金子光晴 『フランドル遊記 ヴェルレーヌ詩集』

「暗い草のなかを
怪魔どもがゆく。
どこかで、風が
すすり泣いている。そんな気配だ。」

(金子光晴訳 ヴェルレーヌ 「シャルロアにて」 より)


金子光晴
『フランドル遊記 
ヴェルレーヌ詩集』


平凡社 
1994年2月15日 初版第1刷
413p 口絵2p 
四六判 並装(フランス表紙) 函 
定価2,900円(本体2,816円)
装幀: 中島かほる



没後発見された全集未収録の紀行文「フランドル遊記」と、ヴェルレーヌ訳詩集を収録。函・表紙・扉には著者によるデッサンが使用されています。


金子光晴 フランドル遊記 01

函。


金子光晴 フランドル遊記 03

表紙。


金子光晴 フランドル遊記 02


目次:

フランドル遊記
 ブルッセル市
 ビールセル城
 安土府(アントワープ)
 エスコーをのぼる
 ニューポール迄
 ティルルモン
 ブルッセル記 附録日記
 解説 (堀木正路)

ヴェルレーヌ詩集
 サテュルニアン詩集
  メランコリア
   あきらめ
   ネヴァー・モア
   三年後
   誓い
   倦怠
   よく見る夢
   ある女に
   苦悩
  銅版画
   パリーのスケッチ
   海
  いたましい風景
   落日
   神秘なたそがれどき
   サンチマンタルな散歩
   秋の唄
   幸福な時
   鶯
  気まぐれ
   女と猫
   はじまり
   セレナード
 雅びやかな宴
  月の光
  PANTOMIME
  草のうえ
  小径
  ア・ラ・プロムナード
  洞窟のなか
  うぶな人々
  行列
  貝
  氷辷(こおりすべ)り
  繰り芝居
  シテール
  小舟で
  牧神
  マンドリン
  クリメーヌに
  手紙
  のんきな連中
  コロンビーヌ
  倒れた『愛の使』
  弱音器をつけて
  いたましい会話
 言葉なき恋唄
  過ぎし日の短歌(アリエット)
   I
   II
   III
   V
   VII
   VIII
   IX
  白耳義(ベルギー)風物
   ワルクール
   シャルロアにて
   ブルッセルⅡ
   ブルッセル
   マリン
  夜の小鳥たち
  水彩画
   グリーン
   憂愁
   街々
   幼な妻
   かわいそうな若い羊飼い
   微光
 智慧
  第一章
   I
   III
   IV
   V
   VI
   VII
   VIII
   IX
   X
   XIV
   XVI
   XVII
   XX
  第二章
   I
   II
   III
   IV
  第三章
   IV
   V
   VI
   IX
   XV
 昔と近ごろ
  ピエロ
  万華鏡
  内部
  千八百三十年の十行詩
  詩法
  宿屋
  奢侈
  葡萄の収穫
  朝のアンジェラス
  風景
  愉快な意見
 献詩
  Eに捧ぐ
  アルチュール・ランボオに
  アルチュール・ランボオに
  通りがかりの人へ
 気のおけない礼拝式
  栄光誦
  昇天
 諷詩(エピグラム)
  XIII
  XVIII
  悪の華の見本に
 跋文
 ポール・ヴェルレーヌについて
 解説 ジッグ踊りを踊ろうよ――ヴェルレーヌとランボー、金子光晴 (飯島耕一)



金子光晴 フランドル遊記 04


金子光晴 フランドル遊記 05


「フランドル遊記」より:

「マルデゲムをすぎて、ブルージュに入る。古い城門がある。水都ブルージュは、もの音もない古寂な街で、……石を敷いた狭い小路が、よろめきながら迷宮のようにつづいている。掘割がその路に添うて、苔ときづたと、古い壁をひたし、彩った小舟がもやって炊煙をあげている。この静寂をやぶるものは、石道をたたく黒馬車の昔ながらのひづめの音である。」


金子光晴 フランドル遊記 06


「ヴェルレーヌ詩集」より:


「千八百三十年の十行詩」:

「僕は風変りに生れついて、金釦(きんぼたん)のついた
きっちりしたフロックコートを好んで着込んでいた。
口ひげはぴんとはね、髪は、ブラシのようで、
律儀で、怒りっぽく、スペイン風にから威張りで、
人を蔑む、意味あり気な目をして。
美人共(ども)は顔をしかめ、常識人共は困った表情をするが、
それこそ僕の望むところ、生れた甲斐があるというもの。
蒼い、黄いろい、その上に、
腺病質の子供のようにむっつりして、
全く、律儀で、怒りっぽい、そんな僕だった。そんな僕だった!」



「小舟で」:

「まっくらな水のおもてに映って、
太白金星(よいのみょうじょう)がふるえている。
船頭は、短ズボンのかくしに、ライターをさがす。

みなさん! この瞬間こそかけがえがない時なのだ。
些々(ささ)たることには拘泥(こうでい)せず、おもうがままにやるとして、
二つのこの手も、これからはどこへ置こうとよいことにしよう!

騎士のアティスは、ギターを掻き鳴らし、
情しらずのクローリスに、
腹黒い、心ありげな一瞥を投げ、

法師(アベ)はひそひそとエグレを口説き、
風変りな子爵殿は、心のままに
立去ってゆくはてをおもう。

そんな折しも、月はのぼり、
こころよく走る小舟は、
夢みる水のうえを辷(すべ)ってゆく。」



「苦悩」:

「自然よ。僕はなに一つ感心しない。
野菜を作る畑も、夕焼空にこだまするシシリヤの牧歌も、
荘重な朝やけも、
夕ぐれの悲しみにみちたものものしさも。

僕は、芸術をわらい、キリストをわらい、
歌や、詩や、ギリシャの寺院や、
むなしい天のなかにそびえたカテドラルの螺旋形の塔を嘲り、
善人も、悪人も、僕の目からは同じなのだ。

神なんか信じてたまるか。思想なんかは、
てんから相手にしない。問題にしない。古くさい諷刺の種、恋愛のことなら、
たのむから、僕にきかせないようにしてほしいものだ。

生きるのはたくさん、さりとて、死ぬのはこわい。
潮の満干にもてあそばれる二本マストの小船のように、
怖ろしい難破にむかって、僕の魂は船出する。」



「落日」:

「夕ぐれの衰えてゆく仄あかりが、
うちつづく野のうえに、
沈んでゆく一日の
ものがなしさをふり濺ぐ。
いり日のなかに茫然と、
我を忘れて立っているこの心を、
どことなくきこえる憂愁の
やさしい歌がゆすってくれる。
砂浜のうえにおちてゆく
断末魔の太陽のような、
奇異な夢の数々が、
朱い幽霊さながらに、
はてしなく地平のかなたに並ぶ。
砂浜のうえにおちてゆく
断末魔の大きな太陽にすかされて、
おしならぶその幻影(まぼろし)の数々よ。」



「智慧 第三章 V」:

「まっ黒な、大きな眠りが
僕の生涯のうえにおちかかる。
いっさいの希望よ。眠れ。
いっさいの願望よ。眠れ!

僕にはもう、何もみえない。
いやな記憶もない。
たのしい記憶もない……
おお、かなしい過去よ!

墓穴の底で
片手でゆすっている
ゆりかごなのだ。僕は。
なにもない。沈黙ばかり!」






































































































































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河邨文一郎 編 『金子光晴抄』 (冨山房百科文庫)

「夢のなかで、私はひとりであつた。人間たちとはぐれて、ひとりこんなところにゐる。」
(金子光晴 「長詩 闇澹」 より)


河邨文一郎 編 
『金子光晴抄
― 詩と散文に見る詩人像』

冨山房百科文庫 49 

1995年9月16日 第1刷発行
310p 収録作品一覧ii 
17.2×11cm 並装 カバー 
定価1,400円
カバー表: 画(こがね蟲) 金子光晴/デザイン 井村治樹
扉カット: 金子光晴
装丁: 瀬川康男・辻村益朗



本書「解題」より:

「過日、冨山房から話があって、「この一冊だけで金子光晴のすべてがわかるという本を出したい」ということだった。難題とは知りながら、考えた末、普通の詩選集のように詩作品だけではなく、散文をも――エッセイ、自伝、紀行、評論にいたるまで、私なりに光晴の人と文学の本質にかかわると考えられる最も特徴のある作品を選んで並べることにした。(中略)詩は原則として全文を載せ得たが、散文はさわり部分以外は時には大幅に省かざるを得なかった。」


金子光晴抄


カバー裏文:

「詩人金子光晴、歿後久しい今日なお、その存在はますます巨きさを増し、ありとある物差しから超然と、人を魅してやまない。本書は、近現代詩史の上でも抜きん出て異彩を放つその詩作品群と、紀行、エッセイ、自伝、日本・日本人論等のその散文からのエッセンスを、選りすぐって綯いまぜ、伝記的に構成することで、一個の特異なる詩人の総体、さらに日本人離れのしたその精神の自立、自由人ぶりを立体的に提示するもの。編者は、戦時下に公刊された光晴の反戦詩集『鮫』に若くして〈電撃〉され、以来身近く師事した詩人・医師。」


目次:

解題 (河邨文一郎)
凡例

Ⅰ 〈鬼の児〉の誕生  幼少年期
Ⅱ 『こがね蟲』、詩人の開花  青年・前期
Ⅲ 森三千代との出会い、結婚  青年・後期
Ⅳ 光晴詩の溶鉱炉、海外放浪  壮年・前期
Ⅴ 『鮫』、戦争と抵抗  壮年・後期
Ⅵ 『人間の悲劇』、自己の源流へ  熟年期
Ⅶ 円転滑脱、無礙のエロスへ  晩年期

父 金子光晴について (森乾)
収録作品一覧




◆本書より◆


初期詩篇「長詩 闇澹」(抄):

「うなされて、こんな夢をみた。それもみな、生きることがかくも死につながればこそなのだ。生きる毎日にも、死のかげはより添ひ、死の孤独、生きながらわが骨を選ぶ、そのあいそづかしな推測から一時もはなれることができない。けふもまた、こんなかなしい夢をみた。夢のなかで、私はひとりであつた。人間たちとはぐれて、ひとりこんなところにゐる。浅草にある十二階の塔を、螺旋階段で私はあがつてゆく。息せきのぼりながら、壁に貼つた吉原のおいらん衆の写真をながめるしかけだ。私の足音がうへとしたへひびくと、上のはう、下のはうのおいらんが、うおつと叫喚をあげる。九月の蠅のやうに、私のこころは追ひつめられてさわがしい。おいらんたちは片わだ。みつくち、片眼、白痴なのだ。指が、六本ある。鞍鼻、鉢割れあたま。おいらんたちの女は、どこへいつた。――しら菊さん。高まどさん。歌仙さん。おいらんの、しやぐまの抜け毛。耳のあないつぱいな耳くそ。せなかの赤痣(あかあざ)。やけどのひつつり。おいらんたちの女は、みんなここにゐる。世界が閉ぢる日の暗澹(あんたん)に抱かれて、みんなこの仄(ほの)あかりのなかにゐる。みんなやさしい。みんないぢらしい。みんな、このひつそりとしたらふそく(引用者注: 「らふそく」に傍点)のあかりのなかでまたたいてゐる。煉瓦を積んだ十二層の高さは、天の高さをあくがれてつくられたものかもしれないが、人間をはなれても、人間は、人間にめぐりあふよりしかたがない。人間の男は人間の女をもとめ、指をからみ、たかはぎをさぐりあふ。そしてまた、はなれる。ばらばらになる。そのほかにはなにごともない。人間のうへにひろがるやみ(引用者注: 「やみ」に傍点)。洪水だ。水はもう、すべてを溺らせ、おし流した。窻(まど)をひたしてひつそりと、黄ろい濁水がめもりをあげる。さうだ。地上にはもう、誰もゐないかもしれない。私はのぼることを止めて、バネ人形のやうに、きりきり廻りながら階段を下りていつた。下りつくしたところは、地底のしめつたにほひのするから倉庫か、納屋のやうな場所で、大きなひらき扉に、閂(くわんぬき)がおりてゐた。扉は、おそろしい水圧で押され、氾濫を支へかねて、いまにもはじけさうである。私は、夢中でその閂をひきぬく。どつとなだれ込む洪水、一瞬にのまれさらはれたかとおもつたが、外はいちめんの月の光で、とどろくばかりの干潟がひろがつてゐた。」


『人非人伝』より:

「普通ならば、みんな体裁よくやって、物事はほどほどにやってね、そういう風に生きてく人生もあるわけだが、人非人の人生はとことんまでやってね、対象が人間ならば、その人間の臓腑までわかると、さわるなら臓腑までさわってみると、嫌われることなんか考えないと、こういう方向に行くんだねえ。不浄観で人生をあきらめちゃうんじゃあなくて、不浄観で人生を豊かにすると、まあ、こういう方向でしょう。
 人間なんて弱いもんだから、こういう心の突っ張りが必要なんだ。」






































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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