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丸尾末広 『トミノの地獄 ④』 (BEAM COMIX)

「雨の降る日
消毒液の匂いのする病室で
とうとうワタシは死んでしまいました」

(丸尾末広 『トミノの地獄 ④』 より)


丸尾末広 
『トミノの地獄 ④』

BEAM COMIX 

KADOKAWA 
2019年2月12日 初版初刷発行
176p
A5判 並装 カバー
定価920円(税別)
装幀: 米本恭己



出ていたのでネット書店で注文しておいたのが届いたのでよんでみました。


丸尾末広 トミノの地獄 04 01


もくじ:

第十五章 マリア観音
第十六章 UNHOLY(アンホーリー) 2
第十七章 光る風
第十八章 幻日(げんじつ)
最終章 大団円



丸尾末広 トミノの地獄 04 02



◆感想◆


そういうわけでいよいよ戦争(いくさ)がはじまって、戦場に殺されに行く若者を人々は「祝」の文字と共に送り出し、町には「ゼイタクは敵だ」「お前は日本人か」「戦地の兵隊を思え」「買溜めは敵なり」「闇取引は利敵行為なり」「そうだ感謝のその気持」などというスローガンが溢れ、なんとなく今の日本の状況に通じるような、すごくいやな雰囲気です。

雪の降るなか倒れ込んで「キライ キライ! みんな大嫌い!」と叫ぶトミノ。

再会したトミノとカタンは長崎に流れ着きます。何気なく手に取った『キリシタン弾圧史』に描かれるキリシタン=マイノリティへの残虐行為の歴史に怒りを新たにするカタン。

「あんた また不幸な子供を作ろうとしてる/もうさせない!」(カタン)。

あまり詳しいことはいえないですが、こうして完結されてしまうと、「うーん」としかいいようがないです。蛸娘エリーゼは姿をみせないし(とはいうもののエリーゼ=デウス・エクス・マキナはなにかとてつもないことをしでかしてしまったようです)、トミノとカタンは復讐を果たすものの、期待していたようなフリークスたちの暗躍もなく、結局被害者は被害者のままです。

カラー口絵のトミノ(ボロをまとい、靴下に穴があいている)がすばらしいです。トミノ観音。

われわれ読者としては迫害にめげることなく、聖トミノのイコンを胸に、生き残ったフリークスたち、そしてこれから生まれてくるフリークスたちのためのユートピアを、孜々として築いてゆかねばなりますまい。




こちらもご参照ください:

丸尾末広 『トミノの地獄 ①』 (BEAM COMIX)
堀切直人 『浅草 大正篇』
皆川博子 『笑い姫』
富士川英郎 『讀書好日』








































































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丸尾末広  『トミノの地獄 ③』 (BEAM COMIX)

「学校へは
行かない
………」

(丸尾末広 『トミノの地獄 ③』 より)


丸尾末広 
『トミノの地獄 ③』
Tomino the Damned 

BEAM COMIX

KADOKAWA
2017年4月24日 初版初刷発行
148p
A5判 並装 カバー
定価880円(税別)
装幀: 米本恭己


「初出 月刊コミックビーム2017年1月号~5月号」



カラー口絵1葉。
本書はアマゾンマケプレで最安値(324円+送料300円)のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました、というか続けて三度読み返しました。第四巻(最終巻)が待ち遠しいです。


丸尾末広 トミノの地獄 03-01


本書「前巻まで」:

「産みの母親に棄てられ、親戚に預けられた双子の姉弟は、虐待の末に、浅草の見世物小屋へ売り飛ばされる。双子の母は、銀幕の「幽霊」女優・歌川唄子、父は、その見世物小屋の怪物的な興行主・汪なのだが、ふたりはそれを知る由もない。都の歓楽街で、見世物一座の面々にトミノとカタンと名づけられたふたりは、生まれて初めて「居場所」を得た。
 だが、汪の指示で、トミノはイカサマ新興宗教の教祖となった蛸娘・エリーゼのお付きにされ、見世物の稽古で火傷を負ったカタンは、遠い孤島に送られる。離ればなれになったふたり。
 幽閉され身体を改造されそうになったカタンは、島の娘アヤに助けられ決死の逃避行を試みる。一方、独りの不安に苛まれカタンの苦痛に感応したトミノは、「この世の終わり」を幻視する。見世物小屋は火付けによって灰になり、一座も散り散りになるかと思われたところに、女優を辞めた唄子が現れた。
 哀れな境遇を生きざるを得ないそれぞれの、地獄巡りの行方は、如何…。」



もくじ:

第十章 眠り沓(ぐつ)
第十一章 灯臺鬼
第十二章 お筆先(オートマティズム)
第十三章 波羅葦増雲(パライソウ) 上
第十四章 波羅葦増雲(パライソウ) 下

[トミノの地獄]ギャラリー
特別掲載「丸尾末広、あるいは、絶望の叫び」 (メビウス)




◆本書より◆


「丸尾末広、あるいは、絶望の叫び」(メビウス)より:

「わたしたちすべてが、完璧に閉じられた函(はこ)の中に監禁されて、絶望的な叫び声をあげているという事実を、丸尾は教える。
 丸尾は、あえてそれをする。彼は、あえて、あらゆる世代の苦痛を世界に解き放つ。わたしたちの苦痛を、わたしたちの親たちの苦痛を、わたしたちの祖先たちの苦痛を、わたしたちの文明がその始まりから持っていた苦痛を。」




◆感想◆


そういうわけで、トミノは贋作画家フジヤマに引き取られ、トミノがいなくなって機嫌がわるい蛸娘のエリーゼは張を超能力で操って自分をラズロに引き渡させベルリンに向かう途中、超能力で飛行機を墜落させて、黄金卍教会から脱出するのでした。
エリーゼが太鼓を叩いて叫ぶシーンはまるで映画「ブリキの太鼓」のようです。
一方トミノも警察の捜査が入ったドサクサにまぎれてフジヤマ邸を脱出するのでした。
さらにカタンも島の娘アヤの尽力で孤島から脱出するのでした。
そういうわけで、これからどうなるのか、次巻で完結ということですが、いったいどう終わらせるのか、見当も付きません。蛸娘エリーゼが大活躍するとよいです。というかエリーゼの御神体フィギュアを発売してほしいです。



丸尾末広 トミノの地獄 03-02


エリーゼが乗った飛行機の墜落を察知するトミノ。こういうコマが描けるのはやはりすごいです。
トミノはカタンだけでなくエリーゼともテレパシーで通じあっているようです。このへんは『スラン』とか『人間以上』とか往年の超能力ミュータント物っぽくてわくわくします。というかぞくぞくします。


丸尾末広 トミノの地獄 03-03


フジヤマ邸からの逃走を試みるトミノ。


800px-Rembrandt_-_The_Philosopher_in_Meditation[1]


レンブラント「瞑想する哲学者」。





丸尾末広 『トミノの地獄 ④』 (BEAM COMIX)



















































































丸尾末広  『トミノの地獄 ②』 (BEAM COMIX)

「トミノ!
何処へ
行くのだ」
「わかんない」

(丸尾末広 『トミノの地獄 ②』 より)


丸尾末広 
『トミノの地獄 ②』
Tomino the Damned
 
BEAM COMIX

KADOKAWA
2016年6月6日 初版初刷発行
168p
A5判 並装 カバー
定価880円+税
装幀: 米本恭己


「初出 月刊コミックビーム2015年11月号~2016年2月号、2016年5月号、6月号」



カラー口絵1葉。
本書はアマゾンマケプレで最安値(284円+送料257円)のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました、というか続けて二度読み返しました。第三巻をよむのが待ち遠しいです。待ち遠しいといっても第三巻もアマゾンマケプレで注文しておいたのがすでに届いているのですが、すぐによむのは勿体ないので寝かしてあります。


丸尾末広 トミノの地獄 02 01


本書「前巻まで」:

「産みの母親に棄てられるように、田舎の親戚に預けられた双子の姉弟。ミソとショウユと呼ばれ、苛烈な虐待を受けながら育ったふたりは、やがて浅草の見世物小屋に売り飛ばされてしまう。
 双子を棄てた母は、銀幕で活躍する「幽霊」女優・歌川唄子であり、父は、その見世物小屋の怪物的な興行主・汪だったのだが、ふたりはそれを知る由もない。
 花の都の歓楽街に戸惑いながらも、一座の面々にトミノとカタンと名づけられ、虐げられてきたもの同士の思いやりに囲まれて、ふたりは生まれて初めて貧しいけれど温かな日々を送ることができていた。
 だが、汪の思いつきで、姉トミノはイカサマ新興宗教の教祖となった蛸娘・エリーゼのお付きとなり、カタンは見世物の強引な仕込み中に火傷を負ってしまう。

 引きちぎられるように離ればなれになった哀れな双子が辿る、それぞれの地獄巡りの行方は、如何…。」



もくじ:

第四章 南無さったるまぐんだりあ守護聖天
第五章 逃亡(トンコ)
第六章 時計じかけの神
第七章 惑わしの仮面
第八章 イルミネーション
第九章 チンチンゴウ

丸尾末広スペシャル・インタビュー (インタビュアー: カネコアツシ)



丸尾末広 トミノの地獄 01 04



◆感想◆


そういうわけで、火傷を負ったカタンは汪(ウォン)に連れられて謎の孤島へ。そこには人為的畸形児を製造する謎の老人が。ここにきて乱歩『孤島の鬼』へのオマージュです。
トミノとカタンは体こそくっついていないものの本物の双子なのでテレパシーで通じ合えるので、カタンのまわりの波の音がトミノの頭の中に聞こえてきます。カタンは鎧を着せられて、片手片脚の成長を止められ頭の形も歪んだ「箱櫃児(シァンクェイル)」に改造されつつあるのでした。


謎の老人の孫娘:
「あの子
すごく
大人しい
わ」


老人:
「大人しい(引用者注: 「大人しい」に傍点)
んじゃ
ねえ

頭が
だんだん
鈍って
きてんだ

そのうち
泣きも
笑いも
しねえ
子供になる

そうなりゃ
置物と
同じだ
逃げも
しねえよ」



なるほど。まさにわれわれは国家という孤島で教育という鎧を着せられマナーや常識で頭を歪められ社会から逃げるより過労死することを選ぶ五体満足な「箱櫃児」ではありませんか。
それはそれとして。
祖父を裏切ってカタンを助けようと試みる島の娘マヤ。
テレパシーでカタンの窮境を察したトミノはあわてて走り出して階段から転げ落ち、気絶している間の悪夢で来たるべき戦争の惨禍で廃墟となった未来の情景を幻視するのでした。そしてそこにはなぜかヒトラーユーゲント風の制服を着て肩を組むトミノとカタンの銅像が。彼らは間近に迫った世界大戦でどのような役割を演じてしまうのでしょうか。
父=汪の不気味な企みに対抗すべく、「幽霊」を廃業した母=唄子はトミノとカタンの行方を探す一方、見世物小屋の火事で居場所を失った片脚の「案山子」や多毛症の「シン」たちを自分の元に呼び寄せるのでした。
汪の見世物小屋での虐げられたもの同士の温かな日々は、資本主義経済体制におけるうたかたの夢でした。唄子はひょっとしたら虐げられた人々を集めて中里介山『大菩薩峠』のお銀様のように原始共産制ユートピアを作ろうとしているのかもしれないです。
いよいよ父性原理と母性原理の直接対決に突入するのでしょうか。そしてどんなひどい結果になってしまうのでしょうか。楽しみです。


丸尾末広 トミノの地獄 02 02


トミノの地獄めぐり。


grotesca[2]


ネットでみつけたガーゴイル画像。




丸尾末広 『トミノの地獄 ③』 (BEAM COMIX)
丸尾末広 『トミノの地獄 ①』 (BEAM COMIX)




こちらもご参照ください:

『集英社版 世界の文学 31 ドノソ 夜のみだらな鳥』  鼓直 訳














































































丸尾末広 『トミノの地獄 ①』 (BEAM COMIX)

「知らないの?
映画館の裏に
人さらいが立っていた
よ。」

(丸尾末広 『トミノの地獄 1』 より)


丸尾末広 
『トミノの地獄 ①』
Tomino the Damned
 
BEAM COMIX

KADOKAWA
2014年12月5日 初版初刷発行
180p
A5判 並装 カバー
定価780円+税
装幀: 米本恭己


「初出 月刊コミックビーム2014年3月号~6月号、10月号、11月号」



巻頭カラー4p、カラー口絵1葉。
本書は出た時に買おうとおもってうっかりして忘れていたのでアマゾンマケプレで最安値(140円+送料350円)のを注文しておいたのが届いたのでよんでみました、というか続けて三度よみ返しました。第二巻が待ち遠しいです。待ち遠しいといってもアマゾンマケプレで第三巻まで同時購入したのですが第二巻以降はまだ届いていないので待ち遠しいです。


丸尾末広 トミノの地獄 01 01


もくじ:

序章
第一章 ジゴクハジメ(一)/(二)
第二章 浅草の乳房
第三章 ガセネタ(一)/(二)

[トミノの地獄]ギャラリー (月刊コミックビーム2014年5月号掲載時の扉絵)



丸尾末広 トミノの地獄 01 02



◆感想◆


「トミノの地獄」をめぐっては「西条八十」「寺山修司」「森田童子」「皆川博子」について長々と書かねばならないのですが書けないのでとりあえず森田童子さん(「セルロイドの少女」)のご冥福をお祈りしておきます。あと皆川博子さん(短篇「花の眉間尺」で丸尾氏「童貞厠之助」へのオマージュを表明しておられます)の『笑い姫』にも見世物一座がでてくるのでよむとよいです(人造フリークスや小笠原諸島も出てきます)。

そういうわけで、本書は『少女椿』の「見世物小屋」を舞台に、『犬神博士』の髑髏のバースマーク(生まれつきのアザ)と怪しげな宗教団体の設定を取り入れつつ、『瓶詰の地獄』の男女キョウダイを双子に凝縮した主人公を中心にすえて、『芋虫』の作風で描いています。

本書はいつごろのお話なのか、画面に描き込まれた映画のポスターやノボリ等から推測できそうですが、第一章のタイトルが「ジゴクハジメ」なので皇紀2591年、すなわち西暦1931(イクサハジメ)年と考えてよいでしょう。ついでにいうと第二章のタイトル「浅草の乳房」は澁澤龍彦『ヨーロッパの乳房』のパロディ(本書第一章に浅草の石段の上にある「入口」として「ボマルツォの怪物」が描き込まれています)、第三章のタイトルは音楽ユニット「TACO」の山崎春美氏によるハードロックバンド「ガセネタ」からきているのではないでしょうか(第三章で描かれるのは見世物小屋の蛸娘をインチキ宗教団体の教祖に仕立てあげるエピソードで、まさに「タコ」の「ガセネタ」です)。
本書には蕗谷虹児をおもわせる「鋤屋巧二」や、レオナール・フジタをおもわせる「サルバドール・フジヤマ」といった人物も登場します。

しかしそんなことよりもやはり生き別れになったトミノ(ミソ)とカタン(ショウユ)の双生児そしてタコ少女エリーゼの行く末が気がかりです。どうなるのでしょうか。「山椒大夫」のような展開になるのでしょうか。わくわくします。いっそのことNHK連続テレビ小説でドラマ化するとよいです。


丸尾末広 トミノの地獄 01 03


トミノ(♀)とカタン(♂)は前髪の長さで区別します。階段の手すりにいるのはカールアップ(エッシャー)です。





丸尾末広  『トミノの地獄 ②』 (BEAM COMIX)

























































丸尾末広 『芋虫』


丸尾末広 『芋虫』
原作: 江戸川乱歩/脚色・作画: 丸尾末広

BEAM COMIX/エンターブレイン 2009年11月6日初版初刷発行
134p(カラー4p) A5判 角背紙装上製本 カバー 定価1,200円+税

「初出: 月刊コミックビーム 2009年6月号~9月号(単行本化に際し、雑誌掲載分に加筆修正)」



丸尾氏の本は集めたが売ってしまいました。が、このまえ久々に『瓶詰の地獄』と『パノラマ島綺譚』を買ってみたところ、やはりすばらしかったので、今回、『芋虫』を買ってみました。ハードカバー豪華版です。


芋虫1


帯文:

「最も危険、最も禁忌。
乱歩×丸尾、最強のコラボレーションは今、さらなる闇の奥底へ。」



帯裏:

「猛毒にして絢爛たる、手塚治虫文化賞受賞後第一作
世界を震撼させた受賞作『パノラマ島綺譚』に続き、
漫画界の魔神・丸尾末広が再び挑むは、
巨星・乱歩の全作品…いや、日本文学史上、最凶の問題作。
妖美極まる驚愕の画力で描く、
比類無き怪奇と戦慄に満ちた、愛欲の地獄。
これは奇跡か、或いは悪夢か。さあ、禁忌の扉を、開け。」



芋虫2


巻頭カラー4p。肋骨を這い回る芋虫はたいへんすばらしいです。

骸骨が踊り怪物が跳躍し動植物が入り乱れる丸尾氏の装飾的世界に、わたしはヨーロッパ中世彩飾写本の世界を連想します。
禁欲ほど奔放にエロティックな幻想を生み出すものはありません。そして丸尾氏の描く線はたいへん禁欲的です。


芋虫3


「得体の知れぬ悪夢にうなされて、
ひどい叫び声を立てたかと思うと、
時子はびっしょり寝汗をかいて
目を覚ました。」


これは乱歩「芋虫」原文からの引用ですが、巻頭にこれを持ってこられると、われわれ読者はどうしたってカフカの「変身」(「ある朝、グレーゴル・ザムザが気がかりな夢から目覚めると、じぶんがベッドのなかで一匹の巨大な毒虫になっているのを見出した」)を連想してします。夫は「芋虫」に変身し、妻は「カマキリ」に変身するのですが(「化人幻戯」参照)、しかしそれについては特に触れたいことはないです。
それとは別に、乱歩「芋虫」とダルトン・トランボ『ジョニーは戦場へ行った』との類似についても、トランボ(Trumbo)とランポ(Rampo)ってなんとなく似てるよね、ということ以外は、特に触れたいことはありません。

しかしこの衛生博覧会ふう見開き絵はすばらしいです。ドクロの上にいるバタイユ風ルドンの蜘蛛みたいなのがたいへんいかがわしくて秀逸です。


芋虫5


例によって比較対照のために光文社文庫版江戸川乱歩全集を引っ張り出してきました。「芋虫」は第三巻『陰獣』に収録されています。

今回は原作にはない「バナナ」のエピソードがかなり大きくフィーチュアされていますが、妙にリアリズムです。丸尾氏の綺想と画力を以てすれば、「時子」のサディズムをもっと幻想的かつ煌びやかに描き尽すことも可能なはずですが、本作はそういう意味ではややストイックな印象を受けました。そのぶん、時子の悪夢の凄絶なイメージが記憶に残ります。
しかしながら、じつは本書はそれほどグロくはないです。
尿瓶やお漏らしの描写、「勧められて養子をもらったら/スペイン風邪ですぐに死んでしまった」というエピソードも原作にはないようです。

最後、古井戸へ向かうシーンでは、丸尾氏は劇的にアングルを変えて描写していますが(風を白く細い線であらわす技法がすばらしいです)、このあたりは、あえて離人症的に遠くから眺めているような描き方をしてもよかったと思います。


光文社文庫版『江戸川乱歩全集』第三巻「自作解説」より:

「前に、「私は他力本願で、自作には全く自信がなく、人がほめれば、いいのかなあと思い、くさせば尤もだと思うたちだ」と書いたが、これは単なる弱気や劣等感ばかりではない。そのことを少し説明しておきたいのである。
私は子供のころから、私は私なりの意味で、「異邦人」だと思っていた。周囲の子供たちと、物の考え方も好き嫌いも、まるで違っているので、いつもハチブにされているような気がしていた。これは大人になっても同じことで、社会と交わって行くためには、私は本当の自分を隠して、仮面をかぶって暮らすほかなかった。来年六十歳の今では、仮面が板についてしまって、本当の自分の顔を忘れていることが多いが、仮面はやはり仮面である。
だから、そんな「異邦人」の書く物が、世間にもてはやされる筈がないという、先入観が先ずあるので、世間相手の小説には自信が持てない。自分と世間とは物の考え方が違うのだから、世人に読んでもらう小説のよしあしなど、自分でわかろうはずがない。本当の自分はいいと思っても、それは駄目なので、仮面の方で判断しなければならない。ところが仮面はもともと附け焼刃だから、仮面としての判断力など持たないのである。そこで自作のよしあしについては、全く他人まかせということになる。
いつも対世間的な仕事に於て、自説を固執出来ないのは、こういう次第なのである。(中略)但し、純粋の理論はこの限りでない。理論は万人共通の法則に従ってやれるのだから、これは、異邦人でも、世間の理論方式さえマスターしておれば出来る。だから、私は理論は好きなのである。世渡りの要領や喧嘩のかけひき、芸術の鑑賞など、理論で行かないものについて異邦人なのである。
しかし、またこうもいえる。異邦人なるが故に小説でも書くより手はなかったのだと。小説なればこそ、異邦人が却って歓迎せられたので、そうでなければ、のたれ死にしていたところかも知れないと。ところが、その小説に於ても、私は、どうも一般と気が合わない。ここでもまた異邦人なのである。
(中略)
私はあの小説を左翼イデオロギーで書いたわけではない。私はむろん戦争は嫌いだが、そんなことよりも、もっと強いレジスタンスが私の心中にはウヨウヨしている。例えば「なぜ神は人間を作ったか」というレジスタンスの方が、戦争や平和や左翼よりも、百倍も根本的で、百倍も強烈だ。それは抛っておいて、政治が人間最大の問題であるかの如く動いている文学者の気が知れない。文学はそれよりもっと深いところにこそ領分があったのではないか。
(中略)
「芋虫」は探偵小説ではない。極端な苦痛と快楽と惨劇とを描こうとした小説で、それだけのものである。強いていえば、あれには「物のあわれ」というようなものも含まれていた。反戦よりはその方がむしろ意識的であった。反戦的なものを取入れたのは、偶然、それが最もこの悲惨に好都合な材料だったからにすぎない。」
(『探偵小説四十年』より)



芋虫4

「幽霊の継子いじめ」。覗きからくりです。この場面も原作にはありませんが、たいへん効果的です。時子が自分の行為を客観視する契機になっているからです。主観と客観のあいだを揺れ動きつつ、時子は悲劇へと導かれていきます。
すべての悲劇はみずからを客観視することから起るといってもよいです。


江戸川乱歩「芋虫」より:

「時子のふさいだまぶたの中には、それらの三年間の出来事が、その劇場的な場面丈けが、切れ切れに、次から次と、二重にも三重にもなって、現われては消えて行くのだった。この切れ切れの記憶が、非常な鮮かさで、まぶたの内側に活動写真の様に現われたり消えたりするのは、彼女の身体に異状がある毎(ごと)に、必ず起る所の現象であった。そして、この現象が起る時には、きっと、彼女の野性が一層あらあらしくなり、気の毒な不具者を責めさいなむことが一層烈しくなるのを常とした。彼女自身それを意識さえしているのだけれど、身内に湧上る兇暴な力は、彼女の意志を以てしては、どうすることも出来ないのである。
ふと気がつくと、部屋の中が、丁度彼女の幻と同じに、もやに包まれた様に暗くなって行く感じがした。幻の外にもう一重(ひとえ)幻があって、その外の方の幻が今消えていこうとしている様な気持であった。」



丸尾氏は『夢のQ-SAKU』(1982)所収の短篇「腐ッタ夜 エディプスの黒い鳥」でも、乱歩の「芋虫」を自由にアレンジしていて、そこには本書で展開される要素のいくつかが既に出ており、本書の原型といってよいと思いますが、設定を父と娘に置きかえ、肥満して満月のように膨れ上がっていく肉塊になった父親を介護する、1920年代の「モガ」の(そして同時に、心をもたないレプリカントになりたがっていた1980年代の無表情な「新人類」少女の)、純粋でアモラルでアパシーな自閉的狂気を、心理描写抜きに描くことに終始した短篇作品は、本書の呆れるばかりの技術的完成度に比べると、作画にやや稚拙なところがみられるものの、ひとでなしのわたしとしては、むしろそっちのほうに強い愛着を感じてしまうのです。


夢のQ-SAKU

「腐ッタ夜 エディプスの黒い鳥」より。


この記事をよんだ人や芋虫は、こんな記事もよんでいます:
松山巖 『乱歩と東京』
江戸川乱歩 著/棟方志功 版画 『犯罪幻想』 復刻版




































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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