鳥居みゆき 『夜にはずっと深い夜を』

「深い闇のなかで味はふこの安息は一体なにを意味してゐるのだらう。今は誰の眼からも隠れてしまつた――今は巨大な闇と一如になつてしまつた――それがこの感情なのだらうか。」

梶井基次郎「闇の絵巻」より。


"Base des sentiments profonds. De la nuit vient l’inexpliqué, le non-détaillé, le non-rattaché à des causes visibles, l’attaque par surprise, le mystère, le religieux, la peur… et les monstres, ce qui sort du néant, non d’une mère."

「深い感情の基盤。夜からは、説明のつかないものが、詳説し得ないものが、明白な原因に結びつけられないものが、不意の攻撃が、神秘的なものが、宗教的なものが、恐怖が――そして怪物たちが、母からではなく空虚から生まれ出るものが、やって来る。」

アンリ・ミショー『噴出するもの=湧出するもの』(小海永二訳)より。


"Darkness is generative, and generation, biological and artistic both, requires this amorous engagement with the unknown, this entry into the realm where you do not quite know what you are doing and what will happen next."

(闇には生み出す力がある。子どもを、あるいは作品を生み出すためには、未知なるものとの蜜月が、つまり自分がなにをしているのか、これからなにが起こるのか、見当もつかないような闇の領域へと入り込むことが必要なのだ。)

レベッカ・ソルニット「経験の極北――陰翳礼讃」より。
Rebecca Solnit "The Far North of Experience - In Praise of Darkness (and Light)"


"Hinunter in der Erde Schooß,
Weg aus des Lichtes Reichen,"
"Gelobt sey uns die ewge Nacht,
Gelobt der ewge Schlummer."

「大地の胎へ下ろう、
光の国をあとにしよう、」
「永遠の夜こそ、称えられよ、
永遠の眠りこそ、称えられよ。」

ノヴァーリス「夜の讃歌」(今泉文子訳)より。


"O notte, o dolce tempo, benchè nero,
con pace ogn'opra sempre'al fin assalta;"

「おお、夜よ、甘い時よ、暗いけれど、
平安をもってなべての物象を蔽ってくれる。」

ミケランジェロのソネット(杉浦明平訳)より。



鳥居みゆき 『夜にはずっと深い夜を』

幻冬社 2009年8月5日第1刷発行/同年9月5日第3刷発行
177p 16.5×13.8cm 角背紙装上製本 定価1,300円+税
画: 重野克明
ブックデザイン: 鈴木成一デザイン室



そういうわけで、出た時に買おうと思って忘れていたので、今回思い出したので、購入してみました。
想像していたよりも小さい、黒地に白文字で、赤いページ(妄想日記)もあって、挿絵も入って、凝っていて、しっかりした装幀の本でした。

たいへん見事な、よい装幀なので、美術工芸品として一家に一冊、とくにお子さんがいるご家庭には、情操教育用におすすめです。


夜にはずっと深い夜を1


本書より:

「一日がずっと夜だったらいいのに。
そしたらずっと真っ暗。
でも夜にはずっとずっと深い夜をください。
生きてるか死んでるかもわからない。
地球の一部になってるかんじ。」



夜にはずっと深い夜を5


本書より:

「そういえば子どもの頃、天井をずっと見ていると、体が逆になって天井を床のようにして歩いて電気をぴょんとまたいでちょっと高い位置にあるドアを開けて外に出たら空に足はつくのかしら、なんて想像して過ごしてたっけ。」


わたしは病弱な子どもだったので、学校を休んで寝ながら家の天井を眺めていることが多かったので、この感覚はよくわかります。廊下を歩いていてふと歩くのがめんどくさくなってその場で倒れこんでしまうこともよくありました。わたしは外を歩いていても至る所でめまいを起して倒れるような子どもでもあったのですが、山之口漠の詩ではないですが、外で倒れて見上げていると、空に落っこちそうな気分になります。
鳥居さんの文章では、「電気をぴょんとまたいでちょっと高い位置にあるドアを開けて」という写実的描写と「空に足はつくのかしら」という幻想的表現があいまって「魔術的リアリズム」を醸しだしています。

ところでこの一節がなぜ重要なのかというと、これはE・R・クルツィウスのいう「逆さまの世界」のトポス(『ヨーロッパ文学とラテン中世』)の提示に他ならないからです。「逆さまの世界」では、下にあるものが上になり、愚者が賢者になり、弱者が強者になり、夜が昼になり、闇が光になるのです。そういうことです。


夜にはずっと深い夜を4


目次:

きれいなおかあさん
だんごむし

妄想日記1

シズカの真夜中ぶつぶつ

華子の花言葉
ぼたん
葉子
余命

妄想日記2

地獄の女
いるモノ
幸子
ある少女の死
佐々木さん

妄想日記3
妄想日記4

のり子
ゴミ屋敷

或るマッチ売りの少女

妄想日記5

過食症
いちゃつき心中
仕事と私と
カバのお医者さん

妄想日記6

明日香
永遠の誓い



夜にはずっと深い夜を3


夜にはずっと深い夜を2


わたしもだんごむしなので、今年よんだなかでは最も親しみの持てる本でした。買ってよかったです。

本書は、各篇が有機的に関連しあう、連作短篇(および詩)集でした。「妄想日記」の一部は読売新聞に初出、他は書き下ろしだそうです。本文の最初と最後に、前書きと後書きに相応する短い文章が置かれているのですが、置きグミ(レールに石のかわりにグミを置く)の話になって、香りのように残る記憶というあたり、たいへん文学的です。

芸人さんが書いた小説は、わたしは本書とウッディ・アレンの短篇集しか読んだことがないです。ウッディ・アレンの小説は、人見知りがひどすぎて手旗信号でしか会話ができない人物が出てきたりしてそこそこ面白かったですが、本好きのウッディ・アレンは自分も本を出して、これで愛読する作家たちと「おあいこ(even)」になったといいました。鳥居さんは小鳥のように文学の世界に飛んできて、文学史のレールに「置きグミ」をしていきました。

著者はインタビューで、好きな作家は安部公房と夢野久作だといっていますが、本書では、夢野久作の「少女地獄」のテーマと「瓶詰の地獄」の叙述のトリックを、うまく利用しているのかなーと思いました。

鳥居さんはときたま「うまいこと」をいいたがるので、そういうところもおもしろいです。鳥居さんは記憶力がよいので、ワードやフレーズのストックが多く、うまいことをいうのがうまいです。いずれにしても、鳥居さんはそこらへんの芥川賞作家などよりはるかに優れた文学的資質の持ち主なので、たとえばジョイスみたいに、もっと読者を無視して、ひとり遊び感覚で「うまいこと」を書いてくれたほうがよいのになーと思いました。

鳥居さんは小説の本をもう一冊、本書の三年後に出しているので(『余った傘はありません』)、それも面白そうなので、よんでみたいです。たぶん三年後によむと思います。


『夜にはずっと深い夜を』刊行記念インタビュー.
鳥居みゆきの"ケータイ小説"は、「"生きること"がテーマなんです」
http://www.cyzowoman.com/2009/09/post_900.html
鳥居ワールドとか言うな〈鳥居みゆき 新刊インタビュー〉
http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20120802/E1343834379474.html
版画家・重野克明による、鳥居みゆきの小説『夜にはずっと深い夜を』挿絵原画展
http://www.cinra.net/news/2010/09/01/193320.php

「鳥居ワールド」って、穴守稲荷神社みたいです。



鳥居みゆきさんの本をよんだ人は、こんな本もよんでいます:
武田百合子 『富士日記』 (全三冊)
ねこぢる 『ねこぢるうどん』






































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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