『世界の名著 続 2 プロティノス ポルピュリオス プロクロス』 (責任編集: 田中美知太郎)

「「あるがままの自己を意志すること」を抜きにして、彼を把握することはできない。彼は自己自身と和合していて、自己であることを意志し、自己が意志するものとして現にある。意志と自己とが一つなのである。」
(プロティノス 「一なる者の自由と意志について」 より)


『世界の名著 続 2 
プロティノス 
ポルピュリオス 
プロクロス』 

責任編集: 田中美知太郎

中央公論社 
昭和51年1月15日 初版印刷
昭和51年1月25日 初版発行
686p 
口絵(カラー/モノクロ)2葉
17.6×12.8cm 
丸背クロス装上製本 貼函
本体ビニールカバー
函プラカバー
定価1,800円
装幀: 中林洋子

付録 14 (12p):
神秘思想の源流(対談: 西谷啓治・田中美知太郎)/責任編集者・訳者紹介/次回(最終回)配本/写真図版(モノクロ)5点



本書「新プラトン主義の成立と展開」より:

「プロティノス、ポルピュリオス、プロクロス三人の哲学者の著書のうちから、適当と思われるものを選んで、ここに一書をあみ、いわゆる新プラトン派哲学の一斑を的確に知ってもらうよすがにもしたいというのが、わたしたち訳者の願いである。」
「本巻には、プロティノスの『エネアデス』全五十四篇のうちから、十一篇を選んで収録した。」



二段組。図版(モノクロ)。


プロティノス ポルピュリオス プロクロス 01


帯裏文:

「プラトン解釈に新紀元を画したプロティノスとその継承者ポルピュリオス、プロクロスの代表作を精緻な訳と注釈で収録する。思想的混迷が続くなかで人間存在が鋭く問われているとき、新プラトン派哲学のもっている言語道断の真骨頂というべきものは、まさに現代の課題に応えるものである。」


目次:

口絵
 ティヴォリのエステ邸庭園よりローマ市街を望む。
 プロティノス

新プラトン主義の成立と展開 
 新プラトン派の哲学について (田中美知太郎)
 プロティノスの生涯 (水地宗明)
 ポルピュリオスの生涯 (同)
 プロクロスの生涯 (同)
 プロティノスの哲学 (同)
 『神学綱要』とプロクロスの哲学 (同)

ポルピュリオス
 プロティノスの一生と彼の著作の順序について (水地宗明 訳)

プロティノス 〈エネアデス〉
 善なるもの一なるもの (田中美知太郎 訳)
 三つの原理的なものについて (田中美知太郎 訳)
 幸福について (田之頭安彦 訳)
 悪とは何か、そしてどこから生ずるのか (田之頭安彦 訳)
 徳について (田之頭安彦 訳)
 美について (田之頭安彦 訳)
 エロスについて (田之頭安彦 訳)
 自然、観照、一者について (田之頭安彦 訳)
 英知的な美について (水地宗明 訳)
 グノーシス派に対して (水地宗明 訳)
 一なる者の自由と意志について (水地宗明 訳)
 『エネアデス』要約 (水地宗明)

ポルピュリオス
 イサゴーゲー (水地宗明 訳)

プロクロス
 神学綱要 (田之頭安彦 訳)

訳注
年譜
索引



プロティノス ポルピュリオス プロクロス 02



◆本書より◆


「プロティノス伝」より:

「われわれの時代に現われた哲学者プロティノスは、自分が肉体をまとっていることを恥じている様子であった。そしてこのような気持ちから彼は、自分の先祖(種族)についても両親についても生国についても、語ることを肯(がえ)んじなかったのである。また彼は肖像画家や彫刻家の前に座ることをはなはだしく軽蔑していて、(あるときなど)アメリオスに向かって、後者が彼(プロティノス)の肖像画を描かせることの許可を求めたときに、こう言ったほどであった。「なるほど。自然がわれわれにまとわせた模像(肉体)を背負っているだけではまだ足りないで、もっと長持ちのする模像の模像を、まるでそれが何か眺めるに値するものであるかのように、自分の後に残すことを私が承知すべきだと、君は言うわけなのだね」
 このように彼が拒絶して、この目的のために座ることを承知しなかったので、そこでアメリオスは、その当時生存した画家たちのうちで第一人者であったカルテリオスという人を友人にもっていたので、この人を(プロティノスの)授業に出席させて――それというのも希望者はだれでも授業に通うことができたのである――長時間注視することによって、視覚から受ける印象をしだいにより鮮明なものとしていくことに慣れさせたのである。そしてそのあとで(カルテリオスが)記憶に留められた映像に基づいて(プロティノスの)肖像を描き、アメリオスも手伝ってその画を似つかわしく修正して、かくしてカルテリオスの才能が、当のプロティノスの知らぬまに、彼にそっくりの肖像画をでき上がらせたという次第であった。」

「さて彼がまさに逝去しようとして――エウストキオスがわれわれに語ったところによると――エウストキオスはプテオリに住んでいて、彼(プロティノス)のもとに到着するのが遅れたので、「君をまだ待っていたのだ」と彼は言って、それから「われわれの内にある神的なものを、万有の内なる神的なもののもとへ上昇(帰還)させるよう、今自分は努めているのだ」と言い、一匹の蛇が彼の横たわっていた寝台の下をくぐって壁にあいていた穴に姿を隠したときに、息を引き取った。」

「自称哲学者たちの一人にアレクサンドリア出身のオリュンピオスという、僅かの間アンモニオスの弟子であった者が、(中略)彼(プロティノス)に対して軽蔑的な態度をとっていた。またこの男が彼を攻撃する悪辣(あくらつ)さは非常なもので、魔術を用いて星からの有害な力が彼をおそうように企てたほどであった。ところがその企て(力)が反転して自分自身に向かってくることに気づいたので、友人たちに向かってこう言った。プロティノスの魂の力は偉大であって、自分に向けられた攻撃力を逆に害しようと企てている者に向かって打ち返すことができるほどであると。事実プロティノスの方でもオリュンピオスの攻撃を知覚したのである。そしてこう言った。そのとき彼(プロティノス)の身体は、肢体が互いに押し合いへし合いして、ぎゅっと口を引きしめられた巾着(金入れ袋)同然に痙攣(けいれん)したのであると。他方オリュンピオスは、プロティノスを害するよりは、むしろ自分自身が害を受ける危険にたびたびおちいったので、その企てを中止した。」

「さて授業においては、彼は話すことに堪能であったし、適切なもの(問題の核心)を発見し理解する力は比類なくすぐれていたが、ことばづかいではいくつか誤りを犯した。例えば「アナミムネースケタイ」(彼は思い出す)と言わないで、「アナムネーミスケタイ」とか、その他いくつかのまちがったことばを口にしたし、書くときにもそのままで通した。」



「自然、観照、一者について」より:

「さて、このようにして人びとは、実践というまわり道をしながら、ふたたび観照のもとに戻ってくることになった。すなわち、魂はロゴスなのであるから、人びとが魂の中で把握するものは、沈黙したロゴス以外の何ものでもないのである。そして、このロゴスは沈黙の度合が多ければ多いほど、魂の奥深くに横たわり、これを満たす度合も多くなるのである。すなわち、この時の魂はロゴスに満たされているから、平静な状態を保ち、何も求めようとはしないのであって、このような状態のもとでの観照は、すでにその対象を得ているとの信念から、魂の奥深く静かに横たわっているのである。
 そして、この信念が明確であればあるほど、観照も単一化の傾向を深めて静かになり(中略)認識の主体は、対象を明確に認知すればするほど、これとの一体化の傾向を強めていくのである。(中略)だから、われわれは、このロゴスを魂の外に求めるようなことをしてはならない。学ぶ者の魂がこれと一体となり、「このロゴスは、もともと自分に固有なものだ」ということを、認めるようにしむけなければならないのである。」

「観照が自然から魂へ、そして魂から知性へと上位の段階に移行するにつれて、観照と観照をおこなうものとの関係もますます緊密化し結びつきを強めていく。そして、賢者の魂の段階で、認識の客体は主体と同一化の方向をたどり(中略)知性の段階にいたると、いまや明らかに認識の主体と客体は一体となるのである。」



「グノーシス派に対して」より:

「しかしおそらく彼らは、自分たちの論は、(人々が)肉体を遠くから憎悪して、これを忌避するようにしむけるが、他方われわれのがわの論は、魂を肉体に執着させるものだ、と主張することであろう。
 だがこの主張は、次のようなたとえ話に類するものであろう。二人の人間が同じ一軒の美しい家に住んでいる。一人は家のできぐあいと建築者を非難しながら、にもかかわらずそこに住み続けているが、もう一人は非難しないで、むしろ建築者が技術を尽くして建てたのだと言って、自分がもう家を必要としない所へ向かって立ち去るその時が来るまで、待っているのである。そして前者は、自分が「壁が生命のない石や木からできていて、この家はわれわれの真実の住まいには程遠い」と主張するすべを知っているという理由から、自分の方がより賢くて、よりいっそう喜んで(この家から)出て行けるのだと信じるが、しかし実は彼は、自分がやむをえないことを堪え忍ぶことができないという一点でのみ後者にまさっているのだということを、悟っていないのである。ただし彼が、内心ではひそかに石の美しさを愛(め)で楽しみながら、不満そうに装っているのならば別である。」



「一なる者の自由と意志について」より:

「「あるがままの自己を意志すること」を抜きにして、彼を把握(理解)することはできない。彼は自己自身と和合していて、自己であることを意志し、自己が意志するものとして現にある。意志と自己とが一つなのである。」
「自分が現にそれであるもの以外の何をいったい彼が欲するだろうか。というのは、自分の意志どおりのものになることを彼が望み、そして自分の本性を違ったものに転ぜしめることが彼に可能だと仮定しても、何か他のものになることを彼は望みもしないであろうし、また自分が現にあるようなものであるのは必然(強制)によってであるとして、露ほども自己を非難することはないであろう。彼の本性は、彼自身がつねに欲した、また現に欲しているとおりのものなのであるから。なぜなら、善なる者の本性は真実に自己への意志なのである。彼は、誘惑されたのでも、自己の本性に引きずられたのでもなくて、自己を選択した。というのは、彼が他者に向かって引っぱられようにも、他者は存在すらしていなかったのである。」
「ところで、意志することが彼自身から出るとすると、彼であることもまた彼自身から出ることが、必然である。したがってこの論は、彼が彼自身を創造したのであることを発見したわけだ。(中略)したがって彼は、偶然に生じたものではなくて、彼自身が望んだとおりのものなのである。」

「彼が現にそれであるところのものであるのは、彼自身によってなのである。そして彼は自己の方向へ、自己の内部へ向いている。それは彼がこの意味でも、外部あるいは他者の方向へではなく、彼全体がすっかり彼の方へ向けられているためである。」

「彼自身はしかし、自己自身から存在し、もはや維持も分有も必要とせず、自己によって一切である。否、むしろ彼は何ものでもなく、自己のためには一切を必要としない。
 かくてもし君が彼を言表し、あるいは表象しようと欲するならば、他の一切を除き去れ。一切を除き去って、彼のみを残したならば、もはや何を付加しようかなどと探求するな。むしろ君の思考の内で、君がまだ何か彼から取り除いていないものがありはしないか心配せよ。それというのは君もまた、あるものを――それについてはもはや他の事物を述べることも考えることも許されないような、あるものを――把捉することができるのである。このものは超上に位置していて、このものだけが真実に自由である。なぜなら、このものは自己自身にすら隷属せず、単に彼自身であり、真に彼自身であるが、その他のものは、それぞれが自己であるとともに他者なのであるから。」



プロティノス ポルピュリオス プロクロス 03



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プロチノス 『善なるもの一なるもの 他一篇』 田中美知太郎 訳 (岩波文庫)




























































































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プロチノス 『善なるもの一なるもの 他一篇』 田中美知太郎 訳 (岩波文庫)

「なぜなら、すでに満足すべき状態にある者が、何で変化を求めよう。またいっさいを自己のところに所有している者が、どこへ転出を求めよう。むしろすでにこの上なく完全な状態にあるから、この上の増加さえも必要としないのである。」
(プロチノス 「三つの原理的なものについて」 より)


プロチノス 
『善なるもの一なるもの 
他一篇』 
田中美知太郎 訳
 
岩波文庫 青/33-669-1 

岩波文庫 
1961年12月16日 第1刷発行
1986年11月6日 第3刷発行
159p
文庫判 並装 
定価300円



プロティノスの主要論文二篇(のちに「世界の名著」プロティノス他の巻に一部改訳の上収録)。訳者による50頁に及ぶ長文解説(「プロチノスの著作・人物・時代」)が付されています。


プロチノス 善なるもの一なるもの


帯文:

「新プラトン派の祖プロチノスの代表作二篇。ヨーロッパ神秘思想の源泉と目されるその哲学と人とを知らんとする人々の必読の書。」


目次:

はしがき (1948年)

善なるもの一なるもの
三つの原理的なものについて


解説

あとがき (1961年)




◆本書より◆


「善なるもの一なるもの」より:

「かくて、われわれの求めているものは一なるものであって、われわれが考察しているのは、万物の始めをなすところの善であり、第一者なのであるから、万物の末梢に堕して、その根源にあるものから遠ざかるようなことがあってはならない。むしろ努めて第一者の方へと自己を向上復帰させ、末梢に過ぎない感覚物からは遠ざかり、いっさいの劣悪から解放されていなければならない。(中略)そして自己自身のうちにある始元にまで上りつめて、多から一となるようにしなければならない。ひとはそれによってやがて始元の一者を観るであろう。」

「まことに、万有を生むものとしての、一者自然の本性は、それら万有のうちの何ものでもないわけである。従って、それは何らかのもの(実体)でもなし、また何かの性質でも量でもないわけである。それは知性でもなければ、精神でもない。それは動いているのでもなければ、また静止しているものでもない。場所のうちになく、時間のうちにないものである。それはそれ自体だけで唯一つの形相をなすものなのである。否、むしろ無相である。なぜなら、それはいっさいの形相以前であって、運動にも、静止にも先んずるものだからである。」

「かのものは何ものからも離れてはいないが、またしかしいっさいのものから離れているのである。従ってそれは現にあるけれども、しかしそれを受け容れることが出来て、それに自己を適合させるだけの用意があり、一種の同化作用によってそれにいわば接したり、触れたりすることの出来る者のところでなければ、それは現在しないのである。その接触には、かのものから由来し、かのものと類を同じくする能力をうちにもっていて、それによって、その能力がかのものから来った時と同じ状態にある場合、かのものの本性で観られ得るかぎりは、すでにこれを見ることが出来るのである。」

「つまりそのような知性に先立つ驚異すべきものがすなわち一者なのであって、それは存在ではないのである。(中略)本当をいえば、一者には合う名前が一つもないのである。しかし何らかの名前で呼ばなければならないとすれば、これを共通に一者というのが適当であろう。(中略)それは知性を存在性へと導くものであって、それの本性はおよそ最善なるものの源泉となるがごときものであり、存在を生む力として、自己自身のうちにそのまま止まって、減少することのないようなものであり、またそれによって生ぜしめられるもののうちに存在するということもないものなのである。」

「われわれのいう一者は、他者のうちに存在するものでもないし、部分に分けられるものの中に含まれているものでもなく、また最小者の意味において不可分なのでもないからである。なぜなら、むしろそれはあらゆるものの中の最大のものだからである。尤もその最大というのは大きさにおいてではなく、能力においてなのである。」
「またそれを無限のものとして考える場合においても、それは大きさや数がきわめつくされないからというよりは、むしろその能力が捕捉すべからざるものであるということによるのでなければならない。」
「それはなお神以上のものなのである。すなわちそれは、自分だけであるものなのであって、何ものもこれに外から加えられることのないものなのである。」
「すなわちかのものは、あらゆるものの中でもっとも充足的かつ自足的なものであるからして、不足分を他に求めるようなことの何より少ないものでなければならない。」
「もし本当に何か自足的なものがなければならぬとすれば、一者こそそれでなければならぬ。なぜなら、ひとり一者のみが自己自身に対しても、また他に対しても不足を訴えたり、求めたりするようなことのないものだからである。すなわちそれは、自分がただ ある ためにも、また よくある ためにも、何ら他に求めるところのないものであって、自分がそこに座を与えられるために何かを必要とするようなことも決してないものなのである。なぜならば、自分以外のものに対して、それらの存在因となっているものが、自己の正に ある ところのものを他から授けられてもつということはないし、またその よく あるということにしたところで、一者にとって一者以外の何がそれであり得ようか。(中略)また一者にはいかなる場所も必要がない。それは座を与えられることを必要としないからであって、そのようなことを必要とするというのは、自己自身を保つ能力のないことを意味するのであり、座を与えて貰わなければならないものというのは、座が与えられなければたちまち転落する物量であり、精神のないものなのである。(中略)しかし最初にあるものが、それ以後のものを不足分として求めるということはない。そしていっさいの最初をなすもの(始元)は、いっさいのものに不足しないのである。」
「かくて一者にとっては、それが求めなければならない善というものは一つもないのである。また従ってそれは何ものをも欲しないのである。」

「これに触れることの出来る者のためには、それは現にそこにあるというかたちで存在しているのであるが、しかしそのような接触の能力をもたない者に対しては現在しないのである。(中略)別のことを考えたり、別のところに注意を向けたりしていたのでは、どんなものにしたところで、それを知るということは出来ないのであって、知られるものが純粋にそれだけで捉えられるためには、知られる当のものには、余計なものは何もつけ加えてはならないのであるが、ちょうどまたこの場合もその通りなのであって、精神のうちに他の事物の印影を保有していたのでは、その印影が作用するから、かのものの直知は不可能となることを会得しなければならない。(中略)精神は、いやしくもそれが第一者によって充実され、照明されるためには、それの妨げをするようなものが一つでもそこに潜んでいてはならぬとすると、いかなる形相も有することのないものとならなければならない。そうすると、あらゆる外物から身を引いて、内部への全面的転向を必要とすることになる。すなわち外物のいかなるものへも偏倚することなく、万事何ごとについても関知することなく、(中略)ついにかのものの直観のうちに自分自身を忘れるところまで行かなければならぬ。そしてかのものに合体して、いわばそれとの交わりの如きものを充分に尽した後に、帰って来て、もし出来るなら、他の者にもかしこにおける合体交合の模様を伝えるようにしなければならない。(中略)あるいはまたしかし、政治上のことは自分の仕事とするには足りないと考えて、自分の遺志で、かしこに止まるのもさしつかえない。かのものを見ることが多ければ、ちょうどまたそのような気持になるであろうから。ひとのいうように、それはいかなるものに対しても、その外にあるものなのではなく、むしろあらゆるものとともにあって、それと合体しているのであるけれども、ただ必ずしもすべてのものがそれを知っていないだけのことなのである。それは自分からもとめて、かのものの外――というよりは、むしろ自分自身の外に逃げて出ているからなのである。」

「物体は物体によって妨げられて、相互に共同することが出来なくなるけれども、物体でないものは、物体によって分けへだてられるということはないのである。また従って、それらが互いに離ればなれになるのは、場所の上のことではなくて、分別(相異)と差別によるのである。従って相異(分別)がそこになければ、それらは互いに異るところがないのであるから、直接お互いのところにあるということになる。するとかのものは、分別相異を知らない一者であるかぎりにおいて、いつも直接そこにあるわけであり、われわれは分別(相異)をもたない場合においてのみ、直接そこにあるわけである。」

「われわれの存在は、われわれがかのものの方に傾きさえすれば、それだけ存在度が多くなるのであって、その存在をよき存在たらしめるものもまたかしこにあるのである。そして存在がかのものから遠ざかれば、それだけで存在度は少くなるのだる。かしここそ精神のいこい場なのであって、いっさいの邪悪から清められたその場所へ馳けのぼることによって、精神は邪悪を脱するからである。精神が知性にめざめるのもそこにおいてであり、もろもろの悩みを受けずにすむのもそこにおいてなのである。否、真実の生というものもそこにおいてこそ生きられるのである。なぜなら、現在の生、神なき生というものは、実は生命の影に過ぎないのであって、かしこの生を模したものなのである。」
「精神はかしこに生ずることによって、自分自身が本来あったところのものになるからである。」

「精神がかしこに到達し、かのものを分有することになると、その時は生活が一変して、そのような生活状態におかれることによって、真実の生命を賄(まかな)ってくれる者が直接その場にいることを知るようになり、もはやそれ以上何も必要としないようになる。否、むしろ反対に、他のいっさいのものを脱ぎすてて、ただそれひとつだけに立止まらねばならなくなる。すなわちわが身に纏う、その余のいっさいの残りものは、これを断ち切って、そのものひとつだけにならなければならない。」
「かくて、そこに見ることが出来るのは、見ることが許されるかぎりの、かのものであり、また自己自身なのである。その自己自身は、知性的な光明にみたされて、ひかり輝く自己自身であり、あるいはむしろ光そのものとなって、きよらかに、軽やかに、何の重荷もなく、神と化したというよりは、むしろすでに神であるところの自己自身なのである。」

「かくて、見る者は見られたものと(中略)直接に一つになっていたのであるから、(中略)むしろ自分と一つになっているものというべきであったろう。従って、かのものと交わりつつあった時にひとが何者となったか、もしその記憶があるならば、ひとは自己自身にかのものの面影をとどめて、もっていることになるであろう。ところで、その場合ひとは、自分自身がまた一体者となっているのであって、自己のうちには、自分自身に対しても、また他についても、何らの相違も含んでいないものだったのである。すなわちその場合の彼には、何の動きもなかったのである。激しい感情はむろんのこと、他に求める欲望も、そこまで登りつめた彼のところには存在しなかったのである。否、言論も、何らかの知るはたらきも存在しなかったのである。もしそこまで言う必要があるならば、まるで自己自身でさえもなかったと言ってもよいであろう。」

「それはすなわちこの世の他のいっさいからの解脱であって、この世の快楽をかえりみぬ生活なのである。自分ひとりだけになって、かのものひとりだけを目ざしてのがれ行くことなのである。」




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『世界の名著 続 2 プロティノス ポルピュリオス プロクロス』 (責任編集: 田中美知太郎)































































澤柳大五郎 『アッティカの墓碑』

澤柳大五郎 
『アッティカの墓碑』


グラフ社 
1989年11月20日 初版発行
239p 口絵(モノクロ)24p 
A5判 丸背バクラム装上製本 カバー 
定価3,500円(本体3,398円)



本書「序説」より:

「エジプト人のやうに遺骸を永久に保存しようとする要求はギリシア人にはなかつた。時代により地方により焚葬も埋葬も行はれたが、埋葬の場合でもエジプト人やロマ人のやうに立派な金棺や大理石棺は用ゐず、土、板、せいぜい陶板で圍ふ程度であつた。要するに肉體の朽ち滅びるのを意に介さなかつた。
 しかし墓は極めて大切にせられた。儀式に則つて葬られ、しるしとしての墓標を殘し、いつまでも供養を受けることはギリシア人の切なる願ひであつた。
 オデュセウスの冥府行の際眞先に現れた部下のエルペノルの霊は「どうぞ哭禮もせず葬儀もしないで放つて置かないで下さい。私を武具と共に焚き、不幸な男のしるしとして、後の世の人々も私のことを知るやうに、海岸に塚を築き、私の使つた櫂を塚の上に立てて下さい。」と願ふ。オデュセウスはその願ひの通りにしてやつた。(『オデュセイア』XI, 74 ff.; XII, 10 ff.)。
 ギリシア人にとつての墓の意味はここに最も端的明瞭に語られてゐる。即ち死者は儀式に從つて葬られ、しるしの墓標によつて後世にその人の記憶を遺すやうに望んだのである。葬られず墓を持たないのはギリシア人にとつて最大の恥辱であり懲罰であつた。」
「まことに「人類の歴史の最も古い時代から、葬禮美術は他の如何なる藝術形式にもまして、直接かつ明瞭に人間の形而上學的信念を表明して來た。」(パノフスキイ)
 アッティカの墓碑はギリシア人の心を知る上に闕くことのできない遺品である。」



正字・正かな。


沢柳大五郎 アッティカの墓碑 01


目次:

圖版

序説
 ギリシア人と墓
 古典期以前の墓
 墓誌銘
 アッティカ墓碑の中絶
 墓碑再興
 複數人物墓碑
 白地レキュトス
 死者と生者
 無聞の墓主
 内心の表現
 古代の證言

各説
 1 アリステュラ墓碑
 2 ムネサゴラ、ニコカレス墓碑
 3 アイギナの青年墓碑
 4 レキュトス持つ女人の墓碑
 5 ミュリネ墓標 大理石レキュトス
 6 三人物墓碑斷片 (アテネ716)
 7 タイニア持つ女人の墓碑
 8 ヘゲソの墓碑
 9 アムファレテ墓碑
 10 ミカ、ディオン墓碑
 11 テアノ、クテシレオス墓碑
 12 デクシレオス墓碑
 13 少女墓標 大理石レキュトス
 14 女人墓碑《メランコリア》
 15 ムネサレテ墓碑
 16 傳《デモテレス墓碑》
 17 アメイノクレイア墓碑
 18 フュロノエ墓碑
 19 少女と兩親の墓碑
 20 《プロクレイデス》墓碑
 21 《挨拶の墓碑》
 22 《イリッソスの墓碑》
 23 《ラムヌスの墓碑》
 24 アリストナウテス墓碑

後語

 墓誌銘抄
 不翻語一覧
 參考書目

 言及墓碑所在地別索引
 插圖目録
 圖版目録



沢柳大五郎 アッティカの墓碑 02



◆本書より◆


「2 ムネサゴラ、ニコカレス墓碑

 側柱なく、上下に楣(まぐさ)(エピステュリオンとキュマとより成る)と臺座とを持つふたり人物の墓碑で、アッティカのヴァリで發掘され、一九二七年まではペトラキの僧院にあつた。
 楣(まぐさ)部に四行に刻されてゐる墓誌銘によつて、これはムネサゴラとニコカレス姉弟の墓碑で、遺された兩親の手で建てられたものであると知られる。」
「ムネサゴラは袖を香雅縢(かゞ)つたキトンの上にヒマティオンを纏ひ、右手を卸し左手に掴んだ愛玩の小鳥(その頭は損じてゐる)を小さい弟の方に差出してゐる。髪はポニイテイルのやうに結び足にはサンダルを履いてゐる。まだ小さいニコカレスは全裸で右膝を立て、左膝を殆ど床につかんばかり曲げ、小鳥の方に顔を向け兩手を伸ばしてゐる。(中略)もとより實際の姉弟がここに見られる通りの年齢であつたかどうか定かではない。恐らくさういふ冩實は作者も供養者も要求しなかつたであらう。銘が無かつたなら母と子とも解されたかも知れない。
 この墓誌銘にはいろいろの訓み方があり議論があつたらしいが、今日では大體次のやうに解されてゐる。
  ムネサゴラ、ニコカレスの墓ここに立つ。彼等を示すこと叶はず、父と母とに大いなる悲しみ
  を殘してダイモン彼等を奪ひ去り、兩人(ふたり)は死してハデスの住居に赴きし故。
 クレールモンに據れば、この墓誌銘から、この墓はケノタフィオス(遺骸なき墓)であり、この姉弟は海難または火禍にあつて死んだのであらうと推する人が多いといふ。」
「制作年代は四四〇-四三〇(ディーポルデル、カルゥズゥ)から三九〇年頃(ズュセロット)と幅がある。即ちパルテノン直後からアテナ ニケ神殿牆壁浮彫の後までとなるが、碑のかたち、特に頂部や女性の衣文などから判斷して四三〇-四二〇年頃とするのが妥(おだや)かではなからうか。臺座正面の横長の窪みは何のものとも分からない。」
「未だナイスコスの定形も定まらない早期の墓碑ながら、若くして逝つた姉弟の何氣ない家常の姿の裡に、兩親の哀しみが靜かに傳つて來るやうな作品である。」

「エピステュリオン アルキトラヴに同じ。柱の上を水平に繋ぐ楣(まぐさ)材。
キトン 主として麻織の肌に直接著ける薄衣。男女共用。
ヒマティオン 方形、半圓形の外衣、マント。
ナイスコス 神殿、小祠の意。ここでは上部に破風形をもつ墓碑浮彫の縁どりとしての屋形(やかた)。」
 


沢柳大五郎 アッティカの墓碑 03

「《アッティカ最後の墓碑》」。














































































山本光雄 訳編 『初期ギリシア哲学者断片集』

「それ〔土〕から首を持たぬ多くの頭が芽吹き、裸の腕が肩から離れてさ迷い、また眼だけが額につかずに徘徊した。」
(エムペドクレス)


山本光雄 訳編 
『初期ギリシア哲学者断片集』
 

岩波書店 
1958年5月15日 第1刷発行
1988年8月10日 第30刷発行
viii 153p 巻末折込2葉
A5判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価2,000円



本書「まえがき」より:

「この編訳書はわたしがここ十年ばかり専門に古代哲学史を大学で講義するようになってから、学生諸君に、筆記の労を省くため、渡したプリントを基にしたものである。(中略)その後多くの学者たちの業績を参考にし、また自分の講義の経験を顧みながら、いく度か手を加えているうちに、今日のような体裁をなすに至ったものである。」
「古代哲学史のこの期の重要な資料を出来る限り、材料のままで提供することに心掛けて、注などもなるべく少くした。」



横組左綴じ。


初期ギリシア哲学者断片集


目次:

まえがき
凡例

1 古期オルペウスの徒
2 ヘシオドス
3 ペレキュデス
4 七賢人
5 タレス
6 アナクシマンドロス
7 アナクシメネス
8 ピュタゴラス及びピュタゴラスの徒
9 アルクマイオン
10 クセノパネス
11 ヘラクレイトス
12 パルメニデス
13 ゼノン
14 メリッソス
15 エムペドクレス
16 アナクサゴラス
17 レウキッポスとデモクリトス
18 ピロラオス
19 アルキュタス
20 アポルロニアのヂオケネス
21 アルケラオス
22 ヒッポン
23 クラチュロス
24 ソフィストたち
25 プロタゴラス
26 ゴルギアス
27 プロヂコス
28 ヒッピアス
29 カルリクレス
30 トラシュマコス
31 アンチポン
32 クリチアス
33 アノニュムス・イアムブリキ
34 二通りの言論
35 リュコプロン
36 アルキダモス
37 エウチュデモスとヂオニュソドロス

附録
 Diels-Kranz との対応索引
 出典索引
 出典の略符号説明
 本文中の報告者説明
 参考にした主な文献

折込
 ソクラテス以前の哲学史に対する資料の伝承譜
 地図




◆本書より◆


「古期オルペウス(’Ορφεύς, Orpheus)の徒」より:

「はじめに混沌(Χάος)があった、それに夜(Νύξ)とくらい幽冥(くらやみ)(Έρεβος)とそれから広い黄泉(Τάρταρος)とが。してまだ大地(Γή)も下空(げくう)(’Αήρ)も蒼穹(おおぞら)(Ουρανός)もなかった。その幽冥の涯しのない懐ろに、か黒の翼の夜が先ず最初に、一人でもって卵を生んだ。その中から時たち月満ちて、いとなつかしい愛( Έρως)が生れ出た。その背は金色の羽根に輝いて、疾風の渦巻にしも異らなかった。これが濶やかな黄泉でもって、暗澹として翼をもたる混沌に通い、我々〔鳥ども〕のやからを育(はぐ)くみ孵(かえ)し、まず最初に光明に接せしめたのだ。その愛があらゆるものを交わらせた前には、不死の〔神々の〕族もまだなかった。それがてんでに交わりあって、蒼穹も太洋(Ωκεανός)も大地もさきわう神々の常磐(ときわ)なる族も生じたのだ。」


「アナクシメネス」より:

「アナクシメネスは太陽は木の葉のように、平たいと言う。」

「アナクシメネスは諸星は釘のように透明なもの(κρυσταλλοειδής)に釘づけされている、と言う。」



「エムペドクレス」より:

「それ〔土〕から首を持たぬ多くの頭が芽吹き、裸の腕が肩から離れてさ迷い、また眼だけが額につかずに徘徊した。」

「二面の顔と二面の胸とを持てる多くのものが生じ、また人間の顔したる牛の子供が、或は逆に牛の頭を持てる人間の子供が生じてきた。或はまた或るところは男の恰好をし、或るところは女性の恰好をし、日蔭なる生殖器を備えたる混合物が生じてきた。」

「エムペドクレスの説くところでは、動植物の最初の発生においては、それは決して完全なものではなくて、部分が離ればなれになって、一緒に生えていないものだった。しかし第二の発生においては、それらの部分が一緒に生えた結果、化物のようなものが生じた。第三の発生においては、分化していないものが生じた。第四の発生では、もはや土や水のような凡てに共通な要素からではなくて、もうお互の関係によって生じたが、その関係は或る動物では栄養が凝縮された結果なされるのであり、他の動物ではまた女の美しい姿が生殖運動の刺戟となるからである。そして凡ての動物の類は〔元素の〕混合の具合で区別される。」



「ピロラオス」より:

「昔の神学者も予言者も、或る刑罰のために魂は肉体と一緒につながれて、ちょうど墓のように、その中に埋められているということを証している。」

「われわれ人間は一種の牢獄のうちにある……そして神々の財産の一つにすぎない。」



























































































ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝 (下)』 加来彰俊 訳 (岩波文庫)

「ところで、彼は幼少の頃から、不可思議な人間であった。というのも、彼は若い頃には、自分は何も知らないと言っていたが、しかし長じてからは、あらゆることを知っていると主張していたからである。また、彼はいかなる人にも師事しなかった。いな、彼は自分自身を探求して、すべてのことを自分自身から学んだのだと語っていた。」
(ディオゲネス・ラエルティオス 「ヘラクレイトス」 より)


ディオゲネス・ラエルティオス 
『ギリシア哲学者列伝 (下)』 
加来彰俊 訳
 
岩波文庫 青/33-663-3

岩波書店 
1994年7月18日 第1刷発行
385p 人名索引19p
文庫判 並装 カバー
定価670円(本体650円)
カバー: 中野達彦



DIOGENIS LAERTII: VITAE PHILOSOPHORUM
全三冊。


ギリシア哲学者列伝 下


カバーそで文:

「三世紀前半の著。古代ギリシアの哲学者八二人の生活、学説、エピソードなどを紹介する。本巻には、ピュタゴラス、エンペドクレス、ピュロン、エピクロスら、我々になじみ深い人物も登場、貴重な史料であるとともに描かれた人間像が無類に面白い。(全三冊完結)」


目次:

凡例

第八巻
 第一章 ピュタゴラス
 第二章 エンペドクレス
 第三章 エピカルモス
 第四章 アルキュタス
 第五章 アルクマイオン
 第六章 ヒッパソス
 第七章 ピロラオス
 第八章 エウドクソス
第九巻
 第一章 ヘラクレイトス
 第二章 クセノパネス
 第三章 パルメニデス
 第四章 メリッソス
 第五章 ゼノン(エレアの)
 第六章 レウキッポス
 第七章 デモクリトス
 第八章 プロタゴラス
 第九章 ディオゲネス(アポロニアの)
 第十章 アナクサルコス
 第十一章 ピュロン
 第十二章 ティモン
第十巻
 第一章 エピクロス

訳注
解説
人名索引




◆本書より◆


「ピュタゴラス」より:

「さて、ポントスのヘラクレイデスが述べているところによれば、この人(ピュタゴラス)は自分自身のことについて、つねづね次ぎのように語っていたとのことである。すなわち、彼はかつてアイタリデスという名前の人間としてこの世に生まれたのであるが、ヘルメス(神)の息子だと信じられていた。そしてヘルメスは彼に、不死以外のことなら何でも、望みどおりのことを選んでよいと言ったので、そこで彼は、生きている間も死んでからも、自分の身に起った出来事の記憶を保持できるようにしてもらいたいと頼んだ。こうして彼は、生きている間は、あらゆることをはっきりと記憶にとどめることができたし、また死んでからも、その同じ記憶を保っていたのである。しかしその後、時が経って、彼(の魂)はエウポルボスという人のなかに入って生まれ変ったのだが、あるときメネラオスによって傷つけられた。ところで、このエウポルボスは、自分はかつてアイタリデスという名前の人間であったことや、ヘルメスからどんな贈物を授かったかということ、また、自分の魂の遍歴(転生)がどのようにしてなされて、どれだけ多くの動物や植物に自分は生まれ変ったかということ、さらには、自分の魂はハデス(冥界)においてどれだけの苦難を味わったかということや、他の人たちの魂もどんな苦難を耐え忍ぼうとしていたかということなどを、つねづね語っていたのだった。
 しかし、このエウポルボスが死ぬと、その人の魂はヘルモティモスという人のなかに移って行った。そしてこの人自身もまた、自分の記憶が保持されている証拠を示そうとして、(アポロンの神託所を管理する)ブランキダイ一族のところ(ディデュマ)へ出かけて行った。そしてアポロンの神殿に入って行って、メネラオスが奉納していた盾を証拠として示したのである。――というのも、その盾は、メネラオスがトロイアからの帰航の折に、アポロンに奉納したものだと彼は言っていたからである。――ただし、その盾はもうすっかり腐蝕してしまっており、ただ象牙の外装だけが保たれているにすぎなかったのであるが。
 ところで、このヘルモティモスが死ぬと、その人は今度は、デロス島の漁夫のピュロスとして生まれ変った。そしてこの人もまたすべてのことを記憶していたのである。つまり、自分はかつてはアイタリデスであったこと、それからエウポルボスに、ついでヘルモティモスに、さらにはピュロスに生まれ変った次第を覚えていたのである。
 そしてピュロスが死ぬと、その人はピュタゴラスに生まれ変ったのであり、そしてこのピュタゴラスは、これまでに述べられてきたことのすべてを記憶していた、というのである。」

「彼が信条(戒律)としていたのは、次のようなことであった。すなわち、
  刃物で火をかき立てぬこと。
  秤竿(はかりざお)を跳び越えぬこと。
  一コイニクス(の量の穀物)の上に坐していてはならぬ。
  心臓は食べてはならぬ。
  荷物は、背負うのを手伝うのではなく、降ろすのを手伝うこと。
  寝具はつねにたたんでおくこと。
  指輪に神の像を刻んではならぬ。
  灰のなかに土鍋の痕を残さぬこと。
  松の小枝でお尻を拭いてはならぬ。
  太陽に向かって小便をしてはならぬ。
  大通りから逸れて歩かぬこと。
  気軽に握手しないこと。
  軒下に燕を来させないようにすること。
  鉤(かぎ)爪をもつ鳥は飼わぬこと。
  切り取った爪や刈り取った髪の毛の上に、放尿したり、その上に立ったりしないこと。
  鋭利な刃物は切っ先の向きを変えること。
  国外へ出かけようとしているときには、国境(くにざかい)で振り向かぬこと。」



「エウドクソス」より:

「彼はまた犬たちの対話を記した書物も著したという。」


「ヘラクレイトス」より:

「そして彼は、アルテミスの神殿へ引きこもって、子供たちと骰子(さいころ)遊びに興じていたのだが、あるとき、エペソスの人たちが彼を取り巻いて立っていると、「このろくでなし者めが! 何をいったい、お前たちは驚いているのか。お前たちといっしょになって政治のことにかかわるよりは、ここでこうしている方がよっぽどましではないかね」と彼は言ったのだった。
 そして最後には、彼は人間嫌いになって、世間から遠のいて山のなかにこもり、草や葉を食糧としながら暮らしていた。しかしまた、そのことのゆえに、彼は水腫症に罹(かか)ったので、町に戻り、そして医者たちに、洪水を旱魃に変えることができるかどうかと、謎をかけるような形で問いかけた。しかし医者たちには、その問いの意味が理解できなかったので、彼は牛舎へ行って牛の糞のなかに身体を埋めて、糞のもつ温もりによって体内の水分が蒸発してくれることを期待した。しかし、そんなふうにしても何の効き目もないまま、彼は六十歳で死んだのである。」

「ところで、彼は幼少の頃から、不可思議な人間であった。というのも、彼は若い頃には、自分は何も知らないと言っていたが、しかし長じてからは、あらゆることを知っていると主張していたからである。また、彼はいかなる人にも師事しなかった。いな、彼は自分自身を探求して、すべてのことを自分自身から学んだのだと語っていた。」



「ピュロン」より:

「また彼は、(中略)世間から退いて、孤独に暮らしていたので、家人も彼の姿を見ることは稀にしかなかった。(中略)また彼は、いつもつねに同じ平静な態度を保っていた。だから、彼の話している途中に、誰かが彼を置き去りにすることがあっても、彼は自分を相手に最後まで話をつづけたのだった。」

「また、(中略)彼は助産婦であった妹と仲むつまじく一緒に暮らしていて、時によっては自分で、ひな鶏でも、小豚でも、市場へ持って行って売っていたし、また家の中を綺麗に片づける仕事も、彼は少しも気にすることなしに行なっていたという。そして彼は、そういった無頓着さのゆえに、豚までも自分の手で洗ってやったという話も伝えられている。」




こちらもご参照下さい:

ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝 (上)』 加来彰俊 訳 (岩波文庫)
ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝 (中)』 加来彰俊 訳 (岩波文庫)





























































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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