ジャック・デリダ 『盲者の記憶 ― 自画像およびその他の廃墟』 鵜飼哲 訳

「どうして愛することができるだろう、廃墟の可能性以外のものを? 不可能な全体以外のものを?」
(ジャック・デリダ 『盲者の記憶』 より)


ジャック・デリダ 
『盲者の記憶
― 自画像およびその他の廃墟』 
鵜飼哲 訳


みすず書房
1998年11月6日 印刷
1998年11月16日 発行
189p 目次ほか2p 著者・訳者略歴1p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,600円+税
カバー: アンリ・ファンタン=ラトゥール《自画像》



本書「訳者あとがき」より:

「本書は Jacques Derrida, Mémoires d'aveugle - L'autoportrait et d'autres ruines, Editions de la Réunion des musées nationaux, 1990 の全訳である。このテクストは、ルーヴル美術館で一九九〇年一〇月二六日から一九九一年一月二一日にかけて開かれた展覧会のために書かれた。本書と同名の表題を掲げたこの展覧会は、それ自体、「偏見/決意」を意味する PARTI PRIS と銘打たれた一連の企画の第一回目の試みだった。ルーヴルの何人かのコンセルヴァトゥールの発案になるこの企画の主旨は、美術史や美学以外の領域で仕事をしている作家、哲学者、批評家などに委託してルーヴルのコレクションから任意の作品を選び出し、独自の読解によってその作品群に新たな意味を付与することにあった。このイニシアティヴには、フランス語で「学芸員」を意味する conservateur という語に含まれた抜きがたい保守性から脱却し、美術と美術館の間の関係を現代美術以外の分野でもラディカルに問い直そうとする姿勢が打ち出されている。」


本文中図版71点(うちカラー9点)。


デリダ 盲者の記憶 01


帯文:

「見ることは信じること。素描をめぐって盲目、自画像、父と子、直観と信憑、判断停止と懐疑、記憶の作用、喪とナルシシズムなどの問題群が高密度に展開される。絵画を読むデリダ的思考の冒険。」


カバー裏文:

「本書の魅力、それはなによりも、デリダならではの絵画読解の実践をきわめて濃密なテクスト経験を通して満喫できる点にある。絵画という視覚芸術に盲者を描き込むという行為はきわめて特異な他者経験である。あらゆる他者経験と同じく、だが独特な形で、そこにはある還元不可能な暴力が含まれている。なぜなら、盲者は描かれたおのれの姿をけっして見ることができず、まったく無防備のまま他者の視線に引き渡されるからである。ここには一見どんな対称性もありえず、盲者は絶対的な受動性に固定されているようにみえる。だが、このような暴力を行使しつつ、西洋の多くの画家たちが、とりわけ素描画家が、これほど多くの盲者の姿を描いてきたのはなぜなのか? そこには差別的な見せ物趣味と区別されるどんな欲望が働いていたのか?
 盲者が見るのではない限り、すくなくとも彼あるいは彼女の涙が見るのでない限りおよそいかなる愛もありえない……。本書には、素描というものに対する著者の特異体質的な情動が、それを普遍化しようとする哲学的努力とともにすみずみまで浸透しており、その意味で、彼の著作のなかでも一種特別な作品に仕上がっている。」



目次:

盲者の記憶――自画像およびその他の廃墟

図版一覧 (イズー・セヴラック 記/松岡新一郎 訳)
訳者あとがき (鵜飼哲)



デリダ 盲者の記憶 02



◆本書より◆


「証明したいという気持ちがあるのかどうか、私にもわからない。あなたの確信をかちえることを目指して過度に立証を追い求めるのではなく、むしろあなたに一つの物語を語り、一つの視点を描き出すことにしよう。視点であり無視力でもあるもの〔point de vue〕(訳者による注: point が「点」を意味する名詞でありまた否定の副詞でもありうることから、point de vue は「視点」と「無視力」の両義を含む。)が、私の主題になるだろう。」


「だから、これは展覧会日誌ではない。ルーヴルの人々が声をかけてくれたことは、私にとって単なる名誉ではなかった。私は怯え、ひどく不安にさえなった。おそらくは、今なお、常軌を逸するほどに。この不安には、もちろん、ほの暗い喜悦が混ざってもいた。というのは、私の素描の経験は、つねに、不具の経験だったからだ。もっと悪いことに、それは罪ある不具であり、わけのわからない罰の経験だったとさえ言えようか。原因不明の罰、この不具は二重の不具である。今日でも私は、自分はついに素描というものを、描くこともできず見ることもできないだろうと考えている。私は本当に感じているのである、あるモデルを知覚しても、自分の手でそれをなぞることはできないと。まるで、描こうとする瞬間には、もはや事物を見てはいないかのように。事物はたちまち逃げ出してしまう。私の目から消えてしまう。ほとんど何も残さず、それは私の目の下から消え去り、私の目が知覚するものといえば、本当のところ、この消滅しつつある出現の、嘲弄するような尊大さだけなのだ。私の前に残っている限り、事物は私を挑発する。そのとき事物は、それが私のために留保している不可視性を、夜を、発出するかのように産出する。そして私は、いわば、その夜の選ばれ人のようなものなのだ。事物は私を盲目にする、この情けない観せ物に立ち合わせつつも。私を晒し者にしつつ〔m'exposant〕、事物は私を責め苛み、しかし私を証人にもする。ここから、素描というものに対するある種の情熱にして受難(引用者注: 「情熱にして受難」にルビ「パッシヨン」)が、否定的で無力な情熱が、ついに手に入らない苦悩の的の素描に対する嫉妬が生まれる。この素描を、私は、見ずに見る。私のなかの子供は、心のなかでこう自問する。どうして彼らは、モデルと、自身の手で妬み深く物自体に捧げる描線とを、同時に見ていると主張できるのか? モデルと描線のいずれか一方に対しては盲目であるはずではないか? いずれか一方に対しては、記憶で満足しなくてはならないはずでは? この恥ずかしい不具の経験は私の家庭小説に属しているが、そこからひとつの描線にして矢(引用者注: 「描線にして矢」にルビ「トレ」)だけを取り出そう、武器であり症候であろうが、争いの原因でもあったものを。それは私が、周囲の人々と同様、その素描の才能に感嘆していた兄の一人に対する、傷を負った嫉妬である――そして、要するに、目である。私の奥底で、私から離れて、兄殺しの欲望を非難することをおそらく決して止めなかった目である。兄の作品は、兄弟愛に照らして正直に言わなくてはならないが、どれもコピーでしかなかった。黒鉛筆ないし墨の肖像画は、往々にして、家族の写真(祖父の死後に描かれた肖像を、ハンチング帽を被り、山羊髭にフレーム付きの眼鏡をかけた肖像を、私は思い出す)や、本のなかにすでに複写されていた絵(中略)の複製だった。
 兄の素描を見て私は苦しんだ。後生大事に額に入れられて、それはあらゆる部屋の壁に常設展示されていた。彼のこのコピーを、今度は私がまねてみた。自分がどうしようもなく不器用であることを、私は思い知らされた。そして、こんな二重の確信にたどりついた。自分は罰せられ、奪われ、傷つけられている、しかしまた、まさにそのことによって、密かに選ばれてもいるのだという確信に。いまだ存在していなかった私自身に、私は、解読不可能な召喚のメッセージを送っていたのである。まるで私は、私のなかの盲者が生命とひきかえに放棄した素描の代わりに、もう一つの線に、見えない語たちのあの書記法(グラフィ)に、言葉〔verve〕――あるいはエクリチュール――と呼ばれる時間と声とのあの一致に呼ばれていたかのように。これは、だから、置き換えであり、闇取引である。一つの線の代わりに別の線を、線には線を、というわけだ。」


「素描画家はおのれの姿を見る、幻惑され、イマージュに釘付けになり、しかし、おのれ自身の目の深淵に消滅しつつ。とすれば、彼がそれによって絶望的におのれをつかみ直そうとする運動は、すでにその現在自体において記憶の行為である。このことを、ボードレールは『記憶の芸術』で示唆していた、記憶の活用〔mise en œuvre〕は素描に奉仕するのではない。ましてそれを、その師あるいは死のように、導くのではない。それは素描の操作そのものであり、まさしくその作品化〔mise en œuvre〕なのだ。深淵に落ちこんでいく素描がその外部で視線をつかみ直そうとして失敗することは、事故とか弱さではない。それは作品というもののチャンスそのものを、それがけっして現前させずに見るべく与える見えないものの幽霊の比喩形象をなしている。ここでは記憶がある過ぎ去った現在を復元するのでないのと同様、顔の――それも素描のなかで凝視される顔の廃墟が意味するものは、老化、磨耗、先取りされた腐敗、あるいは肖像がしばしばそれに対する不安をあらわにする時間の咬傷などではない。廃墟は、昨日は無傷だったモニュメントに、事故のように後から到来するのではない。初めに廃墟がある。廃墟とは、ここでは、イマージュに、それに最初の視線がそそがれるやいなや到来するもののことである。廃墟とは自画像のことであり、自己の記憶として凝視されるあの顔のことであり、自己にそそがれた最初の視線から形象がおのれを蝕して姿を消すやいなや、幽霊のように残留あるいは回帰するもののことである。顔の形象(引用者注: 「顔の形象」にルビ「フィギュール」)はそのとき、おのれの可視性が傷つけられたのを見る、その無欠さを、分解することなく喪失する。というのも、目に見えるモニュメントの不完全性は描線の蝕的構造に起因するからであり、この構造はただ繰り返し刻印されるだけで、自画像の影でおのれを反照することは不能である。これらの命題はすべて反転可能である。すなわち廃墟の絵画を、肖像の、さらには自画像の比喩形象(フィギュール)として読むこともできるのだ。
 廃墟への愛はここから生まれる。そして見たいという衝動、窃視症そのものも、この根源的廃墟を狙っている。愛そのもののナルシシズム的メランコリー、おのれの喪失を悲しむ記憶。どうして愛することができるだろう、廃墟の可能性以外のものを? 不可能な全体以外のものを?」


「そして、ニーチェはよく泣いた。例えば、馬に対する同情のあまりその頭を手に抱いて泣き出したというトリノのエピソードはよく知られている。『告白』に関して、先にわれわれは、これは涙の書であると言った。アウグスティヌスは自分の涙の経験を語る、一歩進むごとに、各頁ごとに、単に友や母の死のときばかりでなく。彼を溺れさせる涙、彼の心を喜ばせる涙、それについて彼が、驚きとともに、涙はなぜ不幸な者たちには甘美であるのか(中略)と神にたずねる涙、その涙を、アウグスティヌスは、自分や息子に対しては抑圧するのだが。だが、涙が目に到来するものであり、そしてそのとき視界を覆いうるものであるならば、涙こそがおそらく、この経験の流れのさなかで、この水流のなかで、目というもののある本質を、いずれにせよ人間の目の、聖なる寓意の人間-神学的空間において理解された目の本質を啓示するのである。根底においては、目の根底では、目の用途は見ることではなく泣くことだということになるだろう。」
「あらゆる動物の目が視覚へと用途づけられており、そしておそらくはそのことによって、理性的動物の観察的知へと用途づけられているとしても、人間だけが、見ることと知ることのかなたへ行くことを知っている、というのも、ただ人間だけが泣くことを知っているのだから。(中略)彼だけがそれを見ることを知っている、彼、すなわち人間だけが、それ、すなわち、涙こそが目の本質であり、視覚ではないということを。この目の本質こそ人間の固有性である。人が知っていると信じていることとは反対に、最良の視点(視点すなわち無視力こそわれわれの主題にして主体となるだろう)とは一つの源泉であり水源であって、それは涙へと立ち返るのである。目を開くこの盲目は、視覚を闇に沈める盲目ではない。啓示的盲目、黙示録的盲目、目の真理そのものを啓示する盲目とは、涙に覆われた眼差しだということになるだろう。この眼差しは見るのでもなく、見ないのでもない。それは曇った視界には無関心である。」

「失明は涙を禁止しない。失明は涙を奪わない。」

「マーヴェルは彼の友人ミルトンをテイレシアスになぞらえた。『闘技士サムソン』の詩人は盲目を、祝福として、褒美として、報賞として、神的な「報酬」として、詩的かつ政治的な幻視の天才として、予言の幸運として受け取ったというわけだ。それには何も驚くべきことはない。マーヴェルは知っていると信じていたのだ、視力を失ったからといって、人間は目を失うわけではないと。それどころか、人間は、そのとき、初めて目を思考し始める。任意の動物の目ではない、彼自身の目を。見ることと泣くことの間に、彼は差異を垣間見る。そしてその差異を、記憶に保持する。そしてそれが涙のヴェールなのだ、ついに、それも「同じ目」で、涙が見るにいたるまで。」






























































































スポンサーサイト

ジャック・デリダ 『シボレート』 飯吉・小林・守中 訳 (岩波モダンクラシックス)




ジャック・デリダ 
『シボレート
― パウル・ツェランのために』

飯吉光夫・小林康夫・守中高明 訳
岩波モダンクラシックス

岩波書店 
2000年7月7日 第1刷発行
228p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価3,000円+税


「本書は一九九〇年三月、岩波書店より刊行された。」



本書「訳者あとがき」より:

「この書物は、Jacques Derrida “Schibboleth――pour Paul Celan”, éd. Galilée, 1986, Paris の全訳である。」


本訳書は、守中氏によるフランス語本文の訳に小林氏が手を加えた共訳で、ドイツ語詩の訳は飯吉氏が担当、「岩波モダンクラシックス」版は初版の新装版であり、内容に関してはおそらく同一で、改訳などはされていないようです。


デリダ シボレート


帯文:

「唯一のものである
詩は翻訳(複数化)
可能か」



カバーそで文:

「ショアーを生き延びたユダヤ系詩人ツェランの詩をめぐって、一回性と反復性、単一性と多様性の問題を考察する。「シボレート」とは、殺戮を逃れて越境しようとするエフライム人を見分けるため、「シ」を発音できない彼らに課された「合言葉」(旧約)、詩という唯一のものの翻訳(=越境・複数化)可能性をめぐる脱構築批評。」


目次:

Ⅰ章
Ⅱ章
Ⅲ章
Ⅳ章
Ⅴ章
Ⅵ章
Ⅶ章

原註
訳者あとがき (小林康夫/飯吉光夫/訳者)



本書より:

「シボレート――私がヘブライ語のものであると言うこの語は、ご存知のように、一個の語族全体にわたって見出される。すなわちフェニキア語にも、ユダヤ-アラム語にも、シリア語にも。それは〈大河〉、〈川〉、〈麦の穂〉、〈オリーヴの小枝〉といった意味の多数多様性に横断されているのである。だが、これらの意味の彼方で、この語は一個の合言葉(モ・ド・パス)の価値を獲得した。人々は、戦争中あるいは戦後に、警戒下の国境線の通行(パサージュ)時にこれを用いたのである。その際この語が重要だったのは、その意味ゆえにであるよりも、それが発音される仕方によってであった。意味あるいは事物への関係は宙吊りにされ、中性化され、括弧に入れられていたのである――これは、こう言ってよければ、まず第一に意味を保持する現象学的「エポケー」と正反対のことである。エフライム人たちは、エフター軍に敗れた、――そして兵士たちが河を渡って逃亡するのを阻止するために、人は各人にシボレートと口にすることを要求したのだった。つまり、エフライム人たちはシボレート schibboleth の schi を正確に発音できないことで知られていたのであり、それゆえに彼らにとってそれは、発音し得ぬ=口にしてはならない名と化していたのである。彼らは sibboleth と言い、schi と si のあいだのこの目に見えぬ境界線上で、歩哨に己れの正体を明かし、みずからの生命を危険にさらしてしまうのだった。彼らは、schi と si のあいだの弁別的差異(ディフェランス)に無関心(アンディフェラン)になることによって己れの差異を明かす。つまり彼らは、このようにコード化された刻印(マルク)を再(ル)-刻印(マルク)し得ぬことで識別(マルケ)されるのであった。
 こうしたことが起ったのは、ヨルダンの国境線においてである。」

「一個のシボレート、シボレートという語は、それが一つだけのときにも、その一般性ないし慣用のおよそ最も広い外延において、あらゆる非有意的で恣意的な刻印を名指している。例えば、弁別的で、決定的、切断的なものとなったときの shi と si のあいだの音素論上の差異がそれである。この差異には、それ自体としてはいかなる意味もない、けれどもそれは、歩をすすめる faire le pas ためには――つまり或る場所への境界線あるいは或る詩篇への閾を通過し、安住の場ないしは一国語に合法的に住まうことへの権利を与えられるためには、すなわちもはや法の外に身を置かずにすむためにはということだ――それを識別し、とりわけ刻印するすべを知らねばならぬものと化しているのである。かつまた、一つの国語に住まうためには、すでにしてシボレートを己れの意のままにしている必要がある――つまりその際必要なのは、ただ単にこの語の意味を理解しているということだけではないし、またただ単にこの意味を知っていることだとか、一つの語をどのように発音すべきことになっているかを知っているということだけではない(h ないし ch という文字のあるなしによる shi と si との区別――そのことは、エフライム人たちも知っていた)。そればかりではなしに、必要なのは、その語をしかるべく口にすることができるということ、つまり、しなければならないとおりにその語を口にすることができる、ということである。区別を知っているというだけでは十分ではなく、区別ができること、つまり実際に区別することができること、もしくは区別するすべを知っていることが必要なのだ――そしてここで区別するというのは、それを刻印するという意味である。ちょうど何か或る定理と同じように、それを知っているだけでは十分でないこの刻印、そこにこそ秘密がある。一個の秘密なき秘密が。同盟への権利には、クリプトの中に隠蔽された意味のような隠された秘密などいささかもないのである。
 語の内部においては、shi と si のあいだの差異には何の意味もない。だがそれこそは、他者と分け持つことができねばならない暗号化された刻印なのであり、そうした弁別能力は、自己の内部に、すなわち己れ自身の国語の身体にと同様、己れ固有の身体に、互いの尺度に応じて刻み込まれているにちがいない。身体へのこうした差異の記刻(例えば、これこれの語を発音することに関しての発声適性)は、とはいえ生まれつきのものではなく、生得的器官能力に属するものでは全くない。その起源はそれ自体、なんらかの文化的かつ言語的共同体への、生育環境への、要するに一個の同盟関係への帰属を前提とするものなのである。」











































ジャック・デリダ 『他者の言語 ― デリダの日本講演』 (高橋允昭 編訳/叢書ウニベルシタス)

2013年6月2日。


ジャック・デリダ 著/高橋允昭 編訳 
『他者の言語 ― デリダの日本講演』

叢書・ウニベルシタス 281

法政大学出版局 1989年12月30日初版第1刷発行/1993年8月20日第3刷発行
399p 四六判 丸背布装上製本 カバー 定価3,914円(本体3,800円)
Jacques Derrida : Derrida au Japon



1983年に来日したデリダの日本講演およびゼミナールの記録と、1978年のデリダへのインタビュー(これが本文の約三分の一を占める)を収録。


他者の言語1


内容:

バベルの塔 Des tours de Babel (高橋允昭訳。1983年10月24日、東京日仏会館)
時間を―与える Donner-le temps (高橋允昭訳。1983年10月29日-11月1日、京都日仏学院)
大学の瞳=被後見人 ――「根拠律」と大学の理念 Les pupilles de l'université (高橋哲哉訳。1983年10月27日、東京大学文学部)
哲学を教えること―教師、芸術家、国家 ――カントとシェリングから Enseigner la philosophie (岩田靖夫訳。1983年11月2日、東北大学文学部)
私の立場 ――デリダは答える Questions et réponses à Waseda (高橋允昭ほか訳。1983年10月26日、早稲田大学文学部)
他者の言語 La langue de l'autre (高橋允昭訳。1978年2月、パリでのインタビュー、出席者は高橋允昭、ベルナール・グラシエ)

訳註
あとがき(高橋允昭)



なお、1983年10月26日の東京日仏学院での講演「掟の門前」は、すでに朝日出版社から単行本として刊行されているため、本書には収録されていない。


「私の立場」より:

「私が脱構築と呼んでいたのは、ロゴス中心主義ないしは音声中心主義の、すなわち西洋哲学および西洋的読解の総体の或る種の読解様式ないしは解釈様式のことです。(中略)脱構築は破壊を意味するのではありません。それは否定したり、無化することを意味するのでもありません。脱構築のなかには、いかなる否定的なものもありません。脱構築の意味するところは、くだんの構造を分析すること、くだんの構造を解体(デフェール)すること、そしてそうすることによってまず第一にその構造がどのようにつくられているのかを理解すること、また場合によってはそれを変形すること、これです。(中略)そんなわけですから、脱構築とは、くだんの構造、諸構造の一種の分析であって、しかもそれは肯定的であって、否定的なものではないのです。」


「時間を―与える」より:

「ひょっとしたら私はみなさんに次のような印象を与えたのではないでしょうか。すなわち、私が愛するのは……私の愛することができるのは或る仕方で……何と言いましょうか……私生児たちだけである、といったそんな印象をです。これは本当です、と同時に誤りです。私の考えでは、われわれは、子供が非嫡出である限りでのみ、子供を愛することができるのです。つまり私が言いたいのは、こういうことです。誰かが自分自身の子供たちを愛することができるのは、もちろん、その子供たちが彼に彼自身の似姿を、彼自身の名を送り返す限りでのこと、その子供が彼の子供であり、その子供が再帰する限りでのことにほかなりません。人びとが両親の子供たちへの愛を説明するのも、やはりこんなふうにしてです。つまり、子供は再帰するから、と。けれども、もしも子供が再帰するものでしかなかったら、もしも子供が親の名をもつことに、親に似た似像に要約されるのだったら、もしも子供が、立ち去っていく者、自発的に話す者、彼の名より以上の者、彼の名とはちがった者、そして再帰しない者でなかったら、人びとは子供を愛することがやはりできないでしょう。したがって、人びとは自分自身の子供たちにおいてさえ、何か非嫡出的なもののみを愛しているのです。つまり、系譜に、名に、ないしはその名が送り返すナルシシズム的な似像に、もはや要約されない何かをのみ愛しているのです。ですから、或る仕方で人びとが同様にまた愛しうるのは、嫡出性を乱すにいたるものにほかなりません。(中略)子供もまた他なるものからやってくるものであるという限りで、人びとは自分自身の子供たちにおいて、いわば私生児性を愛しているのです。というのもまず第一に、人びとは決して自分一人で子供をつくるのではないからです。子供、それは他なるものからやってくるのです。人びとが自分自身の子供を愛しうるのは、彼が非嫡出でもあるかぎりでのことだと、子供についてそのように言われるわけですが、それはそこにこそ贈与があるからです。われわれはこのことをどのような痕跡についても、またどのようなテクストについても言うことができます。われわれが、自分の言うこと、すること、書くもの、ないしは自分の与えるものを愛することができるのは、それが再帰しない限りでのことにほかなりません。したがって、それが非嫡出であり、それと認知されない限りでのことにほかなりません。非嫡出子とはまさに認知されない子供のことです。フランス語では、認知されない子供を非嫡出子〔un enfant illégitime(非合法の子供)〕と呼んでいます。言いかえれば、われわれが或るテクストないし或る言説を自分からやって来たものとして愛することができるのは、それが非嫡出である限りでのことにほかなりません。つまり、再帰しない限りにおいて、したがって、それが他なるもののもとへ、他者の言語のなかへ移行する限りでのことにほかなりません。(中略)私としては――私は自分のしていることをあまり愛していませんが、しかし私がそれを愛している限りでは――他者の言語においてほど、つまり私には全然わからない言語においてほど、自分のしていることを愛することは決してありません。例えば私は、私が日本語でいうことのすべてを、フランス語で言うことよりも、はるかに多く愛しています。」


他者の言語2


「ジャック・デリダ氏はフランス政府派遣の文化使節として1983年10月二三日から11月6日まで日本に滞在し、東京はじめ各地で講演やゼミナールを行なった。本書はその記録である。(写真はホテル・オークラにて、理想社提供、1983)」









































「現代思想」 臨時増刊 デリダ読本 ― 手紙・家族・署名

「現代思想」 臨時増刊 第10巻第3号
デリダ読本 ― 手紙・家族・署名


青土社 1982年2月20日発行
260p 22×14.2cm 並装 定価980円
特別編集人: 豊崎光一
編集・発行人: 清水康雄
表紙作品: 山藤章二 〈ジャック・デリダ〉




デリダ読本1


内容:

豊崎光一 「デリダ読本――処方箋」
デリダ 「真実の配達人」 (清水正・豊崎光一 訳)
デリダ 「Fors――ニコラ・アブラハムとマリア・トロックの稜角のある言葉」 (若森栄樹・豊崎光一 訳)
ピュジョル 「作用する名」 (岩崎浩 訳)
マドール 「文学における弔鐘 弔鐘の文学」 (庄田常勝・豊崎光一 訳)
デリダ 「Glas 抜粋」 (庄田常勝・豊崎光一 訳)
豊崎光一 「これ――ファミリー・ロマンス(その二)」

用語解説



デリダ読本2


出典一覧:

Jacques Derrida : Le Facteur de la vérité, in La carte postale, pp. 441-524. Flammarion. 1980.
Jacques Derrida : Fors, in N. Abraham et M. Torok : Le Verbier de l'Homme aux loups, pp. 7-73. Flammarion. 1976.
Robert Pujol : Un nom a l'oeuvre, in Les fins de l'homme ; A partir du travail de Jacques Derrida, pp. 189-199. Editions Galilée. 1980.
Pierre Madaul : Glas dans la littérature Littérature du Glas, in Les fins de l'homme ; partir du travail de Jacques Derrida, pp. 218-229. Editions Galilée, 1981.
Jacques Derrida : Glas (extrait), pp. 7-17, pp. 76-83, pp. 209-215, Editions Galilée. 1974.



デリダ読本3


本書「デリダ読本――処方箋」より:

「この「読本」に読まれるいくつかのテクストは、いまだかつて――そのうちの二つが、と或る「合宿討論会」の記録の中で互いに遠からぬ場所に位置しているのを除けば――一つの場所を共有したことがない。おそらく、これからもないだろう。それも当然であって、ここに、そしてここにだけ、集められたジャック・デリダのテクスト三つのうち、(並べられた順で)最初のものは今日、他のテクストいくつかと共に一冊の書物の一部分を形づくり、第二のものは他者(たち)の著書への序文であり、第三のものはひとつながりの、ではないにしても分割し得ぬ、尨大な言葉の群から成る一著書の抜粋にすぎない。さらに、最初のものは、書物に収められるに先立って、或る雑誌の一特集の一部分をなしていた。つまり、それぞれが少くとも一つずつの「コンテクスト」をすでに持っており、それがここ(とはどこか)で第二、または第三……のコンテクストを、しかも加うるに外国語への翻訳という形で(とはいえ、それらのテクストが「翻訳」であるのは初めてのことではないだろう――それら自体がすでに或る意味で翻訳であるのだから)、謂わば強いられているのだ。この恣意について、編集と翻訳のとりあえずの責任者はそれを正当化するべき特権的な言葉を持ち合わせているわけではない。「デリダ」の名を冠されたこれらのテクストは、それ(ら)について、その周辺、あるいは余白に書かれたあと三つのテクストと共に、一つ(ならず)の引力によってこの「読本」の紙面に集結した。この組合せは、唯一のものであることを志さず、またあり得ず、それどころか、つねにすでに、他の諸々のテクストとの結合、反撥、対決、融合……へ向って開かれている。それら他のテクストは、まず、何よりも、読者、あなたの名を持っているだろう。」
「デリダは長いあいだ、顔のない人、顔のない作家であった。ブランショと同じく――その点ブランショを模範として――肖像写真をいっさい公表しないことを通してきたのである。日常的な機会――前述のコロックの休憩時間など――には気軽にスナップ撮影に応じるし、そうしたもののいくつかが数年前から雑誌等に掲載されているから、この原則は事実上崩れ始めているのだが、しかし著書などに肖像写真を載せないという一線は今だに守られている。例えば、以前「アルク」誌がデリダ特集号を出したときも、表紙はエッシャーのトロンプ・ルーユ的作品で、それなりにデリダという「謎の人」の一側面を暗示するものであった。一方、似顔絵としては、ティムによるものがあり、ナイルの鰐の背に乗ってヒエログリフを刻んだ板をかかえている、というなかなかうがった、よく出来たもの(「プラトンの薬種学(ファルマシー)」などでエジプト神話へ言及していた時期に描かれたもの)だった。この号の表紙は以上のさまざまな事情を勘案した上、デリダの同意を得て、作られたものである。
雑誌は「中身」だけでできているわけではない。山藤章二氏の絵は「デリダ」へのなみなみならぬ洞察を示している。この絵だけのためにこの特集を買う人だっているだろうが、その人は「デリダ」についてすでに何かを理解したことになるだろう。」








































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本