幸田露伴 『幻談・観画談 他三篇』 (岩波文庫)

「雨は恐ろしく降っている。あたかも太古から尽未来際(じんみらいざい)まで大きな河の流(ながれ)が流れ通しているように雨は降り通していて、自分の生涯の中(うち)の或日に雨が降っているのではなくて、常住不断(じょうじゅうふだん)の雨が降り通している中に自分の短い生涯がちょっと挿(はさ)まれているものででもあるように降っている。」
(幸田露伴 「観画談」 より)


幸田露伴 
『幻談・観画談 他三篇』 

岩波文庫 緑 31-012-8

岩波書店 
1990年11月16日第1刷発行
200p 編集付記1p 
文庫判 並装 カバー 
定価410円(本体398円)
新字・新かな



本書は、「幻想&ファンタジー――岩波文庫 40 PLUS 4」(45冊セット定価19,830円)の企画に際して、シュニッツラー『夢小説・闇への逃走』、内田百間『冥途・旅順入城式』、牧野信一『ゼーロン・淡雪』とともに刊行されました。


幸田露伴 幻談 観画談


カバー文:

「蒼茫と暮れゆく海上、その薄暗い水面にふっと現れてはまた消える細長いもの……。不審に思った釣客が舟をよせると――。斎藤茂吉に「このくらい洗練された日本語はない」と絶賛された「幻談」の語りは、まさに円熟しきった名人の芸というに値する。ほかに「骨董」「魔法修行者」など、晩年の傑作五篇をあつめた。」


目次:

幻談 (昭和13年9月)
観画談 (大正14年7月)
骨董 (大正15年11月)
魔法修行者 (昭和3年4月)
蘆声 (昭和3年10月)

解説 (川村二郎)




◆本書より◆


「幻談」より:

「客はすることもないから、しゃんとして、ただぽかんと海面(うみづら)を見ていると、もう海の小波(さざなみ)のちらつきも段々と見えなくなって、雨(あま)ずった空が初(はじめ)は少し赤味があったが、ぼうっと薄墨(うすずみ)になってまいりました。そういう時は空と水が一緒にはならないけれども、空の明るさが海へ溶込(とけこ)むようになって、反射する気味が一つもないようになって来るから、水際(みずぎわ)が蒼茫(そうぼう)と薄暗くて、ただ水際だということが分る位の話、それでも水の上は明るいものです。客はなんにも所在がないから江戸のあの燈(ひ)は何処(どこ)の燈だろうなどと、江戸が近くになるにつけて江戸の方を見、それからずいと東の方を見ますと、――今漕いでいるのは少しでも潮が上(かみ)から押すのですから、澪(みよ)を外れた、つまり水の抵抗の少い処を漕いでいるのでしたが、澪の方をヒョイッと見るというと、暗いというほどじゃないが、よほど濃い鼠色(ねずみ)に暮れて来た、その水の中からふっと何か出ました。」


「観画談」より:

「茶の間の広いところに薄暗い洋燈(ランプ)、何だか銘々(めいめい)の影法師が顧視(かえりみ)らるる様な心地のする寂しい室内の雨音の聞える中で寒素(かんそ)な食事を黙々として取った光景が眼に浮んで来て、自分が何だか今までの自分でない、別の世界の別の自分になったような気がして、まさかに死んで別の天地に入ったのだとは思わないが、どうも今までに覚えぬ妙な気がした。しかし、何の、下(くだ)らないと思い返して眠ろうとしたけれども、やはり眠(ねむり)に落ちない。雨は恐ろしく降っている。あたかも太古から尽未来際(じんみらいざい)まで大きな河の流(ながれ)が流れ通しているように雨は降り通していて、自分の生涯の中(うち)の或日に雨が降っているのではなくて、常住不断(じょうじゅうふだん)の雨が降り通している中に自分の短い生涯がちょっと挿(はさ)まれているものででもあるように降っている。」


「魔法修行者」より:

「何事でも目的を達し意を遂げるのばかりを楽しいと思う中(うち)は、まだまだ里(さと)の料簡である、その道の山深く入った人の事ではない。」














































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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