金子光晴 『フランドル遊記 ヴェルレーヌ詩集』

「暗い草のなかを
怪魔どもがゆく。
どこかで、風が
すすり泣いている。そんな気配だ。」

(金子光晴訳 ヴェルレーヌ 「シャルロアにて」 より)


金子光晴
『フランドル遊記 
ヴェルレーヌ詩集』


平凡社 
1994年2月15日 初版第1刷
413p 口絵2p 
四六判 並装(フランス表紙) 函 
定価2,900円(本体2,816円)
装幀: 中島かほる



没後発見された全集未収録の紀行文「フランドル遊記」と、ヴェルレーヌ訳詩集を収録。函・表紙・扉には著者によるデッサンが使用されています。


金子光晴 フランドル遊記 01

函。


金子光晴 フランドル遊記 03

表紙。


金子光晴 フランドル遊記 02


目次:

フランドル遊記
 ブルッセル市
 ビールセル城
 安土府(アントワープ)
 エスコーをのぼる
 ニューポール迄
 ティルルモン
 ブルッセル記 附録日記
 解説 (堀木正路)

ヴェルレーヌ詩集
 サテュルニアン詩集
  メランコリア
   あきらめ
   ネヴァー・モア
   三年後
   誓い
   倦怠
   よく見る夢
   ある女に
   苦悩
  銅版画
   パリーのスケッチ
   海
  いたましい風景
   落日
   神秘なたそがれどき
   サンチマンタルな散歩
   秋の唄
   幸福な時
   鶯
  気まぐれ
   女と猫
   はじまり
   セレナード
 雅びやかな宴
  月の光
  PANTOMIME
  草のうえ
  小径
  ア・ラ・プロムナード
  洞窟のなか
  うぶな人々
  行列
  貝
  氷辷(こおりすべ)り
  繰り芝居
  シテール
  小舟で
  牧神
  マンドリン
  クリメーヌに
  手紙
  のんきな連中
  コロンビーヌ
  倒れた『愛の使』
  弱音器をつけて
  いたましい会話
 言葉なき恋唄
  過ぎし日の短歌(アリエット)
   I
   II
   III
   V
   VII
   VIII
   IX
  白耳義(ベルギー)風物
   ワルクール
   シャルロアにて
   ブルッセルⅡ
   ブルッセル
   マリン
  夜の小鳥たち
  水彩画
   グリーン
   憂愁
   街々
   幼な妻
   かわいそうな若い羊飼い
   微光
 智慧
  第一章
   I
   III
   IV
   V
   VI
   VII
   VIII
   IX
   X
   XIV
   XVI
   XVII
   XX
  第二章
   I
   II
   III
   IV
  第三章
   IV
   V
   VI
   IX
   XV
 昔と近ごろ
  ピエロ
  万華鏡
  内部
  千八百三十年の十行詩
  詩法
  宿屋
  奢侈
  葡萄の収穫
  朝のアンジェラス
  風景
  愉快な意見
 献詩
  Eに捧ぐ
  アルチュール・ランボオに
  アルチュール・ランボオに
  通りがかりの人へ
 気のおけない礼拝式
  栄光誦
  昇天
 諷詩(エピグラム)
  XIII
  XVIII
  悪の華の見本に
 跋文
 ポール・ヴェルレーヌについて
 解説 ジッグ踊りを踊ろうよ――ヴェルレーヌとランボー、金子光晴 (飯島耕一)



金子光晴 フランドル遊記 04


金子光晴 フランドル遊記 05


「フランドル遊記」より:

「マルデゲムをすぎて、ブルージュに入る。古い城門がある。水都ブルージュは、もの音もない古寂な街で、……石を敷いた狭い小路が、よろめきながら迷宮のようにつづいている。掘割がその路に添うて、苔ときづたと、古い壁をひたし、彩った小舟がもやって炊煙をあげている。この静寂をやぶるものは、石道をたたく黒馬車の昔ながらのひづめの音である。」


金子光晴 フランドル遊記 06


「ヴェルレーヌ詩集」より:


「千八百三十年の十行詩」:

「僕は風変りに生れついて、金釦(きんぼたん)のついた
きっちりしたフロックコートを好んで着込んでいた。
口ひげはぴんとはね、髪は、ブラシのようで、
律儀で、怒りっぽく、スペイン風にから威張りで、
人を蔑む、意味あり気な目をして。
美人共(ども)は顔をしかめ、常識人共は困った表情をするが、
それこそ僕の望むところ、生れた甲斐があるというもの。
蒼い、黄いろい、その上に、
腺病質の子供のようにむっつりして、
全く、律儀で、怒りっぽい、そんな僕だった。そんな僕だった!」



「小舟で」:

「まっくらな水のおもてに映って、
太白金星(よいのみょうじょう)がふるえている。
船頭は、短ズボンのかくしに、ライターをさがす。

みなさん! この瞬間こそかけがえがない時なのだ。
些々(ささ)たることには拘泥(こうでい)せず、おもうがままにやるとして、
二つのこの手も、これからはどこへ置こうとよいことにしよう!

騎士のアティスは、ギターを掻き鳴らし、
情しらずのクローリスに、
腹黒い、心ありげな一瞥を投げ、

法師(アベ)はひそひそとエグレを口説き、
風変りな子爵殿は、心のままに
立去ってゆくはてをおもう。

そんな折しも、月はのぼり、
こころよく走る小舟は、
夢みる水のうえを辷(すべ)ってゆく。」



「苦悩」:

「自然よ。僕はなに一つ感心しない。
野菜を作る畑も、夕焼空にこだまするシシリヤの牧歌も、
荘重な朝やけも、
夕ぐれの悲しみにみちたものものしさも。

僕は、芸術をわらい、キリストをわらい、
歌や、詩や、ギリシャの寺院や、
むなしい天のなかにそびえたカテドラルの螺旋形の塔を嘲り、
善人も、悪人も、僕の目からは同じなのだ。

神なんか信じてたまるか。思想なんかは、
てんから相手にしない。問題にしない。古くさい諷刺の種、恋愛のことなら、
たのむから、僕にきかせないようにしてほしいものだ。

生きるのはたくさん、さりとて、死ぬのはこわい。
潮の満干にもてあそばれる二本マストの小船のように、
怖ろしい難破にむかって、僕の魂は船出する。」



「落日」:

「夕ぐれの衰えてゆく仄あかりが、
うちつづく野のうえに、
沈んでゆく一日の
ものがなしさをふり濺ぐ。
いり日のなかに茫然と、
我を忘れて立っているこの心を、
どことなくきこえる憂愁の
やさしい歌がゆすってくれる。
砂浜のうえにおちてゆく
断末魔の太陽のような、
奇異な夢の数々が、
朱い幽霊さながらに、
はてしなく地平のかなたに並ぶ。
砂浜のうえにおちてゆく
断末魔の大きな太陽にすかされて、
おしならぶその幻影(まぼろし)の数々よ。」



「智慧 第三章 V」:

「まっ黒な、大きな眠りが
僕の生涯のうえにおちかかる。
いっさいの希望よ。眠れ。
いっさいの願望よ。眠れ!

僕にはもう、何もみえない。
いやな記憶もない。
たのしい記憶もない……
おお、かなしい過去よ!

墓穴の底で
片手でゆすっている
ゆりかごなのだ。僕は。
なにもない。沈黙ばかり!」






































































































































スポンサーサイト

金子光晴 『世界見世物づくし』 (中公文庫)

金子光晴 『世界見世物づくし』

中公文庫 か-18-11
中央公論新社 2008年8月25日初版発行
201p 文庫判 カバー 定価762円+税
カバー画: 金子光晴
カバー: 中央公論新社デザイン室

「『金子光晴全集 第八巻』 中央公論社 1976年11月刊 「随想拾遺」より再編集したものです。」



中公文庫オリジナル編集の金子光晴エッセイ集。「世界見世物づくし」とあるので、興味深い見世物の話ばかりを集めた本かと思ったら、重点は「世界」のほうにありました。世界が見世物なのです。


世界見世物づくし


カバー裏文:

「僕の人生でも、オアシスではない、スコールをいつも仰望しているのだ。二三回徹底的にやって無一物になって、出発し直したものだ―若き日の無銭旅行に始まる流浪の人生。長崎・上海・ジャワ・巴里へと至るそれぞれの土地を透徹な目で眺めてきた漂泊の詩人が綴るエッセイ。」


目次:

南洋華僑の排日 (「文芸春秋」 昭和12年10月)
いやなおとなり (「話の特集」 昭和41年11月)
支那思想の終焉 (「アジア」 昭和43年12月)
侠客―中国の侠についての管見 (「中国」 昭和46年1月)
さまざまな亡命者 (「伝統と現代」 昭和46年1月)
アジアというもの日本というもの (「アジア」 昭和48年6月)
上海より (「日本詩人」 大正15年6月)
長崎だより (「日本詩人」 大15年8月)
南支遊記 (「日本詩人」 大正15年10月)
古都南京(1) (「短歌雑誌」 大正15年10月)
古都南京(2) (「不同調」 大正15年10月)
世界見世物づくし(1) (「富士」 昭和3年9月)
旅立たんとしてフランスを想う (「若草」 昭和3年10月)
世界見世物づくし(2) (「富士」 昭和4年6月)
新しい巴里 (「文藝春秋」 昭和6年1月)
見世物奇談 (「富士」 昭和6年3月)
欧羅巴の鬼 (「スバル」 昭和6年7月)
仏蘭西人の生活振り (「現代」 昭和6年7月)
馬来の苦力 (「文藝春秋」 昭和9年7月)
大学の講義を頼まれて (「雄弁」 昭和11年7月)
無憂の国―爪哇素描 (「中央公論」 昭和13年7月)
スコール (「日本学芸新聞」 昭和17年3月1日)
世界の貧民窟を行く (「人物往来」 昭和32年6月)



本書所収「世界見世物づくし(1)」より:

「猫品評会(ペルシア)

猫品評会は、単なる見世物ではないが、一寸類のない催しであるからあげてみる。
ペルシアの猫は、アンゴラ猫と云って、世界の猫のうちで一番貴重なものとされている。
フランスあたりでは、その価格が二万フランにも三万フランにも騰貴しているものがあるということだ。
そんな理由(わけ)でこの品評会も出来上ったのだ。
元来、ペルシア程厄介な国はない。一州一県の界(さかい)には必ず山賊の群が居て、旅人は例外なくそこでまっ裸にされる。大(だい)トランクに幾個も立派な蒐集をしてきた某日本人なども数年の苦心を無にして、全部そっくり山賊にしてやられたそうだ。
諸州の猫を集めるにしても、その盗難をなんとか防がなければならない。
そこで、考えついたことは、大事の猫を武装させ示威行列をつくって練り歩きながら国境を越えるということである。冠をかぶり恐ろしい顔に隈どった猫が中央の輿(こし)に乗り、数人の人が炬火(たいまつ)をふりながらその周囲を護衛する。
不思議なことに盗賊達は、この行列をみると、平伏してお通りをやりすごすのである。
そうして、諸州から集ってきた奇怪な姿をした猫たちが、大きな回々(フイフイ)教の伽藍(おてら)の祭壇にならべられる。
僧侶があらわれて儀式を行い、それから、衆人の前で、品評がはじまる。第一等がきまると、伽藍のなかは大騒動だ。歓呼の声をあげながら、男女が、当選猫の籠をとりまいて踊り狂う。
その猫は、その年の守護神になるのである。」


本書所収「古都南京(1)」より:

「日は永い、月は悲しい。時はもうあまりにも飛び去ってしまっている。
「老舎陵春」の金牌のある料亭の手すりから、昼のものうい秦淮の水をみる。秦淮は、十間に足らぬほどのよごれた流である。
そこにうつるものは、美しい彩燈を釣った画舫ではない、荒木の板に塗った安ペンキである。妓女たちの瓔珞、耳の飾りの水鏡もなくて、その流に停滞るものとては、痰汁と、菜の屑である。
もし柝のひゞき、胡笛の音色のもれることがあるとしても、それは、すでに、古雅な、手練のすさびではなくて、まったく俗流な、野卑な流行唄にすぎない。もし歌媛を呼ぶとも、今日のそれは娼女の類である。もし、画仙をのべ、詩筆を弄ぶものあるとも、嗤うべき真似事かなである。
だが、それにも拘らず、亡びきったこの秦淮を、一口に下らない所、きたない所とおとしめて了うものがあれば、私は答えねばならない。「私は、秦淮ほどすきな所はないと思います」と。
好き、それには理屈がない。強いて云えば私の性情にあっているとでも云うより仕方がない。猶云えば、南京という足音のない世界のうちで、秦淮は一番にぎやかな、一番足音のない所だからである。私は、実に足音を憎む人間だからである。かつて、ロンドンのピカデリーの群衆のなかで押されながら目を瞑ったとき、私は足音の浪音に巻かれてゆく所をしらなかった。この二つの極端に、二つの街が、同じ時を二様に使用している。
足音には現実がある。足音のない世界は夢である。
秦淮の街はまだ世界の波をしらない。
昔のまゝで生きている。たゞ、そのまゝで生きている。画舫をすゝめる河岸、貢院の前の広場、孔子廟のにぎわいに、鳥籠を軒一ぱいにつった茶館、『三国志演義』の講釈物、骨董店、青竜刀や、狼牙棒を使ってみせる大道武芸や、古銭売、そのあいだの群衆をぬって小走りにゆく芸妓、轎子(きょうし)に乗る風流才子、にぎわいかえす人波も足音がない。甘い、やさしい、こゝろよい佩珂のひゞき、しゅすの衣ずれのみ、まことに南京の民こそは、ボードレールの所謂、猫の眼の日時計をみる民である。
あゝ、そして、私たちが南京のいずくもからうける感は、感傷以上の感傷、夢以上の夢、即ち、虚無に徹せるがゆえの美しきしらべである。すたれてゆく南京、くずれてゆく南京、おゝ、それでいゝのだ。それ以上どうしようがあろう。もし一つの石、一つの甍をうごかしてもそれは破壊である。
南京は人の手でこわすに惜しい。願わくば自然の手で壊させてくれ。」






















































金子光晴 『人よ、寛(ゆるや)かなれ』 (中公文庫)

金子光晴 『人よ、寛かなれ』

中公文庫 か-18-5
中央公論新社 2003年8月15日初版発行/同25日初版発行
210p 文庫判 カバー 定価762円+税
カバー画: 金子光晴
カバー: 中央公論新社デザイン室

「本書は中央公論社版『金子光晴全集』第九巻所収「人よ、寛かなれ」、第八巻収録の随筆を底本とし、新たにアンソロジーとして編集したものです。(編集部)」



詩人・金子光晴の最晩年の連作エッセイ集『人よ、寛(ゆるや)かなれ』に、老境を語るエッセイ14編を併録。
金子光晴は、人間ぎらいのくせに、人間にこだわります。人間意識が強いです。


人よ寛かなれ


カバー裏文:

「すべて楽観的に考えて、せせこましくなく生きることだ。じぶんも他人もいじめないことだ―年齢的には隠居格でも、身辺には修羅場がつづいていると感じる。漂泊の詩人・金子光晴。飄然とした晩年の日々。滋味溢れるエッセイ集。」


目次:

人よ、寛かなれ (「西日本新聞」、1973年3月6日~同年5月8日、連載時タイトル「日々の顔」。1974年4月、青娥書房刊)
 詩人もどき
 立川での話
 行通禍
 詩人吉田一穂の死
 うその皮
 通
 泡鳴との初対面
 日本回帰
 むかしのメロディー
 筑前琵琶
 人よ、寛かなれ
 英雄に嫁ぐ
 狂言のこと
 南と北
 姓名のこと
 中国留学生
 一挙手一投足
 武者小路さん
 国ちがい
 春は遅い
 髪剃芸
 もぐらの皮
 人待ち
 刀剣の話
 薬品マニアの話
 忘れる
 昼席
 珍世界
 東洋と西洋
 ベトナム豆辞典
 ヒフの色
 男モデルの話
 刑罰の話
 ある前夜について
 サクラ
 久米正雄のこと
 食物のこと
 日本人の恋愛
 佐藤春夫と喧嘩のこと
 詩謎
 ニヒルの伝統
 二人の孫
 影響(上)
 影響(下)
 ピカソの死
 歯
 宗門
 オクシオンの話
 とこなめ焼き
 随筆のこと

四面みな敵 (「別冊新日本文学」 昭和36年11月)
御親切 (「詩学」 昭和37年2月)
正月に想う (「婦人公論」 昭和39年1月)
わが家の歴史 (「日本」 昭和40年8月)
老年地獄―七十歳とはかかわりのない心境 (「東京新聞」 昭和41年四月19日)
年齢 (「詩人連邦」 昭和42年12月)
食譜 (「学校の食事」 昭和43年11月)
爺さん罷り通る (「中央公論」 昭和44年4月)
花と団子のある人生 (「かんざき」 昭和44年4月)
コキュの弁 (「文學界」 昭和44年11月)
苦しかったこと (「螢雪時代」 昭和45年10月)
七十六歳の心境 (「潮」 昭和46年4月)
こころというもの (「水声」創刊号 昭和47年8月)
あれやこれや (「潮」 昭和50年6月)



本書所収「四面みな敵」より:

「こいつは敵、こいつはみかた、という観念は、僕はあまりもっていない。というといかにも、寛仁大度な人間のようにおもわれるかもしれないが、それは反対で、僕には、みかたとか友人とかいうものの影がすこぶるうすいだけだ。四面海もて蔽われし、わが敷島のあきつしま、という唱歌を僕の時代の小学生は、声はりあげて歌わされたものだが、この歌のはじめの文句をもじって、四面敵もて蔽われしというのが、僕の実感だ。(中略)日本人は、誰も、彼も、知らない他人は、“この野郎”と肚で反撥しあっている。そういう日本人の一人として、僕は、いかにじぶんが典型的な日本人であるかということを痛感させられるしだいである。これは、島国で抑圧されて、はけ口のない日本人のながいノイローゼの歴史の伝統によるものかとおもうが、この宿敵イシキは、手のうらを返したような朋党イシキの表と裏で、日本人が同胞に甘えるようすときたら、なんともかんとも気持がわるくてみていられないものだ。日本人の世わたりの上手な奴は、この朋党イシキを巧みに利用して、あやつることのできる奴だ。その図々しさを修練する学問が、人間修業だとか、禅学だとかいうものである。「酒」もまた、一役かっている、助平話も立派な社交なのだ。そうやってながめると、日本はたまらん国だ。日本がたまらんから、アメリカや、ロシヤやアフリカや、アラビヤがたまるかというと、そうでもないらしい。中国人だって、印度人だって、インドネシア人だって、だいたい人間という奴は、たまらない体臭と、うんざりするような破れん恥な性質をもってうまれているものだ。だが、それはお互いのことで正直なところはおなじことでも、じぶんならばがまんできるが、他人がやれば気に入らないのである。
むかしから僕には、親友というものがいなかった。ほんとうのことは誰一人相談するあいてがないので、なんでもじぶんで判断してかってにやる癖がついてしまった。だから友人がいないで淋しいなどと感じたことはない。裏切られたところで、苦にもならない。心のなかで親疎はないので、気に入らないことをされても、特に怒るということはない。衆の力をかりて、のしかかってくる奴だけはやりきれない。どんなにそれが正義でも腹が立つ。個人に腹が立つというよりも集団の力のうしろであぐらをかいている個人の状態に嘔吐を感じる。戦争の時の日本人は、そのいちばんいやな面をむき出しにしていた。そういう奴こそ敵という感じがした。(中略)イケンの全くおなじ人間などというものはあるものではない。従って、味方などというものが厳密なイミであるものではない。どこかで馴れあわなければ、人間同士が一時間といっしょにいられたものではない。そのことを僕は、特にこの頃になって痛感する機会が多い。だから、人間とあっているのはいやだ。他人のいやさと同時に、自分のいやさもはっきりつきつけてみせられるのだ。じぶんがいやな猿吉(えてきち)だとわかる。好ききらいのはっきり言える奴は、もしそんな野郎がいるとしたら、カンシンなくらいなもので、言論が自由だなんてぬかしても、自由にものの言える人間なんか、日本に一人だっていやしない。どれもこれもそろったへのこ野郎だ。敵というものは、もうすこし腰のつよい奴のことさ。」

































































河邨文一郎 編 『金子光晴抄』 (冨山房百科文庫)

「夢のなかで、私はひとりであつた。人間たちとはぐれて、ひとりこんなところにゐる。」
(金子光晴 「長詩 闇澹」 より)


河邨文一郎 編 
『金子光晴抄
― 詩と散文に見る詩人像』

冨山房百科文庫 49 

1995年9月16日 第1刷発行
310p 収録作品一覧ii 
17.2×11cm 並装 カバー 
定価1,400円
カバー表: 画(こがね蟲) 金子光晴/デザイン 井村治樹
扉カット: 金子光晴
装丁: 瀬川康男・辻村益朗



本書「解題」より:

「過日、冨山房から話があって、「この一冊だけで金子光晴のすべてがわかるという本を出したい」ということだった。難題とは知りながら、考えた末、普通の詩選集のように詩作品だけではなく、散文をも――エッセイ、自伝、紀行、評論にいたるまで、私なりに光晴の人と文学の本質にかかわると考えられる最も特徴のある作品を選んで並べることにした。(中略)詩は原則として全文を載せ得たが、散文はさわり部分以外は時には大幅に省かざるを得なかった。」


金子光晴抄


カバー裏文:

「詩人金子光晴、歿後久しい今日なお、その存在はますます巨きさを増し、ありとある物差しから超然と、人を魅してやまない。本書は、近現代詩史の上でも抜きん出て異彩を放つその詩作品群と、紀行、エッセイ、自伝、日本・日本人論等のその散文からのエッセンスを、選りすぐって綯いまぜ、伝記的に構成することで、一個の特異なる詩人の総体、さらに日本人離れのしたその精神の自立、自由人ぶりを立体的に提示するもの。編者は、戦時下に公刊された光晴の反戦詩集『鮫』に若くして〈電撃〉され、以来身近く師事した詩人・医師。」


目次:

解題 (河邨文一郎)
凡例

Ⅰ 〈鬼の児〉の誕生  幼少年期
Ⅱ 『こがね蟲』、詩人の開花  青年・前期
Ⅲ 森三千代との出会い、結婚  青年・後期
Ⅳ 光晴詩の溶鉱炉、海外放浪  壮年・前期
Ⅴ 『鮫』、戦争と抵抗  壮年・後期
Ⅵ 『人間の悲劇』、自己の源流へ  熟年期
Ⅶ 円転滑脱、無礙のエロスへ  晩年期

父 金子光晴について (森乾)
収録作品一覧




◆本書より◆


初期詩篇「長詩 闇澹」(抄):

「うなされて、こんな夢をみた。それもみな、生きることがかくも死につながればこそなのだ。生きる毎日にも、死のかげはより添ひ、死の孤独、生きながらわが骨を選ぶ、そのあいそづかしな推測から一時もはなれることができない。けふもまた、こんなかなしい夢をみた。夢のなかで、私はひとりであつた。人間たちとはぐれて、ひとりこんなところにゐる。浅草にある十二階の塔を、螺旋階段で私はあがつてゆく。息せきのぼりながら、壁に貼つた吉原のおいらん衆の写真をながめるしかけだ。私の足音がうへとしたへひびくと、上のはう、下のはうのおいらんが、うおつと叫喚をあげる。九月の蠅のやうに、私のこころは追ひつめられてさわがしい。おいらんたちは片わだ。みつくち、片眼、白痴なのだ。指が、六本ある。鞍鼻、鉢割れあたま。おいらんたちの女は、どこへいつた。――しら菊さん。高まどさん。歌仙さん。おいらんの、しやぐまの抜け毛。耳のあないつぱいな耳くそ。せなかの赤痣(あかあざ)。やけどのひつつり。おいらんたちの女は、みんなここにゐる。世界が閉ぢる日の暗澹(あんたん)に抱かれて、みんなこの仄(ほの)あかりのなかにゐる。みんなやさしい。みんないぢらしい。みんな、このひつそりとしたらふそく(引用者注: 「らふそく」に傍点)のあかりのなかでまたたいてゐる。煉瓦を積んだ十二層の高さは、天の高さをあくがれてつくられたものかもしれないが、人間をはなれても、人間は、人間にめぐりあふよりしかたがない。人間の男は人間の女をもとめ、指をからみ、たかはぎをさぐりあふ。そしてまた、はなれる。ばらばらになる。そのほかにはなにごともない。人間のうへにひろがるやみ(引用者注: 「やみ」に傍点)。洪水だ。水はもう、すべてを溺らせ、おし流した。窻(まど)をひたしてひつそりと、黄ろい濁水がめもりをあげる。さうだ。地上にはもう、誰もゐないかもしれない。私はのぼることを止めて、バネ人形のやうに、きりきり廻りながら階段を下りていつた。下りつくしたところは、地底のしめつたにほひのするから倉庫か、納屋のやうな場所で、大きなひらき扉に、閂(くわんぬき)がおりてゐた。扉は、おそろしい水圧で押され、氾濫を支へかねて、いまにもはじけさうである。私は、夢中でその閂をひきぬく。どつとなだれ込む洪水、一瞬にのまれさらはれたかとおもつたが、外はいちめんの月の光で、とどろくばかりの干潟がひろがつてゐた。」


『人非人伝』より:

「普通ならば、みんな体裁よくやって、物事はほどほどにやってね、そういう風に生きてく人生もあるわけだが、人非人の人生はとことんまでやってね、対象が人間ならば、その人間の臓腑までわかると、さわるなら臓腑までさわってみると、嫌われることなんか考えないと、こういう方向に行くんだねえ。不浄観で人生をあきらめちゃうんじゃあなくて、不浄観で人生を豊かにすると、まあ、こういう方向でしょう。
 人間なんて弱いもんだから、こういう心の突っ張りが必要なんだ。」






































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本