川崎寿彦 『庭のイングランド ― 風景の記号学と英国近代史』 (新装版)

「人間世界はもはや、距てられたり囲われたりすることで守られるという特権を、すっかり失ってしまった。」
(川崎寿彦 『庭のイングランド』 より)


川崎寿彦 
『庭のイングランド
― 風景の記号学と英国近代史』 
(新装版)


名古屋大学出版会 1983年5月25日初版第1刷発行
/1997年9月30日新装版第1刷発行
363p 口絵(カラー)4p 目次vi 文献6p 索引7p
20.3×15.6cm 丸背紙装上製本 カバー
定価4,500円+税
装幀: 夫馬孝
カバー図: ハンプトン・コート



本書「あとがき」より:

「普通の型式の英文学史を教室で教えると、どうも無味乾燥になりがちで、だから私は(中略)過去何年か「イメジャリによる文学史」というようなかたちでそれを実行してきた。バラとか、鏡とか、島、犬、旅、森、家など、鍵になるようなイメジの機能の変遷をたどることによって、通時相と共時相を切り結ばせ、文学の歴史の側面を浮き出させようという魂胆である。
 ところで〈庭〉ももちろん鍵イメジの一つ、しかもきわめて特権的な鍵イメジである。なぜなら庭とはそれ自体が一つの art (芸術、人工、不自然)の形態であり、詩のなかの庭の暗喩は、一つの芸術様式のなかに封じ込められたもう一つの芸術様式、すなわちメタ・ポエティカルな引喩の入れ子式構造をなしているのだから。」



庭のイングランド1


帯文:

「庭とは
政治的な
ものである

〈庭〉がささやくメッセージを
イギリス文学の中に読み解き、
近代英国の歴史と感性の軌跡を
鮮やかに浮かび上がらせた
名著の新装版。」



庭のイングランド2


目次:

エピグラフ

第一章 中世からルネサンスへ
 中世の愛の庭
 ジャニュアリー老人の庭
 庭と鍵とルネサンス文学
 エリザベス朝期の庭園
 ハンプトン・コート庭園
 寵臣は競って庭をつくる
 シドニー卿の庭
 魔女アクレイジアの悪の庭
 アドーニスの善き官能の庭
 性愛と聖愛の弁証法

第二章 一七世紀の宮廷の庭
 新王朝と宮廷
 ベイコンの随筆の庭
 ベイコンと造園の実践
 イーヴリンの庭
 ルーシーとダン
 政治的暗喩としての庭
 ベン・ジョンソンの仮面劇
 他の王党派詩人の仮面劇

第三章 一七世紀の田舎屋敷とその庭
 〈宮廷〉対〈地方〉
 ジョンソンとペンズハースト
 ペンズハーストの敷地の自然
 屋敷の大広間の役割
 荘園的自己充足性
 静止と定着のエートス
 ロバート・ヘリック
 トマス・ケアリ

第四章 マーヴェルのアプルトン屋敷
 地形誌の政治学
 アプルトン隠棲のいきさつ
 〈田舎屋敷の詩〉としての「アプルトン屋敷」
 アプルトンの地形誌
 アプルトンの花の庭

第五章 庭と牧場の力学
 花園から牧場へ
 草刈人登場
 水平派の暗喩
 〈中間的景観〉としての牧場と庭
 古代牧歌詩における牧場の位置
 スペンサーの牧歌詩と牧場の位置
 二つの牧場、二つの庭
 清教徒も庭を作った
 庭を責める草刈人

第六章 庭と森
 「庭」はどのように善き牧歌を歌うか?
 アプルトンの森
 動かない森と、動く森
 ハウエルとデナムにおける森と海
 イーヴリンの庭と森と海
 ポープの動く森

第七章 海のなかの庭
 島の両義性
 バーミューダ島発見
 島と大陸
 ウォラーのバーミューダ島
 ウォラーのイングランド
 マーヴェルのバーミューダ島

第八章 ミルトンのエデン
 〈山の楽園〉か、〈島の楽園〉か
 ミルトンの理想の庭園
 エデンと英国庭園史
 それでも庭は捨てられねばならぬ
 マーヴェルとミルトン

第九章 新古典主義と庭園
 不規則性への開眼
 アディソンの庭園論
 ポープの庭園論
 ポープの造園の実践
 バーリントン伯への書簡
 庭の自然と詩の自然

第一〇章 庭園と洞穴(グロットー)
 ロマン主義への一過程
 ポープの洞穴
 隠遁の政治性
 洞穴の中の科学と自然
 幻想性と想像力

第一一章 その後の英国庭園とロマン主義
 二つの一八世紀庭園
 ヴォルテールとルソー
 自然のような庭から庭のような自然へ

エピローグ
あとがき

主要文献
主要事項索引



庭のイングランド3



◆本書より◆


「中世からルネサンスへ」より:

「スペンサーはシドニーの親しい友人ではあったが、名門貴族であったシドニーとは事情が違って、彼自身が庭園らしい庭園を所有していたかどうか、さだかでない。」
「しかし作品のなかでは、彼は幾つかの重要な庭園を造型した。とりわけ見逃せないのが『妖精の女王』に歌われる二つの庭である。その一は第二巻の「至福の園」(the Bowre of Blisse)であり、もう一つは第三巻の「アドーニスの庭」であった。
 この二つの庭は作品の内部で、くっきりした対照を描いている。それぞれが悪しき庭と善き庭を表わすからだ。しかし根本的な共通性も持っている。すなわち、どちらも一人の女が支配しているということである。」
「女が庭の地霊であるのは、庭が豊饒と生殖の空間であるからにほかならない。」
「「至福の園」(中略)は妖艶なる魔女アクレイジアが支配する空間の総称なのであるが、〈人工〉の原理の優位がその第一の特徴としてあげられていることに注目したい。」
「思えばクレイジアの園の官能と性愛は、徹頭徹尾不毛であった。アドーニスの庭は、その点で違う。それはじつに旺んなる生殖の場、生命発生の根源の空間であった。」



「ミルトンのエデン」より:

「天国は狭く地獄は広いという考え方は、福音書や多くの神学者の文章に見るとおり、キリスト教神学の基本的常識であった。しかしわれわれはこれが、人類に祖型的な空間意識であることに気づかねばならぬ。好ましい空間は、小さく、守られている――ふたたび場所愛(トポフィル)である。そしてエデンの楽園は、天国の地上への投影として、下なる広い地獄からたえずおびやかされる、中間的小空間であらねばならなかった。」
「人間世界はもはや、距てられたり囲われたりすることで守られるという特権を、すっかり失ってしまった。」

「程度の差はあっても、人類にとって〈庭〉とは永遠に両義的(アンビヴァレント)なものなのだろう。理想の庭はすなわち楽園であり、人はそこに棲み、とどまりたいとねがう。しかし、ある人びとにとって、その後めたさはどうだ。何かが駆り立てて彼等を庭から外に押し出そうとする。清教徒はとくに、この外への方向性の強い人種だったように見受けられる。
 ミルトンもそうだった。」



































































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川崎寿彦 『楽園と庭 ― イギリス市民社会の成立』 (中公新書)

「われわれは忘れてはいない――〈西方の国〉にせよ、〈幸せの島〉にせよ、人類の楽園のヴィジョンは、最初から、死者の国と重なっていたことを。」
(川崎寿彦 『楽園と庭』 より)


川崎寿彦 
『楽園と庭 ― イギリス市民社会の成立』
 
中公新書 723

中央公論社 昭和59年3月15日印刷/同25日発行
6p+221p 新書判 並装 ビニールカバー 定価520円
装幀: 白井晟一



本書「あとがき」より:

「本書は英国近代史のなかの、市民社会成立史を取り上げ、それが楽園の一つの形態を放棄する過程であったことを論じた。その過程をおもに英詩のなかにたどったのは詩が、(すくなくとも市民社会成立までは)英文学の主流のジャンルだったからであり、また庭の好きなイギリス人が、しばしば庭を詩に歌っているからであり、そして私自身が英詩と庭を愛するからである。
私は『庭のイングランド』と題する近著で、中世から近代までの英国庭園の歴史をたどった。しかし共通の素材を、市民革命前後の楽園のパラダイムの変遷というテーマで再解釈したい衝動を押さえがたく、本書が生まれた。できるだけ重複を避けようと努力したが、やむをえず重なった部分があることをおことわりしておく。」


本文中図版(モノクロ)多数。


photo 01


帯文:

「清教徒革命の激動の中でイギリス庭園はどのように出来たか」


帯(裏):

「古来、人類は神のつくられたエデンの園に似せて、庭をつくり、それを権威の象徴的記号としてきた。フィレンツェのメジチ家庭園に始まりヴェルサイユの庭園に極まる近世の庭園づくりも時の専制的権力の象徴的表現だった。最初の市民革命・清教徒革命は貴族や教会の庭を徹底的に破壊し、その結果生まれた、自然をそのまま取り入れてつくられた塀のないイギリス庭園は、市民社会の象徴となる。庭園の変貌を視点にして近代の誕生を探る。」


目次:

はじめに

第一章 パラダイスのパラダイム――楽園から庭園へ
 ヨーロッパ人の〈西方浄土〉
 〈西方の島〉としてのブリテン島
 オデュッセウスはブリテン島に上陸したか?
 イングランドはシャン・ゼリゼ
 守られた〈島の楽園〉
 庭のイングランド
 庭は政治秩序の記号であった
 ヘンリー八世とハンプトン・コート
 エリザベスと廷臣たちの庭園
 ベイコンと〈島の楽園〉
 楽園は求心的構造をもつ
 カントリー・ハウスという名の楽園
 荘園的静止の構図
 「とどまる」価値
 島の内部に島を囲う者たち

第二章 洋上楽園発見か?
 〈島〉は心理的傷痕の証し
 船団は西へ
 これこそ洋上楽園か?
 〈楽園〉を否定する報告
 やはり〈楽園〉であったとする文書
 島の上でヴェクトルは交錯する
 発見とは何だったのか?
 シェイクスピアの『あらし』の島
 『あらし』と宮廷仮面劇
 王党派詩人のバーミューダ島
 遊びと楽園

第三章 楽園を壊す力
 庭は遊びの小空間
 マーヴェル、庭を称える
 花園は高みに位置する
 牧場は低地にひろがる
 楽園を歩み去る詩人
 ふたたびバーミューダ島
 マーヴェルの島は二つの方向を向く
 マーヴェルも海洋国家誕生をたたえる
 王党派詩人すら、広い海を見渡した

第四章 荒野へ降り立つ者たち
 王政回復は整形庭園の復活であった
 盲目の大詩人は〈山の楽園〉を歌う
 だがそれは〈島の楽園〉でもあった
 神の作りたもうた庭は〈自然風〉であった
 〈反・庭〉の造形
 だがけっきょく楽園は捨てられねばならぬ
 それは〈楽園脱出〉であったかもしれぬ
 それでも悲しみは深い
 〈島〉が陸つづきになった
 大陸に渡る者、荒野に降り立つ者

第五章 開かれた庭へ、そしてその外へ
 大陸を荒野と認識するとき
 栄光革命のあとで
 新古典主義者は自然風庭園を説く
 もう一人の新古典主義者も……
 テムズ河畔に新しい庭が生まれた
 新しい時代の新しい楽園
 塀が消滅し、風景がひらける
 ヴォルテールも〈自然風庭園〉をあこがれる
 ルソーはロマン主義者の楽園を語る
 ゲーテからイギリス・ロマン派まで

おわりに

あとがき



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本書より:

「はじめに〈楽園(パラダイス)〉があったというのが聖書の奇術である。エデンの東のほうに神は「一つの園を設け」たもうたと、旧約巻頭の「創世記」はしるしている。人類の出発点であった。
そして終りには〈都市〉があることになっている。新約の最後に置かれた「ヨハネ黙示録」は、絢爛たる聖都「新エルサレム」のヴィジョンを描いて終るからだ。」
「〈楽園〉から歩みを始めて〈都市〉に至るというのは、人類文明史の寓意的な要約としても、まことに興味深い。人は理想の都市建設を目ざしてこれまでの歴史を歩んできたし、これからもそれを続けるだろう。しかしその歩みの間に、彼は肩ごしに何度も〈楽園〉を振り返らなかっただろうか?
〈楽園〉は英語でパラダイス。他のヨーロッパ語でも、(中略)同系統の言葉である。旧約聖書がヘブライ語からギリシア語に移されたとき、エデンの園はすでに「パラディソス」と訳された。語源は古代ペルシア語の「パイリ(まわり)・ダエーザ(囲われた地)」であるという。(中略)「囲われた、快適な土地」の意味である。
楽園とは、敵にしろ、害獣にしろ、苛酷すぎる自然にしろ、そのような敵対する力から、かならず隔てられ、囲われ、守られていなければならない。外側には〈荒野〉がある。野獣や外敵が跳梁し、寒風や酷暑が支配する。外側の空間は、広く、おそろしい。それにくらべ〈楽園〉の囲われた内側は、こぢんまりと、あたたかく、居心地よく、水豊かに溢れ、花咲き乱れ、選ばれた幸せな人びとが永遠の春を謳歌する。できればその所在すらもが、敵に知られていない土地であってほしい。すくなくとも敵が容易に到達できないほど、遠く隔たった土地にあることが望ましい。
洋の東西を問わず、楽園の祖型は〈島の楽園〉と〈山の楽園〉に分かれる。〈島の楽園〉とは、東洋の伝承でいえば蓬莱(ほうらい)であり、龍宮であり、補陀落(ふだらく)であるのだろう。西洋にはホメーロスが歌ったカリュプソーの島(オギュギア)から始まって、ギリシア世界の西方の島(ヘスペリデース)、ラテン世界の幸せの島(フォルトゥナータ・インシュラ)があるし、近くはホリデイ・リゾートとしてのタヒチやハワイがすぐに思い出される例だ。『白鯨』の作者が「万人の胸には一つのタヒチが横たわる」と忘れがたい言葉をつぶやいたのは、この種の楽園を思い出してのことである。
〈山の楽園〉をめぐっても、伝承は豊かだ。東洋ですぐに思い出されるのは、桃源郷の物語であろう。わが国の隠れ里伝説にもこの要素が混在する。西洋ではやはりホメーロスによるオリュンポスの描写が、早くもその片鱗を示している。のちに語るヘブライ伝承のエデンも、その伝統に属するだろうし、近くはシャングリラが思い出される。」
「〈島の楽園〉が荒れ狂う大洋によっておのずから隔てられ守られていたように、〈山の楽園〉は山がけわしく高いこと、途中の山道が険阻で発見しにくいことが、楽園の条件になっている。(中略)それを子宮だと考えれば、楽園願望は母胎復帰願望の一変形ということになるだろう。
楽園とは、こうして、日常生活の現実から切り離された空間である。「この世ならぬ」場所とも呼べよう。だからそれは〈天国〉または〈死者の国〉と、意外にまぎらわしい。西洋の西方浄土としての〈西方の島(ヘスペリデース)〉は、本来は祝福された死者の集うところであったのだ。」
「島国の民としての日本人は、とうぜん〈島の楽園〉を夢見ることが多かった。補陀落渡海はその楽園を求める聖者の旅である。だがその水平線上にうっすらと浮かぶ観音菩薩の横顔は、すくなくとも庶民の想像力のなかでは、かなりにエロチックな魅力を備えていただろう。いわんや浦島子の訪れた龍宮の乙姫においておや。」
「だがその反面、禅寺の、きびしく贅肉をそぎ落とした石庭に面したとき、われわれの目はそこに立てられた石の一つ一つに、日本人の原風景としての、もう一つの〈島の楽園〉を、発見するのではなかろうか。」

「追放であれ、脱出であれ、アダムとイヴが楽園を出て荒野に降り立った行為は、人間誕生の物語にほかならなかった。楽園は子宮であったのだ。囲われた、快楽原則の小空間。自己の意志もなく、知識もなく、なまあたたかい羊水のなかに浮かんでいればよい、至福の状態。だがやがて時が満ちれば――〈歴史〉がその段階にさしかかれば――外の世界に押し出されねばならぬ。広い、荒々しい、乾いた大空間。〈荒野〉である。現実原則の空間である。最初の数歩は足もともよろめくだろうが、やがて気をとりなおせば、超自我の光芒が地平の彼方から、こちらの行動を律するのに気づく。いまや頼りうるものは、大地を踏むわが足、大地を耕すわが手……。
これがアダムとイヴの運命であった。前方を見つめる倫理的意志は、それなりの決意と希望と抱負をかきたてただろうが、同時に彼等が肩ごしに楽園を振り返ったというのも、あまりに当然であった。これを母胎復帰願望と定義づけたとしても、それほど見当違いとは思われぬ。そのあたりの事情をミルトンは哀切なる感情をこめて描いている。

 ……彼らは、ふりかえり、ほんの今先まで
 自分たち二人の幸福な住処(すまい)の地であった楽園(パラダイス)の東にあたる
 あたりをじっと見つめた。その一帯の上方では神のあの焔の
 剣がふられており、門には天使たちの恐ろしい顔や燃えさかる
 武器の類がみちみちていた。彼らの眼からはおのずから
 涙があふれ落ちた。しかし、すぐにそれを拭った。
 世界が、――そうだ、安住の地を求め選ぶべき世界が、今や
 彼らの眼前に広々と横たわっていた。そして、摂理が彼らの
 導き手であった。二人は手に手をとって、漂泊(さすらい)の足どりも
 緩やかに、エデンを通って二人だけの寂しい道を辿っていった。

「おのずから/涙があふれ落ち」るとは、〈自然〉の情に律せられるかぎりでの人間の姿である。しかしそれは神の〈恩寵〉と、それにこたえるみずからの倫理的意志によって克服されねばならない。そこに人類の深いディレンマがある。それは歴史が前に向かって動き続ける間、その各段階につきまとうだろう。市民社会誕生という段階も、例外ではなかった。ミルトンは顔を楽園からそむけつつ、しかも深い憧憬の目差しをその方向に送り続けたのだ。」



photo 03


本書より:

「さらに注目すべき特徴は、多くの庭においてそれを囲う塀や垣根や壁の類が消失したことであった。(中略)すでにわれわれは、ポープの庭が、樹木の植栽によって塀の存在をかくしていたことを知ったのだが、一八世紀英国庭園の新しい発明は、〈隠し堀(ハハー)〉(ha-hah)であった("ha-hah" は、「ハハア、なるほど」というようなときに用いる感嘆詞である)。庭園は、なんといっても個人の所有なのだから、その境界を明確にしておかなければならない。放牧の牛や羊が庭のなかに入りこむのも困るだろう。そこで外周に堀をめぐらしておく。すると屋敷や庭の側からは、視線をさえぎる人工の構造物は見えず、まるで広大な自然とそのまま続いている感じになる。(中略)しかし、庭を散策する人がその外周まで来れば、はじめて〈隠し堀(ハハー)〉に気づいて、「ハハア、なるほど」というわけである。」



























































川崎寿彦 『森のイングランド ― ロビン・フッドからチャタレー夫人まで』

「中世民衆の英雄像は、権力を無視して〈森〉にたてこもる側にあったことだけは確かだ。」
「なんといっても〈森〉は狂気、情念であり、理性や法秩序に対決する原理であるのだ。」

(川崎寿彦 『森のイングランド』 より)


川崎寿彦 
『森のイングランド
― ロビン・フッドからチャタレー夫人まで』


平凡社 1987年5月14日初版第1刷発行
333p 20×15.4cm 角背紙装上製本 カバー 定価2,200円
装幀: 中島かほる



「もう終わりだ。なにもかも。森は死んだ。」
(『もののけ姫』 より)

そういうわけで今回は、英文学者・川崎寿彦の「イングランド三部作」その二、『森のイングランド』です。
本文中図版(モノクロ)多数。

本書「あとがき」より:

「西洋庭園の姿態をつぶさに眺めていると、森との折り合いをつけるのに工夫をこらす様子が手にとるようにわかる。ある場合には森をそっくり外に押し出してしまう。またある場合にはなんとかうまく手なずけて内部に取り込もうとする。
そもそも庭園それ自体が、文明の内部にたぐり込まれた自然の記号なのであって、だから庭園と森とのこのような角逐は、長い西洋文明史のなかでの〈自然〉対〈文明〉という力学(ダイナミックス)をくっきりと図示してくれているわけだ。庭園はすすんで文明と妥協した自然。それに対して森はなかなか妥協を肯んじない、頑固な自然。
……というわけで今回の私のこの本は、これまで私が西洋庭園について考えてきたこと(たとえば『庭のイングランド』『楽園と庭』など)の延長線上にある。ただし文明論的な切実さは、いっそう身に迫るものがあった。」
「ここで題名について一言弁明をしておきたい。言うまでもないこととは思うが、『森のイングランド』はかならずしも『イングランドの森』ではない。本書はイングランドを中心にした英国の森の諸相を、とくに英文学史の流れに沿って文化誌的に考察しているが、その場合〈森〉は実体でありつつ文化の記号として機能する。〈森〉のイメジャリーを通して英国の歴史と文学に新しい角度から光を投げてみたかったのである。『(記号論的に)森(であるところ)のイングランド』とでも理解して頂ければありがたい。」



森のイングランド1


帯文:

「緑の森の木の下で、耳を澄ませば聞こえてくる、ロビン・フッドの角笛が、チャタレー夫人の歓びの声が。文明の営みを映しつづけた森と〈空想の森〉の歴史。森では不思議が起こる……。」


帯背:

「森と〈空想の森〉の歴史」


森のイングランド2

カバーを外してみた。


森のイングランド3

見返し。


森のイングランド4


目次

1 森はうやまわれ、そして破壊される 〔古代世界〕
  森はつねに二つの顔をもつ
  未開人の感情とは……
  森の木は宗教的感情を生む
  人は木であり、木は人である
  〈樹下美人〉と〈木の神々〉の系譜
  金の枝の森
  ドルイド僧は森を支配する
  ローマは〈森〉を攻める
  古代世界における森林の破壊
  森は母の原理であった
  〈鉄の時代〉が森を滅ぼす

2 ロビン・フッドはシャーウッドの森を駆ける 〔中世〕
  アングロサクソンも〈森の人〉であった
  農民は森をたくみに利用した
  森と動物たち
  ノルマン人が新しい森の歴史をつくる
  〈御猟林法〉のうらみ
  森はアウトローをかくまう
  そしてご存知ロビン・フッド
  〈森の自由民〉は戦う
  ロビンは森の精だったのだろうか?
  ロビンは〈五月祭の王〉となる
  もう一人の〈緑の騎士〉

3 シェイクスピアはアーデンの森の衰えを知る 〔近世初頭〕
  〈森〉とロビンはやはり反体制だった
  ロビンに対する締めつけが強化される
  ロビン・フッド像の分裂――その卑小化
  ロビン・フッド像の分裂――その高貴化
  〈森〉そのものが分裂しはじめた
  森林衰退の記録
  ドルイドの森の呪いは続く
  劇作家の森に影は交錯する
  ミラノの森のロビン・フッド
  森では不思議が起こる
  妖精の森に五月祭は続く
  宮廷人も森に逃れる
  恋人たちも森に逃げる
  フォールスタフはオークの力で浄化される
  森の力で世直しは成就する

4 クロムウェルは森の歴史を二つに分ける 〔一七世紀〕
  森に対する二つの態度
  メリー・イングランドは守れるか?
  森は王の切札(トランプ)になるか?
  ウィンザー周辺の風景は調和していたか?
  カントリー・ハウスの森の諸相
  清教徒革命は森をめぐる攻防であった
  革命は森を破壊した
  ウォラーの森は旧くて新しい
  イーヴリンは近代林業の出発点を作った

5 ウィンザーの森はざわめきをやめない 〔一八世紀〕
  王の森は森の王
  ポープはウィンザーの森に何を見たか?
  ウィンザーの森は秩序と平和を表わす
  森のスポーツも実態が変わった
  ウィンザーの森は海に向かって動く
  ウィンザーの森を攻める者
  森の経済的性格が明確になる

6 ロマン派は広葉樹を愛す 〔ロマン主義時代〕
  森を美しいと感じる態度
  ロマン主義とオークへの嗜好
  ドイツのロマン派も広葉樹を愛した
  ゴシック教会はブナの森
  木と人の同類共感(ホメオパシー)
  ワーズワースと森の木々
  テニソンもオークを熱愛した
  しかしとにかく森の劣勢は覆い難い
  森は高次の知識の源泉
  森は聖性だけでなく魔性ももつ
  ロマンスの森、童話の森

7 チャタレー夫人はロビン・フッドの森によみがえる 〔現代〕
  イギリスにも針葉樹林が増えはじめた
  ハーディと森の木々
  ニレの木の運命
  フォークナーとアメリカ南部の森林
  ヘミングウェイとアメリカ北部の森林
  ロレンスと神秘の森
  森によって救われる人びと
  それはロビン・フッドの森だった!
  現実の森とロレンスの文学

終章 ゼウスの森はよみがえるか?
  ヨーロッパの森の新しい傾向
  ゼウスとプロメテウスの和解


あとがき
参考文献



森のイングランド8

「五月柱のまわりで踊る」


本書より:

「森はヤーヌスである。それはつねに二つの顔をもつ。おそろしい顔と、恵みゆたかな顔と。」
「森の二つの顔とは、とりもなおさず自然の二つの顔であるにちがいない。(中略)私たちは森を、もっとも自然らしい自然と呼ぶことが許されるのではなかろうか。
そして人間は〈自然〉とのかかわりにおいて〈文明〉を築いていきた――あるときはそれに助けられ、あるときはそれと対決し、またしばしばそれと妥協をくりかえしながら。これがまさしく〈森〉と〈文明〉との関係である。まず、森の恵みがなければ人間は文明を築くことができなかっただろう。しかしその反面、森を征服することなしには、文明はありえなかった。
この事実は語源的にも確かめられるはずだ。そもそも〈文明〉(civilization)とは、ラテン語の civis すなわち〈市民〉を語源にしている。森が切りひらかれ、そこに人間の集落が造られ、それがだんだん大きくなって〈都市〉に育っていく――この過程こそが〈文明〉の過程である。それは森を滅ぼす行為にほかならない。
いっぽう〈文明〉の反対は〈野蛮〉だが、こちらは〈森〉と語源的につながっている。すなわち英語の savage やフランス語の sauvage をさかのぼれば、後期ラテン語の salvaticum そしてもっとさかのぼってラテン語の silvaticus に達する。まさしく〈森の(人)〉を意味する言葉だ。暗い森をそのままにして隠れ住むのが〈野蛮人〉。それを切りひらいて明るくし、耕地や牧場や村や町を造れば〈文明人〉であった。」
「文明はつねに森をおそれ続けねばならなかった。それはいつ復讐してくるかもわからない〈野蛮〉だったからである。反面、それは身近にある恵みの源泉でもあり続けた。隠れ家、食料、燃料、建築材……これらはすべて森から与えられたからである。というわけで、森のヤーヌス性はそのまま人間文明の両面価値性(アンビヴァレンス)に反映されている。森は人間の文明という営みの実体を照らす合わせ鏡である。この事実は文化のいろいろな局面に映し出されているだろう。なかでも文学はかなりシャープな焦点を結んでそれを見せてくれるように思われる。」

「地理学者ジェイ・アプイルトン(Jay Appleton)がコンラート・トレンツを援用しながら提唱した〈眺望・逃避理論(プロスペクト・レフュージ・セオリー)は、〈森〉をめぐるわれわれの考察にも、かなりな意味をもつと思われる。すなわち、動物にとっても人間にとっても、追う立場でも追われる立場でも、もっとも快い状況とは、わが身を森のはずれの茂みに隠しておいて、目の前にひろがる明るい草原を見渡しているという状況にほかならない。それは逃避(レフュージ)と眺望(プロスペクト)を同時的に達成させてくれる、唯一の地点なのだ、と。
森と草原との接点――それは記号論的にもきわめて含蓄豊かな一点である。多くの文化、そして文学は、そこから発するであろう。」

「ケルト民族は紀元前九世紀以降、ライン下流を含むガリア全土、ブリテン島、イベリア半島、北部イタリアに居住し、一部は小アジアにまで達していた。その宗教的・文化的遺産の痕跡がヨーロッパ各地に残っていたとしても、あやしむに足りない。フレイザーの『金枝篇』はドルイド教起源のオーク崇拝の民俗について詳述し、かたわらゼウスの神託をオークの葉ずれに聴いたギリシア人の〈ドドナの森〉の信仰についても語っている。古代作家の何人かはギリシア古来の信仰とケルトの信仰とが、〈オーク崇拝〉という一点で同根、またはすくなくとも同質と考えたがったのだが、それを否定すべき根拠は今日に至るまで見出されていない。」

「森は原始・自然であり、火(およびその火によって作られた鉄)は文明・人工であった。ギリシア神話はこの両原理の対立を、〈ゼウス=自然の具現〉対〈プロメテウス=人工と文明のチャンピオン〉という図式で表わしているといえよう。しかし無邪気なゼウスが森に君臨するオークを依代(よりしろ)に、天と地を昇り降りしている間に、プロメテウスの復讐は着実に進んでいた。これが文明の歴史である。やがて全ヨーロッパの森が、オークも含めて、鉄斧で切り倒され、火で焼き払われることになるのだ。」

「しかし文明とは、けっして光明だけがみなぎりわたった状態ではない。どんな時代にも〈われらの内なる原始人〉は死なない。だから森はもう一つの顔を持ち続けるのだ。
ギリシア語 ὕλη (ヒュレ)は、ほんらい〈森〉〈木〉〈材料〉を意味する。アリストテレースおよびそれ以後のギリシア語では〈質料〉の意味で用いられることになるが、これは形相となる以前の混沌(カオス)にほかならない。そもそも木が材料一般と同義語になるのは、人類にわりあい普遍的なことであって、ラテン語の materia (マテリア)についても、漢字の〈材〉についても、同じことがいえる。加えてラテン語で森を意味する silva (シルウァ)は、同時に〈材料〉を意味し、〈混沌〉を暗示するのである。
言いかえれば〈森〉がすなわち〈カオス〉であるとする先祖返りした意味は、西欧思想の原点にひそんでいたのであろう。時代が下って紀元一、二世紀のグノーシス派では、〈ヒュレ〉は擬人化された原理となり、〈混沌〉〈暗闇〉〈悪魔〉などを意味することになる。この感じ方はグノーシス主義の歴史とは別個に、西欧人の思考のなかで祖型として生き残り、とくにロマン主義以降の文学にはっきりした姿を見せるように思われるが、これについては後述をまつほかない。
しかしすくなくともこの段階で考えておきたいのは、〈森〉が暗い〈混沌〉であり、同時に万物の〈材料〉であったという事実の意味である。それは〈母〉なる原理、暗黒の子宮であった。ラテン語では materia (材料)が、本来の〈木〉という意味を抱えこんだ一方で、mater (母)という語との類縁性を否定できないという事実があるが、これとどこかで通底しているといえるだろう。
ローマ人は森とその成長の偉大な力を人格化して、これを〈森の神(シルウァーヌス)〉と呼んだ。別名〈森の支配者(ドミヌス・シルウァーヌム)〉であり、ときに〈陰の支配者(アルビテル・ウンブラエ)〉と性格づけられることもあったようだ。文明は光の原理であったけれど、ローマ人たちは森の暗い陰の力がけっして無視できないことを知っており、それに当然捧げられるべき崇敬の念を、かなりな程度に制度化して捧げたらしく見うけられる。」

「文明はハードな父性、森はソフトな母性であった。文明の力は鉄の斧として森に迫り、ついでそれを石の建物で置きかえていく。civis-civitas 化すなわち都市化の原理であった。心やさしい詩人たちが、とかく〈鉄〉や〈石〉でなく、〈木〉のぬくもりに身をすりよせていったのは、ごく自然なことだったと思われてくる。
ローマとカルタゴが前後三次にわたって戦ったポエニ戦争は、地中海を隔てて古代世界の東西超大国が覇権を争った、当時の世界大戦であった。地中海が舞台であったから、海軍力が戦いの帰趨を決定したであろうことは容易に想像がつく。結果はローマの完勝であった。しかしこの勝利の犠牲として、ローマ領内の目ぼしい森林が、艦船建造のためにかなり大量に切られたことが知られている。
船舶→交易→戦争→より多くの船舶……。この古代文明世界に始まった悪循環は、まさしく森を滅ぼす力であった。そしてその結果を見聞した詩人たちは、人類の〈黄金時代〉が終わって〈鉄の時代〉が到来したことを痛感したのである。プロメテウスの復讐は、いよいよエスカレートしてきた。」
「文明史を進歩と反動という単純な力学で割り切れば、文学者、なかでも詩人はしばしば反動的であり、さらにその反動性は〈牧歌詩〉においてもっともあからさまに表われる。ウェルギリウス、オウィディウスが〈黄金時代〉を「船が必要でない時代」、したがって「木が切られない時代」としてイメージした伝統は、その後ながく西欧の牧歌文学に受け継がれる。」

「中世農民(ペザント)たちの異教(ペイガン)的な魂は、森を生命力の源泉とみなし、それにあやかろうとする渇仰を村落共同体のさまざまな祝祭に託した。〈五月祭(メイ・デイ)〉はその代表である。」

「近世にさしかかると、かつてノルマン人たちが一一世紀に見たイギリスの森は、すでにかなり失われていた。原因はさまざまだが、基本的には民衆の需要に応えたため、というほかない(森を守ろうとしたのは、むしろ暴君たちだった)。一例をあげよう。チェシアのウィラル・フォレストはチェスター市の西、ディー川を隔ててリヴァプール市の南に位置するが、中世には有名な言い伝えがあって、その森の見事さを称えていた。
 ブレイコン岬からヒルリーまで
 リスは木から木へつたって行ける。
しかしチェスター市民は王様に請願書を提出して、この森の処分されんことを願うた。理由は森が市の城門すぐ近くにまで迫っていて、盗賊の隠れ家になるということであった。つまり市民がロビン・フッド的なる力を警戒し、〈都市=文明〉が〈森=野蛮〉を排除したのである。」

「ロマンスの森は祖型の森。だからそこには悪魔や魔女も集うが、文明の束縛を超えた高次の自由が発見されるかもしれない。それは都市という〈超自我〉(良心)と対決する、〈イド〉の空間なのである。」

「〈自然〉と〈文明〉の対立は、ギリシアの昔から明瞭に図式化されている。すなわちゼウスとプロメテウスの対立抗争の神話である。火を盗んで人類に与えたプロメテウスは、それによって〈文明〉の創始者となるわけだが、〈自然〉界全体の支配者であるゼウスに罰せられ、カウカソス(コーカサス)の岩に鉄の鎖で縛りつけられ、猛禽たちに内臓をついばまれる苦しみを受ける。
いっぽう人間は、プロメテウスにもらった火を頼りに、ほそぼそと生き続けた。」
「この段階では、〈自然〉の神ゼウスは確かに暴君であった。そして彼に罰せられたプロメテウスこそ人類の恩人、解放者であったろう。後世、ヨーロッパのロマン派詩人たちが、暴君を憎み、人類の解放者を賛美する趣旨をこめて、幾編ものプロメテウス賛歌を書いたのは当然であった。
しかし彼らは〈自然〉の原理が暴君ゼウスの側にあることを見落としていた。〈人工〉を憎み〈自然〉を熱愛したロマン主義者なら、その限りではゼウスとプロメテウスとの価値判断は逆転してもよかったはずである。」
「ゼウス=自然の暴政は、いつまでも続かない。いやそれどころか、無邪気なゼウスの専政支配と見えたものは、早い段階からプロメテウス=人工の奸計に足元を掘り崩され、実体はどんどんもろくなっていった。このプロセスは、イギリスの森の歴史に目をこらすだけでも、くっきり浮かび上がってくるのである。
そして今日の危機的な文明の状況が生じてしまったのであろう。今やプロメテウスの鎖を解く時代ではない。彼はすでに大手を振って人類の間を闊歩し、人類はむしろ彼に踏みつぶされないように逃げまどう有様だ。
ゼウスこそ、復権を許されるべきなのであろう。高木仁三郎氏は『いま自然をどう見るか』と題する刺激的な著作のなかで、本来のギリシア思想の内部でも、ゼウスを暴君とみなすより、高次の正義の原理の体現とみなす考え方のほうが、正統であったことを指摘している。そしてその古代の知恵にもとづき、今日の自然界を高次のエコロジーの視点から再把握する必要を力説する。」



森のイングランド5

「第一質料/最初の母としてのアダム(14世紀の版画)」


本書より:

「フロイトも『精神分析入門』(一九一七年)に説いていることだが、〈森〉や〈木〉がしばしば女性原理として意識される理由の一つは、ラテン語の〈母(マテル)〉なる一語と関係があるはずだ。すなわち「ラテン語の materia (物質)という語は mater (母)からの派生語であり、物を作り出す材料はいってみればその物の母の役割をもつから」である。森の木々に密着して生きなければならなかった時代の人びとにとって、木が母(マテル)なる物質(マテリア)だという感じ方はごく自然に身についたと思われる。文明は父性であったのだろうが、その眼光を避けてすがりつくような魅力が、森にはあったのではないか。
そしてもう一段ひるがえって考えれば、中世キリスト教徒がアダムを prima materia (第一質料/最初の母)と考えた事実がある。一四世紀の一枚の版画は彼を大地に静かに横たわる姿で描き、その巨大な男根には豊かな枝葉を茂らせている。彼は天上の父なる神のきびしい視線を、まったく感じていないようだ。彼のおだやかにくつろいだ表情は、男・女の分化以前の、アンドロギュノス的な円満具足を表わしているのかもしれない。理想の混沌である。」



森のイングランド6

「今日に残るポラード(上)とコピス」


本書より:

「中世農村は人口も少なく、生活もつましかったから、建築用材の需要は限られていた。むしろ日常の燃料用、および補助的な建材(たとえば柵や編垣用)として、細い雑木類の恒常的な供給が必要だった。
この目的のために農民たちは二つの方法を編み出した。一つは〈ポラード〉と呼び、ブナでもニレでもトネリコでもポプラでも、木の幹を地上から二、三メートルのところで切ってしまう。幹の成長を止めるのである。すると木は次の年の春に、幹の切られた部位から何本かの若枝を出す。それを数年後に利用するわけだ。
「地上から二、三メートル」というのは、じつはシカなどの野獣や、牛、馬などの家畜が若芽を食べない高さ、ということである。この点はよく考えてあったのだが、なにしろ中世農民は鋸を持たず、斧で作業したから、その高さに梯子をかけて斧を振るうのはあまりらくではなかったと思われる。
そこでもう一つの方法が、いっそう好まれたらしい。それは〈コピス〉といって、思いきって地上すれすれのところで木を切ってしまう。」



森のイングランド7

「『シベールの日曜日』より」


本書より:

「『シベールの日曜日』と題する美しいフランス映画があった。(中略)フランスのある田舎町で、戦争神経症から立ち直れない一人の帰還兵(中略)が、ふとしたきっかけで隣町の孤児院のさびしい少女と知り合いになる。名はシベール。一〇歳くらいか。毎日曜日、青年は孤児院を訪ね、シベールを連れ出して附近を散歩する。しかし「正常な」町の住人たちは、二つのさびしい魂の触れ合いを理解しない。」
「作品中、カメラは何度も公園の冬木立を振り仰ぎ、その梢の忘れがたい美しさを描いた。それには象徴的なメッセージがこめられていたのだろう。なぜならこれは一般の映画鑑賞者があまり気づかなかったことだが、シベール(Cybèle)は、ほかでもない、キュベレーのフランス語読み。つまりその孤児院の少女は、あの木の女神であり、太母であり、地母神であったのである。
太母キュベレーが一〇歳そこそこのさびしい孤児となり、彼女と理解しあえたのが戦争神経症のさびしい青年だけであったという事実。そしてその二人の無邪気な愛すら、「正常な」市民たちには理解されず、悲劇的な死が、しかも二人の小さなクリスマス・ツリーの下で襲ってくるという事実。このような事実で構成されたこの物語は、これまた文明の崩落のヴィジョンを描いてみせたというべきであろう。」




こちらもご参照下さい:
イタロ・カルヴィーノ 『木のぼり男爵』 (米川良夫 訳/白水Uブックス)


Jethro Tull - Songs from the Wood


























































川崎寿彦 『楽園のイングランド ― パラダイスのパラダイム』

川崎寿彦 
『楽園のイングランド
― パラダイスのパラダイム』


河出書房新社 1991年2月18日初版印刷/同28日発行
233p 初出一覧1p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 定価2,400円(本体2,330円)
装丁写真: 川崎寿彦



英文学者・川崎寿彦(1989年逝去)の没後刊行本。本文中図版(モノクロ)多数。


楽園のイングランド1


楽園のイングランド2


楽園のイングランド3


楽園のイングランド4


目次(初出):

1◆島の楽園(パラダイス)

 遠い島、はるかな想い――イメジでたどる想像力の軌跡 (名古屋大学文学部研究論集第70巻 1977年3月)
  柳田国男は島の地獄を知っていた
  しかし島は楽園でもある
  ダンは「人は島ではない」という
  王党派は島を夢見る
  しかし清教徒は島がきらいである
  マーヴェルの島は玉虫色……
  アーノルドの哀愁の島
  人類は無数の〈島〉である
  モリスの島の退行性
  イェイツのイニスフリー島
  ヴァージニア・ウルフと灯台の島
  ロレンスと〈島〉志向
  島を愛した男の運命
  オーデンは島に批判的である
  その他の三〇年代詩人は……
  ヘミングウェイにおける〈島〉と〈大陸〉
  ヘミングウェイは〈島〉の作家だったのではないか

2◆庭の楽園(パラダイス)

 つくられた理想の風景――洞窟・廃墟・ロマン主義 (「へるめす」 第6号 岩波書店 1986年)
  洞窟への嗜好は普遍的であった
  洞窟は〈不規則〉の美を表わす
  新古典主義者の庭園と洞窟
  地底に洞窟、地上に廃墟
  理想の風景は廃墟を含む
  廃墟趣味の隆盛
  空想はさらに多くの廃墟をつくる
  〈ピクチャレスク〉流行
  そして〈ロマン主義〉

 ティンターン僧院の風景――ピクチャレスクからロマン主義への移行 (川崎寿彦編 『イギリス・ロマン主義に向けて』 名古屋大学出版会 1988年11月)
  詩の謎はロマン主義の謎ではなかろうか
  ティンターン僧院の風景。それは一八世紀の〈歌まくら〉であった
  〈ピクチャレスク〉それは一八世紀の新しい美の基準であった
  ティンターン僧院はピクチャレスク・ツアーのメッカとなる
  その僧院が廃墟である事実が、いっそうの意味をもった
  それがゴシック廃墟であったことの意味
  風景詩、ピクチャレスク、そしてワーズワス
  ピクチャレスクに対する、時代のさまざまな反動
  ではロマン主義者にとってピクチャレスクは何であったか
  そしてワーズワスの「ティンターン僧院の詩」は……?
  ロマン主義者の目は精神化された風景を見つめた
  ワーズワスはわざとティンターン僧院から目をそらしたのではないか
  結――それは〈父親殺し〉の詩であった

 西洋庭園内部の愚行(フォリーズ) (「図書」 岩波書店 1987年4月号)

3◆墓の楽園(パラダイス)

 収縮する〈風景〉――ヴィクトリア朝期における温室(コンサーヴァトリー)の大流行について (『第17・18世紀英文学における視点と視界の空間学』 1989年)
  〈ガーデネスク〉は〈守りの庭〉であった
  庭園内部の温室の歴史、および形態
  ヴィクトリア朝期以前の文学作品に登場する温室
  一九世紀中期の大温室
  そして〈水晶宮〉が輝いた
  水晶宮以後の温室
  それは新しい時代の〈囲われた庭〉でもあった
  中・小の温室がさらに普及した
  温室は室内に移動する
  室内の温室すらさらに収縮していく
  〈拡大〉のヴェクトルはどこに残ったか?

ロマン派以後の〈庭のイングランド〉(エスキス) (「英語青年」 研究社 1989年1月号)
  『廃村』のその後
  造園家としてのワーズワス
  〈攻めの庭〉から〈守りの庭〉へ
  庶民に開放される大庭園
  墓地公園に応用される自然風庭園のノウ・ハウ
  温室の大流行
  ディケンズの庭とアーノルドの庭
  T・S・エリオットの庭と墓

お墓のイングランド (「図書」 岩波書店 1989年1月号)


解説 (出淵博)
後記 (青木健)
初出一覧



楽園のイングランド5


◆本書より◆


「遠い島、はるかな想い」より:

「よく考えればヘミングウェイの『誰が為に鐘は鳴る』という作品は、ヘミングウェイ全作品群の中に置いて、奇妙に坐りの悪いところをもっているように感じられる。彼はむしろ〈島〉の作家であり、いわば〈孤島苦〉の悲劇性をうたい、またはその悲劇的英雄性を賛える種類の作品を書き続けたのではなかったか?」
「その意味で『老人と海』は、ヘミングウェイ的英雄像の完成であった。メキシコ湾に、たった一人、無線機もなにも装備しない小舟を浮かべて、大魚と闘い、さらにはさめの群と闘うサンチャゴ老人は、その純粋な孤独性において〈島〉以外の何のイメジで表わせようか。彼の孤独な闘いの敗北は、ヘミングウェイ的世界における誠実な人間の、ほとんど唯一の英雄性の保証だったといえるだろう。」



「つくられた理想の風景」より:

「ピラネージにおいて美は荒廃であった。そして彼の廃墟は、しばしば奥深い洞窟の姿を示す。有名な「牢獄シリーズ」ですら、洞窟の幻想であったともいえるのではないか。ホーソーンは「万人の心の奥底には『墓と地下牢』がある」と語ったが、ピラネージの芸術はその言葉の真実を裏書きするものではないか。そしてこれにはげしい共感を示した一八世紀は、いわゆる〈理性と秩序〉の時代が〈怪奇と不規則性〉を抱きすくめていた事実を語ってくれているだろう。げにホモ・サピエンスはホモ・デメンスなのだ。」

「このような廃墟、そして洞窟を理想の風景のなかに散在させながら、新しい美の概念〈ピクチャレスク〉は栄えた。ほんらいは「絵のような」「絵になる」の意だが、基準となる絵はもちろん当時の嗜好に投じていたクロードや、サルヴァトール・ローサの作品であった。風景の一画がそのままクロードの「絵になる」と感じられたとき、人は手をうって「ピクチャレスク!」と叫んだのである。
もともと一八世紀は〈美麗(ビューティフル)〉に対して〈崇高美(サブライム)〉を掲げ、新しい美の原理として力こぶを入れた。〈ピクチャレスク〉はそこに割りこんで、〈崇高美〉よりもうすこし手近に、不規則で荒れた感じ、「心たのしい恐怖感」を誘う感じをもてはやしたのである。さまざまな定義が試みられたが、ここではピクチャレスクの教祖ギルピン(William Gilpin)がずばり一言、「要はなめらかなものを荒々しく変えること」と定義した事実を思い出しておこう。」
「それはイギリス上流階級での、ちょっとした流行だった。紳士淑女たちは連れだって湖沼地区(レイク・ディストリクト)やスコットランドの高地地方(ハイランズ)に、〈ピクチャレスク・ツアー〉に繰り出した。その彼らの手には当時流行の〈クロード・グラス〉があった。これはふつう楕円形の枠に収めた鏡で、鏡面はやや凸面鏡に作られ、しかもうすくセピアがかった色ガラスである。これぞと思う景色のところへくるとまずその景色に背を向け、そのクロード・グラスを景色にかざせば、鏡面には景色が適度に収縮され、しかもクロードの絵らしいセピアの色調で映るだろう。そのうえそれはちゃんとクロードの絵らしく、楕円形の額縁におさまっているという手まわしのよさ!
国内のいくつもの風景がピクチャレスクで有名になった。なかでも折紙付きは、ワイ川沿いに立つティンターン僧院の廃墟であったらしい。ピクチャレスク教祖ギルピンは単独で精力的な探求の旅をくりかえし、幾冊もの著作で国内のピクチャレスクを宣伝したが、やはりこの僧院廃墟には一目も二目も置いている。ただし彼の言い分では、僧院はもうすこし荒廃していてほしい、ということのようだ。切妻壁(ゲイブル・エンド)が「じゅうぶんに不規則でない」と彼はいう。そこで「誰かが大槌を持って行って上手に壊せば、ちょうどよくなるかもしれない」と」
「もっとも誰もがこんなに熱狂していたわけではない。ばかばかしいと笑っていた人たちもいて、その証拠にギルピンのピクチャレスク探求は、当時の一連の漫画できつくからかわれているのだ。さらにいえば、ジェイン・オースティンがピクチャレスクやゴシックに対して冷笑的であったことは、英文学史上まぎれもない事実なのである。
それによく考えれば、一八世紀全体をつうじて、洞窟、廃墟、ピクチャレスクの流行がどの程度にまじめ一方だったのか、よくわからないところがある。なにしろこれらはつねに、ピラネージ流にいえば〈気まぐれ(カプリチオ)〉であり、一八世紀同時代人の術語(ターム)でいえば〈愚行(フォリー)〉であった。」




こちらもご参照下さい:
エドワード・リア/エドワード・ゴーリー 『ジャンブリーズ』





























プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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