熊谷守一 『へたも絵のうち』

熊谷守一 『へたも絵のうち』

平凡社ライブラリー 325
平凡社 2000年2月15日初版第1刷/2008年7月7日初版第11刷
128p 口絵(カラー)8p 16×11cm 並装 カバー 定価1,100円+税 
装幀: 中垣信夫
カバー図版: 熊谷守一「猫」1959年

「本著作は1971年11月、日本経済新聞社より刊行されたものです。」



昭和46年6月14日から一か月間、当時91歳の熊谷守一の談話をもとに、日本経済新聞の「私の履歴書」に29回にわたって連載された記事を、絵画作品や書、写真をまじえてまとめた本。


へたも絵のうち1


カバー裏文:

「朝起きて奥さんと碁を打ち
昼寝して絵を描いて寝る―。
こんな日課がもう何十年も続く。
その絵が「天狗の落とし札」と呼ばれた
超俗の画家から紡ぎ出された思い出の数々。
やわらかさのなかに鋭く光る、
物の核心を見つめる確かな眼差し。」



へたも絵のうち2


「ローソク」 1909年。


目次:

はじめに

生いたち
 出生
 父のこと
 大家族
 小学校時代
 こわいもの

絵を志す
 絵始め
 中学時代
 上京
 画塾

美校時代
 美校時代(一)―(四)
 父の死

樺太から郷里へ
 樺太紀行
 「ローソク」
 帰郷
 山中生活(一)・(二)
 鍛冶屋

二科会時代・戦後
 再び上京
 音楽仲間
 妻と子供
 ひまつぶし
 絵の付き合い
 展覧会
 好きな書
 戦中戦後

熊谷守一の人と絵 (谷川徹三)
あとがき (日本経済新聞社)
年譜

解説―見ることの距離を楽しむ (赤瀬川原平)



へたも絵のうち3


「百日草」(左)、「どろ人形」(右)。1962年。


本書より:

「数えで八つのときに、岐阜市内の師範付属小学校にはいりました。先にもふれたように大所帯でおとなのいろいろなことを見聞きして、私はもう何もかもわかってしまった気持ちになっていました。ばあや以外は、おとなはみんなウソのかたまりだと、心に決めていたフシがあります。
だから、小学校に上がっても、先生の言うことなど、ほかの子供のようによく聞く気になれないのです。とくに、師範の付属だから先生は若い人が多く、まともに相手にはできない気持ちでした。
先生が一生懸命しゃべっていても、私は窓の外ばかりながめている。雲が流れて微妙に変化する様子だとか、木の葉がヒラヒラ落ちるのだとかを、あきもせずにじっとながめているのです。じっさい、先生の話よりも、そちらの方がよほど面白かった。」
「そんなわけで、私はよく先生にしかられました。わけもわからず全員の前に引っ張り出されたり、立たされたりしました。ところがそれが、なぜそうされるのか、よくわからない。」

「結局、私みたいなものは、食べ物さえあれば、何もしないでしょう。犬もそうだ。食べ物さえあれば、ねそべっているだけで、なにもしない。あれは、じつにいい。」

「長い時間ものをじっと見つめていると、しまいにはとてもおかしいことになるものです。」

「剣道は練習のときはうまいのですが、どういうわけか、試合に引っ張り出されるとからきし弱くなるのです。不思議に勝負となると負ける。」
「そのころ家のまわりには、芭蕉がいっぱい植えてありました。日本刀を振り回して切るのには、芭蕉がいちばんいい。えいと一振りすると、さあっと倒れる。それが面白くて、家に帰ると、よく切りまくったものです。
勢いあまって足に大けがをしたこともあります。竹を切っていたら、刀がすべって、げたばきの足の親指のところを、一寸ほども切ってしまった。このときは病院で七針も縫い、その傷跡はいまだに残っています。
またのちに東京に出てからの十八、九のときには腹を深々と切ったこともあります。せまい家のなかで刀を振り回していたら、柄(つか)がかもいにぶつかって、反動で腹を刺してしまったのです。きっ先が三寸五分もはいり、血がどっと吹き出してさすがに驚きました。」

「変わっているといえば、青木繁もずいぶん変わり者でした。入学したばかりのころから絵はうまく、みんなから一目置かれていましたが、傲慢というか、いつもあたりを睥睨(へいげい)しているのです。黒田(清輝)さんは、青木の絵のできがいいものだから、初めのうちは喜んでいました。しかし、青木の方がとりあわない。入学したその日から、黒田さんなど、ばかにしてかかるという感じでした。
(中略)
私たちの仲間のなかには、青木のことなど、顔を見るのもおろか、話を聞くだけでもイヤだという人もいました。私もよく「あんなヤツとは付き合うな」などといわれたものですが、私だけはずっと仲良くしていました。青木の方も、どういうわけか私には、ほかの人に対するような、ひどい仕打ちはしなかったものです。」







































































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『熊谷守一画文集 ひとりたのしむ』

『熊谷守一画文集 ひとりたのしむ』

求龍堂 1998年9月24日初版/2002年5月25日第6刷
127p 26.2×19.6cm 角背紙装上製本 カバー 定価3,000円+税
装幀: 晴山季和
「熊谷守一 もの語り年譜」 熊谷榧



絵と書に、肖像写真、折々の発言の抜粋を配した熊谷守一画文集。巻末に次女の榧(かや)氏による回想記ふう年譜。


ひとりたのしむ1


掲載作品:

朝の日輪
雨滴
水滴
牝猫
蝋燭

某夫人像
陽の死んだ日
横の裸
からす

岩殿山
南無阿彌陀佛
ヤキバノカエリ
仏前
人参・大根
野菜
伸餅
朝露
縁側
露天風呂
曇り日
蓼科牧
西日
漁村
土饅頭
唯我獨尊
玩具
群鷄
石亀

眠り猫
百日草
自画像
自画像
宵月
げんげに虻
車前草に蝸牛
地蜘蛛
扶桑

はぜ紅葉

小松菜の花
冬の夜
かまきり
かまきり
後向裸婦
化粧
畳の裸婦
枯木
雨だれ
夕立雨水

蒼蠅
赤蟻
一去一来
熊蜂
朝日
ノリウツギ
太郎稲荷
人生無根蔕
あげ羽蝶



ひとりたのしむ4


ひとりたのしむ5


本書より:

「「獨楽(どくらく)」 人にはわからないことを、独りでみつけて遊ぶのが、わたしの楽しみです。」
(1976年)

「紙でもキャンバスでも何も描かない白いままがいちばん美しい。」
(1975年)

「ここに住むようになったのは、昭和七年で私が五十二歳のときです。それから四十五年この家から動きません。
この正門から外へは、この三十年間出たことはないんです。でも八年ぐらい前一度だけ垣根づたいに勝手口まで散歩したんです。あとにも先にもそれ一度なんです。」
(1976年)

「わたしは好きで絵を描いているのではないんです。
絵を描くより遊んでいるのがいちばん楽しいんです。
石ころひとつ、
紙くずひとつでも見ていると、
まったくあきることがありません。
火を燃やせば、一日燃やしていても面白い。
でもときに変わったことがしてみたくなります。」
(1975年)

「わたしは生きていることが好きだから他の生きものもみんな好きです。」
(1976年)

「地面に頬杖つきながら、蟻の歩き方を幾年も見ていてわかったんですが、
蟻は左の二番目の足から歩き出すんです。」
(1976年)



ひとりたのしむ6


そうです。頭にカラスをのっけてよろこぶような人なのです。ふつうの変わり者だとおもったら大間違いです。













































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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