富士川義之 『風景の詩学』

「衝撃的な現代詩『荒地』成立にあたって、ストラヴィンスキー体験が重要な触媒、ないしは跳躍台の役割の一つを果していることは、もっと注目されてよいと思う。」
「つまりエリオットは、ストラヴィンスキーとジョイスとフレイザーのなかに、神話や秘儀を媒介として、過去と現在、古代と現代とを重置する視点、視座を見出しているのである。」

(富士川義之 「音楽と神話」 より)


富士川義之 
『風景の詩学』


白水社 
1983年1月15日印刷
1983年1月25日発行
348p 初出一覧1p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,200円
カバー絵: モネ「庭の女たち」部分



本書「あとがき」より:

「この本は、ロマン主義以後における風景志向、ないしはそれと緊密に関連する現実と虚構をめぐる問題への、ぼくなりの一貫した持続的な関心を反映した文章を主に集めている。その関心のありかは、とくに旧稿「時間のなかの風景」(『ユリイカ』一九七三年八月号)の一部を利用して新しく書きおろした標題エッセイに多少とも現れているはずである。(中略)また、ペイター論も本書のために新しく書きおろしたものである。その他の(中略)ナボコフをめぐる文章をはじめとする現代英米文学論は雑誌等に発表したものにかなり大幅な加筆と修正(改題も含む)をそれぞれ施してあるが、この本全体として、自分にとって、何が魅力的なのかということを、可能な限り具体に即して直截に語ろうとする姿勢だけは保持したつもりである。」


富士川義之第一評論集。


富士川義之 風景の詩学


帯文:

「川村二郎
本書の論考の多くは、現代の英語文学の、最も果敢な前衛的な試みを対象としている。しかしそれを解明する文章が、周到かつ犀利でありながら、ペイターを愛する著者にふさわしく、おっとりとして気品に富んでいるのは、単なる前衛好みと同日の談でない。ここに展かれた文学の風景は、読者に静かな眼の喜びを与える。」



帯背:

「現代英文学への
最も前衛的な試み」



目次 (初出):

I
風景の詩学――ワーズワス『序曲』について
隠喩としての音楽――ペイターの風景

II
コラージュの風景――『詩章』のために (「季刊英文学」 1974年10月)
音楽と神話――パウンドを中心に (「現代思想」 1979年6月臨時増刊号)
言葉と物――アメリカ現代詩瞥見 (「ユリイカ」 1980年6月臨時増刊号)

III
モナ・リザのあと――詩と散文のあいだ (「現代詩手帖」 1979年7月号)
極限のトポグラフィ――『ワット』について (「ユリイカ」 1982年11月号)
批評性と物語――ポスト・モダニズムの小説 (「カイエ」 1978年創刊号)

IV
記憶への架橋――『ロリータ』をめぐって (「ユリイカ」 1971年8月号)
同一性を求めて――『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』論 (ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』解説 講談社 1970年6月)
夢の手法――ナボコフとドストエフスキー (「ユリイカ」 1974年6月号)
註釈と脱線――ナボコフからスウィフトへ (「ユリイカ」 1977年6月号)
虚構のトポス――ナボコフとボルヘス (「カイエ」 1978年11月号)

あとがき




◆本書より◆


「コラージュの風景」より:

「パウンドにとって観念さえも事物であることを考え合わせてみるとき、そこにはヘラクレイトス風の万物流転の原理が事物認識の前提にあることが知られ(中略)その点で彼は、ある意味では、ヘラクレイトス哲学に親灸したウォルター・ペイター(中略)の現代における継承者としての一面を明示しているとも言える。ついでに言えば、正確な自然観察といい、全体と不調和なほどの細部の強調といい、感覚的な印象の瞬間への著しい傾斜などといい、パウンドは、ラファエル前派の詩人や画家たち、なかんずく(中略)彼が「わが父であり母である」と呼ぶD・G・ロセッティの影響を強く受けていたことを指摘しておいてもよいだろう。(中略)この前衛詩人が十九世紀という時代と必ずしも断絶していないところで仕事をするというか、十九世紀の文学的遺産を鮮やかに変容させることに心をくだいて来た点に、ぼくなどはとりわけ興味をそそられるのである。
 絶えず流動し、一瞬も停滞することなく移り変る事物の与える強烈な印象を定着させる方法としてパウンドが、ペイターの場合にそうであったように、瞬間の美学を彼の創造行為の中枢に据えたことは、ペイター流に言えば、つねに「激しい、宝石のような焔で燃えていること」、つまり瞬間的に得られるエクスタシーの状態を維持し、短い瞬間の燃焼にすべてをゆだねる感性の志向性の明瞭な発現にほかならないのだが、その志向性はペイターのように、内へ内へと向う精神の螺旋状の運動が、いっさいの日常の場から切り離された、一種抽象的な静止状態にある空間のなかにひっそりと固定化されるということはない。内へ内へと進んでゆく求心的な動きが見られるだけでなく、この運動が反転して遠心的に外へ向うことによって、内と外とのあいだにある種の可逆現象が生じ、そこに閉された空間から開かれた空間へと一本の通路が張りわたされ、しかもその二つの空間を同時に包み込む一つの広大な、茫洋たる無定形の楕円状の空間が作られる。それが『詩章』の空間である。」
「そのような空間を作り出す、あるいは結果的にそういう空間として提出せざるを得なかった要因は、何はともあれ、パウンドの歴史意識のなかに求めねばならない。
 彼はギリシア時代以来の、あるいは孔子時代以来の西洋と東洋の文化伝統の価値の果敢な、ある意味で傍若無人な再評価を企て、それに新たな生命の息吹きを吹き込もうとした詩人である。しかも(中略)十九世紀の歴史哲学の呪縛から窮極的には脱出できなかったペイターとは異り、十九世紀的な連続、継起的な時間の観念を否定し、共時的な方法によって歴史を提示するということ、これがパウンドの歴史意識の要諦であり、核心であることはこと新しく述べ立てるまでもあるまい。彼はかつて「われわれに必要なものは、テオクリトスとイェイツを一つの天秤にかけるような文学的な学識である」と語ったことがあるが、歴史の脈絡を離れて普遍的な場から過去の文学や歴史を眺めるというこの強烈な意志こそ、すべてを並置する方法、つまりおびただしい数にのぼる百科全書的な引用や引喩の正確な合成によって作品を構成していく彼の詩的営為の一大原動力となっているものにほかならないと言える。
 このような発想が二十世紀文学のさまざまな局面においてしばしば顕示される重要な特性であることは、テオクリトスとイェイツを並置するパウンドに、たとえば『エル・シッド』全篇に対して、ウェルギリウスの『牧歌』のなかの一つの形容詞、もしくはヘラクレイトスの一つの金言を対置させ、そこに現前する壮麗な文学空間を夢見るボルヘスを照応させてみればただちに了解できることである。」
「この並置の方法は、もちろん、異質な事物の衝突、ないしは混和によって生れる統一的なイメージへの希求を基軸とするパウンドの隠喩的思考の最も大がかりな形での現出にほかなるまいが、きわめて知的な操作の螺旋運動が最終的に到達する、あるいは到達への身ぶりを見せるのは、時間に関わらぬ特権的な状態である。それは一瞬の閃光と化して垣間見える永遠の世界、もしくは神話的な楽園風景である。」



「註釈と脱線」より:

「反小説としての『桶物語』の特性は、また、その文体に注目することによっても明らかになろう。『桶物語』の文体は、ジョンソン博士の時代から夙に指摘されているように、スウィフトとしてはかなり異色のものである。『憂鬱の解剖』の文体の影響がしばしば言及されるが、それをマニエリスム的文体と呼ぼうと、バロック的文体と呼ぼうと、あるいは何と呼ぼうとも、『憂鬱の解剖』や『桶物語』のような作品の文体に接するとき、ぼくはいつも、いまは忘れ去られたある批評家の評言を思い起す。エリオットがかつて、「死化した作品から生きている文体を探り出す才能」の持主という丁重な讃辞を捧げたことのあるその批評家チャールズ・ウィブリーが、バートンやスウィフトの精神的血縁者と言ってよい、ラブレーの英訳者として高名な十七世紀の怪人物サー・トマス・アーカートの文体について、「彼は英語を外国語のように書いた」と評したことを、である。英語を外国語のように書く。これこそバートンやスウィフト、さらには『トリストラム・シャンディ』の献辞の部分をジョンソン博士に読んできかせて、「英語になっていない」と軽くいなされたスターンをつらぬく、文体面での重要な特徴なのではあるまいか。
 そしてこのような文体の系譜が、『ユリシーズ』や『フィネガン』のジョイスを頂点として、現代にめざましく復活していることは、たとえばロレンス・ダレルやフラン・オブライエンやジョン・バースなどの小説の文体を眺めただけでも容易に知られよう。ロシア生れながら、『青白い炎』という稀有な傑作を英語で書いたナボコフは、言うまでもなく、そうした文体を駆使する第一人者である。」





















































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富士川義之 『英国の世紀末』

「そしてワイルドにとって最も重要なデカダンスの命題のひとつが、真に近代的であるためには、われわれは過去に沈潜しなければならない、ということにほかならなかった。」
(富士川義之 『英国の世紀末』 より)


富士川義之 
『英国の世紀末』


新書館 
1999年12月31日初版第1刷発行
296p 索引vi 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,600円+税
装幀: SDR(新書館デザイン室)
カバー表: J・M・W・ターナー「黄金の枝」(部分)



本書「あとがき」より:

「十九世紀英国の世紀末に出た本を何冊か取り上げて論評しながら、作者および時代の特色、願わくばその感触とでもいったものを少しでも浮かび上がらせることはできないか、というのが、そもそも最初の動機であった。」
「そのさい、大分以前から漠然と考えていたことを思い切ってやってみることにする。つまり、フレイザーの『黄金の枝』を何よりも世紀末の書として文学的観点から読み直すことと、その読み直しをワイルドやイェイツなどの読解に可能なかぎりつないでみる、ということである。いま挙げた世紀末の代表的な文学者たちが示す神話や神話形成力への強い関心と、神話や宗教や呪術などに寄せる人類学者の熱情とのあいだには、同時代の文化的関心事を共有する者同士の類縁性が少なからず認められるのではないか。そんなふうにかねがね思っていたからだ。」
「本書はある意味で前著『ある唯美主義者の肖像――ウォルター・ペイターの世界』の続編として書かれたものである。隔月誌「大航海」の第十三号から第三十号まで三年間、十八回にわたって連載したものに手直しをしてできあがった。ただし、エピローグは新たに書き下ろした。」



本文中図版(モノクロ)19点。


富士川義之 英国の世紀末


帯文:

「フレイザー、ワイルド、イェイツ、ジョイス……
英国の世紀末に20世紀の源流を探る!」



帯背:

「文学と文明」


帯裏:

「ヨーロッパ文化の衰退をめぐって、英国の世紀末がどのような反応を見せたか、どのようにして危機を克服すべきと考えたのか、そのさまざまな試みを、とりわけ神話や神話形成力への強い関心との関連でとらえようとするのが、敢えて言えば、本書の意図である。(「あとがき」より)」


目次:

プロローグ ピット・リヴァース博物館
 ヴィクトリア朝コレクション
 J・G・フレイザーのほうへ

第一章 黄金の枝
 世紀末の書
 夢のような空想の世界
 偉大なアマチュア
 二十世紀文学的な性格
 新しい学問
 比較研究法
 『黄金の枝』の二つの謎
 キリスト教の異教的起源
 ネミよさらば
 虚構としての鐘の音
 唯美的な神話観
 神話形成力の魅惑
 西洋中心主義者のジレンマ
 迷信と文明
 共感呪術
 思考の万能の原理

第二章 ワイルドの芸術論
 嘘の衰退
 ゾラ受容について
 唯美主義的な芸術観
 神話と神話形成力と事実
 嘘と想像力
 ロマンスと瞬間のヴィジョン
 ジョイスとエピファニー
 魂の領域への関心
 英国の芸術復興
 道徳律破棄論者
 『獄中記』について
 芸術家キリスト
 対話的手法

第三章 ケルトの薄明
 ワイルドとイェイツ
 「浮浪者の磔刑」
 語りの力の回復
 口誦文化の採集
 彼方への憧れ
 出発の唄
 肉体の秋
 世紀末とデカダンス
 ノルダウ 『退化論』
 とてつもない活力の時代
 文学におけるケルト的要素
 アングロ・アイリッシュの知識人
 ケルト的想像力
 終末と発端としての世紀末
 芸術宗教とオカルト研究
 黒豚峡谷の伝説
 ユートピア夢想
 野蛮な神が

エピローグ 現代の黙示録
 『地獄の黙示録』と『闇の奥』
 『タイム・マシン』
 「範型」や「虚構」への信頼
 現代の文化状況

あとがき

索引




◆本書より◆


「第一章 黄金の枝」より:

「現在フレイザーは、人類学者たちのあいだで、どちらかと言うと、珍奇な事例を一貫性もなく寄せ集めただけの古臭い、アマチュアの蒐集家にすぎないとして退けられがちである。だが、私のような非専門家の読者にとって、いま『黄金の枝』を読み返して大変興味深く思われるのは、夥しい数にのぼる蒐集例であり、まことに巧妙な語り口で示される物語の文学性にほかならない。つまり一言で言えば、高度に専門化された現代の人類学研究者からはめったに得られない、文学性の強い、大らかなアマチュア的性格の魅力であって、そこで展開される理論や解釈の妥当性、厳密性では必ずしもないのである。」

「前述のとおり、『黄金の枝』初版が二巻本として刊行されたのは一八九〇年のことである。つまりこれは紛れもない世紀末の書なのだ。」

「ところで、フレイザーがケンブリッジ大学生の頃に書いた「ケンブリッジの六月」と題するいかにも若書きだが印象に残る短い詩がある。
 夏の一日が過ぎようとしているのに、自分は森や丘や川や野原や海辺に出かけることもなく、故郷スコットランドを遠く離れたケンブリッジの学寮の中にひとり囚人のように引きこもり、「人生の短い夏が過ぎ去り/青春の儚い薔薇が色あせているあいだに」古い書物のページを繰るばかりであると歌う。そして――

  いや、そうではないのだ! これらの退屈なページのあいだからは
   かすかにきらめく眺望がひらけ、
  そこには地上の斜面に咲く花よりも
   さらに美しい花々が咲き乱れているのだから。

  夢のような空想の世界!
   これこそぼくのほんとうの故郷なのだ、
  紫色の山々と
   白い泡でふちどられた青い海の故郷なのだ。

 読書に没頭することで過ぎ去ってゆく自分の青春の日々を、こんなロマンティックな詩を作って慰める詩的感性の持主であるのが、ほかならぬ若きフレイザーである。」

「この場合のアマチュアは文人というふうに言いかえることもできるが、文人=アマチュアの存在が専門家によって脅かされつつあることを最初に鋭く意識した時代が、ほかならぬ英国の世紀末であった。ペイターはギボンやヴィンケルマンやゲーテたちの十八世紀への愛着と憧憬を終生渝(かわ)ることなくもちつづけていた。フレイザーもまた、ペイターに劣らず、十八世紀文学と思想、とりわけギボンやヒュームやアディソンに対してつねに郷愁に近い親愛感を寄せている。彼らにとって、十八世紀の文人たちは、専門主義の台頭などを意識させられることもないままに、自由にのびのびと快活に活動することのできた、幸福なアマチュアと見えていたに相違ない。
 だが、それにしてもアマチュアとは何か。専門の細分化が加速度的に進行し、いたるところに専門家が蔓延している二十世紀末の今日では、アマチュアとはしばしば貶価(へんか)的な呼称と化してしまっている。かつては光輝を帯びて使われることもあったその言葉は、いまではすっかり色褪せている感がある。専門主義の弊害を指摘する人は数知れないのに、それでも敢えてアマチュアの復権を説く人はめったにいない。(中略)そんな中でエドワード・W・サイードが「現代の知識人は、アマチュアたるべきである」と強く主張しているのには注意を引かれずにはいない。『知識人とは何か』第四章「専門家とアマチュア」で、サイードはアマチュア主義をこう定義する。

   専門家のように利益や褒章によって動かされるのではなく、愛好精神と抑えがたい興味によって衝き動かされ、より大きな俯瞰図を手に入れたり、境界や障害を乗り越えてさまざまなつながりをつけたり、また、特定の専門分野にしばられずに専門職という制限から自由になって観念や価値を追求することをいう。

 サイードの言うアマチュア主義とは要するに「専門家とは異なる一連の価値観や意味」を追究することであり、アマチュアとは「利益とか利害に、もしくは狭量な専門的観点にしばられることなく、憂慮とか愛着によって動機づけられる活動」に従事する人を指している。」

「つまりフレイザーは十九世紀に輩出した偉大なアマチュアのひとりだったのではないか。大学で講じながらも、専門家ではなく偉大なアマチュアでありつづけたラスキンやペイターとちょうど同じように、である。そのような観点から見るとき、専門家とアマチュアの対立の構図が次第に鮮明になりつつあった世紀末の時代状況の中で、フレイザーの野心的な仕事のもつ意味合いがいささかでも明らかになることだろう。」

「いまさら言うまでもないことだが、『黄金の枝』で何よりもまず圧倒されるのは、実におびただしい数にのぼる引例である。(中略)この人類学者は引例の蒐集に全く途轍もない情熱をそそいでいる。」
「こんなふうに書くのも、(中略)呪術とか、樹木崇拝とか、生け贄とかいった、原始的信仰と宗教に関する問題をめぐって、たとえばインドネシアに、あるいは中国に、あるいはスコットランドにこんな例がある、などというぐあいに、数々の具体的な蒐集例が次から次へと繰り出されるのにすっかり眩惑された覚えがあるからである。ほんの一例を任意に挙げると、「共感呪術」について述べた章の中で、漁師や猟師の使う一種の呪術を語る件(くだ)り。
 ブリティッシュ・ニューギニアの西部諸部族は、ジュゴンまたは海亀に槍を投げる漁師を助ける目的で、一種の呪術を使う。つまり槍の穂先を差しこむ柄の孔に小さなカブトムシを詰めるのである。このカブトムシが人間にかみついたら容易に離れないのと同じように、カブトムシを詰めた槍の穂先は、ジュゴンや海亀の体内深くまで食い入る、と信じられている。また、カンボジアの猟師は、網を張ってもいっこうに獲物がかからない場合には、裸体になっていったんその場を立去り、網のあることに気づかぬふりをしてまた戻ってくる。そして故意に網に引っかかり、「しまった、網にかかってしまった」と叫ぶのだ。こうすれば網には必ず獲物がかかると信じられているという。
 こんな順序で引例をつづけてから、これと同じような無言劇は、フレイザーの故郷、スコットランドの高地でも最近まで行われていたと指摘して、次のような話を紹介する。ある牧師の語るところによれば、彼が少年の頃友人たちとロッホ・アライン付近で釣をしていたとき、どうしても魚が釣れない場合には仲間のひとりを舟から突き落して、魚ででもあるかのように仲間を水中から引き上げるまねをしたものだという。そうすると、魚がよく釣れるようになるとされていた。
 こういう、世界各地の習俗や迷信にまつわる引例を次々と連鎖状に、いわば数珠つなぎに合成してみせることが『黄金の枝』の内容の大半を占めている。そこではさまざまな文化がほとんど等価なもの対等のものとして並置さrていて、たとえばヨーロッパ世界と非ヨーロッパ世界の文化的差異などが強調されることはない。」
「ほとんど無数と言ってよい引例の合成によって作られた『黄金の枝』の方法は、いささか唐突に聞こえるかもしれないが、『荒地』や『詩章』における「編集的方法」(もとの文脈抜きで種々雑多な引用や引喩などをちりばめた詩句の合成よりなる)を連想させずにはおかない。
 エリオットやパウンドが『黄金の枝』を愛読したことはよく知られる事実だが、ここで示唆したいのは、いわゆる影響関係などということではない。フレイザーのテクストが内包する二十世紀文学的な性格ということである。『黄金の枝』が世紀末の書であるとともに二十世紀の書でもあるゆえんは、さまざまな文化の文脈や固有性を無視して、引例のいわばコラージュ集ともなっていることにあると考えるからである。二十世紀のモダニストたちが吸収したのは、そのようなフレイザーの引例の合成法でもあったのではあるまいか。」

「「呪術も宗教も科学も人間のものの考え方がつくり出した仮説にすぎない」
 ここに『黄金の枝』におけるフレイザーの文明観のエッセンスがあると言ってよいだろう。」
「むろん留保付きにではあるが、彼は明らかに、現代風に言えば、ある意味で文化多元主義者であったと言えるかもしれない。つまり結果的に多神教文化を肯定する文化多元主義者の立場を貫くことを通じて、一神教であるキリスト教文明の軛からの脱却を人びとに促していると見ることができるからだ。あるいは、狭い、硬直したヴィクトリア朝のキリスト教文明中心の見方から脱して、歴史上のあらゆる時代、あらゆる人間に対して開かれた態度を取ることを可能にする根拠となるような言説を唱えていた、と言い直してもよい。
 これは当時ほとんど革命的と言ってもよい言説だった。とりわけキリスト教徒の慣習の多くのルーツが異教徒の慣習に由来するという彼の言説は少なからぬ衝撃をあたえたのである。」



「第三章 ケルトの薄明」より:

「アーノルドのみならず、当時の通俗的見解では、ケルトとは要するに、アイルランドでかつて栄えた辺境の文化にすぎなかった。あまりにも地方文化的、土俗的なものと見なされていたのである。だがイェイツは、そういう通俗的な見方に逆らって、ヨーロッパ文化の古層をなすものとして、ケルト文化をとらえ直していく。それは一方ではホメーロス以来のヨーロッパ文学の伝統につながるものであり、他方では新プラトン主義以来のオカルティズムの伝統と結びつくものでもあった。このような独特なケルト文化理解を示した世紀末の文学者はイェイツ以外にはいない。アイルランドのナショナリズム運動と深くかかわりながら、イェイツは最終的にはつねにナショナリズムを越える地平というか、ナショナリズムとインターナショナリズムの中間点に自らのケルト文化理解の基盤を置いていたのだった。
 この詩人にとって、アイルランド文芸復興運動の支柱となるケルト復活は、魔術やオカルティズムやフランス象徴主義文学や芸術などとほとんど不可分に結合しつつ成就され得るものであった。その意味で彼のケルトへの関心は、ナショナリズムや地方的文化へと一方的に閉ざされ局限されてゆくのではなく、より開かれたインターナショナルな場へ出ていくことが絶えず夢見られていると言ってよい。(中略)最初期から最晩年にいたるまで一貫して認められる、「他界」ないし「異界」に寄せるほとんど異様なほど烈しい執着も、このような彼の根本志向と深いところでつながっているのではないか、と取り敢えず言っておきたい。」

「近年のイェイツ批判で気になるのは、「想像のアイルランド」といういわば想像の共同体を築こうとするイェイツの姿勢を、あるいは芸術の超越的な光輝を目ざす彼の姿勢を、どうしようもなく歴史的現実に無自覚だったとしてほとんど嘲弄さえする場合がときに目につくことである。「想像のアイルランド」の創造のプロセスにおいて、イェイツによるケルト神話や伝説や民話についての想像的な解釈や注釈などが実に巧妙に使用され、読者を「想像のアイルランド」の世界の中に誘いこむ強い魅力になっていることなどははなから認めないのだ。あるいは、そうした魅力を感受できないからこそ無関心なのだと言ったほうがよいのかもしれない。」
「いずれにせよ、イェイツは、古代ケルトの知識や英知に基づく活力にあふれる想像力を駆使できるように、自らを鍛えようではないか、と呼びかけずにはいられない。そのようなケルト的想像力こそ、現代アイルランド人が最も必要としているものだから、と言うのである。」

「生者の世界の中に死者が組みこまれ、生者と死者の相互交流がほとんど日常茶飯事的に行われているのが、ケルト以来のアイルランド人の生活であることを、イェイツは確信していた。日常的世界のいたるところに他界や異界が侵入し、互いに親しく交流し合うのが、アイルランドに残るケルト世界の特質にほかならぬと考えていたのである。なぜなら、ケルト世界は、近代的な合理主義や唯物主義によっていまだ汚染されていないからこそ、そういう超自然的な、あるいは霊的な交流が可能であったと見るのだ。「想像のアイルランド」は、このようなケルト的想像力を基盤として築かれなくてはならない。イェイツはそう堅く信じていたのである。しかも本気で。
 つまりケルト復活というのは一種のユートピアとして夢見られているのだった。(中略)そのようなユートピアにはとても付いていけず、社会の現実とはあまりにかけ離れすぎていると感じていたのが、アイルランドの民衆であった。アイルランド固有の神話や伝説や民話を明確な主題としながらも、民衆の実際の関心事から離れてしまうといった矛盾が、こうして次第に露わになってゆく。だが、民衆とのあいだに距離が生ずれば生ずるほど、イェイツはますます「想像のアイルランド」の創造にのめりこんでしまう。そして異界の存在を否認し、生者と死者の交流などということをデカダンスとして嘲弄する人びとに対して、いっそうの嫌悪感をつのらせ、危機感をもたずにはいられない。こうして近代的な合理主義や物質主義に対する戦いの強力な武器として、オカルティズムや心霊学を高々と掲げてゆく。それらはホメーロス以来のヨーロッパ文化の基層に深く根を張っているものだから、というのが、かいつまんで言うと、イェイツの考えの根底にあるものだった。」






















































富士川義之 『ある唯美主義者の肖像 ― ウォルター・ペイターの世界』

「彼はこの世には十分に存在しない、あるいはまったく存在しない何ものかを求める人でありつづけたのだった。」
(ウォルター・ペイター 「宮廷画家の寵児」 より)


富士川義之 
『ある唯美主義者の肖像
― ウォルター・ペイターの世界』


青土社 
1992年8月30日第1刷印刷
1992年9月20日第1刷発行
382p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,800円(本体2,718円)
装幀: 高麗隆彦



本書「あとがき」より:

「本書は雑誌『ユリイカ』一九八九年一月号から九〇年十二月号まで、二年間、計二十四回にわたって連載した「世紀末的魂と夢――ウォルター・ペイター」に加筆や修正などを施したものである。」


本文中図版(モノクロ)16点。


富士川義之 ある唯美主義者の肖像 01


帯文:

「精神も物質もはかない存在であり、
この無常の世界で唯一確実な存在は美であると考え、
美の享受を生の目的とし、
ワイルド、イェイツ、グールモンらの世紀末芸術に
多大な影響を与えたペイターの
〈自己成型〉の軌跡を刻明にたどる。」



帯背:

「世紀末的
魂と夢」



目次:

1 家のなかの子供 序にかえて
2 クリスタル・マン
3 白の誘惑
4 宝石のような焔
5 ヴィーナスの変容
6 風に吹かれる羽毛
7 メドゥーサの魅惑
8 モナ・リザの微笑
9 黄金時代幻想
10 ノスタルジアの音楽
11 美の家へ
12 アポロンとディオニュソス
13 架空の人物画像(1) 流竄の神々
14 架空の人物画像(2) 夢想と憂愁のあいだで
15 享楽主義者マリウス(1) 精神の遍歴
16 享楽主義者マリウス(2) 引用の織物
17 享楽主義者マリウス(3) 華麗な文体
18 世紀末的魂と夢


あとがき




◆本書より◆


「家のなかの子供」より:

「実際、この文学者は、回帰するということに絶えずとらわれていた人間だった。回帰という型をつねに内在させている人間だったのである。古い過去への、歴史へのノスタルジックな感覚の働きが、ペイターの主要作品には浸透しているが、その根柢には、故郷回帰の衝動が存在していることに気づかないではいられない。」
「故郷回帰の衝動とは、ペイターにとって、現実の故郷自体というよりもむしろ、ノスタルジックに夢見られた「もう一つの国」、ないしは「空想の国」を作り上げるということと分ちがたく結びついていた。ノスタルジアと言っても、それは、曖昧な感傷的気分にひたりきるということを意味していない。むしろそういう自己陶酔を厳しく斥け、明晰な知的認識によって、漠然とした気分的な耽溺を相対化してゆくこと、そこに故郷回帰の夢を精密化していくペイターのノスタルジアの本質が見出されるのではないかと思う。」



「宝石のような焰」より:

「ペイターの瞬間の美学とは必ずしも哲学的に深淵なことを言っているのではない。そういう瞬間は、日常のありふれた事物や風景や気分や身振りや表情や色彩や香や手造りの作品のうちに見出される、と見なされているのだから。そうした特権的瞬間において、人は「独房の囚人」のような内的意識の呪縛から解放され得るとするのである。そうして人間は何よりもまずそういった瞬間をつねに経験するように留意しなければならない、ということを、ペイターは考えていた。」
「瞬間の美学は、一般的なもの、抽象的なものよりもむしろ、具体的、一見ささやかとも何の変哲もないと見えるような事物や事柄の細部にこだわり、そこに重要な意味や価値を見出していくことを基盤にしている。」



「風に吹かれる羽毛」より:

「これにひきかえペイターは、ラスキンがマイナスの札と見たものすべてをプラスの札に変換するということを、ほとんどまるでラスキンに真正面から挑戦するかのような具合にやってのけている。そこで何よりも印象深いのは、ペイターが、ミケランジェロを(中略)力強いだけの空虚な人間としてとらえることを断乎拒否している点である。いわゆる反宗教改革時代に不遇だったミケランジェロについて触れながら、ペイターはこう述べている。「こうして彼は、フランス人のいわゆる revenant、すなわち別の時代から抜け出した幽霊のごとく、彼の繊細な感受性に間近に触れることなどできそうにもないすこぶる疎雑な世界で生きながらえていくのである」。ここでの「別の時代から抜け出した幽霊のごとく」という表現が注目に値するのは、ペイターがミケランジェロの芸術の根にまで遡ってそれをついに掴み取っていると感じられるからである。ペイターにとって、ミケランジェロは、力強さと知識を誇示する人間というよりもむしろ、自分の生活する時代や場所に絶えず違和感を感じないではいられない、「幽霊」のごとき存在であり、「宿なしの歎きの精神」の持主にほかならなかった。ミケランジェロ論の終結部から引くなら、彼はまさに「風に吹かれる羽毛」のような不安定な存在として映っていた。」
「と言ってもペイターは、力強さということをまったく無視して、甘美という性質に法外な価値を付与しようとしているのではない。あくまでも力強さあっての完備であり、「力強さから出てくる甘美」をミケランジェロのうちに探ろうとしているのである。」
「ペイターの考えでは、ミケランジェロは、生涯を通じて、たとえ多くの場合無意識であったにせよ、自己の内部に潜む両性具有的な特性を絶えず掘り起こし、展開させていったのだった。」



「あとがき」より:

「ウォルター・ペイターはイギリスにおける最も代表的な唯美主義者である。そのような名声が確立しているのに、唯美主義者としてのペイターの実体はたいして知られていない。」
「ペイターなどと口に出してみても、かつてはごく僅かのペイター愛好家を除くと、現実から逃避したあんな唯美主義者にいまさらどんな現代的意義があるのか、などというような、かなりよそよそしい粗暴な反応がおおむねのところ返ってくるばかりであった。」
「論じたりなどしないで、愉しんで読むだけの作家や詩人をつねに幾人かもっていたい、というのは、わたしのひそやかな希いである。ペイターはまさに、そんな希いにうってつけの文人のように思われた。愉しんで読んでいるだけでよいではないか、常套化したペイター像に敢えて挑む野暮を冒すこともないではないか。そうした接し方こそ、五十五年の生涯の大半を、七歳年長だったルイス・キャロルと同じく、オックスフォードの教育者として過ごし、交遊関係も狭く、滅多に旅にも出かけず、独身をまっとうしてほとんど隠者に近い生活を送ったこの内気で温柔な文人にいかにもふさわしいではないか。長いあいだそんなふうに思っていた。」
「転機が訪れたのは、彼の代表作『ルネサンス』を一九八六年に翻訳したときである。(中略)華麗な錯綜とでも呼べるあの独特な美文体、しかし丹念に読んでいくと紛れもない明晰さに貫かれたあの文体を、必死になって解きほぐしているうちに、自分にとってペイターの何が問題なのか、ということが、少しずつ明らかになってくるように思われた、とともに、最終的には唯美主義者と呼ぶしかないけれど、そうした通称をいったん取りはずしたうえで、ペイターの生涯と作品の根源にあるものを可能なかぎり内的に理解し、何とか自分なりに解き明かしてみたいという気持が湧いてきた。(中略)従来からともすれば美の宗教の宣言書のようなものとして、その美的局面においてもっぱら受取られがちだったこの作品のなかに、自己と世界との新たなかかわり方を求めつづける作者自身の真摯な倫理的模索の跡を認めることができるように思われたのである。
 言い換えれば、言葉を通して自己のアイデンティティを構築しようとする作者の明確な意思がそこに感じ取れたのだった。」
「ペイターの唯美主義は、世界に対してどうしようもない違和感を感じないではいられぬ人間が、それでもなお自己と世界との新たなかかわり方を求めつづけていくさいに見出されたものであり、その意味で生の拠りどころになったもの、というふうに、わたしは考えたい。」





























































富士川義之 『幻想の風景庭園』

「まるでいっさいの日常的現実から隔絶し、それとは何のかかわり合いもないかのような生活を送るのが、ポーの物語の多くの主人公たちである。」
(富士川義之 「幻想空間の冒険」 より)


富士川義之 
『幻想の風景庭園
― ポーから澁澤龍彦へ』


沖積舎 
昭和61年9月30日発行
202p 初出一覧1p 
19.5×15cm 
丸背布装上製本 貼函 
定価3,500円 
装釘: 戸田ヒロコ

栞 (7p):
ストイックな審美家 (澁澤龍彦)/「幻想の風景庭園」に寄せて (ドナルド・キーン)/Mr. Fujikawa の背中 (池内紀)/明澄な眼 (磯崎純一)



沖積舎の文芸評論シリーズの一冊として刊行された富士川義之第二評論集。


富士川義之 幻想の風景庭園 01


帯文:

「ペーター・ワイルド・中島敦・内田百閒・吉田健一等幻想文学にことのほか関心を示した文学者達の作品を通して語る東西文学論10篇。」


帯背:

「東西
幻想
文学論」



帯裏:

「著者の気質や嗜好のせいもあって、ポーを除いては、おどろおどろしい道具立てとか、どす黒い情念とか、病的な異常性とか、怪異とかいった様相のとりわけ目につく作品を扱うことは少いけれども、そういう、いかにも鬼面人を驚かす狭義の幻想文学の枠を越えて、人間の本性に深く根ざす、多種多様な幻想のかたちを自分なりに明確に把握してみたいというのが、ささやかながら本書の意図だと言ってよい。「あとがき」より」


目次 (初出):

I
幻想空間の冒険 ポー (『ポー・ホーソーン』解説 集英社世界文学全集 1976年)
黒猫の恐怖 ポー (「ユリイカ」 1973年11月号)
幻想の風景庭園 ポー (「ユリイカ」 1974年2月号)
死の美神 ペイター (「ユリイカ」 1974年11月号)
無垢と頽廃 ワイルド (『コンラッド・ワイルド』解説 講談社世界文学全集 1978年)
批評の自立 ワイルド (「ユリイカ」 1976年5月号)

II
「李陵」の文体へ 中島敦 (「ユリイカ」 1977年9月号)
悪夢の女たち 内田百閒 (「ユリイカ」 1984年2月号)
明るい憂い 吉田健一 (「ユリイカ」 1977年12月号)
所有の王国のスタイリスト 澁澤龍彦 (「現代思想」 1978年12月号)

あとがき
初出一覧



富士川義之 幻想の風景庭園 02



◆本書より◆


「幻想空間の冒険」より:

「若干の例外的作品があるにもせよ、あるいは外国の読者には容易に窺い知ることのできないようなアメリカの土着的な発想の源泉と隠微に結びついた要素があるにもせよ、おおよそのところ、ポーの文学の基底に深く根を張っているものは、土着的な要素の意識的な拒否の姿勢であると思われる。土着的なものの拒否とはつまり、言葉を換えて言えば、自分がそこで生まれ育ったアメリカの風土から、さらにはその風土の上に明確に刻印され、否応なくそこに縛りつけられている自分の肉体から逃れることにほかなるまい。ポーの物語の主人公たちがあれほどまで自分の出自や家系や名前すらの公表を拒み、それらを執拗に隠蔽しようとする傾向を目立って示すのも、とどのつまりはそれらが肉体の属性であるためではなかろうか。さらに言うなら、それらは精神ないしは魂にとってまったく非本質的な、瑣末な事柄に属するためではなかろうか。彼の作品に頻繁に認められる特性、すなわち夢や想像の世界への著しい傾斜が、自分を特定の土地に縛りつける肉体の呪縛から解き放たれ、時間も、空間も、あるいはすべてのものが、内面の魂の領域に還元され、そこに真実を見出そうとすることをもっぱら顕示していることは明白である。物語の主人公たちはほとんどみな一様に、外的な尺度の基準、とりわけ社会的な道徳や倫理の基準そのものにかたくなに背を向け、自分たちの置かれた時間的にも空間的にも限定された外的現実の世界からの脱出を果敢に企て、ひたすら夢や想像力の創り出す幻想空間に沈潜しているからだ。」
「これらのことからも容易に察せられるように、その主題、技法、文体など、一見多種多様に見えるポーの作品に一貫して認められ、その本質を決定していると思われる要素が少くとも二つある。一つは地下的、冥府的な世界、一口に言えば死の世界への下降、あるいは(中略)「魂の恐怖」の世界の呪縛である。もう一つは神秘的、天上的な美の世界への限りない上昇である。この二つの、きわめてロマンティックな特徴が魂の領域、あるいは地獄にも等しく感じられる暗い内面の世界の呪縛によって苦悶しつつも、それからの脱出を夢見てやまないという魂の両極性に深くかかわっていること、この魂の上昇と下降の運動のいずれもが、外的現実や日常生活の場の欠落、ないしはそれからの遊離、すなわち非日常的、非現実的な世界のなかで生起するものであることはいまさらことごとしく述べ立てるまでもないであろう。」
「まるでいっさいの日常的現実から隔絶し、それとは何のかかわり合いもないかのような生活を送るのが、ポーの物語の多くの主人公たちである。」



「無垢と頽廃」より:

「「その悪の習慣や不幸にもかかわらず、びくともしない無垢を保ちつづけている男」
 オスカー・ワイルドをこう評したのはボルヘスである。
 ワイルドと言えば、ダンディ、デカダンス文学の驍将、世紀末の寵児、美の殉教者、芸術至上主義者、仮面の使途、逆説家、警句家、男色家、気取り屋、エンターテイナー等々、生前からさまざまの呼称を冠せられ、毀誉褒貶の渦のなかに激しく巻き込まれていた文学者として広く知られている。しかし、その種のいまや常套化し陳腐ともなった伝説的な呼称を不必要に弄んだり、それに徒らに拘泥することなく、ワイルドの生涯と文学を率直に眺めた場合、まず第一に印象づけられることは、ボルヘスがその正体を看破したように、「びくともしない無垢を保ちつづけている男」の生涯であり文学ではなかろうか。一部の熱狂的な崇拝者を除けば、多くの批評家や学者たちからあまり芳しくない評価を与えられながらも、ワイルドの文学が、一般読者、とりわけ若い読者層にいまなお根強く読みつがれている大きな要因の一つも、窮極的には、悪と破滅の美学に濃く彩られた彼の生涯と文学の表層の背後に絶えず見え隠れする無垢性や未成熟の魅力のせいではないか、とすら思わせるからである。」














































































富士川義之 『記憶のランプ』 (ちゅうせき叢書)

「知性や習慣や用途や目標などの軛に縛られた日常的記憶とは異なるもう一つの記憶、心の内奥に埋もれたまま発掘されるのを待っている、いわば宝物に等しい深層の無意識的記憶への強烈な関心に突き動かされた、一群の文学者たち」
(富士川義之 「文学と記憶」 より)


富士川義之 
『記憶のランプ』

ちゅうせき叢書8 

沖積舎 
昭和63年10月15日発行
255p 
四六判 丸背紙装上製本 
カバー ビニールカバー 
定価2,800円



富士川義之第三評論集。表題「記憶のランプ」は、澁澤龍彦の著書『記憶の遠近法』『魔法のランプ』からとって追悼の意を込めたのか……と思いきや、「ジョン・ラスキンの『建築の七燈』第六章「記憶のランプ」からとっている」(本書「あとがき」)ということでした。


富士川義之 記憶のランプ


帯文:

「プルースト・ラスキン・ペイター・パウンド・バラードなどロマン主義以降のイメージ・記憶をたどる著者の第三評論集。」


帯裏:

「収録した十二篇のエッセイはすべてこの五年間に書いたもので、文学的モチーフもテーマもそれぞれかなり異なるが、こうして一冊にまとめるにあたり改めて読み返してみると、自分のなかに、ある抜きがたい嗜好というか、一種の習癖みたいなものが存在することに気づかざるを得ない。/ともかく、ロマン主義以後急速に増大する、文学における記憶の微妙な作用への関心と、それに関連する諸問題ということが、本書の主要モチーフをなしていると言えようか。(「あとがき」より)」


目次 (初出):

I
文学と記憶――ワーズワス、プルースト、ナボコフ (「言語生活」 1986年3月号)
ピップの原風景――『大いなる遺産』をめぐって (『イギリス/小説/批評――青木雄造先生追悼論集』 南雲堂 1986年11月)
建築を読む――ラスキン、ペイター、プルースト (「ユリイカ」臨時増刊総特集「プルースト」 1987年12月)
ある唯美主義者の肖像――ウォルター・ペイター (『世紀末の美と夢・イギリス篇』 集英社 1986年9月)

II
樹木の神秘主義――パウンド (「ユリイカ」 1983年6月号)
パウンドの政治学――オルソンに即して (「ユリイカ」 1984年11月号)
英国の未来派――ウィンダム・ルイス (「ユリイカ」 1985年12月号)
一九二〇年代の恋人――ナンシー・キュナード (「ユリイカ」 1985年10月号)

III
ゴシップの漂う別世界――アガサ・クリスティー (「ユリイカ」 1988年1月号)
熱帯のバラード (「ユリイカ」 1986年6月号)
J・G・バラードとカタストロフィーの風景 (「ユリイカ」 1985年5月号)
イングランド讃歌――ジェフリー・ヒル (「ユリイカ」 1986年12月臨時増刊号)

初出一覧
あとがき




◆本書より◆


「文学と記憶」より:

「文学における記憶の機能という、決して一筋縄では行かない、大変厄介な課題についてあれこれ思いめぐらしているときに浮んできた名文句がある。“Proust had a bad memory”というのがそれだが、これは(中略)ごく初期のサミュエル・ベケットの評論『プルースト』(一九三一年)のなかに見出せる一句である。これを吉田健一は「プルーストは悪い記憶の持主だった」とかつて訳したことがあるが、この場合の「悪い記憶の持主」が反語であることは言うまでもなかろう。」
「西暦紀元前の何世紀にどういうことがあったなどというようなことを、ただ機械的に覚えているだけで、そういう既成事実のみを、いつでも、際限なく引き出せる人を良い記憶(博識)の持主だとすれば、『失われた時を求めて』の作者は「悪い記憶の持主」と呼ぶほかない、いわゆる良い記憶の持主とは決定的に位相を異にする記憶の持主だというのが、吉田氏及びベケットの所論にほかならないのである。この反語としての「悪い記憶の持主」というプルースト理解は、記憶は必ずしも個人の自覚した意志によってのみ甦るものではないことを明らかにしたこの大作家における記憶と文学のかかわり合いを一言で要約した大層印象的な表現だと思う。と同時に、これは、ひとりプルーストのみにとどまらず、ルソーやワーズワスからナボコフにいたる、あるいは吉田健一にいたると言ってもよい、記憶と時間への強い執着を基盤としながら自己の文学世界を築き上げていった多くの文学者たちにも当てはまる名言ではないのか。敢えてそう言ってみたくなるほど、まったく人の意表をつくベケットの寸言は、知性や習慣や用途や目標などの軛に縛られた日常的記憶とは異なるもう一つの記憶、心の内奥に埋もれたまま発掘されるのを待っている、いわば宝物に等しい深層の無意識的記憶への強烈な関心に突き動かされた、一群の文学者たちの特性を鋭く衝いているように思われるのである。」

「ところがプルーストは、昼の思考にはなじめず、「忘却の織りなす編み細工や飾り模様」を一つ残らず逃すまいとして、暗幕を張った部屋に電燈を燈して昼を夜に変じ、記憶の糸をたぐり寄せるという仕事にすべてを捧げたのだった。」

「ワーズワスはここで、「純真な幼年時代」についての記憶の回復ということがもたらす精神的治癒力について語っている。現在の不幸は「遠く過ぎ去った日々」を甦らせることによって、その過去をふたたび生き生きと感覚し、そのなかでふたたび生きることによってのみ癒やされるという、プルーストとも、あるいはナボコフとも明らかに共通するところのある記憶の重要な機能について語っているのである。」

「ワーズワスは詩人とは「不在のものがあたかも存在するかのように、不在のものに他のどんな人たちよりも影響されやすい性向の持主」と定義したことがあるが、ノスタルジアが窮極的に向うのは、まさしくこの不在を措いてほかにはないのである。」



「ある唯美主義者の肖像」より:

「ペイターにとって、モナ・リザは、美と恐怖、恍惚と戦慄の入り混じった複合的なイメージとして見られていた。ここで伝記的事情について少し述べると、ペイターがルーヴル美術館で初めてモナ・リザを見たのは一八六四年のことである。二人の妹を連れてパリ旅行をした折のことなのだが、モナ・リザを見たあと、彼は一人で、当時の観光客たちがよく訪れた身元不明の死体を収容する有名な死体公示所(モルグ)をも見物したという。モナ・リザと死体公示所という、一見結びつきそうにもない経験が、ペイターの脳裡で結びつき、モナ・リザ描写に不吉な死の影を投げかけるにいたったのではないかと、ある伝記作者は推測している。」


「ゴシップの漂う別世界」より:

「そこには、地方性というものに徹底的に執着することによって、ある普遍性に到達することを希う精神の志向性が明白に認められるように思われる。」


「熱帯のバラード」より:

「『闇の奥』は激しい狂暴な原始的自然の呪縛のなかで歪められる人間性の破滅、荒廃を主題とする作品だが、表題の「闇の奥」が、暗黒大陸の闇の奥であると同時に、人間性の闇の奥でもあることはここで念を押すまでもなかろう。また人間性の闇の奥への熾烈な関心が、暴力的なトロピカル・イメージの執拗な反復を通じて提示されていること、そこにこの中篇の最大の魅力が存在することもまた改めて贅言を要しないだろう。ジャングルの深奥部へと突きすすむことは、ここでは明らかに、闇に包まれた人間性の起源を探ることと等価に見なされているのである。
 ひるがえってバラードの破滅四部作を見るとき、彼もまた、反復強迫めいた熱帯の自然の災厄や猛威のイメージのおびただしい氾濫を通じて、人間性の闇の奥にうごめく奇怪な衝動に照明を当てようとしていることが知られるのである。その意味で破滅四部作は、その基本構造において、敢えて言うなら、『闇の奥』の新しいヴァリエーション、いわばそのSF版といった特徴をもつ作品群であるように思われる。」



「J・G・バラードとカタストロフィーの風景」より:

「しばしば強迫観念的とも見えるし、時にはいささかあざとく悪趣味的とさえ思えるこうした死や破滅のイメージを、バラードは平然とクールに並べ立てていく。ただ列挙しカタストロフィーの風景のカタログ作りに精を出すだけではなく、その一つ一つのイメージに否応なくのめり込み、執着し、魅惑されるのだ。しかもこの作者にあって特徴的なのは、カタストロフィーに対して、それが通常もたらす人間的感情――不安であれ、恐怖であれ――の側面には、はなはだ無関心だということである。」

「こうした黄金時代の夢、楽園志向は、バラードの場合、死と破滅への耽溺と劇的に対立する要素としてではなく、それと表裏一体となり、それとぴったり重なり合いながら顕示されていく。バラードが自然科学的ないしは社会科学的な趣向を重視する従来のSFの手法を批判して、「外宇宙」よりも「内宇宙」に注目せよと主張したことはよく知られているが、「外なる現実と内なる精神が出会い、融けあう場所」としての「内宇宙」の探究をつづけるこの作家にとって、『結晶世界』は、『沈んだ世界』や『燃える世界』などとともに、カタストロフィーがすなわち楽園に通じ、死は宇宙の内的な秩序の一部と化すことにほかならぬという観念を最もあざやかに刻み込んだ作品である。(中略)『結晶世界』の主人公は水晶の森を「時間のない風景」と見なし、「動機と素姓の問題」から解放され、「心のなかのアンバランス」を最終的に解消してくれる唯一のものは、「あの水晶世界のなかにしか見つからない」と思う。」



「あとがき」より:

「収録した十二篇のエッセイはすべてこの五年間に書いたもので、文学的モチーフもテーマもそれぞれかなり異なるが、こうして一冊にまとめるにあたり改めて読み返してみると、自分のなかに、ある抜きがたい嗜好というか、一種の習癖みたいなものが存在することに気づかざるを得ない。ユングはかつて、現代人は魂を求めているのではなく、魂の故郷を求めているのだと述べたことがあるが、この「魂の故郷」というべきものを求めてそれに明確な線と輪郭をもつかたちを与えようとする志向性を判然と示す文学者たちの仕事に、何よりもまず強い魅力を感じているのである。起源の探求の衝動、さらには原初の楽園への回帰の夢によって紡ぎ出されるさまざまな文学世界、その文学世界がたとえばどのような風景志向を通じて形象化されているのか、などといったようなところに、ぼくの関心の根のようなものが見出されるだろう。
 それは記憶のランプが照し出す文学世界と言い換えることができるかもしれない。ともかく、ロマン主義以後急速に増大する、文学における記憶の微妙な作用への関心と、それに関連する諸問題ということが、本書の主要モチーフをなしていると言えようか。」













































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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