R・A・ラファティ 『昔には帰れない』 (ハヤカワ文庫)

「無能なもの、欠陥のあるものだけが発明をするのだ(中略)。古代ギリシャ人はその栄華の頂点にあったとき何ひとつ発明していない。(中略)しかし不適応者は発明する。無能力者は発明する。敗残者は発明する。卑劣漢は発明する」
(R・A・ラファティ 「素顔のユーリマ」 より)


R・A・ラファティ 『昔には帰れない』
伊藤典夫・浅倉久志 訳


早川書房/ハヤカワ文庫SF 2012年11月20日印刷/同25日発行
463p 文庫判(トールサイズ) 並装 カバー 定価940円+税
カバー: 横山えいじ
R.A. Lafferty : You Can't Go Back and Other Stories



ラファティの新刊が出ていたことに気づいたので買ってみました。わたしは情報収集能力が欠如しているので、欲しい新刊本が出ても気づかずに絶版になってしまうことが多いです。


昔には帰れない


カバー裏文:

「笛の音によって空に浮かぶ不思議な“月”。その“月”にときめいた子供時代の日々は遠く……表題作「昔には帰れない」をはじめ、神話的な過去と現在を巧みに溶かしあわせた「崖を登る」、悩みをかかえる奇妙なエイリアンがつぎつぎに訪れる名医とは……「忘れた義足」、ヒューゴー賞受賞に輝く奇妙奇天烈な名品「素顔のユリーマ」など、SF界きってのホラ吹きおじさんの魅力あふれる中短篇16篇を収録した日本オリジナル傑作集」


目次:

I
素顔のユリーマ
月の裏側
楽園にて
パイン・キャッスル
ぴかぴかコインの湧きでる泉
崖を登る
小石はどこから
昔には帰れない

II
忘れた偽足
ゴールデン・トラバント
そして、わが名は
大河の千の岸辺
すべての陸地ふたたび溢れいづるとき
廃品置き場の裏面史
行間からはみだすものを読め
一八七三年のテレビドラマ

浅倉さんのことその他 (伊藤典夫)



ところで本書は「活字が大きく読みやすい〈トールサイズ〉」ということで、ふつうのハヤカワ文庫よりタテ長になっています。
それはそれとして、わたしが好きなSF作家はバラードとディックとラファティなのですが、ディックは真面目なので、ヒューマニズムくさいところがあるのであれですが、ラファティはそんなのをとっくに通り越して開きなおってしまっているので爽快です。そういうわけで最も好きなSF作家はラファティです。
本書はまだ全部読んでいませんが、冒頭の「素顔のユリーマ」を読んで、なぜ自分がラファティが好きなのかがわかりました。これは40代にしてSF作家になったラファティの、ある意味赤裸々な自叙伝であり(当時SFは大人が読むまともな文学として扱われていませんでした)、ニーチェとカフカと太宰治と三島由紀夫の全作品を集めたくらいの内容が、この一篇のなかに凝縮されているといっても過言ではないです。


以下、引用は「素顔のユリーマ」より:

「アルバートの物覚えのわるさは、母親すら認めないわけにはいかなかった。四つまで物もろくに言えず、六つまでスプーンの使い方をおぼえず、八つまでドアのあけ方も知らない子どもを、ほかに何と呼べよう?」

「いつまでたっても理解できないこともあった――たとえば、時計の長い針と短い針では時間を示すのはどちらか、とか。だが、これはさほど問題ではない。彼は時間を気にする性質(たち)ではなかったからだ。」

「八つの年のなかばにさしかかって、アルバートは右手と左手の見分け方をおぼえ、めざましい進歩をみせた。それはいままで聞いたこともない奇想天外な記憶術を応用したものだった。手がかりとなるのは、犬が寝そべるときの体のひねり方であり、渦やつむじ風のまわり方であり、(中略)モズの獲物の追い方、蛇のとぐろの巻き方(中略)等々だった。」



そしてまともに(みんなと同じように)字が書けず計算もできないアルバートは、「学校でみんなに遅れをとらないため」に、「自分のかわりに」字を書いたり計算したりする機械を発明します。アルバートは学校で教えられたとおりのことはできないのですが、自己流にやればかなり高度なことができるのです。
そして、女の子がこわくてしかたがないアルバートは、自分とそっくりで、しかし自分より頭がよくて外交的な機械(アンドロイド)を作ります。そして当然のように失敗したアルバートは「教訓」を学びます。


「彼にはどうしても、ぶざまなティーンエイジャーから抜けきれないところがあった。しかし彼は彼なりに(中略)戦いを続け、負けを知らなかった。そこには永遠の怨恨があった。彼の青春は、のびのびと順応した青春にはほど遠く、当時の思い出を彼は嫌悪していた。そして彼を、順応したおとなと誤解する者もまたなかった。
まっとうな仕事で生計をたてるには、アルバートは不器用すぎた。彼は自分の作ったけちな仕掛けや小細工を、山師やブローカーに切り売りするまでにおちぶれていた。しかし、ある種の名声は生まれ、富も彼の手にあまるようになった。」

「アルバートは、有史以来われわれに数々の面倒な重荷をしょいこませてきた、うさんくさい一党の仲間入りをした。そこには、バラエティ豊かな象形文字をおぼえることができず、低脳にもわかるへんちきなアルファベットを考案した例の古代カルタゴ人がいた。十以上の数がかぞえられず、赤んぼうやのろまにもわかる十進法を発明した例の無名のアラブ人がいた。手軽な活字を世に出し、美しい写本を抹殺した例のあやしげなオランダ人がいた。アルバートは、そういう哀れな一党のはしくれだった。」



今でいえば「高機能自閉症者」の系譜です。
アルバートは自分の困りごとを解消するためにやむなく発明した機械が、他人の役にも立つらしいことを知って驚きます。たとえば不快なスモッグを消したり、いやないじめっ子を更生させる機械など。


「わたしは運命の奇妙ないたずらによって、金持になり周囲の思い違いによって栄誉を与えられた」
「だが、わたしが真の友と呼べる人間や機械は、この世にいない。ここにある本には、友だちの作り方が出ているが、わたしにはこういうことはできない。わたしなりの方法で、わたしは友だちを作ろう。」

「無能なもの、欠陥のあるものだけが発明をするのだ(中略)。古代ギリシャ人はその栄華の頂点にあったとき何ひとつ発明していない。(中略)しかし不適応者は発明する。無能力者は発明する。敗残者は発明する。卑劣漢は発明する」

「病気のカキだけが真珠を作れるのです」
「パン種がなければ、何ものも生まれません」
「しかしイーストはそれ自体、菌類であり病気であります。みなさんは非の打ちどころない、優秀な規格品でしょう。しかし規格はずれがなくては、あなたがたは生きていくことはできないのです。(中略)敗残者や無能力者がいなかったら、だれが発明するでしょう? わたしたちのような欠陥人間がいなかったら、あなたがたはどうするでしょう? みなさんの練り粉をだれがふくらますのでしょうか?」
「もちろん、わたしは不健康です。いままでもずっとそうでした」
「でなければ、わたしがみなさんのお役にたつはずがないでしょう? 皆さんの理想は、万人が健康で、環境に順応していることです。これはとんでもないまちがいです! わたしたちみんなが環境に順応していたら、わたしたちは定型化し、死んでしまうでしょう。世界は、不健康な精神がそのなかにまじっているからこそ健康なのです。人間が作った最初の道具は、石斧でも石のナイフでもありません。それは松葉杖であり、健康な人間には作ることができないものです」



「病気のカキ」以下は、なんかよくわからないけどとてもすごい知的な賞をもらってしまったアルバートの受賞スピーチからの引用ですが、これはわたしにとってはチャップリンの「独裁者」の床屋の演説なんかより数千倍も感動的です。

ラファティはこの「素顔のユリーマ」(Eurema's Dam)で、1973年度ヒューゴー賞(短篇小説部門)を受賞しました。

そういうわけで本書は、まだ全部読んでいませんが、今年読んだ本のなかで最も共感できるよい本でした。買えてよかったです。



























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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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