。二十五連の六行詩句にフィナーレが付け加えられる。すなわち全部合せて二百行足らずの七音綴の韻文という限られた分量の言葉では全三十二巻にのぼるファントマ・シリーズのすべてのエピソードを逐一追うというわけにはいかないはずだが、それでもラジオ放送の聴取者ベルタム卿の殺害あるいは大型客船ランカスター号の沈没事件を始めとして、すでにお馴染みの犯罪事件が次々と喚起されるのを聞くことになった。ファントマが犯した数々の血腥い犯罪事件の列挙、そしてまた犯罪王を追うジューヴ警部とこれを助ける「ラ・キャピタル」紙の新聞記者ファンドールの追跡劇を中心軸に据えながら、ファントマの娘エレーヌとファンドールの恋愛にも触れつつ、ファントマの手下たちの名をも刻み込んでみせるところなど、オリジナルの物語を踏まえつつ、これに簡潔な語り物の形式をあたえようとする作者の腕前のたしかさは疑いようがない。
 『ファントマ哀歌』と題されるこのテクストを書いたのはロベール・デスノス(一九〇〇―四五年)。一九二〇年代にはシュルレアリスム運動に加わり過激な言語遊戯を巧みにした詩人である。(中略)この時期の彼はラジオというメディアを場とする新たな試みにとりかかっていて、このラジオ番組のための仕事もそのような流れのなかで生れたものだった。」
「番組の制作にはデスノスのほかに、思いがけない人々が加わっている。そのひとりはこの番組のために作曲をした人物、つまり、この年の春、ナチスの脅威が決定的なものとなったドイツを脱出し、パリに滞在中のクルト・ワイル(一九〇〇―五〇年)である。(中略)ほかにアントナン・アルトー(一八九六―一九四八年)がファントマを演じて聴取者に戦慄を与えたというし、それにまた当時まだ二十代のアレッホ・カルペンチエール(一九〇四年―八〇年)が音楽ディレクターとして加わり音響効果を演出するなど制作陣のメンバーは超一流の豪華版だ。放送当時、この四人の名が一般の聴取者にどれほどのインパクトをもって受け止められたかは別として、少なくとも今日のわれわれにとって、彼ら四人が番組制作にかかわっている事実は『ファントマ哀歌』と題されたこのラジオ番組への興味を掻き立てるに十分であろう。」



「ファントマとは誰か」より:

「こうして、めくるめく変身の連続のなかで、要するに誰が誰だかわからなくなる状況がたえず引き起こされる結果になる。しかも、そのすべてを統括するのは単純きわまりないひとつの原理であるというべきで、要するに疑わしい人物、奇怪な人物、話題の人物、そのすべてはファントマの化身だということがどこかの地点で明かされることになるのだ。ファントマが小説の登場人物という本来の枠を抜け出し、夢魔的怪物となってその影をさらに大きく伸ばしてゆくその後のなりゆきは、自由自在に姿を変えるアンフォルムな存在としての登場人物の設定に深く関係しているように思われる。
 ディディエ・ブロンドは(中略)「マスクが王として君臨する」という簡潔な定式をもってこの変身の原理を要約している。つまりこの連続読物の真の主人公は限りなく複数化するマスクそのものであるというわけだ。」



「フォノグラフ幻想」より:

  「ある日パリで噴水が
  突然歌いはじめた
  人々は驚いた
  このコンコルド広場のシレーヌに
  閉じ込められていた囚われの王が
  泣いていたのだとは知らずして
   (『ファントマ哀歌』第八連)

 『哀歌』第八連はファントマ・シリーズ第五巻『ファントマに囚われた王』の挿話に対応するものである。ヘッセ=ワイマール王国なる架空国の王フレデリック=クリスチャン二世は愛人殺害の嫌疑をかけられ、パリから姿を消すが、この瞬間からコンコルドの広場の噴水から毎晩歌が聞こえるようになったという物語であり、噴水から歌だけが聞こえるという設定はことに詩人好みのものなのか、ジャン・コクトーもまたこの挿話に対応する詩を書いている。
 映画といいフォノグラフといい、メディアという表現にはうまく収まりきれない剰余部分を多分に抱え持っている。つまり情報の伝達という言い方では回収しきれない何かがそこにあるという印象があるからだろう。スクリーンの背後に人が隠れているのではないかと疑ったり、あるいはまた蓄音機のなかに小さな人間が隠れているのではないかと想像する発明初期の人々の心性のありようは、かならずしも科学的知識の欠如とか素朴さには還元しえぬものなのではないか。録画もしくは録音再生装置の発明に到る流れのどこか深い部分には死者の再生というほの暗い欲望が隠れているにちがいない。」

「現実派シャンソンの歌い手としてその名を残したイヴォンヌ・ジョルジュにデスノスが報われぬ愛を捧げたのは有名な話である。「ジョルジュは何を歌っても挽歌になる」とは塚本邦雄(『薔薇色のゴリラ』)の表現であるが、たしかに「水夫の歌」、「ナントの鐘」、「行ってしまいなさい」などの残された録音がつくりあげるこの歌手のイメージは何とも暗いものだ。録音を通して聞こえてくるのは、歌とも語りともつかない、両者の中間にあるような独自のスタイルであるが、たとえば「行ってしまいなさい」にあっては、pars (行ってしまいなさい)……と繰り返し命令形で歌われる部分が生み出す変則的リズム、またこの歌の後半部で、ほとんど崩れ落ちなんとするように低く呟かれる衰弱した声の異様さなどは容易に真似などできぬ種類のものであるにちがいない。今日の基準からするならば、これはなおも商品として通用する声なのだろうか。むしろフォノグラフとレコードが完全に商業化される以前の時代に存在していた種族の生き残りがここにいるというべきではないのか。生ける亡霊の声と形容するならば、あまりにも誇張がすぎるにせよ、「彼女ほど口笛で野次られた歌手は珍しい」という指摘もまた理解できる気がするのは、決して現代風ではないそのスタイルがあまりにもパセティックな情念の世界に深く沈潜してしまって、場合によっては舞台と聴衆のあいだの交流を切断することがあったのではないかと想像されるからである。ただしデスノスにとってみれば、まさにこのような歌い手の暗い特性のうちにこそ魅惑のありかがあったというべきだろう。」




Yvonne George - Pars




La Complainte de Fantômas
By Robert Desnos (1933)
Translation by M. Lapin (2009)
http://www.fantomas-lives.com/fanto5e.htm


Desnos et Ferre ensemble
La Complainte de Fantômas (1960)
http://www.24601.fr/sl/20080821118-desnos-et-ferre-sont-dans-un-bateau/



千葉文夫 ファントマ幻想 03


The Vampires (1915) Part 2: The Ring That Kills






こちらもご参照下さい:

『定本 久生十蘭全集 11』
アントナン・アルトー 『神の裁きと訣別するため』 宇野邦一 訳
『ブラッサイ 夜のパリ』 飯島耕一 訳
































































ローター・フィッシャー 『マックス・エルンスト』 宮下誠 訳 (パルコ美術新書)

「自分を取り囲む規範からの逸脱、異郷への憧憬がいまだいたいけな少年の心に巣くっていた。」
(ローター・フィッシャー 『マックス・エルンスト』 より)


ローター・フィッシャー 
『マックス・エルンスト』 
宮下誠 訳

PARCO ART LIBRARY パルコ美術新書

PARCO出版 
1995年9月16日 発行
254p 
19×11.4cm 並装 カバー 
定価1,600円(本体1,553円)
編集・装幀: Brica Press



Lothar Fischer: Max Ernst, Rowohlt Taschenbuch Verlag GMBH, 1969
左開き横組み。本文中図版(モノクロ)多数。


フィッシャー エルンスト 01


帯文:

「証言と資料による評伝
エルンスト
フロッタージュやコラージュといった技法を駆使し、
〈博物誌〉や〈百頭女〉など、独自の世界を描いたシュルレアリスムの
代表的画家マックス・エルンスト。
その創作活動の鍵と恋多き人生に迫る本邦初の詳細な評伝!」



帯裏:

「死の不安が彼を襲った。なにもかも破壊し尽す恐ろしい力がそこにあった! 熱が生み出した幻覚が彼のベットに向かい合ったまがいもののマホガニーの壁から現れた。間違いなくこの小さなマックスはそのような幻覚によって苦しめられることに喜びを見出していた。後年、彼はイメージを膨らませるため、木製のパネルや雲形模様の布地、壁紙、色の塗られていない壁に目を向け、進んで似たような興奮を味わうようになった。「あなたはなにをするのが一番好きか」と聞かれるとき、彼の答えは決まっていつも「見ること!」であった。
マックス・エルンスト(本文より)」



フィッシャー エルンスト 02


目次:

はじめに

ドイツ、幼少年期から青年期にかけて
 生家、青春期
 間奏曲、美術批評家
 ボンの表現主義者たち
 第一次世界大戦とダダ爆弾
パリ時代
 移住前史
 コラージュの本質、メカニズムと技法
 シュルレアリスムと初期の作品
 フロッタージュ: 〈博物誌〉
 森、鳥、都市、異形のもの
ヨーロッパに降る雨、亡命
ニューヨーク、アリゾナ
パリ再び、晩年
マックス・エルンストと映画
家と彫刻
エルンストとロマン主義的反抗

資料編
 年譜(附 主な展覧会・個展)
 証言
  アンドレ・ブルトン
  ハーバート・リード
  ロバート・マザウェル
  ポール・エリュアール
  ディーター・ヴィス
  アレグザンダー・コヴァル
  フランツ・マイヤー
  アラン・ボスケ
  ジャン・カソウ
  エドゥアルト・トゥリアー
  エドゥアール・ロディーティ
  ジョン・ラッセル
  ヴェルナー・シュピース
 文献表
 図版収蔵先

マックス・エルンストと受容美学 (宮下誠)

人名索引



フィッシャー エルンスト 03



◆本書より◆


「1891年4月2日9時45分ごろ、ケルンからさほど遠くない小さな町ブリュールのシュロス通りの生家でマクシミリアン・エルンストは産声をあげた。」
「お手本になれ。義務、義務、義務。幼いエルンストはすでにこの言葉に胡散臭いものを感じ、憎しみさえもつようになっていた。一方、教理問答にある『目の悦び、肉の愉しみ、生の享受』という言葉が彼のお気に入りであった。」「マックスとモーリッツ、シュトゥルヴェルペーター(もじゃもじゃ頭)」
「自分を取り囲む規範からの逸脱、異郷への憧憬がいまだいたいけな少年の心に巣くっていた。」

「「1906年1月5日の夜、彼の親友、とても頭がよく、忠実な赤い鸚鵡が死んだ。マックスがその日の朝、鳥の死んでいるのを発見したのは、彼の父が彼の妹となるべきローニの誕生を知らせたのと同時であったが、このときの彼の驚きたるやたいへんなものであった。(中略)茫然自失のうちに彼はこの二つの事件を結びつけ、赤ん坊に鳥の喪失の咎を着せてしまった。」(中略)こうしてしばらく彼は精神の危機に曝され、鬱屈した毎日を送ることになるが、それもそう長く続くものではなかった。鳥の死と妹の誕生が同時だったと彼は書いているが、それは正しくない。というのも、彼の鸚鵡は妹が生まれてからもしばらくは生きていたからである。
 マックス・エルンストは、展覧会カタログや雑誌にしばしば引用紹介されている自伝的覚え書きを自身「虚と実取り混ぜて」書いたもの、としているが、彼はわざと事実を詩的に解釈したり、彼の作品に結びつけたりしており、また時間の前後関係を往々転倒させてもいる。」

「成長するにしたがって、オカルトや魔術的秘教に強く惹かれるようになる。15歳のとき、彼は(中略)1冊の本を手にした。それはマックス・シュティルナーの書いた『唯一者とその所有』であった。(中略)シュティルナーは、人間は動植物同様、何者によっても命じられることなく、なんの責務ももたず、限定されることもないと、主張する。あまりにも長く、人間の本能的な能力が教師や聖職者によって抑圧されてきた、とシュティルナーは考える。(中略)「『私』は無数にある『私的なるもの』のなかの単にひとつの『私』ではなく、『私』は唯一の『私』である。『私』はただひとつである。したがって、『私の』欲望も、『私の』行為も、ようするに『私に』関わるあらゆるものはただひとつなのである。そして、この唯一の『私』としてのみ、『私』はすべてのものを『私』の所有とするのであり、同様に『私』はただこういう『私』としてのみ動き、発展するのである。人間として、人類の一員として『私』は発展するのではない、『私』は『私』として発展していくのである。これが『唯一者』の意味するところである」。」

「学生として、彼はいわゆる精神病の芸術に携わるようになる。彼はこれらの作品に論理的思考の排除、一点透視図法からの逸脱を見て、興味をもったのである。(中略)「私はこれらの作品のなかに天才の痕跡があるのではないかと考えた。そしてついに、狂気と隣り合ったこのいわく言い難い危険な領域を研究することに心を決めた」。」

「魔術的な啓示を見出そうとする画家の課題は見ることを学ぶことである。つまり、芸術家の魔術的な視覚が観者に投影されるような造形を遂行する、ということである。ことの成否はしかし、画家自身が彼の生きる時代のものの見方や慣習化された視覚から自由であるかどうかにかかっている。マックス・エルンストはこの事態を以下のように言っている。「過去の諸世紀を通じて堆積したあらゆるものによって、直接的で純粋な、ものの見方が失われていった。しかしどんな時代にも、このものの見方に到達した画家がいた。彼らはみな絵画の革命家であった」。」

「マックス・エルンストはそのコラージュで、狂気を秩序的に発展させ、見るものにショックを与えようとしたのである。」

「「大人たちがいくら教育しようとしてもこの少年の頭はそれを受けつけようとはしなかった。少年にとってそのような教育に反抗することが密かな喜びにほかならなかった。このような経験は彼のその後の人生に重大な意味をもつことになる。こうすることで彼には自分と同類の人間たち、鳥のように自由な天使たちや悪魔たちのなかから素晴らしい友人たちを見つける、ほとんど際限のない可能性が開けたと同時に、彼の運命、彼にとって重大な出来事が彼を思うさま翻弄する機会も十分提供することになったのである。(中略)自分が何者であるかを見出していないこと、これこそマックス・エルンスト唯一の『手柄』である」。」

「彼はあるとき、どうやって他人とうまくやってきたか、と尋ねられたことがある。「他人とうまくやってこれたとは思わない。ただ一人か、二人とならばそういえる。アルプと、そしてエリュアールとならば。私の生涯にとってはほとんどこの二人で十分だ」。」

「「彫刻は愛するものに対すると同様、両手で抱擁することのうちに生まれる」、エルンストはかつてこう言ったことがある。また彼の伝記作家パトリック・ワルドベルグにも以下のように語っている、「私が彫刻に向かうときにはいつも、すっかりくつろいだ休日の気分に包まれる。絵を描くことはチェスの試合同様、強度の緊張を要求する。彫刻することで私は緊張から解放される。それは、私が子どものころに砂の城をつくったときと同じような快楽を私に与えてくれるのだ」。」

「社会の周縁に位置することは彼を因習の重圧から解放し、彼にさまざまな認識を獲得することを助け、都合の悪い真実を暴露する自由を与えたのである。マックス・エルンストは新たな冒険とイメージの実験に関わり続けた。そこへの入口はいつも危険で不確かだった。彼はそれを獲得するため倦むことなく働き、「完成」とは無縁であり続けた。」


「〈無垢の世界〉で彼はある本を制作する際に発見した「暗号」を登場させている。本とは『マクシミリアーナ、天文学の不法行使』のことであり、(中略)天文学者エルンスト・ヴィルヘルム・レーベレヒト・テンペル(1821―1889)に対する並々ならぬ関心から生まれている。エルンストとテンペルの生涯には多くの共通点がある。テンペルは学位をもっていなかった。彼はオーバーラウジッツの小村ニーダークンナースドルフの貧しいが、多くの子どもに恵まれた両親の子だった。子どものころから彼の目は星に向かっていた。彼の夢は偉大な天文学者になることだった。しかし、彼には勉強する金がなかった。彼は独学で知識を蓄え、やがて自分が天文学の分野に偉大な足跡を残すだろうことを確信するに至った。彼はドイツにあったあらゆる天文台に自分を雇うよう自力で交渉したがすべて徒労に終わった。(中略)そこで彼は各地を遍歴し、他国に望みをつなぐことにした。(中略)保守的な天文学者たちは彼の発見に疑いの目を向け、あざ笑い、黙殺した。1861年3月5日、彼はひとつの惑星を発見し、マクシミリアーナと命名したが、これも(中略)無視されてしまった。(中略)詩人であり、石版画家であり、学者であり、かつまた政治によって亡命を余儀なくされもしたこの男の生涯は、ヨーロッパの歴史における古典的革命家のたどる道筋の典型例のようにエルンストの目に映ったのである。」



こちらもご参照下さい:

マックス・エルンスト 『百頭女』 巌谷国士 訳
『マックス・エルンスト 驚異と魅惑の幻想宇宙』 (2001)
クラウス・ヴァーゲンバハ 『フランツ・カフカ』 塚越敏 訳

















































ハンス・リヒター 『ダダ ― 芸術と反芸術』 針生一郎 訳

「ダダのこうした否定的な定義は、拒否すべきものを拒否するところから生れる。だが、拒否は精神的、心情的な自由への願望からおこったのだ。」
(ハンス・リヒター 『ダダ』 より)


ハンス・リヒター 
『ダダ
― 芸術と反芸術』 
針生一郎 訳


美術出版社
1966年9月10日 第1刷発行
1969年6月30日 第4刷発行
404p 別丁図版52p(うちカラー2p)
A5判 角背バクラム装(背布)上製本 
本体プラカバー 機械函
定価1,600円



本書「凡例」より:

「本書はハンス・リヒター著『ダダ――芸術と反芸術』(Hans Richter: Dada―Kunst und Antikunst; Verlag M. DuMont Schauberg, Köln, 1964)の完訳である。」
「訳者のもとには著者から、日本版への序文、本文正誤表とともに、「後期ダダ」のイタリアの部分を補足するドイツ語原稿が送られてきた。また著者は日本滞在中に、日本版につけ加えるべき数行の英語原稿を、訳者に書きのこしていった。」
「図版は原著にあるものすべてを転載し、ほかに多少加えた。原著には原色版は挿入されていないが、本書では二点入れた。」



本文中図版多数。


リヒター ダダ 01


リヒター ダダ 02


目次:

日本版への序文 (ハンス・リヒター 1966年2月)

凡例

まえがき
序章

1 チューリッヒ・ダダ一九一五―一九二〇
 ダダはどこでおこったか?
 ダダはどのようにしておこったか?
 キャバレー・ヴォルテール、そのメンバーと協力者
 キャバレー・ヴォルテールからダダは生れた
 『ダダ』という雑誌
 ダダの集会
 抽象詩
 天国語
 偶然 一
 偶然 二
 偶然と反-偶然
 笑い
 私生活、カフェ・オデオン
 《三九一》
 バルセロナ
 チューリッヒ・ダダの終り

2 ニューヨーク・ダダ一九一五―一九二〇
 《二九一》
 アルチュール・クラヴァン、自己犠牲
 マルセル・デュシャン、あるいはレディ・メイドにおける反偶然
 マルセル・デュシャン、レディ・メイド
 ニヒル
 反芸術から芸術へ
 無用なものの発明
 ダダの『盲人』『ロング・ロング』『ニューヨーク・ダダ』
 2×2=5

3 ベルリン・ダダ一九一八―一九二三
 ダダ以前
 活動的なベルリン・ダダ
 一九一八―一九一九年、最後の審判のトランペット
 フォトモンタージュ
 抽象詩から視覚音声学へ
 非共同体
 ハウスマンとバーデル
 R・HとR・H
 一九一九―一九二〇年、反芸術のもよおし
 一九二〇―一九二三年、ダダの勝利!

4 ハノーヴァー・ダダ
 人間シュヴィッタース
 詩人シュヴィッタース
 画家、出版者、《貼り絵作家》
 シュヴィッタースの柱

5 ケルン・ダダ
 マックス・エルンストとヨハンネス・バールゲルト

6 パリ・ダダ一九一九―一九二二
 言葉の更新
 パリの反芸術
 ジャック・ヴァシェ
 詩人の総攻撃
 雑誌A―Z
 横顔
 絶頂
 遠足と《バレス裁判》
 反・反と《パリ会議》
 ヒゲのはえた心臓
 後産(あとざん)
 準ダダ、超(シュル)レアリスム

7 後期ダダ

8 ネオ・ダダ
 モットー
 盆栽
 もつこととたべること!
 ゼロの点
 美術館と画商
 大衆
 未来

解説 (ヴェルナー・ハフトマン)

トリスタン・ツァラ『チューリッヒ日記』一九一五―一九一九抜粋

訳註
訳者あとがき (針生一郎)

参考文献
図版目次
索引



リヒター ダダ 03



◆本書より◆


「チューリッヒ・ダダ」より:

「声が大きく、挑発行為が好きな点では、ツァラの反抗仲間、医者兼詩人のリヒアルト・ヒュルゼンベック博士もツァラに劣るまい。ヒュルゼンベックは、だれよりも尊敬するフーゴー・バルとの親交をとおして、いちばんかれの性にあうキャバレーの混雑のなかにひきこまれた。かれの学生そのままの横柄さは、ツァラの敏活な機智とはまったくちがった形で、公衆を憤激させるのに一役買った。この断乎たる態度をおぎなうため、かれは馬の鞭をもちい、かれの新鮮で凝縮された詩『空想的な祈り』に効果をそえるべく、空中でリズミカルに振り、また公衆の背後でほのめかすように鞭を唸らせた。
 ヒュルゼンベックは黒人のリズムの拍子に熱中して、以前すでにベルリンでバルといっしょに、その実験をおこなったことがある。かれは挑発的に鳥の羽根やコールタールをもちいた『祈り』のために、大きなタム・タムを好んで使った。バル――「かれはリズム(黒人のリズム)をつよめることを主張した。できればむしろ、文学を大地にうちのめしたがっていた。」バルのピアノによる即興演奏、エミィ・ヘニングスの細い、小さい、わざとらしい少女の声(それは民謡と娼婦の歌のあいだを変転した)、さらに公衆を新しい詩の原生語から、芸術的ヴィジョンの原生林につれだす、ヤンコの抽象的な黒人の仮面をあわせてみれば、このグループに活気を吹きこんだ生命力と熱狂が、いくらか体験されるだろう。……「かれらは自分の作品のためには狂信者であり、犯罪者であり、偏執者である。かれらは公衆にむかって、かれらの病気を受けいれなければならないかのようによびかけ、かれらの状態を判断するための資料をさしだす」……と新聞は書いた。」

「デカルト以来、世界のすべてが理性によって説明できる、という迷信がみとめられてきたのである。この迷信は必然的な転回によってとりのぞかれなければならなかった。理性と反理性、意味と無意味、計画と偶然、意識と無意識が共存して、全体の必然的部分をなすという認識、そこにこそダダは重点をおいたのである。」



「アンナ・ブルーメに」(クルト・シュヴィッタース):

「おお おまえ、二十七の感覚をもつわたしの恋人よ、わたしはおまえを愛する――おまえがおまえのおまえにおまえを、わたしがおまえに、おまえがわたしに――わたしたち?
それは(ちなみに)どこかよそのことだ。
おまえはだれ、ものの数にも入らぬ女よ? おまえは――おまえが? ――人びとはいう、おまえは……だと――
いわせておけ、かれらは教会の塔がどんな風にたっているか、知りはしない。
おまえは帽子を足にはいて歩きまわる。おまえの手の方に、おまえの手の上を歩きまわる。
やあ、のこぎりで白くこまかいひだに刻まれたおまえの赤い服。
わたしは赤が好きだアンナ・ブルーメ、わたしは赤くおまえを愛す!――おまえがおまえのおまえにおまえを、わたしがおまえに、おまえがわたしに――わたしたち?
それは(ちなみに)つめたい灼熱のなかだ。
赤い花、赤いアンナの花(ブルーメ)、人びとは何というだろう?
懸賞問題――(1)アンナ・ブルーメは鳥をもつ
         (2)アンナ・ブルーメは赤い
         (3)鳥はどんな色か?
青はおまえの黄いろい髪の色。
赤はおまえの緑の鳥がくうくう鳴く声だ。
おまえ、ふだん着の地味な娘、おまえは綠のけものを愛する、わたしはおまえを愛する!――おまえがおまえのおまえにおまえを、わたしがおまえに、おまえがわたしに――わたしたち?
それは(ちなみに)火の箱に入っている。
アンナ・ブルーメ! アンナ、ア-ン-ナ、わたしはおまえの名をしたたらせる、おまえの名がやわらかい牛の脂のようにしたたる。
おまえはそれを知っているか、アンナ、もう知っているのか?
おまえはうしろから読まれることもある、おまえ、だれよりもすばらしいおまえ、おまえは前からでも、うしろからでも同じだ――《ア-ン-ナ》
牛の脂がわたしの背中をしたたりなでる。
アンナ・ブルーメ、おまえしたたるけもの、わたしはおまえを愛する。

一九一九年」




































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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Away with the Fairies

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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