小松和彦 編 『民衆宗教史双書 30 憑霊信仰』

「狐は今でこそ人間に駆逐されて姿をあまり見せなくなったが、古くは、人里近く姿を現し、鹿などとともにきわめて親しみやすい動物であった。田や畑のほとりで無心に遊び、あるいは野ネズミをとってくれる狐の群れを見て、いつとはなく、人々は狐を田の神、稲荷神の使徒であると考え、神聖視するようになってきた。」
(速水保孝 「狐持ちの発生を探る」 より)


小松和彦 編 
『憑霊信仰』

民衆宗教史叢書 第30巻

雄山閣 
平成4年5月1日初版発行
389p はじめに・目次7p 口絵4p 
A5判 丸背布装上製本 機械函 
定価6,000円(本体5,825円)



口絵図版(モノクロ)4点、本文中図版多数。


小松和彦編 憑霊信仰 01


帯文:

「「つきもの」――多様な憑霊信仰の諸相を探る!
神霊がなにかに乗り移るという宗教的観念、つまり憑霊信仰は、古代から連綿と続いてきた信仰である。しかし、その体系的研究の動向が出始めてからさほど歳月が経っておらず、本格的な研究はむしろこれからである。本書は、特に「悪霊憑き」に比重を置いた論文を収録し、課題を示す。」



帯背:

「宗教史・地方史・民俗学・民族学・歴史学関係者など必備の叢書」


目次:

はじめに (小松和彦)

第一篇 憑霊信仰の歴史と展開
 憑きもの (石塚尊俊、昭和37年)
  一 憑きものの種類と分布
  二 憑きもの筋と社会的緊張
  三 憑きもの使いの問題
  四 憑きものと家の神
  五 憑きもの研究の問題点
 憑霊現象と特殊家系 (桑田忠親・島田成矩、昭和34年)
  一 霊魂の憑依(のりうつ)り
  二 どんなものが憑くのか
  三 憑けられやすい人
 狐持ちの発生を探る (速水保孝、昭和51年)
 乱心/狐憑き/指籠入れ (昼田源四郎、昭和60年)

第二篇 憑霊信仰の機能と構造
 中央高地における一迷信の地域的基礎 (千葉徳爾、昭和41年)
  一 問題のいとぐち
  二 クダ狐の分布と性質
  三 木曾谷を中心とするクダギツネの諸類型
  四 つきもの迷信の類型と要素分析
  五 動物信仰の原型とその変革
  六 族団的地域社会とその結合
  七 族団における対立と緊張
  八 今後の課題
 憑きもの現象と社会構造――社会人類学的アプローチ (吉田禎吾・上田将、昭和44年)
  はしがき
  一 憑きもの筋と憑きの事例
  二 憑きもの筋と憑きの現象
  三 憑きもの現象と社会構造との連関
 群馬県南西部におけるオサキモチ信仰とサンリンボー信仰の社会的意味 (板橋作美、昭和53年)
  一 はじめに
  二 社会的背景
  三 オサキモチとサンリンボー
  四 近隣関係とオサキモチ・サンリンボー
  五 社会、経済的位置とオサキモチ・サンリンボー
  六 親族関係とオサキモチ
  七 結び
第三篇 憑霊信仰と宗教者
 憑霊と除祓――「憑く・憑ける・憑けられる」の三元構造 (山折哲雄、昭和51年)
 神道の憑きもの落とし――「蟇目の法」をモチーフとして (長谷部八朗、昭和62年)
  一 はじめに
  二 「蟇目の法」について
  三 事例の紹介
  四 手法の特徴
  五 小括と課題
 カミ、つきもの、ヒト――島原半島の民間信仰をめぐって (石毛直道・松原正毅・石森秀三・鷹巣和則、昭和49年)
  一 はじめに
  二 神とつきものの世界
  三 神と人をつなぐ者
  四 カミとの交流
  五 おわりに
第四篇 憑霊信仰研究の回顧と展望 (小松和彦)
  一 悪霊信仰研究の回顧と展望
  二 収録論文解説
  憑霊信仰 主要文献目録



小松和彦編 憑霊信仰 02

口絵より。

上: 「伏見稲荷神社の裏の稲荷山の光景。かつて狐落しの験力を身につけるため、多くの行者がここで修行したという。」
下: 「犬神落しで知られる賢見神社。」



◆本書より◆


「はじめに」(小松和彦)より:

「「憑霊信仰」という用語は、まだ充分に世間一般に流通している語とは言えないのではなかろうか。もっとも、このような用語が学術用語として文化人類学や民俗学、宗教学などの研究者たちによって用いられるようになってから、まだ十数年ほどしか経っていないと思われるので、それも当然のことかもしれない。
 しかし、憑霊信仰という語が指し示している信仰現象については、日本人ならば誰でもが知っているはずである。それは読んで文字のごとく、神霊がなにかに、つまり、人や事物に乗り移るという宗教的観念についての総称なのである。
 神霊が人や事物に乗り移る――それはいったいどういうことなのか。乗り移るという状態はどのような状態であり、なんのために乗り移るのか。憑霊信仰研究とは、こうした問題に答えようとすることから生まれてきた。
 上述のように、憑霊信仰という語は新しい用語であるが、この語が生まれるまで、憑霊信仰研究が扱うような内容の信仰についての研究がまったくなされなかったわけではない。いや、むしろ民衆宗教研究史のなかでも相当蓄積のある研究対象であったといっていいだろう。
 憑霊信仰は、それまでの二つの大きな憑霊信仰研究を総合するような形で生まれてきた概念であった。一つは、人に善霊が憑くという信仰についての研究で、それは「シャーマニズム」とか「巫覡信仰」とか呼んで研究してきたものである。もう一つは悪霊・邪霊のたぐいが人に憑く信仰についての研究で、こちらの方は「憑きもの信仰」と呼ばれてきたものである。同じ神霊憑きでありながら、なぜか、両者が別の信仰のように区別され、そのために両者を統一的に把握しようとする努力があまりなされなかったのである。その反省をこめて、「憑霊信仰」という語が新たに用いられ始めたわけである。
 では、このような研究態度をとることの利点はどこにあるのだろうか。一番の利点は、憑霊現象をよりダイナミックに把えることが可能となってくることであろう。たとえば、人を病気や死におとしめるような霊に憑かれた者は、当然その霊を「悪霊」と判断するわけであるが、もしそのような霊を送りつけることができる者がいれば、その者にとってその霊は「善霊」とみなされていることになる。また、日本では、そうした悪霊を祓い落して祀り上げ、守護神(=善神)に変えてしまうことも可能なのである。このあたりのプロセスを理解していく上で、憑霊信仰という語はまことに便利な用語だといえよう。」
「理想をいえば、本巻は、「憑霊信仰」と銘うってある以上、善霊憑きと悪霊憑きの双方を含んだ論文集とすべきであろう。しかし、そのためには本巻一冊では、とても重要論文を収め切れない。そこで、私は本巻を悪霊憑きの方に比重を置いた論文を中心に一冊を編むことにした。それでも、収録した論文を一読されればおわかりになると思うが、その内容の多様性に驚かされることであろう。とくに、悪霊憑きが、民衆のなかに差別を作り出したり、病気や死の説明になったり、社会集団の編成に利用されたりしていたということに留意していただきたいと思う。つまり、憑霊信仰の研究は、人間とはなにか、集団とはなにか、神霊とはなにか、病気とは、狂気とは、等々、を考えるための重要な手がかりを私たちに提供しているのである。」



「乱心/狐憑き/指籠入れ」(昼田源四郎)より:

「前節で、われわれの日常的常識的世界が類型化した知識の集積からなっており、そのなかでわれわれは「慣れ親しんだ世界」として安心しきって生きていることを述べた。こうした安定した日常世界を乱す外集団は、「反発、不快、嫌悪、反感、憎悪、恐怖の対象として捉えられる」(Schütz, A.: Collected papers, 1962-70)ことが知られている。そして「狂気の者」こそがまさしく、われわれの平穏な日常世界に異議申し立てをおこなう「正常者」にとっての「外集団」にほかならないと言えるのではないだろうか。じっさい彼らの異議申し立ては非常にラジカルなもので、われわれが自明と信じて疑わないもろもろのことがけっして自明ではないことを暴(あば)きたて、われわれの日常世界を根底から崩しかねない暴力的な力を潜在させている。べつの見方をすれば、それだけのラジカルな破壊的な力をもっているからこそ、それは芸術や宗教などの分野で、新しい文化を創造するひとつの大きな原動力にもなってきた。しかし、われわれはそのラジカルさに恐れ反発し、「気違いの言うこと」だからと蔑視ないし無視することで、自分たちの日常世界の「正しさ」を守りとおそうとする。このような形で、基本的に狂気は日常世界から排除され隔離されざるをえない宿命にあったように思う。その抑圧が解かれ、あるいは積極的に「狂気」が利用されることがあったにせよ(中略)、それはあくまで宗教や芸術活動という、枠付けられた「非日常」のうちで、しかなかった。」


「中央高地における一迷信の地域的基礎」(千葉徳爾)より:

「昭和三十年ころ、木曾谷で生活改善のモデル地区として名高かった某村、結婚の相手をえらぶとき、憑きものの家筋を嫌う迷信をやめることを青年会で申合せ、各人の決心を表明した。その席上では、この家筋だと噂される家の子女から、それぞれの困惑の体験が語られ、新生活への意識が強調されて感激は大きかったそうである。ところが、これでふだんの噂が公認されてしまうと、それまで漠然とした「もしかしたらそうかもしれぬ」という不安だったものが、「やはりそうだった」という確証を得たわけで、そうした家系の出身者と進んで縁組をしようという人は、さっぱり現われない。いわば藪をつついて蛇を出したかたちで、こればかりはいまだに後味の悪いものになっているという。」
「こうした不幸は一日も早くなくすべきである。ただ、それにはこのような迷信が成立し維持されている根源を明らかにすることが先決であって、某村青年会のような、一片の決議によって人心を一新するといった方法は、効少なく害が多いことに心せねばなるまい。」


















































































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小松和彦 『酒呑童子の首』

「教えの通り、千人の法師を招いて大般若経を読ませると、六百巻の大般若経が高さ四十余丈、六重の鉄の築地と化し、箱は上の蓋となって、古端の家を取り囲んだ。これを聞いた牛頭天王は八万四千の眷属に、鉄の築地をよく調べよ、千人の法師のなかに目にキズのある法師がおり、その法師が経文の文字を一字でも読み落とせば、その文字の部分が窓になって侵入することができる、と命令する。」
(「祗園牛頭天王の縁起」/小松和彦 「簑着て笠着て来る者は……」 より)


小松和彦 『酒呑童子の首』
SHUTENDOJI

せりか書房 1997年4月25日第1刷発行
258p 四六判 角背紙装上製本 カバー
定価2,400円+税


本文中図版(モノクロ)多数。


酒呑童子の首1


帯文:

「鬼や妖怪とはなにか。また彼らの棲む異界とはどこか。天皇の支配する都(王土)を外からおびやかす大江山の酒呑童子を典型とする反権力の存在に光をあてながら中世民衆の想像力がつむぎだす闇の世界のイメージを説話・お伽草子・絵巻のなかに探った著者の最新評論集」


内容(初出):

I 鬼と権力
酒呑童子の首――日本中世王権説話にみる「外部」の象徴化 (書下し)
「虎の巻」のアルケオロジー――鬼の兵法書を求めて (「楽」 第6冊 京都芸術短期大学 1987年)
簑着て笠着て来る者は……――もう一つの「まれびと」論に向けて (『これは「民俗学」ではない』 福武書店 1989年)

II 生と死の境界
流される神々――「小栗判官譚」を手がかりに (『日本の神』 2 平凡社 1995年)
輪廻転生譚をめぐって (『過去世回帰』 宝島社 1992年)
生と死の境界 (「現代詩手帖」 思潮社 1995年6月号)
「目には目を」から「目には性器を」 (『身体の現在形 芸術はからだからだ』 愛知芸術文化センター 1992年)
日本の地下世界のイメージ (「is」 57号 ポーラ文化研究所 1992年)

III 異類と異界
影のオカルティズム (「is」 67号 ポーラ文化研究所 1995年)
占いの精神史 (「is」 72号 ポーラ文化研究所 1996年)
傘お化けの出自 (INAX BOOKLET 「傘」 INAX出版 1995年)
お伽草子の狐の物語 (「図書」 岩波書店 1989年8月号・11月号/一部改稿)
怪異の美学 (新編日本古典文学全集 78 『英草紙 西山物語 雨月物語 春雨物語』 月報 20 小学館 1995年)
百物語怪談と妖怪研究 (叢書江戸文庫 『百物語怪談集』 月報 27号 国書刊行会 1993年)

あとがき
初出一覧



酒呑童子の首3



◆本書より◆


「酒呑童子の首」より:

「日本文化は、「外部」を「タマ」という概念を設定することで形象化し、そのタマの操作を通じて「外部」を制御しうると考えてきた。(中略)タマは不可視の霊的存在である「魂」を指示するが、それは他方では、形象化された「珠(玉)」と深い結びつきを持っていた。つまり、「魂」の形象化したものが「珠」であったのである。もっとも、この「珠」はむき出しのままの姿で人の前に姿を現わすことは少なく、龍とか鬼とか狐といった、その時代の特定の社会集団が表象する「外部」の形象の衣を身にまとって現われてくる。」
「人間社会を脅かしその秩序を乱すものは、古代では「アラタマ(荒魂)」とされた。そのアラタマが、人間社会の側からの操作によって秩序の側に吸収されると、「ニギタマ(和魂)」と呼ばれた。そのプロセスは、「自然」を「文化」へと変換するプロセスともいえるであろう。」
「では、「珠」をめぐる物語とは、いかなる内容の物語であろうか。ひと言でいえば、「外部」の象徴たる「珠」を人間世界に持ち帰り、人間の管理下に置く、というモチーフを持った物語である。人間社会を乱すモノが出現すると、それと交渉を持つことによって、あるいはモノと戦うことによって、モノが所有するその生命ともいうべき「珠」を手に入れて帰還する。そしてこの「珠」の所有者が「王」となるのである。
日本人は古代から、こうした「珠取り」をめぐるさまざまな物語を語り伝えてきた。とりわけ王権説話がこの物語を好んだ。というのは、王権は「外部」を排除しつつ、「外部」を占有しようとしたからである。「外部」の侵入を排除することが王権の使命であり、そのために王権は絶えず「外部」の象徴たる「珠」を奪い取り、その手中に収めなければならなかったのである。」

「いずれにしても、酒呑童子の首や大嶽丸の首、那須野の狐の遺骸は、王権を脅かした「外部」の象徴であった。」
「酒呑童子の首のなかに、「宝珠」が納まっていたのかはわからない。しかし、酒呑童子の首は、その凶悪さによって、王権の「中心」に建つ幻想の博物館としての「宇治の宝蔵」に納めるに価する「宝物」であった。つまり酒呑童子の首は、「王権」の生命力の源の一つであったといえよう。」



「「虎の巻」のアルケオロジー」より:

「では、鬼とは何なのだろうか。人間は恐怖する動物である。見知らぬ者、異形の者、異文化に属する者を恐怖する。そして、おのれの権力にまつろわぬ者を恐怖し、その結果、葬り去った者の怨念を恐怖する。こうして恐怖の対象になったものが、「鬼(おに)」と名づけられたのである。その一方では、恐怖する人間はその恐怖から逃れるために、社会集団をつくり、さらに国家までつくりあげた。したがって、集団や国家は程度の差こそあれ、それが存続しようとする限り、その「外部」に具体的な鬼を、あるいは目に見えない想像上の鬼をつねに必要としているわけである。」
「あらゆる人間集団はその「外部」に鬼を、もしくは鬼に相当する存在を想定している。したがって、村落にも、都市にも、山村にも、農村にも、そこにふさわしい鬼たちがその「外部」に存在している。存在していなければ、社会は存在しえない。現代の日本国家もその「外部」に〈仮想敵国〉という「鬼の国」を設定し、それからの攻撃を恐怖するために、軍備を増強しているのは周知の通りである。
ところで、注意しておきたいのは、社会の「外部」の鬼は、社会集団が占めている地域の物理的な意味での「外部」にのみ存在しているわけではない。ある社会集団が生活している同じ地域内で別の社会集団や人びとも生活している場合には、そうした人びとを鬼とみなしてしまうこともあるのである。」
「では、日本において鬼と呼ばれた人びとはどのような人びとであったのだろうか。ここで、私たちは日本国家という権力装置を強く意識せざるをえなくなる。というのは、民俗学的な資料ではなく、天皇や貴族などの記録を中心とする文献史料を扱う場合、そうした人びとにとっての「鬼」を問題とせざるをえないからである。彼らから「鬼」と呼ばれた人びとは、彼らを恐怖させ、排除しようとさせ、そして差別しようとするほど強烈なパワーをもった人びとであった。したがって、支配者たちの側の記録を、反転させて鬼とされた人びとに身を寄せつつ、支配者たちの記録を読み直していくとき、日本の鬼の歴史は、これまでとはまったく異なったものとして私たちの前に浮かび上がって来ることになるはずである。」



「流される神々」より:

「「祀り棄て」は祀り上げたものを人間社会から分離・追放することで、「祓い棄て」とほぼ重なる概念であるが、「祀り棄て」の場合は、消極的な形ではあるが「祀り上げ」という行為が棄てる際にともなっているのである。」
「「祀り棄て」が生活領域からの邪悪な神秘的存在・力の追放であるのにたいし、「祀り上げ」は邪悪な神秘的存在・力の制御であるということができる。つまり、「祀り棄て」と「祀り上げ」は、邪悪な存在に対して「排除」と「包摂」という逆の対応をしているのである。この二つの儀礼行為を結合させると、「祀り棄て」の儀礼によって人々の生活領域から排除した神秘的存在を、一定の期間と手続きを経て、今度は生活領域に儀礼によって回収して「祀り上げる」という、一種の円環構造を示すプロセスが描き出されることになる。」

「疫病や天変地異が発生する。社会が穢れたと判断される。穢れの発生原因がなんであるかを占いなどで特定する。特定の「カミ」が犯人として挙げられる。「祓い清め」の儀式が執りおこなわれる。災厄を蒙っている特定の社会集団が積極的に祀り上げている「カミ」の力を発動させ、災厄を引き起こしている邪悪な「カミ」を社会から除去する。ここまでが、「祓い清め」である。」
「追放・除去すべき邪悪な「カミ」をなかなか追放できないことがある。これに対処する方法が「祀り上げ」である。「祀り上げられる」ことは、邪悪な「カミ」の邪悪さを封じ込めることでもあったのだ。邪悪な「カミ」は追放しただけでは再び災厄をもたらす可能性がある。そうした可能性を停止・封鎖するわけである。
さらに、そのような封じ込められた「カミ」の力を人間に好ましい形で発揮してもらうために、その「カミ」と特別な関係が取り結ばれることになる場合もある。そうなると、今度は、この「カミ」が別の災厄を引き起こしている「カミ」を除去するために働くことにもなる。」

「「小栗判官」の物語をはじめとする貴種流離譚やその背後に存在していたと思われる「祓い」もしくは「祀り上げ」と「祀り棄て」の習俗から、なにが浮かび上がってきたのだろうか。それは、日本の神々のなかに、人間世界に生じる罪・穢れを一身に背負って追放される役目をもったスケープゴート的神々ないし身代わりに立つことを任務とする神々が存在していたということである。(中略)それは、共同体や家の穢れを背負わせて流し棄てられる人形の「流し雛」や、晴や雨を期待して吊される「照々坊主」のイメージとも響きあい重なりあうものがある。小栗のイメージの暗さはこのあたりから由来しているのではなかろうか。」
「祓い棄てられ、苦難の遍歴のなかから立ち現れてくる聖なる存在――それが民衆のなかに生きる多くの日本の神の姿であった。」



「日本の地下世界のイメージ」より:

「日本の地下世界――それは、もうひとつの「この世」の世界であり、そしてその深奥には、日本人が精一杯思い描いた理想郷、富に満ちあふれた、美しい自然のある、不老不死の王国があった。」


「お伽草子の狐の物語」より:

「異類の世界から人間の世界をみること――それは作者が人間社会に一定の距離をとり、相対化し、人間社会を眺め渡すことで、ときには人間社会を批判しうるような立場に立っていることを意味している。」

「藤原氏の全盛期、道長の別荘であった宇治院を寺に改めて晩年にその長男頼道が移り住んだ平等院は、以後摂関家の氏寺として一族の崇敬を集め、その経蔵には権力にまかせて蒐集した天下の名品が収蔵されていたといい、(中略)藤原氏の権力・権威の象徴であった。そして藤原氏自体は平安末から衰退していったものの、この宇治の宝蔵の方は逆にますます特別視され、神秘化されていったのであった。なぜ神秘化したのだろうか。その理由はこの蔵の奥深くしまい込まれた名品を普通の人びとは見ることができなかったということはもちろんだが、田中貴子が的確に指摘しているように、それに加えて、人びとがいつの頃からか、現実には存在しない、少なくとも今日まで伝わっていないような品々、フィクションのなかの品々がここには納まっているのだとまことしやかに語り伝えるようになっていたことも見逃すわけにはいかないだろう。」
「興味深いことに、この宇治の宝蔵には、玉藻前に化けた妖狐の外に、大江山に棲んで京の姫をさらっていったために、源頼光たちに退治された鬼の首領酒呑童子の首と、藤原俊宗将軍が鬼女の鈴鹿御前の援助をえてようやく退治したという、鈴鹿山に居を構えていた鬼神大嶽丸の首、の二人の鬼の首も納められた、と伝えている。」
























































小松和彦 『悪霊論 ― 異界からのメッセージ』

小松和彦 
『悪霊論 ― 異界からのメッセージ』


青土社 1989年10月20日第1刷発行/1992年6月15日第3刷発行
269p 初出一覧1p  
四六判 丸背紙装上製本 カバー 定価1,700円(本体1,650円)
装幀: 篠田昌三+土橋公政



本書「あとがき」より:

「この本は、四年前に出版した論文集『異人論』以降に書いた論文やエッセイのうち、なんらかの形で『異人論』の続稿としての性格をもっていると思われるものを選び出し、若干の加筆・修正等を行なって一冊にまとめたものである。」
「この間、私がもっとも力を注いできたのは、悪霊が人びとに祟りをなし、人に憑いて「なぜ祟るのか、なぜ憑いたのか」を自ら語るという憑霊現象についての考察であった。この問題は、「異人殺し」伝説の分析の過程で発見された。というのは、「異人殺し」伝説もまた、その生成の現場に赴いてみると、殺された異人の怨霊つまり悪霊の託宣という憑霊現象が存在していたからである。
ここで、私は「異人殺し」をめぐるフォークロアの考察をしばらく脇に置き、その分析から立ち現われてきた「悪霊」一般へ、もう少し具体的にいうと、「悪霊憑き」および「悪霊祓いの儀礼」とそこに立ち現われてくる「悪霊が自ら語る物語」へと、考察の重心を移動させることにしたのであった。つまり、悪霊たちが語る託宣=語りに、耳を澄ませてみようと考えたわけである。」


カバー中央の四角い部分はエンボス加工されています。帯は金色。見返し及び扉ページは銀紙です。


悪霊論1


帯文:

「異人と妖怪の民俗学
怨霊・悪霊そして鬼や天狗など、異形のものが跋扈する時こそ社会は乱れ秩序は危機に瀕する。錯乱するコスモロジーの蘇生をはかるために、悪霊祓いの儀礼はいかに催されるのか。モノ憑き・怨霊譚の深奥に分け入り、日本人固有の精神構造を解明する画期的視座。」



悪霊論2


目次(初出):

I 異人の歴史学
異人殺し伝説の生成――民俗社会の歴史創造 (『日本民俗の伝統と創造』 弘文堂 1988年)
 はじめに
 伝説の概要
 人類学的歴史の生成
 「六部の鉦」事件の分析
 シャーマンの役割
異人殺し伝説の歴史と意味――歴史社会の民俗創造 (『日本伝説大系』 別巻I みずうみ書房 1989年)
 巨視的立場からのアプローチ
 「異人殺し」伝説の生成
 なぜ異人が殺されたのか
 異人の聖性の衰退と「異人殺し」
 御霊信仰の変質
 村落共同体の変質と「異人殺し」の発生
 「異人殺し」は「貨幣殺し」である
 変貌するフォークロア
 解体する村落共同体

II 支配の始源学
村はちぶをめぐるフォークロア――排除の民俗の事例として (原題 「村はちぶ」/『日本民俗研究大系』 第8巻 国学院大学 1987年)
 「村はちぶ」の定義
 「村はちぶ」の実態
 “犯人”排除のシステム
 宇宙論的な秩序の乱れ
 社会的秩序の乱れ
 「排除の民俗学」に向けて
支配者と御霊信仰――天皇制との関係をめぐって (原題 「天皇と御霊信仰」/『天皇制の原像』 「現代のエスプリ」 別冊 1986年11月)
 御霊信仰の本質
 民俗社会のなかの「御霊」
 平安初期の御霊会
 政治権力者と御霊信仰
 御霊信仰と近代天皇制
天皇制以前あるいは支配者の原像――民俗における「天皇」問題 (『叢論日本天皇制』 第III巻 柘植書房 1988年)
 はじめに
 民俗文化のなかの「天皇」
 家族国家観成立の民俗的基盤
 天皇=現人神信仰の民俗的基盤
 「日和見」としての村の支配者
 「王殺し」からの照射
 天皇制以前から天皇制へ

III 妖怪の伝承学
雨風吹きしほり、雷鳴りはためき……――妖怪出現の音 (「is」 第35号 1987年)
 民俗のなかの妖怪
 『稲生物怪録』にみる怪音
 雷雨と妖怪
 鬼の芸能――「乱声」と「つけ」
鬼の太鼓――雷神・竜神・翁のイメージから探る (「たいころじい」 第1号 1988年)
 昔話のなかの雷神のイメージ
 中世説話のなかの雷神のイメージ
 雷神と雨乞い
 鼓・笛の起源
 雨乞面の翁・猿楽の翁・大黒舞
鬼を打つ――節分の鬼をめぐって (原題 「節分の鬼」/『仏教行事歳時記・節分』 第一法規 1988年)
 「年かえ」の晩
 鬼と福の神と祖霊
 「鬼の子小綱」と鬼払い
江戸の稲荷と狐――江戸市民のトリックスター (「朝日ジャーナル」 1987年12月11日号)
 江戸の稲荷信仰ブーム
 「狐火」と「狐の嫁入り」
 狐憑きと祈祷師

IV 悪霊の人類学
悪霊憑きから悪霊物語へ――憑霊信仰の一側面 (「待兼山論叢」(日本学篇) 第22号 大阪大学文学会 1988年)
 はじめに
 託宣が伝説を創る
 悪霊憑きと悪霊祓い
 狐霊祓いの儀礼
 悪霊が語る物語
 今後の課題
悪霊祓いの儀礼、悪霊の物語――憑霊信仰の一断面 (『密儀と修行』 「仏教と日本人」 第三巻 春秋社 1989年)
 悪霊と憑霊
 江戸の悪霊憑き
 悪霊祓い儀礼のなかの悪霊物語
 密教の悪霊祓いシステム
 天狗と護法童子
 悪霊退治の物語
 悪霊語りと物語絵

あとがき
初出一覧



悪霊論3


◆本書より◆


「異人殺し伝説の生成」より:

「「異人殺し」伝承における「異人」とは、村落共同体の外部からその共同体を訪れる旅人のことで、六部(回国聖六十六部)、山伏、高野聖、巫女、遍路(四国八十八か所巡礼)、西国や坂東などの観音の聖地を訪れる巡礼、などの遊行の宗教者であることが多い。こうした宗教者が、訪れたさきの村落で金品強奪の目的のため殺害されるというモティーフをもった伝承が、ここでいう「異人殺し」伝承である。」

「シャーマンの役割は、人類学者にとってまことに魅力に満ちた役割である。彼は「情報」あるいは出来事の意味の解読者であり、解読された「情報」つまり「物語」の語り手である。その物語が村びとには“歴史”となるのである。したがって、シャーマンは村びとの“歴史”の創り手でもあるわけである。人類学者は、運がよければ調査地においてそうした“歴史”の生成の場に立ち会うこともできる。」
「しかしまた、シャーマンは恐ろしい存在でもある。シャーマンの託宣によって「異人殺し」事件がでっち上げられ、その事件を介して村内に“殺人者”の家もでっち上げられてしまうからである。そしてその家はシャーマンの語り出した“殺人”の罪のために、私たちからみればまさにいわれなき差別や排除を受けて苦しめられることにもなったのである。
もちろん責められるべきはシャーマンだけではない。無意識のうちにであれシャーマンにそのような託宣を要求していた当時の多くの村びとたちこそ実は責められるべきなのである。」






















































小松和彦 『異人論 ― 民俗社会の心性』

「この昔話(「猿聟入」)は、民俗社会に内包されている「人間」の「異類」に対する《悪意》、さらにいえば《殺意》によって貫かれている。したがって、昔話の意味論的構造もまた、そのような意図に導かれつつ組立てられている。この《悪意》は、昔話では「異類」(猿)に対する「人間」(爺)の反対給付の拒否とその最終的な解決(猿聟殺し)という形で描き出されている。このような解決方法をいかに巧みに正当化するかということが、この昔話の構造化の使命である。そうした偽装を施した形で昔話の聴き手の前に差し出すことで、昔話の聴き手は、それほど深い疑念や痛みをもたずに民俗社会の《悪意》を受け取り、やがて知らず知らずにその《悪意》を自分のものとしていくのである。」
(小松和彦 「猿聟への殺意」 より)


小松和彦 
『異人論 ― 民俗社会の心性』

The Strangers in Japanese folk societies

青土社 1985年7月15日第1刷発行/1992年6月10日第10刷発行
267p 初出一覧1p  
四六判 丸背紙装上製本 カバー 定価1,700円(本体1,650円)
装幀: 篠田昌三+加藤正美



本書「あとがき」より:

「本書は『異人論』と題されているが、現在のところは、本書に収めた論考が「異人」というキー・コンセプトによって相互に関連づけられているということを、本書の編集を通じてようやくはっきりと私自身が悟ったという程度のことしか意味していない。しかし『異人論』とすることで、この問題にこれから本格的に取り組んでいくのだという私の決意のほどを表明したかったのである。(中略)本書はあくまでも「異人論」へのプロローグにすぎない。」

カバー中央の青い部分はエンボス加工されています。帯は銀です。


異人論1


帯文:

「異人をめぐるフォークロア
民俗社会における共同体は、閉塞したシステムではない。民俗社会は、吉凶の説明をしばしば外部にもとめ、おとずれる異人を虐待/歓待する。共同体とそこをおとなう他者との解析から、異人=妖怪=神が浮かび上がる。豊富な資料を渉猟してフォークロアをいきいきと蘇らせる、〈外部性の民俗学〉の誕生。」



帯背:

「マレビトの
人類学に向けて」



目次(初出):

I 異人の民俗学
異人殺しのフォークロア――その構造と変容 (「現代思想」 1984年11・12月号)
 異人の両義性について
 「異人殺し」の伝説
 「異人殺し」伝説のメカニズム
 家の盛衰とその民俗的説明
 変形されていく「異人殺し」伝説
 「現実」の“表層”と“深層”
 「異人殺し」伝説から「神霊虐待」伝説
 「こんな晩」――「異人殺し」の昔話
 「大歳の客」――「異人殺し」の昔話の変容
 「異人殺し」のフォークロアとはなにか

II 異人の説話学
恐怖の存在としての女性像――化物退治譚の深層 (「現代思想」 1982年11月号)
 「鉄の歯」をもった妖怪の昔話
 ヴァギナ・デンタータの説話
 「三人兄弟・化物退治」の昔話
 山姥の民俗学
 山姥の深層心理学
 山姥の人類学
 「異人」としての女性
猿聟への殺意――昔話における「主題」と民俗社会 (『昔話の形態』(『日本昔話研究集成』 第4巻 1984年 名著出版)
 はじめに
 「主題」とはなにか
 昔話の「主題」
 昔話「猿聟入」の主題
 おわりに

III 異人の人類学
異人論への人類学的視点――折口信夫の「マレビト」再考 (「國文學」 1985年1月号 「視点・文化人類学――異人(まれびと)」)
 はじめに
 分析概念としての「マレビト」
 歴史的モデルとしての「マレビト」
 超歴史的モデルとしての「マレビト」
 「マレビト」の人類学に向けて
簑笠をめぐるフォークロア――通過儀礼を中心にして (「現代思想」 1983年10月号)
 「祖霊」と「マレビト」
 マレビトと簑笠――正月の来訪者
 葬送儀礼における簑笠――葬式の晩の来訪者
 エナと簑笠――赤子と嫁のかぶりもの
 「やつし」――通過儀礼としての「忌みごもり」
 簑笠と一揆の装束――危機儀礼の側面から

VI 異人論の展望 (レクチュア)
妖怪と異人――新しい妖怪論のために (「創造の世界」 1985年第53号 「新しい妖怪論のために」)
 日本の神観念をトータルにとらえるために
 おくれている妖怪研究
 「妖怪」とはなにか
 流動的な「祀るもの」と「祀られるもの」
 日本の妖怪の特徴
 妖怪の異類異形性
 妖怪の他者性――内部と外部
 山姥と河童の背後にあるもの
 河童のイメージを構成するもの
 河童伝承に暗示された実在
 民俗社会のレヴェルを超えて

あとがき
初出一覧



異人論2


◆本書より◆


「異人殺しのフォークロア」より:

「民俗社会の外部に住み、さまざまな機会を通じて定住民と接触する人びとを、ここでは「異人」と総称するわけであるが、(中略)私が取り上げようと考えているのは、そのほんの一部、すなわち、定期的もしくは不定期的に定住民の社会を訪れる旅する者たち、とくに六部や座頭、山伏、巫女などである。」
「忘れてはならないのは、程度の差こそあれ、(中略)いつの時代でも、異人は時と場合に応じて歓待されもしたし排除されもしたにちがいない、ということである。民俗学では、どちらかといえば、民俗社会の異人関係史のうちの好ましい側面の方を取り上げる傾向があるが、忌わしい側面もあるのだ、ということを私たちはつねに想起する必要があろう。民俗社会は、現代の都市社会がそうであるように、きれいごとだけで成り立っているわけではないのだ。」
「私はこれまでに書いたいくつかの論文のなかで、民俗社会内部に生じた「異常」――たとえば、社会全体やその内部の特定の集団にふりかかった災厄や個人にふりかかった病気や死など――の説明体系として憑霊があり祟りがあると説いてきたが、殺された異人の怨霊もそうした民俗社会の所有する説明体系の一部を構成するものなのである。したがって、シャーマンが病気の原因を特定の人物の呪いに求めたり、いわゆる「憑きもの筋」の特定の霊的動物の憑依に求めたりして説明するとき、私たちにとってとりわけ重要なことは、呪いが実際に行なわれたかどうか、そうした動物が実在するかどうか、といったことを確認することではなく、病気の原因の説明のためにそうした信仰が人びとに説得力あるものとして受容されている、ということなのである。」
「しかし、だからといって、「異人殺し」が実際にはまったく行なわれていなかったということを意味するのではない。いや、むしろ全国各地で、その多くは人知れずに行なわれていたにちがいない。そして殺人者たちは秘かに異人の怨霊におびえていたことであろう。民俗社会の人びとは、異人殺しが行なわれていることを知っていた。少なくともそういうことが行なわれても不思議はないという意識を共有していた。だからこそ、村に生じた「異常」の原因として、人びとの記憶にないような「異人殺し」が選び出されても、「なるほど」と受け容れることができたのである。」

「「異人殺し」をテーマにした昔話にはいろいろな話型があるが、ここでは「異人殺し」伝説の昔話への直截な変形である「こんな晩」型の昔話を取り上げるのがもっとも適当であろう。」
「いくつかのヴァリエーションはあるものの、その多くは、(中略)ある晩、その所持金を狙って異人を殺した家の子どもが小便したいと言い出したので親が外に連れ出すと、その子どもが「こんな晩だったなあ」と忌わしい異人殺しのことを口にするという場面を話のクライマックスにしている。知るはずのない子どもがあの事件のことを突然に口にするというところに、この昔話の話としてのユニークさがあるとともに、これによって殺された異人の怨念の深さや祟りの発現を、昔話の聴き手は読み取るのだ。」
「話の仕組みはまことに単純である。単純であるということが昔話の本質なのだ。というのは、単純化することを通じて主題つまりメッセージの純化がはかられているからである。そうした純化を行なうことによって、昔話は民俗社会の多くに通底している「異人観」をものの見事に描き出すことに成功するのである。それは民俗社会の人びとが「異人」を潜在的に怖れており、「異人」を虐待したならば神秘的制裁を受けるであろうと考えていた、ということを明らかにしている。
ということは、裏返してみれば、人びとは彼らに〈敵意〉を、さらにいえば〈殺意〉さえいだいていたということを意味しているのである。」
「「こんな晩」型の昔話には「異人殺し」伝説の主な要素が圧縮され変形されて詰め込まれている。「異人殺し」伝説におけるかつて人知れず行なわれた「異人殺害」については、ほとんど同じように「こんな晩」の昔話でも語られる。そのとき奪った金で家が栄えるようになったということも語られる。しかも、殺された「異人」の呪いのためにその家の子孫に精神的・肉体的障害が現われることになったということも、昔話では殺人者の子どもが口や目が不自由であったとすることで描き込まれている。そしてそれが「異人」の祟りなのだということをはっきりと語る、「異人殺し」伝説におけるシャーマンの役目に対応するのが、ある晩の子どもの言動なのである。したがって、その晩の子どもには殺された「異人」の「怨霊」が憑いたのだといえるはずである。そして、その子どもを怖しさのあまり殺してしまうことで、その殺人者の一族の没落が語り示されるわけである。」

「「大歳の客」型の昔話とは「こんな晩」型の昔話と「竜宮童子」型の昔話との中間・移行型であり、かつこの双方に認められる異人虐待のモティーフが抹消されて異人歓待譚へと変形がなされつつある昔話だということになる。すなわち、表面上は大歳の客がもたらした「富」はその異人を歓待したがためにもたらされたものであり、その異人は異人に扮した神であったのではないかというメタファーが働くように語られているが、その一方では、実際には大歳の客は殺されたのではないかというメタファーも働くのである。」
「要するに、こういうことなのだ。(中略)「異人殺し」という忌わしい要素を伝説や昔話から抹殺しようとしつつ、しかしなおかつその記憶を伝承に留めようとしたとき、異人殺しは異人歓待に変えられ、殺害された異人の所持金は、急死した異人の黄金化、もしくは死という描写を欠いた謎めいた異人の黄金化へと変形されるのである。」
「とすれば、「座敷ワラシ」伝承の一つとしてすでに紹介した、某家に宿をとった六部が出て行く姿を見たことが無かったという者があり、その後、その家に座敷ワラシが出没するようになったという謎めいた伝承の背後にも、六部から奪った金で栄えることになったという「異人殺し」伝説が語られていて、その変形もしくは外部向けの伝承が座敷ワラシ伝承であったのではなかろうか。少なくとも、そう考えれば辻褄があうことだけはたしかである。」

「それにしても、民俗社会における「異人殺し」のフォークロアの存在意義とはなんなのであろうか。それはひと言でいえば、民俗社会内部の矛盾の辻褄合せのために語り出されるものであって、「異人」に対する潜在的な民俗社会の人びとの恐怖心と“排除”の思想によって支えられているフォークロアである。「異人」とは民俗社会の人びとからしるしづけを賦与された者である。そして「異人」は社会のシステムを運営していくために、具体的行動のレヴェルでもその“暴力”と“排除”の犠牲になり、また象徴的・思弁的レヴェルでもその“暴力”と“排除”の犠牲にされていたわけである。つまり、民俗社会は外部の存在たる「異人」に対して門戸を閉ざして交通を拒絶しているのではなく、社会の生命を維持するために「異人」をいったん吸収したのちに、社会の外に吐き出すのである。しかもその結果として社会の内部にもしるしづけを受けた家が、社会的な差別を受けるような家が生み出されることさえあるわけである。もっとはっきり述べれば、民俗社会の内部の特定の家を“殺害”するために、その外部の存在たる「異人」が“殺害”されたのだといえるのではないだろうか。いずれにせよ、民俗の研究者たちが民俗社会の真の姿を、フォークロアの真の意味を理解しようと考えているならば、こうした民俗の忌わしい側面をも直視していかなければならない。つまり、私たちは現代人にとって失われつつあるフォークロアの心地よい側面の称賛ばかりしているわけにはいかないのである。」



「妖怪と異人」より:

「妖怪とは、(一)祭祀されない超自然的な存在である、(二)異類異形つまり他者的存在である、(三)外のカテゴリーに属しているがために恐怖をひき起こすものである、(四)人間に対して恨み、嫉みというようなものをもっていて、それが原因でさまざまな災厄を人間にもたらす。だいたい大ざっぱに私が妖怪というものを考える基準にした特徴は、この四つになります。」
異類異形性というのは、人間の普通にもつ姿とは異なった鬼や怪物、動物たち、人間なんだけれども人間のカテゴリーを少し逸脱したようなもの、自分たちが聞いたことのない言葉をしゃべったり、自分たちとは違った服装や生活をしているような人、そういったものをすべてまとめてここでは異類異形性と呼んでおります。このなかには「化ける」というようなことも当然入ってくるわけです。」
「他者性というのは(中略)外集団あるいは外の領域に属していて、「われわれ」の仲間ではないということです。」
「民俗学とか言語学の研究成果をふまえながら整理していくことで、妖怪をそういう「他者」としてつまり幻想化された「異人」として考えることができるのではないでしょうか。」
































































小松和彦 『妖怪学新考 ― 妖怪からみる日本人の心』

小松和彦 
『妖怪学新考 ― 妖怪からみる日本人の心』


小学館 1994年8月10日初版第1刷発行
253p 四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,300円(本体2,233円)
装丁: 舟橋菊男
写真: 品田悦彦



本書「はじめに」より:

「妖怪学は、というか日本の妖怪文化は、最近、まったく新しい時代に入ったかにみえる。多くの人々がこの一〇年のあいだに妖怪に関心をもちだし、かなりの数の妖怪研究書や妖怪図絵、解説書のたぐいが刊行されだしたからである。(中略)しかし、こうした妖怪ブームの到来は、しっかりした内容の妖怪研究が期待されていることを物語っているのである。」
「もとより、本書がこのような状況に十分応えた内容を備えているわけではない。むしろその前提となるような基礎的な事柄を概観しているにすぎない。第一部で、民衆の妖怪信仰を支えてきた「闇」に焦点を合わせて日常生活のなかでの妖怪のあり方を探り、第二部では、日本の妖怪信仰の基本的特徴を考察しているにとどまっている。だが、私は本書で、「妖怪」が日本人の精神構造を探るための重要な研究領野であり、したがって、いかがわしいイメージがつきまとっていた「妖怪学」はじつは「人間学」というにふさわしい学問に生まれ変わる可能性があることを、できるかぎり語り示してみたいと思っている。」


本文中図版(モノクロ)多数。


妖怪学新考1


帯文:

「妖怪はなぜ存在しつづけるのだろうか。古い妖怪は滅んでも、新たな現代の妖怪は生まれている。「闇」を失った都会でうごめく妖怪はどのようなものなのか?
人間がいるかぎり妖怪は生きつづける。」



帯裏:

「幽霊が出る屋敷が「幽霊屋敷」ならば、幽霊の出る学校は「幽霊学校」であり、幽霊の出るオフィスは「幽霊オフィス」であり「幽霊ビル」、幽霊の出る病院は「幽霊病院」ということになる。しかし、現代人はそうは呼ばない。幽霊が出るといううわさがあっても、その場所を捨てて立ち去ろうとは思わないからである。人間が強くなったのである。いつまでも幽霊などにかかわっていられないほど忙しいのである。しかしそれでも、幽霊は都市空間のわずかな「闇」に入り込み、人々に不思議の念を抱かせ、あるいは恐怖の底に突き落とすことをやめようとはしない。つまり、私たち現代人のうちのかなりの人々が妖怪を信じる心性をもっているのである。
(本文より)」



目次:

はじめに 新しい妖怪学のために
 妖怪学とはなにか
 妖怪学の三つの潮流
 柳田国男の妖怪学
 柳田以降の妖怪学

第一部 妖怪と日本人
 一 妖怪とはなにか
  恐怖・空間・妖怪
  不思議・災厄・妖怪
  妖怪を定義する
  妖怪と社会関係
  自然の妖怪と人間の妖怪
  妖怪の予防と駆除
  「生活社会」の三類型と妖怪
 二 妖怪のいるランドスケープ
  日本人の「ふるさと」としての小宇宙盆地
  ムラのコスモロジー、マチのコスモロジー
  水木しげる少年の妖怪体験
  奥能登・七浦の妖怪たち
 三 遠野盆地宇宙の妖怪たち
  遠野のムラの妖怪たち
  遠野のマチの妖怪たち
 四 妖怪と都市のコスモロジー
  前近代の都市の妖怪たち
  平安京の恐怖空間
  江戸の怪異空間
 五 変貌する都市のコスモロジー
  「闇」の喪失
  妖怪の近代
 六 妖怪と現代人
  妖怪の存立と前提条件
  現代都市の「闇」
  現代の怪談と妖怪――「学校の怪談」
  現代の怪談と妖怪――「化物屋敷」
  現代の妖怪の特徴と現代人の不安

第二章 魔と妖怪
 一 祭祀される妖怪、退治される神霊
  「神」と「妖怪」の相違
  祀り上げられる「妖怪」
  棄てられた「神」
  退治される「妖怪」
 二 「妖怪」の民俗的起源論
  どのようにして妖怪は生じるのか
  非人間起源の妖怪
  「妖怪」に変身する人間
  怨霊と御霊
  人に見える死霊=幽霊
 三 呪詛と憑霊
  呪詛――魔に身を任せた人々
  生霊憑き・死霊憑き・動物霊憑き
  二種類の「憑きもの筋」
 四 外法使い――民間の宗教者
  宗教者の両義性
  陰陽師と式神
  修験者と護法
  外法神
 五 異界・妖怪・異人
  異界とは何か
  異界と妖怪
  異界と異人
  秩序・災厄・異人(妖怪)

おわりに 妖怪と現代文化

あとがき



妖怪学新考2


本書より:

「人間を幸福にするはずであった近代の科学文明・合理主義が頂点にまで到達したという現代において、多くの人々がその息苦しさ、精神生活の「貧しさ」(精神的疲労)を感じ、将来に漠然とした「不安」を抱いているということを思うと、逆に「原始的」とか「呪術的」とか「迷信」といったレッテルを貼って排除してきたもののなかに、むしろ人間の精神にとって大切なものが含まれているともいえるのかもしれない。」




























































プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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