粕谷栄市 『鏡と街』

「どんな理由からか、遠い曇天の街の、その小さな歪んだ部屋に、鉤のようなもので逆さに吊られて、その馬は生きている。」
(粕谷栄市 「部屋のなかの馬」 より)


粕谷栄市 
『鏡と街』
 

思潮社
1992年3月1日 発行
101p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,400円(本体2,330円)
装幀: 芦澤泰偉



本書収録詩42篇のうち、23篇が現代詩文庫の『続・粕谷栄市詩集』に採録されています。


粕谷栄市 鏡と街 01


帯文:

「恐怖と苦痛、狂気と孤独、滑稽と哄笑、冷酷と優情………。病める者、追放された者、閉じてゆく者が実現する世界の多義性を物語るアレゴリカルな幻想の言語。妖しく痛ましくもユーモラスな反世界の詩学。」


目次:


苦痛にあえぐ男の肖像
血だらけの虚無の雄鶏
鏡と街
長靴をはいた男の挨拶
皇帝
英雄
血の帽子屋
罪と罰
病室にて・愛の生活
白鳥
夢の女
詩と夜警
厨房にて
迷路から
半ば潰れて消えかけた顔の男
気球に乗って
老人の話
部屋のなかの馬
犬の精神
跛行
浴室にて
供物
跳びはね男
魔法
満月
スウェデンボルグ氏の手紙
わっ


こんにゃくと夜
らっきょうと昼
死んだ餅屋
曲馬
独房
幻花
厩舎にて
偽虎嘯記
昆虫記
変異論
神罰
安眠
毛銭
へちまと天国
霊験

覚え書き
初出一覧



粕谷栄市 鏡と街 02



◆本書より◆


「苦痛にあえぐ男の肖像」より:

「どんな苦痛が彼を苛んでいるのか、彼の世界の中心に在る透明な青い部屋に、苦痛にあえぐ男は座っている。」
「彼は、椅子に座って、苦痛に歪んだ表情を浮かべるほか、何もできないでいる。」
「外見でしか判断できないのだが、彼が、そのように在ること、そのことが、彼の苦痛の根源であり、より深い苦痛に彼を陥れているように感じられる。
 いずれにせよ、変容は、そして始まっている。」
「もう、直ぐ、炸裂が来るだろう。(中略)彼は、四散して、彼では無い何かになるだろう。金色の椅子のうえで、なまぐさく、血に染まって、驚愕に価する何かになるだろう。」



「血だらけの虚無の雄鶏」より:

「何故、それが、自分にやって来たのか。彼自身にも、それは答えられないだろう。突然、その血だらけの痺れる雄鶏が、そこに現われた理由は。
 一切は、そのまま、進行して、もう誰にもどうすることもできない。」



「鏡と街」より:

「それを知るには、誰もが、血の臭いのする憎悪の夢のなかで、目を開けたまま死んでいる、鶏の首になることが要るかも知れない。」


「皇帝」より:

「それからは、毎日が、殺戮に次ぐ殺戮の日々だ。
 何によって、誰が殺戮されているのか、判らなくなるほどの殺戮の日々だ。」



「迷路から」より:

「全ゆるものごとに、結末があると言うわけではない。
 そして、どんな場合にも、本当に、孤独な日々を生きている人間に起こることには、脈絡がない。」



「跳びはね男」より:

「それは、錯誤かも知れない。だが、どんな他人の夢も理解しようとする優しい人間なら分かるだろう。」


「幻花」より:

「彼にとって、そのほかに、どんな在り方もあり得ないのだ。怖ろしい速度で、終りのない、見知らぬその血の色の空間を、墜落していることのほかは。」


「厩舎にて」より:

「私が、彼を見て、断裂と言うことを考えた途端、彼にそれが始まった。」
「見る間に、彼の顔やからだに、幾筋もの深い裂け目が、現われ、彼は、幾つにも引き裂かれた。骨の見える赤い肉の断片のようなものになって、床に落ちた。」
「私も、そうだったのだと思う。自ら、断裂したのか、そうでないのか、不明だったが、私は意識を失った。」
「ただ、ずっと後になって、私は、本当は、何かの錯誤によって、あの若い男や馬たちが、遙かな厩舎で、私の代りに断裂してくれたのだと、思い出したりしたのだ。」



「へちまと天国」より:

「それにしても、どうして、そこに、一本の大きな青いへちまがぶらさがっていなければならなかったか。
 そのときは、だが、ほんのひとときが永遠で、またその逆でもある、わけのわからない時間を、その男は、ただ、ためいきをつきながら、生きていたのだ。」
「そうでなくても、とても優しいそよかぜが吹いていて、わけのわからない何かが、わけのわからないまま、しょんぼりと、最後に、ぶらさがっていると言うことがあることはあるのだ。」





こちらもご参照ください:

『現代詩文庫 173 続・粕谷栄市詩集』























































































































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粕谷栄市 『瑞兆』

「考えれば、何かが、少し、変だといえば変といえるが、この世に、変でない日は、一日もない。私たちは、それぞれが、それぞれの、変な日々を生きている。」
(粕谷栄市 「好日」 より)


粕谷栄市 『瑞兆』

思潮社 2013年10月31日発行
130p 初出一覧2p
21×14.4cm 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円+税
装幀: 毛利一枝



散文詩集。
五篇は書き下ろし、「白鷺」は2006年、その他は2011年から2013年にかけて発表。

かつては猿を殺して生きる者の詩を書いていた粕谷さんですが、本書では狸を売って生きる者の詩を書いています。
帽子猿もやってきます。


粕谷栄市 瑞兆1


帯文:

「寒い天に小さい三日月があるだけで、
西も東も定かでない。   芒ばかりの野原で、
男は、自分が、とんでもないところに迷い込んでしまったことを知るのだ。

生きていれば、さまざまな事がある。………………………………
すべてが、誰かの見た夢の中の出来事であったとしても、それはそれで構わないのだ。

夢とうつつのはざまで揺れ動く、幻惑の31篇。」



帯背:

「この世のよしなし事」


目次:

瑞兆
桃の村
白狐
吉凶
一生
西片町
大吉
朝の鶴
狸屋
夏の月
ほたる
温石
春夢抄
めし
吉運
無事
心願
頓悟
東西
涅槃
無題
大猪
永訣
来世
好日
田園
来訪
帽子猿
白鷺
烏瓜


初出一覧



粕谷栄市 瑞兆2



◆本書より◆


「瑞兆」より:

「つまり、この世のことは、一切が、やがて、何ものかの遠い夢になって終わるということなのである。」


「白狐」より:

「何れにせよ、月並みに、一生を永い旅路と思えれば、道中で、何があってもおかしくない。そう考えれば、この世は、べつに捨てたものではない。たとえ、自分の女房が、芒の野原で出会った、正体の分からない女だったとしても、生涯を睦み合って暮らせれば、一向、構わないのだ。」


「吉凶」より:

「つまり、おれは、どんな人間の運命も、即座に、言い当てて見せる、当代一の易者というわけだ。もちろん、何度か、賽ころを転がすだけで、そんなことが判るわけはない。一切が、根も葉もないでたらめだ。」
「賽の目は、いつも同じで、四ばかり出る。当たり前だ。賽には、四の目しかない。
 だから、それから目を瞑って、おれが客に告げるのは、いわば、凶に当たることばかりだ。東西町の大火では、焼け残る蔵はありません。奥さんの痔は、もう治りません。あなたの娘は、半年後、父なし子を生みます。
 客は、みんな、がっかりして帰ってゆくが、その位で済めば、この世は、そんなに悪いものでないのだ。」



「一生」より:

「ひょうたんが、なぜ、この世にあって、なぜ、人間が、それを売って生きてゆくことができるのか。そんなことは、ひょうたん売りの知ることではない。」


「無事」より:

「その日、その男は、ぼんやりしていた。この世がいやになって、首を吊って死ぬつもりだったが、それもする気になれなくて、ただ、ぼんやり、坐っていた。」
「そのうち、そうしている自分のことも、いつか分からなくなっていたらしい。つまり、何をすることもできず、その男は、ずっと、彼の家で、そうしていたのだ。」
「その男は、つゆ知るよしもなかったが、そうしている間に、いつか、その男のすがたは、ぼんやりしてきて、やがて、まったく、見えなくなった。
 そして、そのまま、何年か何十年か過ぎるうちに、彼のいたはずの家も、なくなっていた。つまり、あたりは、一面、へちまの畑ばかりになり、たくさんのへちまの実が、風に吹かれて、揺れていた。」



「心願」より:

「ひょうたんが、一つ、所在なげに、そこにころがっている。ひょうたんは、ひょうたん以外のものでありえない。いつまでたっても、それは、ひょうたんだ。
 だからといって、何があるというわけもないが、私は、そこで、ひとり、笑っている老人になりたいと思う。
 なぜ、自分がそこにいるのか、どうして、そうなったのか、何もかも、全く、気にならなくなった老人になりたいのだ。」

「しずかな四月の昼、ひょうたんが笑っている。自分も笑っている。そこが、どんな人間も知ることのない、怖ろしいところだとしても、どうでもいいのだ。」



「頓悟」より:

「二百年前のある日のことだ。村はずれの芒原で、おれは、独り、坐禅していた。いや、おれではなく、おれそっくりの何かだったかも知れない。
 そいつは、何日も、全く、動かなかった。何も食わず、水も呑まなかった。そのまま、そうしていれば、まちがいなく死ぬところだろうが、そいつは、一向、それを気にする気配はなかった。」



「東西」より:

「全く、身に覚えがないかと言われれば、ないとも言い切れないが、自分が、そうなってしまったことに、とりわけて、いわれがあるわけでないのだ。
 要するに、災難という奴が、みんなそうであるように、そうなったら、それを引き受けるしかない。」



「無題」より:

「うなだれて坐っている男のとなりに、うなだれて、もうひとりの男が坐っている。そのとなりにも、うなだれて坐っている男がいて、そのとなりに、また、うなだれて坐っている男がいる。」


「笛」より:

「月明かりの湖に、舟を浮かべていて、一管の笛を失くした。」
「声を上げる間もなく、笛は、ゆらゆら、湖の水のなかに沈んでゆき、やがて、そのまま、見えなくなった。
 この世には、一度、それを失うと、ふたたび、取り戻しようもないものがある。ゆらゆら、揺れながら、笛は、優しく、そのことを伝えて、暗い水に消えていった。」





























































































































粕谷栄市 『遠い川』

「はるかな永遠のうす暗がりに、青いおおきなへちまが、一本、ぶら下がっていて、その下に、自分そっくりの男が、しょんぼり、坐っている。」
(粕谷栄市 「へちま」 より)


粕谷栄市 『遠い川』

思潮社 2010年10月31日発行
89p 初出記録2p
B5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円+税
装幀: 奥定泰之



大判の散文詩集。
2011年、第6回三好達治賞。


粕谷栄市 遠い川1


帯文:

「独り笑いながら、私は、
ゆらゆら、梅ぼしの甕
のなかの遙かな補陀落
の里に行くのだ。

途方もない、生の淵にのぞむ、反世界の詩学。
緊密にして馥郁たる、魂の40篇。」



帯背:

「独り、木の舟に乗って」


目次:

九月
白瓜
秋の花
盥の舟
遠い川
砂丘
極楽寺坂
舟守
桔梗
丙午
米寿
隠者
遁世
歳月
幸福
孫三
青芒抄
幽霊
死んだ女房
二輪草
もぐら座
へちま

花影
夢の墓
寒川
鉦の音
残月記
満月
豊年
昇天
無題
奔馬
のっぺらぼう
鼻のはなし
啼泣
無名
幻狐
呪詛について


初出記録



粕谷栄市 遠い川2



◆本書より◆


「遁世」より:

「いつの時代にも、さまざまな人間が、さまざまな血と銭の日々を生きている。その運命は、さまざまだ。
 一人の男が、樽のなかに入って、出てくることがないこと。何があってもおかしくない、この世のことだから、そんなこともあり得るのだ。」
「樽は、大きな蔵の一隅に置かれていて、あたりは、静かだった。樽のなかから、しばらくは、啜り泣きのようなものが聞こえたらしいが、それっきり、何ごとも起こる気配はなかったのだ。
 そのまま、年月は流れて、何年も何十年も過ぎた。人間の世のなかは、それだけでは済まないはずだ。歴史とかいう永い歳月には、その町ぐるみ、その蔵もその樽も、滅びて消えてしまっても、仕方がなかったろう。
 だが、それは、ずっとそのままだった。大げさに言っていいなら、永遠に、そのままだった。それは、あるやくざな男が見た夢のなかのことだったからである。」



「孫三」より:

「孫三には、病気があって、自分の煎餅の店が、本当に存在するかどうか、いつも疑わしくてならなかった。自分の焼く煎餅の一枚一枚が、本当に、煎餅なのかどうか、いつも不安だった。そういう病気だったのだ。」


「青芒抄」より:

「おれは、よろよろと立ち上がって、外へでて、この淋しい家の井戸に入って、死んでもよかったかもしれない。
 だが、その日、おれにできたのは、にぎりめしを食って、ぼんやりしていることだけだった。蜩の声も、いつか、聞こえなくなって、青芒に細かい雨が降り始めた。
 真に、淋しいことには、終わりがないはずだが、その夕べ、井戸のあたりで、思いがけない水の音がしたようだったが、本当は、何だったのだろう。」



「幽霊」より:

「いまさら、何をいうこともないが、幽霊になることは、淋しいものだ。幽霊になってみると分かるが、淋しくて、淋しくて、いたたまれないものだ。
 まして、貧しく心ぼそい一生を送った男が、幽霊になると、淋しくて、淋しくて、もう、どうしてよいか、分からない。」
「そんなものになるような、情けない一生を過ごしたからだと言われれば、それまでのことだが、何だか分からなくて、本当に、怨めしく、淋しい。
 わずかに、願うことといえば、やはり、どこかの貧しく心細い一生を送っている男に、そんな自分の古い提灯の夢を見てもらうことだ。」



「へちま」より:

「しずかな夏の日のことだ。そこが、どこか分からないうす暗がりに、青いおおきなへちまが、一本、ぶら下がっていて、その下に、ひとりの男が坐っていた。
 それだけのことだ。うす暗がりに、青いおおきなへちまが、一本、ぶら下がっていて、その下に、ひとりの男が、しょんぼり、坐っていたのだ。
 いつまでも、それは変わらなかった。その日、その男は、何もかも行き詰まっていた。何もかも行き詰まって、自ら、首を吊って、死んでしまうことを考えていた。
 そうしていて、唐突に、それが見えることに、気がついたのだ。うす暗がりに、青いへちまが、一本、ぶら下がっていて、ひとりの男が、しょんぼり、坐っている。」
「たぶん、何もかも厭になって、一日中、ふとんをかぶって、死ぬことを考えている男に、よくあることだ。」
「あれは、自分が生まれる前からあって、死んでからも、ずっと、そのまま、あるのだろうか。」



「奔馬」より:

「それは、しかし、どこかで激しい心身の消耗を伴う。彼らの多くは、健やかに生涯を全うできない。些細なことで、世間から逸脱し、結局は、破滅へ赴くのだ。
 憐れみを乞うわけではない。この世には、彼らのような人間がいることを理解できる人には、理解していて欲しい。彼らは、決して、自ら、望んで、そうなっているわけでないのである。」




思潮社ホームページ:
http://www.shichosha.co.jp/newrelease/item_283.html
http://www.shichosha.co.jp/editor/item_353.html




















































































































































『現代詩文庫 173 続・粕谷栄市詩集』

「純一に自己を貫いて生きることが、異常に困難な時代なのだ。」
(粕谷栄市 「猿を殺して生きる者への忠告」 より)


『現代詩文庫 173 続・粕谷栄市詩集』

思潮社 2003年7月1日初版第1刷発行
160p 四六判 並装 ビニールカバー 定価1,165円+税
装幀: 芦澤泰偉
本文二段組



詩集『悪霊』(1989年)全篇、詩集『鏡と街』(1992年)抄、詩集『化体』(1999年)抄、および拾遺詩篇。


続粕谷栄市詩集1


カバー文:

「 一枚の紙幣の遠い記憶のなかで、老人たち
が眠っている。どこまでも続く街は静かで、
点在する彼らを映す、建物の窓もある。永
遠に、それは変わらないだろう。
 一枚の紙幣の遠い記憶のなかで、無数の老
人たちが眠っている。遥かに、それを見守る
のは、偽りの啓示、そうだ、世紀末の小さ
な幻の三日月である。」



カバー裏は松浦寿輝氏による推薦文と粕谷氏略歴。


目次:

詩集〈悪霊〉全篇
 I
 冷血
 妖怪
 猿を殺して生きる者への忠告
 感傷旅行
 霊界通信
 チャーリー・コルデン氏抄
 悪霊
 亡霊
 辞世
 復活
 奇術
 梯子あるいは人生について
 楽園へ
 「症例ジョン」
 献花
 霊狐
 卵ト私
 撲殺
 橋上の人
 喜劇
 肉体
 構造
 悦びについて
 福音
 寒夜
 敬礼
 春鶯囀
 剃髪
 落魄
 悲歌
 II
 望郷
 繋船
 植物記
 幻術あるいは蒸発
 燻製にしん
 古い絵
 猿の日
 七月
 死んだ男を生き返らせる方法
 天路歴程
 五月
 老人頌
 絶叫
 セーデルマイヤーの世界
 岬にて

詩集〈鏡と街〉から
 苦痛にあえぐ男の肖像
 血だらけの虚無の雄鶏
 鏡と街
 長靴をはいた男の挨拶
 皇帝
 英雄
 血の帽子屋
 罪と罰
 白鳥
 夢の女
 詩と夜警
 半ば潰れて消えかけた顔の男
 部屋のなかの馬
 跛行
 供物
 わっ
 こんにゃくと夜
 らっきょうと昼
 死んだ餅屋
 幻花
 昆虫記
 へちまと天国
 霊験

詩集〈化体〉から
 月明
 化体
 瓦礫船
 破局について
 妄想蛙
 暗い春
 マーフィ
 マルタおばさん
 投身
 永訣
 毛布あるいは死について
 醜聞
 転生譚
 死刑
 春歌
 餓鬼
 幻月
 注射男
 壜詰男
 尻または孤独について
 迷路の街について
 来歴について
 雪

〈拾遺詩篇〉
 大鍋
 南瓜について
 犬と病気
 細長く尖った顔をした動物
 錯誤について
 月夜の幽霊
 小心者の休日
 四人の男
 妊娠
 でぶのベルタ
 とてもかなしい魂の動物
 生涯
 瞽女について
 撥
 枕

エッセイ
 「卵」と「馬」
 滄海月明珠有涙
 ダイアン
 某月某日
 奥の細道

作品論・詩人論
 思想としての散文詩 (横木徳久)
 魂の癒し (墨岡孝)
 贋作粕谷栄市 (野村喜和夫)
 それは、自分だったかも知れない (福間健二)
 寝た子を起こす人 (池井昌樹)



続粕谷栄市詩集2



◆本書より◆


本書収録散文詩より冒頭部分:


詩集『悪霊』より:

「いつ、どんな時代にも、生きてゆくために、個人が専門の技術を身につけなければならないのは、当然のことである。
さまざまの仕事のなかで、特に、私が選んだのは、猿を殺すことだ。」
(「冷血」より)

「猿を殺して生きることを選んだ者にとって、忘れてならぬことは、先ず、猿を殺すこと、それもできるだけ多くの猿を殺戮することである。
猿が、自分にとって何であり、何故、それをしなければならないのかなどと、絶対に考えてはならない。」
(「猿を殺して生きる者への忠告」より)

「この世を去る前の何年かは、好きなところで、好きなことをして暮したい。何もかも我慢して生きてきたのだから、さいごは、狐みたいに自由になるのだ。」
(「辞世」より)

「今では、誰も記憶していないだろうが、私の知っている奇術のなかで、最も興味深いものは、人間の顔を、巨きく、膨脹させて、卵に変えて見せるものだ。
深夜、どんな街で行なわれる奇術も、そうであるように、それは、甚だいかがわしいものだが、何か忌まわしく、淋しい花のような戦慄を、人々に感じさせるのだ。」
(「奇術」より)

「ぐにゃぐにゃに、のびたりちぢんだりするものとは、何か。ある静かな日、ひとりの男が、しきりに思いめぐらしたことがある。」
(「福音」より)

「静かな五月の夜は、目深に、帽子をかぶって、敬礼したまま、死んでいる男のことを、はっきりと憶い出さなければならない。」
(「敬礼」より)

「生まれて来なければよかった。どこかで、そういう声がした。生まれて来なければよかった。」
(「春鶯囀」より)

「つるつるに頭を剃ったおとこの、あたらしい生涯は、つるつるに頭を剃ることを、決めたおとこが、本当に、つるつるに頭を剃ってしまった日から、はじまる。」
(「剃髪」より)

「古い絵の記憶のなかの沖合には、暗い雲が垂れていて、突堤には、遠くからつぎつぎに、白い波の列が打ち寄せている。それを見ていると、突堤が動いていて、沖へ沖へ進んでいるように思える。」
(「古い絵」より)



詩集『鏡と街』より:

「おそらく、それは、暗い血の都会で、一日、労働した者が、幾つもの陸橋を渡って帰宅する途中で、思いがけなく、見てしまうものなのだ。」
(「血の帽子屋」より)

「既に、誰も記憶していない、古い絵暦のなかの懐かしい魂の街、石の橋を渡ると、入り組んだ路地に、小窓の多い家々が並ぶ。
そのどこかの長椅子のある狭い緑色の部屋に、その虫のように、手足の長い女は、一人でいる。
(「夢の女」より)

「どんな理由からか、遠い曇天の街の、その小さな歪んだ部屋に、鉤のようなもので逆さに吊られて、その馬は生きている。」
(「部屋のなかの馬」より)

「全て、跛行するものが、跛行するのは、彼にとって、それ以外の歩行は、あり得ないからである。
無慈悲な春の一日、無人の街の広場で、唐突に、跛行するものの跛行は、はじまる。」
(「跛行」より)

「一生、いじけると言うことを知らず、生きることのできる男もいるが、毎日、青い顔をして、いじけて暮している男もいる。
ある日、この上なくいじけたひとりの男が、らっきょうを食っていたのだ。」
(「らっきょうと昼」より)

「こんばんわ。へい、こんばんわ。誰かの夢のなかに、愚かな雪の降りしきる古い夜、賑やかな花町の裏の細い路地の、私は、死んだ餅屋です。」
(「死んだ餅屋」より)

「深い静かな夜、一匹の灰色の魚の腹を、内側から食い破って、そいつは、顔を出した。きょろきょろと、まわりを見回してから、背中の翅を鈍く光らせて、そそくさと、どこかへ姿を消した。
顔だけは、未だ、人間の顔をしているが、からだは、もう、すっかり、虫になってしまった奴だ。」
(「昆虫記」より)



詩集『化体』より:

「その病気に罹っていることは、自分にしか判らないから、自分がひとりで癒さなければならない。」
(「破局について」より)

「この世で、もし、私が女に生まれていたら、私は、マルタおばさんだ。」
(「マルタおばさん」より)

「おそらく、そのとき、自分が、その目鼻のないつるつるの顔の男になっているからだ。あるいは、もう、人間とは呼べないのかも知れない。その目鼻のないつるつるの顔をした男のことを考える。」
(「来歴について」より)























『現代詩文庫 67 粕谷栄市詩集』

「メリー・カーペンターは、イギリスの片田舎に住む、四十一歳の老嬢である。或る公立のバンガローで、七十二歳の母親と二人だけの静かな日々を送っている。
全く外出することはなく、狭い部屋のなかで、布の人形を作って飾ることだけが、彼女の仕事だ。他には何もしない。ごく稀に鳴るまちがい電話に短い応答をするだけである。」
「彼女の作る人形は、どれも不気味なものだ。病人の夢のように、手足が逆だったり、顔が緑色だったりする。」
「メリーは、彼等に言うことができる。「私たちはほんの僅かの日々しか生きることができない。だから、できるだけそれを意義あるものにしなければ…………」。
世界で最も小さな女性、身長五十二センチメートルの老嬢について、残酷な世紀の知っていることは、それだけのことだ。」

(粕谷栄市 「人形」 より)


『現代詩文庫 67 粕谷栄市詩集』

思潮社 1976年6月30日発行
151p 四六判 並装 ビニールカバー 定価580円
装幀: 国東照幸
本文二段組



現代詩文庫版粕谷栄市詩集第一集。


粕谷栄市詩集1


カバー裏文:

「粕谷さんは生を詩に翻訳する。選択の余地はない。言語によって人間の生きている現実をとらえようとすれば、少くとも彼にとって、それがただひとつの途なのだ。この宇宙に存在する物質がそれ自身の引力で、光すら曲げてしまうように、粕谷さんの想像力は絶えず現実の引力によって曲げられる。そのせっぱつまった曲率こそが詩だ。ミショーの詩を〈生きゆくための詩〉と呼んだ粕谷さんは、現実というブラック・ホールの謎と恐怖を誰よりもよく知っているにちがいない。
谷川俊太郎」



粕谷栄市詩集2


目次:

詩集〈世界の構造〉全篇
 邂逅
 暴動
 脱走
 死と愛
 動物記
 水仙
 犯罪
 喝采
 残酷物語
 鯨または
 顔
 碇泊
 海峡
 旅程
 坑道
 堤防
 刑罰
 甲板
 「世界の構造」
 啓示
 メルサコフ氏病
 櫛
 偸盗
 幽霊
 銃殺
 塀
 夏と橋
 狂信
 拷問
 反動
 人形
 湖畔
 礫山
 箒川
 射撃祭
 孤島記
 漂流記
 枯野
 卵
 愛妻

未刊詩集〈副身〉全篇
 白鳥
 厨房
 副身
 真贋
 悪夢
 信仰
 死法
 労働
 白痴
 某日
 虎嘯
 仙境
 忘恩
 満月
 氷山
 人魚
 孤島
 曲馬I
 悲歌
 佯狂
 田園
 人形
 楽器
 曲馬2
 殺人
 死刑
 献身
 幻花
 宦官
 鎮魂
 伴侶
 船出
 秘境
 莫愁

詩集〈霊異記〉拾遺
 霊異記1
 霊異記2
 霊異記3
 霊異記4
 霊異記5

初期詩篇
 部屋
 紐
 ホテルにて
 病人
 迷信
 坊主
 さむらい
 手紙
 ある日
 村

エッセイ・自伝
 わが町
 やさしい詩の書き方、生きゆくための詩
 さびしい生存
 初恋・卑怯以前のこと
 親子丼のはなし
 警官人形
 「笠懸村」
 「箒川」から
 頭山?
 犬に虹
 詩を書く場所

自伝
 散漫なおぼえ書き

作品論
 「犬」を尾ける (大野新)
詩人論
 粕谷栄市小論 (彦坂紹夫)




◆本書より◆


本書収録散文詩冒頭部分:


詩集『世界の構造』より:

「最近、私の二人の兄弟が死んだ。仕事の関係で、生涯、遂に逢うことは無かったが、永いこと、私と同じ建物に住んでいたのだ。」
(「邂逅」より)

「昨夜は、暗い天から、無数の椅子が降る夢を、何度も見た。」
(「脱走」より)

「死んでしまった一人の少女に就いて、書いて置きたい。私の育った町の大きな家具屋の娘で、私の幼なじみであったのだ。
変わった少女で、稚ない頃から、卵が嫌いだった。否、寧ろ憎悪していた。卵と卵に関するものなら、何でも、見つけ次第、叩き毀したり、引き裂いたりした。沢山の卵を盗んで、溝に捨てた。鶏を見ると、嘔いた。」
(「死と愛」より)

「私の知り合いに、奇妙なひとりの少年がいる。私がよく行く地下街の、貧しい床屋の一人息子なのだが、生来、非常に、馬が好きなのだ。
蒼白い病身でありながら、馬のこととなると、彼は熱狂する。何日でも、同じことを喋り続ける。どんな遠い処にも出掛ける。全ゆる資料を蓄え、勿論、彼自身も、一頭の牝馬を、狭い屋根裏部屋に飼っているのだ。」
(「動物記」より)

「私以外には、誰も知らない。遥かに、夥しい水仙の咲くところを、私は知っている。無数の水仙が、常に咲き乱れる、恐怖のようなところだ。」
(「水仙」より)

「或る不況の年の淋びしい雪の夜、私は、殺人を目撃したことがある。」
(「犯罪」より)

「私の父は、一生を舞台に捧げた人間だ。遂に、殆ど、世間に知られることはなかったが、彼ほどの演技者を、私は知らない。
彼は、常に、独りで仕事をした。己れの血と帽子だけで、己れだけの暗黒の舞台を創り、黙々と務めを果たして去った。いつも同じだった。
敢て、所謂、卑しい芸人と、彼を呼んでよいと思う。彼は、奇術師であった。舞台で、彼は、いつも、首の無い男を演じた。それしか、できなかった。」
(「喝采」より)

「病気に罹って以来というもの、私は、鯨を、一頭、所有している。」
(「鯨または」より)

「自分の顔を保つこと、それは非常に難かしい。」
(「顔」より)

「私の心のなかには、いつも一つの堤防の光景がある。」
(「堤防」より)

「甲板の夢を、よく私は見る。」
(「甲板」より)

「私は、「世界の構造」と言う書物を愛読している。もうずっと以前、田舎町の古物屋で、柄のとれた火桶と一緒に買わされたものだ。」
「おかしな本で、内容は、題名と全く関係がない。落丁があって判り難いが、書かれているのは、多分、豚の育て方であろう。」
(「「世界の構造」」より)

「アマーガー平原に、私は、一度も行ったことがない。一生、行けることはあるまい。亡くなった方の書きのこしたもので、知るだけだが、私には、とても懐しいことろだ。」
(「啓示」より)

「メルサコフと言う医師が発見し、自己の名を冠した病気に、メルサコフ氏病と言うものがある。別に、彼が、煉瓦病とも呼んだ、人間と馬だけが罹る病気だ。」
(「メルサコフ氏病」より)

「何処かで、胡瓜と絶望の稔る、凡そ、二百年ほど前のことだ。
廃屋のような、僧堂で、同じく、廃人のような、一人の偸盗が、自分の脛のようなものを、喰ったことがあった。」
(「偸盗」より)

「幽霊を、ひどく怖がっていた男が、幽霊を見たというときのはなしだ。」
(「幽霊」より)

「常に、唯一である、絶望の意味を知るために、人形を創ることは、悪いことではない。」
(「人形」より)

「粗末な木の箱に、一匹の犬を押し込め、構わず、蓋を打ちつけて、何日か放って置くと、やがて、それを、そのまま、犬のための棺とすることができる。」
(「愛妻」より)



未刊詩集『副身』より:

「死人と一緒に、一軒の家にくらしていると、誰でも、料理をつくるのが上手になるものだ。」
(「厨房」より)

「反世界の小さな田舎町で、もう一人の私である男が、彼の妻とくらしているのを、私は知っている。」
(「副身」より)

「西瓜のようなものが、本当に、西瓜であるかどうか、悩みふかいひとりの男が、本当に、思い悩んだことがある。」
(「真贋」より)

「一生、同じ仕事をして過すと、得るものもあるが、代りに、必ず、自分のからだに、その仕返しを受けるものである。」
(「労働」より)

「桃の実る島に行くには、誰もが、一度は死ななければならない。死ぬのが厭だったら、永く、死んだ真似をしなければならない。」
(「仙境」より)

「常に、海に漂う氷山の見えるところと言えば、隠遁者たちの住む村である。」
(「氷山」より)

「若し、この世に古い魂の運河の街があって、悪寒のようなその貧民区に、私が生まれていたら、私は、殺人鬼になる。」
(「殺人」より)

「静かな夏雲のある日、静かな運河のある街で、一人の少女が、突然、食事を絶つことがある。彼女以外、誰も、その事実と理由を知らない。」
(「幻花」より)



「わが町」より:

「しかし、私には書けなかった。手がかりをさがして、私は読んだ。時期によっていろいろな詩人を。それは、実に楽しかった。
それらの詩人の作品にくらべると、私のものは、到底、詩と呼べるものではなかった。しかし私は考えた。これは、私の「人間」の世界の確認のしごとである。
私にとって、意味があれば、あとはどうでもよいことである、と。つまり、詩のできばえを私は、あまり考えないことにした。奇妙なことである。いい詩がかきたい。いい詩でなければ、詩でない。しかし、それを考えない。それは、作品を書きすてることであり、評価から遠ざかることである。」



「やさしい詩の書き方、生きゆくための詩」より:

「生きねばならぬ――――ミショーの詩を、私は「生きゆくための詩」とひそかに呼んだ時期がある。厭生という日本語の感情はふしぎに個人的な死と敗北の優しさを持っている。ミショーを、たしかに、厭生的と言うことはできるだろう。だが、彼の詩は、決して、そのようなものではない。同じく、個人的な死と敗北にかかわって、彼は常に、何ものかと連帯している。瞭らかに生と勝利のための卑しい防壁と、彼の詩を、している。彼の孤独な地点からの叫び――――「私のような人間」の叫びは、実は、無数の人間のものなのであろうか。そしてそれは、やはり表現としての詩の効用であろう。おそらく、それが、彼の健康の指示計の目盛りなのである。」


「さびしい生存――松村定育のエロス世界に寄せて」より:

「不幸を、そうだ、唐突だが、人間の不幸を彼が感じているためだと、私はここで言いたいのだ。彼は、優しい人間なのだと、私たちの時代の人間が、常に孤立と分裂の危険に曝され、さまざまの不可能性にかこまれていること。しかもその回復の不能のまま、永遠の不可能に呑みこまれてしまうこと、そのことに、彼は、恐怖と悲哀を感じているのだと。
不可能性――――それを超えるための呪術。単純ゆえに強烈な方式。仮装は、そのための或る方法だ。仮装によってのみなし得る仮死。本当の怖ろしいものをそれによって潜り抜ける手段。仮装は、同時にその実現だ。
それをなし得たとき、私たちは、本当の人間を、新鮮な直接の世界、私たちの日常を回復できるのだから。
彼は、仮装の深さに賭けなければならない。不可能性――――その謎の深さを見とおすことによって。未だ誰も気づかぬ恐怖を発見することによって。それは、仮死の限界にあるのだろうか。
彼の作品とともに生きた時間の私の感じたものは、私たちのいわば、さびしい生存である。あるいは、生存のさびしさである。
ふたたび、私は、彼について考える。優しさは、私たちの呪術師の属性なのであろう。それから、不幸への変らぬ信仰も。そのための濃密な孤独。匿名への傾斜。」



「散漫なおぼえ書き」より:

「「私は詩人となり、人々の共感と讃辞に囲まれて生きるよりは、アマーガーの平原で、豚の番人となり、豚たちの友愛と共感をかち得たい。」――――いまはうろおぼえの文章だが、それは確かアンデルセンの自伝に出てくるキエルケゴールのことばである。」
「私の詩集『世界の構造』は、私の二十四歳のころから、三十七歳までの作品集である。
前述したように、三十四、五歳のころには、詩に関心を、全く持たなかった。私はそれを放棄していたのである。そして、その前後、私は、自分の所属する同人雑誌のほかに、詩集をのぞいて、詩誌を読むことはなかったので、所謂、現代詩一般の状況については、知識を持たなかった。ただ、三十七歳のある日、一つの事件から、私は、単に生きていることが耐え難くなり、切に詩が書きたくなった。私は、自分の作品に、殆ど見切りをつけていたが、十篇ほど作品を書き、石原吉郎氏を訪ねた。氏は、私に詩集を出すように言った。」
「詩集は、私の考えていたものより、立派なかたちとなって、私は、辟易した。その上、それは高見順賞を受賞することになって、私は、驚愕した。
私は高見賞の存在さえ知らなかった。」


























































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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