『谷崎潤一郎全集 第二十巻 武州公秘話 聞書抄 他』 (新書判)

「それで先生布団をかぶつて半病人のやうにうつらうつらしながら、日が暮れると云ふと、ああ、今夜あたりは狐が迎ひに来やしないかな、今にきつと来やしないかなと、心待ちに待たれるやうな、妙にそれが楽しみのやうな気持ちでゐると、案の定夜になつてから友達のやうな男が三人ばかり表へやつて来て、「さあ、行こら」「さあ、行こら」と誘ふんださうです。」
(谷崎潤一郎 「紀伊國狐憑漆掻語」 より)


『谷崎潤一郎全集 第二十巻』 
武州公秘話 聞書抄
 
三人法師 紀伊國狐憑漆掻語 覺海上人天狗になる事

中央公論社 昭和33年9月1日印刷/同10日発行
301p 口絵i 新書判 布装 貼函 定価180円
装釘: 棟方志功
正字・正かな/ニ段組

附録 14: 4p
「武州公秘話」を脚色した時のこと(圓地文子)/聞書抄插畫に因みて(菅楯彦)/図版「〈武州公秘話〉舞臺」



歴史小説集。


谷崎潤一郎全集20-1

口絵は「聞書抄」挿画(管楯彦)。


目次:

武州公秘話 (「新青年」 昭和6年10、11月号、7年1、2、4~11月号)
聞書抄 (「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」昭和10年1~6月)
三人法師 (「中央公論」 昭和4年10~11月号)
紀伊國狐憑漆掻語 (「改造」 昭和6年9月号)
覺海上人天狗になる事 (原題「天狗の骨」/「犯罪公論」 昭和6年10月号)

解説 (伊藤整)



谷崎潤一郎全集20-2



◆本書より◆


「武州公秘話」より:

「老女は聲をひそめて云つた。そして法師丸にこんなことを話した。と云ふのは、近頃毎晩のやうに、自分たちの仲間から五六人の女が選ばれて行つて、討ち取つた敵の首級を、首帳(くびちやう)と引き合はせたり、首札を附け替へたり、血痕を洗ひ落したり、そんな役目を勤めてゐる。首と云ふものは、名もない雜兵(ざふひやう)のものなら知らぬこと、一廉(ひとかど)の勇士の首であつたら皆さう云ふ風に綺麗に汚れを除いてから、大將の實檢に供へるのである。だから見苦しいことのないやうに、髪の亂れたのは結ひ直してやり、齒を染めてゐたのは染め直してやり、稀には薄化粧をしてやるやうな首もある。要するに、なるべくその人が生きてゐた時の風貌や血色と違はぬやうにするのである。此のことを首に裝束をすると云つて、女の仕事になつてゐるのだが、此の城では婦人の手が不足なために、人質の中の女共が云ひ付かるやうになつた。だからそこで働いてゐるのは、みんな老女の心やすい者ばかりなので、そんな所でも宜しかつたら、内證で見せて上げませうと云ふのであつた。」

「人數はちやうど五人ゐた。そのうちの三人がめいめい一つづゝ首を自分の前に据ゑて、あとの二人は助手の役をしてゐた。一人の女は、半挿(はんざふ)の湯を盥(たらひ)に注(つ)いで、助手に手傳はせながら首を洗つてゐた。洗つてしまふとそれを首板の上へ載せて次へ廻す。もう一人の女がそれを受け取つて髪を結ひ直す。三人目の女が、今度はそれに札を附ける。仕事はさう云ふ順序を以て運ばれてゐた。最後にそれらの首は三人の女のうしろにある長い大きな板の上へ一列に並べられた。首がすべり落ちないやうに、その板の表面には釘が出てゐて、それへ首をぎゆつと突き刺す仕掛けになつてゐた。
作業の都合上、三人の女の間に燈火(ともしび)が二つ据ゑてあり、部屋は可なり明るくしてあつた。それに、立つと頭が梁(うつばり)につかへさうな屋根裏なのだから、法師丸にはその室内の光景が一つ殘らず眼に映つた。彼は、首そのものからは強い印象を受けなかつたけれども、首と三人の女との對照に、不思議な興味をそゝられたのであつた。と云ふのは、その首をいろいろに扱つてゐる女の手や指が、生氣を失つた首の皮膚の色と比較される場合、異樣に生き生きと、白く、なまめかしく見えた。彼女たちはそれらの首を動かすのに、髻(もとどり)を掴(つか)んで引き起したり引き倒したりするのであつたが、首は女の力では相當に重いものなので、髪の毛をくるくると幾重にも手頸(てくび)に巻き付ける。さう云ふ時にその手がへんに美しさを増した。のみならず、顔もその手と同じやうに美しかつた。もうその仕事に馴れ切つて、無表情に、事務的に働いてゐるその女たちの容貌は、石のやうに冷めたく冴えてゐて、殆ど何等の感覺もないやうに見えながら、死人の首の無感覺さとは無感覺の工合が違ふ。一方は醜惡で、一方は崇高である。そしてその女たちは、死者に對する尊敬の意を失はないやうに、どんな時でも決して荒々しい扱ひをしない。出來るだけ鄭重に、愼(つゝ)ましやかに、しとやかな作法を以て動いてゐるのである。
法師丸は全然豫想もしなかつた恍惚郷(くわうこつきやう)に入れられて、暫く我を忘れてゐた。」
「彼は三人の女たちの仕業を、代る代る見守つた。一番右の端にゐる女は、木の札に紐をつけて、それを首の髻に結ひつけてゐるのだが、たまたま髪の生えてゐない首、――「入道首」が廻つて來ると、錐(きり)で耳へ穴を開けて、紐を通してゐた。その穴を開ける時の彼女の樣子は、彼の心を甚だしく喜ばせた。が、最も彼を陶醉させたのは、まん中に座を占めて、髪を洗つてゐる女であつた。彼女は三人のうちで一番年が若く、十六か七くらゐに思へた。顔も圓顔の、無表情な中にも自然と愛嬌のある面立(おもだ)ちをしてゐた。彼女が少年を惹きつけたのは、ときどきじつと首を視入る時に、無意識に頬にたゝへられる仄(ほの)かな微笑のためだつた。その瞬間、彼女の顔には何かしら無邪氣な殘酷さとでも云ふべきものが浮かぶのである。そしてその髪を結つてやる手の運動が外の誰よりもしなやかで、優美である。彼女はをりをり、傍の机の上から香爐を取つて、それで髪の毛を薰きしめる。それから、髪を結ひ上げて、元結(もとゆひ)を結んでしまふと、それが一つの作法だと見えて、櫛の峰の方で、首の頂邊(てつぺん)をコツコツと輕く叩くのである。法師丸はさう云ふ彼女をたまらなく美しいと感じた。」

「今迄の彼は、自分が心の主(あるじ)であり、心の働きはどうでも思ひ通りに支配することが出來たのだが、その心の奧底に、全く自分の意力の及ばない別な構造の深い深い井戸のやうなものがあつて、それが俄(には)かに蓋(ふた)を開けたのである。彼はその井戸の縁(ふち)へ手をかけ、まつくらな中を覗(のぞ)いてみて、測り知られぬ深さに怯(おび)えた。自分は達者な人間だと信じてゐた男が、思ひがけぬ惡性の病氣があることを發見したのと同じやうな氣持だつた。法師丸にはその病源の由つて來たる所はよく分らない。しかしながら、自分の胸の中にある秘密の井戸から滾々(こんこん)と湧き上つて來る快感が、少くとも病的の性質のものであることは、おぼろげながら氣がついたに違ひない。」



「三人法師」より:

「それから又暫くたつて一丁ばかり上の方から、何とも云へない香(かう)が薰(くん)じて來ましたので、さあ、今度こそは餘程の人が來ると見える、我が身の運も盡きないのだと思つて、その時の嬉しさと云つたら、ぞくぞくしながら待ち構へてゐましたら、それがあたりもかゞやく程の上臈の、きらきらしい衣(きぬ)をさやさやと鳴らして通るのではありませんか。召使ひの女を二人つれて、一人を先に立て、一人を後に、上刺袋(うはざしぶくろ)を持たせて、私のゐるのを見ないやうにして通り過ぎようとなさるのを、わざとやり過しておいてから跡を追ひかけますと、前に立つてゐた女房はあれと云つたなり忽ち姿が見えなくなり、後にゐたのも袋を捨てゝ、助けてくれと云ふより早く逃げ失せてしまひましたけれども、その上臈は別に騒がれるけしきもなく、聲もたてずにいらつしやるので、太刀をはきそばめて詰め寄つて行き、なさけ容赦もなく衣裳を剥ぎ取つて、しまひに肌小袖を取らうとしました時でした。まあ、なんとする、肌小袖ばかりは女の耻だから許して下さい、その代り此れを上げますからと仰つしやつて、おん守りを取つて投げ出されましたが、無道の者の悲しさには、なかなかそれを聽き入れようとも思ひませなんだ。いゝえ、これだけでは叶ひませぬ、是非ともおん肌小袖を戴かせて下さいまし、と、さう云ひますと、肌着を脱がされては生きてゐられぬ、そのくらゐならいつそ命を取つてほしいと云ふ仰せに、よろしうございます、それこそ望むところですとお答へ申して、たゞ一刀に刺し殺して、血を附けてはなりませんから慌てゝ小袖を剥ぎ取りました。それからほつと一と息して、さつき召使ひが捨てゝ行つた袋を拾つて、やれやれ、これだけあつたら女子供も嘸(さぞ)かしよろこぶことだらうと獨りごとを云ひながら、急いで我が家へ立ち歸つて表の戸をたゝきますと、こんなに早く戻つて來たのは今夜も仕事がなかつたんですかと、中から妻が叱言を云ひますので、なんでもよいから戸を開けろと申して袋を内へ投げ込んでやりましたら、おや、いつの間に稼いだんですと云ひ云ひ、袋の口をあけるのももどかしく連鎖(つがり)の組緒(くみを)を引きちぎつたところが、それはそれはおびたゞしい異香が薰じて、出て來たのは十二單衣(ひとへ)の御裝束なのです。こうくわりよくえふのおん衣(ぞ)、くれなゐの袴、その一つ一つに滿ち滿ちてゐる匂ひと云ふものは、小路を行く人もあやしんで立ち止り、隣りあたりの家までも花のやうにかをつたくらゐで、女子供の喜びかたと云つたら、申すまでもありません。妻は勿體なくも、おん肌着などゝ云ふものを見るのは生れてこのかた始めてゞすから、これほどの裝束を召していらつしやる方だつたら、年もお若かつたでせう、いくつぐらゐに見えましたかと尋ねますので、やはり女は女同士、私のやうな者の妻でもやさしい心根はあるものよと思つて、夜目に見たのだからはつきりしないが、よもやまだ二十二三にはおなりになるまい、十八九ぐらゐな方(かた)だつたと申しますと、きつとさうですねと云つたなり物をも云はず飛び出して行くのです。何の用事で出かけたのかしら、と、さう思つてゐましたら、程へて歸つて來まして、まあ、呆れた、そなたは大名の氣でゐるのですか、とても罪を作る程なら少しでも得(とく)のあるやうにと心がけて下さればよいものを、わたしは現在屍骸の傍へ行つて髪を切り取つて來たのです、こんなにふさふさしてゐるから鬘(かつら)(註、こゝに云ふ鬘は髢(かもじ)のこと)にひねつたらどんなに見事になるでせう、常日頃(つねひごろ)から髪がうすくつて困つてゐましたのに、ほんたうによいものが手に入りました、小袖どころではありませんと云つて、茶碗に湯をうめてその髪に振りそゝぎ、竿にかけて乾したりして、踊り跳ねてうれしがるのでした。」


「紀伊國狐憑漆掻語」より:

「此の男は遠くへ出稼ぎをするのでなく、村の近所の山へ這入つてはうるしを採つてくらしてゐましたが、或る夏の日に、その漆かきが一と仕事してから山の中でひるねをしてゐますと、夕立ちが來たもんですからふつと眼をさましました。そしてそのときに、ハテな、己はひよつとすると寝てゐた間に狐に憑(つ)かれやしなかつたかなと、さう思つたと云ふんです。それが別にどうと云ふ理由があるんではないんですけれど、淋しい所をひとりで歩いてゐるときなんぞに憑かれることがよくあるんで、ただ何んとなくさういふ感じがしたんでせうな。で、まあ、家へ歸つてもそれが氣になつて仕方がない、どうも狐がついたやうだから明神さまへお參りをして來てくれろとお袋(ふくろ)に賴んだりして、友だちなんかにもそんなことを云つてゐましたが、そのうちにとうとう床について、飯も食はないやうになつたんです。それで先生布團をかぶつて半病人のやうにうつらうつらしながら、日が暮れると云ふと、ああ、今夜あたりは狐が迎ひに來やしないかな、今にきつと來やしないかなと、心待ちに待たれるやうな、妙にそれが樂しみのやうな氣持ちでゐると、案の定夜になつてから友達のやうな男が三人ばかり表へやつて來て、「さあ、行(い)こら」「さあ、行こら」と誘ふんださうです。尤も友達と云つたつて見おぼえのある男ではないんで、みんなせいが三尺か四尺ぐらゐの小男で、法被(はつぴ)を着て、木や竹の杖をついてゐて、何か非常に面白さうに「行こら行こら」と云ふんですが、それを聞くと行きたくつて行きたくつてたまらなくなるんださうです。けれどもアレは狐だから行くんではないぞ、あんな者に誘あhれてはならないぞと思つてじつと我慢してゐると、友だち共は仕方がなしに歸つてしまふ。するとその後ろ姿に尻尾(しつぽ)のやうなものがチラチラ見えるやうなんで、ああやつぱり行かないでいい事をしたと、そのときはさう思ひながら、又あくる日のゆふがたになると、今夜も誘ひに來やしないかなと心待ちに待つやうになる。さうするうちに果たしてやつて來て、「行こら行こら」と誘ふんですが、それがもう、さも面白さうなんで、ついうかうかと行きたくなるんださうですな。しかしその晩も一生懸命に我慢してしまつたところが、三日目の晩の九時頃に、家の前に庭があつて、庭の下が六尺ばかりの崖(がけ)になつてゐて、崖から向うは一面に麻の畑でした。それが夏のことですから麻が高く伸びてゐて、ちやうどその庭と畑とが同じ平面に見える。で、その畑の方へ例の小男が三人連れ立つてやつて來て、「さあ行こら」「さあ行こら」と云ふんださうです。よくよく見るとその男たちの着てゐる法被に何か圓い紋がついてゐたさうですけれども、どんな紋だつたか、そこんところはハツキリ覺えてゐないんださうで、いつもの通りめいめいが杖をついてゐて、しきりにさう云つて誘ふもんですから、とうとうその晩は我慢しきれなくなつてしまつた。」


「覺海上人天狗になる事」より:

「兎に角「人體ハ吉シ雜類異形ハ惡シト偏執スルハ悟リ無キ故也、相續の依身ハイカナリトモ苦シカラズ、臨終ニ何ナル印ヲ結ブトモ思ハズ、思フヤウニ四威儀ニ住ス可シ、動作何レカ三昧ニ非ザラン、念念聲聲ハ悉地ノ觀念眞言也」と云ふのが南勝房法語の建て前であつて、上人が天狗になつたことは、上人自身としてはその信念を實行に移した迄である。」



こちらもご参照下さい:
中村通夫・湯沢幸吉郎 校訂 『雑兵物語・おあむ物語 (附)おきく物語』 (岩波文庫)

























































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『谷崎潤一郎全集 第十八巻 亂菊物語』 (新書判)

「どうもかうもねえ、あの梵論字(ぼろんじ)め、生意氣な野郎だ」
(谷崎潤一郎 「亂菊物語」 より)


『谷崎潤一郎全集 第十八巻』 
亂菊物語


中央公論社 昭和33年3月1日印刷/同10日発行
287p 口絵i 新書判 布装 貼函 定価180円
装釘: 棟方志功
正字・正かな/ニ段組

附録 5: 4p
絢爛たるロマンチシズム(柴田錬三郎)/亂菊物語の挿繪について(北野以悦)/図版「朝日新聞連載第一回と〈燕〉その四の插畫」



鼠に変身する幻術師やアシカと馬の交雑種の「海鹿馬」が跳梁し、遊女かげろふ御前と海賊の「海龍王」が対決する長篇伝奇小説『亂菊物語』は、「朝日新聞」夕刊に昭和5年3月18日から連載開始され、同年9月6日の第148回をもって中断され、未完のまま残されました。


谷崎潤一郎全集18


目次:

亂菊物語
 發端
 二人侍
 海島記
 燕
 小五月
 室君
 むしの垂れ衣
 夢前川

解説 (伊藤整)




◆本書より◆


「亂菊物語」より:

「室町幕府の末、瀬戸内海の島々は海賊どもの策源地(さくげんち)となつてゐて、因島(いんのしま)、兒島、來島(くるしま)、沖島、大島、鹽飽(しあく)島、能美(のみ)島等には、それぞれ一方の首領株が多くの輩下を從へて巣窟を作り、通行の船舶を掠奪したので、殊にそのころ貿易のために明國福建省寧波(ニンポー)府と泉州堺の浦との間を往復する彼我の商船のうちには、彼等の襲ふところとなつて船員も財物も共に失はれてしまつたことが珍しくなかつた。海賊どもは内海を荒し廻つたばかりでなく、朝鮮、滿洲、直隷省(ちよくれいしやう)の沿岸から、遠くは南洋方面まで倭寇(わこう)の害を逞しうし、南支那の地方にも彼等と連絡を取つてゐる者があつたから、たまたま目ぼしい貨物を積んで彼(か)の地の港を發航した船などがあれば、彼等は豫(あらかじ)めその情報を手に入れて用意を整へ、それが自分たちの根據地へ近づいて來るのを待ち構へてゐる便宜を持つてゐた。
さういふ中でも、時は義稙(よしたね)將軍の永正年中、大明國(だいみんこく)の年號によれば武宗皇帝の正德年中の春のころ、日本へ渡航すべく寧波府を出帆した明の貿易商張惠卿(ちやうけいきやう)の商船ほど當時の海賊共に手ぐすねを引かしたものはなかつた。」
「こゝで、先づその寶物の性質が何であるかを明かにして置く必要がある。小さな函に入れてあるといつたら、氣の早い讀者は定めし寶石の類(たぐひ)でゞもあるやうに想像されたことであらう、が、それは精巧な織り物で出來た、十六疊の廣間へ吊れるうすい羅綾(らりよう)の蚊帳(かや)なのである。しかもそれほどの廣さを持ちながら、小さく幾つにも疊むときには、二寸二分四方の容れ物の中へ綺麗に収まつてしまふといふ、そんなにもうすい蚊帳なのである。」

「そもそも此の乘り物といふのは、今その男を背中に載せて海から浮き上つたところを見ると、一種えたいの分らない不思議な動物で、これを讀者に合點が行くやうに説明するのは困難である。(中略)馬のやうな四つ足を備へたもので、水の上をも、大地の上をも、自由自在に走れるのであるから、こんな珍獸は動物園に行つたつてあるべきはずがない。
しかし讀者は、膃肭臍(おつとせい)や海豹と同じ種屬の動物で海鹿(あしか)といふ海獸があるのを御存知であらう。「あしか」は一名「海驢(かいろ)」とも呼ばれるから、手つ取り早くいえば、海中に棲む驢馬である。顔は牛の如く、馬の如く、又猫の如くでもあつて、眼が大きく、毛の色は鹿に似て白い斑紋があり、腹部は眞つ白い。そして寝る時はその白い腹を仰向きに、四つの脚を上に向けてごうごうと鼾を掻きながら眠り、又その姿勢で沖を流れて行くこともある。」
「今、唐荷嶋の濱についた男の乘つてゐるえたいの知れない獸は、此の海鹿と馬との間に出來た合ひの子なのである。」

「最初それらの荷物は、海豚(いるか)か、鮪(まぐろ)か、何か大きな魚のやうに思へる。それが人間の屍體であると氣が付く迄には、あまりに事が意外なために餘つぽど傍へ行かなければさうと分つても、何の目的でそんなものを陸揚げするのかといふ疑問の念が起るばかりで割りに凄慘な感じはない。それほどその場の光景は平和に、のどかに、傾いて行く春の夕日を浴びつゝ、人足どもはその無氣味な物體を順々に手際よく、全く鮪を扱ふやうに綺麗に片附けて行くのである。實際こんなぽかぽかしたお天氣に、かげろふの萌える島かげに働いてゐたら、日は永いし、汐風は快いし、自然と仕事も捗れば、運ぶ荷物も手鞠のやうに輕々と、何だか口笛でも吹きたい氣持になるであらう。さう云へば運ばれてゐる屍體の方も、のんびりと足腰を伸ばして、放り出されても擔ぎ上げられても、却つていゝ心地さうに、氣樂に搖す振られてゐるやうに見える。」
「頭目の男が一々、
 「よし」
と合圖を與へると、(中略)順々に人喰ひ沼へ投げ込まれる。」

「「さあ、さあ、皆さん、此れは此のたび梵天國(ぼんてんこく)へ押し渡り羅刹山(らせつざん)の頂邊(てつぺん)に於いて迦陵(かりよう)尊者の下に修行をいたし、又唐土(もろこし)は蛾眉(がび)山の巫女(ふぢよ)に仕へて幻術の奧儀(あうぎ)を授かり、今度めでたく都へ歸參いたしたところが勿體なくも將軍家の御感にあづかりましたる幻阿彌(げんなみ)法師と申す者、古の役小角(えんのせうかく)、安倍晴明(あべのせいめい)はいざ知らず、當時につぽん廣しと云へども陰陽(おんみやう)、めくらましの術はもとより、放下(はうか)物眞似(ものまね)一切の藝當、品玉、手鞠、龍子(りゆうご)、緒小桶(をごけ)の小手先の業に至るまで、此の法師にまさる者はをりませんぞ。………」
京は三條の加茂の河原に、「三國無双幻術師」といふ小旗を立てゝ、ときどき客寄せに法螺の貝をぶうぶう吹きながら、しきりにこんなことをしやべつてゐる放下僧(はうかそう)がある。」
「法師は(中略)桶の上へ布をかぶせて、ちよつとの間眼をつぶりながら口の内で呪文を唱へるらしかつたが、忽ち布を取り除けたと見ると、桶の口から一朶(だ)の雲が白い煙のやうにもくもくと湧いて、見物人の頭の上をたゆたひつゝ空に登つた。と、後から一羽のほとゝぎすが、一と聲耳をつんざくやうに啼きながら、高く高く舞ひ上つて、姿はやがてその雲の中へ消えてしまつた。」










































































『谷崎潤一郎全集 第九巻 金と銀 鮫人』 (新書判)

「「どうして生活して居るんだか自分にも分りやしない。――僕はたゞ淺草が好きなんだ。さうして淺草のお蔭で飯を食はして貰つてるんだ。」
彼は劇場の背景を畫き、俳優の財布を搾つて暮して居る、だが其處から得た金は劇場の金でもなく俳優の金でもない、みんなあの偉大な淺草公園の渾沌たる坩堝(るつぼ)の中のあぶく錢だ。――服部は正直にさう思つて居たのである。」

(谷崎順一郎 「鮫人」 より)


『谷崎潤一郎全集 第九巻』
金と銀 鮫人


中央公論社 昭和33年11月20日印刷/同30日発行
262p 口絵i 新書判 布装 貼函 定価180円
装釘: 棟方志功
正字・正かな/ニ段組

附録 18: 4p
谷崎氏のこと(尾崎士郎)/谷崎先生についてのおしやべり(古川綠波)



伊藤整による「解説」より:

「「金と銀」は、大正七年五月號の「黑潮」に前の部分四分の一ほどが掲載され、同年七月發行の定期増刊「秘密と開放」號の「中央公論」に多少加筆して後の部分と一緒に「二人の藝術家の話」といふ題で掲載された小説である。この年、作者は數へ年三十三歳であつた。」
「大正九年、谷崎潤一郎は數へ年三十五歳である。この年の一月から十月まで、彼は「鮫人」を「中央公論」に連載したが、未完に終つた。」



「金と銀」は、青木繁みたいな性格破綻者の天才画家の話ですが、その才能を嫉妬した同窓の画家に殺され、おっと、いきなりですが「ネタバレ」というものをしますのでご注意下さい。そういうわけで殺されそうになるのですが一命を取りとめて、しかしそのせいで白痴になってしまうという話です。
「鮫人(こうじん)」は、ルンペンプロレタリアートというか、高等遊民の主人公の服部という青年と、その友人の南というまじめな青年、そして浅草オペラの踊り子の謎めいた少女真珠を中心に、大正時代の浅草と支那を股にかけた甘美で退廃的な物語が展開される、というか、展開されそうなところで中断されている、未完の長篇小説です。


谷崎潤一郎全集9-1


目次:

金と銀 
鮫人
 第一篇 或る藝術家の憧れ
 第二篇 公園に住む俳優の群
 第三篇 林眞珠
 第四篇 深夜の人々

解説 (伊藤整)



谷崎潤一郎全集9-2



◆本書より◆


「金と銀」より:

「實際、靑野のやうに自分で自分の惡い性分を十分に知り抜いて、散々愛憎を盡(つ)かして居ながらも、その性分(しやうぶん)を遂に改めることが出來ず、生涯それに引き擦られて生きて行かなければならない人間は、かうして自分を嘲けることが、たつた一つの自分を許す逃げ道であつた。さうしなければ彼は到底自分の體の置場がなかつた。」

「彼は時々、はつと我に復(かへ)つた如く立ち止まつて、初夏の往來を眺め廻した。きれいに晴れ渡つた朝の靑空や、新綠の上野の森や、鮮かな日光を受けて目の醒めるやうに明るく照つて居る屋根や地面や、そんな景色が彼には特別に美しく見えた。かうして此處に彳(たゝず)んだまゝ、いつまでも此の景色に見入つて居られたら、どんなに幸福だか知れないとも思つた。ふと、五六年前、彼がまだ今日のやうに落ちぶれない時分、フランスから歸朝する際に暫く足をとゞめて居た中央印度のガンヂス河の流域の風光が、蜃氣樓(しんきろう)の如く彼の眼の前に浮かんだ。ベナレスや、ラホールや、アムリツアルの町々の、夢の都のやうな不思議な色彩、寶石の結晶したやうな殿堂や寺院の建築、其處に住んで居る市民や行者(ぎやうじや)の、お伽噺(とぎばなし)の人間じみた奇妙な服装、――それ等の物が朧ろげになつた記憶の底から、嘗て目撃した實在の世界とも、彼自身の空想の産物とも分らない程自由に精細に、燦然(さんぜん)と彼の瞳(ひとみ)を射るのであつた。今もあの大陸のあの地方へ行けば、此の六月の靑空の下に、あれ等の光景がまざまざと展開して居ると云ふ事實が、靑野には何だか本當とは信ぜられなかつた。」

「靑野にしたつて、順當に行きさへすれば、決してそれだけの地位を得られない筈はなかつた。卒業當時の評判から云へば、誰を措いても彼が眞先に立身しさうな形勢であつた。その形勢に狂ひを生じさせた罪は云ふまでもなく、靑野自身にある。みんな自分の心がけが惡いのである。我ながら呆れ返るほど淺ましい、社會の公人として立つて行くべき資格のない、忌まはしい天性の背德病(はいとくびやう)のお蔭である。」

「自分はいつも社會へ出ては惡い行ひやさもしい行ひをする。だが其れは決して自分の本當の願ひではない。自分には世間の善人どもに數等勝つたいゝ物がある。彼等の夢にも知らない、とても理解の出來ない、貴い高い境地がある。此の世の中の凡べての物にも換へ難いほどの價値を持つた、藝術の天地がある。自分には何だか、その天地こそ永遠の存在であつて、此の世の中は假(かり)の幻影であるやうな氣がしてならない。さうだとすれば、此の世の中で惡人と呼ばれながらも、藝術の國へ這入つて行く事の出來る己は、世間の奴等よりずつと幸福でずつと偉大ではないか。――それは今度に限つたことではなく、いつも製作に從事する時は、こんな考へが靑野の胸に湧くのである。此の世の中では忌まはしい不具者として繼兒扱(まゝこあつか)ひにされる代り、藝術と云ふ優しい母は一層彼を不憫(ふびん)がつて、その暖かい懷ろに彼を抱き上げ、彼を慰め、慈愛に溢れた接吻を與へてくれる。「お前は世間からどんなに排斥され、どんなに嘲弄されても、決して失望したり落膽したりしてはならない。お前の素質は私がよく知つて居る。さうして、外の人にはめつたに見せてやらない美しい國を、お前にだけは内證で見せて上げる。だからお前は自分の運命を呪つたり悲しんだりしないがいゝ。お前はほんたうに可愛い兒だ。」かう云つて勵ましてくれる彼女の囁きが、何處からともなく青野の心に傳はつて來る。その慰めと囁きとがあればこそ、自分は此の不愉快な、矛盾だらけ苦惱だらけな世の中に、自殺もしないで生きて行かれるのだと、云ふやうな心地もする。」

「――どうして人間と云ふものは、こんなにいろいろの苦しみを受けたり、矛盾した感情を味はつたりしなければならないのだらう。………だが、どうせ不完全な此の世に生れて來た以上は、人間だつて不完全なものにきまつて居るのだ。まして己なんかは、その中でも一番出來の惡い、不完全な代物(しろもの)なんだ。人間が自分の意志を理想通りに實行できるくらゐなら、最初から人間なんぞに生れて來やしないんだ。――
しまひに彼はさう考へるやうになつた。もうどうしても逃れられない人間の宿命であるとあきらめて、せめてさう云ふ苦しみの中に生きがひのある自分を見出さうと努めた。」

「彼の痴呆状態は日を追うてますます顕著になるばかりで、到底恢復の望みのない事が、醫師の診斷に依つて確められた。」
「實際、靑野の腦髓は決して死んでは居なかつた。彼の魂は此の世との關係を失つてから、始めて彼が憧れて居た藝術の世界へ高く高く舞ひ上つて、其處に永遠の美の姿を見た。彼の瞳は、人間の世の色彩が映らない代りに、その色彩の源泉となる眞實の光明に射られた。嘗て此の世に生活して居た時分に、折り折り彼の頭の中を掠めて過ぎたさまざまの幻は、今こそ美の國土に住んで居るほんたうの實在であつた。(中略)彼はたしかに自分の故郷へ歸つたのに違ひなかつた。」



「鮫人」より:

「その頃服部はもう一年近く其處に住んで居た。それは三四年前から始まつて居た欧州大戰がまだいつ終るとも見えなかつた千九百十八年の春の半ば過ぎのことで、彼が住んで居た家は、淺草の本願寺の裏の方にある、松葉町の露地の奧の長屋だつた。(中略)大抵の日は彼はいつも寝道具を敷き放しにしてある二階の六疊にごろごろしながら、何を考へるともなく暮らすのが常で、食事の時と便所へ行く外はめつたに下へ降りては來なかつた。尤も、時々金が欲しくなつたり、うまい物が食ひたくなつたり、酒が飲みたくなつたりする場合には、不承々々に立ち上つて、寝るにも起きるにも着たきりの古洋服を着けたまゝで、穿(は)く物と云つては何にも彼(か)にも一足しかないぼろ靴を穿いて家の外へ出て行くこともないではなかつたが、それも其の家の在る松葉町から公園の附近に限られて居た。」
「彼は其の持ち前の不精の上に偏屈な感情も手傳つて、淺草以外の土地へは殆ど足を蹈み入れないのであつた。
彼は今年二十七歳になる青年だつた。彼の職業は?――さう云つて人に聞かれたら、彼は恐らく「ない」と答へるであらう。勿論彼には賴りにする親や故郷はないのであるから、自分の手で日々の生活を支へて居た筈ではあるが、それは「稼ぐ」と云ふよりも「借りて來る」方が多かつたのである。金のない時は家にじつとくすぶつて居るか、でなければ近所のバアだのカフェエだのを出來るだけ借り倒して命を繋いで居る。それがいよいよ遣り切れなくなると、淺草劇場の樂屋へ行つて、背景の手傳ひをさせて貰ふか、成るべくならそんな仕事も御免蒙つて、其處の劇團の俳優たちに泣き付いたりして幾らかの金を貸して貰ふ。「また服部がやつて來やがつたぜ。」樂屋に彼の姿が見えると俳優たちはよくさう云つて眉をしかめたが、彼はどんな惡口を云はれても平氣なもので、にやにや笑ひながら小遣ひ錢をせしめては歸つて行く。しかし彼の態度には、哀れなうちにも何處か超然と悟り澄ました樣子があり、それほど下品には見えないのであつた。又それだけの人德(にんとく)が彼の風貌に備はつて居ればこそ、樂屋の連中も口叱言(くちこごと)を云ひながら彼を赦して居たのでもあつた。さうして更に又、彼自身の心の中に這入つて見れば、自分は洋畫家ではあるが芝居の背景を畫くのが商賣ではない。自分は此れでも眞劍に藝術に志して居る。それ故氣の進まない仕事で金を稼ぐよりは、まだ借りるなり貰ふなりする方が疚(やま)しくないと云ふ風に考へて居たのでもあらう。自分は藝術家になる爲めに生きて行くのだから、生きる爲めの手段などは第二の問題で、そんな事に頭を惱ますのは馬鹿な話である。第二の問題での範圍なら、自分は人に卑しまれようと輕蔑されようと差支へはない。どんな方法でゞも金が這入つて飲み食ひが出來さへすればそれでいゝのだ。――と、此の信條を彼は何處までも押し通さうとするのだつた。その爲めには生活に關する費用と勞力とを堪へ得る限りに切り縮めて居た。で、先(さつき)も云つたやうに、着る物と云つては一張羅の古洋服、穿く物と云つてはぼろ靴一足、茶を飲む代りには水道の水を飲み、大掃除の時でゞもなければ部屋の掃除をすることなんか一度もなかつた。さうして、その埃だらけな蒲團の上に打倒(ぶつたふ)れて兩手で頭を抱へたまゝ、その頭の中を次から次へと通り過ぎるさまざまな空想の影を追ひ廻しながら、毎日ぼんやりと日を送つて居るのだつた。
だが、それ程第二義的の「世間」と云ふものを輕蔑し、又孤獨を樂しんでも居るところの彼が、なぜ其の住家(すみか)を騒々しい公園の近所に擇んだのであるか? 彼が淺草を好み、淺草以外へ足を蹈み出さないに就いては、どんな理由が濳んで居たのであるか?――」

「何でも服部に惚れられたと目(もく)されて居る女優は、此の劇團のソプラノ唄ひの林眞珠(はやししんじゆ)と云ふ少女だつたのである。彼女は斯う云ふ社會には珍しい無邪氣な情深い處女であつたし、それに此の一座では割りに優待されて懷(ふところ)都合も好かつたので、服部が來るとしばしばいくらかの金を惠んでやつたが、其の場合に彼女の手から其の賜物(たまもの)を恭(うやうや)しく受け取る服部の樣子が、何となく不思議であると云ふのがそもそもそんな噂を生む原(もと)であつた。「服部さん、あなたにお小遣ひを上げませうか。」――さう云つて少女が、銀貨や札(さつ)を無造作に掴んで彼の鼻先へ翳(かざ)して見せる。すると彼は「あゝ有難う。」と云ひながらそろそろと手を彼女の前に差出す。――此の光景は舞臺ではとても見られない奇觀であつて、噂の眞僞なぞは別問題としても、兎に角それを目撃した者に或る印象を燒き付かせることは確かだつた。斯う云つただゞけでは或は讀者には其の場面がはつきりと浮かんで來ないでもあらうが、公園のうちでも主に西洋物を演ずる芝居の樂屋では、女優たちはちよいとした幕間などに和服に着換へたりする暇がないので、いつでも直ぐと洋服が着られるやうに、シュミーズや、コルセットや、腿(もも)まである長い襪(くつした)や、警察の命令で脚へ穿かせられるメリヤスのタイツなどを着けたまゝ、時には踵(かゝと)の高い靴を穿いたなりで、膝を曲げることも出來ずに寝ころんで居るか立つて居るかして居る場合が多いのである。で、眞珠が服部に施しをする時にも、彼女は大抵さう云ふ姿をして居たものと考へて貰はねばならない。勿論都合に依つたら其の姿の上へスカアトを着けても居たらうし、ブロンドの鬘(かつら)を冠つても居たらうし、エンジェルに扮したりする時は翼を生やしても居たことであらう。さうして彼女は、今も云つた踵(かゝと)の高い靴を側立(そばだ)てゝ小馬の如くチヨコチヨコと廊下へ走つて來て、池の緋鯉に餌を投げてゞもやるやうな工合に金を持つた手を突き出しながら、「服部さん」と云つて彼を呼びかける。と、服部は彼女の傍へおつとりと歩いて行つて、いつも必ず片膝を衝いてしやがみながら、妙に澄まし込んだ態度で手を差出すのである。」

「「親父は美を月にたとへて僕に話した。西洋人は月の光が溪川に映るところや、庭の木の葉を照らすところや、都會の電信柱に光つて居るところや、そんな景色を掴まへて其れを一つ一つ美だと思つて居る。さうして藝術家でも餘程えらい人でなければ、その光の本が大空の月であることを知らない。のみならず、そんな景色を一つ一つ冩すよりも、直ちに大空の月を見た方が近道(ちかみち)であることを知らない。其處へ行くと東洋人は初めから大空の月を見て居る、見ない迄も感じて居る。藝術家の、いや藝術家ばかりではない、宗教家でも哲學者でも『永遠の生命』を欲する總べての人間の終極の目的が、大空の月にあるのだとすれば、月の存在を信ずる事にあるのだとすれば、東洋の藝術の方が西洋のそれよりも端的だとは云へないだらうか。」」
「南は語りながら懷からスケッチ・ブックを出して、其の或るページへ鉛筆で圓く月を畫(か)いた。月の下へ横に長い地平線を畫いた。地平線から月の方へ何本も矢を引いた。それから矢の傍へ「藝術家」だの「宗教家」だの「ゲエテ」だの「李太白」だのと書いた。矢は人間の「無窮に對する憧れ」を示した積りなのである。月の圓(まる)にも丁寧に「月」と書いた。「月」と書いただけでは足りなくて“eternal life”とも書いた。それらを鉛筆でぐいぐいと太く濃くなぞりながら話して來た。
「僕にはそんな事はよく分らない。」
突然服部が、冷酒をぐつと呷り付けてから云つた。
「だけども君のやうに云ふと、藝術家も宗教家も同じことになつてしまふね。」
「あゝさうだよ、僕はそれでいゝと思ふよ。」
と、南が云つた。」」

「つまり淺草公園が外の娯樂場と著しく違つて居る所は、單に其の容れ物が大きいばかりでなく、容れ物の中にある何十何百種の要素が絶えず激しく流動し醗酵しつゝあると云ふ特徴に存する。若し淺草に何等か偉大なるものがあるとすれば此の特徴より外にない。」
「淺草ほど其の流動の激しい一廓はない。それは緩慢な流れの中に一つの圏(けん)を描いて居る或る特別な渦巻である。さうして其の渦巻は年々に輪をひろげ、波紋を繁くし、周圍に漂うて來る物を手當り次第に呑み込んで育つて行く。流れの中にある物で一度は其處へ巻き込まれないものはないと云つてもいゝのである。だが、たつた今巻き込まれた物がいつ何處へ行つてしまつたのか? 依然として其處に渦巻はあるが巻き込まれた物はもう見えない! 正に淺草は其の通りである。われわれが覺えてから二十年來あの公園にはさまざまな物があつた。仰山な物や馬鹿げた物や奇怪な物やふざけた物や其の外枚擧し切れない物が、嘗て一度は其處にあつた。それらは今、何處へ行つてしまつたらう? たとへばあのパノラマはどうしたか? ルナパアクはどうしたか? ヂオラマやキネオラマはどうしたか? 珍世界や猿芝居や女相撲はどうしたか? X光線の見せ物や山口定雄や二錢團州や居合ひ抜きはどうしたか? 現に活動冩眞館が軒を並べて居る場所には昔何があつたか? 近い話が一時あれほどの人氣を集めた井上正夫や木下八百子は何處へ行つたか? 此れ等の慌しく通り過ぎたものは總べて幻影だつたのであるか?――實際中には幻影よりも果敢なく消えてしまつたものが多いのである。たゞ觀音堂と其處に巣を造つて居る鳩の群(むれ)と、池の緋鯉と十二階とが殘つて居る! 斯くの如く此の公園の流轉は激しい。さうして茲に見逃してならぬ事は、それらの流轉しつゝある物を一つ一つ仔細に檢べると、孰(ど)れも此れも殆ど悉く俗惡な物、粗雜な物、低級な物、野卑な物であるに拘はらず、たゞ其れ等が目にも留まらぬ速さを以て盛んに流轉するが故に、公園それ自身の空氣は混濁の裏に清新を孕み、廢頽の底から活氣を吹き、亂雜の中に統一を作り、悲哀の奧に歡樂を醸し、不思議にも常に若々しく溶々たる大河のやうに押し進んで行くのである。其處へもたまには優れた物や美しい物や立派な物が落ち込むこともないではない。が、落ち込むと同時に、それらの立派さや美しさや優越さは大地に滲み込む水の如くに跡形もなく吸ひ取られてしまふ。誰も其處では自分獨りを威張ることが出來ない。世界を股にかけたパテエやユニワ゛アサルの名優も日活や天活の役者どもと、時には活辯どもとさへ同等である。皆公園の一要素たるに過ぎない。――さうして此れは見物人の場合にも云へるのである。見物人も等しく公園の要素であつて興行物と共に流動し廻轉する。彼等の間には趣味の高下もなく階級の差別もない。強ひて差別があるとすれば其れは警察で拵へた婦人席と同伴席と甲種と乙種とだけである。オペラを見る者は學生ばかりで浪花節を聽く者は熊公八公ばかりだと思つたり、又五郎に關心するのは守(もり)ツ兒(こ)ばかりで西洋物を喜ぶのは良家の子弟ばかりだと思つたら間違ひになる。職人がカフェエへ這入つたり、ハイカラが縄暖簾をくぐつたり、娘が鮨の立ち食ひをしたりする。彼等の趣味は始めから斯くの如く出鱈目でとんちんかんなのではない。彼等は公園へ足を踏み入れるや否や出鱈目になりとんちんかんになるのである。」
「なほ此の公園の特色に就いて今一言附け加へて置きたい、――「斯くの如き公園を斯くの如き状態に任せて置く事は何か社會の爲めになるか?」「其處の空氣の流動しつつは進歩しつつか退歩しつつか?」――と云ふ問題である。ところで此の問題に明確な答を與へ得る者は誰もないであらう。それが社會の爲めになるかならないか、その流動が進歩であるか退歩であるか、誰もハツキリと知つて居る者はないであらう。けれども茲に間違ひなく云へる事が一つある。即ち、盛んに流動しつゝある物に退歩は有り得ない、流動は流動それ自身のうちに進歩を生む。われわれはさう思つて唯あの溌剌たる有樣を眺めて居ればいゝ。若し執拗(しつくど)く「爲めになるかならないか。」と問ひ質す者があつたら、「そんな事は我れ我れは知らない、しかし、あの流動する姿を見よ!」と、さう答へるまでゞある。其の答に滿足しない者は公園を去つて、市内の一流の娯樂機關へ走るがいゝ。其處には昔ながらの文明の遺物が、(中略)時とすると其の容れ物だけを新しく装つてどんよりと沈殿して居る。其處には流動もなく混合もなく醗酵もない。徒らに上品ぶつた、金のかゝつた、發育の止つた、乾涸らびた見せ物とお客とがあるのみである。一方には公園のあらゆる物、一方には市内一流の劇場、俳優、藝者、料理屋、――此の二つの孰方(どちら)に將來の日本の文明は味方するだらうか? (中略)それは云ふ迄もなく前者にであらう。其處には何か新しい文明の下地となるべき盲目な蠢動がある。」
「さて恰も此の物語の始まる頃に淺草では何がはやつて居たか?――と云へば、ちやうど日露戰爭のあとで文壇に自然主義がはやつたやうに、欧洲戰爭に際しては公園に歌劇がはやつた! 即ち帝劇の洋劇部で失敗し、ローシイのローヤル館で失敗したものが、公園の渦巻へ落ち込んで來て芽を吹いたのである。(中略)斯くして守ツ兒や、熊公八公や、活動冩眞に飽きた少年少女や、觀音樣へお參りに來た善男善女に向つてロシニの名曲「セヴィラの理髪師」が紹介され、アイヒベルグの喜歌劇「アルカンタラの醫師」が上場され、スッペの「ボッカチオ」、オッフェンバックの「天國と地獄」、マスカニの「カワ゛レリア・ルスチカナ」が演ぜられるに至つた。それでなくても幼稚でお粗末なほんの黎明運動に過ぎなかつた其れ等の俳優の技巧と管絃樂とは、公園へ落ちると同時に荒んで行つたが、無邪氣で出鱈目な其處の群衆は譯が分らずに喝采した。淺草で歌劇「ファウスト」が演ぜられ、「椿姫」が演ぜられ、「カルメン」が演ぜられたと聞いても、別に驚くにはあたらない。なぜなら其れはグノーの「ファウスト」でなく淺草の「ファウスト」であり、同時にヴェルディやビゼエの「椿姫」「カルメン」でなく淺草の其れ等であるから、――前にも云つたやうに總べて此處へ這入り込んだ物は直ちに「公園獨得の物」に化けるのであるから。で、此の公園獨得の歌劇はだんだんに範圍が廣くなり、素質が惡くなり、いろいろの歌劇まがひ西洋まがひの間に合はせ物や飜案物が出來始め、「沈鐘」「サロメ」の如き大物(おほもの)からさまざまな呑氣な曖昧なメロドラマ、細々(こまごま)したファース、コメディー、お伽劇、舞踊劇にまで蔓つて行つた。此れと云ふ纏まつた筋はなくても西洋風俗の男や女が舞臺をきやツきやツと遊び廻つて、氣樂に面白さうにふざけて、時々歌つたり踊つたりすれば歡迎された。中には小學校の運動場と選ぶ所がないものもあつた。いや、中にはではない、結局のところ此れ等の公園の歌劇は多少の廢頽的要素と異國情調との加味した小學校運動場的氣分だつたと云つても差支へないのである。一體公園にあるものは哀れなものでも幾分かは愉快に見え、愉快なものでも幾分かは哀れに見え、觀客の心持の置き場所に由つて、太陽に照らされるプリズムのやうに靑く光つたり赤く光つたり黄色く光つたり無色になつたりするのであるから、此の廢頽と異國趣味と小學校氣分との孰れが歌劇の本質であつたか、正體を見究めることは容易でないが、多分此の三者の渾然たる化合物が其の本質だつたのであらう。さうして此れがあんな人氣を呼んだ一つの理由は、その以前に一時公園を風靡して居た外國の優秀なフィルムが、戰爭の爲めに輸入されなくなつたからである。活動冩眞に依つて教へられた觀客の異國趣味は、歌劇に於いて滿足したのである。其處へ行けばチャアリー・チヤプリンのカリカチュアを始めとしてパアル・ホワイトや、ルス・ローランドや、ドリス・ケニオンや、ビリー・バアクや、ダスティン・ファアナム等の生きた模型を見ることが出來た。模型は無論本物と比較にならない粗製濫造品ではあつたけれども、粗製濫造なるが故に却つて見物人を喜ばせた。なぜなら彼等は我れ我れと同じく黑い瞳を持ち、冩眞では分らない薔薇色の頬(ほツ)ぺたを見せ、聲高く唱歌をうたひ、且つ日本語を以てわれわれに媚びてくれたから。彼等は、日本人の間には今迄見出されなかつた女性の容貌と姿態と體格との新しい「美」の一面を、日本人の血と肉とを以て築いてくれたから。(中略)兎に角彼等は我れ我れの眼を古い女性美から新しい女性美へ向き變へさせた。市中ではぽん太小ゑん萬龍靜枝以來の藝者の繪葉書が賣れなくなつて、活動やオペラ女優の繪葉書が賣れ出した。――そんな物を買ふ奴は不良少年ばかりだと云ふかも知れない。が、そんなら今の日本は何であるか? 今の東京市は何であるか? 今の日本の社會、今の東京市全體は一個の不良老年ではないか。此れ等の不良老年の中で淺草公園だけが不良少年なのである。」

「「あの眞珠と云ふ名は、此れも暗合だと云へば云へるんだが、あの兒の肌が眞珠色をしてると云ふので、あれは梧桐氏が附けてやつた藝名なんだ。」」
「「だけども、あの顔つきには何處かぼうツとした、支那人と間違へられさうなところがあるだらう?」
「あゝ、それはある。顔の感じから云ふと支那人臭くツて、どうも江戸ツ兒とは見えない。一つには全く大理石のやうにきめが細かで色が白いせゐかも知れない。さうしてあのぼうツとしたところがあの兒の特徴なんだ。あれが或る時には初々(うひうひ)しい愛嬌に見えたり、或る時には妙に曖昧に見えたりして、何だか氣心の知れない子供だと云ふやうな氣を起させるんだよ。だからほんたうに無邪氣なのか猫を冠つて居るのか、實は僕にも分らないんだけれど、其の分らないところが又僕の氣に入つて居るんだ。」
「ぢや、上海での出來事のやうな不思議なものが加はるとすると、なほ君の氣にも入る譯だね。」
「さうだ、一體あの兒にはさう云ふ不思議なところがあるんだ、――」
其の時、南は服部が奇妙な眼瞬(まばた)きをするのを見た。――それは、何か斯う、遠くかすかに消えかゝつた記憶を、心の底に喚び返しつゝあるやうな工合であつた。」



谷崎潤一郎全集9-3



「鮫人」についてはこちらをご参照下さい:
中野美代子 『鮫人』


































































谷崎潤一郎 『人魚の嘆き・魔術師』 (中公文庫)

2013年5月26日。


「私は地上の人間に生れることが、この世の中での一番仕合わせな運命だと思っていた。けれども大洋の水の底に、かくまで微妙な生き物の住む不思議な世界があるならば、私はむしろ人間よりも人魚の種族に堕落したい。」
(谷崎潤一郎 「人魚の嘆き」 より)

「よろしい、よろしい、お前の望みは如何(いか)にもお前に適当している。お前は初めから、人間などに生れる必要はなかったのだ。」
(谷崎潤一郎 「魔術師」 より)


谷崎潤一郎 
『人魚の嘆き・魔術師』

中公文庫 A1-11

中央公論社 昭和53年2月25日印刷/同年3月10日発行
110p 文庫判 並装 カバー 定価180円
カット・挿画: 水島爾保布
新字・新かな



短篇小説「人魚の嘆き」および「魔術師」は、それぞれ「中央公論」と「新小説」の、大正6(1917)年1月号に発表。単行本は大正8年8月、水島爾保布(名前の読みは「におう」)の装画を鏤めて、春陽堂より刊行された。本書はその復刻文庫版。
装画は表紙絵、扉絵2点、文字(イニシャル)カット2点、フルページ挿絵20点、カット1点の計26点。
解説は中井英夫。


人魚の嘆き01


カバー裏文:

「むかしむかし、まだ愛親覚羅氏の王朝が、六月の牡丹のように栄え輝いていた時分――南京の貴公子の美しき人魚への讃嘆。
また魔術師に魅せられて半羊神と化す妖しい世界――」



人魚の嘆き02


目次:

人魚の嘆き
魔術師

解説 (中井英夫)



人魚の嘆き03


「むかしむかし、まだ愛親覚羅氏の王朝が、六月の牡丹のように栄え耀(かがや)いていた時分、支那の大都の南京に(中略)うら若い貴公子が住んでいました。」


人魚の嘆き04


「「どうして内の御前さまは、毎日あんなに鬱(ふさ)ぎ込んで、退屈らしい顔つきばかりなすっていらっしゃるのだろう。」」


人魚の嘆き05


「貴公子は、いつも必ず一段高い睡房の帳(とばり)の蔭に、錦繍の花毯(かたん)の上へ身を横たえて、さも大儀そうな欠伸(あくび)をしながら、眼前の騒ぎを餘所(よそ)にうつらうつらと、銀の煙管で阿片を吸うておりました。」


人魚の嘆き06


「その時、貴公子の視線は、一つの不思議な人影の上に注がれて、長い間熱心に、それを追いかけているようでした。その男は、頭に天鵞絨(びろうど)の帽子を冠り、身に猩々緋(しょうじょうひ)の羅紗の外套を纏い、足には真黒な皮の靴を穿(は)いて、一匹の驢馬に轎を曳かせて来るのです。」


人魚の嘆き07


「この車の轎の中には、南洋の水底(みなぞこ)に住む、珍しい生物が這入(はい)っています。私はあなたの噂を聞いて、遠い熱帯の浜辺から、人魚を生け捕って来た者です。」


人魚の嘆き08


「又或る者は、人魚の恋が恐ろしさに、竦気(おぞけ)を慄(ふる)って逃げてしまいます。なぜと云うのに、昔から人魚に恋をしかけられれば、一人(いちにん)として命を全うする者はなく、いつとはなしに怪しい魅力の罠(わな)に陥り、身も魂も吸い取られて、何処へ行ったか人の知らぬ間に、幽霊の如くこの世から姿を消してしまうのです。」


人魚の嘆き09


「私は地上の人間に生れることが、この世の中での一番仕合わせな運命だと思っていた。けれども大洋の水の底に、かくまで微妙な生き物の住む不思議な世界があるならば、私はむしろ人間よりも人魚の種族に堕落したい。」


人魚の嘆き10


「「私の体は魚のように冷かでも、私の心臓は人間のように暖かなのです。これが私の、あなたを恋いしている証拠です。」」


人魚の嘆き11


「人魚の体は海月(くらげ)のように淡くなって、やがて氷の溶けるが如く消え失せた跡に、二三尺の、小さな海蛇が、水甕の中を浮きつ沈みつ、緑青色の背を光らせ游いでいました。」


人魚の嘆き12


「船は、貴公子の胸の奥に一縷(いちる)の望を載せたまま、恋いしいなつかしい欧羅巴の方へ、人魚の故郷の地中海の方へ、次第次第に航路を進めているのでした。」



魔術師01


「私があの魔術師に会ったのは、何処(いずこ)の国の何と云う町であったか、今ではハッキリと覚えていません。」


魔術師02


「しかしあなたが、その場所の性質や光景や雰囲気に関して、もう少し明瞭な観念を得たいと云うならば、まあ私は手短かに、浅草の六区に似ている、あれよりももっと不思議な、もっと乱雑な、そうしてもっと頽爛(たいらん)した公園であったと云っておきましょう。」


魔術師03


「もしもあなたが、浅草の公園に似ているという説明を聞いて、其処に何等の美しさをも懐かしさをも感ぜず、むしろ不愉快な汚穢な土地を連想するようなら、それはあなたの「美」に対する考え方が、私とまるきり違っている結果なのです。」


魔術師04


「バルコニイの上を見ると、酔いしれた男女の客が狂態の限りを尽して野獣のように暴れていました。彼等の或る者は、街上の群衆を瞰(み)おろして、さまざまの悪罵を浴びせ、冗談を云いかけ、稀には唾を吐きかけます。彼等はいずれも外聞を忘れ羞恥を忘れて踊り戯れ、馬鹿騒ぎの揚句には、蒟蒻(こんにゃく)のようにぐたぐたになった男だの、阿修羅のように髪を乱した女だのが、露台の欄杆から人ごみの上へ真倒(まっさかさ)まに落ちて来るのです。」


魔術師05


「「この町の人たちは、みんな気が違っているようだ。今日は一体、お祭りでもあるのかしら。」」


魔術師06


「其処には日本の金閣寺風の伽藍(がらん)もあれば、サラセニックの高閣もあり、ピサの斜塔を更に傾けた突飛な櫓(やぐら)があるかと思えば、杯形に上へ行く程脹(ふく)らんでいる化物じみた殿堂もあり、家全体を人面に模した建物や、紙屑のように歪(ゆが)んだ屋根や、蛸(たこ)の足のように曲った柱や、波打つもの、渦巻くもの、彎屈するもの、反(そ)り返るもの、千差万別の姿態を弄(ろう)して、或は地に伏し、或は天を摩(ま)しています。」


魔術師07


「この粛然とした「死」のように寂しく厳(いか)めしい沼の中頃に、島とも船とも見定め難い丘のような物が浮かんでいて、“The Kingdom of Magic” と微かに記した青い明りが、たった一点、常住の暗夜を照らす星の如く、頂きの尖(とが)った所に灯されています。」


魔術師08


「就中(なかんずく)、一番私の意外に感じたのは、うら若い男子だとのみ思っていたその魔術師が、男であるやら女であるやら全く区別の付かないことです。女に云わせれば、彼は絶世の美男だと云うでしょう。けれども男に云わせたら、或は曠古(こうこ)の美女だと云うかも知れません。」


魔術師09


「「どうですか皆さん、………誰方(どなた)か犠牲者になる方はありませんか。」」


魔術師10


「「魔術師よ、私は半羊神(ファウン)になりたいのだ。半羊神(ファウン)になって、魔術師の玉座の前に躍り狂っていたいのだ。どうぞ私の望みをかなえて、お前の奴隷に使ってくれ。」
私は舞台に駈け上って、譫言(うわごと)のように口走りました。
「よろしい、よろしい、お前の望みは如何(いか)にもお前に適当している。お前は初めから、人間などに生れる必要はなかったのだ。」
魔術師がからからと笑って、魔法杖で私の背中を一と打ち打つと、見る見る私の両脚には鬖々(さんさん)たる羊の毛が生え、頭には二本の角が現れたのです。同時に私の胸の中には、人間らしい良心の苦悶が悉く消えて、太陽の如く晴れやかな、海の如く廣大な愉悦の情が、滾々(こんこん)として湧き出でました。」



魔術師11


人と魚、男と女、獣と神、それらのあわいに属するものたちは、すでにしてこの世の存在ではありません。この世の外の存在に憧れるものにとっては、頽廃と滅亡こそが恩寵にほかならないのです。

ちなみに、「人魚の嘆き」で、人魚の故郷を地中海といっているのは、ホメーロスの『オデュッセイア』に登場する「セイレーン」への言及ですが、澁澤龍彦「人魚の進化」(『幻想博物誌』所収)によると、ホメーロスのセイレーンは魚人間ではなく鳥人間です。澁澤龍彦は、アンデルセンの人魚姫のような「人間に恋する人魚」の起源を、地中海系の神話ではなくゲルマン・ケルト系の伝説に求めています。

本書の解説を書いている中井英夫の連作短篇集『幻想博物館』には、人が牧神に変身する話(「牧神の春」)が収録されています。


こちらもご参照ください:
山田俊幸 監修 『大正イマジュリィの世界 ― デザインとイラストレーションのモダーンズ』
堀切直人 『浅草 大正篇』
澁澤龍彦 『幻想博物誌』





























プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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