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『集英社版 世界文学全集 42 悪の華/ペスカラの誘惑/架空の人物画像 他』 安藤元雄 他 訳

「彼は生涯のあいだ病める人であった。この世にたっぷりとは存在しない、あるいはまるで存在しない何物かを求める人でつねにありつづけた。」
(ペイター 「宮廷画家の寵児」 より)


『集英社版 世界文学全集 42 
ボードレール 悪の華
マイヤー ペスカラの誘惑
ペイター 架空の人物画像 他』
 
安藤元雄/小栗浩/菅野昭正/篠田一士/川村二郎 他 訳


集英社 
1981年5月30日 第1刷発行
587p 口絵(モノクロ)1葉
四六判 丸背紙装上製本 貼函 
函プラカバー
特大巻定価1,200円
装幀: 坂野豊

栞 (2p):
『ペスカラの誘惑』の登場人物/訳者紹介/次回配本



二段組。



悪の華 ペスカラの誘惑 架空の人物画像 01



目次:

ボードレール
 悪の華 (安藤元雄 訳)

マイヤー
 ペスカラの誘惑 (小栗浩 訳)

ペイター
 架空の人物画像
  宮廷画家の寵児 (菅野昭正 訳)
  ドニ・ローセロワ (土岐恒二 訳)
  セバスティン・ファン・ストルク (篠田一士 訳)
  ローゼンモルトのカール大公 (川村二郎 訳)
 家の中の子供 (菊池武一 訳)
 エメラルド・アスワート (富士川義之 訳)
 ピカルディのアポロ (土岐恒二 訳)

訳者後記・注解

本巻を編むにあたって (篠田一士)

解説
 ボードレール (安藤元雄)
 年譜 (原島恒夫 編)
 マイヤー (小栗浩)
 年譜 (小栗浩 編)
 ペイター (土岐恒二)
 年譜 (編集部 編)




悪の華 ペスカラの誘惑 架空の人物画像 02



◆本書より◆


「悪の華」「高みへ」より:

「沼を見おろし、谷間を見おろし、
山脈(やまなみ)を、森を、雲を、海原を見おろして、
太陽のかなたへ、エーテルのかなたへ、
星をちりばめた天球の果てより遠く、

わが精神よ、おまえは身軽に動いて行く、」

「幸いだ 力強いつばさをひろげて
輝かしく晴れわたる野づらへと飛んで行ける者は。

心の思いが、ひばりのように、
朝ごとに自由に空へ舞い上がる者、
――人生を下に見て、何の苦もなく
花々の 物言わぬものたちの言葉を解する者は!」



「宮廷画家の寵児」より:

「人間の一生を、冬の夜、あかあかと灯(とも)された広間を横切って、窓から窓へと一度だけ通りすぎてゆく一羽の鳥にたとえた作家の話を、わたしはいつか聞いたことがあるように思う。」

「彼は最近上流社会のひとびとと頻繁(ひんぱん)に交際しているにもかかわらず、持前のどこかよそよそしい、なにごとかに心を奪われているような態度を、まだ捨ててはいない――本当に、彼は誰にたいしてもそういう態度をとるのだ。それは成功を鼻にかけているせいだ、と或るひとたちは考えるかもしれないが、決してそうではない。なぜなら彼はいつでもそんなふうだったから。」

「わたし自身にとっては、どうやって時を通過しようかということが、ときおり――逃れようもなく――問題になる。そしてそれがまた、こんなにも短いわたしたちの一生にあっては、言いようもなく悲しいこととしてわたしの胸を打つのだ。長い雨の一日の陰鬱(いんうつ)さは、ちょうどいま、湿っぽい夕焼け空のひろがりに代ろうとしていて、夕陽は、この静かな世界の遠い地平線の彼方から、野原や柳の森を越えて、広場の塔――そこからお告げの鐘の音が鳴りひびいてくる――のよく動く風見と長く尖(とが)った窓を照らし、晴れた一夜の束の間の希望をいだかされる。」

「彼は生涯のあいだ病める人であった。この世にたっぷりとは存在しない、あるいはまるで存在しない何物かを求める人でつねにありつづけた。」



「ドニ・ローセロワ」より:

「のちに彼が苦境に立つことになったとき、それまでは彼の時めく人気のうちで何よりも人好きのするものと思われた一つの特徴が、逆に彼にとって不利なものに転じた――つまり不具に育った、あるいは奇形の、しかし潜在的には幸福な子らに対する溺愛(できあい)がそれだ。さらにまた、奇獣に対する偏愛もそうで、彼はそういった動物すべてに同情を寄せ、彼らの病気を治す術に長け、狩で追われた野兎を救ったり、羊を肉屋から買い戻すために、着ていたマントを売ったりした。(中略)彼はほんものの狼(おおかみ)を手懐(てなず)けて、犬のようにあとに従えて歩いた。」

「学僧エルメスは、昔読んだある本に、葡萄酒の神は、(中略)対照的な性格を、暗い、あるいは人に反感を抱かせるような側面をもっており、調和させることの困難または不可能な、二重人格のようなものである、と書かれていたことを思い出した。」



「セバスティン・ファン・ストルク」より:

「Schwindsucht (消耗性疾患=肺結核)――英語にはこれに当る言葉がない――に彼は情熱を感じ、くずれやすい砂の中にほとんど人の足もとをとどめぬあらがいがたい水のことや、いまは海中の深い水路として残っているにすぎないほろびた河の河床のこと、また、わずかな最後の住人がいなくなったのはそう遠いことではないのに、すでに空になった墳墓もろとも、洪水とともに流失してしまったある古代の町の遺跡のことなどを考えるのが快かった。」

「彼は、そういってよければ、死に恋しているようだった。夏よりは冬を好み、われわれの足下の大地が、太初の宇宙熱から永久に冷却しつつあると考えても、心が静まるだけなのだ。ものの色あせるさまや、かつては町の塁壁であった海中の長い砂の堤防が、時が来て流失してしまったのを、快く眺めるのであった。」

「離脱。ここから急ぎ去ること。脱ぎすてた衣服のごとく、おのれの全自我を畳(たた)むこと。彼が自分のなかに見出すことのできるような個人の力によって、自然自体が永遠の丘を平らにならしている緩慢な崩壊を先取りすること。――ここにこそ、平和の鍵、結局は本質的に幻にすぎぬ世界で可能なかぎりの威厳と真実を保つ鍵があるだろう。少なくともセバスティアンにとっては、世界も個人も同様に、あらゆる有効な目的を剝奪(はくだつ)されてしまっているのだ。」
「タブラ・ラサを回復するには、たえざる自己抹消の努力によるほかないのだ!」
「彼は、つぎのような原則を義務とした。すなわち、彼のいわゆる平衡の回復、本源の意識をそれ自身にもどすこと――かくも悪く作られ、かくも弱く夢想された世界の、不安な、気むずかしい、とるに足らない夢からの目ざめ――をできるかぎり妨げないこと、忘れ、また、忘れ去られること、である。」



「家の中の子供」より:

「部屋部屋のまわり、それから彫刻をした手すりがあり曲り角の薄暗い階段にそって、古風な低い腰羽目がしてあった。その羽目は途中、幅のひろい窓のところまでとどいていた。窓の下枠(わく)の下にはつばめの巣があった。四月も末になると、なしの古木の花が青空を背景にしてこの窓をのぞいていた。秋には、この古木の下に実の落ちているのを見つけることもあったが、かおりの高いその果汁はいかにも新鮮であった。次のかどには小部屋があって、そこの深い棚(たな)には極上等の陶器がのっていた。子供部屋の炉のまわりには小さな天使の顔と、細いたて溝(みぞ)の飾りが眼についた。それから、家のいちばんのてっぺん、薄闇(やみ)のなかを白ねずみが走りまわっている、大きな屋根裏の部屋の上に、まわりに手すりのついた平らな屋根があった。(屋根裏の部屋には、がらくたのあいだに、ガラス玉、からっぽのまだほんのりかおりののこっている香水のびん、絹の色糸のくず、など子供のたからものがあり、奥のしれない未探検の不思議の国であった)屋根からは近所の尖塔(せんとう)のかずかずがみえた。というのもわたしがいったとおり、この家は大きな都会の近くにあったからで、その都会は、まがった風見をこえてうずまく雲や煙のかたまりをふきあげているのもたびたびのことであった。」

「いまわたくしが物語っている子供は、こうしてしずかにここに暮していった。すぐ下に鳥籠(かご)がかかっていた窓のところに彼は毎日すわり、彼に本の読みかたを教える母は、彼がものを習いおぼえるのになんの苦労をしないことや、ものを記憶するすばやさに驚嘆していた。(中略)しなのき(引用者注:「しなのき」に傍点)の小さな花のかおりは、雨のように空から二人の上にふりそそいだ。時間は、空中にいる蜜蜂(みつばち)の羽音にあわせて、だんだんうごき方がおそくなるような気がした。そして六月のひるさがりになると、もうほとんどじっと止まってしまった。」



「解説 マイヤー」(小栗浩)より:

「夫を失って、息子と娘の養育をすべてまかされることになった母親ベッツィ(中略)は、敬虔な、良心的な人であったが、あまりに神経質で、それが息子コンラートの一生にとって大きな障害となった。幼い頃とびぬけて活発だったコンラートは、母親のきびしすぎる躾(しつけ)のために、反抗的な、内攻的な子になっていた。(中略)きまじめ一方の母親から見れば、コンラートは意志の薄弱な、学業に集中できぬ、だからまた先の見込のない子であって、少年自身、そういう母の判断をはねのける勇気もないままに、ただ沈鬱(ちんうつ)な日を送るばかりであった。チューリヒの政治機構は民主化されているから、名門の子だからといって市の要職につく当てはなく、母の期待に答えられないという不安な思いは次第につのり、ついにはひどい神経症におちいって、高校を退いて転地療養を必要とするまでになった。その頃ローザンヌに、父の友人でルイ・ヴュリマンという人がいて、少年はこの人の庇護(ひご)にゆだねられることになった。(中略)少年は暇にまかせて独・仏・伊の文学書を読みあさり、かたわら自分でも詩作の筆を取りはじめた。(中略)一旦(いったん)元気になってチューリヒにもどりはしたが、以前と同じ環境のなかで、彼はたちまちまた憂鬱(ゆううつ)症におちいらざるをえなかった。(中略)健康状態が思わしくないままに、それから三年の後、自分で決心してニュシャテル(=ノイエンブルク)のプレファルジエ神経科病院に入ることになる。(中略)数カ月で退院し、彼はふたたびローザンヌにヴュリマンを訪ねる。そのすすめによって、歴史の勉強とフランス書のドイツ語への翻訳に心がけ、この仕事はチューリヒにもどってからも続けられる。しかし病気は治ったわけではない。それどころか、沈鬱な夢想癖はますます高じて、はたから見ると、気がふれたと思われるような振舞も少なくなかったらしい。その頃彼は、日中は自室にとじこもり、夜になると家をぬけ出してあてもなくさまようことが多かった。時には、ポケットに石をつめこんで、湖上にボートをこぎ出すこともあった。母と妹はおろおろしながら彼が無事帰るのを待つ以外にはなかった。彼は悩んでいた。まわりの人間が、しかも彼を愛している母と妹がとりわけ自分のことで悩んでいると思うのがつらかった。(中略)が、一八五六年、思いがけぬ母の死によって、皮肉にも彼はようやく自分をとりもどすことができるようになる。それにはつぎのような事情がある。彼の家には、祖父の代から養子として育てられていた白痴の子がいた(敬虔なキリスト教徒の家庭では、こういう慈善行為が時として見られる)。その子が死んだとき、良心的にすぎる母はそれが自分のせいだと思いこむようになり、神経症のためついに息子と同じようにプレファルジエの病院に入ったが、チューリヒ湖に注ぐ川に投身して死んだのである。」
「祖父が面倒を見ていた養子が死んで、その遺産が入ったので、マイヤーは久しく念願していたパリでの生活を実現できることになった。(中略)しかしパリでの生活は幻滅に終わった。花やかな大都会の見るもの聞くものが、みな虚飾としか思われなかったのである。(中略)二年の予定で出かけたのに、彼はわずか四カ月でむなしく故郷にまいもどった。妹は、看護婦になる勉強をはじめるつもりでいたが、その前に、まだ将来の当てもない兄の身のまわりをみてやらなければならなかった。むくいられぬ恋があり、フランス語への、またフランス語からの翻訳の仕事があり、やがて一八五八年、妹ベッツィとともにイタリアへの旅に出ることになる。(中略)とりわけ、ミケランジェロの芸術は圧倒的に彼の心をとらえた。」
「ミケランジェロ体験によって、詩作こそわが天職という覚悟はできたが、(中略)あらたに生涯の伴侶(はんりょ)と思った人への求婚は不調に終わる。それまでの詩をまとめてライプツィヒの書店に送ったが、すげなく出版を断られる。シュトゥットガルトの「朝刊紙」もていよく掲載を辞(ことわ)ってくる。妹ベッツィを除いては、世の中で誰(だれ)ひとりまだ彼を詩人として認めていない。彼はつぎの詩句によってみずからを慰める。

  しなやかに立つひともとの木
  身をゆすればたわわな実 地におちる
  だがそれは楽園でのこと
  せちがらいこの世のことではない

 耐えかねた妹は自分で出版の交渉にのりだし、ようやくシュトゥットガルトのメツラー書店から出版されることになったが、むろん自費出版であり、それに伴うリスクはすべて著者自身が負うという条件であった。これが彼の処女作『一スイス人による二十篇(ぺん)のバラード』であり、時に一八六四年、マイヤーはもう四十歳になろうとしていた。」



「解説 ペイター」(土岐恒二)より:

「「セバスティアン・ファン・ストルク」は十七世紀オランダを舞台に、ハーレムの市長の息子セバスティアンの、スピノザを暗示させる瞑想(めいそう)生活への憬れを主題としているが、(中略)セバスティアンが心を引かれる言葉に、Schwindsucht (消滅への憬れ、絶えいることへの偏執)というのがあるが、この言葉はこの一篇のキーワードであるばかりか、ペイターの中心思想でもあるだろう。廃墟、遺跡、遺物、墳墓、墓碑名、古写本、美術品の破片、日記といった、時間の海に洗われて消滅(schwinden)してゆく過程においてかろうじて消えのこった壮麗な過去の残闕(ざんけつ)こそ、ペイターの想像力を刺激して彼に創作の筆を執らせていることが、ここに収められた諸篇を通じて明らかに読みとられるはずだ。」







こちらもご参照ください:

『ウォールター・ペイター短篇集』 工藤好美 訳
『マルセル・シュオッブ全集』
『ボードレール 『悪の花』 註釈』 多田道太郎 編 (全二冊)
ハーマン・メルヴィル 『幽霊船 他一篇』 坂下昇 訳 (岩波文庫)
伊藤勲 『ペイタリアン 西脇順三郎』
川村二郎 『日本文学往還』




































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阿部良雄 編 『ボードレールの世界』

「ボードレールには旅の計画さえあれば、旅そのものは必要ではなかった。むしろ旅の計画や旅の夢想こそが、つまりは「旅へのさそい」こそが、彼にとっての旅だったのである。」
(安藤元雄 「旅への「さそい」」 より)


阿部良雄 編 
『ボードレール
の世界』



青土社 
1976年4月10日 印刷
1976年4月25日 発行
397p(うち別丁口絵図版8p) 
菊判 丸背クロス装上製本 機械函 
定価2,400円
装幀: 加納光於



本書「編者あとがき」より:

「人はおそらく、ここに提示されたさまざまなボードレール像の、あまりにも多様であるのみならず、互いに矛盾しあるいは反撥し合うようにさえ見えるのに、驚くかも知れない。反応の多様性は作品のはらむ豊かさの証左であるという現代批評の公理をもち出すまでもなく、「自ら矛盾撞着する権利」を(「この世からおさらばする権利」とともに)人権宣言に加えるべきだと言ったのは、ボードレールその人であった。」
「一九七三年春に「ユリイカ」臨時増刊として刊行されたボードレール特集号の中から、アルベール・ベガンの「ボードレールと夢」(完訳のある『ロマン的魂と夢』の一部)を削って、ヴェルナー・ホフマン、ジョルジュ・ブランの小論文を加え、拙稿書誌の誤りなどを出来る限り正したのが本書である。」
「カットとして用いたカリカチュアとパリ風景は、絵入り娯楽文芸雑誌『パリの悪魔』 La Diable à Paris - Paris et les Parisiens, Paris, Hetzel, 1868 からとったもので、ガヴァルニ、グランヴィル、ペルタル、シャム、クレルジェなどの作である。」



口絵図版(モノクロ)25点、本文中図版(モノクロ)多数。



ボードレールの世界 01


函表: 「ボードレール自画像逆版」



ボードレールの世界 02


函裏: 「ノートルダムから見たパリ」


目次:

ボードレール頌
 ヴェルレーヌ 「ボードレールの独創性」 (佐藤東洋麿 訳)
 ランボオ 「見者ボードレール」 (奥本大三郎 訳)
 マラルメ 「「シャルル・ボードレールの墓」」 (菅野昭正 訳)
 アポリネール 「大革命と近代精神」 (横張誠 訳)
 ティボーデ 「都市の詩人」 (横張誠 訳)
 クローデル 「ボードレールの音楽」 (渡辺守章 訳)
 エリュアール 「ボードレールの闘い」 (横張誠 訳)
 ジューヴ 「「ボードレールという慰め」」 (豊崎光一 訳)
 ポンピドゥー 「ボードレールと神」 (家柳速雄 訳)

辻邦生 「汝が永遠の岸辺」
磯田光一 「わがボードレール」
佐藤朔 「寸感」
村上菊一郎 「パリのボードレール」
饗庭孝男 「受苦の聖性」
ボヌフォア 「悪の華への序文」 (田中淳一 訳)
菅野昭正 「少年老いやすく……」
種村季弘 「覗く人」
粟津則雄 「ボードレールの苦さ」
カイヨワ 「ボードレールの詩の位置」 (佐藤東洋麿 訳)
窪田般彌 「拓次とボードレール」
加藤郁乎 「親愛なる他人」
ベンヤミン 「遊民」 (円子修平 訳)
杉本秀太郎 「「読者に」の位置」
清水徹 「『宝石』私解」
安藤元雄 「旅への「さそい」」
阿部良雄 「おお奴隷なる女神よ……」

出口裕弘/渋沢孝輔/松山俊太郎/阿部良雄 「共同討議 なぜボードレールか」

宮川淳 「ボードレール再読」
興謝野文子 「理性と怪物」
豊崎光一 「もうひとつの海 雙児の海」
ブラン 「変化矛盾頌」 (阿部良雄 訳)
ブラン 「無限を求めて」 (阿部良雄/長谷徳夫 共訳)
出淵博 「ひとつの変奏」
鍵谷幸信 「石だらけの沙漠、砂利いっぱいの屑」
ホフマン 「ボードレールとカリカチュア」 (阿部良雄/杉本紀子 共訳)
及川馥 「ボードレールとヌーヴェル・クリチック」
佐藤東洋麿 「麻薬・無限への眺望」
二宮正之 「荷風の散文とボードレール」
奥本大三郎 「瞳、髪、飲むこと」
横張誠 「「呪われた部分」の選択」
阿部良雄 「ボードレール論の系譜」

批評的書誌 (阿部良雄)
シャルル・ボードレール詳細年譜 (杉本紀子 編)
編者あとがき (阿部良雄)




ボードレールの世界 03


本体表紙(クロス地に紙貼付)。



◆本書より◆


「旅への「さそい」」(安藤元雄)より:

「題名は『旅へのさそい』である。しかし、読んでみればわかるように、それは「旅」というよりも「移住」に近いものである。ボードレール自身、三行目ではっきりと、「行って暮す」という言葉を使っているし、しかも、そこへ行ってしまえばもはや「死ぬ」までそこを離れないのだから。そこ、というのは一種の理想郷であって、つまりは詩人の夢想の中にしかない国なのだが、その夢想のきっかけを提供している現実の国はオランダである、というのが諸家の注釈の定説となっている。たしかに、この定説に異議をさしはさむ理由は何もない。とくに、同じボードレールの散文詩集『パリの憂鬱』の中に、これと類似した趣向で書かれたやはり『旅へのさそい』と題する一篇があり、(中略)その中にはもっとはっきりとオランダを指示する言葉がちりばめられているからである。しかし、この韻文の『旅へのさそい』から読み取られる限りでは、どうしてもオランダでなければならぬというほどのものは一つもない。「霧の空」や「運河」や「船」、それに「東方の国のみごとさ」と並べてみても、それだけで舞台をオランダに限定してしまうには材料不足である。
 しかし、十九世紀なかばのフランスの読者にとっては、これだけの材料で、すでに充分にオランダを連想することができたのかも知れない。アントワーヌ・アダンがガルニエ叢書版『悪の華』の注にしるすように、ベルナルダン・ド・サンピエール以来オランダに関する文学上の伝統とでも呼ぶべきものがあったとすれば――そしてこのころでも盛んにオランダ見聞記のたぐいが書かれていて、その筆者の中にはネルヴァルやゴーティエ、シャンフルーリ、ウーセイなど、ボードレールに近かった名前も見出されることを思えば――そう考えるほうが自然だと言えよう。このころのフランスには、たとえばドラクロアの絵などにも見られるように、東方趣味がかなり高まっていて、それは北アフリカ方面へのフランスの経済進出と軌を一にしていたのだが、その趣味の対象が中近東方面にとどまらず、もっと東へ、インドから中国へとひろがるためには、当時の対アジア貿易の先進国であったオランダが絶好の窓口とされたであろうことは、たやすく理解できる。つまりオランダはフランスから見て、ヨーロッパの文化的な枠組みの中でアジアへの異国趣味をも十分に満足させ、しかも相対的に「北方の神秘性」にも欠けていないという、夢の対象となるべき条件を完備した国だったのだ。散文詩『旅へのさそい』の書き出しはこうである。

  すばらしい国があるのだ。悦楽の国とも人の言う、私が昔からの女友達とともに訪れたいと夢みる国である。面白い国で、北方の霧に沈みながら、西洋の中の東洋、ヨーロッパの中のシナとも呼べるほど、……

 ボードレールはこのときまで、オランダを実際に訪問したことはなかった。のちにベルギーに滞在し、オランダまであと一歩のアンヴェルスまで行きながら、ついにオランダには足を踏み入れない。『パリの憂鬱』の注釈者ロベール・コップは、詩人が自己の詩的夢想の破れるのを恐れたためではあるまいかとさえ言っている。だが、それはともかくとして、ここではこの夢想における方位感の奇妙な消滅(引用者注:「方位感の奇妙な消滅」に傍点)を指摘するにとどめよう。晩年のベルギー滞在を別にすれば、ボードレールの生涯における唯一の大旅行と言えば、二十歳のとき、彼の放蕩ぶりを恐れた養父にインド行きをすすめられ、モーリシャス島からレユニオン島まで行って引き返して来た、南方への旅があるだけだ。(中略)そして、散文詩『旅へのさそい』の異文には、ゲーテの名高いミニヨンの歌「君よ知るや南の国……」から発想を借りた跡が歴然と見て取られる。にもかかわらず、南のイタリアへのあこがれを北のオランダへのあこがれに置き換えた(中略)ことが、ボードレールにとって決して不自然でなかったのは、前述のように東洋という軸があったからこそであろう。その結果、韻文の『旅へのさそい』にあらわれるイマージュは、決してフランドルの風物ではなく、かといって明るい南方の風土でもなく、文字通りのユートピア(どこにもない国)になり、そのユートピア性の中に静止する国となったのである。
 そして、それはまた、その国における詩人の理想的な住まい方にとっても好都合だったと言える。そこへ移り住んだ恋人たちは、豪華な室内に閉じこもって、あらゆるものを手に入れながらしかもあらゆるものにわずらわされずに、いわば静止的に、暮すのでなければならなかったから。船は眠っているし、世界もこれから眠りに入ろうとしているのだ。」

「ボードレールには旅の計画さえあれば、旅そのものは必要ではなかった。むしろ旅の計画や旅の夢想こそが、つまりは「旅へのさそい」こそが、彼にとっての旅だったのである。」




ボードレールの世界 05



「共同討議 なぜボードレールか」より:

松山 なぜボードレールか、という問題は、自分にとっての問題でもまずあるけれど、他人にとってなぜボードレールかという問題も、いつでもそれと並行してあるわけです。(中略)ところが、ボードレールの場合は、自分にとって大変好きな作家であるということが、他人が好きだというボードレールとは必ずしも重ならないんじゃないか。ボードレールは非常に複雑な作家だから、一人一人が違う形でボードレールを好きになってもいいんじゃないか、ということですね。(中略)ぼくの場合は、ポーが好きだったから、ポーの単なる翻訳者としてだけではなく、ポーの先へとボードレールが延びてきているということがあって、それでまず好きになったわけです。(中略)もともとこっちは一冊の詩集のなかに十か十五好きなものがあればすぐれた詩集に違いないと決める。あとの『パリの憂鬱』とか『赤裸の心』はもうボードレールが好きになっているから良く読めるわけで、批判的に読んでいるわけじゃない。(中略) L'Invitation au Voyage にしても、それから髪の詩篇にしても、人間が人間としてある限り、非常に古い頃から持っているテーマで、そういうテーマを扱っているから好きですね。いつでもそこへ戻っていけば、そういうものに触れられるという安心感がひとつあるわけです。そういう意味での古さに惹かれますね。(中略)ボードレールは戻ってみたときに揺るがない感じがある。こっちの退嬰的な心と対応するものとしてのボードレールが、非常に懐しいし安心できる。ある意味で、ボードレールは西洋の詩の古さを代表した、なんというか、フランス文学じゃなくて、むしろラテン文学といいたいような系譜の、いっとう終りの頽廃する寸前の一番輝かしくて、同時にいっとう最後だから、ぼくらにも身近な詩人なんじゃないか、と思う。」

阿部 ぼくはあまり文学青年的な人間ではなくて、それこそフランス文学に対して非常にミーハー的な入り方をしていますから、ランボーにかぶれた時期というのも全然なかったし、ボードレールのどういうものが好きだったかというと、たとえば「港」なんていう散文詩ありますね。(中略)港へ行ってマストとか船とか、揺れているのを見ている、まだ出発するだけの意欲を持っている人を羨みながら、もう自分はそんな気持もなくて、ぽかんと波止場で見ているという、そういうものとか、あるいは散文詩のなかの「異人さん」というようなもの、あるいは「スープと雲」ですか、馬鹿な女房だかなんだか、「スープができたのに、早く食べなさい、雲屋のおバカさん」というと、食わないでポカンと雲を見てるとか、そういうところに、青空みたいなものが見えてたわけですね。不思議と言えば不思議な話なんですけども、ボードレールを読んで、そこに青空を感じるというのは、ちょうどその頃、印象派の絵なんかが好きになって、非常に青空があるという感じです。(中略)そういうボードレールが初めにあって、だからボードレールの精神的弁証法というか、キリスト教には全く関心がなかったし、ボードレールの持っている苛烈な面とか、そういうのは後からわかったことです。(中略)「憂鬱と理想」といいますか、青い空の彼方に何か求めているような、そういうボードレール像が最初にできた。(中略)それこそ勉強しているうちに、もっとたくさんいろんな面があるということがわかってきたわけですけれど、やはり最初に持ったそういうイメージはいつまでも残っていて、たとえばいま「旅へのいざない」を読むと、若い頃に得たボードレールのそういう印象が、いつまでも持続しているわけですね。それがひとつの古いものであって、そこへ安心して帰っていけるというわけですが、それがなんだかぼくには古いという感じが全然しなくて、(中略)そういう部分は古くも新しくもないボードレールという感じがするわけです。……逆に古いけれども魅力を感じる部分がありまして、たとえば『悪の華』の最初に出ている「読者に」ですね。あれなんか読むと、古色蒼然という感じがして、(中略)最後の「アンニュイ」なんてのは、まさにアレゴリーです。ことさらに擬古的なレトリックを使って、ことさらに古臭く書いている、そういうものが、読めば読むほど魅力が出てくるというのは、一体どういうことなんだろうかと、それがまあ一番わからない点であるわけです。」

松山 大詩人は、必ず原型(アルキティープ)を提出すると思うわけですよ。原型というのは、さっきも古さについて言ったけれど、大昔からあり得べきものなんだけれど、たとえばボードレールによって初めて提出された原型があるでしょう。それが本当の原型であれば、読む人全部にとっても原型だから、自分の代わりにボードレールが言ってくれたというように、それを通じて作者と読者が融合せざるを得ない。そういう原型を、数は多くないにせよ、掻撫での詩人を五、六人合わせたくらいは一人で提出してくれていると思う。日本では萩原朔太郎が原型を非常に提出しているんじゃないか。批評性とか精神の峻厳さとかで朔太郎はボードレールと比肩はできないけれども、原型の提出者としてみると、やはりボードレールよりも朔太郎の方が詩人的じゃないかとも思うんですけどね。日本では、朔太郎はとにかくずば抜けているし、西洋では、ボードレールはそういう点で卓越しているんじゃないか。」




ボードレールの世界 04



ボードレールの世界 06



ボードレールの世界 07






こちらもご参照ください:

『ボードレール 『悪の花』 註釈』 多田道太郎 編 (全二冊)
出口裕弘 『帝政パリと詩人たち』
阿部良雄 『ひとでなしの詩学』



































『ボードレール全集 Ⅰ』 福永武彦 編集

「彼は風とたわむれる、流れる雲と語り合う、
十字架に通じる道を、恍惚と歌い行く。」

(ボードレール 「祝福」 より)


『ボードレール
全集 Ⅰ』
 
福永武彦 編集
訳者代表: 福永武彦


人文書院 
1963年5月15日 初版印刷
1963年5月25日 初版発行
97p+426p xviii
口絵(モノクロ)8p 
四六判 丸背布装上製本 機械函
定価750円
装釘: 中井貞次

月報 1 (8p):
小詩人(中村光夫)/ゲオルゲ訳『悪の華』(大山定一)/オンフルール詩篇(井上究一郎)/ボードレール・逸話と伝説(阿部良雄)/図版(モノクロ)3点



全四冊。
本文二段組。本文中図版40点。



ボードレール全集Ⅰ 01



目次:

緒言 (福永武彦)
詩人としてのボードレール (福永武彦)
ボードレール年譜 (福永武彦)

悪の華(初版) (福永武彦 訳)
悪の華(再版) (福永武彦 訳)
新・悪の華 (福永武彦 訳)
『悪の華』付録
 初期詩篇 (阿部良雄 訳) 
 拾遺詩篇 (阿部良雄 訳)
 詩草稿(断片) (福永武彦 訳)
 エピローグ草稿(断片) (福永武彦 訳)
 『悪の華』序文草稿 (高畠正明 訳)
 弁護士のためのノートと資料 (高畠正明 訳)
パリの憂愁(小散文詩) (福永武彦 訳)
散文詩草案 (阿部良雄 訳)

解題と注
 悪の華(初版)
 悪の華(再版)
 新・悪の華
 『悪の華』付録
 パリの憂愁

巻末付録
 題名総目次
 図版目次
 詩題名索引




ボードレール全集Ⅰ 03



◆本書より◆


「悪の華(初版)」「祝福」より:

「至上の力持つ神の命令に従って、「詩人」が
退屈きわまりないこの地上に現れる時、
恐怖に襲われた母親は、瀆神の思いに胸ふたぎ、
神に拳を振り上げる、憐れみの眼で見守る神に。」

「彼は風とたわむれる、流れる雲と語り合う、
十字架に通じる道を、恍惚と歌い行く。
そして彼の遍歴のあとにつき従う「聖霊」は、
森の小鳥のように快活な、彼の姿に涙ぐむ。」



「悪の華(初版)」「太陽」より:

「僕は行く、ひとり、風変りな武者修業に、
街の隅々に偶然の生み出した韻律を嗅ぎまわり、
鋪石(しきいし)につまずくように言葉の上に足を取られ、
時にはばったり、長いこと夢みていた詩句を見出し。」



「悪の華(初版)」「旅への誘い」:

   「愛する妹よ、
   いとしい子よ、
行こう、二人して暮すために!
   ――のどかな愛と、
   愛と死と、
お前によく似た遠い国に!
   霧の空には、
   濡れた陽は
お前の涙のかげにかがやく
   移り気な眼の
   不可思議の
魅力のように、わたくしを焼く。

そこにすべては整いと美と
栄華と悦楽と静けさと。

   年月を越え
   色は冴え、
家具は二人の小部屋を飾り、
   稀な花々
   香(こう)の幽かな
匂にまじりその香はくゆり、
   鏡は深く
   窓は高く、
東洋の遠い豪奢を凝(こ)らす
   すべてのもの、
   その生の
やさしい秘密の言葉を洩らす。

そこにすべては整いと美と
栄華と悦楽と静けさと。

   運河のほとり
   船は眠り、
さすらいの旅の想いをのせながら、
   お前の望みに
   つくすために
船は来る、遠くこの世の極みから。
   ――沈む陽のもと、
   野と運河と、
すべての街はあかねの色に、
   こがねに燃える。
   ――世界は眠る、
このあつい光のただ中に。

そこにすべては整いと美と
栄華と悦楽と静けさと。」



「悪の華(再版)」「パリの夢」:

「Ⅰ

生ある者が見たこともない
この恐るべき風景の
おぼろげに遠い幻は、
今朝も僕を魅してやまぬ。

眠りは奇蹟に充ちている!
奇妙な気紛れにそそられて、
僕はこれらの景色から
不揃いな植物の類を取り除き、

己(おの)が天才を誇る画家のように、
僕の絵の中に味わっていた、
金属、大理石、水のつくりあげた
うっとりするような単調さを。

階段、拱廊(きょうろう)に富むバベルの塔、
涯(はて)も知らない宮殿だった、
滝や泉水は流れ落ちた、
いぶし金(きん)、輝く金(きん)の水盤に。

水嵩(みずかさ)あふれる大瀑布は
水晶の幕かと疑われ、
金属製の壁また壁に
きらめきながら懸っていた。

まどろむ池水はめぐらした、
樹ではなくて群れ立つ柱を、
そこに住む人より大きな水の精たち、
女らしく水の鏡に化粧した。

水は青い帯をなして、
薔薇色(ばら)と緑色(みどり)の河岸(かし)の間を、
幾千万里の距離にわたって
この世の涯(はて)へと流れて行った。

岸は見たこともない宝石づくりで、
水は魔法のように光っていた、
そこに映し取るすべてのもので
まぶしく輝く無数の鏡だった!

空に映ったガンジス河、
悩みもなければ音もなく、
甕(かめ)にみたした宝石を
ダイヤモンドの淵に注ぎ流した。

この桃源境の建築師、
思いのままに振舞う僕は、
宝石づくりのトンネルの下、
手なずけた大海(おおうみ)をくぐらせもした。

こうしてすべては、墨色(すみいろ)までも
明るく磨かれ、紅と輝き、
結晶化した光線の中に、
液体はその栄光を鏤(ちりば)めた。

空の隅々を見渡しても、
この奇蹟の眺めを照らし出す
星もなければ陽(ひ)もなかった、
何と自らの火に燃えていた!

そしてこの躍動する驚異の上に
(その恐るべき新しさ! 眼を愉(たの)しませる
ものばかりで、耳にためには何もなかった!)
永遠の沈黙が天翔(あまがけ)った。



燃えさかるこの眼を遂に開いた時、
僕は見た、惨(みじ)めな僕の仕事部屋を、
呪(のろ)わしい悩みごとの切先(きっさき)が
胸えぐるのを僕は感じた。

不吉な響きの振子時計は
荒びた声で正午を打った、
空は暗い曇(くもり)を降りそそいだ、
悲しい無感覚な世界の上に。」



「パリの憂愁」「異邦人」:

「――君は一体誰が一番好きなんだ、え、謎のような男よ? 父親か、母親か、妹か、それとも弟か?
 ――僕には父も、母も、妹も、弟もない。
 ――友達か?
 ――君は今日の日まで、僕がその意味さえ知らない言葉を使った。
 ――祖国か?
 ――それが如何なる緯度の下に在るのかさえ、僕には明かでない。
 ――美人はどうだ?
 ――そう、もし不死の女神ででもあることなら、悦んで好きになりもしようが。
 ――金(かね)は?
 ――君が神を嫌うように、僕はそいつが大嫌いだ。
 ――ええ! 一体それじゃ何が好きなんだ、不思議な異邦人よ?
 ――僕の好きなのは雲さ……。流れて行く雲……あそこを……あそこを……あの、類(たぐい)稀な雲なのさ!」







こちらもご参照ください:

『ボードレール全集 Ⅱ』 福永武彦 編集
『ポオ全集 第三巻』 (全三巻)



























































『ボードレール全集 Ⅱ』 福永武彦 編集

「有用な人間であるということは、私にはいつも、なにかひどく醜悪なものに思われた。」
(ボードレール 「赤裸の心」 より)


『ボードレール
全集 Ⅱ』
 
福永武彦 編集
訳者代表: 矢内原伊作


人文書院 
1963年7月20日 初版印刷
1963年7月30日 初版発行
20p+494p iii 口絵(モノクロ)2p 
四六判 丸背布装上製本 機械函
定価750円
装釘: 中井貞次

月報 2 (6p):
ボードレールの近代性(佐藤朔)/万物照応の世界(野間宏)/詩人と狂気(入沢康夫)/ボードレール・逸話と伝説2(阿部良雄)/図版(モノクロ)1点



全四冊。
本文二段組。本文中図版1点。



ボードレール全集



目次:

モラリストとしてのボードレール (矢内原伊作)

小説
 ラ・ファンファルロ (中村真一郎・小佐井伸二 訳)
 小説草案 (小佐井伸二 訳)


 イデオリュス (阿部良雄 訳)
 ドン・ジュアンの最期 (粟津則雄 訳)
 酔いどれ (粟津則雄 訳)
 第一軽騎兵隊の侯爵 (粟津則雄 訳)
 劇草案 (粟津則雄 訳)
 フィリベール・ルーヴィエール (高畠正明 訳)
 俳優ルーヴィエール (高畠正明 訳)

人工の天国 (安東次男 訳)
 人口の天国――阿片とアシーシュ
 個性増加の手段として、葡萄酒とアシーシュの比較
 前置き、および覚え書

日記 (矢内原伊作 訳)
 火箭
 赤裸の心
 カルネ(抄)
 憂鬱家の手紙
 履歴ノート

書簡(抄) (阿部良雄・豊崎光一 訳)

解題と注
 小説
 劇
 人工の天国
 日記
 書簡

巻末付録(書簡目次)




◆本書より◆


「ラ・ファンファルロ」より:

「サミュエル・クラメールは、かつてマヌエラ・デ・モンテヴェルデなる名前で、ロマン主義かぶれの途轍もない代物をいくつか書いた男だが――ロマン主義華かなりし頃のことだ――実は蒼白いドイツ人と栗色の髪のチリー女との矛盾の産物である。」

「彼は偉大な怠け者であると同時に陰鬱な野心家でかつ有名な落伍者でもあった。というのは、生涯彼はいかなる思想もその半分をしかもったことがないからである。怠惰の太陽が彼のうちに絶えず照って、天から授かった才能のその半分を蒸発させ、干乾しにしたのだ。私がパリのあの恐るべき生活の中で知ったこういう半偉人たちすべてのうちで、サミュエルは、他の誰にもまして、出来損いの傑作といった男だった。――詩の心がその作品の中によりはその人柄のうちに光っている、病的で空想的な人間。朝の一時頃に、石炭のまばゆい焰と柱時計の時を刻む音との間にあって、彼は常に私の眼に不能の神――現代の男女両性神――のように映ったが、しかもその不能たるや、叙事詩的であるまでに巨大かつ壮大だった!
 この強烈な閂光を散りばめた闇のごとき性質、怠惰にして同時に大胆であり、困難な抱負と笑止な流産とにおいて多産であるこの性質に、どうしたらくまなく通じていただけるだろう?――この精神にあっては、逆説がしばしば率直と均衡を保ち、想像力が徹底的な孤独や怠惰と同じように広大無辺だったのである。」
「とはいえ、彼が真情を解し得ず、情熱は彼の表皮をかすめるにすぎなかったなぞとは、考えないでいただきたい。彼は、昨日はじめて顔を合わせ、手を握り、親しくなったばかりの、まるで知らない友人のために、喜んで自分のシャツまで売るような男だったのである。精神や魂のことどもにはゲルマン的性質からくる無為の瞑想にふけり、情熱のことどもには母親ゆずりのすばやく移り気な激情を示し、かつ実生活においてはフランス的な虚栄心からくるあらゆる奇癖の持主だった。彼は二世紀前に死んだ作家あるいは画家のために必要とあらば決闘も辞さなかったであろう。かつて熱狂的な信心家であったごとく、今は情熱的な無神論者であった。同時に、自分が研究しているあらゆる芸術家になり、自分が読んだあらゆる本になったが、かかる役者的才能にもかかわらず、心底において彼は常に独創的な人間だった。常に変らず、温和で、空想家で、怠け者で、やんちゃで、博学で、無学で、だらしがなくて、お洒落のサミュエル・クラメールで、ロマン主義かぶれのマヌエラ・デ・モンテヴェルデだった。彼は女に夢中になるように友達に夢中になり、仲間を愛するように女を愛した。あらゆる人情の機微に通じ、あらゆる手練手管を心得ていながら、それにもかかわらず、彼は何ごとにあれ成功した例がなかった。それというのも、この男は不可能なことをあまりにも信じすぎていたからである。」
「サミュエルは、ある夕べ、外出することを思い立った。時まさに美しく匂やかな頃であった。――持前の極端に対する嗜好から、彼は引き籠るにしろ、出歩くにしろ、ともにひどくかつ長くなる癖があって、もう久しく家に閉じ籠っていたのである。」

「サミュエルは頽廃的な空想の持主であったけれども、いやおそらくそのことのために、恋愛は彼にあって、感覚の問題であるよりはむしろ理性のそれであった。就中それは美しいものを讃美することであり渇望することであった。彼は生殖を恋愛の悪習と考え、妊娠を蜘蛛の病いとみなしていた。彼はどこかに書いている――天使は男女両性であって不妊である、と。――彼は人体を、物質的調和として、運動の加わった美しい建築として、愛していた。しかも、かかる徹底的な物質主義はもっとも純粋な理想主義と紙一重だったのだ。」
「しかも、並外れた人間によくあることだが、彼は己れの楽園にあってしばしば孤独だった。誰一人として彼と一緒にそこに住むことは出来なかったからである。(中略)彼の愛は、孤独な王者のように、蒼穹の憂鬱に心ふたぎ病みはじめるのであった。」



「人工の天国」より:

「良識の告げるところによりますと、この地上のもろもろの事物は、きわめて影の薄い存在であって、真の現実はただ夢の中にのみあるようです。自然の幸福を消化するためにも、人工の幸福のばあいと同じく、何はさて措きそれを呑みこむ勇気が必要です。そして、たぶん、この世の人間たちが考えているような申し分ない幸福に対しては、嘔吐剤に対する反応をしか示さなかった人こそ、まさに幸福を享けるに価いする人々でしょう。」
「私についていえば、生きている世界にはほとんど興味がありません、で、(中略)私もまた好んで死者たちにだけ宛てて書こうと思います。」

「私のいわゆる人工の理想(引用者注:「人工の理想」に傍点)を作りだす最適の薬物の中で、人をたちどころに肉体的狂暴にかり立て精神の力を弱めてしまう酒類や、極端な用い方をすれば、人間の想像力をたいへん鋭くはしてくれるが、その反面肉体の力を徐々に消耗させてしまう香料を別にすれば、いちばん簡易に使用できる最も手近なもので、効力の最もつよい物質は、アシーシュと阿片の二つである。これらの薬物が生む不思議な効果、病的な快楽、さらにこれらを連続して使用したばあいに起こる免れがたい刑罰、最後に、偽った理想をこうして追求することの中に含まれる非道徳性そのものの、分析がこの研究の主題なのである。」

「人間の夢には二つの種類がある。一つは、日常生活とか、常時考えていることとか、欲望とか、悪習とかでつまっており、昼間かいま見たものが大きな記憶のカンヴァスに無遠慮に貼りついてしまったものと、多かれ少かれ奇妙に結びついている夢である。これはごく自然な夢で、夢を見る人そのものだといえる。ところが、ここに、それとは別の夢もある! 荒唐無稽で、眠っている人の性格や生活や情念とは何の関係もつながりもない夢である。この種のものを私は象形文字的な夢と呼びたいが、もちろんこれは生命の超自然的な面を示すもので、それが荒唐無稽であるからこそ、古代人はこれを神聖視したのである。自然な原因をいろいろ当てはめてみても解釈がつかないところから、かれらはこの種の夢には人間の外部に何らかの原因があると考えたのだ。」

「諸君は、おのれの人格を、風のまにまに四方八方へばらまいてしまった、だから今、再び人格の統一と集中を回復するのに、ひどい苦しみを味わわねばならないのだ。」

「夢想する能力は、神聖かつ神秘な能力である。けだし、夢想によって人間は、自らをとり巻く闇黒の世界と通信できるからである。しかしこの能力は、自由に発展するためには、孤独を必要とする。己れに閉じこもるほど、それだけ人間はいっそう豊かに、深く夢想することができる。ところで、このように阿片が作り出す孤独よりも、更に大きく更に静まり、地上の利害から引き離された孤独というものが、いったいあるだろうか?」

「すべての伝記作者は、十分にか否かの相違はあっても、作家や芸術家の幼年時代に関する挿話の重要性を理解しているものである。しかしこの重要性は、かつて十分に確認されたことがなかったように私には思われる。(中略)少年時代のほんの些細な悲しみや喜びが、微妙な感受性により途方もなく拡大され、後の成人した人物の芸術作品の根元となっており、しかも本人はこれに気づかないでいる、ということさえある。つまり、より簡明にいえば、成熟した一人の芸術家の作品と、かれが子供だった頃の魂の状態との間に、哲学的な対比を試みるとき、天才とは、少年時代がいまや自己表現のための男らしい力強い器官を授けられ、明確な形として表わされたものにほかならない、ということを容易に証明できるのではあるまいか?」

「あるスペイン人のギター弾きが、長い間パガニーニといっしょに旅行したことがあった。パガニーニが、誰知らぬ者のない名声を得た時期以前のことだった。
 かれらは二人して、ボヘミヤンや旅廻りの楽師や、家族も祖国もない人たちのような、徹底した放浪生活を送っていた。一人はヴァイオリン弾きいま一人はギター弾きのこの二人は、行く先々いたるところで演奏会を開いた。こうしてかれらはかなり長い間いろんな国々を放浪したが、わがスペイン人の技倆は、オルフェウスのように「私は自然の師匠」といい得るほどの上手だった。
 どこへ行っても、絃を奏でその親指の下で妙なる調子を弾ませれば、皆かれの後から随いてくる、という自信がかれにはあった。こういう秘術を心得ていれば、餓え死になどけっしてしない。(中略)諸君の魂にその最高に神秘的で思いがけない、最高に美しくひそかな節を歌わせてくれた人に、つまりこの天才にして魔法使いに、晩餐や歓待を拒むことがどうしてできよう! 人が私に確言したところによると、この男は、切れ切れの音しか出せない楽器から、容易に連続音を出したという。パガニーニが財布を握って共有財産の管理に当ったが、これは別段誰も驚くにはあたるまい。」
「大酒飲みだったギター弾きが経理状態を尋ねると、パガニーニが答える、すっかりなくなった、あるにしてもまあほとんどないのとおなじだ。」
「それから、何か収入にありつけそうな所へ来ると、二人のうちどちらかが、自作の曲を一つ演奏し、一人は側に控えてそのヴァリエーションや伴奏や低音部を、即興でつけたものだ。こうした吟遊詩人まがいの生活に、どんなに楽しさや詩情があったか、誰にもわかるまい。何故か知らないが、その二人が袂を分った。スペイン人は一人で旅をした。ある晩、かれはジュラ地方の小さな町へ着く。かれは貼り紙をさせて、町役場の広間で演奏会を開くと予告する。音楽会といってもかれ一人、ギター以外には何もない。しかし、(中略)けっきょくは、大入満員だった。
 ところが、わがスペイン人は、その町の片隅の墓地の傍で、もう一人スペイン人つまり同郷(引用者注:「同郷」に傍点)の男を、掘り出していた。その男は、埋葬の請負みたいなことをやっていて、墓石の石工だった。葬式に縁のある職業をもつ人間の例に洩れず、この男も大酒飲みだった。というわけで、酒の瓶と同郷がとりもって、この二人の仲は深みにはまった。音楽家は石工の傍からもう離れなくなった。さて音楽会の当日、時間になっても、二人はまだいっしょにいたわけだが、いったいどこで? それがわからない。町の飲屋という飲屋、カフエというカフエを、一つのこらず探してまわった。あげくのはてに、話にも何にもならない穢い家にいるのをみつけ出しはしたが、二人はすっかり酔っぱらい、(中略)結局、演奏しにゆくことは承知するが、とつぜん、思いつきで友だちにいう、「おまえもいっしょに演奏しろ」。相手は断わる。ヴァイオリンを持ってはいるが、技倆ときたら、村祭りのヴァイオリン弾きの最もぞっとするようなやつだった。「演奏しろよ、でなけりゃ、ぼくは弾かない」
 説教しようが道理を並べようが、一向に効き目がない。(中略)いよいよかれらは、土地の上品なブルジョアたちを前にして、壇に上ったが、スペイン人はさっそく「葡萄酒を持って来てくれ」と言った。(中略)いよいよ葡萄酒がきたが、この卑しい悪童どもは栓を抜くのももどかしく、育ちのよくない手合いがするように、瓶の口を包丁でちょんぎった。着飾った田舎の紳士淑女たちに、これがどういうすばらしい効果を与えたか、想像していただきたい! 貴婦人方は退場するし、この半気違いのような二人の酔漢を見て、多くの人たちは眉をひそめて逃げ出した。
 しかし、羞恥心に劣らぬ好奇心で居残る勇気を持ち合わせた連中は、幸いだった。ギター弾きは、石工に、「始めろ」と言った。酔っぱらったヴァイオリンからどんな音が出たか、とうてい言い現わすことはできない。(中略)何を演奏した? 何の演奏をするつもりだった? どうでもよい、ともかくも最初の節は出て来た。と、突然、力強く甘美で、気まぐれだが統一のあるメロディーが、そのけたたましい騒音を、包み、圧し殺し、隠してしまった。ギターがひときわ高く鳴りわたったので、ヴァイオリンは聞えなくなった。しかしその節は、まさしく石工が弾き始めた、あの酔っぱらいの節だった。
 ギターは並外れて響きのよい音を立てて、想いを語った。喋り、歌い、おそろしいような激しさと、かつて聞いたこともないほど確かで純粋な言い廻しで朗誦した。めくらめっぽうなヴァイオリンのテーマにもとづいて、即興のヴァリエーションを奏でていた。(中略)聴衆はしまいには、彼よりも酔ってしまった。そしてスペイン人は、すばらしい熱狂で迎えられ、讃えられ、敬意を表された。しかしどうやら、土地の人たちの性格が、かれの気に入らなかったらしい。かれは、この一回だけで、あとは演奏を承知しなかった。
 この男は、いまどこにいるだろう? いかなる太陽が、その最後の夢を眺めただろうか? 世界を股にかけたその体は、何処の土に迎えられたろう? (中略)消え去った花の陶然とした香気は、どこへ行ったのか? そして、遠い日々の、あのお伽話のような落日の色彩は、いまいずこにあるのであろうか?」

「この論文を終るに当って、私は、いくつかの美しい言葉を書きしるしておく。私の言葉ではない、あまり人に知られてはいないが卓越した哲学者、音楽理論家であり、コンセルヴァトワール教授でもあるバルブローの言葉である。私はそのとき、何人かこの幸福の毒薬を服んだ人の混ったある集りで、かれの傍にいた。かれはいうにいわれぬ軽蔑の調子で、私にこういったものである。「理性的で精神的な人間が、詩的な至福の状態に達するために人工的な手段を用いる理由が、私にはわからない。熱意と意志さえあれば、そういう人間が超自然の存在にまで高まるには十分なはずだが。大詩人、哲学者、予言者とは、意志の純粋で自由な訓練によって、自分が同時に原因と結果、主体と客体、催眠者と被催眠者であるような状態に、到達した人のことだ」
 私もまったくかれと同意見である。」



「火箭」より:

「神は、君臨するのに、存在する必要さえもない唯一の存在である。」

「精神によって創られたものは物質よりももっと生きた生命をもっている。」

「群衆の中にいる時の快感は、数の増加を楽しむ気持の不思議なあらわれだ。」

「すべて(引用者注:「すべて」に傍点)は数である。数はすべて(引用者注:「すべて」に傍点)の中にある。数は個の中にある。陶酔は一つの数である。」

「美しい季節のしっとりとした夕暮の緑の闇。」

「大都会のもつ宗教的陶酔。――万有神教。我はすべての人、すべての人は我。
 渦巻。」

「――独創性の手段としての、徹底的率直さ。」

「アラビア模様は最も精神的な模様である。」

「アラビア模様はあらゆる模様の中で最も観念的なものである。」

「抽象以外のものに向けられる熱中は弱さと病気の徴候である。」

「私を愛してくれた人々は、世間から軽蔑されていた人たちだった。いや更に、世間のまともな人々の気に入るように言うなら、軽蔑すべき人たちだった。」

「静かな水の上でかすかに(左右に)揺れているあの美しい大きな船、のんびりとしたノスタルジックな様子のあれらの巨船は、声にならない言葉でわれわれに告げていはしないか、いつわれわれは幸福に向かって船出するのか、と。」

「演劇の中の素晴らしい側面、魔法とロマネスクなものを忘れないこと。」

「文学の根本的な二つの特質――超自然主義とイロニー。」

「霊を呼び降す魔法、魔術、としての言葉ならびに文字について。」

「誰の感受性をも軽蔑してはならない。各人の感受性はその人の天分である。」

「私の祖先は白痴か狂人で、立派なアパルトマンに住みながら、皆、怖ろしい熱情の犠牲者だった。」

「肉体の上でも精神の上でも、私にはつねに深淵の感覚があった。たんに睡眠の深淵のみでなく、行為の、夢想の、思い出の、欲望の、哀惜の、悔恨の、美の、数の、等々の深淵の感覚が。
 私は、悦びと恐怖の感情をもって、自分のヒステリーを育ててきた。今では私にはつねに眩暈がある。そして今日、一八六二年一月二十三日、私はある不思議な予告を受けた。痴呆の翼の風(引用者注:「痴呆の翼の風」に傍点)が私の上を吹きすぎるのを感じた。」

「オンフルールへ行くこと! できるだけ速く、これ以上に倒れてしまわないうちに。」



「赤裸の心」より:

「有用な人間であるということは、私にはいつも、なにかひどく醜悪なものに思われた。」

「今世紀の人々の解する意味での信念というものを私は持たない。なぜなら私は野心を持っていないのだから。」
「どうして私が成功しえようか、試みてみる気持すらないのだから。」
「しかしながら、私には、(中略)現代の人々によっては理解されえない意味での、いくつかの信念がある。」

「幼時からすでに私の中にあった孤独(引用者注:「孤独」に傍点)の感情。家庭のうちにあっても――とりわけ、友人のなかにいるとき――永久に孤独な運命の感情。」

「どんな人間にも、どんな時にも、二つの祈願が同時にあって、一つは神に向かい、一つはサタンに向かう。神への祈願、あるいは精神性は、向上への希求である。サタンへの祈願、あるいは動物性は、下降の悦びである。」

「海の眺めは、なぜかくも無限に、かくも永遠に、心地よいのか。
 なぜなら、海は広大さの観念と運動の観念を同時に与えるからである。」

「地上で興味あるものは宗教しかない。」

「極く幼い頃から、私は心のうちに相反する二つの感情を抱いていた、生の恐怖と生の恍惚と。」

「人非人(パリア)の真の偉大さについて。」



「書簡 14 母へ 一八四七年十二月四日土曜日」より:

「私はたいへん疲れています。頭の中に車輪のようなものが感じられます。」


「書簡 15 母へ 一八四七年十二月十六日」より:

「僕にとって手紙一通書くことは本一冊書くことより骨が折れます。」


「書簡 16 マリー・ドーブランヘ 〔日付なし〕」より:

「人は殆んどいつも書いたことを後悔するものです。」


「書簡 32 シャルル・アスリノーへ 一八五六年三月十三日木曜日」より:

「夢というものが君を興じさせるので、ここに一つお目にかけるが、(中略)いま朝の五時、だからこの夢は出来たてのほやほやというわけだ。これは僕がいつも悩まされる千もの夢の標本のうちの一つにすぎないということを注意してくれ給え、(中略)それらの完璧な奇抜さ、僕の諸関心事や色ごとなどに全く無縁であるというそれらの一般的性格は、僕をしてつねに、それらは象形文字の言語であって、僕がそれを解く鍵を持ち合せないだけだと、信ずるようしむけるのだ。
 それは(僕の夢の中では)、朝の二時か三時頃で、僕は一人で街の中を散歩していた。僕はカスティーユに会い、彼にはたしかそれから行くところがいくつかあったのだと思うが、僕は彼と一緒に行きたい、僕の個人的な用足しをするために彼と車に同乗したいのだと言った。そこで我々は一台の車に乗った。僕は大きな売春宿の女主人に、出たばかりの僕の本を贈呈するのを、一つの義務(引用者注:「義務」に傍点)と見なしていた。自分の手に持っていたその本を眺めているうち、それが猥褻な本だということが自ずとわかった(引用者注:「自ずとわかった」に傍点)、そのことは僕にその作品をその女に贈ることの必要(引用者注:「必要」に傍点)を説明した。その上、僕の内心では、この必要はその根底では、通りすがりに、その家の娼婦たちの一人と寝る一つの口実、一つの機会にすぎないのだった。そのことは、本を贈呈する必要なしには、そのような家に僕が行くことを敢えてしなかっただろうということを意味している。
 こういったことすべてをカスティーユには何も言わず、僕は車をその家の門に停めさせる、そして、長くは待たせないと約束してカスティーユを車中に残す。
 ベルを鳴らし中へ入るが早いか、僕は僕のペ××が、ボタンの外れたズボンの隙間から垂れているのに気付き、場所柄とはいえ、こんな恰好で人前に出るのはみっともないと判断する。その上、両足がひどく濡れているのを感じて、僕は自分が裸足である(引用者注:「裸足である」に傍点)こと、また足を、階段の下にある湿った沼の中に踏み込んだことに気付く。いやこれは、と僕は独語する、やる前に、またこの家から出る前に洗うとしよう。僕は登って行く。――この瞬間から、本のことはもう問題でなくなる。
 僕は互いに通じ合っている広大な通廊、――照明の暗い、――物悲しく色褪せた感じのする通廊、――の中に自分を見出す――古いカフェか昔の読書室、あるいは殺風景な賭博場みたいな所だ。娼婦たちはこの広大な通廊のそこここに散らばって男たちと話をしている。男たちの中には中学生たちの姿が見える。――僕は実に悲しく実に気おくれするのを感ずる。人が僕の足を見やしないかと心配する。僕は足を眺める、一方の足が靴を履いているのに気付く。――しばらく後で、僕は両足とも靴を履いているのに気付く。――僕をびっくりさせるのは、これら広大な通廊の壁が、額縁に入ったあらゆる種類のデッサンで飾られていることだ。みんな猥褻なものではない。建築物のデッサンやエジプト風の像さえもある。僕はだんだん強く気おくれがするのを感じ、誰かひとりの娼婦に近づく勇気が出ないので、すべてのデッサンを仔細に検討することに興ずる。
 これら通廊の一つの奥まった所に、僕は大変奇抜な一群を見つける。――無数の小さな額縁の中に、デッサンや、細密画(ミニアチュール)や、写真が見られる。それは羽毛のとても輝いている、彩色された鳥禽を表わしており、それらの鳥の眼は生きている(引用者注:「生きている」に傍点)。鳥の半分の部分しかないのもある。――あるものは奇妙な、怪物じみた、例えば隕石のように無定形な動物のすがたを表わしている。――それぞれのデッサンの一隅にはこういう注が付いている「娼婦某々、□□□歳、某々年この胎児を出生せしむ」。またそういうたぐいの違った注だ。
 こういうたぐいのデッサンは色事の考えを起させるには殆んどそぐわないものである、との観察が僕の頭に浮ぶ。それからもう一つ、こういう別の観察――売春宿を開業して、同時にこんな医学博物館まがいのものをそこに設置することを考えつく程愚劣な新聞は、全くの話この世に一つだけ、つまり「世紀」しかない。――実際、と僕は突然独語する、この淫売屋商売に元手を出したのは「世紀」であり、医学博物館も、この新聞の進歩、科学、啓蒙(引用者注:「進歩」「科学」「啓蒙」に傍点)などへの狂的嗜好によって説明されるわけだ。――そこで僕は、近代の愚劣愚行はそれ相応の神秘な有益さを持っており、しばしば、悪のために作られたものは、ある精神的からくりによって、善に転化する、ということに考え及ぶ。
 僕はひそかにわれとわが哲学的精神の正鵠さに舌を巻く。だがこれらすべての怪物の中に、一つだけ生きのびたものがいる。それはこの家の中で生れ、永遠に台石の上に身を保っている怪物だ。だから、生きながらにして、彼は博物館の一部をなしているわけだ。彼は醜くない。彼の顔はきれいでさえあり、東洋的な色合にひどく日灼けしている。彼のうちには多くのバラ色と緑色がある。しゃがんだ姿勢なのだが、奇妙な身をよじった恰好をしている。その上一匹の太い蛇のように、彼の身体と四肢のまわりを何度か巻いている何か黒っぽいものがある。僕は彼にそれが何なのかたずねる。すると彼は僕に、それは彼の頭から出ている途轍もない付属体で、何かしらゴムのような弾性のあるものであり、その長いこと長いこと、もしそれを頭の上に弁髪のように巻いたりしようものならとても重すぎて絶対に支えることなど出来ないほどだ、と言う。――そこで、彼はそれを四肢のまわりに巻きつけることを余儀なくされていると言うのだが、このことは他方、よりみごとな効果を生んでいる。僕は長く怪物とおしゃべりする。彼は僕に彼の悲しいことや辛いことを打明ける。もう数年来、大衆の好奇心のおかげで、彼はこの部屋、この台石の上に、身を保つことを余儀なくされている。だが彼のいちばん辛いのは食事の時間だ。生きものであってみれば、彼は宿の娼婦たちと一緒に食事することを、ゴムの付属体をくっつけて、よろよろしながら食堂まで歩くことを――余儀なくされており、食堂では、そいつを身体に巻きつけたままにしておくか、一巻きの綱のように椅子の上にのせねばならない、と言うのは、もしそいつを地面にひきずりっ放しにしようものなら、そいつは彼の頭をうしろに引っくりかえしてしまうだろうからだ。その上、彼は、小柄な小じんまりした彼は、大柄で容姿のよい娼婦の傍らで食べることを余儀なくされているのだ。――ところで彼はこういった説明すべてを、恨みがましい顔一つせず僕にしてくれる。――僕は敢えて彼に触ったりはしないが、彼に興味を持つ。
 その時(これはもう夢の中の話ではない)、妻が部屋の中で何か家具にぶつかって音を立て、それが僕の目を覚す。僕は疲労し、くたくたになり、背中や両脚や腰がずきずき痛んで目を覚ます。――僕は例の怪物の身をよじった恰好で眠っていたのだろうと思う。」



「書簡 54 プーレ=マラシへ 一八六〇年一月八日日曜日 夕刻」より:

「メリヨン氏が名刺を送ってよこし、氏と私は会って話をしました。」
「自作の大きな版画のある一枚の中で、彼は、小さな気球に代えて、猛禽の雲なす一群を置いた、それで私が、パリの空にこんなにたくさんの鷲を描くのは本当らしく見えないと注意したところ、彼が答えて言うには、これは根拠なしにやったことではない、なぜならあの人々(引用者注:「あの人々」に傍点)(皇帝の政府)は、典礼に従って前兆を調べるために何度も鷲を放った、――このことは新聞に、「報知」にさえ載ったと、こうなのです。
 彼はあらゆる迷信に対する敬意をすこしも包みかくさないと、言っておかなければなりませんが、彼は迷信を説明することが下手だし、いたるところに陰謀をかぎつける。」
「彼は、エドガー・ポオなる男の小説を読んだことがあるかと、私にたずねました。私は、ポオの小説なら誰よりもよく知っている、それはゆえあってのことだ、と答えました。すると彼は、たいそう強い調子で、このエドガー・ポオの実在を信ずるかどうかときくのです。私は、当然のことながら、それではポオの小説は誰の作と思っているのかと聞き返した。彼はこう答えました――たいそう器用で、たいそう力があって、万事に通じている文学者たちの、団体の作だ(引用者注:「たいそう器用で~」以下に傍点)。そして、彼がそう言う理由のひとつはこうです――「モルグ街(引用者注:「モルグ街」に傍点)。私は屍体公示所(モルグ)のデッサンを描いたことがある。それからオラン・ウータン(引用者注:「オラン・ウータン」に傍点)。私はよく猿に似ていると言われた。小説中の猿は、二人の女、母と娘を(引用者注:「二人の女、母と娘を」に傍点)殺害する。ところで私も、二人の女、母と娘を(引用者注:「二人の女、母と娘を」に傍点)精神的に殺害したことがある。私はいつも、この小説を、私の災厄を暗(あん)に扱ったものと取ってきました。エドガー・ポオが(誰にも助力を受けなかったものとして)この短篇を書いた日付をつきとめて、その日付が私の人生の出来事と符合するかどうか分るようにして下さるなら、たいそうありがたく思うことでしょう。」
 彼は、ジャンヌ・ダルクに関するミシュレの著書について、嘆賞の念をこめて語りました。ところが彼は、この本はミシュレの作でないと信じ込んでいるのです。
 彼の最大の関心事の一つは、カバラ学です。ところが彼は、カバラの専門家には笑止千万と思われるような、奇抜な仕方で解釈するのです。
 意地の悪い奴らといっしょになって、こうしたことどもを笑ったりしないで下さい。どんなことがあろうと、才能ある人間に害だけはしたくないと思っている私なのですから……
 彼が去った後で、ぼくは自問したのです――いつだって、精神にも神経にも、発狂するに必要なだけのものはそなえていた私が、発狂しなかったのは、いったいどうした具合なのか。真剣な話、天に向かってパリサイ人の祈りをささげずにはいられませんでした。」



「書簡 64 母へ 一八六一年五月六日」より:

「自殺に話をもどすなら、これは固定観念ではなくて、周期的にもどってくる観念ですが、お母さんを安心させるに違いないことがひとつあります。自分の仕事を整理してからでなければ死ねないということです。(中略)なにゆえ自殺か。借金が原因か。それはそうだが、借金はなんとかすることのできるものです。わけてもそれは、長く続きすぎた(引用者注:「長く続きすぎた」に傍点)どうにも耐えがたい状況の結果である、ひどい疲労が原因なのです。一刻一刻が、僕はもう人生になんの興味を感じていないことを証明してくれます。(中略)僕の文学上の地位は、良いという以上です。やりたいことができます。何を書いても印刷されるでしょう。僕は一種俗受けのしない精神をもっているから、金はあまりもうからないでしょうが、大きな名声をのこすであろうことは、自分で知っている――生きる勇気さえもてばの話ですが。だが、僕の精神的健康は、どうにもひどいものです――もう駄目かも知れない。」


「書簡 79 アンセルへ 一八六四年十月十三日木曜日」より:

「そうです、私はオンフルールへ帰ることを必要としています。私は母を必要とし、私の部屋を、私の蒐集物(コレクション)を必要としています。(中略)――私はオンフルールで、山ほどある未完成の事ども――『パリの憂愁』(なにしろ久しく中断している)、『哀れなベルギイ!』と『わが同時代人たち』を仕上げるでしょう。」


「書簡 84 母へ 一八六六年三月五日月曜日」より:

「オンフルールに身をおちつけることは、僕にとっていつも、最も大切な夢でした。」







こちらもご参照ください:

『ボードレール全集 Ⅲ』 福永武彦 編集
『トマス・ド・クインシー著作集 Ⅰ』 
豊崎光一 『ファミリー・ロマンス』



























































『ボードレール全集 Ⅲ』 福永武彦 編集

「彼はいわばどぶのなかで死んだのだ。(中略)まったく公平であるためには、彼の悪徳の一部、とりわけその泥酔癖の責任を、神の摂理によって彼がとじこめられていたきびしい社会のせいにするべきであろう。」
(ボードレール 「ポオについての雑稿」 より)


『ボードレール
全集 Ⅲ』
 
福永武彦 編集
訳者代表: 平井啓之


人文書院 
1963年10月20日 初版印刷
1963年10月30日 初版発行
24p+573p 口絵(モノクロ)2p 
四六判 丸背布装上製本 機械函
定価850円
装釘: 中井貞次

月報 3 (6p):
ボードレールの批評作品(佐藤正彰)/ボードレールの詩(吉田健一)/ボードレールの和らぎ(篠田一士)/ボードレール・逸話と伝説3(阿部良雄)



全四冊。
本文二段組。本文中図版1点。



ボードレール全集



目次:

文学批評家としてのボードレール (中村真一郎)

文学批評 1
 エドガー・ポオ、その生涯と作品 (平井啓之 訳)
 エドガー・ポオについての新しい覚え書 (平井啓之 訳)
 ヴィクトル・ユゴー (辻昶 訳)
 マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール (高畠正明 訳)
 オーギュスト・バルビエ (高畠正明 訳)
 ペトリュス・ボレル (高畠正明 訳)
 エジェジップ・モロー (高畠正明 訳)
 ギュスターヴ・ル・ヴァヴァスール (高畠正明 訳)
 テオドール・ド・バンヴィル (高畠正明 訳)
 ピエル・デュポン(一八五一) (橋本一明 訳)
 ピエル・デュポン(一八六一) (橋本一明 訳)
 テオフィル・ゴーチエ(一八五九) (渡辺明正 訳)
 テオフィル・ゴーチエ(一八六一) (渡辺明正 訳)
 ルコント・ド・リール (高畠正明 訳)

音楽批評
 リヒアルト・ワグナーと『タンホイザー』のパリ公演 (白井健三郎 訳)

文学批評 2
 ジャン・ド・ファレーズ著『ノルマンディー短篇集』と『むだばなし』 (清水徹 訳)
 ルイ・ド・セヌヴィル著『解放されたプロメテウス』 (清水徹 訳)
 シャンフルーリの『短篇小説集』 (清水徹 訳)
 ジュール・ジャナンと『公現祭のお菓子』 (清水徹 訳)
 ギュスターヴ・フローベール著『ボヴァリー夫人』 (山田𣝣 訳)
 シャルル・アスリノー著『二重生活』 (粟津則雄 訳)
 レオン・クラデル著『こっけいな殉教者たち』 (粟津則雄 訳)
 ヴィクトル・ユゴー著『レ・ミゼラブル』 (辻昶 訳)

文学批評補遺
 エドガー・ポオ、その生涯と作品(初稿) (平井啓之 訳)
 ポオについての雑稿 (平井啓之 訳)
 レアリスムあるが故に (菅野昭正 訳)
 『危険な関係』についてのノート (菅野昭正 訳)
 ポール・ド・モレーヌ (菅野昭正 訳)
 ヴィルマン氏の精神と文体(抄) (清水徹 訳)
 ジュール・ジャナンへの手紙(草稿) (篠田浩一郎 訳)

エッセイ
 愛に関する心慰める箴言抄 (橋本一明 訳)
 若き文学者への忠言 (橋本一明 訳)
 玩具のモラル (福永武彦 訳)
 付録 (人が生の道を進むにつれ、……)他三篇 (阿部良雄 訳)

ジャーナリズム
 ポンサール(『パリ劇壇つや話』より) (篠田浩一郎 訳)
 天才はどのようにして借金を払うか (篠田浩一郎 訳)
 道義的な演劇と小説 (鈴木道彦 訳)
 異教派 (鈴木道彦 訳)
 新聞「哲学者ふくろう」の編集と構成のためのノート (篠田浩一郎 訳)
 「ル・フィガロ」編集長への手紙 (阿部良雄 訳)
 アカデミーの改革 (篠田浩一郎 訳)
 シェークスピア生誕記念祭 (篠田浩一郎 訳)
 付録 (篠田浩一郎 訳)
  新聞「侃々諤々」の「雑談」
  新聞「公共福祉」
  新聞「国民論壇」
  新聞「アンドル県の代表者」

文明批評
 哀れなベルギイ (阿部良雄 訳)
 付録 べるぎいノ魅惑 (阿部良雄 訳)

解題と注
 文学批評 1
 音楽批評
 文学批評 2
 文学批評補遺
 エッセイ
 ジャーナリズム
 文明批評




◆本書より◆


「エドガー・ポオ、その生涯と作品」より:

「先頃ひとりの不幸な男が法廷に引きだされたが、その額はめずらしく風変りな入墨でかざられていた、つきなし(引用者注:「つきなし」に傍点。原文は「Pas de chance!」)と。彼はこうしてまるで書物の表題のように、じぶんの人生のレッテルを眼のうえにもちはこんでいたのであり、訊問によって、この奇妙なレッテルが残酷なまでに真実であったことが証したてられたのである。文学史のなかには、これに似た運命の人々、真の呪いを受けた人々がおり、――その額のまがりくねったひだのなかにふしぎな字体で書かれた悪運(引用者注:「悪運」に傍点。原文は「*guignon*」)の字をもちはこんでいる連中がいる。盲目の贖罪の天使は彼らを引っとらえて、他人のみせしめにと力のかぎり鞭うつ。その生涯が才能や美徳や優雅さを示しても無駄である。社会は彼らにとってはいわば特別の呪詛であり、彼らのうちにみずからの迫害があたえた数々の弱味を責めたてる。――運命をやわらげるためにホフマンが何をやらなかったろうか、また宿命を祓いのけるためにバルザックがくわだてなかったことがあろうか。――それではすでに揺籃期から不幸をととのえるいわば悪魔の「摂理」が存在し、――円形劇場に殉教者を投ずるように、敵意にみちた環境のなかに精神的で天使のようなうまれつきの人々を予謀(引用者注:「予謀」に傍点)をもって投入するのであろうか。それでは、祭壇にささげられ、われとわが身の廃墟を通って死と栄光へと歩みゆくべく運命づけられた、聖なる(引用者注:「聖なる」に傍点)たましいたちが存在するのであろうか。「闇黒界(引用者注:「闇黒界」に傍点)」の夢魔が永劫にこれらのえらばれたたましいたちを取りかこむのだろうか。」

「エドガー・ポオの生涯はなんといたましい悲劇であることか! 陳腐さのためにそのおそろしさが一そう高められるおそるべき終焉であった彼の死よ!――私が読みえたすべての文献から、私には、合衆国が畢竟大きな牢屋にすぎなかったのであり、彼はそれを、もっと香ぐわしい世界に生きるようつくられた生き物の熱にうかされたような焦燥をもって、はせめぐったのである、という確信が生まれた。それはガス灯に照らされた宏大な蛮境にすぎず、――そして、彼の詩人としての、或いは酔漢としてさえの内面生活、精神生活は、この嫌悪にみちた雰囲気の影響をのがれるための不断の努力に他ならなかったのだ。民主的社会の世論の独裁権とはなんと情容赦もないことか。」



「E・ポオについての新しい覚え書」より:

「詩とは、人がたといほんのわずかでもじぶんの内部にくだりゆき、みずからのたましいに問いかけ、その熱情の思い出をよびおこそうとするならば、詩自体以外の他の目的をもたない。それは他の目的をもつことはできず、したがっていかなる詩も、詩を書くたのしみのためにだけ書かれた詩ほど、偉大で、高貴で、真に詩の名にふさわしいものはありえない。」


「ペトリュス・ボレル」より:

「諺となり形容詞となる人の名があるものだ。一八五九年に、ある一小新聞が、陰欝で極端な性格をもった詩あるいは小説から受ける不快感や軽蔑を表明しようとするとき、ペトリュス・ボレル! といった言葉を投げつける。それで、万事はいいつくされる。判決は下され、作者は雷にうたれるというわけだ。
 ペトリュス・ボレルあるいは狼狂者(リカントロープ)シャンパヴェール。かれは『狂詩曲』 Rhapsodies や『背徳短篇集』 Contes immoraux、『ピュティファル夫人』 Madame Putiphar などの著者であり、ロマン派の暗い夜空に輝くいくつかの星のひとつであった。それはいまでは忘れられ消え失せた星であり、今日いったいだれがそれを憶えてい、まただれが決然とそのことを語る権利を主張するほどにその星のことをよく識っていようか?」
「狼狂とはよくも名づけたものだ! この人間狼、あるいは狼人間。いったいいかなる仙女か悪魔がかれを憂欝の陰惨な森に投じたのであろう? また、いかなる悪霊がかれの揺籃に身をかがめ、お前は人に好かれてはいけない(引用者注:「お前は~」に傍点)といったのであろうか? 魂の世界には「不運(引用者注:「不運」に傍点。原文は「le *Guignon*」)」といわれるなにか不可思議なものがあり、われわれのだれ一人として「宿命」に異議を説える権利はないのだ。」



「エジェジップ・モロー」より:

「ジェラール・ド・ネルヴァルは、あれほど長いあいだかれの大いなる喜びであった放浪から憂欝をひきだし、その結果そこに、その可能なる唯一の終局、唯一の治癒として自殺という事態が到来する。偉大なる天才エドガー・ポオは、泥酔のはてに小川に身を横たえる。長い吠え声、執念深い呪詛が、この二人の死者たちにつきまとうだろう。人びとはみな憐れみをかけまいとし、利己主義の早急な判断を下すだろう。苦しむのが当然な人たちのことで、どうして嘆いたりできるだろうか? と。それに当節は不幸な人間は不埒なのだと故意に考えようとする。そして、もしこの不幸な男が才智と悲惨を兼ねそなえているなら、またもしかれがジェラールのように、素晴らしい、活潑な、輝かしい、すぐにもものごとを知る知性に恵まれているなら、あるいはもしかれがポオのように、広大で空や地獄のように深い天才の所有者であるなら、なんとそのときこそその不幸な男の不埒さはまったく許しがたいものとなるのだ。それこそ天才は大衆にたいする非難であり、侮辱なのだといわんばかりだ!」
「ポオもジェラールも、二人ともその背徳的な行為にもかかわらず、要するにその言葉のもっとも広い、もっとも微妙な意味での文学者であった。彼らは不可避的な法則の下で慎ましやかに身を屈し、多かれ少かれ神秘的な方法に従い、彼らなりの流儀ではあるが、活潑に、勤勉に、事実彼らの時間を仕事に費し、夢想や瞑想を生かしたのである。つまりひとことでいえば、喜んで彼らの職務を実行したのだ。」



「リヒアルト・ワグナー」より:

「芸術家、この偉大なる名に真にふさわしい人間は、本質的に特有な(引用者注:「特有な」に傍点) sui generis 何ものかを所有しているはずである。その何物かのゆえにこそ、彼は彼(引用者注:「彼」に傍点)であって、他の者ではないのだ。」


「『二重生活』」より:

「私はもはやその内容を正確に覚えてはいないのだが、ビュフォンに「二重人(ホモ・デュプレックス)」(homo duplex)と題された一章があって、この神秘的でさまざまな思念に満ちた短かな題名は、常に私を、夢想のうちに投げこんだ。(中略)われわれのうちの誰が、二重人(引用者注:「二重人」に傍点)でないであろうか? 私は、その精神が、幼い頃から沈思に触れられ(引用者注:「沈思に触れられ」に傍点) touched with pensiveness ている人々、行為と意志、夢想と現実というように常に二重であり、常にその一方が他方を損ない、他方の取分を横領している人々のことを言いたいのである。彼らのうちの或る者は、炉辺の心地よさを顧みず、炉辺にありながら遙かなる旅を重ね、他の或る者は、摂理によって与えられた数々の冒険を有難いとも思わず、数メートル四方の空間に閉じこめられた引籠った生活の夢を愛撫している。路上に置き捨てた意図、とある旅籠屋に忘れて来た夢想、障害に阻まれた計画、肥沃だが捨てて顧みられぬ土地から有毒な植物が生い出るように、成功から湧き出る不幸や病弱、皮肉と混りあった悔恨、束の間思いに沈む放浪者のまなざしのような、背後に投げかけたまなざし、理想の生活の布地を刻々にいためつけ引き裂く、地上の生活の断え間ないからくり、これらが、この精妙な書物を形作る主なる要素である。」


「『レ・ミゼラブル』」より:

「この作家のうちには、最初から、その輝かしい文学生活の初めから、弱い者や社会ののけ者や呪われた者に対する思いやりが見られると申しあげておこう。彼の作品には、早くから、正義感が名誉回復への趣味となって現われているのである。」

「この痛ましい苦悩と葛藤の画廊には、胸の悪くなるような恐ろしい一人物の姿がある。それこそ、あの警視、監視者、厳格で冷酷な司直、物の道理をわきまえない正義、解釈ぬきの法律、情状酌量ということが全然わからない野蛮な知性(これを知性と呼べようか?)、ひとことで申せば「精神の欠けた法文」、それこそ、あの憎むべきジャヴェールなのである。(中略)筆者としては、世の人々から罪人視される危険を覚悟して(中略)ありていに申しあげると、ジャヴェールは、血のしたたる肉に飢えた猛獣のように正義に飢えた度しがたい怪物、一口で言うならば、つまり私の不倶戴天の「敵」のように思われるのである。」

「このようなわけで、『レ・ミゼラブル』は隣人愛の書である。(中略)「悲惨な人々(レ・ミゼラブル)」(悲惨な生活に苦しめられ(引用者注:「苦しめられ」に傍点)、悲惨な生活から辱かしめを受けている(引用者注:「辱かしめを受けている」に傍点)人々)のために、現代の最も雄弁な作家の口から発せられた弁護演説である。」
「ときには詩人や哲学者が、利己主義的な「幸福」の髪の毛をちょっとばかりひっつかみ、その鼻づらを血と汚物の中につっこんでゆすぶりながら、つぎのように言ってやることも有益なのではなかろうか? 「おまえの仕業を見てみろ、おまえの仕業を飲んでみろ」と。」



「E・ポオ、その生涯と作品(初稿)」より:

「私はといえば、この学校の描写から不吉な香気がたちのぼるのを感ずる。そこには幽閉のくらい歳月の戦慄がながれているのを感ずる。牢屋の時間、ぱっとしない見すてられた幼年期の不安、われわれの敵である教師への恐怖、専横な友人への憎悪、心の孤独さ、(中略)かくも多くの愁いの種も彼を圧倒しなかった。若くして彼は孤独を愛する。或いはむしろ、彼は自分を孤独とは感じない。彼は自分の数々の情熱を愛しているから。(中略)意志の鍛錬と孤独な自負とが彼の生涯に大きな役割を果たすであろうことがすでにみてとれる。(中略)あわれな小児は父も母ももたぬが、しかも彼はしあわせである。」

「これほど社会の約束事から解脱してしまった人もなく、通行者を気にとめなかった人もなく、また、なぜ或る日には下等なカフェでは受け入れられ、上流人士たちが(引用者注:「上流人士たちが」に傍点)飲む場所には入場をこばまれたか、ということに無頓着であった人はいない。」
「ポオはほとんどいつもひとりぼっちであった。そのうえ、彼の頭脳のおそるべき緊張と労作のつらさは、酒やリキュールのなかに忘却のよろこびを見出させることともなった。彼は他人にとって疲労の種となるようなことからなぐさめを見出していた。結局、文学上のうらみ、無限への眩暈、家庭生活のくるしみ、貧窮の屈辱、こういったすべてのものを、ポオは墓窟のやみにのがれるように泥酔のやみのなかにまぎらそうとしたのである。」

「「メールシュトレーム」。引力の法則をあたらしいやり方で究めることによって、いまだその底を見きわめられたことのない深淵のなかに降りゆけぬものであろうか。」
「「催眠術下の啓示」。作者の出発点はあきらかに次のようなものであった。すなわち、磁気流体とよばれる未知の力のたすけをかりて、死後の世界を支配する法則を発見できぬものであろうか、というものである。」
「別の作品だが、消滅した或る惑星上に生きていた魂の物語がある。出発点は以下のごとくである。すなわち、殺人力をもった彗星がちかづいてきた場合、その世界の住民たちの肉体的精神的現象はどんなものとなるだろうか。」
「「群集の人」はたえず群集のさなかにわけ入ってゆく。彼は人間の海を無上のよろこびをもっておよいでゆく。ゆらめく影と光とにみちたたそがれ時がせまりくると、彼はしずかな街々をのがれでて、人間物質がいきいきとうごめいている街々を熱心にたずねもとめる。光明と生活の圏がせまくなりゆくにつれて、彼はその中心を不安気にもとめる。洪水にあった人々のように、彼は大衆の動揺の最後の絶頂に絶望的にしがみつく。そしてこれですべてである。」

「ふかい愛憐の気持から発しているものであるゆえに、私ははばからずに語るのであるが、よっぱらいであり、まずしく、迫害され、のけものであったエドガー・ポオの方が、ゲーテとかスコットとかのような温和で有徳の人たちよりも私の気に入るのである。私は彼について、また特別な一クラスをなす人々について、教理問答がわが神について語っている次の言葉をすすんで語ろう、――「彼はわれわれのために大いにくるしんだ」と。」



「ポオについての雑稿」より:

「彼はいわばどぶのなかで死んだのだ。ある朝、警官が彼をひろいあげてバルチモアの病院にはこんだ。彼はホフマンやバルザックやその他の多くのひとびととおなじく、そのおそるべき運命に打ちかちはじめたまさにそのときに、世を去ったのである。まったく公平であるためには、彼の悪徳の一部、とりわけその泥酔癖の責任を、神の摂理によって彼がとじこめられていたきびしい社会のせいにするべきであろう。
 しあわせであったか、あるいはほぼ平穏無事であったときはいつも、ポオ氏は誰よりも愛想よく、ひと好きのする人間であった。この変りものの激しやすい作家は、妻の母親、クレム夫人の天使のような献身のほかには、その生涯においてほんとうのなぐさめとなるものは見いださなかった。夫人に対してはあらゆる孤独な心の持主が当然の敬意を表するだろう。」

「しかし永遠に彼への讃辞となるであろう点は、彼が真に重要で、それだけが精神的な(引用者注:「それだけが精神的な」に傍点)人間の注意にふさわしいようなすべての主題に没頭したことである。すなわち、確率、精神的疾患、推測術、死後の生についての希望と計算、この浮世のすね者や賤民の分析、まさに象徴的な道化調、などである。」



「ジュール・ジャナンへの手紙」より:

「だからいったいどうしてこういつも陽気さばかりもとめるのでしょうか? たぶんあなたの気晴しのためでしょう。しかしどうして悲しみにもその固有の美のないことがありましょう? さらに恐怖にも? すべてのものに? 何によらずいずれのものに?」

「何ゆえに詩人がお菓子作りの職人であると同様に毒薬製造人であり、人びとを驚愕させる見世物に使う蛇の飼育掛りであり、しかも自分の育てた爬虫類に恋こがれて、目前の群衆の味わう恐怖と、蛇たちのとぐろの冷たい愛撫とを楽んでいる蛇使いであってならない理由があろうか?」

「詩人というものは、老いてもいず、若くもないのだ。詩人は自分の欲する者になれる。童貞のままで、彼は放蕩を歌い、酒を飲んだことがなくても、酩酊にすいて歌うことができる。」



「玩具のモラル」より:

「ごく昔のことである。――どのくらい昔かと訊かれても僕にもよく分らない。ごくまだ幼い時分、いわば靄でもかかっているような幼年時代に遡っての話だが、――僕は母親に連れられて、パンクーク夫人とやらいう人の家を訪問したことがある。(中略)ポワトヴァン街の、ひっそり静まりかえった通りにある、中庭の四隅が草で覆われているようなお屋敷、そういうお屋敷の一つである。この家は、大層な客好きとして知られていて、そういう日には、明々(あかあか)と電灯が点いて賑わっていたものだ。」
「このパンクーク夫人が、天鵞絨(びろうど)と毛皮とでその身を装(よそお)っていたことを、僕ははっきりと覚えている。暫く経ってから、彼女は言った。「この可愛い坊やに何かあげましょう、わたしのことを忘れないでいてくれるためにね。」彼女は僕の手を取って、幾つかの部屋を通りすぎた。それから一つの部屋のドアを開いたが、そこにはまったく妖精の国へでも紛れ込んだような、驚くべき光景が展開していた。四方の壁が眼に見えないほど、玩具という玩具で覆われていた。天井は花が咲いたような玩具の群で掻き消され、それらはまるで見事な鍾乳石のように垂れ下っていた。床には、やっと歩けるだけの狭い道が残っていた。そこは、むやみと高価なものからごく安値(やすね)のものまで、またごく簡単なものからすこぶる複雑なものまで、ありとあらゆる種類に充ちた玩具の国だった。
 「此所は子供たちの宝物(たからもの)のお倉なんですよ、」と彼女は言った。「わたしは子供たちの分として、ちょっとした予算を取っておいて、可愛い坊やがわたしに会いに来て下さった時には、此所にお連れして、記念に一品(ひとしな)差しあげることにしているのですよ。さあお好きなのをお選びなさいな。」
 子供にあっては、欲望と熟考と行動とが、いわば唯一の才能をなしているので(そこが、かの堕落した大人どもと明かに違う点である。大人どもは、反対に、熟考のあまり時間の無駄損(むだぞん)をするのが落ちである)、そうした子供らしい驚くべき明敏な猪突猛進で、――僕はたちまち、最も美しい、最も高価な、最も見映えのする、最も新しい、最も奇妙きてれつな玩具を、ひっつかんだ。母親は僕の遠慮知らずに金切声を立て、僕がそれを貰って行くことに絶対に反対した。母親は僕がごく月並(つきなみ)な代物(しろもの)で満足するようにと説得した。しかし僕がどうしても承知しなかったので、あげくのはてに折れ合って、僕は中くらいのところ(引用者注:「中くらいのところ」に傍点)で我慢することにした。」
「この小事件の結果として、僕は玩具屋の前で足を止めて、奇抜な形、あざとい色彩に充ちた、ごたごたした玩具の大群を見まわす度ごとに、僕にとってまるで玩具の「精(せい)」のように見えた、かの天鵞絨(びろうど)と毛皮とに身を装った夫人を、思い出さないということはないのである。」
「子供は誰でも、自分たちの玩具に向ってお喋りをする。玩具は、彼等の小っぽけな頭脳の暗室の中に縮小された、人生の一大ドラマに登場する俳優たちとなる。子供はその遊びによって、彼等の偉大な抽象力と、彼等の高度の想像力とを立証する。子供は玩具なしでも遊ぶ。僕は何も、奥さまごっこをして、お客さまになり合ったり、想像上の赤んぼを見せ合ったり、自分たちのお化粧の話をし合ったりしている女の子たちのことを言いたいのではない。可哀想にこの子たちは母親の真似をしているのである。未来における女性永遠の子供っぽさを、早くも演じているわけである。そしてこの女の子たちのうちの一人として、僕のお嫁さんになる者がないことは確実である。――ところで僕の言いたいのは、馬車ごっこ、椅子を使ってやる例のいつに変らぬ馬車ごっこのことである。馬車も椅子、馬も椅子、旅客も椅子、生き身なのは御者だけである! つながれた馬の方はびくとも動かない、にも拘らず、馬は架空の空間を矢のように速く疾駆する。何と簡単な演出だろう!」
「それに戦争ごっこ! チュイルリイ宮殿の中で、本物の鉄砲と本物のサーベルとで演じられるようなのではなく、僕の言うのは一人きりで敵味方を戦わせ、それを指揮している孤独な子供の戦争ごっこである。兵隊は、壜の栓とか、ドミノとか、将棋の歩(ふ)とか、お手玉(てだま)とか、何でも結構。要塞は、板でもよければ本でもよいし、弾丸は、ビイ玉でも何でも自由に使う。戦死者あり、平和条約あり、人質あり、捕虜あり、軍事税もある。」
「こういうふうに易々と自分の想像力を満足させられるということは、幼年時代がその芸術的な概念作用において、精神性(スピリチュアリテ)を持つことの証拠である。玩具は、子供にとって芸術への最初の入門であり、更に言えば、寧ろ芸術の最初の実現でもある。」
「こういう玩具は、それを作った者にとって、なるべく簡単な、なるべく安価な材料を使って、出来る限りその実物に似せた代物(しろもの)を作り出すことが問題だった。――つまり五文とか、二文とか、一文とかの安い玩具なのだ。」
「――世間には決して玩具を与えようとしない両親がいるものである。これは人間の本性というものを研究したことがなく、一般的にまわりにいるすべての人を不幸にしてしまうような、生真面目(きまじめ)な、あまりにも生真面目(きまじめ)な連中である。なぜだか知らないが、こういった人たちは新教(プロテスタンチスム)のの厭な臭いを発散しているように僕は思う。彼等は、暇を潰すための詩的な方法というものを、知りもしなければ認めようともしない。これはパンにくらいつくという条件のもとでなら、悦んで貧乏人に一フランをくれてやりもしようが、居酒屋で咽喉をうるおすためと聞けば、二文銭といえどもきっと拒絶するような連中である。こうした物凄く理性的な、かつ詩的なものに真向から反対するような階級の人たちには、僕も随分と苦しめられて来たものだが、連中のことを考えると、僕はいつも憎悪の念が僕の神経をつねって、これでもかこれでもかと揺すぶるような気がする。」



「哀れなベルギイ」より:

「フランスはたしかに野蛮国だ。ベルギイも同様。
 「文明」は、どこかの、まだ発見されていない小種族のところに逃げこんでしまったのかも知れない。

 パリっ子特有の、ものを一般化して考える危険な能力を警戒しよう。」

「世界はぼくにとって住むことのできないものになった、と書こうか。」

「聖ルー(引用者注:「聖ルー」に傍点、以下同)。不気味で粋(いき)な、驚歎すべき建築。聖ルーは、今までぼくの見たどのイエズス会作品とも違っている。黒(引用者注:「黒」に傍点)い糸、バラ色(引用者注:「バラ色」に傍点)の糸、銀(引用者注:「銀」に傍点)の糸で刺繡された、霊柩龕(がん)の内面。ことごとく、変化に富み・繊細で・精巧で・奇怪(バロック)な様式をそなえた、懺悔聴問房――新たなる古代美術(引用者注:「新たなる古代美術」に傍点)。(中略)聖ルーは、恐ろしくて甘美な霊柩龕だ。」

「ほとんど完全に保存された、都市の亡霊、都市のミイラ。死、中世、黒く装ったヴェネツィア、家常茶飯の幽霊、および墓の匂いがする。大きなペギーヌ会修道院。諧律奏鐘(カリヨン)。いくつかの歴史的建築物(モニュメント)。ミケランジェロ作とされている彫刻。しかしながら、ブリュージュもまた、消えてゆく者である。」








こちらもご参照ください:

『ボードレール全集 Ⅳ』 福永武彦 編集
ラフカデイオ・ヘルン 『東西文学評論』 十一谷義三郎・三宅幾三郎 訳 (岩波文庫)
阿部保 訳 『ポー詩集』 (新潮文庫)
ペトリュス・ボレル 『ボレル小説全集 シャンパヴェール ― 悖徳物語』 金子博 訳
ジョルジュ・ロデンバック 『死都ブリュージュ/霧の紡車』 田辺保・倉智恒夫 訳 (フランス世紀末文学叢書)

































































































 


































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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