巌谷国士/桑原弘明 『スコープ少年の不思議な旅』

「だれもがどこかで見たことがあると感じる。懐かしい。切ない。なにか自分の源にまでつれもどされてしまいそうな、心をしめつける光景。」
(巌谷國士 『スコープ少年の不思議な旅』 より)


文: 巌谷國士
作品: 桑原弘明
『スコープ少年の不思議な旅』


パロル舎 
2005年12月1日 第1刷発行
2006年9月20日 第2刷発行
96p 
14.6×14.6cm 
角背紙装上製本 カバー 
定価1,700円+税



栗原弘明氏が製作した「スコープ」の数々を、巌谷國士氏の文章と共に紹介する、小さくて真四角な本です。アマゾンでバーゲンブックが本体680円で売られていたので購入してみました。
「スコープ」を作った桑原氏、そしてそれを見る「わたしたち」が「スコープ少年」であり、「スコープ」を覗くことによって「スコープ」のなかに入りこみ、前回紹介したボルヘスの本に引用されていたグザヴィエ・ド・メーストルの室内旅行記のタイトル「わが部屋をめぐる旅(Voyage autour de ma chambre)」そのままに、極小の室内宇宙を旅することになるのであります。
そして「スコープ」=胡桃の中の世界こそが、本質的に住所不定無職の「少年」たちの故郷であるといってよいです。


巌谷国士 スコープ少年の不思議な旅 01


帯文:

「掌にのる珠玉のスコープオブジェ
スコープ少年とは誰だろう?
誰しも目の前にスコープがあれば、
つい覗きこんでみたくなる。」



巌谷国士 スコープ少年の不思議な旅 04


帯裏:

「スコープをめぐる幻想旅行譚
白昼夢
フェルメール
セロ弾きのゴーシュ

scope
黒い男
窓辺
雨音
玉虫厨子
子供の部屋
深みの中へ
微かな記憶
窓辺の午後
秘かな中庭Ⅰ
秘かな中庭Ⅱ
中庭

ピラネージ
ねじれた記憶
現れよ
惑星
天使卵
ノスタルジア
月の光
夜のとばり」



巌谷国士 スコープ少年の不思議な旅 02


内容:

スコープ少年の……

部屋
 白昼夢
 フェルメール
 セロ弾きのゴーシュ
 鏡
 scope


 黒い男
 窓辺
 雨音
 玉虫厨子


 子供の部屋
 深みの中へ
 微かな記憶
 窓辺の午後


 秘かな中庭Ⅰ
 秘かな中庭Ⅱ
 中庭
 滝
 ピラネージ

ふたたび部屋
 ねじれた記憶
 現れよ
 惑星
 天使卵


 ノスタルジア
 月の光
 夜のとばり

……不思議な旅



巌谷国士 スコープ少年の不思議な旅 03



◆本書より◆


「外側は四角い、堅固な合金でつくられたその小さな箱を手にのせたとき、想像したよりも重く、なにかの予感が芽ばえる。私たちはそれだけですでに、不思議な旅へとさそわれている。
 その箱からは細い筒が出ていて、先端のレンズを覗くと、はじめはなにも見えない。箱の側面にある小さな円い穴に懐中電灯をあてたとき、はじめてくっきりと、またぼんやりと、部屋や庭の光景が見えてくる。
 懐中電灯の光を強めたり弱めたり、また別の穴にあてたりすると、おなじ光景がさまざまに変化しはじめる。
 私たちがほんとうに驚くのはそのときである。部屋や庭に置かれた机や泉水のような物たちが、光をうけて輝き、また影をおとす。
 窓の外では空が、朝、昼、夜と移りかわる。私たちはここではじめて、その光景がただの映像ではないことに気づくのだ。
 小さな箱のなかには、本物のオブジェたちがいる! 机も椅子も燭台も壺も、樹木も泉水も洞窟も滝も、すべてが極小のオブジェとしてそこに在るのだと知ったとき、私たちは一瞬のめまいにおそわれてしまう。
 それらはしかも、小さなままに見えるのではない。視野いっぱいに大きく見える。というよりも、私たちのほうが、ちょうど不思議の国のアリスのように、何十分の一にも小さくなったように感じられる。」



巌谷国士 スコープ少年の不思議な旅 05










































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巌谷国士 『澁澤龍彦考』

「モダンな親王にふさわしく、プラスチックのように薄くて軽い骨だった。」
(澁澤龍彦 『高丘親王航海記』 より)


巖谷國士 
『澁澤龍彦考』


河出書房新社 
1990年2月20日初版発行
2007年5月10日2刷発行
241p 澁澤龍彦著作目録・索引viii  
20×15.5cm 
丸背紙装上製本 カバー 
定価2,500円+税
装幀: 吉岡実



本書「あとがき」より:

「澁澤龍彦という作家・人物は、いまから二年ほど前、一九八七年の八月五日に亡くなった。
 そのとき遠い旅先にあった私にとって、この年長の友の訃報はつらかった。しばらく風景ばかり眺めてすごした。それから旅にまた旅をかさねて、地中海ぞいの町々をさまよいあるいた。
 一か月後、身近な世界にもどってきた。すぐに北鎌倉の彼の家をたずねた。部屋の空気はほとんど変っていないように思えた。いまは黒い額のなかにいる彼と向いあいながら、長いあいだ、龍子未亡人と話をした。
 彼女は、澁澤龍彦について、いろんなことを書いてほしいといった。生前の彼自身からも、書け書け、といわれていたことを思い出した。」
「それから一年半ほどのあいだに、多くの原稿の注文をうけた。いろんな雑誌や新聞で追悼特集のようなものが組まれたり、旧著の再刊を機に、いわゆる巻末エッセーが必要になってきたりしたためである。私はできるだけ断わらないようにした。そしてその間、つねになく饒舌でありつづけた。」
「とくに計画的に書いていたわけではない。むしろそのときそのときの気分で、さまざまな角度から、澁澤龍彦の書物と人物についての記憶をよみがえらせるという試みを、断続的にくりかえしていたにすぎない。
 そしてその結果、こんなふうに、一冊の書物の世界をかたちづくりうる文章の集積が、自然にできあがってしまったのである。」
「それにしても、その機会がこんなに早くおとずれようなどとは、思ってもみなかったことである。
 宙吊りや引きのばしはもともと私自身の方法に属する。もっと遠くから、客観的に、それものんびりやってみたい仕事ではあった。」
「つまりこれは私にとって、多かれ少なかれ早すぎる本だということでもある。」
「各節の扉に配してある写真は、彼の訃報に接してから一か月ほどのあいだに、私自身がたまたま旅先で出会うことになった四つの「風景」である。」



巖谷国士 澁澤龍彦考 01


帯文:

「〈庭〉から〈旅〉へ――
故・澁澤龍彦の若き朋友であり、仏文学者・批評家として共通の領域にかかわってきた著者が、鋭い分析と観察によって明らかにする作家の本質とその変貌――そして〈航海〉。」



帯背:

「画期的エッセー」


帯裏:

「はじめての澁澤龍彦論!!
高丘親王はいつも先をいそぐ。一箇所にとどまらない。案外、この人ほどひとつひとつの事物にこだわりをもたず、空間の安息からも遠かった主人公もめずらしいのではないか、という気がする。どんなに珍奇なものに出遭っても、驚くべき出来事がおこっても、それらはなにか砂時計の砂のように、水時計の水のように、この人の前で、さらさらと流れ去ってゆくものでしかない。高丘親王は、そして澁澤龍彦は、もっと大きな時間の夢のなかで、来たるべき新しい文学の夢でもみているのではないか――とさえ思われてくる。(本文より)」



目次 (初出):

I
澁澤さん――回想記 (「ユリイカ」 臨時増刊号 「想特集 澁澤龍彦」 1988年6月)

II
「旅」のはじまり (「海燕」 1988年5月号 原題: 澁澤龍彦の『出発』/澁澤龍彦 『エピクロスの肋骨』 福武書店 1988年5月)
『サド復活』のころ (澁澤龍彦 『サド復活』 日本文芸社 1989年4月)
ある「偏愛的」作家について (澁澤龍彦 『偏愛的作家論』 福武文庫 1986年11月)
既知との遭遇――美術エッセー (澁澤龍彦 『幻想の彼方へ』 河出文庫 1988年10月)
ユートピアの変貌 (「みずゑ」 特集号 「追悼 澁澤龍彦」 1987年冬)

III
望遠鏡をもった作家たち (「ちくま」 1978年7月号/巌谷國士 『宇宙模型としての書物』 青土社 1979年2月)
『神聖受胎』再読 (澁澤龍彦 『神聖受胎』 河出文庫 1987年11月)
ノスタルジア――一九七〇年代
 黄金時代 (「日本読書新聞」 1971年9月6日号/巌谷國士 『宇宙模型としての書物』)
 幻をつむぐもの (「流動」 1973年7月号/巌谷國士 『宇宙模型としての書物』)
城と牢獄 (『新編ビブリオテカ澁澤龍彦 城と牢獄』 白水社 1988年3月)
晩年の小説をめぐって
 『うつろ舟』 (「朝日新聞」 1986年8月11日号)
 『高丘親王航海記』 (「文學界」 1987年12月号)
「庭」から「旅」へ (「朝日新聞」 1987年11月2日号)

IV
澁澤龍彦と「反時代」 (「國文學」 特集号 「澁澤龍彦 幻想のミソロジー」 1987年7月)
澁澤龍彦とシュルレアリスム (「幻想文学」 別冊 「澁澤龍彦スペシャル II」 1989年2月)

あとがき
初出一覧

澁澤龍彦著作目録・索引



巖谷国士 澁澤龍彦考 02



◆本書より◆


「澁澤さん」より:

「その日の澁澤さんは、めずらしく饒舌だった。」
「私がひそかにフーリエの翻訳をこころみていることを洩らすと、澁澤さんは、石井恭二さんに電話して、現代思潮社で彼らが企画しつつあった「古典文庫」のなかに、私の訳で、『四運動の理論』を入れることを、その場で決めてしまった。これは三年後の一九六九年に本になった。
 しかし、まあ、そんなことはどうでもいい。澁澤さんはそのとき、じつにたくさんの書物のことを語った。バシュラール、エリアーデ、バルトルシャイティス、ゲノン、ユング、ドーマル、グラック、ホルベルク、ルネ・アロー、ジャン・フェリー、マシュー・グレゴリー・ルイス、アルトー、などなど、いろんな著者の本を出してきて見せた。色鉛筆で下線をひいたり、細かな字で書きこみをしてあるものが多かった。メタモルフォーズ(変身)叢書やファール(燈台)叢書のピンクの表紙が好きだといった。フランスから送られてきた新刊書のカタログまで出してきたが、それらにも赤青の鉛筆で、ていねいに下線や丸印がつけてあった。洋書店の注文請書は、まとめて紙バサミにとめてあった。
 澁澤さんは、意外にマメで、几帳面な人だったとも思う。のちに北鎌倉の新居に移ってからも、そこの客間兼居間と書斎はつながっているので、よく書棚や仕事机を見ることがあったが、いつもきちんと整頓されていて、ふしぎなほどだった。もっとも、掃除ということはきらいだったらしい。龍子夫人の話では、とくに電気掃除機なるものを敵視していて、それの作業がぶんぶんはじまると、怒りくるってとんできて、コードを引きちぎったりすることもあったという。整理され、しかも埃のつもっているような状態が、つまり彼の理想だったのだろう。」



















































































































ルネ・ドーマル 『類推の山』 (巖谷國士 訳/河出文庫)

「――島に踏みこむ手段を見つけだすためには、いままでとおなじように、原則としてそこに踏みこむことの可能性、いや必要性を想定してかからなければなりません。ゆるされるただひとつの仮説は、島をとりかこむ「歪みの殻」が、絶対に――すなわちいつでも、どこでも、だれにでも――越えることのできないものではない、ということです。あるとき、あるところで、ある人々が(知っている、そして望んでいる人々が)、入れるということです。」
(ルネ・ドーマル 「類推の山」 より)


ルネ・ドーマル 
『類推の山』 
巖谷國士 訳

河出文庫 ト 4-1

河出書房新社 
1996年6月25日初版印刷
1996年7月4日初版発行
243p 口絵(モノクロ)i 
文庫判 並装 カバー 
定価700円(本体680円)
デザイン/フォーマット: 粟津潔
カバー装幀: 菊地信義
カバー写真: René Magritte: Le chateau des Pyrénées



本書「文庫版あとがき」より:

「ルネ・ドーマル『類推の山』の邦訳は、いまから十八年前の一九七八年に出た。白水社で「小説のシュルレアリスム」というシリーズが企画されたとき、編集協力を求められた故・生田耕作氏と私とが、ためらわずはじめからリストに加えていたのがこれである。」
「この小説を偏愛している先人は当時もうひとりいた。ほかならぬ故・澁澤龍彦氏である。」
「「小説のシュルレアリスム」シリーズは一九七五年五月に刊行されはじめたが、それに先だって出た宣伝用パンフレットのなかに、澁澤さんはすこし長目の推薦文を寄せている。シュルレアリスムと小説との関係について語ったあとで、シリーズのなかでただ一冊だけ言及の対象としていたのが『類推の山』であり、その点に私はやや意外の感をもった。そこにはつぎのように書かれていたものである。
 「私がこれを読んだのは、もう二十年も前のことであるが、人間が希望を失わずに生きてゆくためには、どうしても存在しなければならないと作者ドーマルの主張する、この時間空間の原点ともいうべきシンボリックな山の探究の物語に、私は初読の際、大きな感銘を得たおぼえがある。ブルトンの説くシュルレアリスムの「至高点」という思想が、このような風変りな冒険小説の形で開花したということも、わが国では、ほとんど知られていないことではあるまいか。」(『洞窟の偶像』所収)
 この文章のなかの、「人間が希望を失わずに生きてゆくためには」以下のくだりに、私はなにかしら心ひかれるのをおぼえた。なぜならルネ・ドーマル自身は、かならずしもそう「主張」していたわけではないからである。だいぶあとになって、ここにいう「二十年も前」、つまり一九五五年ごろというのが、若き澁澤龍彦にとって一種の危機――病気、父の死など――の時期であったことを知ったとき、また後年の彼が『高丘親王航海記』の原型を思わせる小説の構想を〈構想のみを〉いだいたさいにこの『類推の山』にヒントを求めたらしいということを知ったとき、この一行がとくに意味ぶかく思いだされてきたものである。」



本文中図版(著者によるデッサン)5点。


ドーマル 類推の山 01


帯文:

「魔術的冒険小説
来るべき出あい、「真の人生」の探求。
シュルレアリスムから生まれた珠玉の名作!!」



帯裏:

「……人間が希望を失わずに生きてゆくためには、どうしても存在しなければならないと作者ドーマルの主張する、この時間空間の原点ともいうべきシンボリックな山の探求の物語に、私は初読の際、大きな感銘を得たおぼえがある。ブルトンの説くシュルレアリスムの「至高点」という思想が、このような風変りな冒険小説の形で開花したということも、わが国では、ほとんど知られていないことではあるまいか。
――澁澤龍彦 『洞窟の偶像』 より」



カバー裏文:

「はるかに高く遠く、光の過剰ゆえに不可視のまま、世界の中心にそびえる時空の原点――類推の山。
その「至高点」をめざす真の精神の旅を、寓意と象徴、神秘と不思議、美しい挿話をちりばめながら描きだしたシュルレアリスム小説の傑作。
“どこか爽快で、どこか微笑ましく、どこか「元気の出る」ような”心おどる物語!!」



カバーそで著者紹介文:

「ルネ・ドーマル
一九〇八年~四四年。フランス北部アルデンヌ生まれの詩人-作家。シュルレアリスム運動の影響下に成長し、同人グループ「大いなる賭」を組織。インド文学や東洋思想の深い理解の上に、グルジエフにつらなる神秘的な精神修行を重ねあわせたユニークな活動を行う。」



ドーマル 類推の山 02


目次:

類推の山
 第一章 出あいの章
 第二章 仮定の章
 第三章 航海の章
 第四章 到着の模様、そして貨幣の問題がはっきりと示される章
 第五章 第一キャンプ設営の章

後記 (ヴェラ・ドーマル)
覚書――ルネ・ドーマルの遺稿のなかから発見された
     *
初版への序 (A・ロラン・ド・ルネヴィル)
     *
解説 (巖谷國士)
文庫版あとがき (巖谷國士)



ドーマル 類推の山 04



◆本書より◆

「第一章 出あいの章」より:

「象徴的な山――これを私は〈類推の山〉と名づけようと提案していた――の縮尺を決定しているもの、それは、人間の通常の手段では近づけないということにあるのだ。(中略)ヒマラヤの最高峰の数々ですら、こんにちでは接近不可能だとは思われなくなっている。こうした山々はどれも、したがって、類推の力を失っているわけだ。」
「「ある山が〈類推の山〉の役割を演じることができるためには」と私は結論していた。「自然によってつくられたありのままの人間にとって、その峰は近づきがたく、だがその麓は近づきうるのでなければならない。それは唯一であり、物理学的に実在しているはずだ。不可視のものの門は可視でなければならない。」」

「この人物の考えかたのなかには、(中略)たくましい成熟と子どものような清新さとの奇妙なまじりあいがあった。」
「「まだ若かったころ」と彼はいった。「私は社会的動物としての人間に味わうことができるほとんどすべての快楽と不快、ほとんどすべての幸福と苦悩を知ってしまいました。(中略)私はある日のこと、生涯のひとつのサイクルをおえてしまったと確信すると同時に、自分はひとりなのだ、たったひとりなのだと感じたものです。(中略)生活はいわば有機体が異物をうけいれたときのように私に対していた――つまりどう見ても、私を膿(うみ)として貯えるか吐きだすかしようとしていたし、私は私で「ほかの何か」に渇えていたということです。」

「私たちは黙って食事をした。あるじは、物を食べるときに喋る義務があるなどと思いこんではおらず、(中略)なにもいう必要がないときに口をとざすことも、話をする前にじっくり考えることも、彼の怖れるところではなかった。」

「「どうも思春期のころになると、若者の内的生活は急に鈍くなって、生まれながらの勇気をうばいさられてしまうようです。思考はもはや現実あるいは神秘を前にして、直接正面から立ちむかう勇気を失うのです。「大人」の物の見かたを通して見たり、本や先生の講義を通して見たりしはじめます。それでもまだ完全にはおしころされていないひとつの声が、ときおり(中略)自問の叫びをあげることもありますけれど、私たちはすぐにそれをもみけしてしまうのです。(中略)私は、自分は死を怖れているとあなたにいえます。(中略)瞬間ごとに見まわれるあの死を、私のばあいにも幼年時代の奥底から「おまえは何なのか?」と問いかけてくるあの声の死を――私たちのうちでもまわりでも、たえずそれをおしころすために一切が仕組まれているらしいあの声の死を、私は怖れているのです。あの声が語りかけてこなければ(中略)私はうつろな骸骨、動く死体にすぎません。いつの日かあの声が永久に黙してしまうのを(中略)私は怖れているのです。」」

「「あなたの〈類推の山〉についての記事には啓発されました」と彼はつづけた。「それは実在します。私たちは二人ともそのことを知っている。だから、発見しましょう。どこにですって? そんなのは計算の問題です。二、三日のうちに、その地図上の位置を、ほとんど誤差数度のところまで割りだしておくとお約束します。そして、すぐに出発しようじゃありませんか。」
 「ええ、でも、どうやってですか? どんな道を通り、どんな乗物をえらび、どんな資金を使ってですか? どれだけ時間をかけてですか?」
 「そんなのはどれも些末なことです。それにきっと私たちだけではなくなります。二人の人間が三人目を説きふせれば、雪だるま式にふえてゆく――あわれな人間どもが「良識」と呼んでいるものを考えに入れなければならないにしても、です。」」
「町に出てみると、なにか異邦人のように足が地につかない感じで、バナナの皮ですべったり、トマトの山をひっくりかえしたり、汗水ながす小母さんたちとぶつかったりしてしまった。」

「こんなふうにして〈類推の山〉探検計画は生まれた。(中略)このときまで知られることのなかった、ヒマラヤよりもはるかに高い山々を擁する一大陸がこの地上に実在することが、どのようにして証明されたのか。それはどうしてこれまで人目にとまらなかったのか。私たちはどのようにしてそこに上陸したのか。そこでどんな人物たちに出あったのか。(中略)私たちはどのようにしてこの新大陸に、すこしずつ、いわば根をおろすことをはじめたのか。それにしても、どうしてこの旅は、なかなかはじめられなかったのか……。
 空中はるかに高くはるかに遠く、いよいよ高まる峰といよいよ白む雪の環を幾重にも越えたかなたに、眼に耐えられぬ眩暈(くるめき)をまとい、光の過剰ゆえに不可視のまま、〈類推の山〉の絶頂はそびえたっているのだ。」



「第二章 仮定の章」より:

「「地球上のどこかに、少なくとも周囲数千キロメートルにおよぶ陸地が実在しており、その上に〈類推の山〉がそびえている。この陸地の土台は、周囲の空間を歪曲させる特性をもった物質でできているため、いわばこの界域全体が、なにか歪んだ空間の殻にとじこめられたようになっている。その物質はどこから来たものでしょう? 地球の外に起源をもつものでしょうか? それとも地球の中心の、その物理的性質がほとんど知られておらず、(中略)そこではどんな物質であれ固体状態でも液体状態でも気体状態でも存在することはできないとしかいいようのない、あの領域から来ているのでしょうか? (中略)そのうえ、さらに私たちが推論することができるのは、この殻は完全にとざされたものではありえない、ということです。それはいろんな天体からやってくる(中略)ありとあらゆる放射能をうけいれるために、上のほうでひらいていなければなりません。また惑星内部の厖大な質量をもつつみこんでいなければならず、しかもおそらく、おなじ理由から、中心にむかってもひらかれていなければなりません。」」
「「かなり広い、なかに入れない歪みの環があって、(中略)この国を、見えない、触れられない外郭でおおっているのです。そのおかげで、けっきょく、すべてはあたかも〈類推の山〉が実在しないかのように生起します。(中略)ここにAからBにむかう船の進路を示しましょう。Bには灯台がある。(中略)その光は〈類推の山〉にそって迂回してくるわけで、私は灯台と私とのあいだに、高い山々におおわれた島がよこたわっていようなどとは夢にも思わないでしょう。(中略)空間の歪みが星の光も地球磁場の力線も彎曲させてしまうので、六分儀と羅針盤を使って航海していながら(中略)いつまでもまっすぐに進んでいるものと思いこみつづけるでしょう。(中略)ですから、この島はオーストラリアほどの大きさでもおかしくないわけで、これまでだれひとりその実在を知らされたことがなかったという理由も、いまや完全に理解できるのです。おわかりでしょうか?」
 ミス・パンケーキは、歓喜のあまりとつぜん蒼白になった。
 「でも、それは魔法の環のなかのメルランの物語ですわ! (中略)目に見えない、どこにでもある囲いのなかで、メルランが私たちの目から隠されているのは、彼の本性そのもののせいなんですね。」」

「「――島に踏みこむ手段を見つけだすためには、いままでとおなじように、原則としてそこに踏みこむことの可能性、いや必要性を想定してかからなければなりません。ゆるされるただひとつの仮説は、島をとりかこむ「歪みの殻」が、絶対に――すなわちいつでも、どこでも、だれにでも――越えることのできないものではない、ということです。あるとき、あるところで、ある人々が(知っている、そして望んでいる人々が)、入れるということです。」」



「第三章 航海の章」より:

「空虚人(うつろびと)と苦薔薇(にがばら)の物語」より:

「うつろびと というのは、石のなかに住み、旅をする洞(ほら)のように動きまわるものです。氷のなかでは、人間のかたちをした水泡(あぶく)のようにさまよいます。でも、風にとばされてしまうといけないので、大気のなかに出ようとはしません。」
「昼のあいだは石のなかにいますが、夜になると氷のなかにさまよいでて、月光をいっぱいにあびてダンスをします。でもけっして日の出を見るまではいません、そうでないと破裂してしまうからです。」
「ある者たちのいうには、これはいままでもこれからも、永久に存在するものです。ほかの者たちのいうには、これは死者たちなのです。もっとほかの者たちのいうには、生きている人間はみな山のなかに、ちょうど剣が鞘(さや)をもち、足が足跡をもつように、それぞれ自分の うつろびと をもち、死んでからそれにはまりこむのです。」



「第四章 到着の模様、そして貨幣の問題がはっきりと示される章」より:

「ここでは、麓では稀だが高く登るにつれてしだいに数多く、透明で極度に硬い、球形でいろいろな大きさをした、ある種の石が発見される――正真正銘の結晶、しかし、惑星のここ以外の場所ではとほうもない未知の事態に属するのだが、それはなんと、曲った結晶である! (中略)これをペラダンと呼ぶ。(中略)透明度はきわめて高く、その屈折率は、結晶密度の大きさにもかかわらず、空気のそれにごく近いので、予告をうけていない眼にはほとんど知覚できない。それでいて、真摯な願望と多大な欲求をもってそれを探しもとめる者にとっては、露のしずくに似た炎の輝きとともにあらわれる。」

「〈猿の港〉の温和な気候は、私たちの国とおなじ動植物の生存に適しているが、それ以外の未知の種類にも出あうことがある。なかでもとくに奇妙なものを挙げてみると、たとえば ひるがおのき は、きわめて強い発芽・生長力をもっているので、整地工事用に岩山を割りくずすために――ゆるやかなダイナマイトといったふうに――用いられる。もえきのこ は、大きな埃茸(ほこりたけ)の一種で、胞子が熟すると破裂して遠くへ散乱し、何時間かたつと、強烈な発酵作用のために、とつぜん火がつくというものだ。ものいうやぶ はかなり稀少だが、含羞草(おじぎそう)の一種で、果実がいろんなかたちの共鳴箱になっているため、葉の摩擦によってあらゆる人間の声音(こわね)をつくることができ、近くで発音された言葉を鸚鵡(おうむ)のようにくりかえすのである。わまわしむかで は、ほぼ二メートルの長さになる節足動物で、輪のかたちにまるまっては、好んで崩れた岩の斜面を上から下へ、全速力でころげおちる。ひとつめとかげ は、カメレオンに似ているが、額にカッと見ひらいた眼をもち、そのかわりほかの二つの眼は退化してしまっていて、老紋章学者といった風貌にもかかわらず、周囲から大きな敬意をむけられている動物である。最後にはなによりも、ふうせんけむし――お天気のときには、数時間かけて、内臓でつくられる軽いガスによって大きな気球をふくらまし、空中にうかびあがる蚕の一種――を挙げよう。これはけっして成虫の状態にまで行きつかず、しごく単純に、幼虫の単性生殖によって繁殖するものである。」

「こうした雨のそぼふる日々のあいだに、私たちはおたがいに名前のほうで呼びあうようになっていた。(中略)私たちはめいめいの古い人格を脱ぎすてはじめていたのだ。かさばる道具類を海岸にのこしてゆくと同時に、私たちはまた、芸術家や、発明家や、医者や、学者や、文学者としての自分をも捨てさる用意をしていたのだ。めいめいの変装の下から、男たち、女たちは、すでに自分のほんとうの顔をのぞかせつつあった。男たち、女たち、そして身中のあらゆる動物たちもまたそうであった
 ピエール・ソゴルがまたしても私たちに模範を示した」
「「私はみなさんをここまでつれてきました、私はみなさんの隊長でした。いまここで私は飾り紐のついた隊長の帽子を脱ぎます、これは私自身の記憶にとっては茨の冠だったのです。私自身の記憶にかきみだされていない心の奥底で、ひとりの幼い少年がめざめ、いまや老人の仮面を泣きじゃくらせています。父母を探しもとめている少年、みなさんとともに、援助と保護とを――快楽や夢からの保護と、だれの真似もしないありのままの自分になるための援助とを――探しもとめているひとりの少年が。」
 こういいながらピエールは、棒の先で砂を掘りかえしていた。とつぜん眼を一点にそそぐと、彼は身をかがめて、何かを――微細な露の一滴のようにきらめいている何かを、拾いあげた。それはペラダンだった――小さな小さなペラダン、だが彼の、私たちの、最初のペラダンであった。」



「覚書」より:

「さて、私たちは(中略)この大陸に到着したのだが、(中略)私たちの計算(中略)によって、私たちの欲求(中略)によって、私たちの努力(中略)によって、私たちはこの新世界の戸口を押して入った。そんなふうに思えたのだ。けれどもまもなくわかってきた――私たちが〈類推の山〉の麓に上陸できたというのは、じつはこの不可視の国の不可視の門を、それを守っている人々が私たちのためにひらいてくれたからなのだ、と。」


「初版への序」に引用されているルネ・ドーマルの手紙より:

「僕はこのところかなり長い物語をひとつ書いていますけれど、ここには、自分たちが牢獄のなかにいること、なによりもまずこの牢獄を拒否しなければならない(中略)ことを理解して、その牢獄から解放されているあの高次の人類を探しに出発する人間たちのグループがあらわれ、彼らはやがて必要な助けを見いだすことができるようになります。いや、彼らはすでにそれを見いだしています――というのは、僕をふくめた数人の仲間たちはげんにもうそこへの門を見つけているからです。ほかならぬこの門からこそ、ある現実の生活がはじまるのです。(この物語は『類推の山』という題の冒険小説のかたちをとるでしょう――これは〈天〉を〈地〉にむすぶ道である象徴的な山、物質的に、人間的に実在しなければならず、それがなければ僕らの境遇は希望のないものになってしまうような象徴的な山のことです)。」


ド-マル 類推の山 03



こちらもご参照下さい:

R・A・ラファティ 『昔には帰れない』































































巖谷國士 『ヨーロッパ 夢の町を歩く』 (中公文庫)

「ここには水平の道というものもほとんどなく、坂や階段ばかりだといってもよさそうなところで、ときには踊り場のような空間からふいに視界がひらけ、そろそろ淡い薔薇色をおびはじめた空の下に、銀の光沢をとどめる河口の水面がのぞまれる。だがそこをすぎればまた建物の谷間である。迷路は水平面にだけでなく、垂直の方向にもひろがっているかに思われる。」
(巖谷國士 「リスボン 夢の町を歩く」 より)


巖谷國士 
『ヨーロッパ 夢の町を歩く』
 
中公文庫 い-89-2

中央公論新社
2000年6月10日印刷
2000年6月25日発行
281p
定価667円+税
デザイン: 菊地信義
カバー写真: 著者撮影


「本書は、『ヨーロッパ 夢の町を歩く』(一九九三年十一月、筑摩書房刊)に、新たに写真を増補したものです。」
「写真はいずれも著者撮影。」



本書「あとがき」より:

「ヨーロッパの町々をめぐる私の二冊目の本ができた。」
「収録エッセーのほとんどは、「シグネチャー」誌の連載からとったもので、いずれもこれを機に手を加えた。」
「また「バルセロナ」「ヴェローナ」「ローテンブルク」の三篇は、「一枚の絵」、「クリエイト」、「教育じほう」の各誌に掲載されたものであり、「ベルリン」一篇のみは、私の本『反ユートピアの旅』(紀伊國屋書店刊)にすでに収録されているものである。」



本書「文庫版あとがき」より:

「今回の文庫本収録にあたっては、本文に手を加えることはほとんどしなかった。変化をつけてみたのはむしろ写真のほうである。とくに再訪、再々訪した町については新しい写真に入れかえた場合が多い(中略)。さらに本文のページ数のゆるすかぎり、写真点数を大幅にふやして面目を一新したことを付記しておこう。」


本文中図版(モノクロ)多数。巻末地図3点。


巌谷国士 ヨーロッパ夢の町を歩く 01


カバー裏文:

「どこかの通り、どこかの広場、どこかの建物の光景が、不思議な現実感をともなって目の前にあらわれ、そのままさそいこまれてしまうような……そんな体験をゆるす夢の町がある。奇妙に夢見心地にさせる、ヨーロッパ21都市魅惑のガイドブック。著者撮影の秘蔵写真多数。」


目次:

I
リスボン 夢の町を歩く
エヴォラ 遣欧少年使節とともに
ファティマ 聖地の変りやすい空
II
マドリード 新しい美術空間
セゴビア 仔豚と貴婦人
バルセロナ 都市の磁力について
III
マルセイユ 初夏の地中海をのぞむ
ヴェローナ 糸杉のある光景
ナポリ バスとスパゲッティ
IV
ドゥブロヴニク アドリア海の処女
ソフィア 優しいブルガリア人
プラハ いちばん美しい町
V
ワルシャワ 冬の明るい寒さ
クラクフ ヴィスワ川の怪獣
カルロヴィ・ヴァリ 温泉と鉱石の不思議
VI
ドレスデン 失われた街景
ベルリン 天使の豚
ローテンブルク 「ロマンティック街道」をゆく
VII
ロンドン おかしなホテルと美術館
コペンハーゲン アンデルセンを追って
ベルゲン フィヨルドのはてに

あとがき/文庫版あとがき
地図索引



巌谷国士 ヨーロッパ夢の町を歩く 02



◆本書より◆


「リスボン 夢の町を歩く」より:

「ずっとまえにいちど行ったことがあるだけなのに、ときどきふと思いだして、想像のなかでふたたびそこをさまよいあるいてみたくなる、そういうタイプの町がある。どこかの通り、どこかの広場、どこかの建物の光景が、不思議な現実感をともなって目の前にあらわれ、そのままさそいこまれて、直接その空間のなかへ一歩ふみだしてしまっていることに気づく、そんな体験をゆるす夢の町である。
 いま夢の町といったけれども、そういう町はじっさいに夢に出てくることもある。道が細く入りくんでいて、坂や階段が多く、角をまがるとふいに視界がひらけ、晩夏の陽光のもとに人影がくっきりとうかんで見えたり、石畳の路上を市電がごうごうと走りぬけていったり、遠くには海がきらめいていたりする。どこの国どこの町とも知れない。なにやら私の生まれ育った東京の一角を思わせるところもあるが、しかし、むしろ、名前のない町といったほうがよさそうなところだ。それにしても、私の夢にときどきあらわれるこの不思議な町は、いくつかの実在の町ともよく似ているのである。
 そんな町のひとつが、西のかなたの都リスボンであることはまちがいない。私は十数年まえにいちどおとずれたきりなのだが、その後も夢や想像のなかでくりかえしそこに降りたち、あの通りやあの広場やあの建物の前を、そのままゆっくりと、遠い海の風を感じながら歩きなおしている自分に気づく。」

「リスボンのなつかしさを、その歴史的・地理的な条件だけで説明してしまうのは口惜しいし、そもそも妥当ではないだろう。この町はすでに人格として(引用者注: 「人格として」に傍点)不思議な哀愁をたたえている。ポルトガル人がみずからの国民感情をあらわすためにしばしば用いる「サウダーデ」という言葉が、その大きな部分を形容してくれるだろう。
 この言葉は翻訳できない。ラテン語源では「孤独」を意味するが、いまではもっと複雑なニュアンスがこもっている。「郷愁」という訳語でもじゅうぶんとはいえない。あえていえば、(永遠に)失われてしまったものへの愛惜の情――に近いかもしれない。去っていった愛する人、遠くはなれた母国、はるかむかしの出来事への想いが、「サウダーデ」の内実を占めている。リスボンの夕陽と、その夕陽にそまる街路の色あいのなかに、まさしくその心情がうつしだされる。」
「「サウダーデ」にはいつも運命感がつきまとう。だれもが知っているポルトガル独特の歌謡「ファド」の語源が、ほかならぬ「運命」であったことを思いおこしてみてもいい。事実「ファド」がしばしば歌いあげているのは、運命にもてあそばれるポルトガル人の心情である。みのらぬ恋や、船出してもどらぬ男への想いがまた、「サウダーデ」の成分となる。」
「夢にあらわれる町リスボンのなつかしさは、風のように、空気のように、私の想像にまつわりはじめている。歴史的・地理的な条件のふかく溶けこんだ「サウダーデ」の気分が、想像の眼に作用してきそうになる。しかもそれだけではすまない。不思議な町の魔法というものは、眼をもういちど心情かた解きはなち、いわば無一物の、裸の、野生の状態にもどしてくれるだろう。」




アマリア・ロドリゲス 「暗い艀(はしけ)」




































































巖谷國士 『封印された星』

「もしほんとうに純粋なシュルレアリスムを貫いて生きるとしたら、いまごろ生きているはずはないと思うんですがね、三十年くらい前に死んでいると思います」
(瀧口修造)


巖谷國士 
『封印された星』

瀧口修造と日本のアーティストたち

平凡社 
2004年12月5日初版第1刷発行
368p 口絵(カラー)7p 
A5判 フランス装 本体カバー 函 
定価3,800円+税
装幀・デザイン: 桜井久
編集: 清水壽明



本書「後記」より:

「I は瀧口修造論の集成。(中略)どれも与えられたテーマにそって、私的な回想をまじえながら自由に書いているエッセーなので、伝記的・年代記的なデータを補うために、末尾には「瀧口修造小事典」をおさめることにした。
 II は生前の瀧口修造を通じて知りあうことのできたアーティストたちをめぐるテクストの集成。」
「III は瀧口修造の没後、さまざまな機会に交流することのできたアーティストたちを語るテクストの集成。」
「IV は亡くなったアーティストたちにささげたエッセーの集成で、追悼文も一、二ふくまれる。最後の四人はいわゆるアーティストではないが、いずれも美術とふかくかかわっていた人々、瀧口修造と交友関係をもっていた人々、アーティストに通じる「目」の方法や「物」の感覚をそなえていた人々である。」
「多かれ少なかれプライヴェートな動機をふくんでいるエッセーの集成なので、II、III、IV でとりあげた方々についても伝記的・年代記的なデータを補うべく、巻末に「名鑑」を設けてある。これについては編集部の用意した原稿がもとになっていることを申し添えておく。」



本文中図版(モノクロ)多数。


巌谷国士 封印された星01


「BOOK」データベースより:

「★瀧口修造の〈星〉――
★現代美術の〈星〉宇宙
瀧口修造とシュルレアリスムの流れを汲む32人のアーティストたち――
そのさまざまな作業と作品を、ひとりのシュルレアリストの「目」が読み解いてゆく!
著者30年にわたる滝口修造論・美術家論の集大成。」



函は貼函ではなく黒い厚紙製で、瀧口修造のデカルコマニー作品を印刷した長方形の紙が貼付されています。


巌谷国士 封印された星02


目次 (初出):

I
瀧口修造
 リバティ・パスポート 1 (改題 「みずゑ」 1979年9月号 美術出版社)
 三年ののち (第二回オマージュ瀧口修造展 「妖精の距離」 カタログ 1982年7月3日―22日 銀座佐谷画廊)
 ある瀧口修造展 (改題 「マリ・クレール」 1985年9月号 中央公論社)
 人・光線―瀧口修造とマン・レイ (第九回オマージュ瀧口修造展 「マン・レイ――オブジェを中心に」 カタログ 1989年7月3日―22日 銀座佐谷画廊)
 瀧口修造とアンドレ・ブルトン (第十三回オマージュ瀧口修造展 「アンドレ・ブルトンと瀧口修造」 カタログ 1993年7月5日―31日 銀座佐谷画廊)
 瀧口修造のデカルコマニー (「太陽」 特集・瀧口修造のミクロコスモス 1993年4月号 平凡社)
 リバティ・パスポート 2 (「現代の眼」 2003年10―11月号 東京国立近代美術館)
 瀧口修造小事典 

II
加納光於
 「運動」――旅人たち (第三回オマージュ瀧口修造展 「加納光於――瀧口修造に沿って」 カタログ 1983年7月4日―二十三日 銀座佐谷画廊)
 Illumination 頌 (『加納光於色彩版画集 Illumination-1986』 および同展カタログ 1986年6月刊 銀座ギャラリー上田)
中西夏之
 中西夏之の作業・作品 (中西夏之展 「紫・むらさき―Painting」 カタログ 1983年4月4日―28日 雅陶堂ギャラリー竹芝)
 「波打際」の思考 (「朝日新聞」 1985年8月3日夕刊)
岡崎和郎
 哲学とユーモア (岡崎和郎展 「HISASHI」 カタログ 1989年3月6日―4月8日 横田茂ギャラリー竹芝)
池田龍雄
 宇宙の卵、絵画の卵 (池田龍雄編著 『梵 BRAHMAN―非連続の連続』(私家版) 1984年5月1日刊 迷宮の会)
野中ユリ
 自我の集中と払散について (改題 「美術手帖」 1974年3月号 美術出版社)
 イリュミナシオン・イリュミネ (改題 「小原流挿花」 1976年2月号 小原会館)
 結晶のような…… (2002年7月1日執筆 未発表)
合田佐和子
 ナイルのほとりで (「朝日新聞」 1988年1月8日朝刊)
 見ることの自由と不思議 (合田佐和子展 「記憶ファンタジー」 パンフレット 2003年12月1日―26日 名古屋中京大学C・スクエア)
四谷シモン
 聖シモンとその自動人形 (澁澤龍彦編 『四谷シモン 人形愛』 1985年6月刊 美術出版社)
 密室の分身 (「朝日新聞」 1985年8月3日夕刊)
上野紀子/中江嘉男
 チコの望遠鏡 (『突然変異達 MUTATIONS』 しおり 1998年2月27日刊 N&Y STUDIO)
平沢淑子
 平沢淑子展のために (平沢淑子展カタログ 1983年9月2日―24日 曙橋フジテレビギャラリー)
高梨豊
 オリーヴの木の下で (2002年3月30日執筆 未発表)

III
秋山祐徳太子
 ポップ・ペーソス (秋山祐徳太子著 『通俗的芸術論 ポップ・アートのたたかい』 しおり 1985年7月20日刊 土曜美術社)
荒木経惟
 大洪水のあと (改題 荒木経惟写真集 『花陰』 1996年6月刊 経堂ギャラリー・イヴ/ジャテック出版)
渡辺兼人/金井美恵子
 写真の入った小説――既視の街 (「現代詩手帖」 1981年3月号 思潮社)
金井久美子
 Kumiko・K の部屋 (改題 金井久美子テンペラ画展パンフレット 1987年5月25日奪取6月10日 渋谷アートスペース美蕾樹)
桑原弘明
 小さな世界のために (桑原弘明オブジェ展 「手のひらの夢」 パンフレット 1995年12月15日―二十八日 渋谷アートスペース美蕾樹)
 小さな旅のために (桑原弘明オブジェ展 「箱の中の世界」 パンフレット 1997年1月17日―31日 渋谷アートスペース美蕾樹)
 小さな庭のために (桑原弘明オブジェ展 「scope」 パンフレット 2000年10月16日―11月11日 名古屋中京大学C・スクエア)
島谷晃
 謎のまなざし (鳥谷晃展パンフレット 1992年10月29日―11月24日 経堂ギャラリー・タガ)
山下清澄
 ノスタルジア――共通の場所 (巖谷國士編 『山下清澄 ノスタルジア』 1985年12月12日刊 美術出版社)
河原朝生
 ノスタルジア (『河原朝生画集』 1994年6月5日刊 求龍堂)
 長い長い時間 (河原朝生作品展パンフレット 1999年11月8日―12月4日 経堂ギャラリー・イヴ)
梅木英治
 どこかで見たことがある…… (梅木英治版画集 『日本幻想文学集成版画集』 1998年2月15日刊 ガレリア・アンダンダ)
大月雄二郎
 ビッグ・ブルー・ムーン (2003年2月9日執筆 未発表)
伊勢崎淳
 伊部のアトリエで (改題 「備前 伊勢崎淳作陶展」 カタログ 1990年4月12日―17日 新宿伊勢丹美術サロン)
 備前焼とモダン・アート (改題 「山陽新聞」 2004年7月18日朝刊)

IV
瑛九
 瑛九の私設ユートピア (『瑛九・銅版画SCALE IV』 1983年5月刊 林グラフィックプレス)
岡本太郎
 いま考えてみると…… (「ユリイカ」 岡本太郎特集 1999年10月号 青土社)
池田満寿夫
 手抜きがアート (「朝日新聞」 1987年7月13日朝刊)
 松原のアトリエ――過激な暇 (「池田満寿夫の世界」展カタログ 1988年8月22日―10月4日 世田谷文学館)
吉村二三生
 一語一会「たまらねえな!」 (「朝日新聞」 2002年8月28日夕刊)
堀内誠一
 ある種の鳥人 (『堀内さん』 1989年8月17日刊 堀内事務所)
 110人のイラストレーターたち (「ほるぷ図書新聞」 第四六七号 1984年9月1日)
澁澤龍彦
 『裸婦の中の裸婦』をめぐって (澁澤龍彦・巖谷國士著 『裸婦の中の裸婦』 1990年1月刊 文藝春秋)
土方巽
 不世出の「物」 (「現代詩手帖」 土方巽追悼特集 1986年3月号 思潮社)
 二冊の不思議な書物 (改題 「朝日新聞」 1987年2月二十三日朝刊)
石子順造
 キッチュの毒性 (改題 「朝日新聞」 1986年6月10日朝刊)
武田百合子
 見る人としての武田百合子 (文藝別冊 『武田百合子』 2004年2月29日刊 河出書房新社)

名鑑
初出一覧
後記



巌谷国士 封印された星03



◆本書より◆


「リバティ・パスポート 1」より:

「私的なメッセージを重視し、関係を維持し浸透してゆくということが、宙吊りの生き方をえらぶ瀧口修造にはふさわしかった。
 たとえばシュルレアリスムをめぐる氏の発言は、いつも私的で暗示的なものだった。とくにアンドレ・ブルトンについてはいわゆる論じることをせず、暗示し喚起するばかりにとどまった。」
「氏はなにも完成させようとせず、宙吊りにすることをえらんだ。」



「瀧口修造とアンドレ・ブルトン」より:

「それは、トワイヤンのビュランによるアンドレ・ブルトンの肖像だった。細長い二等辺三角形のなかにくっきりと描かれたブルトンの横顔の上に、二羽の美しい鳥がうかんでいる。一方は結晶の鳥、他方は炎の鳥である。(中略)僕もこの絵のことを思いうかべていたんです――というと、瀧口修造はまたにっこり笑って肯き、しばらくそれを眺めてからこういった。「ほらね、とてもいい絵です。おわらないものは、いつだって宙吊りなんですよ」と。」


「瀧口修造小事典」より「声」:

「その話し声はひそやかだった。綾子夫人につられてそうなったという説もあるが、もともと声を張りあげることを好まなかったようだ。耳を近づけてもよく聴きとれないことが多かった。それでいて話は何時間もつづき、しかも、別のレヴェルでのコミュニケーションがみごとに成り立った。笑い声も小さかったが、かすかに肩をゆすり、心から愉しんでいることが伝わった。ごくたまに激することもあったが、それは川端康成の選挙応援とか、三島由紀夫の日本刀をもつ褌姿などに対してであって、周囲に集まる友人たちに対してではなかった。」


「「波打際」の思考」より:

「「人は最初どのように絵を描くだろうか。最初の人はどのように絵を描いただろうか」と中西夏之は問う。」


「自我の集中と拡散について」より:

「いつもあやうい甘さをたたえて、修行者ふうの、「少年」ふうのストイシズムをつらぬく野中ユリの作業は、ある絶対をもとめている。ある極限への待命状態にあるといってもいい。個の意識をもはやのこさない完全白、「宇宙白」を待つあいだ、実体のイメージは非充足のなかでたゆたう。憧憬と陶酔のなかで味わうたそがれの薄片界の憩いである。」


「聖シモンとその自動人形」より:

「「状況劇場」時代のシモンは芝居を通じて自動人形を、人間人形を、体現していたともいえる。肉のはなやかさとけだるさと、物の冷たさとぎくしゃくした動きをあわせそなえていた女形シモンは、観客に快美なアナーキーを味わわせつつ、同時になにか人間をフィクションに変えてしまうような客観性を示していた。彼の演技に特有のむなしさは、彼のもとめる人間としての人形のありかたを、もしかしたら先どりしていたのかもしれない。」

「十何年ぶりかで舞台に立つ名女形はメイクアップの最中だった。(中略)だんだん人形に似てくる。」
「それから舞台にあらわれたシモンは、思いがけず異様な存在感を示した。若い役者たちの汗みずくの演技とはどうやら次元がちがうのである。人間は人間だと思いこんでひたすら頑張っているやつと、人間は人間ではないことを知って自分を外から動かしているやつとでは、勝負にならない。大きな頭と、淫らで無表情な顔と、ぎくしゃくした動作と、不真面目なようで真面目な早口とで、シモンはあざやかに人形人間の幻をつくってゆく。ほとんど異星人の出張サーヴィスのようである。」



「見る人としての武田百合子」より:

「いまは何かにつけて、物を意味だとか機能だとかにむすびつけて、ある種のパターンに分類して見たり、情報やメッセージに翻訳して見ることが強制され、教育されているような時代です。でも、物の見え方にも見方にも、個人差があるはずですね。みんながおなじようなものをおなじように見るという世界は最低です(笑)。視力の弱い人間でも、視覚障害のある人間もふくめて、見ることの権利と自由がほしい。」

「ある種のポップ・アートを思わせる何か。(中略)資本主義社会のパターンをえらぶポップではなくて、逆にそういうところから逃れて抵抗している物たちのポップです。ときにはキッチュに見えるような、懐かしいような切ないような、へんてこな物たち。(中略)それらはたいていの場合、徐々に失われてゆく前時代的な物たちなんで、武田百合子さんの本のなかには、どこを叩いても、流行のものとか、アメリカ的・ブッシュ的な意味でポップなものなどありません。ついでに気どったものや権威的なものも、たちまちただの物に還元されてしまいます。」
「物が見えちゃうと、この時代の現実に抵抗せざるをえないのかもしれない。写真に通じる目の方法で、見ることの自由をつらぬいてゆくことで、世界をパターンで説明したり画一化しようとしたりする者たちに、断乎として反抗しています。一種、ゲリラ的でもありますね。」
「見ることによって何かに従属することをこばむ生き方、それを美しくできたというところが高貴なんです。」










































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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