「みづゑ」 1977年6月号 第867号 特集: マルセル・デュシャン

「みづゑ」 
1977年6月号 
第867号 
特集: マルセル・デュシャン

MIZUE JUNE 1977 No. 867

美術出版社
昭和52年6月3日 発行
112p
29.5×22.7cm 並装
定価1,500円



野中ユリさんのインタビューが掲載されています。図版(カラー/モノクロ)多数。


みづゑ デュシャン 01


目次:

特集: マルセル・デュシャン
 ポンピドー・センターのデュシャン展見聞記: ぼくは大きなヒントを得た (東野芳明)
 デュシャンと私: 作品の置かれる位置 (磯崎新)
 日常を丸呑みにした人: 詩人ウィリアムズとデュシャン (鍵谷幸信)
 マルセル・デュシャンは語る: 芸術、あるいは反芸術 (デュシャン+G.H. ハミルトン+R. ハミルトン+C. ミッチェル)
 カタログ: マルセル・デュシャン: たったひとりの運動 (高島平吾 訳・編)

連載
 世界の看板 1 北欧 (写真と文: 向田直幹)
 画家たちの祝祭・北方ルネサンス 5 フーホ・ファン・デル・フース: 色蒼ざめた沈んだ空間 (堀越孝一)

野田英夫の未発表作品: 生活のなかに息づく絵画 (石垣綾子)
高橋秀の爽快な空間 (井関正昭)
回想の藤島武二: 藤島教室のころ (藤本東一良)

野中ユリと語る: イメージの物質化 (巖谷國士)

MIZUE JOURNAL
 日本の山水画 (佐々木静)
 再検討をせまられるヴィデオ・アート (藤枝晃雄)
 アメリカのS.F. イラスト: 新しきものの終末 (木村恒久)

カット: マルセル・デュシャン
表紙: 池田満寿夫+マルセル・デュシャン|デザイン: 藤井三雄




◆本書より◆


みづゑ デュシャン 02


みづゑ デュシャン 03


みづゑ デュシャン 04


みづゑ デュシャン 05


「マルセル・デュシャンは語る」より:

D. 最初のは1913年の作で、自転車の車輪でした。(中略)そいつを台にのっけたんです。そばを通るたびに、くるくる回したもんです。その動きは、暖炉で燃えている火のようなもので、何か考えごとをしている時、部屋の中で動いているものに知らない間に惹きつけられる、そんな魅力を持っている。それから二つ目は壜乾燥器、ほら、よく地下の酒蔵にあるやつです。フランスの酒蔵で壜を逆さに掛けとく――。(中略)で、三つ目は雪かき用のシャベルだった。(中略)荒物屋で買ったどうってことないただのシャベルだ。いま、そのレプリカのひとつはイェール大学にあります。次のが例の「なぜくしゃみをしない?」です。(中略)あの《レディ・メイド》は鳥籠でできていて、小さな鳥籠の中には、鳥じゃなくて一見角砂糖のような立方体が入ってる。(中略)洒落、視覚的な洒落です。つまみ上げてみてはじめて大理石だと分かる、砂糖なんかじゃない、ってね。(中略)もうひとつは薬壜です。私は1919年にパリにいて、カリフォルニアのアーンスバーグに何かみやげを持って行きたいと思った。で、薬屋に行って、「薬壜ください」って言ったんです。中に入ってる血清だか何だかを空けて、またふたをする。そうすれば中に入ってるのは空気、パリの空気ですからね。当然、そういうことになるでしょう。で、薬屋はそのとおりにして、私はカリフォルニアのアーンスバーグにみやげを持って行ったわけです。題して「パリの空気50㏄入りの薬壜」
G.H. それが実際に作られた《レディ・メイド》の最後のものですか?
D. そう。だが、私のメモ、「グリーン・ボックス」の中には、作っても良いようなものについていくつか書いてある。そのひとつ、私は逆向きの《レディ・メイド》と言ってるんだが、たとえば、レンブラントの絵を持ってくるでしょう。で、そいつをながめるかわりに、アイロン台として使うんです。そう、服を持って来て、その絵の上にのせてアイロンをかける。するとそれはもう《レディ・メイド》になっちゃうわけだ、逆方向のね。
G.H. きびしいことですね、レンブラントにとっては――。
D. そうね。だがあのころ、われわれは偶像破壊的にならざるをえなかった。」

D. (中略)《レディ・メイド》は、絵画というものが持ってるあらゆる技術的な下らない決まりを一掃した。絵画は色彩によって成り立つものだ、とか、鉛筆なり絵筆なりを使って描くものだ、とかいう――。」

D. (中略)むろん、ダダの精神は、現在もそうだが、常に存在していた。たとえば、ラブレーなんかは、本質的にまぎれもなくダダですね。偉大なジャリだってそうだ。ずっと昔にさかのぼっても、いくらだってそういう人物をさがし出すことができる。(中略)人間が人間になって以来、いつの、どの時代にもあった反体制の精神そのものですよ。」

D. (中略)画家にも文筆家にもならずに、その種の肩書は何ひとつ持たずに自己表現をする、自分自身の内的作品でもある何かを作り出す方法を見出す、そういう方向でやっていた。」



みづゑ デュシャン 06


みづゑ デュシャン 07


「野中ユリと語る」より:

巖谷 野中ユリはいわゆる「密室」派だといわれているらしい。(中略)自分の世界に閉じこもっている画家だと。だいたい対談なんかに出てくることは珍しい。(笑)自分でもそういう意識はもっているのかな。
野中 それは持ってるわよ。密室とは思わないけど、話すのが下手だし、人前に出るのが苦手なの。もともと絵を描きはじめたのはなぜかといえば、人前に出たりしなくてすむからなのね。絵が出ていれば、人間は人前に出なくてもいいという、そういう感じがあったからでしょうね。」

野中 うちは、おふくろが絵描きでしょう。子供のころから、まわりにそういう人たちはいたし、ずっと小さい時から、画集とか雑誌などを見ていたから。」

野中 シュルレアリスムを意識するようになったのは、絵のほうからですね。エロルドとか、エルンストとか好きだったわけ。瀧口先生の文章もいいなあと思って読んでいたのね。それに、なんか自分の好きな絵描きさんのところに、たいていシュルレアリスムという言葉が出てくるんで、これはどういうことかなと思って、そのあと読み出した。それで、コラージュなんかも銅版画とほとんど同時に、自分ではやっていたわけね。
巖谷 当時は少なかったんだろうな、そういう人は。でも、それ以前に描いていた銅版画というのが、すでにかなり瀧口さん風だったのかもしれないね。加納さんにしてもそうだし、3人はかなり共通するものがあったはずだ(笑)。」

野中 (中略)瀧口先生が南画廊でデカルコマニーの展覧会やられたでしょう、100点以上の。それを見てものすごいショックを受けて……。それを真似しだしたのね。その真似の過程にはいろいろなことがあったんだけど……。
巖谷 ちょっとタイプが違ったけれど、瀧口さんのデカルコマニーはすごいからね。
野中 あれはもうほんとうにすごい。
 デカルコマニーやり出した時は、発表しようとは思ってなくて、最初はそのへんの雑誌なんかに目茶苦茶に色を押しつけてみたりして、形になるというようなものじゃなかった。だけど、だんだん筋道がついて来たというのかな、展覧会には100点くらいブルーと黄色のを出したのね。ものすごく小さい切手大くらいのもの。
巖谷 それで、瀧口さんのデカルコマニーというのは、いまだに意識しているんだね。瀧口さんの実作品に直接出発点があるという人は、案外珍しいんじゃないかな、デカルコマニーの場合。
野中 エルンストのデカルコマニーというのとは相当違うと思うんですよね。
巖谷 もう少し絵画的というか、構成的というか、テクニックを見せる部分もあるからね、エルンストというのは。それにエルンストの世界というのかな、ああいう自分を開いちゃったみたいな作り方とはずいぶん違う。もっと自分に密着しているんじゃないかね。デカルコマニーの作り方の秘密というと……(笑)。
野中 秘密といっても……(笑)。
巖谷 にじみ出させるとか、しみ出すとか。(笑)
野中 描く場合と、言葉で説明するのとではぜんぜん違うからね。むしろ絵描きの秘密っていうと、何日やってもなんにもできないことがあって、全部捨てちゃうとか……。
巖谷 もうちょっと何かないかな。(笑)
野中 要するに、2ヵ月くらいデカルコマニーをやっていると虫みたいになっちゃうわね。とにかく食べて、寝て、あとはただただという感じで……。
巖谷 虫みたいというのはよくわかるね。(中略)非常に没頭するわけでしょう。絵を描くことが、生来の自分の属性みたいな感じでね。それで自分を見ているわけだ、絵のなかに。鏡をのぞき込むみたいな制作過程がある。そういうことを密室の画家といっているのかもしれないな。
野中 最近はだいぶ違ってきていると思うけどね。このあいだおかしいことを言われたの、友達に、医者なんだけれども、ああいうこまかい仕事をするのは、目の解像力が違うんじゃないかというのね。普通の人だったら、まあ、このくらいでいいやというふうになっちゃうところかもしれないけれど、って。
巖谷 目はすごくいいんじゃないかな。なにか遠くをのぞいているような感じがありますね。遠視の人というのは近くは見えないはずなのに、それをおそろしく近づけて、しかもはるか遠くのほうを見ているという感じだ。
野中 デカルコマニーの場合は、とくになんか集中しているというか、それと距離感と両方ね。
巖谷 全部遠くにあるでしょう、小さいデカルコマニーなのに、不思議だね。それがある日、突然ひろがってきて、大きなデカルコマニーをはじめたということですか。
野中 ある日突然ということじゃないんだけど、二回目の展覧会になったとき少しああいうのが出てきたの。それから大きくなりたいという欲望が出てきて、……ブルーのボーッとした大きなのね。
巖谷 空みたいな、海みたいな。
野中 ああいうのになったのね。
巖谷 そのへんに文学の影響がかなりあるほうじゃないかな、画家として。たとえばバシュラールなどを盛んに意識していた時期があるんでしょう。「空と夢」とか。
野中 そうそう。あの空は、そういうことがあったわね。一本の線の中には空があるとか思っていた。
巖谷 それまでは簡単にいえば土の世界というか、結晶の世界だ。地、水、火、風でいえば、それから風の世界になるんだね。
野中 銅版画のほうはむしろそういう意味でならいちばん「土」的な要素が多いかもしれないわね。
巖谷 それが揮発性のものに変っていくみたいだ。
野中 そうですね。私、気化衝動みたいなのがあったからね。」

野中 「イリュミナシオン」では、物を一つ一つ確認しているといっていいでしょうね。
巖谷 一度言葉によるイメージを通してね。だから、これから何が出てくるか楽しみだということになる。つまり、野中ユリの初期からの作品の中にあった要素というのが、この絵の中にはずいぶんでているのだけど、その一つ一つが何か期待というか、出発を演じているという感じがあるでしょう。
野中 要素の確認という意味でいえば、あれは本当に確認しています。ここが落っこっちゃったら、もう全部崩れて落っこっちゃうとか、ハーケン打つみたいに、ここに足をかけて大丈夫かとか、そんなことしか考えてなかったですよ。それで向うがないから、まったくないものを作っているわけです。コラージュなんかとは、ぜんぜん違うと言ったほうがいいのかな。
巖谷 非常にせっぱ詰まった感覚で、だいたいデカルコマニー以後そういうのが特徴になっている。
野中 人に言われたことがあるんだけど、いつもぎりぎりの、なんか終点みたいなところへ行っちゃう習性があるっていうようなことをね。
巖谷 そうそう、いつも極限値的なところにいかないと気がすまないという絵だったかもしれない。
野中 つい、そこまで行っちゃうのね。
巖谷 だいたいデカルコマニーにしたって、非常に簡単で、だれにでもできると思えるところがあるけれども、それを実は一番難しいものとしてやっているわけだ。自分に困難を課するというか、ぎりぎりの、苦行みたいな感じもあるのかな。なんか極限地まで行ったところで、いわばパッと宇宙の果てが見えて、その向う側が作品として成立してくる。そこまでの過程にできた作品というのは発表しない。
野中 しないわよ。面白いのもあるんですけど、とっても。
巖谷 そういう選択を非常に厳密にやっているらしいね。
野中 発表するときはいちおう四角い絵になったものというんでやっちゃったんだけれども、ものすごい速度でしょう、デカルコマニーを作るのは。だから塗っていても四角になんか塗れないものもあるけど、そういうのでもいいのはもちろんあるわよ。
巖谷 その意味では、瀧口さんの詩のアナロジーをやっているところがある。「絶対への接吻」というのは、あれは絶対まで行き着いて、そこで絶対と別れる接吻、投げキッスをしているわけだ。別れの接吻だと思うね。(中略)ああいう芸術の行き方というのを、無意識のうちに、デカルコマニーはやっているね。
野中 おそらく、最初は無意識にそうなったんでしょうね。展覧会をやった時に、松山俊太郎さんに、偶然はあるかと聞かれたわけ。デカルコマニーというのは、どうも偶然のように見えるらしい。だけれども、偶然はないと言ったの、私その時。
巖谷 偶然というのはまあ客観的偶然であって、むしろある種の必然というべきでね。ところが、じつは必然でもないというか……。
野中 必然でもないわね。
巖谷 必然という観念にある安定度はないわけだ。
野中 だから、いわばその先にいけば、いわゆる偶然というのはないんじゃないですか、たぶん。完全にないとも言えないかもしれないけど。
巖谷 ランボーの『イリュミナシオン』を使ったとしてもあれは未完だからね、本質的に。
野中 ランボーを表現できるなんて、はじめから思っていないわけよ。
巖谷 そう聞くと、いわばどうしようもなく、不可能性の画家であるみたいだね(笑)。
野中 いや、最近そうじゃないですよ。少しは可能性の画家にもなってきたわよ(笑)。」

巖谷 コラージュというのは、やはりエルンストをそうとう意識しているのかな。エルンストとはまったく違う世界にも見えるけど。
野中 私が最初にやっていたのは、エルンストとは似てなくて、写真を使ったものだった。むしろその頃のムードを反映したものだけど。今もエルンストは好きだけど、コラージュをやってる時には、あまり考えないでしょうね。」
巖谷 エルンストとはやっぱり体質が違うでしょう。エルンスト本人に出会っていれば、エルンストに惚れたかもしれないけど。(笑)
野中 そうかもしれない。糊は何を使うか聞いておけばよかった。(笑)
巖谷 それは意味深長だ。(中略)もう一つ、コラージュをやるというのは、やはり印刷術というものに対する何か本能的な共感があるんじゃないかしら。だいたい本の装釘の仕事が一つの分野になっているわけでしょう。
野中 本がすごく好きだってことね。版画やってたから、印刷物を考えるんでも、版画だと思っている面がそうとうあるわけよね。それから紙とか、早いころから版画でどういう紙がいいとか、紙の感覚。紙がとても好きなの。質感の問題ね。
巖谷 だから装釘やっていても、著者とうまく合わなくなったりすることもあるようだし(笑)。装釘にひどく時間がかかったりすることもあるわけですね。つまり、いわゆるデザインで装釘をやっている人間とは、たぶん根本的に違う仕事をしているわけだ。」
野中 いわゆるデザインの部分もそれはたしかにあるけれども、私の場合は中途半端で絵描きとまざり合っているわけね、そういう部分は。版画はもともと本ととても結びついているし、それと、私は本なんか読んでも、筋とか、なにが書いてあったとか、ほとんど忘れちゃう。それで色とか、質感とか、そういうものが自然にうかんできちゃうの。
巖谷 つまり紙や色に質感があるように、作品の内容まで質感に還元されて、本が一つのオブジェになってしまうわけか。」
巖谷 そういう装釘の仕事というのは今後もずっとやっていくわけですか。面白い現象だけど、装釘家のほうが著者を選ぶということもあるんじゃないの。
野中 この人とこの人しかやりませんとか、そういうことを言ったこともあったわ。(笑)」



みづゑ デュシャン 08


フーホ・ファン・デル・フース。































































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東野芳明 『マルセル・デュシャン』

東野芳明 
『マルセル・デュシャン』


美術出版社 
1977年1月20日 初版
1981年11月20日 4版
466p 
A5判 角背紙装上製本 カバー 
定価4,900円
装幀: 石岡瑛子



東野芳明(とうの・よしあき)によるマルセル・デュシャン論集。序文は瀧口修造。本文中図版多数。「年譜」は灰色の用紙にセピアで印刷されています。


東野芳明 マルセルデュシャン 01


帯文:

「なぜ彼は、こんなにも
軽いのか――芸術を
遊びのようにやった人

Let Me
hAve
youR baggage;
i will Carry it for you.
no nEed:
i'm wearing aLl of it.
John Cage - 1971

なぜ彼は、こんなにも
重いのか――いつでも
問題にされる人」



東野芳明 マルセルデュシャン 02


帯裏:

「〈現代美術の原基〉としてあまりにも名高いこの謎めいた巨匠にまつわる数々の神話のヴェールを透かし見ながら、その多様な作品の網の目と諸説紛々の解析の迷路が重なり合う〈デュシャン考現学〉の森のドラマに、わが国有数の Duchampian (デュシャン憑き)たる著者が積年の薀蓄を一挙にかたむけてここに会心の道案内!
序文=瀧口修造/年譜20頁/図版200点/総468頁/定価4,900円/美術出版社」



目次:

凡例

余白考 (瀧口修造)

1 伝説の崩壊
2 最後の油絵
3 〈花嫁〉とアンドロギュヌス
4 空っぽの制服たち
5 雌の縊死体テンマツ記
6 神話〈独身者の機械〉
7 ピカビアとデュシャン
8 待っている処女
9 ルッセルとデュシャン
10 塩売りの商法
11 東京ローズ・セラヴィ
12 ある男が噛んだ絵
13 ジョーンズとデュシャン

あとがき
年譜
文献目録
作品目録



東野芳明 マルセルデュシャン 03



◆本書より◆


「東京ローズ・セラヴィ」より:

「瀧口修造とマルセル・デュシャン――大へんなテーマを与えられて、まっさきに瀧口さんの、ある美しい誤訳(?)のことを思い出したのは、それをあげつらうためでないのはいうまでもなく、反対に、それがきわめてデュシャン流のユーモアを伴った出来事だからなのだ。
 デュシャンの「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」、通称「大ガラス」の下半分「独身者」。その右端に、三つ、銀メッキされた楕円形が縦に並んでいる部分がある。それをデュシャンは Témoins oculistes と命名しているのだが、瀧口さんの新潮社版(一九五九年、初版)『幻想画家論』のデュシャンの章では、これが、「占星術のしるし」と訳されている。あるいは、もっと早い例では、一九三八年十月号『みづゑ』誌の「調革の論理――マルセル・デュシャン」では「占星術者の證據物」となっている。」
「ぼくも、はじめての、かなり長いデュシャン論に挑んだとき、瀧口さんの訳をそっくりちょうだいしたことはいうまでもない。ところが、ある日、なに気なく oculiste という単語をあらためて辞書で当たってみたら、「眼科医、眼科医の」とあるばかりで、「占星術」とはどうも関係がないではないか。Témoins oculistes ――眼科医の証人。別名 Tableaux oculistes を考えれば、ずばり、あの視力検査に使う「検眼表」のことではないか。」
「瀧口さんの意表をついた訳はどこからきたのか。キエ辞典の oculiste の項に、類音語(パロニム)として oculariste, occultiste が挙げられており、occultiste がいま流行のオカルト occulte から派生した言葉だから、おそらく、oculiste をとっさに、c と t がひとつずつ加わった occultiste と読んだ結果、「占星術の……」という訳が生まれたのだろう。まさに、デュシャン一流の言葉の遊びに呼応した訳となったわけである。こういう場合、「眼科医の証人、検眼表」が絶対正しい訳で、「占星術のしるし」は完全な誤訳である、というのは、文法だの単語だのは馬鹿みたいに知っているが、言葉で生きたことのない語学バカの下賤ないいがかりでしかない。オキュリストとオキュルティストという、二つの類音語の間の曖昧にとけ合った地帯に Témoins oculistes という、これまた、ふつうでは意味不明の言葉が浮遊しているのであり、デュシャンは occultiste とも読めてしまうことを計算したうえで oculiste と書いたにちがいないのである。あの、French Window と読みかねない「Fresh Widow」のように。」



東野芳明 マルセルデュシャン 04






































































「エピステーメー」 1977年11月号 全頁特集: マルセル・デュシャン

「問題がないのだから解答はない」
(マルセル・デュシャン)


「エピステーメー」
1977年11月号 第3巻第10号
特集: マルセル・デュシャン

朝日出版社 
昭和52年11月1日発行
292p 
21.3×15.3cm 並装 
定価800円
編集者: 中野幹隆
表紙・目次デザイン: 杉浦康平+鈴木一誌



「編集後記」より:

「〈デュシャン〉は、編集部の統御の網をぬって増殖し、ついに全頁特集の特別号となってしまった。連載をすべて休載せざるを得なかったことを深くおわびする。」


デュシャン エピステーメー 01


表紙文:

「ピカビアと私、
われわれが望んだことは、ユーモアの回廊を、
われわれの前になされたことに対する
まったくの無知あるいは無関心に向って
開くことである。
――マルセル・デュシャン

瀧口修造……
偉大なパラドックスの肉化、
みずからの意図はともあれ。
開花に物言いは無用!
あいだの人間。
その人はあったし、またあるのだ、さえも。

J‐F・リオタール……
遅く来すぎるのはまなざしの方であり、裸体化はすでになされて、
裸が残っている。今は、まだなおともうすでにの間の
蝶番を形成している。それは、
エロティックな、芸術的な、政治的な出来事全体から
理解されることである。
そして神秘には場所が与えられていない。」



デュシャン エピステーメー 02


目次:

特集: マルセル・デュシャン

I 空間
複製禁止 ロベール・ルベルに (ミシェル・ビュトール/訳: 清水徹)
蝶番 (ジャン=フランソワ・リオタール/訳: 岩佐鉄男)
デュシャンと遠近法理論家の伝統 (ジャン・クレール/訳: 横張誠)
次元の影 あるいは Tu m' の停止原基 (磯崎新+中原佑介)

II 函
一九一四年のボックス (マルセル・デュシャン/訳: 横山正+小林康夫)

III デュシャン頌
デュシャン頌 (荒川修作)
Personally Speaking (瀧口修造)

IV エノンセ
知の網目、遠景としての (マルセル・デュシャン/訳: 笠原潔)
《レディ・メイド》 (マルセル・デュシャン/訳: 持田季未子)

V problématique――言語
★水はつねに★複数形で書く (オクタビオ・パス/訳: 柳瀬尚紀)

VI problématique――時間
レディメイドの時間 (ティエリ・ドゥ・デューヴ/訳: 杉本紀子)

VII problématique――遊戯
デュシャンの地に関して(デュ・シャン)に関する注づけ、さえも (柳瀬尚紀)

VIII problématique――機械
独身者=機械  フランツ・カフカとマルセル・デュシャン (ミシェル・カルージュ/訳: 広川忍)

IX アルシーヴのデュシャン
ケージを聴く デュシャンを聴く (ジョン・ケージ+アラン・ジュフロワ/訳: 岩佐鉄男)
《ホワイト・ボックス》私注 (東野芳明)

イコン・ゾーンⅠ 〈デュシャン・ダストボックス〉 (構成: 杉浦康平+鈴木一誌)
イコン・ゾーンⅡ 〈されど、死ぬのはいつも他人――souree?〉 (構成: 杉浦康平+鈴木一誌)
イコン・ゾーン図版説明

12月号特集=身体 予告
エピステーメー既刊号目次

編集後記



デュシャン エピステーメー 05


マルセル・デュシャン「知の網目、遠景としての」より:

「現在この国〔アメリカ〕では、反抗精神の不在が芸術上の大きな問題となっています。見たところフランスにおいても、それは同様のようです。若い芸術家たちの間に、何ら新しい考えかたが生まれていないのです。彼らは先行者が切り開いた道を辿りつつ、先行者がすでになしたことを、よりうまく行おうと試みているのです。芸術には完成というものは存在しません。ある時代の芸術家たちが、先行者の放棄した仕事をその放棄した地点で拾い上げるだけで満足し、先行者のしていたことを受け継ごうとするならば、そこに芸術上の停滞が必ず生じます。その反面、前の時代に属するあるものを取り上げ、それを自分の仕事に適用するならば、それは創造的な行き方となりうるでしょう。結果は新たなものではない。しかしそれは、異なった行き方を取っている点において、新しいものです。
芸術は、自己を表現する個人が次々と現れることによってつくり出されます。進歩ということは問題にならないのです。進歩などというものは、われわれの側の勝手な思いあがりに過ぎません。」



デュシャン エピステーメー 06


マルセル・デュシャン「一九一四年のボックス」より:

「見るのを視る〔見る〕ことはできる。
聴くのを聴くことはできない。」



デュシャン エピステーメー 03

































































『マルセル・デュシャン展』 (1981年)

「必要なものを減らすこと。完全に自由でいるために、出来る限り最少限のものしか所有しないこと。これが、彼(デュシャン)のディオゲネス流の原則である」
(H.P. ロシェ)


『マルセル・デュシャン展』
反芸術「ダダ」の巨匠 見るひとが芸術をつくる

編集・発行: 西武美術館/高輪美術館 
制作: リブロ・ポート
印刷・制作: 美術出版デザインセンター
1981年
224p 
27.5×24cm 並装
表紙デザイン: 田中一光
レイアウト: 田淵裕一


高輪美術館
1981年8月1日(土)―9月6日(日)
西武美術館
9月11日(金)―28日(月)



デュシャン展 01


内容:

ごあいさつ (高輪美術館/西武美術館)
Acknowledgment (Ken-Ichi Kinokuni, Director of the Museum of Modern Art, Seibu Takanawa
プログラムへの執筆回避願い状 (井上ひさし)
マルセル・デュシャン あるいは 悪循環 (澁澤龍彦)
デュシャン、1911-1915年の軌跡 (アンヌ・ダノンクール/訳: 塩崎有隆)
複製禁止 (ミシェル・ビュトール/訳: 清水徹)
ガラスの国のバラード (ミシェル・ビュトール/訳: 清水徹)
マルセル・デュシャンと鈴木大拙(『主題と変奏』より) (ジョン・ケージ/訳: 岩佐鉄男ほか)
Marcel Duchamp and Suzuki Daisetz (from Themes and Variations) (John Cage)
マルセル・デュシャン――生涯=作品 (東野芳明)

図版
 初期作品/肖像/裸体/チェス・プレイヤー/キュビスムを経て/機械人間/音/「大ガラス」とその周辺/Tu m'/レディメイド/オプティカル機械/横顔、そして……/鋳型/「遺作」をめぐって/メモとトランク/版画
  1 着物のイヴォンヌ 1901
  2 ひとり遊びをしているシュザンヌ 1902
  3 ブランヴィルの教会 1902 (カラー)
  4 腰かけるシュザンヌ 1903
  5 アウアー燈 1903―4
  6 ナイフの研ぎ師 1904―5
  7 ニュース 1908
  8 初聖体拝領の祝いのメニュー 1908 (カラー)
  9 シモーヌ・ドゥラクールの最初の聖体拝領晩餐会のメニュー 1909
  10 ギュスタヴ・カンデルの肖像 1909
  11 ショーヴェルの胸像 1910 (カラー)
  12 父の肖像 1910 (カラー)
  13 ギュスタヴ・カンデルの母親の肖像 1911―12
  14 マルセルの父親の肖像 1903
  15 フェルディナン・トリブーの肖像 1910
  16 はしごの上の裸体 1907―08
  17 はしごの上の裸体 1907―08
  18 2人の裸婦 1910 (カラー)
  19 裸婦立像 1910 
  20 叢 1910―12 (カラー)
  21 裸婦の上の裸婦 1910―11 (カラー)
  22 日本りんごの樹に吹く風 1911 (カラー)
  23 チェス・プレイヤーの肖像のための習作 1911
  24 チェス・プレイヤー 1911 (カラー)
  25 チェス・プレイヤーの肖像 1911 (カラー)
  26 ちっちゃい妹といえば 1911 (カラー)
  27 ぼろぼろにちぎれたイヴォンヌとマグドレーヌ 1911 (カラー)
  28 階段を降りる裸体、No. 2 1912 (カラー)
  29 急速な裸体によって横切られた王と女王 1912
  30 独身者たちによって裸にされた花嫁 1912
  31 処女、No. 2 1912
  32 花嫁 1912 (カラー)
  33 2人の人物と自動車 1912
  34 飛行機 1912
  35 音楽的誤植 1913
  36 コーヒー挽き 1911
  37 チョコレート磨砕器、No. 1 1913 (カラー)
  38 独身者の装置、1. 平面図 2. 立面図 1913
  39 独身者の装置、立面図 1913
  40 独身者の装置、平面図 1913
  41 彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも 1913
  42 制服あるいは仕着せの墓場、No. 1 1913
  43 制服あるいは仕着せの墓場、No. 2 1914
  44 3つの停止原器 1913―14
  45 換気弁 1914
  46 彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス) 1980
  47 ウルフ・リンデによる《独身者の機会》の立体模型 1977
  48 自転車の車輪 1913(第4版 1961)
  49 薬局 1914 (カラー)
  50 壜掛け 1914(第2版 1921頃)
  51 折れた腕の前に 1915(第3版 1963)
  52 秘めたる音に 1916(第2版 1963)
  53 エナメルを塗られたアポリネール 1916―17
  54 旅行者用折りたたみ品 1916(第2版 1962)
  55 泉 1917(第5版 1964)
  56 旅行用彫刻 1918(第2版 1966) (カラー)
  57 L.H.O.O.Q. 1919(第6版 1965) (カラー)
  58 ヒゲをそった L.H.O.O.Q. 1965
  59 L.H.O.O.Q. の口髭と顎鬚 1941
  60 パリの空気 1919(第3版 1963)
  61 ローズ・セラヴィとしてのデュシャン 1920―21頃
  62 なりたての未亡人 1920(第2版 1961) (カラー)
  63 ローズ・セラヴィよ、なぜくしゃみをしない? 1921(第2版 1963)
  64 カイサ讃 1966
  65 回転ガラス板 1920(第2版 1981)
  66 ロト・レリーフ 1935
  67 グラディヴァのドア 1937(第2版 1968)
  68 風俗画の寓意 1943
  69 プロフィルの自画像 1958
  70 プロフィルの自画像 1967
  71 ゴム手袋つきのポケット・チェス・セット 1944(第2版 1966) (カラー)
  72 “FAUX VAGIN”のナンバー・プレート 1962―63
  73 病床の峠 1959
  74 流しの口 1964
  75 4本のピンで引っ張られて 1964
  76 プロフィルの時計 1964
  77 プロフィルの時計のための素描 1964
  78 プロフィルの時計のための模型 1964
  79 プロフィルの時計のための準備型、No. 2 1964
  80 チェック・チェック 1965
  81 雌雄のイチジクの葉 1950 (カラー)
  82 オブジェ=ダール 1951 (カラー)
  83 貞潔の楔 1954 (カラー)
  84 死拷問の静物 1959 (カラー)
  85 ニキ・ド・サン・ファールのホワイト・ジーンズ 1965
  86 “1. 水の落下、2. 照明用ガス、が与えられたとせよ”の人物像のための習作 1950頃(?)
  87 彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(グリーン・ボックス) 1934
  88 トランクの箱 1941
  89 不定法で(ホワイト・ボックス) 1967
  90 ノート 1980
  91 鏡的回帰 1964
  92 完成された大ガラス 1965
  93 アングル模写選集、Ⅰ 1968
  参考図版
   1 ブランヴィルの風景 1902
   2 腰かけるシュザンヌ 1902
   3 うしろ姿の警察官 1904―5
   4 ガス燈の点燈人 1904―5
   5 女御者 1907
   6 たわむれ 1907
   7 洗礼 1911
   8 ドゥムーシェル博士の肖像 1910
   9 パラダイス 1910
   10 立つ裸婦 1910
   11 春の青年と少女
   12 チェス・プレイヤーの肖像の習作 1911
   13 チェス・ゲーム 1910
   14 ソナタ 1911
   15 肖像〔ダルシネア〕 1911
   16 なお、この星に 1911
   17 汽車のなかの悲しめる青年 1911
   18 階段を降りる裸体、№. 1 1911
   19 階段を降りる裸体、No. 3 1916
   20 高速の裸体によって横切られた王と女王 1912
   21 急速な裸体によって取り囲まれた王と女王 1912
   22 処女から花嫁への移行 1912
   23 チョコレート磨砕器、No. 2 1914
   24 9つの雄の鋳型 1914―15
   25 停止原器の網目 1914 (カラー)
   26 隣金属製の水車のある滑溝 1913―15
   27 約1時間、片目を近づけて(ガラスの裏側から)見ること 1918
   28 彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス) (1912)1915―23
   29 お前は私を… 1918 (カラー)
   30 櫛 1916
   31 美しい吐息、ヴェール水 1921
   32 オステルリッツの喧噪 1921
   33 ラリー街11番地のドア 1927
   34 回転半球 1925
   35 アネミック・シネマ 1925―26
   36 各階水道ガス完備 1958
   37 チャンク・チェック 1919
   38 モンテカルロ債券 1924
   39 頬を舌でふくらませて 1959
   40 死彫刻の静物 1959
   41 “照明用ガスと水の落下が与えられたとせよ”のための素描 1944
   42 照明用ガスと水の落下が与えられたとせよ 1948―49
   43 1. 水の落下、2. 照明用ガス、が与えられたとせよ 1946―66 (モノクロ/カラー)
 According to Marcel
  1 久保田成子 メタ-マルセル ウインドー 1976
  2 久保田成子 デュシャンピアナ:階段を降りる裸体 1975―76
 マン・レイの撮影による写真
  マルセル・デュシャン 1919
  大ガラス「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」 1926
  剃髪したマルセル・デュシャン 1919
  マルセル・デュシャン 
  「壜掛け」 1921
  「美しい吐息」、ヴェール水 1921
  「L.H.O.O.Q.」 1919
  「Tu m'」があるキャサリン・ドライアーの書斎 1919
  ローズ・セラヴィ 1921
  マルセル・デュシャン 1919
  埃の栽培 1920
  「9つの雄の鋳型」 1920頃
  ガラス作品の背後に横たわるマルセル・デュシャン 1917
  ニューヨークのアトリエのデュシャン 1920
  マン・レイのアトリエでルシー・ド・サルとチェスをするデュシャン 1924
  「回転半球」 1920
  ニューヨークのデュシャンのアトリエ 1920

Appendix
 年譜
 文献目録
 いま、なぜデュシャン (森口陽 西武美術館)



デュシャン展 03


デュシャン展 04



◆本書より◆


澁澤龍彦「マルセル・デュシャン あるいは 悪循環」より:

「私はつくづく思うのだが、デュシャンくらい、一生涯をかけて一つのテーマを固執した芸術家もめずらしいのではないだろうか。もしもデュシャンを芸術家と呼ぶことが許されるとするならば、である。」
「すなわち、デュシャンはみずから好むと好まざるとにかかわらず、観念的に一貫したテーマを追求するほかなかった、というのが私の基本的な考えなのである。ということは、デュシャンの80年の生涯には、他の多くの画家におけるように、進歩とか発展とかいったことが少しも認められず、彼は若年において固着した一つの悪循環にもひとしいテーマから、死ぬまで逃れることができなかった、ということなのである。」
「すなわち、デュシャンの一生のテーマは「独身者の機械」にほかならなかった、と規定しておきたいのである。」

「ベッテルハイムは『うつろな砦』のなかで、自閉症児がしばしば回転する物体に助けを求めることを述べてから、次のように結論している。「彼らにとって、ぐるぐるまわる物体は悪循環を意味するのであって、この悪循環は憧れから発して恐怖へ、怒りへ、絶望へと向かい、そして憧れが新たに始まったとき、それはふたたび完全に一巡を終えるのである」と。」



「自転車の車輪」解説より:

「彼の出発点にあったのは《気晴らし》であり、《おもしろさ》であった。
 「この車輪が回転するのを見ていると、とても心がやすまり、なぐさめられました。それは毎日の物質的な生活とは別種のさまざまな物事に、一種の通路を開くことだったのです。私は自分のスタジオに自転車の車輪を置いておくという考えが気にいりました。それをながめているのが楽しかったのです。ちょうど、暖炉で燃える炎の踊りを見て楽しむように」」



デュシャン展 05


デュシャン展 06


デュシャン展 07


デュシャン展 08































































オクタビオ・パス 『マルセル・デュシャン論』 (宮川淳・柳瀬尚紀 訳)

「彼の関心をひく唯一の法則は、ただひとつのケースにおいてのみ、そしてただひとつの機会にのみ適用されうるような、例外の法則なのである。」
「デュシャンはパンテオンにおさまろうとも浮浪者に終わろうとものぞまないが、しかし彼が《同化された芸術家》の運命よりは社会の除け者のそれを好むことは明らかである。」

(オクタビオ・パス 「純粋の城」 より)


オクタビオ・パス 
『マルセル・デュシャン論』 
宮川淳/柳瀬尚紀 訳


発行: 書肆 風の薔薇
発売: 白馬書房 
第1版第1刷 1990年12月20日印刷/1991年1月10日発行
第1版第2刷 1991年4月20日印刷/1991年4月30日発行
134p 別丁図版(モノクロ)8p 
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価1,545円(本体1,500円)
装幀: 中山銀士
見返写真: 稲川徹



本書には、オクタビオ・パスによるニ篇のデュシャン論が収録されています。宮川淳訳「純粋の城」(Marcel Duchamp ou le château de la pureté)はフランス語版単行本からの訳で、雑誌『gq』1974年5~7月号に掲載されました。柳瀬尚紀訳「★水はつねに★複数形で書く」(★ water writes always in ★ plural)は、1973年にフィラデルフィア美術館で行われたデュシャン回顧展のカタログに掲載された文章(英訳)の訳で、『エピステーメー』1977年11月号に掲載されました。


パス デュシャン論 01


帯文:

「緊急出版
ノーベル文学賞
受賞!
オクタビオ・
パスの
現代
美術

……デュシャンの『大ガラス』作品とともに、
われわれの伝統は終わる。
あるいはむしろ、この作品とともに、
またこの作品を前にして、
未来の絵画を
はじめなければならないだろう。
もし絵画が未来をもち、
未来が絵画をもつとすれば。……」



帯背:

「〈網膜的〉絵画の彼方へ」


パス デュシャン論 02


カバーはトレーシングペーパーのような半透明の紙の裏側に文字とモノクロ図版が印刷されていて、本体表紙のカラー図版が透けてみえるようになっています。


パス マルセルデュシャン論 03


目次:

純粋の城 (宮川淳 訳)
★水はつねに★複数形で書く (柳瀬尚紀 訳)

あとがき (阿部良雄)



パス デュシャン論 04



◆本書より◆


「純粋の城」より:

「デュシャンがやったすべては『大ガラス』に集中するが、これは一九二三年、決定的に未完となった。(中略)デュシャンは、視覚芸術も含めて、あらゆる芸術がある目に見えない領域で生まれ、終わることをわれわれに示した。本能の明晰さに彼は明晰さの本能を対置した、つまり目に見えないものは不明瞭でもなければ、神秘的でもない、それは透明なのだ…… (中略)デュシャンのケースが――マックス・エルンスト、クレー、デ・キリコ、カンディンスキーその他のいく人かのそれと同様――私を熱中させるのは、それが《最良》だからではなく、類例がないからだ。これこそ彼にふさわしく、彼を定義することばである。」

「デュシャンは機械崇拝の徒ではない。それどころか、未来派とは逆に、彼は近代の機械の活動の破壊的性格を非難した最初の者のひとりであった。機械は残滓の巨大な生産者であり、これらの廃物は機械の生産能力に幾何学的に比例して増大する。われわれの都会を散策し、その有毒な雰囲気を呼吸するだけで充分そのことは納得できよう。機械は破壊の手先なのであって、デュシャンを熱中させる唯一のメカニズムが、予期しえないやり方で機能するそれ――アンチメカニズムであるのはそこから由来する。これらの装置は言語遊戯の分身である。つまり、それらの突飛な働きはそれらを機械としては無に帰させるのだ。有用性に対するそれらの関係は、動きに対する遅延の、意味に対する《無意味》の関係と同じである。それは自分自身の批判を蒸留する。」

「彼の関心をひく唯一の法則は、ただひとつのケースにおいてのみ、そしてただひとつの機会にのみ適用されうるような、例外の法則なのである。」

「デュシャンは彼を動かした意図についてしばしば語っている、「私の意図は眺められるべき絵をつくることではなく、絵具のチューブがそこでは目的としてではなく付属品として用いられているにすぎないような絵をつくることだった。それが文学的と呼ばれる事実は全く問題にならない。それというのも文学的という言葉のもつ意味はきわめて広汎で、全く説得的ではないからだ。……網膜にしか訴えかけない絵画と、網膜をこえて進み、絵具のチューブをもっと先へ進むための踏台として使う絵画とでは大変なちがいがある。後者はルネッサンスの宗教画家たちの場合だ。絵具のチューブは彼らの興味をひかなかった。彼らの興味をひいたのはなんらかの形で彼らの神の観念を表現することだった。だから私が同じことをやらい直すわけではないが、いずれにせよ、純粋絵画はそれ自体として、目的としては興味がないという考えは私にもある。私にとって目的は別である。それはただ灰色の脳細胞だけがあらわすことに成功できるような結合、ないし少なくとも表現である」。」

「公的な画家はポピュラーな画家という意味ではない。デュシャンにとって、芸術とは陰謀家たちの間のメッセージのように分ち合われ、伝えられなければならないひとつの秘密である。彼の言葉をきこう、「絵画は今日のぞむがままに通俗化してしまった。だれも数学者同士の会話に口をはさもうとなどしないのに、夕食の席上で、ある画家と別の画家との優劣について長々とした会話をきくのはまったく普通なのだ。ある時代が産み出すものはつねにその凡庸さだ。産み出されていないものは産み出されたものよりもつねにすぐれている」。別の対話で、彼は詩人アラン・ジュフロワにつぎのように話している、「画家は現在の社会に完全に組み込まれていて、もはや社会の除け者の類いではない」。デュシャンはパンテオンにおさまろうとも浮浪者に終わろうとものぞまないが、しかし彼が《同化された芸術家》の運命よりは社会の除け者のそれを好むことは明らかである。」



「★水はつねに★複数形で書く」より:

「裸体を見つめる眼差しと、この眼差しのなかにそれ自身を見つめる裸体との弁証法は、いやおうなしに古代異教の大いなる神話のひとつを呼び起こす。ディアーナの水浴とアクタイオーンの失墜である。妙なことに、この神話エピソードとデュシャンのふたつの大作との気がかりな類似性はいまのところ誰ひとり探求していない。」


パス デュシャン論 05



























































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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