荒俣宏 編著 『Fantastic Dozen 第11巻 解剖の美学』

「だが、カイヨワの指摘を俟つまでもなく、これら初期解剖画はむしろ、厳格なルールと、新しく発見された知見の枠組みに挟まれた、自由の利かない誠実な写生図として生まれでたのである。換言すれば、解剖画の怪奇さは、放縦な想像力が使えない厳密で誠実な写生図であるからこそ、発生したものといえる。(中略)それは九割が事実に由来するために、なおさら始末に悪い強烈な幻想性を帯びてしまう。」
(荒俣宏 「第二の『解体新書』をめざして」 より)


荒俣宏 編著 
『Fantastic Dozen 
第11巻 
解剖の美学』

ART OF ANATOMY

リブロポート 
1991年9月20日 発行
165p 
B5判 角背紙装上製本 カバー 
定価2.060円(本体2,000円)
装丁: 鈴木成一



荒俣宏コレクション「ファンタスティク12(ダズン)」第11巻は人体(解剖図)編であります。
カラー/モノクロ図版多数。解説中モノクロ図版10点。口絵図版(カラー)1葉。


荒俣宏 解剖の美学 01


帯文:

「ファンタスティック12(ダズン)創刊!
【第11巻】解剖の美学 解剖図譜は16世紀イタリアのヴェサリウスをもって嚆矢とする。
筋肉男や骸骨男が町を背景にポーズをとる図像は、オランダのアルビヌスに受け継がれ、
歩く死体=ゾンビが初期解剖図譜のパターンとなった。次に、同じくオランダのダコティが
彩色をほどこしたエロティシズム溢れる生体解剖図を制作したが、これら西洋の美学と、
江戸期『三之助解剖図』に見られる解体作業にも似た生々しさとを、比較鑑賞されたい。」



帯背:

「荒俣宏コレクション」


「叢書刊行の趣旨」:

「「すべては目のために、目と心の娯しみのために」
―そう書き綴ったのは、17世紀に驚異の図像を世に送りだした
イエズス会の万能学者A. キルヒャーの弟子ブオナンニである。
彼は目の喜びのために望遠鏡を、顕微鏡を、そしてさまざまな光学器械を用いつつ、
自然物の驚異を伝える銅版図を刊行しつづけた。
目の娯しみ!
たしかに、人間はこのときから叡智と娯楽と驚異とが
分かちがたく結びついた新たなエンターテインメントを開発することになった。
そして、17~19世紀に至る300年間は、図像の黄金時代となった。
目を喜ばせ、啓発し、興奮させる新しい図像の創成期であった。
しかも、さらに驚くべきは、写真や映画を通じて
リアルな映像に慣れすぎた現代人の目をも、
これらの驚異図像は、歓喜させ、啓発し、刺激する事実であろう。
記号よりも図像。
観念よりも表現。
写生よりも図解。
図像とは、目と心の結合が生み出した、
自然には絶対に存在しない大脳の内側のパノラマである。
図像のもつ、このような肥沃な表現力と想像力を、
現代に解き放つことを目的に、本コレクションは刊行される。
この本の娯しみ方はただひとつ、全身を目玉にして、
次々にあらわれる人工図像のパノラマに歓喜し、
そこからさまざまな叡智を読み解くことである。
これは目玉の大冒険である。(荒俣宏)」



目次:

第二の『解体新書』をめざして――解剖図譜を見る目とその焦点
 1 幻想の解剖図
 2 歩く死体
 3 皮膚や肉を脱ぐストリップショー
 4 解剖のエロティシズム
 5 日本の解剖図

出典解説

【第一部】 彩色解剖図譜の驚異
 理想の死体が演じるストリップショー  アルビヌス『人体筋骨構造図譜』 1749
 初の色刷り解剖図  ル・ブロン 『腸の解剖図』 1742
 解剖学的エロティシズムの極致  ゴーティエ・ダコティ 『人体構造解剖図集』 1759 ほか
 幻想画に変じた医学図譜  グランヴィル 『流産と婦人病』 1834
 バロックの奇怪な骨格解剖図譜  マイヤー 『陸海川動物細密骨格図譜』 1751
 卵の中の大宇宙  ボードリモン 『胎児および鳥類・両生類の胚発育に関する生理解剖学』 1846
 機械的感覚の横溢  リザーズ 『解剖図誌』
 苦悶の表情をうかべる解剖モデル  オルターリ 『人間の内臓解剖図譜』 1838
 手彩色石版によるやさしい解剖図  リヒテル 『解剖学雑誌』
 病変器官のファンタスティック・ワールド  クルヴェイラー 『病理解剖学』 1835-1842

【第二部】 諧謔と鮮烈の江戸腑分け図
 吊るし切りによる人体の解体作業  『三之助解剖図』
 芸用解剖図の嚆矢  河鍋暁斎 『暁斎養生鑑』
 花魁の体内遊覧  『房事養生鑑』

【第三部】 幻想の一八世紀解剖図譜
 ゾンビとして跳梁する解剖人間  カウパー 『新筋肉裁断術』 1724
 臓器博物館の名作展示物  ロイス 『人骨の盆景』 1701
 一八世紀解剖学教室の情景  ホガース 『解剖学教室』 1759
 幼児解剖の名作図譜  フォン・ハラー 『解剖図集』 1756
 科学精神の下僕へと降下した医学図譜  スカルパ 『ヘルニヤ治療法』 1823




◆本書より◆


荒俣宏 解剖の美学 02


口絵「解剖学の天使●J.-F. ゴーティエ・ダコティ『彩色筋学総論』1746より。」


荒俣宏 解剖の美学 03


ル・ブロン『腸の解剖図』。


荒俣宏 解剖の美学 04


ゴーティエ・ダコティ『人体構造解剖図集』より「〈自分の髑髏をみつめる骨格人間〉」


荒俣宏 解剖の美学 06


ゴーティエ・ダコティ『頭部解剖図』。


荒俣宏 解剖の美学 07


ゴーティエ・ダコティ『解剖学講義』より「手の解剖図」


荒俣宏 解剖の美学 08


グランヴィル『流産と婦人病』より「妊娠5ヵ月の流産例」


荒俣宏 解剖の美学 09


リザーズ『解剖図誌』より「妊娠9ヵ月の子宮内部」


荒俣宏 解剖の美学 10


クルヴェイラー『病理解剖学』より「肺の病気」


本書より:

「もはや、〈ファンタスティック〉と呼ぶほかはない光景である。それにしても病変部にあらわれるこれらの異化の印象を、どのように表現すればよいのだろうか。底辺にそら寒さを擁した異様な眺めである。」


荒俣宏 解剖の美学 11


クルヴェイラー『病理解剖学』より「腹膜妊娠」(部分)。


本書より:

「妊婦が慢性腹膜炎のため、胎児が腹膜のくぼみで育ったケース。(中略)むしろ悲劇的な図である。こうしてみると、グランヴィルの同趣旨の図にみられた光景は、胎児をとりまく環境のどこかに涅槃のイメージをあらわしていた点で、正視にたえるような工夫があったといえる。」


荒俣宏 解剖の美学 12


『三之助解剖図』より「肺そのほかの臓器」


本書より:

「まさしく吊るし切りというにふさわしい光景である。この眺めは、西洋の解剖学教室における腑分けとはちがう、あえて言えばアンコウなどの解体方法を彷彿させるイメージにあふれている。」



荒俣宏 解剖の美学 13


フォン・ハラー『解剖図集』より「幼児の解剖②」


本書より:

「幼児解体というショッキングな選択を、なぜフォン・ハラーがおこなったのか、ぜひとも知りたいものだ。」




こちらもご参照下さい:

タイモン・スクリーチ 『江戸の身体を開く』 高山宏 訳 (叢書メラヴィリア)
『ラヴクラフト全集 4』 大瀧啓裕 訳 (創元推理文庫)











































































































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荒俣宏 『パラノイア創造史』 (ちくま文庫)

「しかし確実にいえるのは、パラノイアの創造力はもはや創造する側の主体性を遠く離れて、まるで塵のように空中を浮游し、一個の「遊離パラノイア物質」として隙あらばあらゆる客体に化肉しようと腕をこまねいている事情である。」
(荒俣宏 『パラノイア創造史』 より)


荒俣宏 
『パラノイア創造史』
 
ちくま文庫 あ-11-3 

筑摩書房
1991年12月4日 第1刷発行
280p
文庫判 並装 カバー
定価580円(本体563円)
装幀: 安野光雅
カバー装画: ANDRÉE MARTY
カバーデザイン: 加藤光太郎


「この作品は一九八五年一一月二五日、筑摩書房より刊行された。」



元は「水星文庫」シリーズの一冊として刊行されました。
本文中図版(モノクロ)多数。


荒俣宏 パラノイア創造史 01


帯文:

「しじまのなかに叡智を聴け。
日常の隙間から訪れる奇妙な啓示(インスピレーション)に憑かれ、別世界の到来をひそやかに夢想する幻視者(パラノイア)たちの魅惑の文化史。」



カバー裏文:

「悪魔の肖像を描いた画家、地球を割ろうとした男、偉大なる記憶力の持ち主、新文字を発明した人々、二つの人格を往復した男――。過剰なる夢想と偏執の果てに何ものかを見出し、われわれに別世界の訪れを予感させる古今東西の幻視者たち。かれらの得た奇妙なインスピレーションを解明し、「創造と狂気」のはざまを生きた人々の謎と魅力に迫る野心作。「パラノイア創造史」類似行為者目録抄付。」


目次:

序「パラノイア創造史」の創造史
 牛肉、海外旅行、都市、革命
1 悪魔の肖像を描いた画家――クリストフ・ハイツマン
 悪魔、マリア像、妊娠、黒犬、男根
2 妖精に憑かれた家系――チャールズ・オルタモント・ドイル
 妖精、クラインの壺、ルービンの盃、写真機
3 永久運動機関の発明家――ウィリアム・マーチン
 時計、空気、万有引力、天体、炭坑
4 地球を割ろうとした男――ニコラ・テスラ
 新機械、発電、電光、交流電流、体臭、異邦人
5 驚異の心霊的発掘家――フレデリック・ブライ・ボンド
 廃墟、ゲマトリア、アーサー王、自働書記
6 異端派転生を信じた医者――アーサー・ガーダム
 カタリ派、悪夢、アーサー王、聖杯、ギリシア型十字架
7 フロイトと交感した患者――狼男
 白い狼、エジプト遺物、鼻、贈り物、ユダヤ人
8 二つの人格を往復した男――エンゼル・ブーン
 銀行預金、鏡、現金、憑きもの、大工
9 太古の記憶を幻視した詩人――AE ショー・ウィンドー、反射、アイオーン、根源文字
10 偉大なる記憶力の持ち主――“シィー”あるいはエス・ヴェー・シェレシェフスキー
 不眠症、数字、記憶術、共感覚、普遍文字
11 新文字を発明した人びと――鶴岡誠一 and/or 島田文五郎
 大脳、じゃまんと石、人造言語、天道文字
12 幻覚幻聴体験と電気感覚――電気屋
 電話、感電、無線、幻聴、動物磁気
13 奇妙な家を建てようとした男――赤木城吉
 電話、世界旅行、擂鉢、天秤、股引、窓
14 架空のパラノイア患者の転生――桜姫
 離魂病、生霊、渓狗、九相図、罪
付録「パラノイア創造史」類似行為者目録抄
 尾をもつ人間、異言症、宦官幻想、精液、梅毒、断食
あとがき



荒俣宏 パラノイア創造史 02



◆本書より◆


「「パラノイア創造史」の創造史」より:

「新しい刺激、見も知らぬ事物、そして体験。日常(ルーティン)がそこで破綻(はたん)したとき、われわれは錯乱と対面する。(中略)都市文明や科学技術の開示した「新時代の光景」は、あらゆる意味でわれわれの秘められた幻視機能を狂気の側に追いたてた。」
「かくて正体不明の機械オブジェが文化の風景を変えた近現代に、狂気と幻覚、パラノイアとスキゾフレニアの絶対数が異様な増加を示すという本能的な認識。」



「悪魔の肖像を描いた画家」より:

「フロイトによれば、パラノイアすなわち妄想性痴呆の特異とする点は「異性との性的営みが不能となることであり、それらは多く同性愛へ、つづいて自己愛へ、そして自己憎悪へと向かう傾向をもつ」ことだという。」

「しかし、フロイトが理解したハイツマンの家族状況――すなわち父を失ったということ――は、テキストの誤読である可能性が高く、(中略)クリストフ・ハイツマンの日記と絵に対するフロイトの見解を批判したリチャード・ハンターは、したがってそれら一連の精神分析作業に、むしろ「当時自ら父を失った悲しみのなかにあったフロイト自身の意識の投影」を見てしまうのだ。
 精神分析がしばしば被験者ではなく試験者自身を分析する結果となることの意味が、ここに見てとれる。」

「折しも十七世紀に書き残された精神異常に対する療法の実際を探ってみると、患者を拷問にかけることが真に実効ある方法とみなされていた事情が明白になる。天井から吊るした椅子に患者を縛りつけ、これを烈しく回転させ失神状態をひき起こさせる方法。この方法は、錯乱した精神を再秩序化(リオーダー)させる最高の手段とされた。またファン・ヘルモントが開発したのは、患者の頭を不意に氷水桶に突っ込んで、「過熱した頭を冷却」する方法。また、出血、嘔吐は狂気を鎮めるのに効果があると考えられたため、鎖につないで袋叩きにすることが「血や排泄物、嘔吐物とともに狂気を追いだす」治療法として承認されていたという。」
「ハイツマンの拷問幻想は、ある意味で、マリアツェルにおける第一回目の治療を通じて一層重大な状況におちいった。換言すれば、第二の悪魔出現は、前回の治療によって受けた苦痛体験に起因するという、まったく皮肉な結果を辿った可能性さえあるのだ。そしてハイツマンが第一回の治療後にマリアツェルを去り薔薇十字の結社に加入したのも、一種の逃避行動だったと思われる。
 そこで贅言を付するならば、薔薇十字系の集団はおそらくその時期にパラケルスス=フラッドの錬金術理論に基づいた新たな精神病治療を実際に移しつつあったのではなかろうか。その方法とは、今日知られるところでは磁石を用いるものだったとされ、魔術めいてはいたが拷問の苦痛から患者を解放するメリットをもっていた。」



「妖精に憑かれた家系」より:

「だとすれば、妖精にはもう一つの「隠れ場所」があるとも言える。妖精を見ようとする人間の目が、いつもふらふらと動いているのなら、いっそこちらは動かないでいるのだ。絶対静止空間、ニュートンのいうエーテル、そのような空間にとどまることである。すると妖精は、つねに動きまわっている視線に摺りあわなくなって、知覚される心配がなくなる!」

「最後に、動かない目で外景を見るという行為は、われわれが考える以上にパラノイアじみた体験を現出させるものだ、という事実を強調しておきたい。それは、たとえば明治時代に昼間撮影された銀座通りのスナップ写真などを見れば一目瞭然となる。それらの写真に何が映じているかといえば、煉瓦づくりのエキゾチックな町並と立ち木、そしてたまさか置きざりにされた人力車などである。
 ただ、奇妙なのは、白昼のスナップ写真だというのに、銀座のまん中に人影がない! 人っ子ひとり見当らないのだ。明治期の写真がわれわれに与える衝撃の一つは、まさにこの点だろう。しかしあれは、わざわざ人の通行を制限し、無人の状態で撮影したからではない。(中略)露出時間があまりにも長すぎたために、かれらの姿が銀板に固着されるより前に(中略)去っていってしまっただけなのである。」

「一九八三年になって、(中略)コティングレー問題はおよそ六〇年ぶりに結着した。妖精たちは、やはり、当時の挿絵を切り抜いたものであった。しかし彼女たちは写真の偽造こそ告白したものの、「妖精が実在するのはほんとうよ」とコメントしたという。」



「地球を割ろうとした男――ニコラ・テスラ」より:

「たとえばかれは、一八九八年に目覚まし時計ほどの発振器を発明し、バイブレーターを通じて長さ二フィート、厚さ二インチの鋼材を振動させた。そして振動によって鋼材を折ることに成功したのである。これは鋼材の持つ固有振動に合った振動を送ることで共振が起こり、ついに鋼材を折るほど巨大な力になるためだ。(中略)しかもである、共振現象を利用すればわずかな力を与えただけでビルも橋も――地球さえも破壊できるとして、実際に地球をまっ二つに割る発振装置の製造案を提示した。」


「異端派転生を信じた医者」より:

「たとえばキリスト教ファンダメンタリズムがつねに西洋的妄想の源泉を支えてきた事実を眺めるとき、圧倒されるのはその完璧な一貫性である。事実ないし真実というものが、実はそれを口にする側の確信や狂信との混合物でしかないことを、われわれはいやおうなく痛感させられる。」


「新文字を発明した人びと」より:

「問「どこが悪いか」
 答「目の玉の奥に柘榴(ざくろ)の実の如き腫物がたくさんできて激しく痛むのが何より困る。小刀で切開して診(み)てくれ」
 問「先だって汝の所持本を破りしは何故か」
 答「夜中枕もとにある本を見しに親父の頭に蛇の体がついた一寸足らずの虫が書籍の一枚一枚の間に居りて動くゆえ、本を破った」
 問「親父は来るか」(実はかれの父は死亡している)
 答「昨夜も来ました。わたしがまだ起きているうちは壁の側に坐していましたが、臥床せしにわたしの頸(くび)を絞めてヒドイ目にあわせました」
 問「親父は何か言ったか」
 答「改心しろといいました」
 この問答の結果、呉は、被告の叡智、判断力、注意力、観念連合ともに迅速亢進(こうしん)し、要するに通常人よりも感受性が強いためにたちまち激越して抑制が利かなくなる〈躁狂〉と診断した。すなわち、呉はここで明白には述べないまでも、精神病の中に「常人よりも精神機能の昂揚せる状態」を招く例があることを暗黙的に認め、あたかもこの狡猾な脱走方法が「狂気ゆえに創案し得たもの」とするかのごとき言辞を残したのである。
 呉秀三が多数の精神病患者を診療するうちに、どうやら狂気がかならずしも精神機能の廃失や後退を意味するのではないらしいと気づいたのは、いつごろのことだろうか? かれはもちろん狂気と創造力の関係を具体的に明言してはいない。しかし、(中略)かれは無意識に〈創造的狂気〉の追認へと導かれていったらしい。」

「次の島田文五郎のケースは、おそらくすべての創造文字の中で最も〈芸術的〉な作品と呼べるのではないか。かれの病歴はこうである。患者は幼時より窒息すること数次に及び、何度も死の境をさまよった。そのため長ずるにしたがい被害妄想を抱くようになり、「自分は日本人ではなく異国人であるために冷遇されているのだ」と確信するに至った。そしてついに二十七歳のとき東京に出てニコライ堂を訪れ、「自分はドイツ人シターウと申すものだ、問いただしたいことがある」と強引な振るまいに及んだという。そのために巣鴨病院に拘留され、呉秀三の診察を受けることになった。患者は言う――「(これまで悲運つづきであったことは)これ実に余が日本人に非ざるが為ならん。余は必ず外国人にして、これ日本に生れたるのみ。余は帰化するの他に喜途なし」と。かれは(中略)帰化の手続き問題にこだわり、西洋人のうち最も憬慕する人物の一人であったビスマルクにあてて、帰化嘆願書を発送した。理由は、「自分が必ずやドイツ人であるから」というのであった。しかし呉を最も驚かせたのは、その嘆願書に用いた新文字であった。「これ余が発明の新文字にして、表よりこれを見れば西洋文字にして、裏よりこれを見、縦読すれば本邦の文字なり」という。つまり患者はほとんど見たこともないドイツ語の文字を“発明”したばかりでなく、裏から見れば“日本の文字”として読めるという、まったく翻訳不要の新文字を創りあげたのである!
 したがって呉秀三は『精神病者の書態』を締めくくるにあたって、この新文字創造の原因の一つを「一種驚くべく異むべき知覚感触あるに出づるあり。身に知覚の異常ありて従来と皮感大いに異るを以て、これを発すべき新語をなすものにして、あるひは以て空中電気とし、あるひは空中磁気とす」と論じた。つまり常人には体験できぬ刺激を受け、その反応として新語を創らざるを得なかったというのだ。ここまでくれば、問題はすでに左半球の意識作用、つまり筆記の障害から大きく離れる。いや、むしろアウトプットとしての左半球機能は正常以上に働いているのだ。そして、そうした正常以上の働きを可能にしたのは、アウトプット回路ではなくしてインプット回路――感受性の異常亢進にほかならない。書態にかかわるこの創造的狂気の発想は、要するに患者の内と外とを結ぶ感覚器の変容をきっかけとする。これは極言すれば、〈新感覚器〉の獲得と同じ効果を持つ。
 だからこそ呉秀三は、これら恐るべき新文字を面前に突きつけられて、こう結論づけるよりほかになかった。「精神病者における文字創作はその奇症の一とすべし。原人の宇宙間に処せしとき新言語の創作(オノマトポエシス)は日に多きを加へしならん。それ今日といへども新現象の発見、新器用の発明ごとに、常に新字(新熟字)を作りてこれを命名するを常とするなり。しかうしてこれと同一種の事は正に今日しばしば精神病者につきてこれを見ることを得るなり」
 以上の文をさらに要約すれば、精神病者の新文字創造こそ、人類による言語の獲得過程の再演にほかならない、ということだ。見たこともないものを見るという体験は、すでに述べたようにインプット(知覚)の異常である。そこで、通常の反応回路を逆転させたともいえる新感覚の獲得が、次にもとめなければならないのは、新しいアウトプット(表現や行動、対応)であろう。言語についてなら、それは新語の創造だ。さらに、こうした新しいアウトプットを創りだす行為が「創造」と呼べるのなら、この種の狂気は創造のための必然的要件といえるのではなかろうか。」



「幻覚幻聴体験と電気感覚」より:

「ともかくも、筆者を慄然とさせた精神病者たちの発言を、すでに挙げた『精神科症例集』からいくつか引いてみたい。
 ①分裂病症例12 女(一九〇一年十二月生)
 「家は?」
 「エジプト」
 「エジプトの何町?」
 「○○町」
 「何県?」
 「エゾ松前の地獄谷」
 (支離滅裂な自発語の例)
 「恐れいります。プリーズ。いたい。西瓜のたね。体じゅう寒いの、あつい、天皇さま。暑いの」
 「エレクトリックと先生申しましたね。グリーク語で電気という意味でしょ。何て失礼なこと申しましたでしょうか。かい虫が一匹出たことがありましたね。先生が一度お見舞いくださいましたとき、強情な奴見たことないと申しました」」

「患者の自発語に見える「エレクトリック」「電気」などの言葉は、ある意味で幻聴や幻覚などよりもずっと切実な体験にこそ由来している。すなわち電気ショック療法である。(中略)かれらにとってこのショックがどれほど恐しいものであったかは(中略)納得できる。」



「架空のパラノイア患者の転生」より:

「しかし確実にいえるのは、パラノイアの創造力はもはや創造する側の主体性を遠く離れて、まるで塵のように空中を浮游し、一個の「遊離パラノイア物質」として隙あらばあらゆる客体に化肉しようと腕をこまねいている事情である。」
「この驚くべき「遊離パラノイア物質」は、次にどのような客体にとり憑くのだろうか。むろんその対象は、虚構であろうと現実であろうと、表面的な様式の違いを問いなどはしない。」



荒俣宏 パラノイア創造史 03




こちらもご参照ください:

種村季弘 『ある迷宮物語』








































































































荒俣宏 『大東亞科學綺譚』

「それにしても、西村真琴はどういう理由で人造人間の製作を思いたったのだろうか。むろん労働の代役をさせる機械奴隷を生みだすためではない。「深い理想をこめた」この製作物は「生物の発生と進化にならう」ものだ。「奴隷的人造人間のみを作って喜ぶというのは、天地の傑作である人間を真似て作る態度として、すこし淋しすぎはしないか」。だから彼は「人種的の差別を超越」した顔をもつ、考えることと微笑むことしかしないロボットを作った――。」
(荒俣宏 「人造人間は微笑する」 より)


荒俣宏 
『大東亞科學綺譚』


筑摩書房
1991年5月21日 初版第1刷発行
444p 口絵(カラー)viii 
20×16cm
丸背紙装上製本 カバー
定価2,880円(本体2,796円)
造本: 祖父江慎



初出: 「OMNI日本版」1986年11月号~87年8月号、88年5月号、89年1月号。
本文中図版(モノクロ)多数。


荒俣宏 大東亜科学綺譚 01


帯文:

「飛べよかし!
超人間の産みの親・西村真琴、火星人たる心構えを説いた原田三夫、絶滅鳥学と架空鳥学をうちたてた蜂須賀正氏、海産脊椎動物に熱中された昭和天皇――未知に憧れた独創の科学者たちの、不思議でキュートな冒険譚のかずかず。
前の世の夢まぼろしよ」



荒俣宏 大東亜科学綺譚 07


帯裏:

「奇妙なことに、これまでの科学史では、公共部分だけが問題となり、私有物に光を当てようとしなかった。だから、独創的だったり大規模すぎる思想を持った人々は必然的に埋もれるしかなかたtのだ。私有部分のすごさ、壮大さを比べるという評価法がなかったためである。……けれども、科学をもともと個人の夢、個人の積み木遊び、その全部をけっして世界で共有することのでいぬ生産物と見るかぎり、私有物はユニークであればあるほど輝き始める。詩人とその作品、魔法使いとその魔力が、本人だけの所有物だったのと同じように。――前口上より」


荒俣宏 大東亜科学綺譚 02


目次:

前口上 まぼろしの日本科学再訪

第一部 日本科学と少年科学
 人造人間は微笑する――万能科学者・西村真琴
  胸にコスモスの花
  満州のマムシ、中国のハト
  保育曼陀羅
 火星の土地を賣つた男――科学啓蒙家・原田三夫
  科学漫画の謎
  火星の土地を売り出した男
  日本ポピュラー・サイエンスの誕生
  子どもはみんな科学者だった
  科学啓蒙の試みまで
  原田三夫の私的な生涯
 冷凍を愛した熱血漢――発明事業家・星一
  代用科学の神髄
  星一の生い立ち
  腐敗しない粉の秘密
  頭脳動員を提案した人
  最大の危機と強制和議
  大規那帝国を夢みて
第二部 忘れられた科学の復活
 江戸の幻獸事典――博物学者・高木春山
  海中花採集記
  江戸の基本科学、博物学
  好奇心探偵団
 まぼろしの大東亞博物館――中井猛之進と“ある執念”
  明治十六年「水産博覧会」のこと
  地下に眠る博物館の夢
  一家三代の奇縁
  植物学者の父と子のまなざし
  まぼろしの博物館は生まれた
 よみがえる德川政治――徳川義親と昭南博物館
  虎狩りの殿さま
  私設研究所の黎明
  昭南の奇跡
  南方こそユートピア
 絶滅鳥を愛した探險家――蜂須賀正氏と冒険博物学
  運命の論文
  ドードーの呪いか?
  冒険華族とコスモポリタンの挫折
  破格の学風を樹てた人
  有尾人をもとめて
 大和魂を科學した人――駿河湾の生物学者・中沢毅一
  富士川が育てるエビ
  アナロジーの生物学者
  大和魂の生物学的解明
 南洋の若き學徒たち――畑井新喜司とパラオ熱帯生物研究所
  内南洋に夢みた人々
  若き研究者たちの熱帯
  大東亜の科学
  ユートピアの終焉
第三部 やんごとなき科学者たち
 昭和天皇とアメフラシ――呪儀と科学のあいだ
  自然への感謝の念
  博物学開眼
  アメフラシを食べられる
  “怪物”の正体やいかに…
  博物学と農耕儀礼
  〈嘗(な)めること〉の意味
 ラストエンペラーの熱帶魚飼育――満州・中国のナチュラリスト
  皇帝という名の囚われ人
  空前の熱帯魚ブーム起こる
  皇帝の博物学教師となる
  戦争下の日中共同研究

あとがき
協力者名一覧

著者略歴
初出一覧



荒俣宏 大東亜科学綺譚 03



◆本書より◆


「前口上」より:

「科学というのは、ひょっとしたら元来「私有物」にすぎなかったのかもしれない。個々人のプライベートな積木遊びだったのかもしれない、と思いはじめた。近代日本の科学史にほとんど語られずに埋もれていった破格の人々を追いかけているうちに。」
「ある人が徹底的に科学に生きようとするとき、かれが生涯を通じて達成した成果は、たぶん単純な原理や真理や法則の発見、技術の開発には還元できないということだ。そこには本人の性格やら生きざまやら運命が目にみえぬ形でこびりつき、結局その人自身の生産物として世に残される。万有引力なら万有引力でいいが、ぼくたちに理解できるのはニュートンが生産した理論全体の何分の一かにすぎない。残りの部分は科学の理論というよりもかれの信条や個性のほうに属する。つまり私有物の部分なのである。
 ところが奇妙なことに、これまでの科学史では、公共部分だけが問題となり、私有物に光を当てようとはしなかった。だから、独創的だったり大規模すぎる思想を持った人々は、必然的に埋もれるしかなかったのだ。私有部分のすごさ、壮大さを比べるという評価法がなかったためである。
 けれども、科学をもともと個人の夢、個人の積木遊び、その全部を決して世界で共有することのできぬ生産物と見るかぎり、私有物はユニークであればあるほど輝きはじめる。」
「われわれには今、そうした豊潤な私有部分を持った奥行きの深い科学者たちの物語に、耳をかたむけてみるときがきたのかもしれない。」




荒俣宏 大東亜科学綺譚 04


「●星一が会社乗っ取り事件を強制和議のかたちで乗りきったとき、記念にくばった新しい福神〈ダーピー〉。この神の霊効はあらたかで、急病に倒れた〈国士〉杉山茂丸も蘇生したという。」


荒俣宏 大東亜科学綺譚 06


「●東京・文京区にある小石川植物園パームハウス(椰子温室)に立つ、作家中井英夫氏。ここは祖父堀誠太郎と父中井猛之進に関係深い場所だ。」


荒俣宏 大東亜科学綺譚 05


「●小石川植物園の本館は、昭和十二年に着工し十四年に竣工している。植物園はすでに植物学教室と切り離されていたが、教授と園長を兼ねる中井猛之進は、何度もこのドアノブを回して園長室に向かったに違いない。」





















































































































荒俣宏 編著 『Fantastic Dozen 第2巻 神聖自然学』

「『神聖自然学』は世にも奇怪な再画合成図像を構成することになった。一見すると寓意図のようなこの画面には、聖書の名場面が当時の最先端科学書から引いたアバンギャルドな図とモンタージュされるのである。」
(荒俣宏 「バロック期図像の万華鏡」 より)


荒俣宏 編著 
『Fantastic Dozen 
第2巻 
神聖自然学』

PHYSICA SACRA

リブロポート
1990年10月12日 発行
189p 口絵1葉
B5判 角背紙装上製本 カバー
定価2,060円(本体2,000円)
装丁: 鈴木成一



本書「バロック期図像の万華鏡」より:

「まさに知る人ぞ知る、バロック科学の王者ヨハン・ヤーコプ・ショイヒツァー(一六七二―一七三三)の奇著『神聖自然学』を、日本の読者にこうして紹介できるとは、何という恍惚であろうか。
 この書物は、内容もさることながら、バロック期の奇想に満ちあふれた銅版図版を満載し、原著者ショイヒツァーの理解しがたい情熱を雄弁に語りかけてくる。キリスト教に語られるドグマをすべて一八世紀科学の光に照らしだし、ふたたびその真実性を検証しようとした、途方もない企てだからである。」
「実は、久しく埋もれていたこの書物を二〇世紀に再発掘したのは、幻想絵画論に新機軸をうち樹(た)てようと意欲的であったロジェ・カイヨワであった。」
「ここには原著の約三〇パーセントにおよぶ図像を復刻するが、紙幅の関係でこれが精いっぱいであった。」



モノクロ図版170点、カラー図版(口絵)1点。解説中図版(モノクロ)5点。


荒俣宏 神聖自然学 01


帯文:

「バロック科学の王者ショイヒツァーが、キリスト教の真実性を検証するために、
聖書に18世紀科学の光をあて、その図像化を図った恐るべき試み。
天下の奇書を世界に先駆けて復刻する。」



目次:

バロック期図像の万華鏡

旧約聖書 
 創世記
 出エジプト記
 レビ記
 民数記
 申命記
 ヨシュア記
 士師記
 サムエル記
 列王記
 歴代志
 ヨブ記
 詩篇
 箴言
 伝道の書
 雅歌
 イザヤ書
 エレミヤ書
 エゼキエル書
 ダニエル書
 ヨナ書
新約聖書
 マタイによる福音書
 ルカによる福音書
 ヨハネによる福音書
 使徒行伝
 ローマ人への手紙
 ヨハネの黙示録




◆本書より◆


「バロック期図像の万華鏡」より:

「一七二六年、ショイヒツァーの名声を決定的にする大著『ノアの大洪水を目撃した人間』が刊行される。これは、ノアの大洪水時代に存在した人間の化石を発見したというセンセーショナルな事件を報告したものであった。」
「ショイヒツァーが「ノアの大洪水で溺れ死んだ昔の罪ぶかい人間の哀れな骨格」とし、〈ノアの大洪水を目撃した人間〉と呼んだこの骨格は、しかし一八世紀後半になってヨハン・ゲスナーにより、人骨ではなく大ナマズの骨だと反駁された。そして一八一一年になると、比較解剖学の開祖キュヴィエにより巨大なサンショウウオの骨であることがあきらかにされた。キュヴィエはしかし発見者に敬意を表して、アンドリアス・ショイヒツェリ・テュデイなる学名を与えた。
 ちなみに、彼が発見したオオサンショウウオは、絶滅したものと思われていたが、一九世紀になってシーボルトが日本で「生き残り」を発見した。これがオオサンショウウオで、この奇妙な連鎖を物語に仕立てあげたのが、カレル・チャペックの名作『サンショウウオ戦争』(一九三六)だったのである。」

「あの〈人骨〉化石発言(中略)にはショイヒツァーとしての深い動機付けがあった。聖書に描かれている故実を、科学的に立証しようという情熱である。当時、唯一の世界創造史と信じられていた聖書を、(中略)新たに発展してきた「科学」によっても称揚すること。それがショイヒツァーの科学者としての野望であった。彼の考古学は、実のところ聖書考古学にほかならなかったのである。
 だからこそ、一七二六年に彼が発見した〈ノアの大洪水を目撃した人間〉の骨化石は、実に興奮すべき成果だったのである。」
「そして、ショイヒツァーは次に、聖書の真実性を立証する別種の探究にも着手した。それが一七二三年からアウグスブルクで刊行しだした『神聖自然学』すなわち“Physica Sarca”全四巻なのである。
 本書において、ショイヒツァーはアルプスの化石が語る仮説と並行する見通しに即しながら、聖書に書かれた神や聖人の行為、事蹟のすべてがいかに途方もなく見えようとも、自然科学的に十分根拠と可能性とを備えた描写であることを、いちいち実証しようとしたのである。
 ロジェ・カイヨワが論じたように、成立した彼の大著は、形式として「当時の科学知識を一般に広めることを目的としながら、『聖書』の図解という方法」をとったのである。そのために本書の図解は、ノアの大洪水や出エジプトやバベルの塔といった聖書名場面集を中心にしつつも、その周囲に当時有数の科学書から転用したさまざまな図像を散りばめるかたちになった。」
「その結果、『神聖自然学』は世にも奇怪な再画合成図像を構成することになった。一見すると寓意図のようなこの画面には、聖書の名場面が当時の最先端科学書から引いたアバンギャルドな図とモンタージュされるのである。」



荒俣宏 神聖自然学 02


「神はまた言われた、
「われわれのかたちに、
われわわれにかたどって
人を造り、
これに海の魚と、
空の鳥と、
家畜と、
地のすべての獣と、
地のすべての這うものとを
治めさせよう」。
神は自分のかたちに
人を創造された。
すなわち、
神のかたちに創造し、
男と女とに創造された。
(『創世記』第一章二六―二七)」




荒俣宏 神聖自然学 03


「主はモーセに言われた、
「あなたはアロンに言いなさい、
『あなたのつえをさし伸べて
地のちりを打ち、それを
エジプトの全国にわたって、
ぶよとならせなさい』と」。
彼らはそのように行った。
すなわちアロンは
そのつえをとって手をさし伸べ、
地のちりを打ったので、
ぶよは人と家畜についた。
すなわち、地のちりはみな
エジプトの全国にわたって、
ぶよとなった。
(『出エジプト記』第八章一六―一七)」



荒俣宏 神聖自然学 04


「神は紅海に沿う荒野の道に、
民を回らされた。
イスラエルの人々は武装して
エジプトの国を出て、上った。
そのときモーセは
ヨセフの遺骸を携えていた。
ヨセフが、
「神は必ずあなたがたを
顧みられるであろう。
そのとき、あなたがたは、
わたしの遺骸を携えて、
ここから上って行かなければ
ならない」と言って、
イスラエルの人々に
固く誓わせたからである。
こうして彼らは
更にスコテから進んで、
荒野の端にあるエタムに
宿営した。
主は彼らの前に行かれ、
昼は雲の柱をもって彼らを導き、
夜は火の柱をもって彼らを照し、
昼も夜も
彼らを進み行かせられた。
昼は雲の柱、夜は火の柱が、
民の前から離れなかった。
(『出エジプト記』第一三章一八―二二)」



荒俣宏 神聖自然学 05


「あなたが
祭壇の上にささぐべき物は
次のとおりである。
すなわち当歳の小羊二頭を
毎日絶やすことなく
ささげなければならない。
その一頭の小羊は
朝にこれをささげ、
他の一頭の小羊は
夕に
これをささげなければならない。
一頭の小羊には、
つぶして取った油
一ヒンの四分の一をまぜた
麦粉十分の一エパを添え、
また灌祭として、
ぶどう酒一ヒンの四分の一を
添えなければならない。
(『出エジプト記』第二九章三八―四〇)」



荒俣宏 神聖自然学 06


「主はまた
モーセとアロンに言われた、
…………
地にあるすべての獣のうち、
あなたがたの
食べることができる動物は
次のとおりである。
獣のうち、すべてひずめの
分かれたもの、すなわち、
ひずめの全く切れたもの、
反芻するものは、
これを食べることができる。
ただし、反芻するもの、または
ひずめの分かれたもののうち、
次のものは食べてはならない。
すなわち、らくだ……岩たぬき
……野うさぎ、これは
反芻するけれども、
ひずめが分かれていないから、
あなたがたには
汚れたものである。
豚、これは、ひずめが
分かれており、ひずめが
全く切れているけれども、
反芻することをしないから、
あなたがたには
汚れたものである。
あなたがたは、これらのものの
肉を食べてはならない。
またその死体に
触れてはならない。
(『レビ記』第一一章一―八)」



荒俣宏 神聖自然学 07


「鳥のうち、
次のものは、
あなたがたに
忌むべきものとして、
食べてはならない。
それらは忌むべきものである。
すなわち、
はげわし、ひげはげわし、
みさご、とび、はやぶさの類、
もろもろのからすの類、
だちょう、
よたか、
かもめ、
たかの類。
(『レビ記』第一一章一三―一六)」



荒俣宏 神聖自然学 08


「わたしの息が
わたしのうちにあり、
神の息がわたしの鼻にある間、
わたしのくちびるは
不義を言わない、
わたしの舌は
偽りを語らない。
(『ヨブ記』第二七章三―四)」



荒俣宏 神聖自然学 13


「あなたは
雪の倉にはいったことがあるか。
ひょうの倉を見たことがあるか。
これらは悩みの時のため、
いくさと戦いの日のため、
わたしが
たくわえて置いたものだ。
(『ヨブ記』第三八章二二―二三」



荒俣宏 神聖自然学 09


「あなたは
罪を責めて人を懲らされるとき、
その慕い喜ぶものを、
しみが食うように、
消し滅ぼされるのです。
まことに
すべての人は息にすぎません。
主よ、
わたしの祈を聞き、
わたしの叫びに耳を傾け、
わたしの涙を見て、
もださないでください。
わたしは
あなたに身を寄せる旅びと、
わがすべての先祖たちのように
寄留者です。
(『詩篇』第三九篇一一―一二)」



荒俣宏 神聖自然学 10


「民のうちの鈍き者よ、
悟れ。
愚かな者よ、
いつ賢くなるだろうか。
耳を植えた者は
聞くことをしないだろうか、
目を造った者は
見ることをしないだろうか。
(『詩篇』第九四篇八―九)」



荒俣宏 神聖自然学 11


「あなたの若い日に、
あなたの造り主を覚えよ。
悪しき日がきたり、
年が寄って、
「わたしには
なんの楽しみもない」と
言うようにならない前に、
また日の光や、
月や星の暗くならない前に、
雨の後に
また雲が帰らないうちに、
そのようにせよ。
(『伝道の書』第一二章一―二)」



荒俣宏 神聖自然学 12


「その日、
主は堅く大いなる強いつるぎで
逃げるへびレビヤタン、
曲りくねるへびレビヤタンを
罰し、
また海におる竜を殺される。
(『イザヤ書』第二七章一)」





こちらもご参照ください:

エドワード・ゴーリー 『ウエスト・ウイング』
マックス・エルンスト 『百頭女』 巌谷国士 訳 (眼は未開の状態にある叢書)
 

















































































荒俣宏 編著  『Fantastic Dozen  第10巻  バロック科学の驚異』

「もっと積極的にいうなら、キルヒャーはアインシュタインがそうだったのと同じく、近代科学の大前提のいくつかを採用せずに、別種の自然法則をつくりあげるシミュレーションをおこなっていたのである。
 むろん、これはシミュレーションであるから、現実界といちいち対応させてその実効性をチェックするものではない。しかしゲームにはゲームの興奮と発見がある。ゲーム内で得られた叡智は、いずれ現実界へと逆シミュレートされるだろう。キルヒャーがおよそ三〇〇年前に、古めかしいカトリックの世界観を護持するためにおこなった知的活動のすべては、要するに、そういうことだったのである。」

(荒俣宏 「普遍叡智をきわめた超人」 より)


荒俣宏 編著 
『Fantastic Dozen 
第10巻 
バロック科学の驚異』

WONDERS OF THE BAROQUE SCIENCE

リブロポート
1991年7月20日 発行
173p 口絵1葉
B5判 角背紙装上製本 カバー
定価2,060円(本体2,000円)
装丁: 鈴木成一



本書「普遍叡智をきわめた超人――A・キルヒャーとその業績」より:

「アタナシウス・キルヒャーの書物は多岐にわたり、しかも三〇〇年前の刊行のために現在では高価稀少な貴重書になっている。編者は欧米の古書店を通じて、かれの著作の収集に腐心した。その結果、キルヒャー図版の代表作とされる『ノアの方舟』『地下世界』『支那図説』を入手することができたので、主要図版をすべてここに収録した。また、きわめて珍しいボナンニ編『キルヒャー博物館自然史標本目録』も入手できたので、その中から興味ぶかい図版を採録した。なお、各図にはできるだけ詳細なコメントを付し、キルヒャーの思想が同時にたどれるよう努めたつもりである。」


「キルヒャー博物館自然史標本目録」はカラー、その他はモノクロです。「支那図説」は青っぽい紙に濃紺で印刷されています。


荒俣宏 バロック科学の驚異 01


帯文:

「エジプト学、中国学、天文学、地質学、医学、数学、音楽、博物学 etc. の泰斗にして、幻灯機をはじめとするからくり機械の発明家アタナシウス・キルヒャー。ガリレオ、ボイル、ニュートンらによる近代科学成立過程と時代を共にしながら、イエズス会士としてカトリック科学の確立をめざした、壮大な思考実験。」


目次:

普遍叡智をきわめた超人――A・キルヒャーとその業績

出典解説

ノアの方舟
支那図説
地下世界
キルヒャー博物館自然史標本目録




◆本書より◆


「ノアの方舟」より:


荒俣宏 バロック科学の驚異 02


「支那図説」より:


荒俣宏 バロック科学の驚異 03


荒俣宏 バロック科学の驚異 04


荒俣宏 バロック科学の驚異 05


「地下世界」より:


荒俣宏 バロック科学の驚異 06


「キルヒャー博物館自然史標本目録」より:


荒俣宏 バロック科学の驚異 07


荒俣宏 バロック科学の驚異 08


「普遍叡智をきわめた超人――A・キルヒャーとその業績」より:

「バロックの恐竜!」
「『キルヒャーの世界図鑑』(川島昭夫訳・工作舎)の著者ジョスリン・ゴドウィンは、本書の主人公キルヒャーを評して、そう書いている。
 バロックの恐竜とは、まさしく一七世紀の知識界に君臨したこの主人公にふさわしい尊称だが、しかし内に籠められた意味はそう単純ではない。ゴドウィンは次のように述べる――。
 「キルヒャーの登場は遅きに――もしくは早きに――失したようだ。というのはその全体論的な世界観ゆえに、科学の世界から忌避されるのが時代の趨勢だったからである。キルヒャーにはただひとつの画期的発見もない。そのような発見こそケプラーやロバート・ボイル、そしてニュートンの名声を揺るぎないものにしたし、その発見ゆえに現代の学問の世界は、ケプラーが宇宙の和声に関心を示し、ボイルとニュートンが錬金術に本気で関心を抱いていても、それを不問に付しているのである。ところがキルヒャーは、のちに俗信とみなされることになる数々のものを、時代遅れにも信じているという理由で誹毀されてきたのだ。かれは再生――植物の灰からの復活――をその手で演じてみせたと豪語している。かれは人間の健康と地球の終末にたいする占星術的な影響を会得していた。かれは人魚、グリフォン、それにバークナル・ギースの実在を頭から信じていたし、昆虫が自然発生することや聖書が全体として真実を語っていることをすこしも疑わなかった。だから「アタナシウス・キルヒャーのおびただしく畏るべき主題」を攻撃してきた近代の研究者たちは、かれの学識には讃嘆を惜しまないものの、おしむらくはこの人物は、とうに信じるにあたいしなくなていた世界観を後生だいじにしてあがいているバロックの恐竜でしかないとかたづけるのである」(川島昭夫訳)
 恐竜は恐竜でも、時代遅れの巨大図体を揶揄した発言だったわけだ。しかし恐竜は恐竜である。今はもう存在しない知的怪物に、われわれは化石を眺めるのと同じ興味を感じないわけにいかないのだ。
 そこで、アタナシウス・キルヒャーという名を知る人たちが、あるとき、一堂に会する機会をもったら、さぞやおもしろい話になるだろう。」
「ある人は、
 「キルヒャーこそ一七世紀最大の知識探究者」
と絶賛するだろうし、また別の人は、
 「人々をあやまった方向へみちびいた反動の男」
と否定するだろう。
 「いやいや、稀代の山師だった」
という人が出るかもしれないし、
 「バロック期最大の幻想文学作家だった」
と、思いがけぬタイトルを提案する人も出てくるだろう。
 しかし、だれもが絶対的に賛同するだろう一事がある。それは、キルヒャーという人物がきわめて興味ぶかい〈総合知〉の探究者だったという点だ。」

「かくてキルヒャーの築いた総合知の体系は、古いカトリック科学の敗退とともに討ち死にする結果となったが、おもしろいことに、現代の目から見ると、かれは近代科学の基本的な原理、たとえば地動説とか万有引力の法則、あるいは細胞説やロゼッタ・ストーン以後のエジプト学などの定石を外した〈別系統の思考実験〉として映じる。(中略)もっと積極的にいうなら、キルヒャーはアインシュタインがそうだったのと同じく、近代科学の大前提のいくつかを採用せずに、別種の自然法則をつくりあげるシミュレーションをおこなっていたのである。
 むろん、これはシミュレーションであるから、現実界といちいち対応させてその実効性をチェックするものではない。しかしゲームにはゲームの興奮と発見がある。ゲーム内で得られた叡智は、いずれ現実界へと逆シミュレートされるだろう。キルヒャーがおよそ三〇〇年前に、古めかしいカトリックの世界観を護持するためにおこなった知的活動のすべては、要するに、そういうことだったのである。」





こちらもご参照ください:

ジョスリン・ゴドウィン 『キルヒャーの世界図鑑』 川島昭夫 訳































































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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