ミルチャ・エリアーデ 『ムントゥリャサ通りで』 直野敦 訳

「しかしもっと後では、地下の生活を知りたいというこの願いが、一種の執念となって彼をとらえるにいたったことは疑う余地がありません。」
(ミルチャ・エリアーデ 『ムントゥリャサ通りで』 より)


ミルチャ・エリアーデ 
『ムントゥリャサ通りで』 
直野敦 訳


法政大学出版局 
1977年2月15日 初版1刷 
1988年5月30日 2刷
174p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,300円



本書「訳者あとがき」より:

「テキストはルーマニア語のオリジナル版(Pe strada Mântuleasa..., 1967)を使用し、またズーアカンプ社のドイツ語版(Auf der Mântuleasa-Strasse, 1972)をも参照した。」


エリアーデ ムントゥリャサ通りで


カバー絵はアルフレート・クービン『対極』挿絵より。



◆本書より◆


「理解して頂くには、すべてがあの先ほど話したタタール人の少年、アブドゥルに端を発していることをご承知願わねばなりません。あなたにお話しましたように、この子が仕事しているところを私も目にしたのです。部屋に入ると、床にトルコ式に膝を組んで、ふところから革製の袋のようなものをとり出すと、自分の言葉タタール語で、私には皆目わけもわからない文句をとなえはじめました。その時、私はそれまで見たこともない光景を目のあたりに見ました。部屋中の蠅が彼の頭の上あたりに黒い群れをなして集まり、そしてひと塊の糸巻のように固まったと思うと、その袋の中へすぽんと入ったのです。アブドゥルは袋の口をしめると、それをまたふところに入れ、微笑しながら立ち上がりました。私は彼に半レウ銀貨をやりました。そして丸一週間のあいだ、それも本当にかっきり一週間だけは、私の部屋にただ一匹の蠅も見かけませんでした。廊下でぶんぶんとんでいましたし、何匹かは窓ガラスにもとまっていました。しかし部屋に入ってくるのは一匹もいなかったのです。一週間後に、アブドゥルはあとの半レウ銀貨を貰いにやってきました。その翌日、すなわち少年が呪(まじな)いをして八日目に、蠅どもは、前よりも数が多いような感じでしたが、どっとまた部屋になだれこんできました。もちろん私は、またその蠅退治に少年を呼びよせました。(中略)……それが私の実際に見たことです。しかしアルデアは、もうその一年前にアブドゥルと親しくなっていたのでした。アブドゥルが彼になにを語ったのか、またどこまで語ったのかは知りませんが、ずっと後に私がリクサンドルから聞いたところでは、アルデアが秋にブクレシュティへ帰ってきた時には、アブドゥルからある秘密を教わってきていました。私の理解した限りでは、その秘密というのはどうやらこんな話です。すなわち、もしいつか、人の住んでいない、水の溜まった地下室があったならば、どんなものか知りませんがあるしるしを探せ、そしてそのしるしが全部揃っていたら、その地下室は魔力にしばられていて、そこからはあの世へ渡っていけると考えていいというものです。」

「彼の本当の名前が何だったのか、それを知っていたのは森番だけです。彼はドクトルを子どもの頃から知っていたからです。人々が彼をドクトルと呼んでいたのは、彼がいろんな薬草に詳しく、またしょっちゅう遠いよその国々に出かけていたからです。(中略)しかし、彼の最大のおはこは奇術でした。」
「私は、彼が仕事をしている、いやつまり手品をやっているところを幾度か見ました。(中略)ある日曜日の夕方で、私たちは帰りの馬車に馬がつながれるのを待っていました。(中略)《まあ、ちょっと待ってくれ、いまいいものを見せてやるから!》とドクトルが叫んで、みんな静まるようにポンポンと手を打ち鳴らしました。それから両手をポケットにつっこみ、眉をしかめて考えこんだ様子で、私たちの前を行ったり来たりしはじめました。急に片手を上に振りあげてなにかを掴みました。私たちが目をこらして見ると、それは一種の長い定規のようなものでしたが、ただしガラス製のものでした。それを地面において、引っ張り、長く延ばしはじめました。そしてあっというまに、それは厚くて高さが一メートル半くらいのガラス板になりました。それをしっかり地面に据えつけると、その一方の側を掴んでまた引っ張りはじめました。するとガラスは彼の後についてどんどん延びていくのです。そして二、三分のうちに数メートル四方のガラスの水槽、あの水族館にある水槽を巨大にしたようなものができ上りました。そして私たちは、地面から水がすごい勢いで噴出して水槽の縁まで水がいっぱいになるのを見ました。ドクトルがさらに幾つかの形を手で空中に描くと、大きい、色とりどりの、種々様々の魚が水槽の中で泳ぎはじめたのを私たちは見ました。私たちはまるでその場に凍りついたようになっていました。ドクトルは煙草に火をつけ、私たちの方を向いて言いました。《近づいてごらん、そして魚たちをよく見て、君たちにどれをあげたらいいか私に言いなさい》 私たちは近づきました。そして青色のひれをつけ、ばら色の目をした大きな魚に目をとめました。《ほう》とドクトルは言いました。《君たちはいいのを選んだね。これは Ichtys columbarius (イクティス・コルンバリウス)といって、熱帯地方の海にいる珍しい魚だ》 そう言うと、煙草を口にくわえたまま、まるで影のようにガラスの中を通り抜けて水槽の中へ入りました。そして、私たちみんなによく見えるように、しばらくの間、水槽の真中の水の中で魚たちに囲まれて立っていました。口に煙草をくわえて、それをふかしながら歩きまわっていました。それから片手を延ばしてコルンバリウスを掴みました。入って行った時とまったく同じように、口の端に煙草をくわえ、片手に魚をつかんだまま、ガラスを通り抜けて出てきました。そしてその魚を私たちに見せてくれました。私たちは、ドクトルの手の中でもがいている魚も眺めましたが、それよりも目を皿のようにして見つめていたのは、彼の姿でした。ドクトルの身体にも顔にも服にも一滴の水もついていませんでした。私たちのうちのひとりが魚を片手に受けとりましたが、すぐに草の上に落としてしまいました。そして、私たちはみんなそれを捕えようとしてとびかかりました。ドクトルは笑っていました。魚を掴みあげると、水槽に近づき、ガラス越しに片手を延ばして魚を水に放ちました。それから両手をうち鳴らすと、たくさんの魚もろとも水槽は忽然と消え去ってしまいました……」

「おそらく、こういった西ヨーロッパから来た職人たちのひとりから、ヨルグ・カロンフィルは、あの伝説や迷信をはじめて聞いたのでしょう。地中に魔法をかけられて埋められている水晶や宝石、それを見つけ出すのは大変に困難で、ある種の人間にだけそれができるのだという例の言い伝えと迷信です。」
「しかしもっと後では、地下の生活を知りたいというこの願いが、一種の執念となって彼をとらえるにいたったことは疑う余地がありません。(中略)西ヨーロッパから来た職人たちが彼に話してきかせたあらゆる伝説や迷信のたぐい、太陽と月の作用によって鉱石や宝石がどんなふうにできていくかという話、山中でどういうふうに鉱脈が大きくなり、そして仙女に守られているかという話、その他これに似たような話を聞いてからヨルグは、ルーマニアの百姓たちが、復活祭に赤く染めた卵の殻を小川に流して、川の流れがそれをプラジン――地底のどこかに住んでいる、魔法にかけられた生物ですが――そのプラジンたちの国へ運んで行き、復活祭の来たことを告げ知らせるのだ、と話していたことを思い出しました。
 そこでヨルグは、もうヨーロッパの職人たちや山師たちのことは忘れてしまって、田舎に出かけて自分の領地やその周辺を歩きまわり、古老や老婆を探し出しては、彼らがプラジンと地下のその国について知っていることをすべて語らせるということをはじめたのです。けれどもこの老人たちにしても、世間のだれもが知っていること、すなわちこのプラジンたちがとても温和な、情深い生物たちで、そこ、すなわち地中で、人間たちの捨てた残りものを食べて生きていて、たえず祈りを捧げているということ以上には知りませんでした。ただプラジンたちについては、大昔には地面の上に住んでいて、ある事件が起きてから地下に移り住んだということが知られていました。ところでヨルグは、この言い伝えがなにか衝撃的な真理を秘めており、人はその意味を理解することさえできれば、プラジンの国へ降りて行く道を見出せるばかりでなく、同時に、教会が洩らしてはならないとされているその他のすべての秘密にも通じることになるのだ、という考えを持つにいたったのです。」

「その夜、すなわち結婚式の前の土曜日の夜に、オアナはこの夢を見て、それを日曜日の晩の結婚式の祝宴で私たちに話したのです。(中略)《私がドナウ川で泳いでいたの。それもずっと上流の方で泳いでいて、そのうちどれほど時間が経ったか分らないけれども、源に、ドナウ川の水源にまで来ていたの。そしていつのまにか私は水底から地中へもぐって行き、果てもなく深い洞窟へ入りこんでいたの。その洞窟の壁は宝石でできていて、何千というろうそくで照らされ、まぶしいほど光り輝いていたわ。
 すると、そこで私のすぐそばにいた一人の神父様が囁き声で言ったの。“復活祭だよ。だからあんなにたくさんのろうそくをともしたのだ”と。でも私にはその時どこか見えないところから、別の声がこう言うのが聞こえたの。“ここには復活祭などない。この土地では私たちはまだ旧約聖書の世界にいるのだから!”そこで私は、そのたくさんのろうそくや光、その宝石などを眺めて、深い喜びを感じたの。そして心のうちでこう思ったの。“私もとうとう旧約聖書がどんなに神聖なものであるか、旧約聖書の時代に生きていた人々を神様がどんなに愛していたかを理解できる幸せを得たんだわ”って。そして、そこで私は目がさめたの……》 これが、オアナが私たちに話してくれた夢でした」














































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ミルチャ・エリアーデ 『ダヤン・ゆりの花蔭に』 野村美紀子 訳

「ぼくらにはつねに多種多様なしるしが与えられているんだよ。よく眼を開けて、その意味を理解するようにつとめたまえ」
「ぼくたちがみんな天国のゆりの花の蔭に集まるときには、この とかげ が今ぼくに言っていることもわかるようになる」

(ミルチャ・エリアーデ 「ゆりの花蔭に」 より)


ミルチャ・エリアーデ 
『ダヤン・ゆりの花蔭に』 
野村美紀子 訳


筑摩書房 
1986年9月30日 初版第1刷発行
165p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,600円
装幀: 藤原哲朗



本書「訳者あとがき」より:

「ここに訳出したのは、高名な宗教学者ミルチャ・エリアーデの晩年の小説二篇である。(中略)「ダヤン」は一九七九年十二月から一九八〇年一月まで、「ゆりの花蔭に」は一九八二年四月から八月までに書かれている。」
「本書の翻訳には DAYAN (LE TEMPS D'UN CENTENAIRE suivi de DAYAN, Édition Gallimard, 1981), À L'OMBRE D'UNE FLEUR DE LYS... (À L'OMBRE D'UNE FLEUR DE LYS..., Édition Gallimard, 1985), Dayan/Im Schatten einer Lilie (Suhrkamp Verlag, 1984) を用いた。ルーマニア語の原題はそれぞれ Dayan, La umbra unui crin である。
 実際の翻訳作業としては、先に手に入った独訳からまず訳出して、そのあとで仏訳と対照してできるだけ改善するという形をとった。」



そういうわけで、本書は重訳ですが、それはそれでよいです。
本書の主題は「想起(anamnesis)」と「世界の更新(renovatio)」です。


エリアーデ ダヤン ゆりの花蔭に


帯文:

「物質・エネルギー系を統合する〈世界の最終方程式〉を発見した、若き天才数学者ダヤンのたどる悲劇的運命。――優れた文学作品のみがもつ深い謎、哀しみ、不条理感を漂わせ、心と脳を垂直に刺激する、エリアーデ最晩年の問題の二作。」


帯背:

「最晩年の二作」


帯裏:

「永遠のユダヤ人と名のる老人に導かれて、アインシュタインがハイゼンベルクに遺言した〈最終方程式〉をゲーデルを通じて発見したダヤンは、そのため危険人物と見做され秘密警察に囚えられる。時空を自在に往還するダヤンはそこでさまざまの不思議な行いを見せるが、彼はその方程式の解を知っていたわけではなかった。……他にデラシネの不安に慄きつつ、新しいノアの方舟を待つ亡命ルーマニア人集団を描く『ゆりの花蔭に』を収録。」


目次:

ダヤン
ゆりの花蔭に

訳者あとがき




◆本書より◆


「ダヤン」より:

「「かつて、人びとが伝説をまだ愛していて、伝説を解釈するというのでなく、ただ熱心に感激して耳を傾けたことによって、この世の多くの謎の解きあかしを得ていた、それでいながらこうした寓話や言伝えを聴いたり語り継いだりすることによって自分がどれほど多くのことを学び発見しているかには気づいていなかった――そのころには、わたしはアハシュヴェル、永遠のユダヤ人だと思われていた。そして実際、人びとがわたしについての話を真に受けていたかぎり、わたしは事実永遠のユダヤ人だった。(中略)ところが永らくわたしがあんたたちにまじっているうちに、そのこと自体が独特の意味を、深い、重大な意味をもつようになった。だからいつか裁き主の前に立つときには、地球上のこの地域に住む者はすべて、信心深いキリスト教徒でもユダヤ教徒でも、あるいは懐疑主義者でも無神論者でも一切区別なく、わたしの話をどのように受けとったかに応じて判定されることになるだろう……」」
「「想像力を総動員すれば理解できる。だがとりわけ伝承を想い起せ。それがわたしと関係があるということは忘れて、伝承が述べていることを考えろ。日々の終りに、つまり最後の審判の少し前に憩いを得るという、すなわち死んでよいという恵みがようやくわたしに与えられるだろう、と伝承は述べているんだよ。だとすれば二千年前からこっち、わたしほど激しく世の終りを待ち望んだ人間はいなかったことがわかるだろう。(中略)最近になって、この間の熱核爆発のあとだが、また確信が高まってきたんだよ……」」
「「わたしは水素爆弾とコバルト爆弾に『望み』をかけている。(わたしが望みという語にかぎかっこをつけていることはわかるだろうね、わたしが思っているのは、この語のふつうの意味とはまるで違うことなのだから。さてわたしはまるかっこを開いたんだから、いいかね、ダヤン、日常会話の言いまわしから新しい意味を読みとることに、あんたは慣れなきゃいかん。この一見『遊び』にみえる方法を、あんたはきっとすぐにのみこむだろう。あんたは数学者なんだし、おまけに文学も好きなんだから……)これで、かっこ閉じだ」」

「「ダヤン、九十九は神秘の数だよ。あんたの数学的手段によってその秘密を探ろうなどとするなよ。あんたにゲームを教えようと思ったのだ。日常の語法の背後に隠れている言語に通暁するように、いっぺんになってほしくてね。その言語を理解することをあんたが学ぶように……」
 オロベテはにこやかに言った。「隠された言語ですね、プロヴァンスやイタリアやフランスの愛に真実な者たち(フェデーリ・ダモーレ)が十字架の言葉(パルラール・クルス)とよんでいた。ずっと前に少し読んだことがあります。今でもすっかりちゃんと思出せますよ」
 老人はかれの腕をとった。そのまなざしは失望を示していた。「読んだから思出せるって? それだけかね? 精神を集中してみろ、ダヤン! そうすれば、一度も読んだことのないことだって、あんたはいくらでも思出すさ」」



「ゆりの花蔭に」より:

「階段を駆けおりてゆく二人の足音がきこえた。家の主人は戸口に立ちつくしていた。やがてかれが疲れきって椅子に坐りこむと、エフティミエが低い声で言った。
 「かれらに全部は言わなかったのが、よかったかどうか……」
 マルガリットは驚いてかれを見た。
 「ヴラディミルの伝言を伝えただけなんだよ。貨物自動車が消えたことからイリエスクがどういう推論をしているかは言わなかった……イリエスクが言ったのはね、『ヴラディミルは正しかった。新しいノアの方舟が準備されているんだ……』」
 「それはどういうことだ?」マルガリットは動転した声をだした。
 「あのふしぎな車は、世界中の邦々から選ばれた人間を運んでいる。消えるんじゃなくて、われわれの空間とは別の次元をもつ空間へ入ってゆくんだそうだ」
 「もっとわかりやすく言ってくれよ」マルガリットがじれた。
 エフティミエは憂鬱な笑いを浮かべた。「ぼくだって、どうなっているのか、そんなにはっきりわかったわけじゃない。ただイリエスクが言ったんだ。これは要するに偽装だ。つまり、偽装の機能はつねに同じだが、なにごとかを隠蔽し、同時にそのことを知っている人間の注意を逸らして自分のほうへ惹きつけることだ。イリエスクはこう説明した――一語も変えずに復唱することができるよ――ノアの方舟、すなわち別の次元をもつ空間へは、一瞬のうちに目に見えず移動することができる、だがぼくらのために、貨物自動車による輸送という偽装を採るんだと……」
 「なぜわれわれのためなのかね?」博士が言った。
 「そこまで説明する時間がかれにはなかったんだが、かれが言ったことから考えてみるに、それはわれわれにしるしを与えているんだ。そしてわれわれのうちのある者はその意味を察知する、ということらしい。だってかれはくり返して言ったんだ、『ねえ、エフティミエ、ぼくらにはつねに多種多様なしるしが与えられているんだよ。よく眼を開けて、その意味を理解するようにつとめたまえ……』」」



参考:

『エリアーデ日記』(石井忠厚 訳、未来社)より:

「1959年11月6日
 先週、私に原子爆弾について訊ねた(中略)学生達に、私は応えた、キリスト教徒は爆弾を恐れ過ぎないようにすべきだろうと。
 彼にとって世界の終りは一つの意味を持っているのだから。それは最後の審判となろう。ヒンドゥー教徒も気にかけるべきではないだろう。カリ=ユガはカオスへの後退で終えられるのだから。その後には新世界が現われるだろう、等々。」





















































エリアーデ 『ホーニヒベルガー博士の秘密』 直野敦・住谷春也 共訳 (福武文庫)

「「それが間違っているのは」と、彼はつづけて言った。「過去のものであれ、現在のものであれ、未来のものであれ、これらの事件に実在性(リアリティ)を認めているからです。しかし、ねえ君、私たちの世界のどんな事件も、実在(リアル)ではないのですよ。この宇宙で生じるいっさいのことは幻影です。(中略)生きた人間と、彼らの影との出会いも、そのすべてが幻影です。そして、ただひとつの物も、ただひとつの事件も実体がなく、その固有の実在性を持たない、仮象の世界においては、だれでもが、あなたがたのいわゆるオカルト的な一種の力を支配し、自分の望み通りにすることが可能です。もちろん、人はなにひとつ実在的(リアル)なものを作り出すのではなく、仮象のたわむれを作り出すだけです」」
(ミルチャ・エリアーデ 「セランポーレの夜」 より)


ミルチャ・エリアーデ 
『ホーニヒベルガー博士の秘密』 
直野敦・住谷春也 共訳

福武文庫 エ 0401

福武書店 
1990年10月9日 第1刷印刷 
1990年10月16日 第1刷発行
193p 
文庫判 並装 カバー 
定価380円(本体369円)
装丁: 菊地信義


「単行本は、エディシオン・アルシーヴより刊行(一九八三)。」



Mircea Eliade: Secretul Doctorului Honigberger, 1940


エリアーデ ホーニヒベルガー博士の秘密


帯文:

「時空間の超越、
ユートピア伝説、
永劫回帰を描く
幻想小説」



カバー裏文:

「東洋文化を研究している〈私〉のもとに、ある日一人の使いがやってくる。ヨーガの秘法に習熟したホーニヒベルガー博士の伝記を執筆中に亡くなった夫の代わりに、その仕事を完成してほしいというゼルレンディ夫人の申し出に興味をもった〈私〉は、遺された日記から驚くべき事実を発見する。「セランポーレの夜」併録。」


目次:

ホーニヒベルガー博士の秘密 (住谷春也 訳)
セランポーレの夜 (直野敦 訳)

解説 (直野敦)




◆本書より◆


「ホーニヒベルガー博士の秘密」より:

「私も富豪や学者の書庫をずいぶん見てきたが、このS通りの家の書庫ほど心を奪われたものはなかった。がっしりした樫板の扉が開いた時、私は敷居の上で凝然と立ちすくんだ……。それは前世紀に建てられた大富豪の館にもめったにないような大きな一室である。広い窓が裏庭に面している。カーテンがわずかに開かれていて、秋の夕暮の澄んだ光がさしこみ、ほとんど書物でうずまった、天井の高いこの広間にいっそう厳粛な趣きを添えている。書庫のかなりの部分は木造の書棚で囲まれていた。ざっと三万冊は越える本の大部分は革で装幀されており、医学・歴史・宗教・旅行・神秘学・インド学など、文化のさまざまな領域にわたっている。(中略)私は、個人の蔵書のなかでこれほど大量な貴重な本を見たことはめったにない。この多数の書棚の前で午後いっぱいを過ごしたのち、ようやく、これがどれほどすばらしい宝庫であるかということが、本当によく判ったのである。マルコ・ポーロとタヴェルニエから、ピエール・ロチとジャコリオに至る数百冊のインド旅行記がある。そう思わなければ、たとえばルイ・ジャコリオのたぐいのいかさま作家の本があることの説明がつかない。それから、『ジュルナル・アジアティック』とロンドンの『王立アジア協会ジャーナル』の全号揃いがある。たくさんの学会の紀要や、インドの言語、文学、宗教に関する数百の学者の記録については、今さら言うまでもない。ペテルスブルグ版の大きな辞書から、カルカッタやベナレスで発行されたサンスクリット語テキストに至るまで、インド学の領域で前世紀に出た重要な出版物のすべて。なかでも私は大量のサンスクリット語テキストに驚嘆した。」
「一見しただけで、ゼルレンディ博士のオカルト文献の収集は、最初から巧みに行なわれたことが判る。例の通俗出版物、特に前世紀末にフランスの出版社が市場に氾濫させたたぐいの本はここには、なかった。大部分凡庸かつ曖昧な神智学の本もほとんどない。その関係ではリードビーターとアニー・ベザントの本が数点と、ブラヴァツキー夫人の全集があったばかりであり、それは、のちに確認したのだが、ゼルレンディ博士が特別入念に読んだものだ。それに引きかえ、ファーブル・ドリヴェとルドルフ・シュタイナーや、スタニスラス・ド・ガイタとハルトマンを初めとして、書庫は、オカルティズムと錬金術と伝統的神智学の古典的著作で充満していた。スウェーデンボルグ、パラケルスス、コルネリウス・アグリッパ、ベーメ、デラ・リヴィエーラ、パーネティらの古い版に並んで、ピタゴラスの著とされている諸作品や、秘教のテキストや、著名な錬金術師の著作が、サルモンとマンジェの昔の版もあれば、ベルトロの新版もある。骨相学や占星術や手相学の忘れられた本も揃っている。
 その後、これらの書棚を心ゆくまで調べた際に、私は飛び切りの稀覯本を発見した。たとえば、アルノー・ド・ヴィルヌーヴの『デ・アクワエ・ヴィタエ・シンプリチ・エト・コンポシト』とか、キリスト教の外典類、一例をあげれば、ストリンドベリが長いあいだ尋ねまわったあの『アダムとイヴ』などである。ゼルレンディ博士は堅固な構想と的確な目標のもとにこの充実したオカルト文献収集を行なったと言えよう。(中略)神秘学の伝統の中に巧みに隠されて保持されてきた真理を博士自身が悟得しようと望んでいたことを、これらの書物が証明しているのである。そうでない限り、アグリッパ・フォン・ネッテスハイムとか『ビブリオテカ・ケミカ・クリオーサ』を読む意味はなかろう。
 そうして正にオカルティズムに対するゼルレンディ博士のこの熾烈な関心、加うるにインド哲学とりわけインドの秘儀学派に対するその情熱こそ、私の好奇心を極度に刺激したのであった。」
「「おそらく、オカルティズムの本を読むだけだったのではありますまい」と私は言った。
 「博士はきっと何か実践を試みたはずです」」

「「父は文字通り消えたというのが本当です。しかも、上着を一着も持たず、帽子もかぶらず、お金は全部机の抽出に置いたまま、消えたのです。なんの書類も持たず、旅券も取らず、母にもお友だちにもなんの書き置きもしていません。事情を知っている者にこの失踪がどんなに不思議に思われたことか、とてもお判りになりますまい。父は何年か前から苦行僧のようなかなり変った生活を送っていました。だれにも会いませんでした。昼も夜もこの書庫か自分の寝室で過ごし、寝室の藁布団も枕もない木のベッドでは二時間休むだけでした。身に着ける物はごく簡素で、白いズボンとサンダルとリネンのシャツ一枚です。これが家にいる時の服装でした。それも夏冬通して。そうして、表へ出られるはずもないこの服装のまま、消えたのです。」」

「このページを読みながら、私の胸はどれほど痛んだことか。夜半、シャンバラとアガルタという二つの名を目にして、どれほどの思いがこみあげたことか。私もまた、かつて、不退転の決意を秘めてその見えない地の探索に向かったのであった。(中略)隠者に会っては、シャンバラの話を聞いたことはないか、その秘密に通じた人を知らないかと尋ねてまわった。(中略)――ことによれば、私のもとにもそこから啓示が届いたかもしれなかったのだ。そうして多年の試練と訓練の果てに、見えざる地への道を見出すに至ったかもしれなかったのだ。しかし、結局は到達できぬままに、生涯憂愁のうちに思い続けるのが私の運命であった……。
 途中から引き返した者が、あとでその道でよかったのだと他人に知らされたときの後悔はいっそうはなはだしい。ゼルレンディ博士の証言は私の推測をいよいよ強く裏づける。というのは、その後の経過は、ひたすらシャンバラを探究すればそうなるにちがいないと私が想像していたとおりになっていったのである。《私はホーニヒベルガーが分け入った見えざる地のイメージをいつも生き生きと頭に浮かべていた。事実私はその地が俗人の眼に見えないだけだということを知っていた。はっきり言えばそれは地理的には近づけない国であり、あらかじめ苛酷な精神的訓練を経なければ知ることはできないのである。シャンバラがほかの人びとの目に見えないのは、高山とか深淵とかの自然の要害にさえぎられているからではなく、世俗的な空間とは質的に異なる空間に属することによると私は想像していた。初めのころのヨーガ実践でこの考えは証明された。俗人の体験する空間と、それとは別の人間的認識の空間とがどれほど異なるかを私は知ったのである。こうした経験のかずかずをこのノートに詳しく書き始めたのだが、まもなく、それは記述し難いものであることに気がついた。同じ体験を持つ人には判るだろう。それにもかかわらずこのメモを続けるのは、今日では信じる者とてない太古の真理を時どきは立証しておく必要があるからだ。(中略)》」
「《一番難しいこと、さらに言えば今日西洋では得られないもの、それは非人格的意識である。最近の数世紀に至ってなおこのような意識を実現できたのは数人の神秘家だけであった。(中略)》」
「《今私はシャンバラへの道を知っている。どうすれば行き着けるか判っている。もう少し言えば、ごく最近わが大陸から三人の人間がそこへ到達した。それぞれはひとりで出発し、そうしてそれぞれ独自の手段でシャンバラへ達した。(中略)こうしたことを私はかずかずの長いトランス状態のなかで知った。そのなかで私は壮麗をきわめるシャンバラを見る。雪を載く山々のあいだの緑の仙境を、異形の家々を、ほとんど言葉を交わさずによく理解し合っている不老の人びとを見る。ほかのすべての人のために祈り考えているこの人びとがもし存在しなかったら、ルネサンスこのかた近代世界が解き放った悪魔的諸力のために全大陸は崩壊しただろう。(中略)》」

「私はこういう異様な出来事について聞いたことがある。オカルト的な諸力を支配しようと努める者が、ある時点で正気と十全な意志を保持しきれなくなったとき、自己の瞑想そのものによって解き放たれた魔力の犠牲となるという。ハルドワルで聞いたのだが、ヨーガ行者にとって、最大の困難が待ちかまえているのは、修行の初期ではなく、破壊的な力の統御に達する最終の仕上げ段階だということだった。そもそもさまざまな神話を見ると、もっとも低い深みへ〈転落〉した者は、まさに神の域にもっとも近く迫っていた者なのである。悪魔ルシファーの高慢もまた、みずからの修練の完成によって解放した暗い諸力の一形式であり、その力がやがて破滅をもたらすのである。」







































Mircea Eliade 『Occultism, Witchcraft, and Cultural Fashions』

「During their initiation, novices are considered dead and behave like ghosts.」
(Mircea Eliade)


Mircea Eliade
『Occultism, Witchcraft, and Cultural Fashions
Essays in Comparative Religions』


The University of Chicago Press, 1976, 6th printing 1982
x, 148pp, 20.3x13.3cm, paperback



ミルチャ・エリアーデの講演五篇と論文一篇を収録。エリアーデの英文はたいへんよみやすいです。邦訳は未来社から刊行されていますが(ミルチャ・エリアーデ 『オカルティズム・魔術・文化流行』 楠・池上 訳)、未見です。


eliade - occultism, withcraft, and cultural fashions


Contents:

Preface

1. Cultural Fashions and History of Religions
- The Artist's Unsuspected Mythologies
- "Totemic Banquets" and Fabulous Camels
- A Magazine Called Planète
- The Cultural Significance of Teilhard's Popularity
- The Vogue of Structuralism
A public lecture given at the University of Chicago in October 1965 and published in The History of Religions: Essays on the Problem of Understanding, edited by Joseph M. Kitagawa, University of Chicago Press, 1967, pp. 20-38

2. The World, the City, the House
- Living in One's Own World
- The Cosmogonic Model of City-Building
- The House at the Center of the World
- Israel, the Sacred Land
- Cosmic Religions and Biblical Faiths
A public Lecture given at Loyola University, Chicago in February 1970

3. Mythologies of Death: An Introduction
- Myth on the Origin of Death
- Cosmological Symbolism of Funerary Rites
- A Ritual and Ecstatic Anticipation of Death
- The Paradoxical Multilocation of the Departed Soul
- Mythic Funerary Geographies
- Death as Coincidentia Oppositorum
A publuc lecture given at the annual Congress of the American Academy of Religion, Chicago, November 1973

4. The Occult and the Modern World
- Nineteenth-Century French Writers and Their Interest in the Occult
- Esoteric Doctrines and Contemporary Scholarship
- The Most Recent "Occult Explosion"
- The Hope for Renovatio
- Another Look at Esotericism: René Guénon
A paper delivered at the twenty-first annual Freud Memorial Lecture, held in Philadelphia on 24 May 1974 and published in the Journal of the Philadelphia Association for Psychoanalysis 1, no. 3 (September 1974): 195-213

5. Some Observations on European Witchcraft
- The Historiography of Witchcraft and History of Religions
- The Case of the Benandanti
- Romanian Prallels: The Strigoi and the "Troop of Diana"
- The Calusari - Cathartic Dancers
- The Merging of the Opposites: Santoaderi and Zine
- Lucerna Extincta
- Ritual Orgies and the Nostalgia for the "Beginnings"
This paper was first presented as the John Nuveen Lecture, given in May 1974 at the University of Chicago. A revised and expanded version was published in History of Religions 14 (1975): 149-72

6. Spirit, Light, and Seed
- Antarjyotih and the Solar Seed
- Light and Semen in Tantrism
- "Kundagolaka": The Play and the Fool
- The Joyful Paradox
- Xvarenah and the Seminal Fluid
- Manichaeism: The Imprisoned Light
- The Phibionites: Sanctification through Semen
- A Morphology of Photisms
- A South American Example: "Sun-Father," Photic-Sexual Symbolism, and Hallucinatory Visions
This paper was first published in History of Religions 11, no. 1 (August 1971): 1-30

Notes
Index



「Cultural Fashions and History of Religions」では、同時代の文化的流行(cultural fashions)の理解に宗教史学者(historian of religions)がどのように貢献できるかを具体的に論じています。「たとえば、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』とオーストリアのトーテム英雄型神話の間の驚くべき構造的類似に気づくのはおそらく宗教史学者だけであろう」。それはジョイス個人の問題ではなく、ヘーゲル的歴史主義の支配のもとに「歴史」的存在であることを強いられてきたヨーロッパ人が、歴史的時間の重荷からの解放を求めて(ジョイスは「歴史は悪夢であり、われわれはその悪夢から目ざめようとしているのだ」と書いています)、神話的思考を再発見しつつあるということです。エリアーデは、当時のパリにおける楽天的オカルティズム、ティヤール・ド・シャルダンの科学=宗教的著作、レヴィ=ストロースの構造主義、などの流行の根底には「実存主義に対する強い反発(drastic reaction against existentialism)、歴史への無関心(indifference to history)、身体性の称揚(exaltation of physical nature)」があるとし、そうした反歴史主義(antihistoricism)は「歴史そのものの廃棄というよりは、近年の歴史主義者のうちにみられるペシミズムやニヒリズムに対するプロテスト」であり、エリアーデはそこに「大歴史(macrohistory)」(宇宙的歴史)への郷愁(ノスタルジア)を見て取っています。

「The World, the City, the House」は、「聖と俗」「中心のシンボリズム」についての講演ですが、冒頭に歴史家 Theodore Mommsen 教授の興味深い逸話が紹介されています。ソクラテスの時代のアテネの地理を詳細に説明することができた Mommsen 教授は、自らの住居があるベルリンでは道に迷ってしまうので、付き添い人がいなければ家に帰ることすらできなかった、というものです。教授にとっての「リアルな」世界、彼にとって意義ある唯一の世界は古代ギリシア・ローマ世界だったので、そこでこそ彼は生きて動き回り、創造的になることができたのです。というわけで、実際のところ、教授は二つの世界に住んでいたといえます。すなわち、秩序ある「聖なる」(sacred)世界――彼はそれを理解するのに生涯を捧げた――と、日常的な「俗なる」(profane)世界――ハイデッガーふうにいえば彼がそこに「投げ出されてある」(thrown)ところの〈現代〉のベルリンであり、彼にとっては非本質的な、無意味で混沌とした(chaotic)世界――です。「人は“カオス(混沌)”に生きることはできない」(one cannot live in a "chaos.")。そして「家」は「聖なる空間」であり、「世界の中心」です。家にひきこもってオンラインゲーム(ネトゲ)の世界の地理に精通する人々こそ、現代における「聖者(saint)」であるといっても過言ではないのではないでしょうか。彼らこそ現代の「ベナンダンティ」なのではないでしょうか。

「Mythologies of Death: An Introduction」では、死の起源の説明神話が考察されています。原初的社会(archaic society)では「死」は「第二の生誕」(a second birth)と見なされており、それは新しい「生」のあり方(a new mode of being)へのイニシエーションである、という、「死」の創造的(creative)な理解がなされていました。すなわち、「相反するものの一致」(coincidentia oppositorum)としての「死」です。

「The Occult and the Modern World」では、現代の文学、学問、ポップ・カルチャーにおけるオカルティズム(魔術、ヘルメス学)の興隆に、「世界の刷新」(renovatio)への希求を見出しています。

「Some Observations on European Witchcraft」――19世紀の合理主義的リベラリズムは、「魔術」は異端審問がでっちあげたものであって、「魔女」など存在しなかったのだと考えましたが、マーガレット・マレー(Margaret Murray)はベストセラーとなった(学問的には誤謬の多い本だったようですが)『The Witch-Cult in Western Europe』(1921年)で、異端審問官によって悪魔礼拝(adoration of Satan)とみなされたキリスト教以前の豊饒儀礼(archaic fertility cult)の存在を主張しました。エリアーデはそのような古い豊饒儀礼が審問の過程でどのように悪魔礼拝と同一化されていったのかを、カルロ・ギンズブルクの『ベナンダンティ』に依拠しつつ辿っています。
「重要なのは、それがたとえ想像上のものであったとしても、魔女の宴(the witches' orgies)は、社会的/神学的な制度を危機に陥らせ得るということだ。(中略)典型的なキリスト教徒とは違った存在の仕方へのノスタルジア/希求が、魔女の宴によって解放されたのである。人々を魔女になるべく駆り立てたものは、たんなる性的欲望などではない。それは性的禁忌を破って「悪魔的な(demonic)」宴(orgies)に参加することによって、自らの現状を変えることができるかもしれないという、漠然とした希望であった。」

そして最後の論文「Spirit, Light and Seed」では、宇宙の創造的な力としての霊、光、種子(精液)について論じています。






























『エリアーデ著作集 第三巻 聖なる空間と時間 ― 宗教学概論 3』 (久米博 訳)

「近代人にとって、真に「歴史的」とみえるもの、すなわち、唯一独自で不可逆的なものはすべて、未開人からみると、神話=歴史的前例をもたないゆえに、重要ならざるものとされるのである。」
(ミルチャ・エリアーデ 『宗教学概論』 より)


ミルチャ・エリアーデ
『エリアーデ著作集 第三巻 
聖なる空間と時間 ― 宗教学概論 3』 
久米博 訳


せりか書房 1985年5月10日第3刷発行
228p 索引xv 四六判 丸背紙装上製本 
本体ビニールカバー 函 定価2,500円
監修: 堀一郎
装幀: 山崎晨
Mircea Eliade : Traité d'Histoire des Religions, 1949/1964



エリアーデの主著『宗教学概論』邦訳第三巻。
本書には初版刊行年月日の記載はありません。「訳者あとがき」執筆の日付は「一九七四年九月」になっています。


聖なる空間と時間


目次:

第九章 農耕と豊饒の儀礼
 125 農耕儀礼
 126 女性、性、農耕
 127 農耕の供物
 128 収穫の「力」
 129 神話的擬人化
 130 人身供犠
 131 アズテック人とコンド族における人身供犠
 132 供犠と再生
 133 収穫終了儀礼
 134 死者と種子
 135 農耕と葬礼の神々
 136 性と農耕的豊饒
 137 オルギーの儀礼的機能
 138 オルギーと再合一
 139 農耕神秘学と救済論

第十章 聖なる空間――寺院、宮殿 「世界の中心」
 140 ヒエロファニーとくりかえし
 141 空間の聖別
 142 聖なる空間の「建造」
 143 「世界の中心」
 144 宇宙的範型と建造儀礼
 145 「中心」のシンボリズム
 146 「楽園へのノスタルジー」

第十一章 聖なる時間と永遠再始の神話
 147 時間の不均質性
 148 ヒエロファニー的時間の連繋と連続
 149 周期性――永遠の現在
 150 神話的時間の回復
 151 周期的でないくりかえし
 152 時間の再生
 153 宇宙創成の年ごとのくりかえし
 154 宇宙創成の偶然的くりかえし
 155 全面的再生

第十二章 神話の形態と機能
 156 宇宙創成神話――範型神話
 157 宇宙創成の卵
 158 神話が啓示するもの
 159 「反対の一致」――神話的範型
 160 両性具有神の神話
 161 両性具有人間の神話
 162 更新、建造、加入儀礼などの神話
 163 神話の構造――ヴァルナとヴリトラ
 164 神話――「模範的歴史」
 165 神話の堕落

第十三章 象徴の構造
 166 象徴としての石
 167 象徴の堕落
 168 幼稚化
 169 象徴とヒエロファニー
 170 象徴の首尾一貫性
 171 象徴の機能
 172 象徴の論理

結論

参考文献
訳者あとがき
索引




◆本書より◆


「農耕と豊饒の儀礼」より:

「しかし農耕に関する人身供犠のもっとも有名な例は、ベンガル州のドラヴィダ種族の一つ、コンド族が十九世紀の半ばまでおこなっていたものである。犠牲は大地の女神タリ・ペンヌ Tari Pennu またはベラ・ペンヌ Bera Pennu にささげられ、メリアー Meriah と呼ばれるその犠牲者は、親から買いとられるか、かれら自身がかつて犠牲者となったことのある良心から生れたか、のいずれかであった。供犠は定期的な祭の際か、異常なる事態の際におこなわれたが、犠牲者は常に志願者であった。しかもメリアーたちは、聖別された人とみなされて、長い年月を幸福に暮す。かれらは他の「犠牲者」と結婚し、持参金として、いくらかの土地を貰うのであった。供犠の十日か十二日前に、犠牲者の髪の毛を切る。供犠の儀式には多くの人びとが参加する。なぜなら、コンド族の信仰においては、犠牲は人類同胞のためにささげられるのであるから。次に、表現を絶したオルギーがはじまる――これこそ、次にみるように、農耕や大自然の豊饒と関連した多くの祭礼にみられる特徴なのである。それから行列をつくって、メリアーを村から供犠の場所までつれていく。その場所は、ふつう、千古斧を入れたことのない森である。そこでメリアーは聖別され、溶かしたバターときょうおうを塗られ、花を飾られ、神と同じさまになる。そのため群衆はこのメリアーのまわりにひしめきあい、かれに触ろうとし、人びとがかれにささげる尊敬は、崇拝というにひとしい。群衆は音楽にあわせて、犠牲者のまわりで踊り、地面にむかって、次のように叫ぶ。「ああ神よ、われらはこの犠牲をささげまつる。なにとぞわれらに、よき収穫、よき天候、よき健康を与えたまえ!」。それから犠牲者にむかってこういう。「われらはあなたを購いとったので、むりやりさらってきたのではない。習わしに従い、われらはあなたを犠牲にささげる。どうかわれらには何の罪もふりかからないように!」。オルギーはその夜は中止され、翌朝再開されると、正午まで続き、正午になると、全員がメリアーのまわりに再び集って、供犠に列する。犠牲者を殺す仕方はいくつかある。犠牲者は阿片を飲まされてから縛られ、骨を砕かれるか、首を絞められるか、ばらばらに切断されるか、大火鉢の上でじわじわと火に焙って殺されるか、などした。重要なことは、参加者全員が、また代表者をこの祭礼に送ったすべての村々が、犠牲の屍体の肉片を受けとったことである。祭司は慎重に肉片を分配し、それは村々に急いで送られて、儀式とともに畑に埋葬される。残りの屍体、特に頭や骨は火葬に付され、その灰は、やはり豊作を願って、土の上にまかれる。イギリス当局が人身供犠を禁止したとき、コンド族はメリアーを、動物(牡山羊や水牛)にかえたのであった。」


「聖なる時間と永遠再始の神話」より:

「未開人の心性からすると、古い時間は俗的時間から成り、その俗的時間において、重要でない出来事が、つまり祖型的な範例をもたない出来事が継起している。「歴史」とはこのような出来事の記憶であり、結局は、無価値なもの、あるいは「罪」とさえ呼ばねばならないもの(それらの出来事が祖型的な規範から外れる限りにおいて)の記憶である。逆に、未開人にとって真の歴史とは、すでにみたように、神話=歴史であり、歴史とは神話時代に、かのはじめの時に、神々、祖先、文化英雄などによって啓示された祖型的な行為のくりかえしだけを記録したものである。未開人の考えからすると、祖型のくりかえしはすべて、俗的時間の外で生起する。その結果、一方では、この種の行動は「罪」とはなり得ず、つまり、規範から外れることはあり得ず、他方では、この行動は周期的に廃棄される時間、つまり「古い時間」とは何の関係もない。魔神や精霊の駆除、罪の告白、浄罪、とりわけ原初のカオスへの象徴的回帰、といったすべては、俗的時間の廃棄を意味する。すなわち、そこにおいて一方では意味をもたない出来事が生起し、他方では規範からのずれが実現する古い時間の廃棄である。
そこで年に一度は、古い時間、過去、範型をもたぬ出来事の記憶(要するに語の現代的な意味での「歴史」)は廃棄されるのである。古い世界の象徴的廃止に続く、宇宙創成の象徴的なくりかえしは、時間を全体的に再生させる。なぜなら、聖なる時間「永遠的瞬間」を俗的時間に挿入するための祭だけが問題ではないからである。その上にめざしているものは、すでに述べられたように、閉じたサイクルの枠内で流れる俗的時間全体を廃してしまうことである。新しい創造の中で新しい生を再開したいという渇望――歳末と新年の儀礼にはすべて、はっきりと表明されている渇望――の中に、無歴史的な生をはじめたい、つまり聖なる時間の中にのみ生きたい、という逆説的な願望もまた入りこんでいる。これは結局、時間全体の再生を、時間を「永遠」に変えることを、企てることにほかならない。」



「神話の形態と機能」より:

「ソシエテ群島の宇宙創成神話によると、「すべての神々の祖先」にして宇宙の創造者であるタアロア Ta'aroa は、「永遠の昔から真暗闇の中で、殻にとじこもっていた。その殻は果しない空間をころがっている卵のようであった」。宇宙創成の卵というモチーフが共通にみられるのは、古代インド、インドネシア、イラン、ギリシァ、フェニキア、ラトヴィア、エストニア、フィンランド、西アフリカのパングウェ族、中央アメリカ、それに南アメリカの西海岸などである。この神話が伝播していく起点は、おそらくインドかインドネシアに求むべきだろう。とりわけわれわれにとって重要なのは、宇宙創成の卵の神話的、または儀礼的な類似物である。たとえばオセアニアでは、人間は卵から生れたと信じられている。換言すると、そこでは宇宙創成が、人間発生の範型となっているのであり、人間の創造は、宇宙の創造を模倣し、くりかえすのである。」

「ボイオティアの墓で発見されたディオニュソス像は、いずれも、手に卵をもっているが、この卵は生への回帰のしるしである。これによってオルフェウス派が卵を食べるのを禁止するわけが説明される。オルフェウス派の神秘主義は何よりもまず、無限に続く再受肉の循環回路から脱け出すこと、換言すれば、周期的な生への回帰を廃絶することを求めたのであった。」




こちらもご参照下さい:
『エリアーデ著作集 第一巻 太陽と天空神 ― 宗教学概論 1』 (久米博 訳)
『エリアーデ著作集 第二巻 豊饒と再生 ― 宗教学概論2』 (久米博 訳)












































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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