パウル・クレー 『クレーの日記』 (南原実 訳)

「こういろいろと思いをめぐらしているあいだも、蓄音機は、倦むことなく鳴りつづける。人間の首がゆらゆらと浮んでは、顔を歪め歯をむき出して笑う。悪魔の仮面が窓からのぞく。怪獣がわがもの顔にのしあるく。私をとりまく世界がいつも地獄じみているとは、どういうわけか。」
(パウル・クレー 「第四の日記」 より)


パウル・クレー 
『クレーの日記』 
南原実 訳


新潮社 
1961年10月15日 印刷
1961年10月20日 発行
479p 
四六判 丸背布装上製本 
本体ビニールカバー 機械函 
定価700円

Tagebuecher Paul Klee, 1956



パウル・クレー(1879-1940)の1918年までの日記(フェリックス・クレー編)。
本文二段組、本文中図版(モノクロ)多数。
巻末の、編者フェリックス・クレーによる文章以降のページは(奥付も含めて)青っぽい紙に印刷されています。


クレーの日記 01


クレーの日記 02


目次:

第一の日記
第二の日記
第三の日記
第四の日記
フェリックス・カレンダー

父クレーの思い出 (フェリックス・クレー)
編者あとがき (フェリックス・クレー)
家系図 (フェリックス・クレー)
年譜
訳者あとがき (南原実)



クレーの日記 04



◆本書より◆


「第一の日記」より:

「自分が描いたおばけが急に動き出す(三歳から四歳のころ)。私はこわくなって母のところへ逃げてゆき、おばけが窓からのぞいていると言っては泣いた(四歳のとき)。」

「おばあさんの屍を見たとき、私の心ははげしく動いた。おばあさんの顔はすっかり変っていて、私のおばあさんだということがなかなか分らなかった。(中略)遺体の安置されていた病院の地下へ入る扉の前を通る時、その後も長いあいだ気味が悪かった。人が死ぬとこわいということは、私自身このように経験したわけであるが、涙を流すというのは、大人の世界のしきたりであると思っていた(六歳のとき)。」

「まがった足を矯正するため、脚に器具をつけた女の子がいた。少しも可愛げのない子だった。私は時々いじめた。(中略)私はよい子のふりをしてその子の家にあらわれ、《お嬢ちゃんを散歩におつれしましょう。おあずけ下さい》と言う。はじめのうちは、二人で仲よく手をつないで行ったが、(中略)近くの畠までくると、私はうしろへまわり、うまい頃合をみはからって、軽くつきとばす。女の子はころぶ。大声で泣く子の手をひいて、母親のところへ連れて帰って、《ひとりでころんでしまった》と自分のせいではないふりをしていう。こんな芝居を繰り返したが、母親のエンガー夫人は、だまされているのがしまいまでわからなかった。(中略)(五歳から六歳の間)。」

「浮浪人に襲われる夢をよく見た。命を助けてもらうには、自分自身浮浪人の仲間に入るに如くはない。このことを知っていると、また夢のなかで浮浪人に襲われても平気だった(七歳のころ)。」

「庭の垣根のあいだから、隣のダリヤの球根を盗んできて、自分の一平方米の花壇に植えた。そのうち、可愛らしい葉が出てきた。ひょっとしたら、きれいな花が咲くかも知れないとあやしい期待に胸をはずませた。ところが、まるで木のように大きくなって、どぎついまっかな花が数えきれない程咲いたのだ。私は心配になった。人に花をあげて、盗んだのを帳消しにしてもらおうかと思ったりした。」



「第三の日記」より:

「創作中、ある一つの型が生成の段階を離れ完成してしまうと、私はたちまち熱がさめて、ほかの新しい道を探しもとめる。創造的なのは、まさに途中の過程であり、これこそもっとも大切なもので、生成(Werden)は存在(Sein)にまさる。」


クレーの日記 03




























































































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フェリックス・クレー 『パウル・クレー』 (矢内原伊作・土肥美夫 訳)

「ぼくの内面に燃えているものは、むしろ、死者たち、あるいは、まだ生れてこないものたちのもつ情熱だ。」
(パウル・クレー)


フェリックス・クレー 
『パウル・クレー』
 
遺稿、未発表書簡、写真の資料による画家の生涯と作品
矢内原伊作・土肥美夫 訳

みすず書房 
1962年5月10日初版第1刷発行
1997年1月20日新装版第1刷発行
230p 人名索引vi 著者・訳者略歴1p 
図版(モノクロ)28p 
A5判 角背布装上製本 カバー 
定価4,944円(本体4,800円)

Felix Klee : Paul Klee, 1960



本書「訳者あとがき」より:

「著者フェリックス・クレーは画家パウル・クレーの一人息子で、一九四八年以来クレーの故郷ベルンに住み、父である画家が遺した夥しい作品やクレーに関するあらゆる種類の資料の収集・管理・研究にあたっている。(中略)フェリックス・クレーは父パウル・クレーが遺した四冊の日記を整理編纂して一九五六年に刊行した。これは『クレーの日記』(新潮社)として南原実氏によって邦訳されたが、成長途上にある画家クレーの内的世界を示す貴重なドキュメントである。ただ、この貴重な日記は一九一八年で終っている上に、日記という性質から当然のことだが、客観的情況の説明を含んでいない。そこでフェリックスはこの『日記』とは別に、父クレーの生涯と作品に関する評伝を書いた。それが本書である。」


本文二段組。別丁図版のほか本文中図版多数。


クレー 01


カバー裏文:

「著者は画家パウル・クレーの一人息子で、元来の職業は舞台演出家だったが、1948年以来クレーの故郷ベルンに住み、父である画家が遺した夥しい作品やクレーに関するあらゆる種類の資料の収集・管理・研究にあたっている。彼による父クレーの生涯と作品に関する評伝が本書である。
 本書の母胎になっているのは言うまでもなく著者が父についてもっている思い出と愛情である。クレーの生活と制作の実際について、この著者以上によく知っている人は他にないだろう。しかし主観的告白に陥るのを避けるために、著者は自己の記憶を客観的記録によって裏づけ、豊富な資料を縦横に駆使して画家の姿を描き出し、遺作保管者にふさわしい綿密な考証を行っている。
 さらに本書には画家がその妻をはじめ、父や姉や息子に宛てた未発表の多くの手紙が収録されていて、それらは家庭人としてのクレーの姿を浮びあがらせると共に、『日記』とならんでわれわれをクレーの内的世界に導く貴重な手がかりを提供している。また家族宛の手紙のほかに、カンディンスキーやフランツ・マルクなどとの往復書簡が発表されており、これらの友人たちとの交わりの叙述は、バウハウスを中心とする芸術運動の記録として美術史的にも興味ある資料である。その他、クレー自身が書いた自伝的覚書や、クレーの姉の手になる回想や、『創造の信条告白』の最初の草稿など、本書が含んでいる多くの未発表の資料は、著者自身の思い出と共に、この書物に特別の重要性を与えている。」



目次:

画家への歩み
生家と家族
クレーの創作における主題
 演劇と音楽
 動物
 ユーモアと哲学
 風景
 観相
 建築
 戦争と破局
バウハウスにおける講義
様式の変化と《集合概念の連作》
作品総目録
ベルンのパウル・クレー財団
作品分布
クレー年譜
図版目次
写真目次

訳者あとがき (矢内原伊作)
索引



クレー 02

「若いパウル・クレーのペン画、1896」



◆本書より、パウル・クレーのことば◆


「生家と家族」より:

「ぼくの存在はこの世でとらえることができない
それはぼくの棲家が死者たちのもとにあるからだ
そしてまたまだ生れてこない者たちのもとにあるからだ
ふつうよりはいくらか創造作用に近づいている
けれどもまだ十分には近づけない」

「死はすこしもいとわしいことではない、ぼくはずっと以前に死と折り合いをつけてしまった。今の人生と将来の人生とどちらが大切かをひとは一体知っているのだろうか。もしぼくがこのうえ二、三のいい仕事を創りあげたならば、ぼくは喜んで死んでゆきたい。」



「クレーの創作における主題」より:

「二つの山があって、その上は明るく晴れている。動物の山と神々の山と。しかしその間には、人間たちのいる薄暗い谷が横たわっている。誰かひとりの人間が、ひとたび上の方を仰ぎみると、彼は、なんとなく胸騒ぎのする憧憬の念にとらえられる。つまり、知らないということを知っている人間は、知らないということを知らないでいる動物たちと、知っているということを知っている神々とに憧れるのだ。」

「ぼくの内面に燃えているものは、むしろ、死者たち、あるいは、まだ生れてこないものたちのもつ情熱だ。」



「バウハウスにおける講義」より:

「以前にはひとは、この地上で見たことのある事物、好んで見た、あるいは見たいと思っていた事物を描き表わしたものだ。しかし今では、眼に見える事物の相対性が明らかにされ、同時にそのことは、眼に見えるものは世界全体との関係において孤立した実例にすぎない、ほかにも真理は多数にある、という信念となって表わされる。事物は、過去の合理的経験とは一見しばしば矛盾するところの、拡張され多様化された意味をもって現われる。偶然的なものを本質化しようとする努力がなされる。」

「われわれのバウハウスで、各種各様の方向をもった能力がいっしょになって活動していることを、私はよろこばしく思います。その活動が成果となってあらわれるとすれば、これらの能力相互の戦いをもまた、私は肯定します。
 障害にぶつかるということは、客観的な障害がつねに存在している以上、どの能力にとってもよき試練です。」
「全体にとっては、嘘も真も存在せず、世界全体においても善と悪とが結局創造的に協力しあっているように、全体は、諸能力の戯れによって、生き、そして展開します。」

「そうだ、そうだ、子供の遊びだ! 批評家連中は、ぼくの絵は子供のなぐりがきや塗ったくりに比較できるとしばしばいっている。ぼくの絵が子供の絵と同じようであればいいんだが。ぼくの子供のフェリックスが描いた絵は、ぼくの絵より立派だ、ぼくのは脳髄を通ってしたたりおちたものだ、残念だがそうなるのをぼくは阻止できない、ぼくは時々仕事をしすぎるからだ。そのことはまあそれでいい。それだけでは満足しないで、学者連中は、ぼくの絵はもともと精神病に由来しているといっている。」
「あなたはプリンツホルン(神経科医、心理学者)のすぐれた労作(『精神病者の造形作品』)を知っているでしょう。まあ一緒にみてみよう。この絵は最上のパウル・クレーだ。これもそうだ、これもそうだ。これらの宗教的な絵をごらんなさい。ぼくは宗教的テーマでこのような表現の深さと力強さにはとてもたどりつけないだろう。本当に高貴な芸術だ。直接的な精神的直観がある。さて、ぼくは精神病院への途上にいるのだろうか。世界中が気狂病院だということは別として。」



クレー 03


「パウル・クレー寵愛の猫」


クレー 04


「パウル・クレーが1920年代に息子フェリックスのために造った道化人形」








































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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