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『パウル・クレー|おわらないアトリエ』 (2011年) 日本語版

『パウル・クレー 
おわらないアトリエ』 
日本語版

PAUL KLEE|Art in the Making 1883-1940

監修: ヴォルフガング・ケルステン
編集: 池田祐子、三輪健仁

日本経済新聞社 
2011年
439p
22.5×18.5cm 
並装(フランス表紙)
デザイン: 森大志郎、川村格夫


京都国立近代美術館
2011年3月12日(土)―5月15日(日)
東京国立近代美術館
2011年5月31日(火)―7月31日(日)



本書「ごあいさつ」より:

「スイス生まれの画家パウル・クレー(中略)は、長らく日本の人々に愛され、これまでにも数多くの展覧会が開催されてきました。それらの展覧会では作品の物語性や制作上の理念が詩情豊かに詠われ、多くの人々にクレー芸術の魅力を伝える大きな役割をはたしました。このたび、京都と東京の国立近代美術館で初めて開催されるクレー展では、今までの展覧会成果を踏まえたうえで、これまでクローズアップされてこなかった観点、「クレー作品が物理的にどのようにつくられたか」について考えます。」
「その「制作プロセス」を、クレーは、アトリエ写真というかたちで記録に留めたり、自ら「特別クラス(Sonderklasse)」と分類した作品を模範作品として手元に置いたりしながら、検証し続けました。
ベルンのパウル・クレー・センターが所蔵する作品を中心に、日本初公開の作品が数多く含まれた約180点で構成される本展覧会では、このアトリエ写真で記録された作品、そして「特別クラス」という模範的作品を紹介する二つの章と、制作上の具体的な技法を検証する四つの章、合計6章によって、クレー芸術の創造的制作過程を明らかにすることを目指します。」



作品図版(カラー)225点、作品図版(モノクロ)17点。
写真図版12点(アトリエ写真10点、クレーの画材1点、フェリックス・クレー1点)。
本文中モノクロ小図版205点。
傾向としては2015年の『だれにもないしょ』展につながる、作品の「制作過程」を重視した図録です。自分としては「創造的制作過程」より「作品の物語性や制作上の理念」のほうを重視したいですが、御時世なのでしょうがないです。


クレー おわらないアトリエ 01


幅広のオビ付きです。オビには素描図版。


クレー おわらないアトリエ 02


オビを外すと彩色作品図版。


クレー おわらないアトリエ 03


裏表紙。オビには素描図版。


クレー おわらないアトリエ 04


オビを外すと彩色作品図版。


目次:

ごあいさつ (主催者)
Grußwort (Die Veranstalter)
所蔵者一覧/Leihgeber
謝辞/Danksagung

展覧会への序章 (ヴォルフガング・ケルステン、池田祐子、三輪健仁)

kapitel 00 自画像
1919年の「自画像」シリーズ (柿沼万里江)
kapitel 01 現在/進行形|アトリエの中の作品たち
アトリエ絵画 (ヴォルフガング・ケルステン/翻訳: 柿沼万里江)
ミュンヘンのアトリエ写真 (池田祐子)
天才崇拝・聖域・工房の間で――ヴァイマールとデッサウのバウハウスにおけるクレーのアトリエ (ヴォルフガング・ケルステン/翻訳: 柿沼万里江)
ベルンのアトリエ 1934―1940 (奥田修)
kapitel 1.5 プロセス0|アトリエから技法へ
kapitel 02 プロセス1|写して/塗って/写して|油彩転写の作品
油彩転写素描 (ヴォルフガング・ケルステン/翻訳: 池田祐子)
視覚原理としての二重性――パウル・クレー作《ホフマン風メルヘンの情景》 (ベッティーナ・ゴッケル/翻訳: 柿沼万里江)
kapitel 03 プロセス2|切って/回して/貼って|切断・再構成の作品
切断という創造的行為 (ヴォルフガング・ケルステン/翻訳: 池田祐子)
「切断・再構成」→「油彩転写」あるいは「切断」→「油彩転写」→「再構成」 (三輪健仁)
kapitel 04 プロセス3|切って/分けて/貼って|切断・分離の作品
《Mのための花輪》と《庭のリズム》 (奥田修)
切断・分離作品の再構成 (再構成制作: 奥田修)
1996年以降に発見された切断・分離作品とその再構成 (奥田修)
Nach 1996 entdeckte zerschnittene Werke und ihre Rekonstruktionen (Osamu Okuda)
kapitel 05 プロセス4|おもて/うら/おもて|両面の作品
両面作品 (ヴォルフガング・ケルステン+柿沼万里江)
城門の符牒――切断された両面作品 (柿沼万里江)
両面作品の赤外線撮影写真
流浪の異形者――台紙で隠された裏絵 (柿沼万里江)
kapitel 06 過去/進行形|“特別クラス”の作品たち
特別クラス (ヴォルフガング・ケルステン/翻訳: 柿沼万里江)

資料
 パウル・クレー|年譜
 参考文献
 作品リスト
 Photonachweis



クレー おわらないアトリエ 05


「寓意的な小立像(消えていく)」。


クレー おわらないアトリエ 06


「ぼろきれお化け」。




























































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『パウル・クレー だれにも ないしょ。』 (2015年)

「むしろ彼は、上手くいかなかったもの、生まれそこなったものだけがもつ可能性に敏感に反応していたのではなかったか。」
(石川潤 「愚か者の助力」 より)


『パウル・クレー 
だれにも ないしょ。』

Paul Klee: Spuren des Lächelns

編集: 石川潤、藤原啓、河田亜也子、相良周作
翻訳: デイヴィッド・ノーブル、柿沼万里江、萩原イルカ
制作: 美術出版社 デザインセンター
発行: 読売新聞社、美術館連絡協議会
2015年
286p
24.2×24cm 
角背紙装上製本
デザイン: 川野直樹、森重智子


2015年7月5日―9月6日
宇都宮美術館
2015年9月19日―11月23日
兵庫県立美術館



本書「ごあいさつ」(主催者)より:

「クレーは秘密を愛した画家でした。本展「パウル・クレー だれにも ないしょ。」は、その「秘密」に正面から向き合おうとする試みです。
 1990年頃から研究の進展により、いくつかの作品を集めるとそれらがパズルのピースのようにつながったり、作品の下塗りの層や裏側にもうひとつ別のイメージが組み込まれていたりなど、この画家が自らの作品に仕掛けた暗号が、次第に明らかになってきました。そうした成果を踏まえつつ、本展では、「仕掛け」の先にあるもの、つまり描かれた世界そのものの謎に分け入ることを目指します。」
「国内初公開31点、国内のコレクションを含む約110点を展示いたします。」



本書「ごあいさつ」(ペーター・フィッシャー)より:

「異なる世界の間を行き来する者。パウル・クレーは自分をそのような存在と見なしていました。「この世で僕を捉まえることはできない/僕は死者たちのもとに/そして未だ生まれていない者たちのもとに住んでいるのだから/常の世よりはいくぶんか、創造の核心に近づいた/それでも、十分というには程遠い」。幾度となく引用されてきた1920年の銘文はまた、彼の芸術信条を言い換えたものでもあります。死者の叡智に満たされ、それが未だ生まれざる者の無限の可能性とひとつに結び付いているクレーの作品は、おそらく、捉まえようがないものなのです。クレーの芸術には、一見してそう見える以上のものが、つねに存在しています。単純さの背後では深淵が口を開け、子どもらしさは不気味なものへと転調し、軽やかなものはいまにも崩れ落ちそうで、戯れは突如として厳粛なものに変わります。ひとことで言えば、表層が開かれ、複雑な深層が顔を覗かせるのです。」
「素晴らしい予感にみちた展覧会の題名「パウル・クレー だれにも ないしょ。(ドイツ語の副題は「ほほえみのあしあと」)」からは、本展の焦点が、クレー作品の謎めいた部分、(中略)入り組んだ多層性に当てられたものであることが察せられます。」



本書「小さな詞華集」より:

「本展のドイツ語サブタイトル「Spuren des Lächelns (ほほえみのあしあと)」は、(中略)谷川俊太郎氏の作から拝借した。」


谷川俊太郎「彼女は吠え、僕たちは遊ぶ 1928」より:

「せんのみちにまよいながら
こころはほほえみのあしあとをさがす」



展覧会図録。出品作品図版(カラー)113点。参考図版5点(カラー3点、モノクロ2点)。
本文中図版(モノクロ)48点、「略年譜」に写真図版(モノクロ)9点。


クレー だれにもないしょ 01


内容:

ごあいさつ (主催者)
Greeting (The Organizers)
Grußwort (Die Veranstalter)
ごあいさつ (ペーター・フィッシャー パウル・クレー・センター館長)
Vorwort (Peter Fischer)
パウル・クレー 2015年の日本で (アレクサンダー・クレー)
Paul Klee in Japan 2015 (Alexander Klee)
謝辞

秘密の作法――クレー作品の隠された次元をめぐって (石川潤)
パウル・クレー 見出された幼年時代 (ミヒャエル・バウムガルトナー/訳: 柿沼万里江)

図版 (各章解説: 石川潤/作品解説: 河田亜也子、藤原啓)
第1章 何のたとえ?/Klee, allegorish/The Allegorical Klee
第2章 多声楽(ポリフォニー)――複数であること/Klee, polyphon/Multiples
第3章 デモーニッシュな童話劇/Klee, dämonisch/A Demonic Fairy Tale
第4章 透明な迷路、解かれる格子/Klee, kristallen/Transparent Labyrinths, Open Grids
第5章 中間世界の子どもたち/Klee, wieder-kindlich/Children of the In-Between World
第6章 愚か者の助力/Klee, selbstironisch und freundlich/The Assistance of Fools

小さな詞華集――ことばで編むクレー
 彼女は吠え、僕たちは遊ぶ 1928 (谷川俊太郎)
 sie brüllt, wir spielen 1928 (Shuntarô Tanikawa/Übersetzt von Eduard Klopfenstein)
 薔薇の風 (辻井喬)
 まどのそと (アーサー・ビナード)
 最後に (パウル・クレー/高橋文子 訳)
 Letztes (Paul Klee)

クレーの森 「ほほえみのあしあと」をたどって (奥田修×柿沼万里江)
1961年――クレー展、はじまりの季節 (前田恭二)

Secret Methods - The Hidden Dimensions of Klee's Work (Jun Ishikawa)
Paul Klee, Die Entdeckung der Kindheit (Michael Baumgartner)
The Forest of Klee Pursuing "The Traces of a Smile" (Osamu Okuda×Marie Kakinuma)

略年譜
参考文献/Bibliographie/Bibliography
作品リスト/Liste der Exponate/List of Works



クレー だれにもないしょ 02



◆本書より◆


「5 中間世界の子どもたち」より:

「「この世で僕を捉まえることはできない。僕は死者たちのもとに、そして未だ生まれていない者たちのもとに住んでいるのだから」(Der Ararat 1920, S. 20; Zahn 1920, S. 5)。
 クレーの墓碑にも選ばれ有名となったこの言葉は、1920年、彼のキャリアの画期となった年に公にされた。」
「「ただ無常なものからの抽象だけが残った。その題材はこの世だが、目に見えているこの世界ではない」(日記1081番/1917年・高橋訳)。」
「それにしても、「この世だが、目に見えているこの世界ではない」というのは、一体どのような場所なのだろう。おそらく、そここそが、クレーを語る際つねに引き合いに出される、あの「中間の世界(Zwischenwelt)」なのだ。
 「僕が言おうとしているのは、たとえば未だ生まれざる者と死者の国、来ることができ、来たいと思っているのだが、しかし来なければならない筋合いはない者たちの国、つまり中間の世界だ。少なくとも僕にとっては中間の世界だ。そう呼ぶわけは、人間の五感が外的に捉えることのできる世界の隙間に、僕はその世界を感じ取るからだ。(中略)子どもや狂人、未開人には、その世界が今なお見えている。もしくは今ふたたび見えるようになっている」(Schreyer 1956, S. 171; 223頁)。」



「6 愚か者の助力」より:

「自己批評や自己諧謔を身上とするクレーの作品で「失敗」が果たしている意義については、どんなに重視してもしすぎることはないだろう。例えば、自作にハサミを入れて切断したり、その断片を組み換えたりするクレーの制作法は、果たして、失敗を矯正するために行われた操作だったのだろうか。むしろ彼は、上手くいかなかったもの、生まれそこなったものだけがもつ可能性に敏感に反応していたのではなかったか。そしてまさにそこから、もはや操作できない人格性を具えた、奇妙な使徒が現れることを期待していたのではなかったか。」


クレー だれにもないしょ 04


「《窓辺の少女》と《墓地》は、元は大きな一枚の絵が複数の部分に切り離されて、それぞれ独立した作品となったものである。同じ絵から、この2点の他に少なくとも4つの作品が目録に登録されている。」


クレー だれにもないしょ 03


「《天使、まだ手探りをする》部分」




兵庫県立美術館「パウル・クレー | だれにも ないしょ。」展
https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_1509/index.html




























































































『パウル・クレー 創造の物語』 (2006年)

「自分で描いた悪魔が、突然、本物の姿になった。母に助けを求め、悪魔が窓から中を覗いていると言っては泣いたものだ。」
(パウル・クレー)


『パウル・クレー 
創造の物語』 

Paul Klee, Erzählung und Schöpfung

編集: 川村記念美術館/北海道立近代美術館/宮城県美術館/東京新聞
翻訳: ジャクリーヌ・ベルント/アンヤ・ホップ/後藤文子
制作: リーヴル 
発行: 東京新聞 
2006年
272p 
29×23cm 角背紙装上製本(薄表紙)
デザイン: 斉藤牧子


2006年6月24日―8月20日
川村記念美術館
2006年8月29日―10月9日
北海道立近代美術館
2006年10月17日―12月10日
宮城県美術館



図録。出品作品図版(カラー印刷)162点。「写真が語るクレー」に写真図版(モノクロ)13点。パウル・クレー肖像写真(モノクロ)2点、本文中参考図版(モノクロ)30点、「年譜」中作品図版(モノクロ)5点。


クレー 創造の物語 01


目次:

序文 (フォン・デア・ハイト美術館長 ザビーネ・フェーレマン/シュプレンゲル美術館長 ウルリヒ・クレンペル/K20K21 ノルトライン=ヴェストファーレン美術館長 アルミン・ツヴァイテ)
Vorwort (Sabine Fehlemann/Ulrich Krempel/Armin Zweite)

眼の生とともに――パウル・クレー 創造の物語 (後藤文子)
パウル・クレーにおけるオーバーラップ――もう一つの制作論とガラス絵 (前田富士男)

図版 (各章解説: 後藤文子/作品解説: 今井里江子・後藤文子・佐藤由美加・中村聖司・平尾佐矢子)
 Ⅰ 光の絵
 Ⅱ 自然と抽象
 Ⅲ エネルギーの造形
 Ⅳ イメージの遊び場
 Ⅴ 物語る風景
写真が語るクレー
 子供/戦争/音楽/悪魔/古典/創造的な制作プロセス/フォルム化する/相貌
作品解説参考文献

ノルトライン=ヴェストファーレン美術館のパウル・クレー・コレクション (アネッテ・クルスツィンスキー/翻訳: 後藤文子)
パウル・クレーとルドルフ・イーバッハ美術コレクション (ザビーネ・フェーレマン/翻訳: 後藤文子)
ハノーファーのシュプレンゲル美術館におけるパウル・クレー (ウルリヒ・クレンペル/翻訳: 後藤文子)
パウル・クレーと日本―魅せられた人々をめぐって (西村勇晴)

年譜
「日本の美術館とパウル・クレー」関連文献

Mit dem unmittelbaren Auge gesehen - Paul Klee, Erzählung und Schöpfung (Gotô Fumiko)
Überlagerungen bei Paul Klee - Alternative Poietik und Glasmalerei (Maeda Fujio)
Die Sammlung Paul Klee in der Kunstsammlung Nordrhein-Westfalen (Anette Kruszynski)
Paul Klee im Sprengel Museum Hannover (Ulrich Krempel)
Paul Klee und die Kunstsammlung Rudolf Ibach (Sabine Fehlemann)
Gebannt von Paul Klee - Rezeption und Wirkung in Japan (Nishimura Isaharu)

出品作品一覧




◆本書より◆


クレー 創造の物語 02


「バラの庭」 1920年。


クレー 創造の物語 03


「野いちご」 1921年。


クレー 創造の物語 04


「逃げ去る子供たち」 1930年。


クレー 創造の物語 05


「隣の家へ」 1940年。


クレー 創造の物語 06
























































































『パウル・クレーの芸術』 (1993年)

「Kunst gibt nicht das Sichtbare wieder, sondern macht sichtbar.
(芸術は見えるものをそのまま再現するのではなく、見えるようにすることである)」

(パウル・クレー)


『パウル・クレーの芸術』
Paul Klee Retrospective


編集: 愛知県美術館(寺門臨太郎/拝戸雅彦)・山口県立美術館(斎藤郁夫)
制作: 印象社
発行: 愛知県美術館・中日新聞社 
1993年
367p 
30×22.5cm 並装(フランス表紙)


愛知県美術館
1993年4月2日―5月23日
山口県立美術館
1993年6月1日―7月25日
Bunkamura ザ・ミュージアム
1993年7月31日―9月21日



クレーの芸術 01


図録。作品図版272点(カラー194点、モノクロ78点)。
パウル・クレー肖像写真(モノクロ)3点。本文中参考図版25点(カラー2点、モノクロ23点)。「クレー年譜」中にモノクロ図版17点。


クレーの芸術 02


内容:

ごあいさつ/Foreword (主催者)
ごあいさつ (ベルン美術館長 ハンス・クリストフ・フォン・ターフェル)
Zum Geleit (Hans Christoph von Tavel)
メッセージ (駐日スイス大使 ロジェー・ベアー)
Grusswort (Roger Baer)
日本でのパウル・クレー (アレクサンダー・クレー)
Paul Klee in Japan 1993 (Alexander Klee)

序論 (ヨーゼフ・ヘルフェンシュタイン)
クレーとピカソ (ヴェルナー・シュマーレンバッハ)
クレーと近代芸術―クレーの造形思考とフィードラーの芸術論をめぐって― (斎藤郁夫)
クレーと日本:受容の端緒 (寺門臨太郎)

図版 (解説: ヨーゼフ・ヘルフェンシュタイン/寺門臨太郎・拝戸雅彦・斎藤郁夫 訳)
 1899―1910年
 1911―1914年
 1914―1920年
 1921―1924年
 1925―1931年
 1931―1933年
 1934―1936年
 1937―1940年

作品リスト
クレーの著作解題 (拝戸雅彦編)
クレー年譜 (拝戸雅彦編)
Selected Bibliography (Irene Rehmann)
邦語文献目録 (寺門臨太郎編)
Exhibition History (Irene Rehmann)
Exhibition History inside Japan (Rintaro Terakado)
展覧会歴(日本国内) (寺門臨太郎編)
Einleitung (Josef Helfenstein)
Klee und Picasso (Werner Schmalenbach)
Klee and Modedrn Art: Klee's Ideas on Form Considered in Terms of Fiedler's Theory of Art (Ikuo Saito)
Klee in Japan: the Beginning of his Reception (Rintaro Terakado)




◆本書より◆


クレーの芸術 03


「喜劇役者(インヴェンション 4)」(1904年)


クレーの芸術 09


「ホフマンふうの童話風景」(1921年)


クレーの芸術 04


「もう立ちあがれない」(1924年)


クレーの芸術 05


「占星術の夢幻的な肖像」(1924年)


クレーの芸術 06


「幽霊の誓い」(1930年)


クレーの芸術 07


「病める果実」(1934年)


クレーの芸術 08


「疑いをもつ天使」(1940年)






















































パウル・クレー 『クレーの日記』 (南原実 訳)

「こういろいろと思いをめぐらしているあいだも、蓄音機は、倦むことなく鳴りつづける。人間の首がゆらゆらと浮んでは、顔を歪め歯をむき出して笑う。悪魔の仮面が窓からのぞく。怪獣がわがもの顔にのしあるく。私をとりまく世界がいつも地獄じみているとは、どういうわけか。」
(パウル・クレー 「第四の日記」 より)


パウル・クレー 
『クレーの日記』 
南原実 訳


新潮社 
1961年10月15日 印刷
1961年10月20日 発行
479p 
四六判 丸背布装上製本 
本体ビニールカバー 機械函 
定価700円

Tagebuecher Paul Klee, 1956



パウル・クレー(1879-1940)の1918年までの日記(フェリックス・クレー編)。
本文二段組、本文中図版(モノクロ)多数。
巻末の、編者フェリックス・クレーによる文章以降のページは(奥付も含めて)青っぽい紙に印刷されています。


クレーの日記 01


クレーの日記 02


目次:

第一の日記
第二の日記
第三の日記
第四の日記
フェリックス・カレンダー

父クレーの思い出 (フェリックス・クレー)
編者あとがき (フェリックス・クレー)
家系図 (フェリックス・クレー)
年譜
訳者あとがき (南原実)



クレーの日記 04



◆本書より◆


「第一の日記」より:

「自分が描いたおばけが急に動き出す(三歳から四歳のころ)。私はこわくなって母のところへ逃げてゆき、おばけが窓からのぞいていると言っては泣いた(四歳のとき)。」

「おばあさんの屍を見たとき、私の心ははげしく動いた。おばあさんの顔はすっかり変っていて、私のおばあさんだということがなかなか分らなかった。(中略)遺体の安置されていた病院の地下へ入る扉の前を通る時、その後も長いあいだ気味が悪かった。人が死ぬとこわいということは、私自身このように経験したわけであるが、涙を流すというのは、大人の世界のしきたりであると思っていた(六歳のとき)。」

「まがった足を矯正するため、脚に器具をつけた女の子がいた。少しも可愛げのない子だった。私は時々いじめた。(中略)私はよい子のふりをしてその子の家にあらわれ、《お嬢ちゃんを散歩におつれしましょう。おあずけ下さい》と言う。はじめのうちは、二人で仲よく手をつないで行ったが、(中略)近くの畠までくると、私はうしろへまわり、うまい頃合をみはからって、軽くつきとばす。女の子はころぶ。大声で泣く子の手をひいて、母親のところへ連れて帰って、《ひとりでころんでしまった》と自分のせいではないふりをしていう。こんな芝居を繰り返したが、母親のエンガー夫人は、だまされているのがしまいまでわからなかった。(中略)(五歳から六歳の間)。」

「浮浪人に襲われる夢をよく見た。命を助けてもらうには、自分自身浮浪人の仲間に入るに如くはない。このことを知っていると、また夢のなかで浮浪人に襲われても平気だった(七歳のころ)。」

「庭の垣根のあいだから、隣のダリヤの球根を盗んできて、自分の一平方米の花壇に植えた。そのうち、可愛らしい葉が出てきた。ひょっとしたら、きれいな花が咲くかも知れないとあやしい期待に胸をはずませた。ところが、まるで木のように大きくなって、どぎついまっかな花が数えきれない程咲いたのだ。私は心配になった。人に花をあげて、盗んだのを帳消しにしてもらおうかと思ったりした。」



「第三の日記」より:

「創作中、ある一つの型が生成の段階を離れ完成してしまうと、私はたちまち熱がさめて、ほかの新しい道を探しもとめる。創造的なのは、まさに途中の過程であり、これこそもっとも大切なもので、生成(Werden)は存在(Sein)にまさる。」


クレーの日記 03




























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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