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中村元 『原始仏教 ― その思想と生活』 (NHKブックス)

「喪失した自己の回復、自己が自己となること、これがすなわち初期仏教徒の実践の理想であった。」
(中村元 『原始仏教』 より)


中村元 
『原始仏教
― その思想と生活』
 
NHKブックス 111 


昭和45年3月20日 第1刷発行
平成2年2月10日 第49刷発行
218p 
B6判 並装 カバー
定価780円(本体757円)



本書「まえがき」より:

「原始仏教については、先年NHKのFM放送で十二回にわたり連続放送したことがある。その際の原稿に筆を加え、原始仏教における複雑な変遷過程を顧慮しながら叙述したものが本書である。」


本文中図版(モノクロ)5点、地図2点、図1点。



中村元 原始仏教



目次:

まえがき

一 原始仏教の時代的背景
二 釈尊の生涯
三 原始仏教の基本的立場
四 苦しみと無常
五 自己の探究
六 迷いと理想
七 慈悲
八 不安と孤独
九 初期の教団
一〇 生活倫理の基礎
一一 男女間の倫理
一二 家庭における倫理
一三 社会生活における倫理
一四 経済に関する倫理

むすび




◆本書より◆


「一 原始仏教の時代的背景」より:

「当時の社会には道徳を否認するのみならず、その否認を公然と表明する思想家がいた。その代表者はプーラナ・カッサパである。プーラナは奴隷の子であり、その主人の牛舎で生まれ、主人のもとから逃れ、そのとき衣を取られて以来裸形でいたといわれる。(中略)サーヴァッティー市で釈尊と神通力を競って敗れ、釈尊が悟りを開いてのち十六年目にこの都市で水死したという伝説もある。」
「かれは次のように主張したという。
  『いかなることをしても、またなさしめようとも、生きものおよび人間を切断しても、また切断せしめようとも、苦しめようとも、また苦しめさせようとも、悲しませようとも、また悩ませようとも、他人の家に侵入しようとも、掠奪をなそうとも、強盗をなそうとも、追剝になろうとも、他人の妻と通じようとも、虚言を語ろうとも、このようなことをしても悪を行なったことにはならない。たとえ剃刀のような刃のある武器をもってこの地上の生きものすべてを一つの肉団・一つの肉塊となそうとも、これによって悪の生ずることもなく、また悪の報いのくることもない。たとえガンジス河の南岸に行って、生きものおよび人間を殺したり、害したり、切断せしめたり、苦しめたり、苦しめさせようとも、これによって悪の生ずることもなくまた悪の報いのくることもない。またたとえガンジス河の北岸に行って施しをしたり、施しをさせたり、祭祀をしたり、祭祀をさせたりしても、これによって善(福徳)の生ずることもなく、また善の報いのくることもない。施しをしても、自己を制しても、感官を制しても、真実を語っても、これによって善の生ずることもなく、また善の報いのくることもない。』
 ガンジス河の北岸では有徳な生活が行なわれ、南岸では悪が行なわれていると考えていたわけであるが、一般にガンジス河上流の北方地帯がバラモン教の根拠地であり、宗教都市ベナレスやプラヤーガも北岸にあるが、南方は未開化の住民が住んでいると考えられたので、このようにいったのであろう。
 ここでは世間一般に美徳として賞賛されていることを否認しているのである。かれは、善悪の区別は人間がかりに定めたもの(引用者注:「人間がかりに定めたもの」に傍点)であり、真実においては実在しないものであり、業に対する応報もあり得ないと考えて、道徳観念を否定したのであった。」
「プーラナなどに見られるような道徳否定論は、哲学的には唯物論によって基礎づけられる。(中略)その代表的理論家はアジタである。
 アジタは当時の一部の苦行者の風習に従って、毛髪でつくられた衣をまとっていたと考えられる。かれによると地・水・火・風の四元素(四大)のみが真の実在であり、独立常住である。さらに、これらの元素が存在し活動する場所として虚空の存在をも認めていた。人間はこれらの四元素から構成されているという。
 アジタよりも以前にすでに、ウパニシヤッドに現われる哲人ウッダーラカの哲学において、自然界を構成している元素と人間の身体を構成している元素との一致ということが考えられていた。(中略)アジタはこういう思想をも継承し、合理化して、唯物論の立場でこれを徹底せしめた。
 アジタによると、人間が死ぬと、人間を構成していた地は外界の地の集合に帰り、水は水の集合に、火は火の集合に、風は風の集合に帰り、もろもろの機官の能力は虚空に帰入する。人間そのものは死とともに無となるのであって、身体のほかに死後にも独立に存在する霊魂なるものはあり得ない。愚者も賢者も身体が破壊されると消滅し、死後には何ものも残らない。したがって現世も来世も存せず、善業あるいは悪業をなしたからとて、その果報を受けることもない(仏教ではこのような見解を「断見(だんけん)」すなわち断滅論とよんでいる。)。施しも祭祀も供儀も無意義なものである。世の中には父母もなく、また人々を教え導く「道(みち)の人」(沙門)・バラモンも存在しないと主張した。ここにプーラナの主張した道徳否定論が哲学的に基礎づけられたことになるのである。したがって、かれは哲学的には唯物論者であり、認識論の上では感覚論、実践生活の上では快楽論の立場に立っていたと考えられる。」

「ジャイナ教の出家修行者は極端な不殺生主義を守っている。道を歩くときには、小虫を踏むのを恐れて掃きながら歩む。掃くための箒は、仏教僧のもつ払子(ほっす)のようなものであるが、かれら自身がつくったもので、触れるとまことに柔い。掃いても小虫を殺さないようにできている。また修行僧も尼僧も口のあたりに白いマスク(引用者注:「マスク」に傍点)をしている。風邪をひかぬためではなくて、空中の小虫を吸い込まぬためである。水を飲むにも、沪過器でこして飲まなければならないが、それも小虫を呑み込んで殺生の罪を犯すことを恐れたのである。林の中を歩いてもならない。林の中の小虫を踏み殺す恐れがあるからである。こういう規定を現在でも守って実行しているのである。」
「また、ジャイナの修行者は無所有(引用者注:「無所有」に傍点)ということでも徹底していた。かれらは衣服を身につけず、一糸も身にまとわないで、蚊や蝿などに身を曝して裸形で修行していた。しかしやがて白衣をまとうことを許す一派が現われたが、これを白衣派という。これに対して全然衣をまとうことを許さない保守的な人々を裸形派と称する。裸形派は「虚空を衣とする人」と自ら称している。」
「ジャイナ修行者はさらに断食・禅定など種々の苦行(引用者注:「苦行」に傍点)を修めなければならない。」
「夏にも身を暑熱にさらし、時には幾月も水を飲まぬような苦行を行なう。かれらは飲食を制限し、しばしば断食を実行する。(中略)長く断食を行なったために死に至るものも少なくない。そうして断食による死が極度に称讃されている。」



「二 釈尊の生涯」より:

「かれは世間的には何不足のない境遇にあったけれども、それに満足し得ず、物思いにふける傾向があったという。」


「三 原始仏教の基本的立場」より:

「ゴータマはこのような論争は無意義であるとして、論争に加わることを欲しなかった。釈尊の教えはもろもろの哲学的見解を超越したものなのである。(中略)かれは争いを捨て去っているのである。」
「したがって初期の仏教は、当時論議されていた形而上学的な問題について解答を与えることを拒否したのである。(中略)これをまた「捨置記」あるいは「置答」というが、返答をしないで捨てておくということが、実は明確な返答を与えたことになるのである。」
「なぜ答えなかったかというと、これらの哲学的問題の論議は益のないことであり、正覚すなわち真実の認識をもたらさぬからである、と聖典は教えている。」
「他人と論争しないというこの境地に、ゴータマ・ブッダは重要な意義を見出したのであった。仏教徒は『無論争の境地を安穏なりと観ずる。』いわば無立場の立場に立ったのである。」
「真理は文字で説くことができない。『この文字というものはつまらぬものである。このつまらぬことがらについて論争に陥るな。』この立言は禅宗の「不立文字」や、後世のヴェーダーンタ哲学を思わせるものがある。」

「初期の仏教は特殊な教説を立てて他の宗教や哲学と争おうとはしなかったが、めざす究極の境地に到達するために、民衆のそれぞれの精神的素質や立場を尊重しながら真理を説くことを忘れなかった。そこで同一の真理が異なったしかたで説かれる(引用者注:「同一の真理が~」以下に傍点)ことが許される。また相手の素質に応じて教えを説く対機説法とか、方便思想とかは、仏教の教化方法の特徴的なものとして重要視されていた。」
「彼岸の理想の世界へわれわれを連れて行ってくれるという点では、いかなる教えも重要な意義をもっている。ここにわれわれは、後代の大乗仏教において「一乗思想」(いかなる実践法も究極においては、同一目標に帰着するという説)とよばれるものの理論的根拠が、すでに原始仏教に存することを発見するのである。」



「四 苦しみと無常」より:

「「無常の理」はまず人間の身体について切実に説かれてきた。人間の身体ははかなく脆(もろ)いものであり、それは泡沫に譬(たと)えられ、幻影のようなものである。『この身は水瓶のように脆い。』「哀れな身体」は堅固な実質のないものと考えられた。人間が身体を持っていることは不運なのである。身体は無常であり、死と老いとに悩まされ、殺されたり病いに冒されたりする。この身はやがて土に帰ってしまう。人間の身体と同じようにまた世界あるいは世間についても同じように述べられている。そして世界を泡沫のごとく幻影のごとくみなさなければならないと説いている。」
「人々は無常の理を見失っているから、煩悶もあり、歎き悲しむこともあるのであるが、もしも無常ということが脱れられぬことであると悟るならば、煩悶も消え失せることになる。」



「五 自己の探究」より:

「このように実践の目標に関して、自己を愛し護ることと、また自己を滅しすてることと、二つの全然相反した教えがすでに経典の最古層に説かれているのであるから、最初期の仏教においては、二種の異なった自己を想定していたことがわかる。一方は悪徳煩悩の基体としての自己であり、凡夫の日常生活のうちに認められる。それは理想から乖離し、常に頽落する可能性を内蔵している。これに反して他方は理想として実現さるべき自己であり、その真実の状態は聖者が具現しているものである。簡単に表現すれば、小我と大我、と呼んでもよいであろう。」
「煩悩妄執にまつわられている自己に関しては、聖典の中では、繰返し自己を制し、自己を統御し克服すべきことを教えている。」
「自己を制するということは、また個人に徹するということであると考えられた。
  『自己を制して悪をなさず、若いときでも中年でも聖者は自己を制している。かれは他人に悩まされることなく、また何人(なんぴと)をも悩まさない。』
 このように自己の孤独性を実現することによって、自我の束縛を脱することができると考えたのであった。
 他方これに反して理想とさるべき自己は、(中略)当為的規範的性格を有する。『自己は自己の主である。』したがって自己は自己にたよらなければならぬし、このような理想的自己は大海の中の島のようなものである。
  『汝は自己の良き島を作れ。けだし汝には他のよりどころが無いからである。』
 よりどころとしての「島」を漢訳仏典では「燈明」の意に解しているが、いずれにしても、その趣意に相違はない。釈尊も『われは自己への帰依をなした。』と説いたと伝えられている。しかるに愚者はこの道理を理解していない。愚者にとっては自己が失われている。」
「喪失した自己の回復、自己が自己となること、これがすなわち初期仏教徒の実践の理想であった。
 さて初期の仏教は、このような思想を表明していたのであるから、初期仏教における修行とは、見失われた自己を実現することであると考えられた。これをわれわれの表現をもっていうならば、真実の自己、本来の自己に復帰することであるといえるであろう。ひとは真の自己を把捉せねばならぬ、と考えた。」
「そしてこの自己の実現ということが、実は利他主義的な実践倫理を可能ならしめる基礎なのである。」

「さて仏教の実践とは、以上のべたように現実的・日常的な自己が、理想的・規範的自己に転ずることであるが、その際主体となるものは、どこまでも個人的自己である。最初期の仏教では自己と他人との区別をはっきりと認めていた。(中略)そして自己を救うものは自己のみであり、他人の救済の力にたよろうとしてはならぬ、という。聖者はみずからさとるのである。『みずからさとったのであって、誰を師と呼ぼうか。』すなわち「自己から生ずるやすらぎ」を自ら体得するのである。」
「師匠や教説や戒行にたよっていたのでは、解脱は得られぬ。」
「人はただ自己の力によってのみ救われるのである。」



「六 迷いと理想」より:

「インド人の死生観は、古来一般に輪廻転生(りんねてんしょう)の信仰と結びついている。インド人はもともと宗教的な民族であったが、ガンジス河畔に定住して以後は、輪廻転生の信仰をいだき、人間を含む生類(しょうるい)は永久に流転輪廻の生涯を繰返すと考え、しかもその信仰を切実に身に感じていたのである。
 その信仰がインド人の日常生活をさえも、不断に律していたことは、言語の表現の隅々にさえも認められる。例えば古代インド語で、「ここで」(iha; idha)とあれば、「この世において」という意味に用いられていることが非常に多い。」
「ところで初期の仏教によると、人生の真実相をさとった聖者は生死を超越しているのであるから、これは輪廻を超越しているわけである。」
「一般に修行者は生存からの離脱をねがっているのである。修行完成者は『生に赴かない。』のである。」
「ヒンズー教によると、最高神に帰依することによって再びこの世に生まれることがないようになるというが、最初期の仏教によると、どこまでもみずからの修行とさとり(引用者注:「さとり」に傍点)によってこれが達成されると考えたのである。」

「仏教における理想の境地は普通ニルヴァーナという語で表現されているが、ニルヴァーナ(涅槃(ねはん))というのは、当時の諸宗教の修行者の用いた特殊な術語であって、理想の境地(最高の目的)はもっと近づき易い平易なことばで表明されている。それは安穏(引用者注:「安穏」に傍点)とよばれている。それは「おだやかな」という意味である。それはヴェーダの宗教のめざす理想の境地であって、ここではヴェーダ聖典のことばを生かしているのである。それは確かにニルヴァーナと同義に考えられていた。またそれは幸福、吉瑞、やすらぎ(寂静)、不死、不死の境地、汚れなき法、恐れなきところ、虚妄ならざるもの、無病などともよばれていた。これらは仏教以前のヴェーダ聖典において願わしい境地としてめざされていたので、最初期の仏教はこれらをそのまま継承したにすぎない。
 また理想の境地は彼岸(引用者注:「彼岸」に傍点)ともよばれている。これもジャイナ教では最初期から用いられている名称である。輪廻の濁流をわたったかなたにあるところという意味なのであろう。
  『何物をも所有せず、欲に執着しない。かれは確かにこの煩悩の流れをわたった。かれは彼岸に達して、心の荒(すさ)びなく、疑惑もない。……かれは生と老衰とをのり超えた。』
 このように修行を完成した人のことを「流れを渡った人」とよぶ。これはジャイナ教などで聖者のことを「流れを渡る人」「流れを渡った人」とよんでいたのを、仏教がとり入れたのであろう。」
「ただ仏教が特に強調したのは、実践の究極の目標として、さとり(正覚)を得ることである。それはまた真理(引用者注:「真理」に傍点)に到達することである。原始仏教においては「真理」は「仮説」に対するものであるが、『真理は実に見易いものではない』という。それは自分がみずから体得することであって、『他人の知り得ないもの』であるといわれている。」

「最上の目的はまた「最上のやすらぎ(寂静)」であるともいう。」
「仏教のめざす最高の境地は安楽であり、楽しいものであると考えられていた。それは『最上の安楽』、『広大なる安楽』であるなどという。修行者は『自己の楽しみを求めている』のである。仏教の修行とは喜びや安楽を求めることである。かれは法悦の甘味を飲み『楽しく生きている』人なのである。修行によって到達し得る境地は『人間を超えた楽しみ』であり、『不死を知り得た人の歓喜と悦楽』である。瞑想を行なうのも、寂静に帰するのも、楽しいことである。」
「『村にせよ、森にせよ、低地にせよ、平地にせよ、聖者の住む土地は楽しい。』
 こういうわけでやがて「現世の楽しみ」をも承認するようになるのである。しかし同じく現世の楽しみといっても、世俗の求めるそれとは正反対のものである。」
「解脱した人には現世もなく来世も存在しないということは、インド一般に諸宗教を通じての理想であり、ジャイナ教や叙事詩にも説かれているが、原始仏教はそれを受けているのである。原始仏教で解脱というのは、『この世における生と死とを捨て去ること』である。解脱の境地においては、生死が存在しない。(中略)この究極の境地は、「不滅の領域」、「不滅の境地」といい、あるいは単に「不死」とも称する。また単に「不老」ともいうのである。
 そして仏教はこのような最高目的に達することを教えているものであるから、仏教は「不死の門」、「不死の獲得」であり、修行者は「不死の境地を見る」のである。
 生死を超越するということは、また現世も来世も超越するということである。修行者は『この世をも、かなたの世をも希求することなし。』といい、したがって現世のみならず来世にも執着しないのである。」
「このように、妄執を断った境地が解脱であり、それがまたニルヴァーナである。それは生前に、この世で達成されるものである。」
「修行を完成した覚者でも、やはり苦痛を感じることはあるけれども、しかも一切の苦しみを滅ぼしつくした(引用者注:「一切の苦しみを~」以下に傍点)というのである。故にもはや「生を結ぶこと無き者」(ニルヴァーナに達した人)は「肉体的な苦痛を感受するが、心的苦痛を感受しない」のである。『肉体的苦痛を生ぜしめる因と縁との止まないことによって肉体的苦痛を感受し、心的苦痛を生ぜしめる因と縁との止むことによって、心的苦痛を感受しないのである。』」



「七 慈悲」より:

「最初期の仏教においては、人間の宗教的実践、基本的原理として特に強調したことは、慈悲であった。生きとし生ける者(一切衆生)に対する慈悲がしばしば説かれている。」
「慈悲の立場に立つならば、悪人を憎むということがない。悪人をもますますあわれむのである。慈悲の立場に立つならば、敵というものがない。『おのが敵に対しても慈しみを起こすべし。』という不可能なようなことが主張されるのである。
 慈悲は求めることのない愛(引用者注:「慈悲は~」以下に傍点)である。」



「八 不安と孤独」より:

「人間はかくも孤独である。孤独である人間は孤独に徹せよ。修行者は独り淋しく坐すのである。人々から遠ざかり離れて坐し、ひとり禅思するのである。すなわち人々からかくれて(引用者注:「かくれて」に傍点)秘かに存在する。経典はひとりで存在する者を称賛している。
  『われは人と交らず。われにいかなる友もなし。』
 ひとは孤独であるときに自由(引用者注:「自由」に傍点)である。」
「もしも仲間がいると、わずらわしい。いつも邪魔される恐れがある。
  『仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。ひとの欲しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。』
 だから理想の修行者は『在家者・出家者のいずれとも交わらず、住家(すみか)なくて遍歴し、欲の少ない人』であった。(中略)されば、修行者は「独り行く者」である。『一つの道に依りて二人行くことなかれ。』かれらは群居してはならぬ。修行者が三人以上いると修行の妨げになると考えていた。」

「人間を嫌う結果として、かれらには、世俗的人間に対する否定的なものとして、自然がこよなき救いとなっている。かれらは自然を楽しんだ。
  『前にも後にも、もし他人がいないならば、独り林に住する者に大なる安楽がある。さあ、われは仏の称讃したもうた森林に独り赴こう。これは独り住んで専念なる修行者の楽しむ処であるからである。花も盛りの涼しの森に、冷かな山窟の中に、四肢を洗い終わって、独り行き独り返ろう。吹く風涼しく香り匂うとき、われは山の頂きに坐して無明(むみょう)を破ろう。冷やかな山の斜面に、花におおわれた林の中に、解脱の安楽を楽しんで、われは喜ぼう。』
 一般的に言えば、修行者は静かな場所を選んで、人里はなれたところに坐臥した。かれらは森林を愛し、「森林を想う者」であった。女性である尼僧でも樹下に至って禅思した。ときには河の岸辺に坐して禅思したこともある。『雨降り、雷鳴り、われはひとり恐ろしき窪地に住む。』
 ただしかれらは一つの場所を愛してそこにとどまることはなかったようである。『修行者たちの或る者はマガダに、或る者はコーサラに、或る者はヴァッジの地に行った。わなにかからぬ鹿のごとく、修行者らは定住所なくして逍遙するのである。』初期の仏教徒の生活理想は遍歴行者となることであった。「正しく遍歴せよ」ということが最初期の経典の中に繰返し教えられている。」

「ところで孤独なる生活は何故にかくも称賛されているのであろうか。それは、幽静な場所でひとり修行する人は「自己を守る人」であるからである。世俗的なものをすべて払いのけて、真実の自己を探求する(引用者注:「真実の自己を探求する」に傍点)ということが、原始仏教修行者の目的であった。それはまた人間の理想としての「法」の実現なのである。」

「すでに原始仏教の経典においても、一方では孤独な修行を推奨しながらも、他方では共同生活を必ずしも否定すべきでないことを認めている。だから「静かなところに住め」という教えと「善き友をもて」という教えが一緒に説かれているのである。
  『善い友だちと交われ。人里はなれ奥まった騒音の少ないところに坐臥せよ。』
 この二つの教えは相互に矛盾しているようでありながら、最初期の仏教の修行者にとっては必ずしも矛盾していなかった。「善い友だち」なるものは、世俗から離れるという方向において(引用者注:「世俗から離れるという方向において」に傍点)一致していたのである。」



「九 初期の教団」より:

「仏教は社会に存する階級的身分的差別の無意義であることを強調し、これを否認したのであるから、初期の仏教教団にはあらゆる階級の出身者が参加した。」
「「わたくしは以前には困窮していました。夫なく、子なく、朋友親族もなく、衣食も得ませんでした。」と告白する婦人、一族すべて亡びて一人取り残された貧しい寡婦、鉢と杖とを携えて寒熱に苦しめられていた婦人も出家している。遊女も出家した。盗賊でさえも出家した。」
「原始仏教は商人あるいは手工業者層の人々の支持を受けていた。手工業者は古代インドにおいては、多くは低い階層の人びとと見なされていた。このように広い層の支持を受けていた仏教が、階級社会からの人びとの解放をとなえ、また、それらの人びとの帰依支持を受けていたのは当然であろう。」
「支配階級、上層階級の人々も釈尊に帰依した。(中略)バラモンのカッサバ兄弟も千人の弟子を引きつれて釈尊に帰依したのであった。」

「最初期の仏教は、必ずしも特定の道徳体系ではなかった。我執をなくし、何ものにもこだわらぬという立場をとっていたから、いわゆる宗教家や道学者なるものの実践に反対している。所詮は何ものにもとらわれぬというのが理想であった。
  『一切の戒律や誓いをも捨て、世間の罪過あり、あるいは罪過なきこの行為をも捨て、「清浄である」とか「不浄である」とかいってねがい求めることもなく、それらにとらわれずに行なえ。――やすらぎを固執することもなく。』」
「当時の出家修行者は、全く無一物に徹していた。これは当時バラモン教やジャイナ教で何ものをも所有しない境地を理想としていたのを受けているのである。修行者は何ものをも持たないと称する。
  『実に何物もない人は安楽である。けだし智慧ある人は無一物だからである。』」

「今日でもインドの行者の服装は乞食のそれと余り異ならない。最初期の仏教徒はみずから身を落としてこのルンペンの生活に入り、しかもそれを昂然たる誇りを以て実践していたのである。」







こちらもご参照ください:

中村元/三枝充悳 『バウッダ 佛教』
渡辺照宏 『新釋尊傳』
馬場あき子 『世捨て奇譚 ― 発心往生論』 (角川選書)


























































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J・ゴンダ 『インド思想史』 鎧淳 訳 (中公文庫)

J・ゴンダ 
『インド思想史』 
鎧淳 訳
 
中公文庫 コ-3-1 

中央公論社
1990年9月25日 印刷
1990年10月10日 発行
270p
文庫判 並装 カバー
定価520円(本体505円)


「『J・ゴンダ インド思想史』 一九八一年五月 冨山房刊」



本書「訳者あとがき」より:

「本書は J. Gonda: *Inleiding tot het indische denken* (Philosophische Bibliotheek), N. V. Standaard-Boekhandel, Antwerpen (voor Nederland: N. V. Dekker &. Van den Vogt, Nijmegen) 1948, 319pp. の前半部、Hoofdstuk I. Vedisch Geloof etc. - Hoofdstuk XIII. Kritiek en Materialisme (p. 9 - p. 163) の日本語訳である。」
「なお本書は、さきに(昭和五十六年)東京・冨山房から刊行されたものであるが、この度、中公文庫への収録に当たって若干の修正を施した。」



地図(「古代インド略図」)1点。
本書は2002年に岩波文庫の一冊として再刊されています。


ゴンダ インド思想史


カバー裏文:

「インド思想とは、多様な現象世界の背後にひそむ唯一なるものを求め、それへの復帰を実現しようとする営み――ヨーガ――である。その展開を『リグ・ヴェーダ』からウパニシャッド・仏教・ギーター・古典ヨーガの形式まで辿った、インド学の世界的泰斗による好著の邦訳。インド思想、さらに仏教理解への明解な一視点を提供する。」


目次:

第一章 ヴェーダ――潜在力への信仰と祭式、神々との交流
第二章 ブラーフマナの思弁
第三章 最古のウパニシャッド――梵と我
第四章 古期ウパニシャッド――輪廻、業、ヨーガ
第五章 ジャイナ教
第六章 仏陀
第七章 小乗部派の仏教
第八章 大乗――空観
第九章 第二期のウパニシャッドとマハーバーラタ
第十章 バガヴァッド・ギーター
第十一章 古典サーンキヤ
第十二章 古典ヨーガ
第十三章 革新的思想と唯物論

参考文献
訳者あとがき
年表
索引




◆本書より◆


第四章より:

「さて、「輪廻(saṃsāra)」とは、この世の存在の、絶えることない転回または流転に「随伴する」(saṃ-sr ̣-)こと、個我(アートマン)が業の奴婢となり、現象界に繋縛されている人が、繰り返し(この世に)出生し、存在して止まることがないことをいう。我々は不安・動揺・悲惨の中を漂う寄る辺ない舟のように、この地上で、虚ろで見通しのない輪廻、いわば、あの猛り狂い、退路も知らぬ苦悩と絶望の大海、止まることない苦境の中を彷徨い続ける。そして、あたかも業がぜんまい仕掛けとして働き、ほどけるや再び自動的に捲き上げられたかのように、輪廻を繰り返すのである。この世の生存は悲惨である。このことは、ブリハド・アーランヤカ・ウパニシャッド以来、一段と数繁く、しかも声高に説かれるようになった。「この人、生まるるや、肉身を受けて諸悪と結合せらる。」「骨・皮膚・筋・髄・肉・精液・血・粘液・涙・唾液・糞・尿・風・胆汁・痰の聚合なるこの悪臭を放ち、虚ろなる肉体において、欲望の愉悦もていかんせん。欲望・瞋恚……老・死・病にて攻めらるるこの肉体において、欲望の愉悦もていかんせん。また、我ら、この一切は可滅なりと見る。他の、優れたる大勇者、あるいは転輪の王たりしもの、……(も、これに同じ。)大海に涸渇あり、山岳に崩壊あり、……。かかるごとき輪廻にありて、欲望の愉悦もていかんせん。かかる輪廻にありては、我、あたかも枯井に住む蛙のごとし。」この世の生について、上のような見方が、ガンジスの国の重立った思想の中に、ほとんどくまなく拡がっていった。(中略)この輪廻の説には、世界生起の問題をめぐって、もともと古代的な体系の意識的考察――そこでインド人は天文学的な計数を披瀝するに至った――に端を発したと思われる、容易ならぬ影響力を考えることができる。古典的見解では、日々や季節、歳年が、折々の祭祀や行事と共に巡ってくるように、四大世期もまた循環する。その最後で最悪の世期が我々の“世期”である。それは梵の一日(kalpa)――人間で言えば、四十三億二千万年――という小周期の、さらに千分の一に当たる。カルパに同じ長さの夜を加え、三万六千回繰り返すと、梵の一生涯が終了する。さて梵の一日が終わって、「宇宙卵」は内部で現象的なものが摩滅し、疲弊し切ったままで留まる。そして夜に入ると共に、宇宙卵に含まれたあらゆる要素共々、彼の唯一に吸収され、夜が過ぎると、一切は新しく、無限に始まるのである。この体系は、マハーバーラタや、それとほぼ同時代の作品に至って、完全な形で登場する。それはまた、世界生起について再生を認め、一切は繰り返すと説くものと同じ周期説から起こったものである。仏教徒もこの周期観を基に、世期ごとに仏陀が出現するという劫(カルパ)の体系を発展させ、同時に劫(カルパ)を輪廻の同義語として用いるようになった。これといった目的も新しい展開もなく、絶えず同一の点に回帰する世界過程の中で、個々は必ずや母胎・出生・病・死の苦悩を繰り返し経なければならない。それは人間にとっても、永遠の不安であり、無常であり、不快である。これに対して、一度絶対的存在の観念が現われるや、鮮明で、澄み切った「静寂」(prasāda)、「世界過程の完全な終熄」(śānti)、混じり気なく、ただ自己自身であり、彼の唯一との一致を実現した我(アートマン)の永遠不滅の姿がある。すでに最古のウパニシャッドにおいて、梵以外は「すべて苦悩を齎す(ārta)のみ」という確信が表明されている。理想への願いが強ければ強いほど、梵との合一のみが安祥である。梵を離れ、個として生きるのは苦悩を齎すとの確信が強ければ強いほど、「これ実に偉大にして不生の我なり。そは一切の支配者として、一切の主宰者として、一切の君主として、心臓内にある空所に安らう。……バラモンはヴェーダの学習により、祭祀により、布施により、苦行により、断食により、これを知らんと欲す。……これのみをそ(=目的)の世界として望みつつ、遊行者は遊行す。古人はまさにこのことを知りたれば、子孫を願わざりき、すなわちこの我、この世界(=梵)のわれらに属するに、子孫をもって何かせんと。彼らは実に児子に対する欲求、財宝に対する欲求を離れ、世間より離脱して行乞」し、「欲望なく、欲望を離れ、欲望を成満し、我(アートマン)のみを希求するもの点々彼は梵となり、梵に帰入す」るのである。」
















































ソーマデーヴァ 『屍鬼二十五話 ― インド伝奇集』 上村勝彦 訳 (東洋文庫)

ソーマデーヴァ 
『屍鬼二十五話
― インド伝奇集』 
上村勝彦 訳
 
東洋文庫 323 

平凡社 
昭和53年1月27日 初版第1刷発行
316p
18.4×11.6cm 
角背布装上製本 機械函
定価1,000円
装幀: 原弘



本書「凡例」より:

「本書は十一世紀インドの詩人、ソーマデーヴァ作『カター・サリット・サーガラ』に含まれる「屍鬼二十五話」(Vetālapañcaviṃśatikā)のサンスクリット原典からの翻訳である。」
「底本には The Kathāsaritsāgara of Somadeva Bhaṭṭa, ed. by Pandit Durgāprasād & K. P. Parab, 3rd & Revised ed. by Wāsudev Laxmaṇ Shāstri Paṇsikar, "Nirṇaya-sāgar" Press (Bombey, 1915), pp. 406-466 を用いた。訳注において、これをニルナヤ版と略称した。」
「原典はすべて韻文形式であるが、訳者は散文形式によって訳出した。」
「各話の標題は訳者が付したものである。」
「巻末に、ジャンバラダッタ本「屍鬼二十五話」から三話を付載した。」



屍鬼二十五話


勇敢なトリヴィクラマセーナ王が修行僧の手助けをすることになって、夜中に屍鬼(ヴェーターラ)が憑いた死骸を運ぶ。屍鬼は運ばれながら王に話をして聞かせ、内容に関して質問する。王がそれに答えると(言葉を発すると)、屍鬼はもとの場所に戻ってしまい、王は何度も死骸を運びなおさねばならなくなるが、それは屍鬼が修行僧の悪だくみを察知して、王を救うためにしたことだった。
というわけで、訳者によると、本書は西欧の文学にも影響を与えていて、第六話「すげかえられた首」はゲーテ、トーマス・マンなどによってとりあげられているとの指摘がありますが、第八話の、七枚の蒲団を重ねたベッドに寝て、その下にあった毛の跡がわき腹にできてしまう「デリケートな兄弟」の話は、アンデルセン「エンドウ豆の上に寝たお姫さま」の原話なのではないでしょうか。


目次:

凡例

プロローグ
第一話 烙印をおされた少女
第二話 娘一人に婿三人(一)――彼女の灰を抱いていた男
第三話 男が悪いか女が悪いか
第四話 息子を犠牲にした忠臣
第五話 娘一人に婿三人(二)――ソーマプラバーの場合
第六話 すげかえられた首
第七話 海中都市(一)――阿修羅の娘と結婚した男
第八話 デリケートな兄弟
第九話 王女と四人の求婚者
第十話 三人の男と約束した女
第十一話 デリケートな王妃たち
第十二話 海中都市(二)――天女を妻にした王
第十三話 バラモンを殺したのは誰か
第十四話 盗賊を愛した少女
第十五話 ムーラデーヴァと性転換の秘薬
第十六話 ジームータヴァーハナの捨身
第十七話 侮辱された女の復讐
第十八話 呪法に失敗した師弟
第十九話 三人の父親を持った王
第二十話 生贄の少年はなぜ笑ったか
第二十一話 焦がれ死にした女
第二十二話 ライオンを再生した兄弟
第二十三話 青年の死体にのりうつった行者
第二十四話 父が娘を、息子が母を妻にした場合
第二十五話 大団円

ジャンバラダッタ本『屍鬼二十五話』
例言
第二十一話 二日目に彼女を抱くのは誰か
第二十二話 ムーラデーヴァの計略
第二十三話 羅刹に怯える都

解説 
あとがき




◆本書より◆


「海中都市(二)」より:

「さて、ディールガダルシンは決意も堅く、一人で諸国をさすらい聖地を巡礼しているうちに、プンドラ地方にたどり着きました。その地方の、海に遠からぬある都で、彼はとあるシヴァの神殿に入り、その中庭に坐っていました。彼は日光の熱で疲労し、長旅でほこりまみれでした。ところが、そこに、ニディダッタという商人が神を礼拝しに来ていて、彼を見つけました。この商人はもてなし好きな男でしたから、そのような状態の彼を見て家へつれて行きました。彼が聖紐(せいちゅう)をかけ、瑞相をそなえていたので、きっと最高のバラモンであると考えたのです。商人は自宅で彼に水浴させたりごちそうを出したりして、この上もなく歓待しました。そして、疲れのとれた彼に、
 「あなたはどなたですか。どこからいらしたのです。どこへ行かれるのですか」
 とたずねました。
 「私はディールガダルシンというバラモンです。アンガ国からここに来ました。聖地巡礼をするためにです」
 彼は〔事実の一部〕を隠して商人に答えました。すると、大商人ニディダッタは彼に言いました。
 「私は商用のため黄金島へ行きます。そこであなた様は私が帰って来るまで私の家にいらして下さい。聖地巡礼でお疲れでしょう。疲れがとれたらお発ちなさい」
 それを聞くとディールガダルシンは言いました。
 「そういうことなら、どうして私はここに留まりましょう。隊商長さん、もしよろしければあなたといっしょに私も行きましょう」
 好人物の商人は、そうなさいませ、と言いました。そこで宰相は、商人の家で久しぶりにベッドに寝て、その夜をすごしました。
 翌日、彼は商人とともに海に出て、商品を満載した船に乗りこみました。そしてその船で航海し、驚異と恐怖に満ちた海を眺めているうちに、やがて黄金島に着きました。(中略)彼は商人ニディダッタとともにしばらくの間その島に滞在しました。その間、商人は売買をすませたのでした。
 そこから商人とともに船に乗って帰る途中のことです。突然、波の背から海上に出現した如意樹を認めました。その樹は、珊瑚の美しい枝や金色に輝く幹や宝石でできた美々しい果実や花で飾られておりました。そして、彼はその幹に、いとも珍(めずら)かなる姿の美少女が宝石をちりばめたソファに腰かけているのを認めました。彼が一瞬、これはどうしたことか、と考えこんでおりますと、その少女は、琵琶(ヴィーナー)を手にして歌いはじめました。

 前世にまいた行為の種の
 人は必ずその果をうける
 げに前生になされしことは
 運命すらも変えられぬ

 その天女はそう歌ってから、如意樹のソファに身を横たえたままで、あっという間に海中に没してしまいました。」

「ヤシャハケートゥ王は、大海の中に沈みましたが、驚いたことに、突然神々しい都を見出したのでした。都は諸々の宮殿で光り輝いていました。それらの宮殿の柱は燦然たる宝玉でできていて、壁は黄金できらめき、格子窓は真珠でできているのでした。そしてまた、いくつかの公園が都を飾りたてていました。公園の溜池(タンク)にはさまざまな宝石でモザイク模様をほどこした階(きざはし)がついております。その公園は、如意樹に満ち満ち、すべての欲望を満足させるものでした。
 その都はこのように豪奢でしたが、全く人気(ひとけ)がありませんでした。」



「第十八話」より:

「さて豪胆なトリヴィクラマセーナ王は、その夜、焰の舌を動かし人肉を食う亡霊のような火葬の薪の火に満ちた墓地を行き、再び例のシンシャパー樹にたどり着きました。すると思いがけなくも、同じような姿をした夥しい死骸がそこにぶらさがっているのを見出したのです。それらは屍鬼が幻術によって現出したものでした。
 「ああ、これはどうしたことか。屍鬼が幻術で私に時間を浪費させようとしているのに違いない。私はこれらの多くの死骸の中のどれを取ったらよいかわからない。もし私が目的を成就しないうちにこの夜が過ぎるなら、私は火に飛び込むしかない。笑いものになるのは我慢できない」
 と王が考えると、屍鬼は王の決意を知ってその勇気に満足し、幻術を撤回しました。すると屍鬼の宿る死骸は一つだけになりました。そこで王はそれを降ろし、肩にかついで再び歩きはじめました。すると屍鬼は歩いている王にまたもや話しかけました。
 「王様、あなたの忍耐は驚くべきものだね。そこで俺の物語を聞きなさい」」



「解説」より:

「本書で「屍鬼」と訳したヴェーターラ(vetāla)は鬼神の一種で、死体に憑(つ)いてこれを活動させることから、漢訳仏典において、起尸鬼(きしき)、起屍鬼、起死尸、起死屍鬼、起屍、屍鬼などと訳されている。そして、毘陀羅(びだら)、毘多荼(びただ)(vetāda)、鞞陀路婆(びだろば)、迷怛羅(めいたら)などと音写されている。死体に憑く鬼神のみならず、死体を起す呪法を「ヴェーターラ」と呼んだ例もあるようである。」
「ヴェーターラ呪法については、ヴァラーハミヒラ(Varāhamihira, 五―六世紀)が、その百科全書的な占星術書『ブリハット・サンヒター』の中で触れている。そこには、「ヴェーターラ」とは、「呪文(mantra)の助けによって死体を再び起き上がらせる」呪法であると説明されている。また、もしヴェーターラ呪法(vetālīya)が誤って行われた場合には、その呪法を行っている行者自身が滅びると信じられていた。」
「ヴェーターラは屍体に憑いてこれを活動させることを得意とするが、時としてその姿を現すことがある。その特徴は、「色は黒く、丈が高く、駱駝のような首、象のような顔、牡牛のような脚、梟のような眼、驢馬のような耳を持つ」と描写されている。」
「ヴェーターラは『カター・サリット・サーガラ』第十二巻で活躍するのだが、その他の巻に出て来ないわけではない。たとえば注目すべき例として、第五巻の一插話であるデーヴァダッタの物語にも登場する。
 デーヴァダッタは、妻ヴィディユットプラバーの腹を引き裂かせ胎児を食べてヴィディヤーダラ(半神族の一種)となった苦行者ジャーラパーダに復讐するために、ヴェーターラ呪法を行う。彼は夜中に墓地へ行き、死体に憑いているヴェーターラを樹の根かたに請じて供養し人肉を供えたが、ヴェーターラが満足しなかったので自分の肉を切ろうとする。ヴェーターラは満足し、ジャーラパーダのいるところに彼をつれて行く。そこでは、ジャーラパーダはヴィディヤーダラの王となっていて、死んでからもとのヴィディヤーダラの姿にもどったヴィディユットプラバーを口説いていた。デーヴァダッタはヴェーターラの助けを得てジャーラパーダに飛びかかるが、ヴェーターラがジャーラパーダを殺そうとすると、デーヴァダッタはそれを引きとめ、彼を地上にもどせと命令する。そこにドゥルガー女神が現れて、デーヴァダッタをヴィディヤーダラの帝王の位につける。かくて彼は妻とともに幸福に暮す。」
「ヴェーターラ信仰はタントリズムと結びつき、人身献供を要求する血なまぐさい秘密の儀式をともなう。ヴェーターラ呪法は黒月の第十四日目の深夜の墓地でおこなわれる。前述したように、人骨の粉で描かれた曼荼羅(マンダラ)の内部の地面には血が撒かれ、その四方には満々と血を湛えた瓶が置かれる。燈明用の油は人間の脂肪である。行者は真言(マントラ)を唱えて本尊とするヴェーターラを死骸の中に請じ入れる。閼伽水(あかすい)としては、頭蓋骨の器に血を盛って供える。人間の眼球を火にくべて焼香する。そして人肉を供物とする。
 ヴェーターラがこのような供養(プージャー)に満足した時には行者の願いをききとどけるが、行者が呪法に失敗した時には彼は死ぬ。」





































































『鸚鵡七十話 ― インド風流譚』 田中於菟弥 訳 (東洋文庫)

『鸚鵡七十話
― インド風流譚』 
田中於菟弥 訳
 
東洋文庫 3 

平凡社 
昭和38年10月10日 初版発行
昭和38年10月31日 再版発行
368p はしがき4p 目次8p
18.4×11.6cm 
角背布装上製本 機械函
定価400円
装幀: 原弘



本書「はしがき」より:

「本書は古代インドのサンスクリット語説話集「シュカ・サプタティ」(Śukasaptati, Textus ornatior)の全訳である
 商用で旅に出る商人マダナセーナは、家に残す愛妻プラバーヴァティーのことを賢い鸚鵡に相談する。すると鸚鵡はさまざまの窮境に陥った話をし、その解決ができるなら出かけてもよいという。彼女がそれを考えているうちに夜が明けると、鸚鵡はその解決の方法を語り、かくして七十夜を過ごし無事に夫を迎える、というのが本書の全体の筋であるが、この鸚鵡の語る七十話(本書では原本に欠損があって六十七話)を集めたのがこの説話集である。」
「現在伝わっているサンスクリットの原典は二種にわけられ、私の選んだ広本(Textus ornatior)は、(中略)きわめて不完全な写本を基礎としたもので、したがって多くの欠損や不明の点を含んでいる。小本(Textus simplicior)と比較すると共通な話は五十二話で、順序もかなりちがっているが、全般的にみて個々の話は広本の方が文飾も多く、面白く書かれている。(中略)私があえて不完全な広本を選んだのは読物としての興味を考えたからである。」



本文中カット15点、図版(「「鸚鵡七十話」本文第1ページ」)1点。


鸚鵡七十話 01


本書巻末「東洋文庫 刊行書目」より:

「商人に飼われた一羽のおうむが、主人の留守中に浮気をしようとする妻に向かって、機智にとんだいましめの話を七十夜つづけ、主人の留守を守る物語。中世紀インドの生活をつたえ、アラビアン・ナイト、デカメロンの原型を示す好著。」


目次:

はしがき

序話
第一話
第二話
第三話
第四話
第五話
第六話
第七話
第八話
第九話
第十話
第十一話
第十二話
第十三話
第十四話
第十五話
第十六話
第十七話
第十八話
第十九話
第二十話
第二十一話
第二十二話
第二十三話
第二十四話
第二十五話
第二十六話
第二十七話
第二十八話
第二十九話
第三十話
第三十一話
第三十二話
第三十三話
第三十四話
第三十五話
第三十六話
第三十七話
第三十八話
第三十九話
第四十話
第四十一話
第四十二話
第四十三話
第四十四話
第四十五話
第四十六話
第四十七話
第四十八話
第四十九話
第五十話
第五十一話
第五十二話
第五十三話
第五十四話
第五十五話
第五十六話
第五十七話
第五十八話
第五十九話
第六十話
第六十一話
第六十二話
第六十三話
第六十四話
第六十五・六十六・六十七話 (本文欠)
第六十八話
第六十九話
第七十話
大団円

解説
付 「鸚鵡七十話」異本・類本対照表



鸚鵡七十話 02



◆本書より◆


「第六話」より:

「ジャヤンティーの町に、スマティという名前の商人が住んでおりまして、その妻をパドミニーと申しました。ところが彼はせっかく積んだ善行も運命に見棄てられて、財産もなくなってしまいましたので、草や木片(きぎれ)を集めては乏しい小銭を集めてやっとお腹(なか)をみたす資(もと)にしておりました。このようにして暮らしながら、或る日のこと彼は木片の荷を集めに森へまいりましたが、その日は森でちっとも木片を得ることができず、非常に落胆(がっかり)して木片も持たず家路につきました。するとその時、空をことごとく水の変化の多い大浪に漂わせる雨季の幻影〈のような雨雲〉の端を認めたので、彼は傍のガネーシャの寺院にはいって立っていました。彼はそうしてぼんやりとガネーシャの方を向いて、木でできたガネーシャの像を眺めておりましたが、ふとそれを見て彼は心に悦びました。『今日一日の家族を養う生計(くらし)は、このガネーシャの像の木片を集めればやっていけるわい。これは俺にも運が向いてきたぞ』と言って斧をとって仕度をしました。ところが彼が打ちかかろうと振り上げた時にガネーシャが商人に申されました。『こら、乱暴者の極道者め、なにをしようとするのか』そこで彼が申しました、『私は貴方様の像を壊し、荷を作って売ろうと思うのです。そのお金銭(かね)で今日一日の家族の生計を賄おうというのです』こう言われてガナパティはまた彼に向かって申されました。『お前の非常な苦労を認めて恩恵(めぐみ)を垂れてつかわそう。お前は毎朝早くここへきなさい。余の前に凝乳と擂砂糖のはいった五つの菓子パンが置いてあるから、それを持って行きなさい。それだけあればお前の家族を満足に支えられるどころではなく十分過ぎるであろう。だがしかし、もしもお前がそれを他人に話したら、その時は現われなくなるぞ』と、このようにパウラスティヤの言葉は条件をつけました。そこでスマティはそれをそのとおり確かに承知して自分の家に帰りました。」






































































































河田清史 『ラーマーヤナ ― インド古典物語』 (レグルス文庫) 全二冊

河田清史
『ラーマーヤナ
― インド古典物語 
(上)』
 
レグルス文庫 1

第三文明社 
1971年6月5日 初版第1刷発行
2009年2月10日 初版第17刷発行
204p
新書判 並装 カバー
定価800円+税
カバーデザイン: クリエイティブメッセンジャー
カバー絵・挿絵: 駒井哲郎



河田清史
『ラーマーヤナ
― インド古典物語 
(下)』
 
レグルス文庫 2

第三文明社 
1971年7月10日 初版第1刷発行
2008年6月10日 初版第16刷発行
186p
新書判 並装 カバー
定価800円+税
カバーデザイン: クリエイティブメッセンジャー
カバー絵・挿絵: 駒井哲郎



上巻「この大切な物語りについて」より:

「何千年(なんぜんねん)のむかしからある古典物語(こてんものがた)りというものは、その民族(みんぞく)の心(こころ)を語(かた)っているものです。まして「ラーマーヤナ」という歌物語(うたものがた)りは、大(おお)むかしから現代(げんだい)にいたるまで、なお生(い)きているだけに、この物語(ものがた)りを知(し)ることは、インドや東南(とうなん)アジアの何億(なんおく)という人(ひと)びとの心(こころ)を、なつかしく知(し)ることであります。」
「このように、アジアの何億(なんおく)という人(ひと)びとの胸(むね)に、いまもなおはつらつ(引用者注: 「はつらつ」に傍点)と生(い)きているぼうだい(引用者注: 「ぼうだい」に傍点)な「ラーマーヤナ」の歌物語(うたものがた)りを、少年少女(しょうねんしょうじょ)にしたしみやすく読(よ)みやすいように、詩(し)を散文(さんぶん)にして、童話風(どうわふう)な物語(ものがた)りとしたのが、この本(ほん)です。
 この本(ほん)が、はじめて刊行(かんこう)されたのは、戦時中(せんじちゅう)でした。そして二十二年前(にじゅうにねんまえ)にも再版(さいはん)されました。こんどが三度目(さんどめ)であります。この長(なが)いあいだ、駒井哲郎画伯(こまいてつろうがはく)は挿絵(さしえ)の版木(はんぎ)をだいじにしまっておいてくれました。幸(さいわ)いなことです。」



駒井哲郎による版画35点。


河田清史 ラーマーヤナ 01


上巻 カバー裏文:

「アジアの人の心のふるさと、英雄ラーマの歌物語。悪魔を倒すため、神がみが人間と猿の姿に降誕する

 「ラーマーヤナ」は「マハーバーラタ」と並ぶ、インド二大古典叙事詩で、インド伝説の英雄ラーマを主人公とする歌物語りである。
 何千年来の古典物語というものは、その民族の心を如実に語っているが、「ラーマーヤナ」もその例外ではない。インドの人びとにとって、最も古く、いちばん大切な物語りとされている「ラーマーヤナ」は、アジアの何億という人びとの心のふるさとでもある。
 今日もなお生きつづけている、この美しい歌物語りを、少年少女にも親しみ易く読み易いように、詩を散文にして、童話風な物語りとしたのが本書である。」



下巻 カバー裏文:

「インド伝説の英雄ラーマの歌物語。シータ妃を救いに、猿の大軍が悪魔の都に向かう。

 (「ラーマーヤナ」は)インドの誇る最高の「世界文学」の一つであり、インドの古代文化の波が、四方に影響をあたえたころ、その波にのって「ラーマーヤナ」も、まず東南アジア全域にひろがりました。そしていまでは、それらの国ぐにの芸術・文化の遺産とさえなっています。
 また、インドの文化、ことに仏教がチベット、中国、朝鮮、日本へと渡来したように、中国につたわったにちがいありません。この物語りで活躍したハニュマーンは、おそらく中国の「西遊記」で活躍する、あの孫悟空の先祖といってもよいのではないでしょうか。
 ――「あとがき」より」



上巻 もくじ:

この大切な物語りについて

一の巻
 盗賊 詩人となる
 ラーマの結婚

二の巻
 ラーマの追放
 ダサラタ王のなげき
 ダサラタ王の死
 バーラタの決心
 シータの誕生
 バーラタの捜索隊

三の巻
 ダンダカーの森
 ランカの魔王ラーバナ
 ラーバナの立腹
 金いろの鹿
 シータを探しもとめて

四の巻
 キシキンダーの猿
 猿の王スグリーバ
 猿の捜索隊
 ハニュマーン ランカへとぶ



下巻 もくじ:

五の巻
 ランカ
 シータの発見
 シータの話
 ハニュマーンの活躍
 雨季の黙想
 捜索隊の帰還

六の巻
 猿の大軍
 ランカの包囲
 強敵インドラジット
 クンバーカルナの死
 インドラジットの計略
 インドラジットの死
 インドラジットの葬送
 ラーバナの最期
 ラーバナの葬送
 シータの身のあかし
 凱旋

あとがき




◆本書より◆


「盗賊、詩人となる」より:

「こうしているあいだに、いっぽうではコラサ国(こく)(北インド)の都(みやこ)アヨージャのダサラタ王(おう)の宮殿(きゅうでん)で、三人(さんにん)のお妃(きさき)が四人(よにん)の王子(おうじ)を生(う)みました。一番上(いちばんうえ)の王子(おうじ)をラーマといい、これこそビシヌの神(かみ)の生(う)まれかわりだったのです。」

「神(かみ)さまでいたころは心安(こころやす)らかでいたものの、もう人間(にんげん)となってみれば、悲(かな)しいことに心(こころ)はいらだつばかりです。五歳(ごさい)になったラーマは、ある夕暮(ゆうぐ)れのこと、カウサルヤー妃(ひ)のひざにだかれていました。宮殿(きゅうでん)の屋上(おくじょう)で、いつか日(ひ)の暮(く)れるのを、ひっそりと眺(なが)めていたのです。
 まもなく星(ほし)がきらきらとかがやきはじめ、月(つき)もぐいぐいとのぼってきました。ラーマはこどもだったので、だいだい(引用者注: 「だいだい」に傍点)いろのまりのような月(つき)をほしがりました。」
「「お月(つき)さまを取(と)ってよう――」
 ラーマは小(ちい)さい足(あし)をばたばたさせて、カウサルヤー妃(ひ)のひざで泣(な)きわめきました。国王(こくおう)もこまってしまい、宮殿(きゅうでん)の天文学者(てんもんがくしゃ)をよびにやりました。
 「どうか、王子(おうじ)に空(そら)の月(つき)を取(と)ってやってください」
 国王(こくおう)はそうおたのみになりました。すると、王宮(おうきゅう)の天文学者(てんもんがくしゃ)で、顧問(こもん)で、教授(きょうじゅ)でもあり、えらい学者(がくしゃ)であったバシシタは、白(しろ)いひげをしごきながら、着物(きもの)の下(した)からこっそりと鏡(かがみ)をとりだしました。
 鏡(かがみ)をしずかにラーマの手(て)にもたせ、その使(つか)い方(かた)をゆっくりおしえて、どうやらまりのような月(つき)を鏡(かがみ)に反射(はんしゃ)させてうつしてやりました。鏡(かがみ)のなかの月(つき)をみると、ラーマはきいきいいってよろこびました。」



「ラーマの結婚」より:

「シータがラーマをちらりとみた瞬間(しゅんかん)、ラーマは思(おも)わずはっとして立(た)ちどまりました。
 まえにどこか――天国(てんごく)の都(みやこ)ででもみかけたことがあったのでしょうか。いいえ、そうではありません。ラーマは自分(じぶん)の半身(はんしん)がラーマとなって生(う)まれかわり、もうひとつの半身(はんしん)がミシラー国王(こくおう)の王女(おうじょ)シータとなって生(う)まれかわっていたことを、すこしもしらなかったのです。シータはもともとラーマと一体(いったい)の神(かみ)だったのです。」

「あたりにはエメラルドいろのともしびがぼんやりともっていました。」

「この明(あ)けがたに笛(ふえ)をならす古(ふる)い習慣(しゅうかん)は、いまでもインドの古(ふる)い町(まち)まちにのこっています。
 町(まち)の人(ひと)たちはあらあらしい、いやな物音(ものおと)やさけびごえで目(め)がさめるのではなく、うつくしい音色(ねいろ)でおきるのです。するどい、がさがさした物音(ものおと)で目(め)がさめたりしたら、人(ひと)の心(こころ)はびっくりして、精神(せいしん)は狂(くる)ってしまいます。」



「猿の大軍」より:

「猿(さる)たちはそっとそれぞれのテントにひきさがって、ねてしまいましたが、ただふたりの人間(にんげん)がそこにのこりました。いうまでもなく、ラーマはラクシマナにあいずして、黙想(もくそう)にはいったのです。
 ふたりの王子(おうじ)は足(あし)をくみ、静座(せいざ)してお祈(いの)りしながら黙想(もくそう)をつづけました。星(ほし)は大空(おおぞら)をわたり、まもなく消(き)えていきました。ジャングルの猛獣(もうじゅう)は猿(さる)が寝(ね)ているあいだ、さかんにうなってさわいでいました。ふたりは天(てん)に助(たす)けをもとめ、すべての四足動物(よつあしどうぶつ)に助力(じょりょく)をこい、また鳥(とり)にも力(ちから)をかしてくれるように、と祈(いの)りました。それからまた、太陽(たいよう)や月(つき)や四季(しき)の季節(きせつ)にまでも助(たす)けをもとめました。
 ねむっていた鳥(とり)や動物(どうぶつ)は、つぎつぎと、これにこたえていいました。
 「承知しました。お助(たす)けしますとも」
 天体(てんたい)もまたこれに応(おう)じました。
 「ラーマ、おっしゃるとおり、お助(たす)けにいきますよ」
 世界中(せかいじゅう)が寝(ね)ているあいだに、目(め)ざめている魂(たましい)はみんなそろって、ラーマの部下(ぶか)になりましょう、とちかいをたてました。
 ――お祈(いの)りをし、黙想(もくそう)をつづけると、このような力(ちから)もわくものなのです! ラーマが、ただ自分(じぶん)の妻(つま)のシータを救(すく)うためにたたかうのではなく、生(い)きとし生(い)けるもののためにたたかおうとしていたので、全宇宙(ぜんうちゅう)がよろこんでラーマの大義名分(たいぎめいぶん)に加勢(かせい)したのです。」



「強敵インドラジット」より:

「しずかな深(ふか)い海(うみ)には、水(みず)にすむ怪物(かいぶつ)やいるか(引用者注: 「いるか」に傍点)やさめ(引用者注: 「さめ」に傍点)や、青(あお)びかりする蛇(へび)などが、こどものように遊(あそ)びくるっています。」


河田清史 ラーマーヤナ 02


河田清史 ラーマーヤナ 03


河田清史 ラーマーヤナ 04


河田清史 ラーマーヤナ 05


河田清史 ラーマーヤナ 06





































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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