植草甚一 『映画だけしか頭になかった』

「ぼくたちは「シネマディクト」ではないだろうか。
シネマディクトは Cinemaddict と綴り、アメリカの新聞や、いろんな雑誌の映画欄でよく目にする言葉である。Addicted to cinema から来た合成語であることはすぐわかる。意味は「映画溺愛者」「映画中毒者」だが、俗にいえば「アル中」とおんなじで「シネ中」だ。」

(植草甚一 「ぼくたちはシネマディクトなんだ」 より)


植草甚一 
『映画だけしか頭になかった』


晶文社 
1973年5月25日 印刷
1973年5月30日 発行
297p 口絵(折込) 図版8p
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,200円
口絵: 植草甚一
カバー・本文装画: 和田誠
ブックデザイン: 平野甲賀



植草甚一、映画エッセイ集。本文中図版多数。


植草甚一 映画だけしか頭になかった 01

カバー表。


植草甚一 映画だけしか頭になかった 02

カバー裏。


植草甚一 映画だけしか頭になかった 06


目次:

口絵 原稿が書けないときに

ぼくたちはシネマディクトなんだ
シネマディクトJ・Jと「海の牙」を見る

映画だけしか頭になかった
 ヴェルドゥ氏ついに登場
 ルビッチの死を惜しんで
 映画館の食いしんぼう
 「忘れられた人々」のこと
 巧みな心理のロマネスク
 「戦火のかなた」を見た夜
 ウォタルー橋の魅力――
 「大いなる幻影」の偉大さ
 「街は自衛する」を見て

少年を描く――トリュフォーの「大人は判ってくれない」
ポーランド映画の新しい表現技法
ゴダールの即興演出――「勝手にしやがれ」
不思議の国のザジ――ルイ・マル
フェリーニの「甘い生活」を楽しむ
「処女の泉」とベルイマンの力
モンクのソロではじまった「危険な関係」
ライオネル・ロゴージンの二つの世界
「去年マリエンバードで」をめぐって
アントニオーニ――むこうの批評を読むということ
ポランスキーの特異なセンス
「奇跡の丘」とパゾリーニの異常な才能

ぼくの大好きな俳優たち
 チャールズ・ロートン
 ハンフリー・ボガート
 アンナ・マニヤーニ
 ジェームズ・メースン
 イングリット・バーグマン
 ソフィア・ローレン
 アラン・ドロン
 ジャン・ポール・ベルモンド
 ジャンヌ・モロー

四角い本とスクェアな映画俳優
メグレ警部とジョルジュ・シムノン
映画のエロティシズム
恐怖映画の系譜をたどってみよう
デュヴィヴィエと会った夜
犯罪映画はどんどん新しくなってゆく
ドイツ映画の季節
なぜ西部劇が好きじゃないんだろう
ジーン・ハーロウの伝記を読んでビックリした話
「羅生門」は映画的落雷だった
ライザ・ミネリの写真を見ながら思い出したこと

映画だけしか頭になかった
 クール・ワールドの衝撃
 シャブロルのために――
 クリスティとワイルダー
 「白い少女」とフランジュ
 007のある極端な能力
 映画音楽への新しい試み
 ホールデンの会のあとで
 ブレッソン「抵抗」の経験
 ぼくの大好きなギャング

オルフェの遺言 恐るべき親達
愛人ジュリエット
輪舞 快楽
埋もれた青春
禁じられた遊び
悪魔のような女
男の争い
必死の逃亡者
七年目の浮気
波止場
白鯨
裸足の伯爵夫人
陽のあたる場所
第三の男
旅情
靴みがき
夏の嵐 白夜

図版: 和田誠の名画座ポスター傑作集

ぼくのヒッチコック研究
 ヒッチコックは、ほんとうによく映画を知っている
 「レベッカ」鑑賞
 ヒッチコック・タッチの誕生
 「裏窓」について印象的に
 ヒッチコックのユーモアとスリル
 ペンギン鳥だといわれたヒッチコック
 フランスにおけるヒッチコック研究
 「北北西に進路をとれ」
 ぼくのヒッチコック会見記
 トリュフォーとヒッチコック
 「サイコ」
 美しい恐怖映画「鳥」
 「マーニー」とヒッチコックの新しい魅力

原稿が書けないときに
初出一覧



植草甚一 映画だけしか頭になかった 03



◆本書より◆


「原稿が書けないときに」より:

「最初に映画とはなんの関係もない変てこなカラー写真をつかって、それに「原稿が書けないときに」とネームをいれた。このネームにしろなんの意味だかわからないことになる。その言い訳になるが、ずうっと以前に書いた映画の原稿が、もうすこしほかにあるけれど、だいたい出揃うことになって、そのゲラ刷りを校正しているときだった。
 こんなものを書くのに、なんて苦労したことだろう。それなのに下手くそだし、読む気がしない。あんまりひどい箇所は、どうやら読めるように直したが、いつでも原稿を書いているときは試写メモの手帖をそばに置いて、どんなふうに場面が変ったか、そのイメージを追っかけてばかりいた。けれどイメージが浮かんでも、それを文章にすることができない。どこかでイメージの覚えかたが違っていたり、記憶から脱落しているので、文章がつながってこないのだった。
 そうすると眠くなってくる。そんなとき万年筆をそばに置いて、粘土細工みたいなものをつくりはじめ、眠ってしまわないようにしながらイメージと文章との一致を考えるのだった。(中略)指先でひねり回していると、やわらかになり、油っぽいイヤなにおいがするが、二色か三色の材料をかけ合わせてひねっていると、偶然おやと思うような縞模様ができたりしている。そんなとき眠くてボケている頭が、いくらかはっきりしてくるのだった。」



植草甚一 映画だけしか頭になかった 04


「ぼくたちはシネマディクトなんだ」より:

「ぼくたちは「シネマディクト」ではないだろうか。
 シネマディクトは Cinemaddict と綴り、アメリカの新聞や、いろんな雑誌の映画欄でよく目にする言葉である。Addicted to cinema から来た合成語であることはすぐわかる。意味は「映画溺愛者」「映画中毒者」だが、俗にいえば「アル中」とおんなじで「シネ中」だ。もちろん軽い意味にとれば「映画ファン」だが、使い古された感じがするこの言葉とちがって、シネマディクトというと何となく現実的だし、深刻味さえともなってくる。じつはそう感じたことが、すでにシネマディクトなので、趣味がわるくなった自分に気がつかないんだろう。
 また不思議とこの言葉は、映画専門雑誌のなかでは出くわさない。使っているのかもしれないが、ぼくはまだ使っているのに出くわしていないんだ。また使っているとすると、すこしおかしい。なぜならこの言葉を文章の中で使っている男たちは、たいていの場合、ぼくたちを皮肉な目でながめ「きみたち映画なしでは夜も昼も暮せない人間は……』ともらしたい口吻を端的にこの一語にして、一般人とぼくたちとを判然と区別しているように意味がとれるからである。
 いずれにしろ、ぼくたちシネマディクトは特殊な存在なんだろう。それほどでない作品の細部にこだわったり、ときには興奮したりする。そうしてそのことなら大正初期から現在に至る三十年以上の期間に出た映画雑誌の種類を、諸外国で出た映画雑誌の種類と比較してみるといい。日本は映画雑誌がいちばん多い国だった。だからシネマディクトもいちばん多かった。」



「ルビッチの死を惜しんで」より:

「いつものように遅く、晩御飯どきになって姉が帰ってくると、こういった。
――「山猫リュシュカ」を見てきたよ。ポーラ・ネグリが、ガブガブお酒を飲んで、オシッコをすると、それが河のように流れていくのよ。
面白かったの?
――面白いって言うより、へんてこな活動写真。なんだか表現派みたいよ。
「山猫リュシュカ」は、ルビッチが監督した活動写真だから、きっと面白いにちがいないと、ぼくは思った。このときから三十年ちかくの歳月が流れている。いまでも惜しいことは「山猫リュシュカ」を見逃してしまったことだ。それで、ルビッチの映画をみたり、話が出るたびに「山猫リュシュカ」のことを思いだす。」



植草甚一 映画だけしか頭になかった 05




















































































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植草甚一 『衝突と即興』

植草甚一 
『衝突と即興
― あるジャズ・ファンの手帖』


スイング・ジャーナル社 
昭和46年4月15日 初版発行
8p/419p/3p 
四六判 丸背紙装上製本 
カバー ビニールカバー 
定価950円
装幀: 多田進・溝口実
イラスト: 植草甚一



三冊目のジャズ・エッセイ集。
本文中図版(著者によるコラージュ作品)11点。


植草甚一 衝突と即興 01


植草甚一 衝突と即興 05


帯文:

「スイング・ジャーナルが贈る本格的ジャズ書
第2弾!
モダン・ジャズのフィーリングをユニークな批評文でとらえつつ、ジャズと映画、ジャズとロックの衝突が生む感動の即興世界を説く!」



帯背:

「植草甚一のジャズの本」


植草甚一 衝突と即興 02


目次:

1 ぼくが聴いたジャズ・レコードのなかから
2 モダン・ジャズの方向をたずねて
3 ソニー・ロリンズを知ったよろこび
4 フランスに演奏旅行したジャズ・メッセンジャーズ
5 アート・ブレイキーとアート・ファーマー
6 セロニアス・モンク――その音楽と特色
7 みんながキャノンボールに熱をあげる
8 セシル・テイラーとキャンディドのセッション
9 ホレス・シルヴァーの奏法や作曲について
10 モダン・ジャズ・ピアノの三つの流派
11 シェリーズ・マンホールからビル・エヴァンスへ
12 燃えつきた黒人チャーリー・パーカー
13 フィリップ・ラーキンの「オール・ホワット・ジャズ」を読みながら
14 おやまたかと思ってアイラーをめぐる議論を聴いているのだが
15 いいぞ! サンダースの「タウヒッド」に惚れこんだフランスの批評家が出てきた!
16 フランスのファンはラリー・コーイェルのことをまだよく知らないそうだがぼくもそうだ
17 イギリス人のジャズ研究は読んでむずかしいけれど、ひとつミルフォード・グレイヴス論にぶつかってみよう
18 ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラの野心的な演奏は、ヨーロッパ前衛ジャズの方向を感じさせたりしておもしろかった
19 イギリスではジョン・チカイが、フランスではガトー・バルビエリが、いい気持になって熱をあげている
20 アングラ新聞を読んでいたら、ミンガスのことが出てきた
21 ビル・エヴァンス研究で、とてもいいのが「ジャズ・マガジン」に出た
22 マイルスのことが「ローリング・ストーン」の特別読物になっているんで面白くなった
23 マイルスの黒い仮面をはぐ
24 「カイエ・デュ・ジャズ」が特別付録になった「ジャズ・マガジン」のこと、そのBYGレコード採点を見てみよう
25 フランスのBYGレコードはほんとうに爆弾みたいだ
26 きょうは暑いからリラックスしてアクチュエル誌でも読んでみよう
27 「影との戦い」というエリック・ドルフィー論

28 マイルス・デヴィスと死刑台のエレベーター
29 ジャズ・ファンと映画ファン
30 ジャズ・メッセンジャーズと映画「殺られる」をめぐって
31 真夏の夜のジャズ
32 モダン・ジャズが映画でいろいろに使われている
33 モダン・ジャズは映画に何をあたえたか
34 ジャズと映画の前進性について
35 マル・ウォルドロンの「スウィート・ラブ・ビター」
36 チャパカ組曲
37 なぜオーネットの「チャパカ組曲」が映画に使われなかったか、ラヴィ・シャンカールのを聴いて判然とした

38 ニュー・ロックを判断する基準のありかたについて
39 ニュー・ロックが好きになるのはおかしいけれど、いいのがあるんだよ
40 ジャズの勉強をしながらはやくロック通になりたいな
41 ナット・ヘントフもニュー・ロックがすきだときている
42 フランスでも「フリー・ロック」という新語を使って音楽の壁をなくそうとしている
43 この一年間にニュー・ロックは積極的な変化をとげた
44 なぜ「ロック革命」か
45 イースト・コースト・ロックについて
46 現代音楽にむかう若い人たちの心理
47 ジャズとロックとの断絶から結合へ

あとがき



植草甚一 衝突と即興 03



◆本書より◆


「あとがき」より:

「一瞬、シンバルがジーンとつよい顫音をだして揺れた。黒白のワイド・スクリーンのまんなかにシンバルだけがうつったが、つぎの瞬間、カメラは上のほうへパンして、ステージを斜めにとらえ、カンカンを踊っている女たちを見せた。と同時に、おなじ画面のなかで、よどんだ空気を感じさせる空間のむこう壁面に、証明でポッと出てくる13の数字が、ぼくには舞台と何の関係があるのか分らなかったが、それでも妙に印象をつよめた。「息子と恋人」の一場面であるが、このときのシンバルの出しかたは、かなり刺戟的であった。それで唸ってしまったが、あとでこのときの印象を話すとべつに何とも感じなかった人が、あまりにもおおいので、ぼくはいまでも憂欝でしょうがない。イメージと音とが、もっとも単純なスタイルで、合理的に衝突した一番いい例だというのに、どうしてピーンと感じなかったのであろう。
 ここで、もし不合理的にイメージと音とが衝突したらどうなるかということを、ついで考えたくなってくる。あらかじめ計算して狙った効果が的確に出たという意味で、合理的な衝突といったのであるが、そうではなく、なんかのひょうしに偶然に発生した衝突の面白さというものがあるはずなのである。
 たとえば「拳銃の報酬」のときであったが、場面がかわって自動車が走りだした何でもない瞬間、そこにミルト・ジャクソンが叩いているヴァイブの音がはいっていたために、結果としては、異質な要素が衝突しあったことになるのであろう、誰も考えてなかった新しい映画的次元が生れたものである。これは簡単な一例であるが、モダン・ジャズのビートが、予期しない瞬間、映画のつなぎ目に乗ってしまうということがある。みじかい画面をつないでいったとき、映画にはリズムが生まれるが、そのつなぎ目に、ジャズのビートがはいりこんでしまう。ということは、いままで誰も考えてみなかったことなのであるが、モダン・ジャズが映画につかわれるようになって、偶然に発見されたのである。
 このもっともいい例が「太陽がいっぱい」の終りのほうに出てくるサカナ屋の風景であって、このシークェンスは即興で撮影した場面をつないだんだと説明すれば、誰でもすぐ、このことは頷くであろう。だが、ここで気持を浮きうきと明るくさせたのは、激しいテンポで弾いているピアノの伴奏が加わっていたためである。このことも簡単にわかるが、問題は、このときのピアノ演奏がクラシックとジャズの混合したスタイルであるにせよ、それが即興演奏であり、即興演出によるシークェンスと異質なのに、衝突し、どこかでむすびついてしまっている。その瞬間が非常におおくて、さかんに映画のつなぎ目にビートがはいりこんでいるために、こんなにまで感情を昂揚させることになったのは、はっきりとは掴まれていないようなのである。」



植草甚一 衝突と即興 04



こちらもご参照下さい:

間章 『この旅には終りはない 〈ジャズ・エッセイ〉』














































植草甚一 『モダン・ジャズの発展』

「ぼくの演奏を批難する者がおおいといっても別におどろかないね。むしろそれが当りまえじゃないかとも考えるんだ。馬がいななくような音をたてる。すると、なんという音を出すんだといって怒りだす。よくわかるよ。けれど、ぼくが求めているものが、こうした音のなかにあるんだからしかたがない。たとえ聴衆が一人として相手にしなくなり、レコード会社からは見向きもされず、食うに困って餓死状態におちいったって、ぼくはこのままの道を突きすすんで行かなければならなくなった。感じたことや気持のなかにあること以外に何が表現できるだろう。だから、その表現が理解されるように演奏能力を発揮していかなければならなくなる。こうした気持がわかってくれる聴き手が一人でもおおくなること、それがぼくに元気を出させてくれるんだ。」
(エリック・ドルフィー)


植草甚一 
『モダン・ジャズの発展
― バップから前衛へ』


スイング・ジャーナル社 
昭和43年11月25日 初版発行
昭和50年4月15日 第13刷発行
8p/397p (本文中別丁図版8p) 
18.6×13.6cm 
丸背布装上製本 カバー 
定価900円
装幀: 矢吹申彦



二冊目のジャズ・エッセイ集。当時の海外の雑誌記事等の引用紹介を中心に、「前衛ジャズ」の面白さを語り、自分を夢中にさせるジャズとはいったいなんなのかを考える。本文中図版(著者によるコラージュ作品)多数。


植草甚一 モダンジャズの発展 01


帯文:

「スイング・ジャーナルが贈る本格的ジャズ書
第1弾!
モダン・ジャズ25年の歴史の内幕を鋭どい批評眼で洞察し、ジャズ革命の背景にまで言及したファン必読の名著」



植草甚一 モダンジャズの発展 02


目次:

モダン・ジャズを聴いた六〇〇時間 「まえがき」にかえて
1 レコードを買いだしたころの話をもういちど
2 モダン・ジャズの発展と展開 バップのはじまりは、モダンのはじまり
3 バップという言葉の研究をちょっと
4 ある時代のジャズ・ポートレート
5 ガレスピーと道化師的精神
6 チャーリー・パーカーのレコードのことから
7 ジャズの伝説はくつがえされていく
8 MJQのレコードをはじめて買った思い出
9 アンドレ・オデールのセロニアス・モンク論
10 セロニアス・モンクのレコードを理解する為に
11 ニカ男爵夫人と黒人ミュージシャンたち
12 ファンキーの昔をたずねて
13 ハード・バップの八年間についてジャック・クックの意見をきいてみよう
14 ジャッキー・マクリーンとマイルス・デヴィスをめぐって
15 「ジャズ・レビュー」の創刊号で、いろいろなことを勉強した
16 ソニー・ロリンズを聴いた人たちはどんなことをいったか
17 フランスの批評家アラン・ジェルベがクリフォード・ブラウンのレコードを聴きなおした
18 サン・ジェルマン・デプレでホレス・シルヴァーが語った
19 ドラムの積極性と冒険性について
20 「タイム」や「キャヴァリア」や「ナゲット」から
21 ジョン・コルトレーンとビル・エヴァンスの個性的なものについて
22 またもやコルトレーンが話しかける
23 コルトレーンの死をハプニングだといったら叱られるだろうか
24 ボブ・シールとマッコイ・タイナーが語るコルトレーンの思い出
25 エリック・ドルフィーと三人のトランペッターのレコードをめぐって
26 キャンディドのセッションが凄いパンチを食わした
27 セシル・テイラーとドン・エリスにぶつかったのは面白い経験だった
28 チャーリー・ミンガスの発展とベースの役割について
29 六枚のミンガス・レコードを聴きながら
30 オーネット・コールマンはジャズのヌーベル・バーグだったのだ
31 ついにオーネット・コールマンはやったよ
32 フォート・ワース時代のオーネット・コールマンを知ってうれしくなった
33 寒い国から帰ってきたアルト・サックスのリー・コニッツ
34 A・B・スペルマンの評論が照らし出したセシル・テイラーの姿
35 サルトルとロリンズがいっしょに並んでいる写真を見ながら
36 「バートン・グリーン事件」とニューズウィーク誌に出た前衛ジャズメンめぐり
37 「ニューヨーク・コンテンポラリー・ファイヴ」のころのアーチー・シェップと最近の活躍ぶり
38 アルバート・アイラーのイギリス的な解釈やチャールズ・ロイドの少年時代のことなど
39 マリオン・ブラウンがパリで対談したときの記事から
40 サン・ラに始まったシカゴの前衛ジャズには新人が大ぜいいる
41 ジャズ・オット誌に出た「ファロア・サンダースの告白」はいかにも告白的なところが面白い



植草甚一 モダンジャズの発展 03



◆本書より◆


「モダン・ジャズを聴いた六〇〇時間」より:

「昨年の夏のおわりころから、急にモダン・ジャズがすきになってしまって、毎日のようにジャズのレコードばかりかけながら、うかうかと日を送っていた。だいたいの計算だと六〇〇時間くらいジャズをきいて暮していたし、そのあいだレコード店にいたのが二〇〇時間くらいあった。
 約半年をモダン・ジャズでつぶしたのが八〇〇時間だったが、それまでだと三〇〇時間くらいは古本屋を漁りあるいて、あとの五〇〇時間くらいは、買った本を読んでいたはずであった。このほうが、ずっと安あがりだし、役に立つこともおおいので、ほんとうはいいことなのだけれど、モダン・ジャズの世界はまったく未知数の世界だったし、すばらしい魅力をもっていたので、どうしても抵抗することができなかった。」
「どうしてこんなことになったかというと、そもそもの原因は、ずっと前から音楽にたいする自分の耳が非常に鈍感になっていることに気がついていたからである。戦争まえにレコードを買っていた時代があったが、ある日のこと、泥棒が入って、自転車で全部もっていってしまった。それ以後はレコードを買うのがいやになり、LP時代になってからも、レコードを買えば本が買えなくなるのがわかっているので、そっぽを向いていた。」
「ところが昨年七月のなかばごろ、レコード研究家として有名なA氏が『これはお前がすきになるだろう』といってジョルジュ・ブラッサンスのレコードを貸してくれた。とても嬉しかったので、プレイヤーを買い、ラジオに接続して聴いてみたところ、このシャンソンがとても面白い。いっしょに借りることができたレオ・フェレやフィリップ・クレエのシャンソンも面白いし、むかし聴きたかったサティやミヨオの音楽も、はじめて聴くことができた。このときまでは外国の郵便切手をあつめてアルバムに貼るのが面白くて、ときどき夜中すぎまで切手と睨めっこしていたが、ブラッサンスを聴いた翌日からは、郵便切手はそっちのけでレコード店のウィンドーのまえで立ちどまったり、勇気をだして店のなかへ入ったりするようになった。なにぶんLPの買いかたを知らないし、どんなレコードがいつ発売され、どんなのが新しいのか皆目わからないので、まったく困ったものだった。
 それでもいくらか現代音楽の知識があったので、それをたよりに今まで聴かなかったレコードを一枚買い、二枚買いしているうちに、二週間くらいしたら、やっと見当がついた。最初はシャンソンがもっとも聴きたかったが、いいものが手に入らない。そのうちにLPの古レコード店があることを知ったが、そこにはまた安くて面白いレコードがたくさんある。そして或る日のこと、安いので買って帰ったジャズのレコードが、考えていた以上に面白かった。」
「こんどは現代音楽にそっぽを向いて、新しいジャズを聴くことにしたが、これがまた買いかたが全然わからないときている。しかたがないので、知らないジャズ・プレイヤーの名前を片っ端から書いて、いま活躍している人たちを覚え込んだり、ジャズ雑誌(中略)を繰りかえし読みながら、新宿あたりのレコード店へ行ってみると、安くて聴きたいものがたくさんあり、一枚か二枚買って帰ると、どこかに面白いところがあって、すぐほかのがほしくなってくる。こんなことをして一ヵ月半くらいしたとき、いくらかモダン・ジャズがわかってくるような気がした。
 レコードを買ったときは、一刻も早く家へ帰って聴きたくなるものらしい。ところでモダン・ジャズのレコードをかかえて帰るときは、なんだかそれが大きなモナカを抱えているように感じられ、現代音楽のレコードだと大きな塩センベイのように感じられた。そして家へ帰ってからモダン・ジャズをかけると、あたらしい外国の短篇小説を読んでいるときのような昂奮をかんじたり、抽象絵画をみているときの気持とおなじような気持になったりした。僕はいま絵のなかではアブストラクトをまえにしているとき、それを描いた画家の気持がいろんなふうに考えられて一番おもしろいのであるが、モダン・ジャズを聴いているときは、これと同じような瞬間がしばしば起ってくる。」
「モナカと塩センベイの比較は、ばかげた比較ではあるが、現代音楽のなかにも時代を経たものには過去のサウンドにすぎないものがたくさんあり、こうしたことがモダン・ジャズをとおしてわかったときの実感である。いまでもジャズ・レコードを持って帰るときはそれがフワフワとやわらかくて、親しそうに口をきいてくれるような気がするが、現代音楽のレコードのほうは妙に冷たく、お前に教えてやろうというような素振りをみせながらツンとすましているような感じがする。ぼくは最近こういう存在がいやになってきた。」



フランスの批評家アンドレ・オデールによるセロニアス・モンク論(1959年)――本書「アンドレ・オデールのセロニアス・モンク論」より、:

「セロニアス・モンクの偉大さはひとつには孤立した人間だということにある。」
「モンクの過去をふり返ってみると、いろいろな間違いをやってきている。だが、それだけ大胆になることができたという意味で、この点が非常に高価なものとして、ぼくの眼にうつってくる。彼は孤独な散歩者であり、行きずりの人たちが振り向くようなことはない。
彼自身が、友人などいないと考えているのかもしれない。
 数年まえだったが、モンクの音楽は、ほかのジャズ・ミュージシャンたちの不可抗力的な規範になるのではないかと考えたことがある。しかし、こうした考えかたは誤っていた。ミュージシャンたちに、より強く影響したのは、容易に理解されるものとか、生活に対する安定とか成功への憧れとか、収入の問題だったのである。」
「現在の時点では、全般的にいって、そうジャズ様式の変化をミュージシャンたちは望んでいないのである。」
「ところがモンクをみると、彼自身では意識しないままに、あまりに先に進んでしまった。それはジャズとポピュラーとの境目をはっきりと区別しながら、彼が自己の道を突き進んできたため、こうなったのである。ジャズは、その純正さを、一流ミュージシャンが最初の使命を忘れ、本道からそれてポピュラーがかるという周期的現象によって、不純なものに変化してきた。」
「こうした現象がはっきりとは感じられないにしても、これから生れた惰性というものが存在し、これにたいする反動がミュージシャンと聴衆のあいだに発生した。こうした現象が、モンクの音楽の純正さを再認識させることになったわけである。」
「このようなモンクの流行現象は、異端を喜ぶスノビズムからくるものだと解釈する者がいるが、それだけでは説明できないものがある。」
「しかし、(中略)直接モンク(中略)の音楽から、ほんとうの面白さをあじわっているジャズファンが存在していることを否定はできないであろう。」
「モンクが純粋なジャズマンではないという批評家がいるが、はたしてそうだろうか。ウェーベルン一派の一二音階音楽が、モンクと比較して引用されることがあるが、たぶん彼はその存在さえ知らないのではないかと思う。知っていたとしても、ジャズの領域から踏みださない範囲で、興味をもったにすぎないのだ、と考えていいのであろう。モンクは彼自身の言語を、急進的に築きあげていった。その結果つくられた制度(インスティテューション)がいまモンクの芸術となってくるのである。」
「ジャズはひとりでに出来あがるものでなく、創造者がいるのである。この創造者は、職業的な演奏者ではなく、たえず自己に不満を感じている者である。芸術の根底から来る不満。いつも発生する眼に見えない不満。この不満が彼以前に存在していた創造者がきずきあげた芸術的均衡を破壊しようとする。そして、こうした不満をいだいた者が偉大な人間であれば、彼自身を破壊するようになる。
 モンクのフォルムというものは、ほかの音楽家が、フォルムとして、なんら欠けるところがないと信じている、その欠けたところを発見したフォルムである。ややもすると反動的批評家は、月並みなミュージシャンを一〇人あげ、自説を主張するための支えとする。しかし百人のミュージシャンを相手にもっていても、モンクの存在を否定することができないだろう。」



フランソア・ポズティフによるエリック・ドルフィー・インタビュー(1961年)――本書「エリック・ドルフィーと三人のトランペッターのレコードをめぐって」より:

「エリック・ドルフィーはアメリカン・ジャズ・シーンに登場したヌーベル・バーグの一人であるが、オーネット・コールマンとおなじように嫌いだという人がおおい。(中略)ドルフィーは自分の気持をつぎのように語った。
 「ぼくの演奏を批難する者がおおいといっても別におどろかないね。むしろそれが当りまえじゃないかとも考えるんだ。馬がいななくような音をたてる。すると、なんという音を出すんだといって怒りだす。よくわかるよ。けれど、ぼくが求めているものが、こうした音のなかにあるんだからしかたがない。たとえ聴衆が一人として相手にしなくなり、レコード会社からは見向きもされず、食うに困って餓死状態におちいったって、ぼくはこのままの道を突きすすんで行かなければならなくなった。感じたことや気持のなかにあること以外に何が表現できるだろう。だから、その表現が理解されるように演奏能力を発揮していかなければならなくなる。こうした気持がわかってくれる聴き手が一人でもおおくなること、それがぼくに元気を出させてくれるんだ。」
「いちばん偉いとおもうピアニストは、やっぱりセロニアス・モンクだよ。よしお前といっしょにやってやろうとモンクがいってくれるだけの実力の持主になりたいが、こいつは夢におわってしまうような気がする。モンクとドルフィーというレコードを吹きこむことができたらなあ。(中略)いままでのレコードで一番すきなのは、なんといっても「ミンガスがミンガスを提供する」だ。」



「「バートン・グリーン事件」とニューズウイーク誌に出た前衛ジャズメンめぐり」より:

「コールマンはつぎのように語った。「ぼくの音楽には、それ自体の法則と秩序があって、一九五〇年代にカリフォルニアで、自分のものにしはじめた。そのころの一般的なスタイルといえば古いコード進行のうえに新しいメロディを乗せることだった。ところがぼくが自分のメロディをその場で作曲しはじめたところ、ステージから追いだされたのだ。いったいオレのどこが間違っているんだろう。(中略)それからまた思い出すのは、ロサンジェルスで非常に有名なジャズメンが四人いて、そのグループの演奏のとき、ぼくが一緒にやれる機会をあたえてくれた。ところが、始まって五秒ばかりたったかなと思ったとき、みんなが言いあわせたようにステージから降りて、五〇〇人の聴衆のまえで、ぼくだけ一人にしてしまった。ぼくの音楽が他人を傷つけるのならともかく、そうじゃないのに何故みんながぼくをノケモノにしたんだろう。」」


「マリオン・ブラウンがパリで対談したときの記事から」より、マリオン・ブラウンの発言:

「ぼくはニュー・ジャズ一派なんだけれど、べつに変ったことはやっていないし、だからどうってことはないさ。ただ性格が、ほかの人間とちがうから、しぜんと音の調子がちがってくるんだ。それから考えかたが、ちょっとちがうねえ。」

「ぼくなんかリーダーとしての資格はないし、一人の労働者にすぎないんだと考えているけれど、セシル・テイラーやサン・ラになると、リーダーとしての資格は充分にある。サン・ラは、(中略)非常に重要なフル・バンドのスタイルを生みだした。そこに、とくべつ深いものがあるとはいえないかもしれない。なぜなら、それは方法としてあるからだ。しかしサン・ラは、一種の神話を生みだした。それはしかつめらしい顔をした連中にはできないことである。いま神話の一種といったが、この現実社会には、二種類の神話があるといえるだろう。それはカシアス・クレイのように、神話を利用して金をかせぐことだ。もうひとつは、サン・ラのように聴く人たちを常態から狂気へみちびくことなんだ。彼自身にとっても、太陽中心世界のなかに入っていくことなしに、現実世界にとどまっていたら、狂人になっていたかもしれないよ。しかし彼は神話的な人間として、まだよく認識されていないんだ。」

「ぼくにとって、テーマはどんなものであってもいいのです。偶然、おやあの音は何だろうと思ったときも、それはテーマになるし、街を歩いているとき、ふと何か感じた対象であってもいい。いずれにしろ、テーマをつくりだそうといったプランや方法が、ぼくにはないんだ。そのとき、ある気分になった、しかしその気分というのは、いっぺんこっきりであって、たとえば「キャプリコーン・ムーン」のような気分に、ぼくは二度おちいった経験がないんだが、それがテーマになってくる。ぼくには心の気候といったものが、そのままテーマになってくるんだ。そういったとき、動いていないもの、静止した物体には興味をかられないな。色彩にしても、表面的に塗られたような色には興味がわかない。色彩が生きいきとふるえだしたときだ。そういった瞬間から、ぼくの即興演奏がはじまり、心のなかの気候的変化によって展開されていく。そんな意味で、あらかじめきまったテーマを展開していくという、いままでの即興演奏とはちがうんだ。
 そのいい例がソニー・ロリンズで、彼のソロは、まとまりがないといわれたものだが、ぼくの考えでは、あるメロディをまったく骨組がないところから始め、あたらしい骨組をつくりあげていく。そういったときのフレーズがいつもその瞬間あたらしく工夫されたものだし、そのせいか感嘆するようなリリシズムが生まれてくるのだ。彼は人間としても、きわめてゆたかな個性の持主だし、人なみはずれて感受性が鋭い。あるときはユーモアにとんだソロになり、と思うと辛らつになったり、激昂した調子になったりする。そしてそこに論理性があり、じつにガッチリとしているあたり、ぼくはロリンズがいちばんインテリジェントなソロイストだと思うんだなあ。
 ロリンズは音による物語の語り手なのだ。そういえばオーネット・コールマンも素晴らしい語り手だな。おかしい話でも、悲しい話でも、オーネットの手にかかると、みんな面白くなってしまうじゃないか。」
「コルトレーンの場合についていうと、彼の精神状態を昂揚させるものが、常にコンスタントだった。その点は注目にあたいする。コンスタントな刺激によって、彼の音楽は一直線をえがいて発展したんだ。これに対して、ロリンズが一直線にすすめなかったというのは、コルトレーンより複雑した性格の持主だったからだ。ぼくはロリンズをサクソフォンの哲学者だとみなしたい。もちろんコルトレーンとコールマンの功績も大きかったが、一九五〇年以後におけるサクソフォーンの歴史を形成させたのは、ほんとうのところロリンズだったのだ。」



植草甚一 モダンジャズの発展 04



こちらもご参照下さい:

間章 『この旅には終りはない 〈ジャズ・エッセイ〉』
シモスコ&テッパーマン 『エリック・ドルフィー』 間章 訳








































植草甚一 『ジャズの前衛と黒人たち』

「たしかに前衛派のジャズは人間の声に近づいてきたし、オーネット・コールマンの「淋しい女」が人間の声として聴えたために日本でも話題になったのを思いだしてみると、どうして前衛派のジャズが面白くないというのか、そういった人たちの気持がどうも分らなくなってくる。」
(植草甚一 「ESPディスクという前衛ジャズ専門のレコードが出はじめた」 より)


植草甚一 『ジャズの前衛と黒人たち』

晶文社 1967年5月10日初版/1975年5月30日20刷
423p 四六判 丸背紙装上製本 カバー 定価1,200円
ブックデザイン: 平野甲賀



植草甚一ジャズ・エッセイ集。「ジャズは勉強なのだ」と確信する著者が、海外の雑誌等の記事の紹介をふんだんに交えつつ、前衛化していくモダン・ジャズの動向を辿る。本文中図版(著者によるコラージュ作品)多数。


ジャズの前衛と黒人たち1


帯文:

「ジャズ・エリート必読!
ジャズ それは自由と人間性とを求めるアメリカ黒人に許された 唯一の魂の言葉である」



帯背:

「ジャズの極致」


ジャズの前衛と黒人たち2


帯裏:

「ジャズの十月革命を微視的に追求する必読の好著。黒人の怒りと悲しみを探り、爆発するアメリカの表情を探り、「もう一つのアメリカ」に噴き出す、ジャズ・パロキシズムと行動を問う、植草甚一の快作。」


ジャズの前衛と黒人たち3


目次:

1 黒人を排斥するアメリカのジャズ界
2 一九六二年一月のことだった
3 たまにはアンドレ・プレヴィンやデーヴ・ブルーベックも聴いてみよう
4 カナダのジャズ・ファンが面白い見かたをしている
5 チャーリー・パーカーと仲間たちの話をしよう
6 マイルス・デヴィスについてケネス・タイナンが論じた
7 ビル・エヴァンスとセシル・テイラーとの間にあるものを考えてみよう
8 ニューポートという煙草を買った日は、やっぱりジャズに縁があった
9 雨降りなので、家にいてフランスのジャズ雑誌を読もう
10 ヨーロッパで四人の黒人ミュージシャンが生きかたについて考えた
11 ある黒人学生がブルースにふれて自分の気持をさらけだした
12 ミンガスのファイヴ・スポット事件について
13 モンタレー・ジャズ祭でミンガスが真価を発揮した
14 ハーレムの暴動にふれながら最近の話題へ
15 黒いリアリズムとユーモアが映画やジャズにも入りこんできた
16 アート・ブレイキーの「ゴールデン・ボーイ」とサミー・デヴィスのこと
17 めくらのトランペット奏者を主人公にした「一滴の忍耐」というジャズ小説の話
18 ESPディスクからファッグスの「処女林」という変なものが発売された
19 レナード・フェザーがジャズ界にも「エスタブリッシュメント」があるというのだが
20 オーネット・コールマンのカムバックとジャズの「十月革命」をめぐって
21 五人の批評家が前衛ジャズについて話合った
22 オーネット・コールマンにたいする理解と誤解について
23 前衛ジャズにいい味方がついた
24 ESPディスクという前衛ジャズ専門のレコードが出はじめた
25 ESPディスクのアルバート・アイラーには興奮しちゃった
26 エリック・ドルフィの死と「ジャズの十月革命」
27 フランスでも前衛ジャズやアーチー・シェップが話題になりだした
28 「ジャズ・マガジン」の前衛ジャズ特集をめぐって
29 前衛ジャズを聴きに行ったフランスのファンの愉快な話
30 「ヴァラエティ」誌の前衛ジャズ事件をめぐって
31 ESPグループの内部の声を聴いてみよう
32 ニュー・ブラック・ミュージックとマルカムXの自伝をめぐって
33 「ダウン・ビート」増刊号と前衛ジャズの対談記事を研究してみよう
34 グリニッチ・ヴィレッジの新聞を拾い読みしたあとで
35 ブラック・ナショナリズムとジャズをめぐる討論が行われた
36 「響きと怒り」と「ニュー・レフト・レビュー」に出た前衛ジャズ論について
37 サン・ラの「太陽中心世界」とESPディスクの反響のありかた
38 前衛ジャズがフランス映画とスウェーデン映画に使ってあった
39 ロンドンにおける最近のオーネット・コールマンと再認識のされかた
40 コルトレーンの演奏をナマで聴いてみて



ジャズの前衛と黒人たち4


ジャズの前衛と黒人たち5


本書「あとがき」より:

「クストーの海底映画「沈黙の世界」が、ヒットしたのは一九五六年の夏だったが、その夏のある日のこと、しるし半纏を着た本所の金魚屋さんが、玄関のドアをあけるなり『この暑さに世田谷くんだりまで届けるなんて往生したよ』といって、ちいさな四角い金魚鉢を差しだした。軽くするため途中で水を捨てたとみえて三センチほどしか入っていない。小指のさきくらいな金魚が数匹、そのなかで揺れていた。
ガラスの金魚鉢には「沈黙の世界」と印刷したセロファン紙が貼ってあり、それで映画がヒットした記念品だとすぐわかったが、とたんにまた、あんまり揺られたから目を廻したにちがいないし、きっとすぐ死んでしまうだろうと思った。ところが三匹だけは五年以上生き、最後の一匹は一九六四年の秋まで生き残った。そのころぼくはジャズを聴く時間がすくなくなりだしたのに気がつき、この金魚が死んだときは、こっちも年をとって感受性がなくなってきたから、いよいよジャズともお別れになるだろう、と毎日のように考えていたのだった。
ともかくジャズというと、金魚をもらった日あたりから聴きはじめたので、以上のようなことを、いつでも思い出してしまうのである。」



ジャズの前衛と黒人たち6



こちらもご参照下さい:
間章 『この旅には終りはない 〈ジャズ・エッセイ〉』
シモスコ&テッパーマン 『エリック・ドルフィー』 (間章 訳)

























プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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