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坂崎乙郎 『エゴン・シーレ ― 二重の自画像』

「孤立。孤立こそシーレにふさわしく、彼の望んだ絶対の条件のように思われる。」
(坂崎乙郎 『エゴン・シーレ』 より)


坂崎乙郎 
『エゴン・シーレ
― 二重の自画像』


岩波書店 
1984年6月19日 第1刷発行
1986年6月5日 第3刷発行
iii 322p 口絵(カラー)ii
四六判 角背布装上製本 カバー 
定価2,000円



本書「あとがき」より:

「『エゴン・シーレ――二重の自画像』は一九八三年の三月から十二月まで「エゴン・シーレの閃光の生涯」という表題で、雑誌『世界』に連載された。」


坂崎乙郎 エゴンシーレ 01


目次:

第一章 夢みる少年
第二章 魂の形成
第三章 画家となる
第四章 師と弟子
第五章 叛逆
第六章 ウァリー I
第七章 ウァリー II
第八章 原型としての母
第九章 二重の自画像
第十章 美術史のなかのシーレ

年譜
参考文献
展覧会目録
あとがき



坂崎乙郎 エゴンシーレ 02



◆本書より◆


「エゴンは貧しさの醜さも尊さもつぶさになめた人間である。貧しさを発条に精神の貴族性を心奥深くかかげた人間であり、別にエゴンならずとも、高潔に生きる者ならば、ピカソが「青の時代」を過ぎるや弊履の如く投げすてた理念の価値を知っているにちがいない。おそらくはここに、ピカソの「青の時代」のぬぐいがたい感傷性とシーレの人間像の、憑かれ硬直し苦悩しながら、高貴さを失わぬ性格の相違があるのだろう。「青の時代」の理念の代りにピカソが手に入れたのは見事な処世術としかいいようがなく、他方、夭折の画家たちはみな墓穴まで精神の貴族性をたずさえて行くのである。
 あるとき、エゴンは友人に浪費癖をからかわれて、こんな風に答えたことがある。
 「たしかに、君の云うことは正しい。ぼくは少しばかり金銭にルーズなのさ。父親ゆずりなんだ。ぼくの親父は、月給以上の生活をしたいという欲望抑えがたく、ためにオーストリア風貯蓄倹約の生活に嫌気がさしたものだった。父は小さな駅の駅長になったときに、馬車を買ったし、他にもなにやかやと“お上品に”振舞うのが好きだった。ぼくはそんな生きかたは好きではない。しかし、気持は分る。誰だって、自分の限界はのりこえたいと思っているんだ。それが原因で零落したって、いったい、どうだって云うんだろう? 身を持ちくずし俗物になるより、落ちぶれた方がましじゃないか」
 エゴンは昂然と胸を張ったかもしれない。張りながら、父アドルフの面影を抱きしめていたにちがいない。彼の胸中では、アドルフは梅毒で死んだのではない。(中略)祖父ルードヴィヒの不幸な晩年にも錯乱は見舞ったかもしれないし、それは父方の遺伝ではなかったろうか。エゴンが「ぼくは永遠の子供」と書くとき、彼の純潔な魂は大人の処世術に、打算に唾を吐きかけている。」

「シーレのもっとも親しい友アルトゥール・レスラーは、彼の印象について、語っている。
 「はじめてぼくらが出会った日、シーレの人柄から受けたのは、一風変った強烈な印象だった。この印象は、ぼくらの関係が知己から友情へ深まっていった何年間かに程度の違いこそあれ、本質的には変らなかった。全体に非常に特異な個性で、陰影が濃く、あまりに際立っていたので、ただシーレがそこにいるだけでまわりの者は居心地の悪さを覚えたこともあったのではないか。自分自身をもてあましているかに見えた。敏感な人たちに彼は見知らぬ土地からやってきたように思えたし、まるで死者たちのあいだからよみがえり、いまつらい錯乱状態にありながら冥界のひそかな知らせを伝える機会もなく、人びとの中を行き来しているかのようだった。」」

「ナルシスム――これが、シーレの本質を解く鍵にちがいない。彼が早期に完成したのも、激越なナルシスムのゆえであり、彼の作品を世の道学者たちがしたり顔に背徳と糾弾するのも、ポルノグラフィーとして卑俗に解釈しようとするのも、ナルシスムへの無理解によるのである。」
「しかし、シーレの分身とも見られる数多くの自画像と、彼の趣好と血液を十二分に注入したとしか考えられぬ数かずの肖像画を眺めていると、ナルシストが二つの自我をかかえていることは明白だ。(中略)それは、自己陶酔と自己憎悪であり、シーレの作品は両者のあいだを間断なく揺れ動いている。肉は切り裂かれ、肉は縫合される。正確には、シーレの意識がたえず和解を求め、敵対するのだ。
 ナルシストの中には、冷酷な外科医と手術を受ける患者、加害者と被害者、見る者と見られる者、愛する者と愛される者、男性的なるものと女性的なるものが共存し、そこに「おのれ自身の美に満ち足りる者はアンドロギュヌスだ」という論理も成り立とう。
それら、二つの自我は肉体をとおして結ばれることがない。それらを結びつけるのはつねに精神であり、精神であるがゆえに対峙は緊迫をはらむ。シーレの作品の異常とも感じられる衝撃性はここから放射されている。
 クリティクである。シーレの絵の前に立つぼくが云々する以前に、画家自身が作品を突っぱね、客体視し、批判し、罪科をあばいているのだ。」




こちらもご参照下さい:

Erwin Mitsch 『Egon Schiele』























































坂崎乙郎 『幻想の建築』 (SD選書)

「私がイシドールやシュヴァル、二笑亭やブーレの夢を高く評価するのは、それがあくまでも個人に属し、彼らこそ「良きナルシシスト」であったがゆえなのである。」
(坂崎乙郎 『幻想の建築』 より)


坂崎乙郎 
『幻想の建築』

SD選書 35

鹿島出版会 
1969年4月5日 第1刷
1991年2月28日 第7刷
271p 参考文献vii 
四六判 並装 機械函 
定価1,545円(本体1,500円)
装幀: 田辺輝男
レイアウト: 平昌司



本書「あとがき」より:

「『幻想の建築』は一九六八年一月から一二月まで雑誌『SD』に連載された文章が骨子となっています。このうち、「廃墟2」および「Irrenhaus」をあらたに書き加え、「画家のアトリエ」は美術雑誌『三彩』から転載させていただきました。」


本文中図版(モノクロ)多数。


坂崎乙郎 幻想の建築 01


坂崎乙郎 幻想の建築 02


目次:


回廊
室内
画家のアトリエ
庭園
牢獄
宮殿
地獄
大伽藍
廃墟(1)
廃墟(2)
ユートピア(1)
ユートピア(2)
Irrenhaus
バベルの塔

あとがき
参考文献



坂崎乙郎 幻想の建築 03



◆本書より◆


「宮殿」より:

「あれはたしかマントヴァの宮殿、パラッツォ・ドゥカーレであったと思うが、案内人は私たちトゥーリストにいろいろと宮殿の由来について語ったのちに、ちょうど私たちの歩いている階段を指さして、
 「ごらんなさい。ここに普通の階段のわきにもうひとつ小さな階段がついていますが、これはむかし宮廷で養われた小人たちの使用したものです」といった。瞬間、私はあたりの森閑とした空気の中に現実の気配が流れるのを感じた。実をいえば、それはガイド一流の詐術であったのかもしれない。たぶん、ガイド自身がすでに習慣となってしまったこのような説明をくりかえすごとに、にがにがしいあきらめを受けとり、「小人たち」について語ったときのトゥーリストの反応にすべてを賭けて生活してきたのかもしれなかった。だから、彼の言葉に笑わなかった者は死に値しよう。私はむろん笑わなかったが、しかしこの瞬間眼前に浮んだのは貴族たちにもてあそばれ嬲られながらかしずく小人たちではなく、逆に貴族という仮面の下にかくされたいわば実体としてのかれらであったように思う。(中略)貴婦人や王侯はあるいは犬を飼いならすように小人や不具者をとりあつかい、いやが上にも自己の権威をふりかざして宮殿内を闊歩していたのに相違ない。一方、犬や猫は畜生にも劣るかれらの性格を表面的にはいともうやうやしくあがめながら、僅かな五分の魂の裡では貴族たちを扼殺していたのかも分らない。」



「Irrenhaus」より:

「ヨーゼフ・ヴルフは『第三帝国の造形芸術』と題する書物でこう述べている。
 「たしかに帝国をシンボライズする建物はいつの時代にも存在し得ただろう。しかしながら、由来この種の建築はまず帝国が成ってのちはじめて礎石がおかれたのである。が、ヒットラーは逆に建物を作ってから帝国を建設しようとした」と。
 同様にして、現代もまた「われわれ」と叫び「共同」であることが真理として通用する時代に他ならない。私たちの周囲にもいかに外見のみ威圧的な建物が林立していることだろう。そこでは個人は抹殺され、ひとりの人間の呼吸し生活し思索し瞑想する場はごく限られたスペースで事足りるのに、マッスとしての建物がわがもの顔に横行している。もしも「狂気」といい Irrenhaus(気狂病院)というのなら私たちはかかる建築をこそ糾弾すべきではないのであろうか。」
「私がイシドールやシュヴァル、二笑亭やブーレの夢を高く評価するのは、それがあくまでも個人に属し、彼らこそ「良きナルシシスト」であったがゆえなのである。」





















































坂崎乙郎 『絵を読む』 (新潮選書)

「北斎は「画に師匠はない」とうそぶくのである。「ただ形の真を写すことによって、自分で自然に会得するものである」と。」
(坂崎乙郎 「葛飾北斎」 より)


坂崎乙郎 
『絵を読む』

新潮選書 

昭和50年12月20日 発行
昭和55年2月25日 6刷
227p 口絵12p
四六判 並装 カバー 
定価830円



本書「あとがき」より:

「『イメージの狩人』と『イメージの変革』を書いていたおり、いつかこのような方法で日本の美術を取り上げてみたい、と思っていた。」
「ものを見るというのは、その人の過去のさまざまな記憶の貯えから成っている視覚が、ある対象に出遭うことで、おのずからその対象の見方は彼の要求、彼のこう見ようとする願望の方に傾いている。画家もそうであり、鑑賞する側もそうである限り、二人のイメージが重なり合うことは絶対にないわけであるけれど、交叉することはあり得るというのが唯一の希望であった。
 『絵を読む』は「芸術生活」に連載された。昭和四十八年一月から四十九年四月まで一年の連載であったのが、四ヵ月も延びたのは、母の死と私自身の病気のためで、この連載ほど苦しい作業はなかった。」



口絵図版はカラー1点(速水御舟「炎舞」)、モノクロ10点。本文中図版(モノクロ)73点。


坂崎乙郎 絵を読む 01


カバー文:

「絵は見るだけでなく感じるものである。感じるだけでなく読むものである。それでなくては、創造の秘密はわからない。見、感じ、読む方法で日本画の歴史を書きたいと思った。書きながら、日本画伝統の神秘、装飾、象徴性にひかれている自分を発見し、しみじみ日本人であるのを思った。日本の自然が、風土が、京都が、室生が、浄瑠璃寺が、宗達が、大観が好きである。この伝統を絶やすことはできない。
坂崎乙郎」



カバー裏文:

「日本のここ百年の歴史には、文化的平面に一つの断層がつくられている。私も美術に携わる者として、その違和を感ぜずにはいられない。これまで西欧思潮の深淵を思わせる視覚で多くの西欧美術論をものしてきた坂崎氏の日本画論『絵を読む』は、この断層を見事に一つの整地された平面として示している。というより坂崎氏の思索と苦悩の中で、今日の美術の視線の上に実感的によみがえったと言った方がよい。
牡丹散て打かさなりぬ二三片――日本人としてこの繊細華麗な感受性を運命づけられている限り、この感受性をひっさげて現代美術に立ち向かわなければなるまい。民族的な資質は今日の芸術にも息吹いていなければならないはずである。坂崎氏の日本美術史への渾身の切込みは、日本画への理解を深めると同時に日本人の感受性や想像力のありかたをあらためて問いかけている。
藤田吉香」



目次:

長谷川等伯
俵屋宗達
与謝蕪村
伊藤若冲
葛飾北斎
渡辺崋山
速水御舟
土田麦僊
村上華岳
小林古径
横山大観

あとがき
図版目録



坂崎乙郎 絵を読む 02



◆本書より◆


「与謝蕪村」より:

「なぜ『山月記』はそれほど魅力的だったのだろう。高校生の私はこれを読んで詩をつくることの空怖ろしさを予感したが、予感は間違いでなかった。同様に芥川の『地獄変』は絵を描くことのまがまがしさを暗示していたが、その暗示も的を射ていたのにあらためて気付くのである。」
「物書きなら、絵かきなら、李徴のこの焦燥をおぼろげながら感得できるだろう。必ずしも文名のためではない。名は結果にすぎぬ。自己の裏側にあって日夜ことばとなるのを欲するもの、形態となるのを迫るもの――それが彼をつきうごかすのであり、裏を返せば彼は魔神の声にしたがう以外に術もない。生活を彼はあなどっているが、その生活を支えているのが一の形態でありことばであり、これなくしてはいっときも彼は生きてはゆけない。
 他人の生活が衣食住で成り立っているとすれば、彼は夢をくらい才能を信じ想像力を棲家とするのである。
 文人画はこうした制作の狂気を逃れる方法だったのではあるまいか。文人画を広義に解釈すれば、学問教養を身につけた人のたしなむ絵である。これに対して狭義の文人画はいずれも反権威主義であり、アカデミズムを嫌い、職業画家を蔑視する。とはいえ、世俗を逃れると文人画家が遂には彼のささやかな宇宙観に埋没したのも事実で、彼は内部の虎を飼いならしたとも非難できよう。」
「文人画をヨーロッパ流にいえば、Dichter-Maler(詩人画家)の作品である。ゲーテのイタリア風景であり『ファウスト』のための素描であり、ジョルジュ・サンドの一連のデカルコマニー、アーダルベルト・シュティフターの『月光の風景』を組み入れることも可能だ。あるいはローレンス・スターンの抽象画、ストリンドベルクの象徴的海景もそのたぐいだろうか。オットー・シュテルツァーはこの種の詩人の制作こそおよそ絵画の様式を破って宇宙的なイメージをはらんでいると語るのだが、いわゆる文人画にも似たような傾向はある。かれらは自然にしたがって描くというより、自然のように描くのである。」
「しかし、余技ともみられるヨーロッパ文人画の制作のあいだで、ひとりヴィクトル・ユーゴーの絵が光っているのは彼が書くことと描くことを不可分な本能的な感覚の領土と観じていたからである。その意味ではユーゴーは直接現代のアンリ・ミショーにつながる。画家ユーゴーの偉大さは、テクニックはともあれ、乱暴きわまりない天才の無頓着さが絵の激越性をもたらした点にあったし、ミショーもまた絵によって詩から逃亡し、メスカリンによって絵から逃亡しようとくわだてたのである。」
「蕪村は終生貧しかった。「首くくる縄切もなし年の暮」は彼の一句である。蕪村は名のあらわれるのを嫌った。」
「つましさを愛した。これとて生活のしからしめるところではあったが、そうばかりとはいい切れない。(中略)つましさは彼の生活の規準であり出発点であった。」
「蕪村は(中略)次代を築く画家であったのだ。なぜなら、日本の絵は職業化するとたちまち下落したからであり、蕪村のように本職から遊離して解放の気分に乗じて描いた作品こそ実をいえば見る者の想像力をかり立てる。」



「伊藤若冲」より:

「若冲は寛政十二年(一八〇〇)に八十五歳の生を終えた。一八〇〇年といえば、西欧ではブレークに続くフリードリヒ(一七七四~一八四〇)の模索の時期に重なる。ならば、ルネ・ユイグのフリードリヒ評にならって、
 「若冲の鋭い写実主義はある種のシュルレアリストたちのもっとも現代的な傾向と不思議なほど酷似している」
と主張してもおかしくはあるまい。アルベール・ベガンのいうように、薄明と夜への限りない讃歌、生をアイロニーに変える諧謔の精神、万有在神論、メールヘン的世界、「透明の鏡」などはすべてロマン派の特質なのである。
 若冲は克明細密に動植物を描写した。(中略)若冲は宝暦五年(一七五五)四月の制作である『旭に鳳凰図』に次の自賛を書いた。
   花鳥草虫各有霊 認真方始賦丹青
   九苞彩羽不応覩 得意何妨也画形
 これが若冲の万有在神論であるとすれば、『野菜涅槃図』はいうまでもなく生のアイロニー化(若冲は生前すでに自分の墓を作らせている)であろうし、私たちは意外に近代的なひとりの画家をみいだすのである。ではなぜ、私たちから二百年もへだたるこの画家が無意識のシュルレアリストであり、白隠や仙崖を除外すれば稀にみる異端の画家になり得たのだろう。」
「若冲はありきたりの感覚の持主ではなかった。(中略)詮(せん)じつめれば狩野派の粉本主義を排し、応挙流の写生主義を嫌い、独立独歩、ひとり「一匹の昆虫の立てる音、一本の草が放つ匂い」、蜘蛛の巣、病葉(わくらば)、貝殻、砂、この世のもっとも微小な物象に心をときめかせ、その感動を再度確認するために画布の上に定着したからに他ならない。」
「愛。それは偏執であって、確実な手ごたえある存在ではなかろう。一枚の病葉に繊麗な蝶や大輪の菊花とまがうかたなき魂の関係をもつこと、そのとき病葉は美醜をこえて内的情緒となるだろう。」
「若冲は自然でありきたりの対象を描きながら、偏執と執念という異常な感覚をとおして神秘を創造したのである。対象のリアリティが深まれば深まるほど通常の美の範疇は遠ざかってしまったが、一匹のとかげの、一匹のわらじ虫の現にあることの、孔雀や芙蓉とつつましく存在することの意味が快・不快をとおりこして見る人の心に迫るのである。
 若冲は、もはや自分が池畔に立って群がる虫を眺めているのか、自分もまたかれらにまじって束の間姿を変えかれらの運動にしたがってうごめきかれらの生を生きているのか判然としない。」
「若冲の作品のマニエリスティックな趣向も見逃せないが、むしろここでは彼の超現実の発想を高く評価したい。そして、現在なおシュルレアリスムは二十世紀の不安の時代の産物でありフロイト理論の拡大にすぎぬと信じている人びとに、だが超現実の発想は人間とともにあった、若冲の生きた十八世紀にもあった、でなくては文化も芸術も技術と化して死滅し、生きることのおののきを私たちに伝えてくれるものは何一つないのだと主張したい。」





こちらもご参照ください:

『Shadows of a Hand : The Drawings of Victor Hugo』 (The Drawing Center, 1998)




























坂崎乙郎 『画家のまなざし』

「制作とは対峙である。それもまず、そしてつねに自分との対峙である。画家はそこから未知のものを探りだす。」
(坂崎乙郎 「見えぬものと見えるもの」 より)


坂崎乙郎 
『画家のまなざし』


創元社 
昭和56年6月10日 第1版第1刷発行
249p あとがき2p 索引3p 口絵i
19.2×13.6cm 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,600円
装丁: 辻修平



本書「あとがき」より:

「絵について書くのはだんだん楽しい仕事になりました。それだけ絵を見るよろこびが深まったということでしょうか。」
「『画家のまなざし』は九冊目のエッセイ集です。一九六三年の「エル・グレコとセザンヌ」から、一九八一年の「ブレダンの夢」まで。
十八年の幅がありますが、対象への好みはさして変ってはいません。ただ、この本の一つの柱である「近代の裸婦」「セザンヌのヌード」などは、おそらく二十年前には書けなかったのではないかと思います。
 美とはその意味で比較の問題でもあるわけですが、絵について語るのはけっきょくこの比較を通して絶対を探し求める道だ、と納得しています。
 というのも、セザンヌの偉大さもようやく理解できるこのごろですが、ある絵について語ることはひっきょうその人間に惹かれることであり、いつしか彼の生きかたは私の生きかたを決定するようになるからです。
 そのとき、美は避けようもなく倫理の問題となります。」
「そして、巻頭の一章の表題どおり、私たちは眼に見えるものを通じて、見えぬものにより接近できることを、生きることの最上の意味に受けとりたいものです。」



本文中図版(モノクロ)多数。


坂崎乙郎 画家のまなざし 01


カバー文(「見えぬものと見えるもの」より):

「クレーは、芸術は見させる
(Kunst macht sichtbar)
と言った。

この言葉は
実に単純なのだが、
真実を衝(つ)いている。

見えるものを
模倣したり、対象を
再現したりすることに、

もはや意味はない、
と彼は
宣言しているのである。」



カバーそで著者紹介文より:

「絵画は、みずからの内面に探りあてた
思想なり情念なり葛藤なりを、
独自のイマージュと技法で
表現していなければならないとの理念のもとに、
著者自身も同様の緊張と洗練をくぐらせた
視線と文章によって、明快かつ具体的な
美術批評活動をつづけてきた。真摯な情熱と
人間への共感あふれる著書や講演に支持が多い。」



カバー(裏)そで文(「ブレダンの夢」より):

「人間という小さく、ささやかな存在。
孤独で苦痛に充ちた存在。
ブレダンは貧困ゆえにその存在を
ぎりぎりの限界状況で生きたのだが、逆にそれゆえにこそ、
彼はデューラー、レンブラントを継ぐ内的充実を
版画にもたらすことができた。
夢幻的充実を。
ぼくらは他者の内部を見たいとする激しい欲求を
子供のころから抱いているが、
「微小なるものの世界で、夢み、
考えようとするとき、あらゆるものは大きくなる。」
ブレダンの版画を見ていると、いったい外部とは何なのか、
実際に外側はありうるのか、といった疑問が生じてくる。
大小の、外部と内部の、価値は転倒し、
詩人のリルケが一本の薔薇の花のなかに夏のすべてを視たように、
むしろ外的世界は内的世界の反映であり、
この内的世界を支えているのは魂と呼ぶ、
もっとも微小にして豊饒な領域であるのに気付く。」



目次:

1
 見えぬものと見えるもの――絵画におけるレアリスムとは何か (「世界」 1979年12月号)
 夜明の花 池田淑人 (「公明新聞」 1979年9月1日)
 酔って候 鴨居玲 (『鴨居玲素描集』 神戸新聞社 1979年)
 彼岸へのまなざし (25人の画家 『ゴッホ』 講談社 1980年)
 ブレダンの夢 (世界版画美術全集 『ブレダン ルドン』 1981年)

2
 メランコリア (「デューラー版画展」カタログ 1980年1月)
 内部の昆虫 ジャック・カロ (「版画藝術」 第八号 1975年冬季号)
 画家の牢獄 ギュスターヴ・ドレ (『ギュスターヴ・ドレ 聖書の情景』 出帆社 1974年)
 眼を閉じて (「東京新聞」 1980年3月7日夕刊)
 ルドンと東洋 (「版画藝術」 第九号 1975年春季号)
 
3
 アンリ・ペリュショのこと (「本」 1979年5月号)
 ゴッホの部屋 (「朝日新聞」 1980年2月21日)
 天使が部屋を通った (「文藝春秋」 1980年10月号)
 断片として カール・コーラプ (「版画藝術」 第三一号 1980年秋季号)
 形態の生命 坂本善三 (「ヴィジョン」 1976年5月号)
 青の領域 三浦洋一 (「ヴィジョン」 1977年11月号)
 画家への手紙 藪野健に (「藪野健展」カタログ 日動画廊 1980年11月)
 絵画空間 (「新芸術新聞」 1980年3月11日号)

4
 ラ・トゥールの光 (「美術手帖」 1964年2月号)
 描かれた山 (「日本美術」 第一一一号 1974年9月)
 描かれた手 (「いけ花龍生」 1966年12月号)
 エル・グレコとセザンヌ――可能性の自然 (「美術手帖」 1963年1月号)

5
 近代の裸婦――ゴヤからシーレまで (全集 美術のなかの裸婦 『近代の裸婦』 集英社 1980年)
 アングルのヌード (「美の巨匠たち展」カタログ 1978年5月)
 セザンヌのヌード (全集 美術のなかの裸婦 『近代の裸婦』 集英社 1980年)

あとがき

画家索引
図版索引



坂崎乙郎 画家のまなざし 02


口絵。ギュスターヴ・モロー「ヘロデ王の前で踊るサロメ(刺青のサロメ)」。



◆本書より◆


「天使が部屋を通った」より:

「インゲは快活な少女だった。彼女は絵が得意で、煙草の吸殻を異様に拡大した奇妙な作品を描いていた。ぼくらはケルンのピカソ展を見に行ったり、パリのセザンヌ展にでかけたりした。一九五五年のドイツである。彼女はチェコからの亡命者で、ときおり急に物思いに沈み込み、会話が途切れる。そんなとき、ぼくは彼女から習いおぼえた「いま天使が部屋を通ったよ」ということばを何度口にしたことか。」
「ぼくらは日常の会話で「天使」などとけっして言わない。だが、同じ留学中に、バスのなかへスケート靴をかかえ、あわてて乗り込んできた少年に、運転手が「坊や、翼(はね)をはさまれなかったかい」と優しく話しかけた記憶が、実に鮮明に聴覚に残っている。それは、二〇年ぶりのパリで、ふとタクシーが止り、窓外のカフェの、老齢の婦人の明るい水兵服に驚いていたら、「人生も海だからね」と呟いた運転手のことばとひとしく、ぼくの貴重なコレクションを成している。
 街角で出逢う人たちのさりげない会話の中にさえ、ヨーロッパの文化の奥深さを垣間見た思いがする。」



























































坂崎乙郎 『イメージの変革』 (新潮選書)

「人間にはいかなる職業も使命も決定もない、ちょうど植物や動物とひとしく」
(マックス・シュティルネル。坂崎乙郎 「エルンスト」 より)


坂崎乙郎 
『イメージの変革
― 絵画の眼と想像力』

新潮選書

新潮社 
昭和47年5月30日 発行
昭和47年9月5日 二刷
250p 口絵14p 
四六判 並装(フランス表紙) カバー 
ビニールカバー 
定価500円



著者による「あとがき」より:

「『イメージの変革』は雑誌『美術手帖』に一九七一年一月から十一月まで連載されたものですが、ターナーを加えて十二人の芸術家の作家論になっています。
 前著『イメージの狩人』が中世末からルネサンスを経て十九世紀にいたる芸術家をとりあげているのにくらべ、ここでは今世紀の芸術家が重要な登場人物です。ターナーやダッドは前世紀の人であるかもしれません。クリムトにしても、世紀末の画家として区分するのが美術史のしきたりでしょう。
 けれども、ターナーの謎に包まれた二重生活やダッドの狂気がもたらした創造の秘密やクリムトの人生を埋めてしまった装飾性の問題などは、現在こそいっそう切実に問いかけてくるように思われて仕方がありません。
 この問いかけの切実さが私を呪縛し、その答えとして出来上ったのが『イメージの変革』です。ですから、私は可能な限り制作者の内側に入りこみたいと努力したわけですが、はたしてこれらの制作者に少しでも近付けたかどうかが気がかりです。
 現実の生活においても創造の領域でも、近付こうとする努力はつねに遠ざかる危険をはらんでいます。この点、私たちと対象とのあいだにはきまってジャコメッティの「絶対的な距離」が存在するのかも分りませんが、もし人間から当の努力を奪ってしまったらいったい何が残るのでしょう。私たちの人生とはくりかえし接近することによって、かくされた自我を発見することだからです。」
「いま『イメージの変革』を書き終えて感じることは、次のような二つの単純な真理です。
 変革とは自己変革しかありえない。文章とはおのれである。」



口絵図版カラー1点(ド・スタール「船」、モノクロ12点。本文中図版(モノクロ)58点。


坂崎乙郎 イメージの変革 01


カバー文:

「さまざまなものにかこまれて生きている。そのなかで、絵画はもっとも意識的な存在であるといえる。私が絵をみつめる。絵が私にささやきかける。このとき、ものと言葉の間にはひそかな、だが確実に手ごたえある交流がうまれる。本書では、19世紀から現代に至る12人の制作者を選び、かれらの制作の内側に入りこみ、かれらの想像力と私の言葉とを可能な限り密着させたいと願った。私としてははじめての試みである。
著者」



カバー裏文:

「坂崎乙郎氏の書かれた藝術論に触れるたびに、私は作品の世界と等質の感情の脹らみが、なみなみと容器を満たす水のように湛えられているのを感じる。これは氏がいかに作品のなかに深く没入し、愛情をこめてその本質を生きているかの証拠だろう。氏の著作には、つねに魂の苦悶のあとの歓びが感じられる。
とにかく坂崎氏の書くものはたのしい。それは単なる絵画論、画家論ではなく、時に切れ味の見事な短篇小説の味わいを感じさせ、時に抒情にふるえる思索の深淵を切りひらく。氏は本書で、生の汚辱を曳きずるターナー、地獄の苦悩のなかを彷徨するダッド、またエルンスト、ジャコメッティらを、現代の苦悩の証人として喚問する。彼らのイメージの冒険は、そのまま、生の暗黒から「意味」を読みだす作業に通じる。氏の渾身の力をこめているのもまさにこの一点である。それが自己変革への意志であることを、読後、私たちは、ある爽やかな共感とともに、確認しないではいられない。
辻邦生」



目次:

ターナー
 ――虚構の宇宙に真の人間性を探究
ダッド
 ――弱く繊細な、そして激越な
クリムト
 ――形態をとおして人間の生をたたえる
シーレ
 ――「芸術的苛酷性」をめぐって
エルンスト
 ――ものの幻覚に錯綜する意識
ミショー
 ――ひたすら探ること、その逞しきイメージの冒険
ジャコメッティ
 ――孤独のかげにひそむ『存在と無』
ベルメール
 ――精神の在処を告げる交合する肉体
ド・スタール
 ――描かねばならぬもの、人間と自然の交感
ヴンダーリヒ
 ――肉体の生成と崩壊を平面にみる
クライン
 ――色彩は宇宙であり無限である
ジョーンズ
 ――アメリカの良心

あとがき
図版目録
参考文献



坂崎乙郎 イメージの変革 02



◆本書より◆


「エルンスト」より:

「パウル・クレーとひとしく、エルンストはもっとも微小なものから出発したが、彼の微小とは量的小ではなく質的小であり、優に巨視的に拡大できるイメージをはらんでいた。
 ものと同じく、人間も質的小になることが望ましい。彼は絶対にこの世の権力の座につくことはあるまい、宮廷画家のように、注文画家のように。制作者とは麻布の切れ端のように、糸屑のように、葉脈のようにかぼそく呼吸している。」
「エルンストの座右の書がボン大学哲学科の学生のころから、マックス・シュティルネルの『唯一者とその所有』であったのを、あらためて私たちの記憶にとどめておきたい。シュティルネルは一九二〇年代の誰よりも早いシュルレアリストである。彼は早くから「人間にはいかなる職業も使命も決定もない、ちょうど植物や動物とひとしく」と主張していた。
 シュティルネルはただひとり「私」であることを欲する。(中略)したがって、「私」の要求、「私」の行為はすべて「私」から発しており、「私」は人間として成育するのではなく、「私」になるのであり、すなわち「唯一者」になることを願ったのである。
 エルンストはシュティルネルの思想にしたがった。彼も「私」たらんとした。二十世紀において、もっとも至難の道である。だれもが名称を与えたがり、だれもが名称を得たがる時代に。」
「作品《雨後のヨーロッパ》を眺めてみよう。エルンストが「暗い幻」と名付けた画面では鉱物も植物も動物も人間もみなかれらの特徴を雨に洗われて、溶解し、融合し、かれらのそれぞれの死を物語りながら、同時に(中略)再生の、復活のフォルムとなり得ているのである。
 雨は再生の、復活の源である。エルンストが三歳のときにはじめて故郷ブリュールで父親に連れられて体験した森と同じように。」



「ダッド」より:

「そういえば、ボッシュ風の《ラビリント》を描いたといわれるあのカナダの青年の肉体に巣くっていたのも、ひっきょう二つの性格ではなかっただろうか。この《ラビリント》には数かずの部屋が描き出されている。あるいは烏の群れにいびり殺されようとしている断末魔のトカゲといい、みずから鋭利な刃物で左手を斬り落した少年といい、あるいはあやつり人形のように「死の舞踏」を楽しむ人びとといい、試験管の中のひとりの人間と彼を見守る冷酷な医師たちといい、舞台はさまざまである。
 しかしながら、《ラビリント》の作者の性格が舞台の数だけあるとする説に賛成できない。理由はラビリントが他ならぬ頭蓋の内側である点であり、描かれたモティーフのすべてが抑圧される者、虐待される者、いわば被害者の意識が生み落した幻影のためである。
 たぶん、カナダ中西部の農家に育ったこの青年の少年時代は暗く陰鬱な日々だったのにちがいない。War is peace のプラカードに象徴されるように、陰惨さが日常となれば、虐待が習慣となれば、いったい誰が明暗に見境をつけようか。
 頭蓋の上方に孤独にうずくまる少年の姿と対を成すのは中央部のねずみであり、彼はちょうど迷路の中に入り込んだねずみさながらあらゆる試行錯誤の末に、疲れはて、倒れてしまったのである。
 そのさい、出発点から終着点までねずみが辿ったいっさいの回路を調べつくせば、彼のイメージが負であり苦悩であり痛みであり惨めさであるのは明瞭であり、彼の二つの性格とは内攻する自我とそれが呼びさます限りない苦痛の思い出なのである。(中略)彼はおのれの過去に埋没し、逃げ道はない。過去の襲撃は無法であり暴力的であり、現在を未来を強奪したといえようか。」
「肉体を犯された者ならば瘋癲(ふうてん)老人のように幼児に戻ろう。彼は本能に身をまかせ、色情狂に近い絵を描こう。が、精神を犯された者は浄化され、少しも性的なもしくは幼児的な痕跡をとどめない。」



The Maze (painting)
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Maze_(painting)











































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

すきなことば: 「だれもいない」「ギブアウェイ」「ウポポイ」「隠密」
きらいなことば: 「人と人とのつながり」「キャリアアップ」「ほぼほぼ」「三密」

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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