「現代詩手帖」 1978年10月 臨時増刊 ブランショ

「トマは、死そのものの中で、死を奪われていた」
(モーリス・ブランショ)


「現代詩手帖」 10月臨時増刊 第21巻第11号
ブランショ

Maurice Blanchot

思潮社 1978年10月20日発行
280p 21×14.8cm 並装 定価980円
編集人: 山木光久
発行人: 小田久郎
表紙/目次・扉: 中西夏之
本文カット: 中西夏之/ジゼル・ツェラン・レストランジュ



現代詩手帖ブランショ特集号。


ブランショ1


ブランショ2


ブランショ3


ブランショ4


ブランショ5

ブランショ6


ブランショ7


内容:

ブランショ 「友愛」(清水徹訳)
ブランショ 「「爆発とてはただ……」」(豊崎光一訳)
ブランショ 「最後に語る人」(飯吉光夫訳)
ブランショ 「芸術の誕生」(粟津則雄訳)

◆人称・非人称
バタイユ 「モーリス・ブランショ……」(清水徹訳)
レヴィナス 「詩人のまなざし」(白井健三郎訳)
ラポルト 「パッション」(小林康夫訳)

◆対談
白井健三郎・篠沢秀夫 「不可能性の彼方へ――ブランショをめぐる法・国家・言語」

◆〈作品〉読解
豊崎光一 「ナルシスとは何か」
高橋康也 「ブランショとメタ・ノンセンス」
長谷川宏 「文学空間の現象学」
中山真彦 「ユリシーズの奸策について」
立仙順朗 「ブランショによるマラルメ」
足立和浩 「戯れのレクチュール」
弓彰 「ブランショ(以降)のマラルメ」

◆革命と状況
鈴木道彦 「同時代人としてのブランショとサルトル」
鈴木道彦 「ブランショと自由の行動委員会」
篠田浩一郎 「たった一人の革命」
神戸仁彦 「ブランショの情況参加」

◆研究
篠沢秀夫 「『トマ』四十一年本の特異性」
佐藤渉 「『謎のひとトマ』初稿・新稿比較」

◆死・小説
天沢退二郎 「死の作家と作家の死」
与謝野文子 「人物から記号へ、さらに主体へ」

◆引用・資料
富山太佳夫 「ブランショのいない風景」
佐藤渉 編 「ブランショ語彙集」
編集部 編 主要著作・参考文献抄

◆形象・作品
加納光於 「『B』――その雲形の」
若林奮 「境川の氾濫――M. Blanchot について」



ブランショ8


モーリス・ブランショ「友愛」より:

「なにか本質的なものでわれわれに結びつけられている人びとを知る、そんなことはわれわれは断念すべきなのである。つまりわれわれは、未知のものとの関係において、彼らを迎え入れるべきなのだ、――彼らは、その未知のもののなかにあって、われわれの遠ざかりにおいて、われわれのことも迎え入れているのであるから。友愛、従属関係も逸話ももたず、しかし、人生の単純さの全体が入りこんでいるこの関係、それは共通の外異性の認知を経てゆく、この認知ゆえにわれわれは友人たちについて語ることができず、ただ、友人たちに話しかけることができるだけだ。」


ブランショ9


モーリス・ブランショ「最後に語る人――パウル・ツェラン追悼」より:

「詩、言葉。ツェランが自らの詩観――彼は決してはっきりと詩観を放棄したことがなかった――を確認した散文断片、つまりブレーメンにおける文学賞受賞講演の中で――「詩はつねに途上にあるものです。いつもなにかにつながっていて、なにかに向って進んでいます。なにに向って? なにか開かれているもの、所有することのできるもの、もしかすると話かけることができるかもしれない《あなた》に向って、言葉の間近にある現実に向って」。この同じ小さな講演の中で、極度の簡潔さと節度をもって、ツェランはかれにとってそしてかれを通してわれわれにとっても――証しとなる事柄、つまりかれ自身、かれの身近なものたち、いく百万というユダヤ人そして非ユダヤ人たちの上を通ってきた死を、返事のなかった出来事をぬってきた言葉で詩を書くことをやめない理由をほのめかしたのだった。「数々の損失の中でただそれだけが――言葉だけが――手に届くもの、身近なもの、失われていないものとして残りました。しかし、その言葉にしても、それ自身の答えのなさの中を、恐しい沈黙の中を、死をもたらす弁説の千もの暗闇の中を通ってこなければなりませんでした。そのようなものの中を通ってきて、しかも、起ったことを言いあらわすただの一言(ひとこと)も生み出しはしませんでした。しかしそれはこの出来事の場を通ってきました、通ってきて、あらたに、陽のあたるところに、そのような事柄の分だけ豊かになって帰り着くことができました。この言葉によって、この年月の間、そしてそのあとも、わたしは詩を書くことを試みてきました――。語るために、自分の方角を確かめ、自分の居場所と、自分のためになんらかの現実がかたちづくられていくためにはどこに自分が行かなければならないかを知るために。このようなことは、いま見ると、出来事であり、進行であり、道のりでした、ある方向を得るための試みでした。」
「語れ、おまえも、最後に語るものであっても」。これはひとつの詩が――そしてたぶん今われわれはさらによく聞きとる用意ができていることだろう――われわれに読むべく与えている一節、生きるべく与えている一節である。ツェランがほとんど皮肉まじりにわれわれに語っているような詩のはたらき――「詩、みなさま、――空虚な死やまったくの空無についてのこの果しない語りつづけ。」――を再確認することをわれわれに可能にするような一節である。いまわれわれが閉されている痛みの思いの中で、この詩を読んでみよう――

 語れ、おまえも、最後に語るものとして、おまえの語りたいことを述べよ。

 語れ……
 しかし否(ナイン)を諾(ヤー)からわけるな
 おまえの語りたいことにもまた意味を与えよ――それに翳りを与えよ。

 それに十分に翳りを与えよ。
 きみが、真夜中と真昼と真夜中
 の間のきみのまわりにそれがちりばめられる
 ほどおおくの翳りを与えよ。

 まわりを見まわせ……
 見よ、まわりが息づきはじめるのを――
 死にさいして! 息づきはじめる!

 翳りを語るものは、真実を語る。

 しかしいま、きみの立っている場所は収縮しはじめる………
 いま、どこに、翳りを失っていくものよ、どこに?
 のぼれ。まさぐりながら高く。
 薄くきみはなっていく、見えないほどに、繊(かす)かに!
 繊かに………ひとすじの糸。

 その糸をつたわってそれは降りようとする、石は………
 下で泳ぐために、下で。そこに仄めくおのれの姿が見える
 その場所………さまよう言葉たちの砂丘の中に。」





















































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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