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G・K・チェスタトン 『詩人と狂人たち』 中村保男 訳 (創元推理文庫)

「「一体、どうしたというんだ」と訊く。「幽霊でも見たのかい?」
 「魚の幽霊だ」というのが詩人の答えだった――「三匹の小魚の三つの灰色の小幽霊だ。」」

(G・K・チェスタトン 『詩人と狂人たち』 より)


G・K・チェスタトン 
『詩人と狂人たち』 
中村保男 訳
 
創元推理文庫 M チ 3 8

東京創元社
1977年9月22日 初版
1995年11月10日 3版
282p
文庫判 並装 カバー
定価480円(本体466円)
カバーデザイン: 小倉敏夫



G.K. Chesterton: The Poet and the Lunatics, 1929


チェスタトン 詩人と狂人たち


カバー裏文:

「ガブリエル・ゲイルは風変わりな詩人画家であるが、いくつかの怪事件を解決した名探偵でもあった。「もしあたり一面についた誰かの手の跡を見せられたら、その男がなぜ逆立ちをして歩いていたか教えてあげましょう」彼自身狂人で逆立ちをよくするから、それがわかるというのだ。奇妙な人物がひきおこす奇怪な事件をたちどころに解決するゲイルの幻想的な探偵方法。全八編収録。」


扉文:

「ガブリエル・ゲイルは風変わりな詩人画家であるが、実はいくつかの怪事件を解決するという業績の持主でもあった。常識科学の推理などまったく受けつけそうもない狂人たちの所業、そんな事件に彼は適任者なのだ。「もし、あたり一面についた誰かの手の跡を見せられたら、その男がなぜ逆立ちをして歩いたか教えてあげましょう」自分自身が狂人で逆立ちをよくするからそれがわかるのだと彼は言う。奇妙な人物がひきおこす奇怪な事件、それを解決してゆくゲイルの幻想的な探偵作法。巨匠チェスタトンの独壇場。」


目次:

1 おかしな二人連れ
2 黄色い鳥
3 鱶(ふか)の影
4 ガブリエル・ゲイルの犯罪
5 石の指
6 孔雀の家
7 紫の宝石
8 危険な収容所

解説 (中島河太郎)




◆本書より◆


「おかしな二人連れ」より:

「「たしかにぼくの喋りかたは、常軌を逸しているかもしれません」と彼は言った。「(中略)ぼくは狂人を見るとついほろりと同情してしまう癖があるんです――だからこそ狂人たちを扱えるのです。(中略)この哀れな狂人は以前ぼくに大いに尽くしてくれたことがあるので、ぼくの気持として、それを償うには、自分で彼の面倒をみてやり、精神病院の職員たちの非人道的な扱いを受けずにすむようにしてやるよりほかないと考えたのです。いいですか、実際の話、ぼくには狂人を扱う才能があるということになっています――心理学上の想像力といったものがあるらしいのです。狂人が次には何をするか、あるいは何を夢想するか、それがたいてい分かるのです。狂人なら、なにやかやと大勢知ってますよ――自分が神だと思い込んだり、地獄に墜とされた罪びとだと信じたりする宗教がかった狂人や、ダイナマイトを信仰したり、裸体主義を信じたりする革命派の狂人や、さては哲学的な狂人まで知っているのです。(中略)たとえば、自分はこの世とは別の世の中で、別の星のもとに生きているのだと言わんばかりに振舞う連中がいます――事実この連中は別の世界に住んでいるのでしょう。ですが、ぼくが今までに手がけた狂人全部のなかで一番病気が進んでいたのは、今度のビジネスマンでした。」」


「黄色い鳥」より:

「「世間というものを見れば見るほど、あるいは多くの人間に会い、多くの本を読み、多くの質問に答えれば答えるほど、ますますぼくは信念を深めて、自分の生まれた場所や子供の時分に遊んだ場所に逆戻りして、巣に還ってゆく鳥みたいに自分の領域をせばめてゆくのです。生まれた所に還ることこそ、すべての旅路の終着点、特にもっとも広範囲を歩きつくした旅人の行き着く涯だとぼくには思われます。」」

「ゲイルという男は、こういうグループからすぐに離れたがる傾向があって、いつでも置きざりにされてしまうのだ。大きな図体をしているくせして、彼は迷子になる名人だった。」

「人生の主な目的は、前に一度も見たことがないかのように事物を見ることだとは、これまで再々彼が主張したことだった。」

「「鳥を自由にしてやるのはどんな場合でも親切なことだろうか? 自由とは一体なにか? 自由とは、何よりもまず、自分自身であることができる力だ。あの鳥はそれなりに鳥籠のなかで自由の身だったのだ。気ままにひとりだけでいることができ、自由に囀(さえず)ることができた。いちど森に入ってしまえば、その羽はちりぢりにむしり取られ、声は永久に窒息させられるだろう。こう考えたとき、ぼくは、自分自身であること――それを自由というんだが――そのこと自体が限定にほかならないのだと思い至った。ぼくたちは自分の頭脳や肉体によって限定された存在であり、もしそれを突き破ろうものなら、自分自身でなくなってしまうのはもちろんのこと、存在さえしなくなるのだ。」」
「「狂人とは、道に迷って帰れなくなってしまう人間のことです。あの鳥籠をあけた男は自由を愛していた――おそらくは愛しすぎていた――少なくとも、熱烈に愛していたことはたしかです。ところが、金魚にとって唯一の棲み家であるはずの金魚鉢を金魚の牢獄だと思いこんだばかりに割ってしまったとき、あの男はすでに理性の世界の外に出ていて、ありとあらゆるものの外に出ようと矢も楯もたまらぬほどだった。まさしく文字どおりの生きた意味において、彼は正気をはずれていたのです。」」
「「ぼくは前に、まん丸い牢獄のことを話しましたが、結局のところ、こういった気分に沿って動くことのできる人間にとってなら、まん丸い牢獄というものも現実に存在するのです。星をちりばめた天空、ひと呼んで無限というあの静穏な穹窿そのものが……」」



「鱶の影」より:

「「花の話は陳腐だけれど、花そのものは陳腐じゃない」と頑固に言い張るのは詩人だった。「(中略)抽象的に花を論じれば、花は味気ないものになってしまうけれど、あるがままに単純に見れば、花はいつでも驚異の的だ。星が沈むのも神の摂理によるとすれば、昇って来る星には、それ以上の摂理がこめられているのだ。ましてや、それが生きた星とも言うべき花となると、なおさらだ」」

「シモンは口調もなめらかに説明した――「ペリシテ人は、おそらくギリシャ人を祖とする民族で、クリート島からパレスチナの海岸に移住したのですが、そのとき一緒にもって行った信仰は、海神ポセイドンを崇める信仰だったとしても不思議はないのですが、ペリシテ人の敵であるイスラエル人に言わせると、それは半人半魚の神デイゴンを崇拝する宗教だということになっています。ともかく、今ここで問題になる点は、彼らの崇拝の対象である神の彫像や画像が、どうやらいつも決まって魚であったらしいということです」
 新しい話題がもち出されたために、話がまた詩人対科学者の論戦になりかねない気配が漂った。
 「ぼくの見解を述べますと」と言ったのは科学者である――「実を申せば、あなたの友人ブーンさんにはだいぶ失望しているのです。あの方(かた)は、ぼく同様の合理主義者だと自称していますし、南洋諸島で民俗学の研究をしたような口ぶりでしたが、どう考えても、あの人のいうことは矛盾してると思うんです。一種の物神(フェティッシュ)についてやけに大騒ぎしてましたからね――しかも、それがくだらぬ魚(フィッシュ)のフェティッシュときてるんですから」
 「いや、いや!」激昂せんばかりにゲイルが叫んだ。「魚をフェティッシュにするほうがよほどましだ。鱶を祀る恐ろしい大祭壇にわが身はもちろん、すべての他人を生贄に供するほうがいいんだ。たかがくだらぬ魚だといって大それた冒涜を犯すくらいなら、ほかのどんなことをしたって、そのほうがよほどましだ。たかが魚じゃないかと啖呵(たんか)を切るのは、花のことを単なる花さといって済ますのと同様に言語道断の仕打ちだ」」

「「ぼくが何よりも避けたがっているのは、発狂することだ。もしぼくが、深淵を越える綱渡りでバランスを失ったら、同じ仲間の狂人たちになんにもしてやることができなくなるじゃないか!」」



「ガブリエル・ゲイルの犯罪」より:

「「いいですか、ゲイルはある一つの理論にとり憑かれていました」とガースは言った。「ゲイルは、彼のいわゆる同情というやつで狂人を治すことができると考えていました。しかし、これは普通の意味でいう同情とはわけが違います。彼のいう同情とは、狂人の考えについて途中まで一緒に行くこと、できることなら最後までついて行くことだったのです。ぼくはよくあいつに冗談を言って、もし狂人が自分の身体はガラス製だと考えていれば、ゲイルはきっと自分まで透明になった気持を味わおうと苦心するだろうね、とからかったものです。」」

「「何もかもはっきり白になるまで、どうぞご随意に精神病院に押し込めて結構です」軽蔑した口調でゲイルは言う。「そうされたからって、ぼくが気にするとでも思っているのですか? さしこむ日光に埃が舞い、壁に影が映るかぎり、そしてぼくが平凡な事物を眺めては、なんてこれは非凡なのだろうと考えることができるかぎり、ぼくは精神病院ででも充分幸福なのです。(中略)気違い病院という所は、正気な人間の行くべきお誂えの場所ではないかとさえ思われます。知性なんぞありもしない連中がうようよして、最新刊の哲学書についてくだらない談議に耽るインテリクラブに入会したり、奉仕せよと呼びかけては、誰か他人の玩具を取りあげる仕事を手伝わせる熱心だが排他的な運動に参加したりするよりか、閑静で居心地のいい気違い病院に住むほうがどれほどましか知れたものではありません。」」



「石の指」より:

「たいてい彼は、自分の気の向くことを、なんということなしにやるのだが、気の向くことといえば、なんにもしないでいることが一番多かった。」



◆参考◆


チェスタトン『正統とは何か』(安西徹雄訳)より:

「大抵の人は、詩人は心理的には怪しげな人種だと思いこんでいる。詩人の頭にいただく美の花輪は、左巻きに編みあげてあると想像する人びとは少なくない。だが事実を見ても史実を見ても、これがまったくの誤りであることにはまず疑問の余地がない。本当に偉大な詩人たちは、ほとんどみながみな、単に正気であるばかりか、おそろしく実務の才に恵まれた人びとだった。(中略)想像は狂気を生みはしない。狂気を生むのは実は理性なのである。詩人は気ちがいになりはしない。気ちがいになるのはチェスの名人だ。数学者は気ちがいになる。それに出納係。だが創造的芸術家はめったにならない。」





















































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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