G・K・チェスタトン 『ブラウン神父の醜聞』 中村保男 訳 (創元推理文庫)

「いつもわたしは、自分の言おうとしていることをはっきり言おうと努めているのですが、ほかの人たちがわたしの言おうとしていることに盛り沢山の意味をつけてしまうのです」
(G・K・チェスタトン 「手早いやつ」 より)


G・K・チェスタトン 
『ブラウン神父の醜聞』 
中村保男 訳
 
創元推理文庫 110-5

東京創元社
1982年10月29日 初版
1984年8月10日 3版
307p
文庫判 並装 カバー
定価360円
カバー: 長谷川並一



Gilbert Keith Chesterton: The Scandal of Father Brown, 1935


チェスタトン ブラウン神父の醜聞


扉文:

「奇想天外なトリック、痛烈な諷刺とユーモア、独特の逆説と警句、シャーロック・ホームズものと双璧をなす短編推理小説の宝庫ブラウン神父譚。作者チェスタトンは、トリック創案にかけては古今の推理作家中でも卓越した存在である。まん丸な童顔には、澄んだ目がぱちくりしている。不恰好な小柄なからだに大きな帽子と蝙蝠傘(こうもりがさ)といういでたち。どこから見ても質朴で能のない貧相な坊さんにすぎないのだが、ひとたび事件が起きるや、ブラウン神父の探偵ぶりの鮮やかさ。快刀乱麻をたつように難事件を解決する!」


目次:


ブラウン神父の醜聞
手早いやつ
古書の呪い
緑の人
《ブルー》氏の追跡
共産主義者の犯罪
ピンの意味
とけない問題
村の吸血鬼

ブラウン神父の世界 (中村保男)




◆本書より◆


「村の吸血鬼」より:

「「ええ」と博士は深刻そうに答えた。「その大スキャンダルの起こりはこうなんですよ。グレンジと呼ばれる家が森(グローヴ)のいちばんはずれにあるんですが、そこに婦人がひとり暮らしています。孤独なる女、というわけです。自分ではマルトラヴァース夫人と称して、わたしどももそう呼んでいますが、この女がやって来たのは一年か二年前で、だれもこの女のことは何も知っていない有様です。《どうしてこんな所に住みたがるのか、さっぱりわからないわ》とミス・カーステアーズ・キャルーは言ってましたよ。《だれもあのひとの所へは訪ねて行かないんですもの》」
 「それだからこそ、そこに住みたがるのかも知れませんね」とブラウン神父。
 「どうもあの女のひっそりとしたひとり暮らしは、怪しいということになっているのです。大変な美人だし、それによきスタイルというやつさえもっているので、周囲の人たちにけむたがられているんです。若い男たちはみんな、あの女は妖婦(ヴァンプ)だから気をつけろと言われている始末です」
 「すっかり慈愛の心をなくした民衆というものは、すべての論理性を失うわけだ」とブラウン神父は評した。「その女性が自分ひとりで閉じこもっているということにとやかくけちをつけ、お次に、その女性は村の男衆をたぶらかす妖婦であるなどときめつけるのは、どうもむちゃな話です」」
「「さて、その女性が牧師のせがれをたぶらかしたということになっているんですね」
 「ええ、それがあの爺さん牧師にはとてもおそろしい問題に思えているんです。あの女は後家さんだということになっていますのでね」
 ブラウン神父の顔は珍しく赤味を帯び、痙攣(けいれん)して、いら立っていることを示していた。「その女性は、後家さんだということになっているって。それだって、牧師のせがれが牧師のせがれだということになっていたり、あんたが医者だということになっているのと同じでしょう。一体、どうしてその女性が後家さんであってはいけないのです?」」

「「わたし自身はイギリスの田舎者です。少なくとも、ほかの野暮な連中とエセックスで育ちました。いったい、イギリスの農夫が昔のギリシャの都市国家の市民みたいに自分の村を理想化したり、擬人化したりしたあげく、その聖なる旗じるしのために、さながら中世イタリアの都市共和国の住民のように剣を抜いて立つなんてことが想像できるでしょうか? 陽気な田舎者が《ポタース・ポンドの紋章につけられた汚点を拭いうるものは血あるのみ》などとふれまわっているのを、いったいどこで聞けるでしょうか?」」





こちらもご参照ください:

G・K・チェスタトン 『新ナポレオン奇譚』 高橋康也・成田久美子 訳 (ちくま文庫)





















































































































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G・K・チェスタトン 『ブラウン神父の不信』 中村保男 訳 (創元推理文庫)

「超自然を信じるのは自然なことで、自然なものだけを信じることは自然とは感じられぬものです。」
(G・K・チェスタトン 「ムーン・クレサントの奇跡」 より)


G・K・チェスタトン 
『ブラウン神父の不信』 
中村保男 訳
 
創元推理文庫 110-3

東京創元社
1982年3月12日 初版
1991年6月14日 10版
309p
文庫判 並装 カバー
定価450円(本体437円)
カバー: 長谷川並一



Gilbert Keith Chesterton: The Incredulity of Father Brown, 1926


チェスタトン ブラウン神父の不信


扉文:

「奇想天外なトリック、痛烈な諷刺とユーモア、独特の逆説と警句、シャーロック・ホームズものと双璧をなす短編推理小説の宝庫ブラウン神父譚。作者チェスタトンは、トリック創案にかけては古今の推理作家中でも卓越した存在である。まん丸な童顔には、澄んだ目がぱちくりしている。不恰好な小柄なからだに大きな帽子と蝙蝠傘(こうもりがさ)といういでたち。どこから見ても質朴で能のない貧相な坊さんにすぎないのだが、ひとたび事件が起きるや、ブラウン神父の探偵ぶりの鮮やかさ。快刀乱麻をたつように難事件を解決する!」


目次:

ブラウン神父の復活
天の矢
犬のお告げ
ムーン・クレサントの奇跡
金の十字架の呪い
翼ある剣
ダーナウェイ家の呪い
ギデオン・ワイズの亡霊

解説 (中島河太郎)




◆本書より◆


「ムーン・クレサントの奇跡」より:

「ところが、三人の神経質な感覚には、この男がきのこのように音もなくひょっこりと現われたとしか感じられなかった。いや、まったく、この男の様子ときたら、大きな黒きのこにかなり近いものであった。背は低く、小がらでずんぐりしたからだは大きな黒い僧帽にすっぽり隠れてしまいそうなのだ。そこで、もし蝙蝠傘を持ち運ぶ習性がきのこにあったとしたならば、(中略)この神父ときのこの類似は一段と完全になっていたであろう。」


「金の十字架の呪い」より:

「「わたしどもにはわからないことが出てくる超自然の物語を信じるほうが、わたしどもの知っているところと矛盾(むじゅん)するような自然の話を信じるよりも、実のところ自然なのです。偉大なグラッドストーンが死にぎわにアイルランド国粋党首パーネルの死霊にとりつかれたという話を聞いたら、わたしはこれについては不可知論者になって、そんなこともありうるのかと思う。だが、グラッドストーンがヴィクトリア女王に拝謁(はいえつ)したとき、帽子もぬがずに女王の背中をなれなれしくたたいて葉巻を差しだしたというお話になると、とても不可知論者になってはいられない。これはたしかに不可能なできごとじゃない。が、とても信じられない話です。パーネルの亡霊が出たという話のほうがまだ信用できる。なぜと言って、これはわたしの理解しているこの世の中の法則を破っているのだからね。」」

「「わたしは迷宮のようにいりくんだ地下の通路を発見したのです。その迷路をたどってどんづまりにつくと、廃物が山と積まれ、こわれた装飾品や宝石が散乱していました。埋没した祭壇ででもあったのでしょうが、そのなかに一つ妙な金の十字架が見つかったのです。ひっくりかえすと、そこにはイクタスという魚のしるしが描いてあった。この魚じるしは、初期キリスト教徒のしるしだったものですが、よく発見されるものとは形も様式もずいぶん違っていました。」」
「「わたしは、これらの洞窟は地下礼拝所(カタコーム)の代用として使われたのだと信じる一派に属していました。つまり、ローマの帝国全体に火のように迫害が広がったころ、キリスト教徒はこういう古代異教の石の迷宮に隠れ場を求めたのだ――とこう信じていたのですから、問題の金の十字架を見つけて拾いあげたときには、雷にうたれたようにどきりとしました。けれども、それよりもうれしい驚きだったのは、もう一度おもての光の世界へ出ようとしてふりかえったとき、地下の廊下にそって無限にのびる露出した岩の膚を見あげると、そこに輪郭こそ粗雑だが、それだけにまぎれもない魚の形が刻まれているのが見えたことでした。
 じっと見ていると、どこかそれは凍った海に永久に閉じこめられた魚か、なにか原初の有機体の化石に見えてきました。(中略)そのうちにふとこんなことに気がつきました。つまりわたしは、人間の足もとはるかの地の底に落ちて薄明と無音の世界で動きまわっていた初期のキリスト教徒たちは、やはりやみに近い沈黙の海底に啞(おし)の暮らしをしている魚そっくりだったにちがいないと潜在意識のなかで考えていたのです。」」

「「あの暗い地下の礼拝所でキリストの秘密のしるしを岩に描きつけた人は、もっと違った形で迫害されていたのです。その人は孤独な狂人でした。正気の社会が総がかりでその人を助けるのではなく抹殺(まっさつ)してしまおうとしていたのです。わたしもよくいらいらと気をもんでは、わたしを苦しめているのはあいつだろうか、いや、こいつだろうかと頭をひねったものです。(中略)いや、連中は全部ぐるかもしれないぞ。もしあの船に乗っていた全部の人間、同じ汽車に乗ったすべての人、この村に住むあらゆる人がそうだとしたら……とにかく、わたしにかんするかぎりこの人たちがみんな殺人鬼だとしたならば、いったいどうしよう。わたしはこんなふうに考えていました(中略)。もしそのくせものがすでに日光のなかに現われ出て、地上のすべてをわがものにし、あらゆる軍隊と群衆を支配しているとすれば、どういうことになるだろう。奴がもし出口という出口をふさぎ、あるいは煙でわたしを穴からいぶりだし、あるいはまたわたしがおもてに頭をだしたとたんにばっさりと……そういう大規模な殺人計画にはもうどうしようもないんじゃないか。だいたい世界はこういうことを忘れております。つい最近まで戦争を忘れていたくらいですから」
 「そうでした」とブラウン神父は言った――「そして戦争のほうは忘れずにやってきた。あの魚もご同様で、一度は地下に追いやられるかもしれないが、いつかそれはまた日なかに出てくるのです。パドアの聖アントニーもユーモラスにこう言ってますよ――ノアの洪水に生きのこれるのは魚だけ、とね」」





























































































































G・K・チェスタトン 『ブラウン神父の童心』 中村保男 訳 (創元推理文庫)

「「どうしてこれがみんなわかったんだ? あんたは悪魔なのか?」
 「人間ですよ」ブラウン神父はおごそかに答えた――「人間なればこそ、この心のうちにあらゆる悪魔をもっているのです。」」

(G・K・チェスタトン 「神の鉄槌」 より)


G・K・チェスタトン 
『ブラウン神父の童心』 
中村保男 訳
 
創元推理文庫 110-1

東京創元社
1982年2月19日 初版
1983年9月9日 5版
356p
文庫判 並装 カバー
定価430円
カバー: 長谷川並一



Gilbert Keith Chesterton: The Innocence of Father Brown, 1911


チェスタトン ブラウン神父の童心


扉文:

「奇想天外なトリック、痛烈な諷刺とユーモア、独特の逆説と警句、シャーロック・ホームズものと双璧をなす短編推理小説の宝庫ブラウン神父譚。作者チェスタトンは、トリック創案にかけては古今の推理作家中でも卓越した存在である。まん丸な童顔には、澄んだ目がぱちくりしている。不恰好な小柄なからだに大きな帽子と蝙蝠傘(こうもりがさ)といういでたち。どこから見ても質朴で能のない貧相な坊さんにすぎないのだが、ひとたび事件が起きるや、ブラウン神父の探偵ぶりの鮮やかさ。快刀乱麻をたつように難事件を解決する!」


目次:

青い十字架
秘密の庭
奇妙な足音
飛ぶ星
見えない男
イズレイル・ガウの誉れ
狂った形
サラディン公の罪
神の鉄槌
アポロの眼
折れた剣
三つの兇器

解説 (中島河太郎)




◆本書より◆


「飛ぶ星」より:

「「これはアフリカ産の有名なダイヤモンドで、あまり頻々(ひんぴん)と盗難に遭うので、《飛ぶ星》と呼ばれている。犯罪界の大物はみんなこれをねらっているが、往来やホテルでうろついている無頼漢連中だって手をださずにはいられまい。ここにくるとちゅうでだって紛失しなかったとはかぎらない。ありうることだよ」
 「あたりまえのことでしょう」と赤いネクタイの男が唸るように言った。「やつらがこれを盗ったとしても、ぼくはやつらが悪いんだとは思わないな。やつらがパンを乞い求めているのに、あんたが石ころひとつあたえなければ、やつらは自分でこの石を奪ってもかまわぬはずだ」
 「そんな言いかたをしないで」と娘がさけんだ。(中略)「あんたがそんな話しかたをするようになったのは、あんたがあのなんとかいう怖ろしいものになってからだわ。ほらあのことを言ってるのよ。煙突掃除夫を抱きしめたがるひとのことをなんていいましたっけ?」
 「聖者といいますよ」とブラウン神父が言った。
 「わたしが思うには」人を見くだすような微笑をうかべてレオポルド卿が言った――「ルビーが言いたいのは社会主義者のことだろう」
 「急進派(ラディカル)というのは大根(ラディッシ)を食って生きている男のことじゃない」かなりいら立った口調でクルックが述べた――「(中略)それと同じに、社会主義者というのは、煙突掃除夫と談笑しながら一夜をすごしたいと思っている男のことじゃないんだ。社会主義者というのは、どこの家の煙突もみな同じように掃除され、どこの煙突掃除夫もみなその報酬を受けるようになることを望む人間なのだ」
 「すると、社会主義者というのは、人が自分の煤を所有することを許さぬというわけで」と低い声で神父が口を入れた。
 クルックは、興味ありげな、尊敬の色さえまじえた眼で神父を見やった。
 「煤を自分の物にしておきたい人がいるんですか?」とクルックは訊いた。
 「いないこともありますまい」とブラウン氏は思案ありげな眼つきで答えた。」



「イズレイル・ガウの誉れ」より:

「「故オーグルヴィー大監督は、グレンガイル家に生まれた人間のうちもっとも善人に近づいた人だった。ところが、彼のゆがんだ徳は人間ぎらいという方向をとった。先祖の不徳義に気を腐らせた彼は、そこから一般論を抽(ひ)きだして、人はみな不正直だと結論したのです。なによりもとりわけ疑いの眼を向けたのは、慈善とか寄捨ということだった。そして、もしどこかに、自分の権利である分量だけを過不足なく取得している人がいたならば、グレンガイル家の金はすべてその人に贈ると誓言し、こうして人類への挑戦状をたたきつけると、よもやそれに応じて立つ者はあるまいとたかをくくって隠遁してしまった。ところが、ある日のこと、聾のうえに見たところ能なしの若者が遠くの村から電報を届けにやって来た。グレンガイルは、皮肉ないたずら心から一枚の新しいファージング貨を若者にくれてやった(ファージング貨は英国の最少単位、四分の一ペニーである)。すくなくとも、ファージング貨だと思ってくれてやった。ところが、あとで小銭を調べてみると、新しいファージング貨はそのままで、一ポンド貨のソヴリンがなくなっているのに気がついた。この手違いにグレンガイルは世間への自分の侮蔑を満足させる可能性を見てとった。どのみち、あの若造は人間特有の貪欲ぶりを発揮するだろう。このまま消えてしまって、一枚の硬貨の盗人となるか、それとも、しかつめらしくそれを持って帰って来て、報酬を要求する俗物となるか、二つに一つだ。その夜、グレンガイル卿がベッドからたたき起され――というのも、卿は一人で住んでいたから――しぶしぶと門をあけると、そこに立っていたのは例の白痴だった。このあほう君はなんと、ソヴリンをではなく、十九シリング十一ペンス三ファージングの釣銭を持って来たのです。
 このおこないがいかにも几帳面(きちょうめん)であることが、狂ったグレンガイルの頭に焰のようにとりついた。彼は自分がディオゲネスであって、長いあいだ正直な人間を捜してきたが、やっと一人見つけたという意味のことを口ばしり、遺言状を書き改めた。」」



「狂った形」より:

「「フランボウ」とブラウン神父――「あそこのベランダの下に長い腰掛けがある、あそこなら、雨にも濡れずに一服ふかせるだろう。おまえは、わたしにとってこの世でただ一人の友達だから、話がしたいのさ。というよりも、いっしょに無言でいたいのかもしれん」」



◆誤訳指摘◆


誤ちは人の常、誤訳もまた人の常なのでしかたがないですが、訳者の中村さんは他人の誤訳を指摘する本を出しているので、自分の誤訳を指摘されてもしかたがないです。そういうわけで、ここでは「秘密の庭」からいくつか気になった点を指摘したくおもいます。


「こうした人びとの唯一の欠点は、慈悲というものを正義よりもなおいっそう寒ざむしいものに変えてしまうことにある。」

「and the only thing wrong with them is that they make mercy even colder than justice.」

「cold」=「冷酷な、無情な」


「ヴァランタンは早くも黒の正装に赤の薔薇を飾り、(残念ながら、黒い頬髭にはちらほらと銀色に光るものが見えてはいたが)申し分なく奥ゆかしいいでたちで帰館したのであった。」

「When Valentin arrived he was already dressed in black clothes and the red rosette - an elegant figure, his dark beard already streaked with grey.」

「rosette」=「ロゼット」はレジオン・ドヌール勲章(オフィシエ)の略綬。「残念ながら」は原文にはないです。


「すぐにこの超自然的感覚から立ち直って自分を取りもどしていた。」

「From any such occult mood, at least, he quickly recovered,」

この部分はオリヴァー・ロッジやコナン・ドイルの心霊主義(Spiritualism)に対する否定的な言及ですが、「occult」を「超自然的」(=supernatural)と訳すのはどうかと思います。チェスタトンが信仰したカトリックも超自然的な現象を積極的に認める宗教です。あと「感覚(sense)」と「気分(mood)」はぜんぜん違います。ちゃんと訳し分けないとだめです。


「魔術にかかったように、中世の殉情詩人の庭――ワトーの描くあのお噺(はなし)の国に惹きこまれてしまったのだ。」

「He was trapped as if by magic into a garden of troubadours, a Watteau fairyland;」

「troubadour」は辞書を引けば「中世の殉情詩人」と出てくるかもしれないですが、ここでは一般化して、18世紀の画家ワトーの画面に登場するバロック・ギターを抱えた楽士のことをいっているので、「中世の」は余計です。


「切られイヴァンがとびあがって吠えたてた――」

「Ivan of the Scar sprang up.」

「切られイヴァン」は「切られ与三郎」にひっかけて洒落たのでしょうが、「Ivan」は「the old man with a scar」とあるので、傷はひとつだけなので、「切られ」というほどではないです。










































































G・K・チェスタトン 『ブラウン神父の知恵』 中村保男 訳 (創元推理文庫)

「「なによりもおそろしいのは、中心のない迷路です。だからこそ無神論者は夜ごと悪夢にうなされる」」
(G・K・チェスタトン 「シーザーの頭」 より)


G・K・チェスタトン 
『ブラウン神父の知恵』 
中村保男 訳
 
創元推理文庫 110-2

東京創元社
1982年4月30日 初版
1991年11月15日 5版
328p
文庫判 並装 カバー
定価480円(本体466円)
カバー: 長谷川並一



Gilbert Keith Chesterton: The Wisdom of Father Brown, 1914


チェスタトン ブラウン神父の知恵


扉文:

「奇想天外なトリック、痛烈な諷刺とユーモア、独特の逆説と警句、シャーロック・ホームズものと双璧をなす短編推理小説の宝庫ブラウン神父譚。作者チェスタトンは、トリック創案にかけては古今の推理作家中でも卓越した存在である。まん丸な童顔には、澄んだ目がぱちくりしている。不恰好な小柄なからだに大きな帽子と蝙蝠傘(こうもりがさ)といういでたち。どこから見ても質朴で能のない貧相な坊さんにすぎないのだが、ひとたび事件が起きるや、ブラウン神父の探偵ぶりの鮮やかさ。快刀乱麻をたつように難事件を解決する!」


目次:

グラス氏の失踪(しっそう)
泥棒天国
ヒルシュ博士の決闘
通路の人影
器械のあやまち
シーザーの頭
紫の鬘(かつら)
ペンドラゴン一族の滅亡
銅鑼(どら)の神
クレイ大佐のサラダ
ジョン・ブルノワの珍犯罪
ブラウン神父のお伽噺(とぎばなし)

解説 (中島河太郎)




◆本書より◆


「ヒルシュ博士の決闘」より:

「フランボウは言った――「もしも」やや荒々しい声だった――「もしもヒルシュ博士がほんとうに臆病な裏切者だったら……」
 「ああいうお人にあんまりきびしくしないほうがいい。こういう罪は、すこしも本人のせいじゃないのだよ。あのような人は生まれつき拒絶するという能力に欠けているのだ。女が男からダンスを申しこまれて断わったり、男が投機に手を出すのを断わったりするような能力がもともとないのだよ。」」

「ブラウン神父の顔つきは、いかにもありふれたものだったが、妙な満足感にあふれていた。それは、むろん認識の光で輝くこともあったが、無知である時にもよく輝いた。」



「ペンドラゴン一族の滅亡」より:

「以上のようなどうでもいいことを神父は逐一、耳と目におさめていた。とはいえ、車中の疲れきった男が線路の上で車輪がかなでる単調な曲を聞くともなしに聞いたり、病人が壁紙の模様をなんとはなしにながめているのと大差ない受けとりかただった。」

「「鳥の羽を一枚、化石だの珊瑚(さんご)だのといっしょにしてごらん。だれだってそれを見たら、標本だと思う。次に、同じ羽をリボンや造花と並べて置いてみなさい。こんどは、婦人帽につかう羽だと思うでしょう。インクびんや、本や、ひとかさねのレターペーパーとその羽をいっしょにしておけばどうなるか。それを見た人は十中八九まで、あそこには羽ペンがあったと証言するでしょうな。」」



「銅鑼の神」より:

「「ひとつ、よく考えてごらんなさい。だれでも、自分がひとりきりだと感じれば感じるほど、それだけ自分がはたしてほんとうにひとりなのかどうか怪しく思うようになるんじゃないでしょうか。ひとりきりでいるというのは、当然、自分のまわりがだれもいない空き地であるということで、それなら自分はその空き地のまんなかでことさら人目につきやすいというわけです。」」


「クレイ大佐のサラダ」より:

「ブラウン神父のなかにはふたりの人間が住んでいた。行動家のブラウンは浮草のごとくつつましく、時計のごとく時間にきちょうめんで、日々のささやかな義務を励行し、夢にもそれを変更しようとは考えなかった。他方、熟考家のブラウンは、行動家にくらべてはるかに単純だったが、はるかに強靭(きょうじん)であり、思いとどまらせることは容易ではなく、その考え方は(唯一の知的な意味で)自由な思考法だった。要するに、ありうるかぎりの質問をみずからに発し、できうるかぎりそれに答えることを、無意識のうちに行なってしまうのだった。これは呼吸や血液の循環と変わらぬ自然の働きだった。」


「ジョン・ブルノワの珍犯罪」より:

「神父は、無表情なまん丸い顔を星空に向けて、ぼんやりとしゃべりつづけた。「まず、あいまいな思いつきのほうから紹介しましょう。だいたい、あいまいな思いつきというものはしごくたいせつなのです。わたしはそう思う。証拠にならないようなことがわたしには決め手になるのです。性格的に不可能だということほど大きな不可能性はないと思うのです。」

「ブルノワ夫人は、相変わらず確信しきった様子を努めておさえながら、また神父に近寄った。
 「主人はすぐれた人です。(中略)主人は名声を得たことも成功したこともありません。名士になろうなんてことは夢にも考えていませんでした。(中略)そういう点では主人はあっぱれなほど頭がまわらないのです。まだまだ子供とかわりありません。」」

「「おわかりになってないのですね」とブルノワ夫人は言った。「主人はちっとも気にしやしません。アメリカなんて所がほんとうにあるのかどうかさえもわかっていない人ですもの」」

「「どうかそのままで、ブルノワさん」と神父はいつものあいそうのよい散文口調で言った。「おじゃまいたすつもりはないのです。なにか専門のお仕事の最中に押しかけて来たんじゃありませんか」
 「いいや」とブルノワは言った。「《血まみれの拇指(おやゆび)》を読んでいたところです」これを言うのに、顔をしかめもせず、そうかと言って微笑をうかべもしなかった。そこで客人は、細君が大人物だというこの男にはなにか深い、ひ弱なものではない無関心がひそんでいるのに気づいた。」
「「どうもうまく自分が分析できないのですが」とブルノワは続けた――「それでもあの椅子にすわってこの本を読んでいると、ぼくは半どんの日の小学生みたいに幸福でした。安定感と言いましょうか、永遠感と言いましょうか、どうもうまく言えませんが……すぐ手もとに葉巻があり……マッチも手の届くところに置かれ……話のなかにあの血まみれの指が繰りかえし四度も現われてくれる……それはただ心が安らかになるだけのものじゃありません、完全な充足感なのでした。」」




◆誤訳指摘◆


誤ちは人の常、誤訳もまた人の常なのでしかたがないですが、訳者の中村さんは他人の誤訳を指摘する本を出しているので、自分の誤訳を指摘されてもしかたがないです。しかしめんどうなので一個所だけにしておきます。


「器械のあやまち」より:

「あんたがたは、ありとあらゆる罪がみんなひとつ袋にはいっているのだとお考えになっているようだ。月曜日のけちん坊は火曜日にも守銭奴なのだといいたげな話ぶりをなさる。」


原文:

「You seem to think that all sins are kept together in a bag. You talk as if a miser on Monday were always a spendthrift on Tuesday.」


「spendthrift」は「浪費家」なので、後半は「まるで月曜日の守銭奴が火曜日にはきまって浪費家になるかのような話ぶりをなさる」とでもするとよいです。ここでブラウン神父は、犯罪者にも生まれつきの性格があるので、犯せる罪と犯せない罪(性格的に不可能な罪)があると主張しています。









































































































G・K・チェスタトン 『奇商クラブ』 中村保男 訳 (創元推理文庫)

「草そのものが妖精の大群で、その妖精は自分の味方ではない、そんなふうにさえ思われた。」
(G・K・チェスタトン 「驕りの樹」 より)


G・K・チェスタトン 
『奇商クラブ』 
中村保男 訳
 
創元推理文庫 110-07

東京創元社
1977年6月10日 初版
1995年5月19日 5版
335p
文庫判 並装 カバー
定価580円(本体563円)
カバーデザイン: 小倉敏夫



G.K. Chesterton: The Club of Queer Trades


チェスタトン 奇商クラブ


カバー裏文:

「会員は既存のいかなる商売の応用、変形でない完全に新しい商売を発明し、生活を支えなければならない。この変わったクラブ、奇商クラブの面々をめぐる事件を、優れた裁判官でありながら裁判官席で発狂し、隠退したバジルが解決する逆説に満ちた探偵譚。チェスタトンがブラウン神父シリーズに先駆けて発表した傑作短編集である。全六編に、中編「驕りの樹」と「背信の塔」を併録。」


扉文:

「会員たらんとするものは完全に新しい生業(なりわい)の方法を発明しなければならない。それは既存の商売の応用、変形であってはならないし、その商売は発明者の生活を支える収入をもたらさねばならない。この一風変わったクラブ、奇商クラブの面々をめぐって起こる事件を、英国でも一、二を争う裁判官でありながら裁判官席で発狂し隠退したバジル・グラントが解決する、逆説に満ちた探偵譚。推理小説史上の巨人チェスタトンがブラウン神父シリーズに先駆けて発表した短編集。中編傑作「驕りの樹」と「背信の塔」を併録。」


目次:

奇商クラブ
 ブラウン少佐の大冒険
 痛ましき名声の失墜
 牧師はなぜ訪問したか
 家屋周旋業者の珍種目
 チャッド教授の奇行
 老婦人軟禁事件

背信の塔

驕りの樹
 1 孔雀の樹の物語
 2 郷士ヴェーンの賭
 3 井戸の秘密
 4 真相追究

解説 (中島河太郎)




◆本書より◆


「奇商クラブ」より:

「バジルという人物について何か知っている者はほとんどいなかった。それは、彼が特に非社交的な人間だったからではない。行きずりの人がのっそり彼の部屋に入って来れば、彼は一晩中でも相手にお喋りをさせておくだろう。それでもやはり彼と知合いになった人は皆無といっていい。彼はすべての詩人がそうであるように、そういった知人を必要としていなかったのである。たしかに彼は、夕焼け空が突然、一つの色に溶け合うのを歓迎するのと同じ気分で人間の顔を喜んで迎えるが、いざパーティーに出かけて行く段になると、そんな必要は夕焼け雲を変える必要を認めぬと同様にまったく認めてはいなかった。彼は、ランベス街のある風変わりで居心地のいい屋根裏部屋に住んでいたが、彼をとりかこむ雑然とした品は、あたりの貧民街と奇妙な対比をなしていた。古めかしい奇想天外な書物や剣や甲冑など、ロマン主義の道具立が埃にまみれて散らかっていたのである。しかし、こういった現実ばなれした遺品のかずかずのなかで、当人の顔は、妙に鋭く近代的に見えた。それは、逞(たくま)しくまともな顔だった。」

「「彼には一つ欠点がある」とバジルは思慮深げに言った。「いや、なかにはそれを美点とみなす人がいるかもしれない。奴はあまりにもはっきりと洗いざらい本当のことを言ってしまう癖がある。つまり、真実を語りすぎるんだ」」

「「ぼくとしてはズールー人が劣等な進化段階にあるとは、とうてい信じられない。月に向かって吠えたてたり、暗闇の中で鬼を恐れたりすることはちっとも馬鹿げたことでも、無知なことでもないのだ。ぼくにはそれがいたって理にかなったことだと思われる。存在そのものの神秘と危険を感じる人があったからと言って、どうしてそれを白痴と考えなくてはいけないのか。(中略)暗闇の中で鬼を恐れることのないわれわれこそ、能なしなのだとしたらどうです?」」



「驕りの樹」より:

「「突き出た森林の先端が砂漠と、潮の満ち干のない大海原とのあいだで細まっているあのバーバリーの海岸にいらっしゃれば、今でも、土民たちが暗黒時代の一聖者にまつわる不思議な物語を話しているのをお聞きになるでしょう。(中略)祖言い伝えによると、そのあたりの森に住んでいた聖セキュリスという隠者は、樹をまるで友人のように愛し始めたというのです。その樹は、手が百本、頭が五十あったというギリシャ神話のブリアレオースよろしく無数の枝をもった巨木なのですが、生き物のなかではもっとも穏健で害のない種類で、ライオンのように喰い荒らす代わりに、すべての小鳥たちにその腕を広げてやったのです。そこで聖セキュリスは、その樹たちが時折ほかの生き物と同様に歩くことができるよう祈ったのです。こうして樹は、かつてオルフェイスの歌声で動きだしたように、聖セキュリスの祈りによって歩き動くこととなりました。砂漠の人びとは、聖者が小学生を引き連れた教師のように、歩く森と一緒に歩き回っているのを遙かに眺めて恐怖のとりことなりました。というのも、樹はきわめて厳格な統制のもとに解放されていたからで、隠者が鈴を鳴らすと元の場所に戻り、野獣の真似をするにせよ、歩くことだけで、殺生したり喰い荒らしたりは絶対にしなかったのです。さてあるとき一本の樹が聖者の声ではない何者かの声を聞いたというのです。緑色にたそがれた夏の夕暮どきにその樹は、大きな鳥に姿をやつした何者かが自分の枝に坐って喋るのを耳にしたのですが、それこそ、かつて大蛇に化けて樹から声をかけた悪魔そのものだった。悪魔がそよぐ葉のあいまで次第に声を高めると、樹は、ぐいと腕を伸ばし、なんの悪さもせずに巣のあたりを飛びかっている鳥たちをひっ捉え、ちりぢりにむしり殺してしまいたい欲求にとりつかれた。最後に誘惑者の悪魔は、彼自身の驕りの鳥、あの星をちりばめたような孔雀の大群で樹の梢を満たした。すると、樹の精神は畜生の精神に圧倒され、樹は青緑の鳥どもを八つ裂きにして一枚の羽も残らぬまで平らげ、おとなしい仲間の樹のいる所に戻った。ところが、春がめぐりきて他の樹が葉をつけ始めると、この樹は色も形も奇妙な羽をふきだしたというのです。」」

「「なんて奇妙な恐ろしい物語なんでしょう」と叫んだのはバーバラだった。「自分が人喰い人種になったような気がしますわ」」


















































































































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

※心の傷、胸焼け、劣等感等ある場合が御座いますが概ね良好な状態になります。

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