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レーモン・ルーセル  『ロクス・ソルス』  岡谷公二 訳 (平凡社ライブラリー)

「月光が、敷石の小穴からいっぱいに差しこんでいた。詩人は、好奇の眼を見開き、興奮して、この魅惑の美術館の中に集められた宝石、織物、楽器、小像をうっとりと眺めた。」
(レーモン・ルーセル 『ロクス・ソルス』 より)


レーモン・ルーセル 
『ロクス・ソルス』 
岡谷公二 訳
 
平凡社ライブラリー 511/る-3-1


平凡社 
2004年8月9日 初版第1刷
2019年5月30日 初版第6刷
387p 
B6変型判(16.0cm) 並装 カバー
定価1,500円(税別)
装幀: 中垣信夫
カバー・マーブル制作: 製本工房リーブル
カバー図版: ミシェル・カルージュ『独身者の機械』より水月千春が着彩


「本書は一九八七年五月、
ペヨトル工房から刊行された。」



「平凡社ライブラリー版 あとがき」より:

「ライブラリー化にあたり、全般にわたって旧訳に手を入れた。」


『ロクス・ソルス』(ペヨトル工房)は子どものころからの愛読書ですが、平凡社ライブラリー版の存在が気になっていたので、遅ればせながらそっちもよんでみました。


ルーセル ロクスソルス 平凡社ライブラリー


目次:

ロクス・ソルス
 Ⅰ~Ⅶ

訳者解説

平凡社ライブラリー版 あとがき (岡谷公二)
ルーセルと音楽 (青柳いづみこ)




◆本書より◆


「Ⅲ」より:

「ごく近くに来てみれば分るように、実際には、ダイヤモンドと見えたのは、水をみたした大きな水槽にほかならなかった。その波打つ水の中には、明らかになにか特別な成分が含まれていた。光を放っているのは、ガラスの面ではなく、水だったからで、その光は、水のどの部分にも存在するように思われた。」
「真中では、肉色のタイツを着た、若い、上品な、ほっそりした女が、底に立ち、完全に水に浸かりながら、静かに頭を左右に振って、美しい、魅力的な仕草の数々を演じていた。
 彼女は、唇に明るい微笑を浮べていて、全身を包みこむ液体の中にあっても、らくらくと呼吸しているように見えた。
 水の中に広がりきった、そのブロンドのすばらしい髪は、彼女の頭上にはるかに浮き上がろうとしていたが、水面まではとどかなかった。髪の一本一本は、水の鞘のようなものに包まれていて、少しでも動くと、流れる水とこすれあって振動した。こうして絃と化した髪は、その長さに従い、高低さまざまな音を発するのだった。(中略)この器用な女性は、首を振る時の力強さや速さにさまざまな変化をつけることで、クレッシェンドやディミヌエンドを巧みに調節しながら、音楽を意図してつくり出していたのである。音階、走句、アルペジオは、旋律豊かにある時は高く、ある時は低く、少なくとも三オクターヴの範囲にわたって演じられた。しばしば演奏者は、頭を軽く、そっと振るだけにして、ごく限られた音域の中に閉じこもったままでいた。それから、上半身に大きな、たえまのない回転運動をさせるために腰を振り、この奇妙な楽器のもつ可能性のすべてを使って、音に最大限の広がりと響きとを与えるのだった。
 このふしぎな伴奏は、どこか悩ましい水の精を思わせる女の美しいポーズとこの上なく一致していた。音が水の中に広がるせいで、音色には奇妙な風趣があった。
 時々、一匹のぎょっとするような動物が、彼女の前を通り過ぎ、軽快に泳ぎながら、巨大な水槽の中を探りまわっていた。爪のある四つ足という体の構造からして、明らかに地上に棲む動物だった。一本も毛のないそのばら色の肌は印象的で、見る者をとまどわせた。しかし目を見れば、それがどのような動物かがはっきり分った。それは、疑う余地なく、猫のものだったからである。
 右手には、なにやらぶよぶよした物が、糸のさきに吊られ、五十センチほどの深さのところに浮んでいた。これは、人間の顔から、骨、肉、皮膚のすべてを取り去ったあとの残りだった。つまり手つかずのまま残った脳で、その中では、筋肉と神経がその複雑な網目を四方八方に広げていた。そのすみずみをそっと支えている、ほとんど目に見えない、細い骨組みのおかげで、全体が原形を保っており、神経や血管の叢を見るだけで、頰や、口や、目の場所をはっきりと見分けることができた。それぞれの繊維は、水の精の髪を包んでいた細い鞘を思わせる、ただしもっと分厚い水の被膜にくるまれていた。三つに分れた糸の先端が、それぞれ、脳の真下の骨組みのまわりに結びつけられていて、全体を支えていた。」

「カントレルは、この動物は、すっかり毛を抜き去った本物の猫で、コン=デク=レンという名前だと言った。アカ=ミカンス――先生は、私たちの眼前の、きらきら輝く水をこう呼んだ――は、特殊な酸素化作用の結果、さまざまな珍しい特性をそなえており、とくに、純粋の地上の生物が、その中ではなんの不自由もなく呼吸できるのだった。だから、髪をなびかせて音楽を演奏する女性――私たちは、カントレルの口から、彼女が踊り子のフォスティーヌにほかならぬことを知った――も、猫同様、水中深く沈んでいても、一向に平気だったのである。
 先生は、身振りで私たちの視線を右手に向けさせ、脳だけ、すなわち筋肉と神経だけから成る人間の頭を指し、これは、ダントン(一七五九―九四年。フランス革命期の有名な政治家)の頭の残りのすべてであり、はるか以前、さまざまな事情の末、彼のものとなったのだ、と言った。」



「Ⅳ」より:

「ジェラールはオードの計画を練った。その詩の中では、異教徒となって、死後の生を与えられた彼の魂は、エレボスにやって来て、さまざまな幻を見るのだった。」
「創作するに際し、彼は、きちんと規則正しく仕事をするのは嫌いで、仕上がるまで、寝食を忘れて一気呵成にやってしまうのが常だった。そのあとでは、怖ろしい虚脱感に襲われて、長いこと、なにか創り出そうとする気などいささかも起きなかった。確実無比の記憶力の持主だったので、ペンをとる前に、心の中ですべてを仕上げた。
 ジェラールは、一刻も休まず、六十時間ぶっつづけに、己に課した規則に従ってオードを作り、夜が明けそめる頃に完成した。」

「ロラン・ド・マンドブールは、一一四八年にブルボネ地方の貴族の家に生れた。この地方では当時、奇妙なしきたりに従い、名家の子供はみな生れるや、占星学者の手に委ねられた。彼は、どのような星が子供の生誕を司ったのかを探し、特殊な方法を用いて、組合せ文字の形で、子供のうなじにその名前を彫りつけたものだった。学者は、用途にかなった道具を用い、用心しいしいそっと、うなじの皮膚に深く、皮膚とは垂直に一本一本、すばらしく細くて、ごく短い、さきが磁気を帯びている針を差しこみ、最後に、表皮の下に見える、その密集した針のかたまりが、計画通りの、そして今後は永久に消えることのない形をとるよう按配した。この手術の目的は、被術者に一生の間、指定された星との連絡を保ちつづけさせることにあった。星からの放電は、磁気を帯びた針の先端にキャッチされて、彼を守り、導くはずだった。
 空から来る放電が十中八九、脳を横切り、こうして、思考を司る場所に貴重な光を注ぐことができるようにするため、針を植える場所として、うなじが選ばれた。」



「Ⅵ」より:

「ある朝、マルセイユの美しい通りの一つで、大きな時計商フランケルの店のショーウィンドウの中に、平たい時計が横向きに展示されているのを見て、発明心に富むフェリシテは、厚みのほとんどない側の中に、複雑な装置が明らかに入っているのに驚き、圧縮方法を極度に利用して、神秘のアトラクションを作り上げ、実演に花を添えようと考えた。つまり、彼女が毎日使っている古いタロットカードの内側に、一見しては分らない、音楽を奏する装置を仕込むならば、曲の性質やリズムの如何が、占いをする際、新しい、貴重な材料になるだろう、というわけだった。
 しかしその目的に適うよう、音楽が地球外から来る諸力によって呪術的に支配されている、と思わせるためには、めざとい目がすぐに見破ってしまうようなバネ仕掛けではだめで、音楽がひとりでに生れる必要があり、しかもその音楽は、通常の作品とは一切無関係な、偶然にできた、一種支離滅裂なものでなければならなかった。彼女は、カードそのものの中に閉じこめられた生き物だけが、希望通り、全く自発的に、たえず思いがけない曲を演奏することができるのだ、と思った。
 彼女の住む屋根裏部屋の五階下にある埃だらけの店に、沢山のぞっき本を買っては、古本の値をつけて売っている、老博物学者のバジールが住んでいた。
 近所つき合いのあるバジールの店へ出かけていって、フェリシテは、自分の目的に合うような、昆虫に関する著作はないかと訊ねた。
 老人は、挿絵の沢山入った数冊の昆虫学の本を渡してくれた。彼女はそれらをゆっくり時間をかけてひもといた。
 さまざまな研究を重ねたのち、彼女は、エムロー(引用者注:「エムロー」に傍点)(émeraud、この綴りの末尾に e を加えると、フランス語でエメラルドの意)の絵に行きあたった。それは、その体の極度のうすさで彼女の注意をひいた。
 その絵についている簡潔な説明によると、スコットランドの中央部に生える特殊な植物、カレドニア鹿蹄草(pyrole calédonienne)に寄生する貧翅類の昆虫であるエムローは、時折夜、自分より高い、体全体と平行した、体からは全く離れた場所に一種の緑色の円光を間欠的に生み出す性質をそなえているとのことだった。この昆虫は、発光現象が続く間、普段は白いのに、円光のせいで、その名の由来となった濃淡に富むエメラルド色を帯びた。
 フェリシテは、うすい隔てがあってもたぶん輝きを失うことなく、タロットカードの上に奇蹟のように浮んで、相手をあっと言わせるような占いを下すのに恰好の材料となるこの円光に惚れこみ、エムローを使うことに決めた。」
「音楽上の成果はというと、音は非の打ちどころのないほど澄んでいて、望み通りの意外性をそなえていた。しばしば、隔てなどものともせずに、円光がタロットカードの上に輝き、その存在――音楽を演奏する虫たちのひそかな聴く喜びから明らかに生れているのだが――によって、コンサートのさわりの部分を一層ひき立てるのだった。」
「タロットカードのなんの変哲もない外観と相まって、ひとりでに聞こえてくるシンフォニーと、燃えるような光輪の謎は、見物人に強い印象を与え、その数は次第に増えていった。
 その即興演奏の際、エムローたちは、ある固定観念に支配されているかのようにしばしば、フェリシテの気づくところとなった特徴のある旋律をヘ長調でひとふし奏でるのだったが、それを続けようとしても続けることができなかった。ある晩、いつもの人だかりに立ちまじっていた一人のイギリス人の観光客が、最初のタロットカードが伏せられるや否や、その奇妙な、虫たちにとっては悩みの種の主題を聞いて、それがイギリスの哀歌の最初の部分であると知り、すぐに全曲を歌ってみせた。エムローたちは、そのあとについて、あんなに繰り返し探し求めていた曲を、二オクターヴ離れたソプラノとバスの音域で同時に演奏しながら、鮮やかな円光を生み出した。その光のかつてない強烈さは、宿望達成の喜びを示しているように見えた。」
「群集に訊ねられて、イギリス人は、その曲は『スコットランドの釣鐘草』という題の、スコットランドの民謡だ、と言った。
 エムローたちがスコットランドから来ていることを思い出したフェリシテは、好奇心から、その題名を記憶しておき、翌日出来事の一部始終を話す際に、バジールに伝えた。」
「六本のカレドニア鹿蹄草は、テイ川のほとりの、豊かな牧草地の多い場所にある、若い牧者がしばしば坐りにやって来ては、羊の群を遠くから見守りながらバグパイプを演奏する石のベンチの近くで摘まれたものだった。青年のお気に入りの曲である『スコットランドの釣鐘草』は、もともとヘ長調で演じられたのだが、たえず繰り返されたため、エムローたちにもすっかりお馴染みになっていた。虫たちは、のちに音楽を演奏する力を与えられるや、記憶の中に眠っていたモチーフを、なんとか奏でようと努力したのだった。そして今日、先導者を得てその全曲を奏することができた、というわけである。円光の輝きの極度の増大によって示された喜びは、故郷の冷たい気候が束の間思い起こされて、彼らをうっとりさせたにちがいなかった。」

「パラケルススは、人体の各部分を、思考能力をもつ個体とみなしていた。この個体は、それぞれ独自の、物を見る力を持つ心をそなえていて、ために誰よりも己を知っており、病気の場合、どのような治療法が一番いいかを心得ていた。このような貴重な情報を得るには、自分の真の役割をよく心得た医者が巧みな質問をするだけでいいのだった。
 この着想から出発して、彼は、プラセット(引用者注:「プラセット」に傍点)の名のもとに、明確な、それぞれに異なる効能をそなえた一定数の種類の白い粉末を作り上げた。
 これらはいずれも、質問を代行するもので、各器官に特別に作用した。すると器官の方はすぐに、求められた薬となる、簡単に集めることのできる未知の物質を、答えの形で分泌するのだった。」
「コントによると、パラケルススは、ワクチンの原理の神学的時代を代表する人物であった。」
「カントレルにとって、十六世紀においてすでに、プラセット(引用者注:「プラセット」に傍点)という語が懇請を指すのに使われていたという、研究の末に得た確信は、パラケルススが、懇請の対象であった体の各部位の至上権を認め、その自由意志を信じていたことを裏書きするものであった。」





こちらもご参照ください:

レーモン・ルーセル 『ロクス・ソルス』 岡谷公二 訳
ミッシェル・カルージュ 『独身者の機械』 高山宏+森永徹 訳
丸尾末広 『パノラマ島綺譚』
『谷崎潤一郎文庫 第二巻』 (新装版)
『小栗虫太郎傑作選Ⅳ 潜航艇「鷹の城」』 (現代教養文庫)






















































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レーモン・ルーセル 『アフリカの印象』 岡谷公二 訳 (平凡社ライブラリー)

「雪に似たある種の甲羅におおわれているこの異様な生物は、ゆっくりと這いながら、決まった間を置いて、乾いた、うめくようなしゃっくりの声をあげるのだった。」
(レーモン・ルーセル 『アフリカの印象』 より)


レーモン・ルーセル 
『アフリカの印象』 
岡谷公二 訳
 
平凡社ライブラリー 613/る-3-2


平凡社 
2007年6月8日 初版第1刷
410p 
B6変型判(16.0cm) 並装 カバー
定価1,500円(税別)
装幀: 中垣信夫
カバー・マーブル制作: 製本工房リーブル
カバー図版: 『アフリカの印象』初演時(パリ、アントワーヌ座、1912年)のポスターを井川祥子が加工彩色


「本書は一九八〇年八月、
白水社から刊行された。」


「平凡社ライブラリー版 あとがき」より:

「この際、訳文に全面にわたって手を入れた。」



『アフリカの印象』(「小説のシュルレアリスム」版)は子どものころからの愛読書ですが、平凡社ライブラリー版の存在が気になっていたので、遅ればせながらそっちもよんでみました。


ルーセル アフリカの印象 平凡社ライブラリー


カバー裏文:

「ブルトンが熱讃し、レリスが愛し、
フーコーがその謎に魅せられた、
言葉の錬金術師レーモン・ルーセル。
言語遊戯に基づく独自の創作方法(プロセデ)が生み出す
驚異のイメージ群は、ひとの想像力を超える。
――仔牛の肺臓レールを辷る奴隷の彫像、
大みみずがチターで奏でるハンガリー舞曲、
一つの口で同時に四つの歌をうたう歌手、
人取り遊びをする猫等々、熱帯アフリカを舞台に
繰りひろげられる奇想の一大スペクタクル――。」



目次:

アフリカの印象
 1~26

訳者解説 (1980年7月)

平凡社ライブラリー版 あとがき (岡谷公二)
ずうっと読めなかった『アフリカの印象』 (保坂和志)




◆本書より◆


「3」より:

「みみずは、鉛の塊ほども重いように見えた。
 スカリオフスツキーは、相変わらず彼の腕にくっついているみみずを引き離し、それを雲母でできた飼槽のへりに置いた。
 みみずは、容器の内側に入りこんだ。その体の残りの部分も、ハンガリー人の腕のまわりをゆっくりとすべるように動いて、そのあとに従った。
 やがてみみずは、水平にのび、二枚の長方形の板の内側の細いへりで体を支えて、底の溝を完全にふさいだ。」
「ひとりにされたみみずは、体のほんの一部を突然持ち上げると、すぐまた下ろした。
 水滴が、そのあいだに隙間からすべり出て、震える絃の上に重く落ち、絃は、その衝撃で、低い、澄んだ、よくひびくドの音を発した。
 しばらくしてから、みみずは、隙間をふさいでいる体を再び躍らせて、二番目の水滴を滴らせた。それは、今度ははっきりとミの音を立てた。
 同じ方法によって弾かれたソ、次いで鋭いドによって、和音が完全に揃ったところで、みみずは、その和音を一つのオクターヴ全体にわたって、もう一度たてつづけに鳴らしてみせた。
 三度めの最後のドのあと、同時に強く弾かれた七つの協和音が、この試みの序奏のしめ括りとなった。
 こうして一通り調子を試したあと、みみずは、甘美で、物憂げなハンガリーのゆるやかなメロディーを奏ではじめた。」



「9」より:

「ノルベールは、ルイズが一晩中仕事をしていた小屋の方へ私たちを呼び寄せた。彼は明け方の最初の光とともに起き、姉のところへ指図を受けにやって来たのだが、姉のほうは、姿は見せず、声だけあげて、私たちをすぐおこすようにと厳命したとのことだった。
 突然、ものを切り裂くような乾いた音がきこえ、なにかきらめく刃物のようなもの――その一部は私たちの目にも入った――が、ひとりでに動いて、小屋の一方の黒い壁面を切りとりにかかったように見えた。
 刃は、分厚い布地を力強く引き切り、しまいには大きな長方形の穴をあけた。これは、ルイズ自身がナイフを手にして、内側から切っていたのだった。やがて彼女は、切った布切れをもぎとると、ものの一杯詰まった旅行鞄を手にして外に飛び出してきた。
 ――実験の準備は万事完了よ、と彼女は誇らしげな微笑を浮かべて叫んだ。
 彼女は背が高く、乗馬ズボンに、細身の乗馬用長靴といういでたちのために一層女の兵士のように見え、魅力的だった。
 今作られたばかりの、大きな口から、テーブルの上にあらゆる種類のガラス壜、レトルト、平たい現像皿が乱雑にのっているのが見え、小屋は奇妙な実験室という感じだった。
 かささぎが中から飛び出すと、自由と澄んだ大気に酔いながら、大楓から大楓へとほしいままに飛びまわった。
 ノルベールは、姉の手から鞄をとり、並んでエジュルの南の方へ歩き出した。」



「16」より:

「やがて楽器の前に坐ると、名人は甘美と憂愁にみちたあるハンガリーの旋律をゆっくりと奏しはじめた。
 数小節を終えた時、彼は、小さい棒の往復運動に注意をうばわれていたけれども、川の方でなにかかすかな動きが生じたのを視野の中で感じとった。
 一瞥で、彼は、一匹の巨大なみみずが水から出て、土手をよじのぼりはじめたのを認めることができた。
 彼は手を休めることなく、この入来者がチターの方へそっと近づいてくるのを、ちらちらと見た。
 台の下でとまると、みみずは怖れることなく、ハンガリー人の足のあいだにとぐろを巻いた。彼は眼を下に向けて、地面にじっと動かぬみみずの姿を見た。
 スカリオフスツキーは、この出来事はすぐに忘れて練習を続けた。三時間たっぷりのあいだ、ハーモニーの波が、彼の詩情豊かな楽器から流れ出た。
 夕方がきて、彼は演奏をやめて、やっと立ち上がった。そして空を見上げて雨の怖れのまったくないのを知るや、次の練習の時まで楽器をこのままにしておこうと決めた。
 隠れ場所を去る瞬間になって、彼はみみずに気づいた。みみずは道を引き返して土手の方へ向かい、やがて川の底に姿を消した。
 翌日、スカリオフスツキーはまた奇妙な泉のそばに腰を据え、仕事の皮切りにゆるやかで気まぐれなワルツを弾いた。
 最初の反復のあいだ、名人は巨大なみみずにいくらか気をとられた。みみずは、流れから出ると、前日の場所にまっすぐやって来て、音楽演奏の終わるまで、そこに愛らしくとぐろを巻いたままでいた。
 今度もまた、スカリオフスツキーは、立ち去る前に、この無害な爬虫類が、メロディーに堪能して音もなく静かな流れに沈むのを見ることができた。
 同じことが数日のあいだ繰り返された。彼の才能は、蛇使いが蛇をひきつけるように、音楽好きのみみずをひきつけていたのだった。みみずは一度とりこになると、もはや陶酔の味を忘れることができなかったのである。
 彼は、この心服振りに驚いて、みみずに強い関心を持った。夕方、練習が終わると、馴らしてみようと手で行手をふさいだ。
 みみずは、怖れる様子もなく、彼が差し出した指に這いのぼり、手首の上に何重もとぐろを巻いてうずくまった。彼は袖を少しずつまくり上げた。
 スカリオフスツキーは、腕で支えなければならないみみずのあまりの重さに驚いた。川水のあのように密度の濃い環境に適応しているので、みみずはその体の柔軟さにもかかわらず、大変な体重の持主だったのである。
 この最初の実験に続いて、他の多くの実験が行なわれた。みみずはやがて主人を見分け、ちょっとでも呼べばすぐ従うようになった。
 このような従順さは、スカリオフスツキーに、貴重な成果を生むかもしれない訓練の計画を思いつかせた。
 彼は、大気中に鳴りひびく音に対するこの不思議な嗜好を我慢強く育ててゆけば、みみずひとりの力で、チターを弾くように仕向けることができるかもしれないと考えたのだった。」





こちらもご参照ください:

レーモン・ルーセル 『アフリカの印象』 岡谷公二 訳 (小説のシュルレアリスム)
エドワード・ゴーリー 『まったき動物園』 柴田元幸 訳
























































































Raymond Roussel 『New Impressions of Africa』 Tr. by Mark Ford

Raymond Roussel 
『New Impressions of Africa
Nouvelles Impressions d'Afrique』 
Illustrations
by Henri-A. Zo
Translated and Introduced
by Mark Ford


Facing Pages Series / Princeton University Press, Princeton & Oxford, 2011
Second printing, and first paperback printing, 2013
7+253pp, 21.5x13.8cm, paperback
Cover illustration is by Henri-A. Zo
Cover design by Pamela Lewis Schnitter
Printed in the United States of America



カバー裏文より:

「This bilingual edition of *New Impressions of Africa* presents the original French text and the English poet Mark Ford's lucid, idiomatic translation on facing pages. It also includes an introduction outlining the poem's peculiar structure and evolution, notes explaining its literary and historical references, and fifty-nine illustrations anonymously commissioned by Roussel, via a detective agency, from Henri-A. Zo.」


本書はアマゾンマケプレのブックデポジトリさんで新品を購入しておいたのをよんでみました。


roussel - new impressions of africa 01


レーモン・ルーセルの長篇詩「新アフリカの印象」の英語版全訳の既訳には Ian Monk による韻文訳(Atlas Press, 2004)がありますが、本書は脚韻にはこだわらない行分け散文訳です。仏英対訳版なので、原文と英訳が見開きで対照できるようになっています。原著からアンリ=A・ゾーによる挿絵全59点が掲載されています。
「新アフリカの印象」の日本語訳は、現時点では全訳はありませんが、思潮社刊「シュルレアリスム読本―1 シュルレアリスムの詩」(1981年)に粟津則雄による部分訳(Canto III「血が出るまでなめると黄疽の癒る柱」)が収録されています。
「新アフリカの印象」はルーセル生前最後の作品で、1915年に着手され、1932年に刊行されました。四つの章(Canto)から成り、それぞれの章の冒頭にエジプトの地名(アフリカではなく)への言及があります。
各章は脚韻のある詩行に分割された一つの長い文章(センテンス)から成っていて、ピリオドは章の最後に一つあるだけで、カンマ、コロン、セミコロン、感嘆符、疑問符によって息継ぎしつつ、さらに補足説明や余談(脱線)が括弧で挿入されるのですが、括弧「(」のなかにさらに括弧「((」を開き、さらに括弧「(((」を開き、というように、括弧は五つまで「(((((」挿入されるので、たいへん論旨が辿りにくいです。訳注には挿入部分を飛ばして読めるよう、括弧がどこで終るかの記載があります。


Contents:

Introduction (Mark Ford)

CANTO I 
Damiette: La maison où Saint Louis fut prisonnier
Damietta: The house where Saint Louis was held prisoner

CANTO II 
Le Champ de bataille des Pyramides
The Battlefield of the Pyramids

CANTO III 
La Colonne qui, léchée jusqu'à ce que la langue saigne, guérit la jaunisse 
The column that, when licked until the tongue bleeds, cures jaundice 

CANTO IV 
Les Jardins de Rosette vus d'une dahabieh 
The Gardens of Rosetta seen from a dahabieh



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本書より「CANTO III」原文冒頭部分:

「La Colonne qui, léchée jusqu'à ce que la langue saigne, guérit la jaunisse 
MOSQUÉE ABOU'L-MA'ATÊH - ENVIRONS DE DAMIETTE

Traitement héroïque! user avec la langue,
Sans en rien rengainer qu'elle ne soit exsangue,
Apres mille autres fous, les flancs de ce pilier! 
Mais vers quoi ne courir, à quoi ne se plier,
Fasciné par l'espoir, palpable ou chimérique
(Espoir! roi des leviers! tout oncle d'Amérique
((Ce pays jeune encore, inépuisé, béni,
- Si tard, de nos atlas, vierge il resta banni, -
Où l'on rafle plus d'or, vingt fois, qu'en l'ancien monde,
Soit que - l'appétissant a besoin de l'immonde -
Par cent mille kilos on fabrique un engrais
Pour ces champs infinis, où, gaillards, le nez frais
(((Un jour, d'un chien souffrant fait un chien hydrophobe;
S'assurer que toujours ce liquide que gobe
Même le mieux appris entre les nouveau-nés
Sort de l'ami de l'homme et lui vernit le nez
N'est pas, prenons-y garde, acte moins nécessaire
Que: - lorsque l'ennemi se fend d'un émissaire,
Sur les yeux de l'intrus appliquer un bandeau;
- Quand passe un roi, marquer autour de son landau
Chaque point cardinal par un mouchard cycliste;
- Quand, chef de conjurés, des noms on fait la liste,
Tout ce qu'on a d'esprit le mettre à la chiffrer;」



英訳:

「The column that, when licked until the tongue bleeds, cures jaundice
ABU EL-MAATI MOSQUE - OUTSKIRTS OF DAMIETTA

A treatment for heroes! to abrade with one's tongue
Without returning it to the mouth until it's drained of blood,
After a thousand other idiots, the sides of this pillar! 
But what will a person not pursue, to what not submit,
When bewitched by the hope, whether real or fantastical
(Hope! king of levers! every wealthy *oncle d'Amérique*
((That country still young, unexhausted, blest -
- For, virgin territory, it was until only recently excluded from our atlases -
Where each amasses twenty times more gold than in the Old World,
Whether one - that which is appetizing depends on the filthy -
Manufactures by the hundredweight manure
For its endless fields, where, vigorous, with fresh, keen noses
(((Just one day can change a dog that's unwell into one that's hydrophobic;
To make sure always that this liquid, which is slurped down
By even the best brought up of newborn babies,
Both passes out of the friend of man and makes its nose glisten,
Is, take careful note, an act no less necessary
Than: - when the enemy sends forth an emissary,
To apply a bandage to the eyes of the intruder;
- When a king passes, to have covered each
Cardinal point around his landau by a police spy on a bicycle;
- When the chief conspirator makes a list of names
To use all possible ingenuity in devising a code for it;」



粟津則雄による邦訳(「シュルレアリスム読本―1 シュルレアリスムの詩」より):

「血が出るまでなめると黄疽の癒る柱
アブル・マアテの回教寺院ダミエット付近

英雄的治療法だ! 舌が貧血しないようにと
少しもひっこめたりはせず、他の無数の阿呆のあとで、
この柱の脇腹をなめてなめてすりへらすのは!
だが赴かぬ何があろう、従わぬ何があろう、
明らかなものにせよ架空のものにせよ、希望に心を奪われて、
(希望よ! 人を動かす挺の王よ! 思いもかけず訪れるあらゆるアメリカの伯父
((未だ年若く汲み尽されぬ祝福されたこの国では、
――年経るまでこの国は我らの地図からけがれぬままに離れていたのだ――
旧世界に二十倍する金が手早くつかめるのだ、
たとえば――心そそる代物には不潔がつきもの――
この限りない原野に十万キロの牧場を作り、
そこでは、いきいきと、鼻も冷たく、
(((苦しむ犬はいつかは狂犬病になるのだから、
赤ん坊たちのなかで一番躾のいい子でも
ぺちゃぺちゃなめるこの鼻水が、いつの日も、
人間の友、犬の鼻からたれて鼻を蔽っていることを確かめるのは、
心しよう、欠くべからざる仕事なのだ、
――敵がスパイを発した時に、
しのび込んだ男の眼に目かくしをつけるように、
――国王が通る時、その馬車の前後左右に
自転車に乗った巡査を配置するように、
――陰謀の頭となって人名簿を作る時に
あらゆる知恵をふりしぼって暗号を使うように、」


































































レーモン・ルーセル 『額の星/無数の太陽』 國分俊宏・新島進 訳 (平凡社ライブラリー)

「あいつはそのときどきで支離滅裂なたわごとを言ったり、しっかりしたまともなことを言ったりするんだけど、イカレてるときには幸福を、イカレてないときには不幸を、代わる代わるにもたらすんだ。」
(レーモン・ルーセル 「無数の太陽」 より)


レーモン・ルーセル 
『額の星/
無数の太陽』 
國分俊宏・
新島進 訳
 
平凡社ライブラリー る-3-3 

平凡社
2018年3月9日 初版第1刷
427p 著者・訳者紹介1p
B6変型判(16.0cm)
並装 カバー
定価1,600円(税別)
装幀: 中垣信夫
カバー・マーブル制作: 製本工房リーブル
カバー図版: 「透明な宝石箱」。カミーユ・フラマリオンの天文台での昼食会で供された星形のビスケットが入っている。ルーセルの死後、蚤の市で発見され、ジョルジュ・バタイユが一時所有していたという。


「本著作は二〇〇一年八月、人文書院より刊行された。」



本書「「星と太陽、双子の戯曲」より:

「本書はレーモン・ルーセルの独立した二作品の合本である。訳出に際しては Lemerre版を底本とし(Raymond Roussel, *L'Étoile au Front, 1925; La Poussière de Soleils*, 1927)、Pauvert 版(1963, 64)を適宜参照した。『額の星』は新島、『無数の太陽』は國分が訳出をおこなっている。(中略)解説は、「額の星」までを新島、「無数の太陽」を國分が担当した。」


本書「「額の星/無数の太陽」小事典」より:

「本書では通常の訳註に代えて、事典形式の用語集を付することにした。ベースとなった資料は主に、ルーセルが用いたとされる辞書『ベシュレル』や『十九世紀ラルース大百科事典』であり、これに随時、訳者の解説を加えた。」


「平凡社ライブラリー版 訳者あとがき」より:

「今回、平凡社ライブラリーに収められるにあたり、訳文に若干の修正を施し、また、人文書院版に付されていた「「額の星/無数の太陽」小事典」、解題にあたる「星と太陽、双子の戯曲」も最小限の加筆をしたうえで再録した。」


「無数の太陽」に図版(モノクロ)17点。「「額の星/無数の太陽」小事典」は二段組。
本書は単行本が出たときに買おうとおもって忘れていたのですがライブラリー版が出ていることに気づいたのでアマゾンで注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


ルーセル 額の星 01


帯文:

「博覧狂記!
ルーセル宇宙
独自の〈手法(プロセデ)〉が生み出す
言葉と物の奇想天外なスペクタクル」



帯背:

「双子の戯曲」


カバー裏文:

「『ロクス・ソルス』『アフリカの印象』と同じように、
〈手法〉を用いて書かれた星と太陽の双子の戯曲。
言葉が言葉をつむぎ事実の方程式が解かれたとき、
そこに奇想天外な物語が生まれる。
ルーセルにあって散文と戯曲の区別はない。
生前あれほど欲して得られなかった栄光だが、
文学を超えて詩語の開花はめざましく、
いま確実にその道を進んでいるといえるだろう。
「「額の星/無数の太陽」小事典」を付す。」



目次:

額の星
無数の太陽

「「額の星/無数の太陽」小事典
星と太陽、双子の戯曲――訳者あとがきに代えて
平凡社ライブラリー版 訳者あとがき



ルーセル 額の星 02



◆本書より◆


「額の星」より:

トレゼル あのジュサックという男は、古物漁りで名を知られていて、また、大変な読書家でもある……
ジュヌヴィエーヴ 特に、若い頃のミルトンには本当に造詣が深いのよ。
クロード じゃあ、その手に入れたものが関係するのも?……
ジュヌヴィエーヴ ……若い頃にミルトンがした、初恋に関するものなの。
トレゼル なんと!……あの厳格(ピューリタン)なミルトンが……
ジュヌヴィエーヴ ……確かに秘めやかな思いではありましたが、十六の冬に、窓向かいの隣人だったモード・ド・パーレーに夢中になったのです。
クロード 秘めやかな?……
ジュヌヴィエーヴ 臆病で、厳しくしつけられた青年だったから、カーテンの陰からじっと見張るだけにしていたの。ほんの少し姿が見えるだけで幸せだった。
クロード それ以上は望まなかったのかい?……
ジュヌヴィエーヴ 何を計画しても無駄なことだったわ。モードは肺病が進んでいて、あと僅かしか生きられなかったの。四月になって太陽が初めて顔を出すと、あまりにいとおしい窓が――庭の離れの中二階にあったのだけど――大きく開け放たれて、そこに死を待つ少女が長椅子ごと連れてこられた。」
「そばに運ばれてきたテーブルに、本と針仕事、それに生卵が一個入った病人用のおやつがあるのに気づきました。」
「モードはナイフの先で殻の端に小さな穴を開けると、卵を飲みこもうとがんばった……」
「このつらい務めを終えると、ゴミになった殻の処分に一瞬困ってしまった。残りのおやつと一緒に置いたら、嫌悪感から、ただでさえない食欲がなくなってしまうかもしれない。
クロード かといって、横になって弱っている体を動かすのは大変なことだし。
ジュヌヴィエーヴ だから結局、窓越しに投げてしまったのよ。場所ふさぎな卵殻は花壇の茂みに消えていった。
クロード ミルトンは落ちた場所を、それは念入りに見定めただろうね!
トレゼル 愛する者が何度も何度も唇をつけるのを見たのだから、その殻は彼にとってなによりの宝だろう!
ジュヌヴィエーヴ ですので夜になると、結び目つきの紐を即席で作り、窓から下げて庭に降りたのです――そして大切な空の卵を持って上がってきました。」
「どうしたものか考えた末、モードを想って作った情熱的な詩を、殻の表面に書いて捧げることにしました。」
「詩句の両端をつなげて、散文の、統合文(ペリオド)のようにすると、それで上から下へと、とてもゆるく傾斜する螺旋を描いていったのです。」
「病気の少女にその品をことづけてもらう方法を検討していると、彼女が危ないという噂が流れてね。次の日、その命の灯は消えてしまったの。ミルトンは殻に愛着を寄せ、信者のごとく、ずっと大切にしたのよ。
クロード でも、その後は?……
ジュヌヴィエーヴ 彼の娘たちがひき続き崇めたわ。(中略)ただ、娘たちが殻を敬う気持ちは、父の思いとは違っていた。
トレゼル 確かに。ミルトンにしてみれば愛する者の唇が触れたことで、かけがえのない卵の殻であっても、娘たちにとっては、父であり、また偉大な人物のインクで黒ずんでいるからこそ貴重だったのだな。
ジュヌヴィエーヴ 娘たちは卵の殻を小箱にしまい、それについてミルトンが語ってくれたことを漏らさず要約したメモを一緒に入れておきました。」


ジュサック (中略)これはある初版本の、僅かに残っている一冊でして……
トレゼル ……題は?……
ジュサック ……『選ばれし者』です。心理学研究家ボワスナンの主著です。
クロード 彼の説はどんなものですか?
ジュサック まえがきでも述べられていますが、ある詩的な印(ポエティック・イマージュ)のことを取りあげていましてね。その額の星(引用者注: 「額の星」に傍点)の印は――生まれつき持つ者はいても、後天的に獲得することは決してないもので――美をめぐるさまざまな分野において、その者が偉大な創作者であることを示す究極の刻印なのだそうです。これは抗しがたい魅力を持つ天からの贈り物でして、偶然によって先天的に授かるものなのです。」



「無数の太陽」より:

「あなたもご存知のように、私は文芸の愛好家であり、さまざまなコレクションのなかに、あのルネサンスのイタリア詩人、アンブロージの頭蓋骨なるものを所有しております。若くして肺病を病み、栄光の輝きに包まれる前に死にとらわれてしまうであろうことを確信していたこの詩人は、死後の名声の開花には期待せず、自身の代表作である一篇のソネットだけは忘却の淵から救おうと、遺言して、その詩を将来、自分の頭蓋骨の、まさにその詩を生み出した額の真ん中に刻み込んでくれるよう言い残したのです。」





















































ミシェル・フーコー 『レーモン・ルーセル』 (豊崎光一 訳/叢書・ウニベルシタス)

「自己だけしか言いあらわさない言語の創案者、その倍加された存在において絶対的に単一な言語、言語の言語、われとわが太陽を、その中心にある至高の欠落の中に閉じこめている言語の創始者」
(ミシェル・フーコー 『レーモン・ルーセル』 より)


ミシェル・フーコー 
『レーモン・ルーセル』 
豊崎光一 訳

叢書・ウニベルシタス 60

法政大学出版局 
1975年1月25日 初版第1刷発行
1997年9月20日    第7刷発行
261p 目次1p 口絵(モノクロ)i
四六判 丸背布装上製本 カバー 
定価2,900円+税

Michel Foucault : Raymond Roussel, 1963



本書「訳者あとがき」より:

「ルーセルの作品はわが国ではまだ一つも翻訳されていない(中略)。彼に関する本が出るのもこれが初めてである。そこで、この余りにも知られざる作家に関する知識を補う意味で、原書にはない二つのテクストを付録として添えた。」


フーコー レーモンルーセル 01


カバーそで文:

「本書『レーモン・ルーセル』が、まさしく全篇これ「ことばともの」の関係についての特殊、個別論であることは見易い。その人にとっては、ことばがすなわちものであった一作家を語ることにより、本書はことばとものとの関わり合いの極限的な一ケースを提出しているのだ。ただ、その主題がことばとものであって人と作品ではないにもかかわらず、本書では人と作品、狂気と作品との関係がはらむ問題の微妙さが、他のどこにおけるよりも突っこんで論じられている。対話体をとった最終章が、その間の事情を雄弁に物語っている。… (「あとがき」より)」


目次:

1 閾と鍵
2 撞球台のクッション
3 韻と理
4 水受板、鉱脈、水晶
5 変身と迷宮
6 ものの表面
7 空のレンズ
8 閉じこめられた太陽

付録I ルーセルに関する資料 (M・レリス)
付録II 恍惚の心理的諸特徴 (P・ジャネ)

訳註
訳者あとがき



フーコー レーモンルーセル 02



◆本書より◆


「5 変身と迷宮」より:

「ルーセルの機械仕掛の数々は存在(いきもの)を作り出しはしない。それらは物を存在の中につなぎとめるのだ。それらの役割は残存させることである――似姿を保存し、遺産や王権を保持し、栄光をその太陽と共に保全し、財宝を隠し、告白を記録し、打ち明け話を埋蔵する、要するに球蓋ガラス(グローブ)の下に維持することである。(中略)だがまた――この維持を限度を越えて確保するために――通過させることでもある。つまり、障害を乗り越え、動、植、鉱物の三領界を股にかけ、牢獄や秘密を覆えし、夜の向こう側にふたたび姿を現わし、眠っている記憶を克ち得ることである(中略)、彼の思い出は実に多くの鉄格子や、沈黙や、陰謀や、世代や、暗号などを乗り越え、道化役者の軽薄そうな頭の中のメッセージになり、クッションの中に隠された人形になるのだ。これらすべての機械仕掛は外界から保護する閉鎖の空間を、それはまたすばらしい通じ合いの空間でもあるが、開くのである。囲いである通過。閾と鍵。『ロクス・ソルス』の冷たい部屋はこの役割を、最も注目すべき経済性をもって演じている――生を死に移行(パッセ)させ、(中略)生と死を分かつ隔壁を打ち砕くことである。だがそうしたすべては、回数の無際限な上演=再現(ルプレザンタシオン)のあいだ変化せずにいる特権を享けている生命という形象を維持するためなのだ。そして生と死は、見られることを可能ならしめるガラス窓に保護され、この透明で凍てついた括弧の陰に身を避けて、一方はもう片方の中に、一方は他方があるにもかかわらず、それらがあるところのものとして無際限にとどまるために通じ合いうるのだ。
 この過ぎ去らない過去、だがそれなのにこれほど多くの通じ合う道が穿たれている過去、それは恐らく、あらゆる伝説がそれを呼吸している過去、唯一無二の、つねに反復される《むかしあるとき》によって、掛け金の同じ一つの音を立てて魔法のように開かれかつ閉じられる過去であるにちがいない――言語のこんなにもこみ入った機械仕掛が産みだす、ルーセルの物語(レシ)の数々は、子供向きの話のような単純さで呈示されているのだ。この世界、そこにひとを導き入れる言葉の儀式によって到達範囲の外におかれている世界では、存在(いきもの)たちはたがいに、盟約を行ない、交わりを結び、ささやきを交し、数々の距離や変貌を乗り越え、他者になりかつ同じ存在であり続けるという不思議な力をそなえている。《むかしあるとき》は事物の、現前する到達不能な中核を、遠くに、過去の間近な宿場にとどまっているがゆえに過ぎ去ることのあるまいものを、露呈するのだ。そしてのっけから、あるとき(ユヌ・フワ)の物語や日々や事物、それらの唯一無二な祝祭があったとおごそかに告げられるその瞬間に、実はそれらがすべてのとき(フワ)において反復されるだろう――言語の飛翔が、限界を乗り越えて、つねに同一であるあの反対(べつの)側にふたたび見出されるたび(フワ)ごとに反復されるだろうということが、言外に約束されているのである。ルーセルの機械の数々は、存在を存在の中に維持するあの同じ滑らかな作動によって、自分自身から物語を創造する――寓話という、花壇のふちによって、絶えず守られている幻想の一形体だ。彼の物語の数々を二つの意味=方向に読みとりうるものにする曖昧さにおいて(中略)、物語を作り出すのは機械仕掛であり、そしてまた同様にして、機械仕掛の中に歩をとどめるのは物語のほうでもあるのだ。レリスはこう卓説を述べている――「ルーセルの想像力の産物は精髄化された紋切型である。彼が大衆にとってどんなに当惑のたねであり奇矯であろうとも、彼は実際には民衆および子供の想像力と同じ源泉に汲んでいたのだ……ルーセルがそれに衝き当たって苦しんだ、あのほとんど一致した無理解は、恐らく、普遍的なるものに到達する能力のなさによるよりも、日常茶飯事と精髄とのこの奇妙な結合によるにちがいない。」 手法(プロセデ)は、既産物に類するものを産み出し、そして太古の物語は、かつて見たことのない機械を生む。この閉じられた言説、その諸反復によって密閉された言説は、内側から言語の最も古い出口に向かって開いており、突如としてこの言語の、過去なき構築を現出させるのである。たぶんその点にこそ、彼のジュール・ヴェルヌとの親近性が感じとられるのだ。」

「実を言うと、レーモン・ルーセルの作品くらい、旅することが少なく、じっと動かずにいる作品はない。そこでは何一つ動かない、機械仕掛の閉じられた空間があらかじめ定める内的な動きによる以外は。何一つとして移動しない。すべてが休止の完璧さを歌っており、この休止はみずからを土台にして顫動し、その一つ一つの形象が逸走するのは、みずからの場所をいっそうよく示し、ただちにそこに戻るためにすぎない。ルーセルにおいては未来の先取りもまたない。発明はいかなる未来に対しても開かれていない。それはすべてこれ内向しており、時間とその腐蝕に抗して一つの形象を保護する以外の役割を持たず、この形象を技術的な、むき出しの、冷たい永遠の中に維持する力だけをそなえているのだ。パイプとか、電線とか、磁気の拡散とか、光線とか、化学的発散物とか、ニッケルの列柱とかいったものは一つの未来を設定するために配置されたのではなくて、現在を過去から分かつかすかな厚みの中にだけ忍びこむために、そしてそうやって時間の諸形象を維持するために配置されたのである。だからこそ、それらの装置を利用することなどまったく問題になってこないのだ――無比の人(アンコンパラーブル)たちの難船、彼らの救われた不可思議な装置や能力のすべて、祭のあいだに彼らが行なう、それらの実演などは、カントレルの〈庭園〉の孤独がなおいっそう強調することになるあの本質的無償性を象徴しているのである。これら未知の装置すべては、スペクタクルとしてのそれらの反復と、同一なるものへの回帰とのうちにしかそれらの未来を持たないのだ。
 この回帰の強迫観念こそジュール・ヴェルヌとルーセルとに共通しているものである(空間の円環性によって時間を廃絶しようとする、同じ努力)。彼らは自分たちが絶えず発明し続けるあれら未聞の形象のうちに、出発、喪失、回帰といった古い神話、またそれらと相関的な、〈他者〉になる〈同一者〉と根底では〈同一者〉だった〈他者〉という神話、無限に延びる直線でいながら同一の円環であることの神話を再発見していたのである。」

























































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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