『タキトゥス ゲルマーニア』 泉井久之助 訳註 (岩波文庫)

『タキトゥス 
ゲルマーニア』 
泉井久之助 訳註
 
岩波文庫 青/33-408-1 

岩波書店
1979年4月16日 改訳第1刷発行
1993年7月5日 第19刷発行
259p 索引12p
文庫判 並装 カバー
定価520円(本体505円)



CORNELII TACITI: DE GERMANIA LIBER
地図1点。


タキトゥス ゲルマーニア


カバー文:

「民族大移動以前の古代ゲルマン民族について誌された最古の記録。古代ローマの歴史家タキトゥス(55頃-120?)は、開化爛熟のはてに頽廃しつつある帝政ローマ対照させながら、いま勃興し、帝国の北辺をおびやかす若い民族の質朴勇健な姿を描きだす。簡潔な筆致のなかに警世の気概があふれる。積年の研究成果を盛った訳書。」


目次:

訳者序
紀元一世紀ゲルマーニア民族地図

第一部 ゲルマーニアの土地・習俗
 一 ゲルマーニアの境域
 二 ゲルマーニアの太古
 三 ゲルマーニアにおけるヘルクレースとウリクセース
 四 ゲルマーニーの体質
 五 ゲルマーニアの地貌・経済
 六 ゲルマーニアの武備・兵制
 七 統帥と戦争
 八 婦人の地位
 九 ゲルマーニアの神々
 一〇 神意の推知
 一一 会議(民会)
 一二 司法
 一三 武装と扈従
 一四 戦時と扈従
 一五 平時の生活
 一六 住地と住居
 一七 服装
 一八 婚嫁
 一九 婦人の生活
 二〇 哺育・眷族・相続
 二一 反目と友交
 二二 日常生活・宴席と談合
 二三 飲料・食料
 二四 社交・遊楽
 二五 奴隷
 二六 金融・農耕
 二七 送葬
第二部 ゲルマーニアの諸族
 二八 ゲルマーニアにおける異部族とレーヌス左岸のゲルマーニー
 二九 ローマに服属するゲルマーニー、十分の一税の土地
 三〇 カッティー
 三一 カッティーの気質
 三二 ウースィピー、テンクテリー
 三三 ブルクテリー、カマーウィー、アングリワリイー
 三四 ドゥルグブニイー、カスアーリイー、フリースィイー
 三五 カウキー
 三六 ケルスキー
 三七 キンブリー
 三八 スエービー
 三九 セムノーネース
 四〇 ランゴバルディーおよびネルトゥス諸族
 四一 ヘルムンドゥーリー
 四二 ナリスティー、マルコマンニー、クァディー
 四三 東方スエービー諸族
 四四 北東スエービー諸族――スイーオネース
 四五 北の海(東海)、アエスティイー、琥珀、スィトネース
 四六 その他東方の諸族

タキトゥスと『ゲルマーニア』 (泉井久之助)
索引




◆本書より◆


「四五 北の海(東海)、アエスティイー、琥珀、スィトネース」より:

「スイーオナエ(スイーオネース)の向う(東と北)に、〔氷のために〕淀んで、ほとんど動かない(または船を動かしがたい)他の海がある。全世界の周囲は、その海の包むところと信じられるのは、すでに没しつつある太陽の最後の光輝が、星の光を鈍らすばかり煌々(こうこう)と、日の出ののちまで打ちつづくがためである。のみならず、水中から登る太陽の〔高熱のために水の沸き返る〕音が聞こえ、〔その神車を索く〕馬たちの姿や〔太陽神の〕頭光がみとめられることも、まことらしく、つけ加えられている。たとえ話はそこまでとしても、噂は真実であって、万界(natura)は要するにここが終端である。
 さて、スエービア海の右岸(東岸)には波に洗われつつ、アエスティイーの諸族がいる。スエービーの祭祀、服装を有し、ことばはブリタンニア(ブリテン)のそれに近い。彼らは神々の母〔なる女〕神を尊信し、信仰の徴(しるし)として野猪の形を身に着ける。この徴(しるし)が武器、およびその他のあらゆる防護の手段に代って、その身、たとえ敵中にありといえども、なお女神の帰依者をして安全たらしめる。刀剣の使用は稀に、多きは棍棒の揮用(きよう)である。彼らは穀物その他の作物を、ゲルマーニア族一般の習いたる怠惰の割には、念を入れて耕作するのみならず、しかもすべての者のうち唯ひとり、海を探り、浅瀬の間、または単に海岸においてさえ、彼ら自身がグレースム(グラエスム)と称する琥珀を採集する。いかなる自然、いかなる理由がこれを生んだかは、さすがに野蛮な彼らの、考究し理解するところではないのみか、われわれ(ローマ)の奢侈が、その名をして著われしめるに至るまで、永いあいだ、海から打ち上げられ〔て顧みられない〕異物にまじって無用に横たわるままであった。彼ら自身には少しも用がなく、ただ生(き)のままを取り集めて不恰好なまま売り渡し、怪しみつつ値(あたい)を受け取るばかり。しかしそれが樹液にすぎないことを諸君はよく知ってもらいたい。地上を匍うある種の動物のみならず、翅のある虫さえ、透きとおって見えることがよくあるからであって、これらは液のなかに巻き込まれたのが、やがてその物質の凝固とともに包み込まれたのである。ゆえにわたくしは、乳香や香膏の滴り落ちる東方幽奥の地におけるがごとく、西方(北ヨーロッパ)島々、土地土地にも、意外に豊饒な森や林がやはり存在するのを信じたく思う。そこでは近づく夏の太陽の光によって惹(ひ)き出された液体(樹液)が、傍(かたわら)の海に沈み、風波の力によって反対の岸に打ち寄せられるのである。もし火を近づけて琥珀の性質を検するならば、松明(たいまつ)のごとく火を引き、色の濃い、匂いのきつい焰をあげ、やがて瀝青や樹脂のごとくに粘る。
 スイーオネースにスィトネースの諸族がつづく。他の点では相似ているが、ただ一つ、女の支配(女の王)を受けている点において前者に異なる。」



































































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カエサル 『ガリア戦記』 近山金次 訳 (岩波文庫)

カエサル 
『ガリア戦記』 
近山金次 訳
 
岩波文庫 青/33-407-1 

岩波書店
1942年2月5日 第1刷発行
1964年5月16日 第4刷改版発行
1987年5月15日 第30刷発行
320p
文庫判 並装 カバー
定価550円



COMMENTARII DE BELLO GALLICO
附図8点。


カエサル ガリア戦記


カバー文:

「カエサル(前102頃-前44)の率いるローマ軍のガリア(今のフランス)遠征の記録。現地から彼が送る戦闘の記録はローマ全市を熱狂のるつぼに化したという。7年にわたる激闘を描いたこの書物こそ、文筆家カエサルの名を不朽にし、モンテーニュをして「最も明晰な、最も雄弁な、最も真摯な歴史家」と賞讃せしめたものである。」


目次:

解説

第一巻(紀元前五八年)
 第一―二九節 ヘルウェティー族との戦争
  一 ガリア概観
  二―一五 ヘルウェティー族の移動
  一六-二〇 ガリアの内訌
  二一―二九 ヘルウェティー族との決戦
 第三〇―五四節 ゲルマーニー人との戦争
  三〇―三八 カエサルの対策
  三九―四一 ローマ陣中の恐慌
  四二―五四 ゲルマーニー人との決戦
第二巻(紀元前五七年)
 第一―三三節 ベルガエ人との戦争
  一―一五 ベルガエ人の策動とアクソナ河の交戦
  一六―二八 ネルウィー族との決戦
  二九―三三 アトゥアートゥキー族の滅亡
 第三四―三五節 海辺諸族の服属
第三巻(紀元前五七―五六年)
 第一―六節 アルペース諸族の討伐
 第七―一九節 海辺諸族との戦争
  七―八 海辺諸族の策動
  九―一九 ウェネティー族との海戦
 第二〇―二七節 アクィーターニー人との戦争
 第二八―二九節 北方諸族の討伐
  二八 モリニー族とメナビー族の抵抗
  二九 討伐の中止
第四巻(紀元前五五年)
 第一―一九節 ゲルマーニー人との戦争
  一―六 ゲルマーニー人の脅威とガリー人の気質
  七―一五 ゲルマーニー人との決戦
  一六―一九 ローマ軍のレーヌス渡河
 第二〇―三六節 ブリタンニー人との戦争
  二〇―二七 ローマ軍のブリタンニア上陸
  二八―三六 ブリタンニー人との決戦
 第三七―三八節 北方諸族の討伐
  三七 モリニー族の襲撃
  三八 メナピー族の逃亡
第五巻(紀元前五四年)
 第一―二三節 ブリタンニー人との戦争
  一―七 ローマ軍の遠征準備
  八―一四 ローマ軍の陣地とブリタンニアの事情
  一五―二三 ブリタンニー人との決戦
 第二四―五八節 北方諸族の謀叛
  二四―二五 冬営配置
  二六―三八 エブロネース族の乱
  三九―五三 ネルウィー族の乱
  五四―五八 トレーウェリー族の乱
第六巻(紀元前五三年)
 第一―一〇節 北方諸族の討伐
  一―八 北方諸族の謀叛と降服
  九―一〇 ローマ軍のレーヌス渡河
 第一一―二〇節 ガリアの事情
 第二一―二八節 ゲルマーニアの事情
 第二九―四四節 エブロネース族の乱
第七巻(紀元前五二年)
 第一―九〇節 ガリー人全部との戦争
  一―三一 全ガリアの策謀とアウァリクムの攻囲
  三二―五三 ハエドゥイー族の内訌とゲルゴウィアの戦闘
  五四―六二 カエサルの苦境とラビエーヌスの奮戦
  六三―九〇 全ガリアの謀叛とアレシアの決戦

地名人名索引




◆本書より◆


「第六巻」より:

「ヘルキニアの森はエラトステネースや若干のギリシア人に噂で知られ、オルキニアの森と呼ばれていた。」
「前述したヘルキニアの森の幅は、軽装のものでも九日間はかかるひろさがある。他には測りようがなく、道の測り方も知らない。その森はヘルウェティー族やネメーテース族やラウラキー族の国境にはじまり、ダーヌウィウス河に沿って真っ直ぐにダーキー族やアナルテース族の国境まで続いている。それから左へ、河流とは別の地方へ曲り、広大なので多くの部族の国境に接している。ゲルマーニアのこの地方の誰でも、六十日間の行程を経て森の端まで行ったものがないし、森がどこからはじまるのか聞いたものもない。森の中には確かにほかでは見ることのできない種類の野獣が多く棲息している。中でも他のものと全く異って記憶すべきものは次の如くである。」
「鹿の姿をした牛がいて、その両耳の間の額の中央から一本の角が、我等に知られている角などより高く真っ直ぐに生えている。その頂点は手か枝のように大きくひろがっている。雌雄の特徴は全く同じで、角の形も大きさも等しい。」
「またアルケースと呼ばれるものがいる。その姿は斑の皮は山羊と同じだが少し大きく、角は退化して、足には瘤も関節もない。横になって休むことがなく、たまたま打ち倒されたりすると、起きて立つこともできない。樹木を寝床とし、それに寄り懸ってほんの僅か凭れて休む。猟師はその足跡でそれがいつも立ちもどる場所を知ると、その場所の樹木をみんな根こぎにするか伐り込んで置き、しかも樹木の立っている姿はそのままに残して置く。獣がいつものようにこれに凭れかかると、その重さで不安定な樹木を倒し、獣も一緒に倒れてしまう。」
「第三の種類はウリーと呼ばれるものである。これはその大きさがやや象に劣り、牛のような姿と色と形をしている。その力も速さも大したものである。人間でも野獣でも姿を見れば容赦しない。人間は陥穽で盛んにこれを捕えて殺す。(中略)いちばん多く殺したものは証拠として角を皆に見せ、絶讃を浴びる。小さな頃につかまったものでも、人に手なずけられたり、かいならされたりしない。角の大きさや姿や形は我々の牛の角とは全く違う。人々は熱心にこれを求め、縁を銀で囲み、盛大な饗宴の盃に使う。」













































































































ボエティウス 『哲学の慰め』 畠中尚志 訳 (岩波文庫)

「この結論として、賢者の目には憎みといふものの存在する餘地が全然ないことになる。何故なら、善人を憎むことは、極めて愚かな者でなくては爲し得ないし、惡人を憎むことは何等理由のないことだからである。實際、虚弱が身體の病氣であるやうに、惡德は言はば心の病氣である。然るに我々の考へに依れば、身體を病む者は決して憎みに價ひせず、むしろ同情に價ひするのであるから、一切の病氣より尚恐ろしい邪惡といふものにまとひつかれてゐる精神の持主は、更に一層同情さるべきであつて、決して迫害せらるべきではないのである。」
(ボエティウス 『哲学の慰め』 より)


ボエティウス 
『哲学の慰め』 
畠中尚志 訳
 
岩波文庫 青/33-662-1 

岩波書店
1938年11月2日 第1刷発行
1984年11月7日 第16刷発行
260p
文庫判 並装 
定価400円



本書「凡例」より:

「本書はローマ末期の哲學者ボエティウス(Boethius)がパヴィアの牢獄に於て刑死を前にして書いた「哲學の慰めについて」(De consolatione philosophiae)の邦譯である。」
「譯出はロンドンのハイネマン社から出てゐる H. F. Stewart 及び E. K. Rand 編纂のラテン原文に依つた。」



旧字・旧仮名。


ボエティウス 哲学の慰め


帯文:

「叛逆罪に問われた著者が、処刑直前、自らの悲痛な体験を生かしながら、徳と善との境地を究明。古代哲学の倫理学的美しさを示す。」


目次:

凡例

第一部
第二部
第三部
第四部
第五部

譯者註
ボエティウス――生涯・業蹟・文獻




◆本書より◆


「第二部」より:

「然るにお前たちは、民衆の人氣と虚しい評判とを當てにしてでなくては正しい行ひをすることを知らない。そして、良心と德との卓越といふことを捨ておいて、只他人の饒舌の中に報酬を求める。まあ、聞くがよい、或人が、この種の輕薄な自惚を如何に愉快に翻弄したかを。この人は、眞の德の行使のためでなく尊大な名譽心のために哲學者といふ不當な名前を自らに付けたところの或男をば、輕蔑的言辭を以て攻撃し、そして、その男が眞の哲學者であるかどうかは今加へられた侮辱を靜かに、じつと堪へるか否かでわかるであらうと附言した。」
「だが、(中略)それらの德を通して名譽を求めてゐる人々が、最後に、死に依つて肉體を解消した後は、その名聲は彼等に對して何の、――敢て言ふ――何のかゝはりがあるであらうか。といふのは、若し人間が死に依つて完全に滅んで了ふもの(我々の説は之と反對だが)とすれば、名譽も亦全然無くなる筈である。その所有者といはれる人自體が全然存在しないのだから。又之に反して若し、自己を正しく意識する魂が、地上の牢獄から解放されて、自由に天へ志すものとすれば、その魂は、あらゆる地上的活動を輕蔑しつつ、天上的幸福感の中に、喜んでこの世から離れて行くのではないだらうか。」



「第三部」より:

「思ひを深く眞理探究に致す者は
また岐路に迷ふことを欲しない者は
心眼の光を自己自らの中に向けよ、
無駄な心の動きを圓環の中に抑制せよ、
外部から心を刺戟する一切のものを
奧深い心の寶庫の中に採り入れよ、
これまで誤謬の黑雲に覆はれてゐたものは
かくて日の御子より明るく輝くだらう。
暗い肉體の塊に閉ぢ込められながらも
精神の光りは全く消えたのではなかつた。
奧深くに眞理の種子がしかと殘つてゐて
それが學問の煽ぎに依つて活動し出す。
若し胸内(むなうち)に火種が保たれてゐなかつたなら
どうして汝等は物を正しく認識し得よう。
プラトンの教ふるところにして眞ならば
學ぶとは忘れたものを想起することである。」



「第四部」より:

「萬物の發生、可變的事物のあらゆる進展、及びすべての種類の運動は、その原因・秩序及び形相(forma)を神の精神の不易性から受取る。この精神は、自らの單一性の城壁の中に在つて、事物支配に對する多種多樣の樣式を設定した。この樣式が、神の叡智の純粹性それ自らに於て考へらるゝ時には攝理(providentia)と名づけられる。しかしこれが、神に動かされ且つ規定される諸物に關聯して考へられる時に、それは古人に依つて運命と呼ばれてゐる。この二つが異るものであることは、その各々の意義を熟慮してみれば容易に明かになるであらう。攝理とは、萬物の最高始源者の内に在つて一切物を規定するところの神的理性そのものである。然るに運命とは、可動的諸物に固着する規定であつて、この規定に依つて攝理は各々の事物に夫々の秩序を與へるのである。すなはち、攝理はありとあらゆる事物(それが如何に異つてゐようと又如何に數多くあらうと)を悉く一緒に包括する。然るに運命は個々物を夫々別々の場所・形相・時間に配置して分れ分れに運動せしめる。かくて、この時間的秩序の展開が神的精神の先見の中に合一されれば攝理であり、之に反して、その同じ合一が時間の中に分置され・展開されれば運命と名づけられるのである。この二つは異つたものであるとはいへ、一は他に依繋して存する。すなはち運命の秩序は攝理の單一性から出て來るのである。」
「例へばここに、同一中心を廻る數個の圓があるとするに、その最も内の圓は單一なる中心へ近く向つてをり、その外に在る他の諸圓にとつていはばその廻轉の中心をなす。しかし、大きな周圍を以て廻轉する最も外の圓は、かの單一な中心から遠く離れてゐるだけそれだけ廣い空間に擴がつてゐる。之に反してかの中心と結合し・連結する圓は單一點の方へ向はせられ、外部へ流出し・分散することをやめる。丁度これと同樣の關係に於て、最高精神から より遠ざかつてゐるものは運命の より大きな連鎖にまきこまれ、逆に萬物のあの中心に より近く向ふものは運命から より多く自由である。そしてあの高貴な精神の安定性に膠着して變動を免れた時に、それは運命の必然性をも超越する。故に個々の推論が知性一般に對し、生成するものが實在するものに對し、時間が永遠に對し、圓が中心に對する關係に於て、運命の可動的序列は攝理の不易的單一性に對するのである。」



































































































松平千秋 『ホメロスとヘロドトス ― ギリシア文学論考』

松平千秋 
『ホメロスとヘロドトス
― ギリシア文学論考』


筑摩書房 
1985年9月25日 第1刷発行
287p 目次3p 地図(折込)1葉
四六判 丸背クロス装上製本 機械函
定価3,600円



本書「あとがき」より:

「本書に収めた大小十五篇の論文は、最後の「『イーリアス』第二歌の研究」を除き、すべて既発表のものである。」
「執筆年次、発表機関の性格、それに予想される読者層などが、各篇についてそれぞれ違うために、本書全体としてはいろいろな面で不統一を免れなかった。」
「各篇ともその執筆以後に現われた文献に照らして、訂正、修正あるいは追加等をすべき点がいくつかあるのは当然であるけれども、(中略)私の基本的な立場は今も変っていない積りであるので、どの論文も発表当時の形のままで再録することにした。」



松平千秋 ホメロスとヘロドトス 01


帯文:

「古代ギリシア文学の精華 ホメロスからヘシオドス、ヘロドトス、アリストパネスなどの諸作品をめぐる明解・精緻な言語学・文献学的研究とエッセイを集成。」


帯背:

「古代文学の世界」


目次 (初出):


語り物としてのホメロス 
叙事詩『キュプリア』考 
ヘーシオドスの文体 
     *
アトッサの夢 
ヘロドトスにおけるクセルクセス像 
若き日のアリストパネース 
『イソップ伝』について 
古代ギリシア・ローマにおける女性の言語について


神話の運命
ギリシア悲劇の周辺
レオニダスとその妻
トロイア戦争雑感
プラトンの詩
『オデュッセイア』を訳しながら


『イーリアス』第二歌の研究

あとがき



松平千秋 ホメロスとヘロドトス 02



◆本書より◆


「神話の運命」より:

「衆知のごとく、パンドラ伝説の最初の文献はヘシオドスである。」
「パンドラ伝説は『仕事と日』にも『神統記』にも現われるが、その内容はコンテキストと共に少々異なっている。『神統記』ではイアペトスの子プロメテウスがゼウスを欺いたので、怒ったゼウスが火を隠して人間に与えまいとする。それを巧みにプロメテウスが盗むので、ゼウスはヘパイストスに命じて「美しき禍」なる女性を作らせ、これを人間界に降らせる。エピメテウスが、彼女を受け容れたために、ここに人類の不幸が始まるという物語である。『仕事と日』では、はじめ楽園に住んで何の苦悩も知らなかった人類が、いかにして痛苦にみちた生活に陥ったかを説く中に同じ説話が語られる。」
「違うのは、『神統記』では無名であったこの最初の女性にパンドラの名が与えられ、その命名の因縁まで加えられていることであり、更に決定的な相違点は『神統記』には、全くふれられていない、「甕」の物語がここには続いていることである。」
「『神統記』と『仕事と日』との相違の最も本質的な点は、パンドラという名前の有無もさることながら、前者では女性そのものが人類の不幸であることを意味するのに対して、『仕事と日』では、パンドラはむしろ甕の蓋を開いて、禍を世界にまきちらす手段として働かされ、人類の不幸の直接の原因とはされていない(中略)。
 そこで『仕事と日』のヴァージョンの方は、実は二つの独立の説話が融合されたものではないかという考え方が起ってくる。一つは『神統記』にある通りの、女性それ自体が人類の禍であるという思想に基く説話と、甕の中に封ぜられた悪が、誰かが好奇心によって蓋をとったために、世に拡がって、楽園が一変して苦の世界に堕したという、一種末世観的な色彩を帯びた説話とがそれである。」
「甕を開く説話が本来独立のものであったことの例証は、いくつか挙げられる。例えば『イリアス』の二四巻には、善と悪とをそれぞれ詰め込んだ二つの甕がゼウスの館にあったことが記されており、文献の時代はよほど降るけれども、甕の蓋をあけるのが女ではなくて男であったり、また甕の内容が悪ではなくて善であって、蓋をとったためにこれを失ったという風に説く物語も伝えられている。これを要するに、これらの物語の基本的な発想としては、甕の内容が善であるにせよ、悪であるにせよ、蓋をとったために、その内容を喪失したり、あるいは統御することができなくなる、ということである。
 従って甕を開く人物は、この説話に関する限りはむしろ副次的なもので、どのような人物でも大して差支えないということになろう。彼女自身人間の禍となるべく創造されたパンドラは、更にこの甕を開く役を与えられることによって、人類の苦悩のことごとくに責任を負わされたことになる。ギリシアのアンティフェミニズムの底の深さが知られるではないか。」
「パンドラの名の由来は、『仕事と日』によれば、「すべての神々がそれぞれ彼女に贈物をした」故にかく名附けられたという。あるいは「彼女がすべての神々から(人間へ)の贈物」であるから、ともその文意はとれるかも知れない。しかしギリシア語の造語法からいって、この解釈は少々無理であるように思われる。少なくともそれはこの合成語の素直な語原解釈ではなさそうである。むしろ語意は受動的よりも他動的で、「すべてを与える者」と解さるべきであろう。そこでパンドラの本体は、結局豊穣の女神の一形式であって、別にアネシドラの名で伝わる地下女神と同類であろうという推定が生まれる。
 アネシドラは明らかに「デメテルの賜、すなわち穀物を生育せしめる者」という意味であろうから、それからパンドラの名の由来も類推されるわけである。この説を裏づけるものに、オックスフォードのアシュモル博物館所蔵のいわゆる「パンドラの壺」がある。赤絵の美しい作りの壺で、その片面にパンドラ(その名が記されているので、誤解の余地はない)が地下から昇ってくるのを、男が受けとめようとしている図が描かれている。この解釈が正しいとすると、パンドラは天上からもたらされたのではなくて、地下から出現したものであり、またその甕の内容は悪でなくて善でなくてはなるまい。」













































































































『ヘロドトス 歴史 (下)』 松平千秋 訳 (岩波文庫)

「さてここで私としては、必ずや大多数の人々の不興を買うであろう見解をどうしても述べねばならない。そうと判っていても、それが真実を衝いていると私に思われる限りは、それを開陳することを差し控えることは私にはできないのである。」
(ヘロドトス 『歴史』 より)


『ヘロドトス 
歴史 (下)』 
松平千秋 訳
 
岩波文庫 青/33-405-3

岩波書店
1972年2月16日 第1刷発行
1991年7月5日 第23刷発行
390p 索引68p
文庫判 並装 カバー
定価720円(本体699円)
カバー: 矢崎芳則



上巻「はしがき」より:

「本書は(中略)ヘロドトス(前四八四ごろ―四三〇以後)の著作「歴史」の全訳である。」


本書「解説」より:

「本訳書は、筑摩書房の世界古典文学全集の第十巻として昭和四十二年に刊行された拙訳に基き、若干の修正加筆を行なって成ったものである。」


HISTORIAE Herodotus


ヘロドトス 歴史 下


カバーそで文:

「再度のギリシア侵入を企てギリシアにおしよせた新王クセルクセス率いる大遠征軍と、これを迎え撃つギリシア軍は激しい戦いを展開する。テルモピュライの戦い、サラミスの海戦など、のちの人々の語りぐさとなった両者攻防の激戦があますところなく語られる。」


目次:

巻七(ポリュムニアの巻)
 クセルクセスのギリシア遠征
  ダレイオス、遠征準備中に死す
  クセルクセスの遠征準備
   重臣会議――アルタバノスの諫止と夢見
   アトスにおける運河開鑿等のこと
  遠征軍の出発――発進よりサルディスを経てヘレスポントスに至る
  ヘレスポントス渡洋からドリスコスに至る――全軍の点呼――海陸両軍の部隊別記述
  クセルクセスとデマラトスの会話――トラキア、マケドニアを経てテルメに至る
  クセルクセス、ペネイオス河口を視察
  ギリシア側の抗戦準備
  クセルクセス軍、テッサリアを進撃
  テルモピュライの戦い

巻八(ウラニアの巻)
  アルテミシオンの海戦
  ペルシア陸上軍の進撃――アテナイ占領に至る
  サラミスの海戦
  クセルクセスの退却
 マルドニオスによるギリシア本土作戦
  ギリシア水軍の準備態勢――マルドニオスの対アテナイ交渉

巻九(カリオペの巻)
  マルドニオス、アッティカ侵入後ボイオティアに引き返す
  プラタイアの戦い
 ペルシア艦隊の全滅――イオニアの解放およびその後の事件
  ミュカレの戦い
  クセルクセスの邪恋
  ギリシア軍によるセストス攻略
  キュロスの訓戒

訳注
詳細目次(巻七―巻九)
解説
人名・地名索引




◆本書より◆


「巻九」より:

「さてサルディスに滞在中クセルクセスは、やはりこの地にいたマシステスの妻に恋慕した。クセルクセスはたびたび使いをやっては女に言い寄ったものの口説き落すことができず、弟のマシステスへの憚りから暴力に訴えることもしなかった。女の気持を支えていたのも同じ思いで、彼女は暴力を加えられぬことをよく承知していたのである。そこでクセルクセスはほかの手段に訴えることはやめ、自分の息子のダレイオスに、その女とマシステスの娘を嫁に迎えることにした。そうすることによって女を手に入れ易くなろうかと考えたのである。クセルクセスはその縁組をまとめて型どおりの手続きをすますと、スサへ引き上げていった。
 ところがスサへ着いてダレイオスのために先の娘を邸に迎えると、マシステスの妻に対する思慕の念は止み、こんどは一転してダレイオスの妻なるマシステスの娘に想いを寄せるようになり、遂にこの女を自分のものとしたのである。この女の名はアルタユンテといった。
 しかしやがてこのことは、次のようにして露顕することになった。クセルクセスの妻のアメストリスが、色とりどりの目も綾な、大きい見事な上衣を織ってクセルクセスに贈ったのである。喜んだクセルクセスはこれを身につけて、アルタユンテを訪れた。女の許でも大いに満悦したクセルクセスは、自分をたのしませてくれた礼をするから、なんなりと欲しいものをいえ、と女に促した。望むものはどんなものでも与えよう、といったのである。すると女は(中略)クセルクセスに「殿様は本当に私の欲しいと申し上げるものを下さいますか」といった。クセルクセスは女が自分の上衣を欲しがろうなどとは夢にも思わず、欲しいものは必ず与えると約束し、誓言までした。クセルクセスが誓言をすると、女はぬけぬけとその上衣を欲しいといったのである。クセルクセスはそれを与えずに済まそうと、あらゆる手立てを尽したが、その理由はほかでもなくアメストリスを怖れてのことで、すでに以前からこのことに深い疑惑を抱いている妻に、このようなことから不行跡の動かせぬ証拠を握られるのを気遣ったのである。そこで代りに町をやろう、黄金をいくらでも与えよう、また彼女以外の誰も指揮できぬ軍隊をもたせてやろう――軍隊を贈り物にするというのはペルシア独特の風習である――とさまざまにもちかけたが、女はどうしてもいうことをきかず、とうとうその上衣を与えた。女はその贈り物をもらって有頂天になり、いつもそれを身につけては自慢していた。
 やがてアメストリスはその上衣が女の手にあることを噂にきいた。しかし事の次第を察したアメストリスは、当の女には怨みを抱かず、その母親こそ元兇でありそのように事を運んだのも彼女であると思い、マシステスの妻の殺害を謀ったのである。彼女は夫クセルクセスが国王主催の宴会を催す時機を待ち構えていた。この宴会は年に一回、王の誕生日に催されるもので、この宴会のことをペルシア語でテュクタというが、これはギリシア語でいえば「完璧な(テレイオン)」という意味である。(中略)さてアメストリスはこの日を待ち構えていて、クセルクセスに対してマシステスの妻の身柄を自分に渡して欲しいと頼んだ。クセルクセスはしかし、弟の妻でもあり、またこの事件には何の罪もない女を妻の手に渡すのは、いかにも心外で許されぬ行為であると考えた。それというのも、彼は妻の要求の目的が何であるかを悟っていたからである。
 しかし結局アメストリスはあくまで要求して譲らず、その上ペルシアでは王主催の宴会の日には、要求した者にその望むものを与えぬことが許されぬという慣習があるために、止むなくクセルクセスは不承不承妻の要求を承諾し、女を渡すことにして次のような措置をとった。妻には好きなようにするがよいといい、一方弟を呼び寄せていうには、
 「マシステスよ、お前はダレイオスの子でわしの弟、その上まことに立派な人物でもある。さて現在お前が妻にしている女は離別せよ。現在の妻の代りにはわしの娘を与えるから、それをお前の妻にするのだ。お前の現在の妻をそのままに置くのは、どうもわしには良いと思われぬから、妻の座を去らせるがよい。」
 マシステスはこの言葉を聞いて大いに驚き、次のようにいった。
 「殿よ、なんとまた困ったことを私に申されますことか。妻は私に息子や娘を設け、その娘の一人は殿が御子息の嫁にと貰って下さったばかり、妻は私に気に入った女でありますものを、その妻を離別して御息女を娶れと仰せられますのか。王よ、私が御息女を賜わるに値する男と見込まれたことは、誠に名誉なこととは存じますが、お言い付けのことは二つともお断わりいたします。殿にはどうか決して、かような御要求を無理強いなさいませぬよう。御息女には私に劣らぬ別の婿殿が現われましょうから、私には現在の妻をそのままにしておかせて頂きたい。」
 マシステスがこのように答えると、クセルクセスは怒っていうには、
 「よしわかった、マシステスよ、ではこういうことにしてやろう。この上はもはや娘をお前にはやらぬ。またあの女とこれ以上一緒に暮させもせぬ。やろうというものを有難く受ける作法をお前に教えてやるためじゃ。」
 マシステスはこの言葉をきくと、
 「殿よ、私の命だけは残して下さったのですな。」
とだけいうと外へ出ていった。
 クセルクセスが弟と話している最中、アメストリスはクセルクセスの親衛兵を呼び寄せ、マシステスの妻に残虐を極めた暴行を加えた。両の乳房を切り取って犬に投げ与え、鼻、耳、唇も同様にし、さらに舌まで切り落して変り果てた姿になった彼女をその家へ送り届けたのである。
 マシステスはまだこのことを聞いていなかったが、なにか良からぬことが起りそうな予感がして、急いで家の中へ駈け込んだ。そして無残な姿にされた妻を見ると、すぐに子供たちと協議し、息子たちをはじめその他の家来を従えてバクトラに向ったが、これはバクトリア地区を叛かせ、王にできるだけ大きい被害を与えようとするためであった。思うに、もし彼が敵の機先を制してバクトリアおよびサカイ人の国に達していたならば、この計画は実現したであろう。彼はそれらの地方では人望があり、またバクトリアの総督でもあったからである。しかしクセルクセスはマシステスのこのような行動を聞き知ると、討伐の軍勢を彼に向け、途中でマシステス以下その息子たちおよびその軍勢をことごとく討ち果してしまった。
 クセルクセスの恋とマシステスの死についての経緯は以上のとおりである。」





こちらもご参照ください:

『ヘロドトス 歴史 (上)』 松平千秋 訳 (岩波文庫)























































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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